銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

弱者は、守られるべきだが、時には・・・・・・美術界とユダヤ系資本家

2011-08-31 10:38:05 | Weblog
 この一文は、もちろん政治の文章です。そして、大変書きにくかったので、途中まで人名を伏字にしています。それでも、10時間かかって、書きにくかったこと。書きにくかったこと・・・・・その伏せ字の部分はそのまま直さないで置いておきます。

副題1、『本日のウォームアップ用文章』
副題2、『ホテルチェルシーが、導火線だった』
副題3、『メール発信が、まるで、できないので、フロントを呼ぶのだが』
副題4、『先生は、重病にかかっていて、気弱になっておられます』
副題5、『日本人の、有名人の息子が、このホテルで引きこもっている』
副題6、『○林○子さんは、大変いい人でした』
副題7、『国画会の大パーティは、酒席です。
            ・・・・・・そこで、大きな秘密が明かされる』
副題8、『星野美智子 と、馬越陽子、・・・・・その政治的利用』
副題9、『問題は、ユダヤ(大)資本なのでした』

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副題1、『本日のウォームアップ用文章』

 昨日、午前零時から、3時間書き溜めたものは、突然の予告なしの、メインテナンスの始まりで、すっかり消えました。

 今朝もログインができないとか、そのほかの手法で、邪魔をされています。で、結論として言えば、そこに書いた事が非常に重要であると言うことでしょう。

 で、かけなくなる事を、予測するというか、恐れるので、結論から先に申します。フェイスブックがある勢力(?)に支配をされているという事が、わかって、証明をされたという話の一部分です。

 これから先の部分も倒置法で、書いていきます。まず、現在の弾圧は、一見するおそうではないがごとく、装われて行われるので、知人が利用されます。知人がいじめてくるとか、悲しい思いを味わわせるような、不思議な行動をするという形で行われます。
 
 私は数十年にわたって、銀座で、勉強と楽しみをかねて画廊めぐりを重ねてきました。それで、画廊がいじめようの舞台として、よく利用されます。が、今回も同じで、場所は、有楽町に近い○ッチギャラリーというところでした。

 フェイスブック内で、個人的に会話が交わされるシステムをSNSと呼ぶそうですが、それで、とても、長い(20分間で、6000字)となる、意義ある会話を交わした画家が、そこで、グループ展をしたときが、もっとも、輝くハイライトとなります。

 ○ッチギャラリーのオーナー○村○哉さんにとっては、「やったあ。勝ったぜ、完璧に、川崎千恵子をつぶしてやった」ということになるのでしょうから、ポジティブな意味での、文字通りのハイライトです。

 反対に私の方にしてみれば、『うわ、また、やられちゃった。これは、大きな意味があるなあ。非常にいやな思いをしたが、それなりに、文章が書けるから、そして、その結果、この国に貢献できるから、それで良し』と思った現象です。

 で、その場面を、この一文の最後に置くつもりでした。
 どうして、そうするかという事情は後で語ります。

 が、その画廊へ、どうして、私が導入されたかをまず語らないといけません。
 というのも、その画廊は、きわめてお高く留まっているところで、一般的な意味では、開放をされていない模様で、招待状も来た事がないし、美術情報誌の類にも広告や記事(それらは、実際にはお金が裏で動いている高度な広告である場合が多い)が、載っていない場所だからです。

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副題2、『ホテルチェルシーが、導火線だった』

 普通新しい友達ができることは喜ばしいことと考えられています。だから、導火線などという物騒な言葉を使うべきではないのです。ただ、とてもよい関係で始まった友情が、おかしな政治の結果、壊されると、それは、とても、物騒な場所と変化してしまい、そこに導入された経路は、導火線だったとなってしまいます。

 ホテルチェルシーで、私は2002年、二週間ほど投宿しました。そこは、歴史・遺産とみなされている古いアールヌーボー様式の建物で、大勢の画家や文化人が投宿したことで有名です。現存の大衆的な有名人としてはウッディ・アレンの名前が挙がっています。
 私は、1999年と2000年の秋に、そこを何度も訪問をしています。それはニューヨークではとても尊敬をされているアーチストがそこを住まいとして使っていて、私が、自分の作品を見せて意見を仰ぐために、訪れているからです。

 私は結構活動家であり、それなりに、大きな動きもしていますので、1999年美大の大学院に在学中に、この人の存在を知り、2000年には、この人が経営をして居る版画工房で、80日間もみっちりと作業をしたので、そちらと、交流ができたのです。
 その人はアフリカンなのです。そして、芸術家、そういうアンバランスさを、考慮してか、結婚をされなかったので、ホテル住まいだというわけです。しかも、40年ぐらい前は、今より、人種差別は厳しかったと思うので、

 前衛的なボヘミアン(芸術家・・・・・ラ・ボエームに出てくる人たち)として、ホテルチェルシーで暮らすのが、もっとも快適で安全だったと思われます。廊下を挟んで、南北に、部屋がありますが、先生は南側で、長期に住んでいて、一次的に投宿する客たちは、マンハッタン島の中でも大きな通りである、23stに面した北側に導入されます。
 私は、2002年当時の、173ドル(日本円で、二万円以上)支払ったので、北側の上階を与えられました。そのすぐ上がオーナーの居住区みたいで、部屋もひとりで使うにしては、大きめなスペースです。台所も風呂場も日本で言う四畳半以上のおおきさでした。
 後で、先生が、最上階に上がるようにおっしゃったので、見たのですが、高い高い丸天井があって、それこそ、アールヌーボー様式ですし、ベランダの手すりとか、階段ホールの設備、各部屋のドアーなど、すべてにレトロな、110年以上前のものが使われて居るのです。日本のように、スクラップアンドビルドで、デザインがどこも似たようなビルが林立しているわけでもない。これは、ニューヨークとパリの両方で発見した意外な現象でした。日本は土木と、建築の分野にお金をかけすぎている国家です。

 今は様変わりしているかもしれませんが、一般的なホテルというよりも、芸術家にとっての、一種の湯治場と言う感じですから、数ヶ月滞在するのなら、宿泊料を安くしてもらえるのではないかな? 一泊二万円のはずはないです。そして、彼らは、そのお礼に、絵を置いて帰ります。だから、階段ホールは一種の美術館状態です。

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副題3、『メール発信が、まるで、できないので、フロントを呼ぶのだが』

 2002年はまだ、インターネットの環境が発達していなかった時期で、外付け、インターネット接続用USBなどはまだ、開発されておらず、電話線と同じサイズのラインをパソコンに、つなぐ方式でした。

 ところが、4日目の夜から、メールの送信ができないのです。これを、私はホテルのインフラが古いせいだと解釈しました。

 実際に、宿賃よりも余計に、16万円もかかったので、ほぼ、毎日、一万五千円の電話代金がかかったことになります。それほど、ごたごたしたのです。
 今思うと、そのころから、弾圧を受けていて、特に英語で、メールを書いていたので、最大に警戒されていたからでしょう。書いている内容は自分の個展の案内ですから、政治とはまったく関係がないのに、

 とても、頭が良い人間であるとは、すっかり、知られていたのでした。だから、英語を使う論客となり世界へ向けて、原発や核燃料の事を、わかりやすい英語文で、発信をされると困るということだったのでしょう。シーシェパードの太地町いじめの問題だって、全世界へ向けて英語で発信すれば、普通の人々の心を溶解させることもできるかもしれません。

 ところが、なかなか、来てくれません。それで、とうとうパソコンを抱えてケーブルも持ってフロントへ向かいました。すると、フロントの人間は、『あれっ』と言う感じの顔をします。

 そこには、『あら、本当に事故だったのですか?』と書いてありました。そのトタン、なぜ来てくれなかったかが、わかりました。つまり、『別の目的で呼んで居るのだろう』と、誤解をされたのです。
 こういうところで、日本人が実際にはどういう風にみなされているかがわかってしまいます。ただ、ある有名女流作家が、アジアの各都市に、恋人が居ると宣言をしていますから、ホテルで、擬似恋愛を装った快楽を求めるお客は世界中で、闊歩しているのかもしれません。
 この間、フランスの偉い人がニューヨークのホテルではめられた事件もありましたし。

 しかし、ここで、一段階その男性側のバリアーが解けました。その次に、先生格のRB氏についての会話で、さらに、彼のバリアーが解けました。

 このホテルは中規模(というか、むしろ小規模といっても良いくらいの客数しか出入りしないらしく)夜中には、ほとんど動きもないので、夜中の担当はアルバイトです。芸術の分野に理解があるホテルらしくて、アルバイトも無論芸術家であろうと思われる男性です。が、美術系ではなくて、文章系らしい。

 顔からして、大変に頭が良い人。渋くて鋭い顔をして体格もよい、50代の男性です。ただ、芸術家優先のここでは、フロントマンと言えども、格子模様の自分用の、カラーシャツを着ているだけです。蝶ネクタイなどとんでもない。
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副題4、『先生は、重病にかかっていて、気弱になっておられます』

 そのインテリアルバイト氏の心が、もう一段階開放へ進む話題が次ぎに上りました。作業は大変時間がかかったので、待ちながら四方山話をしていた際です。

 「どうして、すでに、4日目に入るのに、先生を訪問しないの」と質問を受けます。私が先生と交流があることは、すでに、ホテル中の人が知っている模様でした。

 先生は、その自らの教養の高さと肌の色のアンバランスから、ご自分でそれを選んだ結果であろうが、生涯未婚でした。だから、すでに、60歳を越えた今、家族が誰も居ないので、とてもさびしい境遇でした。その上、糖尿病とパーキンソン氏病を併発して、とても、悪い状態でした。

 が、彼が打ちひしがれていて、暗いから訪問をしなかったわけではありません。大変に頭の良い人で、他人に会うときに苦渋など絶対に見せない人でした。だからこそ、私には彼の内面が、深くわかり、それゆえに、対面をしているときは、非常に気を使うのです。ただし、悪い意味ではなく、同情をしている事を悟られないように、こちらも明るく振舞いますから、大きな努力が必要です。

 その上、外出が、すでに絶望的な段階ですから、訪問者には、どれほど、遠慮していても、期待と、依存が寄せられてしまいます。私にはそれが、手に取るようにわかります。良い意味での、芝居をしている事がお互いにわかっていながら、さらに芝居を続ける関係でした。でも、彼の一生で、もっとも、印象の濃い人物が私だった模様で、その次の歳、実際にみまかる前に、在ニューヨークの日本人の知人から、『彼があなたに会いたがっているから、ニューヨークに来てくれない』といわれたほどです。

 もちろんいかれなかったのですが、彼との心の交流は死後も深く続いていて、その結果は、『主婦が個展をする・・・・しかもニューヨークで』という本に結実しています。タイトルからすると、ノウハウ本ですが、実情はまったく違い、しみじみとしたエッセイ本です。装丁も美しい上勢本で、本屋に流通をさせないのに、公的な書評が出ました。その先生の背後からの支援があったからでしょう。この本が後で、大問題になります。この章の中で、そこまで触れることができるといいのですが・・・・・

 で、私はそのインテリ男性に向かって、「私は今、個展をやりに、ここに来ているの。それは、私にとっては初めてで、大仕事なのです。土曜日に、オープニングパーティがあり、それまでの、残りの、3日間は、ニューヨーク中の知人を訪ねて、『着てくださいといいたいのです。でも、彼にあってしまうと、当然、彼は一日に何度も遊びに着てほしいというでしょう。だけど、それが、できないのです。だから、意に添えないで、放ったらかしにすることとなって、悲しい思いをさせてしまいます。だから、今じゃあなくて、そのパーティが終わった時に会います」と。

 この言葉を納得してくれた模様です。で、実はとても尊敬してくれた模様で、在ニューヨークの有名な画家、日本出身の、○林○子さんに、紹介をしてもらえることになるのですが、その前に、もうひとつ大きなエピソードがあります。

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副題5、『日本人の、有名人の息子が、このホテルで引きこもっている』

 11日間で、宿賃とは別に、16万円の電話料を払ったわけですから、待たされること、待たされること、延々で、ぽつりぽつりと、いろいろな事を話し合うわけです。
私は昼間ニューヨーク中を、マンハッタン島の外も含めて、歩き回っているので、疲労困憊しているから、珍しく聞き役に徹しています。

 「あなたのお隣は、長逗留している日本人なのですよ。引きこもっているのです。大変な有名人の子供ですが、父親は誰だと思います」と、質問を受けたのです。これは一種の遊び、クイズでした。一人、一人、名前を挙げさせて、丸やバツをつけていくのでしょう。

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 その時、私は顔色を変えてしまいました。引きこもりの問題は、私にとって、大鬼門の問題でしたから。友達の子供がそうでしたが、一種の親友といっても良い関係が有った人で、彼女の性格や生活を90%知っていました。

 そして、間違っているところがあることも知っていて、思わず、三回ほど、電話内で、叱責をしてしまい、友情が切れているのです。でも、子供さんが、自殺未遂をしたとか聞くたびに、心が痛み、一生、そのお子さんと、ご家族のことは心に引っかかって生きていくこととなるでしょう。

 まず、何がいけないかというと、こどもが、小さい時にママが、ご近所と付き合っていないのです。子供は保育所とか、学校という管理された場所での、交流だけでは育たないのです。自由自在な遊びが必要です。そこで、自由自在はけんかをし、自由自在に、好きだとか、嫌いだとか言う感情のやり取りや、ひとづきあいの訓練をする必要が有るのです。

 ここで、余談ですが、今は、働くお母さんが多いので、保育所と、学校に頼っている人が多いでしょうが、子供って、普通のレベルで、優しい会話と、喧嘩が必要で、それが、できる環境を作ってやる考慮は必要です。保育所とか、学校とか、学童保育の場とか、塾は・・・・必ず、管理されています・・・・ので、そこだけで、育ちあがった子は、本人が自信をもてないタイプとなりがちです。それで、後々に、会社に入ってから引きこもりになったりします。

 しかし、子の子供が小さいときのご近所づきあいというのが、意外と面倒です。どんな考え方を持っている人か、どんなバックグラウンドを持っている人か、まるで読めない人たちとお付き合いをしないといけません。でも、若いうちだからできることなのです。それを、やらないと、子供の基本が育ちません。

 しかも二回目の失敗を彼女はやってしまいます。それは、中学期に、自分が外で、大活躍をして、家にいなかったことです。中学校のPTAの副会長、地域社会で、有機栽培の食品を販売するボランティアー活動等々。これは一見すると、華やかで、しかも奉仕をしているみたいに見えますから、理想的ですが、実際には子供を圧迫し、悪影響が後で、出てくる行動のひとつです。

 子供が、小学校時代までは、豊富で、全方向的な人間関係が必要です。でも中学期と高校時代は、別のしぐさが母親のほうに求められます。それは、母親が目立たないことなのです。

 生き物として親は、いったん死なないといけません。もちろん、仮想の死ですが、いったん降りた人、目立たない人として、暮らさないと子供が、発展できないのです。つまり、生き物として先代(=親)を乗り越える、そして、巣立ちをしていくという通路ができてこないのです。いつまでも親が、派手に振舞っていると、子供は、親を捨てる適期を見失ってしまいます。

 その上、三つ目の失敗を彼女はしています。それは、格好をつけることです。向上心というのは無論大切です。が、子供といえども、13歳を過ぎると一個の人間です。親の理想系の中に当てはめるのは無理です。それなのに、親が選んだ高校に入れようとしたり、(結果は不合格・・・・・そこで、傷ついたから大学受験はしないとなった)親が進める職業コース(給料は出ない段階の演劇修行、舞台で、石の役目を果たし、直後に自殺未遂とか)を選んで、就かせるとか。石って、せりふもないし、動きもないでしょう。そんな役目をしてどうして楽しいだろうか?

 本人にとっては、『演劇が、自発的に選んだ道でもないし、石の役なんかやっても、味噌っかすである事を、さらに、自覚をさせられるだけで、全然楽しくない』ということへの、想像力が母親の方にないのです。ただ、時分の高校時代の同級生に演劇の世界で成功している人が入るから、演劇なら大丈夫でしょうという思い込みがあるだけです。脇で見ていて、そういうことがすべてわかるので、うんざりし続けです。

 でも、ほぼ、三十年間も、『お母さんの方が、間違っていたのよ。アノ子には別に、遺伝的にも、心理学的に言っても、何も欠点はないのに』と、思い続けているから、苦しくて悲しくて、引きこもりという話題は、私にとっては大、大の鬼門なのです。タブー中のタブーの話題です。
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 で、その話題から、身をのけぞるようにして顔を背けたのですが、それを、そのインテリ氏には、大きな感銘を与えた模様です。それで、私を、特別な人として、○林○子さんへ告げたのでした。で、彼女がどうしても、私にあいたいということになって、彼女の自宅へ招かれ、高級なスーパーでぶどうをひと房買って、訪問をすることとなります。

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副題6、『○林○子さんは、大変いい人でした』

 ○林○子さんは、在ニューヨークの日本人画家としては、大きな存在感を持つ人です。それは、高校時代から留学していて、その後、アメリカの美大を出て、ずっと、ニューヨークで暮らし、そこで、結婚もして、お子さんも二人居て、経済的にも余裕があるからです。

 多分、ご実家の援助があって、建設できたと思いますが、ビルのツーフロアーを、プチホテルへと改造して、それを経営しています。アルバイトを雇えば、ご自分が掃除などをする必要はないので、優雅な暮らしです。

 そして、全体に、賢くて優しくて、とてもいい人でした。それ以降、一切いやな思いをしておりません。

 しかし、驚くべき事が後日、わかるのです。それは、なんと、このホテルチェルシーの引きこもりの男性とは、彼女のご主人だったということです。

 が、ご自宅で出会った、お子さん方は、ハーフだったので、こちらのご主人は二度目の結婚だったと感じます。若い日に普通に出会って恋愛にいたって、結婚をしてお子様ができて、二人で育てた最初のご主人は、従ってアメリカ人です。

 その最初の結婚が壊れた後か、それとも最初のご主人が亡くなった後か、それとも、横から横取りしたのかは一切不明ですが、二度目の結婚として、そのホテルチェルシーに、今現在は、長期滞在して、引きこもっている日本人男性と結婚をされた模様です。

 が、別居、もしくは離婚の原因は、ご主人に当たる、その日本人の方に、問題点があったからでしょう。つまり、その男性は頭でっかちだったということです。ニューヨークでしっかりとした地歩を築いている女性と、共同生活を送りにしては、いろいろな点で、未熟だったということです。

 ホテルチェルシーのインテリ・アルバイト・フロントマンが言うには、いまだにお母さんが日本から来ていて、フロントマンたちに、「主人が悪かった」と悪口を言うそうです。「夫が働き中毒で、子供の面倒を見なかったからだ」と愚痴を言うそうです。
 その大有名人たる父親の名前を、できるだけ、聞かないように気をつけながら、デモ、内心で、『ああ、ここも、きっとお母さんがだめなのだ。ニューヨークにまでやってきて夫の悪口を言ったって、この目の前のフロントマンを始め、誰も同情をしないのに。夫たる人も、つまらない家庭生活を送ったのでしょうね。そのおかあさん自身もお金持ちに生れて、わがままに育った未熟な人なのでしょう。昔はお見合い結婚だから、離婚もできないしねと、思っただけなのですよ。

 さて、その有名な日本人女性画家の夫が、父親が超有名人で、しかも引きこもっているという意味で、別の次元で、ニューヨークでは超が就くほどの有名人でもあるということはだんだんわかってくるのですが、それでも、今まで、このブログ内で、固有名詞をあげて登場した人たちは、誰も、その実名を教えてくれたことは、ないのです。

 まったく違う場所で、その秘密が明かされたのでした。それは酒席です。しかも、私としては、非常に縁が薄い人から。
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副題7、『国画会の大パーティは、酒席です。
            ・・・・・・そこで、大きな秘密が明かされる』

 2004年以来、国展に作品を出していない私は六本木に移った後の、国展のオープニングパーティの会場がどこであるのかを知りません。だけど、上野の都美術館を利用した時代は、パーティは上野の精養軒の大広間でありました。会費は、1万円ですが、総出席者が、千人近いので、お料理が豪華なことは、立食では、ベストの方でしょうというほどです。会場の周りに、ロースとビーフ、推すし、おそば、てんぷら、ドリップコーフィーなどの、屋台も出ますし、ウエイトレスたちが、配り歩く、アルコール類も種類が豊富です。

 そして、始まって一時間以内には、立錐の余地もないほどの人が、集積しています。だから、どんな会話を交わしても周りの人には充分に聞こえてしまうという環境です。
 そんな中で、超がつく有名人の名前が、父親として語られる。そして、その版画家○野○智子さんの親友だとも目されている、在ニューヨークの画家、○林○子さんの夫だとも知らされた。そういう話は、酒席で語られるべき話題ではないのです。もし、私と○野さんのふたりだけが、銀座の喫茶店で、語らいをしていて、ふとという感じで話題がそこまで及んで、秘密が明かされたのなら、許せます。

 しかし、私は、一回も○野○智子さんと、個人的にお茶のみをしたことはないのです。心を交わした事がないのです。親しみを持ち合った事がないのです。

 だから、本心を彼女には言いません。そのときに、私が考えていたことは、

・・・・・あなたって、ひどく低劣な人ですね。私が差し上げたあの、『主婦が個展をする。・・・・・しかもニューヨークで』のできがいいので、嫉妬しているのでしょう。

 で、私をやっつけて、勝ちたいと思っている。ので、この秘密を教えたのでしょう。パーティが始まる前から、こころの準備をしていましたね。馬鹿みたいな計画ですこと。笑っちゃうほどです。
 あなたって、文学(南米というあまり庶民が知らない分野)を題材にとって、版画を作っていますが、文章の読解力という意味で、文脈を正しく読み取れないのではありませんか?

 あの本の中で、大切なことは、弱い立場の人の、人権を守るということで、それが、登場人物、三人の中で、共感をしあったから、友達になれたのですよ。あなたは、ご自分が川崎千恵子(=雨宮舜)に、ただ、勝つために、その、より大切な部分をわざと看過して、傲慢にも・・・・弱い人・・・・を、ここで、さらし者にしましたね。
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 東京女子大を卒業してその後、芸大を出たそうですが、東京の水で現れた人間だとも思えない。高校までは田舎育ちなのではありませんか? おかしい。徹底的に変です。ここまでの、馬鹿を他人にさらして、それで、無事だと思うところが田舎ものなのです。
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副題8、『星野美智子 と、馬越陽子、・・・・・その政治的利用』

 その時に、国画会から去る決意が、はっきりと固められました。山寺重子さんと言ういじめを、する番長さんが居て、そこから発生するいやなことは数々ありました。だけど、それらは、まだ、堪えられました。が、星野美智子さんは、そういう手合いとは違って破綻を見せない人です。誰からも優れた人だと仰ぎ見られているでしょう。が、裏側ではかくも、不道徳な人です。とても利己的で、刹那、刹那の自分の快楽を追うひとです。

 学歴という意味では、同じ進路をとった、馬越陽子さんの方が、かわいくて魅力があると思うほどです。バルザックの小説『従姉妹ベット』内で比較をすると、美しい従姉妹の方が馬越さんだとすれば、美貌ではなくて、ひねくれていて裏工作ばかりしている、『従姉妹ベット』のほうが、星野さんですねと思うほどです。

 二人はひそかなライバルだったのではないかとさえ、思われます。大変陰険な形で戦ってきた二人という意味で。

 でも、はなやかさでは、絶対に馬越さんに負ける。馬越さんの夫は自殺をした。だけど、星野さんの夫は自殺をしていない。そこで星野さんは勝っている。だけど、作品の持つヴォリュームとか色彩感では、星野さんは負けている。その上、世間的な知名度でも負けている。
 そして、性格の上でも、馬越さんのほうに魅力がある。
 いや、ギャラリー手に、私をいじめるために現れた馬越さんだったが、目的が達せられないので、疲れた、疲れたと、連発していた。それは今思い出しても笑いがこみ上げてしまうが、その当日私は、背が10センチぐらい低い馬越さんを見下ろしながら、『なんてかわいい人なのだろう』とも、思っていた。だが、星野さんのケースでは、笑いは浮かばない。
 
 だが、こちとらに言わせれば、星野美智子の心理分析をしながら、山寺重子のそれもやり、指原いく子のそれもやりと、女性の汚さと権力へのあくなき欲望にこころが接触して、『さて、いかにして、この汚さを払うか』と考えれば、『それは、歌を歌うことですね。良い声が出ているときは神様がいつも、ご一緒に居てくださるのだから』と改めて、思い至り、大きな会場の舞台に上がり、カタリなどを歌い、それを見ている人たちが、「あほだな、あいつ」と思っている事を知りながら、ここは去りますと、決意を
固めた、一夕だったのです。

 しかし、去ったつもりの星野さんが、目の前に現れてきます。
 銀座の私が良く、行く画廊で、グループ展をするのです。なるほどと思います。その組み合わせの中で、私と、親しい人が見つかると、そのグループ展そのものが、例のいじめように、役立ててやろうと企図されたことがわかります。

 しかも、その会場に、阿部出版発行の星野さんの版画集が置いてあったりするので、この人は典型的に利用をされているのだな。政治的にと感じます。

 つまり、敵が狙っていることは、常に、『うつ病にさせて、文章を書けないようにさせてやろう』ということです。私にライバルを設定しh手、そちらがどんどん出世をすれば、当然のごとく、気分が暗くなるだろうと狙われています。特に阿部出版は、複数ルートで、知り合いが居るのに、エッセイ集を出してくれません。それを言い出す前に、いろいろ、警戒心をあらわにします。なるほど、なるほどと、納得をしていますが、

 いずれ、こちらの世界にも、訪れるはずです。天罰がね。激震として現れたのが、山口みつ子さんの死です。真相がまだ、現れては居ないが、もしh他殺だったら、そういう行動を指揮しえ居る、鎌倉はずのエージェントと、その美jyつ部門をになっている、酒井昼夜巣し野あくどさは、あぶりだされるでしょう。

 それに、星野美智子さんが、カリに、とてもよい人だったと仮定をすれば、動詞h手あれほどのあくどい事が平気でできたのかを問わないとだめです。

 つまり、彼女は、アノパーティの席で、川崎千恵子よりは、時分の方が、一千倍くらいえらいと思っているから、ああいう言葉を出せたのでしょう。それは、自分の方がずっと前に、会員になっているからというところに論拠があるはずです。会員になるためには、数回賞をとらないとだめです。

 そこが、また、私の弱いところでもあるが、強いところでもあるのです。この賞を授与する側の審査員というのが、どれほど、忌まわしいものであるかについて、すっかりパースぺクティヴ(見通し)を保持して居るからです。

 その代表例としての酒井忠康氏へもまた、戻っていく事ができます。氏が私へなしたいじめようの悪さと派、単に一井健二氏を動かしたルートだけではないと、見えてくるからです。あ、そうですか。阿部出版も配下の出版社も押さえたのですね。そういう形で、言論弾圧をしてくるわけですか。なるほど、でも、こちらは、100年、河清を待つです。

 あなたがなした、こういう子著、子著、下悪も、絶対に世の中に出てきます。その集積は大きすぎますよ。mだ、書いていない大きな裏切りを、美術界全体に対してあなたがやっていますから・・・・・やがて、『王様の耳はロバの耳』となって、あなたの汚さが、この日本中に露見をすることとなるでしょう。

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副題9、『問題は、ユダヤ(大)資本なのでした』

 しかし、ここでは、ひとまず、酒井忠康氏は脇へ置いておきましょう。

問題はホテルチェルシーにあります。そこに、日本の有名人の息子さんが、引きこもっているということから、この一文の、すべての、発想が起きています。その父親とは、実は、ユダヤ系(大)資本家と結びついている人だったのです。

 そうだったのか、そうだったのか。と、一気になぞが解けました。いや、皆様にとってはまだでしょう。全部をここでも説明しきれていないから。

 でも、私にとっては、一気に解明が進んだのです。それで、フェイスブックを利用した意地悪も、納得納得となったのです。『なんだー、ニッチギャラリーの西村富弥さんって、そちらに近かったのですね。だから、こそ、今までの、数多い、いじめの仕打ちをやりたかった』となるわけですね。

 私は原発を、反対しています。だがそこへ使っている核燃料を扱う、国際的軍産共同体の経営者は、そのほとんどが、ユダヤ系で、トップを占められているのは、世界の常識です。で、ユダヤ資本こそ、瀬島隆三とか、小沢一郎とか、と、緊迫に結びついていることはわかっていました。稲盛和夫さんも、成田豊氏もすでに、そちらに組み込まれているでしょう。

 そして、その次の段階のエージェントとして、井上ひさし、伊藤玄二郎、酒井忠康が置かれていて、使われると考えていました。が、別のルートもあったと感じています。その方の一舞台が、ニッチギャラリーだったのです。そこまでわかって、だいぶ、すっきりしてきました。

 星野美智子さんの存在も無駄ではないのです。

 さて、○林○子さんですが、夫の係累が大有名人である事を、ここで、明かされても、別に痛くも痒くもないと思います。というのもお子さん方が、子の人との間の子供ではないです。女にとって大切なのは、男性よりこどもです
 その上、彼女が平気であろうと思う理由が、もう、ひとつ有ります。画家にとって、手のかかる夫は、実はとても、困る存在なのです。

 一般的なレベルの男性だって、ある種の足手まといになるのです。だから、有名な女流画家って、アトリエを作るという形で、実質的には別居していると思います。または、家庭内別居に等しい精神の持ち方で切り抜けています。

 私がどうしているかというと、すでに、美術の世界では大作を作らない生活へと入っています。そちらはペースを落としているのです。パソコンで文章(特に評論やエッセイ)を書くのは、時間を分断されてもできる仕事なのです。だから、夫と仲良く協調して生きていて、このまま老後を始末できたら、いいなと思っているわけです。

 元へ戻ります。○林○子さんは、実はその夫に困惑しきっていたのです。束縛が強くて行動や、精神的な面で、大きな不自由を感じていたのです。で、もうその人を、好きではないのだから、星野美智子さんが、『友達にとってマイナスにはならないでしょう』と感じたのでしょう。で、その結果、私にはプラスになりました。

  では、ここで、初稿は終わりにすると申し上げさせてくださいませ。
 明日、誤変換を直します。
コメント

野田佳彦氏・・・・・28日と、29日

2011-08-30 20:40:19 | Weblog
 以下は、前後と連絡のない、独立したものです。でも、タイミングが大切なので、ここに入れさせていただきます。
 と最初に語っていて、次の日にNHKニュースウォッチを見ていて、まったく新しい文章を付け加える必要を感じました。それを、三角印罫線以降に、付け加えます。

 野田佳彦氏が、代表に選ばれた夜に

 昼間、ライブで、民主党の総裁選びを見て外出し、先ほど帰宅しました。
 この決定以前には、私はわざと何も言わない主義だったのです。こう言う表の世界で、大勢の人が関心を持っていることは、私の出る必要はないです。
  
で、周辺の、些事をのべさせてください。
 主人と一緒に見て、話し合ったことですが、候補者の中に「意外に苦労人が多いね」ということです。野田さんの演説が、もっとも苦労話が多かったのですが、二世議員が居なかったことは、それなりに、良かったと思います。二世はだめですね。贅沢な暮らしや、甘い生活を送った結果、だめになるのです。三世だと、隔世遺伝が現れて初代の大物振りを、血(遺伝)の側面から見せる事があります。小泉純一郎しかり、河野太郎さんしかり。    

この五人の候補者は、ともかく自分一代で、のし上がったタイプが多い。それは、ほっとします。日本国の首相なんて、苦労、苦労、苦労の三重苦の世界ですから、それ以前に苦労をしたことのある人間でないとできません。
  
日本が、独立国ですって。うそ、うそ、で、あっちこっちに、気を配らないといけないので、これ以上はない苦労の連続の世界ですから  

 野田さんは、早稲田の出身で、かつ、松下政経塾の出身で・・・・・ということは最底辺の人間ではない。政治の世界、特に最近の日本では、朝日新聞が政治を行っているような趣があるから、朝日新聞に人脈を多数持つ早稲田の出身だということは、それだけで、大きな保護膜に包まれたようなものです。
昔は、薩長土肥でなければ、人であらずと、いう趣だったが、現在では、早稲田であらずんば、人であらずという趣です。

 しかし、自分の弱点とか、劣等点を大きく打ち出した演説は、捨て身の気迫とか、乾坤一擲の迫力が、有りました。それは、現在の日本の気分にフィットしています。

 まあ、軽く口が滑ってしまったついでに言ってしまえば、この部分が石原伸晃氏にないのです。まあ、谷垣さんにもないのですが、28日、代表戦の後で、野田さんが、自民党に挨拶のために、訪れた際に、谷垣さんはにこにこしていましたが、石原さんが仏頂面です。それじゃあだめですよ。子供っぽくて。苦労が足りない人には、日本の首相は任せられません。谷垣さんは、ご自分とはタイプの違った人間を、そばに置くべきでしたが、自民党は、もっと、野性味のあるタイプを執行部に入れないとだめでしょう。
  五人の候補の中では、ベストの人材が選ばれましたね。前原さんは、国交相の時に動きが激しすぎて、ちょっと躁病に近く見えたので、日本国の首相は無理ではないかなと、私は、思っています。日本国の首相って、ただただ、我慢の世界ですから・・・・隠忍自重のきわみの世界です。

 海江田さんについては、ここでは、口にチャック。
 というのは、これは、小沢さんが負けたということです。から、小沢氏に対して、水に落ちた犬はたたかないということで。
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 ただし、次の日に、輿石さんが、幹事長に選ばれたので、『なかなか、どうして、どうして、単純ではないな』と思いますね。
 
で、今回の些事中の些事ですが、決選投票の前に待たせられているときに、私は野田さんが二位だと感じて、それに対して、久しぶりに、自らの勘のよさが戻ったと感じました。55歳のころは、勘が鋭くて、全身アンテナというべき人間だったのですよ。
 これは、有名であるとか、無名であるとかいう概念とは、まったく別のところでの話です。今はわざと、鈍感になろうとしています。それは、老後を死の一瞬まで、上手に、かつ他人に迷惑をかけないで、送り抜くためですが。
 でもね、ごたごた待たされているアノ間に、『ウ、野田さんが二位だぞ。ということは野田さんで決まり』と思ったあの瞬間は、自分で、自分を祝福しました。とても、大切なところでは勘が正しく働くねと思って。

それから候補者の品定めに入ります。海江田さんが、マスコミ有名人である理由が今日も良く見えましたね。甘いから、他人と融和しやすいのですが、融和する他人を、選ばないと・・・・・ただ、甘いからこそ、付け入られる。でも、前から、この人には、星占い的に言って、首相をしない方が、ご本人のためであると感じています。マスコミ界タレントとして、人生を貫いた方がいいです。電波芸者といって、テレビに出る人を軽蔑する向きもあるけれど、人それぞれですから、向いている世界で、ご活躍になったらいいです。日本国の首相は、あっちへ、頭を下げ、こっちへ頭を下げの連続ですから、しぶとさとタフネスがもとめられます。それが、なさそうですから。
 馬渕さん。主人が同窓なので、期待をしていますが、田中角栄を褒めたのはえらいです。現在のマスコミの主流とは反しますが、ご自分の信念の提示で、それは、政治家の原点ですから。それは好ましい。
 ただし、決選投票になったら、海江田さんを選ぶと言ったとか、言わないとか。純真な人みたいですが、どうも、政治家としては、お勉強不足みたいです。もっと裏側に関する知識も持たないとだめでしょう。ただ、裏側を探らないから、純真で居られるのかもしれないけれど。

 鹿野農水・大臣・・・・思いがけないほどの男っぷりで、おや、まあという存在でした。もちろん精神的な意味でですが、いわゆる侠気というようなもの片鱗を見せた人でした。いま、そこまできっぷのある人が少ないので、貴重なのでしょう。

 ただ、問題はNHKの民主党への、ひいき振りです。これほどの長時間、ライブで、放送する事が妥当だった、か? 特に正午のニュースを削除してもよいことだったか?、まあ、面白かったといえば、面白かったですけれど。

 些事でPC画面をうずめて、ごめんなさい。ただし、本音を言えば、政治は些事ではないはずなのですが。それなのに、些事にされてしまっている日本は、つらい国でも、あります。私はひそかに、涙にくれる、日々でもあります。これから、どうなるのだろうか、この国は?
 ただ、野田さんが、代表に選ばれ、その後国会でも、順当に、首相に選任をされたのは、かろうじて、ですが、明るいことでした。
  29日から書き始めて30日に終わる。
△△△△△△△△△△△△

  しかし、30日に入って、午後四時ごろと、夜九時ごろのNHKの番組編成を見ていて、いつもの私の認識が戻りました。

 まず、午後四時ごろ、NHKが、何か、自然の番組を提供していて、野田新首相に対する特番を作っていない。変だぞとまず思います。NHK派、2010年2月17日に浅田真央ちゃんの、エキジビションを、見せないために、午後十、刺して大きな津波も及ばない、そして、地震そのものの、被害も小さい地震について、延々と特番を放映していました。

 それに比べると、首相が、意外性を持って選抜されたわけですから、国民はいろいろ知りたがっているわけです。それなのに、特番が組まれていない。

 そして、NHK九時からのニュースウォッチを、見て、やはり、同じだし、いやな傾向だと思うことがありました。それを、追求しておきましょう。

 冒頭、タイトル画面の前の、惹句の段階で、アメリカの誰か、あまり有名でない政治家(女性)を画面に登場させ、日本の首相の名前を知らないといわせ、苦笑いをさせていて、しかも、かぶっている解説の言葉として、日本の総理大臣が選出されても、世界は関心を持たないといいました。

 ニュースなのに、どうして、こう言う演出が必要なのでしょう。
 で、これを、私固有の解説をさせていただきますと、

 小沢一郎氏が、応援した、海江田氏が、首相にならなかったので、祝福をしないとなるのです。なんという忌まわしいNHKでしょう。

 表向きに流れているものと、まったく違う方向でニュースを作り続けるNHK・・・・・だが、監視のために、眼を離さない私です。
  そして、野田氏は、小沢氏の仲間の輿石氏を、幹事長にしました。それに異議を唱えるつもりはないが、NHKに対しては、深い疑問を、引き続き、抱く私です。
  2011年8月30日   雨宮舜(本名・・・・川崎 千恵子)
コメント

大銀杏倒壊の、理由を、55%の、レベルで、ここで明かそう。△  

2011-08-29 03:09:18 | Weblog
 これは、一見すると美術の世界の噂話に見えますが、無論のこと、政治の話です。どうか、誤解のないようにお願いをいたします。今、30日の午後1時ですが、やっと完成し、文章の総タイトルも変えました。

副題1、『本日のウォームアップ用文章』
副題2、『英語版、新型フェイスブックが、週に三度も、案内が来るが
   ・・・・・・その、行為の、真意は、どこにあるか?』
副題3、『小林ひさ子さんとは、どういう人か?』
副題4、『私にも、幸せが、訪れた、時がある』
副題5、『ホテル・チェルシーとは、何なのか?』

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副題1、『本日のウォームアップ用文章』

 『世の中のことで、真実が100%世に出ることがあろうか?と思うほど、大切なことは隠蔽されている・・・・・出てこないのだ』と、思うようになった私ですが、

 こと、私に関しては、35%だった、裏側を明かす程度を、50%か、60%に近く上げていっている段階です。が、当然のこと、ストレスは果てしがないというほど、疲れます。

 それに、9月の第二週目、17日までは、グループ展もあり、コーラスの発表会もありで、このブログへ、専念するわけにも、時間上行かなくなるかもしれません。が、常に最大の努力をする私は、引き続いて、最大の努力を、ここに払うつもりです。

 しかし、最も書きにくいポイントは、知人や友達のことです。信頼している人物が、悪い教唆によって、裏切ってきた場合に、それ以前の長い交流を思えば、それを暴くことには忸怩たる、思いがあり、苦しみはひとしおです。しかし、そういうアイデアを練ってくる裏側の存在がもっとも、悪質なので、それを、暴き、この国に、真の自由が訪れるようにする事が目的ですから、引き続き、がんばらねばなりません。

 最近、苦しいことだったのは、田口広勝さんが、鎌倉陣営エージェントたちに、すっかり丸め込まれていた事を、明らかにすることでした。私の方では、三年前から確実にそれに気が付いていながら、書くのを非常にためらっていた問題です。

田口さんは、出来が良い人物で、ご自分の分析もきちんとできていて、それをまた、言葉によって外へ出すことのできる人材です。

 芸大、早慶、東大などの出身であるエリートでも、心や目が曇っていて、それが、できていない人間は多いです。そういう真に上等なひとであり、かつ、いじめるといっても、高度な利用のされ方であって、表面から見れば、別にいじめでもないという事を書くのは、非常に難しいことでした。

 田口さんが、今回電話で言ってきたことは、北鎌倉を中心とするグループ展に出品しないかという件で、一見するとどこにも問題がないからです。でも、前報で、解説している通り、それは、タイミング他で考えると、敵方が、最大のレベルで、守りたいと考えている酒井忠康氏に、触れることとなるからでした。それでも、あれでも、15%ぐらいしか触れていません。あとの85%には触れていないのです。

 しかし、酒井氏に関しては、ここで、ちょっと分析を、休みます。おびえているわけではなくて、それ以前からの懸案を書いた方が、私の脳内を、すっきりと進行させるからです。他人は動かせません。でも、自分の体は、自分でコントロールできます。脳も自分の体の中の一部であり、それを、どう利用するかは、自分の采配下にあります。

 で、話は突然に、ニューヨークへ飛びます。
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副題2、『英語版、新型フェイスブックが、週に三度も、案内が来るが
   ・・・・・・その、行為の、真意は、どこにあるか?』

 私は外部との連絡用に、AOLを使っています。これはアメリカでできたもので、世界中で使っている人は多い模様ですが、もっとも、国際的軍産共同体に、支配を受けています。でも、私は、何事も、逃げてはだめだという方針を持っていますから、不利でも、じっと我慢をして、使い続けているのですが・・・・・

 もう、ひとつ、100%アメリカナイズをされた、一種のニュースが配信されるのです。それは、フェイスブックとそっくりなシステムですが、後からできた、似たようなシステムとしてアメリカを中心に、動いているサイトのようです。・・・ただ、実際に活動をしているものなのか?、それとも、一種の諜略行為として、私に送り込まれてきているのかは、今のところ、わかりません。私は、半々だと考えています。

 使う言語は、英語オンリーみたいで、日本人メンバーとして、目立ったのは、南條史雄・森美術館・館長ぐらいでした。

 しかし、もう、一人、私にとっては、非常に重要な知人・小林ひさ子・さんが含まれており、そちらのご紹介で、そのサイトのメンバーにもすでになっています。が、日本語で、書き込めるフェイスブックでさえも、いささか、手に余している私にとって、その100%英語だけシステムは、ほとんど、休眠状態なのです。

 それなのに、頻繁に送ってくる。肝心の、フェイスブックの方の案内は、送って来なくなったAOLが、そちらの方は頻繁に送ってくる・・・・・これは、一時期来ていて、今は来なくなったホワイトハウスからの、オバマ大統領・秘書の英語版メールと同じで、こと、私に関しては、政治的な意図(=ものを書くな)を持って送ってきている・・・・・のだと感じています。
 南條史雄さんにとっては、実用的なエリート同士での、交信システムなのかもしれませんが。

 ここで、どういう特定の意図があるかというと、日米間の、現代アート界にとって、相当に重要なひとである、『小林ひさ子さんの事を常に忘れるな』と、命令であり、したがって、『銀座のニッチギャラリーについては、書くなよ』という命令でもあります。というのもニッチギャラリーは、小林ひさ子さんの、紹介で、出入りするようになった画廊だからです。

 で、小林さんを好きな私は、そこに対する悪口は、絶対に書かないはずだとみなされていて、ニッチギャラリーが、心理的な弾圧の舞台として、使われてきたのです。何度も。

 篠山紀信氏の、青山墓地でのヌード撮影の件での、家宅捜索も、ニッチギャラリーが糸口だったのですが・・・・・そこは込み入りすぎても居るので(つまり、三万字ぐらい、字数を必要とするので)後回しにして、今回のフェイスブックの件だけにこだわりますが、そちらを利用した弾圧にも、見事にニッチギャラリーが舞台として使われたのでした。

 フェイスブックに、現代最高の権力者の検閲が入っていて、決して、『自由度が、100%の世界ではないのだ』という事を、今、書こうとしていることは、敵には手に取るようにわかるわけです。そして、それを、書いてほしくないときには、必ず、間接的な手法で、弾圧してくるのは、以前からの長い経験で、良くわかっていることであり、

 このLinked In と言うサイトのニュースの配信はそれを目的にしていると判断をしました。で、小林ひさ子さんとの友情を大切にすると、見事に敵の術中にはまることとなるので、残念極まりないですが、彼女との、友情を一切あきらめる事と決意しました。

 自然に放っておいたら、こう言うことは決して起きないので、これも、損失が、20億円に上りますといっている、その損失のひとつです。
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副題3、『小林ひさ子さんとは、どういう人か?』

 この人は、高校時代に、AFS留学生として、アメリカへわたり、その後、大学もアメリカで学んだ人です。私より少し若いが、すでに、60歳は超えている人ですから、当時のAFS留学生がどれほど、優秀だったかを考えると、頭も非常に良い人である事が推察できます。

 しかし、さらに特筆すべきなのは、彼女の性格が非常に良いということなのです。それは、星占いで言っても、それが、いえるのですが、と、同時に生活が、きちんとしていて経済的に恵まれているということも大きいのです。

 現代アート系の作家であるということは、生活が苦しいということと同義語なのです。それは、世界中で共通しています。で、皆さん、別の職業を持つということとなり、そのもっとも適切なものが教師であることは世界共通です。

 が、小林ひさ子さんの場合はサラリーマンではないのです。ホテルのオーナーです。プチホテルで、10室から20室程度ですが、月給よりは収入が高いでしょう。それに、上手に、人(アルバイト)を使えば、ご自分の時間は自由に使えます。日米の往復の自由、それから、日米の社交界(アート関係)での、他人と伍して行く自由。そういうものを裏付けてしてくれる経済的な自由があります。

 彼女は画家ですから、自宅もホテルもソーホーにありますが、自宅はご主人とご自分で、あがなったものとしても、ホテルの方は、日本のご実家の援助ではないかと考えます。これは、明治大正の生まれの親が、ちゃんとした生活をしていれば、日本でも頻繁に、起きた話です。私も、20年近く親から援助を受けていて贈与税を払い続けましたが、親の方に余裕があると、不動産取得の面で、子供を援助したのは、よくあるケースなのです。

 ニューヨークのマンハッタン島でも、ある中型ビルのワンフロアーが、3000万円で買えるケースはあると思います。『それぐらいなら、出してあげるわ』という親は多いでしょう。ローンを組んで、二つのフロアーを買えば、それは、プチホテルぐらい経営できる規模の広さとなります。

 小林さんは、そういう経済的なバックがある上で、結婚をしていてお子様が二人あり、かつ現在は、ある事情からご主人とは別居中(?)ですから、時間の自由はある人です。これは、画家としては理想的な状態です。

 時々は日本で、個展もしますが、それは、ニッチギャラリー専門のようです。それ以外にも雑誌『文学界』(文芸春秋刊)の挿絵を描いたりして、優雅な露出状態です。
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副題4、『私にも、幸せが、訪れた、時がある』

 さて、小林さんは、人がいいので、日本人画家を、ホテルとか、自宅に、お金を取らないで、宿泊させてあげることもあるみたいです。そういう交友を続けている人の二人として、上條陽子さんと、星野美智子さんがいることは、ニューヨークで、小林さん自身から聞きました。

 上條陽子さんは、小林ひさ子さんと同じく、とても、人柄の良い方で、アラブの難民支援を重ねていることで有名ですが、それ以外に、安井賞受賞作家であるとか、脳に大病を患って、そこから生還をしたとか、数々の、ドラマチックなエピソードのある方です。美人だし、現代アート系ではスターの一人です。

 星野美智子さんは、上條陽子さんと比較をすれば、ドラマも破綻(?)も少ない方です。しかし、私にとっては、後で、驚愕すべき人となるのですが、特に馬越さんと経歴が、とてもよく似ているので、その比較もかねて、後で、もう一回深く論じます。・・・・・
 その破綻の少ないところといえば、国画会というところで会員になっていることで知る事ができます。それは破綻を見せないで居ないと、絶対に、なれない立場ですから。フォトエッチングの手法を用いた、版画家です。ボルヘスをモチーフにしているとか。

 この二人がどうして、小林ひさ子さんと仲良くなったかは、どちらからも聞いていません。星野美智子さんにとっては、こう言うおいしい情報は絶対に他人には上げたくない模様ですし・・・・・ともかく、情報を握っている、美術界のセレブと仲良くならないと、得られない情報でしょう。

 皆さん、ある意味で、鵜の目、鷹の目であるのです。田口広勝さんと、最終的に別れようと決意したのも、彼が、神奈川県展というコンクールで「大賞が近いですよ」と審査員に言われてしまったために、心が上の空になっているのを知ったからです。まるで、聞く耳を持たない状態になってしまっています。大昔のような権高い威張りやさんに戻ったというわけではないのですが、その最大の、長所であった、透明な心が、まるで見えなくなったので、『あ、世間の俗物と同じになっちゃった』と思い、遠ざかる決意ができたのでした。

 それらの、甘言を弄する、審査員の上の存在として、酒井忠康氏があるわけで、それに抗して「私のほうに、より大きな忠誠を誓ってください」などと、田口さんに、望むべくもないことぐらい、馬鹿ではない限りわかりますからね。

 ところで、元に戻ります。
 小林ひさ子さんという有力者と結びつく方法のことです。ニューヨークに強い美術評論家と縁を結ぶとか、いろいろ手法はあるわけです。が、えらい人と仲良くなっても、その人が作家だと、おいしい情報を分けてはくれないかもしれません。パイが小さい世界ですから、作家は心理的には、けちな人が多いです。了見が狭い人が多いです。

 ここで、もう一回脇へそれます。私は実は、自分では、そういう出世への動きをしません。それで、たいていの作家にはびっくりしてしまって、すぐ良い友情ができます。ですから、自然に放っておいたら、すばらしい人脈に囲まれていて、美術でも、文章でも、大人物にすでになっているはずなのですが、恐ろしい弾圧をあれこれされてしまったので、すっかり、あきらめてしまって、ひっそりと暮らしています。
 大切な情報で、誰にとっても、役に立つ情報でも、それを、誰にも与えないようになってしまっています。電話も使わないし、個人的なメールも応答をしていません。

 で、それも加えれば損失が20億円に達するとなりますカラ、怒りは深いです。ただし、こう言う人権侵害をしている方だって、損失をこうむっているのですよ。だって、酒井忠康氏の悪なんて、まだ、まだ、15%も書いていませんから。ぐんぐん、出てくるはずです。彼は徹底的に落ちた偶像となるでしょう。そういう風に仕向けた、張本人は大原光孝という画家ですが、大原さんが、そういう態度をとるのも、瀬島隆三に支配・教唆をされた鎌倉陣営の教唆・指導に基づくものですから、ゆきつくところは、結局、伊藤玄二郎、および、井上ひさしとなるわけです。

  大原光孝さんという人がやったことの、ほんの15%程度、ほとんど、問題にならない部分をすでに、書いています。

蝉のおしっこ・・・(心理学的な意味で)・・・を、浴びた私
2010-09-26 14:52:13 | Weblog

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/7a43d372d204bfe3d8810e89fb2456cf/19

トラックバックが利用できるか、どうかはわかりませんが、本日も試すだけは試しておきます。
 興味とお暇があられましたら覗いて置いてください。だけど、これはほんの序の口だということはお忘れにならないで・・・・・彼がやったことの、15%です。あくまでも、そうなのです。私は復讐が目的ではなくて、反省してもらう事が目的ですから、のっぴきならない悪については、どこでも触れていないのですよ。

 特に町内会の人間に対しては、これでも、ものすごいレベルで親切を施していて、最も鋭い部分には、触れていないのです。まだ、猫のトラブル程度しか話していないのは、温情のきわみなのです。

 さて、大原さんという余談から元へ戻る前に、もうひとつ余談を入れます。それは、私にも結構なレベルで恵まれているところもあるという点です。こんなに、いじめられてストレスが満載で、ストレス性ガンになど、とっくにかかっても良いと思われますが、健康で、普通の状態で生きているのは、いろいろ、恵まれているところもあるからです。

 そのひとつが、英語が自由自在に使えるということと、金銭的に豊かな時代が多かったということです。割と、お金には恬淡というか馬鹿で、ばんばん使い切っちゃって、貧乏だったときもありますが、全体としてみれば、恵まれている方で、その二つを使って、海外へ研修に出かけられたことです。それを、56,57,58歳の三年間に、三回もすることができて、それは、ラッキーでした。すべて三ヶ月ずつですが、そのほとんどを、版画修行三昧ですごすことができて、観光としてはだめでも、ある一点に集中したことによって、得がたい学びを得たということです。それが、私の最大のラッキーポイントです。

 毎日、10時間以上、ほぼ80日間、土、日もなく徹底的に版画だけを作っている生活というのは、日本に居てはできません。どんなに少ないといっても、それなりに、知人が居て、家族がある。となると、いろいろな雑用ができます。交流もあります。
 しかし、海外で一人住まいをしていると、新聞も読まなければテレビも見ません。外部からは電話もかかってきません。ですから、一点集中主義で、版画の修行をすることができて、版画工房で、ある程度の人との、ふれあいもできますので、これ以上はない潤沢な海外体験となります。企業の駐在員や、その家族よりも、濃密な体験をしているといえるかもしれない。
 版画工房というのはおしゃべりをしたり、社交儀礼を満たす場所ではありませんが、制作する(=働いている)姿というのは、人間の素顔が現れている瞬間の連続だから、パリならパリの、ニューヨークなら、ニューヨークの素顔の人間に、接することができ、国情も良く飲み込めるのです。それに、たった80日間でも、まったく同じ事をやっているというのは、テクニック的にも芸術的にも大きな進歩をもたらすものです。
 他の事を一切やらないということのすばらしさ・・・・・

 三年間だけでも、そういう生活を送る事ができたのはラッキーでした。若いときに父が「美大など贅沢だし、将来の生活が不安定になるから、画家になるのはやめなさい」といっていたのに、結局は遺産を残してくれて、それが、元手で、こう言う生活をできたわけです。

 そのころは、実学を身につけなさいといわれていて、ICUへ、進学したからこそ、英語が自由自在に使える様になって、宿(アパート)も決めなくても、ひょいと、ニューヨークへ行く事ができる、そういう行動の自由を得られたからです。人間万事塞翁が馬というか、なんというか。

 そして、人生全体を振り返ってみても、50代後半というのは、まだまだ、自分にとっての、体力や気力が充分残っていた時期で、あの時点でこそ、やった事が政界だったのです。大変な無理はしましたが、あれだけの、無理が利いたのも、まだ、50代だったからだと感じています。ですから、神は充分にその人を見ていて、その人にふさわしい生活を与えてくださるのです。

 で、そういう貴重な体験のひとつがホテルチェルシーとの遭遇です。
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副題5、『ホテル・チェルシーとは、何なのか?』

 ホテル・チェルシーとは、ニューヨークの一種の文化遺産です。100年以上前に建てられた赤レンガの建物で、アールヌーボー様式のヴェランダがあり、同じ様式のみごとなガラス天井があります。フランスの影響を強く受けている建物で、日本でも、横浜赤レンガ倉庫が活用されているように、建物自体に風情があり、地方からニューヨーク見学に来たおのぼりさんが、その文化的意義を感じてとまったり(ただし、宿泊設備は、古くて不便でもある)玄関の説明版を読みに来たりしているところです。

 日本で似たような位置にあるホテルとしては、山の上ホテルが当たるかもしれない。そこでは、有名な文学者が缶詰になって筆を取ったといわれていますね。

 ホテルチェルシーも文学者と、画家などの、芸術家が投宿したことで有名です。ただ、二つの間には圧倒的な違いがあります。それは、山の上ホテルは、別に宿泊料をただにして、宿泊者へ援助したとは伝わっては居ないことです。そこで、缶詰になった作家連中はすでに、有名になった人で、宿泊料は出版社側から出ていたと考えられます。ただ、場所的に静か(明大の裏だから、昔は閑静だったと考えられます)だし、大ホテルではないので、宿泊者数が限られており、作家が大衆の人目を気をしたり、それ以外の面でも、気を張ることなく、廊下を行き来することができるという側面が、あったでしょう。

 ホテルチェルシーは、もともと、1DKの賃貸マンションとして建てられた模様で、台所が付いています。それで、長逗留する人間には安く宿泊できるという側面があります。日本で言うと湯治場という趣きがある。特に画家に対して、宿泊料を安くしてあげるという援助者気質があるところです。で、画家たちは、作品を宿泊料代わりにおいて帰ったので、たくさんの美術品があり、それが、一階から、九階までの階段スペースを飾っています。出、今では、一種の美術館となっています。

 チェルシーというのはソーホーより前に、芸術家がたむろする場所だったのでしょう。今は、そこからさらに西側が発展して一大画廊街にもなっていますので、画家にとっては宿泊してみたい宿ではあります。

 私は、ニューヨークではホテルは利用せず、たいていはアパートを借りたのですが、この2002年のときだけは、たった、2週間なので、ホテルを探しました。ホテルチェルシーは、版画の先生役のロバートブラックバーン氏の住まいでもあったので、1999年と2000年には何回も訪問をしており、その内部も良く知っていました。

 で、選んだのですが、思いがけず高い。当時円高ではなくて、120円前後でしたが、173ドルといわれては、2万円を越します。ちょっとびっくりしましたが、在ニューヨークに美術関係者が、「川崎さん、それだけの価値はあります。お金というのは、正直です」というので、申し込んで、二週間宿泊して、個展をやったのです。

 実はその際に、メールのやり取りがうまくいかなくて、莫大な超過料金(16万円)がかかったのです。それを当時は、ホテルチェルシーのインフラが古いせいだと考えていましたが、今は、違うと考えています。

 つまり、その当時から、国際的軍産共同体からは、狙われていたのでした。特に、英語で、通信をする事を忌避されていたのです。ライターとして英語で、書けば原発反対のことなどドイツの緑の党のメンバーなどにも影響を与えかねないとみなされているからでしょう。ただし、2003年以前はメルマガないでも、政治的課題は書いていないので、これは、ひとえに、大学時代に、CIAのスパイだったと思われる、ベイカーさんに頭のよさを見破られてしまっ田事が原因です。そのうえ、彼が、自らの失敗(=見破られたこと)を埋め合わせるために、暗がりのキャンパス内で、痴漢を装って、私を殺そうとしたのです。ところが、それが、失敗したために、引き続き暗殺をしたいと思っていて、さらに、暗躍し、世界中に部下や同調者を配して、肉体的にも暗殺を、試み続けてきました。が、常に、それを、はずすことができた私なのです。

 で、肉体的には、それはできないものの、ともかく、私が、発展したり、世界をまたにかけるライターとなったら大変だと思われていて、英語でメールを発信することを妨害をされたのは確かなのでしょう。
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 ここで、また余談に入ります。ご近所の甘やかされた、いじめ軍団番長主婦たちに、以下を、申し上げておきたいと。大原光孝さんも職業がないので、それらの主婦軍団に含まれますが、前田祝一・清子夫妻、安野夫妻、浅野夫妻、石川和子・柳沢昇たちへですが、

 「私はあなた方とは訓練の受けた度合いが違いますよ」と。「川崎千恵子は、復讐をしないし、喧嘩にも(日本国内では)もって行かないので、弱い人間だ」と、勘違いをしているのでは有りませんかとも。しかし、私の方では、アンテナの張り方も、頭脳の使いかたも、身じまいのあり方も、彼らとはレベルが違うと思っています。それは、ここに引っ越してきた最初からであって、だから、ばかげた主婦軍団の、井戸端会議には、加わっていません。特殊な地形から、全山に響きわたる声を使って「ゴーヤをさあ、もらったからさあ」とか「うちの、むすめがさあ、湘南高校で、イケメンと付き合っているから、笹と決めなさいと、言っているのにさあ』(いずれも、前田清子夫人のせりふ)、などと自慢をしながら、それに加わらない人間を排除しいじめている軍団とは、はまるで、付き合っていられないと思うわけです。

 でも、そういういじめ番長主婦軍団に加わらないことによって、なんと、13坪ぐらい、土地を盗まれてしまうのです。それが、アジサイ畑欺もう事件というものです。他の人はお花を植えて楽しんでいる土地を、我が家だけは、コンクリートうちを、されてしまったのです。そして、その余波で、さまざまないやな事が起きていて、その被害総額が、20億円に上るという、その爪あとを、夕刊を取る時や、門扉周辺の花を観察するために、毎日最低二回はそれを見ますので、そのたびに腹が立ちますよね。そうすると、23年間かける、356日、かける二回、で、15000回以上も腹立たしく、いやな思いをしていることとなります。それだけでも拷問ですが、さらに、ひどい事が数々あるのです。

 その原因は、それらの、井戸端会議のいじめぶりにきた、藤本夫人というひとが、道路の真ん中に塀を作ると主張したからですよ。これは、前田清子夫人をたしなめしかる目的があったのです。大学院まで出ていて、八幡宮様の推薦で、國學院大學の講師をしている、前田夫人のアノ傲慢な態度を見たら、誰だってしかりつけたくなりますよ。普通の感覚をもっている人だったら。

 教育心理学など、学部時代と大学院時代、二回にわたって取得しているはずなのに、どうしてああいう態度を取れるのだろうというほど、恐ろしい事を平気でやる人なのです。
 だけど、当時の町内会長が気が弱くて、前田夫人を謝罪させるよりは、引っ越してきたばかりの私に、犠牲を強いることで解決をした方が楽だと思ったのでしょう。しかも、それで終わらないのです。県のお金、町内会のお金を使って、その後始末、証拠隠滅を図っているのです。活動をしている家は、15軒しかないのに、こんな小さな社会でも、強者の恣意が有効なのです。そして、彼らが得意げに(ということはペンキ塗りお当番をするとか、そのほか、特に活発に動くときがあって、それは、ものの見事に、小沢一郎氏の興隆と連動しています。

 ですから、小沢一郎という政治家が、この国で力を持てば持つほど、
 この国では、遵法精神などが、なくなってしまうのです。この鎌倉の鶴岡八幡宮の、すぐ西側の山で、26年間に渡って、実験をされ、実行をされた
各種の現象は、だからこそ、一個人の私的な体験ではなくなっていくのです。

 しかも、その五つの家族のうちの、安野家以外は毎日、この道路を使うのです。20年前までは各戸に、子供も居ましたから、三人が、毎日何回道路を使いますか?
 ざっと計算して、70万回となります。その際に、申し訳ないという気持ちを示されたことは一回も有りません。
 しかも、増改築の問題があります。伊藤玄二郎と井上ひさしは、一見すると、いかにも正しそうな法律的な知識をかざしてきますが、

 もし、私がしかるべき手段で、「法律を遵守してください。私の方に、こんなに実質的な被害があるのに、それの原因となった方が、これほど、得をするのは納得ができません」と、騒ぎ立てたら、大原光孝さんなど、どうするつもりなのでしょう。

 感謝のひとつもなくて、反対に攻撃してくるのですよ。恐ろしい人間たちです。だから、八幡宮の大銀杏も倒れるのです。八幡宮様はこう言う事情は一切知らず、ただ、ただ、悪魔の忠告を受け入れて、あめりか、きささげを、伐採になっているでしょう。それから、神奈川県立近代美術館の土地を返してくださいと主張をなさっているでしょう。それって、全部、悪魔のささやきなのですよ。だけど、ご存じない模様です。

 この山の連中は、単に謝罪をしないとか、感謝の意を示さないというだけではなくて、さらにあくらつな事を仕掛けてきているのです。

 それをまだ、書いていませんね。だから、わたくしはいつも、まだ、30%しか書いていませんと、皆様に申し上げているわけです。やっと少し、因果関係が見えて来ましたか? 八幡宮様が知らないだけではなくて、美術の窓の編集長、一井いさんもそういう裏があることを知りません。だから、自分が正義の味方をしているつもりになっています。

 さらに、その先で使われた野見山さんは、さらに強く、ご自分の方に正義があると信じているのでしょう。だけど、矛盾はきわまれりで、山口みつ子さんの急死を招きました。自殺か他殺かは、わかりません。だけど、野見山さんに、原因があることは明々白々です。このようにして、必ず神様は決着をおつけになるのです。悪魔も跳梁跋扈しますが、天使、天帝もきちんとご活躍なさるのです。

 大原光孝氏がもっとまともな人間だったら、柄沢斉氏を、間に挟んで、酒井忠康氏がこの様な、いじめ行動に加担をすることも無かったでしょう。

 大原光孝という人間は、面と向かって捨て台詞を・・・・とても、上品なジョークとして言う人間ですが、私は、この2011年の案sん俊似、彼に向かって、こういっています。私だって、あなたみたいな言い草は思いつくことができるわ。だけど、それは、言いません。あなたと、同じレベルには立ちたくないから」と。

 私は喧嘩はしませんが、この一連の野見山さんから、始まる文章へひとえに、その時点での大原光孝氏の軽口を用いたいじめに対するご返事となっているのです。
 決して、眼に見える形での喧嘩は売りません。だけど、弱いわけでもありません。馬鹿でもありません。他人、とくに、年したの男にからかわれて、黙っている私ではありませんよ。それ相応の落とし前はつけさせていただきます。

 800年も生きてきた、大銀杏が、2010年の3月に倒壊したときに、
 私は、自分のいきているうちに、これほどの、みしるしが現れるとは夢にも思いませんでした。ありがたいことでした。が、天がそれほど、怒るほどの、悪が、この小さな山の中で行われたということです。

 柳沢昇、石川和子夫妻は、陶芸教室を開いていて、その生徒さんたちが、私が犠牲になった道路を通ります。25年間かける、50週、かける、20人、往復、2回は、15000回にもなります。町内会費を払っていない存在です。何で、私がそんな犠牲を払わないといけないのですか。菓子折りでももって、礼を言いにこないといけないのに、警官を巻き込んだ大失敗を、やってしまい、しかもそれを、警察が全体で、かばう始末です。

 しかも、そちらを書き始めると、書くのをやめさせるために、今度は、電車の遅延現象を起こして、脅かして、書かせないようにさせる始末です。伊藤玄二郎と、井上ひさしは、国民に対して、大迷惑をかける人たちといってよいでしょう。

 さて、ホテルチェルシーで、英文のメールが発送できない話からご近所様様の話へもどってしまいました、が、私も、こちらの件も重要だから、ここで、この一文を終わりとさせていただくことといたします。

 ニューヨークのこと、および、小林ひさ子さんが、どうして、こうして、というポイントでは書き足らないところがありますが、

   2011年、8月28日から書き始めて、30日に終わる。
                        雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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核分裂は、燃焼とは違うのです。8月の時点で再確認、

2011-08-28 14:34:46 | Weblog
 ただ、今、原発事故について書いた文章を見直しているのですが、(推敲もしているのですが)、この4月10日付の記事は、まったく色あせていないと自負しています。

 そのころ、発売の月刊文春では、なんと、『一ヶ月もかかって、収束できないのはおかしい』という論調で、記事を作っています。なんと言う蒙昧か?

 科学的知識が、月刊文春の編集長といえどもないのです。

 それが、日本人へ対する、洗脳の結果です。

 原発は大切だ。それは、大丈夫で安全なものだという神話が長い間、浸透していたのです。

 その記事の一文の中で週刊ポスト、が、すでに、小沢擁護に動いた事を問題にしています。

 そこは、私の論調は正しいのですが、政治の方は、さらに悪い方へ動き、すでに、首相は退任で、次の総理選びが始まっています。おや、おやというほどの、流れですが、

 最近、の、美術界の話(裏話に近いもの)を書いているように、言論弾圧が成功したと見る、核燃料売りつけ側の巻き返しが、成功しているということです。

 小沢一郎と言う人は、傀儡中の傀儡です。原発に対して何も発言をしていませんが、原発を推進したい国際的軍産共同体が、最も、大切にしている、政治家です。

 最近、小沢総理大臣待望などという、論調さえ浮かんでいますが、驚くべきことです。マスメディアは何をしているのか?

 と思いますが、ここに、書いている通り、4月10日に発売をされていた月刊文春(多分、五月号であろう)では、一ヶ月も、収束にかかるのはおかしいという論調で、記事が組み立てられているのですよ。マスコミも学会も、教育界もその時点までは、怠慢に過ぎますし、すぎました。それで、どれほど、日本人が何も知らされていないかを示しています。
  4月10日発信の文章の方が、初出として書いているので、高雅だったと感じますが、ともかく、

@@@@@@@@@

『消火という現象が、核燃料には、ありえない・・・・
        ことを、11年8月時点で、再確認する』

 まず、一番大切なことは、原発では、核分裂で、高熱を発生させ、それで水蒸気を作り、タービンを回して発電をします。

 従来の人類の知識では、高温を作るのは、燃焼という現象でした。それと、核分裂はまったく違う仕組みであるという、最低の基礎知識が、普通の人にないのです。月刊文春の編集長でさえ無いのですから、福島県民をおいておやとなります。それは、栃木県の県民も同じであり、東京都民も同じであり、神奈川県民も同じでしょう。
 で、誰もが、終わりが来ると信じているみたいですが、おどかすわけでもないが、終わりは来ません。

今まで、人類が何万年もの間慣れてきた、高温を得る現象は、燃焼と言うのから発生しました。燃焼とは、炭素原子が、酸素と結びついて二酸化炭素を発生させる現象を言います。鉄なども同じように酸化しますので、その熱は、冬に使う携帯カイロなどに、応用されています。
 最外郭のオービタル(軌道)に、炭素は二つ、電子を招き入れる余地があります。で、ちょうど、適宜な速度で、人類が応用しやすい、熱を取得することができます。
 鉄を燃やすことは原料が高価すぎるし、灰が、厄介なものです。また、一価のナトリウム(それは、最外郭オービタルに、一個の電子を招き入れるアナがあるということ)は、反応が激しすぎて、手に負えません。
 で、炭素が、人間にとって、最も適した材料となります。

 日本人は江戸時代には、使いやすい炭素として、・・・・木材に緩やかな熱を与えて、水分や、有毒微量物質を取り去った・・・・すみ(木炭)というものを発明し、流通させてきました。が、工業用には、それでは量が足りないということで、石炭(炭鉱)の開発が行われ、その石炭に、木炭の製造技術が応用されて、コークスなどというものも開発をされました。
 しかし、これらは、木や植物から長い時間の作用によって、土の中で、炭素が、集約されてできたものですから、地球内に、存在する量に限度があります。で、今の日本の発電現場では、石炭よりも、石油類や、ガス類が、使用されている模様で、化石燃料と呼ばれています。石炭は鉄を生産する方向などへ、使用される模様であり

この炭素原子は、質量が14であり、ウランなどに比較すると、原子核が非常に小さいものなのです。誰も計測した結果を発表していない模様ですが、感覚的にいえば、直径として、100倍から、1000倍程度、ウランの方が大きいでしょう。で、直感としてもわかるとおり、人間が扱いやすいもので、高温を得たい、燃焼(=酸化)が行きすぎて人間が困る事態になったら、消火(消防署の出動)ということで、鎮火をすることができます。
 それが、できないときでも、炭素が消費(酸化され)しつくされると、火は消えて、熱がおさまり、低くなります。
 今回湾岸で、ガスタンクなどが、地震で亀裂が入り、自然発火してしまい、数日間夜空を焦がす、炎を上げ続けました。それでも、2週間もたてば現場に人が入ることができます。総量が、酸化し尽くされれば、鎮火して冷却するからです。

 しかし、核燃料が高温を発生するシステムはまったく違います。ウランが酸素と結びついて燃えるから高温が出るわけではありません。ウランそのものが核分裂をして、違う物質に生成することで、莫大な熱を出します。今使っている、燃料棒集合体の中にも、濃縮度が、高くて、0.7%だそうですが、そんな少量のウランでも、こう言う事故がおきると、莫大な高熱を発生させるのですが、それは、炭素が燃えるのとは違うので、終わりが来ないのです。酸素がいくらあっても、ウランは酸素と結びつくわけではないので、終わりが来ないのです。水素爆発というのは、核燃料を包んでいる、外膜のジルコニウムが酸化して、空気中の酸素を取り込むので、水素があまりすぎるから爆発するのですが、それは、ウランそのもの反応ではありません。
  で、消費されることのない、莫大な量の核燃料が福島第一原発内には残っているので、 

東電が発表した、工程表なんて、気休めにしか過ぎなくて、『科学的知識のない庶民を、ともかく、ここで、なだめておきましょう』というにしか過ぎないのです。私も、もちろん庶民の一人ですがね。

そして、今は、半減期が短い、ヨウ素同位体とかセシウム同位体(これらは、原子核が小さい方の、分裂後の物質です)が、メディアで大騒ぎをされていますが、もちろんのこと、もっと、大きな物質で、半減期が長い、ストロンチウムとか、プルトニウムも発生しているはずなのです。これらは、太平洋地域の水爆実験で、第五福竜丸の死の灰事件の時には、名前が上がった物質ですが、今回コトリとも、その名前が出てきません。意図的に伏せられていると、感じます。セシウムしか出ない核分裂などありえないからです。

 原子核内部の生成物など、過去、人間が目視したり図ったりしたことはないのですから、誰も知らないことなのですが、絶対に出ているのです。

ストロンチウムの名前が出ないのは、それの毒性が、一般庶民が深く知っている物質だからだと感じます。また、プルトニウムが出てこないのは、それが核兵器を作る可能性のある物質だから、原発の平和利用のイメージを損なうからです。核兵器と原発は同じ機能を持っているのですが、今の今まで、違う、違うと大宣伝してきたわけなので、引き続き、違うようにイメージを保持したいのでしょう。そのほか、種類は今は、はっきり思い出せませんが、数十種類の名前の違う同位元素が発生し、それらは、すべて、放射性物質となっていて、半減期が、長いと半永久的な、人間に対する、毒性を持ちます。
  実はアノ地域に、作業員という名の、人間を送り込むのは人道的に間違っている大罪です。次に総理大臣になる人は、そこをどうするつもりなのだろう。  

 いま、0.5%ぐらいの含有量で、莫大に高価な値段で、核燃料を日本は買っていると思います。それを円滑に行うために、炭鉱は次から次へと閉鎖をされています。炭鉱は実は、それほど、かっきりと、非、採算性へ落ち込むことはありえず、これらの、閉鎖は、原発導入のためだったでしょう。それは、1960年代のことでしたね。

 また、化石燃料は、炭酸ガスを生むので、オゾン層を破壊し、地球温暖化を招き人類の損失であるといわれてきています。が、今、福島の惨状をみ、それが、20キロとか、30キロで、線引きができないものである事を知るときに、どっちが重い課題でしょうか。ひとまず、エコ運動など、脇に置かないとだめです。私など元から、それは、ためにする、庶民だましの運動だと判断していましたが

科学的にいえば、福島第一原発は、ただ、ひたすらに、核廃棄物の処理場にして、あそこを、何とかしようとすること自体が無理なのですが、しかし、冷却だけは、しないと次のメルトダウンが起きて、大火災にでもなると、雲に乗って、大きな範囲に、放射性物質が拡散しますので、冷却に向かっていただくのは、・・・・『そうですか』・・・・として、ただ、指をくわえて、見ているしかないのですが、
 
    あそこの数キロ圏内の土地を持つ人の土地を買い上げるとか、言う甘い政策は大反対です。それは、原発延命策のひとつですから。

      真実を見つめて、早く、原発そのものを、この地球から無くさないとだめなのです。そうすれば、日本と他の国の経済格差も生れませんし。それから、世界中の原発ですが、実際に稼動しているのは少ないらしいですよ。日本だけみたい。律儀に運転しているのは・・・・・

    2011年8月28日 雨宮舜(本名 川崎 千恵子)
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野見山暁治と、馬越陽子を動かした、鎌倉陣営(酒井忠康他)△

2011-08-26 00:09:21 | Weblog
 今、28日の午後零時半ですが、最後に少したして、完成とさせていただきます。次へいきたいので。

 なお、今日の文章の、全体像を言えば、これは、原発をどうするかの問題であり、
そのためにも、政治が、ねじれ曲がった方向へ行っているのを、困ったことだと考えており、そういう捻じ曲がりを可能にしている道具とか、武器は何だと解明しつつあるところです。
 一番困ることは、この国には本当の意味での、言論に自由はないということです。
その弾圧は、もちろんのこと、隠微に行われます。日本はリビアというわけでも、中国というわけでもないので、複雑です。が、それが、顕現することは確実に有ります。それを探っているのが今の論点です。そして、フェイスブックにおける弾圧の実例を挙げています。その6となるものです。

 下にある、22日発の『野見山さんと、専属画廊主の死ー2』の続きです。

 今は、27日の午後、0時ですが、一応初稿だけは、完成といたしました。
 誤変換は28日に直します。

副題 8、『美術の窓、編集長、一井健二さんは、何をやったのか?』
副題 9、『馬越陽子さんは、結構なレベルで、かわいい人なのだ』
副題10、『酒井忠康氏、の奥様さえ、利用されるが、此方も平気です』
副題11、『ここで、酒井忠康氏、登場す』
副題12、『田口広勝さんは、頭が良くて善人なのに、金色夜叉状態に陥ってしまい』
副題13、『どうして、酒井忠康氏が、それほど、大切なのか?』
副題14、『八幡宮様は、かくのごとくに、使役をされる』

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副題8、『美術の窓、編集長、一井健二さんは、何をやったのか?』

 実は前報は、野見山さんに限定しています。が、野見山さんと私は直接のつながりがありません。で、そちらさんが、私の悪口を山口さんに言ったとしたら、それは、誰かが悪意を持って、告げ口をした内容を鵜呑みにしたということとなります。野見山さんが、『川崎千恵子とは付き合わないように』と、山口みつ子さんにいったとして、それを、私を毎週見ているみつ子さんが、『変な話だなあ』と思っていらっしゃったことは、死の直前に、彼女が用意した私宛の荷物と、メモで、私が、感じたことだと、述べました。

 野見山さんにそういう情報を流したのは、一井健二さんであることは、ほとんど、確かでしょう。一井さんは、対私攻撃用に三度使われています。一回目は、馬越陽子さんと京橋に停めた車の中で待っていて、馬越さんを、私当ての、攻撃用、武器として使ったのです。その車を用意したのは、誰だったのかと、前からいぶかしく思っていましたが、野見山さんが、一井さんの雑誌『美術の窓』で、連載をしているから、そこで、ぴったりと、二つは符合します。馬越さんは、その年度(2007年)に、美術の窓で、大特集を組んでもらっていましたし、
 月刊ギャラリーでも組んでもらっていたので、どちらかの編集長が、それを、補助したと考えていましたが、一井さんのほうだったと思うし、一井さんを動かしたのは、間に誰かが入っていたとしても、例の国際的軍産共同体のエージェントとして規定をしている、10人ぐらいの固有名詞群のうちの誰かなのです。

 ほぼ、酒井忠康氏だったと思っていますが・・・・それをこれから証明して行こうと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~

副題9、『馬越陽子さんは、結構なレベルで、かわいい人なのだ』

 馬越さんは、京橋のギャラリー手という画廊に、私が入った途端に、後ろからそこへ入ってきました。初めてだそうで、画廊を褒めていましたが、私は、すぐぴんと来ましたよ。なぜ、馬越さんがここへ現れたかを。それは、無論のこと、私を狙って、やっつけるためにです。
 
 馬越さんは、早速に用意された手はず(脚本を書いたのは、誰?)にのっとって、それをやり始めました。つまり、どんなに自分が成功していてえらいのかと説明を始めたのです。これはね。敵様が、私をどれほど、大きい存在だと感じてくれているかを表しています。ともかく、馬越陽子を、当て馬にしてやっつけたいと思うほど、私は大物なのです。
 それに、それでは足りないと思ったら、今度は野見山暁治を、ぱしりとして、使ってくるわけでしょう。大変な大物扱いです。感謝申し上げます。

 デモ、相手がやっつけようとして、それらの、人材を使えば使う非土、使われた人間の矮小さが見えてきてしまう私なのです。ですから、使われた人々は、その原案を作った人間たちをおうらみくださいませ。あなた方は、石川和子というとんでもないほど、自己肥大したわがまま人間と、その夫の犠牲になっていらっしゃるわけですよ。お気の毒にとしか、言いようがないですが。

 で、黙って馬越さんの言葉を聞いていると「私は、日本人としてはじめて、北京で、個展をしたのよ」との事です。

 「あ、そうですか」と、私は感嘆します。でも、それを、聞いても、負けたとも思いません。だって、段階が違い過ぎるので、比較の対象にはならないのです。もし、私が、自分を彼女のライバルとして規定をするためには、まず、松屋か、和光ぐらいで、企画展を五回ぐらい、その会話より前にやってもらっていないとだめです。それなら、『ライバルかな。だから悔しいかな』とも思いますが、そんな経歴もない私は、ただ、「はあ、はあ」と拝聴しているだけです。

 彼女は私の顔を見ながら、それを、三回ほど、繰り返しましたが、狙ったほどの、効果がないと見て、がっかりした模様でした。その顔を見た途端に、私は内心で、大きな余裕を持ったのです。だって、『大物の画家が、こんな小さなことに使われて、それじゃあ、品格丸つぶれでしょう。かわいそうに』と思って。

 私がヒールのある靴をはくと馬越さんと、10センチぐらいの差がついて私の方が高いのです。私は彼女を見下ろしながら、『かわいいところがあるなあ』と考えていました。まず、声がかわいいのです。同じ役柄を志村節子さんが、になったら、ちょっと怖いかな。志村節子さんは、かわいい声ではない。落ち着いた雰囲気で、きゃぴきゃぴもしてないし、何より眼光が鋭い。
 それに、馬越さんには、お子さんがない。子育ての苦労をしていない。それが、少女みたいなところを、彼女にまだ、残しているのです。結婚をした事がある人ですから、山口みつ子さんよりは世慣れていて、ふてぶてしさは、より持っているでしょう。

 デモ、馬越さんを、対、私宛のいじめよう武器に使った手合いは、きっと男性で、何も人生も人間もわかっていない人たちです。だから、逆効果というか、ゼロ効果というかで終わりました。私、本当に今でも、その夜を思い出すたびに、おかしくておかしくて、腹がよじれそうになってしまいます。

 ちっとも、『参った。負けました』という表情やそぶりを見せない私に、彼女の方が参ったのか、馬越さんは、次の一手を、出してきました。「三越で、凱旋個展をするのよ」と。それは以前に、見た事があるので、メルマガでも書いています。賛嘆しています。一号を十万円で値付けしていますから、1000万円以上の絵が何点もありました。

 が、それは値段のことだけで、絵そのものは、尊敬していないのです。私は文章を書くたびに常に、『30%で抑えております』といっています。馬越陽子に対して、その絵も、人間も含めて、本当にはどう感じているかなど、文章に書くはずがありません。社交儀礼的な文章です。ですから、馬越さんが、三越で、個展をし、それを、私へのいじめ(威張りかえって、此方をへこませる)に使うのなら、その個展は、たちまちに色あせて、『へ、そんなもの、知ったこっちゃないね』となるわけです。

 この件は後で、ギャラリー手が、閉鎖してしまったので、鎌倉駅裏の喫茶店映画館が閉鎖されたり、鎌倉駅ホーム上の喫茶店が閉鎖された筋道とそっくりですから、井上ひさしと、伊藤玄二郎の原案で、酒井忠康氏が動き、一井さんが、馬越さんに電話をかけたり、車を用意したのだと思います。喫茶店映画館は、そこで、石川和子が、現在の夫、柳沢昇と訪れ、伊藤玄二郎と恋人だったから、鎌倉で、優遇されていて、市の公共の施設を万万使えるのよと、浅はかな自慢をしたところですが、その事実そのものを否定するために、喫茶店をやめさせたのです。建物そのものも壊されています。

 そして、その土地は不思議な転売(たった、一日で、所有者が三度変っている)を繰り返されて大和建物というところが所有しています。小沢一郎のダミー会社だったりして・・・・・週刊誌様、これは、いいねたですよ。ともかく、その持ち主は、国際的軍産共同体に関係があるでしょう。
 また、鎌倉駅ホーム内の喫茶店も取り壊されています。いつも、平山郁夫さんご夫妻ががコーフィーを飲んでいたところです。二階堂のお宅から駅までが遠いので、駅まで着いたら一服してから東京へという習慣になさっていたのです。

 そこで、私が、井上ひさしさんに、「れすとらん・ろしなんて」という自分の本を差し出し、「もらってくださいますか?」といったのに、1分ぐらい無言だったから、その肩をぽんとたたいて、「要らないわね」といったのです。それが、からかったことになっちゃったのでしょう。だって、ものすごく実態は軽い人です。そしておびえている人です。 そんなことは人間観察の鋭い私には、すぐわかります。

 でも、彼はそれだからこそ、頭にきたのでしょうね。裏では、私に対して、ひどい事をやり続けているのに、そちらの方はばれていないはずだから、と、高にくくって傲慢のきわみになっているのです。で、僕の肩に、無名のやつが、ぽんと手をかけるなど、持っての他だ。怒り心頭だということになるのでしょう。でも、そんなことで、駅構内の喫茶店をつぶすなんて、独裁者もいいところです。後入りの鎌倉びとなのに、やりたい放題で、悪い事をやっています。

 だから、鶴岡八幡宮の大銀杏も倒壊したのですよ。その詳細は後段で述べますが。
 伊藤玄二郎が、八幡宮様を動かした数々の弊害は、どうせ、井上ひさし、原案に違いないですから。

 元に戻ります。ともかく、鎌倉の二人の原案に基づいて、馬越陽子さんは、京橋に、夕方来て、じっと待っていたわけです。電話でこの件を依頼をされた後の緊張感等も、含めれば、その午後は丸々つぶれたでしょう。

 彼女は不満たらたらで、本当は怒りたいところだったと思います。だけど、ぶっちゃけた話はできませんね。「これはね。あなたをやっつけるために、している仕事だから、早く、あなた、へこ込みなさいよ。つぶれなさいよ」というわけにも行かないでしょう。そして、馬越さんだって馬鹿ではない。10分ぐらい立て板に水で、自慢をしまくったけれど、それは、日本の道徳観でいえば不自然です。自分の方だけ話すのだって、不自然だし、その上に、自慢だけをたらたら、10分も言う。それも何度も繰り返して。それじゃあ、馬越さんも、疲れますよ。潜在意識の中で、自分でも、『これは、あらゆる意味で、まずいなあ。自分はとんでもなく変な事をやっている。または、やらされている』と、気が付くはずですから。

 で、「ああ、疲れたわ」と彼女は言い出したのです。今でもその場面を思い出すとおかしくておかしくて、腹がよじれそうです。

 馬越さんが登場した日から突然に時制を飛ばして、これを書いている現在に入ります。木曜日は長い時間外出をしたので、遊んでやれなかった猫がそばに、ぴったりと寄り添って、ごろごろ言っています。時々は片手で、なでたりちょっかいを出して遊んでやります。今は午前四時なので、夫に音で迷惑をかけるのを恐れて、自分だけの寝室に入り、自分の布団の上で、パソコンを打っています。すると、同じ布団に乗っている猫と同じ平面に居ることになるので、彼女も上機嫌です。その上機嫌な猫が、笑い転げている私を不思議そうに見ています。猫は、残念ながら笑うことはできません。が、私は笑う事を、やめられません。

 あの日、馬越さんに、『ぶっちゃけたはなし、こんな変な要請を受けて、さぞお疲れになったでしょうね』と言いたいぐらいでしたが、乙女チックな彼女は、それを受けとめたり、処理したりできるほど、さばけては居ないと判断しましたので、ひたすら調子を合わせていました。「疲れた」という発言にも、最上級の礼儀をこめて、「ええ、そうですよね。北京からお帰りになってすぐ、三越で、個展では」と、お愛想を言っておきました。

 馬越さんはさらに、「疲れた」を連発しました。合計10回以上。そして、経過時間として、10分も経つと、彼女の方は、何も話す事がなくなってやがて帰っていきました。私の近況を問い合わせることもありませんでした。まるでロボットみたいでした。

 その時に、「この人と、一緒に暮らすのは、ずいぶんと、つまらないことなのだろうなあ」と、わかりました。人は誰だって、自分を認めてもらいたいとか、自分を理解してもらいたいと思うものです。最初の結婚で、ご主人様が、自殺をなさったのは、それが原因だったでしょう。猫だって、水曜日から、金曜日の早朝にかけて、30時間程度遊んでやらなかったら必死で「遊んで。遊んで」と、まとわりついてきます。愛情を求めているのです。
 馬越さんのご主人は、人間です。それも、正式な結婚をした配偶者でしたから、「こっちを向いて。僕と向き合って」というのは、当たりまえです。デモ、ご主人が自殺した当時、馬越さんは、別のところへ出かけていたのです。正式な理由はあったでしょう。が、本当のところは、馬越さんにとって、結婚生活そのものが、つまらないものだったのです。人と24時間同部屋で生活するということは、別に勝利感を満たすものでも、達成感を満たすものでもありません。
 そういうものだけを、それ以前の人生のさなかで求めてきた、馬越さんは、突然、『自分は、今、無駄な時間をすごしているのだわ』という発想にとらわれたのです。しかし、芸大の同級生、および教職員にご披露をしてしまった結婚では、そういうご自分固有の、実存的理由を持ち出して、離婚を申し出でることはできません。

 誰も理解しないし、同調をしないと思います。だから、そこをあいまいにして、一種の別居状態に入っていた。だけど、ご主人の方は意味がわからないから、単に捨てられたという感情だけを抱いて、絶望をしたのです。かわいそうに。

 だけど、そういう成育史をもつ、馬越さんだって、かわいそうなのです。彼女が『成功のみ』を追い求めるのは、絶対に、『両親がそれを希望していた』という裏もあるはずだからです。

 ところで、ここで補足ですが、馬越さんの父君って、弁護士なのですよ。だから、社会的な規範からすれば、その親世代で、すでにエリートです。ただ、その上を行く成功のイメージが、芸術家だったのでしょう。

 ところで、スピンオフですが、私のケースを語らせてください。中学校時代までは、医者になれと切望をされていました。学校の成績は抜群に優秀で、神奈川県一、頭が良いと言われていたので、医学部合格は可能だと親は見ていたのです。だけど、私自身は医者には絶対になりたくないのです。もし、私が医者になったら、おなかの中に、しょっちゅうガーゼを残したままで、縫合しちゃうような医者になってしまって、やがて、事件となり勤務先の病院に大迷惑をかける人となってしまうでしょう。私は考えるということがだいいすきなのです。それは、他人から見ると、単に白昼夢にふけっている徒食の徒です。

 でも、それが、本質だから、それで、やっていかれる職に付くしかないのです。ただ、ライターとか、芸術家になるのを親が許してくれたわけでもないのですよ。親が大学を卒業するころ望んだことは、「25歳以内で、処女のうちに、さっさと結婚をしてくれ」でした。『五つで神童、十で天才、はたちすぎればただの人』の典型らしかった私は、親には平凡な人として、いっそ歩を送ってくれと願われていたのです。

 どうして、そういう願いを親が持ったかというと、私はそれなりに、平凡ではないところがあるので素。それは、わかっていたからこそ、芸術の道に進む野などもってのほかで、反対されまくっていて、美大の進学は許されず、文学部だって許されませんでした。が、父の死をきっかけに、その遺産を利用して、ぐんぐん、この世界に入ってきている私です。やっぱり、本質はreveal するものなのです。

 元に戻れば、
 親の気分の上の縛りから脱却できていない馬越さんは、いまだに少女なのです。
 だから、瞬間的な接触だけを、やった相手は、彼女を『かわいい人だ』と思うでしょう。欠点があるなどとは見破れないと思います。

 喧嘩をすることまでを含めて、相手に関心を持ち、かかわるというのが結婚という場での、愛情です。そして、人間とは相手に愛情を持ち、奉仕をしない限り、相手を変えたり支配することはできません。ただ威張ったって、それは何の効果も生み出さないのです。

 ですから、私は文章を書く事をやめません。
 
 ただ、その夜でも、彼女が去ってからの私は、『どんなに、自分が恵まれているか』を感じました。
 それは、一般の人が推察するような、夫が居て、子供が居て、孫が居るというようなポイントではないのです。

 そうではなくて、無名であることがどれほど、豊かな毎日を送ることができるかに気が付いたからです。海外に行ってもそうです。私は三ヶ月滞在する事を三回繰り返していますが、特別な紹介者もなく、また、有名人でもないので、特権もありません。
 だからこそ、相手たちは遠慮をせず、素の自分を出してきます。喧嘩を売られたり、嫉妬されたりもして、仕事の進行を邪魔されたりします。だけど、それが豊かな経験だということです。
 馬越さんが、北京で個展をする。それは、日本人で初めてだとなると、協力する日本人も、中国人も一定以上の礼儀と敬愛をこめて、接遇をしてくれるでしょう。ものすごく、気持ちはいいでしょう。でも、心理的な意味で、豊かな経験をしたというには程遠いものとなると感じます。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題10、『酒井忠康氏、の奥様さえ、利用されるが、此方も平気です』

 最初は主に、女性が利用をされていたのです。特に鎌倉近辺の。

 恐れ入りますがここで、再びの、中断へ入らせてくださいませ。
9月の中旬にグループ展があるので、準備に時間がかかります。恐れ入ります。
10時間ないし、20時間後に、この部分に、取り組みます。

 と、言って、仕事をしながら、ふと考えついたのですが、すでに、一万字を超えているので、この部分はそっくり、別の機会に譲らせてくださいませ。ただ、馬越さんとの連想で思い出したのは、二人は相当に似ていると言うことがあるからです。声がかわいい。また、一種のかまたととではないかと思うほどの、幼さが、残っている・・・・・という意味で、二人はとても似ています。

 ただ、馬越さんが利用をされたこと、酒井忠康・夫人・が利用されたことなどから考えて、野見山さんの動きは、鎌倉が原因の、いじめであることは確かだと、私が考えているということです。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題11、『ここで、酒井忠康氏、登場す』

 さて、これは、糸電話の仕組みです。大発生源は、伊藤玄二郎が、石川和子というおばかさんと、古くから、愛人関係にあって、かまくら春秋社の看板をさえ与えて(最近、その板自身は、おろしているみたいですが、名前は、ひきつづき、かまくら春秋釜として、与えていて、あつかましくもホーム頁まで作ってやり、石川和子オマージュのホーム頁も作っているほどです)甘やかしてきた、石川和子が、警察を巻き込んで、大失敗をしているのは、何度もお話をしていると思いますが、すべてはそこから発生をしています。

 伊藤玄二郎は、瀬島隆三のバックアップを得てのし上がってきた存在で、鎌倉でひたすら大きな顔をしている存在ですが、
 ペンクラブの縁で、鎌倉へ、引っ越してきた井上ひさしと、ぴったりと結びついて、さらに勢力を拡大しました。

 二人は個人的にも、鎌倉ペンクラブ会長と、日本ペンクラブ会長として表に見える形で、仲良しになったわけですが、たまたま、裏側では、二人が二人とも、国際的軍産共同体のエージェントでもあって、それもあって、強固なたっぐマッチを組んだわけです。
 そこへ、酒井忠康氏が、加わっています。こちらは、いつ、何が機縁で、エージェント化したかはわかりませんが、美術の世界に住んでいる私をいじめるために、起用をされていて、重用もされています。

 この三人が組んで仕掛けてくる悪さは大変に数が多くて、今は、そこには踏み込みたくないと思っていたほどでしたが、
 昨22日の昼間、鎌倉在住の画家、田口広勝氏から、電話が、かかってきて、酒井忠康氏と、伊藤+井上が、どれほど、この野見山暁治 VS 山口みつ子問題を書いてほしくないと思っているかがわかりました。

 この三人が仕掛けてくる悪行は、すべて、『裏側は、みつけられっこないよ。絶対に僕たちは安全だ。僕たちに不名誉が、かかってくるはずがない』という、甘い甘い発想で行われます。しかし、私が、ここまではっきりと野見山暁治の悪を書くと、さすがに気がとがめるのか、書かせたくないなあと、思うらしいのです。それで、私の知人を使ってくる。

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副題12、『田口広勝さんは、頭が良くて善人なのに、金色夜叉状態に陥ってしまい』

 田口さんは、今回だけではなくて、何回も使われています。確定的だったのは、2008年の12月のある午後、三回に分けてかかってきた長電話です。美術評論の話の途中で、田口さんの方から、「今度、川崎さんと喧嘩をしなくちゃなんねえな」と、すごまれて、そして、電話が切れたのです。普段は温和で誠実で、いい人が、これほど、豹変したのにびっくりしました。だけど、こと美術の論争では、私も引くことができません。相手が悪人なら深追いをしませんが、田口さんはいい人です。

 ただ、作家として、気持ちが不純になっているところあります。それは、賞狙いの方向に進みつつあることなのです。で、そのことだけは言っておきたいと思って、今度は、こちらからかけてみると、彼は、自宅にいないのです。

 すっかり裏が読めました。彼は、多分、神奈川県立近代美術館・旧本館のどこかに、呼び出されていて、そばに、伊藤玄二郎、酒井忠康氏などがいて、その監視下で、こちらに電話をかけてきたと、考えられます。そんな罠を仕掛けてきた目的は何かというと、田口さんと、自由自在に語らせて、その間に、私の本音とか、愚痴が出る事が期待をされていたのでした。

 どうしてかというと、このころ、すさまじい勢いで弾圧をされていて、それに気が付いてきていて、それを、メルマガで、現象として少しずつ書き始めていました。ただ、本当の裏側はまだ書き表していなかった時期です。今だって、100%は書いていませんよ。どこまで、書くかは、その日の気分によるのです。といったら変ですが、事前の計画というより、神が頭の中におろしてくださる文書を書くという趣です。

 それでも、グランドデザインとして、書くことのプラスとマイナスへの恐れや懸念はあって、最初から、こんなにバリバリと書いていたわけではありません。すべて仮名で書いてたのです。

 私は内心では、深い怒りはもって居ます。が、復讐をするために書いているわけではないのです。たしなめたいわけですね。『あ、自分がやったことがばれているんだ。これは恥ずかしいし、大変なことになる』と思って、それらのいやな事をやめてもらいたいわけです。つまり、最も悪い大本の人間たちに反省してもらいたいわけです。だから、すべて仮名で書いてました。

 ところが、反省するどころか、もっと、もっと悪い事をやってくるのです。で、だんだん、本名で書くようになりました。特に中途半端がもっとも、こちら側の、損失が大きいのです。仮名で書く事がその中途半端に当たることにも気が付いてきていますしね。

 デモ、そこまで一気に達したわけではなくて、長い道のりを紆余曲折してきたのです。その間、私がどこまで知っているのかを、彼らは、探りたいと願っていたのでした。それによって、次の攻撃案を生みだすためです。その探ってくる感じ。

 もちろん、私だって、それが、わかるから、用心をし始めます。それを破ってまで、本心を探りたいわけです。そういう役目をになったのが、田口さんです。

 彼と私のお付き合いはまったくの偶然で始まりました。
 7月なのに、信じがたいほど、寒い日に、京橋で、ふとあって、「本をもらったお礼に、お茶を」とチェーン店スタイルの喫茶店に誘われて一緒に入ったのが、最初ですが、それまで遠くから軽く接していた時期の態度とは、まったく違った素朴な感じに驚いて、文章化したのが、敵の眼にとまったのでしょう。

 彼は本来は素朴な人ではありません。ケン高く威張っている人です。それが10年ぶりぐらいに出会ったら、まったく変わっていたので、びっくりしたのです。ご本人がおっしゃるには、病気をされて、一種の啓示を受けた模様です。それで、私としては、自分と同種の人として、信頼するようになったのです。また、鎌倉の人なので、主人の治療を受けに来られたり、その際、奥様が車を運転して彼を、送ってくるので、自然に、両家で、夫婦四人が知り合うようにもなって、

 『自宅の北の方に、
 ポッと、火がともる心のオアシスみたいなところができた』と、喜んでいたのに、それが、早速に狙われて
 
 彼は、いつの間にか、間諜の役目を担うようになっていたのです。それを、私が見やぶっている事を彼に言うかどうかですが、絶対にいいませんよ。具体的な人間を相手に喧嘩をしたのは、ニューヨークで版画制作の邪魔をしてきた、不出来な日本人女性を相手にしたときだけです。
 ご近所様だって、銀座で出会う画家だって、どんないやな事をされても喧嘩という形にはもっていきません。深い怒りをもつが、ただ、黙っているだけです。そして、文章にいきさつを分析して書くだけです。

 でも、今回はとうとう、田口さんをこちらから切ったわけです。どうしてかというと、田口さんの裏側に居る人物たちに、怒り心頭だからです。

 8月23日に田口さんが電話をかけてきたのは、用件は11月のグループ展に参加するかどうかの確認でした。だが、それは、カモフラージュの意味合いしかないです。田口さんは頼まれて、電話をかけるように命令されただけでしょう。彼はその事務的な意味での、当番でもないのだし、締め切りはずっと先なので、わざわざ電話で連絡をしてもらう必要はないのです。

 目的は、別のところにあったのです。すなわち、「酒井忠康氏については、触れるなよ」という脅かしめいた警告なのでした。もちろん、田口さんは、何もわかっていないで利用をされただけですよ。彼は、私が、今何をブログで書いているかを知りません。あまり、パソコンをいじっていない人なのです。昔は編集者だったので、パソコンをいじった人なのですが、今は、筆やペンで絵を描くのに夢中な人ですから。
 田口さんが、裏で、どういう事までを吹き込まれているかはわかりませんが、馬越さんよりは地頭がいい人だから、ものすごいレベルで、会話は、高度な内容になります。素朴な調子で、お互いに弱点をさらけ出しながら話し合うのですが、内容は100%美術のことです。しかし、その裏側に、大きく政治の雲が、かかっていて、深い二重構造を持っている会話です。
 それを無難にこなしていくのだから、頭はものすごく良い人ですが、善人でもあります。2010年の四月に罠としての個展を持ちかけてきた森さんよりは、素朴な善意の人です。
 表向きは北鎌倉で、開かれるグループ展へのお誘いですが、実質的な内容は、

 『おまえさあ。アーチストである事を捨てないつもりだろう。それなら、鎌倉一、えらい人である、酒井忠康を、書いたらだめだぞ。画壇で生きられなくなるぞ。そのことはわかっているだろうな。忘れているんじゃあ、あんめえな』ということなのです。
 これは、田口さんが、心の中で思っているせりふではありません。

 伊藤玄二郎とか、井上ひさし、それから、二人のうえに立つ、小沢一郎氏は、この程度の会話をしているだろうと推察できるから、彼らの口調を再現しただけです。

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副題13、『どうして、酒井忠康氏が、それほど、大切なのか?』

 まず、伊藤玄二郎にとって、良く知っている人物であるという事がつらいのでしょう。
この二人は、ほぼ、同世代の、しかも、鎌倉では突出した(?)文化人として、大学卒業以来の、40年間、相当に緊密な交流を続けてきた間柄であろうと感じます。

 野見山暁治、山口千里、山口みつ子などは、伊藤玄二郎にとっては、「彼らが死のうが生きようが、へ、そんなこと、俺に取っちゃあ、究極の意味で、痛くも痒くもないぜ」という存在です。それに、野見山さんのやったことは、川崎千恵子の悪口を、山口みつ子さんへ吹き込むということです。

 そんなことは世間には、ざらにある話だと、言って、けつをまくって逃げちゃえばいいと、おもっているはずです。
 つまり、誰かをぱしりとして、利用しても、利用された当人がへまをするのなら、それは、その人、個人の責任に帰して、トカゲの尻尾切りをすれば言いやと、高をくくっているのが彼らです。

 しかし、酒井忠康氏は、朝日新聞の顧問だ(または、だった)と思うし、
私に対する悪さも、野見山さんの、20ばいぐらいあるのですよ。だから、底に触れられたら大変で、我が家の近辺で工事をしえ来ること。それから、真夜中、スイッチを入れても居ないプリンターを動かしてくること・・・・・これは、2007年を中心に、本当に何回もやられた、脅かしです。大型無線ランの機能を通じて、簡単にできる動作なでしょう。ただ、2007年当時とは違って、2011年の今では、それでは、何も脅かされず、ただ、単に、『ふむ。ふむ。今、私が書いていることは非常に重要であり、かつ、真実なのだ』と思うだけです。

 まあ、このあたりは、この2011年の4月の大原光孝氏の私への攻撃へのご返事としての文章なのですが、それは、また、後で、詳細を書きます。

 ただ、中目黒の大原さんと言う紳士が、福島県在住の廃品回収業者に白昼どうどうと、殺害をされた事件は、大構造としては、山口みつこさんの死亡と、大体似ています。
 だから、ここで、酒井忠康氏を登場させている訳ですが・・・・・
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副題14、『八幡宮様は、かくのごとくに、使役をされる』

 このころの、私の状況ってすごかったです。パソコンは壊れるは、頼みの綱のアジサイ畑欺もう事件の証拠は、神奈川県のお金を使って、消されていくは、泥棒が入って、大事なものを次から次へと盗んでいくは、ご近所は、未婚のお嬢さんの、携帯を使って、私の頭に水はぶっ掛けるは、はたまた楽器の音階練習で、うんざりさせるは、八幡宮様からは、朝の九時から大音響で、「マイクのテスト中です」とが成り立てるわ(これだけは、さすがに私以外のご近所様から「どうか、やめてください」とお願いが入ったそうです。音楽会は、夜の七時からですから、本当に音による拷問です。

 鎌倉の鶴岡八幡宮の周囲・数百軒のお宅はこの大騒音が、あなた方が名士として尊敬をしている、伊藤玄二郎と、井上ひさしのアイデアとお勧めによって、八幡宮様がおとりになっている、または、業者にやることを許していらっしゃる現象だと気がついておられますか?

 この二人は骨の髄までの悪人で、万一の場合は、当夜の演目者・葉加瀬太郎に、責任を負わせれば良いと、考えているのでしょう。

 ところで、このブログを初めて読む方に、お知らせをしますが、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、私が音に、大変に、敏感だと、判断しています。特に夏は、紙の本を出版するための機械へかける直前までの、データをパソコンで作っています。これは、普通は、男性が、出版社や、印刷所のなど、五箇所ぐらい別の場所で、五人ぐらいが分担して、それ専用の、環境を整えてやる仕事なのです。それを、一人で、やっているので、頭をものすごく使います。それを、パソコンへのハッキングで知っているので、音を武器に攻め立てて来て邪魔するわけなのです。しかも、自分たちは、責任を追及されないようにと用心して、八幡宮様を代理として、使役をするわけです。

 しかもその葉加瀬太郎の会は、入場制限があったのです。つまり、一種の有料制です。これもちゃんと裏があります。その日、平原綾香が私の大好きな曲・カタリを、演奏したのです。 ともかく、2008年、2009年、2010年は、私は、毎日微量の毒を盛られ続けていて、自殺をするのを待たれていたと感じます。が、いきさつが飲み込めているから、絶対に自殺などいたしません。で、反対に、次から次へと、それらの悪を暴きつつあったから、彼らは怖くて怖くて仕方がないわけです。

 でね、鎌倉でも悪さをして、人を苛め抜くが、東京、銀座でも、それから、友達が住んでいるところなら、関東圏、どこにでも、手を回して、私をいじめ抜いたのです。

 それが、京橋における、野見山さんの暗躍と、山口みつ子さんの死を招いたのです。
それは、2010年の一月のことだったのですが、私は、その同じ、三月の、4日、6日、7日にわたって、山口さんの死をめぐるいきさつの不明朗さについて、このブログの世界で書いています。

 その直後だったです。鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れました。
 
 私はそのニュースを聞いたトタンに、天が、この世をすべているという真実に、はっきりと気がつきました。

 八幡宮様は、京橋にまで、でしゃばっていらっしゃるわけではありません。だけど、酒井忠康と、伊藤玄二郎と言う人間を通じて、見事にそこまで一本に連関が通じてしまうのです。アメリカキササゲをお切りになったり、前田清子夫人を、國學院大學へご推薦なさったりしたことだけで、天がお怒りになったわけでもないのです。

 ここで、前田清子夫人がどういう人であるかを知らない方には、文脈が通らないとなると感じます。前田清子夫人のあれこれについては、何度も、いろいろ書いていますが、ここでは、2010年9月18日『ペンキ塗り(命令)からわかる、現在の左翼政党』分をご紹介をさせていただきます。

 あなた様(スタッフ様のことです)が、ひごろ親しくしている人材が、別の場所でひどい事をすると、神様だけに、その影響が非常に大きく現れるということです。

 では、今は、27日(土)の午前11時半ですが、ここで、初稿を終わるとさせてくださいませ。誤変換は、全部をなおしていないかもしれま線が、先へ行きたいので、ここで、署名を入れて、これは、終わりとさせてくださいませ。
   2011年25~28日にかけて書く  雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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島田紳助、引退 △

2011-08-25 01:41:16 | Weblog
 これは、前後と離れた単独の話題です。閑話休題といったとろ・・・・・・
1、
 フェイスブックの世界で、島田紳助の引退を悲しんでいる人がいたので、申し上げます。彼は、ツィッターとか、FBの世界に入って来て、ビジネスマンとして活躍する傍ら、人気のあるライター、発言者となるかも知れない。

 ところで、この引退は、四年前のメール発見が、原因といわれていますが、本当だろうか? もっと違う原因があるとは思いますが、その原因とは、彼の何か、もっとおどろおどろしいものが出るとも、私は思わないです。何かを頼まれたのではないかなあ。警察から。で、義侠心いっぱいの彼は乗った。警察を助けるために、この引退を決意した? 五年後ぐらいに真相は明らかになるでしょう。


 この人はヒステリーの要素は、確実に、あるけれど、悪人ではないと思います。だって、司会を上手に魅力的に、するということは、頭の回転がよくないとできないでしょう。それも融通無碍に。それは、もって生れたものもあるけれど、抑圧が少なくて、心が開放されていないと、取れない姿勢です。 何か内側に重い事を抱えていたり、勉強しすぎて、子供のころから自分を抑圧している人って、ああはなれませんよね。
 まあ、鑑定団を、昔見ただけで、最近は、見ていないから、結構暗くてシニカルな、つぶやきもあったと、グーグル検索(wikipedia )で、知りましたけれど、普通の人よりは柔軟な頭を持っている人でしょう。それは、確かでしょう。

3、
 ヒステリーって、上下関係をとても気にするのだそうです。で、この人が女性マネージャーを、なぐったり、若手芸人を、いじる(イコールいじめること)を、何度もやったのは、強烈なヒステリーから来るものだと感じまです。ところで、このヒステリーという性格を、ごく、簡単にまとめると犬派的性格ともいえます。・・・・犬好きの方はごめんなさい。・・・・・反対に、分裂症に近い性格が、猫派といえるかな? 上下関係も組織化も嫌いです。だから、テレビに出ようなどとは思わないのではないかな?

 紳助さんは、季節の末に、200人から集まる芸能人の参加する、クイズ番組を司会しぬいたのです。まさしく犬派の面目躍如です。
そして、星占いによると、おひつじ座である、かれは、もっと長期に、将来とも、活躍できるはずですが・・・・・・

4、
 ただ、彼は自らの欠点を察知していたとも考えられます。「ひとりっ子はまずい」と常に言っていたそうです。ご自分の性格から来るカッとなりやすい性質を、ひとりっ子育ちのわがままだと思っていたのでしょう。それは、自己分析だから、とても、賢い姿勢だと感じます。
 それと、これは、誰もが、うすうすとそれを感じている、原始的な哲学の問題となりますが、△△△△一人の人間が、あまりたくさんの幸福を手にしてはいけない△△△△ということがあります。それがわかっているから、引退宣言をしたのではないかしら? まだまだ、活躍できそうに見えますが、中年の粋で、すでに、巨万の富と名声を手にしているでしょう。これから先にさらに名声や富を追い求めるよりは、後は、子や孫に余地を残しておいた方がいいのではないかな? と、私も思いますが、彼、本人がそれを、すでに、わかっていたのではないかしら?


 種の保存本能というのが有りますね。攻勢に出るだけが、それに合致しないと直感で悟ることはあるのです。彼は、今、そういう意識で、引退を宣言したのではないかな? 他者(この場合は吉本)の引導だけで、引退したとは、信じられないのですよね。あれだけの、強気の人間が、そこまでさらっと、他者の言うなりになるとは思えない。
 で、こう言う例に接したときに、それを、鏡として自らを省みるわけですが、私は最近、「もしかしたら、種の保存本能を捨てているかな?」と、思うときがあるのです。デモ、人生のステージによっては、そういう時期も有ってもいいかなと思ったりしています。
 ただ、生きるコツというのはありますね。それは、得(プラス)をひとつねらったら、必ず、損(マイナス)も、引き受けること。それによって自分一個の中では、精神のバランスが取れます。気はこころで、精神が平衡状態を保っていると、健康の保持にも役立つし、そのほかにもいろいろ、いい事があります。芸術家向けの作法ではなくて、凡人として生きる作法ではありますが・・・・・

   2011年8月25日  雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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野見山暁治さんと、その専属画廊・主・の死 ・・・・・2 △、△、

2011-08-22 13:35:48 | Weblog
 これは、下にスクロールすると出てくる、19日発信の『野見山暁治氏と、山口みつ子さんの死』・・・・前篇の続きです。
 そして、今は24日のお昼ですが、5日目に入りながら、まだ推敲を重ねているところです。特に鎌倉と、関連付けようとしたので、延々と書き続けていることとなりました。が、午後、三時において、鎌倉との関連を今回は、あきらめ、銀座、京橋だけで、終わらせておく事と、決断をいたしました。途中、一行、一行、丁寧には見直しました。で、さらに意味が通りやすくなったのではないかと、自負しております。

 また、初稿より、新しく加えたエピソードは、今関さんの部分とか、こいちさんの
部分とか、いっぱいあります。特に後者は、2011-8-24現在、山口みつ子さんへのインタビュー記事が残っておりますので、貴重です。

 グーグルで、ランチdeちゅ か、オサルス インタビュー(ozaurus interiew)で、引いていただけますと、中に項目がありますので、画廊という項目を選んでいただけますと、山口みつ子さんの頁が出てきます。

副題3、『小沢一郎、20日に出現する?。細野大臣は福島県知事と会ったが?』
副題4、『山寺重子展が、ニッチギャラリーであることの不思議』

副題5、『山口みつ子さんは、他殺か自殺か?』
副題6、『山口みつ子さんの、カナシミに満ちた目を忘れられない私』
副題7、『みつ子さんのお葬式を妨害したのは、野見山さん、あなたですね』

~~~~~~~~~~~~~
副題3、『小沢、20日に出現する。細野大臣は福島県知事と会ったが?』

 この一文が大変長くなりましたので、流れをすっきりさせるために、この部分を、下にある殉教者、山口みつ子より抜いた部分に移動をさせました。ただ、この一文が政治を分析するために書かれている事を示すために、タイトルだけここにおいておきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『山寺重子展が、ニッチギャラリーであることの不思議』

 今般の文章はすべて、フェイスブック上でのごたごたの解析から始まっています。そして、私としては、そこからは、外れないようにしていきたいのですが、突然に、野見山暁治と、その秘書山口千里が、登場したので、読者の中には、『いったいこれは何なのだ。どこに関連があるのだ』とお考えの向きもあろうかと思います。

 が、確信を持って脇へそれたのは、国際的軍産共同体が、美術界へも、手を伸ばしているその重要なルートとして、野見山暁治、← → 西村富弥ラインがあると、信じているからです。それが証明されたと確信をしたのが、山寺重子展が、ニッチギャラリーで行われたことです。

 山寺重子さんは、山口千里さんと、どっちかこっちかというほどの、知的な美女なんです。が、難物中の難物です。女子美卒ですが、頭は、すごく良くて、その頭脳を駆使して、後輩をいじめまくる人です。中学校の世界で、裏番長と言う言葉があるでしょう。成績も良くて、姿形も良い子が、すこぶるつきの悪であるというやつ。

 一時期は、銀座の画廊のロビーで、女流画家の間では、『アノ人』というだけでそれが、山寺さんを指すというほど、意地悪度が有名だったのです。つまり、山寺と発音をしてしまうと、壁に耳ありですから、彼女に、自分たちが、なんらかの悪口を言っている事が、つたわってしまう可能性があります。そうしたら後が大変ですから、彼女の名前は、発音しないで、情報交換する。その必要があるというほどの、意地悪なのです。

 私がここで、あっさりとその名前を出してしまうのが、それこそ、清水の舞台から飛び降りてしまっていると言うことを示しているわけですが・・・・・
 とともに、公募団体展や、コンクールとは一切関わるのをよそうと、思っていることを示しています。
 私が一度、今関一馬(東大)先生と、緊密に結びついて、北海道にいる、今関先生と、二時間近い長電話を交わしたりしているのも、(それは無論、こちらからかけた用件がおわっても、今関先生が「もっと話しましょう」とおっしゃったのですが)、山寺重子をどうにかしたいと思っていらっしゃる今関先生が、情報集めのために、私を利用なさったというわけです。

 だけど、それは別にイヤなことではないです。国画会の本当のリーダー島田章三(芸大)先生は、事なかれ主義です。自分の奥様の鮎子さんに山寺さんが、パーティなどで、ぴったりとくっついていること(それは、保身のテクニックのひとつ)などを、とがめません。

 だから、今関先生は神奈川県在住の国画会関係者というくくりで、派閥を組んで、戦おうとなさったけれど、中央から、国という字を使うなといわれて、「神奈川・鵠・展」と名乗らなければならなかったのですよ。新制作は神奈川新制作展とちゃんと名乗っています。今関先生にとっては、屈辱だったと思いますよ。山寺さんが、困った人だとはみんなが、わかっていても、その首には、誰も鈴がつけられないというわけです。

 国画会に初入選した1991年ごろは、私も気弱で、純真でしたから、山寺さんに目の敵にされたのでした。元から国際キリスト教大学出身で、所属派閥がない上に、お局中のお局の山寺さんにいじめられている私は、初入選後三年以内に、「ここはだめだ。出世も不可能だし、いじめられて、暗い気持ちになるだけだ」と思い至り、出ることを考え始めるのですが、公募団体展って、いったん入る(出品、入選する)と出るの大変ですよ。それは、お若い方には言っておきます。やくざの世界が持っている価値観というか、規律志向と似たものがあるので、でにくくて、私も思い立ってから、実際に、出るまでは、10年はかかりました。

 で、問題の、山寺さんが、ニッチギャラリーで、個展をする事は、自然に放っておけばありえないのです。画廊って、それなりに傾向とかカラーを持っているもので、ニッチギャラリーは国画会の人なんか、引き受けません。もっと若い人、そして、海外と関係があるタイプの人を引き受ける画廊です。つまり、おしゃれを標榜している画廊です。「ここは、ちょっと、他とは、違うんだよ」ということをセールス・ポイントにしている画廊です。

 比較して山寺さんは、お顔はモダンな美女です。だけど、行動様式はドメスティックもドメスティック、古い古いタイプです。
 だから、ニッチギャラリーとは、普通なら、または、自然に放っておけば、接点のない人です。
 でも、この2011年の夏にはっきりとわかりました。野見山さんが、西村さんに推奨したのです。または、西村さんが、自分独自で、私に対する悪意を持って、山寺さんの個展を開いたのです。どっちにしても、西村さんが、その時点で、私に強烈な悪意を示したのは確かです。

 その理由は、もしかしたら、川瀬さんがうちとけて、私に話したいろいろな内情を失敗したと、西村さんが考えたのかもしれません。でも、それは、私が、質問をして聞き出したことでもないので、こちらとしては、それで、いじめられるのは論外です。

 そこを、軽くパスするつもりでしたが、もう少し意味の通る書き方をすると、川瀬さんがあまりにもできた働きをなさるので、「あなたはビジネスパートナー? 」としつもんをしたわけです。画廊は、文化的な事業ですが、一応商売でもあるとみなされるらしいので、ビルを借りるときは、保証金というのを出さないといけないのだと推察します。それは、聞くところによると、銀座ではなくても、500万円以上だから、銀座ではもっと高いでしょう。で、私は、川瀬さんが、最初の出資金を、500万円程度出し、西村さんが700~1000万円出したのだろうと、推察したわけです。

 私は別にお財布の中身を知りたかったわけではなくて、川瀬さんの働きの熱心さを褒めるために、そういう言葉を出したわけです。そこから先、私に関するひとつの秘密をお話しないといけません。

 それは思いがけないレベルで、深く苦労を重ねた私が、すでに、一流の宗教者のレベルにまで達していると言うことなのです。母が「お姉ちゃん、いつの間にそれほど、修行をしたの?」といったのですが、静かな部屋で、二人だけで、話したりして御覧なさい。深い理解度と寛容さを持っている事が、他の人には、ひしひしとわかるはずです。
 川瀬さんと私は、そういう深いレベルの哲学的お話をしたのです。

 それに西村さんが、一種の嫉妬をしてあれこれ、口を挟むのは論外なのですが、相当に子供っぽい西村さんは、なんと、私をいじめることさえはじめたのです。「あのね、西村さん」とここで、呼びかけたい。あなたが、社長と社員として、川瀬さんと濃密な関係が有るのはわかります。でも、川瀬さんと私がその夜交わした会話は、神の恩沢といってよい内容だから、人間でしかない西村さんは、その会話に容喙してはいけないのです。
 そして、西村さん、ここで、ちゃんとそれも、言っておきたいのだけれど、
 肝心な内容は、あくまでもここでは、書いていないでしょう。ハッキングをされていること
を知っているから、ワードのした書きでさえ書いていないし、ましてや、公開するメルマガやブログでも書いていません。私はある意味で、高潔だし、川瀬さんを愛しているからですよ。
 そんなに我慢をしている私に対して、あなたは、波状的に、何回も攻撃してきましたね。

 でも、普通なら、こう言う嫌がらせを受けたら、出入りをしないところですが、間に、小林ひさ子さんという大善人が挟まっているので、縁をきることができず、一種の腐れ縁と化していたのでした。

 今回のフェイスブックの件も、そういう切るに切れない微妙な関係にある画廊が、舞台だから、企図されたのです。私に対するダメージがもっとも有効に与えられる舞台だと考えられたのです。しかし、物事には何でも、プラスとマイナスがあります。

 向こうも勝った勝ったと大喜びだったでしょうが、私も抜群の、新しい情報を得たし、それを、分析することに取り組む決意を得ましたから、彼らにとっては、かえってマイナスとなるのではないですか?
 ともかく、この不自然な流れは一気に過去の、馬越陽子さんが、使われたケース他を思い出させ、裏に、一井健二さんという『美術の窓』の編集長の関与を疑わせることとなります。一井さんのそのまた上は誰かとなって行きます。ともかく、野見山さんと馬越さんの共通項は芸大と、雑誌『美術の窓』の二つです。そして、そこから、一気に過去も、分析できるようになります。そして、現在も未来も。

 それが、野見山さんの分析を西村さんのそれよりは、優先した理由です。

△△△△△△△△△△△△

 ここで、一井健二さんの裏にいる存在として、鎌倉に住んでいる人材等の分析を始めたのですが、それをやっていると延々と文章が終わらず、まとまりが付かないので、それは、一回引っ込めます。ただ、彼ら悪人どもが最も恐れているのは、酒井忠康氏の本性が、私によって文章化されることです。伊藤玄二郎にとって、野見山暁治派、間接的な知人でしかないけれど、酒井忠康氏は、直接の知り合いですから、そこに言及をさせたくないという動きは、必死に行われましたね。ここ、2,3日、読めること、読めること・・・・・という具合です。
 で、銀座(京橋を含む)に戻ります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題5、『山口さんは、他殺か自殺か?』

 山口みつ子さんは、未婚で、独身でした。で、不審な急死の結果として、遺体が発見されたときに、誰も、親身になって、「解剖してください」とか、「お部屋を調べてください」と、申し出でる人がいなかったのです。ご親族は駆けつけたと思います。ご兄弟と、そのお子様方。だけど、名士というか、名家だからこそ、「自殺です」と警察から知らされればびっくりして、そそくさとお葬式を身内だけで挙げてしまうでしょう。

 私が、遺体発見の朝に、知らされたとしたら、『これは事件だと感じます。他殺です。どうか、室内の指紋を調べてください』とか、主張をすると思います。もちろん、プロの暗殺集団がやっていると思うから、指紋なんか、残しているはずがなくて、「やはり自殺でした」となるかもしれない。でも、私は、それが調査されている間に、さっとブログを書いて他殺である可能性を示します。
 私のブログは、こと、対・国際的軍産共同体には、大変大きな力を持っています。だから、ブログで、これを『自殺は疑問だ』と、書いている間に、これでは、隠せないとなって、アノ中目黒の紳士・大原さん殺人事件と同じく、実行犯が、逮捕されたかもしれないのです。

 私の方は、当時の、山口さんの死を知らない10日間の間に、我が家に外人がやってきて、その訪問の理由がどうしても暗殺だと思われ、主人に仕事を休んでもらい、我が家に待機してもらっていて、やっと逃れて、そのいきさつを文章に書いている最中だったので、まったく気がつきませんでした。
 で、無論のこと、警察にも捜査を要請する暇もなく、ブログを書く暇もないうちに、処理され、特に忌まわしい形の読売新聞の記事が出たのでした。
 それに、逝去のお知らせは、近藤実さんからメールで来たのです。それも、変なのです。それから、読売新聞のひどい記事がでました。それをライブの森さんが私にわざと見せたのも大問題です。二人とも、親しいと、敵方が見ては、いるし、私にも、その様に見せてはいるが、実はとっくのとうに、寝返って、わたくしへのいじめの尖兵となっていたのでした。

 使う方も、使われる方もばれていないと思っているようですが、わたくしは、そういう二重構造になったいじめでも、瞬間的にわかるのですよ。だけど、相手に向かっては、単純な形では、喧嘩を売りませんから、だましている事が成功していると思っているみたいですが、とんでもないです。
 じっと我慢をしていますが、その間に、冷静に、それらの、ぱしり役を観察していますから、意図的にいじめ役をする限り、絶対にその正体も、いきさつも、適切な時期に、文章に書かれると覚悟をしてやってくださいね。結果はとても恥ずかしいこととなりますよと言わせて置いてください。私をだまそうなんて、ちょっと、頭が悪すぎる人間のすることです。というか、行動や心がが単純すぎる人間のすることです。つまり、自分自身では、自らを、優れていると規定している、主観的な人間です。または発達的に、幼い人間です。

 そして、私は、もう、森さんも近藤さんも、野見山さんも、まともに、相手にするつもりはないですから、謝罪の機会も修復の機会もないということです。この人たちは、『人間じゃあない。人間としての基本的な道徳観がない』と思っていますから。・・・・・

 ところで、自分のことはともかくとして、山口みつ子さんの周辺に関しては、書いている私自身も切ないし、つらくてたまらない部分です。読者の皆様におかれましても、読みづらいところでしょう。2010年の3月の方では、新聞の記事や、オリックス選手の沖縄キャンプ中での自殺に関して、言及してありますので。

 でも、なぜ、これほどの、文章を書くかをも、お知らせをさせてくださいませ。この一文は二重構造になっています。映画のレンタルDVDにたとえれば、本編の中に、メーキングの部分が入れこめられているということと同じです。

 つまり、本当の本編は、フェイスブックのこと、そこにおける国際的軍産共同体の支配を語ることです。が、その前に、ほとんど、相似形として現れた、銀座の画廊街での悪というものを、今書いている最中なのです。今回の主役、西村富弥さんは、一般社会的には無名の人です。銀座の画廊街でだって、無名かもしれません。かれは、わざとそうしていると思われます。それが身を守ることに通じると知っているのでしょう。

 だから、より一般的な知名度のある、野見山暁治氏を先に取り上げました。これが地ならしに当たるのです。野見山氏は、山口みつ子さんの死後も堂々と、マスコミに登場していますし、これからも、この一文が世に出ているからこそ、ちやほやされ続け、オマージュがささげられるでしょう。だけど、ここに書いてある事実は、真実なのです。どんなに威張っていても、店に叱られるはずです。その一つ目が山口みつ子さんの死です。

 そして、その先というか、結果として、小沢一郎の突出とか、露出とか、再登場とか、活躍というのが出てくるのです。20日のNHKニュースによれば、民主党の首相立候補者は、すべて、小沢もうでをしたか、これからやるみたいです。仙谷氏さえ、擦り寄っていると、夕刊フジが言っていました。それが、どうして、起こるかというと、美術界の弾圧が功を奏していると彼が信じているからです。

 私がこう言う文章を書くのは、両刃の剣ですから、私自身をも傷つけるわけですが、そこを、向こうは計算しています。そして、昨日留守をしている際、お出かけ先は銀座の画廊でした。それは、電話盗聴ですぐわかりますから、留守中に、またもや、下着をいたずらする(いれてある引き出しを移動する)泥棒が入りました。四方八方からの重層的な攻撃に出会うわけですが、それに出会えば出会うほど、意気軒昂になる私です。

 つまり、結論として言えば、山口みつ子さんの急死は自殺ではないと言うのが私の持論であり、それに対して、野見山さんは、おおいに責任があるということです。

 もちろんのこと、野見山さんが、実行をしたというわけではありませんよ。これから先は、例の私固有の見てきたような嘘を言いの類ですが、
 ベテランの暗殺者たちは、鍵を開けるのなど、お茶の子さいさいですから、先に入っておいて、猫を眠らせて、取り込んで、他の場所へ移動させて置きます。

 彼女が帰宅するまでは、電気をつけず、身を潜めて待ちます。彼女が帰宅した途端に、クロロフォルム等で、麻酔にかけます。その後、下にいた人間の合図で、誰も気が付かない瞬間を狙って、彼女の体をビルの窓から落とします。そこまで、(つまり、ビルの住人が全部寝入るまで)数時間は待ったかもしれません。
 それと同時に、自殺に見せかける工作をします。自宅のパソコン、ないしは、画廊のパソコンに、手袋をはめた手で、遺書めいたものを入力しておきます。
 室内や、台所は『立つ鳥、あとを濁さず』と見えるように、整理整頓して、現金や宝石類は、丁寧にもとの保管場所においておきます。侵入の形跡を注意深く消します。

 彼らが馬鹿だったら、猫を持ち去るし、利口だったら、猫は失神したそのまま、おいて帰ります。猫は口が利けないし、眠りこけていたので、異常を察知できず、また、関係者にそれを訴えることもできません・・・・・

 こう言うことを、86歳を超えている野見山さんが、できるはずはないです。ただ、氏には道義的な責任があります。それを書きたいのです。
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副題6、『山口みつ子さんの、カナシミに満ちた目を忘れられない私』

 あれは、ギャラリー山口で開かれた、野見山さんの最後から、一回ほど前か、二回ほど前の個展のときです。会場に入った私は、そこに、センリさん(山口千里)を発見してびっくりしました。センリさんの作風は、繊細な具象です。特にテンペラという、卵を使った画風であり、その仕上がりの結果は、この画廊には合わないもので、それこそ、三越で、おかねもちが、自宅を飾る目的で、買い求める類のマチエールですから、ここで、出会う事が不思議でならなかったからです。
 で、この時点では、センリさんの変身にはまだ気が付かず、「どうしたの? センリさん、どうしてここにいるのよ」と、明るさ丸出し、善人ぶり丸出しで、問いかけました。するとセンリさんは、従来の落ち着いた静かな声で「ワタシ、野見山さんの秘書になったの」といいました。私はのけぞるほど驚いて、瞬間的に、二つのことを頭に浮かべました。それは、この就職は私とセンリさんの電話のやりとりから導入された、きわめて政治的なものであり、センリさんは、近々に、私との、友情を捨てていくであろうということ。次に、『ああ、センリさんて、魔弾の射手になっちゃったのだわ。これから、ご家族は今まで以上の寂しさと、カナシミを味わうでしょう。我慢以上の我慢を続けることとなるでしょう』ということ。

 結婚している女性が画家であること自体が、家族には深い我慢と悲しみを与えるものですが、さらに、カルチュアセンターの講師と、この秘書業務を加えた千里さんは、多忙の上に多忙になるからです。

 さて、そのくらいで、彼女を離れ、例のごとく、二分で画廊を去ろうとしている私に山口みつ子さんが「ワインを飲んでいらっしゃいよ」といいました。この画廊では、過去にも、何回か、ワインを頂いて、五分以上長居をしたことのある私は、「ありがとう」といって、それを、受け取り飲んでいると、みつ子さんが、『あなた、センリさんを知っているの?』と質問をしてきました。

 そのときに、私はみつ子さんの本当の気持ちが一瞬にしてわかったのです。みつ子さんは、ご自分の晩年像として、野見山さんのパートナーとして生きることを願っていたのを。
 それは、入籍を目指して財産の遺贈などを目的とした功利的なものではないはずです。
 ただ、心通わせるものとしての結婚です。

 野見山さんが、銀座で社交的な二次会とか、三次会を済ませた後では、タクシーで、ワンメーターで来ることのできるみつ子さんの自宅に寄ってもらって、おいしいお茶漬けを出す。そして、きれいな浴衣かパジャマを風呂上りの野見山さんのために、用意し、ベッドで一緒に添い寝する。野見山さんが、すでに、セックスなどには、興味がないことも知っている。だけど、みつ子さんだって、セックスになんか、興味はない。長年一人で生きてきたのです。遊んでもいない人で、誰にも彼女は言わな駆ったでしょうが、処女だったのではないかと、私は推察しています。育ちの良い人で、私と同い年ですから、それは、ありえます。それ以降の世代とは、まるで違うところがありますから。
 時々は、野見山さんの東京の自宅も訪れて、洗濯をしたり、料理(昼も夜も)をしたり、野見山さんの手紙類を整理したり、時にはわずらわしがる野見山さんの、芸術家としての気配を察して、自分のマンションへ帰る。・・・・・彼女は、そういう生活を願っていたのですが、それが、私には、一瞬にして見えたのです。そして、彼女がそれを、いわゆる告白という形では、野見山さんにまだ、表明してもいないこと。

 だから、千里さんが現れたときに、優先権を主張できないこと。野見山さんは、・・・・・みつ子さんんの気持ちは、充分にわかっているけれど、若い千里さんは娘みたいなものだし、家庭の主婦なんだから、自分の方は、セクシュアルな気持ちは一切持っていないのだから、公明正大なものだと、一部は楽観、一部は、まじめさの欠落を持って、みつ子さんへの、慰撫の労を取る事を抜かしてしまったのです。千里さんの秘書雇用を決定する前に、お茶の機会でも持って、『今度、こう言うことになる。君にも散々お世話になったが、これは、美術の窓の方からの要請で、ひとえに政治的な意味があるのだよ』といっておけば、みつ子さんも肝氏hにゆとりが出たでしょう。

 しかし、ほとんど、裏切りに近い形で山口千里という存在が顕現して、不可能になったことの、虚無感、さびしさ、そういうものが、手に取るように、私にはわかりました。後でわかったことですが、美術界の名士を訪問してインタビューをするホーム頁があります。レストランの支援を得ていて、それを広告もしてあげる、ダブル広告となっている頁ですが、その中で、みつ子さんは、おカンムリになってしまっています。インタビューをする女性・こいち・さんが、ただでさえ、暗い意地悪な感じで、私もいつも、いやな感じを受けているのですが、それでも、画廊のオーナーとして、普通なら、宣伝の役に立つのだから、と我慢をして、愛想良く最後まで付き合うはずなのに、途中で怒ってしまっています。

 質問は何だろうと見てみると、恋愛とか、結婚に関するものです。もし、こいちさんが、野見山さんが、千里さんを秘書にしたことを踏まえて質問をしたのなら、これほど、意地悪なことはないというほどの、質問です。反対に、何も知らないで質問をしたのなら、こいちさんは、馬鹿だとなります。ずいぶん、銀座の画廊街で、姿を見かけますが、何もわかっていないのだなとなります。

 山口みつ子さんは、育ちが良い人で、10歳ぐらい若いこいちさんとは、まるで、恋愛・作法が違うのです。『独身だから、そこで、個展をする男性の作家と、ホテルぐらいに気軽に行くのでしょう』という認識で、質問をしたのだったら、圧倒的な間違いなのです。失礼極まりない質問だったのですよ。その上、みつ子さんは、実存的な危機にあったのです。このホーム頁の彼女の部分の編集マナーは、失礼極まりないです。死後も同じ形で残っていたから、こいちさんは野見山さんに命令されるというか、野見山さんと組んで、こう言う編集にしているのではないかしら? 

 そこまでかんぐってしまうほど、みつ子さんは、秘書、山口千里の出現に参っていたのです。
 で、野見山さんの個展当夜のオープニングパーティに時制を、戻します
 私は、みつ子さんの、本当の気持ちがわかってしまった以降は、非常に注意深く、答えました。彼女を傷つけないように。でも、嘘を言っても、たちまちばれるから、真実を。
 『山口千里さんって、どういう人なの?』
 『彼女はね。野見山さんと同じ北九州の出身なの。それで、ずっと前から、心酔していたの。ここで、『国画会で、千里さんが、芸大卒でもないのに、芸大派閥に加えられているのは、野見山さんの、推薦によるものだと思う』と、言うポイントだけは、その時に、告げたかどうかを、今の私は、覚えていません。
 ただ、みつ子さんは、もっと深い事を知りたそうなので、

 『聖心女子大を出たお嬢様なのよ。でも、とても、さばさばしていて、(女々しいところはないから)しごとはできる女性なの』とも、話したでしょう。
 
 つまり、野見山さんとの間には、恋愛感情はない。あくまでも、しごと上の関係だ。『だから、みつ子さん、あなたの希望は捨てなくてもいい』という思いを込めて。

 みつ子さんは、千里さんの登場に深いダメージを受けて、やる気を失ったのです。巷間うわさをされている財政破綻が、事実なら、それは、秘書・山口千里・出現以降の、みつ子さんの投げやりな気持ちが招いたものでしょう。

 みつ子さんの胸には、誰にも告げられない、索漠たる思いが、充満していたのです。私が、1月の13日に画廊で彼女にあった後で、17日になくなるまでの、数日間のうちに、彼女湯は手さげつきのとても小さな(ということは返って上等だということ)紙袋の中に、私の本を入れて、メモつきで返してくれました。

 ギャラリー山口には大小、二つの部屋があって、20年の歴史があるから、単純に計算すると、2000人の作家が、あそこで個展をしたことになります。もちろん、の身や尼さんのように、10回以上やった人もいますから、そこで数は減りますが、一方で,グループ展として、利用した作家もいるから、最低でも、1000人がそこで、展示をした作家数と考えてもいいでしょう。私は、その数の中に入っていないのです。あそこで個展をやった事がないから。
 でも、私は深い紐帯を感じていて、彼女の事を忘れた日はありません。
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 山本七平氏が、保険会社の財政が豊かなことを評して『女性の膏血を搾り取って、成り
立っている』といって物議をかもし出しました。今ではなくて、だいぶ前のことです。これを、セクシュアルな奉仕とだけ、捕らえるのは下賎な見方です。
 別にホテルに一緒に行かなくても契約を、もぎ取った女性外交員はいっぱいいると思います。ただ、セクシュアルな奉仕がない形で、制約にこぎつけるためには、心血を注いだ、心理的な奉仕が必要です。それもまた、他人のエネルギーを使って、お金をもうけるという意味で、そのエネルギー消費が過大なら、膏血を搾り取ったと、言うに値すると感じます。
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副題7、『みつ子さんのお葬式を妨害したのは、野見山さん、あなたですね」

 山口みつ子さんのお葬式は、とてもひそやかに行われた模様です。その後で、画廊はてんてこ舞いになりました。2010年の18日から30日の間に、いろいろな始末をつけないといけないのです。特に、倉庫が別の場所にあって、そこにたくさんの作品が収蔵をされていたと聞いていますし。

 それを、引き受けてくれたところが、彼女が、抱えていたと噂をされている借金を、棒引きにできたらよいのですが。つまり、ビルのオーナー等へ未支払いの家賃があったと噂されていますが、ビルのオーナーは現代アートの世界の人ではないので、彼女が現代アートの世界で、どれほど、大きな存在であったかは、理解していない人でしょう。だから、借金を取り立てていた(強く請求していた)可能性は有ります。弁護士が付いていると思いますから、死と引き換えに、すべては、帳消しになっているとは思います。ご兄弟とか、姪ごさん、甥ごさんが責任を負う事はないでしょう。

 ただし、その債権者が、もし、現代アートに理解の深い方だったら、ベターだとは感じます。その倉庫に保存してあった作品だけでも、買値としては膨大な額になると思います。彼女の画廊は大きい方が、一週間40万円で作家に使わせ、小さい方が、20万円で使わせていました。両方で、60万円、月に240万円の収入があるはずです。が、野見山さん他の、有名な画家に個展をさせるときはただで、やらせてあげるから、それほどの、お金が入ってきたわけでもないでしょう。ただで開かせてあげた作家からは、それなりの、作品を一点か二点、もらうという形式だったと感じています。山口さんはお嬢様育ちが歴然としてわかる人で、それらの査定については、作家側の言いなりで、高い値段で買い取ったはずです。が、それを、売ろうとしたら、二束三文にもならないでしょう。多分、百分の一で、売れるかどうか?

 でも、私は祈っているのですが、『彼女が、死後もお金の件で、ひとの恨みを買ったり、悪口を言われることがないように』と。本当に、ほとんど毎日、切に祈っています。

 でね、お葬式ですが、行われたかどうかも、怪しいです。飛び降り自殺ということになっているらしいので、一応のこと、警察に遺体が行ったのでしょうね。司法解剖がなされたかどうかはわからないものの、ご親戚は、そのまま、遺体を火葬場へ、直行させて、遺灰を、海などへ散骨させてしまったかもしれないのです。もし、ご兄弟が、普通に結婚をしていて、子や孫があると、一族から自殺者が出たことは伏せたいからです。
 ところで、またここで、余談に入りますが、千里さんの秘書としての能力というかレベルですが、90%のレベルで高いとはいえませんね。本当の秘書というのは、上司が、間違った判断をするときは諌めるものです。先生、「それは、おやめになった方がいですね」というものです。ここでも、もし千里さんが、これは変だと思った事を、野見山さんの世間的な権威に屈して、そのまま通したのだとしたら、彼女は第二級レベルの秘書です。
 野見山さんの、窪島誠一郎さんとの、対談については後日裏側を書きます。

 それに比べれば、山口みつ子さんの現代アートへ対する貢献の方が真摯で、大きかったし、私がやっていることの、意義の方が、ずっと大きいと、自負しています。ただし、天(または、神)のみぞ、知るですが。
 この一文が原因で、銀座の画廊街で、私が、不利をこうむることがあれば、それは、その時の、話であり、充分に次の動きを、考えてはおります。その予測もこめての、この一文です。
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 さて、スピンオフから、元へ戻ります。
 山口みつ子さんの、死が警察から自殺だといわれれば、ご親戚は、その遺灰を、散骨した可能性があると、申し上げるために、上のエピソード群をさらしました。というのも身近な人間にとっては、直近の事が大切で、山口みつ子さんが、現代アートの世界で、どれほど、大切で、重要な人間だったかなどと言うことは、彼、彼女らには見えていないことだからです.

 2.26事件に関しても、親戚の中に確かに、主要な将校がいたらしいのですが、冠婚葬祭において、その一族との交流は、我が家には、一切ありません。父にとっての、いとこか、はとこクラスの近さだと思うし、「苗字を、田中といったかな」とだけは、覚えていますが、それ以上の情報を私は持ってはいないのです。
 で、みつ子さんのお骨が、どこかに、雲散霧消してしまったら、みつ子さんのやるせなさは、いかばかりでしょう。それに、さらに輪をかけて、それが他殺だったらどうなるでしょう。

 もちろん、皆さんが噂として、信じている自殺だとは思いますが、その後の、忌まわしい展開を見ていると、『これは、やはり、他殺だった』と信じます。あえて、身を窓から投げたのが、彼女自身の意志だったとしても、それは、間接的な殺人に当たり、もっとも、責任の重いのは、野見山さんです。最後の段階で、二重、三重に彼女を苦しめ、追いこんでいたと感じます。

 それが最も証明されたのは、自発的に起きた、しのぶ会(友人が発起人として行う私的な、お葬式であり、この場合は、2010年の1月31日に予定をされていた)がつぶされたことです。誰がつぶしたのだろう。それは、外へ出ていませんが、野見山さん以外にはありえません。あそこの関係者で、別の人がそれを提案しても、野見山さんが「やりましょう」といったら、絶対に行われます。

 その時点では、山口みつ子さんの住所録の中で、一番偉い人が、野見山さんだったからです。彼が具合が悪いとしても、それは、弔電を送るという欠席の通知を出すだけでよいはずです。また出たくないのなら、九州に行ってしまえばいいのです。

 自分はそれに出たくないという事を自然に処理するのではなくて、意図的にしのぶ会の開催をやめさせたのです。理由は、一つ目は、『さすがに、気がとがめた』と言うのにしておきましょう。二つ目は会場で、『私(雨宮舜=川崎千恵子)と、目が合う事を恐れた』ということだったと思います。私は用心深い人間で、上に書いているようなことは、すべて、当時にわかっていましたが、他者が聞いたり見たりしている場所で、それを、こと上げするようなやからではないです。お酒を飲んでも、人に絡む癖はありません。

 ただし、目は口ほどにものを言いの典型で、小さな目なのに、非常に力強く、かつ雄弁にものを語るらしいです。その目で一回野見山さんの真実を見通しています。

 だから彼は恐れたのです。それが、しのぶ会でも再現される事を。卑怯な人間です。これ以上ないほど、卑怯な人間です。弱い人間です。ただ、ただ、教唆されたとおりに動く。そして、その結果が恐ろしいことになったら、単にほうっかむりをして逃げる。
 その程度の人間なのです。

 その絵は、関西で言うざんざんばらという言葉にぴったりです。破壊の衝動を満たすための絵みたいです。実際問題として、彼は山口みつ子さんの人生を破壊したのです。その夢も希望も尊厳さえも破壊したのです。生前はともかくのこととして、死後の尊厳さえ奪ったのです。

 山口みつ子さんは、本当にかわいそうです。でも、個々までかわいそうだと、それは、一種の聖人の領域に達したともいえます。現代社会の汚さの中で、殉教者になったのです。

 常に、聖と俗が常に背中合わせだとすれば、山口みつ子は聖人であり、殉教者であり、
野見山暁治は、俗人であり、破壊者です。

 では、この項は、ここで終わります。2011年8月22日 雨宮舜(本名 川崎千恵子)
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殉教者、山口みつ子より抜いた部分

2011-08-21 14:56:01 | Weblog
これは、上にある文章が長くなりすぎたので、そこから抜き取った部分です。

副題3、『小沢、20日に出現する。細野大臣は福島県知事と会ったが?』

その、隙に、小沢復権はあるし、政府はがたがたで、総理大臣はいよいよ、変るらしいです。

 そして、細野豪司氏は、またまた、福島原発の、事故報告の記者会見を牛耳って、NHKのニュース内に、自分だけが登場するように、出ずっぱりです。これが、いけないポイントは、国民が、事態の変化をつかめないところにあります。彼の声と態度はいつも同じ調子です。だから、国民は大変な情報が、開示されても、『気が付かなかった』で、通り過ぎてしまいます。それを、私がひたすら、「まずいことだ。悪いことだ」と、言ってきました。で、一時期彼は、ニュースから消えて、東電のスタッフなどが、直にカメラに写ったのですが、今(金曜日)には、旧悪に戻してしまっています。

 しかも、彼は、福島県ないの、原発に近い部分の一部を除染して、住民を帰宅させるといっています。驚きます。甘言を弄するとは、まさにこれです。

 そんなことをしても莫大なお金がかかるだけです。それは国民が払うのです。そして、原発の悪が、薄められるだけなのですよ。おばかさんな、国民がまた、あく宣伝に乗せられて、『原発、廃棄はだめだ』と言い出すのを狙った措置です。

 で、ここまでは、19日のニュースに依拠して書いているわけですが、なんと、夜中に把握された、これを、訂正するべく、細野豪司大臣は、本日20日の土曜日の午前中に、福島県を訪ねて、さらに、除染について、県知事に説明をするという形で、NHKテレビニュース内に登場しました。

 彼の登場が、国民にとって、マイナスの意味があるといえば、問題の共同会見所ではないところへ、場所を変えて、しつこく、登場させます。そういう形で、この私の文章を、打ち消して行きたい模様ですが、NHKニュースがそちら側へ、奉仕し続けているのは、前からわかっているだけに、私は一切方針を変えるつもりは、ありません。

 でね。以下の数行も、19日までの社会情勢に、準じて描いていることです。
 
 (ここで、23日の補遺を加えます。3きろ圏ないだけですが、長期に帰宅はできないのだと発表をされたそうです)

 小沢氏が、8月10日に、二ヶ月ぶりに姿をあらわしたのも、私がもたもたしていたからでしょう。それに「NHKは、その映像を、18日モ19日も使う。変ですね」と書いたら、20日の午前中、やっと、6月2日以来、三度目のこととして、20日の午前中にも姿を現したらしいです。鳩山由紀夫氏との会談として。
 鳩山由紀夫氏は、総理大臣をやった人です。日本の総理大臣ってとても大変な立場だから、鳩山氏に関しては、私は、あまり、悪口を言っていないと思います。いままでは。それは、氏hが総理大臣をしたからです。総理大臣の役が大変なのをわかっているから、総理大臣をやっている人は批判をしないのが原則なのですが、本当の事を言えば、本当に困った人ですね。ぬ目滑なよなよしていて、ぬえみたいで。
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副題4、『山寺重子展が、ニッチギャラリーであることの不思議』

 ・・・・・・公募団体展が、実質どんなものだと言うエピソードをここでは、縷々連ねているわけですが、驚くほど、簡単に会員になる人間もいるのです。それは、上へのおべっかを使うということが、肝心です。で、今関先生が、北海道から、二時間も、あなたの改選で話しましょうとおっしゃるほど、信頼を受けていながら、それでも、どうして、私が、国画会の、会員になれなかったのかなというなぞを解く、鍵のひとつを個々で、さらしていますが、本文とは、ある意味で、関係がないので、こちらへ移動をさせています・・・・・

 ただ、そのころ(1992~4年ごろ)の私は、華やか過ぎて、今関派の戦士とするにしては、危ないと、思われて、味方としての今関先生にも、警戒をされたかも知れません。

 私は美人ではないです。でも、素直に人を信頼しているときは、かわいい性格の人間で、素直です。かつ、話題は豊富で、パーティだって、まったく主役になって、人を笑わせまくります。別に、ジョークを言うんではないですよ。正直な願いとか、観察の結果を言うのです。

 ところが、それを聞いている人たちは、『そんなことは、実現不可能でしょう』って思っているのです。『あいつ、ドンキホーテだ』とみんな思っているわけですが、私の話し方が、めっぽう明るいし、情熱がこもっているから、誰も、「あんた、そんなことは、実現不可能だよ」と言う人はいなくて、ただ、ただ、腹を抱えて、笑い転げるだけなのです。本当に皆さん、転げまわって笑いまくります。ただし、それは、私が、まだ40そこそこの、ほぼ、30年近く前の話ですが。・・・・・今は、ひねこびてしまって、ごく、普通の人です。
 で、はっきりといってしまえば、その手下として、協力をしている、今関先生にも会員にしてもらえないと、見積もりが付いたというわけです。あ、は、は。

 会員になるとか、会員にさせるということは、数十票必要なので、今関先生といえども、正直一方の作戦なので、毎年それを集めるのは無理で、かえって、心理的な鞭や術策を使う山寺さんのほうが、確実に票を集めることができて、会員を生んで行き、さらに、自分の勢力を大きく拡大していくのでした。だから、
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副題8、『みつ子さんのお葬式を妨害したのは、野見山さん、あなたですね」

・・・・・『なぜ、野見山さんを、批判するのに、ためらいがないか』・・・・・について下に説明をしています。

 ここで、余談ですが、わが一族の中から、二・二六事件の将校が出ているはずです。これは、電話等で、話し合っているので、隠しようがないので、明らかにしますが、大学の同級生が、「首謀者が、あなたのおじさんクラスの親戚でしょう?」と何度も電話内で言うのですが、一部はあっていて、一部は違います。首謀者は礒部といって、確かに実家の姓と同じではありますが、別姓の将校が親戚のはずです。ここで、スピンオフ中のスピンオフとなりますが、血はつながってはいないものの、吉田松陰も、私とは、相当に関係が有ります。
 私の祖父は、早死にしていますが、日本の第一代総理大臣伊藤博文氏のことも、「しゅんすけ(幼名)は、つかいっぱしりだったのだ。粗末な衣装で、わらじばきでね。われわれとだれそれ間の手紙のやり取りを、やっていたのだ。ただ、はしっこかった。賢かった」とは、よく言っていたそうです。

 で、私は社会階層というものは時の権力者の、言いなりでどうにでもなるものだと考えています。

 で、今、美術界のビッグネームになっている野見山さんも、時の権力者に迎合して、私への、言論弾圧用、手下もしくは、ぱしりとして、使われているから、あれほどの名望があるわけで、その行動や、才能、また、作品において、決して、その社会的評価ほど、高くはないと、感じているわけです。その人の能力や才能のレベル、そして、それに対する判定だって、正確さと客観性があるわけではないのです。

 たとえば、青山学院大学の福岡伸一さんです。あっちこっちに顔を出し、最近では、日経新聞文化面の、美術のコラムさえ担当しています。どうしてか皆様お分かりですか。私がずいぶん前に、『美容整形までやっている学者がいる。こういう人も、残間理恵子さんのプロダクションと関係があるのだろう』と書いたから、露出が多くなっているのです。

 でね、私は、まったく、野見山さんを尊敬していないのです。怖がってもいません。彼は、江戸時代、戦前、戦中を見れば、相当に階層の低いところの存在だったと感じています。ともかく、やっている事を見れば、最近の五年間は、山口千里さんの格を上げ、彼女を太らせることだけです。

 2011年、8月14日に、三つの、連続した文章が完成したとして、署名をここに入れます。    雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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野見山暁治氏と、山口みつ子さんの死・・・前篇・・・△

2011-08-19 14:45:03 | Weblog
 皆様、今は22日になりました。メモだけなら、14日ごろ書いているものが、延々と、一週間かかっています。

 出、副題三のところまで、推敲ができておりますので、独立をさせます。その続きは今鋭意書いていますが、全部一緒にすると、2万時を超えて、新しい制限にも引っかかりそうなので、これを独立させます。

 副題4以降は、推敲がすみ次第、公開させていただきます。

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 私は大変、今厳しい状況の中で、難しい文章を書き続けています。何が難しいって言ったって、一時期親しかった人たちが敵に利用されて寝返ったことを書かないといけないことほど、つらいことはないからです。

副題1、『山口千里さんの人生と、子育てのこと』
副題2、『野見山さんが、山口みつ子さんに命令した(?)こと』
副題3、『小沢一郎、20日に出現する?。細野大臣は福島県知事と会ったが?』
副題4、『山寺重子展が、ニッチギャラリーであることの不思議』

副題5、『山口みつ子さんは、他殺か自殺か?』
副題6、『山口みつ子さんの、カナシミに満ちた目を忘れられない私』

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副題1、『山口千里さんの人生と、子育てのこと』

 その筆頭としては、野見山さんの秘書をしている山口千里(せんり)さんを、あげないといけません。千里さんが、秘書になれたのは、私と親しかったから、そして、私に、野見山さんの、大ファンであると電話口で言ったからだと、私は感じています。
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 ここで、挿入として、なぜ、山口千里さんと、私が親しい(または、親しかった)かを述べないといけません。千里さんは聖心女子大出身です。私は、国際キリスト教大学の出身です。これは、国画会内部では、ごみみたいな立場です。あそこは、芸大が、絶対的な力を持って、大派閥を形成していて、他の大学の出身者は、苦しい立場ですが、それでも、反芸大で、結束するとか、いろいろ、生きる手法があるわけですが、千里さんの立場を難しくしていたのが、彼女が、芸大派閥だとみなされていたことなのです。芸大派閥に入っていても、結局は芸大出身者が優遇されるので、千里さんは割を食って不利になっていると見えました。

 そのことに、深い同情をしてあげていました。これはね。私が嫉妬心がないタイプで、しかも、広い心を持っている類の人間だからです。彼女は上品で、知的な美貌を持っている人で、目上の女性からは、嫉妬心を抱かれて、サポートを得られないであろうと言うのも見え見えでしたし。

 私の方は、1993年、つまり、今から20年は前から、『こう言う世界は合わないなあ』と思いながら、内部へ入ってしまうと出られない趣があって、それなりに、苦しんでいましたが、出世など軽くあきらめたので、誰のことに対しても、冷静に公平に見る事ができるので、黙って耐えている千里さんを気の毒に思っていたのです。

 私はストレスを、もっぱら歌うことで晴らしていました。何百人も出席している大パーティで、一人で、舞台で歌わしてもらっていましたよ。度胸付けのために。それが目的で、国画会へ、出品していたとも、いえます。『人間としての、訓練にはなるなあ。その総費用は、作品の搬出入他を全部勘案すれば、年間10万円にはなるけれど、まあ、それで、いいわ』といったところでした。

 と、言うわけで、私側の同情から始まった、縁ですが、それなりの、交流はあったのです。
 で、この挿入から元へ戻ります。
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 私を弾圧しようとしている(最終的には、心理的に追い詰めて、自殺させようとしている)、敵方は、私の住所録を盗んだり、そのほか、電話を盗聴したり、メールをハッキングしたりして、私がどういう人と交流しているかを調べ上げています。

 そして、今回の山田啓貴さんもそうですが、親しいと見える人は、徹底的に引き剥がしていきます。その手法は、その知人の方に、ご褒美をあげます。文章を書く人だったら、企画出版を持ちかけます。

 絵を描く人だったら、良い画廊での、グループ展、時には個展、を、提案したり、時には新聞社や、美術館主催のコンクールの大賞を与えたりします。そして、その余波で、私の悪口を言えば、完璧に、私からその人を引き剥がすことができます。たとえば、懇親会などで、ちらっと、与える側(これは、たいていの場合は大権威です)が、「川崎千恵子には困っている」とでも言えば、即座に友情を壊す事ができます。チラッと、暗喩的に言うだけでも効果があります。

 その引き剥がされた方が、きつい性格だったら、もろの敵と変化していきます。深い断絶が起こります。が、優しい性格の人だったら、敵はそれなりに、利用法を変えます。できるだけ、接触を長引かせて、友達とさせ続けておいて、なぶり殺しをするのに、役立てます。友達の方に、いいことを、永続的に与え続け、じわじわと、影響力が及ぶようにさせます。腐れ縁としての苦しみを与えられ続けます。

 千里さんは、結構なレベルで、性格がきついので、今では、100%の断絶状態です。そして、後ほど出てくる小林ひさ子さんは、後者です。ひさ子さんの方は性格が非常にやわらかいので、裏で何を聞いても正面切っていじめてくることはありません。しかし、それが、じわじわと、真綿で首を絞めるような攻撃に利用をされてしまっているのですが、それは後で語ります。特に西村富弥さんのニッチギャラリーに導入した人が、小林ひさ子さんだから、大変に重要な人物ですが、ここは千里さんに集中をしましょう。

 千里さんは、奥様であり、お子様もいて、申し分のない環境の中で絵を描いていて三越で個展ができるレベルまで到達しています。その上、50を過ぎてから、新たに社会的にも目立つ職業・・・・・・野見山さんの秘書にまでたっしました。
 野見山さんは、エッセイの中で、千里(せんり)が千里が、と書いておられますので、その職業生活が、世間一般に知られているところとなっています。

 だけどね。千里さん、それは、女の人生において、欲張りすぎというか、果報を持ちすぎているということにあたります。私がひどく心配をしているのは、お子様のことです。お子様とは、絶対量の愛情が必要な存在です。母親が画家であること。それ自体が、子供にとっては迷惑なことなのです。画家は自宅で仕事ができます。で、学校から帰った子供を家で迎えられます。一見すると何も問題がないように見えます。

 だけど、画家の心と言うのは絵筆を持っていないときでさえ、画家なのです。絵の発想と言うのは、9時から5時までで、終わると言うか、限定できるものでもありません。

 宮部みゆきさんは、それができるそうですが、ひとつにはパソコンを使って文章を書いておられることと、二つ目は、エンターテインメント系の文章の世界へ入ってすでに長いので、作文方法の、一種の手練手管を獲得済みだと、いえる事の二つがあいまって、それが、可能なのでしょう。しかも、宮部さんは主婦でもなければ、母でもない。

 が、千里さんが、取り組んでいる世界は、激しい心理的な競争がある世界(国画会内部のこと)でもあり、絵はパソコンで、下書きしたら、覚えられると言うものでもないのです。で、坊ちゃんも、ご主人も言外に出さないとしても、もともと、とてもさびしがっているはずなのです。それなのに、ここで、さらに忙しくなる要素である野見山さんの秘書を引き受けてしまった。それでは、家族のひそやかなカナシミを察してあげる時間さえないのですよ。相手が紳士や、いい子で、何も反抗してこなかったりしても、安心し続けて、彼らのカナシミを、無視し続けているとすると、後で、影響が出てきます。

 お子さんの方が、結婚をするときとか、親になって千里さんにとっての、孫を育てるときなどに、影響が出てきます。母親になった限り、絶対量の、愛情と、手当てを子供に注ぐことが必要なのです。画家であることだけでも、家族に負担をかけているのに、その上、野見山さんの秘書ですって。それは、無理がある。

 こう言う、一種の母として、または、預言者として、権威ある教え諭す、側面を、現実に対面してる時は見せないので、あなたは私のことを馬鹿に仕切っていますね。特に最近は、野見山さんの虎の威を借りているのか、威張り方がすごいです。
 私は、あなたが、野見山さんの秘書として、働いている姿を野見山さんが、エッセイ内で書くことは、ご家族に対しては、非常にまずいことだと思っているのですよ。
 自分たちを放っておいて、そちらに、時間やエネルギーを割いていることを、目に見える形で、つきつけられてしまうからです。

 絶対にまずいです。私は、自分が、40代のときに、子供に反抗をされて、上のことに気が付いて、一回画業を捨てています。特に私は子供が二人いますから、一対二で、自然に子供優先となりました。千里さんは、お子様が一人だから、大丈夫って思っていらっしゃるのではないかな?

 前進だけでも、人生はうまくいきません。私は千里さんと、個人的な会話を交わすときはいつも、褒めてあげています。だけど、今は苦言を呈します。野見山さんの方が、ご主人やお子様より、輝かしく見えても、そちらに傾倒しすぎてはいけません。あなた以外は、二人しかいない家族でも、その二人に、カナシミを与えているとしたら、それは、弱い人に対する罪なのです。そして、それは、一見すると、鎌倉には直接関係がないように見えても、私との、電話の内容を、察知した敵が、お膳立てをして、あなたが、野見山さんの秘書になったと感じるから、それは、千里さんと私を引き剥がそうとする、鎌倉在住のエージェントたちや、その上の、エージェントたちの、影響下の出来事ですから、一種の悪です。というのも、彼らが、私を抹殺したい動機が、
   私が真実を書き続けているところにあるからです。
   だから、野見山さんが、秘書に千里さんを、雇い、その千里さんが、私を小ばかにしまくる事が、鶴岡八幡宮の、大銀杏が倒れることへつながります。

 あなたは、私との電話の中で、『月刊ギャラリー、それって何?』と、大変傲慢な軽蔑振りをお示しになったけれど、そういう態度も、よくないですよ。月刊ギャラリーを信じている若い作家さんたちが聞いたら、なんと思うだろう。

 あなたが、依拠して、依存をしているであろう、『美術の窓』は、作家紹介の裏で、お金を取っていることは、作家連中はみんな知っていることであり、お若い作家は、軽蔑をしています。価値は一元化されてはいないのです。

 そして、ギャラリー山口内部でも、あなたは、わたくしに面と向かって、軽蔑の声をあげましたね。あれは、よくないです。神様に見放されるよ。私は、世間的には弱いし、メディアの有名人でもないけれど、常に、神様が見方についてくださっている人間です。こんな私を正面切って、足蹴になさっていたりしたら、神様は当然、それを見のがしては、下さらないわよ。ずいぶんと怖い言い方ですが、数年前からこれは感じていたことです。
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副題2、『野見山さんが、山口みつ子さんに命令した(?)こと』

 私は、ギャラリー山口のオーナーみつ子さんの急死を深く悲しんでいる人間です。ずっと、私なりの供養を続けています。

 で、今日、はじめて、それを、はっきりといいますが、山口みつ子さんの急死の原因は、その60%の原因は野見山さんにあったと信じています。

 ある日、画廊の事務室で、みつ子さんと楽しく話していると、『ギャあ、ギャあ騒いでいるのは誰よ』とだみ声を上げて、千里さんが、入ってくる気配がしました。千里さんは野見山さんの秘書になってから極端にがらが悪くなりました。

 でも、そのだみ声を、聞いて、すぐ、千里さんの背後に、野見山さんが、私の悪口(を言っているからだと、悟って、千里さんは、問題にせず、入ってくる野見山さんを、じっと見つめたのですよ。すると、明らかにおびえた目で、私をご覧になった。

 それは、良心のやましさの、こもった目で、鎌倉駅で、(二度目のこととして出会った)、井上ひさしの、それとそっくりでした。あなたと、井上ひさしは、ふたりとも、
『ばれていないと思って、数々の嫌がらせといじめを行っている』のですが、それが、私に出会った途端に、『人間として派、恥の行為であり、悪でもある』ことを思い出すので、私に出会うのが、非常に怖いのです。

 一方の千里さんは、さすが女子大、しかも、お嬢様大学の出身だから政治のことの本質はわからず、ただ、ただ、野見山さんの言うなりだから、だみ声を上げて、私を脅かすのです。これほどの、下品な方への、千里さんの変化を見ていると、野見山さんが、炭鉱経営者の息子だったということを、如実に思い出します。彼女は歯医者さんの奥様であり、こんな種類の声を出すことは、以前なら、信じられないことでした。『炭鉱経営者って、たとえ社長といっても、品が悪いのだろうなあ。弟子を見れば、師がわかるの典型だ』と感じます。

 ところで、その日の用事ですが、野見山さんは、山口さんに、『川崎千恵子とは付き合うな』といいに来たのではないですか? 

 私は馬鹿ではないのです。
 すぐ、ぴんと来ました。山口さんの命を守るためには、アノ日、すぐ、目の前で、「野見山さん、こうこう、こう言うことを山口さんに、言いに来ましたね」と、言えばよかったです。今ね、非常に遅ればせながら、言っています。

 そして、さらに言えば、山口さんの急死は他殺ではなかったかと思うほどです。彼女はスタッフに後始末を任せて、先に、飛び降り自殺をするようなタイプではありません。絶対に違います。

 私は13日に彼女に画廊で会っています。彼女は、それから、死までの数日間に、私に対して、メモつきの、紙袋入りの、本が残されていました。そこまで丁寧に気を使う、山口みつ子さんが、1月30日に終業する予定の画廊の、後始末を、若いスタッフの白川さんに任せて、先に、死んでしまうことはありえないのです。

 ここらあたりは、過去に一回描いています。

 その日付だけは、今、調べてみました。別にそれも、お読みくださいとは言わないけれど、本当に気にかかっていることなのです。
   左側のカレンダーを頼りにそれに入れば、(それは、トラックバック機能が効かないからですが)
   2010年3月4日、『山口みつ子さんの栄光と挫折』
   2010年3月6日、『磯良さんのしのぶ会と比較して、かわいそう過ぎる、山口さん』
2010年3月7日、『もし、彼女が小説を書いていたら(山口さんの3)美術の窓』等があります。

 書くことは、いっぱいあります。それに、歳月を経ていて、さらにしっかりと見えてきていることもあります。

 たとえば、西村さんの、ニッチギャラリーで、山寺重子さんの個展をやった事があります。それが、もしかしたら、この野見山暁治、山口千里の、二人組みの震源で、ニッチギャラリーが取り組んだことだとしたら、この三人は、そのころから、裏工作に励んでいたことになります。

 何だ。何だ。この三人って、そのころから、国際的軍産共同体の、エージェントとして、私に牙をむいてきていたのだと、はっきりしてきます。

 だけど、そんなことを、彼らにやられていい、ゆえんがありません。山口千里さんの事だって、山口みつ子さんに、死が訪れ、それが、野見山、千里、合同チームのせいだと、感じるまでは、ブログの世界で書いたり、していませんよ。

 西村さんからだって、じくじくじくじく、ひどいいじめを受け続けていますが、今まで、はっきりと、彼が、国際的軍産共同体の回し者として、それをやっているなどと描いたことはありません。

 今回の、山田啓貴さんと、枝香庵を使った、策略があまりにもあくどいし、それと、連動した、宇留野隆雄さん、岡崎こゆさん、中沢たい子さん、とうとうも同時に、教唆して、使って来たこと。それから、展示している作品の画風が、現代アートとはかけ離れいている重厚なものが多い、高輪画廊さんへも何らかのアタックがありましたから、そこまで、やられるのなら、こちらも、ここまで書かざるを得ないのです。

 これは、政治的な弾圧で、個人間の戦いではないのですが、基本構造としては、個人的ないじめを、利用して、かかってきているわけですから、いじめは放っておいてはだめなのです。学校社会でも同じ、丁寧に、本人が戦わないとだめなのです。できるだけ、戦うこと。お互いのそこに依存をしている価値観が違うし、お互いが乗っている土俵も違うのですが、『あれらは、汚いのよ。燕雀、いずくんぞ、鴻鵠の志を知らずんや』と、こちらが取り澄ましていても、物事は解決しません。こちらは被害者です。
 損をしている方です。で、こちらの方が、事態を放っておいたら、どこまで、損失が大きくなるか、計り知れないのです。


’’’’’’’’’’’===ここは、推敲の最前線です。だが、最後の方はまだ、付け加えるべき文章が残っています。===’’’’’’’’’’’

  2011年、8月19日から公開していて、22日に、一応、上の部分だけを完成とする。以降は、今、鋭意推敲中。雨宮舜(本名、川崎 千恵子)
コメント

野見山暁治氏と、西村富弥氏は、国際的軍産共同体と関係がある△

2011-08-16 22:46:49 | Weblog
 本日は、8月19日であり、やっとこの一文の一応のトメとします。14日ごろから、一部をメモとしてあげていますし、それをメモ段階でおよみになっているかたは、本日の分以降のものも、うっすらと内容を、ご存知ではありましょうが、今日は、文章の起承転結がまとまっていないことさえ、恐れず、一万字を超えたところで、バシッと切って、終わらせていただきました。それでも、平気なのは、書いてある事柄が、衝撃的だと思うからです。

 ここに書いてあるような事は、一切、表向きには発表をされていません。だけど、真実です。血反吐を吐くような苦しい生活を銀座で重ねてきていますので、こう言うことがわかります。ただ、野見山暁治さんについても、西村富弥さんについても、この章の中には、10%ぐらいしか、含めていません。後の90%は、後日に回します。

 ただ、アーチストとして生きるにあたって、は、むろんのころ、両刃の剣という以上のものとなりますから、最初の題を以下のごとくとしておきました。

 『四分五裂に、引き裂かれる私だが、・・・・それなら一気に、えいやっと。』と。それは、いよいよ、奥の院中の奥の院へ入っていくからです。今日の部分もほんの導入であります。
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 上は、本日19日に新たに、書き加えた前置きです。
 しかし、この章を最初に書き始めたころは、以下の前置きを置いていたのです。
 それも、どうか、お読みいただいた上で、この文章へお入りいただきたく。

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 さて、この一章も前からの続きであり、フェイスブックの世界で、とことんに追い詰められたが、それは無論、国際的軍産協同体が絡んでの話でありと、・・・・・言う論考の一部です。それを証明して行く話なのです。
 が、ここに書こうと思っていることは、一週間前の、思いつきなので、世の中も私も相当に変わってきていますが、ひたすらに、前の現象から考察したことへこだわりたいです。というのも、ショパンだってあっという間に頭の中ではできた作品を譜面に移すのに、二ヶ月ぐらい七転八倒したと、聞いていますし。

 ブログとしての、効果を挙げるためには、実名をタイトルに入れたほうがいいのですが、それでも、私の優しさから、タイトルには、抽象的な文言を使います。
 安全に書き進むために、部分的に公開をしては行きますが、最終的な完成は、18日の午前中を見込んでおります。それより前に完成すれば、タイトルに△印を入れておきますので、三角印が入っていたら、もう一回覗いてやっていただけますれば幸いです。

副題1、『山本冬彦さん、大活躍をする』
副題2、『山田啓貴さんも、残酷でしたね』
副題3、『野見山暁治と、西村富弥・・・・・そして、山口みつ子』
副題4、『屋上、屋(おく)を重ねるの類』

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副題1、『山本冬彦さん、大活躍をする』

 前々報に、『山本冬彦さん、登場す』という項目を挙げました。しかし、こちらではさらに、氏が活躍をしているということを報告しなければなりません。1、大学で教える。2、さまざまな企画展を提案なさる。3、ご自分のコレクションルームを持つ(それは、ある意味での画廊である)、4、新しいコレクションを増やすために画廊めぐりをする。5、銀座とは離れた、場所で、暮らしている人たちに対して、書物の紹介などの啓蒙活動もする。エトセトラ。

 で、私が、『山田啓貴さんとのチャット内容を、外からハッキングをされているのではないか』と、気にした、次の日に、山本さんが、ご自分の企画展の情報を公開して、そこに山田さんの名前が出ていたので、ドキッとしました。それは、7月の17日ごろのことで、実際の展覧会の始まる前、かつ、下流の宴の、最終回の前のことです。その展覧会の場所は枝香庵。

 で、ここからは、表、と、裏と、二重構造として、書き進めます。

 表は、一般の人が、「こうなんじゃあない」と提言してくれるだろう真実。
 裏は、私が信じる、真実で、言論弾圧のために、作りこめられている現象を含んでの真実です。

 で、私としては、無論のこと、裏を重視して書き進めます。ただ、それを後で、表の世界の人たちが『違うわよ。それ』と、否定する事があるのは、察知し、覚悟をしながら書き進めます。

 表・・・・・山本さんが、以前から企画をしていた、枝香庵の展覧会では、フェイスブックの会員の出品が山田啓貴さんだけだったので、山田さんの名前だけがそこに登場した。

 裏・・・・・『チャットに気がついたと言うことを、知らせた方がいい』と、謀議を凝らした、例の弾圧集団が、考えた。で、しかるべき人を通して、山本さんに、山田さんの名前を、入れて、改めて情報を流すように、頼んだ。

 皆様は『それが、どうした』とおっしゃるでしょうが、神経を消耗させると言う意味では、これほど、効果の挙がる方法は無いというほどのタイミングだったのです。

 で、私はその情報に接した途端に、『山田さんとは、切れましたね。彼には一切を期待しないこと。道であっても、挨拶さえされないことになっても、うらまないこと。だけど、チャットをハッキングして、こうなるのだから、本当に人権侵害だな』と、思ったことです。
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副題2、『山田啓貴さんも、残酷でしたね』

 さて、私がフェイスブックの世界へ入って、もっとも、マイナスだと感じたのは、友達が増える事が、自らの行動をあいまいにさせて行ってしまうことです。純粋無比で突っ走りたいのに、いろいろな、知遇関係ができて、相手から信頼されることで、急に現代アートの世界との接触が復活してしまって、それなりに、不純になると言うか、なんという、か、ライターとして、独立不羈で、突っ走る事がやりにくくなるのです。

 私は三月いっぱいまでは画廊めぐりを継続していましたが、四月からは、家に引きこもり、このブログを充実させることにひたすら努めておりました。そこへ、どっと押し寄せてきたフェイスブック関連の情報が、ほとんど、「個展に来てください」とか、「東京アートフェアーに参加します」という情報だったから、見に行かなくてはいけないものができてしまい、それで、すっかり、ペースが狂ったのです。
 その上、ちくちくと、神経を痛める、友達未承認が起きましたでしょう。宇留野さんとか、中沢たい子さんとか。それも神経を使いますしね。
 しかし、決定的な引き金を引いたのは、枝香庵のマダムでもあるが、山田啓貴さんでもあったのです。意外と彼は残酷な事をやりました。

 熱血、予備校・講師として、生徒を、叱咤激励をしていたそうだし、写真では、俳優の遠藤憲一に似ているから、男性的であり、『きつい態度を取るのが好きだ』ともいえるし、『裏からいろいろ聞いて、そういう風に動くべきだ』と彼が思ったのかもしれませんね。

 表、・・・・・紳士である山本冬彦さんから、お誘いが出ているのだから枝香庵に行くべきだ・
 裏、・・・・・これは、違う。すでに、山田さんは敵側に取り込まれているのだから、接触はしない方がいい。

 の二つの判断のうち、もちろん私は後者を選んで、7月20日のNHKドラマ『下流の宴』の放映が30分ほど、遅れた、あとも、「それに気がつきましたか」とも、また、「どう、思われましたか。あなたと、遠藤憲一が似ていると言う話も」などとは、山田さんには問い合わせませんでした。チャットができることもわかっていましたし、チャットでなくても連絡がつくのですが、一切の連絡を、こちらからは、入れませんでした。

 この点ですが、「せっかくできた新しい友達を、たった、一日で奪われた」と、泣き言を言ったって、敵はあざ笑うだけですが、

 ただ、これが、人間世界のこととしては、絶対に、普通ではないということ、それと、こう言う諜報と謀略にのっとって、小沢一郎という政治家は大きな顔をしているということは、ここで、はっきりといっておかないといけません。
 私が、時分が損になるだけの、上のような文章、また、これから、下に書くような文章を書くのは、すべて、この国の将来を心配しているからです。

 私は、本日登場する名前の人たち、全部を、『ふん、弱い人たちですね』と、考えていて、やはり、深い自信を抱き続けているのです。自分の使命についてはね。人間として、上下関係があるとして、こちらが上だといっているわけではありません。ただ、持っている使命に関しては、こちらが上だと、感じているということです。

 で、下流の宴、が、終わった次の日のことです。山田さんがフェイスブック上で、新しい情報をあげました。

 山本冬彦さんの企画展(枝香庵)に、引き続いて、グループ展が、ニッチギャラリーであるとの事。今度は山本さんからではなく、山田さんが発信者として、情報が流されました。
 後で、詳述しますが、ニッチギャラリーのオーナーは、私がもっとも苦手とするタイプで、氏かも、単なる感情の問題ではなくて、国際的軍産共同体の代弁者としていじめてくるところがあるから、どこで、グループ展を山田さんが、するといったって、ここほど、ダメージが大きいと言うところは無いというほどの、画廊なのです。

 表、・・・・・ニッチギャラリーのスタッフ、川瀬さんが言うところによると、この展覧会は、山田さんたちが、企画をして、持ち込んだもので、ニッチギャラリーのオーナー、西村さんは、主役ではないそうです。

 裏、・・・・・『嘘ばっかりいって、あほらしい』と私は、思っています。ものすごく深い内容のチャットを私と、交換したからこそ、山田さんに、こう言う果報がきたのです。二人の当事者のうち、私ではなくて、相手の方だけを持ち上げることで、私の方の気分を暗くしていくのは、彼らが、数百回繰り返してきた(常套)手段の一つです。

 で、私の方のパソコンを覗き込んでいたのは別人でしょうが、それから先の行動を提案しh他の派、今回だけは、西村さんでは無いかと思います。
 ハッキングをした主体者から、情報が入れば、西村さんは、すぐ動いたでしょう。で、そこの画廊はしょっちゅう、休んでいて、普通の意味での、貸し画廊の体をなしていないから、急に山田さんの展覧会を入れ込めるのも簡単だったのでしょうね・・・・と言うことです。

 ここらあたりまでで、すでに、山田さんは相当に、残酷な事を私に対して、やっているのですが、それでも、それは、山田さん自身の企図でも罪でも、ないのです。

 ところが、その宣伝を見ても、一切個人的な連絡を彼に入れない、私に『めいらせたかどうかの効果』の程を確かめるためでしょうか? 山田さんから、だいぶ遅れた形で、『下流の宴』に関するメッセージが届いたのです。チャットだったか、違う形だったかは覚えていませんけれど。

 その時に『残酷だなあ』と思いましたよ。試すような、誘い掛けでしょう。何を試すかと言うと、私が、どのくらいダメージを受けているかを試すためにです。

『ひどいな』とは思いました。だって、最初のチャットが、たった20分程度のうちで、6300文字です。別にコピペをしてもありませんでしたが、今、退会をいったんしてまたそれをキャンセルして確かめたのです。そして、念のためにコピペをしました。ものすごく高度な内容です。しかもすさまじいスピードです。印象が濃いものです。それだけの事ができる人ですから、ドラマに関する連絡など、充分に当日にできるはずです。でも、付き合わないように教唆された結果、普通の意味での、また、普通の形でお、素直な連絡は彼もまた、できなくなったのです。が、それでも、それならそれなりに、それで、放っておくのが親切というものです。三日目に、連絡をくれるのは、
 古傷をえぐると言う大変残酷な措置です。
 軽く、さりげなく応答はしておきました。
が、その時、私は、西村さんへの、深い疑念が沸き起こったのです。ここ、一年間は頭にその存在が浮かんでこなかった西村富弥さんに対する深い嫌悪感と、疑念が沸き起こったのです。つまり、この山田さんを使ったいじめ工作には、西村さんは確実に関係がある。それが、どの程度の深さなのか。そっちを追求する方が、が大切だと判断をしました。

 で、私は、山田さんは、心の中から、放り投げて、忘れることにして、心は、100%、ニッチギャラリーに向かいました。

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副題3、『野見山暁治と、西村富弥・・・・・そして、山口みつ子』

 私は本当に長く、銀座の画廊めぐりを続けてきているわけですが、ニッチギャラリーの、西村富弥さんほど、肌合いの会わないタイプもありません。

 ただ、今では、その裏に政治が絡んでいる事がはっきりわかってきています。西村さんが九州産業大学で、学んでいた時代に、野見山暁治さんと、関係ができていたとすれば、それは、感情の問題ではないのです。

 野見山さんが、これまた、最大級のレベルで、国際的軍産共同体に取り込まれている存在です。酒井忠康氏と、どっちこっちを言わないほどの、エージェント化しているとも思っています。

 野見山さんは、ギャラリー山口のオーナーみつ子さんの死亡と相当に関係があるとも、私はにらんでいますが、・・・・・・
 フランスで、お勉強をなさったみたいですが、ついに、キリスト教精神は身に付かなかった方なのでしょう。原罪の精神は微塵も無いし、ヨブ記で書いてあるような謙虚さも無い人です。

 この人もまた、お顔が美形で無いことで、カモフラージュをしてしまっていますが、一種の悪人です。お顔が美形では無いから誠実に見えるというパターンは、井上ひさしと同じですね。庶民はころっとだまされてしまいます。

 いま、WIKIPEDIAを見たら、野見山さんの出自が、そこには、書いていない。「国際的軍産共同体が、かばって隠したな」と思いますが、炭鉱を経営していた父君の事も書いていないし、その上の代のことも書いてありません。先祖が、どういう人で、どういう暮らしをしておられたかはわからないが、炭鉱労働者の膏血を絞ったお金で、芸大で、学び、フランスへ留学をしたのが、ご本人です。

 そこに対するまず、良心の発露が見られません。変ですね。芸術家って、繊細なはずなのに、そこがすっぽりと抜けている。文章まで書く人なのに、そこがすっぽりと抜けている。対照例として、見事なのは、宮沢賢治です。それから、太宰治も、ちょっと、変化が付いてはいるが、大地主の出自であることを恥じる、精神があった。つまり農民を搾取しているからです。それに対する良心の根源からのやましさを自覚していました。

 それらの、過去の天才たちに比較すると、野見山さんの方は、生存中から、大変な大物扱いを受けているものの、ご自分に対しての追及が甘い。はしょっていると言うか、何と言うか、不誠実であるというか、何というか。だけど、そういう人だから、カリスマ性を持って祭り上げられることが平気なのです。炭鉱夫と言う奴隷階級に近い種族から比べれば、数段上の階級だとして、威張りかえる事がまったく平気の平左であり、カリスマとして奉られている音に対する恥じらいとか、何とか言うものが一切そとには、見えない人です。

 そこが、萩の士族階級の出である私なんか、信じられないところなのです。どうしてかと言うと、江戸時代であっても、士族階級のサラリー(ろく)と言うのは実は税金であって、威張っているようでいて、威張ってはいけないと言うのが身にしみてあるのです。

 上士だったと聞いています。つまり、毛利藩内では、内閣を形成する立場だったとも。だけど、他人に対して威張るなどと言うことはありえないのです。
 お蚕様を着る事ができるのも、お米を毎日食べる事ができるのも、働いてくれる人がいるからだと、言う観点を失ったことはありません。上流階級といわれる人ほど、他人に食わせてもらっているのです。それゆえの感謝を天に対してもち、絶対にいばったりは、しないこと。

 だから、自分で、カリスマと呼ばれることを受容して、威張っている野見山さんを見ると、恥ずかしいのです。見ていて、たまらないほど、恥ずかしい。
 そんなことはとても恥ずかしいこととして、家庭内で、忌み嫌われて来たことです。
だから、ギャラリー山口で、5,6度であった野見山さんに対しても、ほかの人が
神を敬うような態度をとっているのを、恥ずかしいことだなあと思ってみていただけですよ。
 ここで、挿入ですが、「美術界のおんたいを、これほど、けなして、あなた、大丈夫」と読者のあなたは、おっしゃるかしら。ええ、平気なのです。ここに書いてあることは、ほんの30%ぐらいですから、野見山さんが、やったきたないことの、70%は、まだ書いていませんから。それを、全部書いたら、彼は、グーの音も出ないはずですよ。このご近所の石川和子、柳沢昇夫婦、並みに汚い事がいっぱい出てくる身でしょう。アノ人は。

 で、そういう悪いことを、・・・・・『これは、誰も知らないことだ』とか、『ばれるものか』と見くびって、平気で推進していると、突然に、とんでもない遠方で、八幡宮様の大銀杏が倒れることとなるのです。野見山さんがやっていることは、この核燃料売りつけ側のエージェントの言うなりになっていると言うことと同じだから、天がお許しになるはずが無いのです。

 山口みつ子さんが亡くなったことも、その手の天のお叱りのサインのひとつなのに、その後、ちっともこたえた風情を見せないで、テレビに出たり、新聞紙上にでたり、平気ですよね。その際、顔に何のイタミもカナシミも、現れていない。驚くべき鉄面皮だ。

 そんな人と仲良しであり、薫陶を受けているとしたら、西村富弥さんも、中身はスケスケの可能性は有ります。

 でも、二人は、表面的には師弟関係が無いと、見せています。交流が無いと見せています。でも、西村さんが、芸大の大学院へ、入学したのは、絶対に野見山さんあたりと関係があるでしょう。
 なぜ、二人が、内々の慎密度を、秘密にするのか?

 もし、二人とも、フリーメイソンだったら、それは、大いにありうることです。

 西村さん、ご自身の収入は、画家と画廊を合わせても、決して多くは無いはずです。でも、お金持ちみたいなので、祖先の遺産があるのだと推察します。まとまってもらってもすぐなくなるものだから、家作(賃貸マンションを数棟、持っているとか)があるとか、祖先が開いた学園の理事として、顧問料がでるとか、祖先が開いた会社の、大株主として、それ相応の収入があるか、どれがあたっているかはわからないものの、何か別途収入がある人でしょう。そういう裏があって、あなたが大金持ちだとしたら、あなたがフリーメーソンへとすでに、リクルートをされている可能性は、深いですね。

 大金持ちであることは、フリーメーソンへと勧誘されるための、まずは第一条件です。で、野見山さんも、西村さんも、フリーメーソンだとしたら、お互いに疎遠な振りをすることは大いにあり得る話です。だって、日本のフリーメーソンとは、今現在は、核燃料の輸入を引き続き継続させることに奔走しているはずで、それは、国民に対する裏切りの一種でもあるから、後ろめたさもあるわけで、隠密裏に行動をしているはずです。

 で、二人の間で、この一件が相談をされ、この機会を利用して、『川崎千恵子の、気をめいらせる案が練られた』と言う可能性は大いに有るのです。
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副題4、『屋上、屋(おく)を重ねるのこと』

 お若い方はご存知かしら。屋上、屋(おく)を、重ねると言うことわざを。屋根の上にさらに建物を作ることです。不思議なことですが、枝香庵のインテリアって、まさにそれです。ビルの屋上のエレベーター塔を、あたかもカタツムリが、エレベーターを巻き込むがごとくにメゾネット形式の四つの部屋とヴェランダで、囲んである形式です。

 しかし、ここで、使う意味は抽象的な概念のために使います。つまり、過剰だということ。何が過剰かというと西村さんが回りに、自分を先生と呼ばせていることです。もちろん理由が推察できないわけでもない。それは、彼の学歴が高いところにある。
 銀座の画廊のオーナーのうち、大学院まで出ている人は少ないと思いますし、ましてや芸大の大学院まで出ている人は少ないから、西村さんは、突出して高学歴だと言うことになります。

 だけど、一方で、『先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし』と言う言葉があるように、ふんぞり返っている、田舎ものである子とをも、自らあらわしかねない、とても、危険な言葉でもあります。仕事の場は、田舎ではない。銀座です。かえるの王様じゃああるまいし、銀座の画廊のオーナーですよ。その仕事自体に、ある種の名誉と、品格がすでにある立場です。黙って座っていても人が尊敬してくれる立場です。

 それを、どうして、先生と呼ばれることで、確認しなければならないのだろう。私は、そこに、徹底的な違和感を抱きます。まあね。奥様方に向けたカルチュアーサークルの先生をなさっているのは想像ができます。
 だけど、そういうこととは無関係な男の人も先生と呼ぶ。変だぞ。それって。

 で、この件から、『彼が、信念やら、思想やら、哲学を、本当に学んだかしら?』という点を、疑うこととなるのです。日本の大学に通っていて、当時のフラワーチルドレン(大学紛争他)を経験した人間で、こう言う態度をとる人間がいる事が信じられないのです。それとも、芸大って、ただ、技術だけを教える大学だったのかしら?

 一方で、私は大変にアメリカナイズをしているところがあるから、アメリカの大学の教授が、自分をファーストネームで呼ばせることにも慣れているわけです。マイクとかチャッドとか、短縮形で呼ばせます。アメリカでも学者になるのは、実家が裕福で無いとなれないらしくて、苗字を見ると、大財閥系の名前です。しかも、背が非常に高くて、やせている。これは、アメリカの上流階級の特徴です。かれらは、内心の誇りはともかくの事として、フランス革命や、アメリカ独立戦争の精神を具現化するべきだと考えています。民主・平等、博愛の精神を具現化しようとつとめています。

 ニッチギャラリーに初めていった日に、紹介してくれた人が、『待っていてね。終わるまで』といったから、普段は二分で画廊を辞する私が珍しく、30分以上そこにいたのです。それで、以上のようなことを、観察してしまって、強烈な違和感を抱きました。つまり、『屋上、屋(おく)を重ねるの典型だわ。銀座の画廊のオーナーって、十分に尊敬される立場なのに、それ以上の物を求めるなんて、・・・・この人は年齢にはまるで、似合わない程の、子供っぽさを残しているのだわ。その原因は何なのだろう』と、考え込むのでした。
 待たされている間、片隅の大つぼに生けてある、50本ほどのカサブランカをスケッチさせてもらいながらも、常に、思考することをやめない私は、上の疑問にまで達したのです。
 その後は、紹介者の人柄の良さと、スタッフの川瀬さんの人間として(または、キャリアーウーマンとして)のできのよさに惹かれて、時々行っています。
 あ、ここで、ちょっとした、スピンオフとなりますが、画廊のオーナーがわがままだったり、こどもっぽかったりするケースでは、見事に人柄の良いスタッフがサポートしているものです。村松画廊しかり。

 それと、後にそれと、広尾のユダヤ協会でグループ展をなさったの。その時の広尾から青山までのお散歩を、ニカイほど、エッセイに書いた事があるのです。お散歩は一回だけだったのですが、青山墓地周辺に印象が濃い事があってね。で、二回目にそれを、書いた途端に、篠山紀信氏へのアトリエ家宅捜索というのが起きるのです。青山霊園で、ヌード撮影をしたと言う件で。この件は一回詳しく書いてありますので、今回は詳述しませんが、ともかく、それも、私を脅かす目的で作られたニュースです。その直後のアサヒカメラで、篠山紀信氏特集があり、彼には一切のマイナスが無い事件でしたから。

 その事件は、井上ひさしが、ほぼ、100%のレベルで、企図したものだと感じています。が、きっかけが、ユダヤ協会へ行ったことなのですし、そこへ導入されたことは、ニッチギャラリーの展覧会ですから、そのころより、西村さんを、フリーメーソンとか、エージェントの役目を果たしている人であろうなあと、規定をしていました。もちろんのこと、外部へはこれは、公言しませんでしたが。と言うのも画廊内では、2004年ごろは
まだ、普通だったものの、2009年ごろから明瞭にいじめられるようになっていて、いやな感じだなあとは思っていましたが、でも、それは、西村さんの個人的な資質が、問題になる段階ですからね。

 内心では、・・・・・ああ、国際的軍産共同体に、絡んでいる、人間は、みんな威張りまくるのよね。だから、彼が、その一派である事がこちらにはわかるのに、無用心にも、連続して、かつ、調子に乗って、威張りまくること。でも、これって、鎌倉・ご近所の、石川和子+柳澤昇に代表される連中と、そっくりだけど、こんなに威張りまくっていて、人を単純にもいじめていると、いずれ破綻が来ますよ。あなたが、何らかの大失敗をすると、消されちゃうことさえあるのですよ。癌検診を利用して、ガンだと宣告をされた後で、病院で・・・・・などと思っていたことでした。

 だからこそ、フェイスブックでのチャットの関連で、山田啓貴さんと、私が内容として非常に深いレベルまで達して、盛り上がったことを、ハッキングにより知らされて、アイデアを、あなたが、練りましたか? または、井上ひさしが、練りましたか? ともかく、私を、心理的に苦しめる作戦にあなたも噛んで行きましたね。

 時には、無線ラン機能を使って行われている、私のパソコンの内容が、西村富弥さんにまで、生の形で、届いているのかしらと思ったりしますが、そこまでのことはなくて、多摩美の縁で、今回は西村さんが、表舞台に、立つこととなったのでしょう。西村さん自身は、多摩美と縁が無くても、ご親戚の縁で、関係がありますので・・・・

 それが、7月の21日から22日にかけて、山田さんから、公開されたフェイスブック紙上内での、ニッチギャラリーの彼のグループ展の案内です。

 さて、上は長々と書きましたが、一種の裏側と言うものです。今回の諸現象はすべて、裏と表があります。巧妙にも、ご自分に、罪とか、責任がかかってこないように、正当に見える理由が用意されています。

 で、上の山田さんのグループ展は、山田さんの方から、持ち込まれたということとなるようです。このことは、あとで、とても、重要になってきますので、ここで、きちんとさらして置きましょう。
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 この後、西村富弥氏、山本冬彦氏、枝香庵などのなぞを解いていきます。途中、寄り道をいっぱいするでしょう。

 美術界で、いじめられきってきた、すさまじい被害も、ここまで達すると、映やっと、居直っちゃいます。損得抜きで居直っちゃいます。それで、どうなるかと言うと、どうして、最悪の物質である、核燃料の輸入を拒否できないかの、なぞが解けるからです。

 今の日本と、日本人にとっては、それが、とても大切なことだからです。
また、これはとても小さなお断りですが、先ほど来、一時間ほど、山本冬彦氏を体tごるに入れた、文章(メモ)が公開されてしまっていましたが、あの中の山本夏彦氏は、これら、一連の国際的軍産協同体とは無関係な人物です。
 山本姓の、違う人物と混濁していました。

 では、2011年8月19日          雨宮舜(本名 川崎千恵子)
コメント

NHKと、FBと、銀座の画廊街と、米経済の混乱・・・が、私を、殺す?△

2011-08-14 19:03:00 | Weblog
 今は、16日の午後三時です。やっと完成しました。

 これは、一見すると、政治とはまるで、関係のないように見えますが、これこそが、政治のまさに先端なのです。現代の政治とは永田町にあるのでは存りません。司法やマスコミ、すべてが絡まって行われているのですが、ともかく、オピニオンリーダーもしくはそれに化ける存在がいる分野なら、どこでも、似たような事が行われている可能性のある、一つの仕組みを解明していく事が目的です。

 相手方は非常にたくみですから、人間関係の交錯を駆使しています。それで、あっちこっちで、知人または、友人が登場してきて、そこがネックになっていますので、書きにくいことおびただしいの典型ですが、きちんと、取り組みました。で、タイトルの右側に△印を入れておきます。どうか、よろしく。

副題1、『2010年4月5日から、10日にかけて、
             井上ひさしに、だまし討ちをされた私だが・・・・・』
副題2、『白雪姫は、九州から、原発事故について、教えてといってきた』
副題3、『中澤たい子 VS 荒井よしえ・・・・・その類似点と相違点』
副題4、『お嬢様で、お金持ちだけど、不安要素を抱える、中沢たい子さん』
副題5、『山本冬彦さん、登場す』
副題6、『芸大生の卒後進路と、階層依存という言葉』
副題7、『アメリカ経済は、なぜ、大混乱に陥ったか?』
副題8、『NHKドラマ、下流の宴が、悲しいなぞを解いた』

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副題1、『2010年4月5日から、10日にかけて、
             井上ひさしに、だまし討ちをされた私だが・・・・・』

 私がフェイスブック内のごたごたを外で書くのは、個人的な復讐を目ざすからでは無論ありません。そこが政治的に利用をされた事を報告して、それゆえに、円高、株安が、昂進したと、報告せねばならないからです。

 ただし、今回のいじめは現代アートの世界を舞台として行われたので、しんどいこと限りがないです。いつも、「これを書くのは、両刃の剣です」と申し上げているが、今回は、自分を傷つける方が大きいかな?

 だけど、それでも、書いてしまうのは、すでに、自分と言う物を捨てているからだと、感じます。そういう点では、今、敵として、対峙している存在たちにはまるで、理解できない心境でしょう。彼らは、自己がとても大切です。自分の欲と利益と言うものからは、離れられない存在です。しかも、自らが正面に出てきて、私と対峙しようとはしません。そんな事をしたら、勝ち目が無いと知っているからです。

 ですから、鎌倉とはできるだけ、無関係に見える人を利用します。そのために銀座の画廊オーナーたち、特に、昔から私と知り合いである人たちに向けて、「彼女とは友達にはならないようにね」と、お触れが出ていたと感じます。これは、銀座を舞台として行われた攻撃の二度目のものです。

 一回目は、exhbit Live and Moris と言う画廊で、2010年の4月に行われた個展のときで、すさまじいまでに、いろいろな仕掛けが銀座に用意されていました。

 その「裏工作類が、ばれたか」と思って、急死したことにしたのが、井上ひさしさん、あなたでしたね。そこらあたりが、このブログの世界でも、書きかけになって中断しています。今度、再び取り組まないといけません。その4月5日から10日の個展に、私は、あなたが仕掛けてきた数々の妨害をすべて、読み解いている事を、知らせるサインとして、9日にあなたをお招きしに、盟友の伊藤玄二郎氏が、社長をしているかまくら春秋社をお訪ねしています。「個展にいらして、くださいね」と言いに。もちろん、あなたが震え上がったように、ありとあらゆることは、すべて、私には、ばれていますよ。

 が、こう言う風に公開されているブログの世界で、それを、書くか、書かないかは別問題です。
 でもね、あなたは真実が、ここで、書かれる事を常に恐れていて、その前に、私を殺そうとお考えになっていますね。人の命なんか、どっちでもかまわないほど、冷酷な面も持っているあなたですから。

 それに、今、あなたが忠誠を誓っている大組織の方もそうですね。

 で、ご自分が死んだ事にして逃げたのを「早まった事をした」と、後悔しているのか、徹底的に、私を苛め抜いて、『あいつが、死亡したら、再び表舞台に登場しよう』と考えているのではないですか?

 私をとんでもない悪人へと仕立て上げて、「それに、圧迫をされていたから、仕方が無くて、地下潜行をしていたのだ」などと、しれっとして、発表をしながら・・・・・
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副題2、『白雪姫は、九州から、原発事故について、教えてといってきた』

 その、いじめの最たる場所が、今は、鎌倉と銀座です。それから、同窓会も同じ場所となってしまっています。

 で、銀座の画廊の、オーナー、の何人かが、友達になるのを、拒否してきました。しかも、理由等を告げずに。中でも、私が最も傷ついたのは、日ごろ、白雪姫と呼んでいる、銀座ギャラリーハウス(画廊)のオーナー中沢たい子さんです。

 今は、8月ですが、中沢たい子さんは、積極的に、ウォールと呼ばれる、フェイスブック専用の掲示板に投稿をされるので、ずいぶん前に、それを開くことをかねて「友達になってください」と、申し込んだと思います。が、断ってこられた。しかもメッセージもなしに。そして無視し続けた。
 しかも、挑発的に、ウォールへ書き続けた。
 他の人、たとえば、岡崎こゆさんは、画廊での態度はきついが、ウォールへ投稿を続けて、挑発をすることはなさらなかったわね。
 他の何人かのオーナーや、スタッフもそうです。それに、問い合わせをしたら、きちんと理由を教えてくれた人もいました。で、飛びぬけて、強い、意地悪をしかけてきておられるなと感じました。

 それになぜ、他の人より、よけいに、傷ついたかと言うと、あなたが、この三月に、九州からわざわざ、原発について問い合わせをしてきたからです。その時に話し合った電話の内容から考えると、そのたった、4ヵ月後に、これほど、失礼な態度を取るのは解せないことだからです。

 初稿では、その際の電話の内容を伏せています。が、二回目にここを開いて推敲中の今はその内容を、記しましょう。あなたは、質問を、以下のようにしてきました。

 『自分は、フランス大使館から、フランス人に次ぐ、大切な関係者として、メルマガを普段配信されている。今回、その内容が「逃げなさい。早急に」と言うものだったので、九州まで逃げてきた。で、今はホテルに宿泊しているが、これから先、どうしたらよいか、迷っている。特に、原発の諸相は皆目わからない。政府もマスコミも真実を伝えていない気がする。ただ、あなたのメルマガは、信頼できる。それで、聞きたいのだけれど、これから、どうなるのかしら。・・・・・間に、私の返答を入れた後で・・・・・私は今から、沖縄へ移動をしようと思う。だけど、東京で税務処理をしないといけない。だから、迷っている』と。

 で、私は答えて、「沖縄へ行くのは無駄です。そこへ行くのなら、パリへ行きなさい。ともかく、一度東京へ帰ってきて、税務処理も早急にして、その上で、大切なものを選んで、移住をするつもりなら、行き先はパリです」と。

 ここまで、うちとけた間柄なのに、フェイスブックで、友達を承認してくれない。それは、手のひらを返すと言う以上のものです。『それでは、中沢さん、あなたが、真実の幸せには到達ができませんよ』と、私は内心で思い続けました。一ヶ月以上ね。もちろん、リクエストが、空中に雲散霧消して届かなかったと言う可能性もあります。だから、宇留野さんにわざわざ問い合わせたのです。「友達リクエストにどうして、応じてくださらなかったのですか?」と。宇留野さんは、『え、届いていませんよ』とは言いませんでした。

 もちろん、ことは、とても複雑です。彼らは、電話の内容を把握していて、それを悪用します。たとえば、中沢さんに「彼女は、こうこう、こう言ううわさを流していたわよ。それは、あなたのためには、ならないから、今、あなたを助けてあげるために、そのことを、教えてあげておくわ。ただ、絶対に、川崎千恵子本人には、あなたの方からは問い合わせないでね。彼女に面と向かって、『あなた、こんな事を○○さんに言ったんでしょう』とは、言ったりしないでね」と、告げ口をすれば、中沢さんは、私を切り捨てるでしょう。

 私はそこまで、やられる事も推察しきっているから、あれこれの、裏側を、ここでさらしてしまっているのです。
 娘が孫を生む際でも、私の電話はともかく、娘の電話が盗聴されていますし。激しい人権侵害の対象となっているからこそ、実例を明かすのです。

 本当に生死をかけて、このブログを書いています。

 で、国際的軍産共同体と、そのエージェントが何か、特別なアタックをかけたと言う可能性がないのなら、枝香庵のオーナー荒井さんが、私を傷つけた度合いより、中沢さんが、私を傷つけた度合いの方が、より深くなっていて、私にとっては、きつかったのです。それなのに、枝香庵のマダムの本名はさらっと出したのに、彼女はかばった。それが、なぜか?

 もちろん、それは彼女の事をいとしいとか、かわいいと感じたからですよ。愛があったから、守ってあげたいと思ったのです。だって、ああいう電話をかけてくる彼女は、以前から想像をしていた通り、独身で未婚ですね。そして、うぶで、弱々しい。だから、深いレベルで、かばったのです。ただし、その、私の彼女への愛は、その電話一本で培われたものでもないのです。それは、次の章で語りましょう。
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副題3、『中澤たい子 VS 荒井よしえ・・・・・その類似点と相違点』

 銀座の画廊のオーナーとは名誉と、格式のある立場です。特に女性がそれをするとなると、勝ち組の典型だと言えるでしょう。

 岡崎こゆさんなどは、その代表です。それだけに、きつい。だから、岡崎さんには、そのウォールを開いて、見ることによって、自動的に、発信された友達リクエストをわざわざ、こちらが、キャンセル作業をして、取り除いておいたほどです。裏が、見え見えですから、絶対に応じてもらえないと思って。

 だけど、荒井さんと、中沢さんはちょっと違う。岡崎さんに比べれば、ずっと甘い。それは、バックが大金持ちだからです。親戚やら身内が大金持ちだと推定されます。だから、二人とも、穏やかです。付き合って安心できるタイプです。出し抜かれないし、裏切られない。

 でも、二人には、微妙に違うところがある。それは、既婚者か、未婚者かの違いと、作家であるか、無いかの違いです。それと画廊が入っている不動産の建築様式が違う。

 その三つの差によって、中沢さんの方が弱いと感じます。それで、彼女をより大きくかばい、荒井さんをかばわないこととなりました。

 今まで、この二人と、そんなポイントで長話をしたことは無いのですが、私は観察眼が鋭いので、ほとんど、あたっているでしょう。

 まず、もちビルの形式について。
 枝香庵の荒井さんが、ビルのオーナーの一族だというのは、ひとえに、特殊なインテリアで、最上階に、画廊が位置しているから、推察することです。彼女が娘さんなのか、お嫁さんなのか、きょうだいなのかはわからないものの、彼女の要望によって、ビルの新築の際に、予定として、組み込まれた設計だと感じます。そして、今から五年前に、彼女は、子育てを終えて、画廊をはじめたのです。とても初々しい感じで、謙虚に。
 で、枝香庵以外の階は普通の様式ですから、貸しビルとして、テナント料が入るでしょう。有楽町に大変近いです。テナント料は高いと思われ、荒井さんは、心の余裕を充分に持って経営に当たることができます。

 しかも、お勉強家です。五年ぶりに訪れたら、ちゃんと、グループに加わっておられました。それは、Oギャラリーのオーナーが運営するグループで、そこに所属するのは、とても、理にかなっています。同じ現代アートのグループでも、もうひとつ京橋を中心とするのが、あって、そちらは大きなスペースと長い歴史のある画廊がメンバーです。
 枝香庵は、長い歴史が無いので、京橋の方は柄が会わないと感じますが、Oギャラリーのグループに入ったことさえ、五年の経験だけなら、グッドジョブと言えます。大成功です。

 それに、今回偶然に見てしまったのですが、事務所に若い男性のスタッフがいます。アノ青年が、もし坊ちゃんだとしたら、これほど、力強いことはありません。画廊を一人で運営するのは大変です。が、他人としての、良いスタッフを確保するのも、大変です。画廊は儲かりませんから、普通なら一人の若くて有能な男性を縛り付けるのは、躊躇するところです。が、坊ちゃんなら将来、ビルのオーナー業も引き継ぐのでしょうから、しごとが二つになります。そうすると忙しさも、収入もちょうどバランスが取れて、ベストに近い環境になるでしょう。

 荒井さんが五年前より太って見えて、それを、私が言うと、肯定してくださったけれど、『なるほど、なるほど、すべては、とても順調に推移したのだ』と感じます。
 でも、それほど、幸せなら、別に私が同情する必要はありません。
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副題4、『お嬢様で、お金持ちだけど、不安要素を抱える、中沢たい子さん』

 中沢たい子さんの画廊の方が、荒井さんの画廊より、8倍程度広いです。しかも、有楽町駅からの距離で言えば、同じような近さにあり、立地条件は、同じ程度に良いです。そして、画廊は一階と二階に位置していて、道路に面していますので、見栄えとか、アッピール力といえば中沢さんの画廊の方が大きいです。素人向けにはそうなのですが、画廊めぐりを長らく重ねてきた人間から見ると、「インテリアが、日本の画廊としては、一般的な形ではないな。だから、却って経営が難しいだろう」と思うところがあります。

 これも、推察ですが、荒井さんは、銀座の住人としては新人で、お嫁に来て、この界隈の人となったと思います。自宅がどこかはわからないものの、昼間・長時間、銀座に詰めているのですから、ほとんど、銀座の人になったといってよいと思います。だけど、幼いときは銀座の人では無かった。だから、ある程度の謙虚さと普通っぽさがあります。で、人の下手に出ることも、あわせることも容易にできるでしょう。

 しかし、中沢さんの方は、今の住まいは郊外だといっても、典型的な銀座のお嬢様です。しかも銀座のお嬢様としての、理想の生き方を本人も追及してしまったし、親もそれを許してしまいました。パリへ留学して絵描きになった。すばらしい絵を描く。だけど、ビジネス感覚が鋭いかどうかは、わからない。中沢さんの画廊は、事前に他の銀座の画廊と調査したかどうかが、分からないです。パリ風の画廊とはなさったのだろうけれどひとつの画廊としては、スペースとして、広すぎるのです。これは、かえって経営が難しくなります。と言うのも、使用料が、当然のごとく、高くなるからです。
 しかも、外から見ると、このビルは画廊だけで独立して存在しています。とても贅沢な設計ですが、他の階からのテナント料が入りません。

 これが、中沢さん以外の人の持ち物だったら、大借金をして、新ビルへと建て直し、テナント料がばんばん入るビルへと、変更するかもしれません。
 でも、それを中沢さんはしないと思いますし、しても似合わないというか、成功しないような気がします。私も自分が絵を描くので、非常に良くわかるのですが、絵を描く人は、毎日同じパターンの生活をしたいと願うものなのです。そうしないと創作のペースが乱されるのです。時々個展は入りますが、それぐらいの変化で収めたいものなのです。

 私は今は、美術ではなくて、文章に凝っているわけですが、これぐらいの創作でも、生活はひどく律しています。地味そのものです。大胆な変革とか、長期の旅行は好みません。行った先で、版画とか絵の制作ができる環境的、保障があれば、違いますが。

 で、荒井さんに比べると中沢さんの方が、将来により大きな、不安を抱えていると感じます。だからこそ、私の方が許してしまう範囲が大きいのです。で、彼女の方は、かばい続けました。大いに傷つけられたのですよ。でも、かばい続けました。それが、「お母さんみたいなところがある」とよく言われる私の、本領が発揮されたところです。
 そして、彼女はいい絵を描きます。その絵を見ていると、ますます、恵まれて育った事がわかり、いろいろ、彼女の方から、傷つけられても、『お嬢様だから、他人の気持ちが忖度できないのだろう』とも、思って、そこからも、許してしまうのです。あ、は、は。私こそ、甘いかな?

 で、同じお嬢様でも、新井さんは、お母様でもあろう、荒いさんが、あれほどの、悪さをなさってはいけないわよ』と、思うのですが、多分、大きな裏があるであろうと思うから、それを、今、この文章の中で、解明し、追及しようと試みている最中なのです。
 彼女本来の持ち味が自然に発揮されたら、こう言うことは絶対に起こりません。
 後ろ側から、悪い教唆があったのです。それは、孟、パターンが読めているほど、繰り返し行われてきた言論弾圧の一種だから、それゆえに、ここで、取り上げないといけません。

 こう言う事が、フェイスブックの世界で、ひそかに進行していたからこそ、円高、株安が猛威を古い、菅首相が辞任をすることとなって、またぞろ、小沢一郎氏が、鎌首をもたげると言う現象が表社会に起きたからです。
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副題5、『山本冬彦さん、登場す』

 私が今般、フェイスブックの世界に入ってみて確定的にわかったことは、古いタイプの美術評論家は、現代アートの世界からは、一掃をされてしまっているなと言うことでした。何が、古いタイプと新しいタイプとを、分けているかと言うと、ご自分を、権威付けて、文字にお金を取るタイプと、フェイスブックのように、無償で、ばんばん、人が投稿をして来る世界とは、価値観が合わないからでしょう。

 ただ、どこの世界でも、シヴィアーな、悪口が飛び交うとは思いますので、「フェイスブックで書いている連中は、まだ、素人で、ブレイクをしていないのだ」と、低くみなす可能性はありますが、そんな事を言っているうちに、そちらの、威張っている方が、若い作家たちに、「はいちゃ」と、捨てられる可能性は感じました。

 でも、意味を成す投稿をしている存在はそれほど、多くないと思います。誰でも読める形で、意味のある文章を投稿をしているひとは、50人にも満たないのではないかなあ。特に自分独自のものを描いて(または、書いて)いる人は少ないでしょう。これには驚きました。

 ところで、その中で、目立つ存在が山本冬彦さんです。この人の名前は前から知っていました。が、不思議なことに、画廊で、一回も出くわした事が無いのです。それは私がたいてい、画廊に、三分以内しか滞在しないからでしょう。よく知っている人から「あなたは見ていなかった。それで帰るなんて、失礼だ』とか言われるのですが、それは誤解です。私は一種の道場破り、または、清冽な心を持つ姉として、作品だけに向かうから、ながいをしないだけなのです。

 良い作品を作った作家が、そばにいれば、二言三言、話しかけます。すると、作家の顔がぱっと輝くのです。彼、彼女がもっとも、得意としているポイントに触れるから。その一瞬の心の交流を最大の喜びとして、すぐ次の画廊へ移動をします。

 でも、ともかくのこととして、山本冬彦さんの存在感が、フェイスブック内で大きいことは知りました。

 各画廊にいろいろ、悪い風評が流されているぐらいですから、山本さんにも当然のこと、何かが入っているとは思います。が、そこが、エリートのエリートたるところで、フェイスブックの世界で、山本さんが、こちらに面と向かって失礼な事をしたことはありません。

 が、めぐりめぐってというか、回りまわってというか、今回、大問題になっている枝香庵をめぐっては、山本さんに間接的にも、間接的に、いじめられてしまいました。

 それは、山田啓貴さんとの三角関係のコメント合戦が原因だったと思います。そして、それをハッキングして居た、例の私の背後霊、(井上ひさしか、伊藤玄二郎か、成田豊か、成岡庸司か、はたまた、公安警察か?)が、山本冬彦氏に、『こう言う風に動いてほしい』と頼んだとことだと感じていますが・・・・・
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副題6、『芸大生の卒後進路と、階層依存という言葉』

 さて、山本冬彦さんは、如才なく、かつ大過なく、現代アートの世界を遊泳している人の模様で、芸大ともツウツウの情報交換がある模様です。

 で、ある日、芸大生(学部だったか、院だったかの記憶はあいまいです)の卒業後の進路についての投稿がありました。退会と同時に一切の記録が消えるので、その正確な文章は覚えていませんが、50%以上が進路未定となっています。

 それについて、すべての読者が、考えたことは同じだったと思います。下世話な言葉で言えば、お坊ちゃま、お嬢チャマが多い、芸大生は、就職をしないでよいのだということ。

 そこへ、今回の最大のキーパーソンとなる、山田啓貴という多摩美卒の画家が、コメントを入れたのです。『階層依存が、これほど、はっきりと、見えるとは・・・・・云々』だったと覚えております。それで、思わず、私がそのコメント合戦に加わってしまったのです。

 というのも階層依存というと言葉を、ソノ時マデ、私の方が知らなかったのですね。
だけど、見事な言葉だと思って、感動して、その言葉を使った山田さんを褒めたのです。それは、コメントといって、フェイスブックの会員なら、全員に見える形で、褒めたのです。だから、山本冬彦さんも当然それを、読んでいた。

 が、ある瞬間から、山田さんが、チャットというのを始めたのです。これは後で、誰かが見ようと思えば、フェイスブックの世界では、読めますが、二人が会話を交わしている瞬間は、他の人は、誰も読めない形式で有ると言うのが、一般の常識ですので、山田さんは、相当に深いレベルで、胸襟を開いてきました。
 このチャットというのは、私もAOLの世界で、過去にやった事がありますので、すぐ技法だけは、飲み込んで応対をしました。

 その記録は私の退会と同時に、消えるので、詳細は復元するのが不可能なのです。が、画家がどういう風に生きたらよいか、収入をどういう風に稼いだらよいかという命題について、哲学的に、また、心理学的に、かつ社会学的に、話したのです。

 非常に深いものであり、山田さんが感激して、こう言ってくれました。「ネットの世界で、これほど、深い話が出きるとは、思っていませんでした。これも、SNSのおかげです」と。

 私は、その時に、頭の隅では、『これが、ハッキングをされていたらどうしよう。どっちかに迷惑が、かかる可能性がある。慣れている私にかかるのはともかくの事として、『彼にかかるのは、困ったなあ』と、思い始めました。それが、頭の中を30%は、占めていました。今、この文章を書いている時点では、そのチャット交換時から、一カ月は過ぎていますので、経過の全貌が見渡せますが、山田さんの方には迷惑より、収穫があり、私の方には、悲しみと損失が残りました。
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副題7、『アメリカの株安は、実態が無いが、私を暗殺する役目は果たす』

 その日以降、フェイスブックの世界と、銀座と、それから、世界ニュースと三方向で私の身辺に起きたことを逐一書いていきます。というのも、こんな場所をハッキングするのは、非常に、非常にと言う意味で、人権侵害だからです。それを明らかにしたいのと、こう言う特別な攻撃が、私の身に起きるときには、政治もものすごく動いています。

 ほら、まるで、世界同時大恐慌がおきたかのごときメディアの報道でしたが、すべて、私が対象の作り上げられた現象なのです。しいてアメリカ経済に実体化された不況の恐れがあるとしたら、それは、核燃料産業が、衰退していくことへの恐れと予感が、先行きを不透明にしているだけです。が、それならそれで、本当のビジネスマインドの経営者は、自らの弱点をさらさないはずなのです。

 当たり前でしょう。世界の反原発勢力の中には、専門の運動家も入っているでしょうから、理論武装もしているはずです。となると、当然のごとく、経営者側、つまりコングロマリット側も対抗措置を考え出しているでしょうから、このポイントはメディアには出さないのです。

 今、世界の経済学者が論議すべきことは、いつにこの点なのに、それが、新聞の世界でも、ネットの世界でも、テレビの世界でも、登場していないことこそ、私の判断どおり、それが、大切なことなのです。

 この8月の3日か、11日に、G7の蔵相と、銀行総裁が、電話会議を行ったと、NHKテレビが放映をしました。だが、それ以降、野田佳彦大臣は必要な措置を何にも取ってはいません。
 つまり、その会議は、確認をしあうだけのものだったのです。

 この経済的大混乱が、一種のフェイクであり、それに、大切な人材は乗らないようにというお達しだったでしょう。つまり、各国に散らばって存在している自分たちのお仲間(=フリーメイソンの会員等・・・・日本では、京セラの稲盛さん等が、それに当たるはずです)が巻き込まれて、資産上の損をしないようにと言う確認だったのです。

 今回の流れは確かに私をひどく悩ませて、深手も負わせました。

 この一連の分章群に登場した名前は、普通の状況下だったら、良い友達になるだろう、人たちばかりなのです。それを、私を暗殺する側に役立った人たちだと言う形で、書きあげなくてはなら無いのは、断腸のきわみです。

 が、あるひとつの現象が起きるときは、必ず、裏表、、または、プラス・マイナスと言うものがあるわけで、今回の収穫は、この8年間、私を時々ですが、深く悩ませてきた西村富弥(ニッチギャラリーのオーナー)さんが、ほぼ、100%の確立で、フリーメイソンの会員でもあり、政治的には、エージェント級のランクを与えられていると言うことです。
 つまり、『私との関係が、心理的なレベルでいえば、結構に深いがゆえに、井上ひさし級の役割分担をになっているのだ』ということです。

 それを、今から丁寧に語っていきます。次回や、次々回をも使って。
敵(イコール、原発を続けて行きたい派)は、私を悩ませる事が起きるのなら、タネは何でもいいのだと考えられているのかもしれません。

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副題8、『NHKドラマ、下流の宴が、悲しいなぞを解いた』

 その『階層依存、云々』の当夜に話を戻します。私は内心では、くらい気分になって心配をしているのですが、山田さんがあまりにも高揚をしているので、それに乗ってみようかと思い始めます。『思う存分、自由に会話を交わして、それで、何も起こらなかったら、これ以降、ハッキングのことは、恐れることも、気にすることもしなくて、良くなるのだから』と思い、一種のトライアルとして、さらに会話を進行させました。

 で、気を許して、「ところで山田さん、あなたって、NHKで、今放映をしている『下流の宴』に出て来る俳優に似ていますね」といったのです。フェイスブックはアイコンといって、その人の実名のそばに、その人の顔写真を載せることとなっています。

 すると、「え、そうですか。僕、そのドラマは見ていないのですけれど」との返事がありました。で、私は、「来週が、最終回です。その中に出てくる、熱血、予備校講師が、あなたに、そっくりです」と。すると、「え、僕も美大受験の予備校で熱血教師をしていたことがありますよ」との答えです。「で、見てみたいですね。それ」との話。「そうですか、来週の火曜日、10時からあります」と、教えて、後は挨拶を交わして、チャットを切ったのです。

 これは、チャットの前半部分(=10行以上続く、難しい内容)に比べれば圧倒的に単純です。だが、たった、一行か2行だからこそ、弾むような早うちの交換で、書きます。お互いに。すると、そこに弾むようなリズムが生まれます。

 それは、そばからハッキングをしている人間にとってはどきどきするような感覚を与えるのではないかしら。つまり、心理的なものであっても、INTIMATE(親密な)関係と言うものをそばで、見ていると、どきどきするような神経の人間がいるということです。

 心配していた通りの事が、起こりました。チャットの夜の、4,5日後のことです。火曜日でしたが、まず、夜の10時にはそれが始まらず、10時半に延期になったのです。それは、ずっとテレビを見ている人にはわかることでしたが、山田さんはテレビを見ない人です。
 これは、まじめな人の典型です。フェイスブックの世界には、そういう人種が、多い模様でした。私も1998年から、2003年まで、極力テレビは見ないようにしていたので、良くその気持ちはわかります。
 でも、普段はテレビを見ていないひとだからこそ、急に入れたスイッチの先にドラマが展開していなければ、「何だ。嘘を教えられたのか」と思ってしまい、その結果、私の信用がなくなります。

 で、心配をしつつ、10時から10時半までの30分間に、『ドラマ下流の宴』の遅延の案内が出るかどうかを、目を凝らしてみていました。一回も出ませんでした。それは、10時より前には、出ていたのですよ。でも、大切な10時以降は出ませんでした。

 そして、ニュースを延長した理由もさして、重要ではありませんでした。台風だそうですが、関東圏では何も大騒ぎは、窓の外では起きませんでした。

 気分が暗くなりました。もちろん、こう言う事を書かないほうがいいのです。というのも彼らには武士の情けと言うのもありません。それから、反省と言うのもありません。見つかった事を恥とする感覚も有りません。

 だから、上のような真実を書いても、何の改善も起こらず、私にとっては、何の助けにもならないのですよ。ただ、損失になるだけです。それに、真実を書けば必ず、右下にそれが出て、警告を発する『CPUが限度に達っしたので、いったん画面を閉じなさい』と言う警告も出ません。つまり、この真実をブログ内で書くことは、相手方にとっては、『うは、うは、大成功』と言う類の真実なのです。

 『確かに、お前の言うとおり、ハッキングをしているし、それとNHKの二つを利用してお前を脅かしてやったさ。ざまあみろ。お前は絶対に、俺たちには勝てねえんだよ』と、あざ笑われているのを感じますし、少しでも、こちらが弱みを見せれば、さらに突っ込んでくる彼らですから、同じような事が次から次へと続くでしょう。

 私はメルマガの友達には、こう言うことを告げてあって、ほぼ誰とも、個人的な付きあいをしておりません。エッセイメールをこちらから一方的に送るだけなのです。しいて連絡を取るとすれば、その相手は、特別に出世街道に乗っている人だけに限定をしています。そういう人は、決定的に相手方(=国際的軍産共同体)にリクルートをされていると考えるからです。

 さて、いずれにしろ、『誰とも、うちとけた付き合いはできない』と言うのは、例の2007年の11月の夜、『今度一緒に飲みましょうよ』と電話内で、いってもらい、電話が突然切られた場合以来の、ことでした。

(注、はじめて、このブログの世界に入る方おしらせします。それは、2011年8月12日発信の、『針生一郎と、フェイスブック。(+宇留野隆雄、栗田玲子、北側順一郎)△』の中に詳細を記してありますが)

 さあ、これから、どうするかです。

 それから、きょ、きょ、実々の戦いに入っていくのです。だって、この6月の初旬以来、逼塞をhしていた小沢一郎が、復活して出てきましたでしょう。だから、これらの攻撃は偶然でも、思い過ごしでもないのです。

 この項目は、山田さんのその後を含めて、続いていきます。そして、軍産共同体は、さらに牙を向いてくるのですが、それゆえに、あたらしい真実にも、目覚めて行く私でした。どうか、読者のみな様には、ご安心をくださいませ。このくらい文章を
書いている私は、本当はすこぶる明るい事を、知っていただいたうえで・・・・・
 そうなんです。苦難が深いと、かえって悩まないものなのです。
  2011年8月14日に書き始め、16日に終わる。雨宮舜(=川崎千恵子)
コメント

針生一郎と、フェイスブック。(+宇留野隆雄、栗田玲子、北側順一郎)△

2011-08-12 23:29:10 | Weblog
 今、ふつかがかりで、下の文章を、やっと完成をさせました。なおこれは、下にある、11日付の文章の続きとして書いています

副題1、『悪夢でうなされるほど、フェイスブックに苦しめられた、この三ヶ月』
副題2、『国画会退会時と、フェイスブック退会時との、私側における差』
副題3、『さすが、ハーヴァードの学生が、創設したシステムだ』
副題4、『宇留野隆雄さんを見ていると、警察の悪辣さが、よくわかる』
副題5、『美術評論家とは、何であるか?』
副題6、『その弱さと、巧緻に長けた処世術に、
               私が、最初から気がついていた針生一郎』
副題7、『味をしめたかれらは、山本容子と言う鉄砲玉を、宣伝する』

~~~~~~~~~~~~~~
副題1、『悪夢でうなされるほど、フェイスブックに苦しめられた、この三ヶ月』

 この章は、数十行を書いて30分も経たないうちに、爆睡に入ってしまったのです。しかし、寝ながらも夢を見ているのでした。その中では、このグーブログのテキスト記入画面に、ダブって、半透明な形で、フェイスブックの画面が映し出され、そちらでは、・・・一種の炎上として、・・・私が書くにつれ、フェイスブックの方の会員が、それを、逐一否定していくと言う現象が起こりました。

 それで、びっくりして、たった、40分で仮眠から目覚めて、新たに、打ち込みを開始したところです。しっかりと目覚めてみれば、あのダブった画面は、完璧に夢であって、今、グーブログの、入力画面は、フェイスブックと重なっているわけではありません。

 しかし、それもまた、フェイスブックの特徴のひとつでありました。その画面が、閉鎖されていて、会員しか読めないのです。それで、自分が退会した後で、どうなっているのだろうと言う悲哀に満ちた心配の感情が、こう言う夢として表れたのでしょう。

 しかも、今般、最大に苦しめられたのは、退会手続きが、なかなかできなかったこと。それは、一般には、簡単に、現れるはずの契約解除の項目が、どうしても、私のPC上では抜かされていて、それで、事務手続きが、進行しなかったのです。いったん、退会宣言をしたものの、離脱ができず、恥をさらし続けたからでした。

 それはそれで、『店ざらしになって、恥をかいている私』という分章群、400字かける4を書いて、事情を吐露していました。が、幸いに、ある人が12時間後かな? 教えてくれて、そのハイパーリンクを利用すると、完璧な退会が、一気にできたので、今は完璧にそこから離れたわけですが、・・・・・

 そうなってみるとあのフェイスブック紙上で、書いた文章群を保存しておかなかった事が悔やまれてきます。ある程度は保存をしてありますが、その上記の、『店ざらしに、なった私云々』というのは、落としていなかったのです。それは、一種の名文だったと感じています。この『名文だった』と言うのは、自分で言うのは、もちろんのこと、おこがましいのですが、名文を書けば書くほど、他人からサインを与えられるのです。
 PC画面上で、脅かされるのです。『今、CPUが危ないですよ』と言う警告画面が出ます。
 こう言うのが、私へ弾圧の最も頻度高く現れる本体で、それに従うと、せっかく作り出した名文(?)が消えてしまいます。すでに、慣れているので、動揺しませんが、これらの現象を見ていると、私のパソコンを常時監視している連中が、文章判断能力が高い事がわかり、
△△△△△△
 『もしかすると、ハッキングは同時進行的に、井上ひさしに、ソウシンされているのではないか。そして、彼のパソコン画面には、いろいろ特殊なアイコンが、し組まれていて、『これをクリックすると、こうなり、彼女の文章は、そこで、消えるのですよ。だから、こちらに不都合な事を彼女が書けば、その時に、瞬時に阻止できます』と、教え込まれているのではないか』とさえ思い至ります。ただし、この△△△△△△罫線に囲まれた部分だけは、今のところ、想像の範囲を脱しては、いません。

 証拠は、・・・・彼が地下潜行していると、私が信じている・・・・鎌倉佐助がやつの彼の豪邸へ入ってみないとつかめないからです。
 特に、私が雪ノ下の自宅で、パソコンを打っている最中に、佐助へ瞬間移動をしないといけないので、スピルバーグの映画の登場人物にでもならない限り、永遠に真相はつかめません。雪ノ下と佐助と言うのは、直線距離にすると短いのですが、間に山坂と線路があるので、とても遠くなります。
△△△△△△
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副題2、『国画会退会時と、フェイスブック退会時との、私側における差』

 皆様は知恵の言葉として、『継続は力なり』と言うのを信じておられるでしょう。
私もそれを信じています。この『文章を書き、それなりの世界ではあるが、読者へ向けて発表をする』ということも、1998年にパリに行ったときからはじめていますから、すでに、13年目に入っているわけです。パソコンを使い始めてからは、12年目であり、不特定多数への公開(ブログ)を始めてから、三年弱です。

 しかし、一方で、クリエイターとしては、『天才の仕事は、18年ぐらいで終わる』とも感じています。長生きをして、長い制作キャリアーを続けていけるのは、日本画の創作の様に、一種の訓練を伴った作業なら、それが利く』 だけど、『純粋に創作だけを問われるのなら、その程度の継続期間で終わる』と見ています。

 たとえば、熊田ちかぼサンなど、高齢になっても、細密な昆虫図を描かれたということで、大変に有名です。だけど、前半生は、デザイナーとして、暮らして来られたのです。

 でも、それは、制作の方向性ということにおいて特に当てはまる問題であって、所属集団への忠誠の継続という意味では、悩みが起こりやすいでしょう。「悪い上司に悩まされていて、ここで、転職するかどうか』と言うのは、とても普遍的な問題で、新聞の身の上相談の欄には、しょっちゅう出てきている問題です。
 私は、勤務期間が短かった人間なので、そこには言うべき資格も無いと感じています。

 しかし、こと、趣味の領域に関しては、相当に、ものが見えている人間であり、所属しているソサイエティがあわないのなら、それは、変えてもいいという意見を持っています。
 日本には、技術を伝えていくシステムのひとつとして、家元制度というのがありました。西欧でも、ギルドとか、フリーメイソンと言うのが発達している模様ですので、閉鎖性の持つ良さというのがあるのも認めます。しかし、閉鎖性の持つあくと言うのも完璧にあるのです。それは、数の論理による支配とか、強者の恣意がまかり通りやすいと言うことです。

 日本の洋画界について言えば、戦前から官展と二科会という対立軸はあったわけですが、終戦を境として、その集団の数が飛躍的に増えました。
 そして、各団体は、展覧会を公募しています。それが、日本社会が経済的に豊かになるにつれ、ある程度に、家元制度の仕組みを内包しはじめ、自由度を失ってきています。

 その実情は外へもれ伝わっていて、今、2011年現在で、50歳以下の洋画家は、無所属として、個展だけで、生きていく人が多いのです。そして、彼らは自らを、平面作家と呼び、技術用語まで変えて行っています。

 と、同時に、社会が、経済的な下降傾向に入り始め、美大を出ていない人が、作家生活(美術系)にはいることも少なくなってきています。

 だけど、現時点で、60歳以上の人はそうは生きられなかったのです。たいていの人は団体に所属をしています。団体の中で、出世すること(=会員となり無審査となる事)が
求められてきました。1960年代に、自らの年齢が、30台であって、会員となった人はメリットを受けることができました。が、それら、現在80歳以上の高齢な有名画家以外は、公募団体展に所属することのメリットを受けられず、ストレスや、悲しみを味わっている人が多いのです。
 私は一応、四年制大学を出ていますが、それは、美大ではないので、自分の画家としての的確性や才能を、チェックするために、国展に出品し始めました。そこが、もっとも上品だと見えたからです。しかし、国展の内部でも、相当に苦しみました。が、そこを離脱するのに、そう決心をしてからでも、10年はかかりました。

 ところが、今回フェイスブックの方はあっという間の決断を果たしています。たった、三ヶ月の所属で、離れるし、また、そうと決心してから、実質、24時間以内に、完璧な離脱ができています。どこに、二つのケースの違いがあるでしょうか?

 それは、間に、二十年と言う歳月が挟まっていて、私がすでに老境に達していて、残り時間が少ないと言うこともありました。それから、人生経験を重ねてきており、変化に対して、恐れないということも増えています。

 しかし、決定的な違いは、こちらのフェイスブックで味わう悲しみが、大いに政治的な影響下で、与えられていると言う事であり、また、それが、確定的に、読めたからです。だから、改変や改良がありえないのも読めていて、それで、なんの悔いもなく、退会の決断ができました。

 で、これから先は、その政治的な動きについて入っていくわけですが、その前に、フェイスブックの持つ、ソサイエティとしての、固有の性格を、少し、記載して行きたいと、感じます。
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副題3、『さすが、ハーヴァードの学生が、創設したシステムだ』

 私は、この5月の半ばに、フェイスブックへ入り、たった三ヶ月で退会したわけですが、そこで、差別をされていやな思いをしたから逃げ出すわけでは有りません。そうではなくて、日本のほかのソサイエティのありとあらゆるところを支配している、国際的軍産共同体の、影は、ここにもしっかりと見えるからです。

 会員の中でも、活発に活動をしている人と、そうでもない人がいて、活発に活動をしている人は、そこへ投稿が多いのです。で、見ている側としては、この人はどういうタイプの人だろうと、もし思えば、、公開されている個人情報へ、入って、調べることとなります。その時に自動的に、友達リクエストというのが送られます。

 そういう形で、知り合いが増えていくシステムになっています。私はそのシステムとは別の方向で、たった、三ヶ月の間に、300人近い、友達を獲得していったわけで、相当に他の会員の耳目を集めました。が、その影に、今から述べるような数々の、もって回った、間接的な形での弾圧に出会っていました。が、どんなに、つらいことに出会ってもめげない精神を持って、自らも、書き続けていっていたのです。ユニークにして意義深い事を。

 しかし、その間にフェイスブックがもつ、さまざまに特徴はわかりました。まず、物心両面で余裕のある人が多いと言うこと。それは、経歴や学歴を記載する事が一応の基準として求められていると言うことで、粒がそろってくるのです。
 私は、社会を論じるために、東大と、芸大を論議の的としてきましたが、それを、今までは、『スノビズムの表れだ』と、けなされて来ました。が、けなされるどころか、恥ずかしげも無く、堂々とそのスノビズムが、展開するのが、このフェイスブックの世界です。

 が、中にはごく少数ですが、そこに、気恥ずかしさを感じて、非常に面白い誤変換を用いる人もいました。たとえば、原文は漢字の羅列でしたが、『有り袖、なさそうな大学』とか、『馬鹿田大学』とか。

 私は、それに、いや気が差して、劣等感も抱いて、気がめいって、フェイスブックをやめたのでしょうか? それはないです。実は、私は、それなりに恵まれている方なのです。控えめに言うことが多いので、それに乗ってしまう人が、実際に我が家を訪ねてきたり、私と一緒に版画工房で、長期に、仕事をしたりすると、その金遣いの荒さに、びっくりするほどです。実はアメリカでは、他の版画家が、嫉妬心を抱いて、歯向かってくるほど、経済的には余裕のある人間でもあります。

 一点豪華主義で、芸術の修行にだけ、お金をかける人間だから、それ以外の側面を見れば、貧乏です。遺産をすべて、使い切って、お金が無いときもあって、すっからかんになった恐怖も知ってはいるのですが、どうしてか、また、どこからか、救いの手が降りてくる人間です。そして、学歴と家庭環境もさして劣っている方でもない。

 しかし、徐々に心を折れさせる、災いが入れ込まれてきました。それは、この人は絶対に友達になってくれるはずだと思う人材が、なってくれないと言う悲しみです。そして、それは、『自分自身が、何かへまをした』というよりも、例の国際的軍産共同体と、そのエージェントたちが裏でうごめいているから、こうなるのだと、確信していますので、気持ちが暗くなって来ます。

 そういう例が、10例ぐらいあって、それを、まず、書かないといけません。退会への決定的な引き金はニッチギャラリーのオーナー西村富弥さんと、枝香庵のオーナー荒井よしえさんが引いたのですが、その前に、徐々に、徐々に、いためつけられた、過程があるのです。精神的なボディブローが、数々あったのです。
 それらの例として、
 前報が、10日の段階で初稿として、ここにおかれていた段階で、メモとして書いたものを、ここで、採録します。

 フェイスブック内の原文では#6
 それに、いったん友達になった、南條史雄さんが、いつの間にか、友達リストから消えちゃっている。ぴんと来るところがあります。その件では、6月中に、すでに、『変だぞ、弾圧の対象になっているぞ』と気がついていたのです。が、やめるか、さらに、元気にやっていくか、どっちにするかを迷っていたのです。どうしてかというと、私は表側から言えば、決して弾圧の対象になるような人間ではないのですよ。
 ただ、この日本は、被・植民地国家であり、日本人は豚のごとく扱われているという事を、はっきりと述べています。ここで、引いちゃったら、そういう意見をいう人間が、こう言う形でつぶせると、彼らが考える可能性は有るのです。ここで、彼らとは、核燃料を売りつけている側です。

 で、それらの数々の名前をそこに挙げて、どうして、実名で書かざるを得ないかも理由をきちんと挙げてあります。それは、フェイスブックの原稿ですが、こちら、グーブログでは、さらに、深めて、理由を書いてあります。それが11日付の前報、『フェイスブックで、足を取られる・・・・・その間に小沢復権』へと発展して書いてあります。
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副題4、『宇留野隆雄さんを、見ていると、警察の悪辣さがよくわかる』

 この章では、そういう風な苦しめてくる人材のうち、特に宇留野隆雄さんを取り上げましょう。
 私は文章をすべて、現代史の記録として書いていますので、実名を表記されると、その人々は、この現在の日本に、核燃料を売りつけている側に立っていることと規定をされることとなります。

 そういう趣旨で描いているこの文章の中に、宇留野さんをしっかりと実名で入れ込めているのは、宇留野さんの『あんたなんか、たいしたことは無いよ』と言うメッセージには相当に傷つけられてきていて、また、画廊のオーナー(スタッフ?)として、所属作家にいろいろ、悪口をおっしゃっている可能性も感じるからです。単に今回のフェイスブック騒ぎで苦しみを与えられたわけでもない。私が銀座で相当に風評被害にあって、生きにくくなっていることへの、道程を作り出している人のうちのひとりだからです。

 これは、岡崎こゆ(羅針盤)さんも同じであり、後で、岡崎こゆさんについても述べないといけませんが、ここでは、宇留野さんにこだわります。

 ところで、宇留野さんが、そういう態度を取り始めたのは、5年ぐらい前からであり、それゆえに、私は、当時の針生一郎さんの、私への変身を考えると、裏に針生さんがいると思っているわけです。

 でもね、こう言っては何ですが、書いている文章の質と面白さに関して言えば、針生さんの文章より、私のそれの方がはるかに上でしょう。ただし、私はすさまじい弾圧の対象となっているので、現在のメディアで、ブレイクする事ができません。だけど、実際に読んだ人、特に両方を、読み比べてみた人には、必ず、それは、判っているはずです。

 で、宇留野さんに思い直してもらうために、私はこのブログと同じものをエッセイメルマガとして、宇留野さんにも配信をしているのです。ところがちっとも効果が無い。で、あるときに、宇留野さんに聞いてみたのです。「届いていますか」と。

 すると届いていないそうです。ふむ、ふむ。メールを空中に雲散霧消をさせてしまう人は誰でしょう。多分、今まで述べてきた、軍産共同体自身か、または、その支配下にある、警察、または、瀬島機関や、革○等。

 そして、そのきっかけは、ご近所の猫をめぐる、ばかばかしい事件に起因しています。石川和子と言う女性がわがままのきわみをもって、我が家へ対して迷惑をかけ続けていてそのあげく我が家のねこに見放されるところにまで、彼ら自身の行動で、勝手に追い詰められてしまって、逆上して、警官をまきこんで、私へ復讐をしようとした事が原因です。

 しかも彼女は伊藤玄二郎の(元?)愛人だそうで、それゆえに、警察は徹底的に、彼女たちをひいきするわけです。というのも、伊藤玄二郎は、きっと国際的軍産共同体のエージェントだからです。で、警察は国際的軍産共同体の支配下にあることも、ここから読み解けます。
 ただ、読者の皆さんは、そこに入ると、突然に文章のレベルが落ちるようにお感じになって、読みやめてしまうと、私自身は推察していますが、そこがすべての始まりなのです。

 そんな小さなことと言えば、それまでですが、それを、正しい処理をしてこなかった、ことのつけが、この日本国内に、忌まわしい原発を止め得ない現象につながっているのです。13日(土曜日)の朝は、浜松市の焼却場の灰から、放射性物質が検出されたとのこと。本当は柳沢昇をテレビカメラの前に立たせて、「私が悪うございました。東京圏で起きている電車の遅延現象はすべて、私の行為が原因として、起きています」と、頭をさげさせないといけません。

 それから、「きちんと画廊を運営なさっている銀座の、かく画廊の関係者に多大なご迷惑をおかけしたのは、私の不徳のいたすところでした」とも、謝罪に出向かせないといけないのです。
~~~~~~~~~~~~~

 警察がどうして、宇留野さんへ、メールを届けさせないようにできるかと言う項目については、超・簡単に言えばスパムメールへの警戒心をあおり、それを利用して、人々が、重要なメッセージのこめられているメールを受け取る事を嫌がる運動を進めて、それで、受信停止をさせたのでしょう。しかも気がつかないうちに、パソコン内で、それが、自動的に設定されてしまうシステムも、作った可能性があります。

 宇留野さんに上記の「メールが届いていますか?」と質問をした後でも、状況がこうなっているからは、さらに同じ事を皆様へ、おしらせをしないといけません。
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副題5、『美術評論家とは、何か?』
 
 さて、ここに針生一郎と言う美術評論家がいます。今は死亡後であり、故人というわけですが、こと宇留野隆雄さんに、関しては、相当に、大きな存在として、私の頭に浮かんで来るひとです。

 ただ、ここでは、針生一郎・考察・へ入る前に一般論を展開させていただきます。

 美術評論家と言う職業の人に対して、作家側は、実は、隠微な嫌悪感を持っているものです。彼らが出世と言う意味で、生殺与奪の権をにぎっている事に対して、深い嫌悪感を抱いているのが実情です。成功した芸術家の一人で、お金を充分に持っている美輪明宏さんが、NHKの日曜美術館内で、いみじくも言い切ったのですが、

 才能が無くて、真の作家になれなかった人物が、美術評論家になっていくのだと。

 ここで、ちょっとした余談ですが、私が弾圧をしてくる側と激しく戦ったのは、インターネットを利用した、ただの、お金を取らない、形での、美術評論をやり始めていて、それが、相当に成功をしていて、若い人たちに、相当に大きな信頼を得ていたのに、パソコン内で図形が処理できないという形で、事実上仕事ができないと言うケースが現れたからです。これには激しい怒りをもっています。

 自分の目を信じているし、誠実極まりない性格ですので、クリエーターたる人々を励ます事が可能です。しかし、この五年間はそれをあきらめているのです。

 けれども、その五年以上、前に培った実績があり、だからこそ、フェイスブックに入っても、たちまちにして、300人の友達ができたわけです。一種のコアとなってもらった人がその時代の付き合いのある相手だったからです。

 それに、その時代に鍛えているから、ちょっとした文章を書いても、たちまちにして目立つ方となります。つまり、お金を取らない文章、注文によらない文章を長い間書き続けてきていて、それで、人々の間を遊泳してきたわけですから、文章が生き生きしていて、感動を与えない限り、そんな、生き様が続くわけもないのです。

 私の特徴は、数行の中に、その芸術家のどこが、または、何が優れているかを、他者にわかりやすく伝えられることができる点にあります。しかもお金を取らない人です。

 これは強烈なる新人です。しかも、その能力の高さは、月刊ギャラリーで、数ヶ月連載をしただけで、わかるひとにはわかったと思います。で、既成の美術評論家たちから、激しい反発を食らったのですが、先頭に立って、姿を現して、攻撃を仕掛けてきたのは、瀬木慎一さんです。瀬木さんについてもいずれ、長い文章を書くつもりですが、

 今日は、フェイスブックと関連の文章を書いている途中であり、かつ、その中で、宇留野さんが、友達になるのを拒否してきたと言う関連で書いているわけですから、針生一郎と言う人にこだわります。
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副題6、『その弱さと、巧緻に長けた処世術に、
               私が、最初から気がついていた針生一郎』

 実は、2000年ごろまでに、針生一郎氏とは、関係ができています。その時にさっとなついていけば、私は彼にすでに、1,2本以上の推薦文を書いてもらっていて、作家として、今以上のポジションにすでに立っていたかもしれません。あくまでも、たら、ればの話ですが・・・・・

 何度も、人懐っこい感じで、電話で交わしていますし、おはがきは何枚ももらっています。大きさが、三ミリ程度の米粒ぐらいの字がびっしりと詰まっているはがき。このおはがきまでの段階が、美術評論家側からの誘い水の段階です。しかし、今はそれが、盗まれています。

 この盗まれていることの意味ですが、一つには、『あいつ(私のこと)が実力が高かったり、優れているとみなし得る証拠は何が何でも消しておいてやろう』と、言う悪意ある集団がいて、盗んでいくという事が有ります。父の若い日の写真が、ほとんど、盗まれています。

 若いころの父はものすごく格好がいいです。石油開発のエンジニアとして、満鉄から厚遇をうけ、恵まれた環境の中に暮らしながら、一方で、週末画家でもあったのです。で、中国の遺跡を油絵で描き、高い評価を得ていました。ピシッとした背広(ネクタイ付き)で、遺跡を訪ね、マーチョ(人力車)に乗っていた写真等があったのです。油絵を描くときは、汚れるから、作業服で行くものだと、思いますが、一方で、若きエリートサラリーマンでもあったから、スーツ姿で、写真には写っています。いわゆるモボの典型です。陸上をやっていたやせた体で、背だけは明治生まれでも、170センチ以上。そのころの新聞の切抜き等も、すべてぬすまれています。

 同じく盗まれてしまった針生さんからの、はがきですが、
 それは、1999年から2000年に何回かに分けてもらったもので、そのたびに菓子折り程度のお礼を送っていますが、それから先を発展させる気が、私の方には、無かったのです。詳しく説明をすると、また、一冊の本がかけるほどの、字数が必要だから、直感として、それを感じたとだけもうし上げますが、性格としては、弱い人です。そして、世間智にも長けている人です。処世術も充分すぎるほどある人です。

 その針生さんが、突然に豹変して、敵として、現れた夜があって、大いに驚かされました。それは、2007年の11月だったと思います。

 私は、その夜、主人のオフィスで、本の発送の仕事を、一人でやっていました。どうして、自宅でやらないかというと、我が家が山の上にあり、本を持ち上げるのに大変なので、配達を主人にオフィス宛にお願いするのです。

 製本所の人にとっては、いっぺんに800冊の本を山の上に、手で持って上がることは、一万円のチップをもらっても、遣り通せない仕事なのだそうです。本ってそれほど、重いのです。
 一万円は実際にあげて、しかも私も手伝いましたが、「最後までは、できない」というので、半分近くを主人のオフィスへ、運んでもらってあったのでした。余談になりますが、このときの経験に懲りて、私は、宅急便の会社は、三社を同時に、使うようになり、しかも、日にちをずらして、三週間をかけて、800冊を配達してもらうように変更して行くようになります。

 で、元に戻れば、
 そこは鎌倉駅の北側に在る我が家からは、歩いて、30分近く離れている場所です。そこで仕事をしていたら、ファックスが針生さんから、見事なタイミングで、在室中に来たのです。毎日、そこにいる場所ではないです。
 そして、『もし、私ではなくて、これを、主人が先に、読んだらどうしますか。針生さん、大恥ですよ」というほど、乱暴な書きなぐりであり、乱暴な書体で、乱暴な文章でした。私、一人が読んだとしても、針生一郎の名誉はがた落ちです。
 これが、どうして起きたかと言うと、このオフィスが、電話盗聴もされているし、室内の盗聴もされているからです。もちろん、自宅も同じです。

 その夜に、もうひとつ悪い現象がありました。夜の7時前、画廊が終わる前ですが、銀座のある画廊に、私側から、電話をかけたのです。すると対応してくださった人が、一種の社交儀礼として、「今度、一緒にお酒でも飲みましょうよ」と言われたのです。すると、その途端に、電話が、外部からぷっつりと切られました。

 それで、動揺したとみなされたので、さらに追い討ちをかけるべく、針生さんが、利用をされたのです。つまり、敵は、針生さんへ、電話で、「かくかく、しかじかのことをやってください。そして、それは、ファックスで、かく、かく、しかじかの番号へ送ってください」と、頼んで、その通りに進行したというわけです。

 この件は非常に重要です。同じ事が、それから4年後の、この2011年、8月4日の昼、ニッチギャラリーを相手としての電話でも起きたからです。

 で、この針生一郎を利用した連中の、驚くべき悪人ぶり、を、ここで思い出して、さらしているわけです。

 ニッチギャラリーの電話を切ったのも、例の国際的軍産共同体と直接の関係が有ります。が、こちらの方では、電話を切ったのは、画廊オーナーの、西村富弥さん自身ではないかと思っています。川瀬さんというスタッフと電話を交わしていたのですが、すねに傷を持つ、西村さんが、話がポイントにちかづいたから、あわてて、電話機から、電話線を引き抜いて、いったん話を中断させたと考えています。そして、スタッフの川瀬さんと打ち合わせを交わした上で、私との電話を再開させたのです。

 西村さんが、すねに傷を持つと言うのは、ここでは、フェイスブックで知り合い、重要な、かつ意味のあるチャットを交わした、画家、山田啓貴さんを、私から引き離すと言う役目とか、企図を指します。この件は、次回で、もう一回詳しく語ります。

 ともかく、この章では、針生一郎さんと、宇留野さんに戻ります。後者は、前者から、教唆を受けて失礼な態度を繰り返していて、美術評論の仕事をさせないように、計らっていると、感じていますが、今までは、黙って耐えていました。しかし、フェイスブック紙上での隠微な攻撃があまりにひどいので、その象徴として、宇留野さんを論じるのに、上は欠かせない話なので、文章として、ここに記録をしたと言うわけです。

 針生さんのファックスは、二重の意味で、『恐れ入りました』と言わざるを得ないものでした。まず『どうして、ここに、私が今、いることがわかるの?』と言うことが問題です。その時に、電話が盗聴をされている事を確認したのですね。銀座の画廊へ電話をかけて、仲良しぶりを、敵に示した途端に、電話が切られましたから。

 この件は、私にとっては大損失です。
 相手は女としての私になんか、興味はなくて、新進のしかも、最高に誠実な美術評論家としてあつかってくれたのです。出現を祝して言ってくれた言葉なのに、電話を切ると言う形で、こちら側の悪意を示せば、その電話はたちまちに、下卑た物と変化をしてしまいます。男と女の問題へとすり替わっていくのです。ですから、私は大損をしたのですが、

 この『お酒を一緒に、飲むの飲まないの』と言う問題は、不思議な形で、四年後の2011年に新宿を舞台として、復活をするのでした。が、そこからも、またあれこれ、派生をした疑惑があります。が、それは、フェイスブックからは、離れすぎるので、別の機会にまわします。で、引き続き、針生一郎さんの件に戻ります。

 しかも、私が仕事をしている最中と言うピンポイントの時間を狙って、ファックスが来た。しかも内容は今、自分が発送に取り組んでいる、4冊目の本、「伝説のプレス」の感想である。結論を言うと、『その本は、非常に内容がいいのでしょう』となります。
 『そんな内容のいい本が、公に広まると大変だ。雨宮舜(=川崎千恵子)の存在感が高まってしまう』と言うのが、彼らの本音です。

 そして、弾圧を、「出版するな」と言う命令ではなくて、こう言う間接的な形で、行うのです。

 針生一郎さんと言う美術評論界の大御所にけなされたら、がくっと来て、本の発送をやめるであろうとみなされて針生さんが、ぱしり(または、鉄砲玉)として、使役をされたのです。これが諜略と言わずして何でありましょうぞ。

 私は、この不思議な一夜に、確定的に進歩したのです。『これは容易ならざる敵を相手にしているぞ。ただし、犯人(または、こう言う事をやっている)側は、特定できる。伊藤玄二郎、酒井忠康、井上ひさし、瀬島隆三、それから、成岡庸司、そして、当時の警察庁長官・・・・・でしょう』と。

 しかし、表面的には、引き続き、偽装工作が行われ続けてもいたのですよ。こう言う、もろもろの怪奇現象は、すべて、月刊ギャラリーの編集長がやっているかのごとき偽装メール等が、送り込まれていたのです。半年前に交わしたメールが大師だけ、ピンクに変更して、届いたり、さまざまな、かく乱工作は行われていたのです。

 そして、舞い上がりきっていましたね。この企画者たちは。

 私は、すべてがわかっていたけれど、その内実を明かすことはありませんでした。なぜかと言うとエネルギーには限りがあります。この2007年に戦いの火蓋を切って落としたら、こちらが負けていたと思います。

 しかし、いまでは、だいぶ強くなっていますから。そして、戦える場所だけで、戦うつもりですから、エネルギー消費に関しても、より高い次元でコントロールしていますし。

 それに、針生一郎と言う人物を尊敬もしていないのです。結局のところ、この人は、1960年まで共産党へ所属をしていて、そこを離脱をしたのです。それが、拾い上げられて出世をする糸口となった人物です。残間里江子、高野孟などと、同じ構図で、光があたっていった人物です。

 時流に乗って、うまい汁を吸った人物の一人です。でもね、驚くべきことは、今、現在は、その共産党が大変質をしていると言うことです。「共産党こそ、国際的軍産共同体のかわい子ちゃんだわね」と思うときすらあります。

 もう、ともかくのこととして、心を澄まして、生きないと間違った道へ進みかねない世の中です。油断大敵です。
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副題7、『味をしめたかれらは、山本容子と言う鉄砲玉を、宣伝する』

 この一夜を、『成功だった』とみなした悪人どもは、その後、NHKを頻繁に利用するようになります。それは、いちいち、書いていますが、読者皆様、および、世間の注目を集めませんでした。

 でね、彼らはやりたい放題で、NHKを私物化し始めます。この橋渡しをしているのが誰かがわからないのですが、もしかしたら、鎌倉の住人の、今井さんかもしれません。夜のニュースを担当するうちにいつの間にか、NHK副会長にまで上り詰めている人です。

 その人事そのものも、これら、エージェントたちが裏で手を回していたものかも知れません。今、BSプレミアムで、たびたび登場する、山本容子さんは、税金(視聴料)を使って、宣伝をしてもらっている、超が付くほどの、あくの象徴です。ご自分では『美形である』と、自負しているようですが、えらが張った、怖い顔の人です。

 ぶわーんと、ひろがった髪型でカバーをしていますが、あれを取ったら、本当に怖い顔のおばさんでしかないです。でも、悪人、酒井忠康、栗田玲子、および大悪人、伊藤玄二郎、および、大・大・悪人井上ひさし、等を、応援団として、大宣伝を、繰り返してもらっていますから、大アーチストらしく見えるだけです。しかも無料でやってもらっています。仕組みはアノご近所のおばかさん陶芸家石川和子女史に当てはめた方法と同じです。

 山本容子の版画を扱っている、栗田玲子女史と、伊藤玄二郎が、夜の10時半に鎌倉駅のトイレの一緒にいるのを、目撃して、栗田さんと会話まで交わした私には、一切の悪徳が、見え見えなのに、悪人どもは高をくくって、さらに、NHKを私物化していくのです。
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副題8、『空き家特集と言う悪魔の企画、と、大銀杏倒壊』

 その私物化が、許されきっているのは、大権力者側の政治的課題の達成に、役立っているからです。

 山本容子が、表紙を装丁した、吉本ばななの本は大当たりをしました。その吉本ばななの父、隆明は今般、『原発は、停止すべきではない』といいました。テレビではなくて、新聞紙上ですが・・・・・

 ほら、ほら、見事に連関(または、連環)がつながるでしょう。すべて、国際的軍産共同体側の人間なのですそして、核燃料を売りつけて、小沢一郎を先頭に立てて、自分たちだけはお金と名誉を独占していくのです。

 しかし、彼らの行った悪のうち、極めつけのものは、NHK特集の、『空き家』篇です。それは一見すると社会学的な考察のように見えます。が、まったく違います。美術界への下品極まりない、かつ、不道徳極まりない攻撃です。

 なぜ、美術家連盟の理事さんたちは、ほうっかむリをしているのだろう。そして、「元、モテキ(画廊名)のオーナー北側順一郎さんは、どこまでわかった上で、この番組に出演したのですか?」と、公開質問状を出したいほどです。

 その件に関してはこのブログの世界で、すでに、ニカイほど、文章を書いています。
2011年1月21日発の、『空き家(NHK番組内)の主は、国展落選の画家です』と
2011年1月22日発の、『人権蹂躙番組(空き家特集)を作る、NHKの五度目の罪』と言う文章をごらんいただきたいものです。

 ところで、最後になりました。今日の主役の宇留野隆雄さんに申し上げたいです。
「あなたに、私のエッセイメールが届いていないそうですが、あなたが見下しておられるほど、私は馬鹿でもありませんよ」と。
 
 ところで、どうして、最後に、大銀杏倒壊と言う言葉が付いているかというと、昨日また、八幡宮様が我が家へいらっしゃったからです。この長い連載を、最初(2008年の9月)からお読みいただいている方は意味がお分かりになると思いますが、ここでは、それを繰り返しません。

 ともかく、八幡宮様には、我が家にはいらっして、いただきたくないです。井上ひさしの原案で、アメリカキササゲをお切りになったと思うから。もちろん、それは、東京農大教授などの、別の人間からの進言として、八幡宮さまに入ったとは、推察しておりますが・・・・・裏は、井上ひさしからの発案でしょう。

 では、2011年8月12~14日、雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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フェイスブックで足を取られる、・・・・・その間に、小沢復権。

2011-08-11 08:37:27 | Weblog
 本日は、まったく新しい展開が後半に出てきます。それは、フェイスブックジャパンが、ほぼ、完璧に支配弾圧の道具となっているということです。または、それように管理支配を、されているという現象です。それは、まったく新しいのですが、

 その影には、例の国際的軍産共同体の意志と動きがあるわけで、今日はその代表としての電車の遅延現象について、以前より深く追求し、その後で、フェイスブックのことへと入ります。
では、

副題1、『円高、株安、菅退陣予定、小沢復権、
  これらは、すべて、私の予言を裏切っているが、その理由は何だ?』

副題2、『電車の遅延現象は、伊藤玄二郎という人間の
       下半身を守るためだけに、井上ひさしによって、発案をされた』

副題3、『電車の遅延現象というお芝居と、小沢氏との直結。
   したがって、小沢氏が、この国を、堕落させる政治家であり、
   国民のためには、一切ならない政治家である事が、そこからわかる』

副題4、『フェイスブック内で、罠を、かけられ続ける私』
 
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副題1『円高、株安、菅退陣予定、小沢復権、
  これらは、すべて、私の予言を裏切っているが、その理由は何だ?』

 本日は、2011年8月11日です。最大のニュースとして、ニューヨークの株安と、円高が報道されています。これは、私が長らく言い続けてきた、「こんなことは実体がないことです。私が、ドル建て定期預金を6万ドル7月の半ばに行ったからです」と言う言葉と、相当に、かけ離れているがごとくに見えます。

 が、かけ離れていないのです。それを、今日も一万五千字ぐらいを、かけて書き抜いていきましょう。定期預金以外にも、言ってはいなかったのですが普通預金で二万ドルを買っているので、(差額+、手数料)x8万ドル=56万円をたった一ヶ月で損をしたこととなります。もしこれが、例のFXというものだったら、青くならないといけないのでしょうが、実際に買っているものですから、黙って様子を見ているところです。

 電車の遅延騒動で、しっかりと、それがわかっているのですが、乗り換えると、たちまち、回復しますので、このドル安も、私がドル預金を解約すれば一気に、円安へ向かうでしょう。それは、品川あたりで、横須賀線が、「人身事故で何とか、かんとか」、という放送があり、「乗り換えなさい」とも、言いますので、その通りにいたしますと、横浜駅で、隣のホームで、スムーズに、横須賀線が動いているのを発見したりします。

 だから、ドル建て定期預金も解約をいたしません。
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副題2、『電車の遅延現象は、伊藤玄二郎という人間の
       下半身を守るためだけに、井上ひさしによって、発案をされた』
 
 で、すっかり裏が読めてしまったのです。銀座の画廊が入っているビルのエレベーターに監視カメラがおいてあります。また、鎌倉駅には、事が紛糾すると(そして、私が、それを正しい方向で、謎解きをしますと)必ず、ガードマンが待っていて、『帰ってきたな』と思う方向で動きますから、

 大体、どの時間帯の横須賀線をどういう風に利用をするかも、読まれているのです。それで、事が紛糾した時期には、必ず、私を狙って、遅延現象が起こされ、乗り換えると、スムーズに動き出しますから、これは、「単なる、嘘ですね」と。

 それが、母の見舞いがあった際は、老人ホームにも玄関のインたーフォンと、母の室内に盗聴器が仕掛けられていて(これは、出入りの際に、インターフォンを使わないで、他の人の出入りを利用して入ったら、怖いおじさんが、血相を変えて、やってきて、どうしたんだ。どうして、インターフォンを使わないのだと、言いましたので、警察か何かが、老人ホームの盗聴をやっていると感じましたけれどね。

 で、帰りの湘南新宿ラインが、散々な遅延現象を起こしたのです。

 時には、いわゆる、公安警察が、JRのサラリーマンらしく仮装して、ずらっと並んで、ホームへの進入をお客さん相手に拒否して、「今日は事故があって、走っていません」というのです。

 が、最初は本当らしく、やっていましたが、私が、山手線を利用して東京駅へ回ると、回復させるという方向へ転じました。単にお芝居なのです。これが、井上ひさし原案だから、さすが脚本家と言う面目躍如です。彼がなぜ、そういうことを発案するかというと、

 私の自宅の近所に住んでいた(現在死亡)の石川和子女史が、警察を巻き込んで、私の猫のことで大失敗をしています。これは、単に警察側が謝罪をしないといけないというだけのことですが、謝罪をしない方向(イコール、私を脅かして自滅をさせよという方向)で解決しようとしているが、ために、警察そのものもにっちもさっちも行かなくなっているのに、さらに、反省しないで、同じ傾向の事を、進行させ続けているから、これらの、ばかげた案が次から次へと生み出されることとなります。

 伊藤玄二郎と、井上ひさしは、それぞれ、鎌倉と日本全体のペンクラブの会長として、付き合いを深め、ばれないと信じて、数々の悪事を行ってきています。そして、追い詰められる(私が相当のレベルで真実を知っていると、わかってきたら)と、突然に肺ガンによる死亡という形で逃げ出したのです。

 で、二人は、・・・・・大ばか女の石川和子を、ひいきし続けて、自分の会社の名前まで与えた伊藤玄二郎の下半身を守るために、・・・・・その事実を書きあらわす可能性のある私を、徹底的に、いじめるための、・・・・・現象を考え出すのですが、
・・・・・そのひとつが、電車の遅延現象です。

 どうしてそこまでして、伊藤玄二郎という男が大切にされるかというと、石川和子が、私の近所に住み、日常的に迷惑行為を与え続けることによって、国際的軍産共同体は、書く人としての、私をつぶせると考え、それが、象徴的に結実をしたのが、あじさい畑欺もう、事件というものです。
 そういう被害を、こちら側には与え、伊藤玄二郎には、その下半身への功績への感謝という形で、関東学院大学の教授という名誉職を与え、かつポルトガル国から、勲章を与えられるように手配を、しています。その過程は、そっくりそのまま、びーとたけし、に応用をされています。

 ともかく、ここでは、もうこれ以上は繰り返しませんが、これらの現象が起きるのは、鶏が先か、卵が先かはわからないものの、私が無名ではあるものの、大変なレベルで、頭が良いと、彼らに把握をされており、彼らにとっては、つぶすべき筆頭の人材だからなのです。それゆえに、私をいじめる役目をになう人間は、大変に出世をするというわけです。

 ビートたけしが、直接に、私をいじめている件についても、やがて書いていくはずですが、本日は、フェイスブックにこだわり続けます。
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副題3、『電車の遅延現象というお芝居と、小沢氏との直結。
   したがって、小沢氏が、この国を、堕落させる政治家であり、
   国民のためには、一切ならない、最悪の政治家である事が、そこからわかる』

 だが、この電車の遅延現象が、どんどん発展をしていく過程で、それが小沢一郎の発展とみごとに、結びついているのを発見します。

 鎌倉における、『特権の横行』・・・・・柳沢昇と石川和子が、私の猫に反逆をされただけで、警官を呼び、「あの女をだんなに叱ってもらってやってほしい、そういう風にあそこのだんなを動かしてほしい」と頼めば、警官がひょ位ひょいと、その通りに動く、・・・・・これが特権でなくて何であります
・・・・・しかも、警官たちは、山の中で、一切車が入ってこないのに、交通事故の調書を取って、脅かしたのですよ。

 しかも、コピーをとった、それを、取り返すために、何度も泥棒に入っているのです。しかも盗聴は、電話だけではなくて、室内もやられていて、しかもそれは、ご近所の安野家(これは、柳沢昇と、石川和子夫婦と親しい間柄)へ、ツウツウで流されています。

 で、これらの現象を分析しているうちに、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、相当にレベルの高いエージェント(国際的軍産共同体の望みどおりに社会が、動き発展をしていくように、案を練る人材)だと、発見をしていくこととなります。

 で、そのお芝居を、さらに、効果をあげるために、遅延現象お知らせボードというのは、私が良く利用する、東上線と、湘南新宿ラインの境目に置かれています。

 これは『何事だ』というようなものです。怪奇を通り越しています。

 鉄道が、しっかりと、運営をされていることは、この国の民度と信用度を高める尺度です。今回、中国で、新幹線が脱線事故を起こして、決して、中国が良い国ではないのだということを世界に示してしまいました。が、その新幹線も、私の文章につれて、
 故障をしたりします。

 そして、最も忌まわしいのは、池袋の駅に、
 遅延現象お知らせボードというのが設定をされているということです。まるで遊びみたいに喜んでいるのです。これが、井上ひさしの本質です。彼がいまだ生存中なのは、ゆり夫人が表に出てきていて、お嬢さん(前夫人、好子さんとの間の子)も、ゆり夫人との間の子も一切表に出ないことでもわかります。

 最初はゆり夫人のほうが隠れていて、お嬢さんが表に出ました。テレビ映像としても出たし、婦人公論誌上でも出ました。が、私が何かのポイントで、『これは、おかしい』といったら、一切彼女も表に出なくなりましたね。記者会見の内容が芝居っけたっぷりで利いていられないです。特に死の間際まで、お散歩をして、医者に通ったですって。佐助にある彼の家から、歩いて、15分以内の病院なんて、有りません。

 国民を小ばかに仕切った、信じがたい嘘です。それをここで、かきました。それ以来お嬢さんはテレビには出ません。坊ちゃんが出ないのは、甘やかされきって、育った子だから、親の離婚と自分の離婚をダブルで経験している、百戦錬磨のお姉さんと違って、素直であり、父親の、秘密(いまだ生存している)を隠せないからでしょう。

 そんなこと、とっくに読めているのに、次から次へと、私をいじめる案を捻出して、それの見返りとして、自分の作品や、時分地震の過去の映像を繰り返し、NHKで、再放送をしえもらったり、朝日新聞で、次から次へと、記事も作ってもらえるし、広告も打ってもらえます。きっと、彼の広告に関しては値引きがあるのでしょう。

 さて、問題は、株安、円高現象が続いていることです。一回すでに分析をしています。それなのに、まだ、続いていることです。国際的軍産共同体の誰かか、この二人かはわからないものの、円高、株安現象という案で、私をいじめるために、起案したのに、それが、相当の長期間・続いていることです。

 大体がそれで、収まるのですが、今回はそれでは、収まりません。どうしてか。実は裏側にフェイスブックを利用した、新たな弾圧行為が、仕掛けられていて、その対応に、苦慮し続けていたからです。

 で、これから先は、フェイスブック、ジャパンが、この国際的軍産共同体への、ご奉仕システムとして、100%のレベルで、管理支配をされているということを具体例を、使って書き表しましょう。

 そして、それに安住するからこそ、小沢一郎氏が、復権をしたのです。
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副題4、『フェイスブック内で、罠を、かけられ続ける私』

 これから先は、フェイスブック紙上で、書いたメモですが、これを、さらに丁寧に解説していきます。というのも、フェイスブック紙上では、お互いに知り合い間で、情報を交換しているのだと言う前提があって、登場人物に対する説明が要りません。が、こちらでは、皆様が所見の名前が多いでしょう。ですから、丁寧に解説していきます。

 最初に私は引退と言うか、退会を決意します。それは、2007年の4月以来、私のパソコン内に表れた、パソコンの変調を利用して、しごとをやらせない、という事と、人間関係を利用していじめてくるという事が、たった、二ヶ月間のうちに、相当に顕著に現れたからです。
 そういう仕組みは熟知はしていますが、全体で、三ヶ月のうちの、二ヶ月間にこれだけの事をやられてしまっては、対応しているうちに身が持たないと感じました。
 で、1~4の部分ではそれを言っています。

 皆様長らくありがとうございました。ここで、フェイスブ ック退会をしようと思います。やり方がわからないので、しばらく(2,3日は)残っていると思いますが、こちらでも、言論弾圧の憂き目に会いました。それを、皆様には、黙っていましたが、この世界におけるプラスとマイナスを勘案して、自分には、マイナスの方が多いと感じました。


 私の強みは純粋無比なところにあります。そういう姿勢を貫くためには、ある程度以上に、孤独でないとだめなのです。このフェイスブックは、自分のブログを、処理する過程で、フェイスブック用のシェアの印を見つけたので、これは、なんだろうと思った途端に、一種の偶然として、入ったのです。
 で、割と社交的な、感じですごしてきたのですが、一方で、せっかくできたおともだちとの間に、割って入ってくる、誰かがいて、うまく、好意が通じ合わないと感じるときがありました。
 一番最初にそれを、感じたのは、ある画家さんとチャットを交わした後で、その方が、ニッチギャラリーのグループ展にお招きを受けられたのですが、それが、何かが変なのです。本日、枝香庵のオーナーに友達を紹介したのに、荒井さんが、動きません。ここから、次の△へ続く。間に解説を挟むが。
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解説1、フェイスブックのシステムのうちで、大いなる特徴が、友達を紹介しあうというシステムです。この友達関係を利用して、自分が持っている情報を広めて、もらえます。

 その広める方の働きを、拡散といいます。
 それを、うまく利用すれば、会社の新製品の宣伝等に利用できます。

 ビジネスとは、違った目的、たとえば、個展の開催状況などもお知らせをすることができるので、うまく利用すれば相当に有効なメディアだといえます。

解説2、枝香庵というのは、銀座の画廊のひとつです。屋上の上に別棟として建てられたスペースを利用して、メゾネット形式の4つの部屋がある、珍しいタイプの画廊です。

 私が想像するに、この建造物は、下のほうの階とは、まるで違った構造を持っていますが、別に、ちゃちでもないので、当初から、画廊向きに設計をされてビル建築の際、一体化して、作られたと感じます。となると、この画廊のオーナー荒井よしえさんは、このビルそのものの、持ち主の一族である可能性が高いです。たとえば奥さんであるとか娘であるとか、姉妹であるとかとして。

 ということは、家賃負担が軽減できるので、経営がそれだけ、楽になり、それだけ、オーナーが余裕を持って、画家たちに対応できることを示唆しています。これは、小さく見えて結構重要なことです。ビルのオーナーが画廊も経営しているケースは、他にもありますが、皆さん、余裕があります。苦労知らずといったら、なんだけれど、品のよさをキープし続けることができます。

 他の大勢の人がそういっていますが、枝香庵のオーナーは善意に満ちて上品です。私もそう思います。それが、もしかしたら、経済的に余裕のある、お嬢様育ちのまま、中年になった人特有のものかもしれません。
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△3
 これで、決定的に変だと感じました。ここで、引くと、大損だと言う感じもあるでしょう。そういう考え方もあります。だけど、一方で、自由を再度獲得できます。友達が多いと言うことは、不便でした。私のように、今、真剣に政治について述べているものにとっては、足かせにもなっていたのです。

 それで、この2週間、論調が遅くなっていたし、筆先も鈍くなっていました。それで、小沢一郎氏が復権の動きを見せています。


  私には無論のこと、政治評論をするというのとは、別の面があります。子育てをした母であり、・・・・そこから、心理学的な側面と、哲学的な側面に関する考察が深くできる人間でもあります。また、美術や、音楽に対しても、造詣が深いと自負しています。


 今の言論弾圧は、正面切って行われるわけではありません。隠微に、『そいつの気分を暗くして、それで、自滅させてやろう』と言う方向で、行われます。それが、最も大きく現れたのが、銀座の画廊街でした。

 でも、事、この6月から7月にかけて、枝香庵と、ニッチギャラリー、羅針盤の、三つがもっとも大きな形で、間接的な弾圧の役目を果たしました。面と向かって気分が悪くなるような事をされました。たぶん、この件では西村富弥さんとか、山本冬彦さんが、キーパーソンとして、動いたり、伝達をなさった可能性が高いです。
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解説3

 西村富弥さん・・・・・この人が今回、影で動いたことほど、見事に、私のパソコンがどこで、どういう風にハッキングをされ、それが、どういう風に利用をされているかを、明らかにしたことはありません。今までの、実名登場人物は、ほとんどのレベルの人が、『教唆をされて、いじめをやっている』と、みなすことができますが、西村さんが、今回果たした役割は、教唆と言うレベルを超えていて、ご本人が主体的に動いたと思われます。

 しかも、今回が初めてではないです。世間一般の人が知っている事実としては、篠山紀信氏のアトリエ家宅捜索(青山霊園で、ヌードを撮影したと言う一件で行われたと、大々的に宣伝をされています)にも、間接的に関係があります。
 仏の顔も三度と言う言葉があります。今回、西村さんが示した悪意と、引っかけと罠は、そろそろ、西村富弥と言う項目を立てて、論じないといけないと感じるほど、恐ろしいものでした。

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 しかし、それを書くとなると、三万字は必要です。

 しかも、最近では、良く現れる(それが、もっとも大切な真実だから、書く事を妨害してやれ)というサインがPCの画面上に出ました。

 それで、ここで、その部分をさらに、気合を入れなおして、字数を増やして書き直さないとだめだと感じました。それで、11日の時点で、ここ以降に入れていた6~15というメモは、いったんここで、削除をさせていただきます。それは、現時点で、4000字程度ですが、増やすと、10000字以上になるでしょうから。

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副題5、『FBに、足を取られているうちに、世間は逆転をしてしまっていた』

 私が、FBに、足を取られてしまっているうちに、世間は、大きく動いていました。私の身辺は、見事に把握をされていて、長らく、小沢氏は、月曜日と、木曜日に、表に出ることにしていました。

 しかし、私は五月に入ってから銀座へ行くのをやめています。それは、このグーブログ、『銀座のうぐいすから』で、この日本の現状を分析し、日本と日本国民の将来を救う方が、新タイプの美術評論家として、伸びていくことよりも、より重要なことだと考え始めているからです。

 私には、世間一般が認めて下さっている以上の化学的な知識があります。それで、科学の側面から、書き始めていたのです。それは、確実に読者に受けていました。それで、急速に読者数を増やしてきたのです。ところが、それを、フェイスブックが持っているチャットと言う機能の中で、

 今回の一連のエピソードの中でも、最重要な、位置を占めている画家、山田啓貴さんにパソコンを通じて、話したところ、突然に数が減らされていくようになりました。

 ものすごく細かい問題です。だけど、効果があるはずだと連中は考えています。私は数を毎日記録していますから、実ヒット数は、すでに、150万件に近い数になっているでしょう。・・・・・と、書いてたった、4時間後には、323000件に落とされていました。嘘ばっかり。こうなると何も発言できないとなりますが、気にせずに、進みます。また、グーグルの検索によれば、古いふるい記事が、6ヶ月ぐらいさらされていて、まったく更新をされていません。そのほかにもいろいろあって、グーグルジャパンは、そういうわけで、言論弾圧に加担をしています。AOLもマイクロソフトも同じですが。ただ、私はそういう現象を見るにつけ、これらの連中の行動を、氏は意思、統括している本部が、どれほど、幼稚な頭脳レベルの存在であるかを、感じ取るだけですけれどね。

 今回の、一連のフェイスブックをめぐる諸問題でも、こと、西村さんが絡んでいるところは、幼稚極まりない発想で、すべてが進行していますし。

 そういう現象を見るにつけ、支配をしている側よりも、支配をされて我慢をしている方がよほど、頭がいいし、人間ができているなあとは思います。

 しかし、そうは、言っても、それが日本とか、日本人への、救いにはならないところが厄介です。それで、私のような個人が、ひたすらな自己犠牲の上で、現状分析を続けていくこととなります。

 現況を簡単にまとめると、こうです。菅総理大臣という人は、この困難時に良くやりぬいた首相だったと思います。しかし、菅さんもとうとうあきらめた模様です。それに対して、『誰が、この際、あなたに代われるだろうか』とは思いますが、福田康夫元総理大臣と同じで、ちょっと、あきらめの方向へ気持ちが動くのは、仕方が無いことです。

 さて、「それにしては、お前は、ずいぶんと、はっきりとしかも、臆ずモノを言うじゃあン』と皆様はご覧になったり、しているかな? うーん、それが、どうして可能かは、ここでは、口にチャックとさせてくださいませ。

 しかし、私がフェイスブック関連のことで、ひたすらエネルギーをそぎ取られているうちに、世界同時株安、と、円高現象が進んでいます。
 そして、日本では小沢復権・・・・・ううん。これでは、フェイスブックを捨てるしかないでしょう。
 意やあ、結論として、はっきり言いたいのは、例のごとく、小沢一郎と言う政治化が突出して裏の勢力にかばわれている政治家だということです。ハッキング、盗聴、そして、それを利用したいじめ、マスコミ操作、フェイスブック操作、そういうものに、ひたすら守られている政治家だということです。
 これが、本日の結論です。

では。今日はこれで。しかし、もちろんのこと、続編があります。
  2011年8月11日の午前中から書き始め、12日の午前中に終わる。
    雨宮舜(本名川崎千恵子)
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伊良部への、自宅の玄関先へ献花が、蹴散らされる? △

2011-08-09 13:39:15 | Weblog
 久しぶりに、心のアンテナがきゅっと立ち上がりました。ロスの伊良部の自宅前に設けられた献花台が、蹴散らされて、子供たちの追悼のお手紙が、捨てられていたと言う事件が、Liedoor ← 週刊ポストで報道されました。ご近所様の証言によると、紺色の洋服を着た日本人の男がうろうろしていたとの事です。かつ、誰か、新しく訪問してきた別のお客の献花を、その男が、妨害したとの事。
 どう考えるかですが、まず、このニュースが嘘である可能性もあります。目的は日本国内に、反米感情を盛り立てること。日本人が、と書いてありますが、

 花を蹴散らすために、わざわざ渡米をする、日本人はいないでしょうから・・・・・捏造をされるケースはあります。

 私がすぐ思い出したのは、数年前に、チューリップが、中年男性の傘で、なぎ倒される映像がNHKで、放映をされたのに、誰も、名乗りを出るものもいなければ、ちくる人間もいなかったことです。

 あのころ、りんごがもがれたのだとか、花畑が荒らされたのだとか、言う報道が、連続して伝えられました。私は、それが、騒乱を起こす目的でなされる、偽の現象である、と、当時論じています。そのNHKの紺色のスーツの男性の、映像を見る前に、論じています。ですから、その騒乱を、より、本当らしく見せるために、用意された映像だと感じて、「これは、プロの工作員でしょうね」と感じたのですが、案の定、その男は、最後まで、同定をされず、週刊誌、および、スポーツ紙も、この男のことはおろか、ニュースそのものも、黙殺して行きました。
   
 で、こちらのニュースも同じ構造ではないかと思うのです。一般の日本人にはあまり、それが知らされてはいないのですが、アメリカ国内では、周波的に、排日、的なニュースが流されます。その目的はアメリカ人にむけて「日本人と仲良くしないように」とか、「日本にはあこがれないように」と、教育するところにあります。
 で、ポケモン(ぴかちゅう)の映画が集中攻撃を受けていて、「アメリカ中で、子供が卒倒をしているから、見ないように」というニュースが繰り返し流され、一方で映画、パールハーバーを、ディズニーだったかな? 制作しました。

 これは、12年ぐらい前のことですが、
 今回も、「伊良部は、良い人間で、しかも、実の父親がアメリカ人である」と言う件がありますので、自由に放っておくと、大人気が出てしまうということを推察されたので、この献花をめちゃくちゃにするという事件がおきたと感じます。で、一見すると日本人と見えた、人物は、わざと、自分をご近所に見せているからこそ、工作員だと感じます。しかも、プロでしょう。

 私は、「預言者は、世に容れられず」の典型だと言われるほど、勘が鋭くて、かつ、14年間も他人に向かって、半ば公的に発言していますが、発言した事がほとんど、その通りに推移していきます。その典型例が、「後始末が大変だから、原発はやめた方がいい」という件です。3.11以降も、ニュースより早い予測で、「実態が、重いのだ」といい続けてきました。
 だから、この件も、アジア人で、確信犯として行動する人間が、日本人の姿を仮装(けそうと読んでください)して行ったことだと感じます。し、それは、100%正しいでしょう。決して、発表もされないし、犯人も捕まらないが、正しい観測だと自負しています。

 さて、日本人として、これを、どう捉えるかです。まず、庶民としての、アメリカ人を憎むのなど、間違った方向です。当たり前ですが、  ・・・・5へ。

 普通の人は全世界同じような道徳観で生きていますので、決して、軽蔑したり、嫌ったり怒ったりする必要はありません。が、問題は政治的な判断に、こう言う現象がどう反映されて行くかを、見定めることです。

 今、反原発の動きと運動が、日本人の間で、澎湃として沸き起こっているわけですが、永田町のごたごたに目を向けて、闘争を起こしている人材たちは、方向が間違っていると言うのが、私なんかの論調です。

 結局は・・・・核燃料と言う始末に終えないものを、水の中で、核爆発をさせると言う事が、ビジネスに相当するか・・・・・と言う問題を問わないとならないので、それを、問うと、結局は、それを、発明して、ウランを売りつけているアメリカを批判しないといけなくなります。または、アメリカやフランスに存在する、軍産共同体をです。

 そこに対する、(特にアメリカを批判させないがための)、複雑な、動きのひとつが、この工作員の出現だと感じています。再度、強調しますが、普通の日本人が献花を蹴散らすようなことはいたしません。
 でも、それを、やったと、はっきり、報道するのは、何度も繰り返されてきた、『日本人って、不気味なところがある』とか、『日本人は野蛮人だ』という方向性を、米国民のコンセンサスとして、再構築させるのが狙いでしょう。

 その上で、『伊良部はアメリカ人の血を引いているから、いい人なんだけれど、普通の日本人は悪い人間だ』という論調を起こすための、チョウリャクで、使われたのは、狂信的なほどに、日本嫌いであるアジア系工作員でしょう。

 で、どう、これから、行動すべきかですが、まず、このニュースに惑わされないこと。がたがた、反応をするのはまずいです。ただ、まったく静かに無視していても、どうも、馬鹿だと判断されるらしくて、似た様なケースが、陸続と起こされることとなります。本当に困った現象ですが、ただ一つ、確実に言える事があります。それは、こう言う現象は、心理学でいう、投影という行動のひとつなのです。

 「そのことだけは、必ず、わきまえておきましょう」と、皆様に提言をさせていただきたいです。

 つまり、先に攻撃した方が、相手を過剰に恐れ、さらに、理屈をつけて、相手を悪人に仕立て上げていくシステムと行動様式を指します。この手の現象は、悪いソサイエティにはしょっちゅう見られる現象です。

 会社や、学校で、もし、あなたが、『生きにくいな』とお感じになっているとすれば、だれか、ひとり暴力(これは、肉体的なものとは限らない)を振るう人間がいて、その人間が数の力を利用して、タイプの違うあなたを、集団で、埋没させようとしているケースなどを、思い浮かべられると感じます。

 アメリカが、どのポイントで、日本や、日本人を恐れているかと言うと、最近NHK特集で明かされた沖縄戦当時や、カミカゼの特攻隊によるトラウマがあります。(1)、次に原爆の投下を、アメリカの方が大負担に感じています。(2)、東京裁判です。この中には、天皇家の処遇も含みます(3)、そして、今現在、渦中の大問題が、原発です。(4)

 発表をされてはいませんが、たぶん、日本は世界一の核燃料輸入国でしょう。
それが、悪であることを、相手側が知っていると言うわけです。・・・8へ

 で、日本人に、今何ができるかと言うと、ともかく、まじめに、自分のことや、自分の周辺、はたまた政治の問題を、考えることです。そして、自分自身で、選択肢を複数、立ててみて、そのどれを選ぶかを、常に心積もりをしておくことです。
 そういう生活の中で、もっとも、忌避すべきことは『他人を、軽蔑する世の中のムードに、乗っからないこと』です。最近の流行語は、KYですね。その前は、ださいです。おたくもありました。

 こう言う言葉はすべて、『まじめに考えること』を、若い人たちにさせないがために、流行させられた言葉なのです。流行やブームもはっきりと意図を持って、つくりだされているのです。それに乗らないで、素朴にまっすぐに、考えて、『これは変だぞ』と思ったことは、積極的に他人に伝えましょう。

 私は、チェ・ゲバラではないので、派手な運動の提案はいたしません。が、小さな改善は、皆様へも提言をさせ続けて頂きたいのです。では、ここで、これは終わらせて頂きます。

  2011年8月9日に、まずフェイスブックで、軽く発言をし、今日になって、グーブログで、さらに推敲し、アップする。2011年8月9日 雨宮舜(本名、川崎千恵子)
コメント

田母神という盛名の悲喜劇・・+・・佐々木俊尚、・・・

2011-08-07 12:40:44 | Weblog
副題1、『田母神と、言う名声の悲喜劇ー1』
副題2、『現在、右翼とは何を指し、どうなっているのか?
   +ネット右翼研究家を名乗る、佐々木俊尚氏とは何者か?』

副題3、『海の汚染は、今どうなっているのか?』
副題4、『田母神と、言う名声の悲喜劇ー2』
  
 なお、これは、長い連載エッセイの、一節で、あります。

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副題1、『田母神と、言う名声の悲喜劇ー1』

 以下△罫線で挟まれている記事は、LIvedoor 経由の週刊ポストの広告めいた頁のタイトルです。
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保守派言論人26人に「脱原発」アンケート 「無条件継続」は4名(NEWSポストセブン)
news.livedoor.com
 福島第一原発の事故は今後のエネルギー政策のみならず、根本的な国家戦略、科学技術とのスタンスの取り方はどうあるべきなのかをも問い掛けている。

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 私が問題にしたい点は、『無条件継続』の代表として、田母神さんの名前が使われているこ
が、一番大きいのです。

 今、原発を廃棄の方向へ進めるか、反対かがと、問われていて、廃棄しようと言う方はさして、裏からの、運動をしていないのですが、推進派(実際には、核燃料を生産している国際的軍産共同体)は、必死になっているところで、これも、その一つの現れでしょう。つまり、田母神さんの知名度を利用したと言う点です。

 その一環として、『どうだ。お前ら、右翼の人間だって、原発推進派なのだぞ』と、言いたくて、これを、ここに大きく取り上げているわけでしょう。これは、無論のこと、ウエブサイト、ライブドアーを運営している会社の、編集部のトップの意向です。
 私は、対私、脅かしニュースと言う意味では、今はライブドアーが、一番使われています。ただ、時々『今は、○○のサイトが、脅かしように使われている』と書くと、それが、次ぐから次へと移動をしていくのです。そして現在では、Livedoorが選んで載せるニュースが、もっとも、国際的軍産共同体の意向を提言しています。

 で、この現象も、その最奥をたどれば、「国際的軍産共同体の意志だ」と言うこととなります。
 週刊ポスト側の意向でもないし、ましてや、田母神さんの意志ではありません。ここで、念のために、強調しますが、発言そのものではなくて、それが、一種の宣伝塔として、使われることが問題なのです。
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副題2、『現在、右翼とは何を指し、どうなっているのか?
  +ネット右翼研究家を名乗る、佐々木俊尚氏とは何者か?』

 オーストリアは、チェルノブイリに近いがために、右翼が愛国的な観点から、原発を、拒否していると聞いています。が、日本の右翼系有名人(その言動が信頼できる人物)が、原発継続派の宣伝塔として使われていることの、いわく、言いがたい、不思議な、悲しみ。
 で、『右翼の旗手である、田母神さんが、「廃棄すべきではない」といま言っているのだ』と言うのは、まるで、鬼の首を取ったかのように、取り上げられているわけです。

 特に田母神さんが、あれ(ご自分が、辞職をせねばならなくなった論文)を発表したことで、その論文を、募集したアパホテルグループも、一種の冤罪事件みたいな形で、たたかれたし、ご本人も失職したのですよね。それは、すべて、この国を憂えたからでしょう。

 ところで、この国を憂える人はたいていは、『右翼』ということで切り捨てられます。『右翼というのは、大きな、レッテルで、アル論客を葬り去りたいと、国際的軍産共同体が、考えれば、第一をテロリストとして、第二ぐらいの悪いレッテルとして。

 ここで、スピンオフとなりますが、私は私を付けねらう、
電車の遅延現象
(これは、確実に、井上ひさしのアイデアで、始まった事が、どんどん拡大した、現象です。最初は、、2007年の7月に書いた、『雨のために跨線橋が、渡れない』と言うエッセイ(ただし、ブログはまだはじめていなかったので、公開をされていない)から、勘案をされて、跨線橋の工事のために、「湘南新宿ラインが、止まります」と言う形で始まったのでした。それは、当時母の見舞いのために、一週間に二回は利用する、湘南新宿ラインと東部東上線を利用した各種のいじめと、脅かしの一環として、行われたのです。が、ちっとも脅かしに屈しないので、とうとう、工事の口実が使えなくなり、さまざま別のものが使われ始めていますが、人身事故で、30分以上待たせるのは、嘘ですね。徹底的に嘘でしょう。実際の人身事故があっても、私が利用していなければ、大体、30分以内に片付けるはずです。警察が、調査に来ても、そういう風にまとめるのが、国鉄マンのプライドでした。)
 の多発の最、運転手、車掌、または、管轄の指導的幹部は、『これは、嘘だけど、大切なことのためにやらないといけない。特にテロリスト対策だ』などと、言い含められていると感じます。

 で、右翼の方ですが、朝日新聞の日曜日の書評欄の『売れている本』で、佐々木俊尚氏が、堤未果さんの解説をしながら、突然、文脈を乱して、スピンオフをさせ、『マイケルムーア監督について、けなしたときに、ピーんと、来た事があるのです。

 2009年の暮れに、マイケルムーア監督のブームが起きて、彼は日本にも来ました。が、佐々木しゅんしょう氏が取り上げたころに派、世間は一切、それを忘れている時期でした。それで、私は、その数行が、私へのメッセージであることを直感したのです。
 思い過ごしだとは言わないでください。このころ、私は「消された映画」という本を準備中でした。その内容を打ち消し、気をそぎ、出版をさせないための、行動が種々行われていたのです。
 実際に、死刑執行と、刑場の公開が、行われ、私は、文部科学省を訪ねても、以前は自由に入れた場所が、厳重にガードマンが防衛するシステムが構築されており、取材も、調査もままならない形となったのでした。

 それが、原因ではなくて、母が死にそうなので、その出版を中途半端にして、中断しています。弾圧に負けたと言うよりも、体に無理な負担をかけたくなかったからです。
 私は一人ですべてをこなしますので、一冊の本を作り、配布するのは、全体で、すさまじい労力を必要とするのです。

 で、佐々木俊尚氏が、私の実像を知っているとも思われなかったのですが、私に関する情報は、佐々木氏に通じていると感じました。

 私のパソコンを常にのぞいている連中は、私が、ブログやメルマガの手当てとは別に、常に、紙の本一冊分のデータを準備している人間であルことは知っているのです。その準備中の本の内容を、けなし、出版しても無駄だと思わせるために、佐々木氏に教唆をかけたのだろうと、感じました。
 で、その時、に、生涯ではじめて佐々木氏について、グーグル検索をしてみたのです。

 すると、氏は、早稲田大学の卒業とあり、最近では、ネット右翼を、研究していると、ホーム頁で告白をしておられました。この告白と、『売れている本』の文章を、付き合わせたときに、『え、もしかしたら、ネット右翼って、私のことですか?』と苦笑いをしたものです。
『ギョエテとは、俺のことかとゲーテいい』と言う川柳がありましたが、その時に、まさしく、『右翼とは、俺のことかと、我がいい』と言う感じでしたね。
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副題3、『海の汚染は、今どうなっているのか?』

 私は、もちろんのこと、右翼でもなく、左翼でもなく、ただ、「100年後の、この国のあり方を考えると、絶対に、原発は廃止の方向で行かないとだめだ」と考えている人間です。

 本日、7日のお昼のNHKニュースでも、冷却水の装置が、また、だめになったそうです。フランス製のものも、アメリカ製のものも。こう言う報道は諜略ではないでしょうね。真実だと思う。

 最近、お魚の検査は一切行われていません。漁業関係者が、申し出でていないのだと感じています。それから、政府もメディアも『わざとそれには、言及しない』と、いう方針を採っているのでしょう。
 でも、お魚だけが無事だと言うことはありえないです。でも、お魚から、何かが検出されたら、これは、複雑怪奇、かつ絶望的な補償問題へ発展します。精神面でも取り返しの付かないくらいに、悲しみを覚えるでしょう。

 そして、韓国からも、抗議を受け、それは、竹島問題などに飛び火して、散々なこととなるでしょう。
 また、今は、体制ない矛盾の露出続きで、青いき、と息の中国も、ほっと一息入れることとなり、再びの事として、日本バッシングに向かい、世界の港で、日本は、自国の船の入港を阻止されることとなっていくでしょう。

 ともかく、「触らぬ神にたたりなし」で、今、2011年8月初旬は、放っておかれている、海もやがて大問題となっていくはずです。

 ともかく、後始末と言う意味で、大きな欠点を問題点をもつ、原発は、停止、廃止へ持っていかないとだめです。
  なお、原発を停止して、高い燃料を使う発電様式へ戻ったら、産業界が壊滅的打撃を受けると言う案も根強くあると思いますが、それについては後で、別章立てで、述べるつもりです。

 だけど、だからこそ、これらを、売りつけている側は必死です。で、代理人としての、日本人を使って、攻め込んできています。

 ここで、フェイスブックですでに、書いてある記述に戻りましょう。

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副題4、『田母神という名声の、悲喜劇-2』

 日本は国民的なコンセンサスが、まだ、できていないところで、東工大卒の首相が突出して、記者会見という形で、『原発を、廃止の方向へもって行くはずだ』と、推察をされていて、それゆえに、首相の身辺は、なかなかに、大変なこととなっており、昨日も、早速に鳩山元首相が、退陣を迫りました。

 6月2日の、菅首相、単独での、退陣要求に対して、私がブログ上で、激しくその、忌まわしさを解いているがために、手法を変えて、今度は、内閣総辞職を迫っています。

 鳩山さんと言う人は祖父母は、大物でしょう。が、両親は、単に『上流階級でありました』と言う個性だけで、世に出ている人です。
 そういう人に育てられていて、しかもカリフォルニアで、教育を受けている人です。
 核燃料を売りつけている、側に、とっては、すでに、教育、訓導が済んでいる信頼すべき人間であって、その人が、どうのこうの言うことは

 それは、広告塔として、原発推進派に利用をされていることと同義語だからです。オーストリアは、チェルノブイリと近いがために、右翼が、原発反対派だと言われています。で、下においた、2,3では、鳩山由紀夫元首相が、内閣の総辞職を迫ったと言う形で、間接的ですが、原発推進派であることを表明したわけですね。

 申し訳ないが、はっきり言って、宣伝塔として、利用をされていると言うことです。で、鳩山由紀夫氏が、そういう役割をになうのは、順当(?)な、ところだから、驚きませんが、田母神さんという名前が、その一翼をになうことに利用をされているのには、驚きました。

 田母神さんという人は、ご自分の考えの表明によって、職を失った人です。また、氏に、発表の場を提供したアパホテルグループは、一種の冤罪に近い形でたたかれました。テレビ画面で、(国民から、馬鹿にされているのですよ)と言う形で、辱めを受けました。
 現在の、言論弾圧の仕組みは、このように、大変、間接的な手法が取られます。

 もちろんのこと、人は誰でも、間違うことはあります。また、事実が推移すれば、それに応じて、考えを、変えることはあります。また、田母神さんが、一度、言論弾圧の仕組みの中で、たたかれきった経験を持っているがゆえに、ここは、少数派に徹して、大衆ヒステリーの勃発を抑えようとしている、趣旨と気概も、理解はできます。

 で、ここで、一挙に原発反対を言うのは、時期早尚であると言う意見を述べているのなら、まあ、是としましょう。そして、それが、全文を、読めるのなら悲喜劇とは言いません。
 が、これは、Livedoor のサイトで、見る限り、短縮されたものですから、タイトルだけが、売りであって、単に惹句として、その名声(?)が使われたのです。・・・・

 参ったなあと思います。私が、もし、田母神さんの影の軍師だったら、「ここは、小さいことではあるが、抗議をしておいた方がいいですよ」と言うと思います。が、直接の連絡はないし、実働的に動いている人(彼は、全国を講演会で回っているのではないかな? それが、収入源でしょう)だから、それで忙しいはずです。で、気にしないと言う形で、一瞬でこれは、流れていくニュースです。

 だけど、微妙でも、小さくても、この世の真実が、見えればこだわる私にとって、11-8-8の午前中に、Livedoor の主要記事の中にあった、このタイトルは、相当に意味深く、捕らえられたもので、は、あります。では、この話題は、ここで、終わります。最初の方で、誤変換を多発していますが、どうか、ご寛容に、お読み取りをいただきたく。

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副題5、『日本は、原発がないと、貧乏に成り、世界の大国に、負けるのだろうか?』

 私は少数意見というのは大切だと考えています。
 田母神さんが、いま、『原発を停止しない方がいい。また、廃止しない方がいい』と、言っているのは、国民内では、結構なレベルで、少数派になりつつあります。

 永田町では、違うし、メディア上でも、違うでしょう。

 しかし、一般の国民が本当に思っている事を正確に抽出できたら、『廃止論者の方が圧倒的に多くて、それゆえに、今、偽メール等の横行で、世論を捻じ曲げていこうと言う動きも活発ですね。

 で、少数派としての、田母神氏は、個人としては、守られなければならないのですが、氏が今保持している考えは、2040年ごろには、すでに、古いものとして、あたらない事実となっているでしょう。そこまで派、確かに日本が損をしていて、
 外国に追い抜かされ、2等国になったという現象を味わうかもしれません。
 特に、その20年間に、産業界が、他国へ生産基地を移動させると言う現象も多発するかもしれません。
 しかし、2040年ごろからは、他の国で、事故が多発し始め、このシステムが危険すぎるし、ビジネス上、対価という意味でも、まったく、妥当性を失ったものとして、かつ、忌避されるべき物として、捨て去られているはずです。

 途上国とか、後進国では、それを、建設する事が、国家的規模のステータスシンボルともなりうるので、取り組むわけですが、実際に稼動してみたら、次から次から次へと、大小の事故を起こすはずで、作っては見たものの、お飾りとして、保持すると言うこととなるでしょう。

 結局、原価維持、生産維持、他の、システム、が、利益を上げるほどの、効率でもって運営をしていかなくなる。そうすると、それは、バカ高い買い物であったとなって、次から次へと購買すると言う流れには、ならなくなっていく可能性は大きいです。

 『全世界で、原発は、ある。が、実際に稼動しているところは少ない』というのが、今現在でも現実です。が、さらに、そういう流れになっていくでしょう。

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 今世界中で、ちょっと、物知りであり、興味いっぱいであり、自分で思考し、調査する人間である人々の中で、原発の危険性を知らない人間なドいないはずです。

 ドイツの緑の党の党首が、いわき市までは視察に訪れたが、それから先は進まなかったと言うのが、平均値でしょう。レディガガだって、プラシドドミンゴさんだって、いわき市へまでさえ、行っていないです。

 日本で、早く停止し、一刻も早く、始末の方向へ向かうべきであり、これ以上のウランの輸入はもってのほかだという論議が起こらないのは、それだけ、マスコミが発達をしていて、決定的に、流れを、反対方向(つまり、原発推進とか、現状維持)へ向けて、教唆宣伝を繰り返しているからです。アンケート調査が行われ、26人中、4人だけいた、現状維持派の田母神さんの名前がその方向に沿ったものとして、宣伝に使われたのも、みえみえの一種です。

 円高も、その一貫した流れの中での、菅首相へ対する脅かしの、一面を含んでいます。

 それなら、かえって攻勢に出るべきです。円高メリットを最大限に生かして、実物を買うのです。商社、生産会社、中小企業、個人、ありとあらゆる人材が、実物を買いあさればいいのです。世界中の、物質を日本に集めればいいのです。

 ただ、悪いことばかりでもないのです。それはね。日本というのは一種の実験動物とはなって氏h待っているが、これほど、多数の人が目撃者として、そこにいたことはないのです。

 そして、チェルノブイリも、原発事業従事者として、結構インテリが、被害にあっていて、その家族などがテレビに顔をさらして証言をし始めていますね。

 今、フクシマの人たちは口をつぐんでいるのです。保障の問題がすっきりしないから。待たされているから。それで、菅首相いじめもあるわけです。

 風が吹けば桶屋が儲かるの類で、菅首相をいじめる事が、フクシマ県地元民を黙らせているのです。だけど、5年もたてば、真実は抑え切れません。人間が病気にかかる事をはじめ、ありとあらゆる目に見える現象が起きてくるでしょう。

 その時に、人々は・・・やっと・・・かもしれないが、・・・小沢一郎、鳩山由紀夫、などが、どれほど、忌まわしい人物であったかを、声、高々と語るようになるでしょう。燎原の火のごとく、と言う言葉はその日のために、とって置きたいです。

 そして、今は私一人だけの知識である模様の、伊藤玄二郎、および、井上ひさしが、これら、核燃料を売りつけている側のエージェントであるとの、役割も、白日の元にさらされる可能性はあります。では、
   2011年8月7日  雨宮舜(本名  川崎 千恵子)
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