銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

根津美術館の名刀(清麿作)展から、映画靖国の、忌まわしい作刀場面を思い出す△

2014-02-28 14:55:32 | Weblog

副題1、『上野の科学博物館のロッカーの前で』

 私はある事情があって、根津美術館には、よく行っているほうです。専門がぜんぜん違 うのにです。まず、私は茶道華道には、興味がないほうですしね。ところが、1997年に版画を始めて、忙しくなってからは根津美術館に限らず、ありと、あ らゆる美術館と、博物館には、行かないようになりました。→

 ところで挿入となりますが、ここで、猫の写真の説明をさせてくださいませ。最後の方で、我が家の猫が、「私たちの夫婦のあり方まで心配するほど賢い」というエピソードを語っています。それを、証明する様な目力をごらんいただきたくて、最初にこれを、置きます。猫を語ることは楽しいので、この、内容が忌まわしくて、書くのが難しい文章も、初稿と、推敲を、同じ一日以内にすることができました。で、恒例の△印を総タイトル横につけておきます。で、元へ戻ります。

→ 自分が国展や、女流展に出品していたので、都美館には行っていましたが、それ以外の催しはパスです。しかし、70歳を超えたこと、および、ギャラリー山口のオーナーがなくなったこと、および母がなくなったことなどの、影響で、「自分は長生きをしたい」と願うようになりました。

 やりたいことと言うか、やるべきことの、60%は、すでにできているのですが、この国がどういう風に変化して行くのか、例のエージェントたちの特権は、どう変化して行くのか? このまま、ずっと彼らはのさばって行くのか? 見届けたいと言う気持があります。

 それから、私はいろいろな側面で、自分の基本的な権利を奪われているので・・・・・たとえば、GPS機能を利用して、ガードマンタイプの人間を配置して脅かされる・・・・・・が、将来どういう風に変化して行くか・・・・・回復できるのかなど、を追及していきたいと思っているわけです。

 だから、早死にしたくなくなっていて、それゆえに、行動をセーブしています。私の行動とは、内面的なものが多くて、それを、充実させるために、外出を抑えていたのですが、

 『頭を酷使しすぎるよりも、普通の人が楽しんでいることを、私も体力があるうちに楽しんだ方がいいでしょう』と、なって、二年ぐらい、株主総会を利用して、いまだ行ったことのないホテルの宴会場を探索することに、興味を持ちました。

 ホテルを使っていない会社でも、LIXILなんか、社員の福祉が充実していて、ラウンジが豪華なこと、豪華なこと、貴重な美術本が、空間配置に十分な余裕を持って、たくさん、置いてあるのです。驚いて「どうして、こんなにりっぱなものを、つくったのですか?」と聞くと「五社が合併したので、社員融和のためです」って。へえ、世の中には、立派な社長さんも居るものだと、感心しました。ブラック企業まがいの嫌な経営者の情報も入ってくる私にとって、感心する経営姿勢でした。社員食堂もきれいでおいしい。精養軒かな? に依頼しているそうです。

 しかし、そのホテル探訪の季節も終わって、次が美術館と博物館です。この間、国立科学博物館に、ほぼ、30年ぶりに行きました。フランス人のご夫妻と、ロッカーの前でであって、「おもしろかったですか?」と聞くと「ええ、とても面白かった」そうです。「特に電機についての展示が」ですって。

 ありがたいことでした。こう言うものを見物に来てくださる外人って、やはり、インテリの方だと思います。そう言う人に面白かったといってもらえて、私も国民の一人として、うれしかったです。そして、建物(特に本館)の厚手のあること。スクラップアンドビルドの対象になっていないので、かえって、幸いです。

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副題2、『今期の根津美術館は、外人客が多いが、日本刀を、展示しているからかな』

 今、断舎利とか言うのがはやっているでしょう。あれは、私は嫌いです。

 今、鎌倉小町通利や、若宮大路を毎日歩くわけですが、骨董店が、何店かあります。そのショーウィンドーにお皿が何点か、5000円から8000円ぐらいのお値段をつけて売っています。其れと、そっくりなものが日吉の実家の台所に、ある時期まではありました。使っていなくても、とってあったのです。

 それはね。江戸時代から使われていたものを、母が、実家の蔵から、もらってきたものなのです。私の父は、次男坊なので、母は新所帯を作って、什器は自分たちで新しく、買ったわけですが、満鉄の社員だったから、すべては置いてきたわけです。で、何もないので、山口県にある実家から、戦後、古いお皿類をもらって、其れを横浜の家においていたわけです。 「今、5000円以上はするものが、鉢や、皿の形で、30枚はあったでしょうに、母もある時期に捨てちゃったのね。それは、1980年代だったかしら? 残念だこと」と思うのです。

 今、マンションに暮らすのが人気みたいですが、古い家でも一戸建ての家を持って、収納の場所を多く持ち、ものを、捨てない生活をした方がいい」と思いますけれどね。私はそう思うのです。だってね。根津美術館も、藤田美術館も、五島美術館も、静嘉堂文庫も、大阪の旧安宅コレクションにしても、古いものを大切にしているわけですね。後、細川さんの永青文庫を忘れていた。

 そう言うところの展示品を見に行った時に、自分の家のあしらい(インテリアと、什器類)と、あまりにもかけ離れていたら、「鑑賞者として、ちゃんとわかるだろうか?」と問えば、答えは 「本当のところは、解らないだろう」と成ります。文化の断絶が起きてしまう。だから、捨てない方がいいし、できるだけ、収納スペースの多い、家に住んだ方が、いいと思います。古い家でも、見掛けが悪くても、そちらの方が良いと、私は思っています。セキュリティばかり追求しない方がいい。

 ところで、根津美術館に、ほぼ、20年ぶりぐらいにいってみて、『お、外人が多いぞ』と思いました。事前に下調べをしない主義の私は、入り口に書いてある、「清麿展」と言うのを見ても、『新しい浮世絵師でも発見されたのかな?』と思うぐらいでしたが、展示室に入って、驚かされました。

 上野の国立博物館の平成館か、北の丸の、近代美術館で、刀剣の、名品が、20振りぐらい同時に展示されているのは、見たことがあるけれど、今回のものほど、美しい刀剣の展示は、過去に見たことがないと言うほどの、美しい会場でした。

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副題2、『源清麿、とは、42歳で自害をしたらしいが? why?』

 清麿とは、信州の名主の次男として生まれ、兄に続いて刀工を志し、その後江戸へ上り、窪田清音の弟子となり、二年間だけ萩へ招かれ、後に四谷に定住して、四谷正宗と呼ばれたが、42歳で、自害をしたそうです。今年は生誕200年の記念の年に当たるそうです。

 私は日本刀は美しいと思ってはおりますが、趣味の範囲をそこまで、広げたことがないので、ちっとも知らない名前でした。しかし、会場が特に美しいと思われたのは、彼が、天才だったからだと思います。

 日本社会では、光悦や、魯山人と、比較しても、知名度の側面で圧倒的に劣るとは思いますが、天才特有の輝きが、部屋に満ちているのです。単に日本刀が、ぴかぴかに、磨き上げられているから、部屋に緊張感が満ちているわけでもないです。

 部屋全体が、日本刀だけが飾られている空間も初めてであったし、また、展示も、透明のアクリルの支えと、白絹だけで、飾ってあって、それも、好ましいし、ともかく、緊張感に満ちて、かつ、統一感に満ちた展示方法で、これは、美しい見ものだと、思いました。

 私、上の方で、長生きしたいと言っていますでしょう。ただ、別の機会に、『大天才になるのをあきらめたから』と、添えごとをしています。源清麿に、家族が居たか、子供が居たかが、何も書いていないので、わかりませんが、自害したと聞いて、『天才とは、自分を追い込むのだなあ』と、改めて、確認をした次第です。で、子供を生んでしまった女性には、自害する自由はないので、したがって、そこから考えても、天才に成るのは無理です。(苦笑)

 展示室が美しいのは、たった一人の天才の作品で統一をされているからでしょう。刀剣の名品展は、過去にも見たことがありますが、正宗とか、長ふねと言う、同じ作家の刀が、ふた振り程度、時代を超えて、集められていると言う形でした。

 そちらでは、鎌倉時代からの太刀を含め、江戸時代までの、名刀が、集まっていて資料的な価値は高かったとしても、一刀工の作品だけで、展示室が埋まっているのには、生涯初めて出会ったので、感動は大きかったです。

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副題3、『日本語の、備前刀剣名工会(?)制作の映像を、じっと見ている外人が居た。解っただろうか?』

 今、国立博物館平成館で、人間国宝展を、やっています。そこで、私が一番驚いた技術は、江戸小紋の型紙を作る技術でした。鮫肌小紋と言うのが、あって、その型紙を作る人は、近視なのか、遠視なのか、どういう視力だろうと、驚かされる、マイクロ化された刃物さばきでしたが、

 全国で、このような伝承技術を継承をしている保存会が、18個(?)だかあるようです。その時に、日本刀の鍛冶職人組合としては、備前刀の保存会があることを知りました。其れが、つい、10日前でしたが、そこで、知った組合が、制作した、備前刀の鍛冶の過程の映像が、こちらの根津美術館の中二階で、公開されていました。

 30分程度だったと思いますが「へー、そうだったの?」と、知らなかった部分も、ずいぶんありました。そのビデオ画面もきれいでしたよ。

 外人が多かったと言いましたが、一人、じっと、その映像を見つめている外人が居ました。もう少し元気だったら通訳してあげようかなと思いましたが、その日は、疲労困憊だったので、おせっかいをせず。

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副題4、『それにつけても思い出すのは、映画・TOKYO・です。ひどいだまし討ちでしたね・・・・・それに、文化庁は、800万円を資金援助しているのですよ・・・・・参りましたねえ』

 今、安部さんの靖国参拝が海外から、責め立てられているけれど、なぜそうなるかと言うことを、はっきりと、もう一回言いましょう。それは、アメリカの深奥部分で、東京裁判に対するトラウマがあるからです。だから、必死になって東京裁判を打ち消したいのです。で、東京裁判で、A級戦犯となった東条英機他を大悪人と呼びたいのでした。だから、靖国に参拝してはいけないのです。ひとえに、欧米側の主張であり、それに、中国は追随しているだけです。

 映画靖国に、文化庁は800万円の援助金を出しています。其れが、いつの間にやら、750万円に減っていました。が、問題は、同じ様に、文化庁が、800万円の資金を出した、映画『TOKYO』の第二部でも、東京裁判を揶揄した場面が出てきます。

 判事などの座り方の設定が、東京裁判とそっくりな設定になっていて、

 かつ、からかいきっているのは、被告がメルド語という、世界中で、メルドという主人公以外は、誰も理解ができない言語を話す人間だと言う形に成っているからです。しかも、被告は死刑になります。

 レオスカラックス監督の、批判が、判事側の欧米軍に向かっているのか? それとも敗戦国の日本人側に向かっているのかが、この裁判の場面だけではわかりませんが、

 主人公のホームレス、メルドが住んでいるのが、東京の地下にある下水道と言う設定になっていて、彼は、そこに保存されている戦車(旭日旗マークが、60cm角ぐらいの大きさで、描かれている)にすんでいると言う設定なので、東京裁判の場面への風刺とか、からかいが、日本や、日本人へ向けて発せられているのが、解るのでした。フィクションだと言っても東京の地下下水道は、カラックス監督が描き出した様なものではないし、日本の裁判所の法廷も、カラックス監督が描き出したのとはまるで違う様式です。

 こう言うひどい揶揄を含む脚本を

  持って、来日すれば、日本人に対して、内心で、恐怖感を抱いても当然ですよね。それを、除去してあげたのが誰かはわかりませんが、ともかく、この映画は、ロケ先を別とすれば、横浜の、芸大の北野武監督の棟(スタジオ)で、撮影されたのでした。監督はインタビューで、「日本人側スタッフキャストが、思いがけず、親切だった」と、感謝していますが、石橋れんじ、島田久作などの、出演俳優人は、全脚本を渡されていたかどうかが怪しいと思いますし、渡されていたのに、出演したのだったら、あほですね。演技が上手な人たちだと思いますが、頭の問題を言えば、あほです。ただ、私は、彼ら、日本側スタッフキャストも、一種のだまし討ちに出会ったと見ています。事前にはきちんとした説明がなく、かつ、映画を、レオスカラックス監督は、2週間と言う早撮りをしています。そして、逃げる様にして帰国しています。当たり前です。これほどの、侮日的映画を作ったら、怖くてたまらないはずです。

 文化庁は後付で、自分たち単独で、援助資金、800万円を出したのではなくて、民間の寄付金を合体した、機関を作ったので、そちらが出したことにしています。この件で、誰もフォローをしてくれないのも、私が言論弾圧を受けていると言う証拠です。

 実際に、その映画をごらんになったら、皆さん驚くと思う。最近、立て続けに8人の処刑を敢行した、谷口法務大臣も、この映画を、ご覧になっていますか? ごらんになっておらず、かつ、私のこのブログもお読みになっておらず、誰か、飯島勲氏か、それとも他の人間かの教唆によって、死刑を立て続けに敢行なさったのでしょう。そして、それを、NHKは、図形化までして、はやしたてました。そのNHKニュースを見ているうちに、『なるほど、これも、エージェントたちが、私の文章を恐れている証拠ですね』と、私は返って、心強く感じてしまうのですけれど・・・・・

 私は国際関係に関心が高いし、常に、外人に話しかける方です。根津美術館に、名刀を見に来てくれた外人たちにも深く感謝します。

 だけど、外人がやるのなら、無批判に、歓迎して、日本人が自らを辱め、国際的に大悪宣伝となる、映画『TOKYO』を、自らの企画でつくり、かつ、そこに税金を投与したと言う事実は、なんとも無残です。本当に残念です。

 なお、その部分を削除したDVDが、1800円と言う安さで出回っているはずです。AMAZONに申し込んでも、どうせ、私の場合は買えないはずです。こう言うとても大切な時には、パソコンが言うことを聞きませんので・・・・・

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副題5、『映画・靖国・も、ザッピング効果を最大限に、利用した、悲しい映画でしたね』

 映画・靖国・も同じ伝で、嫌なこと極まりない映画です。ただし、この映画を上演禁止にするのは反対です。皆様も、もし、レンタルDVDがあるのなら、ぜひ一見ください。大いなる勉強になります。日本が今、置かれている状況を正しく理解することができます。

 そして、映画『TOKYO] に比べれば、靖国の方が、実際に見た人が多いことと、作刀画面に、忌まわしい、嘘があると言うことを論じている人が、すでに、いっぱい居るので、まだ、救いようがありますが、問題は、これも、文化庁が800万円資金援助をして作った映画だということです。

 教育と言うものを支配してしまえば、日本人はどうにでも、支配できるはずだと、思って高笑いをしている、国際的軍産共同体と、その日本人エージェントの姿が目に見えるようですが、

 映画『TOKYO』と、映画『靖国』の製作のアイデアを、提出したのは、もしかしたら、国際協力基金とか何とか言う団体ではないですか?

 まあ、目端の利く人が、現在日本には、いっぱい居て、六本木のバーか、ホテルのレストランで、打ち合わせをして、『こうしましょう。ああしましょう』と、言い合っているのだと思いますが、

 しかし、実際の日本人は、あなた方の思っているほど、馬鹿ではありませんよ。

 ただ、本当に利口な日本人には、テレビなどの、大衆的メディアでの、発言が封じられているだけです。だって、私なんて、社会的な肩書きは単なる主婦ですよ。だけど、ここまではっきりと論理を展開することができます。

 それから自宅のパソコンでは、書いたり編集したりすることに妨害を受けるので、本の編集については、ノマド(喫茶店で、仕事をするのを指すらしい)生活をしているので、一人でカフェや、レストランで、パソコンを使っています。すると、隣の席で、老人たちが、男女混交で、よく話しをし合っていますが、女性だけの会だと、このブログ程度の会話は、普通ですよ。みんな真実がわかっています。男女混合だと、甘くなる。

 ところで、後で、すでに一回書いた文章を探しておきますが、映画靖国の中で、だまし討ちに近い形で、使われているのが、その当時、90歳を超えていた四国在住の刀鍛冶です。

 その老人が、きわめて汚い作業場で、刀を一人で打つ場面が、映画靖国の中では、8月15日前後の喧騒の場面の間に、何度も挟まれていて、まるで、靖国神社の境内で、作刀をされているかのごとき、印象を与えます。

  私も、最初はすっかりだまされて、『靖国神社の裏手に、こう言う作業場があるのかしら?』と思いました。鶴岡八幡宮でも、美術館の裏手に、ごみ集積場があります。大型のごみ箱が、3つぐらい並んでいて、リャーカーも置いてあります。ひときわ、『ここは、裏側です』と言うイメージを与える場所なのです。『そう言う場所が、靖国神社にもあって、そこで、この汚い作業場もおかれていて、この作刀が、行われているのかしら?』と、考えましたよ。

 何が汚いかと言うと、グリースの缶とか、接着剤らしい缶とか、ペンキの缶とか、その刀鍛冶が日常生活をするのに、必要な日常品が、棚に置かれていて、他に木っ端とか、シャベル等も置いてあるのです。

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副題6、『私が、日本人だからこそ、其れは、四国山系の山だとわかるが、外人にはわからないでしょう。そこが狙いの、きわめて卑怯な映画です』

 日本という国は、晴れと穢れの区別が、しっかりしている国です。しかも、神社とは、最高のハレの場所です。そう言う場所をお借りしている刀工が、これほど、整理整頓をしていないとは、考えられず、『変だなあ』と、思い始めているうちに、背景が、小屋の隙間から、チラッと見えました。山です。東京には、峻険な山はありません。それで、変だと解ったのです。

 あとで、グーグル検索をしてみて、四国の刀工が、利用されたと知り、あの山は、石槌山などの四国山系の山だったのだと気が付きます。四国には、私も旅行に、既に、いっていて、大歩危辺りで、四国山系を眺めた経験がありますので、『そうね。そういえば、四国の山です』と思い当たります。

 北アルプスでもないし、中央アルプスでもないし、大雪山系でもないです。谷川連峰でもないし、箱根や、伊豆でもない。いかにも四国山系です。その時点から、『あれ、これは、おかしい』と思い始め、映画製作者の、忌まわしい意図に気が付き始めます。日本人がいまだに野蛮で好戦的だといいたい映画なのです。其れが一番の目的である映画で、これが、サンダンス映画祭などで、上映されたと聞けば、ぞっとします。海外の人には、四国山系が、東京に歩かない課など、解らないでしょうから。

 チューリップの頭を、傘で振り切り払う映像の登場したアジア系の、ブルーカラーとしてのエージェントが、かつて活動し、かつ、アンネ本を、破壊しているブルーカラーとしてのエージェントが、最近でも、活動するこの国は、狙われきっている国でもあります。悲しい国ですね。そう言うアイデアを出して居るのが、日本人エージェントだと、推察されるのもさらに悲しいです。

 この映画は、論議を呼びましたが、いい映画だと言い募ったメディアや、評論家が居るのではないですか?

 ひどい人間たちですが、いずれ、崔洋一監督とか、田原総一郎氏などと言う、映画『コーヴ』を、高評価した人間と、同類項でしょう。

 靖国は、きわめて悪質な映画です。それでも、いい映画だと、強弁した連中が居るはずです。あとで、グーグル検索で、調べておきます。

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副題7、『あの老・刀鍛冶は、どうして、一本釣りをされたのだろう。四国の山中に住む人間を、中国からの留学生が見つけるのは、容易ではなかろうに。日本国内で手引きをした人間が居るはずですね』

  本当に悲しいことですが、日本にいて、この映画製作に協力した人間が多数居るはずなのです。だって、中国からの留学生が、どうして、あれほど、辺鄙な場所に住んでいる刀鍛冶を見つけ出すことができますか。?

 今、突然に、思い出したのですが、日本刀剣協会かな、そこに勤めていた現在71歳の友達が居ます。彼女は、国谷裕子さんと、同じく、ブラウン大学出身です。彼女は高校時代AFSでアメリカ留学をしていて、その時のホストファミリーがユダヤ系だったそうです。

 だけど、この映画と彼女は、関係はないと信じたいですが、わかりません。国谷さんが、ひどいこと(イコール売国的なこと)を連続してなさっているからです。それで、連想が発展して、ブラウン大学と言うアメリカの名門女子大卒業関連で、思い出したのですが、こちら靖国の刀鍛冶紹介の側面でも、ブラウン大学の、日本人卒業生に対する洗脳状況から推察すると、私の友達が協力をしていることは、『ありえるなあ』と思います。

 こう言う諜略行為に関することは、けっこう少数の人間が関与しているものです。そのラインの中で、横浜国立大学付属中学は、大きな人材供給源となっています。

 ともかく、映画靖国に登場する刀鍛冶は、当時で、すでに、90歳を超えているそうです。そう言う年齢で、現役であるとは、ある程度以上に、有名な存在であって、東京に存在する日本刀剣協会でも、その情報が把握をされており、そちらからの紹介で、訪問をしたとも考えられます。その影に、㊤㊤㊤㊤(=ここは国際協力資金ですか、その総帥が、当たりますが、今個人名を思い出せないので、記号で、表して起きます)氏などの、働きかけがあったら、この映画が、、きちんとした、思想信条の元に、一丁できあがりと成った宣伝映画だとなります。

 ただし、ここで、言う思想信条とは、ロックフェラー家などの大富豪たちの生活を、安泰にさせることが、最大に大切だという思想信条です。

 岩波書店、中央公論新社、筑摩書房、白水社、そのほかが、発刊している哲学体系や思想関連全集などに、含まれている概念で、言う思想信条ではありません。

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副題8、『刀鍛冶の奥さんは、異常さに気が付いて、激しく抗議をしたが、無視されたそうです』

  だまされたご主人の方は、90歳を超えていたが、奥さんは、70代だっそうです。で、映画が公開されてから、自分たちが、悪い方向でだまされたことを知り、激しく抗議をしたそうですが、ご主人の方は、途中であきらめてしまいました。だから、あの映画は、刀鍛冶の抗議を無視して、しかもプログラムには、四国で撮影した事も書かれては、いない。そう言う形で、公開をされたのです。

 この映画はドキュメンタリーで、フィクションではないので、その手の基本的なところで、嘘があっては、成り立たないのに、映画評論家の中には、推奨する人が居たはずです。

 私は途中で、なんと嫌な映画だろうと思い始めました。それでも、きちんと最後まで見ましたよ。そして、途中で、もうひとつの異変とか、嘘と言う種類に気が付きました。それは、彼が、これほどの映画を作るにしては、日本語が下手だと言うことです。

 日本に留学してきたのですから、日本企業に勤めるのが、目的でしょう。そして、映画を作ろうと言うぐらいですから、優秀な頭脳の持ち主なのでしょう。ところが、日本語が下手なのです。これは、おかしい。これは、変です。いや、思想性のないものをとるのならいいのですよ。

 でも、中国人です。『時の政府に反発する傾向の作品を作ると大変だ』とはわかっているはずです。最近でも収監中の作家がノーベル文学賞をもらって、大騒動になっています。日本は、中国にとって、敵国らしいです。だから映画『靖国』を製作しても、かれには、中国本国から訴追をされる恐れはありません。

 だけど、本国での傾向から推察すると、日本でも、こう言う映画を作れば、日本企業に就職することなど無理になります。となると、この一本で話題をさらって、監督として大物となっていく? それは誰でも、夢見ることですが、ブレイクが、できるかどうかは、わからないと言う結果を予測しながら、誰もが、制作に取り掛かるのではないですか?

 それが普通でしょう? 其れにしては、思想信条がしっかりしていません。ドキュメンタリーなのに大嘘が含まれているし、これほどの、対策映画を製作し、かつ、日本政府(文化庁)から製作資金を分捕るほどの、大物なら、もっと日本語が、上手でないといけないし、成功するかどうかに対しての恐れも持たないといけません。いや、当然持つはずの恐れが見えないのが不思議なのです。

 ところが、ここで、政治が絡むと、そう言う流れではなくなるのです。たとえば真央ちゃんは、不安がいっぱいで、パフォーマンスに向かいます。だけど、キムヨナ選手は、事前に、「絶対に、あなたが勝つことになっています」と、耳打ちをされていたと仮定します。これは、バンクーヴァー五輪のときのことです。

 ソチオリンピックでは、採点疑惑に全世界中が気が付いていたので、ああまりにもあざとい傾向は抑えられていたと思いますが、浅田真央ちゃんと、キムヨナ選手の違いは、ひとえに政治的な目論見の違いにあります。

 現代では、文化的な分野も、そうですが、スポーツさえも、政治的な状況から自由ではないのです。世界で、最高の権力者たちは、日本人の優秀さを恐れています。そして、そう言う恐ろしい国民を支配し、収奪しているわけですから、不安が昂進しています。その昂進している不安を抑えるために、韓国と韓国人を上に置くというシステムがどこにでも、噴出しています。

 ソチ五輪では、その傾向が、全世界の真央ちゃんファンによって、いささか、鎮められ、補正をされた会でした。しかし、私の見るところ、其れ(=公正な採点を望む世界中のファンの願い)が、実現するかどうかは、予測不可能でした。結果として、真央ちゃんが、メダルをとれなかったので、思いがけず、大切にされましたが、(エキジビションに出場要請が来たとか、ツィッターで、全世界中で、真央ちゃんに関する呟きが最も多かったということ)、其れは、事前には、わからないことだったのです。

 で、私が本当には、何をいいたいかと言うと、映画靖国を製作した映画監督の、背後関係を、調査する必要があると言うことです。日本の新聞やテレビ局などの、メディアは、『この監督を、危険な分野に果敢に取り組んだので、英雄視する』と言う体制で進みましたが、『本当にそれほど、信念が深い人間だったのだろうか?』と、私は、今では疑っているところです。

 後ろから、教唆やサポートがあったのではないだろうか? と考え始めているところです。

 今から、wikipedia を検証します。その後の情報がどう推移しているかを確認しないといけません。では、しばし、この書き込みは中断をさせてくださいませ。

 なお、この続きは、明日3月1日に書きます。ここまで、書くだけで、異常に消耗した模様です。

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副題9、『異様な睡魔に襲われるのは、三度目だったかな?』

 上の最後の行を、書いて、いったん布団に入ったのです。しかし、その睡魔に、その時間に襲われると言うこと、それは、やや不思議な現象ではありました。

 というのも、私はたいてい、20時間は連続して起きているのです。そう言う無理をすることによって、ブログを維持できる体制が整っています。ところが、朝8時におきて、その睡魔に襲われた時が、まだ、12時間目です。これは、私の睡眠サイクルとしてはおかしいのです。

 猫がそれを知っていて、「お母さんは、まだ寝る時間帯ではないでしょ。私はね。まだ、猫ベッド(それは、電気炬燵が入っている)では寝たくないのよ。ストーブつけて頂戴」と、呼びますしね。猫と言うのは体内時計が正確で、朝4時半には主人を起こしますしね。「夜の10じだったら、まだ、ストーヴつけて置いてね」というのは、彼女としては、正当なサインなのですが・・・・・

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 あ、ここで、スピンオフと成りますが、本日改めて発見した、我が家の猫の賢さについて触れさせてくださいませ。本日の主人は、東海道を歩いたそうです。鎌倉駅から、JRで、戸塚駅まで行って、そこから、箱根駅伝で、よく中継が行われる道を、藤沢まで歩いたそうです。

 で、夕方帰宅した後で、一度、一階のこたつで仮眠を取ったらしいのです。それが、猫にとっては、不思議極まりないことだったみたいで、しばらく二階で、「お父さんは、どこに居るんだろう」と騒ぎました。これは、反対に、夕方、6時から8時までの間に、私が居間に居ないと、同じ様に騒いで、呼びに来るので、彼女の気持はよくわかっているのです。私が主人とは、別の部屋に居て、衣類の片付け物をしていたりすると、『どうして、お母さんは、お父さんと、一緒に居ないの?』と、心配します。夫婦喧嘩でもしているのではないかと、心配するらしくて、しきりに私を呼びに来ます。

 夫婦どちらでも、その人間が、100%、外出をしていると、それもまた、わかるらしくて、こう言う種類の心配はしないのですが、帰宅して我が家の中に居るはずの主人が、徒歩旅行に疲れて熟睡していると、存在している気配が感じられないので、不思議に思って探しまくったみたいです。

 生涯で、猫を、4匹飼いましたが、これほど、頭がよい猫は初めてです。ともかく、いっぱしの子供なりに、夫婦の間を心配していて、仲良く暮らしているかどうかを、常に、チェックしていますよ(笑い) ほんのちょっとでも、変わったことをすると、とても心配します。

 そう言うわけで、布団の中で、猫の『ストーヴつけて』と言う呼び声を聞いているうちに、すっかり眠気が覚めてしまいました。布団自体は、「二月なのに四月の気候です」とNHKニュースが言うほどの温かい風に当てたので、最高に気持がいいのに、別に眠たくないのです。『先ほどの、睡魔は何だったのだろうか』と思うほどでした。で、布団の中で、30分をすごして、のこのこと起きだし、足元に猫をはべらせて、再び、このパソコンを打ち始めたのでした。

 で、それだけを語って、ここで、猫から元の映画靖国に戻ります。

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 パソコンが外部から支配される話は何度もいたしました。ところで、人間の肉体も支配されるらしいとは、敏感な人たちは気が付いていて、私が起きてからたった五時間で、異様な睡魔に襲われたと書いたら、暗号風な手紙で、「それは、ありうる」と、教えてくださった方もあるのです。とても、嫌な話ですが、ありうることなのかもしれません。

 パソコンとは、電流がプラスマイナスの二極があることを利用して動作が、進むのですが、人間の体も、いうなれば、スーパーに輪をかけたスーパーパソコンであって、電流の流れで、諸所の動作が可能なので、電流の流れを、どこかで変える、電磁波を、送り込まれれば、おかしくなるのです。将棋や囲碁が、パソコンと試合をするのはご存知でしょう。あれから類推しても可能な話しであります。

 困ったことですが、科学的発展のうちのすべてが、庶民サイドに、公開されているわけでもないので、ありうることかもしれません。支配者側は、常に、最新の成果を握っていると思いますけれどね。でね、睡魔が襲ってくるのは、私が敵側にとって不都合なことを書く可能性があるときですが、映画靖国について、グーグル検索をしてみて、新たに発見した変化とは、やはり、映画『靖国』が内包する問題点を隠して行く方向が強くなっていると言う事です。

 文化庁が出した資金も、いつの間にか、外郭団体がだした事になっているし、資金額も、800万円から750万円に値下げをされています。それが、プログラムがあれば、確認ができるのですが、映画靖国のプログラムは既に盗まれていて、

 それをこのブログで書いたら、

 鎌倉在住の芸大出身の日本画家瓜南直子さんが、突然、映画のプログラムについての文章をフェイスブックで発表をし始めました。それが、浄智寺での、瓜南さんを中心とした鎌倉五山+書く音字様の、ラーメン談義のなぞを解く鍵にもなっています。

 そして、瓜南さんは、悪人たちに利用をされ続けたので、引っ張りまわされすぎて、もともと悪かったしい肝臓を急激に悪くしてなくなりました。フェイスブック紙上での、活発で、ユーモアにあふれた映画プログラムに関する文章を覚えている私は、その立った、半年後の急逝を信じられない思いで、聴いた次第ですが・・・・・・

 だが、映画靖国に関する情報がどんどん、変わってきたことに関して言えば、それは、予想通りです。

 なお、私が本作りをしている際に、9回ほど、経験してい彼ら弾圧者の、悪行が、今回も、見えていますが、その詳細は、この文章内では書きません。

 ただ、敵さんたちに、『すべてはわかっていますよ』とは、知らせてはおきたいです。読者の中には、過去ブログを覚えていてくださる方もあるやも知れませんので、簡単に、触れると、

 *1、本日、2014年2月28日の早朝と言うか真夜中に、H2ロケットが打ち上げ成功で、あり、ケネディ大使が、其れを現場に見に行っていること。

 *2、大島に天皇陛下と皇后陛下が、いらっしゃって、川島理史、(全国で、ただ二人だけの共産党の首長さんのひとり)がご案内をして、それに、舛添えさんが、乗っかっていたということ。

 *3、北朝鮮がミサイルを、日本海に打ち込んだと言うこと。

 *4、二、三日前だが、中国がまた、艦船を尖閣諸島周辺に出動させたということ。

 *5、私がノマド生活者として、本作りをする場所周辺で、ガードマンが出没し、かつ、工事車が、蔓延すること。(苦笑)・・・・・これは、連続してお読みいただいていない方に向けて言うと、

 私は2003年から本作りを始めているのですが、機械にかけて、生産した本が、6種類あります。それらは、400から800部程度制作したのですが、それほどの部数ではなくて、10冊以内のパイロット版を、事務センターと言う、場所で、作ることがあります。

 それを、する前に、喫茶店などで、荒く作業をするのですが、その喫茶店周辺と、事務センター周辺で、待機をされるのが、工事用の重機です。今回は電球を取り替える作業車が、横浜高島屋の周辺をべったり囲んでいました。

 パイロット版ですが、7冊目の、『消された映画』は、主に銀座で製作し、次に、『出口はどこに?』は、主に新橋で製作し、今回の、『大雪が降った2014年、日本国民は、真央ちゃんと一緒に悲しむ』は、主に横浜駅周辺で製作しています。

 これが、パソコン打ち出しの一種のオンデマンド方式で作るパイロット版ではなくて、オフセット印刷で、数百部作るものになると、ほぼ、2ヶ月かかるので、ノマド生活だけでは、作りえませんが、パイロット版は、二週間程度で、作り上げられるのです。

 でも、その編集作業や、デザイン化の際に、インターネットに接続していないのに、マイクロソフトのワードと、アドビ社の、ソフト(=アプリ)は、GPS機能で、敵さん太刀に、どこで、作業をしているかを、把握されるらしいのです。私が本作りを始めると、私自身は、大学院修士課程を終わったぐらいのお勉強ができます。

 だが、敵さんたちは、どうしてか、紙の本を異常に恐れるみたいで、政治には一切触れていない、最初の六冊の時から、異常に高度な妨害を受け続けています。でも、だからこそ、現代政治の真実に気が付き始めたし、さらに言えば、もっとも深い真実を語る人と自分がなれたともいえます。こんなブログは他にないそうですが、そのとおりでしょう。

 2014年、午後二時から、次の日までかかって、これを書く。

 なお、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2072180です。

                                雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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鎌倉駅のベンチで、「離婚をするつもりです」と、私に告げた若い女性△

2014-02-27 21:57:31 | Weblog

 下の写真ですが、これは4年前にパイロット版を作ったまま、未だ、機械的な印刷にかけては居ない本です。が、最近忙しいと言っているのは、今年分のこう言うパイロット版を作っているからです。その作業ですが、ずっと休んでいるのですが、いざとなると、短期間で、作り上げます。不十分なものですが、ともかく、作ることは作ります。次から次へとパイロット版の本は作り続けています。一冊を作り上げると、だいたい、大学院修士課程を終えたような感覚だと思います。中身の文章は、ほぼ2年分から厳選しますし、デザイン等も、一冊ごとに、技術だけは向上していますので。美的に言えば、時間をかけられないので、最上のものではありませんが・・・・・

 レストランで作ることにしているので、その場所代も入れれば、すごいお金がかかっています。ところで、レストランや、カフェで、仕事をするのがノマド生活なんですって。そう言うことで、その言葉を使っていいのなら、私って、7年ぐらい前からノマド生活者です。特に本作りに関しては、ノマド生活です。

 マイクロソフトもアドビのソフトも、自宅で使うと、すさまじい妨害を受けて、困難極まりないので、外で、仕事をするようになりました。今では、そちらも妨害を上kて、外で、アドビを使う場合は、インターネットにつながないと、絶対に起動しないことになっています。(苦笑)お互いに追いかけっこで、技術革新をしています。(苦笑)

 

 申し訳ございませんが、その本作りで、本日もくたくたに疲労をしていますので、10年前に書いた文章を、再び、ここにあげさせてくださいませ。それは、2月24日のブログ(後注1)と、

 とまったく同じ日に遭遇した、別のエピソードであって、こちらが午前中のものです。前に書いた方は、時間的には後で遭遇した話しでした。

 二つとも哀愁を、感じさせる話しです。お若い女性は、若いだけで輝くのですが、しかし、人生、ただ、単純にいいことばかりあるわけでもありません。

 このエピソードは、私が三冊目に作った本、電車の中で(後注1)の、46頁から始まるお話で、第7章となっています。上の文章に出てくる少女は、いまどき、信じられないくらいに粗末な服装の少女でした。でも、前まっさらなものを着ていました。

 こちらの女性は、お金もちが、子女を通わせることで、超有名な、一流大学を卒業だとのことです。英語がぺらぺらなことを、みても、非常に育ちのよいお嬢さんです。

 私は、よく離婚をするなといっていますが、其れは、才能がない、普通の女性に向けて言う言葉であって、特殊な才能を持ち、かつ、お若いのなら、離婚もどうぞです。だけど、なんともいえないペーソスを感じてしまうのです。せつなさと言っていいかなあ?

 その女性を批判して言うのではなくて、人生が、まっすぐではないことを、感じ取るから。

~~~~~~~~~

第七章、「離婚をするつもりです」・・・・・「でも、資格がなければ、離婚しちゃあ駄目よ」・・・・・

 2004年九月二十六日の日曜日は、事のほか学ぶ事の多い日でした。それを、少しずつ、書いて行きたいのですが、最初に午前中に、鎌倉駅であった事をお話しましょう。

 これから、神田に行こうと駅のベンチに座っていた時の事です。左側から大変美しい英語が聞こえたので、思わず注目をすると、若いアジア系の背の高い女性が、携帯で話しているのでした。その横顔を見ると、私が二冊目のエッセイ集の中で描いた台湾人医学生とそっくりで、思わず、彼女がまた日本へ来たのかと思って、英語でそう質問をすると、

 彼女も英語で「いえ、私は日本人です。今、サーフィンをやりに来たのだけど中止になったので、外人の友達に連絡をしていたのです」と応えました。余りにそれがスムーズだったので、相手が日本人であるのにも関わらず、しばらく英語で二人とも話し続けたのですよ。それで、日本人相手としてはめずらしく、ずいぶん深いところまで話が進みました。英語だと、結構、直截な事を、また、理論的に話せる感じがあります。

 私が、一番、興味と言うか謎に感じたポイントは、彼女の薄化粧と言うか、全く、化粧をしていない感じで

す。でも、充分に女らしいと言うか、がちがちの粗野な感じはないのです。それが疑問だったので「あなたは学生さん?」と先ず一番に聞きました。すると、「いえ、お勤めをしています」との事。

 それで、『ああ、幸せな人は、自己顕示欲がないから、それでお化粧をしないのか』と思って、「充分に幸せなのね」と言うと、「いえ、今、悩みがあります」と、彼女は言うのです。これも英語ゆえに入れた話題ではありますが・・・・・

 それで、今、流行の『負け犬の遠吠え』を思い出し、「ああ、結婚をするか、しないか悩んでいるのでしょう」と言うと、

 「いえ、離婚をしようか、しまいか、悩んでいるのです」と応えるのです。「既に、五年も結婚をしているのですけれど」とも言います。

 その時に、私は、「あっ」と言うような、思いに囚われ、急に日本語で話を始めました。彼女と東京まで一緒の席に座るつもりはありませんでした。そんな無神経な事をする人間でも、私はありません。

 私は深い集中をするけれど、それを過剰にならない程度に抑えるすべと言うか、エチケットは知っているつもりです。で、今、ここのベンチだけの、たったのこり三分程度の接触しかないわけですから、あせったのです。

 「彼女を救いたい」と言うか「幸せになってもらう道は何かを伝えたい」と言う思いであせったのです。で、思わず『資格がなければ、離婚しちゃあ駄目よ』と強く言ってしまいました。実は、先生とか、弁護士とか、看護士とか、薬剤師を既にしている女性なら、何も悩まないと思います。離婚の件で、一番の要諦は経済力です。経済的に充分一人でやって行かれるのなら、若い人なら、一度離婚をしたって、どうと言う事でもないはずです。

 でも、一生を自分で、稼いで生きて行かなければならないとすると、女性の場合相当難しいのです。この若い女性の場合、その離婚をしたいと言う発言の前に、超一流私大(具体的な大学名)を出ている事は既に聞いて知っていました。でも、一流大学を出ていたとしても、職種によっては、一生は勤められないのです。

 若い女性の方が、容姿も良いし、給料は安いし、と言う事で、年配になって、退職を迫られるケースも出てくるでしょう。単なる事務職、(商社では、バックオフィスと言うらしいのですが)では、首のすげ替えが起こる可能性もあります。今、女性は、派遣社員と言う美名の元に働いている人が多いのですが、これは、私には非常に心配です。

 「大丈夫かなあ」といつも考えています。

 この人の場合、英語だけでも自由自在なのは、わかりましたけれど、今、英語が出来るだけではお金にはならない筈で、やはり何か、確とした資格がないと、一生の経済力は賄えないでしょう。

 いや、アーチストはいいんですよ。気力とか、気概があるので、なんとかなるのです。それに、通り一遍の価値観を持ってはいないから、そしてお金の使い方も普通ではないから、そう贅沢な生活を出来なくても、気にしないタイプですからね。だけど、そう言う強い個性と言うか、欲望のない人は、何か、一度つまづいたりすると、危ない事になるとは、私は常々考えているし、他の人も同じ考えでしょう。

 私は更に、「こう言う事は、女性雑誌ではあまり言わないけれど、最初の結婚と言うのは、お互いに努力をするものですから、もつところがあるけれど・・・・・」とも、付け加えました。だけど、そう言いながら、彼女が、離婚を決意しているのは、知っていました。だからこそ、全く知らない人である私にさえ、そう言ったのは、判っていました。

 でも、その支えとなる経済力の面で、彼女に成算があるのかどうかが、非常に気に掛かったのです。心配だったのです。彼女は黙っていました。そこへ電車が入ってきたので、私は「では、さようなら」と言って、別の遠い車両に乗り込みました。一人で座って、例の如く、車内をオフィスにして、事務的な事をあれこれしているうち、私は、あの若い女性へのいとしさで、堪らなくなってきました。

 彼女の、女を売り物にしない化粧っ気のない顔は、本当は、悩みの果ての顔だったのかと思えば、援助をしたいと言う思いに囚われました。転職先を示唆するとか何か、何も具体的な事は、今の私にはできません。それで、例の本(後注2)に、「あなたの毎日が輝きますように」と献呈の添え書きをして、彼女に上げようと、後ろの車両に向かいました。

 その時に、今現在自分が座っている席の、右隣に座っている先ほどの人とは違う別の若い女性に、つかの間の荷物番を頼みました。こちらは、なんと、今風だったでしょう。柔らかなドレスを着て、お化粧もばっちりやっています。長い髪の幸せそうな未婚の女性・・・・・普通の人。

 それを、目の端に入れながら、どんどん後ろに下がって行くと、電車は前の方の車両より混んでいて、例の「離婚をするつもりです」と言った女性は、左右の人に挟まれるような窮屈な姿勢で座っています。その目は、膝の上に置いた本の上にそそがれていて、目の前に立った、私にしばらく気が付きません。

 それで、私は、そっと、彼女の膝の上の本を覗き込みました。

ああ、なんとしたことでしょう。それは、問題集でした。彼女は、サーフィンに行くと言う時にも、バックパックの中に、資格試験の問題集を入れているのでした。私が、忠告をするまでもなく、ちゃんと判っているのでした。離婚をするなら、ちゃんとした資格をもち、一生の経済力を確保しなければならないのだ」と言う事を。

 きっと、司法試験の問題集か、弁理士試験の問題集でしょう。彼女は入試の偏差値が、72以上の大学を出ているので、そう言う資格に挑戦するつもりだと思われました。

 私は、更なるいとしさに、胸が震えました。ちゃんと、勉強できるかしら、今の夫が甘えん坊タイプで『夜は一緒にテレビでも見ようよ』なんて言うタイプだったら、お勤めをしている女性が、別の勉強などできません。そこが大変な矛盾ですが、どうにかして乗り越えなくてはいけないのです。結婚五年目で、離婚を決意するのですから、やはり、何かはあるわけで。大丈夫かしら、と思いながらも、私には何もできないのです。

 ただ、「これを、あげるわ」と彼女に向かって言い、驚く彼女の問題集の上に、そっと、私の本を置きました。それが、私の、「がんばって」のサインでした。

 これが勉強中の彼女のひざの上に置いた本です。タイトルの文字が薄ぼんやりとしているのは、薄いピンクのトレーシングパーパーがカバーとしてかかっているからです。

 普通、若い女性は、近視でもコンタクトを使うものですが、彼女は眼鏡を掛けて、必死に勉強をしていました。ああ、がんばれ、がんばれ・・・・・と、心の中で思うのみだったのです。

二〇〇四年十月七日

後注1
本日は、04年に書いた、「足長おじさん・育英基金・の恋」を再録させて頂きます。△」 2014-02-24 19: 

 このブログの2010年度から数え始めた伸べ訪問回数は、2072180です。 

                       雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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アンネの本、破壊者は、チューリップ首切り者と同じ連中(=エージェント)でしょう

2014-02-26 02:07:32 | Weblog

アンネの本、破壊者は、チューリップ首切り者と同じ連中(=エージェント)でしょう。

今日も外で、三つのレストランやら、カフェをはしごして、五時間、本作りの仕事をして帰ってきて、大変疲れているので、この件での解説はいたしません。

特に、例のごとく、ぐだぐだとした説明をいたしません。

ただ、結論を言うと、こう言うことをするのは、例のエージェントたちでしょう。日本には命令どおり動く、エージェントが、4万人も居るそうです。

彼らは、

*1、ボーイング787を、電池と言う側面で破壊し、(GSユアサが大被害に出会った)

*2、平成の八墓村と呼ばれる事件を起こし、(保見容疑者は、自供をしたが、多分、殺人を実行していない)

*3、マルハニチロの冷凍食品に、農薬を混入し、(阿部俊樹容疑者は、自供をしているが、多分、農薬を入れていない)

*4、チューリップの首切り犯は、防犯カメラの映像が出たが、誰も、ちくる人が居なかった(これは、アジア系のブルーカラー的、エージェントが日本に多数居ることを示唆している)

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 私ね、私が多分正しいと思うときは、かえって語るまいと思うときもあるのです。其れは、経験上、私が正しいことを言うと、其れを否定する方向で、事件が盛り立てられてしまうから。

 こう言う事件を案出したホワイトカラーとしてのージェントたちが、メディアを使って、さらに、事件を煽り立て、炎上させ長引かせる傾向があるのには、、大相撲壊滅作戦の時に気が付いてしまったので、

 触れたくなかったのです。

 が、海外から、この件に関して、日本人批判が起きていると聞いて、ここに、自説を、開示することにいたしました。

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 ただね、なぜ、今アンネの日記なのかと言うと、・・・・・・私には、それが、わかっていますが、語りません。大体ご想像くださいませ。

 ただし、誰か、日本人が、いたずらとしてやっているのではなくて、いわゆる、ブルーカラーとしてのエージェントが、ホワイトカラーとしてのエージェントのアイデアと命令によって、動いていたと言うことでしょう。

 そして、もし、図書館の司書さんたちが読む特殊な新聞とか、何か、他の雑誌とか新聞で、『アンネの日記』を推奨する感想文が出ていたりしたら、誰が発案したかが、さらに、推察できるところですけれどね。

 いつものとおり、お役所、文部科学省などを利用するのは、鎌倉エージェントなどが、やるところです。神奈川県を、受動喫煙運動で、使いっぱなしにしたのを、ずっと、見続けてきていますので。

 厚生労働省を利用して、不妊をもたらすと言う、子宮頸がんワクチンを、中学生の段階で、強制投与させようとしたのと、同じ流れ・・・・・で行われる、・・・・・きわめて悪質な諜略行為です。

 困ったものですが、いわゆる、諜報機関の連中って、頭がよいつもりであっても、もっと大きな哲学から、ものを見るということが出来無い連中ですから、「大衆をだますことができるのなら、何でも、するつもり」なのです。

 困ったことですが・・・・・

 この本は、初版が出たのが、相当古い時代です。私も子供時代に読んでいるので、60年ぐらい前でしょう。となると、奥にしまってある可能性が強かったのです。だけど、読書専門の新聞や雑誌、または、大手の朝日新聞などに、最近、書評が出ていたと仮定すると、図書館側は、オープンシェリフへ移動をさせますね。そうすると、不特定多数の人間が、それを、こっそりとトイレに持ち込んで、破ったり破壊をしたりする可能性が出てくるのです。

 その種の感想文、および、紹介文がこの一ヶ月以内に、出ているかどうかが、問題を解く一助になりますが・・・・・私自身は、其れを確認している暇がありません。

  あとで、推敲・加筆して、日付と名前を入れます。

  なお、このブログの2010年より、数えはじめた伸べ訪問回数は2068249です。雨宮俊(本名、川崎 千恵子)

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グラントリノと、TPP交渉(米側)、野田総理大臣の青あざと、トルコへの原発輸出は?(日本側)

2014-02-25 08:52:06 | Weblog

 この文章もかけた内容に応じて、総タイトルを変更して行く可能性はあります。

副題1、『TPP交渉をめぐる、我が家内での、会話』

 「日本は、術策が足りない」と言うのが、TPP交渉を見ている夫婦の会話です。実は、さらに進んだ表現でも会話を交わしています。我が家の夫婦の会話は、どうしてか、すぐ、利用されるので、この国がよい方向に進んでもらうためには、全部を書き表すことができないのですが、

 外交における術策が足りないと言うのは、どなたでも、お認めになる、日本の現状だと思います。しかし、それは、安部内閣が悪いと言うことでもないのです。甘利さんという担当大臣は、神奈川県選出の自民党代議士らしいのですが、選挙区が違う私には、その実像がほとんど伝わってきていません。それだけ、マスコミ受けの低い大臣なのだろうと思いますが、このTPP交渉の過程で、舌がんの手術を受けたそうです。

 口内炎だって、ものすごく痛いのですが、舌癌とは、大変な病を得られてしまったことだと、お気の毒には思います。ただ、重症の口内炎を、舌がんと、発表をされたのではないかと、かんぐるほどの、回復振りで、きちんと(?)交渉ができているみたいです。

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副題2、『ここで、映画、<風と共に去りぬ>と、を思い出す私だった』

 アメリカとは、世界第一位の経済大国です。1950年代~60年代へかけての、アメリカの豊かだったこと。豊かだったこと。日本とは、格段の差がありました。映画『風とともに去りぬ』が、すでに、1930年代から製作が始まっていたことを、戦後知った日本のインテリたちは、『これじゃあ、アメリカには勝てない』と、納得したそうですが、風とともに去りぬは、一面では、アメリカ史上、発の、戦争反対映画なのです。銃後の国民(南北戦争で、敗北した南部の庶民)の被害や、苦しみを描いています。

 華やかな恋愛もある映画ですが、農場主である、スカーレット・オハラの地道な人生をも、描いているのです。小さい頃から、寄宿舎育ちで、親の愛に恵まれず、したがって、ほぼ、一生を通じて、神経症気味だった、ヴィヴィアン・リーは、演技力だけで、見事に、骨太で、かつ愛らしいヒロインを演じきっていますね。

 演技と言う意味では、天才だと思う。のちに、『欲望と言う名の電車』のブランチ役(汚れ役である)などにも出ていて、役者魂は、すさまじい女性です。

 しかし、その疲弊しきった南部でも、町では、戦後復興の金銭の出回りを求めて、一種のバブルが起こり、新興成金が台頭し、がさがさした、喧騒が、渦巻いています。

 ふと、除染などで、金回りがよくなり、ベンツが馬鹿売れしていると聞いた仙台市を、思い出す場面です。共通していますね。

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副題3、『グラントリノも、名画だったと思います』

 製作費、出演陣ともに、<風と共に去りぬ>よりは圧倒的に小規模であった、<グラントリノ>もいい映画だったと思います。

 ここには、時代劇特有の華やかさ(コスチュームプレイではない)もなければ、名優と、名女優による、華やかな恋愛劇もありません。

 この映画は、もし、名優クリント・イーストウッドが、出演していなかったら、インディーズ映画扱いで終わって、「文芸映画としては、すばらしい」と言われながらも、実際には、見た人がいないと言う幻の映画で、終わったでしょう。

 クリント・イーストウッドは、自分の仕事を通じて、大成した、一種の哲学者ですね。この映画には、アメリカの中流階級というか、大富豪以外の庶民が持っている健全な精神の発露があります。ものすごくいい映画です。この二つは、私は無論、劇場で見ています。風の方は、子供時代に、横浜伊勢崎町で。

 <グラントリノ>の中では、自動車産業の衰退とともに変化したアメリカの現状が反映されています。もし、日米が、自動車と言うアイテムで、一種の戦争をしたと仮定すると、その画面には、敗戦者の苦しみが出ているのです。街に住む人々の、モラルは、収入が下降するに連れて、下がってしまい、人々は、暗い気持で、生きていて、街をきれいに保っておくと言う気力もない。少年たちは、荒れて荒れて、秒力沙汰三昧だ。少年たちを唯一支えているのは、『自分たちはアメリカへ移住してきた時期が古くて、後発の移民であるベトナム人より偉い筈だ』と言う信念だけです。

 「そんな信念はばかげている」と、いくら日本人が、日本国内で、言っても、衰退し、荒れ果てた環境となってしまった、五大湖そばにすんでいるアメリカ人少年の、意識は変えることができません。

  そう言うアメリカの経済を回復させるためには、戦争を起こしたらいいのですが、ここで、核兵器が足かせとなっています。

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副題3、『ここで、はっきりと思い出そう。3.11の2011年3月13日の、三号機の爆発は、実際には、メルトダウンだったことを』

 ボーンボーンと、核兵器を爆発させると、いわゆる死の灰が、成層圏まで、立ち上ってしまい。成層圏を汚します。そうすると、被害は全世界に及びます。チェルノブイリの灰も全世界を覆う規模だったと、言われています。だが、それは普段はほとんど秘匿されています。ただ、3.11の直後には、風向きによって、ここが濃いとか、ここが薄いと言う、チェルノブイリに関する映像がでたのでした。

 チェルノブイリに限らず、3.11も、三号機は、メルトダウン爆発であって、高く煙が立ち上っているので、成層圏を汚したはずですが、真実を庶民に告げると、原発が、売れなくなってしまうので、水素爆発だ。水素爆発だと、喧伝をされました。

 だが、あの時に、唯一、同時(ライブ)で、映像を捉えていたのが、日本テレビでした。30キロ離れている(茨城県か?)ところから撮影していたそうで、小さい映像ですが、煙が高く上に上っていきました。

 私はすぐさま、『メルトダウンが起きた』と、ブログで書いています。が、ニュースは、水素爆発で、一色で、報道されました。で、国民は『3.。11も、結局は、たいしたことはないのだ』と、思い込んでいます。最近でも、どこかが、立ち入り禁止区域を解除されたと聞いています。また、都知事選は、それを論議する好機でしたが、雪のせいか、投票率が、20数パーセントと言う低さであって、上の言うことを素直に聞く、公明党が、支持した舛添えさんが、当選しました。私ね、そう言う結果を見ると、『鈍感に成ろうね』と、自分に言い聞かせています。

 だが、メルトダウンであったことが最近、何らかのニュースに関連して、NHK内で、報道をされていましたよ。健忘症な日本人が、往時、嘘を信じ込まされたことを、そのこと自体を、すでに忘れているはずだと、高をくくっているNHK内から、真実がぽろっと出てきたのです。

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副題4、『安部晋三、総理大臣は、3.11人工生起説を、裏から耳打ちをされているのではないだろうか?・・・・・だから、3.11みたいな大事故は二度と起こるはずがないと信じて、トルコに原発を売り込んだのかな?』

 3.11に起きた大地震ですが、私自身が、人工生起説に対しては、半信半疑です。ただ、私が、ブログで、これを書くと、必ず、其れを否定する現象が起きるので、そこから考えると、正しいのではないかと信じ始めています。

 ごく最近の傍証のひとつですが、池上彰さんが、地震発生のメカニズムを解説する番組をやっていました。再放送だったかもしれないし、テレビ番組は、制作するのに時間がかかります。だけど、今、池上彰さんが、地震発生のメカニズムを取り上げるのは、私が、ここで、書いている、3.11人工生起説を否定するためかも知れません。

 私は、ちらっとチラッと、其れを、小出しにしてきていますが、どんなに、小さくても、見事な反応があるので、だんだん、人工生起説を信じ始めているのです。

 日本と、トルコは、友好関係にあります。1980年代にアンカラ近くの、共同事業に、義弟と、中学時代の同級生が、トップ集団五人を形成して、それを完成させた私には、其れは、よくわかっております。だけど、原発が内包する問題点は、地震や津波による崩壊だけではないのです。

 そんな極端な自然現象が起こらなくても、やがて、爆発するものなのです。金属疲労などによって、システムに亀裂が起きるなどと言うことで、メルトダウンが起きるのです。それを私は、70年後とか、100年後に想定をしているのですが、生きているうちに目の前で、起きてしまったのが、福島第一原発です。

 安部さんは、首相就任後、福島第一原発に視察に行かれたそうですね。だけど、だけど、メルトダウンが起きている、3号機内部にお入りになったわけでもないでしょう。7キロだとか、離れていると聞いている、J-villageから、バスに乗り込んで、東電の案内のままに、見学をして、東電の説明を、そのままに受け入れて居て、

 一方、特例、特段の情報として、裏から耳打ちされている、『絶対に、二度と起こりませんよ。あの地震は、人工で起こされたものだったからです』などと、言う情報を信じておられて、『大丈夫だ。未来には、2度と、こう言うことは起こりえないんだ』と、信じて居られるのではないかしら? だから、友好国、トルコに原発を送り込む? うーん、何をかいわんやですが・・・・・

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副題5、『野田総理大臣の、青あざはどうして起きたのか?』

 一方、菅直人、元総理大臣ですが、この人は、私と同じぐらいか、それ以上の科学的知識がある人です。だから、あの現場を見れば、『これは、原発は廃棄しないと駄目だ』と、心から感じたと思います。だから、しつこく、いじめられています。前回、猪瀬さんが当選した頃の都知事選の際ですか? 民主党内部から、訴追を受けたりしていて、非常におかしいですが、日本というのは、すべてが、原発を推進する方向で、まわっているわけですから、永田町内で、最も知識の高い人として、これからも将来的にも大変だと思いますよ。

 だけど、一、庶民にしか過ぎない私だって、日常生活がとても大変です。弾圧は、日に日に、姿を変えて、噴出し、気の休まる間もないほどですが、それに耐えて、今自分ができることとしての、このブログを維持し続けているのですから、菅直人・元・総理大臣も、引き続いて活動を続けてくださいませと、言うしかないですね。

 ところで、野田前総理大臣に関する情報がマスコミ内に、一切出てきません。菅元総理大臣の方はブログをやっていらっしゃるそうで、それが、いわゆる、原子力村(と、菅さんは言う)の逆鱗に触れると、菅さん自身がとりあげられます。

 でも、それに今まで触れてきていませんが、野田さんが、目の周りに青あざを作ってきたことは重要です。真夜中に電話がかかってきて、急に起きたので、どこかにぶつかったと言う話しでしたが、それを、記者連中は信じているのだろうか?

 ジャーナリストって、その裏にあるものを解明しないといけないのではないですか? 私はその時点では、何も触れませんでしたが、急に立ち上がって、どこかにぶつかるなら、まず、怪我をするのは、鼻であり、おでこであり、または、毛髪に隠れている頭頂部でしょう。どうして、くぼみと言う意味の漢字さえ使われている(=眼窩)目の周りが、青あざになっているのですか?

 野田さんは、その時、大きな経験をされて、それ以降、首相もやったことだしと、一種の諦観感慨深い、人生を送っておられると、推察しています。

 皆さんは、小渕(元総理大臣)さんが、太平洋に連れて行かれて、ロープで、ヘリコプターからつり下ろされて、ドボンと海に浸けられてしまって、それゆえに、脳梗塞に似た状態に陥って、それゆえに復活不可能になって、なくなったという噂話をご存知ですか? これも、私はとんでもない形で、人間を通じて手に入れた情報です。まったく、予期していないし、期待もしていない相手から、肉声で入ってきた情報です。ブラウザのニュース(ネット)でも、まだ、見たことのない情報です。

 でも、後日、小渕優子さんが、非常に若いのにもかかわらず、大臣に、選任されたときに、『なるほど、あれは、本当だったのかもしれない。ごく少数の人々は、知っていて、しかも、自分から外部へは語らないと心を決めたのだろう』と、推察した次第です。小渕優子さんは、早稲田大学の出身で、女性にもかかわらず、政治家には向いているのでしょう。それで、ご両親は、長子を差し置いて、政治部門の後継者として、彼女を選んだのだと思いますが、代議士に当選して、まだ、数回でしかない彼女を、大臣に登用するのは、唐突の感が否めませんでした。でも、其れがあったので、日本の総理大臣に対する、肉体的な攻撃を伴う弾圧があるのを、信じています。非常に大変な状態に陥っているのです。この国は。だから、真央ちゃんもバンクーヴァー五輪ですでに、金メダルだったはずなのに、銅メダルであって、しかも、今回は、彼女は混乱のきわみに陥っていたのでした。かわいそうに。でも、日本人全体がかわいそうなのですよ。いまのところ、そうなのです。

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副題6、『3.11に関して書いた文章の中で、間違いは、ほとんどなかった。ただ、心残りが一点ある。それは、体の中に入ったマイナスイオンが、どうして、がんを発症させるのかについては、まだ、書いていないということだけだ』

 私は、2007年までは、メルマガしか運営をしておらず、ごく少数の(しかし、数百人ではあるし、みんなインテリでしたが)の人にしか知られていない存在でした。ところが、2007年から、パソコンの使用法が、難しくなり始め、念のためのサポート路線として、ブログをはじめまたわけです。

 で、ありとあらゆる困難は、私のパソコンに対する固有のバグが開発をされ、其れを入れこめられることによって、起こされているので、ウィルスでも何でもありません。

 今はそう言う風に断言できる私ですが、そう言う私でも、さすがに最初のほうでは、対処できませんで、パニックに陥ったり、数日間、どうしてもメルマガに書き込めなかったときも多いのです。フェイスブックをやって、その一端をになっているのが、なんと、大学時代の同級生(ただし、1960年代からアメリカに留学している逸材?)が、やっている可能性に気が付いてきていて、その名前を、各所で、書き始めてから、ずいぶんと静かになっています。ただし、今では、彼一人で、行っているのではないと言うことにも気が付いてきています。

 最近最も困っているのは、インターネット・エクスポローラーに、入れ込まれたバグ(悪い作用をするアプリまたは、ソフト)で、これだけは、数台のパソコンを用意していても、突破しにくい現象であって、もし、このブログが、一週間以上更新されない状況があったら、今まで書いてきたエージェントとしての固有名詞の人物たちが、それほどの、言論弾圧を実行したとご推察くださいませ。

 2007年の4月17日以降、猛炎をたてて、というほどの、IT環境の破壊が、我が家内で、起きたのですが、しかし、そう言うバグがあることには、2005年の、MEをまだ使っていた頃から気が付いていました。隠しファイルとしての、FINDERというものです。

 私は、58歳の時に初めてパソコンを使い始めたので、まだ、HTML言語さえマスターしておりません。だから、ソフトを書く言語など、ちっともわかりません。だけど、ソフトが、一応アルファベットと、そのほかのキーボードで採用されている記号で、書くことは、知っていて、また、CCCと言う半官半民の組織にも連絡が付いて、どうしたら、今バグが入れこめられているかどうかを判定する事もできる様になりました。

 だけど、その門である、etstat と言う検索ワードが、Vista以降、Versionn7でも消えてなくなってしまっているのです。それで、Vista以降では、今バグが入れこめられ手居る最中かどうかを検証することが無理になりました。

 XPサー^ビス停止と言うのも、無論、そう言う証拠をつかまれるのが嫌だから、停止になったという側面もあると思います。それらの、現象からも、IT世界を動かしているのが、ほとんど、私みたいで、それゆえに、自分がどれほどの、大物であるかがわかっているのです。

 FINDERというバグに戻ると、其れは、どこで、仕事をしていても、マイクロソフトワードを使っている場合は、私を追跡することができて、その内容を読むことができるし、その内容を遠隔操作で、邪魔することができると言うものです。だから、本の編集のために、原文を推敲した結果、一時間半分が白閃かして、画面から消えてしまうなどと言うことはしょっちゅうおきまたし、他にも枚挙にいとまなく、妨害を受け続けてきております。

 其れを、かいくぐって、かいくぐって、書き続けているわけですから、私の精神力って、まことに頑健なのです。そんな、私に対して、かつつもりになって、野蛮なことをやり抜いてくるご近所様や、銀座の画廊のオーナーなど、手の平に乗せて躍らせてあげているに過ぎないのですよ。

 で、FINDERというのは行数で、10行以内で終わる小さなソフトです。しかも、今は、それを示される仕組みも消えてしまっています。ただ、常に、マイクロソフトのワードを使っている限り、敵さんたちには、把握をされていると言うことになるらしくて、それは、その作業以降に、いわゆるガードマンが駅に待機していたりするので、わかります。

 23日の夜ですが、横浜のマクドナルドで、二時間編集の作業をしたのです。無論のこと妨害を受けて、普通は、終夜営業のマクドナルドが、秋葉原でも、新宿でも、横浜駅でも、掃除を理由に、閉鎖されるのです。こう言うときに私は急遽ホテルに逃げ込んだり、高額の使用量を払うが、上品な漢字で経営をされている、事務センターに入ったり、どうしてもやむをえない場合だけは、ネットカフェに入ったりして、電源を確保して、仕事を続けます。

 でも、そう言う風にして、どうしても真夜中に移動をしなければいけなくなったときに、工事者(プラス重機、数台分)とか、パトロール警官二人組みに脅かされるのです。もっと、時間帯が早い時は、駐車違反監視員とか、JRのガードマンと言う征服人間が現れて、脅かします。

 また、人出の動態調査と言うのも、利用をされていて、最近は、京橋の鍛冶橋交差点の角やらで、出現しています。ともかく、私が本の編集を始めると、東京圏では、脅かし行為が多発し始めます。すでに、9冊分、表紙までつける段階まで、編集してありますが、(ただし、まだ、まだ、未完成のものが、3冊ある)し、表紙をつけていない段階なのが、3冊分あって、お金と配布する時間ができたら、すぐ、5冊か、6冊ほど、工業的に機械にかけてある今までの六冊より、さらに余計に本が作れる。そうなると、全部で、11~12冊の本を刊行したことになり、人生の50代の後半で立てた目標が達せられるのだが。・・・・・

 ともかく、マイクロソフト社と、アドビ社は、100%敵方に握られているjので、私は、本を編集するにおいて、まったく、自由はないのです。其れが解っていても、外で、徹夜で、本の編集をし続けるのは、少しでも、気が楽だからです。10年前は、外では、これほど、把握をされていませんでした。自宅近辺は、大型の中継基地がある模様で、「普通の業界人の、50倍の時間が、かかっているだろうね」と確信するほど、やることいちいちに妨害を受けたので、自宅で、本の編集をするのがすっかり嫌に成っているのです。

 で、一番嫌なことは、クローズアップ現代の、国谷裕子さんが、まさしくタイミングよく、ウィルスについての番組を作り、ウソの報告をすることです。クローズアップ現代の中でですが、一番派手だったのは、ボットウィルスについて説明をした日でした。それ以前に、ネットカフェ内において、トロイの木馬をソフト言語で(アルファベットと記号で書き表されているもの)を、コピーアンドペースト機能を利用して、其れを、マイクロソフトワードで、書き写していた私は、ノートンが「危険度は少ない」と説明するのも何度も読んでいるわけであって、ボッツウィルスもたいしたことはないと思います。

 ボッツウィルスが、どれほど、危険なものであるかを、説明用の図版ボードを使いながら、説明する国谷裕子さんを見つめながら、『ああ、日本を囲む闇は深いよ。こう言う嘘を告げる番組がと、正々堂々と、放映されているわけですからね』と、思うのです。

 悲哀に満ちた国民です。わざわざお金を払って、嘘を教えてもらっている国民ですから、悲惨この上ないのです。

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副題8、『2014年の秋には、相当量の、原発事故に関する真実の情報が出てきたが、そのわけは?』

 先ほど、言った、3号機のメルトダウンも、NHKがニュース内で、言ったのです。どうして、そこまで、真実を開放したかですが、その頃、私が書いていた、ご近所トラブルが、彼らにとっては書いてもらっては、極端に困ることだったので、私に話題を変えてもらいたかったのでしょう。其れは、目に見えて解っていましたが、私にとっては、当時書いていた事も、重要なことであり、そこから離れることはできませんでした。

 今回も今書いている銀座の画廊街を中心とする弾圧でも、どんどん、核心に迫っているので、其れは、敵さんガタは、困るのです。それで、中国艦船の出没が、24日かな、私が銀座の画廊街で、絵を見ていた、鬼の居ぬ間を利用して行われました。

 後で、リンク先を探しておきます。ともかく、少し、用事をさせていただきたいです。しばらくブログの世界から離れます。お許しくださいませ。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2064704

 ここが、書きかけの最前線です。

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副題9、『池上彰が、大地震について語った番組が急遽再放送をされ、しかも続編が、この26日に緊急に放映をされるそうで?』

 

副題10、『TPP交渉とは、アメリカ側がやりたがっていることなのだ。その基本を忘れては駄目だ』

 明日、推敲と加筆をして、その後、署名を入れます。

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本日は、04年に書いた、「足長おじさん・育英基金・の恋」を再録させて頂きます。△」

2014-02-24 19:09:37 | Weblog

  本日は大変疲れていて、新しいものが書けないので、2004年に、電車の中で、拾ったエピソードを再録をさせてくださいませ。

  最近書いているものと、連続性がまったく、ありませんが、こう言う文章が、わたくしの特徴が、つよく出ているものです。なお、忙しかったのは、本の編集をしていて、徹夜して、間、2時間と、15分の二回しか寝ていないからです。これでは、新しい文章を、開示できません。頭が働かないのです。こんな、簡単に見える文章でも、最高の頭脳レベルにあるときしか初稿を書くことをしません。推敲は疲れていてもいたします。編集って、そう言うことも含みますので。だけど、最初の文章は、きわめて鮮明な頭脳じょうたいの時にしか書きません。

 なお、アドビイラストレーターで、作った成果をお見せしたいのですが、ADOBE CSが、私の場合は、XPのパソコンに入っていたので、其れが、また、・・・・・裸族のハードカバーにして、どうのこうのと、大変に面倒なこととなっており、本日、その手当てをするのは面倒くさいです。もっと、頭がすっきりしている時にやりたいです。もう一回シリアルナンバーを入れろとか何とか、面倒なことを言ってきています。無論、シリアルナンバーは保存してありますよ。目玉が飛び出る小戸、高かったので。

 ともかく、自宅では処理しにくくなっているのです。それで、Jpegだけ、置かせていただきます。どこか、不幸の影を宿して少女の情熱的な恋に、ふさわしい写真かなと、思っています。

 むかしから、友達であって下さるかたは、すでに読了済みでしょう。メルマガと、それを再録した、三冊目の本、電車の中で、です。でも、それ以外の読者が今は増えていると思いますので、ここに曝します。

 はっきり言って、あまりきれいではない女の子でした。地味。地味。しかも、非常に質素な洋服を着ているのですが、恋の表現に関しては、大きくて派手なのです。どうして、彼女はあんないい恋を拾ったのだろうと、思ったのが、私が、彼女たちカップルに、注目をした理由でした。では。

第四章、「足長おじさん・育英基金・の恋」

  こんどの主役である、夕方の東上線の車内で出会った女性の体の小さい事は、驚くほどでした。真剣すぎる恋愛をしているのは、目の前の座席での二人の様子で、こちらの知るところですが、女性の方が華奢で華奢で「電車内でキスしあうほどの恋に落ちても大丈夫なの? あなた、本当はまだ中学生ではないの?」と言ってしまいたいほど、小柄な体格なのです。

 それから、もうひとつ違和感がありました。お金の問題です。今時の若い女性で、電車内で人目もはばからずいちゃいちゃするにしては、あまりにも地味な風体でした。紺のスニーカーは、飾りが何もついていなくて・・・・・もしかしたら、小学生向けのものかも知れない。でもどこにも汚れがついていなくて真新しいものである。それは確かで、彼女の、このデートを大切なものと考える意気込みと、心遣いは感じられますけれど。はっきり言えば安物過ぎる。スーパーで、一四八〇円ぐらいで売っているもの。 

そして、ジーンズも、まっさらで色は真っ紺なのですが、どこにもウォッシュアウトの糸のほつれなどが入っていないもので、定番の安いものでしょう。人の恋路の邪魔をするためにけなしているのではないのですが、どうしても気に掛かる違和感があります。その上着もまたこんなに恋する気持ちが盛り上がっているデートをするにしては、あまりにも地味。中は白いワイシャツですが、それは、デザイナーのカットしたブラウスではなく、中学生時代の制服だと思われ? その上に、薄いブルーの長いワイシャツをパーカー代わりに着ている。

 

ごめんなさい。決して軽蔑をするわけではないと繰り返すのですが、本当に全身に安物をまとっていて、それが現代少女というか、既におとなめいた女性にしては、ことさらに不思議に思いました。それが、親から出ているお金かそれとも、自分でバイトで稼いだお金かはわかりませんが、少女向けのブランド(キティちゃんでしょうか、GAPDでしょうか?)には、バッグや携帯の紐として、プラスティックの飾りがジャラジャついています。ですから、全身にいろいろな色が散らばっているものです。決して、それがきれいだとは言えません。むしろ、今目の前にいる女性の方が、ブルー系統で頭から足のつま先まで統一しているから、よりきれいなぐらいです。質素だがきれいです。 

でも、時代の雰囲気からかけ離れたベーシックさは 「あなたの服ってダサすぎるのではないの? あなたは、よく、こんな格好の良い男の子を捕まえられたわね?」と、自分がまるで、意地悪な同級生になったみたいに、ひとこと、言ってしまいたくなるほど、安いものであるのを、示しています。

 一方、男の子の方は、ナイキのスニーカーをはじめ、総ての装着品が、定番のブランドと高い品質のもので「ああきっと、親が大会社の、課長か部長でしょうね」と言うような服装であり、それなりの満たされた甘い雰囲気を身につけているのですが、彼女は違う。雰囲気がまったく違う。

 二人は、東武東上線の先にある、東武・動物公園か何かに行って、今、帰ってきたところでしょう。夕方六時ぐらいに池袋に着く、真面目な恋愛、・・・・・だけど、体を寄せあいすぎ、目を見つめあいすぎ、肌を触れあいすぎで、周りの人々の心臓をどきどきさせるのです。

  私は、この少女が、眼鏡を掛けているし、この同じ日の午前中に鎌倉駅で出会ってその人生を心配してしまった若い女性(第七章で登場する)と同じく、全く、化粧っ気がないので、最初は、ものすごい学問を専攻している、天才的な頭脳の持ち主かとも思いました。二人は東大で、最先端の遺伝子研究等をしている同級生だったりして。それも、ありうる話です。東大に入れるぐらいだから、上のはみだしとして頭脳優先で、そこに自信があるから、服装なんか「流行を追いませんよ」と言う姿勢。そしてエリートだからこそ、人目もはばからず、いちゃいちゃくっついている。

しかし、時々、男の子の方が眠る場合があるのです。遊びすぎて疲れているのでしょう。安心しきっているのか、彼女の肩と首に、自分の首を総て預けて。すると、その途端、彼女のあどけないはしゃぎっぷりが消え去り、口をへの字に結んで、そのはじは下に下がって、寂しそうな、悲しそうな表情になるのです。彼が目を開けている時には決して見せないような、暗い表情。

 判りますよ。一応はその悲しみが・・・・・恋愛なんて最高潮の時でさえ、明日を考えればその終わりを予期して、寂しくて悲しいものかも知れない。だけど、ふっと、それでも、『この悲しげな感じは、尋常ではない』と、私は、感じました。

  彼女の、今時の恋愛中の少女にしては、考えられない貧しい服装は、彼女の育ちが貧しかった事を、もしかして、反映していて、その貧しさの原因は、親に経済力がなかった事だったりして・・・・・・と思った途端、不思議な想像の世界に、私は、入って行きました。

  『ああ、この子は、もしかしたら、お父さんが自殺した子供たちのサークルである、足長育英基金のサークルに所属している少女だったりして』と。そして、『相手の男の子も、その、サークルの子だったりして』とも。彼の方は、両親が健在なのだけど、やさしい性格で、昔の時代のセッツルメント感覚、今の言葉で言うボランティア感覚で、そこへ、援助指導に行っているうちに、この少女(多分、高校生ではないだろうか?)と恋に落ちた。

  少女は、この出会いに本当に感謝して、この恋に一途である。そして、下半身の方は、総てをこの日の為に新調したのだ。ジーンズもスニーカーも、もしかしたら下穿きも、出来るだけのお小遣いで。そして、彼に感謝を深くしているから、電車内で他人から好奇の目で見られるという、恥の感覚さえも捨てて、彼のすべてを受け入れ尽くしている。

 

一途で、一途で、それ以外何もない恋。計算も何もない恋。将来の結婚なども、視野にも入れていない恋。

  以上の事は、私の全くの想像です。でも、私はその日の午前中に、鎌倉駅で出会った「離婚をするつもりです」と断言した若い女性(第七章に登場)と同じく、この少女の、事も、いとしくて、いとしくて、たまりませんでした。同じ日に二人も切ないほどいとしい人に出会うなんて、不思議な事でしたけれども。

  人の恋なんて、順調に育つ、場合だけではありません。ましてや、結婚にまで到った純愛でさえ、さきほど述べた女性のように、壊れる日が来る。でも、今、そんな未来の事は何も考えず、ただ、男の子を、その頭を、全身で抱こうとしている。その姿は恋愛ドラマの定番の、ロミオとジュリエットとか、その他の最上の芸術品を思わせました。

そう言えば、その夜、NHKの教育チャンネルで、ローザンヌの、バレーのコンクールで入賞したソリスト

(今は、プリンシパルと言うらしいのですが)たちの情感溢れる、見事なパ・ド・ドゥ(二人で踊る愛の情景)

 が放映をされていて、それを見て、私は、その日の昼間、鎌倉と東京でであった、二人の若い、そして、いとしい女性たちのかなしさと切なさを、しみじみとあらためて思い出していたのです。なんと深く、それらの踊りは、心に訴えたでしょうか。

                                                   二〇〇四十月十日、台風の次の日に、

 それを、グーブログ『銀座のうぐいすから』に再録をしたのは、2014年2月24日です。

     このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2063096です。

                              雨宮舜 (本名川崎 千恵子)

 

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ライヴァル設定と言う政治戦略、キムヨナ・真央、私・瓜南直子? 真央を真に救うには?

2014-02-22 12:16:21 | Weblog

本日も書けた内容に応じて、総タイトルを変化させる予定です。それは、ご了承いただきたく。

副題1、『林葉直子さんと、瓜南直子さんは、二人とも、肝臓が悪いそうだ』

 挿入として、写真の説明をさせてくださいませ。上は、9冊目の本のパイロット版です。

 工業的な印刷機にかけるためには、まだ、まだ、抜群の作業が必要ですが、ともかく、

 本を作ると、頭が整理されます。そこが、うれしいですね。頭が、整理されます。

 これを、昨日、徹夜で作りました。9冊目なので、ラフな設計は、慣れています。これは、

 B5 で、作っていますが、人に差し上げるつもりなら、4X6版で、データを作り直さないと駄目です。

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副題2、『浄智寺さんで、鎌倉の名刹のトップ六人を集めて、ラーメンの会が開かれた』

副題3、『バンクーヴァー五輪のフリーの日だけ、我が家のテレビは、壊されて、自宅で見ることができなかった』

副題4、『バンクーヴァーで、真央ちゃんが軽く転んだのは、天の采配であって、その方がよかったのです』

副題5、『週刊新潮が、採点疑惑に取り組んでいるね』

副題6、『私は人を嫉妬しない。だから、さっさと捨て去ることができる』

副題7、『どうして、林葉直子さんから、この文章を始めたかというと、画廊るたんでの、旧知の人との出会いと、あまりにも連動するからだ』

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副題1、『林葉直子さんと、瓜南直子さんは、二人とも、肝臓が悪いそうだ』

 ここ二、三日、ブラウザのニュースをにぎわわせているのが、林葉直子さんです。最初は自分には関係がないと思っていました。ところが、昨日詳しいニュースがあって、それに、肝臓が悪いと出ていて、突然に、心にしみました。

 理由は、瓜南(かなん)直子(=芸大出身の美貌の日本画家・鎌倉在住で、FBに私が入っていた頃に、ライバルとして、設定された人)さんを思い出したからです。彼女と、同じですね。瓜南さんの場合ですが、お漬物研究家でもあるとFBで出ていました。お漬物には、塩を、使います。塩化ナトリウムって、もっとも過激なイオンを発生します。ナトリウム+も、塩素イオン(マイナス)も一価なので、大変活動的です。からだって、化学工場なので、そこに流れている各種の栄養素の端っこが、電化(イオン化)されているので、ごく、基底的な部分で、過剰な酷使があったということになるのでしょう。

 そう言う風に、化学反応的に、酷使している体に、お酒が加わりました。アルコールも、OH基(マイナスイオン)と、頭部の+イオンに、電解するのです。だから、化学工場と言う体の内部を分子レベルで、炎上させるわけです。つまり、普通の食事を取っている人と比較すると、きわめて多量の化学反応式が起きる。

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副題2、『浄智寺さんで、鎌倉の名刹のトップ六人を集めて、ラーメンの会が開かれた』

 ところで、思い出すのは、次の年に亡くなる、その前の秋に、浄智寺さんに、女性としては、ただ一人の女王様扱いで、瓜南直子さんは招かれています。テーマはラーメンを語る会です。食通として知られる瓜南直子さんに、ラーメンを語ってもらう会とのことです。

 のちに、NHKがつき一回かな? 土曜日に国分太一司会で、放映する、クイズ100人力の鎌倉篇で登場された顔を見て、驚きました。浄智寺は、北鎌倉における文化人の集まり『匠の会』に会場を貸してくださっているので、2年間ぐらい、静寂きわまる夜の接客スペースに、およりさせていただいているので、謹厳な和尚さんを想像していましたが、ものすごく柔和で、太っ腹そうな方です。

 信徒が集まる会館として、非常に凝った設計である、三階建ての、覚園寺の講演会と打ち上げパーティにお招きいただいたことがあります。また、今日も後からそれを語る、小関利雄先生のお勉強会、礫は、逗子の法勝寺を利用していて、そこにも立派な信徒用のお部屋があります。上智寺さんのは、少し、小ぶりですが、歳月を経ていて、大変落ち着いているし、会合は常に夜開かれていたので、私は主に歩いて、通ったのですが、鎌倉街道は、夜8時過ぎだと、車も通行しない感じで、ただ、アライグマの叫び声が、聞こえる中を歩いていき、浄智寺に入ってしまえば、たくさんある樹木が音をさえぎるので、さらに静寂の一途となります。

 そんな素敵なお寺のトップとしては、テレビ画面内に現れた、朝比奈恵温さんは、あまりにも予想外の面貌の人でした。有名な朝比奈宗源さんの縁者(お子様かもしれない)だと思うのですが、宗源師とは、雰囲気がまるで違います。

 ところで、私は、この恵温師を、以前、宗温師と誤記していました。それは、お詫び申し上げます。偉大な宗源師の一字をもらっていらっしゃるはずだと、思い込んでいたのでしょう。

 このときに、瓜南直子さんを囲んだ、六人の紳士たちは、鎌倉でもトップクラスのハイソサイエティさんです。円覚寺様のトップ、建長寺様のトップなど、など。鎌倉五山とは、禅寺の代表であり、夏の朝に行われる、円覚寺の講演会など、大勢のインテリであり、かつ、ものを考える人が、遠くから参集する場所でしょう。建長寺さんは、鎌倉学園を経営していて、そこは、桑田けいすけを生んでいますしね。他にも、日本を支える中流紳士をたくさん輩出しているでしょう。

 ところで、鎌倉五山のトップたちは、終始会合を持つことはあるとは思いますが、そこに場所的にも宗派的にもひどく縁遠い、覚園寺さんが、招かれていたと、FB上で、書いてあったので、そこから重要な三つのことがわかったのでした。

 第一に、瓜南さんが、京都泉涌寺で、行ったグループ展は、覚園寺さんのお世話らしいと言うこと。私は、覚園寺さんの環境を好きで、メルマガ時代から、何度も触れているので、『お前が大好きな覚園寺さんは、実は、こっち側の陣営に居るんだよ』と言いたい敵連中が、このラーメンパーティもセッティングをしたということを。グループ展の方は、伊藤玄二郎と、井上ひさしのアイデアを伝えるために、間に立ったのは、酒井忠康氏あたりかもしれませんね。または、伊藤玄二郎直接だったかな>

 酒井さんと、覚園寺さんは、鎌倉・二階堂在住の有名人として、お互いに親しい間柄にあると、私は、推察します。ただ、伊藤玄二郎という人は、これはと見たら、誰にでも、したいよって、自分のものにしてしまうから、浄智寺さんは、すでに、絶対のレベルで、親友であるだろうし、覚園寺さんも、直接に親しいのかもしれません。

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副題3、『バンクーヴァー五輪のフリーの日だけ、我が家のテレビは、壊されて、自宅で見ることができなかった』

 皆様は、バンクーヴァー五輪での、女史フィギュアショートプログラムを、本当に丁寧にごらんになりましたか? それ以前までは、フィギュアの点差は、あまりなくて、上位陣は、それこそ、3点以内で、6人ぐらいが争うという種目でした。ところが、あのショートプログラムで、真央ちゃんには、何の失敗もないのに、

 キムヨナ選手と八点も差が付いたのです。これには私はびっくり仰天をして、当時はフェイスブックもやっていなかったので、(ツィッターは休眠中で、よくわからない)2チャンネルをのぞきました。日本中の若者が怒っていました。

 私は、どうも、すこぶる大物ライターらしくて、その後、2チャンネルが閉鎖だとか、どうだとか、荒れましたし、また、プロの書き手が、一行100円で、請け負って書いているといううわさも出るようになりました。

 しかも、フリー種目が始まると、我が家のテレビが故障しました。最近では、NHKニュースを詳細に検討しますでしょう。特に大島の川島町長の言動と、マルハニチロ問題は、詳細に検討する必要があるのです。それに、拠って、マルハニチロの農薬混入問題がうそであることが証明できるからです。ところが、忙しくて、それを、丁寧にヴルーレイディスクに移動をしていないうちに、レコーダーそのものを破壊されてしまいました。一応、PANASONICのDIGAで、買ってから一年以内です。コーラスの勉強をしようと思ったら、ラジカセと、CDが破壊されるし、真央ちゃんの、フリーを見ようとすると、テレビが壊されています。

 でも、ぎりぎりに間に合う時間に気が付いたので、大船のヤマダ電機まで、出かけました。普通、家電売り場って、すべの画面が時の話題の画面を放映しているものです。だが、その日は、赤い絹のロープで、さえぎられた舞台が、売り場にできていて、その中にある二台のテレビだけが、フィギュアの女子フリーを放映していて、売り場のほかのテレビは、すべて、真っ黒に電源が落とされていました。

 で、大勢の人の頭越しで、見たわけですが、真央ちゃんが軽く転倒したのを見ました。

 だけど、私はそれで、よかったと思います。実は、演技そのものも技術そのものも、あの時は、徹底的に真央ちゃんが上でした。

 しかし、キムヨナ選手を上にすることは、現代の最高レベルの権力者たちの最高の意思なのですから、どんなに、いい演技をしても、真央ちゃんは勝てないのです。

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副題4、『バンクーヴァーで、真央ちゃんが軽く転んだのは、天の采配であって、その方がよかったのです』

 私は、鎌倉市内に、あるモリホテルと言うところで、テレビを見せてもらえないかと頼みました。その頃は、テレビニュースを検討すると言うことをまだ、やっておらず、したがって、私はテレビを見る人ではなく、かつ、主人が鎌倉市内の別の場所にオフィスを構えていたので、昼間は居ないので、家の中は、シーンとしている状態が、常だったのです。たまたま他の選手の状況も見てみるかというつもりで、1時間以上前にスイッチを入れてみて、テレビがその日だけは、壊れていることを知り、助かりました。ぎりぎり間に合って。

 真央ちゃんしか見られなかったけれど、真央ちゃんは、軽く転びました。それゆえに、真央ちゃん自身が、『銀メダルでも仕方がないかもしれない』と言う気持を持つことができたでしょう。

 今回も状況はちっとも変わっていません。真央ちゃんは、さらに、窮地に立っていると、私は見ていて、それゆえに、ショートプログラムを見ることをいたしませんでした。録画しなかったのです。ともかく、何をやっても勝てないので、今回もショートプログラムで、転倒があって、20点も低い点数がつけられたと言うのも、天の采配だったかもしれないのでした。

 でも、ライブで見てあげるべきだったかもしれません。不思議な気の力を持っているので、それを送ってあげればよかったかなあ? ヤエノムテキの皐月賞でも、偶然付いていたテレビで、なんと美しい馬だろうと思ったとたんに、圧勝しましたので、何かを持っている模様です。

 でも、転倒がなかったら、さらに、今回も理不尽な採点疑惑に出会い、彼女は苦しみぬいたでしょう。

 今章は、冒頭で、林葉直子さんが、劇やせして、顔色も土気色で、ひどい状況だと言うニュースが出たので、それに応じて、同じく、肝臓が悪かった、瓜南直子さんを思い出したわけですが、

 林葉さんの方は、テレビの世界に出ている有名人であることが、返って大きな災いをもたらしていますね。だからこそ、云いたいのですが、庶民を当てにしては駄目です。特に人気と言うものを当てにしては駄目です。

 私の意見に逆らうのが、敵たちの常套手段だから、真央ちゃんを引き続き、競技の世界にとどめ置こうとするでしょうが、とんでもないです。プロのスケーターとして、アイスショーに出るのはかまわないですが、競技は、もう、おやめなさい。

 中京大学の先生が、「引き続き、競技を続けてほしい」と言っているそうですが、そんな言い分は、なしにしてください。学園の宣伝塔にしようというのは、やめてください。私が思うに、真央ちゃんは、海外に拠点を置いて、海外で、プロスケーターとして転戦をして、外国人と結婚をするのがいいでしょう。そして、コーチになっていく?

 真央ちゃんは、いままで、スケートだけをやってきたから、人間として、女性として、至らないポイントもある筈です。日本人と結婚をすると、相手側からなんらかの暴露があったりします。だから、日本人と結婚をするのは、おやめなさい。荒川静香さんは、結婚相手についての情報を、一切、公表をしないそうです。そう言う強さが真央ちゃんには無いし、ブレーンも居ないみたいですから、海外でお暮らしなさい。

 私はキムヨナ陣営が望んでいる意味で、真央ちゃんの転倒が、よかったと言っているのではありません。あまりにも、採点に疑惑があるので、何をやっても駄目だから、人格崩壊をさせないために、天が采配なさったのです。林葉さんだって、美少女でしたよ。知的で。だけど、当時のセックス優先、または、フリーセックスの時代の風潮に負けたと言うこともいえるし、テレビに出ている特権意識が、より自由な意識を彼女に持たせた事もありえます。

 ここで、真央ちゃんに言いたい。大衆の「パンとサーカス」の餌食になるのはおやめなさい。もう、いいです。お母さんは、非常に厳しかったみたいですね。金メダルをとる様にとおっしゃったかな? だけど、もう、お母さんからは、独立なさい。すでに、亡なくなっているのです。そして、愛情だけを思い出しなさい。よき運動神経と、美しい肢体、それから、上品な面立ちをもたらしてくれた、ご両親に感謝して、ごく全うな方向で、幸せになってください。ご両親は、そのスケートに向かう訓練の厳しさを別にすれば、大変愛情深い人だったと思います。あなたの、そのまっすぐな素直さは、家族から、大切にされたことを思いしのばせます。

 そう言う家族って、現代では少ないのですよ。そして、それは、何にも増す宝物です。金メダルより、いい宝物です。

 裏がないお嬢さんだからこそ、非常に気をつけてといいたいです。ここで、安易に、高橋大輔選手と恋愛をして、友達結婚にいたるなどと言う道は、危ないと思います。

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副題5、『週刊新潮が、採点疑惑に取り組んでいるね』

 先ほど、皆様に投げかけた質問をもう一回繰り返します。皆さんは、バンクーヴァー五輪でのショートプログラム、それから、フリー、そして、エキジビションを丁寧にご覧になりましたか? 私は真央ちゃんは、トリノ五輪が最高レベルだったのだろうと、言っていますが、バンクーヴァーでも、まだ、なかなかにいい演技でした。無論のこと、キムヨナ選手より上でした。

 だからこそ、NHKニュースは延々と地震と津波情報を流して、ライブで、エキジビションを見せなかったのです。夜にBSで流しましたが、当時は、まだBSを視聴料を払っていない人が多かったから、皆さん、見なかったのではないかしら。

 地震が起きてから、8時間も過ぎているのに、NHKは、真央ちゃんの時には、右下に、日本列島の地図を挟み込んで、津波情報を流し、キムヨナ選手の時には、その地図が消えていました。NHKですよ。本当に恐ろしいたくらみの局です。

 井上ひさしが、2009年の6月、桜桃忌の近辺で、クローズアップ現代に出て、秋葉原無差別殺傷事件の際に、朝早く、五時から、殺人事件を起こすと言う予告をしていた、加藤被告をかばったのも、すさまじいことでした。その頃はまだ、フェイスブックをやっていなかったので、それゆえに、この作業を誰がやっているのかは、わからなかったのですが、2007年から、大量のハッキングを受けており、仕事をいちいち邪魔されていました。ブログなども、入力後の変換が、一語一分必要だったりして、はかが行かなかったり、本作りの際に、アドビのレイヤーの線が、色付けされていたり、印刷所にデータが持ち込まれると、印刷所のウィードーズXPがおかしくなったりしました。それは、アドビの図面のに、使われていないところに、大きな黒い丸が入れ込まれていて、データが重くなりすぐていて、うごかなくなったのです。

 犯人はわかりません。だが、井上ひさしが、あれをしたらいい、これをしたらいいと、提案をしているのは、確かでした。鎌倉の防災無線を聞くと、それが、よく、解りました。そして、警察は、伊藤玄二郎の元愛人の見方をして、石段130段以上を上がらないと、自宅へ来られないこの山の上の住民である私に向かって、交通事故の調書をとって脅かしたのです。惟は、警察にとっても大失敗だし、それゆえに、石川和子さんは、殺されたのではないかと私は見ています。

 無論病院内といっても、医師や、看護師がそれを実行したとはいいません。看護師の制服を着ている女性のエージェントが、輸液袋の中に、筋弛緩剤を、注射針で、注入すれば簡単に死んでしまいます。私のこの文章があるからこそ、看護婦と言う言葉が、使えなくなったのではないですか? 突然に、看護師に代わりましたね。彼らのやりそうなことです。

 週刊新潮の2014年2月27日号の広告に、全内幕、日韓「フィギュア戦争」とあります。

その特集の最初の記事が、国際審判の研修用ビデオにまで採用された「キムヨナ」。不利を知りつつ日本フィギュア界は指をくわえているしかなかった。とあります。

 私はバンクーヴァー五輪の時には、2ちゃんねるにしがみついている、いわゆるオタクと称される、若い男性(主に浪人中の受験生などだろう)しか、知りえなかった、すさまじいまでの、採点疑惑が、日本人全体の共通認識になったのをうれしいとは思います。だけど週刊新潮には不満がありますよ。

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 ところで、本日は、午後5時半からパソコンが調子が悪くなって夜の11時半まで続きを書くことができませんでした。お許しくださいませ。

  続きは明日書かせてくださいませ。昨日は、10時間かけて徹夜で、本を一冊仕上げていました。パイロット版を、三冊作り上げました。で、「寝ないと体が持たない」

  と思ったのですが、文脈があまりにも整っていないので、さらに、少し書きます。

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副題6、『私は人を嫉妬しない。だから、さっさと捨て去ることができる』

 今、私は真央ちゃんに、競技生活はやめなさいと、説いているところです。ただし、直接の関係が何もないので、この文章を敵さんに利用されて、私を悲しませるために、さらに、真央ちゃんに競技生活を続けるように、悪魔のささやきを投げかける人が出てくる可能性はあります。

 まだ、真央ちゃんは、若いです。人生経験がありそうでないです。だから、島田鮎子さんと同じく、考えないタイプの人となっています。デモね、聖書に書いてありますが、野の花を見よ。空の鳥を見よ。彼らは、紡がず、耕さずと。だから、考えないと言うのもいいことなのです。

 それで、あんなに上品で、仏像みたいなになるわけです。

 真央ちゃんの将来は、とても心配ですが、落ち度のない人を、つぶして行くツールとして、ライヴァルを立てて、過剰にあおりたて、嫉妬心をかき立てるという方法がありますが、それの最大の犠牲者と成っていますね。

 私ね。それを、大勢の人を使って、やられてきました。ダウ額同窓回転で、一緒だったが、100号の絵をグループ店に出しただけで、ぷん、ぷん、怒って、裏からいじめきってきた、ひどく、嫉妬深い、渡辺幸子さん、(彼女は対私だけではないのです)それから、ぜんぜん普段は関係がないが、私が彼女の大きな石のルビーの指輪について文章を書いたがために、突然に利用をされた馬腰陽子さん、ご近所の陶芸家、石川和子さん(あ、ところで、彼女の自己肥大ですが、つきに200人もの生徒を教えていると言うのは、むろんのこと誇張があったはずです。そして、ニューヨークについては、私の方がよく知っているわよと噛み付いてきた、星野美智子さん。

 それから、フェイスブックに入っていた時には、榊原節子さん、いちばゆみさん、藤田千彩さん、瓜南直子さん、終わってから、開発ちえさん。高橋真樹さん。こう言う名前をグーグルで検索して御覧なさい。相当な有名人ですよ。サイトがいっぱい、ある人たちです。

 こう言う名前の中で、最も賢くて、性格がよいのが、馬越陽子さんでした。後は駄目です。ごめんちゃい。と言うほどの程度の人たちでしかない。榊原節子さんだけは、父君が東大教授にして、ご本人は美智子様のいとこだから、頭はいいのです。顔もきれいです。だが性格がクエスチョンマークです。あんなことをやったら、駄目よと言うことがいっぱいある。

 いちば弓さんが、もっとも駄目な人でしたね。丸顔で、めがねをかけた坊ちゃんが、家出をしたことにしたでしょう。ひどいですね。実名を出させようとしたのでしょう。それなら、それで、はっきりといいますが、その坊ちゃんの上のお嬢さんって、女流画家ではないですか?まあ、いいけれど、坊ちゃんはそろそろ就職ですが、どこへ入社なさったのだろう。本当の家出だったら、瑕疵になるはずだけど、なんらかの貸借関係に基づいて打った芝居でしょうから、大丈夫でしょうね。

 でね、馬越さんなどは、威張りまくったのは、その一瞬だけだし、三分もしないうちに、いくら自分が威張ったって、私が何も動揺をしていないし、うらやましくも思わないので、突然、「疲れたわー。(北京での大個展を終えたばかりなのに、次に三越の個展が控えていて、忙しいのに、こんなばかげたことに動員をさせられてー)・・・・・』と目の前で、嘆かれたから、それで、私は好意を持っているのです。人間としての自覚とか、自主性がある人です。

 ひとかどの人間になって人の上に立つためには、それが、ないと駄目でしょう。

 ところで、私もそうだけど、真央ちゃんも他人に嫉妬などしていないと思いますよ。だけど、審査がおかしかったら、どうしてかと、それには悩むでしょう。立っている基盤が崩れるような悩みに襲われるでしょう。かわいそうです。

 ここまで、有名になって、ここまで、ファンから、『好きだ』と、言われたら、もういいですよ。ここからは、立ち去りなさい。

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副題7、『どうして、林葉直子さんから、この文章を始めたかというと、画廊るたんでの、旧知の人との出会いと、あまりにも連動するからだ』

 林葉直子さんって、大林素子さんの様に健康で、そして、知的な美貌で、輝いていたのです。20代ごろは、それが、皮膚が土気色だと、聞けば、そりゃあ、心配にも成るでしょう。世の中の不倫全盛時代の波に押されて、一生を無駄にしてしまったのでしょう。かわいそうに。

 鈴木沙彩チャンもそうですが、平凡でも、安心できる男性と結婚をして、健康な子供を生み育てると言う大きな経験がないままに、人生を棒に振ったと、見えます。お気の毒です。メディアが旗を振るトレンドが、決して、幸せをもたらさないことを証明しています。また、テレビでちやほやされることが、今では、一番の勝ち組になった様に見えますが、それも何の保障にもならかなったと言うことを示唆しています。

 そして、お金があり、名誉がある事も実際には、それほど、ありがたみがないのですよ。それは、人生が最後の段階にたどり着くとはっきり解ることらしいです。

 強いてあげれば、創作をすることは楽しいことです。何を創作するかは人それぞれですが。私なんか、報われなくても創作を続けていて、それゆえに、楽しく生きています。

 ずっと、不定愁訴気味だったけれど、今は、それは、ないです。やっと、自己コントロールができるようになり、いつも、平静で、本当に力が必要になったときのために、準備万端に整えておこうと願っています。だから、瓜南さんが、浄智寺に、お姫様として、招かれて、鎌倉のお坊さんのうちのトップクラス6人に囲まれて、ラーメンについて語ったと聞いても、うつ病になったりはしないのです。そう言うものかと思って、脇にパススルーするだけなのです。

 ただ、旧知の間柄の、XXさんが画廊るたんに現れた時に、あまりにもやせておられたので、それには驚いたのですよ。こちらもお嬢様育ちで、かわいい人でした。顔はまるで似ていないけれど、体形がキムヨナ選手みたいな、むっちりとしているタイプで、かつ、太からず、細からずで、目がパッチリとしていて。かわいい人でした。

 こんなに、弱弱しい段階になっている女性を、ひっまり回し、自分たちの道具として、使ってくる例の悪人たちに、戦慄する思いがしました。瓜南さんが、立った一年前に、なくなっているのですよ。引っ張りまわされきっていました。かわいそうに。それでも、同じことを別の女性を使って行う。

 本当に言うに、言われない人たちです。

 

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午前二時です。真央ちゃん、フリー成功おめでとう。

2014-02-21 01:54:31 | Weblog

今、2014年2月21日の午前1時55分です。

 

フリーに成功した真央ちゃんのインタビューを聞いたところです。

視るのがつらかったけれど、これが、最後のオリンピックだと思い、見ました。

そして、『きっと、真央ちゃんのお母さんが、見守るだろう』ということには、気が付きました。それは、信じました。

そして、真央ちゃんのお母さんには、とても及ばないものの、

 私も、何かの祈りを、真央ちゃんに注ごうと思いました。何の役にも立たないでしょうが、それでも、気を送ろうと思いました。そんなことをしても駄目だと思いながら、自分には、いつも、ついていてくださる天の力を信じて、少しでも、恵みと、微笑みの気を送ろうと思いました。

 

でも、そうしながらも依然として、心配で、心配で、成らなかったのです。

 今、終わりました。何も失敗がない形で終わりました。

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 今午前二時です。広瀬アナではなくて、会場につめているNHKの女子アナの目に涙がありました。だれだろう。まだ、私は名前を覚えておりませんが、とても、きれいな人です。大人っぽい、とてもきれいな人です。その人の目に涙がありました。

 私は泣けるところまではいけませんでした。ただ、ただ、ほっとして、・・・・・

 そして、最後の瞬間に、真央ちゃんの目に涙が浮かんだ時に、真央ちゃんが思い浮かべたのは、お母さんだと思い、それは、本当につらいと言うか、なんと言うかですが、やはり、そのお母さんの、言うに言われぬ力が真央ちゃんを、成功に導いたのでしょう。

 成績とか、順位については、今は、触れたくありません。今は、まだ、出ていないのですが、そこで、この文章を終わっておきましょう。

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 では、2014年2月21日、  雨宮舜( 本名、川崎 千恵子)

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日本中が、喪に服している?・・・・・・真央ちゃんショートプログラム転倒で

2014-02-20 10:10:18 | Weblog

 この文章も無論のこと、書きぬけた内容に応じて、総タイトルを変更する予定があります。

副題1、『残念ながら、私の真央ちゃんに対する予言は、当たってしまった』

 私は、この2014年2月9日に、『なぜ、豊田章男社長は、2010年2月に、報道ステーションを50分間も独占したのか?』2014-02-09 20:25:29 | Weblog(リンク先は、後注1で示している)で、今期、措置オリンピックでの浅田真央ちゃんの成績を、事実上予言しています。いや、言葉では何も言っておりませんよ。だけど、浅田真央ちゃんの最大の旬は、実際はトリノオリンピックだったと言っております。

 そして、バンクーヴァーオリンピックまで待たされたのですが、そこで、ひどい形で、政治的弾圧に利用をされてしまったと語っています。それを助長したのが、当時の団長の橋本聖子さんであると言うことを、上に書いた文章内で、語っているのです。今回も入場式に、テレビカメラが何度も、橋本聖子さんをうつすものですから、「もしかすると、彼女が今回も団長ですか? それって、ものすごく幸先が悪いことですね』と、感じて、9日の時点で、その文章を書いています。何度も断りますが、タイトルは、豊田章男社長になっておりますが、事実上は、浅田真央論だったのです。

 そして、旬が、トリノオリンピックだと言うのは、事実上、今回も勝てないだろうと予測をしていたからです。

 それで、昨夜も、番組を録画しませんでした。つらいです。今の真央ちゃんを見ているのは。

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副題2、『この件で、日本中が喪に服すかな?』

 私ね、本日外出したいと思っております。ただし、お天気はあまりよくありません。で、主人が「外出するな」と言っております。そして、続けて、「教外出し手居る人は居ないよ」と言うので、「真央ちゃんのことで、日本人全体が、がっかりしているから?」と聞くと、「日本中が喪に服している」と主人が語ります。続けて、「デパートの売り上げも激減だろう」と、言います。

 深刻なことでも、主人みたいな言い方をすると、ふと、笑いたくなってしまいますが、主人の言うとおりです。五輪は、実は、事実上の戦争です。

 そして、キムヨナ選手の登場とともに、浅田真央ちゃんの周辺は、国際的軍産共同体が、しつこく利用する問題と化してしまいました。

 私は、丁寧にそのショートプログラムの映像を見ていないわけですが、真央ちゃんが転倒してしまった理由は、いくつかあげることができるし、依然として、本当にかわいそうな少女だと思います。

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副題3、『高梨沙羅選手の扱いについて、NHKに批判が殺到しているみたいだが、真央ちゃんに対しては、もっとひどいのだ』

 昨晩、19日の夜九時に、習慣となっているニュースウォッチを視るために、チャンネルを合わせました。すると、五輪特番と変更になっていて、浅田舞ちゃんが、NHKに解説者として呼ばれていました。そして、その番組内では、穏当に真央ちゃんを大切に扱っていました。

 だが、クローズアップ現代で、ドーピング問題を取り上げた時、(それを、私は実際には見ていませんでしたが)、映像として、真央ちゃんをつかったそうですね。一種のサブリミナル効果を狙った措置で、ブラウン大学(アメリカの名門女子高)の出身である国谷裕子さんの、頭がよさそうでいて、事実上の限界があるところを示したものです。

 そこで、背景の映像として真央ちゃんが使われたのなら、国谷さんが、現代最高の権力者側に立っていることの証明になります。国谷裕子さんは、要所要所で、恐るべきレベルで、そちら側の、宣伝塔になっている人です。

 今回、どこかの放送局で、神奈川大学のスケート部が取り上げられていて、わたくしもそれを、ちらっと見ましたが、その番組もがもし、クローズアップ現代だったら、これもまた、すこぶる恐ろしい程度で、真央ちゃんを、いじめる包囲網がしかれたことに成ります。

 と言うのも、鎌倉在住の大物ファンドマネージャー木村某氏、は、神奈川大学のスケート部の監督を一時期していたことがあるそうですから。

 その人は社章に、フリーメーソンの徴(しるし)を使っている人です。ここで、はっきり言ってしまうと民主党が政権をとっている時に、その中でも非常にしっかりしている人として、私が見ていた藤井さんを自分の経営するファンドに誘ったそうですが、それは、一口、6000万円だそうです。その藤井さんは、統一教会の、文鮮明氏と親しいとか?

 木村某氏は、早稲田大学卒で、元電通社員です。そして、明治時代の、大蔵大臣の子孫だそうです。そして、韓国政府保有のドル紙幣が、旧版になって、自由に使えなくなった時に、米軍の軍用機を手配してあげて、それに、旧札を乗せて、アメリカに持って行き新札と取り替えてきてあげたそうです。

 成田豊氏が、韓国びいきで、女性週刊誌を使って、真央ちゃん一家を苛め抜いているのは、相当なレベルで、日本国民内に広く知れ渡っていますね。八木沼純子さんが、14歳で、オリンピックに出場できたのは、両親側の曾祖父に、二人の総理大臣が居て、しかも早稲田大学卒だからだと、今ではわかります。荒川静香さんも、早稲田大学卒です。

 ここらあたりは、田中角栄氏の収監(?)か、有罪判決を思い出させますね。あの時、事情をよく知る人が、『もし、東大卒だったら、塀の向こう側には落ちなかっただろうに』と、慨嘆していたそうです。そして、そこで、突破口が開かれてしまったので、ホリエモンも塀の向こう側に入れられてしまいました。

 このクローズアップのドーピング問題ですが、私は真央ちゃんぐらいの立場だったら、睡眠導入剤を使ってもいいと思うのですが、きっと、それも引っかかると、恐れていて、使っていないのだと思います。

 かわいそうでたまりません。また、ドーピング問題で、クローズアップ現代が、真央ちゃんの映像を使ったのは、それこそ、電話の盗聴や、国民健康保険のスパコンへのハッキングによって、もしかしたら、真央ちゃんがすでに、睡眠導入剤を使っていることを把握されて居て、もし、NHK側が責められたら、それを、暴露すると言う風な脅かしを裏に隠していたかもしれません。

 考えすぎかもしれませんが、ともかく、クローズアップ現代が、日本代表選手を、いじめたのは、政治的な意図があってのことでした。NHKがどれほど、国際的軍産共同体と、そのエージェントたちの言うなりになっているかを語っています。

 そして、こう言う風に国谷さんを、批判をすると、すぐ、国谷さんを隠すのです。で、他の人がクローズアップ現代を担当するのですが、今回だけは、オリンピックが始まってしまって、クローズアップ現代が、ないので、よくわかりません。いや、国谷さんが、脚本を書いているかどうかは解らないのです。裏の人間が悪人なのかもしれませんが、表に現れるのが、国谷さんなので、国谷裕子さんは、ほぼ、税金に等しい、視聴料をとるNHKの代表でありながら、日本国民なんか、これっぽっちも大切ではない人だと、成ります。

 今、日本国民は、どっとした疲労感に包まれて、株価も下がったそうです。そう言う方向へ持っていくことに寄与したのが国谷裕子さんです。

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副題4、『キムヨナ選手が出てきた事も、真央ちゃんを、追い詰めたでしょう』

 何度も言いますが、真央ちゃんの旬は、トリノ五輪だったのです。その頃は、悩みも少ない上り坂の少女だったので、それこそ、金メダルも可能だったかもしれません。だが、そこに突然設定された年齢制限によって、出場できませんでした。そして、バンクーヴァー五輪の、すさまじいいじめ。

 あの頃、街を歩くと、平気な顔をして、何も考えずに歩いている人が大勢居ました。ごく敏感な人だけが、この採点疑惑を問題にしていました。だが、今回は、大勢の人がそれを問題にし始めています。週刊誌、文春だったかな?も、問題にしているし、ネットの世界を見ると、世界中のフィギュア愛好家が問題にしています。

 一見すると、より広範囲の日本人が、その疑惑に気が付いてきて、よかった様に見えます。真央ちゃんへの、追い風になっている様に見えます。だけど、それでなくても、種々さまざまな重圧に苦しんでいる、金メダル候補の真央ちゃんに、は、半面で、重圧にもなっていたはずです。

 前回よりもさらに、多くの人数に支援され、応援されていると思うことそのものが、重圧につながったでしょう。

 そして、すべる順番です。抽選だそうです。そして、最終滑走者となりました。だが、こんなことはいくらでも、調整ができることなのです。その抽選場面が公開されていれば、大丈夫です。たとえば、甲子園の高校野球は春も、夏も組み合わせの抽選会があり、そこに選手代表が参加して、実際にくじを引き、その場面も公開されています。あれは、正しいはずです。裏がないはずです。

 だが、このフィギュアの世界での、諸事は、魑魅魍魎が支配している世界です。だから、当然のこと、抽選には裏があり、真央ちゃんが苦しむ順番で、すべる様に設定をされたと思います。

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副題5、『団体戦が、急に設定されたのも、真央ちゃんいじめです』

 私はそれに気が付いておりましたが、今回、急にフィギュアの団体戦が、仕組まれました。韓国はどうしたのかな? 出場しなかったのかな?

 ともかく、フィギュア選手の競技歴に何にもプラスにならない種目が突然に設定されたのはなぜか?

 それは、金メダル候補の、真央ちゃんを、疲れさせる役目にあたるからです。ストレスがいっぱい重なります。

 その上、真央ちゃんのコンディション作りにもマイナスでした。私は今まで、それを書きませんでしたが、・・・・・と言うのも、敵がさらに、それを使うといけない条項だったので・・・・・・真央ちゃんは、ぎりぎりの段階まで、日本に居るのが常の習慣なのです。それがコンディションを整える真央流のやり方なのです。ところが、今回は団体戦があるので、ずいぶん前に日本を出発しています。ホテルなどの事情がよくわかっていないと、コンディションを整えにくいものです。食事が合わなかったり、誰と一緒に何時に食べるかと言う様な問題も、ストレスをためていきます。

 ですから、団体戦などには、出場しないと決意するか、または、真央ちゃんを出さないと言う決断を、団長がする必要があるのです。頭がよい人間だったら、当然そうするでしょう。だけど、もし、今回も橋本聖子さんが、団長だったら、彼女は徹底的に頭の悪い人です。四年前に、それを、すでに書いていると思いますので、後で、暇ができたら、その文章のリンク先を見つけておきます。

 ソチから移動した合宿先ですが、真央ちゃんが、ホテルで、一人部屋に宿泊できたかどうかも疑わしいです。本当ならお母さんとか、お姉さんが、ついていくべきだったでしょう。バンクーヴァーまではそうでした。しかし、お母さんが若くして亡くなっています。

 その上、NHKが浅田舞ちゃんを、解説者に登用しました。舞ちゃんだって、初めての経験だから、断ることができません。しかもキャリアアップにつながることですからね。で、舞ちゃんのサポートがなくなりました。

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副題6、『鎌倉で、工事が、頻発しているので、変だなあと、私は思っていたが・・・・・本日20日の昼のNHKニュースを見てなるほどと、思い当たった』

 私が、最近外出して帰宅する際ですが、また、JRがガードマンを、鎌倉駅に配置したり、鎌倉市内で、工事が頻発に行われる様になりました。

 惟は、ご近所の安野・前田夫妻、および、私が鎌倉エージェントと呼ぶ、伊藤玄二郎(鎌倉春秋社社長)、および、井上ひさしたちの原初のアイデアらしい、小町通の共通溝工事の際に、頻繁に使われた手であって、真っ暗な中で、突然ライトを煌々と点けて、急に銃器の音を発生させて脅かしてやろうとする、幼稚なたくらみのひとつです。

 2008年の2月から、何度も使われてきた手なのです。

 で、駅のほうから、小町通を眺めると、800mが真っ暗なので、歩き始めると、突然に、電気がついて、工事車が音を立てるのは、入り口の方に立っているガードマン、もしくは、駅に駐留しているガードマン、もしくは身を隠している、尾行者が、連絡を取るのだと感じています。

 でね、それについては、すでに、脅かされないのですよ。最初は、びっくりして、脅かされたと思います。で、恥を知れ!」と言う意味で何度もこれを、文章化しています。すると、彼らは、自分たちが、ひどいおびえマンなので、私の文章を読むと、効果があったと感じるらしくて、同じことを何度もやるのです。

 で、往時の担当者、斉藤建設の現場監督に、「今何をやっているのですか」と聞くと、「砂の中に、小石が入っているかどうかを確認している」のだそうです。無駄な工事でも、工費を取ってやるわけですから、目的がないと駄目なので、そう言う口実の元で、行っていると言うわけです。

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副題7、『御影石製のプロムナードは、全国に設置されているはずだ』

 さて、小町通の共同溝工事は、私の文章、「敷石を磨く男」と言うのの、物証をなくしていくために行われたもので、全国の有名寺社前、または、有名な観光地で、使われている御影石の、道路がなくなってしまいました。

 この御影石のプロムナードですが、横浜元町商店街に使われているのに、気が付いていますし、伊勢神宮の参道(赤福などの、おみやげ物や街)にも使われています。

 最近、湘南モールと言うショッピングタウンが、辻堂に、できたのです。広々としていて、青空もよく見える部分もあり、無論のこと、車が入ってこないので、ヤングママが子連れで、安心して買い物ができると、評判の施設です。が、この前に在る北へ向かう道路の両側が、広い歩道になっていて、そこに、御影石のプロムナードが設置されています。

 それを取り払う目的で始まって、延々と工事が長引いたのですが、それは、私を脅かすために、工事を利用したからでした。そして、敷石を取っ払って、カラーアスファルトに、設置しなおしてあります。たまたま、雪かきを行うにしては、カラーアスファルトの方が、やりやすいのですが・・・・・・

 ここで、大問題となるのが、瓜南直子さんを、彼らが利用して、しまくって、早死にさせた件です。彼女が、全日本明日はがれんと言う組織を立ち上げました』と何度もフェイスブックで、話していたのは、無論のこと、伊藤玄二郎たちが、教唆して行わせたことですが、それによって、悪魔側に使役された人は、不幸になるのですよの典型で、フェイスブックで金田佑子さんと組んで、私をいじめるべく、大騒ぎをしていた後、たった半年で、なくなってしまいました。体がだるいとか、手元が不如意で、と書いて居られた、最後のツィッターが、ネットの世界で残っていて、他殺ではなかったみたいなのを知り、ほっとしている次第です。

 ともかく、その時点での、彼らのやり口が、この2週間そっくり繰り返されていて、私が最近バスを多用するので、そのバスの通る道に、工事が設定されているのでした。誰がお金を出すのでしょうね。歩きではないので、工事の目的すらわかりませんが。

 ただ、表参道を走るバスの窓から、眺めると、夜9時過ぎなのに、鎌倉春秋社に、煌々と、電気がついているので、『う、伊藤玄二郎は、また何かをたくらんでいるのだな』とは、感じました。

 そのひとつですが、荒川静香選手が、本を出して、その中で、採点疑惑はないと、言明しているそうで、それが、ネットの世界で、流れました。

livedoor がシェアして流した元ねたは、日刊サイゾーというものです。タイトルだけここにおきますが、日刊サイゾーという、頁をお探しになると読めるだろうし、荒川静香さんの本をお探しになっても、それは、読めるでしょう。・・・・・日刊サイゾー201402171600キム・ヨナ八百長疑惑に荒川静香が反論!「ジャンプの浅田、芸術性のキム・ヨナ」は誤解!?

 これなども、真央ちゃんがスマホ、または、ノートパソコン、または、i-padで、読めば動揺する記事でしょうし、実際に、今回のショートプログラムの場合、順番的に前だった、キムヨナ選手がまたもや、高得点を出したことで、同様を激しくしたのも、当たり前です。

 そして、真央ちゃんは、バンクーヴァー五輪前の、技術的ポイントを佐藤信夫コーチについてから、全部一からやり直したそうです。佐藤コーチ夫妻は、大変立派な方です。

 だけど、トリノオリンピックに、普通なら出場できたはずで、その頃、真央ちゃんは、旬だったのです。もちろんバンクーヴァー五輪でも最高レベルだったのですよ。だが、ショートプログラムで、8点もの差をつけられて、しまって、挽回が不可能でした。

 今回にも、真央ちゃんは、キムヨナ選手の高得点を聞いたはずです。私は録画をしておかなかったのですが、NHKのスタジオで、夜の9時半に、「私、心配で、深夜まで体力が持つかどうかわかりません」といっていた姉の舞ちゃんは、どんなに、心を痛めたことでしょうか?

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副題8、『やったねと、真央ちゃんの失敗を大喜びしているだろう、鎌倉エージェントたちと、それに連なる連中たち』

 鎌倉エー絵jんとたちが、活発に動き始めたのは、2005年の夏に、伊藤玄二郎の元愛人を名乗る、ご近所様主婦、(にして、鎌倉春秋窯主宰者)石川和子さんが、私の猫尾のことで、警察官を呼んで、そのふたりが、『あんたを、あんたのご主人に叱ってもらわないといけない』と言いながら、奇想天外なほどの失礼なことをした時から始まっています。

 私は何も悪いことをしていないのですが、私の猫が、その日に、鎌倉春秋窯の前で、石川和子+柳沢昇夫婦より、私の方が好きだと、示したのに、逆上をして、警察官を呼んで、「あそこの奥さんが生意気だから、ご主人に、注意してもらって、わたくしたちより、もっと、下手に出るようにさせてください」と頼んだらしいのです。(後で探して見つかったら、後注2としてリンク先をここに入れておきます)

 いわゆる窃盗を繰り返しているのは、石川和子さんの方なのです。「我が家の猫を、かまわないでください」とは、我が家が、一家中で、頼んでいることで、私の猫を彼女宅に入れる込むのは、すでに、窃盗に当たるほど、物事が緊張している段階でした。それでも入れていて、探しに来た私が、いつもは入れる作業場で、猫を呼ぶと、猫を入れ込んでいることがばれるといけないから、柳沢昇は、大声で、「住居侵入罪で訴える」と怒鳴りまくったのです。
 その怒声に驚いて、私の猫が飛び出してきて、「お母さん、一緒におうちへ帰ろう」といったことで、彼ら夫婦は、頭にきたのでした。非常に教養が低い二人なのです。まったく原始的な人間としての、二人なのです。ところが、石川和子さんが、伊藤玄二郎と愛人関係にあったことで、伊藤玄二郎の采配らしくて、鎌倉市の施設を利用しまくって、先生面をしているので、一時期は、「月収200万円を誇るのだ」と、自分で豪語していました。でね、信じられないくらいのレベルで自我が、自己肥大している人間なのです。

 または、伊藤玄二郎が、すさまじいレベルで、特権を持っているとすると、それの虎の威を借りる狐と言うところでしょうか?

 しかし、この件の失敗で、その後、二年以内に、石川和子さんは殺されてしまったのではないかな? 病院内で。癌による死だといわれていますが、死の三ヶ月前に出会った時には、ふっくらとしていましたよ。死の影も見えなかったです。ただ、バセドー氏病の兆候はあって、目は飛び出し気味でした。

 私がこの間、画廊るたんが、私をいじめるために、サントリー学芸章を受賞した美術評論家を種にしたと、書いていますでしょう。それで、ひどく驚いたと。(後注3)その受賞者、XX女史にも、彼女と私が礫という美術研修集団で、付き合っていた頃には、見られなかった、バセドー氏病の兆候が、強く現れていて、しかも、やせ細っていること、やせ細っていること、癌ではないだろうかと、思わせるほど、ひどい状況なので、それで、驚愕をしたのです。彼らエージェントの中の、特に、酒井忠康氏が動いて、受賞が図られた可能性は強いのです。

 『オー。悪魔側に利用される人には、これほどの、衰えが訪れるのだ。特にその人間が善人である場合は、ひどい衰えが訪れるのだ。悪人は、平気で生き延びているみたいだが』と、その変様に驚いたのでした。デモね、中島さんは、そう言う私の深い重いなど、一切気が付かず、『あら、勝ったわ。この路線でやっていけばいいのね。そうすれば赤津かんさんが、命令した路線を守ることができるわ』と思ったらしくて、長瀬いずみの個展の時には、とんでもないレベルで、攻撃的に出てきて、また、それに長瀬いずみはやすやすと乗ったのでした。面白い現象でしたが。

 最近、高村さんと言う自民党の御大のひとりが、癌であることをカミングアウトしたみたいですが、お痩せになっているでしょう。だけど、やせてきても、2,3年死なないケースは多いのですよ。石川和子さんは、太っているのに、三ヶ月で、なくなったのでした。変です。

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副題9、『伊藤玄二郎と、井上ひさしが、発案するアイデアであった、大相撲壊滅作戦に、協力している警察は、浅田真央ちゃんをいじめる側に立っているのですよ。税金で運営されている組織なのに、たった、数人のエージェントの言うなりなのです』

 でね、石川和子さんとの、問題で、もっとも、大きいのは猫のことではなくてアジサイ畑欺もう事件と呼ぶ方なのですが、それをなきもののして行くために、伊藤玄二郎と、彼と協力関係にある井上ひさしは、次から次へと、謀略を考え出すのでした。

 2007年の、10月から、それが、私の目にも明瞭に見えることとなって行きます。かな香川県を利用したやり方です。それは、伊藤玄二郎が、中央大学法学部政治学科の卒業なので、行政の仕組みを熟知しているところから出ている諜報的、行為です。

 禁煙運動(いつの間にか、受動喫煙反対運動と名を変えているが)も、その一環です。が、もう二つあって、アスベスト問題と、大相撲いじめ問題です。

 本日昼のNHKニュースで、元関脇琴富士が、偽装結婚を外国人女性としていて、125万円をもらっていたと言うことで、逮捕されました。これこそ、鎌倉エージェント発のアイデアで起こされた事件であって、当時は公的にも、生きていた、井上ひさしももちろんのことアイデアの提供者として絡んでいます。そして、真央ちゃんが、悪い点を取って、金メダルが駄目だと解ったこのときを狙って、私をやっつける目的で、またもや、相撲取りを逮捕したのです。こう言うニュースが、諜略行為が目的で、半分作られたニュースであることは、それが、必ず桜田門の建物の映像と一緒に流されることでも、傍証となるのです。いかにもえらそうに、その建物の映像を威容めいてNHKは、流すのでした。昔は魚眼レンズなどの特殊なレンズを用いて、さらに、いようが増すように写していました。それをブログの世界で、忌まわしくも小ざかしい策略でと書いたら、普通のレンズを使ってお堀側から写した映像を今では使っています。

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副題10、『最も恐ろしいことは、3.11人工生起説であるが、この琴富士のニュースを見ているうちに、それが、あたっている様な気がしてきた』

 ところで、3.11人工生起説が流布しているのを知っていますか? 私は以前から、それを、信じ始めているのですが、いまだ誰も誰が何を目的で、人工地震を起こしたかを述べてはおりません。

 で、ここでは、それだけを突出して、自分がいつも自分に課している、規制をはずして、80%まで緩和をして語りたいのですが、鎌倉エージェントが、お願いをして、日本全体の大エージェントたる、成岡庸司君とか、石塚雅彦氏などを通じて、CIA本部に、伝達が入り、三菱重工が、日本海溝研究のために設置している施設などから得られた研究に基づいて、人工地震を起こしたと、私は視ているほどなのです。ただし、このエージェントたち自身には、理化学的な知識はないので、この人工地震が、福島第一原発を壊滅的に壊すことに対しては、予測を持っていなかったと視ています。

 それから、バンクーヴァー五輪の時のエキジビションを、見せないがために、延々と、自信による津波情報をNHKが流した事も、大量の使者を出したと、私は繰り返し言っています。その番組を流したのは、NHK編政局であろうとも行っています。で、NHK編政局には、鎌倉エージェントの息のかかった人間が居るといっています。すると、見事にその後で、私の休眠中のつ行ったーアカウントに、NHK編政局からの情報が多数入り始めました。ずいぶん、大きな口をたたくようですが、こう言う些細な傍証を積み重ねて、私は自分が書いていることが、正しいと思っています。

 ともかく、成田豊氏、そして、鎌倉在住の大物ファンドマネージャー木村某氏、伊藤玄二郎、井上ひさし、等は国民を裏切って、国民が大好きな真央ちゃんを苦しめる方向で動いていることは確かなのです。

 ともかく、日本史上、または、世界史上、これ以上は居ないだろう悪人が井上ひさしです。特に自分を死んだことにして裏で、アイデアを提出していますから、その悪辣さを、検証する事もできず、ヒットラーや毛沢東や、スターリンなどと、比較してもさらに悪人度が高いと言うほどのものです。これが、どうして、断言できるかと言うと、膨大な過去文章をここにリンク先として、示さないとなりませんが、本日は、神様にささげる文章として、または、敵さんたちに、知らせる文章として、これを書き、一般読者様に対し手の、サービスは後回しにすると、して、そのままで、リンク先を探さないで、いてもお許しくださいませ。一本や二本ではない数の文章を引っ張り込んでこないといけませんので。

 追記、

 井上ひさしが、3.11の後、どれほど、自分を大物化するアイデアを、創出したか、明かり知れないほどです。ひょっこりひょうたん島の大宣伝、それから、仙台市に奥様が文庫用書物を献呈したとか、3.11直後の始めての新聞広告が、新潮社の井上ひさし本のものであったとか、いちいち、数えればきりがないほどのことです。ただ、ただ、自分は死んでいることになっているので、ばれないはずだと、信じてやっていることでしょう。土曜日のBSプレミアムで、コント劇場と言うのをやっています。脚本家の名前が井上ひさしとは、書いてありませんが、最初の一本は、井上ひさしの脚本にもと付いて作ったと宣伝してありました。もしそれが、天国の本屋を書いた二人組だったら、それは、実質的には、井上ひさしが書き続けている可能性すらあります。

なお、このブログの2010年より数えはじめた伸べ訪問回数は、2054461です。

(後注1なぜ、豊田章男社長は、2010年2月に、報道ステーションを50分間も独占したのか? 2014-02-09 20:

 

 

 

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オリジナリティに、おける潔癖さに付いて、マチスの踊る女

2014-02-19 22:19:46 | Weblog

副題1、『マチスの踊る女の、模写?を、国展に出す?』

 私がなぜ、前報を書いたのか、それを、こちらで語りましょう。実は、あれは、オリジナリティへの潔癖さの問題を語ろうとしているのです。

 ある年、それも、カタログで確認をしたいところですが、・・・・・私は、14年分のカタログを買ったのですが、主人が整理しろ整理しろというし、やめてしまったので、一部捨ててしまったのですが、・・・・・・

 1990年代の中のある年に、今関一馬先生が、マチスの踊る女と、そっくりな絵、ほとんど模写に等しい絵をお描きになって、それを、国展に出品をされたのです。

 あっけにとられる作品であって、すぐ質問をしたいところでした。だが、その当時は、今関先生の諸態度を、こちらが信頼できないところがあって、電話をかけて、「どうして、あんな作品をお出しになったのですか?」と、質問をすることをやっていないのです。

 だけど、いろいろな現象をへて、今関先生は、いろいろ、欠点もお持ちではあったが、美術とか、絵画については、志だけは、すこぶる健やかなものをお持ちであって、あれこそ、島田章三さんが、鮎子さんの作品をそっくりなぞっていることへの、挑戦的な抗議ではなかったかと思われるのです。

 もし、「こんなものは飾れません」と言う、言葉が本部から出たら、その時には、決戦の開始だというお気持ではなかったかと、思うのですね。

 ところが、その絵は、3段がけの、トップのところ・・・・・ともかく、天井に非常に近いところに飾られて、一種の生殺しに出会ったのです。気の毒でした。 

 今関先生は、そう言う、とっぴなものを出品された後では、自分より下の人間の審査会場にも顔を出されなかっただろうし、飾り付けにもいらっしゃらなかったでしょうし、パーティにも無論いらっしゃらなかったでしょう。だから、この屈辱に満ちた扱いを、ご存知なかったのではないでしょうか? そこが、やはり、繊細な人だと、言うゆえんなのです。

 普通、会員の作品なら、3段がけの場所などではなくて、一段がけの場所に飾られて、丁寧な扱いを受けるものなのです。森本草介氏など、30号だと思われる小さな美人図をお出しになるのですが、丁寧な。展示待遇を得ていらっしゃいます。

 私は今関先生の私兵として、動いてもいいのですよ。だけど、どうもかみ合わないと言うか、なんというか、不思議な感覚なのですが、いうなれば、人間としてせっする場合に、、隔靴掻痒な感じがあるのです。

 で、上の推察も、非常に好意に満ちた解釈ですが、ご本人から意図を聞いていないので、もしかすると、単に、国画会全体を、馬鹿にするために、あれを出品なさったのかも知れません。でも、そうであっても、苦渋に満ちていらっしゃったことは確かでしょうが。

、それとも、後日、最近のイタリア人画家の具象作品のそっくりな模写作品を、国展に、出品している芸大出身の画家にして大学教授が居ると、大評判になってしまうのですが、このマチスの『踊る女(本物は、5,6人の女性が居るのだが、そのうち三人だけを縦長画面内に置いたのが、今関先生の絵だった)が、出品されたときに、すぐさま、その対応を国画会が、はたしていたら、後日起きた贋作騒動も、内部問題として、処理しえて、NHKがテレビニュースで語るとか、新聞が三面記事にそれを書くとか言う派手な規模には、発展しなかったと思うのです。

 そちらの事件化したほうの模倣ではなくて、今関先生の待ちすの踊る絵に戻るのですが、その展示から、10年以上を過ぎた今、やっとはっきり語るのですが、志がよくても、それを、一種の運動として起こすのなら、ある種、と言うか、ある種、以上のテクニックが必要なのですよね。

 悪い意味ではないのです。だけど、それなりの人間的修行が必要なのですね。他人を動かす力と言うものです。無頼はを気取っておられるのだけれど、とても繊細で、あって、他人を動かす力はなかったと、見るのです。

 本当は奥様の事ももう少し、教育しなければいけないのです。正直な性格の奥様ですが、悋気が、外の人にも見えるのは、よくないです。もっと、冷静にならないと。ただ、もしかしたら、女性だけの学校を、ずっと、経てきて、ご主人とは、お見合いで、結婚をされたとすれば、50過ぎても子供みたいに、ご主人の周辺を心配すると言うことになってしまうのかなあ?

 つまり、大変に難しいことですが、うちの中でも外に対しても、人間は終生、修行をしていかないと成らないのです。この程度でいいやと思ったら、本当に働こうと思った時に、適切な効果が現れないのです。

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 さて、翻って、島田章三さんは、と言うポイントに入って生きたいのですが、それは、20日に書かせてくださいませ。

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島田章三氏の、処世術については、脱帽だけど、それが、偉いと言う事と同義語ではない△

2014-02-17 13:31:09 | Weblog
 
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企業内は既に新しい。が、日本の画壇は、超・古い体質だ・・・山寺重子、島田鮎子、今関一馬△

2014-02-18 11:03:57 | Weblog

 この文章は、総タイトルは第一回目が、『ボスを目指す人たちの、心理的・内面の分析・・・・・(山寺重子、島田鮎子、今関一馬)』でしたが、今は二回目のものとなっています。

副題1、『力が弱いから、ボスになるのだろう』
 副題2、『今関一馬先生は、ボス的に振舞われたが、本当は繊細だったのではないかな?』
 副題3、『島田鮎子さんが、事実上、果たしている、困った役割』

副題4、『10人程度のパーティなら、笑いで牛耳ってしまう私だった』
 副第5『どこにでも、救ってくださる人は居るのだった』
 副題6、『あれ、若手が全員、居なく成っちゃったぞ』
 副題7、『都美館では、精養軒経営で、横浜市民ギャラリーでは、末広が、パーティ会場となる』
 副題8、『今関先生の、奥様は、嫉妬深い人だった。これは、足かせになるぞ』
 副題9、『サプリメント会社の見事な支店長の話』

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副題1、『力が弱いから、ボスになるのだろう』

国画会に所属する男性画家で、ボスになりたいという意思を示す人物は、珍しい方です。島田章三先生は大ボスですが、表向きはそれを目立たせない様にして生きている人です。

女性では見え見えのボス・山寺重子さんと、もう一人、いましたが、 それは、『立場が弱いから、グループの力を利用いたします』という向きがありました。だが、男性は、自分に誇りがあるので、ボス的な立場をとることは、忌わしいと思っていたでしょう。そこが、また、国画会がアーチストの集団としては一流であるゆえんです。

ここですが、電車の中で、美しい顔をした紳士に知り合ったことがあります。猫を救う運動をしているそうです。で、一人で、やるよりも、仲間が居た方が効率が上がるということで、猫好きの人が、集まり始めたのですが、そんな美しい目的を持っている団体でも「すぐ、党派性が始まるのですよ」と、おっしゃっていました。数人または、数十人が集まると、その中で、「上に立ちたい。上に立つことで、利益を得たい」と思う人が出てくるのです。上に立つことで得られる利益とは、まず、自己承認の欲求が満足されることです。人間とは、一人で生きていてもなかなか、精神が安定しません。だけど、あるグループに所属していると、それだけで安定するし、その仲間から、『あなたは、こう言う人ですね」と承認をされると、さらに安定します。その上、『あなたの方が、私より上の人間ですね』と言う立場で、周囲から承認されると、さらに、うれしさを味わえます。その心理的機序を利用するのが、PTAや町内会の役員任命などです。

だから、そう言う組織では、その人が優れた能力を持っているかどうかは問題ではなくて、その人が、自己承認の欲求を強く持っているかどうかで、決まります。で、そう言う人はボス的気質を持っているケースが多くて、そう言う人をいったん上の位置においてしまうと、そのグループ全体の内部が、精神的におかしくなるのですが、なかなか、改良はできません。

でも、その電車の中で出会った紳士は、外柔内剛の典型で、「だから、分派して、私たちが独立しました」とおっしゃいました。

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副題2、『今関一馬先生は、ボス的に振舞われたが、本当は繊細だったのではないかな?』

ただ、今関一馬先生は、山寺重子さんの性格をひどく嫌っていらして、彼女をやっつけるための運動を起こし、そのボスを気取っていらっしゃいました。で、強がるために、無頼派をも気取っていらして、しかも、親が春陽会の創設者のひとりであり、日動画廊が、作品を売っている画家ですから、自他ともに認められていたボスです。だが、内面は繊細で、他人の世話など、本当はしたくないという人です。安藤れい子さんが、山寺さんにいじめられて、それがあまりにも目に余るので、動き始めただけというのが、本当のところでしょう。安藤れい子さんと、山寺さんは、美大受験塾が同じ所だったそうです。その後、安藤さんは芸大に入学し、山寺さんはだめで、女子美に入学したので、それを恨んで、しつこく復讐をしたのだそうです。つまり、会員になるのを阻止したと聞いています。

今関先生についても、私は、いろいろな、エピソードを書く事のできる立場ですが、ボス風に装っていらしても、そういう立場には、たえきれなかった人でしょう。それが分かったのは、初入選後数か月の時期でした。

横浜で、国画会神奈川支部展を開こうとなさったのですが、本部から、国という字を使わせないというお達しが来て、その当時から、みなさん、重要メンバー は、島田先生の陰湿なる横暴を嫌っておられました。島田章三先生というのは、従来語っている様に、真綿で、首を絞める様に、周到に、周りを固め、それに よって、自分の立場を強化する人ですから、自分からは、表に立たない人なのです。一見するとボスとも見えません。

国という字を使わせないのですから、代わりに、鵠沼の鵠を使いました。これは、『燕雀、いずくんぞ、こう鵠の志を知らずんや』ということわざもある様に、大型の鳥です。

 しかしですね。今関先生の面目は丸つぶれです。他の団体、特に新制作は、神奈川支部展というのをずっと、連続して開いています。上野では、国画会は、新制作に匹敵する団体なのですから、国展、神奈川支部展を、1991年から開催するのは、会そのものの、目的や趣旨にかなうことでした。それに国と言う事を使わせないと言うのは、本部が本当に横暴なのですが、それもこれも、山寺重子VS安藤れい子の19歳の頃からの対立から、始まっていて、この頃は、山寺さんが、島田鮎子さんに取り入って、篭絡しているから、こうなっていると思います。

 だから、つまらない、つまらない、小さな事が原因なのです。内部事情を、外へ向けた礼儀より優先するのは、前報で、書いた廣田成生にも見事に現れている国画会の問題点なのでした。会社などだったら、すぐ外部からたたかれると思いますが、美術の世界、特に団体展は、きれいに言って、一種の家元制度、汚く言えばやくざ組織ですから、改善することが容易でないのです。

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副題3、『島田鮎子さんが、事実上、果たしている、困った役割』

ところで、島田鮎子さんですが、彼女はボスになりたがっている人ではありません。子供時代も、恵まれていただろうし、結婚後は、下にも置かぬ待遇で、ご主人にかわいがられていると思います。欠乏感がなくて、飢餓感もないひとでしょう。

   島田鮎子の実物を知らない人に、芸能人でたとえて言えば、・・・・・若き日の八千草薫を80%とり、そこに、残間理恵子を20%分ほど足せば、似ている像ができるかな?・・・・・・と成ります。ともかく、そんじょそこらには見当たらないタイプの美女です。だけど、彼女が、本当の意味で、幸せであろうかというと、私の様な他人から見ては、『どうだか、わからないなあ』となります。

 そして何よりも、考えることを放擲してしまっているとは、見えます。そういう人っているのです。なにか要請されていることは考える。だけど、深く、かつ、自発的に、人生の諸所、諸事を考えることはしない。 もしかすると鮎子さんは、自分を取り巻く暗雲に、潜在意識の中では気が付いています。だけど、考えると頭がいたくなると思って、考えない様にしているのではないかな? ただ、問題は、彼女が、周りから、利用をされていることです。もっと、はっきり言えば、悪用をされています。

 よく、ミステリードラマで、無作為の殺意とか、未必の故意という言葉が出てきます。あれと似ています。彼女自身に悪意はないし、たくらみもしません。だけど、悪意あるたくらみをする人々の言うままに、彼ら、彼女らと付き合い、そういう人々の、表面だけの浄化に、役立っています。しかし、だれも、それを注意してあげないのです。

 さて、1991年ごろの私に戻ります。その頃は下っ端のぺいぺいですから、何も発言はしませんでした。が、横須賀で、PTAの広報委員として、島田章三さんの実妹と長時間接触していて、その結果、島田章三さんが、とても、汚い性格の人だということがわかっていた(後注1)ので、困った現象だなあと、内心で思っていました。それが、今回、長瀬いずみから、廣田成生までの、種々さまざまな悪辣さを、パーっと書いた行動の主たるダイナモです。35年以上にわたって、『これは、まずいでしょう』と、思っていた事ですから、さらさらさらっと、書けました。今日から先は、長瀬いずみからは、離れます。彼女に、「日本では、三すくみの論理というのがあって、必ず誰もが、平等に立たないと、いけないのですよ」と、教える事を目的とした文章ではなくなります。一種の慨嘆風エッセイになります。ただ、国画会が、通低の、題材であることには変わりありません。

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副題3、『10人程度のパーティなら、笑いで牛耳ってしまう私だった』

で、 その1991年の神奈川支部展の打ち上げが、横浜市民ギャラリーのすぐ裏にある中華料理店で行われました。ここは、画家たちに多数回使われているレストランです。二つの円卓が用意され、一つには、今関先生などの、御大たち。そして、一つ には、私を含む若手が座りました。畳に正座する形です。

その時、自分が何を話したか、具体的なエピソードは一切覚えていません。無論、最近書いている様なことではありません。こう言う事は文章にして初めて表現できる事で、パーティで話す話ではありません。

で、この横浜での体験以外でも、1時間半ぐらい、パーティの参加者を笑わせ続けた思い出は数々あります。私が相手を信頼して、しゃべる事は、すべて、まじめな事なのですよ。だけど、それを、二人だけの会話ではなくて、10人ぐらいの集まりで、10人全員が私に集中していて聞くと、すこぶる面白い話となる模様でした。

私としては、心外な風景でもありました。自分では、別に、芸人風なジョークをしゃべって居るつもりはないのですから。ただ、ただ美術界における不思議だと、感じていることを、次から次へと、まじめに語っただけなのです。が、みんなが抱腹絶倒という形で、笑うのです。で、後から思えば、美術界って、信じられないレベルで、古かったのですね。私は元アメリカ大使館勤務の先輩から、「あなたは、大陸的ですね。やはり、お父様が満鉄勤務だったのは大きいわね」と、いわれているほど、日本人離れしていた上に、大学も国際キりスト教大学であり、そのあとの東大でも、実質的には、国際会議の補助事務をしていたわけで、常に海外に接しているから、とことんのレベルで、民主主義の人なのです。それは歴史的にみれば後から出てきた概念だから、進みすぎているのかな?

公募団体展の世界では、知的にモダンであろう、国画会だって、私に言わせれば『なんて古臭い世界なんだ』となってしまうのでした。で、若手のテーブルを笑わせきっているのですが、お隣の御大たちのテーブルに居た、逗子在住の大画家が、このとき、私の純真さを認めてくださったみたいなのです。それが後日、大きな恵みをもたらします。

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副題4、『どこにでも、救ってくださる人は居るのだった』

で、私が山寺重子さんに、いじめられきっていて、本当に悩んでいた時に、この方に、電話で相談したら、山寺さんがなぜ、威張っているかについて、手持ち票の受け渡しの話しやら、いろいろを教えてくださったのでした。さすがでした。会の中では目立たない方で、ボス的にも振舞われない方でした。しかし、すべては、わかっていらっしゃるのでした。それほど、山寺重子さんのあくどさって、すさまじいのです。

だが、このときに教えてくださったことを踏まえていたからこそ、ギャラリーオカベで、指原いく子さんが、山寺さんそっくりな連作を展示していて、しかも、私を後ろで、手を振って、犬みたいに、追い出した時にも、平静で居られたのです。(後注2)

穏やかにユーモアを持って、山寺さんの悪どさの裏側にあるものを教えてくださるその御大に(すでに逝去されている)感謝したので、二度と、その先生に相談することはありませんでした。だけど、本当に困った時に、救ってもらえたのは、感謝しています。ただ、山寺重子さんは、二重人格の極地の人だから、島田鮎子さんには、そう言う側面は絶対に見せないでしょう。だから、鮎子さんは、気が付きません。

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副題5、『あれ、若手が全員、居なく成っちゃったぞ』

中華レストランの二階の畳の部屋で、大円卓を二つ囲んだわけです。その時、私が笑わせまくった、若手の、新人たちは、どうしてか、さっさと、国展に、出品するのをやめてしまいました。国展神奈川支部と銘打って、募集をされたのに、実際には、鵠展となったわけで、その10日間か、2週間の会期中、どことなく、今関先生たちが苦渋に満ちていらっしゃるのを感じて、『駄目だ。ここ』と思った可能性は、大きいのです。

が、さらに、丁寧に言えば、二つ別の理由が推察できます。私が語った現在の美術界が抱えている矛盾を、他の人が全員そうだと、肯定したと言うことがあり、

もうひとつは、この中華レストランの打ち上げ会の直後に開かれた、今関夫妻主催のパーティがすこぶるつまらなかったので、さらに、現在の美術界が、抱えている古さが、みんなに、わかってしまったということがあるでしょう。

何が、ここから先は、今関夫妻主催のパーティがいかにつまらなかったかを語りたいと思います。先生がフレンチのランチコースをご馳走してくださったのですが、会話もつまらないし、議事進行もつまらなかったのです。

物事が、想定したとおりの効果を挙げないというときに、その原因を追究しておくことは大切です。それが、人間の学びにつながるから。

今関一馬さんは、画家としては、非常に立派な方です。だが、国画会を、改良しようと言う試みは、挫折を、なさったと、思います。その原因を追究しないといけません。そこが解ると、島田章三さんがなぜ、隠然たる勢力を誇り続けられるのかもわかってきます。これからは、組織論です。組織が生き生きとするためには、何が必要かを語って行きたいと思います。

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副題6、『都美館では、精養軒経営で、横浜市民ギャラリーでは、末広が、パーティ会場となる』

国立西洋美術館内にある、レストラン『すいれん』は、デザートがおいしいです。ただ、狭い。それは、この館内では、公募団体展が開かれず、大人数のパーティが必要ないからです。

都立美術館内部には、大きなレストランがあって、昼間は来館者にランチや、お茶を提供し、夕方からは、オープニングと言う立食パーティを開いていました。国画会などの様に、組織が大きいと、5分ぐらい歩いて、精養軒ビル内、三階の大ホールへ移動したものです。(これは、2004年までの話)

同じ形式で、横浜市民ギャラリーでは、二階にあるレストラン、『すえひろ』が使われていました。インテリアは、重厚です。ここも昼間は、ランチコースからデザートを提供するシステムです。

電話連絡で、招待があったのですが、今関先生夫妻が、ランチをご馳走してくださるので集まる様にと。行ってみると、過日、私側のテーブルにいた若い連中すべてと、御大側のテーブルに居た数人、および、今関夫妻が着席方で、長いテーブルを囲む形式で、セッティングをされていました。いわゆる最後の晩餐風設定です。隣の人との間は、過日は、10センチもない形で、今度は、30cm、そして、長いテーブルの端までは、はるかに遠いかなと言う設定。

事前に司会者が決められており、彼の音頭とりで、会が進行しました。その人は大柄で、私より年上で、入選回数も多く、勤務先も大・大企業であって、安定した国画会生活を続けるはずで、この日の今関夫妻との関係を思えば、国画会内で、今関グループの実質的な、番頭役を務めるぐらいの大物になるはずでした。しかし、数年のうちに去ってしまいました。どうしてかと、その原因を推理すると、今関先生に、私がその後、何度も感じるようになる隔靴掻痒の思いを、彼も感じたのだと思われます。

で、それが、本当は、どういう事かを、これから、語りたいと思います。

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副題7、『今関先生の、奥様は、嫉妬深い人だった。これは、足かせになるぞ』

 で、司会者の提言の下で、今関先生が、どういう経歴の方かを、みんなに知らせるために、一問、一答形式で、活躍の詳細が、示されました。だが、それを拝聴するのは、たとえ、フレンチのランチコースを、ただで、ご馳走になっていても、別に楽しい事ではないのです。だって、画風も違い画題も違う若手が、日動画廊扱いの作家になれるかなれないかは、皆目わからないことだから、今関先生と日動画廊の関係を聞かされても、何の役にも立ちません。今関先生の威令を、部下(または、私兵)となるかもしれない若手に広めるためには、こう言う形式は、何にも役に立たないのです。

そこに今関先生の親子二代、画家であったことの、社会経験の少なさを感じてしまうのです。つまり、戦国時代の大名の興亡を考える時、信長、秀吉、家康、そのほか、光秀、光成、利家と、いろいろ、性格の違いがあるわけですが、結局のところ、勝っていったのは、人心掌握術に優れている人間ですね。その人心掌握術ですが、たくさんの人に触れていないと、身につかないものであって、今関先生は親子二代で、画家だそうですから、付き合う人が限られていたのです。だから、解っていらっしゃらない。その上、このパーティがどうも奥様のアイデアで行われた模様も感じられ、それゆえに、そう言う会でも、生き生きとさせ得るのが、私なのですが、私が金縛りにあってしまっていたからです。

今関夫人が、鋭い目つきで、会の間中、ずっと、私を見つめているからそのことが解りました。そして、すぐに、奥様が非常に嫉妬深い人であることがわかりました。この会は、今関先生の活躍ぶりと、大物振りを知らない人に知らせると言う役目があるのですが、そのターゲットが私がメインではないだろうかと言うほどに、奥様は、私を一点、見つめ続けていました。どうしてそうなるかの、大体の理由は想像できました。今関先生は、中華レストランの私の大活躍を聞いて、面白い話として、ご自宅で語られたのでしょう。

すると、奥様がすぐ、私について知りたがったのです。なぜ、そうなのかというと奥様は魅力的な女性(私は性格美人であって、顔は駄目なのですよ。だから、今関先生と、不倫関係に陥るはずもないのです)が周辺に居たら、すぐチェックして、防衛に走らないと、たまらないほど、心配なのでしょう。

見かけは大人です。それから、家事運営は上手でしょう。だけど、性格の一部に、深いレベルで、子供っぽいところがあるのです。未成熟なところがあるのです。で、ほんのちょっとでも、ご主人が他の女性をほめたら、その女性を確認せずには居られないタイプなのでした。

参ったなあと言う感じでした。15人ぐらいの人を動員して、私を見るための会を、奥様は設定なさったのでした。駄目です。こう言うタイプの奥様がそばに居ては、だんなは活躍できません。特に戦いに出ることはできません。私は、『女房の、妬くほど、亭主、もてもせず』と言う川柳を思い出して居ました。

もう一人国画会の会員の奥様に異常に嫉妬深い人が居ました。本など郵送しても、奥様が、郵便受けから玄関に入るまでに握りつぶしてしまいそうで、訪問して献呈しようと考えました。普通画家は昼間も家に居るものだからです。しかし、玄関に出てきた奥様を見たとたんに、彼女が嫉妬深くなった理由がわかりました。

ある遺伝的な欠陥のある人だったのです。それでも、立派なご主人と結婚をすることができて、ご主人には、深く、感謝しているひとでしょう。ご主人は不倫などする可能性がない立派な方なのですが、奥様の方に、深居劣等感があるために、過剰に警戒してしまうのでした。この切なさを癒すことなど、私には到底できないと、悟って、それ以降、一切の連絡をしていません。

ところが、その後も、不思議な縁で、そちら様の情報は手に入り、ご立派な夫婦であることは、引き続きわかりました。奥様も80歳を過ぎたら、何も心配しないでもよくなると思います。

比較すると今関先生の奥様は、外見的には何も問題がない方でした。美人ではないです。だけど、欠点もない人です。どうしてあれほど、他の女性を気にするのかがわかりません。もっと、修行をなさらないといけませんね。だんなに自由な活躍を保障するためには。

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副題8、『サプリメント会社の見事な支店長の話』

で、今関さんの主催するパーティが、いかにつまらなかったと言う事を説明するために、比較例を語りたいと思います。それは、『すえひろ』より、ずっと、後にビルが建設された上大岡の京急デパート内のビュッフェ形式のレストラン内で、私が本の編集の仕事をしていた時に見た光景です。

費用対効果を、考えた設計で、インテリアは、ちまちまとしていて、同じ長いテーブルに同じぐらいの人数が、着席する形式でも、全体で、4m以内に収まり、かつ、後ろが壁、前に手すりがあるので、落ち着いた閉鎖空間が演出できる場所でした。反対に、『すえひろ』では、ほぼ、真ん中にそのテーブルが設定されており落ち着かない事おびただしかったのです。

ところで、最初はブラック企業の宴会かと誤解しました。それほど、トップの気風がよすぎて、やくざっぽかったのです。だが、一流の会社の筈です。営業成績が、一人、毎月、数千万円に上る商品を扱っているのでした。サプリメントです。だから、ヤクルト、サントリー、その他の一部上場企業だと思われます。大企業の社員の筈です。

ただ、サプリメントを毎月、100万円以上買う家庭の話が、個人名で、次から次へと登場するので、はじめは『この会社は、お客をだましているのではないか?』と、私の方が誤解をしたのでした。だけど、「フェリスの教授が、資産家で、給料以上の出費を、平気でできるのだ」とか、聞いていると、ばかげたタイプの商品ではなくて、相当に、信用のある商品だろうとわかって来ました。

この間、日経新聞の広告頁で、30億円以上の資産を持っている人が、日本全体で、4000人弱居るとしりました。神奈川県には、そのうち、1000人が住んでいると私は、思います。で、横浜市店内には、500人ぐらいの、30億円以上の資産を持っている人が居るのです。まあ、資産が、10億円だとしても、月収が、二千万円ぐらいあれば、月に、100万円のサプリメントを買うのを懸念なしにできる階層となるのでしょう。ともかく、その宴会は、一種の情報交換と、教育の場なのですが、しかし、堅苦しくはなくて、みんなが、十分に、自分を解放していて、活発でした。

最初は、庶民をだますブラック企業だと思っておりました。あまりに話しがけたたましくて、また、支店長の声もで大きくて、張りがあるので、芸能人が、職種がえをしたのかと思いました。だが、若い社員が、次から次へと、ビュッフェ形式のお料理をとりに行く姿を見ていると、イケメンばかりなのです。女性も居るのですが美形ばかり。リクルートスーツがよく似合う清潔さがある子、ばっかりです。で、非常に難しい入社試験を受けて入ってきた子達だろうと思い直しました。大金持ちを、たらしこんで(?)営業をするのです。一応の礼儀や教養がないと、説得力がないでしょう。

私はサプリメントなど、買う余裕もないし、買うつもりもないのです。だけど、その集団の生き生きしていることは疑いもないほど確かでした。そして、トップは人心掌握術もあるし、かつ、民主主義と言うものもはっきり理解している人材でした。会社としても、コーチングの技術や、カウンセリングの技術を店長や社員に、与えていると推察されました。

今、最も高度で新しいものは、企業に存在するのです。それに、比べれば「公募団体展の中では、最も、品がよくて知的な方です」と言いたい、国画会も、古いこと、古いこと、信じられないくらいに、古いシステムなのでした。『そんなところで、我慢ができるなんて、あなた、現代アートの作家としてはおかしいでしょう』と、内心で思うのですが、それを、音声で、語ったことはいまだありません。

この項は、無論続きます。が、字数制限が、起き始めているので、ここで、次へと渡します。なお、このブログの、2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2052653です。2014年2月19日 雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

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国画会・会員廣田成生が示した卑怯さから、演繹される、島田章三氏の、狭量さ△

2014-02-17 22:46:46 | Weblog

これは、2014-02-15 12:47:38にアップし、途中で何度も総タイトルを変更した前報

 

島田章三氏の、処世術については、脱帽だけど、それが、偉いと言う事と同義語ではない△

 

の続きです。そちらが、ブラウザから字数制限をオーヴァーしていると言われましたので、半分にわけました。そして、いま18日の1時ですが、推敲をおわりました。で、恒例の△印を総タイトルの横につけておきます。

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副題5、『廣田成生という人物が、ずっと、事務局担当なのは、島田章三さんが、実質トップであると言う事と、同義語だろう』

 ところで、国画会の事務局の担当者が、長期にわたって広田成生という画家だという事も問題にします。ただ、誤解のない様に、さらに丁寧に言え ば、ちゃんとした定款の元に、役員は、代わって行っているのですよ。会社で言えば、社長とか、重役に当たる人は、きちんと交代していっています。

 ただし、審査申込書などを郵送したり、金銭を管理したりする部門、(会社で言えば、総務課とか、経理課などに当たる部門)を、任じているのが、ずっと、同じ人物なのです。私は1991年に、国展に初入選をして、自分の作品が印刷されているカタログを買いました。その時から、いままでほぼ、25年間も同じ人 なのです。

 私が言いたいことは、彼がお金を、横領して居る可能性があるとか、そう言うことではありません。そう言うことではなくて、彼には、事務局を預かる人間としての適性が、別の意味で、ないのです。それが大問題だし、

 また、彼がずっと、同じ役目を引き受けていると言うことが、島田章三さんの推薦、および、任命で成り立っていると推察されるので、そこが、また、大問題なのです。

 島田章三が実質的なトップですよと、常に繰り返していることの証明が、この廣田成生という人物に象徴をされているのです。

  そして、この男性の、心模様が大問題なのです。とても卑怯なところがある人間です。だけど、上の人間には、へいこらして、絶対に逆らわないでしょう。そう言う人間を重用する、島田さんの心の中にあるものも、廣田氏を見ていると推察されるのです。幼稚園や、小学校時代の子供について、よく語られる言葉に、「その 子を見れば、その親がわかる」という言葉があります。それと同じ伝で語って行きたいと思います。

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副題7、『なぜ、廣田成正が、卑怯かと言うと、まず、私が実質的に、学問の世界の人間でもあると言うことを言わないと成らない』

  この間、2月10日に後注ににあげた、文章を書いています。その中で、小保方晴子さんの実験の内容が、どういう風に行われたかと言う推理を述べています。 そこで、使う細胞の、取得部位を変え、浸潤温度や、浸潤時間を変えて、何千回も実験を繰り返すのだろうと、述べています。これは、ほとんど、図星と言って よいほど、正しいでしょう。私は実は、国際キリスト教大学で、助手として残る予定でした。それが、違って東大に勤務することになったのは、突沸と言う厄介な現象が、原因だったのですが、それは、また、延々長くなるので、省略するとしても、大体が、学問の世界の人間なのです。

 このブログでも、まったく、自信を持って、断言をしていますが、字数にして、何万字、何十万字の準備段階を経て、ある現象に断言を用いるわけで、科学的に、論理を進めているつもりです。

 つまり、学者の本質とは、しつこいぐらいに、繰り返すと言うところにあるのです。それがひとつの、本分なのです。そして、東大に居た頃、上司の教授に「もし、(結婚や、出産によって、やめることが無ければ、将来、必ず、東大の教授になれる」とも言われました。私は、東大を卒業していないわけですから、怪訝な思いをして、それが顔に出たのだと思います。すると先生が「あんたには、統合する力があるからね。それが、現代の東大生には、失われている。分析するのは得意なのだけれどね。受験勉強が難しすぎるんだ。内容が多すぎるのも問題だ。・・・・・それに、あんたには、いささかの政治力もあるからね」と言ってくださったのです。この最後の言葉ですが、東大って、その分野の学問の中心なので、学会を運営する立場にあり、小さい山のトップではあるのです。

 その上、卒業生、五年から10年間分から次の教授、もしくは、次の次の教授を決めておかないといけません。大学教授になりたくて、博士号をとる人は、予定される席以上の人数が居るから、東大に残さない人を、全国の大学へ送り込むと言う仕事も有ります。そ憂いう部分の仕事もできるほどの政治力があると言っていただいています。

 しかし、何よりも、そう言う研究したり論文を書いたりする仕事に向いていると言うことがあるでしょう。大パーティでお歌を歌ったりするのは、いろいろ考えてそうしているわけであって、別に自己顕示欲が、特に、強いわけでもないし、ともかく、考えることが大好きなことは確かです。

  で、1999年は、プラットインスティチュートと言う美大の大学院へ入学して、美術の理論講座もとって帰ってきたわけですから、美術に関する論文を書こうと思いました。論文とは、材料がいります。小保方晴子さんの場合は、ねずみの体から採取した細胞でしたね。それが、原始的なレベルのものにいったん変化して、その次に各臓器へと、発達して行く、そう言う細胞を生み出すことが目的でした。

  で、私には、所属する研究所がすでに無いわけなので、理化学系実験は無理です。大型の顕微鏡とか、ベンチレーターとかバキュームボックスとかが無いわけですから。で、人文科学系の論文と、成るわけですが、そのためには、データをたくさん集めないと駄目です。そして、よく知っている課題でないと駄目です。で、私は国画会で、発 表をされている、ある作家の、絵画にテーマを絞って、論文を書きたいと願いました。

  私は、その時点で、9年分のデータは持っています。だが、プログラムは、2014年で、88冊になるほど、国展は続いているのです。他の年度のデータがほ しいと思いました。それを調査できるところ、それは、無論事務所でしょう。で、私は上野の桜木2丁目へ向かいました。なんと、日展の事務所があるところと 同じコーナー4番地にあるマンションの一室に、国画会の事務所もあったのでした。これは、芸大との連携のために、便利だからだと思います。廣田さん自身が、芸大大学院 出身と経歴に書いていますし。もしかすると彼はドクターコースまで出ています。

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副題8、『自分たちが、仕事をやっていないことを隠すために、ひどい冷遇を受けた。なんという卑怯者だ。廣田成生とは!』

 その日が、12月27日だったのは明瞭に覚えております。後で、1999年だったか、2000年だったかは、確かめられます。

  国画会の事務所は、建築設計上は、古いタイプの、1DKでした。入ったところが玄関込みの3畳程度の台所です。立錐の余地も無いほどの、荷物で埋まってい ます。ジュラルミン製の手つきボックスがあって、それが、各年度別の書類を入れるのだと推察されました。入選記録とか、審判結果とか、出品者名簿などの、書類を保持していると見えました。それが、その最初の部屋にも3つぐらいあって、さらに奥の部屋には、数十個のそれが、あったと思われます。そのボックスが売り出され始めてからは、段ボールの箱ではなくて、それ に、保存することが決定をされたのでしょう。そして無論のこと、段ボール箱も数十箱最初の部屋にも積み上げられており、しかも、大型のコピー機ほかがありました。で、台所の施設はまったく隠れていると言うほどです。あと、トイレが必要ですから、ユニットバスが、隠れたドアの向こうに、あるのだと思います。

 その次の部屋が、いわゆる押入れつき6畳だと思いますが、押入れは取っ払ってあり、棚が、壁一面に、天井までの高さでしつらえてあり、その中に、カタログが、数十冊突っ込まれているのも見えました。

  それが、最初の一瞥の時に、すべて見えたのです。それで、『ああ、あれを出してもらえばいいのだわ。それに、真ん中に白木でできた作業台があるので、あそこを借りれば、メモも取れますね』と思い至ったのです。

 この白木でできたテーブル(作業台)ですが、パリで、島田しづ先生のアパルトマンを借りた時にも置いてあったもので、手触りのよい感じのよいものです。カッターなどを、使っても、危なくないですしね。しかも気兼ねなく使えます。

 既成の食卓など置くよりは、ずっと、よいものです。その作業台の大きさですが、部屋が6畳で、押入れを取っ払っても、壁の厚さを、引けば、3.4mかける、3.4mぐらいなので、机は、1.5mかける1.5mぐらいでした。その真ん中に、おみかんが、山盛りになっていました。

 本当の、私は、そのおみかんを気にして、「彼らが給料をもらっているくせに、実は、遊んでいる」後日、と言いふらすほどの、小物ではありません。

 このブログの世界でも、「マルハニチロの農薬混入事件をはっきりと、諜略行為でしょう。これは、プロのブルーカラーとしてのアサッシンが、混入したもので、私がブログで取り上げたからこそ、会社内で、犯人が居たことにしないとならなく なって、阿部俊樹容疑者は、お金をもらう約束で、吊り上げられていますね」と、非常にスケールの大きな文章を書いていますでしょう。そんな私からみたら、 信じられないくらいの卑怯な小物振りを、彼はその後で、見せました。

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 ところで、ここで、挿入ですが、日曜日に外出をしました。すると、鬼の居ぬ間の洗濯で、また、阿部俊樹容疑者が、新たに逮捕をされたそうです。この前自供したのより、さらに7種類の商品に、農薬を入れたそうです。一文すると、いかにも私が間違っているみたいです。だが、土曜日にこの文章を書いて日曜日の午後いっぱい出かけた間に、こう言うニュースが出てくると言うことは、私はダメージを受けるどころか、かえって、自分が正しかったことの傍証としております。で、元へ戻ります。

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副題9、『備品のコピー機は使わせない上に、メモを、ひざの上に置いた紙で、書かざるを得なかった』

  おみかんが山盛りになっていて、他に何も無いのは、仕事が何も無いことを示しています。その日は何もやっていなかったのです。専従の女性は朝から、来ていたでしょう。でも、廣田成生と、もう一人の画家は、朝から来ていたかどうかも疑わしいです。

 どうして、そう言うかというと、応募用紙を、審査を受ける人々へ郵送するのが、この事務所の秋の仕事のメインなのです。前年までに出品した人の名簿に沿って、作り上げられ、加算されていったラベルを、封筒に貼ります。中には、印刷所から届いた応募用紙を入れます。それが、多くても三千通だと思われます。それが終わったら、3月まで、仕事は無いも同然なのです。それが、すでに、数週間前に終わっているのでした。私は自分が受け取ったので、知っているのです。少しずつ分けて発想すると不公平になるので、準備が、できたら、いっせいに郵送すると思われますので、すべて、仕事は終わっているわけです。だから、私は彼らが遊んでいようが居まいが、それを問題にするつもりはありませんでした。

 だから、机の真ん中にみかんを山盛りにしていて、雑談を交わしていても、そう言う世界だから、私は驚きません。そして、親切な扱いを受けたら、そういう裏側を外へは出さないでしょう。それは、自分に誇りを持つものの、自然なマナーです。

 ところが、あほな廣田成生は、自分たちが朝から、遊んでいたことを部屋に居れず、みかんを再び見せなかったら、隠しおおせると思ったらしくて、「いま仕事中だから、奥の部屋には入れられません」と言うのです。私が「カタログをすべて見せてください」と言ったことに対する答えがそれです。

 どうして、「全部見せてください」と言ったかというと、ある作家に注目して研究しているのですが、その作家が、どの辺で、どういう風に作風を変化させたかを知りたいわけです。角ばった形象を、緩やかな線に直したことが大問題なのです。緩やかな線と言うのは、セクシャルな意味を持つからです。ある作家が、セクシャルな形象の作品を国展に出品する勇気を何歳の頃から持ったのかと言うことを知りたいのです。

 作品は立派なものなのですよ。象徴的な意味でのセクシャルと言うことです。で、それを調べるためには、一冊ずつ、その作家の頁を開いて、どの年度で、それが、変化しているのか確かめないといけないので、数十冊は、広げて、次から次への視て確かめる必要があります。

 ところが、図書室になっている奥の部屋に入れないと言われたら、それができないでしょう。びっくりしました。

 それで、仕方がなくて、まず、10年ごとのカタログを出して来てもらうことにしました。そして、カラーコピー機で、コピーをとろうとすると、使わせないと言うのです。あっけにとられました。50円かける三枚分、150円をケチるのです。信じがたいです。後ほど、廣田成生が、もらった給料を推察しますが、9000万円ですよ。そう言う給料をもらっていて、12月27日だから、遊んでいたと言うほとんど、不可抗力の休息だから、私は問題にしません。

 何度も繰り返して言いますが、そんな幼稚園児みたいな発想は持っていません。

 この事務所は、週に、月、水、金の三日だけ開いています。廣田成生のお給料が、現在の貨幣価値に直して、25万円ぐらいであろうし、女性スタッフは、15万円ぐらいでしょう。もう一人居る画家は、月給が、15万円ぐらいな筈です。だって、週に三日勤務だといっても、他の仕事はできないわけですから、一応の生活費の保障程度のお給料はでるでしょう。もしかしたら、30万円を越しているかもも知れません。

 で、総勢3人で、60万円の人件費を、一月に 使っているのです。特に、12月に入ってしまえば、ほとんど仕事が無いのにです。しかも家賃を入れたら、一年で、一千万円をかけている事務所ですよ。どうして、図書室の機能を示してくれないのですか?

 国画会のお金の使い方ですが、しかも、トップクラスの人が会合をする時には、お車代とお食事代は、出すのでしょうね。それは、当たり前の習慣でしょう。で、一回の会合に、50万円ぐらい使うでしょう。そういう会が、三枚のカラーコピーをとるお金、高くて150円を惜しむのです。コピー機は国画会のものだから、コンビニより安くコピーが取れますね。三枚で100円もしないで しょう。

 私、自分が、思春期には裕福に育っていますでしょう。奨学金がもらえるほど、入試の成績はよかったのですが、父が当時、上位6%以内の高額納税者だから、奨学金を、上げられませんと、大学当局から言われている人だし、後日、父から5000万円、母から5000万円の遺産をもらった人です。

 だから、こう言うちまちました発想と、発言が信じられないのです。

 いえ、私は無論自分で払いますと言っています。それなのに、使わせません。狭量の狭量です。

 お金ついでに彼のお給料のことを推察してみましょう。週に三日と言っても、その束縛で、他の仕事はできないのですから、月給は30万円はもらえたと思いま す。桜木のマンションに、事務局があったのが、15年間と仮定をしましょう。すると、その期間だけでも4500万円です。そして、もし、あの美しい女性スタッフが彼のパートナーだったりしたら、二人で、45万円になります。これは、不確かな情報ですが、私自身が弁理士事務所に短期間つとめたことがあるのですが、男女一人ずつで、ひとつの部屋で仕事をするのは、余計な緊張感がかもし出されて、とてもつらいものです。25年間、二人で、仲良く安定して仕事を続けられるのは、奥さんなのかもしれません。

 デモね、さらに正確に言うと、その日、廣田成生以外のスタッフは事実上青ざめていました。自分たちがひどいことをしているのがわかっていたのです。しかし、2泰一でも、廣田成生を、けん制し、反省させられないとすると、国画会内部の上下関係って、ものすごく強いわけですね。

 そんなに古っぽい会だったのだろうか? 戦前に、官展に反旗を翻して設立された在野の団体とも思われません。

 ところで、そのマンションを、返したのは、私が、内々で、この件を、みかんおこた事件として、文章に書いたので、私の文章に表れたことは、一切消滅しておくと言う、私の敵方が、常に示す、例のルールにのっとって、行われた減少なのイかもしれません。鎌倉エージェントの中に、酒井忠康氏が居るわけですから、そこから誰やらを通じて、国画会へ入るのは、容易でしょう。

 ハッキングによって、私が非公開で書いている文章でも、そこに表れた地名、および、建物を、ないものとしてしまおうという乱暴な処置が、ここでもとられたのかもしれません。

 ところで、厳密に言えば、その作業台は、いすを使う形式であって、大量のみかんが乗っていたのは、コタツではありません。だが、12月の27日の午後に、おみかんを中心にくつろぐと言うと、まさに、日本のお正月直前の風景でしょう。お母さんやおばあちゃんが忙しくしていても、子供たちはのんびりと、コタツで過ごしたでしょう。その頃のイメージを思い及ばせる出来事だったので、私はそのエピソードに、みかんおこた事件となづけています。

 または、国展が、新国立へ移動して事をきっかけとして、出品者も、お客も少なくなった可能性もあります。で、すこし、渋ちんになったと言う可能性もあります。

 しかし、上野の桜木に、置いた時期以外は、すべて、彼のもち、マンションに、事務所は置かれています。すると、あれだけの荷物ですから、当然、国画会の方が、家賃も、支払うはずです。両方あわせて、彼には、この25年間、9000万円近いお金が支払われています。もし、あの専従スタッフ(=若い女性)が奥さんだったら、こちらからも、5000万円の収入があるので、二人で、1億4千万円の収入を国画会から得ているわけです。

 それでも、こんなに、公的なお願いに対して、みかんを食べていて遊んでいたことがばれると困るから、事務所を開放せず、私に・・・・・その狭い50cm四方の玄関の土間で・・・・・しゃがんだ、ひざの上でメモをとらせたのです。

 そんな、扱いを、事務所を訪ねたお客にするのです。無論、当時は、私は国展に出品をしていましたから、会員である廣田成生より、会員でない私は、目下でしょう。でも、図書館機能を、果たさないと言うのは廣田成生の義務放擲です。それは、結局のところ、給料のただどりです。特に、私は、今は、国展には、出品していない月日を、11年間の過ごしています。だから対等です。で、結論としていえば、あの日の廣田成生は、いじましく、うそつきで、そして、卑怯な人間でした。

 彼が、大切にする人は目上の人、島田章三さんだけなのでしょう。そちらには、絶対に粗相のない様に振舞う筈。だけど、それって、一般の会社で言ったら、とんでもないマナーです。身内を大切にして、お客の方に、失礼な、目に合わせる。お客にひざまづかせ、ひざの上で、メモを取らせるなんて。

 しかし、こんな男性でも、長瀬いずみにとっては目上の存在でしょう。しかし、長瀬いずみが、私に対して、画廊・るたん・で、その出会いの前には、何の因果関係もないのに、きわめて、攻撃的な軽蔑====名詞を返してください======をぶつけてきたから、

  「そんなことをするべきではないのですよ」と、説明をするために、三すくみの論の例として、このエピソードを書きました。

 私が、どれほど、国画会の実質的なトップである島田章三さんを、嫌がり、軽蔑しているかを、語りました。だって、廣田成生が、もし、高潔な精神を、模範に習う形で身につけていたら、みかんを食べて遊んでいたのが、 ばれちゃうといけないから、事務室を貸さず、データも渡さないと言う行動はとらなかったでしょう。

 もっと、普通の振る舞いをするはずです。大人として、頭でも掻きながら、『いや、ばれちゃったかしら。黙っていてね。その代わり、調査を手伝いますよ』と言って、次から次へとカタログを出してきて、五時過ぎまで、付き合ってくれる野が普通でしょう。そうしたら、絶対に黙ってあげたでしょう。

  しかし、実際に廣田の取った行動は、馬鹿そのものの、それでした。だって、みかんが山盛りで、そのほかのものが何も、乗っていなかったのは、最初に見つけてありますから、頭隠して、尻隠さずって、こう言うことをさすの典型です。本当にわらっちゃうほど、馬鹿みたいです。

 最後に今しみじみと思うのはやはり、神様はいらっしゃったのだと言うことです。画廊るたんのオーナーには、嫌がらせを受け続けていました。だけど、最後にこんなにすばらしい贈り物をくれました。私は流せいずみの失礼に出会ったときに、うわ、チャンスだ。と思いましたよ。30年の長きにわたって、杉本夫人の害悪には苦しめられてきました。それを語るチャンスだし、根岸小学校PTAを舞台に行われた数々の弊害も語りなおせるし、パンドラの箱がこちらでも開いたからです。上野、銀座、鎌倉、横須賀が、見事に結びついた日でした。長瀬いずみの個展の初日、2014年1月13日とは。

なお、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2050572です。

  15日に書き始め、17日に署名を入れる。雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

コメント

島田章三氏の、処世術については、脱帽だけど、それが、偉いと言う事と同義語ではない△

2014-02-17 13:31:09 | Weblog

 これも、国画会問題に関する章です。4報前   島田章三さんは妻鮎子さんのモチーフを応用しているけれど、そこにオリジナリティの問題はないのですか?

に書いたことで、気にかかることが出てきました。ので、補遺として以下を書きます。なお、2014年2月15日中の総タイトルは、『島田章三さんを、再び取り上げる。三すくみ理論を、長瀬いずみに知らせるために』としておきましたが、16日、午前9時から推敲加筆を始めるに当たって、タイトルを変えました。それが、『前篇ー国画会・会員廣田成生が示した卑怯さから、演繹される、島田章三氏の、狭量さ』でしたが、いま、さらに、総タイトルを変えました。そして、途中で、大量に加筆してありますので、お暇があったら、もう一回目を通してくださいませ。

 そして、推敲が終わったしるしとして、総タイトル横に△印を点けておきます。

副題1、『島田章三さんは、お金を集めるのが上手な人だと、愛知芸大内部で認められていたそうだ』
副題2、『『身内をほめるのは、日本人の習慣には、通常のこととしては、ないことだ』
副題3、『上野の都美術館と、六本木の新国立美術館では、どっちで、開催する方が、発展するかな?』

副題4、『日展って、年間5000万円ぐらいの収支で運営されているかな?・・・・・と、最初に思ったが、違うでしょうね。もっと高額のはずです』
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副題1、『島田章三さんは、お金を集めるのが上手な人だと、愛知芸大内部で認められていたそうだ』

 気にかかることと言うのは、国画会の実質的トップである島田章三さんの実妹、KOさんが、頭が悪いみたいと言っているところです。その方を最初は、実名で書きました。それはね。私が嘘を書いていないと、読者の皆様に感じていただきたくて、実名を書いたのです。ただし、人間とは、誰だって、いいところと、悪いところを持っているわけですね。彼女にもいいところがあるし、一応一般人なのです。

 このたび、長瀬いずみという作家(国画会準会員だそうです)から、非人間的な扱いを受けて、私はひどく怒ってしまい、彼女に『三すくみの法則』を教えるために、島田章三さんのなした悪というのを書き続けているわけです。そのために実妹の。KOさんの諸行状を分析する必要が出てきたのですが、しかし、それは、作家であって、自分を強く売り出していかないとならない長瀬いずみが原因ですから、『普通の人であるKOさんのことは、少しは隠してあげましょう』と思い始めています。また、仮名で書いた方が思い切ったことが書けますし、得な場合もあるからです。

 私の想像ですが、大沼映夫さんと、島田章三さんが、固く結びついたのは、この妹さんのところで出来上がった姻戚関係が重要であって、その二人が固く結びついているので、島田章三さんは、国画会の中で、隠然たる勢力を保持していて、・・・・・国展、神奈川支部展に、国と言う字を使うなと言う命令まで、なさるほど、傲慢なのですから、この結婚は、とても重要です。

 で、KOさんは、夫側の親戚として大沼映夫・芸大教授がいて、自分側の親戚として、愛知芸大教授・章三さんが居るわけですから、どうしても、内心で、自分はエリートだと言う意識が強くなってしまいます。

 でね。彼女が広報委員長と言うPTA三役のひとつを引き受けたのは、無論のこと、互選ではなくて、学校側からの依頼でしょう。選挙はありませんでした。

 ただね。本当に大沼映夫さんの名誉とか、お兄様の名誉を守るつもりだったら、目立つ立場には立たない方がよかったです。

 24人ぐらい居る、平役員を、だいぶ、いらいらさせていたと思いますから。そこへ持ってきて、島田章三さんの小サイズのリトグラフを、8000万円で、横須賀市が、買ったという事実が、人々の間に蔓延していて、それに対して、ご近所様ほど、疑問符を持っているわけですね。

 私は歌人だったと聞いているお母様に問題があったと、推察しているのですが、島田家そのものが、ご近所様に、好かれていなかったと思うのです。だって、KOさんが、鎌倉の私学S学園に通学していて「ご近所様と、我が家は、ちょっと、違いますのよ」と威張っていたのに、

 高校から、さして名門でもない県立高校に変わったと言うことは、そのPTAの集会の時より、20年近く前のことなのに、平役員が、転入者として暮らしていて、昔を知らない、私に、教えてくれると言うのは、彼女がどれほど、周囲をいらいらさせていたかが、うかがえますでしょう。

 そのリトグラフが、8000万円といううわさですが、これは、1970年代か、1980年代初めの話ですから、ちょっと法外な値段付けではあるのです。ただし、私は当時から美術好きな人間でしたので、多分一枚ではないだろうと思いました。ひとつの個展で発表した一ロッドの作品、30枚ぐらいを納入して8000万円だと思います。

 だけど、無論のこと、横須賀市は、油絵を相当数買い求めてある筈だし、箱物そのものも、ほぼ、島田章三の個人美術館の趣があるので、この、40年間で、横須賀市の税金の中から、どれほどのお金が、島田章三へ、注ぎ込まれたかは計り知れないほどなのです。

 それは、やはり、心静かにものを考える人にとっては、異常ですねと、感じ取られることであって、猪瀬知事を責めるどころではない、審議が必要だと思わせる支出ですよ。

 そう言う風に集めたお金を、島田さんは、個人的にも使ったのかもしれませんし、また、一部を、ご自分が教授をしている愛知芸大に注ぎ込んだのです。芸術って学習にもお金が要りますから。

 「島田さんは、お金を集めるのが抜群に上手な方だったのです。島田さんが、退官されたら、愛知芸大はお金がなくなっちゃって、閑古鳥が鳴いています」と言う人が居ました。さもありなんと、思います。

 その様に、島田さんは、ほいほいと、お金を集めえる人なのですが、その原因のひとつに、横須賀市には、基地があり、日産自動車があるわけです。ゴーン社長が着任してから、日産自動車は、下降気味です。なのに、一年で、9億という大金を給料として得ているゴーン氏はとんでもない人物ですが、ゴーン社長が送り込まれたちょうどその頃、うちの主人が、社外へ、転任させられたので、こう言う人事の裏に、瀬島隆三たち、日本最上級のエージェントが絡んでいると、推察できます。

 で、その日産から、入り込む大金の信じがたいほどの部分が、島田章三さんに、流れ込んだわけですが、もうひとつの、あぶく銭ラインが横須賀市にはあるわけですね。

 基地に注ぎ込まれる『思いやり予算』と言うものです。私は米軍基地というのは、日本人を監視し、抑圧するために置かれているのだと、みています。そう言うものに、日本人は働いて、働いて、税金として、貢いで、居るのです。悲しい大矛盾です。ものすごく悲しい立場ですが、そう言うあぶく銭があるからこそ、潤沢なお金が、島田さんへ流れ込むことが可能なのです。基地関連のお金は、なんとなく秘密にされ、ベールに包まれています。そう言うお金を右から左へ流しても、監査が聞きにくいのです。

 日本人が汗水たらして働いた悲しいお金を、一人で大量に、がめ続けているのが島田章三さんなのです。無論、島田章三さんに言わせれば、愛知芸大へ注ぎ込んだのだから、文化に寄与して居るのだと言う事になるのでしょう。だが、愛知芸大は、愛知県とか、トヨタのお金で運営されるべきでしょう。横須賀市のお金ではないでしょう。そこは、おかしいです。

 そして、後発のしかも地方大学へ、教授職として、付かなければいけなかったと言うのは、上司の往時の芸大教授に疎まれていたと言うことをも示唆しますので、そういう小さな大学へ送り込まれた自分の核を上げるために、大金を注ぎ込んだともいえるので、そう言う意味では、結局のところ、自分個人を救うお金であったのでした。

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副題2、『『身内をほめるのは、日本人の習慣には、通常のこととしては、ないことだ』

 あのね、その潤沢なお金が流れ込む影に、後に副市長に上り詰める、杉本夫妻ほか、と言う存在があると思いますが、三すくみ理論をあげれば、・・・・・長瀬いずみは、上下関係のあることを信じている人間らしいので、・・・・・ここで、はっきり言えば、「あなたより、島田章三さんは上でしょう。だけど、私は、島田さんを、いろいろな面から、断罪できるのですよ。まず、杉本夫妻の弱点ははっきり知っています。猪瀬知事どころではない、裏があります。どす黒い裏があります。それをここに入れ込んで書けば、島田章三が、懐へ掻き込んだお金が、おや、おや、汚い裏があるのですねと、どなたも納得をなさると思いますよ。それで、いいのですか?」となります。

 KOさんが、杉本正子さん以外の役員からは、『この人、変ですね。トップの、器ではないでしょう』と思われていたのは、まず、お子さんを病気でなくしていることが上げられます。事件ではないです。ご病気です。

 ここですが、もう少し言葉を添えると、シューベルトの歌曲に魔王と言うのがあります。あれこそ、こどもが病気になった時の親の気持を表わす歌です。誰だって、子どもが高熱を出して、うわごとを言う日など『あ、うちの子が死ぬかも知れない』と思う瞬間はあるのです。だけどなんとかして、潜り抜けます。その何とかした努力の部分ですが、どういう努力をその母がしたかが、大切なのです。そして、こう言うことには、別に、試験があるわけでもなくて、母としてのお成績がつくわけでもないが、大きな体験であって、乗り越えれば自信が尽くし、のりこえられなかったひとに、対しては、他の人はある種の判断を下すわけです。

 こどもを病気で亡くす、お母さんって、現代では、信じられない、ミスをしたお母さんと見なされます。みんな表向きは同情しますよ。だけど、内心では、『駄目ですねえ。この人は、不注意なのか、おっちょこちょいなのか、どちらかなのでしょうね』と思っています。

 飢餓に苦しむアフリカではないからです。それから、日本で、一戸建て住宅が建っている様な場所は、フィリピンのスラム街に住む貧しい子供たちが、金目のものを拾うゴミ捨て場ではないからです。細菌があふれかえっている場所ではないからです。あのね、賢さとは目立たないものなのです。きんきんぎらぎらと、誇るものではありません。他人が見ていない場所で発揮をしないといけないものなのです。

 ケーキを焼くのはお上手です。でも、・・・・・・

 さて、最後に、これが、もっとも重要なことなのですが、彼女は身内である兄を誇る話しをするのです。広報委員会って、多量の時間を使いますので、私的な会話を交わすことは多々あるのですが、お兄さんの自慢をするのは、聞きづらいものです。

 一般的な通例として、身内の自慢をしないのが、日本人としては、普通でしょう。だって、二人だけで、お茶のみをしているわけではないです。お母さんたちだけが、参加している場所ですが、それでも、一応の公的な場所です。

 他人がほめてくれても、「あら、そんなことはありませんよ。面白い兄でしてね。こんなエピソードがありますわ」と言う風に、笑い話で、返してくれるのが、一般的な対応でしょう。社会慣習上の、ルールに照らし合わせても、そう言う風に、人のオマージュを交わしておいて、決して威張らない方が、頭がよい人だと思うのですが、それが、わかっていらっしゃらないのです。それが不思議です。やはり、『この人も、また、井の中の蛙であって、東京の中心に居る一流の人ではないな』と思うのです。

 が、話を聞いていると、一流の人となるための工夫が、島田章三さんの方に、いろいろあったみたいです。で、そう言う工夫をする兄が、一流の人であると信じて、妹さんは、兄を、ほめまくるのですよ。聞いていて、片腹痛いです。

 鮎子さんと結婚することを含め、ありとあらゆる工夫があったのです。そうなると、社会通念上、鮎子さんの友人は、島田章三さんの方に遠慮をします。また、ここにあげているKOさんを結びつきのツールとして、堅固な間柄になった大沼映夫さんの知人も、島田章三さんには、遠慮をします。そして、そう言う風にいったん得た特権を、今度は、別の工夫を用いて、他の人には渡さない様にする、そういう工夫もあるのです。私としては、KOさんの自慢を聞いていて、ただ、『うーん、参った。参った』と思うのみです。

 よく男性については、外へ出たら、七人の敵があると思えと、言われています。それは、女性についても同じです。他人は、厳しいものですよ。柔らかな関係を作りたいから、みんな本当のことは言いません。だが、意外と厳しいものなのです。内心で、見事な判断をしているものなのです。

 KOさんもある程度は、その逆風を感じているから、毎週、豪華でおいしいケーキを焼いてくるわけです。だけど、モノやお金では、人の心は買えません。

 彼女が話したことの具体例を書きたいぐらいですが、それは、書く事に対する自主規制を、70%ぐらいの範囲で緩め、拡大する、ことになるので、今は、全体のバランスを考えて、控えておきます。

 ともかく、島田章三さんって、超・防衛的な姿勢であって、美術界において、広く大勢の人を救い、教えると言う姿勢ではありません。ご母堂の頃からの、一流の人になる、上流階級になると言うことは、着々と、達成されているのですが、それが、芸術家として、立派な姿勢かと言うと、ぜんぜんだなあと、私は感じるのです。特に公募団体展のトップとしては、『違うなあ、こういう人がトップを取るべきではないのよ』と思います。

 『一般の世界のビジネスマンとして、勝ち組を目指すとか、成功者を目指すのなら、今までとってこられた手法は、立派な行動でしょうが、芸術家として、立派な人を目指すと言う意味では、まったく尊敬できないものですね』となるのでした。

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副題3、『上野の都美術館と、六本木の新国立美術館では、どっちで、開催する方が、発展するかな?

 私は国画会の事を、公募団体展のトップクラスであると、言っています。それは、新国立(六本木)が設立されていない時期の1950年代から、親に連れて行ってもらって、上野の都立美術館で、各種の団体展を見ていて、さらに、自分が出品をはじめようと思って、どこが、内容的に、いいかなあと全部見回ってみた挙句、判断をしたことです。

 ただ、これは、絵が好きな人間であって、当時一度銀座で個展を果たしているセミプロの段階の人間の判断であって、横尾忠則さんみたいに知名度として、さらに上の人間とか、失礼ながら、知名度や習熟度において、さらに下の人間が見れば、スケールのゼロ地点が移動するので、違った判断になるでしょう。

 そして、自分で絵を描くつもりがない、普通の人にとっては、まだ、違った判断がなされるのも知っています。マスコミの宣伝力や、歴史的背景やら、知人の勧めで絵を見に行くと言うことになると、日展が、有名です。その日展ですが、ポスターなどを貼って、美術の秋と言う言葉を、生んだほどの有名な団体展です。で、基本的なことを申し上げると、これが、官展という戦前だと、文部省が、支援運営していた日本の公募団体展の始祖なのですが、アカデミズムの縛りが大きいので、フランス帰りの作家辺りが、「あれは駄目だよ。息が詰まるよ。僕たちは新しい団体を作ろう」と言うことに成って生成したのが、在野の団体展であって、二科展がとても有名です。

 ところが、団体展って、あまり規模が大きくなると、運営不可能になるらしくて、分裂して行くのです。それに停滞も起こります。岡本太郎が、古い、と言って、二科展を脱出したのは、皆様も周知のことでしょう。

 その規模のことですが、日展だけは、一水会などの、下部組織がある形なので、図体が大きくても運営が可能みたいですが、そう言う仕組みを持たない団体展は、適切な規模があって、そこにはみ出た人は、また、新しい団体を作って行くわけですね。

 昭和の戦争が始まる前に、文化的に自由度が高かった時期があって、その時代にまず、多数の団体が、でき他のです。現在87かいめの国展を数えた、国画会は、そのうちのひとつです。

 さらに、戦後、自由度が増して、団体が新しくできました。中には、新規参入者を紹介のみにとどめ、新しい人に対する審査を、しないで、・・・・・と言うことは、審査料で、儲けると言うことをしないで・・・・・会員組織だけで、運営をされているところもあって、東京展とか、立軌展とかが、あります。

 で、数がどんどん増えたので、上野だけでは展示できないと言うことになって、国立の大規模な貸し画廊ができました。それが、六本木の新国立美術館であって、抽選で、そちらが使える団体と、使えない団体ができると言うことになりました。

 抽選は文化庁か、文部科学省のどちらかで行われたのでしょうが、公開だったのかな? もし、非公開だったら、裏にはいろいろな、暗闇が潜んでいると思います。

 だって、国画会と仲良しな、独立などの、団体展は、みんな新国立へ移動をしています。残された団体展は、比較すると小規模です。その上、都美館は、その移行期を、めがけたのではないかなと言うほどの嫌な時期に、改築に入り、長らく使えませんでした。

 これは、公募団体展に対する、弱肉強食度を強め、新国立美術館に移った方を発展させたいと願う、裏があったと、私は推理しています。

 でも、悪魔さんのアイデアも、だんだん平坦化して、元へ戻る事もあるのです。それは、猫をいじめきる時期があったり、・・・・・(私が猫を好きだし、このブログで、石川和子さんと言う陶芸家と、私の猫をめぐって、大きなトラブルがあったと書いていますのでね。そう言う時期があったのです。まあ、黙って嵐の過ぎ去るのを舞っていたら、今では、猫をいじめるムードがなくなりました)・・・・・他、多数例に、すでに、気が付いています。悪魔のアイデアも元に戻る問題は、終わりとさせていただいて、美術館の問題へ戻ります。

 新国立へ移った方は、「自分たちは一流であって、有象無象の小さい団体展を、抜かして、すっきりとした会場で、開いている」との、誇りを持っているかもしれませんが、意外にも、伸びるのは、上野の都美館に残った方かもしれません。

 ところで、それが、重要なのは、今回、長瀬いずみという国画会準会員に、異常なレベルで、攻撃的な軽蔑を受けたわけですが、そう言う心情を涵養したのが、『私たちは、新しい、輝かしい会場で、展覧会を開いている方の団体なのよ』と言う形からの誇りも寄与していたかもしれないからです。

 地下鉄乃木坂は、新宿や渋谷より、近い様に見えます。だが、公募団体展に、見に行く人は老人が多いのです。だから、新しい地下鉄にはなれていません。老人は、上野に慣れている人が多いのと、芸大美術館、国立博物館・平成館(ほとんど、貸し画廊形式で、運営をされている。人気の展覧会も多い。今展示されているクリーブランド美術館展も、人間国宝展も、1000円ならお勧めと言うほどの、展覧会でした)と、国立西洋美術館、と、上野の森美術館があります。また、都美館の一部で、公募団体展ではない企画展をやっています。

 だから、ご自分が誘われた目当ての公募団体展のほかに、よい企画があったら、5つの美術展のうちのどれかを、一緒にみることができます。お金と体力さえあれば、全部で、6つの展覧会を見ることができるわけです。

 六本木の方も、強いていうなれば、サントリー美術館と、森美術館があります。が、森美術館の方は、老人向きの企画をやっていません。大体が若者向けの展示が多いです。ドラゴンスクエア展等というのは、いま、50歳以下の人が集う展覧会でしょう。

 それに、歩くのも、車が通る道の歩道を使うので、狭くて、人とぶつかって、苦痛です。感覚として、その二つの美術館が、新国立からは、遠いと感じられます。

 そして、私の見るところ、公募団体展、そのものが、衰退に向かっていると、感じます。日展だけは、意外にもお客を集めているので「ほー」っとびっくりしました。

 クレラーミューラー展を見に行った時に、同時開催で、やっていたのですが、お客さんが多いです。どうしてなのかな?

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副題4、『日展って、総額5000万円ぐらいの収支で運営されているかな?・・・・・と、最初に思ったが、違うでしょうね。もっと高額でしょう』

 本日問題にしたいのは、公募団体展の、事務所の話です。公募団体展も、創立時期、とか、いまだ小規模でやっているところは、画家の代表の住居が連絡先になっています。ところが、国画会は、一時期、上野の桜木2丁目に事務所を持っていました。そこが本章では、大問題となるのですが、あるマンション(1DKの広さ)の一室を借りて、使っていたと思います。

 いま、比較のために、日展の事務所を調べて、びっくり仰天です。すぐ、近くに二つはあるのですが、日展の方は、敷地200坪程度の中に、三階建ての、モダンなビル持っています。すごい。中に包括する形で駐車場もあります。きっと、ホールとか、大会議室も内包しているでしょう。現在の貨幣価値に直して、30~40億の物件だと思うけれど、こんなものを作っているなんて、民間団体に変更になったからこその、メリットでしょうね。驚いた。副題に、年間5000万円ぐらいの収支で、決算をし、運営をしているのだろうとおもいましたが、もっと、大きい予算規模なのかもしれません。ただし、戦前の官展の時代から、連絡先がそこに作ってあったとすれば、土地代だけでもただとなるので、さして、高額の資金は要りませんが。

 いま念のために、二科会の事務所を検索してみましたが、便利なところにあるらしいけれど、広さとしては、マンションの一室です。賃貸か自己所有かは知りませんが、一応マンションの一室です。

 広さや、建築資金、または、取得資金がどうあれ、個人宅ではないところに、会の事務所を置いている団体は、大きい方だと言えます。隆盛を誇っている団体だと言えましょう。国画会と、日展の差は、入場券が売れるかどうかにもかかっていると思われます。日展は入場券が売れる団体なのでしょう。二科もそうなのかもしれません。

 それこそ、代作問題と、連動して語ることができるところですが、佐村河内守が展開しようとし大衆向け世界が日展とか、二科展と仮定すると、新垣隆側が、国展とか、モダンアートとか言う団体にあたります。日展や二科会を佐村河内に擬すと、怒られるかもしれないので、言い直しておきましょうね。加山雄三や、さだまさしや、ユーミンが展開する世界が、日展とか、二科展にあたり、武満徹の曲を演奏する会場が国展やら、新制作の世界に当たるといえば、比較が適切だと成るでしょう。

 このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2048542です。

 2014年2月14日から書き始め、17日に完成とする。

 なお、これ以降は、次に来るブログ(以下)へ、移動をさせました。

国画会・会員廣田成生が示した卑怯さから、演繹される、島田章三氏の、狭量さー後篇      2014-02-17 00:09:23 | Weblog

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コメント

NYのホテルで、引きこもっている日本人は、イザヤベンダサンの子どもだと、星野美智子が、ばらして来た△

2014-02-14 22:23:34 | Weblog

 これは、三つ前の文章(後注1)の続きです。いまは、15日(金)の午前4時ですが、加筆が終わりました。で、恒例の△印を総タイトル横につけておきます。

 なお、最初にお断りをさせていただきますが、私は時々、イザヤベンダサンの日本人名について、山本夏彦氏を当ててしまうことがあります。もし、そういうものをご発見なさったら、それは、間違いですので、お詫び申し励ます。イザヤベンダサンが誰であるかについては、山本七平氏が当たる模様です。

副題1、『引きこもりになる子の親について』

副題2、『鎌倉市立、おなり中学での、広報委員長選任の件と、辞任の件』

副題3、『前田夫人は、この件で、自分は、彼女(=私のこと)に、勝ったと思ったらしい・・・・・それがアジサイ畑欺もう事件につながって行く』

副題4、『時が解決する部分もある。』

副題5、『国画会の実質的トップである、島田章三さんって、ひどくずるくて、頭も悪い人だということを、準会員である長瀬いずみさんの言動を見ているうちに、突然に思い出した』

副題6、『猪熊弦一郎の、顔シリーズ』

副題7、『ニューヨークにホテルチェルシーと言う、築115年ぐらいのアールヌーボー様式のホテルがあって、そこに日本人で引きこもりの青年がいる』

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副題1、『引きこもりになる子の親について』

 今日は後ろのほうで、ニューヨークのホテル暮らしで、引きこもっている有名人の息子が出てきます。下の写真は、そのことを記録した私の本です。ただし、この本の中では、その青年の父親の名前は記載をしておりません。 それで、引きこもりが重要になってきます。で、今日は主に男の子の親について述べます。男の子は女の子より、基本的に弱いので、その面で、気をつけないといけないところがあります。

 私は親であることに対して結構厳しいものの言い方をしますが、それは、責任があるのに、その責任をきちんと果たしえていない親が多いから、それが、残念だから、語るのです。

 今、日本に引きこもりが40万人だかいるそうです。会社員になると言うのは一応成長したという証ですが、会社を辞めて、引きこもってしまう男性もいると聞いています。特に男の子が多い。で、そう言う風になる子の親ですが、母親に、高学歴が多いと思います。自分が通ってきた道だから、子供にもできるだろうと思いがちです。

 ところが、今、30歳から、40歳ぐらいの子供を育てている親は、自分たちの時代には大学進学する人が少なかったので、大学入学が容易でしたが、今は、違うので、受験が大変になっています。で、子供が異常なプレッシャーにつぶれかかったりしているのが、親の方に、よくわかっていません。

 でね、受験とはテクニックでも左右されるので、塾に入れたりして、中学から私学へ入れると、大学への入学がスムーズに行きます。

 ところが、大変に厄介なことに、そう言う子供が、会社へ入った後で、退社して引きこもったりするのです。純粋培養で、テストばかりやって、純粋培養で、友達と、遊んでいないからです。で、とても難しいのですが、両てんびんをかけないといけないので、遊ばせる事も非常に大切です。となると、小学校で、エリートコースに入学させるのはもってのほかですね。

 慶応の幼稚舎は、4クラスあって、中でも、二つ特別なエリート階級が通わせるクラスがあるそうですが、一般の人は、小学校は公立へ行かせて、3年生ぐらいまでは、十分に遊ばせた方がいいです。そう言う遊びの種類ですが、ボーイスカウトとか、ガールスカウトは、管理された遊びなので、駄目だと思います。小さなサラリーマンか、小さな軍人みたいな人間はできるが、そこでは、真実の意味で、人間性に対する学びは少ないです。

 さて、テクニック上の問題点が、もうひとつあって、中学時代には、親は目立たない方がいいという事です。大津のいじめによる自殺事件でも加害者側の少年の親は、PTAの会長だったとか? 最初は父親だと思っていましたが、後に母親らしいとも聞いて、さらに、自説が強化されました。

 母親は目立っては駄目なのです。3章前で、語っていた島田章三さんの妹君が、PTAの三役のうちで、最も働かなくてはいけない、広報委員長をやっていたのは、坊ちゃんが、小学校の時でしたが、後で、うわさを聞くと、やっぱり、お子さんが、普通には、育っていないと聞いています。他のケースでも軒並み聞いているのですが、母親が、中学期にPTA三役をやって、地域社会の中で目立ってしまうと、お子さんが、後日、まともでないと言う話をたくさん聞くので、統計的に言っても、相当にマイナスです。私学へ行って、地域社会と関係がない場合でも、母親が目立つのはマイナスです。ありとあらゆる意味でマイナスです。

 これは、中学のPTAで親が活躍すると、学校側は、お礼の意味で、内申書を良くするのですね。そうすると、いい高校に入れるわけですが、そこで、適応できないと言う事が起きて、突然に、引きこもったり、反対に、乱暴になったり、不良になったり、してしまうのです。

 親のせいで、地域社会で目立つ立場の子だった、わけですから、がんばらないといけないと思いながら、実際の生活で、友達より、上の成績では、進み続けられない事も起きるわけで、そういう時に、挫折が、親が目立たなかった子供より、より、大きいのです。

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副題2、『鎌倉市立、おなり中学での、広報委員長選任の件と、辞任の件』

 私は男の子と、女の子と二人育てているので、それが、よくわかるのですが、女の子の方が、早熟でもあり、しっかりしていて、頼もしいと言うか、安心できるところが多いのです。が、男の子は繊細です。

 で、鎌倉へ引っ越してきてから、たった、8ヵ月後に、私は広報委員長に選任されるのですが、女の子の方で、選ばれていたので、『大丈夫かなあ』と、思って、引き受けてしまったのです。

 しかし、第一回目の会合で、駄目だと感じました。一人のお母さん(仮名をCさんとしておきます)が、ことごとく、反対をしてくるのです。で、何も決められません。理由は、2つありました。その理由が改善できないことも、すぐわかったので、内心で、これは、『やめないと駄目だな』と思いました。が、本当にやめようと思ったら、ここで、それを議案として出しても、絶対にやめられないと思ったので、そ知らぬ顔をして、「今日はあまり、進行できないみたいなので、ここで、終わりとしておいて、次の週までに、何か、記事になりそうな話題を見つけておいてくださいませ」と言って、早めに解散をしてしまいました。

 二つの理由とは、まず、私は、選挙で選ばれたわけではなくて、会長の任命だったのですが、その理由が『僕の家内と同じ名前の千恵子さんだから、川崎さん、やってください』と言うふざけたものだったので、C夫人は納得ができなかったわけです。その上、私は引っ越してきたばかりで、鎌倉で、名前を売っていないわけですね。PTA役員としての活動歴がありません。

 これが、前の居住地北久里浜だったら、幼稚園の時に、PTAの会長をすでにやっていて、それに大体懲りてしまって、断って断ってきているのに、平役員は何度か頼まれていましたから、相当に顔を売っていたわけです。美人ではないので、目立たない方なのですが、会議で、質問をしたりすると、たちまちに、実力があることが知れ渡ってしまうのです。

 が、鎌倉では実績がないと、見なされているわけですから、それを覆すためには、自分が公の場で、音声で、自慢をしないと駄目です。たとえば、「私は横浜国大の付属中から、お茶大の付属へ行きまして、国際基督教大学を出た後で、東大の教務職・助手をしていました」とか、なにやらかにやらと言えば、通ったと思いますが、求められてもいないのに、その場で、そう言うことを言うなんて、おしゃれじゃあないです。(笑い)

 PTAの会長は、私のバックグラウンドなどを、多分ですが、事前に知っていらしたのです。どうしてかと言うと、こどもの塾が一緒でした。ものすごく小さな塾で、鎌倉でも、親は、『エリートですねえ』と言う様な人だけが、入っている塾で、うちの、こどもに、魅力があったので、別のママ友から、誘われたのです。

 その塾に父兄会があって、そこで、たちまちに、親の私の方が、頭脳レベルの面で、目立ってしまって、会長さんが、『広報委員長は、あの人にしよう』と事前に心積もりをしてくださったらしいのです。が、それは、24人ぐらいいる、他の広報委員には、わからない事ですから、「あなたなんかを、私の上には、置きたくないわ」という種類の、激しい反発を受けて、私の方が、『駄目だ。こりゃ』と判断をしたわけです。

 その数年前に、女の世界、特に広報委員長がどれほど、大変なのかを、大沼嘉津江さんと言う島田章三さんの妹の例で、見てきていますね。彼女が、自分を尊敬してくれない平役員の懐柔のために、毎週、直径24cmぐらいのおいしいケーキを焼いてきて、ご馳走してくれるのだけど、それを、たべても、他の平役員が、裏で悪口を言うわけでしょう。

 島田章三さんが横須賀市から大金をせしめていると言うことに、章三さんが、子供時代からご近所だった人々は、納得ができないから、そのとばっちりも、大沼嘉津江さんに向かうわけです。ただ一人、島田章三の一族と仲良くなることが、得になると判断をしている、夫が横須賀市の土木課長である杉本正子さん以外は。

 女の世界って、大変なのです。朝ドラ、ご馳走さんでも、とうとう、ご近所主婦の建前と本音が、出てきましたね。専業主婦だったら、女の戦いと言うのは、直面せざるを得ないことなのです。めい子さんは、水をぶっ掛けられた時に、やり返していましたが、私はそう言うタイプではないのです。絶対に喧嘩しない。やり返さないタイプです。

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副題3、『前田夫人は、この件で、自分は、彼女(=私のこと)に、勝ったと思ったらしい・・・・・それがアジサイ畑欺もう事件につながって行く』

 同じ頃に、ご近所住まいの前田清子さんが、何とか、委員長と言う三役の、他の一つを引き受けていたので、私が広報委員長をやめたと聞いて、私のことをよほど、馬鹿だとか、自分より下だと思ったらしいですよ。

 それは、彼女が非常に勝気であって、国際キリスト教大学卒の私をひどく意識していた事も、関係があるでしょう。大学のブランドをかけた優劣を確認したいと言うかの女側の意識があったと思われます。

 国立大学を出た人は、その地方での優等生であって、自信満々です。彼女は静岡大学出身ですが、プライドは非常に高いみたいです。だが、東京の大学へ通っていると、かつ、エリート校通っていると、友達が優秀な人ばかりだから、だれもが、謙虚になるのです。で、剥き出しのエリート意識が見えると、それだけで、その野暮天振りが、嫌いになるし、避け様としますね。

 で、自分が、勝ったことを確認したいからでしょうが、私が絶対に参加をしない・・・・(そして、ご近所迷惑のきわみである)・・・・井戸端会議というのを、ずんずん続けることとなります。前田夫人の声の大きさと言ったらないのですよ。窓を閉めていても、彼女が話していることは内容が通々に聞こえてきます。そして、『主婦なんて、この程度の筈よね』と言う思い上がりがあるので、テーマが極めて低劣なのです。

 それを自分で言ってはおしまいですが、藤本夫人も、横浜国大卒付属卒だし、私も同じだから、結構な、ハイソ人間であって、前田夫人たちの井戸端会議の低劣な、内容が聞こえてしまうと、本当にいらいらします。すでに、何回も書いていますが、初めてここを訪れる方がいるといけないので、ひとつ例を語れば、

 「○○子(娘さんのこと)がさあ、湘南高校の子と付き合っているのよ。結構、イケメンなの。だから、さっさと決めればーって言っているのだけれど、ぐずぐずしてさあー。ちっとも決めないのよー」と言う具合です。話の趣旨が、『娘の恋愛を語るのは、その行方を本当に心配しているから』というよりも、『娘が、湘南高校へ通っているのですよと言うことを自慢したいだけ』だから、ご本人の心情が、単純すぎて、それもまた、すぐわかるから、・・・・・・どういう方向から考えても、・・・・・聞いちゃあいられないほど、恥ずかしい話題です。

 そして、その井戸端会議に最も近い場所に住んでいる藤本統子さんという人が、音を上げて、前田夫人をやっつけるために、彼女の家が格段に、不正をし ている私道部分の道路幅を持ち出してきたのです。その問題を解決するためには、まず、井戸端会議をやめること。その次に、藤本夫人に、怒りを生じさせた前 田夫人と安野夫人が謝罪をすること。・・・・それが、必要で、それを、当時の会長中谷家に呼ばれた私が、中谷家の応接まで言うと、中谷夫人は、「あなた、川崎さんのおっしゃるとおりですよ。この工事はやめたほうがいいです」とおっしゃったのに、電話の盗聴を利用して、この小さな谷戸に、争いがあることを知った、瀬島龍三は、私が苦しみ、損をする方向で、事がまとまる様に、中谷氏を追い込んだのだと思います。

 中谷さんは、帰米二世であるし、頭がいいので、戦時中は、一種のインテリジェンスとして行動した可能性がありますね。そうすると、人的コネとして、瀬島隆三の意思をつげに来る種類の友達はいる可能性が強いです。で、アジサイ畑欺もう事件が北久里浜の地籍変更届を利用した大規模な、詐欺事件の真相を知っている私への弾圧的、復讐と言うか、弾圧的いじめとして行われた可能性は強いのです。

 と、その様に、この山でも最も品のよかった、中谷夫人さえ賛成してくれた、案・・・・前田夫人たち、大騒ぎ主婦が、藤本夫人へ謝罪する・・・・・

と言うのが、最大の解決策だったのですが、前田夫人は、絶対に謝罪をしません。そして、とうとう、とんでもないとばっちりで、たまたま、藤本夫人の対面に住んでいた、私が、自分の土地を無許可で、侵害され、コンクリートうちをされると言う羽目に陥ってしまいます。それがアジサイ畑欺もう事件と私が呼ぶものの、概略ですが、そういうとんでもない無理が通ってしまったのは、

 ひとつには、前田夫人の、そのPTA三役を、降りた私に対して、自分は降りないで、続けているわけだから、絶対に自分が上だという判断が加算していたのは、確かでしょう。自分が上田から、違法なことでも何でも通ると思い込んでいるのです。

 おや、まあ、ですが、その25年後に、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒壊すると言う天のみしるしが現れます。彼女が自分が、上だと思い込んだのは、PTAの三役の件もありますが、鶴岡八幡宮様のお世話で、國學院大學の講師になっていた事も大きいからです。

 この太字・アンダーラインの部分だけは、本日初めて語るところです。

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副題4、『時が解決する部分もある。』

 2013年の秋のことです。鎌倉で家族宴会をしていました。で、終わって、別れの挨拶を交わしていたのです。すると、どこからか、飛んでくる視線を感じます。不思議なものです。5mぐらい離れていたが、こっちを見ている人がいる場合、こちらもちゃんと感じ取るのです。で、その方向を見てみると、大変目力の強いご婦人が、こっちを見ていました。で、年齢が自分と、会い等しいと視たので、どこかで、知り合ったのだろうと、思って、にっこり笑ったのです。鎌倉で、私が知り合うとしたら、PTAや、画廊で同席した画家たち、コーラスなどの、サークルでご一緒した人たち、塾のママ友たち、と、あるわけですが、たとえば、覚園寺さんの講演会の、後での打ち上げで、ご一緒にケーキを食べた人かもしれないし、パソコン教室で、同じ時間帯にいた人かもしれませんし・・・・・

 で、もちろん私はにっこり笑いました。すると、相手もにっこりしてくれたのです。それだけのことなんですが、不思議と印象が濃くてね。『いったいあれは、誰なんだろう?』と、不思議に思いました。すっかり忘れている人ですが、思い出した方が、アルツハイマー病に自分がかかっていないと言う証明になるだろうと思って、必死に努力して思い出してみたのです。

 すると、なんと、例の、広報委員会の、C夫人だったのです。戦闘機って、いちいち逆らってきて、「あなたなんか、絶対に認めてやる門ですか」と言う影の意思を示した女性だったのです。私の方はたまたま、一切に気が付かず、ただ、一般的な知り合い同士の礼儀を尽くしただけです。でも、こちらが先に微笑んだことが、彼女の方に悪い連鎖を引き起こさなかったのです。

 こう言う事も天がお見方をしてくださるとよく言う例の一つです。ね、私たちは死んで行くものなのです。だから、死の前に、いろいろなことを整理しておいた方がいいではないですか?

 片付いたと言う、感じですね。片付いた問題は、忘れていく事ができます。問題が片付くと言うことは、どっちにも不利がないという形で、バランスが取れると言うことです。

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副題5、『国画会の実質的トップである、島田章三さんって、ひどくずるくて、頭も悪い人だということを、準会員である長瀬いずみさんの言動を見ているうちに、突然に思い出した』

 しかし、国画会で味わった数々の嫌なことは、時が解決していなかったのです。すでに、やめて、12年も経っていて、私の方では忘れてあげたかったのに、忘れられない問題となったのが、2014年1月13日、画廊・るたん・の芳名帖用デスクの前での、長瀬いずみがとった失礼な態度が原因でした。

 彼女は、私が「国画会を、すでにやめている」と聞いたとたん、『自分がひどく上の人間だ』と考えたらしくて、目の前で、音声を伴って、「さっき、私があげた名詞を返して頂戴」と言ったのです。それって、他人を人間扱いをしないと言う措置です。その時以前に、一回もであったことがなくて、プラスもマイナスも何の因果関係もないので、相手のことを、何も知らないのに、人間扱いしないで、犬以下に扱ったという事です。

 いいんですよ。人間は自由な存在だから、何をやったって。だけど、長瀬いずみに自由が許されているのなら、私にも基本的な人権として、同じ自由が許されているでしょう。だから、私が何を書くのも自由です。

 もう、長瀬いずみの頭の悪さ(何度も言う様に、理不尽な理由で他人をいじめると、吐いたつばは、自分に落ちてくるものなのです。彼女の無礼には、あきれ返って、その場ですぐ、これは、実質的なトップの島田章三さんの威令が効かないから、こうなると考えました。

 ところで、ここで、次に問題となるのが、島田章三さんに、本当の権威があるだろうか?と言うことです。 いまのところ、銀座に出没するみんなが、「島田章三さんには、それがある」と信じています。しかし、私に言わせれば、島田章三さんの権威って、国画会というシステムの中では通じるが、本当の意味では、どこにも通じない種類の権威だとなります。私がここで、問題としたいのは、聖書の中で、キリストが、示したと言う類の権威です。

 まず、画題の面で、誠実ではないです。現代アートって、オリジナリティが大切です。奥様の中に自然に生まれた、モチーフを、章三さんが、使っていると言うのは、ちょっと絵が描ける人ならすぐわかることです。

 その上、島田章三さんって、狭量です。それは、後ほど、鵠展(国画会神奈川支部展のなまえの話)と言う具体的な話に入って、証明されます。今日、特にこの副題4では、そこら辺は、さらっと流して先へ進みます。組織上の大きな論点は後回しにして、先へ進みましょう。威令が聞かないために、不道徳なことが蔓延をしていると言うことを語りたいです。

 トップがそうだから、Wという芸大出身の画家にして、大学教授でもあった、男性が、イタリアの某画家の絵をそっくり真似して、国展に出していたと言うのが、新聞沙汰にまで、なりましたよね。私は、それについて、どこかに、長文を書いていますが、今は探せないので、ほうっておきましょう。

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副題6、『猪熊弦一郎の、顔シリーズ』

 ところで、三報前(後注一)で、私は980年代のランク付けとして、新制作を100点とするならば、国画会は、95点で、日展などは、申し訳ございませんが、玄人筋からは、低く見られているのですよと、書いています。

 で、私が新制作に応募しなかった理由は、『新制作って、白っぽい作品が多くて、それは、なにか、上からの不文律の、抑圧があるせいだろう』と考えたからでした。その点では、国画会主催の国展では、色の統一などないので、制作上の不文律と言うのはありません。独立と言う団体は、これまた、茶色っぽい色の作品が多いところです。それは、私の好みとは、違うので、そこに出品をすることは考えられませんでした。

 もうひとつ、新制作にはタッチしたくない理由がありました。それは、小関利雄と言う芸大出身にして、横浜国大教授でもあり、新制作協会の会員でもある方からの愛顧をめぐって、湘南地方の新制作所属の女流画家と、バッティングをしていたからです。

 私ね、学校時代の友達から、嫉妬されたことはないのです。むしろ、もてない方で、馬鹿にされてきた方です。(笑い) 主人とも、やっと結婚できましたねと言うところでしょう。

 胸は洗濯板だし、お化粧はしないし、目は小さいです。女性としては何のとりえもないです。だから、どうして、美術界で、女性から目の仇にされるかが、わからなかったのですが、日傘雅水さんに、『あなたには、金星帯があるので、芸術家でよかったです。これが、専業主婦だけだったら、事件を起こしています』と言われて、それ以来、女性からの嫉妬に曝されるのも仕方がないかなと思っているのです。

 その女性代表として、山寺重子さんには、いじめられました。だが、不思議なんです。だって、美人度といえば圧倒的に、山寺さんの方が上です。ただ、絵の才能の方では、上回っているかもしれないです。(笑い) 国画会のか委員でもないのに、国画会会員の山寺重子より、自分の方が、才能があるらしいなんていったら、袋叩きに会うでしょう。 でも、もうすぐ死すべき人間としては、そこまで、言っておきます。

 あ、その視すべき人間としてさらに言えば、70をこしたし、公募団体展もやめているので、政治的な弾圧用のいじめ以外は、ほとんど、出会わなくなりました。

 余談が続いてしまいました。元へ戻ります。新制作だって、内部に入れば、公募団体展特有の嫌なことがあるかもしれません。だが、そのトップとして、長らく象徴的に語られてきた稲生熊弦一郎さんって、発する言葉が、素敵ですよね。

 思想や、哲学がある。そして、何よりも発想が横溢する人です。猪熊さんの存在が、内部を浄化し続けたから、1980年代まで、新制作が公募団体展の中で、トップの位置を占めていたと、私は感じています。比較して、あちら様は?と、これから先は、口にチャックとしておきましょう。

 ところで、その新制作が、神奈川支部展をやっているのです。今も続いているはずです。それにならって、国画会、神奈川支部展が、開かれた事があったのです。ところが一回でつぶれた。その影に、山寺さんの動きもあったでしょうし、島田章三先生が、山寺さんにくっついて、国展の国と言う字を使わせなかったことがあるのです。惟は、大きなポイントなので、後日、丁寧に語り直します。実質的なトップが狭量なので、と言うのは、こう言う経験も含めています。国画会は、表層的なトップ役員は、きちんと、移動をしていきますよ。だが、事務局が場所と人として、移動をしない。

 そこにも大きな問題が隠されている。だけど、それも後日に語ります。

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副題7、『ニューヨークにホテルチェルシーと言う、築115年ぐらいのアールヌーボー様式のホテルがあって、そこに日本人で引きこもりの青年がいる』

 私は、1999年の秋、三ヶ月ニューヨークで版画制作三昧の暮らしをしたのです。その次に、2000年にも同じ事をしました。そして、2001年の夏に、11日間滞在をして個展をします。

 その際に、ホテルチェルシーと言う、芸術家専門みたいなホテルに泊まりました。当時のレートで、ほぼ、2万円でしたが、台所が付いているのと、階段ホールが2階から9階まで、ほとんど美術館と化していることと、版画の先生が長らく投宿なさっていて、過去の二回の滞在時に、版画について批評をしてもらっているので、そう言う意味で、部屋の構造とか、ホテル全体の構造がよくわかっているので、ここを使ったのでした。それと、チェルシー地区は、映画祭も行われていますが、それとともに、何よりも美術の一大中心地なのです。15分ほど、西へ向かって歩けば、大画廊街へ到達しますし。ソーホーはすでに観光地化していて、地代も高いので、画廊が移動していて、チェルシーの方が巨大だからです。

 そこで、ニューヨークの知人たちにメルマガで、個展の案内状を送ろうとすると、送れません。今思うと、それがすでに妨害のひとつだったのですが、その時まで、個人的なIT攻撃は鎌倉の自宅では受けていなかったので、これは、ホテル側に問題があると考えました。

 で、ホテルのフロントに電話をかけて、お願いするのですが、ぜんぜん来ないのです。このホテルは、従業員も、夜間は、芸術家がアルバイトに来ているらしくて、50代の大変頭のよさそうな男性です。で、年頃が私と近いでしょう。それで、いわゆるお誘いをしていると誤解をされたらしいのです。

 それが解ったので、わざわざノートパソコンをフロントへ持って行って、実情を説明して、やっとこさっとこ、彼が、部屋へ来てくれました。で、二人で、様子を確かめながら、メルマガの送信をしようとしているのですが、相変わらず、埒が明きません。それで、待っているうちに、四方山話へ入っていったのです。

 で、それは、彼の私への信頼によるリップサービスだったと思うのですが、「お隣に、日本人の男性が引きこもりをしているのを知っているか?」と、彼が聞いてきます。私は無論、驚きましたが、ふっと、お友達の子供ではないかなと、感じてしまいました。私のお友達にも引きこもりの子供がいるのです。そして、私の友達は、みんな英語が自由自在です。かっこ悪い息子が自宅へ一緒にいると困るという判断で、ここに入れてしまう。それは、便利ですね。

 私は、そう言うことを考え始めたので、自分自身の中に入り込んでしまうのです。隣にいるホテルのスタッフさんのことを忘れてしまうのです。すると、その人がアレッという感じを持ったのか、それとも、それが、普通のことなのか?・・・・・いや、後ほど、いろいろな人から同じ情報を聞かされるので、ニューヨークでは知らない人もいないと言うほど、有名な話らしいのですが、・・・・・・

  「その男性の父親って、日本では、超が付くほどの有名人なんですよ」と、言います。私は、自分の手のひらであわててさえぎりました。聞きたくなかったのです。特に友達のお子さんだったら、ショックですから。友達のご主人の方は、会社勤めですが、エリートです。もし、私の想像通りだったら、29歳のはずですが、年も聞きたくなかったです。

 私は興味本位の人ではないのです。非常に好奇心が旺盛ですが、心の中の、大切な部分は、大切にしています。誠実であること。それから、よわいものを、守るのも大切なことです。

 その時の思い出を、本に直していて、それが、上の方で、写真を載せている本です。

 中の本文については、この下にスクロールすると出てくる、

NYの名門ホテルで、引きこもる日本人青年の事を語る、原データ

2014-02-14 21:38:08 | Weblog 

 の中に書いてあります。

 それを、私は、知り合いに献呈をするのですが、星野美智子さんは読んでくださったらしいのです。それはありがたいのですが、その結果、星野美智子さんは、私に嫉妬してくるのですね。そして、とんでもない発言を、大パーティの中で、やってしまうのです。

 星野美智子さんは、わたくしに、その引きこもりの青年の、父親の名前を教えたのでした。

 その有名人とは、イザヤベダサン(=山本夏彦さん)だそうです。あたりはハイボールや、ワインなどの酒盃を手にした人で、立錐の余地もないほどの、混雑振りです。壁に耳あり、障子に目ありと言うことわざを思い出すのなら、まさしく劇場に等しいほどの他人の目と耳のある場所です。そんなところで、弱い人の弱点を曝すとは? 星野美智子さんってお子さんがあるそうですが何故に、そう言う発言をしたのか? そうしたいという本当の、望みがどこにあるのか?

 星野美智子さんは、気が付いてもいない模様ですが、彼女がやりたかったことは、私に勝ちたいと言う、その一点だけでしょう。さらに続けて、かの女は、「小林ひさ子さんの、ご主人だったのよ」ともいいました。私は、さらにあっけにとられました。

 星野美智子さんは、ニューヨークへ行く際に、小林ひさ子さんにお世話になっています。彼女の自宅に泊めてもらってもいます。それから、個展をしたりグループ展をしたりする際にも、あれこれ、たくさんお世話になっているでしょう。

 小林ひさ子さんと言う方は、AFSでアメリカへ渡ったそうです。背が高くて、お顔もモダンな面立ちです。1960年代の高校生としたら、エリート中のエリートと言う感じです。そして、AFSの留学が終わった後に、アメリカの美大、プラットインスティチュートに進学して、卒業をしました。で、そこを卒業後、ニューヨークを中心として、活躍をしている女流画家です。

 彼女は、一度アメリカ人と結婚をしていて、その相手との間に、適切な年齢のお子さんが二人、あります。私はひさ子さんのご自宅にお招きを受けて、二時間ぐらい語り合い、子育てのことなど、いろいろ、共感することも多かったのです。

 ひさ子さんは、ソーホーに居宅を定め、そこは、元倉庫街なので、天井高が、4mあり、アメリカの画廊などで、よく見かける、本棚があり、教養の高さをしのばせる多数の蔵書があります。その自宅もアメリカなので、十分に広いでしょうが、そこに付属して、5かける6mぐらいに見える広さのアトリエがあります。

 アトリエの方には秘書さんが常駐しています。また、歩いて五分以内のところに、彼女は、ご五自分が経営するホテルを持っています。不動産の取得に関しては、ご実家からの援助がったかもしれませんが・・・・・たとえ稼働率が50%と低く設定をして、従業員の給料を多めに設定をしたとしても、毎月、100万円の収入は生み出されるはずで、

 したがって、彼女は鷹揚な、生活態度の人であり、誰かの紹介で、星野美智子さんの世話をしてあげてくださいと頼まれれば、御の字で、引き受けてあげたでしょう。

 だから、星野さんにとっては、ニューヨークで何かをする時に欠かせない恩人です。

 だが、この際、小林ひさ子さんを裏切ることは、何も問題がないらしいです。

 ただ、一点、彼女が望んでいるのは、私に勝つことだけです。

 と言うわけで、確信を持って語るのですが、『ほら、国画会の会員って、こんなに、道徳的な部分で駄目なんですよ』と。長瀬いずみさんが、ひどい人間だったので、似た例として、ここにあげるのですが、星野美智子さんもひどい人間なのです。

 東京女子大を卒業した後で、芸大に入り直し、ボルヘスを題材にしているそうです。嫌だわ。インテリであることを誇示して、鑑賞者を煙に巻いている。・・・・・と、思って。と言うのも、ボルヘスを知らない人は、その版画を見ても正しく判断できない気持ちになるでしょう。何らかの劣等感を抱かさせられて。とん女時代の卒論か何かと関係があるのだと思いますけれど、鑑賞者に、引け目を感じさせたりするのって、アーチストとして、まっとうではないと思います。

 これが、2004年の5月27日の火曜日だったと思いますが、その瞬間に、「国画会を捨てる。今年限りだ」とはっきり決意ができました。驚くべきレベルで、人間が低劣化する場所です。その低劣化は、国画会内部が、厳然たる、階級を作っているので、その階級が上であれば何をしても批判をされないと言うばかげたルールが支配しているからでしょう。星野美智子さんは、トン女の教養課程で、何を学んだのだろう。教養が高いという事は、知識がたくさんあることではないです。

 それほど、勝気なところを見せるなんて、すこぶる原始的(=動物的)です。教養のかけらも感じられない。長瀬いずみとそっくりです。

 ところで、美術界以外の方は、星野美智子さんを、ググってください。有名な版画家なので、たくさん事象が出てくるでしょう。

 と、書いておきましたが、wikipedia が、見当たりませんでした。東京女子大を卒業後、芸大を卒業した人です。リトグラフの専門家で、国画会の会員です。

 (後注1)

  島田章三さんは妻鮎子さんのモチーフを応用しているけれど、そこにオリジナリティの問題はないのですか? 2014-02-11 02:32:40 Weblo

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、2042454です。

     未完成ですが、署名を入れておきます。2月13日に書き始め、15日まで、推敲を続ける。  雨宮舜(本名、川崎 千恵子)

 

コメント

NYの名門ホテルで、引きこもる日本人青年の事を語る、原データ

2014-02-14 21:38:08 | Weblog

 これは、上にある文章、

NYのホテルで、引きこもっている日本人は、イザヤベンダサンの子どもだと、星野美智子が、ばらして来た

2014-02-14 21:07:50 | Weblog

 の、中で、国画会、版画部会員、星野美智子さんと、私の間で、問題になる文章の原文です。私は、この原データの中で、その青年に対して、非常に同情的に語っています。
 それは、私の第一冊目の著書、『主婦が個展をする・・・・しかもニューヨークで』の76~100頁の部分です。この中では、私はその青年の名前を一切知っていません。そして、深く、心をゆすぶられた体験として、そのエピソードを書いています。それは、2001年の夏のことで、私は、1999年と、2000年でのニューヨークでの滞在型研修の結果を個展と言う形で、提示したくて、この時は、短期滞在という形で、ニューヨークに来ていて、ホテルチェルシーと言うところに投宿していたのです。

 だが、そのエピソードを、星野美智子さんは、自分の方がニューヨークには詳しいのだと、言いたくて、まったく違うものに変更してしまったのです。恐ろしい心のあり方です。しかも、その日本人青年の奥さんがだれだれだと、自分がその女性にニューヨークで、大変お世話になっているのに、私に数百人が出席しているお酒の席で明かすのでした。
 星野美智子さんに対しても、私は怒っていますが、その10年後、長瀬いずみというお馬鹿さんの、輪をかけた、失礼と言うか、恐ろしい心模様を知って、こう言う人間ができるのは、国画会全体に、問題があると、いうことを語り始める決意をします。
 
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@17@ AOLに、大反乱されて困惑

昨日、パソコン上で、やっと、個展の情報を流したのです。本当に忙しくて、やっとの思いで、個展そのものの情報を流す所まで、来ました。先ほど申したと同じ、1999年の秋、同じ大学院の版画の女性教授が、「あなたは、これから、サイバー・アーティストとして活躍するのね」と言うはなむけの言葉を送ってくださった時から、自分の個展の宣伝を英語で、パソコン上、<と言う事は、サイバーと言う事でしょうから>、流すのが、夢だったのです。それを実行しました。さて、英語で書いたのですから、相手は、アメリカ人が主ですが、と、同時に英語を使う日本人の友達にも向けて発信をしたのです。それで、大量のお相手に成りました。すると、私が利用している、AOLと言う会社の、安全対策の網が掛かってしまいました。その結果どうなるかと言うと、メールが受信も発信も出来なく成ったのです。日本では、いわゆるお色気メールがかかって来て、迷惑メールと称されているそうです。そのメールの発信元は、アット・ランダムに大量のあて先に送るらしいのですが、私がそう言う人間と間違えられた・・・・・か・・・・・・または、そう言う人間にアドレスを盗まれて、ピンク・メール発信業者が私のお金でそう言う事をしたと思われて、パソコンのメール利用をストップされたようです。

 今回の滞在では最初から、思いがけない、メールのトラブルがたくさん出来て、青息、吐息です。それで、今回のケースは、今、やっと東京のAOLと繋がって、回復をしました。その番号は日本に居る主人に調べてもらったのです。まさか、ニューヨークに居る時に、こう言うトラブルが起こるとは、夢にも思わず、AOLの日本支社の番号など、控えては来ていませんでした。こう言う時に家族が居ると助かります。『立っているものは、親でも使え』と言いますが、こまかくて、しかも時間がかかったりする事を頼むのには、やはり、誰か信頼できる人が必要で、まあ、家族が無かったら、友達と連携して置く必要が有りますね。どちらにしろ、人間は、一人では生きられないのかも知れないです。だけど、アートの仕事には、一人に成る時間が絶対に必要なので、人間の暮らしって、本当に厄介な事に、矛盾だらけですが。

ところで、東京へ、長距離で、長電話をして、直す間、長らく、回線が通じたまま、音楽を聴かされながら、待たされるのは、例のごとくですが、本当にいらいらしました。(ここで、後日の挿入ですが、実は、ホテル代は、電話代の為に、予算のほぼ、二倍払う事に成ったのです)

 実は、大昔も何度もトラぶって、相手が多すぎると、駄目だと言う事がわかっているのですが、だんだん、大胆になって、たくさん一緒に送るようになっていたのです。特に普段は、エッセイメールで、原稿用紙、換算、十枚程度の長いものを送っています。今回は字や、背景を色付けしたりしたので、容量が大きくなってしまったのかも知れません。でも、本文が、別にエッセイではなくて、単なる、ご通知ですから、大丈夫だと考えたのです。だけど、こんなに、火急の時に反乱されるとは、本当に<と、ほ、ほ、>でした。

 しかし、ぐじぐじと悩んではいない私です。この程度の悩みなら、直ぐ方向転換して、災いを転じて福としましょう。今日はメールではなくて、電話で、ニューヨークの友だちにレセプション(日本の画廊とか、個展の場合は、今、よくオープニングと言う言葉を使うようですが)のお誘いをかけたら皆さん、来てくださるそうです。凄く嬉しい。で、私が勉強した、研究所は今、閉鎖されていますので、私のパーティが一種の同窓会に成るでしょう。すぐ傍に美味しくて、安い、アメリカの格付け会社、ZAGAT でも、『最優秀です』と格付けをされているイタリアンレストラン(黄色い唐辛子)を見つけてあるので、画廊の時間が終わったら、皆をそこへご招待するつもりです。

 ただ、一つ、残念なのは、重要な、住所録を二回も無くして、それで、1999年に学んだ大学院の関係者の住所は、まだ、今回は掴み直しては、いないのです。だから、そちらの関係者にお知らせするのは、諦めました。夏休みなので、教室で、教授を捕まえると言うわけにも行かないし、重要な学生の友達は、もうすでに、卒業している年度でしたから、彼らの、うちへ連絡する以外、会えないのです。版画工房の方は、その当時小さな手帖を持ち歩いていて、そこに、みんなの住所や名前を記していたので、助かりました。

 アメリカ人の或る人が私の事を、「覚えているわ。何時も、白衣を着て、凄く繊細で、美しい作品を作っていた人でしょう?」って言ってくださったので、ともかく、誰かは、来てくれるだろうなと思っています。ところで、繊細で、美しいのは、作品の事で、私自身の事では有りません。<ここら辺は、国語の問題で、形容詞がどこへかかるかは、丁寧に書かないと、ふ、ふ、ふ。>

 彼女は作家(アーティスト)ですが、会社へお勤めをしているそうです。お勤めをしている人はどこかしっかりしていて、(こちらだって、アーティストでは、喰えないのは、事情がだいたい同じなので、女性は、事務的な仕事について居る人が多いのです)、「他の人にも連絡をしてあげるわ」等と言ってくれました。

 本当に、いつもの、三倍くらいの事をこなしているので、そりゃあ、くたびれて居ますけれど、最後の、馬鹿力を出して頑張っています。   2003-8-1    ~~~~~~~~  

 @18@ ホテル・チェルシーの若主人

 ホテル・チェルシーの外側については、以前述べましたが、内装もとても、クラシックに作ってありました。大きなベッドは、支柱全てに、丁寧で、多彩な彫刻がして有って、しかも高さが2メートル以上有ります。家具も、本物か、リメイクかわかりませんが、全てアンティーク調です。事務用テーブルと、別に有るライティングの上に、持ってきた自分の版画(予備のもの)小さ目のものを、二、三点、マット(支え紙)で、飾りました。フロア・スタンドと、デスク・スタンドもっても大きくて、柔らかい光をさしかけています。私は、普段、日本でも、インテリアとして、装飾が無い方が好きですが、ものをあまり、持っていけないニューヨークでは、その傾向は更に強まり、2000年など、アーアートの大家夫人が「まるで、オフィスみたいな部屋ね」と言いました。彼女にしてみれば、お花尽くしの彼女のインテリアの方が、素晴らしいと思って、優越感に浸っているのは良く解りました。彼女の部屋のような部屋にするためには、お金はかかりますが、私には、ちっとも、素敵とは思えないのです。私は精神的に過剰だと、良くひと(他人)から、言われるのですが、物質的には、シンプルが好きで、本当に何も無いところ、音も普段は、無いところが、好きなのですね。そこに、その日の主役(花でも良いし、絵でも良いし)だけが、ぽつんと居ると言うような感じが好きなのです。

 ホテル・チェルシーでも、花は買ってきましたが、自分のものは、出来るだけ、引出しとか、クロークに仕舞って、外には、何も出ていないようにしていました。ただ、事務机に使っている方の上には、パソコンが乗っていましたし、日本から持ってきた、小さな長方形の、和菓子の箱に、事務用品一式が入っているものは、置いていました。はさみとか、糊とか、ゼム・クリップとか、『あ、今、欲しいな』と言うようなものが、家なら、直ぐ見つかるのですが、旅先ですと、見つからなくて、往生する事が有るからです。こんなに、少ない物で、生活しているのに、机の上が一杯に成ってしまったので、仕方が無く、電話を床に置きました。それで、外へ行って、あれこれして、帰って来て電話を動かしたのを、すっかり忘れていて、つまづいてしまったのです。この時に、ジャックが抜けたので、自分で、差し込みました。それと、電話線の、何か、接触部分が、痛んだのですね。それで、どうしてか、メールが出来る時と出来無い時が有るように成ってしまったのです。AOLに反逆された時は、パソコン上にメッセージが出ますので、原因がわかりましたけど、パソコン上には、何もメッセージが出ないのに、出来たり、出来なかったりするので、非常に不安で、困りきって、夜に、ホテルのフロントに頼んだのです。

 一回目に来てくれた人は、役に立ちませんでした。直せなかったのです。しかし、二回目に来てくれた人は、見事に原因を掴んで、差込口を変えて、メールがし易いように、直してくれました。その時に、『ずいぶん、品が良い人だな』とは、思ったのです。外人、(白人)と言えども、挙措動作に品が有る人と、品が無い人は、私には、わかります。私自身が、別に品が良いと言うわけではないのですが、でも、女性の部屋に入る事を全く、気にしないのは、嫌な、考えを自らの中に、全く持っていないタイプの人です。

 日本に帰国してから、この人が、実は、このホテルの若主人だったと言うのは、本の中の写真を見て、解ったのですが、相手は別にそう言う事を言わないので、私は単に、夜だけ来るアルバイトかと思っていました。昼間、一度もフロントで、見た事が無いのです。ここのオーナーと、そのお友達の老紳士は、いつも、昼間、フロントに居ます。でも、普通の商売人と言う感じでは無いのは、先ず、その風貌です。まるで、小型のシュヴァイッツァー博士みたいに、品が良いし、時々、開いている、オーナー用のオフィスの、それこそ、まるで書庫みたいな雰囲気を思えば、この一家が、本当に、<文化人の後援者、で、ある事と同時に>、ご自分達自身も文化人であるのです。でも、息子さんの方は、まだ、白髪でもないし、普通の洋服だし、全く、私には、わかりませんでした。

 が、一つだけ、とても不思議だった事は、私の版画を見て、「とても良いですね」と言ってくれたので、(この時点では、アルバイトと思っているので、敬語も使いませんが) 「一つ、置いて帰りましょうか?」と言うと「『有難うございます。ただで、頂いても良いのですか?』と問われたので、『まるで、ホテルを代表しているみたいな言い方だな』とは思ったのです。でも、本当にホテルを代表していたのですね。このホテルは、まるで、美術館のように、玄関ホール、フロントの後ろの壁、階段ホールの壁、全て、パブリック・スペースには、絵が飾られていて、特にユニークな物は、ホールに飾られているのです。

 これで、『私は、ためらい無く、このホテルに作品を置いて帰れる、嬉しいな。こう言う提案をしてもらえないと、こちらから、強引に置いてくるようで、恥ずかしかったところだったけど』と思ったのです。で、私は最後の朝、白髪のオーナーに作品を一つ、渡したのですが、彼は、怪訝な顔です。私はこの時点では、あの若者を、従業員の一人、特にあんまり顔を見ないので、裏方の修理工か何かかと思っていたので、『あれ、残念な事に、オーナーへ話が通じていなかったのかな』と思い、改めて、オーナーへ頼みました。

 最後の朝の前に、先生から、「僕からも、君の作品が、このホテルに残るように、S(先生は、お名前を仰ったわけですが)に、言っといてあげるよ」と直接耳に聞いていましたので、全く疑わず、お渡しして、帰って来たのです。でも、あれは、息子さんが、個人的に欲しかったそうで、先生から、後ほど、電話で、「僕が貰ったのを、息子さんの方にあげようか?」と言われましたので、「いえ、いえ、こちらから新しいのを送ります」と応えたのでした。

 私がここで、こう言うエピソードを明かしたのは、次へ行く、前提条件としての、必要性も有るのですが、いわゆる、・人・品・骨・柄・卑・し・か・ら・ず・の、典型を見た思いがしたからです。

 実は、このホテルに最初に電話をかけた時に、相手は、「私はロバートだ。君の為に安くして置くよ」と、まるで、ガール・フレンドに話し掛けるような、調子で、言ったのですよ。外人は女性には、サービスの意味で、恋愛めいた調子で、良く話し掛けるようですが、日本時間の昼間に、こちらが、かけていると言う事は、相手は、ニューヨークの真夜中に受話器を取っているわけで、それが、そう言う、低音で、ぬめっとした調子で、話し掛けられると、『うわあ、困ったホテルだなあ』と、さいさき悪く、感じていたのです。まあ、私の声は、クラシックの声楽の先生が、「あなたの声は、丸くて、明るくて、質としては、とても良い声ですよ」と言ってくださったこともあるから、声だけ、美人なのですけど。

 さあ、このホテルに着いても、そのロバートと言う従業員に会った事が無いのですね。でも、値引きを請け負ったぐらいだから、居るのだろうとは思って居ましたら、或る夜、初めて彼本人に会いました。エレヴェーター・ホールに響き渡るような高笑いが、あの、艶の有る、低音で、エレベータ-の中に居る時から、『間違いない、今夜は、ロバートの勤番だ』と思って、フロントに行くと、なんと、二十台、そこそこの、アフリカンの青年が居て、その子がロバートだったのです。全く、危険性の無い、陽気な子で、私はお互いの誤解が、おかしくて、内心、大笑いをしながら、「あなたがロバートなのね。私が日本から、電話をかけて、予約をしたユリコよ」と言うと、さすがに、彼も、気恥ずかしそうにしていました。私は今まで、不倫など、した事が無い人間ですが、<でもね。本質的なところに、そう言う面も有るのかしら> と、彼の様子を見ながら、思ったものです。

 私は、ここのオーナーの息子さんが、育ちの良い、白人で、自分の役に立ったから、誉めそやしていて、アルバイトをしている、アフリカンの青年を育ちが悪いと言って、差別しているのではないのです。

 だけど、ロバート君は、今、本当に多い、素晴らしい美形の、アフリカンなのです。豹のような、スマートな肢体で、顔も、目がらんらんとしていて、しかも優しいところも有りますし、何よりも声が素晴らしいのです。彼は、自分の資質を、充分知っていて、自分が、女殺し、いえ、おんなたらし、いえ、『おんなに、もてる、タイプだ』と言う事を確信しているのです。そして、それを、つい、どこででも、使ってしまうタイプです。もし、彼が電話を直しに来てくれたとして、もし、私があと、二十才、若かったら、何が起こったか、わからないと言うタイプです。それが悪いと言う事ではなく、全く、そう言うものを感じさせない、まるで、風のように上品な、オーナーの息子さんの、ちょっと、これもまた、有り得べからざる雰囲気との、対照を、強く、強く、感じた事でした。

(これはもちろん当時に、送ったものでは有りません。当時送ったのは、もっと、目立つ事です。派手な事です。これは、後で、書きました。ただ、感じたのは、当時ですけど)

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@19@ ホテル・チェルシーと引きこもりの青年

 ところで、AOLも修復し、ジャックの差込口も正しいところに変えてもらったのに、尚、メールが発信できたり、出来なかったりするのです。これには、参って、また、丁寧に自分ひとりで、考えてみて、『そうか、あの時、けっつまづいたのだから、きっと、コードそのものがいたんだのよ。これは取り替えてもらわなければ駄目だわ』と最後に気が付きました。それで、またもや、夜中でしたが、(と言うのも、事務的な仕事をするのは、いつも、真夜中だったので、)フロントに降りて行きました。

  このホテルの夜は、一人は正社員で、もう一人は、アルバイトめいた人が詰めています。そちらを仮名ティンバリーさんとしましょう。彼には、のちほど、先生に関連して、私が大変、お世話にもなるのですから。ティンバリーさんは、どうしてか、大変な子供好きです。最初に気が付いたのは、フロントで、五才くらいの男の子を相手にチェスをしてあげていた時の事なのですが、次に、エレヴェーターの中で、同じく、五才ぐらいの女の子と、私や彼女の祖父らしき人が同乗した時に、彼がその子に向かって「どこから、来たの?」と聞きました。すると、その子がかわいらしい、しなをつくって、「アラバマから、ち(来)たの」って、舌足らずで、応えたのですよ。すると、ティンバリーさんが早速、”I came from Alabama with my banjo on knee” と、フォスターの草競馬の一節を歌ったのです。すると、おじいチャマめいた、格好の良い、綿シャツの男の人もにっこりして、嬉しそうでしたが、何よりも、その女の子が、まるで、レディ(淑女)そのものででもあるかのように、誇りに満ちた表情に変わったのです。私は感嘆して、その様子を眺めていました。そうですね。ティンバリーさんって、まるで、オルコットの、若草物語に出てくる、主人公の次女ジョーが、ニューヨークで出会う、熊さんみたいな大学教授に似ていますね。

 さて、延々と、ティンバリーさんについて述べたのは、この方が私に、大変素晴らしい、精神的な贈り物を、後で、して下さるからです。・・・・・彼が、間に立って、或る女流画家をご紹介してくださって、私はその女流画家の、ご紹介で、ニューヨークで、活躍している、美術評論家に会える事になります。で、ティンバリーさんも個展に関して、非常に重要な人となったわけです。・・・・・

 これから、その経過の詳細の中で、述べる事が可能な部分をお知らせしましょう。一部省略をしなければいけないところも有りますが。

 ところが小さい子ども達には、あれほど、親切なティンバリーさんが、私の部屋へ行く事は、非常に嫌そうでした。それを自覚するのは、私だって辛い事でしたけど、ごちゃごちゃ悩まないで、あっさりと、<部屋へ入って直してもらったあとで>、二十ドルのチップを差し上げたのです。そこら辺は、あの、ホテルの若主人とは、ちょっと、違いましたけど、私は過去の三回の外国一人暮らしで、お金とか、お礼に対する、文化が、日本と外国では違う事も、感知していましたから、さっと、こう言う手はずをとったのです。日本では、お金を、『対等か、それ以上の相手に上げるのは、失礼です』よね。だけど、この場合、ティンバリーさんの不機嫌は、『余計な労働をさせる、面倒くさいお客だ』と言うところに、有るわけですから、労働への対価として、チップを払ったのです。特に日本人は、普通は払わないところ<そして、それが良く知れ渡っていると、思われます> を払ったのです。すると、びっくりしてくれました。また、旅先で、祝儀袋もないので、剥き出しの二十ドルです。ちょっと、チップとしては、割高ですが、私としては、『自分が、けっつまづいたので、こう言う不都合が起こるのだ』と言う、後ろめたさも有りますので、これは、決して、お高いお礼の額では無かったのです。

 すると、テンバリーさんは、まず、金額(?)に、びっくりしてくれて、その後で、打ち解けて、とても優しい、例の子ども達へ向けるのと、同じ顔になってくれました。それで私はすかさず、自分の今度の、個展の案内状を、十枚程度渡して、「どうか、誰か良い人に渡してください」と、頼んだのです。すると、彼は、「このホテルにも凄い有名人は居るんだよ」と言いました。私は、最初内心で、『そりゃあ、そうでしょう。あのショウ・ウインドウを見たって、そうそうたるお客の宿泊の、経歴が有るのですから、それに、ここに滞在中の、私の版画の先生だって、非常に尊敬をされている人なのですから』と思ったのですが、彼の言う、凄い人とは、全く予想外の人でした。

 「君の隣の部屋の住人は、日本では、とても有名な人の子どもなんだぜ」と言うので、渡りに船と「紹介して」と頼むと、「それが、駄目なんだよ。彼は、CRAZY <この言葉に、クレージー・キャッツと言う日本のコメディアン・グループが、付け加えた、喜劇のニュアンスはアメリカには、無いようです> だから。自分を天使だと思っているのさ。それに、部屋の外へは全く出ないんだよ」と応えられました。

 私はさっと、顔色が変わってしまいました。すぐ、日本で言う引きこもりの青年だとわかったからです。(後日の挿入ですが、精神医学会の世界総会で、引きこもりと言う現象は、日本にだけ見られる現象だとされている事を知りました。だから、ホテル・チェルシーの人達を、含め、アメリカの人達には、この私の隣人が、ことさらに、奇妙に見えるのでしょう。

 私は、<本当の事をあっけらかんと言ってしまえば>、英語を得意としているつもりです。そして、外国に居る時は日本に居る時より、早口です。そうしないと、相手がこちらをとろいとか馬鹿だと誤解して、良く話を聞いてくれないからです。

 でも、この時は、私は完黙してしまいました。自分が子どもを持っています。そして、今の日本で、こどもを育てるのが、どんなに大変か、身をもって知っています。自分の子どもだって、一人は完璧に独立してくれましたけど、もう一人は、三十才を過ぎても、パラサイト・シングルです。まあ、会社にお勤めに行ってくれているから、親は、まだ、精神的には助かって居るものの、全てに安心と言うわけでもありません。子育てとは、本当に難しい事なのです。

 実は、ティンバリーさんは、この時の私の顔つきで、私を評価し、かつ、信じてくれたようです。先ほども言ったように後ほどのご紹介で、私を『とても良い人だ』と次の知り合いになる、女流画家の方へ告げてくださったので、私に幸運が舞い込むのですが、・・・・・・・・・・・

 まあ、それは、後日の話です。別に、ティンバリーさんは、二十ドルのお礼の為にご紹介をしてくださったわけでも無いでしょう。

 私が黙っているので、ティンバリーさんは、「リョーコがね」と続けました。「リョーコ」って言う言葉に私は、またもや、俊敏に反応してしまいました。だって、それこそ、日本で私が知っている、息子が、引きこもり現象を起こしている、母親の名前だったからです。『もしかしたら、彼女がここへ息子を連れて来たのかしら』と考えながら、更に、ティンバリーさんに先を促すと果たして、リョ-コとは、その青年の母親の名前でした。

 アメリカでは、お母さんが、と言うような、一般的な名前を使わないで、必ず、固有名詞を使うのです。「どう言う風なご家庭なの」と質問をすると、「父親は物書きで、大変な有名人らしい。出版社も経営していて、凄い金持ちらしいんだ。でも、リョ-コが言うには、父親が仕事一辺倒だったから、駄目になったんだってさ」とティンバリーさんは、私に同意を求めるような、顔をしました。日本人が、働き中毒(ワーコホーリック)だと言うのは、世界的な、前提と言うか、共通認識のようですからね。ここいら辺までですと、私は、良子と言う名前の私の知人と、ここで、リョーコと呼ばれている、人が同じか、違うかが判断できませんでした。彼女の夫、を、知らない人へ、大げさに言えば、物書きであり、お金持ちであり、・・・・・・と言えない事も無いからです。そして、もし、同一人物だとして、私も顔を知っている、あの良子さんの子どもが、東京の郊外の一軒家で、家族と鼻を突き合わせて、しかも近所には、息をひそめて生活をしている、そのイメージと、このマンハッタンで、孤独とは言え、一人で、都会の雑踏の騒音を聞いている、こちらのリョーコさんの息子のイメージを比べて、どちらが幸せだろうかと、一瞬のうちに、考えました。その時は『ニューヨークに居る方が幸せ名のかも知れない。可能性が広がるから』とさえ思いました。

 でも、「その子の父親はもう亡くなっていてね」と言う言葉を聞いた途端、『違う人だ』とはっきりわかり、私はティンバリーさんにフロントへ帰ってもらいました。(この点もティンバリーさんが、私の事を、好ましく思ってくれたポイントのような気が、後に成るとして来ます)

 彼が居なくなってから、さっと分析したのですが、その有名人である家庭は両親の仲がめちゃくちゃに悪かったのでしょうね。だけど、女中さんが居て、その手前をつくろったのか、どうか真実は、私には、わかりませんが、夫婦喧嘩もしないような、家庭だったでしょう。こう言う偽りの上品さの中でこそ、繊細で、頭の良い子はこわれていくのです。彼がニューヨークへ来たきっかけは、多分、大学受験の失敗でしょうね。この際、失敗とは、東大とか、早稲田、慶応などに、入れない事を指します。それで、浪人しても、どこか他にも入れないと言う結果に成って、違う道で、成功を目指して、ニューヨークに来たのでしょう。その頃は、彼は、ひ弱だけど、普通の青年だった筈です。そうではなくて、その頃から、本格的にひきこもりだったとしたら、飛行機にも乗れない筈です。猫じゃああるまいし、いっぱしの青年を騙したり、籠に入れて、ニューヨークに運ぶわけにも行きません。

  さて、ニューヨークに着いたあと、彼が、更に、こわれたのは、『過酷な都会の、勝ち残り主義についていけなかった』と言う可能性も有ります。育ちの過程で、先ず、経済的に恵まれている事は『基本的な、生命力が少なく成って居る』可能性も有りますから。それは、私がそうであったように、程度の差こそあれ、常に、人間が、二人居れば、強弱の関係はできるものですから。

そして、決定的な引き金は、父親の死でしょう。彼は、両親のどちらをより強く憎むかと言えば、潜在意識的には、むしろ、母親を憎んでいたのかもしれません。父親不在の家など、日本ではありきたりで、昔から、引きこもりとか、その他の青少年の問題行動は、多発した筈です。しかし、聡ではなくて、此れは、現在の問題です。最近の傾向は、母親が強くなったと言うか、母親が変わって来た事です。そこに、大きな原因が有るような気がします。と言って、私も、そう言う強い母親のひとりなのかも知れないけれど、でも、それでこそ、家庭の矛盾は、正面から、引き受けて居るつもりです。

 父親は、一つの見本として、そこまで、到達は出来ない、苦しい成功例ではあったでしょうが、その働く姿は、彼には、一つの指標に成り、或る種の支えにも成っていた筈です。しかし、その死後、彼には、寄る辺が無かったのでしょう。精神的なみなとが無かったのです。  

 一方母親は、気軽なものでしょう。問題の有る子どもが、目の前に居ないのですから、知人にも親戚にもどうにでも、格好の良い事を言って居られるのです。「たくの○○ちゃんは、今、ニューヨークで、アート修行をしているんざますのよ」と言って、自分は、六万円の切符を買って、ニーベルンゲンの指輪を見に行ったりしているのでしょう。銀座の三松であつらえたすごく高い着物か、又は、ニューヨークのゴードマン・サックス(高級なデパート)で買ったスーツなどを着て。

 私は想像しているうちに、いかりに駆られて来ました。だって、これって、一種の捨て子です。お金が無いからではなくて、面倒くさいからの捨て子です。で、この赤いレンガの建物の中の或る一室に、その子は、ひっそりと捨てられているのです。まるで、レベッカとか、ジェーン・エアの世界です。本当にまるで、小説の世界です。

 ただ、私にできる事は、その子のために、祈る事でした。その夜は、二、三時間寝るまで、その子の事を考えてあげました。此れは、何の役にも立たないでしょうが、でも、見知らぬ人からでも、<関心を持つと言う事が、一種の愛なのですから>、祈ってもらえる事は、彼には、何かの役には、立ったでしょう。人間の世界ではなく、もっと遠い世界で。

 その後、気をつけていると、外から、ガラスの窓の木枠を、通じて、(そうですね、古いビルなので、窓枠がアルミサッシではないのです。で、隙間が少し有ります)真夜中に、クラシックのオペラ・アリアが聞こえてきました。彼がかけているのでしょう。そう言えば、エレベーターで、ピザの配達人を見かけましたが、いつもピザだけでは、野菜不足になるでしょう。が、それ以外の、出前(ケータリング)は、この近辺では、見つからないのでしょうね。それに毎日の事ですから、そんなに高いものも食べられないでしょう。

 皆様、この本の98頁に、ここに、清潔な、協同のバス・ルームが有ると申しました。あれが、伏線になっていたわけです。あの部屋を彼は使うのでしょうが、全く、人の気配が無いと言う事はいつ、彼は、お風呂に入るのでしょう。そしてトイレもいつ使うのでしょうか。ドアのある位置から考えて、彼の部屋が、私の部屋より、小さくて、絶対にお風呂は無い筈です。昔は、<そうですね。ここは、百年以上前に建てられたのですから、日本でもそうですが>、協同便所のアパートは多かった筈です。と言っても、バス・ルームは、私ので、四畳半以上、彼ので、三畳はありますけど。まあ、日本の木造のアパートよりはそりゃあ、豪華ですけど。

 私はこう言う弱いものの話は本当は書きたくなかったのです。それに、ティンバリーさんにご迷惑がかかるかと、心配もしました。でも、或る意味で、ホテルも、もてあましている可能性も有ります。オーナーはまるで、やせた小型のシュヴァィツァー博士みたいな人なのです。上品この上ないあの人が、自分の死後、『息子にこの厄介な、宿泊人を引き継ぐ事』をどう考えているのでしょうか。

 この本は、全て仮名で書いてありますが、リョーコさんの目に止まったら、さすがに、『これは自分の事だ』とは、理解できるでしょう。そしたら、この問題から、逃げないで、息子を引き取るかも知れませんね。どうしても、彼女の方が先に死ぬのです。外国に置きっぱなしで、良いのでしょうか。彼が自然死するまでの、それほどの、長い期間、ホテル暮らしが可能なほどの、経済力が、このご家庭にあるのでしょうか。ともかく信じられません。

コメント

日傘雅水が美麗オフィスを捨て、村松友視が小タウン誌に連載した、理由は、同根の筈

2014-02-13 21:44:02 | Weblog

 これは、(後注1 2月5日付)の続きですが、副題は1からはじめます。この前にどういうことを書いていたかというと、赤瀬川さんが、大問題なのだということを書いています。で、赤瀬川さんを支援してきた出版社・中央公論の編集長、湯川有紀子さんについていろいろを書いたのが、その文章です。本当は、国画会(直前)の続きを書きたいのですが、本日は外出をして疲労していますので、新しいものを書けません。2月のはじめに一部を書いていた、下の文章に加筆して、再度公開させてくださいませ。

 副題1、『日傘さんのムックに出会ったのは、本当に、チャネリングだと思う』  

副題2、『日傘さん、表参道の交差点で、変貌する。変だと直感した』  

副題3、『日傘さんは、すばらしいオフィスを捨てた。なぜか?』  

副題4、『小沼純一、山本冬彦、内海信彦の投稿時間の不思議さ』  

副題5、『片山容疑者(成りすまし疑惑)は、どこへ消えちゃったのだろう?』
副題6、『フェイスブックの世界で、とんでもないことが起こり始めた2012年1月ごろ』
副題7、『村松友視氏のエッセイ集、<幸田文のマッチ箱>には、竹久夢二の千代紙が使われている』

副題8、『村松友視が、鎌倉春秋社の、タウン誌に連載を始めた?』
副題9、『村松友視のヒット作は河出書房新社が多いので、・・・・・おや、おや、ここで、川名昭宣君が登場するのかな?・・・・・とも、思う』

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 副題1、『日傘さんのムックに出会ったのは、本当に、チャネリングだと思う』

  私は自分の手相は悪い方だと思っていて、手相占いは、避けて通っておりました。それが、急変したのは、現在はなくなってしまった銀座の福屋書店の一階です。マガジンハウス社のムックが平台においてあって、生まれて初めて、自分の手相 と似た手相が出ている本を見つけました。これは、どういうことかというと、日傘さんが日大芸術学部卒のインテリで、しかも、クライアントが、芸術家とか、 芸能人が多いので、私の手相と似ている手相が出ていたのです。

 もっとも、特徴があったのは、太陽線というのを、大きく解説してあったことです。一般の人は手相というと、生命線とか、結婚線を気にするみたいですが、私が気にしたのは、人気とか、創作とか、芸能や、芸術に関連している、部分で薬指の付け根に現れるものです。   その太陽線ですが、日傘さんに、連続して4回ほど観てもらったころよりは、さらに、よくなっています。大芸術家になるのをあきらめたので、本当は駄目に なっているはずですが、そうでもないのです。前は、あれこれ、たくさんやりすぎていて、分散していました。それから、付き合いも多くあって、好きな人も男 女合わせていっぱいいて、それで、そちらでも分散が象徴されていたので細い線がたくさんあったのです。しかし、仕事を制限してゆったりと暮らしていて、し かも、神様を信じていますね。それで、すっきりした一本の長い太陽線が出てきました。

 利き手のほうが他人から見える私らしいです。そちら は、社会階層的に無名であって、しかも無官および無冠であるので、さして、よい線はありません。だが、自分の本質を表すとされる、左手が華やかな、カツ、 力強い線へと変更しているので、『ああ、自分は、あきらめたといいながら、それでも、できるところでは、最大限の修行を続けているので、それが現れていま すね』と、ひそかに安心しているのです。芸術に関しても、左手には、大成功をするという線が現れてきているので、受賞とか、そう言うことは無くても、実質 的に、いい仕事はできるだろうと、ひそかに自信を持っているのですよ。だから、気分はすこぶる明るいです。そのよい仕事は、死後に報われることとなるだろ うと、それも信じているのです。

 でね、皆様にも、富山の置き薬みたいに、一家に一冊、お買い求めになっておいたらいいと思います。他の手相の本とはまるで違いますので。マガジンハウス社発行のムックで、アンアン別冊とも書いてあるはずです。著者は、日傘雅水さん・・・・・  この節の上の方で、日傘さんは、日大芸術学部卒のインテリで、といっていますが、学歴以上に上品な方なのです。お客が上等なのは、昔、YMOのマネージャーをしていたそうです。     でね、後で、その詳細を述べますが、例の敵さんたちが裏で動いたと推察され、今は、すでに別れ切っているので、そこまではっきりと述べますが、日傘さんご 自身にも、悩みはあったと思われますよ。だって、YMOの中で、唯一現役で、表舞台に出没している坂本龍一さんは、現在のマネージャー(といっても、一代 前の男の子)に対して、すこぶる横暴だと、ネットの世界で情報が、出回っています。外面がいい人の典型で、弱い立場の人間に対しては威張りまくるというこ とはあるでしょう。

 それと、日傘さんの心痛の、別の原因ですが、芸能人は外の世界との戦いがありますね。テレビの世界、それから、大衆と の戦いがあります。人気という不安定なものを相手にしないといけません。そう言う世界で若い時に、いろいろ、心痛をなさったことがあるでしょう。そう言う 苦労の上の今だから、余計品がよく、慎重な性格になられたと思います。

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副題2、『日傘さん、表参道の交差点で、変貌する。変だと直感した』

  日傘さんは、新しいクライアントと、関係するときに、異常に警戒をしています。まず、秘書さんに電話をかけてアポを取るのですが、その次に、自分が知らせ たファックス番号にファックスが送られてきます。そこに、約束の日付と、相談を受けるオフィスが記されています。だから、住所不定だと、相談を受け入れて はもらえません。(笑い)    でも、それは、十分に理解ができますね。私が父の遺産を使い切ってしまい(無論、ゼロ円になったわけでは無く て、後600万円は残っていたのですが)収入が無いのは駄目だと考えて、その59歳のときにできる仕事として、「占い師をやろうと思うのよ。ネットを利用 して」といったら、母が大反対をしました。「やめなさい。そんなこと」と。他人の運命を占う何って、どれほど、ストレスが高いことであり、うらまれる可能 性も大きく、それによって、それこそ、ストーカーまがいの、追跡を受けることもあるでしょう。   だから、日傘さんの警戒振りは、妥当なものなのです。

 第一回目の相談のときに、私は本当に感動しました。自分より若い日傘さんの解説を聞いていると、自分の可能性を深く信じることができました。

  私に線がたくさんあるのは、生命線が二重であり、感情線が二重であり、頭脳線が二重であるからでした。その上、手相の教科書に出てくるようなありとあらゆ る線が、ほとんど全部あるからでした。で、一本しかないが、力強い線の人とはまるで違っている手相なのですが、それでも弱いとも言い切れないそうです。そ の上、手のひらがふくよかで、ピンク色をしているのは、健康で前向きであるとのことでした。確かに他の人の手のひらを見ても、私ほど、うっすらとし田ピン ク色のての平には、なかなか、出会いません。そして、指は適宜に長く、手は大きく、いろいろな作業をするのに向いているのでした。芸術の創作も労働の一種 ですから働きやすい手をしているのは、向いているのです。『よかった。よかった』と、思いました。   それは、パリに行く直前だったので、自分の未来が遠くまで広がっていることを信じられました。そして、パリで、三ヶ月修行をしてみて、実際に海外で、十分に太刀打ちできると、確信をしたので、 ニューヨークへも修行に行きたくなって、そう言う渡航を家族が許してくれないので、一人暮らしをはじめたのでした。日傘さんと、4回もあったのは、その ニューヨーク行きとか、帰国後とかの自分の現況を知りたいからでした。現況を知った上で、未来を決めるのは自分です。が、自分がどれほどの、ポジションに いるかは知りたいのでした。他人には見えない実力と言う意味でです。それが、手相でわかるのはすばらしいことでした。 

 私は、大きく感謝して、メルマガで、日傘さんの事を書きました。『特に表参道にあるオフィスがすばらしい環境で』、とか、『日傘さんのクライアントとしては、赤瀬川さんがい て、雑誌太陽の中で、ひどく感謝しておられます。その頁に利用されている写真はまさに、日傘さんのオフィスそのものです』とか書いたのです。    私は、それが、敵に利用をされるとは思いませんでした。だが、100%利用されていたのです。でも、賢い日傘さんは、私に対して「相談に来るな」とか、相 談の最中に明瞭にいじめるようなことはありませんでした。しかし、何かが、最初の頃とは違ってきたと、確実に感じる部分はありました。どこかで、それを感 じられるのです。 

 ある日、地下鉄を利用しないで、渋谷から表参道まで歩いていった日があります。表参道の交差点で、偶然にも日傘さんが、 左側にいたのです。声をかけると、びっくりした彼女は素顔を見せました。ひそかな嫌悪感が表情に浮かんでいました。私は銀座や、鎌倉などの、別方向で、 散々、いじめを受けていましたので、『もしかしたら、ここにも敵の手が入ったかな?』とは思いました。が、一瞬の後に、日傘さんはプロの顔を回復して、私 と一緒にオフィスまで歩いていきました。 この日の後で、もう一回ほど、行ったかな? だけど、さらに確実に日傘さんの裏に手が入ったことが判ることがありました。

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副題3、『日傘さんは、すばらしいオフィスを捨てた。なぜか?』

  雑誌太陽の特集で、赤瀬川さんが、日傘雅水さんに大きく感謝していると言いましたね。老人力がヒットした頃の赤瀬川さんは、自信満々でしたが、千円札裁判 の渦中では、大きな心労に見舞われていたのです。だけど、赤瀬川さんの、利き手と反対の手に、きっと、将来の大成功が約束をされていて、それを日高さんが 読み解いてあげたのでした。繊細で、頭の善い人は将来を予測しすぎるのです。で、なかなか、単純には、なれません。将来に対して過剰に心配してしまい消耗 をします。私も日高さんに、もっと、単純になったほうがいいですよと言われましたが、赤瀬川さんも、すっきりと、自分の、利き手ではないほうを読み解いて もらって、大感謝なさったのだと思います。占いに対する偏見がまだ、残っている時期に、赤瀬川さんの男気を感じ取れる3頁でした。

 日傘さんのオフィスですが、南に面して白いカーテンが下がっていますが、季節がいいと窓が開いていて、そのカーテンが風に揺れています。表参道のある個人のお宅が、2階の一部分を、1DKのアパートに改築してあり、日傘さんは、そのうちの二つを借りている模様でした。ひとつを休憩場所(もしかしたら、猫もつれてきて あった)と、ひとつをオフィスへ使っておられました。

 で、面接(=相談)を受けに行かなくなっても、私は、本を届けていました。どことなく、変だとは思いましたが、私は意外と楽天的なところもあって、いいほうに考えれば、いい方向へ向くとも思っているのです。だから、ここで書く、たいていの悪事は、数年前のことです。   たいていの事は我慢をするのですが、最近のNHKがあまりにも悪辣なので、そこから、泡沫候補としての、秋山祐徳太子氏に関するあれこれに入り、秋山氏に 入るのなら、赤瀬川さんについても記述しないと駄目だと思うから、赤瀬川さんについて語り、赤瀬川さんについて語るのなら、日傘雅水さんについても語らない と駄目だとなっていくのです。    日傘さんをメンターとして信じるからこそ、本を贈りました。特に、3冊目の本までは、私としてはまだ、彼女を100%信じられるほどの、関係にあったと、思います。4冊目と、5冊目をどうしたのか、はっきり覚えておりませんが、6冊目が強烈でした。  

 日傘さんは、そのお宅から引っ越してしまっていたのです。日傘さんが書いた瀟洒なエッセイをすでに読んでいて、彼女がお金持ちなのは知っていました。両親 からの生前贈与があって、表参道近辺らしい、便利なところへ、マンションをすでに買ってあるのは知っていました。そして、彼女は大変に人気のある手相観 (=カウンセラー)であって、オフィスを借りるお金が逼迫したと言うのは考えられませんでした。    カウンセリングって、心理学者でも、当時は、一時間一万円で あって、日傘さんも同じでした。月に、20日、一日に、4件の相談があったとしても、80万円です。他にも雑誌の連載を持っておられ、ムックも出版されて いるのですから、収入があり、二つも同時にアパートを返すことなど、考えられません。

 だけど、アパートの住人用の郵便受けに昔は確かにあった、日傘さんの名前がないのです。で、私は大家さんの玄関を訪ねました。ドアが開くと思いがけない大きさで、バイオリンの音が聞こえ、それは、CDでは ないことが確かなのです。誰が練習をしているのだろうと思ったり、しながら、一方で、こんなに自由にバイオリンを弾きこなすメンバーがいるのでは、ケン高く威張っているひとかしらと、それを心配するのでした。  ところが、あにはからんや、ひどく気さくなひとで、「日傘さんは、すぐ近所に住ん でいるのですよ。案内してあげます」と、おっしゃいます。   私はのどから手が出るほど、その提案に乗りたいと思いました。もし、このレディと一緒に訪問をしたら、日傘さんの本心がわかる。   『裏側から、教唆命令を受けて、引っ越したのか、そうではないのかが、わかる』と、感じましたが、目の前にいる正直で、善良な奥様を巻き込 むのは、止めにしました。ただ、日傘さんが、この大家さんにすかれていることはわかり、それは、第一回目に示した、日傘さんの温情あり、上品な感じと、ぴったり符号をするので、それに満足をしただけでした。  

 日傘さんがなぜ、引っ越したかですが、これは、例のアメリカキササゲの伐採と同じ伝でしょう。小町通の白黒の御影石のモザイクを取り去ってしまったのも同じ伝です。私の文章に露出した物証は、すべて、消し去っていくという手なのです。    それは、この雪ノ下二丁目のアジサイ畑欺もう事件で、盗み取られている土地が、「絶対に嘘だ」として行きたい連中がいて、そこを、消滅するために、すべて が、そうなっているのです。  雪ノ下に住む、礼儀知らずで、わがままで、傲慢で欲張りな主婦、三人のために、日傘さんは、長年慣れ親しんだよい環境から、引越しをしなければ成らなくなったのでした。別のオフィスを借りるとしても、お家賃も高くなるでしょうし・・・・・気の毒な事です。    これは、鎌倉の駅のホームから見える喫茶店『映画館』というのが大船に引っ越したのと同じ手法です。その喫茶店のことを文章に書いたので、引越しを迫られたのでした。表向きは地主さんが、土地を売ったということです。ただし、売った当日に、3者が転売をしていて、不思議な売買でした。今は新しいビルが立って、歯医者さんが入っています。

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副題4、『小沼純一、山本冬彦、内海信彦・・・・・ここに書いたことが、副題6と、重複するので削除しました』

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副題5、『片山容疑者(成りすまし疑惑)は、どこへ消えちゃったのだろう?』

 2013年のお正月でしたっけ。江ノ島にいる野良猫の首に、小型のSDカードがつけられていて、そのいたずらから片山容疑者が、成りすまし事件の犯人として逮捕されました。だが、続報がちっとも出ません。私は別に疑問を持っておりません。最初からそう言う事件だと思っておりました。

 フェイスブックにおける梅森伸一君という美術かが毎晩、私を苦しめたのですよね。彼は、私を友達として切ってきながら、毎晩、『梅森伸一さんが、あなたのご紹介で、○○さんと、友達になりました』と、905人いた私の友達を毎晩4,5人ずつ奪って行くのです。梅森伸一さんが100人以上の友達ができて勢いが付いたのは、私が励ましてあげて、2011年5月当時、初めて一ヶ月で、180人ぐらいできた友達に紹介してあげたからでした。だが、その恩も、者川、私を友達としては捨て去って、なお、私の友人だけは奪って行く。その種の悪辣さに毎晩、毎晩、直面したわけですが、私はこれこそ、古村浩三君がやっているのではないかと、感じ始めたのでした。

 古村浩三君は、ロックフェラー4世と、学生寮友達として知り合いなので、なんか、信じられない形で、いじめてくるのですよ。フィリピンから、2500ドル(25万円)要求するメールが知人に送られてきたそうですが、それも成りすまし疑惑ですね。ともかく、私が成りすまし疑惑について書いたとたん旧に事件が起こされ、その後片山容疑者が逮捕されました。

 私は、これは、冤罪か、片山容疑者は、納得をして犯人を引き受けていると感じています。ただ、ここに降格と、再び、事件が燃え上がるでしょうからかわいそうで、今まで書きませんでした。だが、片山容疑者の問題が再燃したら、私のブログが以下に真実を述べているかを、お感じ取りくださいませ。本日の一文は、自分の思い出を語りながら、また、政治についても語っているものであります。、

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副題6、『フェイスブックの世界で、とんでもないことが起こり始めた2012年1月ごろ』

 梅森伸一君のフェイスブックにおける成りすまし疑惑については、どこかで、丁寧に書いています。後で、見つけられたら、リンク先を見つけておきます。だが、本日、まったく新しく語るのは、小沼純一さんのことです。この方が、2012年の、1月か、2月ごろ、私が投稿する時間をめがけて、大量の投稿をされるようになりました。

 やがて、それは、山本冬彦さんに、伝播し、内海信彦さんに伝播し、織姫まき、さんに伝播し、と言う様にして、私が投稿している最中に、次から次へと、その人たちが大量の投稿をするので、私が、投稿する文章が、ほとんど、見えないことになってきました。

 梅森伸一のケースがあるので、これも本人がやっているのか、成りすまし人間がやっているのかがわからないのですが、まあ、本当に神経を使い切らされました。

 しかし、小沼純一さんのケースだけは、なんとなく、ピーンと来るものがありました。単に、成りすまし疑惑人が、一回投稿されている小沼さんの投稿を、その時間帯に再び、シェアと言う形で、入れなおすと言うよりも、むしろ、意図的に、その時間帯に、入れ込むのを、ご本人も自覚をしてやっているのではないかと、・・・・・その様に感じ取られるのです。

 それは、坂本龍一さんが、BSプレミアムの企画として放映した、スコラが、そのころ、NHKが、ETVでも、再放送をしたことで、小沼純一さんが、私の目に、飛び込んで来ざるを得ないこととなってきたからです。坂本龍一さんが、司会をするその番組で、論を展開しやすいように、あいずちをうったり、持論を展開して、坂本さんの番組を充実させる協力者が、二人登場します。その中で、小沼純一さんは、重要な役目をしていたのでした。

 ここは、非常に簡単にまとめますが、坂本龍一さんは、日傘雅水さんから、連絡を受けて、「小沼さんに、かくかくしかじかの行動をとる様に、してください」と依頼されて、そのとおり、に、小沼さんが行動をとった・・・・・可能性があると言うこと。

 次に内海信彦さんですが、こちらも、しかるべき筋から頼まれて、同じことをされたと言うこと。そう言う形で、言論封殺されたと言うこと。

 それを、目撃した時に、日傘雅水さんが、『表参道の交差点で、ぞっとする感覚を、私に与えたのは、間違いではなかったのだわ』と、わかってきたのです。

 日傘さんは、確信犯的に、『川崎千恵子をいじめるために、小沼純一さんに、かくかくしかじか投下たちで、川崎千恵子のフェイスブック紙上の投稿を、邪魔する様に行動をしてください』と、頼んだ筈で、その前段階として、日傘さんに、それが大切なことだと、信じ込ませたのは、赤瀬川原平さんでしょう。じゃあ、赤瀬川さんにそれを頼んだのは誰ですか?

 無論村松友視氏でしょうね。

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副題7、『村松友視氏のエッセイ集、<幸田文のマッチ箱>には、竹久夢二の千代紙が使われている』

 私は、2005年3月ごろ、八重洲ブックセンター一階の平台に、『幸田文のマッチ箱』と言うエッセイ集を見つけたとたん、即座に買いました。こうだあやが、大好きだし、このエッセイ集そのものも、どこかの書評で読んだはずだし、・・・・そして、何よりも装丁がすばらしかった。この本がどこへ言っちゃったか、今見当たらないのです。最近、本、特に名簿類が、盗まれてしまっています。美術家連盟の名簿など、色変わりで、三冊はある筈ですが見当たりません。そのほか、美術界に関しては、各種の紳士録が、ある筈ですが、見当たりません。だから、この幸田文のマッチ箱というエッセイも一回、自分がメルマガの世界で書いているので、盗まれたのだと感じます。やっぱり手元にそれがあって、文章を書くのと、それが、なくなってしまって、文章を書くのではまるで違いますから。

 特に両親の貴重な写真や、新聞や写真が載ったのだけれど、その切抜きも盗まれていて、・・・・国会図書館に、ある筈よねと、思っていたら、マイクロフィルムかを理由として、それらの新聞記事がすでにない・・・・・とか、本当に狙われきっていますが・・・・・・

 本日は、DVDプレイヤーが、30秒で、消えると言う憂き目に会っています。ニュースの録画が、読み取れません。

 でね、装丁が、すばらしいのですが、そのデザイナー名がわかりません。だが、デザインの基本資料がわかっています。何かと言うと千代紙で、マッチ棒がデザインをされているものです。黒地に、マッチの棒部分が、明度の低い、各職を使って、カラフルに散らばっているもので、この千代紙がもし原寸大のものだったら、デザインがまるで、していない様に見えて、周到なデザインに仕上がっている装丁です。何を言っているかと言うと、千代紙の中では、マッチ棒の長さは、原寸大ではありません。もちろん縮小をされています。しかし、4X6版の中で、ちょうどいう具合にちりばめられているのです。

 これが、2003年か04年に、東京の伊勢辰などで、いまだに手に入るものか? そうだったら、すごい話で、私も買いに行きたいぐらいですが、・・・・・なんと、なんと、千代紙の方のデザインは、竹久夢二がやっているのだそうです。うーん、すごい、すごい。

 ここで、今書いているものと連動するのですが、竹久夢二って、いうなれば現代では、横尾忠則に当たるのです。イラストレーター兼、デザイナーです。一方で、FINE ARTS系の人として、梅原隆三郎が、いて、安井曾太郎がいる。昭和初期にも今も残る、両者の対立があったのかもしれませんが、メディアの発達が今しも、だったので、他者の動静に触れることも少なくて、夢二は劣等感や、プレッシャーを感じている事もなかったのでしょうか?

 そして、もうひとつチャネリングを感じます。それは、神楽坂です。村松友視の『幸田文のマッチ箱』は、神楽坂が舞台です。『え、そうすると、幸田文が、芸者の世界を描いた<流れる>は神楽坂が舞台?などとも思いますが、・・・・・神楽坂って、今はまったく残っていないと思いますが、戦前は、一種の花街だったのですよね。ともかく、戦後村松友視が、原稿をもらいに言った幸田文の家はそこにあったのです。

 幸田文は、市販のマッチ箱に、美しい紙を張って、小さな工芸品と化し、それを、もらった人に、気兼ねをさせない手土産として、持たせて帰ったそうです。今の貨幣価値に直すと、一個が、100円にもならない手土産ですが、非常に美しい千代紙や、包装紙がはってあると、美しい世界でひとつだけの宝物になります。ああ、そういえば、受動喫煙、受動喫煙と、はやし立て、タバコとか、喫煙行動の周辺に育った文化をまるで押しつぶして言ったのは誰のせいだっけ?

 そして、そのことで、世間が、心理的に言うと、まるで、貧相に貧者になったのは、誰のせいだ?

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副題8、『村松友視が、鎌倉春秋社の、タウン誌に連載を始めた?』

 私がエッセイに書いたことは、すぐ、敵さんが利用します。村松友視の文章に接したのは初めてですが、よいエッセイとは、小さな現象を捉えて、読者を飽きさせず、最後まで、読みきらせるところに、その判断基準があると思っている私は、マッチ箱という小さなアイテムを語って、一冊を読みきらせてしまう村松友視とは、さすがな力量の持ち主ですねと思ったわけです。

 さあ、この村松友視が、伊藤玄二郎+井上ひ指し、陣営に取り込まれてしまいました。そのことを露骨に知らされたのが、鎌倉春秋と言う、380円で買える小冊子に、村松友視が、連載を始めた時でした。さて、どうするかですが、どうしようもないので、彫っておくわけですが、

 都知事選、泡沫候補、秋山祐徳太子、赤瀬川原平と、着たら、思い出す人物として、村松友視が浮かんだと言うわけです。ただ、もうひとつ私にとっては、思わぬ、余得がありました。これは、村松友視のwikipediaを、本日はじめて引いて、その結果、本日初めて、知ったことなのですが、

 村松友視って、母も、中央公論に勤務だったのだそうです。『オー、戦前のキャリアーウーマン、モボと、モガの時代の最先端ガールですね』と、懐かしく思うのです。私の父は、お見合いで、呼応等女学校を出ただけの母と結婚をしたわけですが、母にもっと教養を高く、そして、おしゃれなモガになってもらいたいわけでした。ですから結婚後、お勤めをする様に薦めたのです。養父母に気に入られなくて、追い出されてしまったが、母の実父は旧制商業中学の校長ですから、「そう言うコネを使ったの?」と、後日も後日、私が聞くと、「ぜんぜん、そんなことはしないわよ。ただ、履歴書の字がきれいだとは、ほめられたけれど」と、いって最初は横浜正金銀行に勤めました。戦前って、働く女の人が少なかったので、ちょっと、しっかりしている=頭がいいと認められる)といい会社に勤められたみたいですね。試験もなくて。

 その横浜正金銀行の頭取が、原美術館のある、御殿山のお屋敷を買った人なのでした。横浜正金銀行は名前が変わり、しかも、三菱銀行に合併されてしまいました。父の方は、そのころ、ハヤマ石油(後に丸善石油となり、その後、どういう形でどこと合併をしたのか私は知らない)に勤務していたので、横浜に住んでいたのです。だが、正金銀行は、主婦とは、両立しないほど、夜遅く帰るので、五時で、ぴたっと帰れる、日産自動車に、勤務先を変更したそうです。今だったら考えられないです。パートや派遣制度がなかった時代に、ひょい、ひょいと、大企業を渡り歩けるなんて。(笑い)

 母は器量は駄目なんだけど、頭はよかったのだと思います。そして、父は母を立てて、財産などもいつも平等に形成していましたから、私の実家って、相当にモダンだったのです。主人と結婚をして、時代が、50年か、100年よみがえったみたいでした。主人の考えが古臭くてね。(笑い)

 もし、私が結婚後作り上げた家庭が、私の実家見たいな家風で、運営されていたら、私は別に逗子で一人暮らしをする必要がなくて、「はい、これから、NYへ、海外修行に行きますね」と宣言するだけで、ニューヨークへ武者修行に出発できたと思います。父と母は、それほど、モダンな夫婦関係をとっていました。だけど、私の夫がそう言うことを許さないタイプだったので、仕方がなくて、一人暮らしをしていたわけです。

 村松友視は、夫婦ともに中央公論に勤務するモダンな両親の元に生まれたので、それをデータとして公開しているわけですが、そこが、秘匿されている伊藤玄二郎の方も、私は、『母は元編集者だっただろう』と言う仮説を立てていますね。それゆえに、そこが、村松友身とかみ合ったので、立った380円のタウン誌に連載を載せることを了承をしたのだろうと思います。

 こちらの説は伊藤玄二郎が、人たらしの天才であって、二人羽織である、井上ひさしの忠告をすぐ聞くところがあると言う説に基づいています。私が、エッセイメルマガで、取り上げた人物は美術界の人にしろ、文章系の人にしろ、「すべて、こちら側の人間なのだよ」と言いたいのが、伊藤玄二郎の手法ですから。しかし、下にリンク先を上げている文章に登場した、湯川有紀子さんが、その当時、また、中央公論に在社する現役の編集長(中央公論)だった可能性は強く、さすれば、村松友視を、そちらも動かせるわけですね。

 私は今、謎解きをしているわけです。どうして、これほどの、損害をこうむるのかと言う意味で。その謎解きに一環が、この文章でした。ここでは答えまでは行っていません。ただ、表参道、銀座、京橋、早稲田、神楽坂、鎌倉などの、地域が、すべて、網羅されて、私がいじめられているとは、わかってきていますよ。そして、表側からは、それが、できないので、間接的、間接的に、行われるのですが、すべての裏側はピーンと来ています。・・・・と、宣言をしておこう。何にも役に立たないかもしれないが、100年後の歴史的資料にはなるでしょうから。

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副題9、『村松友視のヒット作は河出書房新社が多いので、・・・・・おや、おや、ここで、川名昭宣君が登場するのかな?・・・・・とも、思う』

 その『幸田文のマッチ箱』が、手元にあれば、確認ができるのですが、編集者が誰だったかを。川名昭宣君ではなかったと思います。川名昭宣君というのは、これまた、私にとって、大学の同期生ですが、彼がいて、どうして、伊藤玄二郎は、河出から、『びょんぶ』と言う豪華本(らしい)を出版することができたのか?・・・・・と、書いたとたんに、全国の図書館から「びょんぶ」が消えてしまいました。これが、また、大問題なのですが、村松友視が河出出出版したものに、ヒット作が多くて、その影に、もしですが、川名君がいたら、これまた、いろいろな、リングがつながってきます。

 私の人生は、なぞに付くなぞに、取り囲まれてしまったので、そりゃあ、頭がよくならなくて、どうしますか? 平和に安心して生きて行くためには、考えに考えて、考え続けないとならないのですもの・・・・・

では、2014年2月5日初稿を書き、13日に加筆する。

  雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)なお、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は、2042454です。
(後注1)読売が中公に乗り込んだ裏側は?・・・赤瀬川原平、湯川有紀子、澤地久枝、有馬頼義、里美、村松友視

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