銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

主役をやっても、超複雑な性格俳優となった・・・・・香川照之―2

2009-01-31 16:38:42 | Weblog
 さて、私はチャン・イーモウ監督のインタビューアーとして、NHK(?)に選ばれた香川照之を迎えたチャン・イーモウが、「あなたのクィズ・ライラは(鬼が来た)、見ていますよ』と、握手を求めてきながら発声をした事を、機縁にその映画について述べたいと思いながら、しかし、香川照之その人に、深く、入り込んでいき始めました。

 なかなかに、見事な人生だからです。彼は、そうとうな知識人として、自分を斜め上から見ることの出来る人物で、それゆえに、最初は、脇役から始めました。父親似で、ふっくらとした面立ちであり、今流行の美形(ソース顔)とはいえないからです。

 しかし、「鬼が来た」の猛烈な演技で、内外ともに、いや、自他共に、主役を任せられる俳優であることを、示しました。

 その後で、もっとも、成功した主役が、オダギリ・ジョーと、兄弟の役をした『ゆれる』です。私はこれを、申し訳ありませんがテレビ放映で見たので、極く最近に内容を知った映画です。多分、東京ソナタの前宣伝としてテレビ放映をされたのでしょう。

 東京ソナタは、有楽町の映画館で、予告編だけを見ましたが、ここでは、堂々の主役です。でもね。リストラをされて、それを、家族にいえないお父さんの役です。こういう設定は、10年ぐらい前までは、笑い話に近いニュースだったのですが、今では、非常に切実な問題になっているでしょう。それで、なのか?。こちらの映画『東京ソナタ』は公開されてから相当な月日がたっていると思いますが、未だに、東京でも三館で、実際に上映されております。

 次男の視点で、予告編は出来ていました。が、予告編では長男は、何かに絶望をして自衛隊、実際には米軍(これは、海外向けフィルムの編集ではそうなるのかな?)に入隊してしまいます。そして、贅沢なこととして、習得を禁じられているピアノへ次男は向かいます。それぞれが、秘密を抱えている家族なのですが、表面上は普通に、和気藹々と暮らしているのです。

 しかし、リストラ後、スーパーにやとわれて、食料品を棚へ飾る仕事をしているお父さんをお母さんが偶然に見つけてしまう場面。そのときの香川照之の表情は秀逸のみぎりです。恥ずかしいのですが、ほとんど無表情に見えるしぐさで、その決まり悪さを表現しています。ただ、この劇的な場面は脚本上の設定であって、実際のお父さんなら、交通費をかけても、家族の視線に出会わない場所のスーパーを選ぶでしょう。

 ただ、この脚本が書かれた時点が、相当前であって、職業のブランド意識が強く出ていますね。いわゆる、事務職、ホワイトカラーが上だと言う意識です。それは、世の中に実際にあるのだから、いいんです。だけど、急に世の中が変わって、今では、『昨日はホワイトカラーでした。でも、今日はネットカフェで、一日中過しています』などと言う、若い人が大勢いるような気がします。本当に困った世の中ですが、ともかく、このお父さん役は、香川照之にこそ、ぴったりの役です。年齢といいし、表情や身じまいといいし、昨日までホワイトカラーの事務職であった人が、現場の作業、しかも、運搬ですよね。大きなカーゴに、食料品を詰めて、各棚へ運んでいく役割・・・・・スーパーだって、奥の事務室で、食品会社のセールス担当と折衝を重ねているような、大学新卒で入社したホワイトカラーもいるんですから、お父さんは、正社員ではないのです。そこら辺りの微妙な落差を、表現しつくしています。

 これは、どこかの国でよい評価を既に得ているみたいですが、ニューヨークでもよい評価を得たそうです。いわゆる文芸映画として、23丁目の映画館辺りで公開されたのかしら?

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 しかし、その前に主役をした、『ゆれる』も素晴しい演技です。映画そのものもすばらしくて、2006年度の映画賞を総なめにしたそうです。日本アカデミー賞では、オダギリ・ジョー(都会的で、美形で、女にもてて、ちょっと、こずるい割り切り方をする弟の方の役)が主演男優賞を取っていて、香川照之が助演男優賞のようですが、よこはま映画祭では、香川を主演男優賞に当てています。私はオダギリ・ジョーも素晴しい俳優だと思っています。アメリカで修行をした事があるらしくて、自分の演技を、相当理性的に研究できるタイプです。

 だけど、このときの、ちょっと、とろく、見える。そして、風姿は冴えないお兄さん役。しかも、どうしてか、恋人を殺害したと、疑われる役柄・・・・・それは心理学的に言えば、弟が、真の原因者なのにと、観客は倒序法で、知らされているのですが、ミステリーは複雑に推移し、一刻も眼を離させません。

 すごい映画でした。別にピストルがぶっ放されるわけでもないのに。すごい演技でした。
ところで、おとなしめに脇役で人生を始めた香川照之が、こんな難しい役でも主役を堂々と存在感確かに演じきる影には、『鬼が来た』の主役体験が、大きな影響を与えていると信じる私ですが、また、きょうも、それについて、言及する事ができませんでした。ごめんなさい、明日、あさってをお待ちくださいませ。

    2009年1月31日     川崎 千恵子 (筆名 雨宮 舜)
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父性の欠如と、再・獲得、・・・・・香川照之の1

2009-01-30 12:49:19 | Weblog
 昨日、普通なら更新する時間から、今は、12時間がすぎています。しっかりと、リフレッシュをしました。私の左手には、香川照之について書くために、もっとも、依存をしたい資料である、『中国魅録』(著者、香川照之・キネマ旬報社)が置いてあり、事前に情報が重ならないようにするために、ウエブ・サーフィンも致しました。

 ウエブ・サーフィンの結果、私が唯一新しく知ったことは、彼が、少年時代からのボクシングのファンで、それについて、ベースボールマガジン社発行の、専門誌に、連載を持っていたこと・・・・・・でした。それは、心理学、特に親子関係について、思考を深めたいワタクシにとっては、父なるものとしての、野生への近づきたさとか、コンペンセーションの役を果たしていたと考えられます。

 彼の父は猿之助であり、母が浜木綿子です。私が高校生の頃、浜木綿子は、宝塚女優として絶頂期でした。そして、他流試合での共演もあったのか、それとも、どちらか側が熱烈なファンとしてのアタックがあったのかは、知りませんが、私が大学に入学した頃、浜木綿子は、猿之助と結婚をして、香川照之が生まれています。しかし、香川照之がとても幼い頃、両親は離婚をしています。これは、『両親がふたりとも、熱血漢で気が強く、どちらも仕事優先で、折れなかったことが原因であろう』と外からは、推察が出来ます。

 女性にとって、収入の確保があれば、男性がいなくても、暮らしていけます。特に大女優としての、結婚前からの生活があれば、秘書、お手伝い、付き人、又は、母や姉妹などの親族の援助があるでしょうから、お子さんを育てるのは、容易なことのはずです。

 そして、猿之助の方も我慢をしなかったでしょう。彼は、単純でお馬鹿な、パペットではない。松竹を飛び出して新しい演劇集団を立ち上げた人です。理想も高いし、喧嘩をするのも辞さない人です。両親が二人とも、主役であり、相手を立てて、寄り添う事が無ければ、それは、お互いを抹殺する方向へ行ってしまいますので、離婚は正解でした。

 ところで、これは、単なる寄り道ですが、最近浜木綿子がテレビの世界へ出てきておりません。私が知らないだけかもしれませんが、もし、香川照之が成功して、母の生活を費用として支えてあげることが出来るようになったのなら、それは、祝福をしたいことです。または、浜木綿子自身が、賢くて、老後の資金は、充分に蓄えた・・・・・今は息子が、主役としての、活躍を始めている。その道を邪魔しないためにも老兵は去る、もしくは、一粒の麦、地に落ちて死なずば・・・・・と言う思考の元に、テレビ界から消えたとしても、母子の間の深い愛情を感じて、心が温まります。

 そして、父としての猿之助ですが、仕事人として、やはり、強い歩みを示しています。私は新橋演舞場で、一回ほど見ただけですが、歌舞伎が江戸時代に持っていただろう、『荒削りな舞台芸術としての魅力を再現しよう、特に、現代の技術を加えて再現をしよう』と英雄的にがんばっているのを知りました。その体力的な強さ、エネルギーレベルの高さは、鬼子来了(クィズ・ライラ・・・・鬼が来た)の撮影時に、香川照之にも遺伝をしていることが、示されました。あの撮影は相当な労苦の集積だったのです。

 さて、その映画から、もう一度離れて、父子関係や、遺伝のことに戻りましょう。私は、数年前までは、市川亀次郎と言う存在を全く知りませんでした。この人は、もしかすると、猿之助とともに、行動をして、その後、伝統的な歌舞伎界へ戻った人なのかもしれません。それで、よく、広告が載っている、大歌舞伎の演技者として、玉三郎などほど、名前が頻繁には、出てきていなかった可能性はあります。
 ただ、市川団十郎のパリ歌舞伎公演のテレビ放映で初めてみて、『あれ、義経役をしている人が品がよいなあ。ちょっと、小太りだけど』なって、思っているうちに、NHKの2007年度の大河ドラマ、『風林火山』で大ブレイク、日本全国区になり、ほとんど、座長公演で、各地の公民館等を回っているようです。私自身は風林火山は途中からみ始めております。

 念のために、こちらの市川亀次郎のサイトを開いてみると、こと、『風林火山』に関しては、ファンたちは、入魂の演技が神技と言う領域に達してしまったガクトの方へ肩入れする向きが多いようですが、ガクトはここでは、脇におきましょう。彼は、日本の大物はミュージシャンと、漫画家から生まれるという、私なりの、定説にはまっていますが、ここでは、そこまで幅を広げません。

 で、亀次郎に戻れば、かれが、香川照之のいとこだということは、これから、先も香川照之の将来を明るくするに支援となるでしょうし、この両人とも、きちんと、別分野で勉強を果たしていることも、大成への強みをもつ、と、いう点でおおいにプラスでしょう。香川照之が東大卒だなんて、すっかり忘れていましたが、市川亀次郎が、慶応卒だということを知り、そこで、香川照之の学歴さえ思い出しました。

 しかし、『鬼が来た』を主演したときの香川照之は、既に、そんな、学歴などは、ふっとばし抜いていますね。ただ、今日の論考を、父子関係に限って、・・・・・その文章の長さを整えるために、終わるとすれば、・・・・・・カンヌ映画祭の、(東京ソナタ)出品の際、妻子を伴い、特に、4歳の息子を抱きながら、レッド・カーペットを踏んだというエピソードは、心打ちます。ここで、かれは、この問題、(つまり、自分には父性が与えられなかったとか、それに触れるのが、不十分であったのではないかと言う、疑問)を、すべて、払拭をしています。
 では、香川照之については、また、明日へ続きます。よろしく。

   2009年1月30日 

2009年7月5日付の追伸、このOCNの検索頁に現れた記事出始めて私に接してくださった方へ申し上げます。この後で、200本ぐらい書いておりますが、kの香川照之篇の続きをご覧頂きたい方は、左のカレンダーの、2月の最初をお開きくださいませ。どうかよろしく。川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
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チャン・イーモウと、香川照之

2009-01-28 23:20:25 | Weblog
 またまた、伝聞から書く文章です。しかし、チャン・イーモウ監督の方に、・・・・・・特にその自伝部分に・・・・・驚くべき新事実が発見をされ、それが、重要なので、今日もテレビからの文章を書かさせていただきましょう。

 チャン・イーモウ監督は、国民党所属の父親の元に生まれました。それで、文化大革命の時期に、迫害をされ、農村へ、三年間下放をされます。その農村からは逃げ出したり、去る自由はまったくありません。一種の軟禁状態です。その一方で、その文化大革命を命令し遂行した毛沢東と、その夫人江青は、塀で、囲まれた、庶民からは見えない安全な場所で、贅沢三昧をしていたわけです。

 その時代の記録・・・・・・特に下放をされた気の毒な人たちの映像が、ドキュメンタリーとして、今、テレビに現れてき始めています。それだけ、中国が成熟をしたということでしょう。いわゆる民主主義と、自由が相当なレベルで達成をされつつある。

 ただし、一番の問題は、農民と都市住民の間に収入の落差が大きくあり、その農民から都市住民への、移行が、移動、転籍ともに、自由ではないようなのです。それと、決定が都市の上部組織、(イコール共産党系幹部)だけにゆだねられていて、まら、彼らの決定が正しくなかったり、右往左往をしたりして、庶民が混乱に陥れられている身代です。これは、まだ、まだ、前途遼遠の改革が必要なシステムですね。

 ただ、二年前までぐらいの、反日政策がだいぶ収まってきているので、私も、純粋な気持ちで、そのチャン・イーモウ監督についての、特に北京オリンピック関連の番組を見たのでした。09-1-25(日)NHKBS1で、19:00から、二時間です。
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 ところで、その17才のときに下放に続いて、チャン・イーモウ監督は、今度は、別の都市に移され、そこで、紡績工場に配備されます。製品を運ぶなどの、単純作業を、7年間続けます。結局のところ、青春期のもっとも、頭脳が新鮮な時代に、10年間、学ぶ機会がなく、ただ、ただ、単純労働に服しました。

 そこら辺りは、私にとっては、驚くべき真実でしたが、この番組の主たる狙いは、北京オリンピックの開会式、総合ディレクターだった彼の裏側の真実を本人から聞くという点にあったので、以上のような若い日々、それから、両親のそれからなどは、ほとんど、簡単にしか触れられませんでした。やや、残念ですが、政府公認の番組としては、致し方が無い妥協点でしょう。

 そして、28歳のときに、北京電影学院、撮影科に入学できました。そして、彼が、一気にブレイクをしたのは、『赤いコーリャン』でした。私はこれを、映画館で見ています。色彩的には美しい。しかし、私自身は、涙が滂沱と溢れるのが、好きなので、彼の作品としては、まだ、見ていない、『初恋の来た道』とか、『あの子を探して』を、これから見ようと思いました。DVDを探して。

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 北京オリンピックの開会式は、大事業で、しかも、過去のどの大会よりも、素晴しい美術的な完成品でした。当日に、私は、最初から最後まで見たわけではないので、今回のチャン・イーモウ監督の解説付きで、一シーンずつを見ていくと、その裏側のすさまじい、苦労が察せられて、圧倒をされるほどでした。

 もっとも、力をいれ、かつ、監督も得意である場面は、活版印刷の場面だそうです。それは、遠くから見ると、たった一つの活字に見える箱の中に、すべて、ひとりひとりの、人民解放軍兵士が入っていて、その箱を、人の力で動かすという、大変にアナログな作品でした。見かけ上はデジタル的に見えましたが。

 よく、北朝鮮がスタヂアム内で、やっていた、ひと文字、ひと絵の改良された形ですが、その芸術性の高さと、訓練度の高さは、比較の出来ようも無いほど、こちらが上です。

 その活字の箱は、低いときには、70センチぐらいでしょうし、高いときには、四メートルになるのです。その高低差は、中に入っている人間が飛び上がるのかと、最初は想像しましたが、そうではなくて、ちゃんとした、機械を使っているのです。何と言うか、ジャッキ式はしごで、そのハンドルを上下させて、最高高さ四メートルまで、一つの活字が突起するのでした。そして、その突起が波のように動いていく。中に入っている兵士たちは、すべて、耳にイヤホーンをいれていて、そこに、一、二、三、四と号令が入る形で、一糸乱れず動くのだそうです。

 あの開会式当日、チャン・イーモウ監督に顔は大きく消耗していました。しかし、このインタビュー時には少し、回復していて、・・・・・
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 私は大きな成功とか、大きなオマージュが捧げられる人間に対しては、やや、斜に構えてみているタイプですが、今回だけは、その27歳までの不自由で抑圧された人生を思えば、これだけの大仕事を任かされ、成功することは、当然だと納得をしたのです。

 北京オリンピック他の話題も出ました。相当よい番組でした。が、番組としての成功は香川照之氏に負うところが多いでしょう。彼については明日述べたいと思います。では、
             2009年1月27日 川崎 千恵子(雨宮 舜)
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中国人に大当たりのラーメン、その秘密とは、

2009-01-27 20:53:24 | Weblog
 今日、お話しするエピソードは、以下の記事に触発をされて書いています。例のnikkei business online の673号のトップ記事として紹介されているものです。

 それをほとんど、同時的に、お知らせをして、しまう、そのライターとしての私の安易さを、私が恥ずかしく思わないでいられるのは、これが、希望に満ちたお話の一つであり、また、深い文化的な蓄積(道徳観の涵養)の結果であるから、私のこころの琴線に訴えた・・・・・からでした。
ところで、原文の著者は、田原 真司氏で、記事のURLは、下記です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20090123/183717/

 主人公は、熊本で、豚骨ラーメン・チェーン店、味千ラーメンを経営している二代目経営者、重光克昭です。彼の父は台湾から来た人で、熊本駅前に小さなお店を出した人ですが、今、大陸中国で、324店を、展開する、外食チェーンとなっていて、売り上げもすごいのですが、中国から、は、指導料などの名目で、3億円を貰っているだけだそうです。中国側の純利益は、28億7000万円であるが・・・・・・

 その遣り方を批判されるたびに、重光克昭氏は、以下のように、答えています。
これ以下は、上記の記事、そのままの引用です。

「現地の事情を知らない日本人があれこれ口を出し、利益を吸い上げれば、パートナーにやる気が出るはずがない。反対に、自分よりパートナーの利益を優先して考え、惜しまずにサポートすれば、彼らは必死になって頑張る。努力すればするほどパートナーの手元に利益が残る仕組みにしたからこそ、今日の味千中国があるんです」

「国内売り上げが13億円の中小企業にとって、3億円のプラスアルファは決して小さくない。味千中国の成功で知名度が上がり、米国やオーストラリアなど他の国からもフランチャイズの要望が来るようになった。地元熊本でも“世界に羽ばたくラーメン屋”として話題になり、社員に誇りと活気が出てきた。それでも満足せず、金銭的な利益ばかり考えていたら、絶対に失敗していたと思います」

 さて、記事の方は、どうして、これほどの、達観(これは、私のことばですが、)にいたったかの謎(実は、台湾での失敗等の過去の経験があった)を次回で説明する・・・・・と、結ばれています。
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 今日の文章は以上で完結しております。でも、それでは、あまりにもこのブログらしくない。それで倒叙法で、私固有のラーメン話をさせてくださいませ。

 我が家では一週間に二回ぐらい、ラーメンを作ります。結構ちゃんと。中華街で、一キロぐらいの塩漬けメンマとか、塊のザーサイを買ってきて、塩抜きして、油いため後、醤油とみりんで味付けして、保存食としております。30年前ごろまでは、NHKの料理番組で教わった『ちゃーしゅー』さえ作っていましたが、いまは、それは買ってしまいます。一週間に一度ぐらいそれを、焼く個人商店があって、そこで、買うか、それを、買い逃したときは、一月に一回ぐらいは、既製品を200グラムぐらい買っておく。ラーメンばかり食べているわけでもないので、『ちゃーしゅー』を買うのはそれぐらいです。

 でもね。ラーメン専門店に入る気がしません。割高だと感じるのです。よくセットになっていて、小さなどんぶりに少量のラーメンが入っていて、それに、甘味とか、チャーハンとか、サラダとかがついているランチは食べます。しかし、カウンター形式で、なになにブランド(たとえば、横浜家系とか、暖簾やちょうちんが掛かっている)ですと、入る気がしないのです。

 ラーメンは、伊丹十三監督の映画『たんぽぽ』が出来てから、特別にブームになっています。だけど、ちょっと、塩気を取りすぎるし、野菜が少なくなるので、お昼程度に食べるもので、あれほど、高くてはいけないと、私は感じるのです。もっと普通で、もっと安くていいんじゃあないかしら。最低が600円でちょっとトッピングに凝ると、800円以上になるほどの、料理ではないと思います。ごめんね。ラーメン党さま。

 ところで、大陸中国では、234円(日本円に換算してかな?)だそうです。これが現地にして高いのか、安いのかは私には、わかりません。でも、こってりしたとんこつ味が中国人に受けたのは、なんとなく、わかるような気もします。

 あのね、上の意見には、いろいろ、反論も出てくるでしょう。でも、私は長らく、母でもあったので、三十代などには、『一週間に、豆や芋を含めて60種類の食品をとらなければいけないんだわ』などと、言う規範の中で生きてきたのです。そういう人から見ると、素朴なお煮しめなどが、非常に一杯栄養素を取れるのですよね。見掛けも悪いし、味も刺激がありませんが・・・・・

 ただ、そうは言っても、中国で、ラーメンが当たって、人々に好まれているのは、不思議な感覚で嬉しいことです。では、
     2009年1月26日    川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
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アサヒビールのチンタオでの挑戦(テレビ東京、ガイアの夜明けから)

2009-01-26 14:09:40 | Weblog
 前々報で、『農業に従事するのは、現在の最新トレンドです』と書きました。ところが、日本の農業政策は、ちょっと、がんじがらめのところがあり、安く、よい品を供給しようとしても、なかなか、塀が高いのです。

 そこへ、持ってきて、アサヒビールは中国チンタオ(青島)で、農場を持ち、減農薬、農法に取り組み、そろそろ、収穫が上がってきたそうです。それで、責任者が、それを、中国市場へ売り込むとして、どういう作戦を取ったら、よいかを考え抜くという、テーマで、放映がありました。バックナンバーでは、1月13日号です。

 これは、日経新聞の紙面で採録されたとしても、映像で見たほうがはるかに迫力があったと思います。よい映像でした。美しくおいしい、イチゴが出来ています。一方で安全でおいしい牛乳が出来ています。ほら、日本では大量生産としての、いちごミルクが瓶入り、又は、パック入りで大量に出回っていますが、どうも、それは、まだ、中国の市場では、流通をしていない商品なのらしいのです。

 ここでですが、そのアサヒビールの担当者は、そのイチゴと、牛乳をスーパーの店先で、ミキサーでミックスジュースにして、試飲をさせるという案を出します。
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 日本でも、冷凍のイチゴと、ミルクを使って、ジューススタンドで、即席に作って売っておりますね。あれがね。海外だったら、まあ、150円程度でしかお客が買わないだろうなあと思う商品ですが、日本では、相当高い値で、売っております。安いお店で、280円、高いところで、380円ぐらいの値段で、デパートや地下街の片隅で売っております。

 私は現代アートの作家として、覚悟を決める前までは、サラリーマンの妻でしたし、実家からさまざまなプレゼントをもらえる、

・・・・・いまどきの孫(10個のポケット持っているといわれるほど、プレゼントをもらえる立場)・・・・・

を先取りしたぐらいでしたから、よくそれを飲みました。外出時には、外で、独り食は、海外に行くまではやった事が無くて、代わりにそれを、よく飲みましたね。

 ところが、今はまったく、それを、口にしません。もっとしっかりしたものを口に入れて、(つまり、独りでもいいから、ちゃんとしたランチを食べる)、その代わり、おやつに近い類のものを口に入れないのです。だから、そのイチゴ即席ジュースはほとんど飲まなくなりました。

 でもね、あれは、口当たりがよくて、おいしいです。そして、暑い日とか、疲労困憊のときには、すぐ体に利く、よいリフレッシュメント剤でもある。

 それを、さらにブラッシュアップをして、冷凍ではなく、今取り立てのみずみずしい、完熟のイチゴを使い、牛乳の方も、取れたての、クリーム分が、4%のもので、ミックスジュースを、・・・・・とくに、お客の目の前で作って、・・・・・試飲をさせています。

(小さいことですが、お砂糖を入れておりません。「あれ、この担当者は、日本でミックス・ジュースを造っている現場を知らないな。お砂糖をざっくざっく入れるんですよ」とおせっかいな私は、苦笑いをしましたが、それでも)
スーパーにいる、中国人のお客さんは、「おいしい」と口々に言います。

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 それで、そのアサヒビール側担当者は、中国に新しく出現した、ホワイトカラー(日本で言う、中間階級に当たるかな)7000万人向けの新商品として当たると確信をしたそうです。つまり、安心で安全な、しかもおいしい牛乳、それから、これも、安心で安全で見た目も美しいイチゴ、・・・・・両方とも値段設定はお高い。・・・・・を、最初期には労賃の安い中国で作って、日本へ向ける予定だったかもしれないそれらを、中国で販売する予定に変更した模様です。

 日本人が海外で成功する番組を見るのは、大好きです。だけど、夫婦でそれをみながら、その値段設定が日本においても、高いほうであり、中国の庶民からすればべらぼうに高い設定においてあるので、ちょっと心配になりました。アサヒビールの担当者は大学卒の知性の高いサラリーマンさんです。たたき上げの商売人ではない。値段設定は、もう少し、現場の空気を読みながら、どんどん、変えていくぐらいの勇気を持つか、最初から、もう少し低く設定をしたほうがよい・・・・・とは思いました。
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 しかし、赤ちゃん用のミルクに、たんぱく質と検査で見まがわれる、メラミン(プラスチックの原料です、と言うことは、石油系の原料でできていて、人間の体では消化できず、粒が小さければ小さいほど、腎臓まで達して、腎臓を傷めます。粒が大きければ、大便として、排出をされ、まだ、危険性が少ないのですが、化学物質としては、小さい粒に加工をするのは、容易でしょうから、腎臓に負担が掛かった赤ちゃんが大量に、中国で、出現してしまいました。やせ細ってしまって、時には死に至った。これは、悲惨ですね。

 特に、これが儲けのために、意図的になされたことで、事故ではないからより恐ろしいです。となると、「自分が食べるものについて、何も信頼できない」と、思い始めている中国の新しい核家族(しかも、インテリ)にそれらのお高い牛乳とイチゴが、訴えて、行き続けるのかもしれません。・・・・・私には完璧な未来予測はできませんが。

 ただ、成功して欲しいですね。と願いますし、日本人の、基本的なところでの、道徳観の基準の高さが、それを、支えることを祈っています。こうして、新しい日中関係(特に信頼関係)が築かれていけば、それは、よいことでしょう。

      2009年1月26日   川崎 千恵子  (筆名 雨宮 舜)
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希望に満ちた、漁師を育てる(NHK・経済羅針盤から)

2009-01-25 11:17:07 | Weblog
 この文章は、今日09年1月25日の日曜日の午前中、番組を見たあとで、すぐ、書いていて、すぐ、アップロードをします。本日の午後5時10分から、NHK衛星第一放送(BS1)で、再放送があるので、それを、皆様にご覧頂きたくて・・・・・

 自分のために申し上げますが、昨日の深夜、更新した文章が下に、あります。それも、良心的なお店(小さいけれど経営者のセンスが優れているお店)ですので、よかったら、覗いてやっていただきたく。

 今日は、辺りに希望を振りまく、新しい感覚の経営者に出会いました。テレビ画面(NHKの経済羅針盤内)ですが、素晴しい生き様で、それは、日本国中の人に伝えたいほどの輝きを持っておりました。ので、このブログとしては、安易なテーマ設定ですが、伝聞をさせてくださいませ。

 佐々波鰤網(さざなみ、ぶりあみ・・・・・石川県)と言う会社を経営している勝木省司という社長さんの話です。オンデマンド放送を申し込んでいる方なら、それで、ご覧を頂きたいし、この文章の最初に書いてある、再放送もご覧を頂きたいほどの、よい内容でした。

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 この方は、「50歳になるまで、自分は勉強をしなかった」と仰います。昔の言葉で言えば網元の坊ちゃんとして、生まれて、小さいときから経済的には恵まれて育ち、就職活動などの苦労も知らずに育ってきた人なのでしょうが、社長職を父親から継いだ頃、ちょうど、会社は、危機状態にありました。

 会社に若い人が入社してこない。会社の内部が精神的に暗い。人手不足で、元からいる社員も、気がすさんでくる。・・・・・それに、この番組内では仰らなかったけれど、・・・・・世界経済のグローバル化で、農業と同じく、漁業(第一次産業)も単価の上で安い輸入食材に負けてしまうという上部構造もあったでしょう。

 しかし、この方は、丈夫な精神と身体を持っている人のようで、エネルギーをかけてその頃、勉強を始められた。まず、新聞やテレビのニュースを把握することなどから始められたのだと、私は考えます。私だって、10年前までは、『クイズに出たら、好成績を取れるわ。私は雑学の女王ですから』と、内心で嘯くほど、新聞の隅々まで読んだし、テレビもあれこれ、雑多に多分野を、視聴したものです。

 今はある信念があって、外部からのインプットを最小限にとどめておりますが、偶然接する記事や番組にすばらしいものを発見することが多く、これも、その一つです。

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 勝木社長のすばらしい点は、ご自分が獲得した部分を、社長訓示として、上から与えるのではなく、社員自らが学ぶ姿勢を、とることに腐心をなさった点です。それは、読書感想文の発表会とか、月に一度のテストなどに現れています。そのテストですが、内容が相当詳しい。しかも多分野です。設問がぎっしりとある。100点満点方式で成績表が個人名入りで、後日張り出されます。

 やわな日教組主導で、過剰な平等主義の導入時代があり、小学校の運動会でかけっこさえ、禁止された時代のある事を考えると雲泥の差です。

 しかし、ここで、大切なことは、これが、今流行の成果主義とは、異なる点があるところです。成果主義の失敗点は、それを、すぐ、給料の上下などに結びつけ、日本に昔からあった年功序列制度を破壊した点にあります。経営側のいじましい強欲が見え見えで、社風を暗くした点にあります。

 しかし、この佐々波(さざなみ)鰤(ぶり)網と言う会社のあっけらかんとした制度は、とても明るい感じを社員に与えております。成果主義導入で失敗した会社に現れる暗さは微塵も見られず、これが却って、若者たちの、この会社への定着を招きました。

 若者は鰤漁と言うものへの正しい知識を充分にはもっていなかったのですが、それを、上のものから教えてもらう機会も、こういう新制度導入以前は、なかったのです。

 上の人、つまり、古くからの漁師たちは、新人教育の方法を知らなかったし、伝統的な、『だまって、俺の背中を見ろ』と言うシステムで、教育すれば充分だと考えていたのです。しかし、このテストとか、読書感想文発表会制度が始まってからは、自発的に、下のものへ言葉や身振り、で、実際の道具を使って教えるように、なりました。

 鰤の定置網量と言うのは、相当大掛かりな、しかも知能の限りを尽くし、工夫をし抜かれた伝統的な漁法なのです。私は小学校時代、それを、自由研究で学んでいますが、CGで再現された最近の定置網は、もっと、複雑な形となっておりました。

 あっちこっちが、複雑に入り組んでいて、しかも立体的ですから、その全体が浜辺に上げられて、平面と化してしまうと、何がなにやら、どこがどこに当たるのかも判らないというほど、複雑なものなのです。が、それが、漁のたびごとに、一部分で、切れたり破損をしたりするので、それを、修理しなければなりません。その修理一つでも、教えられながら、習得するのと、手探りで習得するのでは、圧倒的に、知識や技術の獲得量が違うのです。結果として、常に叱られている状態が生まれるか、又は、気持ちよく、仕事に集中できるかの違いが生まれてしまいます。
 
 そして、一番よい結果が、社内が明るくなったことです。数年前に、西日本鉄道で、社員いじめと同意語とも思える、運転手訓練が行われていて、その結果、大事故を発生したニュースは、まだ、私たちの記憶の中から消えません。そういうところに勤務している人に比べて、この会社に勤務している人は、何と幸せでしょうか?

 この社長さんは、他にも優れたアイデアを、たくさん持っている立派な、人でした。

  では、2009年1月25日     川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
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まごころこめた、百円のおそうざい(少量)に、びっくり仰天

2009-01-24 18:10:51 | Weblog
 最初にお断りを申しあげます。もし、このブログの読者が、AOLのメルマガと重なっていたら、これは、去年の春に書いておりますので、既知のエピソードでしょう。しかし、急に不況になったので、このお店の、お惣菜がまたもや、意味を持って、私に思い出されてきました。このお店のやり方は誠に立派です。では、よろしく。

 母の見舞いのために常盤台の駅周辺を歩いていたときのことです。ある食堂の前にガラス・ケースがでていて、そこに小さなパック入りお惣菜がならんでいるのですが、なんとおどろいたことにすべて百円なのです。でも『安かろう、まずかろう』ではなくて、かぼちゃなら四切れ、こんにゃくなら小さめのものが十切れとなっていて、安めだけれど妥当な感じです。特に一人暮らしの人向けだなあとかんじました。

 私がじっとそれを見つめ続けていると、ガラス戸を開けてお店の奥さんが出てきました。それで、私がその値段設定を褒めると、「ええ、ここらあたりはご老人が多いのです」とそのお店の奥さんは仰ったのです。なるほど、と思いました。駅傍です。しかも東上線常盤台と言うのは、池袋から、電車だけなら10分で来られる通勤に便利なところです。

 だから、住宅地が古い時点で開発をされています。多分、できてから、50年は過ぎています。すると、昔、三十代もしくは四十代だったご主人が、希望をこめて土地を買い、家を建てたとしても、今は、七十,八十を越える年齢となっているでしょう。お子さんの代になっている人も多いでしょうが、二世代が一緒に暮らすことを嫌がって、お子さんたちはもっと郊外へ出たり、または、都心のマンションを買うケースもあって、老人所帯で暮らしているうちに、配偶者が亡くなってひとり残されたとしましょう。それでもね。それから急に、一緒に暮らすわけにも行かないのです。

 子どもたちには子どもたちの生活があり、そこに急に入っていって、なんとなく、厄介者扱いを受け、惨めな思いをしているご老人も多く、それは、口コミで伝わるので、『私たちは、老人だけで暮らしましょう』と心に決めているご夫婦も多いはずです。

 そして、残されて一人になった。その時に三食、全部独りで作るのは大変です。一食は外食したりする。だけど、中食(なかしょく、または、なかじきと読むらしい、新語で、半分まで調理をされた物を買ってきて、最後まで完成をさせて食べる方式)が蔓延しているそうです。だけど、それも面倒くさい場合もあるでしょう。だから、完成品を買う。

 しかし、スーパーのものは、たいていは、298円以上で、パック詰めされております。それを、毎回買うのは、それ一品だけではご飯は成り立たないので、やはり、高いということになります。そして、二人分とか、四人前で入っているケースが多くて、あまるという形になるでしょう。そういう売り方に比べて、少量を一品だけ詰めて100円で売るという発想は、相手の身になった発想です。お店側としては、手間が掛かるし、儲けも少ないでしょうが、親切の現われです。

 今ね、景気が悪くなりました。そして、みんな倹約のムードに入っています。そういう観点から考えると、このお店はトレンドを先取りしていたことになります。賢い、立派。

 それでね、思わず、バッグの中から、その日の午前中に曽我の梅林で買ってきた、開運大福と言うのをとり出して、「おひとつだけど、ごめんなさい」といってあげました。特にそのお惣菜を私が買わないのが申し訳なかったから。

 大福は、ひとつ、ひとつ、袋に入っていますが、なんと言っても、大福ひとつあげるなんて変ですね。・・・・・普通の場合なら。・・・・・でも、私がその食堂に感心をしたのは、まごころ優先で経営をされていることなのです。で、たった一つでも、東京の西北部、練馬区の人・・・・・特にお店を経営して忙しいだろう人・・・・・には、曽我(神奈川県の小田原の近く)の梅林のお大福は珍しいだろうと思ってあげたのです。
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 私がこのお惣菜を熱心に見つめたのには、他にもわけがあります。今、ニューヨーク暮らしを書いていて、つくづく思い出すのは、食料品が安いことです。普通のレベルのものを買うつもりだったら、日本の物の半分値かな。そして、パリでもニューヨークでも意外と、各、町ごとの小さな商店が生き生きしています。日本はスーパー優勢になってしまって、商店街が寂れています。シャッター商店街があっちこっちで出現しています。

 そして、欧米では、パックいり(特に白いポリスチレンのトレーを下に置いた)の商品だけではないことがすばらしいのです。お料理をおいしそうに見せるという意味で、優れていると、私が思う点なのです。買う人が楽しくなるのです。

 今日ここで、取り上げているお店も白いプラスチックトレーというのを使っておりません。透明なパックをつかっています。で、お料理がすべて生き生きと見えます。

 もう少し、食料品の売り方、そして、流通のさせ方、それから、生産のことを、お客側に立って、考えることを望みます。地産地消と言うのかなあ。規模を小さくしたほうがよいなあと思うことは多いですね。お百姓さんも国民も助かる。農業を考え直している人は、現在の日本のトレンドの先端の人です。

      2008年の2月に初稿を書き、送るのは、2009年1月24日
                       川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
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私にとっての、初(?)の、オバマ大統領関連文章。

2009-01-23 15:14:40 | Weblog
 私は、『大勢の人が知っていることについて、書いても何も役に立たないだろうという予測を持っていて、自分独自のテーマだけを追おう』と、普段は決意をしているのです。

 でもね。日経ビジネスオンラインと言うメルマガを配信してもらっています。それは、普段は目次だけで、それに従って、自分の心に訴えそうだなと思うものは、開いて、コピーをしておきますが、長いので、ほとんど、その時に読むのが無理なのです。

  しかし、第670号、の『オバマ夫人の衣装がなぜ、大問題なのか?』と言う記事だけは丁寧に読んだのです。

  一見すると軽いエンタメ用の記事のようですが、どうして、どうして、これほど、簡潔にオバマ大統領の背景を述べたものも無い、と、感じるほどでした。そのURLは、多分以下だと思いますので、それを、ここに記載をします。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090116/182972/?P=3

  その記事から私が学んだことは、オバマ大統領は愛を知る人だということです。それはよかった。そして、それが彼の魅力の一つとなっているのでしょう。その愛は今は、夫人や家族、そして、子ども、そして、スタッフや、国民に向かっているのでしょう。それだけでも、政治家として素晴しい素質です。

  アメリカの大統領として、第一級の大統領になれる素質があります。

  
  そして、急にオバマ大統領に深い関心を寄せるようになった時に、同じ、nikkei bisiness online 中によい記事を見つけました。

  なぜ、オバマが勝利をしたかを特派員の金田 信一郎、加藤 靖子・・・・ほかアメリカ側取材源が、書いているのですが、特に第二回目の記事は、感動物でした。

  その一覧のURLが、以下だと思います。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081104/176229/
  もし、その記事の存在をまだ、知らない方があられまして、ご興味がおありでしたら、

  『シカゴ時代の、彼の貧困ぶり』と言うのを、描いた、第二回目が特別な感動を呼び覚ます記事です。たどっていくのがなかなか厄介ですが、最近、ウエブ・サーフィンを始めた私でも、

  これほど、役に立ち、考えさせられた記事は無いというほどのものでした。

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  それと、これも、小さいお話ですが、1月9日のNHKニュースで、オバマ大統領の就任式に、『ブルックリン・ステッパーズ』という青少年のブラスバンドが演奏をする事が知らされました。その創設が、20年前と聞き、『なるほど、随分、人々は改革に取り組んできたのだ。それも子供を中心にして』と、感じました。ブルックリンは、相当環境がよくなっているのです。よかった。

      では、2009年1月23日   雨宮舜(川崎 千恵子)
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冬のリスは、パンジーを持って逃げる

2009-01-22 23:05:07 | Weblog
 最近ね、皆様もご心配でしょうが、日本もアメリカも急に経済が冷え込みました。でもね、主人が言うのですが、『これが、結構よい効果を生むかもしれない』と。私もそう思うのですが、それは、時間や、エネルギーの消費の方向性が変ってくると思うからです。私なんか、現代アートをやっているという特殊性から、随分前から、貧乏主義(しかし、一点豪華主義)で、暮らしていますので、この大不況に関して、ほとんど影響が無く、したがってこと、お金については、何も憂いが無く、それだけは、不幸中の幸いです。

 ドイツの大富豪が自殺をなさったと、1月9日ごろの衛星放送のニュース(NHK)で見ましたが、社長として責任はあったのでしょうが、人間としては、生き様はいくらでもあったでしょう。ただ、英雄主義と言うものを感じます。スケール感が大きな生活をしてしまうと、それを縮めるのが難しくなるし、「英雄として死にたいと仰るのなら、それは、そうですか?」とこちらは受け止めるしかないのです。

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 そんなときに、いつも、芸術の事をのんびりとお話をしている脳天気なおばかさんが私ですが、武者小路実篤もの、でも思い出してくださいませ。あれをね、私は、小学校四年生頃行った、谷川温泉に親が持ってきた本の一冊として読みました。馬鹿一シリーズです。全然理解できませんでしたが、今は、結構大切なことを言っていたのだろうと感じております。

 そして、年代から考えると、谷川温泉は、太宰治が、情死行(旅)をした直後かもしれない。判りませんが、両親が一切それに触れなかったことを今、思い出してみたり、旅館の人も一切その話を出さなかったことを考えると、彼の決行より前だったかもしれないのです。そして、私が強烈に覚えているのは、スキー場がとても小さかったこと。夏ですから雑草地として残っているわけですが、小さいものでした。そして、私はまだ、ケーブルカーも無かった時代の谷川岳(ただし、天神平を通る、鞍部が柔らかな稜線を使う)を上ったのでした。最初は緑が美しい森ですが、だんだん原っぱだけになって行って、高山植物の世界と岩の世界に入って行きます。

 今、登山を一切していませんが、登山と言うものの魅力はよく判ります。谷川岳からは東西南北を見渡しても、あまり、人家は見えませんが、長野県の中央アルプス辺りを登ったり、南アルプスを登ったりすると、谷あいの村(いえ、今では、すべて、市となっている地帯でしょうが)が、眼下に小さく見え、それこそ、アルプスのハイジになった気がしてきます。

 私も自然を愛するのです。そして、庭の手当てなどは、本当は好きな方ですが、忙しくて、子どもが家に居る時代はほとんど出来ませんでした。
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 最近は随分丁寧に、なりました。そこで、パンジーを六株ほど植えたのです。日当たりが悪いので、工夫をして北側のフェンスにそれを、くっつけました。児島善三描くところの、色合いのパンジーですが、その花弁が、縮れた状態に改良されたもので、鎌倉の小町通りの入り口の花屋さんで、ふと見つけたものです。そこのオーナーは色のセンスがとてもよいです。

 するとある朝、一株ほど、行方不明になっているのです。本当に驚いて、『いったい何事が起こったのか?』と最初は思いました。が、主人が丁寧に推理して、「リスが・ぽ・い・と持って行ったのだろう」と、言いました。そして、次の日の朝、二メートルぐらい離れたフェンスの下で、そのパンジーの花以外の株だけは見つけてくれました。リスは花を咥えたのですが、株の根元がまだ、重かったのです。植え替えたばかりなので、ポットの土がまだ、固まってついていた状態だったので。
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 しかしね。その後ですが、『どうして、リスがパンジーを食べるのか?』は、二人の間で、推察すべき疑問となりました。二十年以上ここに住んでいますが、パンジーを食べているのは初めてです。

 すると主人が「西隣に新しい家ができて、相当、環境が変った上に、そのまた北側のお宅で、枝払いをして、それが、大きな影響を与え、リスの獣道(けものみち)が変ったのだ」といいます。リスは今までは、我が家の屋根の上で、大木の木の枝から、お隣にある中型の木の枝に飛び移り、さらに道路を越えて、別のお宅の、大木(それは夏みかんでたわわに実がなり、リスにとっては大好物だったのです。道路に中身のくりぬかれた夏みかんが、一個か二個は、転がっている季節がもうすぐ来るはずでした。

 「しかし、今では、我が家のフェンスが唯一の、猫等を、避けながら通れる安全な<けものみち>となり、それを、我が家の西北に位置している椿の花まで往復して、この季節は花の蜜を食べ歩きながら、暮らしている」と、主人は言います。そのけもの道の途中で、現れたいかにも肉厚の花びら(縮れているためにそう見えるのです)はおいしそうに見えたのでしょう。
     
 まあ、驚かされましたが、・・・・・

最後になりました。こんな童話の世界のような場所に住んでいる私もウエブ環境の上では、すさまじい眼にもあっていて、現世に生きていることを実感はしているのですよ。極楽に住んでいるわけではありません。大体芸術家って、苦労を重ねる存在です。だけど、それを、直に言葉にだしたら、おしまいでしょう。夢見たいな話ばかりしているほうが好いんですよ。
2009年1月9日 送るのは、ほぼ、2週間後に、川崎 千恵子
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大富豪に支援を得る生活? それを、どう考えよう。

2009-01-21 16:30:40 | Weblog
 私は勉強中と言う青年の雰囲気にさらに不思議さを感じました。日本の大学を出て、ロシアで勉強中。大学院でしょうか? いやあ、その後でどうするつもりでしょうか?

 ともかく、大学院をでても、なかなか、就職が出来にくい現状(しかし、これは、経済的なクラッシュが起こるだいぶ前、もしかしたら、一昨年だったかもしれないのです。すぐは、文章へと落とさなかったので、もしかすると、一年以上前のお話だったかもしれないのですが、
 あの時代でも、学問に集中する事がどんなに、大変で、経済的にも大変かを知っている私は、どうも、違和感が消えません。

 その、私の顔つきを見て、右側の知人の方が、彼は、大富豪から支援を受けて、学んでいるのです。大変な問題を研究しているのです。と説明をしてくれました。

 私は「そうですか」と悶絶するほど驚きました。昔、タレントのピーコが、
「私は、どんな、場所に出て行っても、大丈夫なの。若いときにパトロンがいて、

 月に百万円ぐらい使う生活をしていたから』と言っていました。それを聞いたのは、1997年より前です。だから、そのとき、40代であっただろう、ピーコが20代の頃、と言うことは、1960年代です。
 大卒の初任給が男性は、二万幾千円で、かな、女性は、一万幾千円の時代です。
その頃、つき百万円を使うのは、ホテルのダイニングで夕食をとったり、一流の料亭やら、レストランで毎日、昼食、夕食を誰かと取るというような、生活でしょう。映画を見る、芝居を観る、音楽会に行く。こういうことを好きなだけ遣ったら、それは、月百万円を消費できますね。

 だから、自信がある。テレビに出て、自分の姿が映ることなどを気にしないと、いう発言でした。

 それを、その横須賀線の車内で、思い出したのですが、私は、その青年を、単純な意味では、羨ましいとも思わず、むしろ、胡散臭いことだとおもってしまったのです。ただね。もう時間が無かったし、それ以上を聞いたら失礼だと、自制しました。

 だけど、どうして、そういう立場を青年が獲得できたかは、非常に不思議ですし、彼が何を研究しているかも不思議でした。その研究内容は、理科系とか、工学部系ではないようです。

 まあ、芸術と学問の方面は、一生、お金が掛かることは確かです。だから、パトロンが居ることはいいことの一つです。ただし、頭の中まで支配されないかどうかを、常に、自己検討する必要があると思っています。
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 ところで、今日の文章は短いので、ここで、二つ、異なった話題を入れさせてくださいませ。ニフティの提供ニュースで、「アメリカ政府のホーム頁が一新した」と知りました。そのニフティの文面中には、その頁のURLは、出ていませんでした。引用を遠慮したのでしょう。でも、グーグルで検索をすると、出てきましたよ。アルファベットで、White House Government と
お入れになると出てきます。

そして、とても、感心したのは、メールを送る事ができるシステムになっています。しかし、住所欄の州のところが、選択制になっていて、文字入力が出来ません。それで、その前の部分まで日本の自分の今の住所を書き、州の部分には、ニューヨークで住んでいた州と ZipCode をいれたら、届きました。

しかも、一種の礼状をいただけるシステムになっていて、「大統領へお手紙が欲しい方は以下へ」と郵便用の住所も書いてありました。とても、開けていますね。『オバマ夫妻よ、がんばってください』と、申し上げたい。私の『ささやかなプレゼントは、今日のブログパートとして、取って置きの写真(花)を使うことです。これが、貧乏人からの新・大統領へのプレゼントです。

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さて、一方のロシアですが、ウエブニュースで見たのですが、ガスの供給を再開したそうです。子どもっぽい制裁を、くだす、国家だったのですね。日本がそんな風には、ならないように、祈っています。
    2009年1月20日、       川崎 千恵子(筆名、雨宮 舜)
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モスクワの温水プールで遊ぶ、日本人青年の話-1

2009-01-20 14:44:17 | Weblog
 あれは、去年の秋のことでした。その日は格別に寒かったのです。同じくらいの気温でも、秋のそれと、冬のそれでは、全く違って感じます。秋の方が寒いと感じるのです。夏との比較で、人間の体の方に、寒さへの準備が、できていないからでしょう。そんな寒い日ですから、電車内の乗客は、ほとんどが、コートを着ています。が、そんな中で、『これは、日本では手に入らないなあ』と思わせるほど、厚くて豪華なつくりの羽毛のジャンパーを着ている青年がいたのです。

 だが、電車に乗り込んで五分もしないうちに、彼は、それを脱いでしまいました。その下が、白のメリヤスの半そでシャツだけだったので、私はたちまちに目を奪われてしまいました。

 普通の日本人だったら、コートの下に直接下着を着ている人間はいないです。夜ですからサラリーマンが多くて、ネクタイつきのスーツ姿が多い。これだけでも、違和感を感じさせますが、それ以上にいろいろ変なところがあります。

 面立ちやズボンの質を見ると、貧しい人ではない。また、盛り上がった肩、たんこぶが目立つ二の腕が、普段体を鍛え抜いていることを示していますが、体も顔も色白です。横須賀線に乗っていて、これほど体格のよい男女のお客は、たいてい、サーフィンとか、ヨットをやっていて、顔はまっ褐色です。そういうタイプではない。しかも、顔は眼鏡をかけていて知的ですし。
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 彼は二人連れであり、話し上手です。その内容は、

<プールのへりで知人・・・(その会話中の人物は、二人にとっては、共通の知人らしい)・・・が飛び込みをしていたら、ジャンプが真上になってしまって、

 『これは、タイル(中は、コンクリート)に、頭からまっさかさまに落ちて、大惨事になるぞ』とみんなが息を呑んだ瞬間に、ほんの二、三センチの差で水の中にその人が落ち込んで、プール中がほっとした>、

と言うものです。その説明の仕方が堂に入っています。日本人でこれほど、劇的に、現象を説明を出来る人物、特に青年がいるとも思えず、私はさらに注目を重ねました。

夜、九時から十時までの間の横須賀線は空いていて、対抗側のベンチに座っている二人の会話は、その説明者の声がしっかりしていることと相俟って、はっきりと、私の耳に届きます。しかし、大船を過ぎると、鎌倉までは、あと、残り五分しかありません。私はつと立っていって、「あなた方のお話はとても面白いわね。もしかするとメディアの人ではありませんか?」と問い合わせると、青年にとっての友人である、聞き役の方は確かにそうでした。

青年は簡単には身分を明かさず、さらに茶目っ気たっぷりに、

「ええとね。今の話は、今週の火曜日の話なんですよ」と言います。横須賀線内で、彼らに出会った日は木曜日でした。つまり、二日前の超・新鮮な話だということです。「しかも場所はどこだと思います?」と、さらに茶目っ気たっぷりに聞いてきます。「それで、判らないわ」と答えました。

「モスクワですよ」と彼は答えます。その時に初めてジャンパーが分厚くて豪華なことに納得をしました。モスクワの寒気を避けるためには、日本より衣料は厚くなくてはならないでしょう。それと、その下がメリヤスシャツだけだったことも納得。寒い国ほど室内の暖房が完全に機能していて室内では、皆さん、薄着なのです。

 でもね、さらに疑問は募りました。この若さで、彼は贅沢な暮らしをしています。極寒の地モスクワで、つい二日前に、プールで遊べるとは、そのプールはセレブ用の、会員制プール・だ・ろ・うからです。

飛び込みを失敗した日本人の事を、そこにいた、ロシア人を含めて全員が知っていた・・・・というエピソードは、庶民が誰でも入れるタイプのプールでは起こりえない話だからです。

 で、私は一瞬で、『この人もメディアの特派員だな』と判断しました。で、そういってみると、右側の実際の特派員だったひとが、「いえ、彼は今は、勉強中なのです」と言います。私は再び強い違和感に囚われました。

 私は、ちょっとした、違和感(一種の矛盾)を感じるとたちまちに、心が集中してその相手に向かいます。『この人間には何か、ほかの人と違ったものがある』と判るからです。

 申し訳ございませんが、この話は、いろいろ枝葉に繋がって発展をしますので、明日へ続くとさせてくださいませ。

    2009年1月20日      川崎 千恵子(雨宮 舜)
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『刑事コロンボは、ロス・アンジェルスに住んでいたの?』

2009-01-19 23:33:41 | Weblog
 一昨夜17日の土曜日は、珍しく休息の時間と決めて、初めて、刑事コロンボを丁寧に見ました。あれの最初期の放映時は主婦業・満艦飾時代で、夜の八時に椅子に座っていることなど無理で、ちらちらと、画面を見る程度でした。再放送が始まったのは知っていましたが、『エンタメに触れている時間は無い』という覚悟で生きていますので、今まで見たことが無かったのです。

 しかし、一昨夜は疲れすぎていました。『これじゃあ、創作は何もできない』と思って、自己再生産のために、刑事コロンボを、きちんと、トイレにも行かずに見ましたよ。一瞬も見逃さずに。ふ、ふ、ふ。

 そして、最高に面白い発見は、刑事コロンボは、じつは、ロスに住んでいるらしいということでした。ドラマ中で、一番のクライマックスは犯人を、ぼろアパートで捕らえるシーンですが、そのぼろアパートの住所が、L.A.で終わっていました。それで、わかったのです。『へえ、刑事コロンボは、ロスの警察署の殺人科の刑事で、このドラマの舞台はロスなんだ。以前から、<どこなのかなあ?>と考えていたのだけれど、ロスなんだ』と、納得をしました。

 皆様もよくご承知のように、このドラマは倒叙法と言うミステリーで、最初に犯人が視聴者に知らされます。そして、犯人側は、たいていの場合は上流階級の人です。そこへ、中流階級のしたあたりの、生活レベルのひとらしい刑事コロンボ(昨日も、エンストしやすい車は、既に、15万キロ以上走っていて、中古車としての下取りが、80ドル・・・・・当時のレートで、1万円前後・・・・・という設定がありました。これは、視聴者の笑いを誘う、場面です)が、現れて、すいすいと、見事な推理で、犯人を割り出し、上流階級人間の仮面を剥ぐ・・・・・というのが、だいたいのパターンとなっています。

 それで、視聴者は惹き入れられる訳です。だって、本当の上流階級って、テレビなんか見ていないのですよね。日本ではそうです。海外でもそうかもしれません。夜毎のパーティがあったりして、いわゆる(テレビの)ゴールデン・アワーなんか、家にいないはずです。

 だから、中流階級の人へ放送をして、間にコマーシャルを挟めば、テレビ局もウハウハ、と言うわけでしょう。で、人気番組だから、殺人が起こる設定でも、お屋敷を撮影現場として、貸す人も出てくるのしょう。このブログで、街の様子のあれこれを、書いてきた私としては、これは!、これは!と、感嘆詞が幾つも出てくるような、大邸宅の集合している街です。ただし、各戸に塀がないので、最上級クラスの家ではない。最上流階級は、こういう集合的な場所にはすまないのです。ビル・ゲーツ氏しかり。

 私はふと、・・・・・できた当初は日本のビヴァリー・ヒルズと、揶揄をこめて喧伝をされた、・・・・・披露山庭園住宅(有名なタレントがたくさん住んでいて、高速道路を利用して都心へ通っているのだろう)を、思い出し、

 『このドラマ内の街が、本家のビヴァリー・ヒルズかしら?』 などとも思いました。が、それは、あくまで推察です。しかし、対照例として、下町の、非常に汚いアパートが映し出されます。その対比が面白いのです。そこが、社会学的に面白かったのです。

 しかし、こちらの貧乏人用のアパートは、明々白々で、セットでした。やはり、本物のアパートを借りるのは危険なのでしょう。プライヴァシーの侵害等を訴えられる可能性はあるし、住んでいる住民がどんな人かがわからないし。

 このドラマ内でも、刑務所暮らしが、30年を越える、窃盗常習者の住まいと言う設定に利用をされていて、それに、犯人が引っかかって、悪事が露見するのです。そこら辺りの脚本はうまいです。そして、私が感心したのは、登場人物がそれなりの、顔をしているのですが、特にこのアパートの管理人役で登場した俳優にはびっくり。瞬時の登場ですが、やせていて、しかも真面目そう。ぼろアパートの管理人タイプにぴったりです。

 このドラマはステレオタイプを常用して、そして、その上流階級の知性的な悪事を、より高度な頭脳で主役の冴えない刑事コロンボが、見破っていくというのが、大体のパターンだと思うのですが、大理石の浴槽の回りが、すべて、ピラミッド型のじゅうたんで囲まれている住宅に住む大金持ちのご夫人と結婚をした、遊び好きの亭主が、妻を殺すのが、主筋となっていて、それが、また、警察の幹部であると言う設定も面白いことでした。それが、視聴者の想定範囲を超えるので、それが、狙いのポイントともなっています。

 ゲストスタートして招かれた、その主役は風貌といい、それなりになりきっていて、対照例としての窃盗常習者も、それなりの、ぴったりの俳優でした。

 ただ、ステレオタイプの常用のために、女性に魅力が全然無いし、今回も叙情性を満足させる場面はありませんでした。このドラマは男性向けなのかしら。夫が見るときに、妻は付き合うというタイプのドラマなのかもしれません。でも、それが、一家団欒を招くのですから、上質のエンターテインメントになっているといえるでしょう。
  2009年1月18日、      川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
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ドイツと日本の慣習やら、文化の違い

2009-01-18 13:56:57 | Weblog
 私は海外のことに興味があります。ただし、北欧に行った事が無いのです。ドイツがどちらに含まれるかはわからないのですが、ドイツにも行った事がありません。ヘレニズム文化を中心に学びたくて、訪問しているので、南欧と、現在はイスラム圏になっているヘレニズム文化地域へのたびが多いからです。

 だけど、日本に住んでいても、ドイツに触れるということはあります。この間、クラス会があって、そこにドイツ人のMR.Tと言う方が出席していて、「ドイツには、こういう習慣(クラス会)が無い」といわれたときに、突然ですが、昔、俳句会に所属していたドイツ人の女性が、「ドイツにはこういう習慣が無い」といわれたのを思い出しました。

 そのときは、『俳句だから、当然だわね』と考えていて、ドイツと日本の違いなど顕著には、察せられなかったのです。でも、その女性は素敵なひとで、翻訳家として忙しいのに、月一回の俳句会は、朝から午後遅くまで付き合って、一生懸命、吟行、食事会、選句会と楽しんでおられました。その句会は鎌倉の古い(日本一古いカソリックといわれている)教会で行われていたので、相当なレベルのものだったので、今では私は落ちこぼれております。他のこととは両立しないほど、レベルが高かったので、ドイツ人の女性の方がそれを理解して、ついてきてくださったことは、大変ありがたいことでした。日本人としては、特に。

 ところで、俳句文化と言うのは、江戸時代の平和の蓄積があってこそ生まれました。まあ、去来抄程度は原文で読んでいる私には、江戸時代は貧しくとも、豪商とか豪農がパトロンとして、活動をしていたのを、知っています。絵でも、旅をしながら、描いた絵が最近、続々と話題になっておりますね。絵金とか、そのほか。俳句も山頭火までは、そういう文化の中で暮らした人ですが、今の日本に知らない人、・・・・・特に、ホームレスまがいの風体で、詩作やら、思索やら、創作(絵を描くこと)に専念しながら旅をしている人・・・・・・を泊めてあげる家庭があるとも思えません。

 テレビの世界で、タレントが突然訪ねて行って、歓迎される番組がありますが、それは、タレントであるからこその、信頼感もあるだろうし、テレビクルーが、たとえ、少人数構成でもそばについていれば、人は心を開くでしょう。

 だから、今は消えてしまった日本の文化と言うのは、鎖国ゆえに、それなりに、人を信頼しあって生きていた文化の余剰のうえに生まれたものが多いと言うことです。引き比べてヨーロッパと言うのは地続きです。それゆえに、覇権を求めて戦争は繰り返されて来ました。そして、泥棒などの悪人なども国境を越えて逃げたでしょう。ですから、鍵文化が発達しています。パリに住んだだけで、それを、ひしひしと、感じました。

 あまりに立派な、そして頑丈な鍵が、部屋の入り口に、上下に三つもついていて、しかも自動開閉装置も、超がつくほど、最新機能だったものですから、私はちょっとごみを出そうとしたりして、締め出された事が何度もあって、往生しました。ビルそのものに入るのにも、頑丈な鍵システムがありますし。

 ドイツの鍵文化システムがどうなっているかを、私は知りません。が、日本によくある公民館とか、そのほか、集団やグループで安く使える部屋があるかどうか? それから、人々が割りと平気で新しい集団を作る、カルチュアーセンターの類が発達しているかどうかは、人々のお互いの間にある、信頼感如何にも拠ると思うのです。

 だから、俳句会は無かったのでしょう。ただ、教会の発達があって、そのメンバーであることで、さまざまな連帯のシステムやら、情操教育の仕組みが機能しているとは思います。特に音楽に関してはすばらしく。
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 もう一つの伝聞をここに書きましょう。ドイツの人や、他の国の人も、文化的なシゴトで日本に来ている人は湘南地方を好むのです。鎌倉にも大勢住んでおられると思いますが、逗子や葉山にも多いのです。そして、日本の自然や、文化が大好きです。

 ただし、病気になったら、即、ドイツに帰るそうです。何をおいても、即、帰国だそうです。医療のシステム、そして、医療そのものも圧倒的に、ドイツの方が安心で安全だそうです。これは、私には耳が痛いようで、本当には、痛いとは言えません。

 だって、行政の責任者ではないから。だけど、ちょっと、国民の一人としては、恥ずかしいことでした。日本を好きな人を、その弱めに帰してしまうわけです。救えないのですから、恥ずかしいです。

 でも、テレビで見ると、中国人の女性が「ずっと日本に対して、批判的だったけれど、病気になった時に、初めて日本が好きになった」といっていましたから、それぞれの、本国の事情との対比があるとは思います。では、

 2009年1月18日     川崎 千恵子(雨宮舜)
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すずき(フィッシュ・イーター)が、鰯を、13匹食べていて

2009-01-16 21:51:59 | Weblog
 今日、鎌倉のスーパーで、地物(三崎で取れた)のすずきを主人が買ってきました。大きさが頭から尻尾まで、60センチ以上、しかし、結構安いのです。

 今は魚をさばける奥さんが少なくなっていて、こういう大きな一匹ものの、魚はなかなか売れないのです。で、安い。主人は、2キロ以上は優にあるそれを、買ってきて、食事後、さばいてくれました。こういうことが出来るのは、主人は鎌倉市内で、仕事をしていて、帰りにスーパーを渉猟してくるからです。ま、私が頼むからでもありますが。・・・・・

 三枚におろしたわけですが、マグロで言えば、中落ちの部分に肉が一杯ついてしまいます。それは、すずきが、フィッシュ・イーターといって、魚を食べる食物連鎖の上の方の魚で、小さな魚を捕食するために、体を大きくくねらせるので、それで、運動量が大きく、骨が太いのでした。それで、私が提案をして、その中落ち部分を、塩焼きにする予定です。片身は、あらいにします。もう一方の片身はフライにします。

 そして、巨大な卵・・・・・長さが18センチぐらいのひと腹・・・・・を甘辛く煮付けます。四皿も料理が出来てしまいます。

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 でも、こんな話ではあんまりつまらないですね。実は私たち二人が感動したのは、腹のなかに、カタクチイワシ(しこ鰯とも、通称言われる)が、13匹も入っていたことなのです。まだ、消化されない形で、人間が食べられるのではないかと言うほどのものです。

 私は実際に「これは、食べられるのではないの」と言いますと、主人は「いや駄目だ。既にすずきの消化が始まっているから」といいます。それで、私が、「それなら、肥料にしよう」と提案すると、「いや、アライグマが盗りに来るから、駄目だ」とも言います。鎌倉には、ペットから野生化したらしいアライグマがたくさんいて、一時期、我が家のゴミ箱(ばねがついている)のさえ、あけられて往生したから、私もその提案が通らないことに、我慢をしました。

 でも、日本人は、こういう青魚(たとえばニシンなど)を肥料にした時代もあったのですよね。

 その小さなどうしようもなくて、捨てられる13匹のまだ、形もしっかりしていて、眼も輝いているように見える、鰯を見ているうちに、金子みすずの有名な詩を思い出しました。

 そして、食物連鎖の頂点にいる人間である、私たち、・・・・・の事をあれこれ考えました。

ある意味で罪深いですよね。生きること自体が罪深いです。僧侶にでもならないと、その問題から逃れられません。私は菜食主義になるつもりも無いのです。やせていて、しかもいつも、ぎりぎりまで働くので、四時間ごとに何かを補給しないと駄目な体だから、糖分もたんぱく質も大切だから・・・・・

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 スーパーで普通の日には、切り身になっている、魚とか、肉を買うわけで、そこまでは、気がつかせられませんが、今日は巨大なすずきをさばいたせいで、人間であることの罪深さに気がつかさせられてしまいました。

 仏教でもそういうことに触れていますが、キリスト教でも、原罪とかいいますね。なお、今日の図版はした図です。しかも部分。ただ、青が使ってあるので、海が連想されるので使わせていただきました。

           では、2009年1月16日川崎 千恵子(雨宮舜)
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点滴悪用事件の真実を、考えてみる

2009-01-16 00:48:08 | Weblog
 最近、わが子(と言っても一歳にも、まだ、なっていない赤ちゃん)に、点滴で、腐った水を注入したという事件が起こりました。私は最初、『新手の虐待だなあ。このお母さんは元看護婦さんなのだろうか?』などと、考えておりました。

 子どもへの虐待はたいてい密室で起こります。しかし、今朝(09-1-15)の日経新聞で、この事件が病院内で起こり、単なる虐待ではなくて、お母さん自身が、心理的な問題を隠しもっている、新しい病気にかかっているのだとわかりました。『代理による、ミュンヒハウゼン症候群』と言うのだそうです。大体を引用させていただくと、ほら吹き男爵の話で有名な名前がミュンヒハウゼンで、病気を詐称しては、入退院を繰り返す男性を見つけた英国の医師が病名を創設したのですが、その応用例として、「他人が病気だ」といって入退院を繰り返させる場合を、<代理による>と、冠言葉をかぶせるのだそうです。

 この事件のお母さんは、「一歳になる前の赤ちゃんが、病気だ」といって入院をさせるわけですから、赤ちゃん自身は確かに言うなりでしょう。抗議も抗弁もしないでしょう。まだしゃべれないのですから。

 でもね。長女以外はすべて、この被害にあっていて、四女は、既に死亡をしています。病院側は不審に思って、注意し注目をしていたのでしょう。それで、この悪さがやっと発覚をしました。
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 私はその情景を、いろいろ想像しました。多分、長女は実際の病気になって入院をした事があるのでしょう。その時にお母さんは味を占めたのです。病院は楽しいということを。病院はある意味で楽しいのです。幸田文の『闘』ではないが、そこは、グランドホテルであり、いろいろな登場人物がいます。そして、みんな気弱になっていて、素直になっていて、しかも一期一会の関係だと思うので、何でも話してしまいます。特に付き添いをしている人間にとっては、リラックスできる、楽しいところなのです。

 たとえば、その悪魔のようなお母さんが、極く普通の人で、家へ帰れば、お姑さんに、頭が上がらない人だとしましょう。で、病院が、大部屋で八人ぐらい一緒だとする。

 そこでは、小さい子どもが重病で、気の毒なお母さんと言うことになり、一種のヒロイン願望を満たされるわけです。

 私も子どもが入院したときに、いろいろ、考えましたし、経験しました。病人本人は痛かったりして大変なのですが、付添い人は自由があるし、発見もあるし、会話もあるのです。たとえば、湘南高校の生徒のお見舞い客が、病人のことはそっちのけで、病人の枕元においてある、漫画本を読むのに夢中になっている姿を見て、『ああ、家では漫画を読むのを許されていないのだなあ』と考えたりしたものです。ただし、これは、20年前の話です。今は、漫画はもっと、認知されていますから、たとえ、湘南高校に通っていても、以前よりは、漫画に自由に接しているのではないかなあ。

 子育てはすごく重労働です。それが、病人だと、自分がしなくてよいですね。病院がしてくれます。そして、見舞いに来るたびに、他人に同情をされる。となって、その心地よさにはまってしまった。そういう、ずるずるとした欲望の犠牲に、小さな赤ちゃんが、はめられてしまった。それも、自分の子なのに。・・・・・こう考えていくと、やっとこの事件が、わかってきます。虐待ではなくて、お母さん自身の、一種の心理的な病だったのです。

 ここまで判ったのが、15日の午前中のことで、その夜の11時ごろでした。主人と話をしていると、「そのお母さんは、コンプレックスが相当ひどかったのだろうね」と主人が言います。そこから、また、考えが発展をします。

 普通の人が、主役になれるチャンスが、日本では、一生のうちで四回あると思います。最初は、希望の学校へ入学できたときです。都会では中学時代にそれを味わう人もいますが、たいていは、大学へ入ったときかなあ。その次は、就職が入るケースもあるし、それが、希望の対象ではなかった場合は、結婚式があります。それも行わなかったりした場合は、赤ちゃん誕生があります。この4回の慶事は、さほどの、才能がなくても訪れる慶事です。そして、一応ですが、誰からも祝福をされます。

 それ以降は、女性の場合は、普通の場合はあんまり無いので、趣味の世界で、達成感を味わおうとしたり、家元制度やPTAでの階級を、上へ上がろうとしたりします。30代、40代ですと避けられない傾向の一つです。男性なら一種の自己満足と達成感の成就としての、職場の出世とかがあるでしょう。

 このお母さんにとって、病気の赤ちゃんを入院させ、その付き添いをするという経験が、一生でそれ以前には味わうことが出来なかったほどの、快感を与えたのでしょう。自分が大事にされるというか、注目をされる初めての機会となったのです。長女のときに。それ以降は、その繰り返しを求めての行動が結果として、殺人までいたる犯行となっていると思います。不思議ですよね。他者から分析すると、明々白々に、おかしいことでも、本人にとっては、おかしいことではないことになっている。今日はぽつんと切れますが、ここで、終わります。  
        2009年1月16日、早朝。 川崎 千恵子(筆名雨宮舜)
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