銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

もんじゅの事故を、今、再考しよう

2011-11-30 03:31:19 | Weblog
 今、2011-12-1の午前二時です。やっと完成しました。

副題1、『橋本氏勝利と、閉塞感のこと』
副題2、『吉永小百合さんの、30年に及ぶ、原発反対運動』
副題3、『私は、今は、言葉の言い換えを一番心配をしている』
副題4、『フライデーで、イラクの奇形児が、報告されたのが、2003年の正月であった。』
副題5、『死の灰と言う言葉を、復活させておこう』
副題6、『高速増殖炉と、プルサーマルは、両方とも、けちの発想の発露です』
副題7、『人間の目には見えない水(コンクリートの中に含有されている)
              を、考慮さえしなかったもんじゅの設計者』
副題8、『メルトダウンの発表、は、原子炉の破壊だということ』  

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副題1、『橋本氏勝利と、閉塞感のこと』

 私が、今、一番心配していることは何かと言えば、
 国民みんなが、一種の閉塞感に打ちひしがれていることです。これは、やはり、菅首相が退陣をさせられて野田総理大臣になったものの、『その方向性が、変だぞ』とは、誰もが感じていて、
 しかし、その方向性をいい方へ転じる手法がわからないことです。
 野田総理大臣は体重が重そうですね。だから、すこぶる誠実に見えます。が、のらりくらりとしていて、大物でありそうにも見える一方で、除染、除染と、莫大に無駄なお金を使ったり、500億円かドルを、払う必要のないアラブに捨てたり・・・・・どうも、政治家とは言えないということが見えてきました。

 船橋の駅前で、ビラを配るという忍耐だけを養ってきたのだと、思うしかないほど、輝きの見えない首相です。ただ、首相になることができたのは、例のごとく、この日本の最大の権力者である、人物(天皇ではない。財界の大物でもない。しいて言えば、朝日新聞の中に仮宿を持つ・・・・・核燃料を売りつけている側の代理人)たちにご許可をいただいているところに特徴があるかな? などと思うだけで、この総理大臣のもとで、英断とか、決断があるとも、想像もできないのです。

 この閉塞感を突破するものとして、橋本徹氏が、大阪市長になりました。氏を貶める紙爆弾が、週刊新潮と、週刊文春を、中心として、三週間ですか、飛び交ったわけですが、選挙民の意識は全うだったわけです。他の仕事の分野でもそうですが、政治家とか、芸術家スポーツマンは、親が、才能があろうが、有能であろうが、本人が有能でないとどうしようもないです。また、反対に親が無能であろうが、何か、後ろ指を指されることがあろうが、本人がしっかりしていて、能力が高かったら、それで、いいのです。

 だから、あのとき、あの紙爆弾の醜さにかみついた私は、流れを、正しい方に乗っていたとなります。週刊文春の編集長も、週刊新潮の編集長もジャーナリストの本文を忘れています。飼ってくれる大衆の意向が大切なのに、どこからか、頼まれたり、教唆されたことを右から左へ批判なく流すのは、飼いならされた豚でしかない。つい、一か月程度前のことだから、謝罪広告でも出すべきでしょう。
 いや、絶対に出さないでしょうが、そのくらいの恥の感覚を持ち、編集長は交代すべきです。

 ただ、どうか、「好漢、ご自愛くださいね」とは、橋本氏へいいたいです。
日本という国は、現在、長所を伸ばして、人を育てるということをしません。橋本氏に、野田総理よりスケールの大きな政治観があろうともそこは、評価をされず、短所に目くじらを立てて、つぶそう、つぶそうと努めていますから。市役所の吏員と仲良くしてくださいと、申し上げておきます。ただ、政治的にあからさまに、敵として動く手合いは、敵として扱うのは、仕方がないでしょう。それ以外に、小さな部分でパワハラなどなさらないように。
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副題2、『吉永小百合さんの、30年に及ぶ、原発反対運動』

 今週の週刊誌のどこかに、『30年原発反対だった吉永小百合』という記事が出ました。吉永小百合という人は、女優という忙しい仕事の合間に、早稲田大学へ通っています。現在早稲田出身であらずんば人にあらずというほど、マスコミ関係に力があるので、彼女は、何事につけても大切にされています。
 そういう人に対して、批判をすれば、有名ではなくて、チャンスに恵まれていないあなたの、僻みや妬みでしょうと言われそうで、批判したくはないのですが、しかし、、この件もまた、この日本国民が洗脳の対象になっている典型なので、きちんと、申し上げます。

 あっち、こっち敵ばかり作って、私は損な人ですが、もし、アエラの言うがごとく、吉永小百合さんが、ずっと原発反対だったら、実は、仕事は依頼されなくなるのが普通です。
でも、シャープのテレビコマーシャルで、年間5000万円ぐらいの収入があるでしょう。そして、年間2000万円ぐらいそれを、ご自分で使うことができれば、他の仕事もあるわけですから、ありとあらゆる、自由と贅沢の教授が可能です。それほど、恵まれた人が原発反対を言う。それは、どうしてか?

 実は吉永小百合さんの父君は、共産党員であると噂で聞いたことがあります。戦後すぐには、共産党員であることは、おしゃれで、エリートであることのあかしでした。吉永小百合さんの父君は、病気で、外務省を退任しておられるそうでしたが、それでも、東大卒です。
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 彼女はありとあらゆる意味で、芸能界では、格別な程度でエリートであり、お嬢様であるわけです。その彼女がけん引しているのだから、とっくに原発は廃棄されている筈です。だが、その気配すらありません。

 なぜか? これもまた、私の持論を裏付ける証拠となります。「それは、共産党とは、一種の隠れ蓑になっているのだ」と言う自説です。『日本にあたかも言論の自由があるかのごとく見せる装置なのだ。だから言うことは誠に正しいのだが、何も実行力がないのだ』ということです。だから、30年も反対していても原発は、引き続き存続しているし・・・・・となります。

 無論のこと、女優として、『きれいな人だなあ』と思うのは、自由だし、そこにおいて彼女の価値が落ちるわけではありません。だが、彼女をスター扱いして、原発の問題さえ、彼女に力があると思うのはまやかしだといっているのです。しかし、私がここで、こういえばさらに、彼女と原発反対に結び付いたニュースが蔓延することでしょう。

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副題3、『私は、今は、言葉の言い換えを一番心配をしている』

 むろん、私が反対してもたかが知れています。だから、原発は、廃炉になりません。だけど、私は一方で、様々なイヤガラせと、仕事上の妨害に出会っています。本音で語り、たった一人で、主張しています。そのたった一人であるということが、弱点でもあり長所でもあるのです。共産党に所属している人たちは弾圧をされません。彼らに逆らうと、数十万人、数百万人を敵に回すことになるからです。それは復讐が恐ろしいです。が上からの命令に従う、実質的には上意下達の、組織でもあるから、コントロールができるともみなされていて、それもまた、共産党に所属する人が弾圧をされない原因です。

 たまたま、これを書いた次の日に、NHKが政治資金についてのニュースを発表しました。すると、共産党は機関紙の売り上げだけで、239億円の収入があると出ていました。月に二千円の新聞代としても、100万人の党員数です。すごい集団ですね。確かにパワー集団です。それなら、何を発言しても、守られます。
 実はこれほど、共産党を嫌うにもちゃんとした理由があります。私は居住空間で、女性たちのある種の中学校での番長風いじめに出会っているのですが、そのうちのある一家がどうも、共産党であるらしいのです。27年間もここにいますから、風の便りに聞こえてくることもあるし、グーグルの検索等で、わかることもあります。ココには、グーグルで引けばその名前が出てくるような、中堅のインテリが多くすんでいる地帯でもあります。

 ここは小さな山と、谷であり、活発に動いている主婦が、10人程度しかいない特殊な『たこ部屋的』環境なので、誰かの性格とか、欲望がすぐ他人の私生活へ影響を及ぼす地帯ですが、私道部分の利用方法に関連して、信じがたい損失を私がこうむっており、その件に関して、調べ続けているから、わかってきたことです。

 今回の選挙中、橋本氏が、「共産党の選挙カーのひどい連呼によって、子供が外出できないほどの被害を与えられている」とおっしゃっていますが、本当にそれはあるだろうと思います。普通の人の神経ではない。力で何でも、押し通そうという神経があります。10人の組織なら、3人を糾合して、強い方へなろうとしています。

 が、私は、一匹狼であるから、おかみ(うえ、または、他人でもある権力者)の力ではコントロールできないです。だからこそ、恐れられていて、弾圧をされています。その内容についてはまだ、申し上げておりませんが、確実に弾圧をされています。

 ところで、弾圧をされればされるほど、私は誇りを持つのです。このごろ、偉そうにして、本当に申し訳ございませんが、弾圧により、敵に養われて来た誇りでもあります。ただ、裏打ちがないわけでもありません。東大に勤めていたときに、上司の教授が、「あんたは辞めなければ、いずれ、東大の教授になれる。分析と同時に、統括する能力があるからね。これが最近の東大生にはない。受験勉強が厳しすぎるからだろうね」と言ってくださったのですが、その45年前にいただいた言葉を最大限に生かしているのが、原発の収束への「面倒くささと、安全神話のウソ」への分析です。

 ここで、現代史を振り返ると、

 もんじゅの事故は1995年12月に起きました。東海村が1999年、浜岡が2001年に事故を起こしました。そして、千と千尋が劇場公開されたのが、2001年で、私がそれをテレビで、見たのが、2002年ごろで、週刊誌フライデーで、イラクの劣化ウラン弾の被害(奇形児の誕生)のグラビア写真が載ったのが、2003年の正月です。
 これらを、みんな統合して語ります。それゆえに、誰にでもわかりやすくなります。それを得意としています。
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副題4、『フライデーで、イラクの奇形児が、報告されたのが、2003年の正月であった。』

 私が本格的に声を上げ始めたのは、閉鎖されているメルマガ内でですが、フライデーの写真を見たときからです。30例以上あげられていたと思いますが、これは、たまらないと思いました。基本的な確認ですが、劣化ウラン弾とは、原発で、電気を作った後の、消費済み核燃料をただ、固化しただけのものです。ここで、断言してしまいますが、当っていると思います。核燃料はウランの原子量が大きいので、非常に硬いものなのです。で、金属カバーがいらないこぶし大の弾を作ると、戦車の鉄壁も軽く貫くのです。
 が、アメリカ軍兵士も、その危険性を教わっていないし、イラク軍兵士も教わっていないので、火災が起きない限り、何ともないと誤解をしていて、目に見えない放射能を大量に浴びたのでした。この件から、私は3.11の最初期から、福島原発内に、作業員を入れることには絶対に反対しています。菅総理大臣は、理化学的な知識があるので、天の助けというほど、適任者でしたが、ここの判断だけは、おかしい。彼にも限界があると感じた最初です。
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 この前後に、福島第一原発の所長である吉田さんが、2週間の入院の後で、退任されることとなりました。誰もが心配していますが、無論のこと、放射線の被爆障害である可能性は高いです。目に見えない放射線の影響がある人の体を通じて、目に見える形になって来ました。

 この原発事故、および、原発そのものに関して、もっとも、私たちが気をつけなければいけないのは、言葉が、すぐ入れ替えられて、一般人のイメージを惑乱することです。
 劣化ウラン弾などと聞くと、非常に柔らかな作用をするものだと誤解を受けますが、全くそうではなくて、最初の核燃料棒に、含有されているウランが、0.07%ぐらいなのですから、それが、0.02になろうと、0.01になろうと、対・人間への被害という意味では、全く変わりはないのです。
 福島第一原発の域内に保管をされている核燃料棒総量は、イラクの戦野で、ばらまかれた劣化ウラン弾の総量より、多いでしょう。何よりも、それが、同じものであることを、きちんとイメージとして頭の中にとらえることが大切です。で、もんじゅに入りましょう。
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副題5、『死の灰と言う言葉を、復活しておこう』

 もんじゅは高速増殖炉と、呼ばれています。これも、公開されていない概念を、私が軽く断言してしまいますが、使用済み核燃料を応用したいという、例の世界を実質的に支配をしている悪人たちの、欲張りの発想の表れなのです。核燃料商売は、大変な利益を生むものですが、さすがに困るのは、使用済み核燃料が大量にでることです。これが、対人間、被害という意味では、ほとんど、使用前と同じくらいの被害を与えます。ですから、さすがの彼らも、「その用途をどうしようか?」と思うようになりました。

 ひとつが先ほど、言った劣化ウラン弾としての、消費です。イラクの原野は、カンボジアよりひどいことになっています。カンボジアの手榴弾のことはニュースで、何回も流されます。どうしてかというと、手榴弾には核燃料は使われてはおりません。ですからそれは、タブーではなくて、全世界へ支援が要請されていて、ボランティアが金属探知機を使って、こつこつと、探り出し、一つ一つ処理していて、います。

 が、イラクはの方は、核燃料で汚染された土地となったので、それは、核燃料ビジネスを行っている世界の大富豪たちにとっては、タブーに当りますから、世界へニュースとして流されることもなく、したがってボランティアも集まりません。となると、イラクの元戦場とは人の住めない世界化したと言っていいでしょう。自然の除染にもっとも役立つ雨も  雨が降りません。又、たとえ降ったとしても、硬く固形化している劣化ウラン弾は、微細な死の灰ではありませんので、雨で流されるわけでもないのです。
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 ここで、もう一回、挿入として言葉の入れ替えへの怒りを述べます。第五福竜丸の時代には、この『死の灰』と言う言葉が使われました。それをかぶると、じわじわと体がだめになってやがて死にいたるものとして、人々は認識したのです。
 が、今回3.11以降、死の灰と言う言葉は一回も出てきません。必ず、セシウムという言葉で置き換えられています。セシウムというのはある物質名で、それ自体は毒でも何でもありません。だから、『それってナンだろう』と、グーグルを急いで引いた人でも、同位体の知識がないと、『う、大丈夫そう』と誤解をしてしまいます。

 確かに、自然界にあるセシウムは無毒なのですが、核分裂で、原発内でできたセシウムは、核内にある、陽子と中性子の数のバランスが特殊であり、不安定なのです。その安定化を目指して出てくるのが放射線です。ですから、同じセシウムでも、原発で、使われた後に出てくるものは人間の体に被害を与えます。で、セシウムやヨウ素、プルトニウム、ストロンチウムなど、種々さまざまな物質が、あの3.11以降、数回の順次の爆発によって、大気圏の中にばら撒かれてしまったのですが、『それを、死の灰と呼ばないで、必ずセシウムと呼ぶのはどうしてか?』ということを考えないといけません。

 つまり、誰か、小ざかしい人間がいて、全日本、または、全世界マスコミに対して、「死の灰と言う言葉を使うな」と命令を下しているのです。つまり、「原発は安全だ」と安全神話で長らく、日本国民を教唆しぬいてきたわけですから、急に、死の灰が、福島県、および東京圏に降り注いでいることになったと、言うことになったら、国民がパニックに陥るからです。いや、そうであろうと思われていて、陥らないように配慮をしていただいているというわけです。馬鹿にしているにもほどがありますが、実際には一定の効果を上げているのです。

 思い出してください。飯館村が後から非難区域に指定されたときに、官房服懲戒を相手として村民の公聴会が開かれました。そこで、飛び交った怒号のことを。あそこで、怒鳴った農民たちは、政府が、自分たちをいじめているととっています。とんでもない誤解です。政府は、税金を使って、あなた方を助けているのですよ。それでも、歯向かっていっています。でも、あの時、『実は死の灰が、あなた方の村では、濃度が濃く、集中して降ったのですよ』と説明をすれば、村民の中には、第五福竜丸事件を覚えている人もいて、あ、そうか。あれと、同じことになるのだったら、大変だ』となったと私は推定します。でも、セシウムの濃度がナンたら、館たらといわれ、何とか、シーベルトが、積算で、ナンたら間たらい割れても、『目には見えねえよ。それがどうしたんだよ。どうして、俺らは、牛を捨てなければ、なんねえんだよ』となって、公聴会が大荒れとなりました。そして、その映像によって、この一億二千万人に及ぶ、日本国民全部が『菅内閣って、無能だなあ』という印象を抱かせられてしまったのです。
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副題6、『高速増殖炉と、プルサーマルは、両方とも、けちの発想の発露です』

というわけで、イラクの戦野とは、人間が安心して住むべき場所ではなくなったのですが、高速増殖炉も、別の道として探られている消費済み核燃料の応用・用途です。
 それは、MOX燃料(ウランとプルトニウムの混合物)を使うですって。『そんなばかばかしい言いかえをして』と私はまたまた怒ります。プルトニウムとウランの混合物とは、まさしく、福島第一原発で、使用後の核燃料棒として、大量に4号機の露出プール(水が抜けた可能性さえある)に、保管をされているものなのです。

すべては科学としては同じものなのですが、日本語では、歴史的な時間の経過とともに、名前だけが変化するだけなのです。そして、日本の場合は、特に難しい漢字をあてますね。だから、庶民はちんぷんかんぷんで、お偉い方=東大教授の専権事項で、われわれは言葉をはさんではいけないのだ。お偉い方が、大丈夫だ。安全だと言っているのだから、安全なのだろうと、信じ込まされていたのです。

 私は、2003年以来、イラクの劣化ウラン弾のもたらす被害に恐れおののいて、発言し始めたわけですが、それでも、すごく難しくて、「今、最大の課題は、P です」と一行だけ書いて、メルマガを発信したことがあります。もちろんP とは、プルトニウムを指すのです。が、暗号めいた文章で書いたのは、メールは全世界で、京の単位番号をつけられていて、すべて保管をされており、必要な時は検索で、あぶりだされることを知っていましたので、プルトニウムという単語すら使えない時代だったのです。3.11前はまさに、その通りだったのですよ。すさまじい弾圧を受けていたのです。紙の本でも、印刷所段階でチェックされていると思います。又、原稿を書いている人がパソコンを使っている限り、検索機能で、誰が何を書いているかはあぶりだされていたのです。

 ですから、科学的な真実が、わかっている人でも、何も言えなかったのです。そして、滔々と、流れは、一直線で、安全神話の方へ、向かいました。

(大変な量の洗脳が、日本国民へ対して行われていて、それに対して、ほんとに少数の人がわかっていても、誰も、手も、足も出せなくて、原発設営を阻止できなかった時代なのです。そして、驚いたことに、現在でも山口県の、上関・祝島では、公式発表では中断とされているのに、いまだに原子力発電所、設営用の土木工事は進められている)とフェイスブックのある会員が、フェイスブック上で、報告をしています)

 チェルノブイリは、プルサーマル実験を行っていたから、無理がかかって、爆発したといわれていますが、それも同じで、使用済み核燃料から、いかにさらなる電力を生みだすかをさぐるために、実験をしていたとみなされます。効率的な温度管理をやっていけば、さらに核分裂を多量におこすことができるはずだという仮定を確かめるための実験だったと思います。

 今回、3.11を日本、および、全世界の人は体験して、プルサーマルのような無理な負荷を掛けるシステムではなく、原発としては、ごく基本的な装置でも、これほどの、事故がおきたのですから、さらに負担の大きい、プルサーマル等が、どれほど、危険なのかは肝に銘じてわかったと思います。が、福島のように、基本的な核燃料の、熱放散(核分裂反応の、ゆっくりした実行)でさえ、これほどの、後始末の大変な事故がさっと起きるのですから、結論としては、原発とは、未熟な工業生産的システムであると、結論付けないといけないでしょう。もともと、未実験(理科実験室規模では、すべて実験をされていない)の難しい領域ですから、事故が起きるのなど当たり前のことなのです。
 しかし、「名前が、高速増殖炉であり、水の代わりにナトリウムを使い、さらに、国家が運営していて、電力会社ではないのだ」と、なると、
 いかにも新しく、立派な活動であるかの如く、国民には聞こえてしまいます。でも、本質はたんなるけちの表れなのですよ。使用済み核燃料をさらに使っていこうという。そこが本質です。  
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副題7、『人間の目には見えない水(コンクリートの中に含有されている)
              を、考慮さえしなかったもんじゅの設計者』
          
 しかし、本当に語りにくいのです。徹底的に語りにくかったのです。で、ある種のエンタメ的、カモフラージュをもって語りました。もんじゅの事故の、説明のために、千と千尋を使ったこともあります。テレビ放映でもいいのですが、あれを御覧になった方は、腐れ神のうんこというのが出てくるのを覚えておられるでしょう。あっと、息をのみました。その映像が、もんじゅで、温度計が折れて、穴が開いた、ところから、ぐにゅぐにゅと、ナトリウムが外へ出てくるイメージそのものだったからです。
 宮崎駿さんを、それ以前は(ナウシカを、見てさえ)それほど、高くは評価していなかったのです。「脇についている鈴木さんの商売人ブリが優れているからでしょう」などと、斜に構えてみていました。でも、このナトリウムにそっくりな高速で走るうんこの映像を見たときに、評価を、ががっと変えたのです。もちろん、宮崎駿氏はこれに、もんじゅの事故を当てはめているわけではないです。が、当てはまってしまうところが恐ろしい天才であると思われるのです。時代と結び付く。直結していることが、大衆に訴えるのだとすれば、彼はまさしくその手のタイプです。特に意図しないで、結果としてそうなっているのがすごいです。一種のシャーマン的なものがある。  

 しかし、今では、幸か不幸か大勢の人が原発や核燃料について語るので、言葉の使用に対しておびえる必要がなくなりました。ので、はっきりと言いますが、原発が安全ではないと確信したのは、もんじゅの事故ででした。事前に、実験をしていないことはいぜんからわかっていました。が、予測上の、机上の理論でさえ、不十分であったのです。その段階で、工業生産的に突き進んでしまっているのが、原発ビジネスであり、原発行政である・・・・・そのことが、しっかりと、私には、分かってしまったからです。
 
 ナトリウムは、原子番号がひどく小さいことは、ご存知ですよね。で、一価の金属であるくせに、かたくなくて柔らかいのです。それこそ、腐れ神のうんこのような色をしていて、あのような質感を持つものです。そして、分子量が小さいために最外殻電子を、放出しやすいので、激しい形で、化学反応を起こし、水酸化ナトリウム(=苛性ソーダ)へと変化します。それは、空気中の少量の、水蒸気(または、湿度計で計って、45%とかいう湿度)でも、反応します。が、もんじゅで最大に驚かされたことは、コンクリートに反応したことです。   

 今、3.11に関して、「想定外だった」という言葉が東電や政府側から乱発されていますが、その言葉に最初に震え上がったのが、このもんじゅでの、コンクリートとナトリウムの反応に、原因物質として、コンクリート内の、水分分子H2Oが挙げられていたときのことです。コンクリートに水が含まれていることは土木や、建築関係のとくに、現場の人は誰でも知っていることでしょう。しかし、コンクリートが固化すると、それは、人間の目には見えなくなリます。で、高速増殖炉もんじゅの設計マンは、それを、全く忘れているというか、勘案に入れていなかったのです。

 原発に関する技術屋集団は東電にしろ、東大にしろ、経済産業省(保安院の所属は独立した?)にしろ、工学系統の人間が多いらしくてパイプの配置をいかにコストダウンした設計するかなどという側面には熟達しているのでしょうが、肝心かなめのウランとか、それからの生成物とか、水素とかいう基本的な物質たちの化学的物性を考えに入れていません。全く忘れているのです。

 私は、この10年間、それを、どんなに心配してきたことか。まあ、言葉で語るときに、術語を自由に使えるようになっただけでも、状況的に進歩だとは感じています。いや、ものすごい犠牲を払ってですよ。その結果ですが。

 そして、自分ひとりの力は限界があることも察しています。特に発言者としては、からめ手からの攻撃(美術界で悪口を流されている)があって、手も足も、もがれています。だから、不自由極まりない中で、それでも、必死で、語り続けるつもりではあります。ともかく、国民を悪い洗脳から守りたいです。
 高速増殖炉とか、プルサーマル実験とは、使用済み核燃料をさらに使い続けたいと思う、大金持ちたちのけちな発想に、日本国民が、実験動物として、提供され続けているだけの話です。普通の原発も、それも、恐ろしい技術的な矛盾があるのですが、ともかく、もんじゅほど、不出来で恐ろしいシステムはありません。皆さんが、もんじゅを忘れているようで、心配です。
そして、ナトリウムは、温度計の付け根を折って、その穴から、外へ出てきたのです。温度計が、水の粘度には耐えられても、ナトリウムの粘度には、耐えられないこと。そういうことすらも、事前の設計には、勘案されていなかったのです。恐ろしくもずさんな設計です。競争相手の少ないビジネスなので、関係者はやりたい放題であり、結果として、日本人が実験動物と化しているのです。

 世界の賢者に向けて、真実を悟らせるニュースを次から次へと映像で、発信しているみたいですが、大いなる悲しみと犠牲を、土台にしての話です。
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副題8、『メルトダウンと、原子炉の破壊』

 これを書いた日の夜です。NHKニュースが東電と学会のかいごうがあって、そこで、1号機から三号機までで、メルトダウンが起きたが、その後、核燃料は、落下した。

 が、コンクリートをあと37cm残して、大丈夫だ・・・という表現でした。その言語表現にかみつきたいと思っています。だって、それって、はっきり言えば『原子炉が壊れた』ということなのですよ。1~3号基まで、厚さ16cmと言われる鉄製の壁をもち、日本の原発の安全神話を、国民に納得をさせていた原子炉は壊れたのです。落下なんて言う別種の言い換えは、やめてほしいです。
    2011年11月30日に書き始め、12月1日に完成する。
                   雨宮舜  (本名 川崎千恵子)
コメント

アメリカに富が集中して、大男が、出現した1940~2000年

2011-11-28 14:39:58 | Weblog
 今日の文章は、何も新しいことは書いてありません。特別な情報もありません。そして、短いです。でも、基本中の基本に触れていると自負しています。だから、皆様の時間を割いてもらっても、いいであろうと、ひそかにに自負しています。どうか読んでやってくださいませ。
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副題1、『猫だって、居住環境に左右をされるぞ』

 さて、グーブログの皆様にもフェイスブックの特徴はいろいろ、お話をしてあると思います。そのうちの一つに、膨大な情報のうち、自分の知りあいが、投稿した情報については、その後も、動きがある(コメント等が入ることを指す)たびに、それのお知らせがあるということがあります。

 それを、追っかけたり処理をしているうちに、猫が、幸せであると、十分に太るという現象に気が付きました。それは、美しい写真が載っていたからです。その写真は母・娘の猫が、なかよく団子になって寝ている写真なのですが、右側の母猫は、捨て猫を拾ってあげたのであり、左側の猫は、その母から生まれた、子猫が大きくなった姿なのです。が、左側のこどもの方が、ひとまわり大きいのです。その一枚の写真には、『しあわせと言うのは、こういうものを指すのですよ』という言外のメッセージが、現れているので、大勢の人が感動して、コメントを寄せるのだと思います。で、末尾に、私も『蛇足ですがお母さんより娘の方が、体が大きいですね・・・・・うんぬん』と、書こうとして、あれ、これって、その投稿者以外の人にも伝えたいメッセージ、つまり、体格の問題へと発展をするぞと、気が付き、ました。

 母猫の方が体格が一回り小さいのは、怯えた顔をして、助けてと願って、小さいころのストレスが、残っているのでしょう。たとえ数日間だけの苦労でも、影響が大人になった時に、残っているのです。娘の猫は、しあわせに育ったことが、わかり、突然に、終戦後の日本人が、体格が悪かったようなことを思い出したのです。
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副題2、『戦争は食料を、奪う』

 それは、戦争の末期、五年間は、日本中から青年と、壮年の男性がすべて召集され、戦場に送られてしまい貯蔵物も底をついて、日本全体で、食料品が、払底したからです。
 これは、ヨーロッパでも、同じだったと思われます。すべての国で、戦場になった途端に、男は召集をされ、食料品の生産がストップをするのです。そして、商店街も流通業も低レベル低速度になります。で、普通の人は、ものが食べられなくて、ひもじい思いをすることになります。 
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副題3、『敗戦で、大男たちに出会ったが』

 そのように、貧弱な体格をした日本人が、日本全国、各都市に進駐してきたアメリカ人を見て、仰天したであろうことは想像するに、あまりあります。
 その敗戦時まで、普通の日本人は外人を見たこともなかったのに・・・・突然に大男の集団に出くわして、非常に驚き、威圧感を与えられ、内心で卑屈になったのではないでしょうか。

 実は、この進駐軍へ接した衝撃の話は、つい10年ぐらい前までは、いろいろなところで見るエピソードとして語られました。「ギッミー、チョコレート」(give me chocolate)を米英語でそれらしく語ると、ve はぬかすのですが、そういう言葉を、自分でも発っしたのだと思いでを語る有名人はいたのです。そして、その時代の屈辱感(=女性が、軽く支配をされ、また、普通の日本人女性を守るために、前線で防衛機能を果たした女性たちへの同情(?)を繰り返し語っているのは、松本清張です。『ゼロの焦点』などは、そこへ、テーマを合わせています。
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副題4、『野田総理を、大批判するが、総理の器(?)の小ささ(?)は、どこから来るのか』
 
 ここで、皆様誤解をなさらないで、下さいね。私は別に右翼でもなんでもないから、「あの屈辱感を、忘れるな」などと、声高に叫ぶつもりはないのです。が、身体的に屈したということが、底流というか、潜在意識の中で大きな影響を及ぼしているのではないかと思うのです。

 突然に、大きく出ちゃいますが、野田総理大臣が、国連総会で、議会にも諮っていない拠出金500億円(?=正確には、500億ドル?)を、アラブのデモ後の回復支援のために出すと聞いて、びっくり仰天して、ブログの世界で、丁寧に抗議をしておきましたが、あんな突然の寄付申し出でも、底流のところに、白人崇拝(はっきり言えば、白人の大男の威圧感への屈服)が、あったら「それで、納得ね」となります。

 ここで、数字が間違えている可能性があります。500億円か、500億ドルかが調べようもないのです。非常に簡単に、かつ、しれっとして、発表をされました。それも、ただ、NHKニュースで、私はそれに気が付いただけですから、日本中で気が付いていない人はいっぱいいると思います。しかも、マスメディアは、それを、一切批判をしていませんし。

 その時に端を発して、私は野田総理を批判し始めます。それは、今回のテーマ人間の食糧不足と、太るか、太らないかの体格とは別問題ですが、こんなに簡単に、言うことを聞いてしまう陰に、小さいころ、インプリントされた、大きな外人に対する、卑屈な気持ちと、おそれが関与していたら大変です。このブログの読者なら、うん、うん、と頷いてくださるでしょう。

 以前にもここで言ったように、それを使えば、エジプト、リビア、他の、道路等の、インフラを修復するのは軽いことです。つまり、日本が、他国のデモで、壊れたインフラを補修してあげるのです。どうして、日本人自身が、年金、基金も、不安であり、国債の利回りが1%も上がった時に、他国に500億円(もし、それが、500億ドルだったら、1兆円になる)も支援をしないといけないのですか? 私はその日から野田総理大臣という人を、一切信じていないのです。   

 そして、あのアラブのデモそのものも、諜略のにおいがすると思っています。もちろんカダフィも、ムバラクも、悪いことをした独裁者であることは確かです。だけど、デモの火をつけた人々の深淵の目的は、イランを、孤立化させることにあったでしょう。本当に国民から起きたデモであり、改革なら、次に表れた政府は、国民を満足させるものであるはずです。が、早くもエジプトで、国民が失望をしていて、内閣打倒の動きが起きています。多分、ここに、コメントとして書いた私の発想は、世界の深淵を穿つものです。で、私の身辺は大変になります。あまりに、真実を見抜いてしまうから。だから、泥棒が入って、大切な資料を盗まれるということとなります。
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副題5『沖縄の地位協定の問題』

 私はたまたま年齢的には、子供のころには、接していないのですが、35歳から45歳ぐらいまで、北久里浜(横須賀市)というところに住んでいて、六本木へ遊びに行く、若い軍属たちの集団に何度も出会いました。かれらのなんと、体格の大きなことでしょう。アメリカに世界の富が集中し、したがってもっとも潤沢に牛肉を食べることのできた世代の若者たちです。
 ここで、ちょっとした挿入に入りますが、ああいう体格の大きな男性たちに、少女への暴行事件などを起こされていて、しかも検挙や裁判が自由にできない沖縄の人たちが、どれほど苦汁をなめているかは、十分に推察はできます。ただ、だからと言って、今の沖縄県知事を支援するわけでもないのですよ。

 なにか、2,3日前に、沖縄の地位協定が、少し改変され、日本の警察が、もう少し権限が大きくなるようですが、実際にはどうだろう。

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副題6、『フランス人は、意外と、小さい』

 でも、私の頭と、心にも、「白人とは、でっかいものだ」としっかりと、埋め込まれました。しかし、おどろいたことに、普通のフランス人とは、あんなにでかくはないのです。ほとんどの人は現在の日本人と、同じ、体格でした。

 私はサンポールというバスチーユとノートルダム寺院の間に住んでいたのですが、土曜日になると、歩道を歩けないほどの、観光客が来るのです。食糧品を買おう。コピーを取りに行こう(1998年だからパソコンは使っていなかった)と、思うと、歩道で、左右をかき分けないといけません。かれらの持ち物、服装、顔の様子を、みると、日本でいえば、「三河あたりから表参道を見に来たのよ」という感じのリラックスしたものです。そして、日が落ちると、あたりはしーんとしてしまう。彼らは日帰りで自宅へ帰るのです。そういう一般人(イタリア、スペイン、イギリス、ドイツ、ベルギー、オランダを含んでいる)は、本当に普通サイズの体格なのです。
 ただ、ドイツ人あたりから、北欧のDNAが入ってきて背の高い人が出てきます。トルコやギリシャの遺跡で出会う学問好きらしいドイツ人たちは背が高いのです。
 
 今、世界経済が大変動していて「アメリカは凋落する]などと言われています。が、1940年ごろから2000年ごろまで、アメリカには世界の富が集中していて、男性の体格を突出して大きくしたのは確かなようです。これは、第一次世界大戦で、ヨーロッパが疲弊した隙にアメリカが伸びたことを示し、また、世界恐慌の、15年後ぐらいに、あの対策、「風と共に去りぬ』が製作されるぐらいですから、アメリカの経済力は、1940年代から世界屈指であったとみることができます。

 人間の本性というのは、どうしても、優れたもの、上位のものを敬ったり、あこがれたりするところがあるとは思いますが、500億円か、500億ドルを、ぽ、ぽ、ぽーんと、国民にも諮らないで、アラブへ拠出することを決めてしまうのは、いけません。
 もし、それが、今、世界で、ゆいいつ、アメリカに逆らっている、イランを、孤立化させるために、いまのアラブ圏をめちゃくちゃにしてやろうとする、ユダヤ資本の謀略だとしたら、
そんなことに、日本国民の貴重な財産を使うのは、日本国民としては、踏んだり蹴ったりなのです。だから、野田総理大臣は、総理をやめてほしいです。
           2011年11月28日  雨宮舜(本名 川崎千恵子)
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泰西王侯図屏風(NHK + サントリー美術館 + 京都の出版社)

2011-11-27 08:08:49 | Weblog
王侯はどこから来たか?・・・・・新日曜美術館(NHK)

 徹夜明けの朝五時前、私はテレビをつけ、本日の番組表を、リモコンで探し出しました。実は先週旅行に行っている間に主人が録画しておいてくれたこの番組を見た私は、文章をひとつ書くつもりでしたが、一週間前にありましてというのよりは、今晩もありますと、言う方が、そりゃあ、うれしいこととなりますから。私がこの番組に入れ込むのは、子供のころ、初めて接した絵がこれだったからです。もちろん書物の中でです。
 本の中では、右双(右側で、柔らかい表情の方)が、子爵・松平保男氏蔵、左双(左側におく屏風で、今、先陣を開かんとする荒々しい姿の方)が、池長美術館蔵とあります。本『日本初期洋画の研究』・・・西村貞著・・・京都にある出版社、全国書房刊は、・・・初版・出版が昭和20年1月15日ですから、戦前に原稿が用意されていて、それ故に、子爵という言葉が出ているのです。
 私は、この本の口絵を、毎日開かず眺めて、育ったのです。テレビもなくラジオもなく幼稚園もなく、おもちゃもなく、ともだちもいない世界で、ただこの本を見て育ったのです。学校へ行くまで。

 上記の本を見ると、当時の京都が、どれほど、戦争とは無縁の平和さの中にあったかがしのばれます。本はB5サイズ、本文584頁、口絵80頁、布装上製です。今の貨幣価値で、4000円ぐらいだったでしょう。
 天草四郎の、島原叛徒陣中旗(添付図)等は綸子の地紋が見える写真ですが、天使の横顔が、日本人とも、西洋人ともつかないほど、素敵です。別の頁には、浦上天主堂蔵の長い槍を持って、悪魔を踏み次第でいる、聖ミカエル像があり、私は後者を最も恐ろしいものとして、毎日、怖がりながら、惹かれていたのでした。
 これらの中で、浦上天主堂所蔵と書かれているものは(本文をまだ読んでいないのですが)たぶん壁画であり、それゆえに、この本のデータが唯一(?)現存する,史料となるはずです。

 私は不思議な子供だと、よく母から言われていました。二歳ごろから時計を与えられると飽かずに、分解して遊んでいて、全然手がかからなかったそうです。近所には小学校の一年になるまで、だれも同い年の友達はいませんでした。テレビもなく、ラジオもなく、おもちゃもなく、幼稚園もない中で、飽かずに、この本の80頁の口絵を眺めて暮らしたのです。図は、当時は京都大学所蔵だった、原田本、マリア15原義図です。ですから、この本の中で、2頁(40分の一)を占める、泰西王侯図屏風は、本当に懐かしいものでした。いろいろ、エピソードを含む作品だともわかり、かつ、実物は、いまのところ、神戸市立美術館で、左双のコピーを見ただけですが、相当に大きいことも知っていて、NHKで、紹介されたサントリー美術館にも行ってみるつも。
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姫路城(虎の威を借る狐) VS 彦根城(努力家ひこにゃん)△

2011-11-26 19:03:43 | Weblog
 先週出かけた、京都を中心とした旅では、美術館は、最初の目的の中にありました。美術館を訪ねるということは、実は、わたくしのなかでは、古いものを訪ねるという目的と、同義語です。ところで、その古いものを訪ねるという意味で、急に視野に入ってきたのは、お城です。
 それは、偶然の結果です。いつもは旅とか、観光のことなど、忘れきっている私が予習のネット検索をしているうちに、犬山城について書いてあった、『日本最古の城である』という、文言に気が付いた時から始まったのでした。

副題 1、『彦根城に、導きいれられる』
副題 2、『ひこにゃんと、にしこ君と、2chの騒動』
副題 3、『姫路城の、お掃除・奉仕団』
副題 4、『時代劇は、ここで、撮影する』
副題 5、『姫路城という、楽園で、階級の差を見せつけられるという地獄を味わう』
副題 6、『400円という、お金の価値を、考えてみよう』
副題 7、『私は、実はいじめ問題・研究家なのです(笑)』
副題 8、『ああ、人間喜劇(バルザック)・・・姫路城版よ』
副題 9、『西小金井市長のボーナス・市民・査定』
副題10、『白さぎ城には、築城当時は、窓が、もっとあったというニュース』

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副題1、『彦根城に、導きいれられる』

 しかし、ネットの言葉から喚起された、目的は、新幹線の中で、または、駅や町の人々との会話で、思いがけずも膨らみを持ってきて、彦根城へと、導かれました。彦根城とは、私の頭からはすっかり消えている単語だったのですが。

 人々の言うのは、『名古屋城、あれは、ダメ、ダメ』であり、
 『大阪城、あれも、ダメ、ダメ』でした。

 しかし、彦根城については、『あれは、いいですよ。お訪ねになったらいいでしょう』でした。この三つの城の違いは、むろんのこと、創建当時の材料を踏襲して、作ってある、古いものか、それとも、終戦後観光の目的で、復元された新しい材料(=コンクリート)のお城であるかの違いであろうと思います。

 体力や時間に余裕のない私は、むろん、名古屋城と大阪城はパスしました。そして、彦根城と、そこから、思いが喚起された姫路城へ行ったのです。時間的には姫路城・訪問の方が、古いのですが、ある考えがあって、彦根城を先におかせてくださいませ。まあ、はっきり言えば、姫路城は、修復中だったということと、それ以上にがっかりさせられることがあったからです。

 彦根城の方は、がっかりすることはありませんでした。

 こういう古い城としては、松本城をすでに、訪ねてありますが、外壁の色の違いと、床面積等の規模が、どちらかと言えば姫路城の方が広いでしょうか。それと、平城と、山城の違いがあって、彦根城の天守閣から見る、360度のパノラマはすばらしいものでした。ちょうど、21日の日曜日は快晴だったので、最高の見ものを見たこととなります。

 ところが、驚くべきことに天気が急変して、あめが降ってきたのでした。天守閣から平地に降りるまでは、それほど、時間が必要だったということです。城の規模が大きいのです。が、その小雨のなかを、それこそ、女盛りの三人の女性が、黒い法被に、上品極まりないねじり鉢巻きをして現れたのでした。太鼓をやっているのだそうです。太鼓はお神楽の一種ですが、今では、大の大人の楽しみになっているのですね。
 あっさりと、常に遠慮がない本当のことを言う私に言わせれば、彼女たちは小太りという以上に太っていました。が、それが、また、素晴らしい美貌を生んでいるのです。一人など明らかに、50歳を超えていると思われるのに、水も滴るほどのいい女とは、まさにこのことと思わせるほど、きれいでした。特に、黒のはっぴが妖艶度を増していました。
 お金を取る集団ではないと思うものの、洗練をされていることと、なんとも幸せそうな感じに打たれました。
 観光地にいる人たちは、大体が、幸せそうでしたが、彼女たちは、観光客ではないのです。でも、太鼓を打つことで、健康と美容を保持して、しかも、風光明媚な都市に住む、なんとも、優美な幸せ感・・・・・それを辺りにふりまいて、彼女たちは去っていきました。お城全体より、彼女たちの方が、印象が深かったぐらいです。

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副題2、『ひこにゃんと、にしこ君と、2chの騒動』

 さて、切符を買ってはいると、なぜか、歓声の上がっている建物があります。で、ある部屋をのぞいて見ると、それは、椅子を、並べた舞台になっていて、有名なゆるきゃら、ひこにゃんが、愛嬌をふりまいているのでした。

 かわいいとか、かわいげな、しぐさの連続です。で、すべての、椅子に座っている人が、動画を撮影しているのでした。それら大人の間に座っている子供が、歓声を上げているのです。私もしばらく一緒に見ていましたが、キグルミというそのお人形の中に入っている人の、努力に胸打たれました。

 というのも、ひこにゃんには、中にいる人が外を見ることのできる目玉用の窓がないように見えたからです。私が過去に見た、ウルトラマンにしろ、仮面ライダーにしろ、こういう衣装の中に入っている人は、たいてい目で外を見えるようになっています。しかし、ひこにゃんは、大変大きな兜をかぶっていますから、頭はすっぽりとその中に入ってしまうので、そとは、見えない形となっています。
 子供たちの歓声だけを頼りに、演技をする。これは、とても、苦しいことのように思え、それでも、かわいくかわいく、演技をする、中の人のどりょっくというものに打たれてしまったのです。

 ひこにゃんに対するイメージを壊さないためでしょう。中に入っている人がスターダムに上ったとは聞いていません。だから、その人はどんなに、演技が上手でも、名前を売ることはできないのです。

 ところで、それを見て帰ってきて自宅で、パソコンをあけると、ゆるきゃら人気投票というのが行われているg、そこで、不正投票があった、云々と、言うニュースをウエブサイト上で見つけました。西小金井のゆるきゃら「にしこ君』へ、多量投票を呼び掛けた人がいて、そのやり方まで、支持されていたので、にしこ君に、大量の票が入ったという話です。フリーアドレスを取得させて、それで大量投票ができるのだそうです。ほ、ほー。尖閣諸島の中国漁船の挑発行為を、ビデオで、全国へ流した職員さんは、きっと、このフリーアドレスというのを利用したのでしょうねと、私は思うわけですが、・・・・・まあ、これは、小さい出来事です。

 その時に、私が考えたのは、例の私が、ニュースを作るという話のことです。みなさんはお笑い召されるでしょうが、この彦根城訪問の、二日前に姫路城を訪問をしたら、見事に、その次の日に姫路城がニュースとなっていましたから。二度連続して、訪問先が、すぐ、瞬間的に、全国的なニュースになるという栄誉に属しましたので、お伝えせざるを得ません。(笑)
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副題3、『姫路城の、お掃除・奉仕団』

 さて、姫路城には、上述したように、彦根の二日前に行っています。倉敷の大原美術館によった後で、時間を上手に使いたいので、倉敷には泊まらず、姫路まで、帰ってきておいたので、相当朝早く、お城へ到着できました。すると、広い城内の庭を、お掃除している70人ぐらいの男女がいました。そのときふとですが、皇居の清掃奉仕をしている善男善女がいるという昔のニュースを思い出しました。そこに登場するのは、主婦が多くて、白い割烹着を着て、清掃していました。それに比べると、モダンは上等な私服を着ていて、とても、幸せそうな生き生きした、紳士・淑女たちです。
今回徳川美術館でも、(それは、お昼だったので)お掃除ではない形ですが、たくさんのボランティアが、働いているのを見ました。これが、シルヴァー世代には、最も好ましい、趣味兼仕事なのだろうと感じました。報酬が出ているのか、出ていないのかは知りませんが、無料で、入場が自由にできるというぐらいの薄謝でも、みなさん、喜んでやってあげているのでしょう。

 さて、今、姫路城は改修中です。それを、真横に設置した、簡易なビルのエレベーターを利用して、網越しに見せるシステムになっているのですが、そのエレベーター管理人(女性)が官僚的で威張っているのですね。顔だけは愛嬌がいいのですが、傲慢極まりなくて、お客を一年生扱いなのです。高一ではあいません。小学校の一年扱い。
 彼女は東京で暮らしたことがないのでしょう。今東京では、駅、ショッピングタウン、美術館、図書館、オフィス、ありと、あらゆるビルのエレベーター何万個とあるだろう絵エレベーターはお客側が昇降ボタンを押す形式なのです。でもね、まあ、これも小さな問題です。驚いて、内心では不快でした。が、目くじら立てる問題ではないと、その場は、だまってやり過ごしました。が、これが、後でおきた400円をめぐる大騒動の前哨戦だったのです。

 この姫路城は、今のところ見せるべきものがないので、切符が400円です。控えめです。唯一当時の面影が残っているところは、西の丸と、100間廊下を含む西の丸御殿です。これはこの西の丸の主役千姫とその侍女たちの部屋がずらっと並んでいるところです。つまり、非常に原始的な意味での、大奥です。江戸城に比べれば百分の一、というか、千分の一の規模の大奥です。それは、広さもそうなのですが、財政的にもシンプルです。贅沢のにおいがしません。

 しかし、シンプルなものほど、その本質を表します。ここで、見えてきたものはお姫様というものは、非常に不自由なものだということです。もちろん、下屋敷という、よりリラックスできる住まいが、山の下の方にあったそうですが、裾を引く長い着物を着て、しかも、急な階段を下りても、あっちこっち駆け出せるわけでもありません。お姫様というのは、あこがれの立場ですが、実際になってみれば大したこともない立場だと、ふと、感じたものです。

 現代の、人々の方がずっと自由度は高く、できる行動も大きく、普通に暮らすことができれば、それは、江戸時代初期の千姫の暮らしよりも幸せなのでした。
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副題4、『時代劇は、ここで、撮影する』

 西の丸の裏で、本当に品の良い一家に出会ったのです。奥さんはすらっと背が高くて、原節子みたいに洋風な顔。御嬢さんは、高校生。ご主人は、43歳ぐらい。だけど、ふと、日本人ではないと思って英語で、それを聞いたら、やはりタイから来ているのだそうです。それで、おもわず、「洪水はいかがですか?」と聞いたら、「我が家のあたりは大丈夫だ」とのこと。非常に落ち着いた漢字で、由緒ある富裕層のようでした。
 西の丸の裏(高いがけの真下、江戸時代の倉庫みたいなものがある)という、普通の観光客は、あまり寄らない珍しい場所で出会ったので、『この人たちは、来日は、初めてではないな』と思いながら、一応「初めてですか?」と質問をすると、『いえ、毎年来ています」ですって。なんとありがたいことでしょう。日本って、そんなに、魅力があるところだったのですよ。皆様もご存知でしたか?

 そのあとで、下へ降りて行きました。道が涼やかできれいです。幅が3メートルぐらいで緩やかな石段で、下る。めずらしくビデオカメラを出して、そして、そこにいたボランティアのひとに、「道と、私を両方いれて、撮ってください」と頼むと、その人が、「ここは、よく時代劇を撮るところなのです。松平健など、来るのですよ」と教えてくれました。
ほーっと、感嘆します。そのボランティアの人も、性格もよく品もよい人です。寒い中をずっと、突っ立って、何をするべきでもなく、観光客を見守っているわけです。大変ですが、それこそ、姫路城が大切だからできることでしょう。

 どんどん、降りていくと、入り口(出口でもある)に近づいて、道幅も広くなります。しかし、その広い道の真ん中に立って、抗議をしている女の人がいます。相手は制服のガードマンです。

 女性は、48歳ぐらいの品の良い、やや、繊細な感じの人。で、ガードマンが嫌がっています。
 私は何となく、気にかかって傍によって、話へ、聞き耳をたてました。

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副題5、『姫路城という、楽園で、階級の差を見せつけられるという地獄を味わう』

 その女性は、ガードマンに、「入り口の職員が、強制的に、ロッカーに荷物を預けるように言ったのだけれど、それは、やりすぎではないですか」と、言っています。女性は、憤懣の抑えようがないらしく、強い抗議の主張です。幅5メートルぐらいの道の真ん中で、剣呑な雰囲気です。

 私はガードマンが、なぜ、その女性を嫌がっていて、応じて上げていないのかの理由はすぐつかめました。つまり、彼は、市の職員ではありません。民間の会社の人間だから、階級的に、市の職員の下なのです。姫路城は国の資産かもしれませんが、入り口で、入場券を売っているのは、市の職員でしょう。国家公務員が、ここまでの小さな仕事をするわけがない。たとえ、中級職といっても。

 観光客の抗議は執拗で、真剣です。だけど、その言い分を聞いて上げたら、階級的に上である市の職員を、彼が叱らないといけません。むろんのこと、ガードマンはそれを、やりたくないのです。で、ガードマンはのらりくらりと逃げています。そのうちに、周りの人たちが、女性客の方を「変なひとだね」と見つめだすのを待っているみたいに。それで、問題をうやむやに、するために。私は、しばらく見ていて、以下のような、予測を立てました。

 あと、5分ぐらい、このままにしておいたら、ガードマンの思うつぼになり、女性は、非常に嫌な思いをしながら、姫路城を、見学をすることとなるだろう。自分(雨宮舜)は美を非常に愛する人間だ。先ほど、エレベータ-を、管理する女性たちの間に、ふと見えた官僚主義に嫌な思いをすでにした。

 ・・・・・ だが、私は、修行を重ねている人間である。自分の気持ちをコントロールできる。だが、それは、ライターいじめに対する激しい戦いあって、獲得をしたものだ。今、目の前にいる奥さんは、誠実そうで頭がよさそうだが、キャリアーウーマンとは見えない。キャリアーウーマンなら、社会経験があるので、自分の目のひとにらみで、その失礼な女性、市・職員を縮み上がらせられるだろう。この人は、普通の家庭で、静かに育った人だ。子供が大学にでも入学してやっと、旅行ができる余裕ができて、あこがれの姫路城を見に来た。だけど、その入り口で、こんないやな思いをしている。さあ、どうするか、雨宮舜(=川崎千恵子)よ。・・・・・
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副題6、『400円という、お金の価値を、考えてみよう』

 さて、日本では、抗議をして、ことを荒立てるということが嫌われている文化があります。それは、論理でものを解決するという習慣が確立していないからです。昔は、『長いものには巻かれろ』と言ったり、最近ではKYと言ったりして、我慢をすることが推奨されています。そのうえ、最近では、お金・至上主義の、気配もあります。すると、「400円ぐらいの小さなことで、がたがた言うなよ」という声も聞こえて来そうです。しかし、400円とは非常に大切な金額なのです。

 私の財政を明かします。別に大王製紙の社長一族というわけではないが、お小遣いは親から潤沢にもらっている人間です。父からの遺産が、5千万円を超えていたし、母からの遺産も、ほぼ、それぐらいですね。どうしてかというと、父が明治生まれにしてはモダンな人で、自分と母との資産をできるだけ、半々になるようにしていたからです。もちろん母は、父の片腕として、自宅にはいたものの、会社の経理は一手に引き受けていたからです。母の給料は、幽霊社員に対して出ていたわけではありません。そして、両親ともまじめだし、几帳面だし、税務上の処理は抜群にクリーンです。

 で、私がどうなのかというと、どんぶり勘定で、お金の価値がよくわからない人間だとして、親族一同から、馬鹿にされています。特に稼ぎもしないのに、遊びに、お金を使っているとして、みんなから叱られたりしている人間です。ただ、自分では宮沢賢治風にお金を使っているつもりです。で、借金はしない人間です。とくにサラ金などには手を出しません。

 たまたま、カードから、実印から、お財布まで一切入れたものを、巾着ごとコンビニに忘れてきて、本を送付する切手代に困って、友人に、三万円を借りたことがりますが、コンビニさんから、10日後ぐらいに、連絡をもらって、回復しました。実は六種類本を出していますが、出版前後は、目の回るような忙しさで、徹夜も連続しますし、夜明けの五時ごろ、家族をおこさないように、音を立てないようにして、外出し、コンビニで切手を買ったりするので、そっと、全財産入りの巾着を持ち出したりします。  で、疲労困憊しているので、切手だけ持って帰ったりするのです。いや、小規模ながら、出版社へと、自分を持ち上げるのには、死ぬほどの、努力が必要なのですよ。『自分の考えたことを、自由自在に外へ発信をする』という夢を実現するためには、本当に死に物狂いの努力が必要でした。

 夫もいますが、自分自身の仕事(美術の世界や、思想、哲学、の発信)のことで、お金を彼から借りたりはしません。し、また、家族、親族が、それを、始めたら、地獄へ落ちるだろうと、徹底的に、管理、助言をしてくるので、借りることができないのです。ます。確かに、芸術の仕事とか、思想の仕事とかは、終わりが来ない仕事です。だから、外部からたがを締められるのも大切なことだったかもしれません。

 父の遺産のうちの、2400万円は、それに使っているのですが、本を作り始めてから、お金がバンバン必要になったのです。私は一般の人よりは安く本を作ることができますが、それでも、ありとあらゆる経費を入れたら、一冊(一種類)の本に、600部前後で、100万円かかります。これが、大手の出版社だと、100万円で、3000~5000部は、できる模様です。が、トーハンとか、日版に卸さない私は、自宅に本を保管するから、せいぜい、800部までしか作りません。だって、印刷と製本だけは可能だからといって、毎回、2000部ぐらい出版し続けて行ったら、自宅の床が抜けちゃいます。そして、2冊目あたりまでは、売ろうとしましたが、別にタレントでもない私の本を、九州や、四国、または、北海道の、見知らぬ誰かが買ってくれるわけでもないですから、流通をさせないのです。バーコードも付いているが、殆どが献呈をしています。が、それをやっているときは、出版後も送料の支出、交通費の支出で、抜群のお金がかかりますから、質素倹約の極みです。原資があるといっても、次の出版をしたいから、質素倹約のきわみの人です。
 今は、二年ほど、出版を休んでいるし、母からの遺産が入ったので、一息を入れているところなのですが。

 で、結論としていえば、400円だって、貴重極まりないお金となります。
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副題7、『私は、実はいじめ問題・研究家なのです(笑)』

 これから先はややえぐい、個人的な思い出に入りますが、なぜ、私が、姫路城の入り口で、乾坤一擲の力を発揮できたかの秘密の二つ目に入りますので、どうか、聞いてくださいませ。

 この日本では、ブランドものの、スーツを着ていたら、「は、はー」と、周りが、頭を下げてくれるらしいです。が、「セーターとジーンズと、スニーカーで、銀座を回っている私は、一部の画廊のオーナーや、一部の画家にいじめられてきました。あの原因ですが、もしかしたら、その、貧乏人扱いが寄与していたかしら。
国画会に油絵や、版画を出していた時に、とんでもないいじめを仕掛けてくる人がいたけれど、なぜ、そうなるのかという理由ですが、もし、こういうお金の側面で、馬鹿にしていたのかもしれないと思う時もあります。でも、こっちも内心で相手を、ばかに、してしまいます。そういう軽い人材は、絵がよくないです。だから、非常に浅はかな精神を持って、ただ、上位の人へ右顧左眄の・おべんちゃら・を言って、出世しているのです。一部ですが、そういう人がいるのです。公募団体展・生活20年を越していますので、ありと、あらゆる、現象を見聞きしてきましたし。

 あ、は、は。ちょっと筆が走りすぎてはいますが、「人を馬鹿にしないという事が、大切だ」と言いたいのです。特に、「よくは知らない人を、見かけだけで、馬鹿にしてはいけない」と言いたいのです。この姫路城の入り口での悶着も、抗議をしている彼女が、ちょっとした紹介状を持っていたら、ただで、入場できるうえに、下へもおけない、もてないしを受けたでしょう。しかし、普通に、入場をしようとした、品の良い奥様は、その切符売り場には、誰も、知人がいなかったがゆえに、いじめられたのでした。
 彼女は、その命令がいかにも公的に見えるは、見えるが、単に浅はかな女の、原始的な意地悪でしかないことを悟って、いったんは、引いたものの、怒りが、収まらないので、男性であるガードマンを捕まえて、抗議を開始したのでした。賢いです。
 確かに、平均的に言えば、男性の方が、真の意味での、パブリックということを知っています。女性は、すぐ、公を、私的なものへ奉仕させてしまいます。私も女性ですから、なるべく同性の足は引っ張りたくないのですが、実際はそうなのです。この件は、その女性、姫路市役所、所員(または、単に嘱託=アルバイト=程度かもしれないランクですが)の、原始的カツ、動物的な、女の意地悪の発露と、その被害の話なのでした。

 ここまで、わかった上で、私は、この奥様を助けることにしました。私自身は、いじめられたときには、殆ど現場では、抗議をしません。銀座でも、しょっちゅういじめられていますが、知らんぷりを、しています。が、ニューヨークで二回ほど、こういう風にいじめる女を、口で、『ただ、現在の、状況を説明する』という形で、コテンパンに、やっつけているのです。自分でも信じがたいほど、私は強い女なのでした。

そして、そういうときに『人間というのは如何に、自分が見えていないか?』ということも知りました。で、見えていなかった、自分の真実の姿を突きつけられると、まともな人間なら、思わず、ひるむものです。それでも、反発をしてくるのだったら、その人間は、最大のレベルでの、低劣な人間です。相手にしないでもいい。こちらが、我慢をしておけばいいのです。我慢をしていれば、必ず、天はあなたに、見方をなされます。まったく別のところで、とても、よいことが起きるからです。

そして、あなたと、反対に、こういう風に、見え見えな態度を持って、威張る女は、実は弱いのです。内部は、全然といってよいほど、へなちょこなんですよ。

それまでの、分析と結果の予測をつけた上で、しぶしぶついてくるガードマンを引き連れて、私は、入場券売り場に向かいました。
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副題8、『ああ、人間喜劇(バルザック)・・・姫路城版よ』

 さて、問題のロッカーをちらりと、横目で見てみました。非常に古いタイプです。普通、国立、および公立の施設の場合、ロッカーは無料です。ロッカーの鍵システムは、機会としては、必要らしくて、利用するときは、一応、百円を入れますが、開錠とともに戻ってくるもので、その説明もロッカーの上にきちんと書いてあります。

 しかも、道々、たった、1分程度の間に、被害者の奥様から聞いた話によると、そのロッカーには300円の種類はなくて、全部、400円なのだそうです。異常に高いです。こういうロッカーを使ったことのある人間だと、その値段だけで、胡散臭さ(変だぞ、公共の場を利用して、金儲けをしようとしているぞ。しかも、総額がとても少ない金儲けだ。これって、現場の人間のお小遣いになるのではないかなということ)を、まず感じます。

 これは、本当にひどい話です。今、取り組んでいる、修復に、どれほどのお金がかけられていますか? 数十億ではすまないのではないかしら? それは、国家財政から出ているのかな? うーん、日本全体の若者の年金基金を削ってお城を直している?
『それって、事業仕訳の対象となりますね』とさえいいたいほどの、大金がかけられているでしょう。だけど、まあ、今になっては、契約破棄もできないし、修理を途中で止めるわけにもいかないので、その数十億、または、数百億の支出の件は、受けいるれるとしても、いま、その天守閣については、何も見せるものもないのに、400円の入場料は高いかも知れません。無料にして、西の丸だけを、200円で、見せたらいいかな? だって、日比谷公園だってなんだって、公園は、たいてい無料で入れるのですよ。まあ、ここでも、筆が走りすぎています。

元へ戻って、ロッカーという小さなアイテムを問題にしましょう。

 ロッカーが古くて、有料だということも問題だし、種別的に、400円の種類しかないというのも問題です。
 そして、さらに、いけないのは、強制的に、荷物を入れるように、命令した職員です。あからさまに虎の家を借る狐です。女の意地悪というか、業というものです。姫路城は、美しい。が、その入り口にこんな汚い人が、通せんぼをしていたのです。ご本人はロングヘアーにしていて(・・・・まあ、はっきりと彼女の姿形を語るのは、どうせ、すぐ、配置転換になるはずだからです。こんなひどい女性を、そのままにしておくのは、姫路市長、または、この姫路城を管轄している人間の大・職務・怠慢となりますから)ご本人は、美人のつもりなんでしょうが、どんよりとしていて、肌も色黒く見えました。黒いガスが、うっすらと、彼女の周りを包んでいるというような感じもある。

 対照的に、必死で説明をしている被害者の奥様は、肌もつやつやしていて色白で、あたりにさわやかな風が吹いているようでした。

 ここは、市職員の方が、瞬間的に事態を把握して、さっと笑顔を作り、「失礼をいたしました。すぐ、400円をお返し申し上げます。どうか、開けてお持ちになってくださいませ」と言わなくてはならないのです。でも、ぐずぐずと、「建物を傷つけますから」と言い募るのですね。おばかさんです。すると、その色白の奥さんの方が、「そういうところでは、私は手に持ちます」と言いました。

 実は、15分程度前に、おなじやりとりがあって、奥さんの方が負けているのです。が、ここは、絶対に職員の方が反省しなければなりません。だって、人って、自分のことはよくわかっているものです。荷物が負担になる人間は、必ず、駅で、すでに、ロッカーを使っている筈なのです。私もその一人ですが、大きな駅にはロッカーがたくさんあって、それを使うのは、自分に体力がない場合には、常識です。だから、アテンダントバッグを持ったまま、城の域内まで来た、その40代に見える奥さんは、体力には自信があるはずです。そういう相手に対して、杓子定規に命令などする方が馬鹿なのです。

 私は、とうとう痺れを切らして、「あなた方は、そのロッカーの収入で、忘年会でも開くのではないですか?」といったのです。図星だったみたいです。入場券の売り場は小さな小屋なのです。ほかに二人の女性がいましたが、まったく能なしで、渦中のスタッフを助けるでもなく、叱るでもないのです。
でも、この最後のきめ台詞は、自分たち自身にも火の粉がかかってくることですよ。だから、すぐ、振り向いて、「あ、奥さん(これは、私のこと)、それは、違います。そのロッカーの収入は、市役所に上納します」と、すぐ、それこそ、彼女たちの方が、抗議して来なければなりません。しかし、それがなかったので、この入場券売り場、ほか先ほど、そっくりに官僚的に威張りまくった、エレベーター管理者などの、市職員(または、嘱託=アルバイト)の人たちの忘年会の、飲み台に使われるのではないでしょうか。

 まあ、この文章を書いた以降は、忘年会に使われることはないと思いますが、2011年の11月19日以前には、そのお金は、姫路城をカタにして、しかも公のふりをして、個人の私的な遊興費に使われていたとみるべきでしょう。
 
ココで、さらに丁寧に、分析すれば、姫路城の修復が終わって、天守閣内が再公開されたら、その階段を上るのは、アテンダントバッグを持ってでは、難しいです。が、その際は、この品のよい奥さんも、絶対に、「はい、わかりました」というはずです。今は改築中なのです。「臨機応変にすること」を望みます。

まあ、しいて、このロングヘアーの、女性・市・職員をかばってあげるのなら、彼女は適切な教育を受けていないからこうなったということになるでしょう。
つまり、「朝何時に、來なさい。入場券の売り上げ金は、どこそこへ、納金しなさい。退出は何時にしなさい」というような教育は受けているが、姫路城の入り口にいるものとしての、思想的、かつ哲学的な教育は一切与えられていないと見るべきです。

 でも、昔の日本人だったら、それでも、よかったのですが、最近の、学校教育も家庭教育も破壊されているので、日本人本来の、本当によい性格=相手に寄り添って、物事を考えてあげる=が、できなくなっている人間も多いのです。

 ですから、それを、改めて、教育しないで、最前線に立たせていることに間違いがあるのです。これは、この姫路城全体を管理する人間の、怠慢であり、最後の段階で言えば姫路市長の怠慢となるでしょう。

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副題9、『西小金井市長のボーナス・市民・査定』

 ところで、この姫路城の入場券売り場の女性を、非難し続けるのは、姫路城が、国宝であり、そこを訪れるのは、全国からであり、また、上に上げた毎年日本を訪れるタイの富裕層のように、全世界から、人を集める場所だから、最高ランクのおもてなしが必要な場所だからです。
 ところが、彼女の方は、「地元、姫路では、市の職員の私は、女性としては成功者なのよ。しかも、姫路城に勤めているのだから、認められているのよ」という井の中の蛙になっているわけです。

 でもね。それは、地方だからの話です。今、東京圏の、公務員・・・・・特に窓口で、市民に接する立場のひとは、ぐんと低姿勢で、親切になりました。鎌倉市なんかだって、市役所も、図書館の人も親切です。
 松戸市長が「何でもやる課(または、すぐやる課?)」というのを作ったあたりが最初の試みだったのかもしれませんが、2chとか、ツィッターの発達なども大きいと思います。ある個人のへまが、全国的に伝播してしまうシステムが確立しました。私の一文などもその手合いです。しかも、被害者が、私自身ではないだけに、私は毅然として、これを、書きあらわすことができます。自分自身が被害者であるときは、恨みめいてしまうので、書きにくいし、読者も読みにくくていらっしゃるでしょう。だけど、これは、非常にさわやかな感じのある、名前を特定できない、奥様の被害の話です。

 もし、この日本で、個人の責任という考えが確立していたら、これは、そのロングヘアーの女性職員だけの、話です。が、日本では、個人の責任ということが確立をしていないので、トップの責任となります。で、首長さんが、責められます。だから、東京圏では、相当に事態が改善されました。

ある種の行き過ぎかもしれないが、
 西小金井市長が、ボーナスの査定を市民に行わせるというニュースが広まりました。西小金井市長のボーナスは一年間で、440万円程度で、そのうちの150万円程度が、査定で変額する部分だそうです。その可変部分の査定に、一般市民も加わってもらうというこころみを西小金井市長が、提案、実行したと、NHKニュースが言いました。「う、また西小金井市ですか」と、上に「にしこ君」の2chにおける異常な集中投票のことを書いている私は、思いますが、

 それでも、公僕の在り方の基本を守ろうとする姿勢ではあります。
 
 東京圏では、こういう風に首長主導の牽引もありますが「この就職難の時代に、いいところに勤められた。感謝しよう」という吏員側・本人の気持ちがそうさせるのか、まるで、違ってきています。姫路市は、白さぎ城があるからこそ、無自覚になっている面もあったでしょう。
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副題10、『白さぎ城には、築城当時は、窓が、もっとあったというニュース』

 さて、今日の一文をまとめます。2011年11月18日に私は姫路城に行っています。すると、みごとにタイミングよく、19日に 
 ニュースが流されます。白さぎ城には今は、ふさがれている窓が、今より、8つほど、多くあったと。
 こんなにタイミングよく姫路城についてのニュースが流される理由については、想像しているものもあります。だが、そこに触れると、あに、姫路市という一地方の問題ではなくなり、全国的な問題となり、かつ、全世界的な問題となっていきます。そして、また、例の鎌倉エージェント三人組について触れないといけなくなるでしょう。すると文章が、「いつも似たり寄ったりですね」と言われてしまう結果となります。で、ここは、あかるく、『自分には、ヒミコに、匹敵する神通力があるのだ』と、うそぶいておきましょう。

 そして、読んでくださっている方には、私って、喧嘩をしてばっかりだったわけではありませんよ。路傍の人たちと、駅、電車内。美術館のロビーなどで、心のこもった良い会話を交わしましたよとも、おつたえしておきたいです。

 2011年11月24日の6時に書き始め、70時間後の26日の夜完成する。
   無名の人であり、立場の小さい人であれ、
ある実在の人物の行動を批判するのは、疲労困憊しました。
ただ、小さくても、江戸時代の、高度な文明を守る立場の人が、
これではいけないでしょうという信念には変わりはありません。
     雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
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hikonyann,

2011-11-25 18:48:34 | Weblog
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大原麗子の不安 VS (四肢のない)中村久子の安心△

2011-11-22 02:24:56 | Weblog
今、23日(水曜)の午後3時ですが、推敲をおえました。長時間未完成のまま置いていたのを、お詫びもうしし上げます。

月曜日の朝は、旅行の話の続きを書くはずでした。が、自宅へいると、時間的な余裕があるせいで、かえっていろいろな、刺激に浸ってしまいます。で、気持ちが横へそらされてしまいます。本日はテレビから受けた刺激から、話を進めさせてくださいませ。

副題1、『大原麗子の、二人の夫は、なぜ、何も語らないのだ』
副題2、『中村久子という、四肢のない宗教家』
副題3、『中村久子と大原麗子・・・二人の父親は、決定的に違っていた』
副題4、『慈愛に満ちた祖母(久子)と、いじめてくる叔母(麗子)の差』
副題5、『実母が決定的に、違う心情を持っていた』
副題6、『大原麗子と、中村久子、その結婚の目的の違い』
副題7、『大原麗子と長電話』

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副題1『大原麗子の追悼番組で、なぜ、夫・二人は何も語らないのか?』

 NHKBSプレミアムは、本日(月)の夜、興味深いものを二本並べています。そして、事前の宣伝もしていました。女優シリーズと、中国近代史の中での、日本と重要なかかわりを持った人物のシリーズです。

 女優の方では、月曜日の、大原麗子は最も知りたい人の一人です。ミステリアスな雰囲気があります。ただ「どうして、孫文より大原麗子の方が、よい時間帯なのかしら?」との疑問をNHKへぶつけておきます。NHKは、ほぼ、税金に等しい視聴料を、とって運営されているのです。娯楽の方向ではなくて、貴重な資料を国民に提示するという方向で運営するべきであり、その点でいえば、女優の人生より、孫文と、日本の関係は重要です。

 さてその大原麗子の方ですが、早い時間帯に放映されたので、主人と一緒に見ていたのです。それで、私が主人に質問をしていわく、「どうして、二人の、元夫だった人に質問をしないのかしら? どうして、彼らに何も語らせないのだろう。捨てた立場として、悪者になるからかしら」というと、「やはり、わがままだったのだろう」と主人は言います。主人の言い草では、芸術家は、一般的に、わがままだとのことです。

 その通りだとは、思いますが、本日の大原麗子の番組を見て、子供時代の不幸が、大いに原因となっているのを知りました。その番組を逐一再現することはできないし、する必要もないのですが、ただ、一つ、強く印象付けられたのは、『彼女の思い出を特集する番組に、最も親しかった人たちが、登場しなかったのは、彼女の長電話に苦しめられ、それゆえに、喧嘩っぽい形で別れざるを得なかった人が多いのだろう』という側面です。

 一般的には、真夜中には、電話をしてはならないのですが、一人暮らしをしている人間同士では、よくやることなのです。特に最晩年には、大原麗子には、仕事の依頼が少なくなっていて、それが、暇な時間を生み出し、さらに、不安な、気持ちも生んだ模様です。
 特に芸術家とか、芸能人というのは、特別に感受性が強くて、電話で他人に相談したいものだと思います。私も逗子で、一人暮らしをしていた三年間には、長電話をこちらもしたし、相手からも大いにかかってきました。特に女性の一人暮らしというものはそういうものだと思います。

 ところで、そういう寂しさを満たすものとして、まったく一人で我慢をしてしまうか、この様に甘えるかの中間を埋めるのが、つぃったーとか、ブログとか、フェイスブックだと思うのですが、かといって、そういう世界が、具体的な知人相手の長電話に取って代わることはないだろうし、それに相応する満足を与えてくれることもないのだと思います。 
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副題2、『中村久子という、四肢のない宗教家』

 旅行の話をしたいと冒頭に述べております。
 あっち、こっちに回ったのですが、古いものを見るというテーマで行動をしたので、京都では、西、東、本願寺と、東寺を、拝見しました。この三つのお寺については語りたいことがあるのですが、それは、ちょっとあとへ回して、東本願寺がギャラリーを持っていて、そこで、中村久子展が開かれていたのを、ご報告をさせて下さい。

 この人は、1897(明治30)年生まれで、亡くなったのは、1968(昭和43)年ですから、既に知らない方も多いでしょう。

 私は一回自叙伝めいたものを読んでおり、知っておりました。が、その展覧会での表示を見ているうちに、自分が相当な、誤解をしていることがわかりました。

 昔読んだ本の方の帯がセンセーショナルな文言で満ちていたせいかもしれませんが、

 見世物小屋に、だるま女として、出ていたことを親が売りとばしたのだと思っていたのです。よく東北で、冷害のために、娘を身売りに出すということが、戦前まで行われていたのです。女中さんとか、女郎さんとしてです。
 そういう職業も大変ですが、見世物小屋というと、さらに注目を集めるので、気の毒な仕事であり、不幸の極みに見えます。で、親が、育てきれないし、捨て子の一種として、預けたと考えていたのです。

 さらに、別の側面から、普通の健康な子供だったのに、見世物小屋の主人が、四肢を切って、さらに効果が上がるようにしたのだとも誤解をしていました。
 しかし、その二つとも、100%の誤解でした。

 彼女はこの上ない不幸に見舞われていましたが、一方で、最高に幸せな人であり、その話は他人の胸を打ち、一種の宗教家と最後にはなっていった人なのでした。それゆえに、東本願寺が、教理の、公布のために、展覧会を開いているのです。

 まず、四肢がないのは、遺伝的な障害ではなくて、切断によるものですが、その原因は、脱疽とか、壊疽と言われるもので、命を救うために、四肢を犠牲にしたということでした。足のしもやけが原因だったのです。
 暖房の発達した今では、しもやけというものはほとんど聞きませんが、私が子供のころはしょっちゅうかかっていたものです。足の指が一種の凍傷みたいになって、紫色にはれて、やがて組織が崩れて、膿みたいになるもので、ダマリンとかいう薬を塗っていました。

 私は皮膚が全体に弱くて、唇もしょっちゅう荒れていて、紫色の薬を塗られていました。ダマリンは、白いクリーム状だったので目立たなくて好きな薬でした。今でも目や口の端っこが荒れていますが、今の薬はたいていが透明なので助かります。便秘も治ったし、飲み薬はほとんどいらなくなって、低空飛行ながら、大体いつも同じレベルで暮らしているのですが、昔は、私を含めて、子供は病気にかかりやすかったのです。私は何度も「お前は、腺病質だから」と言って、危険なことはやらないように、外遊びもできるだけしないように、おんば日傘(?)で育ったみたいです。母自身も、線病室だ、せん病質だ」と、言われて育ったそうですよ。ともかく、昔は、こどもは病気にかかりやすく、すぐ死ぬものでもあったのです。

 だけど、精神的な問題では、我が家では、大体家族全体が冷静で、メンバーの批判をずんずんするし、それは、数代前からだし、で・・・・・こういう家族は、「出世をするという意味では、効率は悪いな」と思いますけれど。仕方がないのです。
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副題3、『中村久子と大原麗子・・・二人の父親は、決定的に違っていた』

 中村久子さんが、不幸だと客観的に見えるのは、父親が早死にをしてしまったことにも帰するでしょう。昔の庶民の家(中村さんは、たたみ屋さんだった)とか、女性そのものには経済力がなくて、お母さんは、再婚しなければなりませんでした。

 その前の実父が、久子さんを、強く愛してくれたそうです。それは再婚後の継父が冷酷な扱いをした(座敷牢に閉じ込めた)ので、差が際立ったそうです。今でも、連れ子を虐待死はよく聞きますが、男性優位の昔の社会で、連れ子のあるような条件の悪い女性を、妻にめとるような男性は、どこか性格的に、欠陥があったのかもしれません。また、四肢がないということで、将来性がないとみられて、それによって、虐待に近い扱いへとなったのかも知れません。学校にもむろん行かれなかったのです。

 この継父の家の祖母にあたる人も意地悪だったそうです。が、同居か、別居だったかはわからないものの、母方の祖母が、非常に愛情豊かな人で、あり、彼女は救われました。

 ところで、大原麗子さんは、実の父親が、子供たちやら、妻に暴力を振るので、愛されたという思い出を持っていないのです。これも彼女の最晩年の、寂しさや不安を生んだと思います。大変きれいな人なのに、内面での充実がなかったのです。かの女は撮影現場でも孤独だったらしいですね。大勢の人と分け隔てなく付き合うということはとてもできない人だった模様です。
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副題4、『慈愛に満ちた祖母(久子)と、いじめてくる叔母(麗子)の差』

 中村久子さんが、感謝している相手は数多くいるのですが、最初に上げているのが祖母です。この人は東本願寺はの熱心な信徒で、やさしくてかつ賢い人だった模様で、学校へもいけない久子を、人々と積極的に交わらせようと努力をしました。

 展覧会では、いつ、どういう風に同居をしたのかが書いてありませんが、お母さんが継父(二番目の夫)との仲をよくするように努めて、(異父兄弟党が生まれたのかもしれませんが)、実母を招き入れたのではないかと感じます。久子さんは継父に、虐待をされた時期もあったそうですが、別の時期に祖母から、玄関に出るように言われて、どんなときにも気おくれをしないようなしつけとマナーを植え付けられたと言っています。または、実父が死ぬ八歳までの記憶なのかのしれません。

 祖父母というものにとっては、孫は大変かわいいものです。でも、大原麗子さんの口からは、祖父母の思い出が語られることはありません。実父の側の、祖母の思い出も語られないし、母の実家の祖父母についても語られません。しかもまずいことに、叔母にいじめられたという思い出が語られるのです。

 あのね。これは想像で、例の見て来たような嘘を言いの類ですが、そのおばさんが昔の言葉でいうオールドミスとか、「行かず後家」だったとしましょう。戦前や戦後は、女性は結婚をするのが当たり前であったので、非婚の女性はある意味での差別の対象でありました。ココは、現在のお若い読者には、反発を招く表現ではあろうと思いますが、それでも、事実として、そうだったのです。または、戦争によって、男性の数が少なくなっていたので、女性で未亡人だったり、未婚だった可能性はあります。
 でも、どちらにしろ、このおばさんが、意地悪だった原因のひとつに、おばさん自身が社会から、そこはかとはない差別を受けていて、それゆえに、より弱い存在である麗子ちゃんに当たったという可能性はあります。

 それから、インテリは、子育てがへただと言うことがあります。麗子さんの母が元先生だったというぐらいですから、その姉にあたるおばさんも知的な人である可能性は強いのです。このインテリであるということは子育てにおいてマイナスの要素の一つです。子育てには盲目的なほどの、一種の動物の本能に近いレベルの愛情が必要です。
 しかも、後年、女優になっていく、大原麗子さんですから、小さい子ながらの、お色気というものもあったでしょう。それを、堅物のおばさんは嫌ったと思えばよくわかります。

 しかし、問題はお母さんなのです。これが大問題なのです。
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副題5、『実母が決定的に、違う心情を持っていた』

 中村久子の母は明治生まれの人です。しかも、田舎の畳屋さんに嫁いだ女性です。なんら、優越ポイントを持っていない人でした。でも、余裕ができた後か? 座敷牢へ閉じ込められていた久子を、自立できるように徹底的にしつけます。ご飯を食べることから始まって、ありとあらゆることをしつけました。それは、大変厳しい教え方で、絶対に、自分ひとりで、それが、できるようになるまで解放をしなかったそうです。当時は、泣いたり恨んだという久子も、後年、大きく母に感謝しています。で、どこかのお寺に石造りの悲母観音を寄贈しています。

 彼女ができることは驚くほど、多くて、和服(大人の女性用の銘仙の着物)を縫ったり、より小さな、日本人形用の、着物も、自分ひとりで縫っています。そして、それを、三重苦の聖女として有名なヘレン・ケラー女史にプレゼントをしています。

 久子は、そのような自立の力をつけてもらったうえで、一生を生きていく生活費を得るために、見世物小屋に入る決意をします。ここが、私がもっともおおきな誤解をしていたところなのですが、彼女は自らの意思で、興行界に入ったのです。それは、20歳の時であり、既に子供でもありませんでした。
何事も命令されてやるのは不幸ですが、自分が決定して、自分から入っていったのだったら、耐えられるものです。そして芸といっても、口で筆を咥えて「書」を書くことです。きちんと書道の先生について、立派な書を書いています。その書道の先生は、いつのときも、品を保つようにとも、教えたそうで、彼女はお寺の縁日などの、見世物小屋でも、気品を保って、芸をしていたのです。キャッチコピーこそ、だるま女というどぎついものでしたが・・・・・

 一方の大原麗子さんですが、お母さんに大問題があったと見ます。悪人だったというわけではなくて、愛を知らない人だったと見ます。夫のいらいらも、彼女のやさしさとか、できすぎた女である態度とかが、生起させたのかもしれません。

 そして、女性というものはフロイトの言う通りで、概して、娘には愛情を抱けないものなのです。そのうえ、『この子がいなかったら、再婚が自由にできたのに、邪魔だわ』と潜在意識の中で思ったかもしれません。それは、番組の中で、母からの手紙の実際が紹介されて、その中で、麗子が本当に求めていた「家へ帰ってきなさい」という文言がなかったという解説の声が、かぶさったので、やはりそうだったのかと思い当たったことです。実母の、実の姉がいくら麗子さんを嫌っても、実母である妹の方が、それに激しく抵抗をすれば、手は、お姉さんは出せないものなのです。この際の手というのはひっぱたいたという行動をさすのではなくて、心理的ないじめを指します。
実際のところは、実母の中に、愛は、芽生えていなかったということです。お母さんは、麗子さんを置いて、弟さんの方をつれて出ていれば、母の愛に目覚めたかもしれません。だが、男の子は家の跡取りとしてのこされ、それを切に希望した麗子の方だけを、つれて出たので、結局のところ、深くて、真実の母の愛までは、到達し得なかったのかもしれません。だから、NHKの番組内で解説をされたとおりに、彼女には帰る家がなかったのです。

 でも、お母さんが仕事をする人としては優秀な人であって、後姿として、彼女に働くことを教えたのは、よかったですね。一種の不良として六本木をさまよいながらでも、いざスカウトされれば、ちゃんと、女優の仕事はできたからです。
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副題6、『大原麗子と、中村久子、その結婚の形と目的の違い』

 中村久子さんは、心の面ではごく普通であることを、目的として生きてきたのです。
しかし、人生の途上で、数々のよき指導者と出会います。上に上げた芸事としての書道の先生も常に品のよさを保つように教え、次ぎの大きな出会いは、肢体が不自由ながら、神戸女学院の購買部で働き、経済的に自立をしている女性でした。また、宗教的な指導者にも次々と出会っています。
でも、41歳までの生活のばであった見世物小屋の座長もいい人だったと、推察されます。久子の境遇をよくわかっていて、夫たちを、紹介したり、夫婦で、一座の中で暮らすことができるように取り計らっていたみたいです。
一人目の夫は、関東大震災のときにか、なくなり、二人目の夫もなくなりましたが、三人目の夫が春琴抄の登場人物であるかのごとく、久子を守り、助けました。久子は、この夫との愛を信じて、威張りくさっているところもあったと、周りにいた人が証言をしています。

 久子は、口、歯、また、へらとも鍵とも付かぬ道具の三つを使って、お裁縫まで、自分できましたが、四肢がないのですから、介助は受けたほうがよく、そのためには、結婚をするしかなかったのです。最初の夫に操を立てて未亡人として暮らすなどとは彼女にとっては贅沢の一種でした。

 彼女はどんどん、よき出会いに恵まれます。人生の地平が開けて、著作をする人、または、講演をする人として、いわゆる文化人へと、変化していくのです。これは、一回も学校へ通ったことのない人の出世(?)としては、ある種のシンデレラ・ストーリーです。もし、これが現代の話であれば、妻と夫はやがて、話も合わなくなり、離婚に至ったということになるかも知れません。でも、彼女は、どんなにえらい立場の紳士と、出会おうとも、みせもの小屋の座長が世話をしてくれた年下の夫と別れることはありませんでした。
そういう行動の芯の中には、人に感謝する心があった模様です。その時点までの、夫が自分に対して、やってくれたことへの深い感謝が、わき目を振ったりは、しないことへつながりました。欲が深くは、ないのです。
 ともかく、お互いに必要な人として、かつ、表も裏も、公的な生活も、私的な生活も一緒にいる人としての、夫であり、妻でした。久子さんは、見世物小屋という大家族の中で、20歳から41歳まではすごしています。だから、ほかの家族とか、ほかの夫婦を見る機会も多かったでしょう。それで、親の姿からだけではなくて、この様な共同生活をする見世物小屋の内部でも、学ぶ機会が多かったと推察されます。

 動物園でも、動物園で、生まれた象とか、トラや、熊が子育てをしないので、母親が育児を知らず、赤ちゃんを虐待するので、飼育員がかわって育てるということが、よく言われます。実は都会の、核・家族制度は、人間社会(特に、日本)の社会に、大きな禍根というか、問題を生んでいるのかもしれないのです。子育てなんて、面倒極まりなく、親に労働と奉仕を要求するものですが、そんな基本的なことにさえ、わきまえがないので、なくから面倒くさいから、ご飯をやらないで、自然死を待とうなどと言う考えの親が多いのかもしれません。中学生になって、餓死に近い例が、報告をされていますから、それ以外の発見されていないケースで、恐ろしいことが多発している可能性はあります。

 そういう実例を身近には見ていなかった人の一人としての、大原麗子さんは、芝居やテレビドラマで、夫婦生活を見ることはあっても、それは、ドラマチックな場面が切り取られているわけで、ごくごく普通のところが、見えていなかったわけです。

ここで、ちょっとした余談に入りますが、フジテレビの番組で、とんねるずの食わず嫌いというのがあります。あれを番組の推薦ランに誘われて何回か、見ていますが、最初はなんて下らない(=意味のない)番組だろうと驚き入ったのですよ。だけど、だんだん違う考えにもいたりました。 『これは、昔からあるごく普通の夕食の景色を再現しているのだ。と、言うことは、今では、そのごく普通の夕食の景色というのが社会の中から奪われているのだ。だから、一種の理想の食卓の形として、この番組は、提示されており、視聴者に支持されているのだろう』と、わかってきたのです。
 夫婦なんて、「一緒に子供を育てる」とか、「一緒に朝食と夕食を食べる」とか言うことで、形成されていくものだと思います。そういうごく普通の時間を一緒に過ごすことが、女優だとできなかったわけでしょう。相手からの呼び出し次第で、動かなくてはならない仕事ですから。しかも、夫が、マネージャーとか、一般男性であったりするケースだったら、相手が折れてくれるでしょうが、彼女の二人の夫は、どちらも、スケデュールが複雑な人で、そちら側から、麗子さん側に折れて出る可能性はなかったのです。

 それでも、家庭像が飲み込めている女性だったら、一週間に一回ぐらいは、それを成立させる日を作って、あとは『ごめんなちゃーい』ぐらいで、済ませられるのだけれど、大原麗子さんには、そのごく普通の家庭像と言うのは飲み込めていなかったと思いますよ。だから、個性的な二人が、とげも納めず、同じ空間にいるということになって、しかも、金銭的にも老後の介護と言う意味でも、相手を必要としていないから、やがて離婚に至るのは当たり前です。
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副題7、『大原麗子と長電話』

 全く対照的な二人ですが、中村久子さんに四肢がないという障害があったわけですが、大原麗子さんにも心の中に、障害があったのです。そのことをだれも認めたがらないが、育ちの過程で、十分な愛情を与えられなかった人は、いい意味での自尊心とか、自己愛とか、自立心とかの面で欠けているところがあるのです。  

 で、もし、彼女の結婚が、いまだに継続していたら、絶対にやらなかったであろう、友人たちに長電話をかけて嫌われるということになってしまいました。

 草間弥生なんかも、もし、精神病院で夜を過ごすのでなかったら、電話を誰彼にかけまくった人になったでしょう。ところで、私が心配するのは、今は、インテリのお母さんが多いということです。私の母は、資格は別に何もなかったが、いわゆる、頭の良い出来る女で、家庭の中に常にいたのですが、事実上の、キャリアーウーマンでした。ので、私は、大原麗子と似たところがあります。ただ、家庭を持ち、子供が二人もいるし、何とか、何とか、普通に生きているわけですが

・・・・・その私もまた、そのインテリのお母さんのひとりであり、また、子供にさびしい思いをさせている家庭という連鎖の中の一人なのです。だから、子供たちから、「普通であってほしい」と激しく抵抗をされ、かつ、そのように、願われました。で、私はできるだけ、普通であるように努めているのです。特に45~55までは、そのことだけに、が、専念しました。最近です。個性横溢の、芸術家魂を、発揮できるのは。

 つくづく思うのですが、親子関係って、人間の基本部分を作る大切なものです。で、うちの主人は、『女性は、大学を出る必要はない。高校を出たらすぐ結婚をした方がいい。そして、若いうちに子育てをする。一人ではなくて、二人以上。そのあと(35歳以上か?)で、学びたい人は、大学へ入ればいい』と言います。それは、極論ででもあろうが、・・・・・
 私は、お父さん(男性)の給料を絶対に上げる必要があると考えています。今のお若い方への低収入への、縛りは変ですし、年功序列制度を外したのも変です。
 
 大原麗子さんは、お顔が抜群にきれいだし、感性も豊かなので、若いうちは、その隠されていた欠陥(親からの十分な慈しみが足りないせいで、いつも不安感に満たされていた)が、表面に出ることなく、暮らして来ることができました。それなのに、最晩年で、その弱点がご自分を苦しめたのです。ある種の被害者です。もって瞑目をし、哀悼の意を表します。

 ただ、彼女のためを思って、彼女のこの世への貢献を語れば、その美しさによって、
広い範囲の、不特定多数の人に慰めを与えていたとは、言えますね。さすれば、その人生も十分に意義があるということになるでしょう。

   2011年21日に書き始め、23日の早朝にいったん纏め上げ、午後三時に推敲終える。

                  雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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偉大なコレクター、その威力と魅力、川西英と、安宅、大原、米国の富豪

2011-11-19 19:27:35 | Weblog

 木曜日から、土曜日にかけて、建造物は、1、大原美術館、2、(犬山城)、3、姫路城、4、西本願寺、5、東本願寺、(東寺)、
美術館は、6、徳川美術館、7、大原美術館、8、ノリタケの森、9、東本願寺ギャラリー(中村久子展)、10、大阪市立東洋陶磁美術館、11、京都国立近代美術館(川西英、コレクション展、主に、竹久夢二)、12、京都市立美術館、(ワシントン、ナショナル、ギャラリー展・・・・・主に印象派を、展示)
  などを回ったので、今、疲れ切っていますが、いろいろ、書くように努力をしましょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~
副題1、『たった一人の、国内旅行も結構楽しいのだった』

 金曜日の夜、東京新宿で、友達と夜遅くまで歓談していた私は、なんと、もう一回京都まで戻ってきているのです。

 本日、京都国立近代美術館の帰りに、京都駅への、地下鉄の利用方法を教えてくれて、ずっと一緒に歩いた、奥様連中が、教えてくれたのですが、金閣寺を、ブータン国王ご夫妻がお訪ねになったのですって。旅に次ぐ、旅で、動きまわっている私は、インターネットもやっておらず、テレビも見ないので、何も知りませんでした。

 国王の行先は、金閣寺だそうです。有馬さんという金閣寺のトップに、なにか、よくないことで、ニュースになった過去が、この2年以内にあると思うので、ブータン国王はそのマネーロンダリングのために、お招きを受けているような気もしてきました。そういうことって結構あるのですよ。
 でも、まあ、今は、幸せな状態の中にある私は、そこに、目くじらを立てるのはやめておきましょう。

 ところで、新宿でデートした
 その友達はパリから、わざわざ13時間もかけてきているので、『ああ、もっと京都にいたいから、約束をキャンセルしましょうよ』ともいえないのです。むろん、私のためだけに来たわけではないのですけれどね。

 木曜日から、金曜日に、かけて、徳川美術館、大原美術館、ノリタケの森だけを見たのでは、欲求不満に陥ってしまったのです。一泊二日で、しかも、それぞれの、場所が離れているうえに、美術館って、たいていは朝の10時から午後の四時までに入らないといけないシステムですから。

 そして、よく考えてみると、私は国内を、純粋な楽しみのために、旅行をしたことが過去には、ないのでした。
 この30年間、海外を一人で、または、二人だけで、いわゆる個人旅行をしています。それを、日本で当てはめるのは、一人ぽっちの孤独感を感じて、よくないだろうと、いままでは推察していました。みんな誰かと一緒ですからね。しかし、結構のレベルで楽しいのです。大丈夫でした。私にとっての、国内ひとり旅行も。それだけ、自立できたのかなあ?

 が、小田原から6時15分のひかりという朝一番で、出発しても、先ほど言った、<美術館は、10時から16時までに入館しないとだめだ>というルールがあるので、夜が無駄になります。で、木曜日は、名古屋近辺で、犬山城を十分に拝観できなかったのが、強烈な欲求不満を生みました。

 で、交通費は、無駄になるが、一気にある程度までの満足を得るためにトンボ返りをしたのです。大阪へ向かって。
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副題2、『古いものを、訪ねるというテーマなのだけれど』

 私は普段は、徹底的に新しいものを見ているのです。もっとも新しいものが好きなのです。だから、画廊が好きで、一般的な場合は、美術館は好きではないのです。何とも、古っぽく見えてしまいます。が、テレビから入る情報によって、安宅コレクションと、大原コレクションは、気になっており、それは、一回は見ておかなくてはいけないものだと思っていました。

 『坂の上の雲』ではないが、日本人がもっとも、健やかな時代の、もっとも、文化的な教養の高い人のふるまいだからです。魅力が、十分すぎるほどあります。

 でも、もちろんこと、その陰には、とんでもない裂け目が必要だったのです。『12時間も連続して寝たのよ。これは、めずらしい。これは、絶対に生かさないとだめよ。めったにないチャンスですから』と、いう思いがないと、普段通りに、『私は銀座で、新しいものを見るのが好きなのです』だけで、終わったと思います。殻を破ることはなかったでしょう。

 それに、パリから来た友達が、「これが、日本を訪れる最後の旅になると思うから、今まで行ってなかった四国を旅しておこうと思うの」といったことも刺激になったかもしれません。

 お若い方は、『何だろう。それ』っとお思いでしょうが、70歳前後になると、そういう風に、しまっていく扉の季節になっていくのです。決して、上昇だけではない人生というものにも気が付きます。で、その両方から、再び一人で、土曜日に京都を、訪ねたのですが、その二日前に見た、3つを合わせて、5つとも、大変好ましい美術館であり、好ましい企画展をやっていると感じました。

 それは、ほぼ、30年前に、大川美術館と、足立美術館を訪ねてころとは全く違った思いと、なります。今の、大川美術館と足立美術館がどうなっているのかは知りませんが、今回訪問した5つの、美術館ほどの親しみは、その30年前の時には、感じられませんでした。
 大川美術館については、創設者に対して、知識不足だという面もあったのか、印象が薄いのです。足立美術館については、『お値段の高い、高級なものを集めています』と言うムードが前面に立ちすぎていて、それに、『竹下首相なんかも、日本画のコレクターだと聞くが、足立さんも、竹下さんとは、親しかったのかしら?』、などと不純な、想像もしてしまいましてね。で、感動できなかったのです。

 30年前とは、違って見えたのは、ボランティアがたくさん手伝っていて、学芸員オンリーではない、お客が参加しているという意識も見える、ことも原因だったでしょう。受け手側の積極的な態度が、美術館自体の、愛らしさや、intimasy
(親密感)を生んでいるのです。それが、大いに感じられたからでもありましょう。

 愛されている美術館という趣が強かったのです。
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副題3、『大阪市立、東洋陶磁美術館の、好ましさと品の良さ』

 土曜日は日本全国的に、悪い天気だったのです。が、そんな気配の中でも、旧安宅コレクションを収集する大阪市立東洋陶磁美術館には、お客さんがいっぱいでした。そして、お客さんのレベルが、5つの美術館のうち、最も高かったのです。
 もっとも大衆的だったのが、京都市立美術館の、ワシントン、ナショナル、ギャラリー展です。若い人でいっぱいです。画集、全集、または、美術の教科書に載っているような名品があるのだから。大衆的といっても、軽蔑するべきではなくて、みんないい顔をしていますよ。

 それから、徳川美術館も大人気です。こちらは、定年退職後の善男、善女がいっぱいです。みなさん、いい顔をしていますよ。でも、雨のなかを、わざわざ出かけてきた、熱心で、かつ静かなお客の、様子は、やはり、『上等で、ござんした』というしかない、かんじでした。

 この美術館は、もう少し、広く、大きくてもよかったかなあ? 今日は、企画展で、小さな鍵煙草入れの、コレクションがありました。掌中の美といって、本当に、懐へ入れて楽しんだものらしいです。根付けより、だいぶおおきめで、なつめぐらいのサイズですが、ずっと華やかな文様と色彩の、美を誇る名品揃いでした。美煙壺というらしいものです。

 私はたばこを吸いませんが、たばこは文化、その物、または、周辺に、文化をを生んだアイテムでもあるのです。心理的にも財政的にも、余裕の表れの一つだったのに、今は罪の意識を感じさせる、貧しい、貧しいものへと堕させられています。この日本の精神状況がひどく細ってしまって、ヒステリックになってしまっていて、文化とは遠い状況になっているのが、例の、喫煙家いじめの諸相(条例で、禁止、または、分煙を強要したり、するものと、大増税の件)です。

 ところで、この上等な雰囲気は、やはり、安宅英一氏の執念と、審美眼の高さがもたらしたものでしょう。特に人生が、会社をつぶすという悲劇に終わったので、何とも意義深い感じです。神様は、ここで、この集客力、しかも、質の高いお客さんの集客力をもたらし、安宅英一氏を、顕彰していると感じます。

 ただし、私がごく普通の状態でいて、しかも、雨が降っていなかったとして、かつ、安宅英一氏が、悲劇の人でなかったとしたら、ちょっと違う見方をすると思うのです。

 私は骨董という趣味が嫌いです。そのうえ、陶磁器を好きな人にも、『スノッブだなあ』と思う気持ちを捨てられません。というのも、その世界は圧倒的に金が絡んでいるからです。最初から大金持ちでないと取り組めない世界だから、安宅氏が悲劇の人生で終わらなければ、何も知らないし、興味も持たなかったと思います。

 一方で、これから取り組む川西英(ひで)氏は、非常に好ましいコレクターです。しかも、莫大な量の美術品のコレクションがあります。主に紙の作品です。でも、日本画家の本画を収集したわけではなくて、ご自分と同時代の作家の、版画とか、イラストを集めておられるのです。最後に富本憲吉の壺が何点かありましたが、あれは、国画会の会員同士で、友達だから、買ってあげたものでしょうし、富本さんの方も、『お互いに、交換しましょう』とおっしゃったりしているのかもしれません。

 ここで、川西英さんには、どうしてコレクターとなるだけのお金があったのかとグーグルで検索をしてみますと、船場の回船問屋の、七男なんですって。これはね。持ち屋とか、家作(他人に貸して、家賃収入を得る一軒家のこと)を五軒ぐらい作ってもらえばそれを、当てることはできます。でも、長男ではないから、家業を継いだわけではなく、ご自分はサラリーマンとして働いたのですが、郵便局長さんだから、一般の人よりは楽だったかもしれません。

 それは、昔は地域の有力者で、かつ頭のいい人でないとできない職業でした。ですから、給料もちゃんと入るし、美術作品を収集する資金はあったわけです。特に何度も言うように、紙の作品ですし。しかも、wikipedia でも、はっきりそれについて触れているが、交流が活発な人で、お互いの、作品交換をして、手に入れたものも多いのだそうです。

 ただ、その際には川西さんの方の作品もよくないと成立しないので、それが成立したとことは、理想的な収集態度です。

 そして、首尾一貫性もあるのです。優しさという意味での。同業のアーチストが、芸術一本やりで生きていたら、給料が定期的に入る川西英氏の方が、絶対に経済的に余裕があるはずです。一枚を、交換すると同時に、さらに、次の、一枚ぐらいは、お金を出して、買ってあげるという形だったのではないでしょうか。

 夢二以外のコレクションでも、非常にやさしげな作風の、かつ美しいものを、たくさん集めておられます。夢二のものは、川西英氏の全コレクションの、三分の一にしか当たりません。これがどうして、神戸ではなくて、京都に寄贈されたかを、考えた時に、京都は、竹久夢二の個展として、ゆかりの場所なんですね。

 で、京都側が、学芸員等を出して、整理の作業等をしてあげたのだと思います。それで、川西氏のゆかりの地である、神戸ではなくて、京都国立近代美術館に、このコレクションが来たことを納得しました。

 なお、あと少し続きます。だが、大変に疲れているので、メモ程度におかせてくださいませ。
 それは、自分が国画会に、出さなくなったことを残念に思っているかどうかについてと、
<<<川西英、氏も、その三男である、祐三郎氏も国画会の会員です。
 また、
 収集品が、大原美術館、京都国立近代美術館、および、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの、三館で共通する傾向があることなどです。で、やはり、ワシントン、ナショナル、ギャラリーに名品が多いのですが、

 ラベルを丁寧に見ると、持ち主としては個人名が、多かったので、持ち主が作家との個人的な付き合いがあったから、手に入れたという形ではなくて、サザビーや、クリスティーズとなどという、オークション会場で、手に入れて、保管を兼ねて、立派な美術館にあずかってもらうという形だと感じました。その手の大金持ちのうち、大富豪は、個人の名を貸した、独立した美術館を作っているのですが、それほど、たくさん作品を保持していない大富豪が、首都ワシントンにある立派な美術館だからと信じて、名品を預けているのだと感じます。
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 このラベルの件ですが、まず作品名が記載をされており、次ぎに技法や、制作年度が、記されていて、最後に所蔵者の名前が出ている形式でできています。大阪市立東洋陶磁美術館のそれには、住友グループ寄贈というものがたくさんありました。これは、法律的には、正しいことでしょうが、住友グループ内の、誰かが、心血を注いで、集めたものではないので、旧安宅コレクションと、かっこでも、つけて入れるべきだと思います。安宅コレクションの名前を残すことも文化です。後、30年もたつと委細が忘れ去られる危険性もありますですから、ラベルの改変を望みます。『かっこ』として、住友グループの次に、安宅コレクションと入れておけばいいでしょう。
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 このようなアメリカの大富豪が、コレクターとしての、普通の姿かもしれないけれど、もしそうだとしたら、『川西英は、稀有なほど、純粋で、自他ともに、幸せなコレクターだ』といってもよいでしょう。
 
 本日、亭主に叱られ叱られしながらも、突然、東京の新宿から、小田原経由で、もう一回大阪とか、京都に来てしまったのは、この出会いのためだったのかと、納得をしました。どうしてか、こちらの方にやり残したことがあるような気がしてたまらなかったのです。今、見ておかないと、東京へは、このコレクションは、私が生きているうちには、巡回しないような気がします。それに、単に竹久夢二展と聞けば、偏見を持って、『関係ないよね。私は、抽象画の人だし、』と思っていかなかったような気がします。

 たまたま、京都の美術館の収蔵品(常設展)を見るつもりで、やってきて、思いがけないいいものを見たということになりました。ラッキーです。

補遺
 私は結婚をした時に、narumi の葡萄文様のお皿を一通りそろえました。楕円のものも大、中二枚、深いスープ皿、肉皿、ケーキ皿と。ポットや砂糖壺は揃えませんでした。が、普段使いをするものですから、割れて来て、書い足しをしました。その新しい方が、ノリタケの製品です。美術館内でみると、1972年新発売の、Victorian Blue というものでした。

 これの方は、narumi のブドウ門尿揃いよりは、さらに買い方を控えて、大きめの肉皿とケーキ皿を、6枚ずつのみで、スープ皿も買わなかったし、もちろんポットもこーフィーカップも買いません。楕円形のお皿も買いませんでした。どうしてかというと、結構お高いものだからです。これらは、新品でも高いのですから、オールドノリタケになったら、どれほど、高いことか。

 さらに高いのが、安宅英一氏が集めた、東洋、韓国や中国の白磁と青磁です。すごいお金の散財だと言えば言えます。だから、特殊な分野というか、特殊な階層のなかだけの話です。それに比べると、川西さんの、コレクションは、保存という意味では脆弱なものですが、誰にでも、手が出せるお値段のものだし、絵ごころも、満足させられるものだから、好ましいのです。

 でも、安宅氏の実績が美術館の展示の中の、どこにも残っていないと、変ですし、それは、やりすぎだと感じます。住友グループさんは、借金を棒引きするという形で、莫大な金銭を放出しました。それは、大阪市民および、私のように遠くから来る人間も入れれば、日本国中への貢献です。特に外人も見に来ていましたから、世界への貢献です。イスタンブールのトプカピ宮殿にも、中国陶磁器はたくさん収蔵されていますが、あれは、王様という大金持ちだから、集まったものです。だから、特徴がありません。が、安宅コレクションには、相当なレベルで、統一感があります。

 これは、仮定の話ですが、今、安宅氏が、支払ったと同じ、金額を出しても、同じものが手に入るとは、とても思えません。世の中が、デフレと言えども、あのクラスの収集ができるわけでも ないでしょう。やはり、安宅氏に、上質の審美眼と、執念というほどの集中力ががあったからできたことです。

 今、各企業にいて、安宅産業を、撤収させた・・・・イコール、金銭的損失という意味で、煮え湯を飲まされた人たちは、引退しているのではないかしら。そちら側は縁の下の力持ちになってもいいから、安宅氏の名前は、あれらのコレクションに残すべきです。もちろん、旧安宅産業が、つぶれたことによって、苦汁をなめた内部の社員もいることでしょう。そういう人も、許しを与える時期に来ているのではないかしら?

   2011年11月19日、   雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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徳川美術館と、大原美術館を、一日で、はしごしたが△

2011-11-17 19:43:43 | Weblog
 私としては大変珍しいことに国内を旅行しています。今夜は姫路に泊まっていますが、古いものを探索しに出歩いています。木曜日は、徳川美術館から大原美術館へまわりました。明日朝、姫路城を見学するつもりです。で、ブログが更新できていないのは、恐れ入ります。
 まあ、健康で、すごしていますので、ご安心ください。

 ところで、少し旅行について、駄文を足します。

 私はこのブログを維持するために、徹底的な摂生をしていて、ほとんど毎日同じ形の生活を送っているのです。ネコもいるし。前だと四人家族だったから、夫婦が二人とも、どこかへ行ってしまっても、子供が面倒を見てくれましたが、今は、老人が(この字を使いたくないが、69歳ですからね。そうでしょう)二人だけの家ですので、猫のためにも遠出はできません。

 主人が「こんな時間に出るのじゃあない。無理するな、無理するな」と、言うのに、強引に出てきたのは、どうしてかというと睡眠時間の関係なのです。私って、今日(16日の木曜日)もそうですが、大体連続24時間起きています。実はフェイスブックの点検が忙しくて、その分、睡眠時間を削っています。

 で、いうなれば、慢性体調不良です。これって、放射線被害などに、遭うと出てくる障害などと同じだろうと思いますが、それでも、パソコンを打つことは慣れていて、大体、普通にできるのですね。どんなに不調でも、何とか、まとめていきます。

 で、24時間起きていて、5時間か、7時間寝ます。こういうのは、非常にまずいので、10年前は、左側の背後が、猛烈に痛くなったのですが、仕方がないという感じで、今も、同じような無理をやっているわけですが、今は、本作りとか、版画とか、油絵を、縮小していますので、なんとか、つじつまが合っているのです。

 いや、お若い方は、4重にも5重にも並行してお仕事をなさってくださいまね。それができるのが若さですから。たまたま、火曜日の昼間、なんと、12時間も眠ることができたのです。びっくりです。熟睡したまま、12時間も寝るなどということは、私の場合、あり得ないのです。いつも気を張っていて、寝ているのか、寝ていないのかわからない感じで、猫が、入ってくればすぐわかりますし。

 それを、避けるために、ドアを閉めていたら、にゃんにゃん呼ばれるので、かえって起こされますから、いつもドアを開けて寝ています。そして、猫は、四時間ぐらい寝ると目を覚ますのですね。そして、夜の10時から、朝の4時までは主人の布団にますが、それ以外の時間帯は、私の布団の中に入ります。

 ものすごく気を使ってくれていて、両方を慰めないといけないと思っています。
 ともかく、驚くべき長時間の睡眠を経て、起きたのが、午後の五時です。これは、利用しない手はない。となって、旅行に出たのです。五時から、家事をあれこれやって荷物作りとかして、家を出たのが、夜の11時半。こういうとっぴな非日常的なkとをするときには、主人には必ず、委細を書いた置手紙を置いて出かけるのですが、

 何となく、『様子が、変だぞ』と思ったらしくて、夜の10時半には、寝ている筈の彼が起きて来て、怒ること、怒ること。でも、私としては、12時間も連続して眠られたなんて、数年ぶりです。主人がどんなに心配しようと、「大丈夫よ」と、強引に説得をして、鎌倉から、最終便で小田原まで行ってしまっておき、ネットカフェで、これから、行きたいところの、アクセス、新幹線の、時刻表を探り、メモを取って、4時間ぐらい予習をしました。名古屋を、殆ど知りません。それと、山口県と広島県に親戚がいるのでかえって、途中の兵庫や岡山を知りません。 
 神戸と、京都と、四国は行っているのですが、大阪も知りません。

 で、朝早く小田原を発って、名古屋と、倉敷へ行ってきて、今姫路に泊まっています。
 男の人は、なんでそんな無理をするのだといいますが、女性、特に主婦は、この夜出かけるという意味が分かってくださると思う。朝早く出るというのは、かえって、主婦には無理なんですよ。いろいろ、なことを始めると、絶対に早くは出られない。毎日のルーティンワークが始まると、すぐ、9時や10時になっちゃうものです。だけど、夜は、いろいろなことが終わっているので、かえって出やすいのです。

 名古屋から、岡山に向かう途中で、ちょっと転寝しました。それで、倉敷の、大原美術館を見る、気もちが、すっかりリフレッシュされて・・・・・

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 ところで、私にとっては、本当に珍しいことなのです。古いものとか、歴史的な評価の定まっているのものを見に行くのは。

 普段はもっとも、新しいもの、最先端のものを見に行きますでしょう。
 ところが、驚いたことに、大原美術館の、別館(第五の展示棟)の地下に現代アートの名品があって、

 私がリアルな世界(アナログな世界)で、知っている作家さんとか、ヴァーチュアルな世界で、知っている作家さん(ただし、美術系です)の作品がありました。

 それと、もう一つ、乱暴な、感想ですが、

 徳川美術館の、人気の高いことにびっくり。観光スポットとして、選ばれていて、観光バスが横付けされていることもありますが、サポーター制度も、相当に機能していて、引退後の、紳士や淑女が様々な解説をしていました。そして、お客も、殆どが、65歳と思われる、善男、善女です。

 日ごろから感じていた、現代の日本で、最も幸せな世代は、今、65歳以上の人であるというのを、目の当たりにしました。

 年功序列を壊していはいけないと思いますね。

  では、2011年11月17日、  雨宮舜 (本名、川崎千恵子)

  
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夕食を、安心して、静かに、食べる、幸せ・・・・・が、それも瞬時に破られる?

2011-11-15 02:45:47 | Weblog
 今、15日の水曜日、午後10時です。今日、新しい文章を付け加えるつもりでしたが、これは、これで、ココで、終わりとさせていただきたいと存じます。それでも、初日の14日の深夜に、最初の文章へ、4000字を加えてあります。

 なお、フェイスブックと重なっている方に、もうしあげます。いつもそうですが、こちらの方では、膨らませていきます。発想も言葉も7倍以上に、膨らませていきます。それは、どうか、よろしく。
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*1、野上弥生子と家事。

 私は野上弥生子は、一作も読んだことがないのです。がその評伝の、そのまた書評が日曜日の書評欄に出ていて、それから思うところが多々ありました。書評子さんによると、野上弥生子の創作活動は、二人の女中さんと、ご主人のサポートに支えられていたし、軽井沢にも行きっぱなしでもあったそうです。
  
 私は、ごく普通の妻であり、母ではありましたが、1999年から2002年にかけて、一人暮らしを、逗子でしています。「ものすごくわがままだ」と周辺から言われましたが、パリで、三か月制作三昧の生活を送った時に、『自分は世界に通用する』という感覚を持ったのです。で、どうしても、世界に通用するアーチストになりたくて、そのためには海外に行かなくてはならないので、それを許してくれない家族から離れていたのです。

 この書評を読んだときに、その自分の三年間の、わがままの時期を思い出しました。で、穴があったら入りたいほど、『あれは、間違っていた』と、今思っているかというと、そうでもないのです。
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*2、もし、私が、家事オンリーの一生を送っていたら、どうなっていたか?

 でもね、誰に、わがままだと責められても、当時、絶対に、ひるむことがなかったのですよ。『それでいいのだ』と、確信していました。人間は、やっぱり、何かを生み出すために生まれてきているので、その技術や環境を生み出すために、選択したり、戦ったりすることは許されると思うのです。

 私は、どうも、その『生み出す人』なのです。それが、抑えられていて、刺しゅうや、洋裁をして、クッキーを焼くだけで、暮していたら、自分のこころが不幸だから、主人に対しても、高度な人間的理解を、与えられなかったと思います。偉そうに言って悪いのだけれど、私は人間が大好きで、家族に対しても、他人に対しても、相当に深い理解ができるつもりです。だけど、『自分の最上のモノを、この人は気がつかないとか、生かしてくれないのだ』という潜在意識的な恨みがあったら、他人を理解するどころではありません。夫に対しては、面従腹背。そして、自分の側では、不定愁訴に浸りきった人間となります。

 こういうマイナスのスパイラルに入っている女性は意外と多くて、そういうヒトが、70歳を超えたときに、突然に、認知症を患ったりするのかもしれません。
 だって、中流の上という、立派な家庭の奥様が、認知症になった後で、これまた、東大出身の立派な旦那さんの、腕を噛んだりするそうです。

 そこのお宅では、ご主人は奥様を愛しているし、何が問題だったかがわからないみたいです。
 私は、その理由を、教えてあげるようなおせっかいはするつもりなどないけれど、推察はできます。奥様はありとあらゆる意味で、優等生だったのです。何もかも、家族が幸せ・・・(ただし、それは、婦人雑誌に描いてあるような、または、テレビの世界の中にあるような幸せである)・・・に、なる様に、努力を重ねて、生きてきたのですが、体力がまるで衰えてきて、冒険が絶対にできなくなった最終段階になって突然に、抑圧されていた、潜在意識の中の不満・・・・・それは、『私は、私の人生を生きて来なかったのよ。もっとドラマチックな生き方をしたかったの。本当は、小説家になりたかったのよ』と、言うような実存的な不満が多いのでしょうが・・・・・に、突き動かされていて、起きるのだと、考えています。

 しかし、自分を抑えなかった、私は、そのマイナスのスパイラルを、切り捨てることができました。今でも、ある意味で、面従腹背です。が、仕方がなくて、取る態度ではありません。余裕を持って取る態度としての、面従腹背です。
 今、家族は私に対して威張りまくるけれど、それは、私がそれでも、平気な人だから、安心して、威張りまくっているのです。私は、小さな部分ではどうぞどうぞ、『私は、創作ができればいのよ』と思っています。
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*3『どうして、家庭に帰ったか?。そして、妻とは何か?』

 でもね。それでも、今、無事に普通に家族として、自宅で暮らしているのは、2400万円のお金が不安になってきつつある絶妙なタイミングで、猛烈な痛みを伴う病気になっちゃったのですね。それを治してくれたのが、主人だから、大芸術家になる夢はあきらめて、自宅へ戻り、お母さんと、奥さんをしているわけです。
 
 中途半端で、挫折したといえば、そうなんですが、それでも、三回も三か月ずつ海外で、版画三昧暮らしをして、残りの、九か月を文章を書くだけの生活をしたのは、圧倒的な自信・・・・(人に優越するための自信ではなくて、バカボンのパパみたいな、『これで、いいのだ』という自信ですが・・・・を生みました。あれが無かったら、メルマガ(閉鎖されている)も、グーブログも、フェイスブックもやらなかったし、できなかったと思います。しかし、妻というのは、100%の創作活動はできないのです。
 特に、病気を治してもらったうえで、帰ってきた家庭です。やはり、それ以前ほどの、わがままはできません。それは、主に、美術の仕事に繁栄してきています。
 私の主たる才能は美術の分野にあります。だけど、それをあきらめているのです。アートっていうのは道具立てが大きくて、また、ちょこまかっとした時間で、終わらないのです。そして、私が、美術系の、アイデアを練っているときは、雪の女王より怖いらしいのです。意地悪をするつもりはないのですが、周りに、鉄壁のバリアーができてしまうらしいのです。で、そういうタイプの人間は、家庭の中にいるのは無理なんです。
 で、それは、何とかなるわ。今はあきらめようと思っていて、そのかわりがパソコンで書くエッセイです。
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*4,『孤独でこそ、可能だった、修行の日々』

 テレビを見ないという方が、クリエイトをする世界には、何人もいらっしゃいますが、私だって、逗子で、引きこもっていたころは、テレビ(買って持っていた)は見ないし、新聞も読まないし、ご近所づきあいなんて、一切しませんでした。
 三ヶ月間暮らした外国での思い出を、文章に直すことに、残りの、九ヶ月を費やしていたのです。

 ここらあたりは、昔からの読者は詳細をご存じのところですが、今、振り返ってみると、確実にわかることは、エッセイをパソコンで書く場合の所要時間を、把握したことが大きいです。起承転結があるように、まとめあげるのに、大体、何時間かかるか、などが、わかっていることは、毎日健康で書き続ける、ことができると、目星をつけられることとなります。それは、数年に渡る計画でもありますが、一日単位でも重要なことです。途中で、家事をやって中断しても、アイデアが、消えないで、頭に残っています。
 そこまでの、塩梅とか、見通しができたことが、あの修業時代(=ひとりぐらし)の最大の成果でした。それも、自信となっています。

 書き始めて、終わりが来なかったら大変でしょう。それに、読んでいただいて、面白くなかったらそれも駄目でしょう。で、絶対に、面白いところで終わらせるという自信は、持っています。
 いや、毎回じゃあないのです。もちろんのこと、デモ、一ヶ月に一度は自信のあるものが書けます。特にテーマが小さいときこそ、文章がおもしろく書けます。というのも、こんな小さな話題に、皆様のお時間を使っては申し訳ないと思うので、大変たくさん点検するからです。

 そのおもしろさというのは、『笑える』という意味ではありません。どこか、忘れていた小さな思いをすくあげることです。世の中で、声高には、語られていないことを、語るときには、どうして、それを、今、私が皆様に、お伝えしたいかを丁寧に、丁寧に、突き止めないといけません。そうなると、文章がしっかりして言います。話題は小さくても、文章のしっかり感で、皆様におもしろさを感じていただけるでしょう。
 今日の文章がそれに当たるとはいえませんが、それでも、フェイスブックのメモ時代よりは、丁寧に丁寧に、行間を考察しています。
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*5、『書くか、書かないか、それが問題だ』

 実は偶然に入ったフェイスブックですが、そこで、六っかげつかんもみくちゃになるほどの、攻撃を受けました。今刺客として現れた人物を、四人ほどあげていますが、ほかに、数人、大きな存在として私を苦しめた人物がいます。そのエピソードは、それはそれとして、また、非常に字数を必要とするので、いま、書くか、書かないかを迷っているところです。が、それがきっかけで、フェイスブックに入った、フェイスブックへ、宣伝をできるスイッチ(シェアというもの)が今は利きません。

 私の場合、トラックバック機能も利かないし、アフィリエイト機能も利かないし、読者数もめちゃくちゃに嘘が、公開されています。9月の時点で、一二〇万でしたから、今は一五〇万を超えていると思います。満三年でです。デモ、最近では四十八万でしかないとか。嘘ばっかりですが、そのようにいじめられると、むしろ、確信をさらに強める私です。

 『ふん、ふん、言っていることがすべて、真実だから、このように、いじめられるわけですね』と、さらに、しっかりしてくる私です。しかし、常々、30%ぐらいのところまでしか、明かしていませんと、申し上げる私が、さらに、熱意を落として、今日は20%で、やっつけて逃げておこうと思う日ももちろんあるのです。体調の加減だったり、ニュースの行方を追うとそうなるケースもあります。

 たとえば、TPPです。11月6日発の文章の最後の方で、軽く触れていますが、それ以降もそれ以前も一切触れていません。その結果、何が起きたかというと、ニュースの流れが自然になりました。諜略行為が、減っているのです。『そうか、何も触れないのも、いいことなのだ』と、何年ぶりかで、秘めることの良さ、秘匿することの良さも感じているのです。

 で、そういう日は、軽く流しておこうと思います。で、お料理について触れることにいたしました。
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*6、『ここ三年間の、意識上の、大きな変化』

 私は、2009年末までは、大変煮忙しいヒトだったので、外食に派、時間を割きませんでした。グルメという趣味にも興味はなく、新宿なら、この店、渋谷ならあの店、池袋なら、この店、銀座ならこの店と、決めてあり、そこ以外は入ったこともないくらいです。
 それらは、値段がリーズナブルでかつおいしく、かつ待たせないお店です。

 ところが、二〇一〇年に入って、大変化が怒りました。それは、ギャラリー山口のオーナーの急死を機縁として起こりました。この方の死は、気の毒で気の毒で仕方がなく、未だに、その形骸を忘れることはありません。後で、調べておきますが、彼女の死と彼女自身については何度も書いています。ただね。どんな、文章を書いても彼女が生き返ってくるわけではありません。それにまだ、有名人でもない私は、彼女の死に対する疑問に対して、共感してくれるヒトを見つけ出せないでいます。

 でね、少し方向転換して、一人で、かのじょを悼む行事を重ねようと思いました。私も同じなのですが、彼女も娯楽とは無縁ノ生活だったと思います。それは、芸術という行為が、世の中では高度な遊びと見なされていて、そういう意味での、贅沢をやっているわけだからと、肩身のせまい思いがまずあるのと、やるべきことがいっぱいあるから、遊んではいられない。時間が大切だという思いは大きいからです。しかし、死んでしまわれると、この世のモノが一切もう味わえないのですから、なんと、気の毒だろうと思います。せめて、一種の陰膳として、おいしいものを供えてあげようと思ったわけです。が、お葬式もなかったし、墓所の情報も公開をされていないので、抽象的な意味でやっていこうと思い、一人で外食をしているのです。

 特に、主婦層が、大いに取り組んでいるホテルバイキングの渉猟を始めました。
ピアが出版している大型ムックを二冊も買って、東京と横浜のホテルバイキングは、場所としては、30カ所以上を訪ねています。銀座近辺なので、同じところを何回も訪問したケースを入れると、ほぼ、40回は、それを、試しています。その結果、思いがけずも、太りました。 線が細くて、それで、神経質そうに見えるだろう私が、人並みの体型になったのです。

 そして、もう一つの発見は、品数は多いが、本当においしいと思われるモノが少ないということでもありました。 で、最近の私はランチで、二〇〇〇円程度のところを探して、山口さんとご一緒のつもりのお食事を繰り返している訳です。昨日は一升盛りと言って、お刺身が、升に盛られているのを、麦焼酎のお湯割りと一緒に食べてきたのです。そして、さらに言えば、『我が家の、食事は結構おいしいな』と言うことも発見をしたのです。
 青い鳥の伝説はこんなところにも生きています。
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*7,『後ろめたかったが、決行した』

 で、私は3日前の、土曜日に、『そうだね。今日は七面倒くさいことは書かないで、お料理の写真でやっつけて逃げよう』と考えたわけです。休んでもいいのですが、敵と丁々発止で戦っている現在、何も書かないで、いると、『おまえ負けたではないか。だから、この攻撃は有効なんだな』と、敵方が判断する可能性があるわけです。そうすると、今、行われている攻撃がさらに発展をする可能性があります。

 しかし、後ろめたくて仕方がありません。まず、自分が厳しいひとり暮らしをしたせいで、一人暮らしをしているヒトへの共感があります。私は現代アートの世界のヒトと、つきあいが多くて、共感もお互いに、抱きやすいのですが、しっかりした仕事をしている、作家は、独身の人が多いのです。男性でも女性でも、そうなのです。

 で、そういうヒトに対して、主人が作った料理と、自分が作った料理とを合わせて、栄養満点名ものを食べていますというのは、申し訳ない思いでいっぱいです。単に作家さんに限らず、この現代日本で、苦闘をしている大勢の人に対しても。原発事故の後で、迷い苦しんでいる人は言うに及ばず、世界中には戦争や、国内紛争の結果で、苦闘をしているヒトはいっぱいいます。

 でね、その後ろめたさを、振り払うために、まず、お料理が特集をされている頁への投稿の形を取ったのです。原発に反対の、私が豊かな食生活を送っているということは別に、恥じることでもないかもしれない。だけど、自分の頁に書いては統一がとれません。

 で、写真は後で処理しますが、土曜日の夕食に添え文として、以下のものを添えたのです。

今日はお客様で、お忙しいのですか。投稿がまだありませんね。その間に、私の夕食を。これは、ごく気楽な野菜中心のモノです。お魚は、有楽町の物産館で買ってきた穴子のひもの。タンパク質が足りないので、白菜のくたくた煮(里芋と、ツナ缶ほか)、と、麻婆なすの挽肉で、補って。
  常備菜は、旧中央公民館での、姉妹都市フェアで、買った萩の井上のわかめのふりかけ、自家製梅干し、ザーサイのいために(塩抜き以降は、自家製)、東北の漬け物
  今日は、見かけは悪いけれど、舌になめらかに当たる野菜類が、おいしかったです。で、満足。花は長い柄を、どんどん、水切りしていって、最後に食卓と、トイレに。生野菜は朝取ることにしていて。
  一つだけ、秘密を言うと、本日私が、作ったのは、簡単なくたくた煮だけ。あとは、昨日からあるモノ。特に麻婆なすと梅干しは、主人が作りました。お料理は好きなひと、または、できるヒトが、やるのが我が家です。でも、相当に外で、食べていますが、最近では、家での食事が一番だなと、思っています。

 と、そして、それにさらに付録として、「写真を撮るから乱れないようにちょっと待っていてね。と北側の席の私が言っていますが、南側の席のヒトは、もう待てなくて食べ始めています』とも書いたのです。この北側のヒトが私で、南側の席のヒトは主人です。ここらあたりは、政治評論家としての、姿はかなぐり捨てて、現状を肯定している私がいます。

 つまり、次の日に付け加えた、以下に置く△括弧内の文章を、このときにすでに、内面では感じていたとなるでしょう。
  ・・・<でもね、人生って、計算の符牒はあうのですよ。ずっと苦闘をしてきた私は、今は、休めと天に言われているみたいな気がします。
 そして、私が休む、または、怠けるぐらいが、主人とうまくやっていく秘訣なのです>・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~
*8,盛り上がり過ぎちゃったので、反動が来る。

 実はこの写真は、私の投稿としては好評な方だったために、私はさらに、以下のような文章を連続して書きおくることとなりました。

 いえ、お褒めをいただくには値しません。くたくた煮なんて、単なる煮びたしなんですよ。油で炒めて、お醤油で、味付けする。だしは、ツナ缶から出るだけの超簡単な料理です。ただ、母がね。「あんたたち兄弟(実際は姉妹です)はどこか、芸術的な要素があって、お皿の中に、バラの花を飾ったり(これは、妹がよくやることです。食べるバラを売っています。小さいサイズ野バラの花)・・・・デモ、それを、旦那さんたちがわかるかしら。ちゃんとわかっているかしら。もしかしたら、わかっていないのではないかと、私は残念だわ。
 ただ、あんたたちが、それだけ、繊細だと言うことは、社会の中で、それだけ、弱いのよね。(だから、本当はあんたたちのことが心配よ」といっていたのを思い出します。
 これは、そんな、(バラの花などの)飾りは一切ない、普通の食事です。ただ、今日は大仕事に取り組まないつもりだったので、こんな、投稿をして、緩やかに遊びました。

 あ、一つ、弁解させてくださいませ。お味噌汁だけは、もちろん毎日作ります。それを、カボチャのクリームスープにしたりするときは、よりいっそう料理にのっているときです。デモ、そういうときに写真を撮りたいと、思う訳でもないのです。ただ、『これから、さあ、食べようね』と思うだけで。

 今日のスープはおいしいぞ。レストランより自分で作ると、お皿二杯ぐらい食べられるしと、食べる方向へ向けて張り切るわけです。
 ただね、皆様、お料理に私の関心が特に向かうのは、一ヶ月に一回もありません。だから、この頁の主人公様とは、まるで違うのです。でも、最近では、お針仕事とこれが、大切な娯楽ですね。後は、いつもなんや、かんやに追い詰められていますよ。そして、お若い方は、そういうモノだと思う。みんな、お忙しいです。
   目標があり、大義がある方は、お忙しいです。

  とかいて、さらに、二〇〇字程度のお手紙のやりとりが、続くのです。それで、全部で、二〇〇〇字を超えます。これは、私にとっては自然な形です。閉鎖されたメルマガを、十三年間やっています。が、その中でも、多岐にわたるテーマで、すいすい書き続けていることは、相当なインテリ様たちに驚かれていて、四方八方から、お褒めやら、懐疑の声ももらっているのです。さすがにゴーストライターがいると言われたことはないのですが、「躁病ではないですか?」と言われたことはあります。が、20代のころ、IBMの電子タイプライターを使っていた私にとって、キーうちは、ネイティブのアメリカ人が、仰天するほど早いのです。特に美大ノ大学院にいたこともあって、その教室で、英語を書いているのを友達が見ると、目を丸くします。白人の教授でさえ、怖がるほどの、早撃ちです。今は、頭に浮かんだ文案を、ほぼ、0.6%ぐらいの速度で書き表すことができますから。
 
 しかし、フェイスブックで、八〇〇〇字程度を一晩で書くヒトはあまりいないです。
ノートといって、きれいな形で書いてある長文をあげる人はいますが、制限限度いっぱいの四〇〇字を書き下しながら、ぼんぼん、書いていくヒトはあまりいないです。

 でね、自然の流れなのだけれど、書き過ぎちゃいました。で、非常に上品な形ですけれど、これを、移動をしてくださいと言うことが、頁の持ち主からお願いをされました。
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*9,IT的、いじめを受けているからこそ、迷うのだった。

 ほかのひとの言葉なので、コピペすることができませんが、本意は、「あなた、頁ジャックしていらっしゃるわよ」と言うことでしょう。他の人、特にお料理が、得意な人の頁で、二〇〇〇字も、私が、お料理について書いてはいけないです。特にお料理の傾向も、文章の傾向も違うのですから。

 普通なら、これは、すぐ、言うとおりにしないといけません。『ご自分の頁に移動をしてください』と書いてあるので、その通りにしないといけません。しかし、私は十五分ほど、迷いに迷って、七転八倒をしました。もちろんのこと、それは、敵の存在を考慮するからです。

 まず、IT的いじめに遭っていますので、彼女がこれはできると、信じていることが私にはできない場合が多いのです。するとどうなるかというと、今度は、コメントをくれた友達の方を裏切ることになります。真夜中でしたから、それを処理する場合には、相手に断ることができません。と、なると、私の方が信用を失うこととなります。ジレンマの極地です。

 この私の想像は、その後の展開を考えると当たっていたと思われます。だから、その移動を開始したら、一時間以上苦闘することとなり、しかもできないはずですから、ただでさえ、40時間以上起きていては、5時間寝るという、不規則な生活を送っているこの体に、さらに追い打ちをかけることは、必定です。ダメージは甚だしかったでしょう。

 で、ここでは、選択は二つです。この敵(彼女自身のことではなくて、例の鎌倉エージェントたちです)に対する戦いを開始するか、一応負けた形を取るかです。私はその夜は、負けた形を取りました。苦渋の決断です。だが、その陰に、例のIT的妨害を行っている特定の、人物、X君の本名を公開するかどうかの重い決断がかかっているので、『今は、そちらには、取り組まないと決断した』ことの、こちらは、余波なのです。

 鎌倉エージェントたちの教唆で、このお友達が、こういう依頼をしてきた可能性は、捨てきれません。どうしてかというと、こちらの方の、言葉の中で、侘びスケというカフェ兼、居酒屋が出てきているからです。これは、北鎌倉にある有名な、お店ですが、二〇〇九年から、明瞭な意地悪をされる鬼門となっているのです。

 それは、むろんのこと、伊藤玄二郎、坂井忠康、井上ひさしの三人が直接、またはそこに出入りしている文化人を通してでしょうが、悪口を吹き込んでいるから、そうなるのでしょうが、こちらが何か、失礼なことをした覚えがないのに、明瞭に意地悪をされるところなのです。特に奥さんが、激しくそれを出します。旦那さんは、まだ、男性だからいいのですが。私は、モノほしくて、出入りするわけではなくて、田口広勝さんという美術系の作家さんに、誘われて、そこに、匠の会というモノの後で、何度か、出入りしただけなのですが、あまりに感じが悪く、その裏側もすぐ察知できるので、田口さんとの縁さえ切ったぐらいです。
~~~~~~~~~~~~~~
*10,9月の最初の、コーラスを欠席した成り行きとそっくりである。

 連続してお読みいただいている方は、ご存じかと思うのですが、私は、2010ねんからモーツァルトのレクイエムというのを、練習していて、それは、この9月10日が演奏会でした。しかし、その4日前の6日の水曜日に、加藤さんという男性から、なぜか、相当に意地悪な感じのメールが届いて、どうするかの判断を急遽迫られ、コーラスの演奏会のほうを捨てざるを得ないこととなりました。その日も午前11時には加藤氏はご機嫌がよくて何の問題もなかったのに、午後の23時にメールボックスを開けると、恐ろしい勢いで、ブログを削除しなさいといってきたのです。

 今回も昼間の段階では、そのお料理大好き、さんは、いいねボタンを押してくれた(これは、フェイスブックの世界の言葉で、容認したと言うことです)のに、深夜反対の行動がでる。加藤氏も、こちらも、ご本人は悪いひとではありません。ただ、彼、彼女らを使って、私への、脅迫と弾圧をやってくる、鎌倉エージェントが悪いのです。

 しかも、その裏で、もう一人別の存在を使って、大きな罠が仕掛けられていました。それは、地方在住のフェイスブック友達からのデートのお誘いです。このヒトは女性なので、一見すると何も問題がありません。しかし、断ってよかった。その後の展開を見ると、完璧に罠だったことがわかります。
 何が罠かというと、私に親しいヒトを、私に会わせて、打ち解けた話をさせたいのです。それを盗聴して、私の本心を探りたいのです。そこから、いつも、「30%しか、書いていませんよ」と、言っている、内実の、50%から、60%を探りたいのです。そして、悪事の後カタ付けというか、対策を練りたいのでしょう。彼らは、ひどいことを連続してやってきています。が、それは、バレエ以内と信じているから平気でできているわけですkが、もしバレエいるとしたら、大急ぎで、口止めをしないといけません。それが、対策であり、時には、ニュースそのものでさえ、作っていきます。

 衆議院とか、文部科学省にハッキングが入っているというのは、ニュースが作られているか、または、私への攻撃をやっている手合いと同じ連中が起こしている現象でしょう。ですから、それほど、私は大物なのです。威張りたくないのですが、現象を見ていると、そう言わざるを得なくなります。

 でね、ここでは、私は非常に用心して、名前を挙げておりません。すさまじい諜略行為の応酬だから、もし私が名前を挙げたら、違うという状況が用意された上で、否定をされるでしょう。だから、用心して、名前を挙げませんが、X君については、相当煮詰まっているから、どこかで書くかもしれません。が、大変なことです。非常に親しいヒトだから、悪もここに極まれりと言うぐらいの話です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*11、『毒々しすぎるメールを明かそう』

 さて、私は先ほど、いったん中断してから、7時間ほど、ちんたらちんたら暮してるのです。おとといの月曜日の午後二時に起きてから、すでに、36時間ぶっ続けで、起きていながら、迷いがあるわけで、ネルに寝られず、しかもしっかりとした仕事もできずです。ただ、月曜日の夜10時ごろ電車の中で、30分、また、次の火曜日の早朝四時ごろ椅子に座ったままで、30分転寝をしています。これで、脳ミソは大丈夫です。

 が、ここに登場した人物、お料理好きで北鎌倉の侘助によくいくというA女史、出張を利用してデートしたいと申し込んできたB女史、そして、フェイスブックの世界で、大変なレベルのIT的破壊工作をしてきている、X君の三人をどういう風に書き表すかは、信じがたいほど、難しいことなのです。

 が、ここで、あるメールを挿入させてくださいませ。
~~~~~~~~~~~~~

 AOLのメルアドに届いたものを、テキスト形式に直して、ここに貼り付けます。


題名: おひさしぶり
日時: 2011/11/03 22:30:58 東京 (標準時)
FROM: atelierck@excite.co.jp
TO : AtelierCK@aol.com
インターネットメール<ヘッダーを見る>


あらあら、この前書き込まれていたコメント削除しちゃったのねww

自分に都合の悪い事実は握りつぶすわけだ。

あなたもやってることは、軍産共同体とか言ってるのと変わらないんじゃないの?

コメントしたひとも気の毒にね。


ところで、最近は伏字を使うようになったんですね。

少しは学習したのかなw

それとも、怖じ気づいたとか?


それから、私が誰だかわかっているようなこと書いてるけど

わかってるなら公式のアドレス宛てに直接メール送るなりしてみたら?

わざわざそういう仕組みも用意してあるんだしさ。

特定できてるなら簡単ですよw

それともわかったフリして適当なこと書いてるわけ?

~~~~~~~~~~~

 上が全文であり、無記名です。それだけでも、嫌がらせ度たっぷりですがさらにメルアドをご覧ください。人をからかいきっているでしょう。私のメルアドとおんなじものを、@マーク前の幹として、使っています。しかも、これは4通目です。以前はもっと、いぎたなく、かつ、恐ろしい文章を書いて来ていたのです。ただ、私がこのように、二次使用をする可能性を悟ってからは、少し上品になっただけです。その可能性は、私がコピペしたりするからですね。プリンターはこわされていますが、外でプリントアウトをする可能性はあります。だから用心した書き方にっていて、それゆえに、私もかえって二次使用ができるのです。

 これを誰が書いたかは、私はわざと、いいません。しかし日付が重要です。

 これは、刺客としてあらわれた、B女史とのデートの約束が成立した直後なのです。ですから、このメールを書いた人物が、すべてを、取り計らっている可能性は、非常に大きいのです。私が警察だったら、声紋とか何とかで、とっくにしょっ引きます。この男は軽く特定できます。しかし、何度も言っているように、我が家の猫をキイワードにしたトラブルの処理から考え得ると、鎌倉警察署っているのは、正義の、セの字も守れないところのです。私の猫が石川和子と、柳沢昇の夫婦より、私の方になついたから、それが悔しいから、警官に頼んで、私の夫に私をしかってほしいですって。なんですか、その申し出では。

 しかも、のこのこ、言うとおりにやって来た警官は、石川プラス柳沢というおばかさん二人の言うとおりに、私を脅かしまくって、挙句の果ては、車など、絶体に入ってこないこの、山の上で、交通事故の調書までとって、脅かしたのです。その後、電話をかけて、鎌倉警察署に謝罪を求めていますが、なしのつぶてです。
 鎌倉って、文化人が多いので、エリートも多い街ですよ。そういう街で、警察とはこんな低いレベルの人間たちで構成されているのです。そこから類推しても、どれほど、日本の警察って、正義が通らないところか、言うを待たないというほどです。

*12、『恋のうぐいすから』というピンクのお酒ラベル

 さて、私はB女史がデートの申し込みをしたいと、書いてきた時に、瞬時に裏は読めました。で、行く気など失せていますがどうしても断ることができません。断ることは、彼女を疑うことになりますから。そんなことをしたら、やり返される可能性はあります。実際に予測通りに、後日、ピンクのラベルのお酒を見つけましたというニュースを、彼女は、フェイスブックの世界で、公開しました。

 そのお酒は、『恋のうぐいすか』らというそうで、彼女はそれを私の大好きなうぐいすさんに上げたいな」と、フェイスブックの世界で書いています。私はB女史より30さいぐらい年上ですがからかわれ切っています。
  ここで、もう一回休ませてくださいませ。
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老人ホームに、おける、つらい競争心について

2011-11-13 02:04:28 | Weblog
  本日は、前報から、少し外すお話で、申し訳ございませんが、老人ホームについて、一文を上げさせてくださいませ。

 この間、新宿で、大きな木造のアパートの火事がありました。あそこを追い出された人たちは、あのようなレベル(お家賃が安い)のアパートが都心の便利なところには、もうないので、老人ホームへ入るのではないかと思いますが、老人ホームの、経済的な側面ではなくて、心理的な側面についてお話をさせていただきたいのです。

 もちろん、前報の続きを書かないといけません。が、そのためには、すさまじいエネルギーレベルの高さが必要です。エネルギーレベルの高さを、養うものは、最近では、怒りが多いですね。この日本人がだまされていると思うと、怒りがわいて・・・・・猛然と書く気力がわいてきます。
  だけど、本日は私固有の怒りをわかせるニュースが少ないのです。
  TPPについては、大勢の方が論じておられるので、私は、そっと後ろへ控えているというところです。で、今日は独立した話題を一つ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題1,『老人ホームで、おきる競争心理について』

 皆様は、老人ホームなんて遠い話だとお考えでしょう。が、ご両親のためにも、いろいろ、情報を集めておられたらいいと思うのですが、パンフレットや、テレビ、新聞、雑誌では、取得できない情報を開示したいと思います。
 
 一番の問題点は、いまのところ、老人ホーム側が、売り手市場で、そちらが威張っていると言うことです。
 でも、一年ごとに、事情が変わってきています。今では、頭金のお安いところもダイブできています。
 が、頭金、数千万円を出して、最上等の老人ホームに入っても、そこには思わぬ陥穽が待ち構えているのです。それを、お話をさせていただきたいと思います。
 まず、そこで、新たな競争がおきるということ。それが問題です。

 お若い方はご存じないと思いますが、1945年まで、日本には階級社会というものがありました。江戸時代の士農工商に似たモノがあったのです。が、それが、突然取り払われて、斜陽族とか、第三国人とか、いろいろ、新たな社会階層というものが、できたのですが、それを、踏まえて、日本が最も社会的に、落ち着き、真の平等感と、中流社会の充実が図られていたのが、1990年代だったと思います。
 1980年代までは、バブル期でもあり、郊外に新興住宅地がたくさん開発をされたために、実は、日本社会は、意外と落ち着かない状況下にあったのです。

 ここで、思いがけない挿入を入れますがヨーロッパには制度としての階級差が、教育の面などに、しっかりと残っているのです。また、中国もそうですね。農民工と呼ばれる都会への新規加入者は、戸籍が持てないとか。また、アメリカも都会以外は不文律の、階級差がいろいろとある模様です。が、そのように階級差がはっきりと残っている社会では、意外にも嫉妬が、横行しないと聞いています。日本にはお金以外の階級がないからこそ、激しい嫉妬心やら、競争心が生まれる模様です。で、元に戻ります。

 少年、少女社会に、リンチ事件などが、頻発するようになったのは、1980年代からだと思いますが、お金優先主義という階層が、出てきて、『誰でも、上に立てるのだ。お金さえ儲ければ』となったときに、大人社会の中で、大変な競争社会が生成したのです。特に新興住宅地に。

 その、『ここで、新たな階層を作らないといけない場所で、自分は出し抜いて、ここで一番の人間になってやろう』という発想が、老人ホームを舞台に起きているのです。それも、頭金が高い種類の老人ホームで起きているのです。

 つまり、数千万円を出さないと入居できないマンション形式の老人ホームを買うのは、まだ、若い時期の発想で、入居者のエネルギーが有り余っているので、競争や嫉妬の意識も起きやすいです。

 ここで、問題なのは、入居者の人数です。有馬稲子さんが、たぶん横浜三ツ池公園そばの大老人ホームに入っていらっしゃるようです。そこは全体で、800人を超える模様です。
 ので、支配・被支配の関係が成立しにくい模様ですが、問題は、50~200人で、構成する老人ホームなのです。
 自宅を売って、5000万円以上を支払ってしまうと、後戻りはできません。

 この問題は、事前にいくら研究しても予測がつきません。老人ホームは入居者が亡くなると、あたらに入居者を入れていく形式ですから、いつ、どんな入居者が現れるかは予測がつかないからです。

 で、私自身は、こう考えています。できるだけ、入らない。できるだけ、自宅でがんばると。だけど、こういう高級老人ホームほどビジネスとして成立しているらしくて、大宣伝が繰り返されるから、いかにも理想郷のように見えます。が、精神的には理想郷ではないのです。

 それと、どんなに高級でも、2LKぐらいで、狭くて、ご自分の愛するモノはもちこめません。ミシンも手芸用具も持ち込めません。ですから、創作活動をしている人にはとても、耐えられない環境となります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題2,『少しでも、理想的な老人ホームを作るためには』

 今、75歳以上の人は、大変に恵まれています。介護の充実があり、ディケアというシステムなどで、昼間は遊んでもらえたりします。でも、その分、お若い方に回るお金を消費し尽くしているのではないかと、心配です。

 一般的には、88歳頃から衰えると見えます。その際に、頭金の少ない、そして、総入居者数の小さい老人ホームを終の棲家として、選ぶのなら、一番問題が少ないと思えます。しかし、そこの月ごとの費用も、年金ではとてもまかなえないのです。で、これもまた、ファミレスや、居酒屋チェーンなどのように薄利多売のシステムができるといいです。

 何もかも、職員にやってもらうのではなくて、洗濯掃除、料理等もできるレベルの人は手伝うとか、言うカタチにしたらいいとは思います。
 これが、日本ではビジネスになっているのですから、大勢の人の参入を、求めたらいいのです。新しいアイデアの生まれるのを待ちます。

 その際に、規制の緩和と、それから、老人の保護の両立を求めて、いろいろな考察がなされるべきでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3,『50歳までに、やっておくべきこと。お若い方へ』

 いま、20代、30代、40代の方が活発に、活躍をなさっておられるわけですが、それこそ、老婆心の極みで、申し上げておきたいことがあります。それは、町内会などの、地域密着型の活動をやっておくと言うことです。若くて、柔軟性があり、平行してあれこれ、できる時期に。
 
 それは、本当は、面倒くさいのです。束縛を受けるし、気心のわからない人ともつきあわないといけないし。後々まで、関係のある人々と、仲良くしないといけないからです。が、会社とも、同士とも違う、人々、しかも、地域に根ざしているから、わがままも言えない立場を、お若いうちに経験をしておくことです。

 それも、一回だけではなくて、五期ぐらい別のメンバーと組むようなカタチで。これは、意外と、普通のしかも専業主婦は得意であり、かつ、できることなのですが、クリエイトする立場で、知的な人はいやがることなのです。
 私自身も、45歳以降は避けてきました。

 よく男性が、会社を退職すると、濡れ落ち葉になると言うでしょう。「何をやっていいかわからないと。妻の方は活発に外へ行くのに」と。あれは、会社という組織体と、地域社会などとは、趣が違うので、どういう風に対処していいかがわからないと言うことがあると思います。つまり、バックグラウンドが違う、また、目的も違う、人同士が、一緒の場にいなくてはいけないと言うこと。我慢をしながら、かつ機能的な意味での上下関係もない中で・・・・という形式の人間関係になれておくことが、絶対に後で、役に立つと言うことです。特に老人ホームに入る際は。

 元気で、自分が動けるうちはいいのです。が、動けなくなって、しかも、高齢化社会なので、老人ホームで生きる期間が長いのですから、そこで、充分に安心した生活を送るためには、気心の知れない他人と、一つ屋根の下に住むことになれておかないといけないのです。老人ホームって、90%の共同生活ですから。

 黒柳徹子さんが、赤木春恵さんなどと、仲良く老後を過ごしましょうねと、決めていたとおっしゃるけれど、元気なうちに仲のよかった人と、体が不自由になったあとで、24時間一緒にいて、もし、トラブルが起きたらそれも地獄です。ですから、やはり私立でも公立でも、既存の老人ホームに入ると言うことになると思うのです。
 そうなると、時期の問題、財産の問題。自分の親戚の問題等があって、親しい友人とは別れて、別々に老人ホームに入ることとなります。そこで、全く新しい人間関係に入るわけです。その時に、人間関係の練習をして置くことは、大変役に立ちます。特権のない立場、飾りのない立場で、大勢の他人と、自室に逃げ込む以外は、24時間一緒に過ごさないといけないのです。そのためには、やはり、練習とか、経験があった方がいいと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3,『老人ホームと、男性入所者』

 実は怖いことを言います。または、あえて失礼なことを言います。それは、定年退職後の男性に対して、言われている『男性の方が不器用で、どうしていいかがわからないように見える』とは、老人ホーム内でも見られる現象です。男性の方が、おとなしくて存在感がないのです。他の人と接触しないみたいです。女性の方が活発です。で、男性諸君様、どうか、世慣れておいてください。・・・・と、言いたいです。

 ご自分の子供や孫が活発ですと、よく見舞いに来てくれて、それによって、職員もあなた様を大切にしてくれると思いますが、そうでない場合、人間的な魅力だけが勝負になるみたいです。で、こびなさいと言うわけでもないし、エロチックでありなさいと言うわけでもないのですが、ぶすっと一人で、居間にいると、魅力がなくて、『ああ、あの人って、ただ、死を待っているのね』と、見えちゃいます。   

 品がよいと言うことは大切です。が、品がよすぎて、ひとりぽっちで誰に対しても話しかけられないとなると、本当に寂しげです。誰に対しても、フランクに話しかけられるマナーを抱き、かつ、適宜な距離を保つこともできる。こう言うのって、すごく難しくて、結局、『ひとりぼっちでいいさ』と、なるわけですが。
 
 今、便所ランチとかが、会社でもはやっているとか、言われますでしょう。人とうまく接触できない人は若い人に多いのです。でも、自分のうちなら、相当な自由があるのですが、老人ホームって、規則はあるし、集団の中の孤独って言うのも感じるだろうし、相当タフな精神状態でないと暮らしにくいところだと思います。または、非常に衰えていたら、どっちでもいいのかもしれませんけれど。でも、死ぬまで長いですよ。なかなか、人間死ねません。テレビドラマと違って、普通の人は、100%の頭脳や体力を失った後からが長いのです。だから、練習をしておいた方がいいのです。面倒でも若いうちに。

  では、今日は、こんな軽いことでお許しを。2011-11-12の深夜、
                    雨宮舜(=本名、川崎千恵子)
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ダライラマ14世、来日・・・・・どうも、原発許容らしいぞ。また、新項目を加えたが

2011-11-10 04:36:05 | Weblog
 今、12日(土)の午前1時ですが、またまた、新しい項目を加えました。あまりきれいなことではないのですが、どうして、このような揺り戻しが起きるかを分析すると、そこへ行き着かざるを得ず。

副題1、『ダライ・ラマ14世は、人気がある人だと思うが』
副題2、『裏切ったわけではないと、思う。ノーベル賞は利用されている部分があるから』
副題3、『ダライ・ラマは、裏切ったわけではないと、思う。
        それは、自由報道協会で、記者会見したことでも明らかだ。
                 自由報道協会は、小沢氏へ奉仕する機関だから』

副題4、『ダライ・ラマの弟子を名乗るフランス人』
副題5、『我が家の泥棒を、ココで、いったん総括する。ただし、30%です』

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副題1、『ダライ・ラマ14世は、人気がある人だと思うが』

 日本には一億二千万人の人口があるそうです。だいたい右へならえで、同じ情報を共有しています。テレビのおかげで、方言もほとんど消えてしまいました。特に今高校生より、下の世代は、テレビカメラの前で、方言を使うことはないようです。

 しかし、このニュースだけは、一般のかたは、共有しなかったのではないかというモノがあります。それは、この8日、ウエブ上で、大いに話題になったらしい(?)、ダライ・ラマの記者会見です。ここで、今日の論に入る前に、ダライラマについて、復習的に、総括をしてみましょう。

 wikipedia とうに詳しいのですが、世襲制の貴族として生まれたわけではなくて、宗教的な探索によって、定められた運命として、チベット仏教界の最高の場所に位置するモノとして、五歳の時に発見をされたのです。その後、15歳の時に、中共政府が、チベットを制圧したので、国を逃れ、北インドに亡命政権を作り、そこの元首を務めています。いや、おられますと言うべきでしょう。敬語を使わないといけませんね。

 私は別に右翼ではないのですが、NHKニュースが皇族の動向を伝えるときに、語尾の動詞に敬語をつけないことに、違和感を抱いているものです。
 だから、ノーベル平和賞をもらっていて、パリ名誉市民ほか、社会的には数々の名誉ある地位に立つ人であるダライ・ラマへも敬語をつけないことは礼儀を失していると思います。

 ダライ・ラマ14世という人物を、非常に簡単にまとめると、人間を超えた存在として、敬愛を集めているといえましょう。

 そのダライラマ14世が、来日して、記者会見を行い。その模様がネットで、中継をされたのです。

 それを、見た人々が衝撃を受けた模様です。裏切られたという感想を持った模様です。

 つまり、ダライ、ラマは、原発を容認するような発言を繰り返したからです。
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副題2、『私がニュースを動画を見ることができない。それだけで、相当に怪しいぞ』

 それに対して、日本人は衝撃を受けた模様です。もちろん、一億二千万人全部ではなくて、そのネット中継を、同時進行的に見た人たちが、です。私のパソコンでは、その肝心のダライラマご自身の会見(動画)を見ることができません。

 それは、もしかすると、私固有の現象かもしれません。そして、このような、私のパソコンに数々の異常が見られることを、ここで、書くたびに大げさなIT的事件が報道されることは、何度も繰り返されてきた事実です。
 重要なモノでも、また、単なる娯楽でも、敵が意地悪をしたいときには、種々様々な警告が出て、見ることができません。

 で、最近では、フェイスブックに限れば、『この人が、こういう悪いIT敵工作をしているのではないかと思われる人物を、特定してあります。そして、グーブログに起きていた障害と、そっくりそのまま似ているので、この2007年より、起き始めた猛烈な攻撃は、その人物そのものが、我が家から50メートル以内に設置されている大型無線LAN機能を利用して、直接におこなっているか、または、その人物のアイデアを、誰かが受け止めて、サラリーマンとしてやっていたのではないかと考え始めています。

 というのも、私はしょっちゅう、徹夜をします。ですから、私がモノを書くのを阻害するために、ある一人の人物が、私にひっついていても、だめだからです。その人物はたちまちに健康を害するでしょう。私は体が弱いくせに、信念だけはありますので、このブログを書くことなどは、どんなに無理をしてでも、やり抜きます。水曜日から、木曜日にかけては、43時間も連続して起きていました。

 で、この普通の人は読めるのに、私が読めないと言うことが、とても重要です。

 私は有名人ではありませんが、この現在日本を実質的に支配をしている、国際的軍産共同体には、非常にといってよいほど、注目をされ、気を遣っていただいています。で、その気を遣うことの一典型として、重要な情報へ接することができないとされていたとしたら、その情報は、一種の諜略行為であり、国民を、洗脳するために行われると、みなせます。
 出、そこから、ダライ・ラマの会見は、諜略行為であったと判断しています。
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副題3、『ダライ・ラマは、裏切ったわけではないと、思う。
        それは、自由報道協会で、記者会見したことでも明らかだ。
                 自由報道協会は、小沢氏へ奉仕する機関だから』

 ネットで、ニュースを見ていた人たちは、大騒ぎを起こしています。というのも、ネットを駆使できる人たちは、ご自分たちを先進的な存在だと規定をしています。これはあらゆる分野で、NHKのニュースで取り上げられるぐらいになるのは、すでに古いと言うことがあって、一番最先端の、ニュースは現場にいるヒトが握っているわけです。

 それは、私の住み処である現代アートの世界でも同じであり、ありとあらゆる分野で同じだと思います。

 で、それらのヒトは今はネットでつながっています。ツィッターを私はやっていませんが、フェイスブックはたまたま始めています。すると、フェイスブックの世界こそ、そういう風な、意識の高い専門家が、異業種間交流ができる場であることがわかります。

 私はたまたま現代アートの関係者と知り合っているカタチですが、それらの人々は自分の業種についても、プライドが高い最先端の人間だという誇りを持っていますが、と、同時に、社会に対しても大いなる関心を持っており、社会へ向けての発言も活発です。

 それらの人々が、このダライ・ラマの発言に、強い違和感を感じているのです。が、さすがにこれほど有名な、存在に対して、否定をすることもできないので、『事前の情報供与がうまくなされていなかったのであろう』と、推論しているヒトがいました。そこらあたりが現在の論客人の限界かなと思います。
 特にマスコミに乗っかっていて、そこでお金を稼いでいるヒトの限界でしょう。

 それほど、ダライラマは大きな存在なのでしょう。そして、引き続き、ノーベル平和賞と、中国政府はバッティングしています。対立し合っています。そして、ダライ・ラマがチベットを捨てた最初の原因である、中共政府との対立は、今では、毛沢東の独裁と国内経済への失政なども明らかになっており、ダライ・ラマに正義があるように見えますし、そのダライ・ラマを批判するのは、やりにくいことなのでしょう。

 だから、『その記者会見のまえに、尊師に十分な情報を与えなかった、日本人サイド、が、悪い』となっているわけです。『十分な情報を得たら、ダライ・ラマは、絶対に、原発反対になるはずだ』と、思うのが、誠実な日本人たちの発想である模様です。

 そういう流れはわかりましたが、私の考えは異なります。特に、自由報道協会で、その記者会見が行われたと聞き、『おやおや、それでは、裏が割れすぎていますよ』と、笑ってしまうほどです。

 というのも、それが、自由報道協会で、行われているからです。

 このブログへ、ダライ・ラマと言うキーワードで、初めてお入りになった方は、自由報道協会ということばが、何を意味するかはご理解不可能だと思います。が、連続してお読みいただいている方は、すぐ何を、私が言っているかをおわかりでしょう。で、初めての読者のために、一応簡単にですが、ここで、振り返らせてくださいませ。

 *1,日本という国は、表面的には、独立国であるが、裏で、巧妙に隠されている、事実上の、被・植民地であり、その尊厳も自主性も守られていない。その煙幕の役目は、文化人が担っている。

 *2,支配者側は、アメリカの大統領でさえ、パペットと、して、動かし得る、国際的軍産共同体であり、その最もおいしい商品が核燃料である。

 *3,各国の支配者は、どういう形であれ、この最高権力者と結びついている。
が、日本の場合、少しでも自主性を示す首相は、激しい弾圧の対象となる。田中角栄氏は、その典型である。

 *4,その苦しみを見ていた七奉行の一人竹下氏は、早くから離反をした(はっきり言えば裏切った)。その竹下氏を、ささえたのは、金丸信氏であり、その金丸氏に強くに密着していたのが小沢一郎氏である。
 この流れの中で、小沢一郎氏と、国際的軍産共同体の、結びつきが、養われたと思われる。小沢氏は、朝日新聞グループの支援を得て、小選挙区制を導入した。小選挙区制度ほど、日本の政治家を小粒にして、政治を悪くしたモノはない。このあたりから、以降小沢一郎とは、政治の破壊、と、日本そのものの破壊を目指しているとしかいえないような提言ばかりしている。

 が、彼はどんなに、失敗しても、復活できる。これは、最も大きな権力者である国際的軍産共同体に支援をされているからである。

 *5,自由報道協会とは、やっている仕事は小沢氏の記者会見を間歇的にやるぐらいがメインの仕事であり、ほとんど、小沢氏の、私的・記者クラブの体をなしている。

 *6,そのリーダーシップは、上杉隆氏が取っていた(読売新聞記者との喧嘩で、やめたと言われているが、裏がどうなっているのかは、わからない)。上杉氏は、都留文科大学の出身である。この大学は、金丸信氏の肝入りでできたと考えられる。つまり、国際的軍産共同体へ、知的奉仕をする、人間を養成するために設立された。

 *7、上杉氏は、カリフォルニア大学へ留学している。このカリフォルニアこそ、レーガン大統領、鳩山由紀夫元首相、大橋巨泉氏(=民主党全国区選出議員として、華々しく、うって出たのに、一ヶ月そこそこで、辞任をしてしまった卑怯で未熟でわがままな人物)を始め、この、国際的軍産共同体の洗脳基地の、趣を持っている。

 *8,上杉隆氏は、2003年頃までは、非常に小さな存在であった。急にブレイクしたのは、週刊文春で、田中真紀子さんのお嬢さんの離婚を明かした記事を書いたとき以来である。田中角栄氏一族は、それをいじめれば、自分が出世できるアイコンと化している。それは、立花隆氏が、作り上げた、ルートである。

 *9,そして、ここで、記者会見をした、ことから考えると、ダライ・ラマは、確信犯として、原発推進派から送り込まれてきたのである。

 この*1~9までは、本文とは文体をかえて、一種の断言的、論文調にしております。というのも、これは、あまりにも何度も、繰り返してきた、論調なので、あっさりと断言的に書くことにしたのです。

 ここまで、書いて、いったん休んだのですが、
 その際、再開の、時間とだいたい文意が通じるときまでの完成予定時間を、お知らせしました。ところが、実際には、26時間ほど、遅れています。

 その間に、皆様にお知らせしようか、それともまだ、先においておこうかと、迷う、数々の攻撃に見舞われたのです。私は不誠実な人間ではなくて、約束をしたことは守りたいのですが、それを、守らせないようにするのも、敵の攻撃の一つです。と、なると、この世界では、お約束は一切できないとなります。こういう小さいが、心に引っかかる攻撃案は、今回にこれに限らず、数百と行われてきました。そういう攻撃をかいくぐって書き続けること、それが、私を、どんどん、強くしております。
 ある一つの現象には、必ず、プラスと、マイナスがあり、私はマイナスも、しっかりと、受け止めますが、もちろんのこと、プラスもしっかりと、生かしたいと考えています。
 で、元に戻り、ダライラマを論考しましょう。
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副題4、『ダライ・ラマの弟子を名乗るフランス人』

 私は誰にも手に入る情報から、主張をしているわけですが、私固有の情報からも、ダライラマは、原発反対ではないと、知っているのです。
 
 それは、ダライラマのお弟子さんを名乗るフランス人が主人の治療院へ来るのです。そして、治療を兼ねて、会話を交わしています。その会話は、猫好きな私にもわかる部分が多いの、安全なものです。

 が、彼女が来る時間帯が、大問題です。それは、結果としては、私が東京に行くのを邪魔する時間帯となっています。で、彼女は2003年ゴリから時々のエッセイで、その収束が大変なことを訴え、原発に反対して来ている私を、邪魔する人でもあります。それは、すでに、3年以上にわたるので、3年前から『ダライ・ラマは、この核燃料を売りつけている側の立場に立っている人である』と、私は推察しています。

 今回、大勢の方がびっくりなさっておられるようですが、私は全くびっくりはしません。つまり、ダライラマの来日は、原発は悪くないというムードへ加担するために行われたのです。   
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 私が、日本では、なかなか、原発が廃棄できない。ストをいくらやっても廃棄できない。それは、文化人が、そちら側にくみしているからだと、申し上げていますが、ダライラマは、その典型です。みなさんは、期待外れだったと思って、いろいろ、論調を張っておられるみたいですが、3.11が起きるずっと前からダライラマは、原発を容認し、核燃料を売りつける側の立場に立っている人なのです。

 私が東京へ行くのを、そのダライラマのお弟子さんが邪魔をするというのは、我が家では、一時期頻繁に泥棒が入ったのです。
 これは、一種の言論弾圧ですが、パンフレット等の二度と入手できないデータが多数盗まれたり、壁にかけてある何十枚の額が、左側だけ、三センチぐらい斜めに下げられていたということなどが起こりました。で、その泥棒を避けるために必ず、主人か、私が家にいる時間帯に外出していた時期があり、その時期に、そのフランス人女性は、必ず午後の五時過ぎに治療に来るのでした。表向きは彼女のフランス語のレッスンが五時前には、終わらないということなのですが、実態は、私を東京へ行かせないが、ために、彼女は夜遅く来たというわけです。 
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副題5、『我が家の泥棒を、ココで、いったん総括する。ただし、30%です』

 この泥棒の話をすると、普通の方は、「警察に届けなさい」と、言います。が、
 我が家の泥棒が、決して、単純な泥棒ではないということを、ココで、総括しないといけません。

*1、それは、2007年から始まった。
  2007年の4月17日に、私は、自分ではインターネット上に公開していない、データがすべてインターネット上に公開されていることを知って、びっくりしたのですが、それを、私がわかったことは、ハッキングをしている敵には、無論わかるでしょうし、自宅は、電話が盗聴されているから、大切な友人たちに相談しまくって、弁護士にも相談しようとしたので、敵方にはすべてわかったわけです。

  ところが、不思議なことに、弁護士さんが6月に入って、この件を引き受けることを断ってきたのです。そのときから、私は自分の文章に登場する人物について、すべて、実名で書くようになりました。裁判になったら、自分が矢面に立って戦うつもりです。

*2、外出予定先は、すべて、予約制となった。これは、不思議だ。必ず、先に電話をして置かないとあえないこととなった。

 これは、歯医者さん、などはありえる現象です。が、相手が会社だと、おかしいです。印刷会社などは、私が、その動向をしっかりとわかっているところですから、データを渡すぐらいのことは、誰に頼んでもいいところです。が、絶対に事前に、電話予約をしないといけないと言われて、『ああ、そういえば、ここを訪問している間に、泥棒が入っていたのか』と思い当たりました。

 ですから、電話盗聴、住所録の点検、室内盗聴、ありとあらゆることを利用して、その上で、泥棒に入るのです。一種の脅かしと、邪魔をかねて。

 ココから先、すさまじい実例があるのです。最もすさまじいのは、ご近所に春秋ガマという陶芸教室があって、そこの女主人石川和子が、わがまま、きわまりないかつ未熟な人間で、自分が私の猫(ここで、明記しなければいけないのは、彼らの猫ではなくて、私の猫なんですよ)が、彼らより、私を好きだと言ったことに逆上して、その恥をそそぐために、なんと、警官を呼んで、かれらに、「あそこの奥さんを、その旦那にしかってもらうように、旦那に頼んでほしい」と命令したのです。
 驚くべき発想ですが、石川和子という人物は、鎌倉春秋社社長の、伊藤玄二郎氏の元愛人だそうで、やりたい放題をやるヒトなのです。しかも、お金が儲かるらしくて、現在の夫、柳沢昇は、その言いなりの人物です。
 しかも、交通パトロール隊の警官は、のこのこと、その依頼によって、山を上がってきて、すさまじいまでの、失礼なことを私に対して、数々やった上で、なお、驚いたことは、交通事故の調書を取って脅かしたのです。私の住んでいる山は、地上から、40メートルは石段を歩いて上がる場所にあり、絶対に、車は入ってきません。 
 私は怒って、その調書を取り上げ、我が家のコピー機にかけて、そして返そうとしたら、二人の警官は逐電していました。そして、その日以来、プリンターは何度買い直しても、壊れます。

 そして、泥棒の盗んだモノのうち、これこそ、大切なモノだったのです。が、このコピーは、弁護士の青山敦子さんにおくってあります。盗まれても、事実は消えません。

 そのほかに、数々の、泥棒の被害はありますが、これ以上は、伏せましょう。でも、このコピーが盗まれたのを発見したときには、警察って、一切信じられないと思うように、なりました。石川和子+柳沢昇の讒言によって、とんでもないことをいいに来たことをはじめ、その証拠さえ盗みに来たとしたら、ともかく、めちゃくちゃです。

 そして、石川和子女史が、自分は伊藤玄二郎に特別な支援を得ているので、鎌倉で大きな顔をできるのだと、告白した、場所である、映画館という喫茶店は、2007年の12月27日に、一日で、3人も持ち主が変わるという形で、地主が変わり、追い出されて跡地は更地となっています。

 で、思い出すだけで、気分が悪くなるようなことばかりですから、これ以上は泥棒については、語りたくないのですが、今回ダライラマの会見について、語る場合には、文化人の動向が非常に大切になってくるので、
 額が斜めになっている泥棒についてだけは、ここで、お話をしないと、いけません。

 と、言うのもこれは、アート関係者(Oで始まる名前の人)がやっているか、または、その人物のアイデアによって、誰か、命令されたサラリーマンがやっているかのどちらかなのですが、見事に、この月曜日に、その人と連動する殺人事件の裁判が行われているのです。

 それは、東大卒で、中目黒に住んでいたOさんという紳士が福島県出身の強盗に真昼間襲われて殺害をされた事件です。その犯人は、裁判所で、韓国にも妻子がいて、その韓国側の家族の生活費に困って、強盗に入ったといっています。彼の正業は廃品回収業です。この事件については何度も書いていますが、自然なものではなく、酒井忠康氏と、その鎌倉周辺エージェントたち(=伊藤玄二郎、およびまだ生きているだろう井上ひさし)を守るために行われた犯罪だと思われます。

 つまり、我が家のご近所に住んでいるO氏(この人が、石川和子女史と負けず劣らず、失敗を繰り返すお馬鹿さんなのです。本当に、彼のやっていることはすべて、私には即座に分析可能で、裏にいる、伊藤玄二郎、および、彼と組んでいるエージェントたちの動向を明らかにすることなのですが、
 どうしてか、何度、それを、このブログの世界で、書いても、探ること、いじめること、など、種々様々な工作をやめません。だからぴしゃっと、ここで、その名前を書きたいぐらいですが、
 非常に深い考えから、その名前を、ここでは、未記入としておきましょう。

 その中目黒の殺人事件の犯人の裁判と、同じ日に、ダライ・ラマの来日記者会見は、行われました。  
 この7日の月曜日という日付は、意義深いことです。月曜日と木曜日に、主人が診療を休みますので、私はその日は安心して東京へ行きます。その日を狙って、こういう風に重要な、国民を洗脳するニュースは流されます。
 私がすぐには、対応できないとみているからでしょう。たしかに、7日に起きていることを、今、11日にやっと、書き終えています。

 ところで、ここで、一種ノ飛躍に入りますが、
 私が、美術界の人間でありながら、堂々と、美術界の有名人である酒井忠康氏を批判していて、たじろがないのは、氏と同じ陣営に立っていることがわかっている人材が、かくも汚いことをやり、犯罪にまでつながっていることを、数年前から、はっきりとわかっているからです。
 勿論、酒井氏自身が、我が家に入って、ACアダプターを盗んだり、額を斜めにしたりトイレのドアに黒いマジックで、矢印を書いているわけではありません。だけど、人的つながりを見ると、結局は「同じ穴の狢だな」となるのです。
 強いて酒井氏の側に立って、弁明をひとつあげてみましょうか?

 それは、「僕は単に、昔から知り合っている、伊藤玄二郎氏に頼まれていることを、やっているに過ぎない」と言うことになるのかな。だけど、それではすまないレベルに、物事は発展していると思います。つまり、ダライラマ氏まで、使って、この日本国民を洗脳し、ある方向へ、誘導するということも、全部同じ穴の狢の行動ですから。

 これ以降は、次の文章へ譲ります。次回のダライラマ-2に書くつもりですが、なにか大きなニュースが入れば、そちらを先に書くこととなります。では、

 2011年11月8(水)日の深夜に書き始め、9(木)日に、アップして、11日の深夜に完成とする。
                              雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
コメント

米仏の、今の本音を、推察する。(キセノン検出・後日談)

2011-11-06 23:46:18 | Weblog
 これは、途中までは、うんざりした表現が続きます。それは、どうか、候お考えくださいませ。現状がそうなのであると。デモ、最後の方はぐっと明快になっているでしょう。ぐんぐん、はっきりとした言葉が続きます。これは、三日にメモを書いたのですが、フランスもアメリカも自分たちだけは、とっくに原発を廃棄するつもりでいるのだとは、まだ、誰も言及していないことだと思いますが、早すぎた時間に語られる真実の一つで、あるはずです。

副題1、『ストロンチウムは、今どこに?』
副題2、『東電の補償費と、福島県の人たち』
副題3、『フランスは、内心で、どう、考えているのか?』
副題4、「アメリカは内心で、どう考えているのかな?』
副題5、『振り回され、馬鹿にされている日本と、その総理大臣』

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副題1、『ストロンチウムは、今どこに?』

 前報で、あのキセノン検出というニュースは、メルトダウンという部分で、私を引っかけるほとんどねつ造のニュースであろうと書きました。それは二日の深夜に、メモとして書いたのですが、その後で、3日には、きちんと、「間違っていた」と発表をされました。国民を馬鹿にしているという点では、ここに極まれりというほどのモノです。
 キセノンから出る放射線はベータ崩壊で出てくるので、『素人なんぞに、その仕組みがわかるもんか』という狙いで、煙に巻くために流されたのです。一種のためにするニュースであった可能性がさらに、強くなりました。私も素人です。だけど、『東電って、あれほどの被害を、この日本国民にあたえておきながら、さらに、この日本国民を煙に巻くつもりですか』と、公開質問状を送りたいほど、怒ったり呆れたりしている今です。

 このキセノンが登場したことで、セシウムと、アイドル交替ですが、ストロンチウムはどこへ消えたのでしょうか?

 稼働中の原子炉内でも、また、自然の核分裂でも、出てくるのは、水爆実験と同じ物質です。今は、半減期の短いものしか、ニュースに人りませんが、ビキニ環礁で、被爆した第五福竜丸の船内に落ちた物質(当時は死の灰と呼ばれた)と、同じものが、この日本に降り注いでいるわけですが、ストロンチウム名が出てきません。ストロンチウムは、すでに、有名すぎるので、舞台裏に引っこんでいる?
 ストロンチウムの名前が広く世間に広まったのは、第五福竜丸事件の時でした。当時盛んに水爆実験が行われていた、南太平洋で漁をしていた船内に、降り注いでたまったヨウ素、セシウム、キシレン、ストロンチウムなどを総称して、死の灰とよびました。そのころは、全世界的に、まだ、人々の心が、まともだったのです。で、死の灰という言葉が、全世界に、広まりました。それが、日本から生成したと仮定してもそれを、命名した人は、ジャーナリスト感覚に優れていました。確かに、灰色の物質が、死をもたらすわけです。第五福竜丸の人々は劇症に襲われて、死亡者も出て、日本中が大騒ぎになりました。私もそのニュースは覚えていますし、この日本中で、それを覚えている人は大勢いるでしょう。水爆実験の署名運動が起きて、それは効果を上げたと思います。
 だから、アメリカはそれ以降は、南太平洋では、水爆実験をやっていません。

 しかし、今、日本のマスコミにいる人間は、まともな感覚を失っています。まず、新聞記者になった途端に猛烈な洗脳を受けるのでしょう。
 で、言葉の言い換えが多いです。使用済み核燃料棒というと、まるで、無害に聞こえますが、人体に被害を与える程度においては、まったく、未使用品と同じです。だから、キセノンが検出されたと聞き、二号機で、自然発生的、核分裂が起きているのなら、さらに、福島第一原発は、危険だということであり、年内に、冷温停止状態に達し、帰宅が可能だというニュースは、嘘とだましに近いのと言うことになります。それを疑いもせず流しています。

 ところで、ストロンチウムは骨にたまるのでしたね。
 キシレンが検出されたのが本当なら、ストロンチウムも、当然に排出しているでしょう。しかもメルトダウンが起きているのです。そんな大切な 時に、首相と安住さんが、にこにことしながら、タラップを上がったり下りたりしてはいけません。即刻不信任案を出さないといけません。が、起きていないから、フランスでの歓迎・・・(ただし、大物ではなかった)・・・に、にこにこと握手で答えていられるのです。
 でも、マスコミ、特に東電を取材している人材には、問いたいです。「あなた方は、この1日に発表された内容のうち、メルトダウンの部分を信じていたいのですか? 素人の私にだって、そこは嘘だろうねと、わかることを真っ正直に信じて、国民に流したのですか? しっかりして下さいよ。あなた方は、入学時は、偏差値70以上だった有名大学を出ているはずでしょう? どうして、こんな単純なことでも、判断を間違うのですか」と。
 「それとも、東電側に嘘を流すように言い含められていたのですか?」と。
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副題2、『東電の補償費と、福島県の人たち』

 ところで、最近報道をされたのですが『国が、避難を勧めた人には、補償費を出すが、自主避難をした人には保障費を出さない』ということを、東電が発表をしたので、福島県の諸団体が、抗議をしたそうです。この件は、一見すると、福島県側が正しくて、東電が悪いと思います。が、もっと違う観点から考えてみましょう。幸せとか、不幸せは、自主性と大いに関係があります。自主避難をした人は、それだけ、覚悟が決まっているというか、賢明であったと私は見ます。保障費がなくても、自主的に道を切り開いていかれるかもしれません。が、そういう自主的に、避難をしたひとにこそ、保障費を出して、その後の生活支援を推し進めないといけないのです。
 
 だが、市町村段階、または、部落段階にまで降りると、『あの人は先に裏切ったのだからさあ。あんな人にまでお金をやる必要はねーよ』などといううわさや、コンセンサスができていて、自主避難をした人は、肩身の狭い思いをしているのかもしれません。

 福島県の人は、確かにお気の毒です。が、福島県の人々ご自身も、うすうす感じているでしょうが、実は、都会の普通の人々は、このニュースに飽き飽きしていて、実際には、聞きたくないと思ったり、聞いているふりをしているだけだったりします。都会の人が、消費活動をしないといけないという大義名分があるので、都会の人が遊んでいることを、福島の人は、非難ができません。
が、『温度差を感じる』という言葉で、ひしひしと、自分たちが見捨てられていることを、感じていると思います。東電の傲慢な発表題度は、そういう世間の雰囲気に乗っているのです。きれいごとを言っていてはだめです。現実をはっきりと飲み込まないと。

 都会に住んでいても、誠実な人は、福島の人を見捨ててはいません。が、そんな人の一人である、私でさえ、福島の人の甘さと、政府の甘さには切歯扼腕の思いを、昔からしています。 

 まず、災禍が、出たら、国よりも何よりも、自分個人がしっかりして、対処して来てきたのが、この日本人も含め、世界中の人の行動様式です。それに比べて、喧嘩も騒動も起こさない避難民の人たちは、一方では、ご立派ではあるが、一方では、『去勢をされたごとき人間=豚=みたいな人達ですねと』だとも、感じます。直観として、そして、潜在意識の中で、『あの人たちって、変だよ』と、特に、65過ぎの人は感じているでしょう。

 敗戦後・日本社会の混乱と、大苦労を、親の思い出話で聞いているからです。
 東京の復興も何もかも、第三国人と呼ばれる、成金の人達のエネルギーで、中心部が達成をされ、その次に、周辺地域に及んで行ったのです。
 そういう生の気力、または、生の気迫が、福島の人を中心に、東北三県の人には見られないのですよね。特にテレビ画面の中では。

 あなた方は、いま、未曾有の危機に直面しているのに、なんとものんびりしているいる。それっておかしいが、いい伊達村の村民が、避難しなさいと言われて、官房副長官にくってかかった公聴会の時に、『いくら保障してくれるんだ』と怒って食い下がった村民がいるけれど、もしかするとそれは、国費をあてにして、その分配に期待をして、それを待っている、とても受身な汚い心が裏にあるのではないですか? それは、言ってはいけないが、乞食根性でもあります。

 それは、あなた方ご自身を汚していき、再生へのエネルギーを、身内から奪うものなのですよ。『もらえたらもうけもの、そんなものは、お年玉程度さ』と、みなして、どうして、ご自分で、しっかりと生活を立て直そうとしないのですか?
 
 原発はその敷設の時から、莫大なお金を、地元へ落とします。それで、箱ものを作って、バンバン無駄に使ってしまって、いざ、苦難が起きた時の予算を、まるで貯蓄していなかったという、あなた方ご自身の行政上の判断のあやまりを、恥ずかしくお思いにならないのですか? どうして今頃になって、チェルノブイリに視察に行くのですか? どうして、チェルノブイリのことを、いままで、勉強して来なかったのですか? 

 原発を一度(=一基)導入すると、次の基を作らないとならないような予算の仕組みがあって、まるで麻薬中毒患者みたいに、原発行政から逃げ出せないのだと、最初期はテレビ局もまじめに報道をしていました。

 が、今現在の報道は、一方向へ統一されています。『あの人たちは気の毒だ。世界からシルヴィ・ギエムさんまで、来て、慰めてくれている』と、そういう方向ばかりです。そして、ばかげた除染に、莫大な公費が使われていてそれは、都会の人間、の使うべき予算を、浪費しているにすぎないのです。年金が68歳まで、支払いを待ってくれですって。それも何も、この原発の後始末に、莫大なお金がかかるからなのですよ。そのつながりを、秘めている悪人がいるのです。都会の人間は確かに電気の恩恵を享受しました。だが、原発地元民の、

 甘やかしのためだけに使われていることには、激しい嫌悪感を持ちます。これは、実は多くの人の潜在意識の中には、あるでしょう。絶対にあるはずです。私は、自分が悪人と呼ばれることを気にしていませんので、はっきり言いますが、福島県の人を甘やかすのは、原発の被害を顕現させないための、東電や永田町、それから、核燃料を売りつける側の、秘密の保持に役立つだけのことなのであって、この日本と、普通の日本人を守る方向ではありません。全く違うのです。

 それを直感的に悟っている、都会の住人は、それゆえに、普段は、福島の人のことなど、一切忘れて暮らしています。銀座や日本橋のデパートのレストラン内にいる人を見てごらんなさい。3.11のことなど、何も思い出していませんよ。

 いや、厳しすぎるかも知れませんが、あまりにも極端な保護と甘やかしが行われているからです。それはひとえに、原発の被害を、はっきりとはさせないがための処置でしかないのですよ。あなた方を、一生支えていくことなど、誰にもできません。

 さっと、賢く判断をして、ご自分で道を見つけていかないと。
 1945年までの日本人はありとあらゆることを、自分で解決したと思います。
 いまだって、普通の人は会社が倒産したって何だって、すべて、自分で一人で解決して言っていると思います。全然出すなと言っているわけではないのです。ただ、ばかげた方針に踊らされないで、知識を元に、自主的に判断をしてくださいと言っているのです。
 キシレン検出が、意味することを、ちゃんとご自分たちで、考えてください。

 核分裂とは、いったん始まったら、終わることがないのです。安全だと言われていたのは、厚い二重の保護膜で、覆われていたからであって、それが、壊れてしまった今では、永遠の核分裂が続いて、永遠に放射能は出てくるのです。政府の要人でさえ、核分裂と、昔からある酸化による燃える現象と同じだと勘違いをしているように見えます。 昔らの化石燃料を燃やす発電は材料がなくなると終わるのですが、核燃料は材料がなくなると言うことはないのです。

 終わりという意味では、原爆や水爆はまだいいのです。一気にメルトダウン以上の段階まで行ってしまうから、終わりも来るのですが、原発は、一気の核分裂ではないから、永遠に、放射能は出てくるのです。うんざりという言葉が、これほど、当てはまる例はないだろうと思われるほど、永遠に被害は続くのです。
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副題3、『フランスは、内心で、どう、考えているのか?』

 イギリス、ドイツ、オーストリアなどでは、すでに、原発廃棄の方向で、決まっています。それが、決まっているからこそ、彼らは、ある意味で、原発の怖さもはっきり言い表していて、福島・原発から、20キロ圏以内には、はいらないのです。が、ドイツの緑の党の党首でさえ、はいらなかったと、私が書いたので、急に、反動が起きていて、有名外国人が、福島県や、宮城県を訪れています。ピアニストのランランやバレリーナのギエムはその典型です。

 残念ながら、はっきり言うと、福島県の人は、事なかれ主義で、責任を負いたくない悪人たちに、実験動物以下の扱いを受けているのです。そして、そういう風に他人を見下しているもっとも最右翼の国が、フランスです。

 三月中か、四月初めに放映された、フランス制作のチェルノブイリの25年というNHKBSで深夜放映された、番組内で、チェルノブイリを、今管理している人材たちは、口を極めて、「フランスで、製作された防御策は何にも役に立っていない」と言っています。この3.11でも、なんどもとりざたされた石棺からは、今でも放射能が漏れているのです。で、その石棺を、今度は厚いトンネル状の鉄の塊で、かまぼこ型に覆う案が出ているそうですが、それを実行するのか、だれなのかは、明らかになっていません。案だけでてていて実行は何もないのです。

 それにだれが考えても、それほど、大きな塊型の鉄の覆いを、制作することはできません.溶けた鉄をどこで作り上げ、どこで、50メートルの高さに持ち上げるのですか。ヘリコプターに乗せたってたちまちに冷えて、役に立ちません。ただ、ただ、無責任な人たちが、子供が思いつくような安易であり、実現不可能なアイデアを、提供しているだけなのです。で、チェルノブイリの人は今では、フランス側には、何も期待をしていません。

 そして、日本も、政府が率先して、(お)豚さんぶりを発揮して、高価なスーツに身を包んだアレバ社の女性重役に、40億円だかの特許使用料を払ったと、どこかの週刊誌が書いていました。それは、きっと、真実でしょう。で、福島原発内でも、それは、何の役にも立っていないはずです。いや、役に立っているかもしれませんが、それほどの、高額を払うことへの対価としては、役に立っていないとみるべきです。会計検査院にも専門家がいないので、チェック機能が果たせないことをいいことにしているのです。

 だけど、フランスにも表と裏があります。裏の裏では、すでに、原発は、お金にはならないと判断しているはずです。原発からの、軌道修正は考え及んでいるでしょう。しかし、最も利益率の高い、商品であった、核燃料を売りつけないと、次はどういう風に経済構造を作り上げていったらいいでしょうか?
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副題4、「アメリカは内心で、どう考えているのかな?』

 フランスはおお急ぎで、経済の抜本的な仕組みの方向転換を図っているところですが、その兄弟国であるアメリカだって、3.11以降、これは困ったと頭を抱えているはずです。で、引き続き、核燃料商売を続けたいので、『原発をどうか、おつくりなさい。そこで、生成したプルトニウムで、水爆を作ったって、かまわないですよ』と後進国には、引き続きすすめ、その実際の手足としては、日本と日本人を使おうと思っているわけです。日立と東芝などは、原発、システムをトルコほかに輸出する予定ですよね。知らないうちに、それは、また、実行をされてしまうでしょう。
 
 しかし、私が推察するところ、アメリカ本土でも、すでに、原発は使えないのだと判断をしていると思います。どんなに広いといえども、原発の本質は、すでに、正しく、学んでいるはずだから。

 全く新しい、金儲けの手段を見つけるべきだと、転換を図っているところだと思います。その一策がTPPでしょう。私なんかが見ると、「臆面もないですね」という話ですが、このTPPは、アメリカがいかに、日本と、日本人を豚扱いしているかの証拠です。

 そして、3.11以降の、この一年間に、G7とか、G20とか、さまざまな経済懇談会が世界で開かれまくっているでしょう。これがなぜかというと、その中の主要国家に、よく方針を伝え、コンセンサスを確認しておく必要があるからでしょう。表向きの、立場とは違って、その秘密の枢要国家に選ばれるのは、中国がどうかな? というところで、日本は選ばれていないはずです。日本がもし、表に現れているほどの、尊敬を実際に与えられていたら、安全保障理事会にはとっくにくわえられているはずです。  
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副題5,『振り回され、馬鹿にされている日本と、その総理大臣』

 日本の野田総理大臣は、国連総会に出席時は、500億ドルを、アラブ諸国へ支援するように約束をさせられ、今度は、消費税の10%を確約をさせられました。しかも総理大臣ノ切り札である解散でさえ、消費税と絡めて時期を彼らに決定をされてしまいました。

 本当のことを言って、この原発事故の後始末のための費用負担者としてには、核燃料を売りつけてきた国も賠償をしないといけないのが普通ですが、何でも、ひったくってやろうとしている諸外国に言うなりに、こづき回されている情けない人です。肝っ玉のまるでない人です。

 しかし、だからこそ、世界のマスコミからいじめられません。菅総理大臣が、どこかの会議へ、出席すると、いつも、誰からも相手にされていないと、報道をされました。孤立化していると報道をされました。だけど、管さんは、野田総理大臣ほど、言質を取られていません。国民にとっては、その方がよかったのです。

 だが、日本のマスコミが、日本語で、菅総理は誰にも相手にされていないと書くと、普通の日本人は、菅総理は無能であると感じるでしょう。そして、トラブルの起きない野田総理を、立派な人だと感じるでしょう。

 しかし、野田総理が外遊するたびに、信じたいほど、一本を取られ続けなのです。
 最近の外交事案で、大きな懸案は、沖縄普天間基地の移転問題と、このTPPと、の二つですが、どちらも目くらまし的なもので、本質は依然、『3.11と、原発をどう始末していくか』にあります。で、新聞の紙面と、ニュースの時間配分を、別の問題へ,割かせることが目的として、普天間問題も再現したし、TPPも、新たに定義をされました。『あくどいね。アメリカ富裕層目』と、英語が好きで、アメリカ人を大好きな私も、怒りを込めて、言いつのらないといけないほど、この揺り戻し策のいぎたなさには、唖然とします。
 TPPというのはいかにも巧妙です。経済の仕組みですから、日本には、経済学者がわんさといて百家争鳴となります。で、せっかく田舎と都会が、福島第一原発の事故で、連帯しようとしていたのが分断されます。
 つまり、連帯して、はっきりと、核はいらないと言わないといけないのに、分断されてしまったのです。

 都会のサラリーマン社会と、田舎の農家とが、争うような悪いえさを与えられたのです。

 『少しでも、正しいことを共有したいね』と思っても、公衆電話内の電話帳で、個人名簿であるほうの青い表紙の方は、すべて、ひっこめられていて、昔は門戸を一般人に開放していた、NTTの各支社が、門戸を閉ざしています。この件は、外国人父系でさえ、『プライヴァシー保護と、言い過ぎで、学校内の連絡網さえできません』と怒っていたのですが、すべての、ニュースは原発問題と結びついています。
 
 電話帳が置いていないのは、警察の発表によると、振り込め詐欺が頻発しているからだそうですが、視聴率と同じで、振り込め詐欺被害の額など、警視庁や警察庁の発表次第で、どうにでも変更できます。副島孝彦さんだって、振り込め詐欺の多発は嘘だろうといっています。嘘でしょう。そんなにバカばっかりいるはずはないのです。。。。6へ
アメリカは、内心で、どう考えているのかな?

 「おや、おや、日本って、隅から隅まで、アメリカ・・・・特にこの核燃料を売りつけている側・・・・に支配をされているのですね」と、わかってしまったのです。
 しかし、今は、表向きにはアメリカはでしゃばってはいません。普通の場合は、エージェントとか、親米派の日本人議員を使って支配が、行われます。
  そして、最も厄介なのは、日本人の、特に、文化人を支配してくることです。

  この文化人がどう動くのかは最近、ここで、ずっと書いてきたことだから、今日はあえて葉触れません。
  もう一回後で、見直して、小さな誤変換を直したら、署名をここに入れます。
コメント

メルトダウンという捏造(?)ニュース・・→TPPと、円高の本質は?・・・完成

2011-11-03 23:27:21 | Weblog
以下は、2日の深夜、メモとして、フェイスブックで書いたものです。最近、連続して書いてきた諜略とは離れますが、ここで、一種の総括をするのも、よいかなあと思い、アップさせてくださいませ。なお、フェイスブック上のメモを、グーブログ用に、言葉を書き加えながら、推敲していきます。

副題1、『私のニュースソース、が、狙われる? その形は』
副題2、『キセノンが、二号機で、検出された』
副題3、『核分裂とは、木づちで、砂岩を割るようなものだ』
副題4、『キセノンとは、安定した物体です。外殻電子が八個だから』
副題5、『メルトダウンという言葉には、反応しなかった私』
副題6、『チェルノブイリの25年後と、NHKの隠ぺい姿勢批判』
副題7、『野田総理大臣、批判へ向かう』
副題8、『TPPと円高の本質は』

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副題1、私のニュースソース、が、狙われる? その形は?』

 私は、時間の関係から、情報を得るニュースソースとしては、パソコン内に表れる、yahoo, goo(これはOCNと、同じ)、Livedoor の3つサイトを、一番利用しています。その次が、NHKニュースであり、新聞は最後に、時間があった時のみ、または、大ニュースがあって、どういう論調を、新聞がやっているかを確かめるときのみ読むようにしています。

 で、それらの、インターネット経由のニュースサイトのうち、一番品の良いのが、ヤフーで、一番品の悪いのが、Livedoor だと、初めのうちには思っていました。あと、nifty をよく見ていた時代もあります。

 それは、Livedoorに、私をいじめるニュースが多かった時代があるからです。
 が、だんだんに、『goo が、私をいじめるニュースが多くなったかな?』と、移動をして来ます。これは、何を意味するかというと、じゃり、じゃりと、心を、痛めつけ、動揺させるニュース(例えば、大相撲の八百長疑惑とか、他で、私がこのグーブログの世界で、「こうですよ」と論調したニュースを、反対に持っていくニュース)が意図的に、あるサイトに、集中して現れる時期があったのをさします。

 グーグルジャパンも利用されているとは前報でも述べました。『突然現れて、弾圧用ひっかけをしてきた、ライターA女史と、ライターB女史の二人を、それぞれ、かばって、彼女たちに関する情報を伏せたり、または、応援するために、データを大量に増やしたりします。
 それは、それらの、諜略行為を、35%程度まで、私が書いているうちは、二人をかばうのです。私の読者が、この文章から、その人を誰か、特定したくなった場合に、特定できないように、かばうのです。

 ところが、それでは、私の被害が大きすぎるので、もう少し踏み込んで、55%ぐらい、彼らの悪(といっても、主に、裏に隠れてアイデアを提供している人間に関する文章ですがね)を書くと、今度は、その鉄砲玉として使われた人間のデータを、大量の露出させ、こちらの読者が、その人をチェックした場合に、『意外と、立派な人じゃあないの』と、思うように誘導していくつもりでしょう。そういう方向を目指して、国際的軍産共同体と、その支配下に立って、日本国内洗脳用、エージェントたちは、動くわけです。それに、グーグルジャパンは全面的に協力しています。

 パソコンを使う仕事に関しては、ありと、あらゆる、変更が、頻繁に起きるのが、私の自宅であり、クレジットカードを利用するホテルでも、起きる現象です。

 で、Livedoorのニュースの傾向が、今は、戻ってきていて、普通になり、かつきちんとしてきていて、goo (=OCN)の方が、より、悪意を込めたニュースを載せるケースが多くなっています。
 特にしっかりした意見を述べるブログの紹介をしていることで、Livedoorの方が、読みでが出て来ました。

 そういうわけで、Livedoorを、信頼していることは、それを、フェイスブックの読者へ宣伝をしてあげるケースも多いので、敵方には、わかっているわけでしょう。で、いわゆるいじめの一つとして、Livedoorの頁が、芸能欄が、最初に現れるように変更になっているというわけでした。そして、なかなか、政治欄が表れにくいように変更になっていたのでした。

 これは、小さな迷惑行為(または、ひっかけ)ですが、前報で、X君という、これらのIT的いじめを、実行している(または、そのアイデアだけを提供していて、別の組織に雇われているサラリーマンがやっているか)人物について触れていますので、それを否定するために行われているか、それとも、別の目的で、引き続き行われているかを、私の方が、考えているところです。

 グーグルジャパンは、会社組織全体で、言うことを聞いていると思いますが、こっちのLivedoor のニュースの、件は、48時間後の今は、回復をしています。軽い現象でした。
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 で、11月1日(月)の夜遅く帰ってきて、パソコンを点検した結果、『今日は、たいして大きなニュースがないなあ。穏便な日でよかった』と思いました。しかし、それは、大間違いだったのです。
 実は、この1日には、キセノン検出のニュースが配信をされました。これは大きいニュースです。

 それが、月曜日に配信をされ、しかも、ニュースが芸能欄しか見えなかった形となると、『わざと、私の目に触れないようにした。だから、これは、相当大きなニュースではないか』と考え始めます。というのも、いままで、日韓関係の発表、お相撲壊滅作戦関連のニュース、小沢一郎氏の陸山会事件関連、松本龍大臣を辞任させた、隠し撮りが宮城県庁で行われた日、すべて、月曜日か、木曜日を狙っていますから、そう考えるわけです。

 その二つの日は、必ず銀座へ出かけて、長時間間、家を空けています。携帯を持っていない私は、情報音痴になるし、帰宅をすると、疲労困憊していて、文章を書かないので、国民を洗脳するための大事なニュースは、その日に流されることが多いのです。
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副題2、『キセノンが、二号機で、検出された。野田内閣をなじりたい』

 その大ニュースである、キセノンの検出について、2日に早ガキのメモの形で、フェイスブックの世界で、取り上げています。決してグーブログの読者をバカにして、そちらを先にしているわけではなくて、そっちの方が、時間の経緯とともに、消えていく軽さがあって、それで、緊急なことは、そちらでメモ的にまずつづってしまうこととしているのです。で、以下にそれを、推敲を加えながら、さらしていきます。
 
 私は、ここグーブログの頁で、で、福島の人たちへ、必ず「次があるから逃げなさい。逃げなさい」と、三月と、四月に、口を酸っぱくして言っていたのに、政府は、まったく反対の方向へ行っています。

 今回は二号機でした。が、四号機、が、一番核燃料棒が多くて、しかも使用済みとして、プールの中で倒れあって、絡まりあって、めちゃくちゃな、形で保存されていて、そのプールは、いずれ、壊れるのではないかと言われています。今、そこもさることながら、五号機や、六号機がどうなっているのか、も、一切報道をされません。
 ばかげた除染のニュースばかりです。除染は、お金を分配できる政治家、国家の役人、地方の役人、そして、業者を、潤すだけの新たなおもちゃでしかないのです。校庭とか、ホットスポットを、水で洗ったって、放射能は、あっちこっちから、PENETRATE=貫通してくるのですよ。その100分の一も防げないと思います。
で、今、野田内閣がやっていることは福島県民には何の役にも立ちません。ただ、原発を引き続き運営し、核燃料を売りつけたがっている、例の国際的軍産共同体へ奉仕することを、やり続けているばかりです。

 皆様は、DNAの模型というものをよくご覧になったことがあるでしょう。さまざまなところで、らせん状になっていて、竹ひご(または、楊枝状の枝が、丸い木の球を何百個、何千個とつないでいるもの。または、その図を。
あの白や黄色で、色付けられた丸い玉は、炭素、水素、酸素などを表し、DNA一個は、壮大な分子量をもつ、タンパク質です。あの、色付けされた木の球一つが、もし、地球程度の大きさと 仮定をすると、放射能(マイナスイオン)一個は、ピンポン玉程度の大きさなのです。

 これは、厳密なたとえではありませんが、大体が、それほど、大きさの違う小さい方が、光の速さで、飛ぶので、質量イコール重量かける速度の法則・・・・によって、すさまじい力を持つのですが(だから、放射線が、人体に影響を与えるのですが)その小ささによって、空中も地中も、家の壁(材木も、コンクリートもブリキ)も洋服も何もかもを、PENETRATE(貫通)して、人体に入り、マイナスイオンの作用で、タンパク質(特にDNAなど)の一部を壊すのです。

 ですから、今の政府の非科学性というのは、信じがたいほどなのです。細野豪司大臣は、京都大学出身だそうですが、文科系の法科の出身でした。となると、化学や、物理は、高校程度までしかやっていないと推察されます。今までの、日本の教育は、隠ぺい方向でしたから、大臣自体、何もわかっていないと同然なのです。
 野田総理大臣も同じです。早稲田の政経学部は、東大、京大と並んで、入学試験は難しいところですが、大学で、化学や物理の勉強をするわけではないでしょう。それに、文科系(政経学部も、大きくいえばそうである)に進む人は、高校時代までに、化学や物理が好きではなく、ただ、入試のために勉強しているだけですから、根本が身についていないのです。

 一方で、学者、特に物理学者は、ノーベル賞というニンジンを目の前にぶら下げられているので、何も真摯には、発言をしません。怖いのです。学会や原子力村から、外へ弾き飛ばされてしまうのを。
 つまり、弾圧は私の場合と同じく、人間関係を利用して行われるでしょう。そして、それは、なんとはない気配として、すべての学者が既知のことだと思います。
 それから、化学専攻者であっても、こちらも、ノーベル賞が、ニンジンであることには変わりはありません。しかも、学者というのは、平易なわかりやすい言葉で語るところを恥とするところがあります。
 で、国民に、丁寧にわかりやすいように伝えておりません。その結果、国民が何にもわかっていません。
私は高校や大学での、学校の成績はさして、よくなかったのですが、中学までは、神奈川県一頭がいいといわれたのです。それは、神奈川県では統一テストというのがあって、満点だったからですが。そして、成績が悪くなったのは、好きなことしか勉強しないからであって、好きなことは非常に好きで、化学は結構好きなのです。
 
 で、放射能っていうのは、化学として言えば、おおきな分子が、いくつかに割れることなのですが、これが化学、特に周期表の勉強をすると、面白くてたまらない現象なのです。あ、皆様、どうか、誤解のないように、よろしく、ご理解くださいね。私は原発の方は大嫌いなのですよ。ただ、化学の現象としては、核分裂はたまらない面白さのある現象です。

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副題3、『核分裂とは、木づちで、砂岩を割るようなものだ』

 ここで、フェイスブックの元ダネに、このグーブログ固有の説明を、あらたに加えさせてくださいませ。

 ウランというものは、中心の陽子+中性子の数が大きくて、原子ナンバーも分子量も大きく、それゆえに、とても固いものです。しかし、化学を身に着けるには、イメージとしてとらえることが大切なので、仮定として、直径四〇センチぐらいで、高さ四〇センチぐらいの、球体の砂岩が 一個のウラン235原子と、ここで、お考えをいただきたいのです。

 それを割るのですが、ここで、ハンマーとか、金づちなど、砂岩からはるかに離れた硬さの道具を使わないで、割ってください。木槌を使うのです。すると、石は四分五裂します。固い工具を使って御影石などを、技術高く割ると、お墓の石を割り出す石工みたいにまっすぐに割れたりしますが、そうではなくて、子供が河原で、遊びで、木槌を使って、たたいたと、仮定をして見てください。

 割れた後ですが、一つとして、同じ形で、同じ重さの石はないと思います。それは皆様もご理解いただけますね。これが核分裂で、もしこの作業を、川の中でやったら、柔らかい部分は、早く水で溶けてしまって、形が砂へと瓦解しやすいし、硬い部分は、長い年月がかかって、瓦解していくとお考えいただいて、それが、半減期の違いである・・・・・などと、例えていただくと、非常にわかりやすいと思います。

 さて、しかし、もし、水の中で割ったのではないと仮定をすると、それらの石は砂岩だだとはいえ角がとがっていて危なくて、地面に、きちんと安定した形では、横たわらないと仮定をいたします。

 これが、核分裂で、生まれる人工放射性元素たちの不安定さ=不安定であるがゆえに、放射能を出して安定したいと願っている、=ことのたとえとさせていただきたいのです。角をとりたいというのが、イオンや、中性子を出して、丸くなりたいと願っている、人工放射性元素であると、みなしてください。『その角の砂にあたるのが、中性子や電子の放出であり、それが、放射線と言われるものである』とも、みなしていただきたいのです。

 ここで、木づちにあたるのが、中性子です。中性子が、ウラン235にぶつかると、ウランが割れ始めるのです。そして、ウラン235というのは、一応は球体ですから、その核が、分裂した、あとの各生成物質も、球体になろうとする、そういう力と方向性が、イオンや中性子のやり取りともなっていき、それは、ベータ崩壊となって行くものです。異常は石でのたとえでしたが、純粋に科学として説明をすると、
 ウラン235の中心が、核分裂をして割れた時に、生成物質の構造が、外殻電子と、核の中の、陽子や中性子が、きちんと釣り合う形で、割れていくわけでもないのです。で、そのバランスをとるために、核内の中性子から、電子を放出します。これがベータ崩壊です。キセノンの同位体にはそれが、起きるのでした。

 ここで、一番大切なことは、核分裂とは、目に見えない現象なのですが、それは、目に見える現象である、柔らかくて、丸い岩を割るというイメージと、同じであるということ、と、その際の割る道具が、木づちではなくて、中性子であるということだけの違いなのだと、いうことです。

 こうすると、とても、わかりやすくなるでしょう。
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 さて、つづく、副題4も、グーブログだけの文章です。
副題4、『キセノンとは、安定した物体です。外殻電子が八個だから』

 さて、このニュースを聞いた時に、私は、『キセノンって、非常に安定した物質だったのではないかな。ネオンと同じで』とは、思いだしました。いや、残念なことに、すでに、六十九歳です。しかも、化学は、50年前に学んでいます。どんなに好きだといっても、忘れていることは多いです。

 が、キセノンが、ヘリウムや、ネオン、アルゴンと同じで、大変安定した物質であることは覚えていました。

 化学にとって、最も大切なことは、周期表です。それが、暗記の対象としてではなく、一種の童話の主人公たちであると、考えていただきたいのです。すると、大変なじみやすくなってきます。『一番左は一本の手を持っている、小学一年生の某やであり、兄弟であり、番号が増えていくほどに、その手の数が増えて、最後に八本に達するとまた、最初に戻って、次の外殻へ移って、また、一本の手で友達と仲良くなる、それが、二年生だな』などと、考えていただきたいのです。

 キセノンは、五段階目の、周期表に現れるので、たとえてみれば、五年生ですが、質量的には、中学生程度と考えられタラいいと思います。ヘリウムの差は、性質的に非常に違いますし。ただ、外殻の手は、8本ありますので、安定した物質です。

 原子ナンバーは、54ですから、ヘリウムの27倍です。ヘリウムが、大変安定した気体であり、神社の夏祭りの屋台などでは、そのボンベが置いてあって、風船に詰めているのを、みなさんはご存知でしょう。で、球体の原子となると、
 イオン原子の活動が、活発で、その領域が、クラウド(雲)のように、中心(殻)を、光の速さで、走り回っていて、その存在感でもって、他の原子や電子の侵入を防ぎます。その直径ですが、決してヘリウムの27倍(二次元)ではなくて、三次元(729倍)か、それ以上の大きさになります。で、

 核内にある、陽子(プラス)と、外殻電子(マイナス)は引きあう力が、相当に小さくなります。で、ヘリウムやネオン、アルゴンなどは、他の物質とは、絶対に手を結ばない(八個が完結した手だから)のに、キセノンだけは、他の物質と手を結び、化学的反応を起こすことを、すでに、1962年に白金やフッ素を使って、証明されています。つまり、イオンが、離れやすいのです。

 ほかの放射性物質の場合は、たいていは、最外殻電子が、一価とか、二価であって、質量が大きくて、外殻電子が、核より遠いがゆえに、飛び出して、放射能となるという形をとりますが、キシレンだけは、それがありません。

 ここまで来ると、このニュースも、私に対するひっかけだったかもしれないと思います。つまり、そこにはこのブログとしては、全く新たな概念である、ベータ崩壊が出てきます。これに対しても、あとで、わかりやすく説明をしますが、敵たちは、それを、私のような素人、および、さらに、その向こう側にいる私のブログの読者が、理解できるはずはないと信じて、このニュースを、2011年11月2日に、出して来たのではないでしょうか。となると、これも、前報で言っているゴッホの新他殺説、と同工異曲となります。

 ただし、この案を、井上ひさしと、伊藤玄二郎の、二人が、提出したとは思われません。二人やら、各エージェントの、要請によって、榎本・東電(元、または現)顧問あたりが、考えだした、フェイクに近いニュースだったのかも知れません。
 これが、一日後の、ニュースの流れを見ていると、さらに、確信に近いこととなってきています。
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副題5、『メルトダウンという言葉には、反応しなかった私』

 これも、グーブログ独自の考察として加えますが・・・・・
 今から、2日の深夜から3日の早朝にかけてかいた、フェイスブックのメモ8000字を、点検していきますが、幸いなことに、メルトダウンという言葉には一切反応をしていないはずです。メルトダウンが、二号機で起きていた可能性は感じますが、それは、今ではないです。ずっと前のはずです。
それでも、この1日に発表をされたのは、私をひっかけるためだったでしょう。久しぶりに星野大臣からの発表でもなかったので、これも傍証になります。本当にひっかけだったと、今では、わかってきて来ました。

 だけど、これって、国民をばかにしていますね。『野田内閣と、菅内閣の違いは、ここに極まれり』というぐらいです。菅内閣は大体、まっとうに情報を流していました。隠ぺいはあったかもしれませんが、ねつ造はなかったでしょう。
 野田内閣は、東電の発表が、一部捏造であっても許すのです。どうしようもない精神性の低さを示しています。事なかれ主義で、頭を全く使っていません。
 このフェイクのニュースの目的は、私がメルトダウンという言葉を前面に立てて、「ほれ見たことか、やっぱり、おもったとおり、次の大爆発が起きたではないか。だから、あれほど、逃げなさいと言っていたのに」とがなりたてることを誘導することにあったと思います。
 もし、そういう文章を書いたとしたら、すぐ、はしごを外して、ばかを見ろ、座間亜美ろ。お前のさきばしり文章は、福島県民に迷惑をかけるんだぞ。だから、福島県民は政府の言うことを聞いて、福島に帰ったらいいのだ。適宜除染はしてあげるのだから」と言いたいのでしょう。で、そこでお前は間違っているのだから、ほかのすべても、お前の言うことは間違っている」ということとなって、

 政治に関する文章も、また、エージェントたちの真実を書いた文章も、削除を求められたり、していくのだと思います。いや、ともかく、そこまでしなくても、読者が自発的に、「彼女は間違っている」と判断してくれることを願っているのでしょう。ともかく、彼らは身内びいきですから、私が挙げた、10人ぐらいのこの協力者たちが、真実のエージェントであることを、読者が信じることは絶対に避けたいのです。
 で、日本国民すべてをだまして、メルトダウンとまで言ったのでした。

 すると、これは、つい先だっての、イギリスの学者(といっても、とてもレベルの低い人間だと思いますが) の、ゴッホの新他殺説、を、ねつ造・・・(それが、私に見破られて、あぶはち取らずになった)・・・したことの失敗でも、まだ懲りないで、新しいわなを仕掛けてきたわけです。
 これで、三度目のひっかけです。19歳の大学一年生が、家出をしたニュースがだいいちばんでしたが。
 でも、メルトダウンを使わないでも、言いたいことをFB上で言っています。で、フェイスブックのメモをふたたび、ここにおかせてくださいませ。
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 同位元素のことや、そこから発生する放射能の原理は、だいたい20世紀の初めに、次から次へと発見をされたことです。キュリー夫人から始まって、輝ける学者たちが、噴出した、最高のレベルで、化学がもてはやされた時代の、研究結果で分かっていることで、ゆっくりと、かつ丁寧に、考えてみると、だれにでも、わかってくる話なのです。

 ああ、だけど、だれも、私を尊敬してくれないから、私が、この日本のオピニオンリーダーになれるわけでもないから、あれよ、あれよという間に、この原発事故を、手当させるのに、最も適任だった・・・科学的知識を持つ人である◇菅◇さんは、やめさせられたのでした。 
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副題6『チェルノブイリの25年後と、NHKの隠ぺい姿勢批判』

 ここで、日本政府とロシア、特にチェルノブイリ後の、ロシア政府(当時はソビエトロシアだったかな)の違いは、論考せねばならず、それを、申しあげましょう。
不誠実極まりない方は、日本政府の方です。今、ありとあらゆる手当を尽くして、福島県民を大切にしているように見えますが、それは、かえって毒素が多いことで、一種の人体実験まがいで、危険な区域に足止めをされているのです。そこまで、悪意がないのかもしれませんが、本当の責任を取ることを先送りしている姿勢は、政治家としては、不誠実
なのです。

チェルノブイリは、原発周辺に、作業員とその家族用の、町ができていて、その町に住んでいる人は、何も知らされないまま、3日間は、いわゆる死の灰というものを浴びました。
 しかし、四日目に、政府は、チェルノブイリの住民を、すべて移動をさせることにしたのです。最初は隠ぺいしていたのです。が、北欧で、放射能が、異常に高くなったので、追跡され、事故が発覚しました。その後は、すぐ住民を移動をさせたのです。何も持たないように、緊急に出立せよと命令して。 
 皆様は、その映像をご覧になりましたか。平野の中の一本道を延々と、数十台のバスが連なっていくのです。ソビエトロシアが、100%誠実だったわけでもなくて、発覚をしなければ、この事故の事実を隠ぺいしようとしていたのです。が、発覚をした後での、スムーズで、決断のきっぱりしていたこと。それは、放射能の害というものを、きちんととらえていたからです。
 これは、三月中に、三夜連続で、放映されましたが、NHKは、それを、BSでしかも、深夜零時過ぎに放送しました。これじゃあ、私みたいに、非常に関心のある人間しか見なかったと思います。特に、福島県、避難民は一切見ていないでしょう。当時は停電で、しかも非常に寒くて、夜起きていることなど論外でした。村長さんたちも見ていないと思いますよ。たとえ、政府や県庁との、連絡用に、ホテルに、泊まったとしても、真夜中に、テレビを見ている気持にもなれなかったと思います。で、あの、政府の避難勧告に激昂する形で、抗議した、飯館村の村長さんをはじめとして、首長さんは、誰も、これを、見ていないでしょう。

 この番組は、深夜でしたから、わざと、この日本・国民に見せないようにしたといってもいいぐらいです。ともかく、広瀬隆さんとか、私のように、強い関心を寄せている人間に対して、「一応放映をしましたよ」という免罪符を得るために、渋々、深夜放映をしたと、推察されます。これは、邪推ではないでしょう。

 制作はフランス・テレビ局が、行わった模様ですが、フランスが、原発大国であり、原発を産業として、推進しているから、及び腰の、報道の仕方なのです。たとえば、チェルノブイリ事故が、現場の映像ではなくて再現ドラマ風で、しかもアニメです。だから、リアリティが相当に損なわれていて、まるで、夢の国みたいです。そうです。童話の世界みたいに感じられます。現実の世界とも思えません。そして、三本あるうちの2本目など、特に、隠ぺいが強い風情のものでした。それは、赤い松と言われて、いったん死滅した植物群がすべて、回復している映像でした。が、それは、すべて、後から、移入してきた、鵜群落であり、原発事故時にそこにいた生物ではないのです。いったんすべて死に絶えたので、別の場所から、移入する与力が出てきたわけです。植物も動物も。
 だけど、これは、原発事故当時の生き物ではないわけですから、回復したとか、復興したといわれても、一種のだましの向きもあるのです。で、二本目を見ただけで、三本目は見る意欲を失ったほどです。だが
 一本目だけでも、福島県民と、各首長さんが見たら、その後の展開は。相当に異なって来たでしょう。例えば、フランスが、チェルノブイリに、今までやって来た、事後策は何ら、有効ではなかったという証言などを聞いていたら、被害の大きさに対する心構えは、今とは、違ってきたはずです。

 延々と、画面いっぱいに、三センチ程度の小ささに見える、数十台のバスが、対向車もまるでない中を、走り抜けていきます。カメラはやがて地上に降りてきて、当時、そのバスで、避難した人たちに、マイクを向けます。   

 その人たちは、苦言を呈します。「突然に言われて、何も持ち出せなかった」と。だけど、だからと言って、一時帰宅を許す、日本政府の方が親切だといえますか? チェルノブイリの人たちは、自分たちの中から、すでに、遺伝的に、奇形児ーーー(これは、イラクでは報道された・・・・・といっても日本人カメラマンが撮影してきただけですが・・・・・が、チェルノブイリでは、堕胎処置をされている可能性があります)ーーーが、生まれるとか、生まれた子が、がんにかかりやすいという、症例を身近にみているーーー(その番組内の、カメラは、それを映さなかったが、実際には、別の報道で、それは出てきています)―――だけに、「帰りたい」などとは、だれも言いません。サラリーマンではなくて、土地を持っている農家などが、帰りたいといっているし、実際に、現地で暮らしている人間もいるようですが、みんな、ひどく、健康を害しています。

 福島の人が、「帰りたい」とか、「帰るという希望を失ったら、何もない」というのを聞くたびに、私は戦慄します。この人たちはどうして、何も知らないのだろう。
原発の放射能の影響とは、30年後ぐらいにあらわれるのです。原爆の放射能は違います。一気に核分裂をするので、大量の被ばくをして、皮が剥けるような大やけどを負って、数日のうちに何万人の人が死にました。が、原発というのは、事故を起こしても、それでも、原爆よりは、抑制されているので、目の前で、皮がべろっと、足のもとにたれるということはありません。

 が、チェルノブイリ事故の時に、子供または、少女だった女性が、妊娠をすると異常が起きます。で、チェルノブイリでは、半径50キロ圏内は、人が住んではいけないこととなっています。   
 そういえば、私は、それを心配するのですが、福島県地元民の中には、いまだに、原爆や水爆と、原発は全く違うものだと思っている人がいるのではないかしら。そんな基本的な事実でさえ、知らないから、のほほんと、いまだに、福島県内に住んでいて、東電は、保障費を自主避難をした人にまで拡大しろと、大会を開いて、宣言を出すような元気さがあるのではないかしら?
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副題7、『野田総理大臣、批判へ向かう』

 ところが、今、日本政府がやっていることは、半径20キロ圏内だけが、危険だという事で、しかも、それを解除する方向へ行くとのことです。何を言っているのだろうと思います。福島で、不安定になっている核燃料棒集合体の数は、チェルノブイリ事故で、メルトダウンした、ウラン総量よりはるかに多いのです。

 野田総理大臣という人は、なんという、無責任で、無思慮、無思考な、人であろうと思って、戦慄します。喧嘩はしない人です。で、永田町が落ち着いているように見えます。が、何もかも、先送りで、大切な方向性が、全くありません。松下政経塾を出てから、駅前で、ただ、にこにこしていた忍耐の人ではありますが、その同じ時間に、ひたすら仕事をしてきた人に比べ、信じられないくらいに頭を使わないし、頭脳の発展をしていない人です。  

 私は、2003年の、小泉政権の誕生以来、政治的な文章を書くようになりました。というのも、日本の首相がどれほど、不自由であり、また、諜略の対象になっているかが見えてきたからです。で、普通の日本人に対して、『目覚めてほしい』と願って、政治的な文章を書き始めました。で、大体、時の総理大臣は批判をしないことに決めています。
 
 日本は、被・植民地国家ですから、総理大臣は板挟みの極致であり、苦労の極致の仕事だからです。が、野田総理大臣は、こと、原発事故の処理に関しては、無能以上に困った人です。彼が、今とっているのは、将来的には、すべて、有害な方針です。この国にとっての、(大局観からいえば)とんでもない禍根を残す方針ばかり取っています。

 だけど、私が総理大臣を変えることはできません。もうこれ以上書きたくないほど、私たちは無力です。 
 
 丁寧なものの言い方をして、喧嘩をしなくて、安心感を与えてくれるようい見えながら、こんなに、無責任で、ものを考えない総理大臣は、私が観察を初めて以来初めてです。例えば、おお悪口を言われていた森総理大臣だって、この人よりは大局観がありました。こういう総理大臣を、を頭の上に抱いた場合、国民に何ができるでしょうか。
私が思うに、『ただ、ただ、日本人一人一人が、早急に勉強をしなければならない』ということです。*1、核分裂とは何かを、周期表のレベルで学ぶ。*2、外殻にいくつのイオンが入っているかどうして、それが、飛び出すのか?も。そして、*3、光の速度を持つマイナスイオンが、どうして遺伝的異常をもたらすのか? そういうことを学んでほしいのです。身についた知識として、頭の中に、分子からイオンが飛び出してDNAの炭素原子の核内をどうPENETRATE=貫通、していくかを映像として、はっきりと見えるまでになってほしい。

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副題8、『TPPと円高の本質は』

 さて、フェイスブックのメモは、一応以上で終わりです。

 で、今話題のTPPへ入ります。

 これは、核燃料を売り込めなくなったアメリカを代表する大富裕層の一人であるジョン D、ロックフェラー氏のビジネス救済案であるという特徴を持っているし、

 一方で、日本国民を分断する悪意を隠し持っています。3.11の結果、都会と田舎が、かつてないほど、緊密に結びあいました。が、その結果、日本人が真に連帯して、ひとまとまりになったら、利口になり、核燃料はもう輸入をしてはならないと言い出す可能性があります。それを避けるために、都会と田舎を分断しようと、しているのが、このTPPです。

 そして分断をされれば、一致団結して、原発反対を言うことができなくなります。

 話題が新しいところへ移っているみたいですが、そうではありません。もっとも大切な主題は、依然として、核燃料ビジネスなのです。
 円高も欧州失墜も、すべて、そこに結びついていくのですが、文章としては、ここで、今回を終わらせてくださいませ。
  2011年11月2日の深夜に書きはじめ、5日の早朝に終わる。
                    雨宮舜(本名、川崎 千恵子
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