銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

浜銀・鎌倉支店・副支店長と、鎌倉警察署・生活安全課・課長との関係は?・・・・・伊藤玄二郎、早稲田夕季、前田清子

2018-12-15 22:22:56 | 政治

  これは、前報の続きです。まだ、未完成ですが、17日には、完成させます。 

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副題5、『ここで、今は立憲民主党の、国会議員となっている早稲田ゆう季さんが、我が家を訪ねて来て、その同じ時に、前田清子さんが、40メートルも向こうから、「A野さん、大丈夫よーっ」と、叫んだ日を思い出さないといけない。早稲田ゆう季さんが動くのは、もし当時彼女が鎌倉市会議員だったら、市長からの依頼であろうし、もし、既に、県会議員になっている時点だったら、県知事からの依頼であろう。どちらにしても、伊藤玄二郎が後ろに居たことは確かなのだ。

 私が前田夫人のことも「トカゲの脳味噌の持ち主だ」と、何度も言うのも、この時の叫び声が、一役買っている。A野さんと言うのは、前田家からは、見えない場所に在り、前田夫人がそういう事を叫んでも聞こえない。しかも、「もう、大丈夫よーっ」と、叫ぶこと自体、A野家が、異常なことを、その時点より前に行っていて、それを、修正し、メンディングする為に早稲田さんが、訪問をしてきている事を顕すのだから、早稲田さんの名誉も傷つけるし、A野家の名誉も、傷つけるものなのだった。本当にバカに二乗が付くというほどのおバカさんである。こういう人が、この山を牛耳っていて、あれこれ、「次から次へと、他人を利用して動かしていくのだから、この山に住むのも本当に大変だ。そして、このひとの驕慢のよりどころが、自分は鶴岡八幡宮の推薦で、國學院大學の講師に慣れました」というところにあるのだから、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒壊するのも郁子なるかなと、言う類のものだった。

 A野家は、お金があったらしいし、ご主人が頭がいいらしいので、結局は引っ越して行った。私のブログを丁寧に読めば、・・・・・・この山に、住んでいると、特に前田家とか安野家と仲良くすると、結局は大変な事になる・・・・・と、判った模様である。冨澤さん大丈夫ですか? 平木さん大丈夫ですか?と、言っておきたい』

 このA野家の話については、ここでは、繰り返しません。ただ、お嬢さんを利用して安野家が暗殺未遂事項を行ってきたことを、私がブログに書いているから、ああ、もう、是では、駄目だと判断をしたのだと、思います。

 この早稲田ゆう季さんの、ゆうの、漢字がなんだったっけと、ふと、気になって、今ググってみたら、なんと、早稲田さんは、かまくら春秋社に勤務していた過去があるそうです。じゃあ、簡単ですね。市長を通すまでもないし、県知事を通すまでもないです。で、更に分かってきたことは、第一次暗殺未遂事件は、裏に伊藤玄二郎たちが居たと、言う事です。それが確定できました。第二次暗殺未遂事件である、冨澤家が事業主体者である、高枝切事案ですが、それの方は、市役所の吏員、阪中英夫の態度により、また、柳沢昇の電話の相手先により、確定的に伊藤玄二郎が裏に居たことが私にはわかって居ます。この二つの件は後で、リンク先でも示して置きます。ここでは、詳細には踏み込みません。

 しかし、何故、ここで、急に早稲田さんを持ち出したかというと、是が、浜銀で起きた事とそっくり同じ流れなのです。で、ここで、持ち出して来たというわけです。で、ここで、前節の最後、→の処に戻ります。矢印の処から先を書きます。→その謎が解ける日がやってきました。それは浜銀から呼び出しがかかって、副支店長があいたいと、言ってきたからです。

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副題6、『浜銀鎌倉支店、副支店長とは、一種の美女なのだが、隠しきれない・こ・ずるさが、表情に浮かんでいて、私の評価は、低い女であった。しかし、彼女が、私の目の前に現れた目的は、早稲田夕季さんが、我が家の玄関に現れたのと、同じ目的であるので、数々の異常な行動をとる横浜銀行・鎌倉支店の裏に、だれが居るかは、明瞭になり、・・・・・それゆえに存在意義がある女性となる。ただ、彼女のいう事は、支離滅裂であって、意味をなさなかったが・・・・・裏に居る人物とは、伊藤玄二郎であり、誰を助けたくて、そういう行動をとるかというと、前田清子さん他の、この雪ノ下の我が家近辺で、ひどい事ばかりやって来て居る連中を助けたいのでした。で、』

 これまで、私の目の前に、正面切って、現れ、CIA側の補助をしようとした美女が三人いるわけです。実は大昔北久里浜時代を探れば、益山智恵子さんは、原節子にそっくりでしたし、後に、中央公論新社で大出世をしていく、湯川有紀子さんも稀有なる程の、美女ですし、北久里浜で、頭脳的大詐欺事件が起きた、その頃から、笹川良一の右腕となった塩見和子さんも、美女中の美女であり、角野栄子さんのアンデルセン賞受賞に力を貸したであろう、元デンマーク大使夫人Oさんも、スラっと背の高い美女であります。

 しかし、ここでは、裏に伊藤玄二郎、または、彼の支配下にある、警察に動かされて、私の目の前に現れた美女たちについて、語ります。三人のうち、遺伝的・構造的に、もっとも、美しかったのは、2018年7月9日の夜、鎌倉駅前のスーパー東急の二階に現れた婦人警官(または、刑事)でした。ただ、彼女は古いタイプであって、往年の大女優、京マチ子、木暮実千代、高峰三枝子、入江たか子ら、を、ほうふつとさせるタイプです。したがって、現代の若い男性が構成している警察内部での職場結婚には、結び付かなかった可能性があります。

 さて、私の評価が一番高いのは早稲田夕季さんですが、彼女が、元かまくら春秋社に勤めて居たと、おとといに初めて知って、何故、山尾志桜里が立憲民主党に、入党できたかが理解できました。しかし、ここでは、数年前に、我が家の玄関先に現れた日に戻ります。その日は、これまた、徹夜明けの日であって、彼女が私の敵として、訪問をしてきているのは、よくわかって居ました。が、彼女の態度や、話の内容には遺漏が無くて、『さすがの早稲田さん! 鎌倉の令夫人たる、資格があります』と、私の方が、妙に感心した日だったのです。彼女は浜銀の副支店長と同じく、私を威圧して、今、ブログで、取り上げて書いていることを、これ以上は、書かない様にと、婉曲にも言いに来たのでした。しかし、彼女はそのテーマには、一言も触れませんでした。そんなやぼったい直接行動はとりませんでした。自分が、ここに来ただけで、私がその意図を察するとみていた模様です。早稲田さんが、どうして、その程度の高い行動をとる事が出来たかは、やはり、ゲマインシャフトの、一員同士であり、将来を用心したからだと、思います。彼女の自宅は我が家から、300メートルぐらい北に在り、同じ雪ノ下二丁目の住人ですので。その上、この事案を頼まれた後で、私を研究するために、私のブログを、2,3本読んだ可能性があります。

 一方の浜銀、副支店長の場合ですが、彼女の事前準備ですが、別室でレクチュアーを受けて居た可能性を感じます。出席者は、支店長、伊藤玄二郎、かまくら警察署・せいかつあんぜんか・課長(*Aへ)の三人であったと、推察しています。ところで、この三人とも、私のブログを読んではいないでしょう。

  *A ここで、かまくら警察署の、生活安全課・課長という名前が初めて登場します。しかし、今の瞬間、300字程度が、消えたので、かれは、非常に重要な人物なのでしょう。私は忘れ物の関係で、港南台駅か、洋光台駅を最寄りとする、警察署内部に入ったことがあるのです。そこの警察署では、構造上、忘れ物を取りに行く前に、生活安全課の部屋の前を通るのでした。するとドアが開いていて、中が見えたのですが、大きなデスクがあって、その上に、生活安全課・課長と、書いてある、三角柱が、乗っていて、その向こう側に太っていて、肌浅黒く、眼光鋭い男性が座っていました。私はその時点では、生活安全課とは、庶民の普段の生活を守る部署だろうと、考えていたので、『こんな怖い人が担当をしているなんて、ここの署長は人事において、変な考えを持っているのですね』と、思ったのです。

 その後、安藤てる子さんと言う女性が近づいてきます。この人はプロの嘘つきです。つまり、警察庁切っての頭脳派・女性刑事というわけです。私は、最初から、半分は疑っていたのですが、半分は、彼女の嘘(私とそっくりな被害を受けている)に同情をして、60過ぎにできた友人としては、最も長い時間を一緒に過ごしています。我が家にも二度招いて、雄藩をごちそうしています。その安藤てる子さんが、「昔の特高って、今は、生活安全課っていう名前に変化しているのよ」と、私に教えてくれました。彼女がそういう事を教えてくれたのは、いわゆる、肉を切らせて骨を断つという類なのでしょう。

  この生活安全課の、スタッフ二人が、この2018年12月5日の午後4時半に、浜銀・鎌倉支店のATMロビー二、たたずんでいたので、到頭、本当の事へ、入って行き始めたと、いうわけです。

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副題8、『ところで、本日(=2018年12月15日)午後4時半ごろ、浜銀、鎌倉支店に電話を掛けた。無論のこと、土曜日の午後だから、機械が対応しただけだけれど、何を私が言いたかったか、または、質問をしたかったかを、ここで、語って置きたい。でないと、電話を盗聴している、警察署・さ・ま・が、誤解をする可能性があるからだ。

ここで、インフルエンザにかかって。しまいました。それで、長時間、お休みをさせてくださいませ。

 

 @@@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。

うちの主人は、kureと言う半分は、田舎である小都市に育ったので、夜、私が外出することが理解できず、かつ、嫌がります。

 彼女がそれを知りたがっているのが、わかって居たので、「引っ越していくかもしれませんが、ここ(=雪の下に丁目の方の我が家)は、売りませんよ。どうしてかというと、ここを画廊喫茶にしたいと、思っているからです」と、まず言ったのです。

 

 

コメント

劣位三位のcardですと、画面が言った時、三菱は、すぐ新しいcardを作ってくれた。反対に浜銀は、10回以上苛め抜いて来た。誰が浜銀の裏に居る?

2018-12-14 09:12:41 | 政治

副題1、『前報

角野栄子がNHK歳末助け合い運動の顔に-2・・・・・横浜関内に在った横浜市立教育文化センターが、潰された。それは、近美鎌倉館の閉鎖と、同じ仕組みであろう  2018-12-13 07:11:45 | 政治

 をもっと長時間読んでもらいたいのだが、本日のビジネスアワーに、リアルな世界での攻撃がある予定なので、それに対応するために新しい章を起こす』

  私は、前報を、副題5まで、書いて、「これ以降は、明日書きます。外出の予定がありますので」と、言い、文章を止めました。その一行の文言は、今は、消えています。というのも夜の10時に副題6を加筆したからです。だが、私のブログを、ハッキングで、公開前から、読んでいる連中は、これは、攻撃時だと、思ったらしくて、私が絶対に家にいないであろう、午後4時半過ぎを狙って、新聞配達所からのお手紙として、「新聞代を支払え」と、言ってきたのでした。

 この・・・・・留守を狙って、攻撃をしてくる・・・・・というのは、例の連中(私が鎌倉エージェントと呼んでいるCIAの手先の連中)の常とう手段なのです。たとえば、最近の文章の、主役足る冨澤夫妻でも、前哨戦があったので、暗殺未遂の一環である、高枝切が、起きた途端に書き始めたのですが、その前哨戦と言うのも、私の留守にかかって来た電話だったのです。私が、その時まで、気にもしていなかったゴルフの打ちっぱなしを、「ご迷惑ですか?」と、言う電話が留守にかかってきた時から、私は身構えを始めたのでした。一般的な住宅街で、隣の人がゴルフの打ちっぱなし練習をし始めたら、「うるさいなあ」と、内心で思うかもしれません。しかし、ここは、たいへん特殊な環境です。冨澤家と、我が家は、水平距離60メートル以上、垂直距離20メートルは、離れています。その上、樹木が一杯茂っていて、それが、断音材の役目を果たしています。それで、その電話があった日まで、まったく、気がついて居ませんでした。

 この電話は、この山で、田舎者めいた、生活を推進する前田夫妻、が、自分達のご近所いじめの結果、我が家の花畑だけ、結果として、盗まれてしまったことが、どうにもならない悪でしかないのに、それが、悪ではないと、して行きたいと思っていて、ともかく、私の方が悪い人であると、していきたいと、言う策謀があり、その一例としての現れでした。

 私の花畑が盗まれたのは、10年前まで、私の北側に住んで居た藤本夫人と言う人が、あまリに、うるさくて迷惑行為の多い、前田夫人をたしなめる為に、自分の家の前の道路を使わせない様にしたいと思って、道の真ん中に、自分宅のフェンスを作ると言い出した、事から出発しています。それでね。藤本夫人は、もう死んでいるのですが、その時のとばっちりを受けて、我が家の花畑を盗まれてしまったことを、今度は、私を攻撃することで、無かったことにしたいと思っていて、どんな所でも、突っ込んできて、いじめるというか、暗殺未遂までするというか、ひどい事をする人間たちなのですが、その攻撃策の一環として、・・・・・・私が、クレームをつけすぎる人だ・・・・・と、言う事にしたいのです。

 私の方は、冨澤家のゴルフ練習を全く問題としていないのに、問題としていると、言う嘘の告げ口を冨澤家に伝えて、冨澤夫人が、我が家に電話をかけて来て、謝罪をすると、言う脚本を作って、それを、じっこう、実演をするのでした。

 私は当然の如く、嫌な気分になります。仲良しだった冨澤夫人が、嘘を信じて、やる必要もない、謝罪をしてくる・・・・・それは、イコール、彼女が私を信じて居ないという事を示しています。

 さて、ここで、私は冨澤夫人は、善人であるのか、それとも悪人であるのか、を、考え始めます。そして、このゴルフの打ちっぱなしを騒音として、謝罪をするという一件に関しては、悪人だと、規定をしました。その根拠こそ、・・・・留守に電話をかけて来て、私に弁解をさせないという手法を、ただ、偶然に採用したのではなくて、考え抜いた伊藤玄二郎や、前田夫妻の、脚本を、受け入れて、それを、「良し!」としたから、だろう・・・・・と、見抜いたからです。

 私が雪ノ下の家を留守であることは、新橋駅のエレベーターとか、歌舞伎座のエレベーターを警察の特殊部隊が、監視して居れば、簡単に分かります。で、新橋に、夜7時半に居ることは、画廊が7時に終わるので、非常に回数の多い現象ですから、新橋駅の監視カメラで、私の姿を、捕らえたら、それを、かまくら警察署が把握して、それを安野家とか、前田家に伝え、そのどちらかの家、または、最近だと、小野寺夫人に伝えて、そこから冨澤家に、「例の事、今、実行をしてください」と、依頼を出し、その結果、その、いやみたっぷりな、嘘に基づいた電話が、我が家に、かかって来たというわけです。その際に、したの写真が意味を持ってきます。

安野家が13号で前田家が14号である看板

 この看板が、今は白井・小野寺邸に在ります。でね、今、書きかけ中の、文章があって、完成をして居ないのですが、・・・・・それを完成させれば、皆様に、堂々と、開陳できるのですが、今は、時間がないので、それを傍証とする、壱段階を抜かして語りますが、・・・・・どうも、お給料をもらっているらしいと、考え始めます。

 一般人であるご近所様が、どうも給料をもらって、言論弾圧に乗り出していると、言う事実、・・・・・これは、すさまじい悪ですよ。安倍総理大臣が、よく「日本は法治国家です」と言うけれど、それは、嘘八百の文言です。日本では、警察は、泥棒たちの見方をするのですから。時には、自分達も泥棒化して、我が家から、両親の再現不可能な、写真や、新聞記事の切り抜きを盗んで行ったりしています。そして、ご近所様のうち、二軒には、確実に、合い鍵が(警察から)渡っていて、下に言う、メルクマールの日にも、玄関から絵が一枚盗まれています。これは、ご近所様のうちの、美術が専門の方の一軒の仕業だと考えております。それをこれから、証明していきます。

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副題2、『2016年12月27日は、特別な日として、私は記憶をしている。我が家の室内への盗聴の仕掛け、電話の盗聴をされていることの証明、および、浜銀のスパコンに、警察が入って居て、いじめを行っていることの傍証づけに役立った日なので、メルクマールの日付となっている』

 それはですね。小野寺夫人がしつこく、対話を求めてきた日(=2016年12月27日の夜、7時半過ぎ)に、ここから北久里浜へ、引っ越していくか行かないかを、語っている際に、判った出来事でした。彼女は、この山の石段の途中で、私を、待って居ました。『その姿を見た途端に、我が家の室内が盗聴をされて居ることが、是で、確定できた』と、思いましたよ。

 ところで、北久里浜に、引っ越していくか行かないかを語る前に、そちらの我が家と、雪ノ下の家の違いを語らないといけません。そちらは、日当たりが良い平地にたっていて、実質的に使える面積が、こちらよりも、広いので、主人が好んでいるという事もありますが、何よりもいい事は、駐車場つきの家であり、救急車を、呼んだり、タクシーを呼ぶのが、自由自在にできるという点です。一方の鎌倉の家は、寝室から、救急車まで、石段を、160段以上降りないといけないのです。

 その日より、2週間前に、主人は、二度目の入院をして、二度目の手術を受けて居ました。それで、彼が、相当な重病人化したと、夫婦ともども考えて、北久里浜へ引っ越していく事になるだろうと、夫婦ともども予測をしていました。それで、私は、主人の入院中に、家電を買ったり、クロネコさんのプチ引っ越し(単身赴任者用)を頼んだり、固定電話をひいて、インターネット環境を準備したりしていました。それを、敵さんたちは、すべて、詳細に把握して居るはずなのです。というのも、2013年に、京都方面に旅行をした時に、クレジットカードと、銀行のキャッシュカードは、京都でも、追跡対象となっているのに気が付いたからです。で、この2016年の12月ごろもクレジットカードをさんざんに使って、買い物をするわけなので、(主人の普通預金は、私はまだ、使わないで、物事を処理できる段階なので)、敵さんたちは『あの人は、引っ越していくらしい』と、既に把握をしているわけです。

 知っているのに、さらに、より正確に知りたいと、例のトカゲの脳味噌連中は思っているわけです。ここで、トカゲの脳味噌連中と言うのは、都立大学の大学院出身の、前田清子さんと、東大卒の小野寺夫人、また、彼等と、連動をしている、安野夫妻や、柳沢昇や、大原光孝を指します。

 私はその日も昼間は散々な活動をして、疲れ切って、自宅へ帰ってきました。幸い主人はすでに、退院して、自宅にいました。その主人に向かって、「もう一度出かけてくる。北久里浜のガスが、プロパンであって、・・・・・開栓の、費用を、28日中に払ってくれないとだめですよ・・・・・と言われているから」と、告げました。この日は、27日ですから、もう一日ある様なものですが、私が、もし、ブログを一本書き始めたら、次の日の午後三時までに、振り込みができない可能性がありました。

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副題3、『浜銀、鎌倉支店の貸金庫は、クマヒラの最新版だけど、裏側から、警察が、自由自在に出し入れができる様になっている。・・・・・ここで、安田純平の突然の帰還が、意味を持ってくるのだった』

 しかも、このケースでは、送金元が、横浜銀行鎌倉支店であり、送金先が、横浜銀行久里浜支店でした。CIAエージェントたちは現代の特権階級であり、警察を手下として、支配下に置いています。その警察は、振り込め詐欺を理由にして、銀行に入り込み、銀行を支配下に置いています。最初は、湘南信金が狙われていました。それで、散々に嫌な思いをした挙句に、湘南信金からは、身を引きました。その次に狙われたのが、横浜銀行です。しかし、神奈川県在住者としては、横浜銀行は捨てるわけにはいきません。ATMやら、支店の数が、抜群に多いので、そこを捨てるわけにはいきません。

 自宅にあまりに泥棒が、頻繁に入るので、つまらない書類でも、金庫に保管しようとして、横浜銀行、鎌倉支店に二つの貸金庫を持っています。ところが、驚いたことに、その貸金庫にも、警察が、自由自在に手を入れられるのでした。クマヒラの最新式の設備で、四重のセキュリティがかかっています。しかし、裏側から鍵なしで、自由自在に引っ張り出せる様になっているのでした

 私はあまりの泥棒被害の多さに驚いて防衛のために、貸金庫を二つ借りています。或る時、神様のお助けで、その裏側の取っ手の存在を知ったのでした。スカジーカード(これは、3番目のセキュリティ用、関所となっているモノ)が、この金属製の箱の裏側に、静電気のせいで、ぴったりと引っ付いてしまい、それを、「見当たらない。見当たらない」と、探し回っている最中に、偶然に、も、裏側にも取っ手がついて居ることを発見してしまったのです。その後、電車の中から注意深く、建物の裏側を、観察したり、グーグルの地図をスケール、20mまで、拡大して、見たりして、浜銀・鎌倉支店の、金庫室の裏側に、シュモクザメの様に、金庫室を囲む、スペース(部屋)が、できているのを発見したのでした。『なるほどねえ』と、思っています。

  ;;;;;;;;;;ところで、ここで、スピンオフですが、お隣自身からではなくて、別の人間から、聞いた重要な話を語ります。この、清楚なデザインの建物は、最近、新築されたものなのですが、設計者は、我が家の西隣の白井達雄氏だそうです。とても親切な設計となっていて、金庫室のデスクでも電源が使える様になっています。ところが、その電源に、数年前にふたが出来ました。これもまた、大問題ですが、今日は長くなるので、それには触れず、元に戻ります。;;;;;;;;;

  この裏の部屋は、電車の駅の切符売り場の後ろと同じ形式になっているでしょう。そこにだれが入れるのか? また、どういう仕組みで、入る事ができるルールになっているのか?・・・・・と、想像するのですが、そちらは、支店長と支店長の許可を得た人間なら、自由には入れるのだと思います。私の貸金庫ですが、さすがに盗まれたものはありません。しかし図書館の雑誌、2011年6月号が、他の場所【鎌倉駅東口、改札口傍の、図書館の本返却ボックス】から盗まれて、こちらの貸金庫に入って居たのです。これについて、どうしたら、そういう事が可能なのか? と、あれこれ、考えるのですが、まず、もっとも順当な考え方法は、警察が、支店長に、「お宅の顧客の中に、テロリストが居ます。だから、貸金個室に入らせてください」と、言う事だと思うのですね。

 それで、それを可能にするために、常に、テロリストに関するニュースが出てくるのです。この3日間にもフランスで、また、テロ騒動がありましたね。そして、一般の日本人に対しては、安田純平さんという、IS国にとらわれて居た人が、帰還をしました。それは、そういう警察の動きを助ける為ですから、彼は、CIAエージェントたちの道具として安全な形で守られて海外に居たわけです。したがって、消耗をしておらず、しかも、帰国直後には、記者会見をしなかったのです。批判されるのを避ける為でした。

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副題4、『横浜銀行と横浜市が組んで、私がだらしないい人だと、言う決めつけをして来た。それは、今回、我が家から植木鉢やプランターを盗んで、それをごみ袋、四つに作り上げて、出してはいけない日に出して、長期間、鎌倉市清掃局が引き取らなかった。・・・・・その件に流れやコンセプトがそっくりなのだった。清掃局は、2018年10月9日、中身を見て、これは、燃えるゴミ(鎌倉市は、この時点では、固形プラスチックも燃えるゴミの日に出す事になっていた)であることを知っているのに、二日後の11日に引き取らず、15日まで、放っておいたのである。それは、そのだらしない人に対する見せしめであるだろう。しかも、そのごみ袋を、130段以上の石段を持ち上げて、この山の主婦たちが小野寺夫人を中心に詮議したそうである。開けてみて、内容を見て、・・・・ああ、川崎さんが間違えて出したのね・・・・・と、暗黙裡に認め合ったという事だろう。しかし、私自身はそれを出していない。ともかく、とんでもないいじめが、行われている。それと、コンセプトは、100%同じです。

 そういうもろもろがあった上で、横浜銀行はどんどん、弾圧側に入って行き、到頭、信頼すべき、ATMの出金がおかしくなるとか、振り込みが6日間も相手先に届かないと、言う形にさえなりました。こういうのも全部裏に脚本があるいじめの仕組みでした。ATMで、クリック先として、引き出しを命令しても、正しい金額が出てこないという、ケースが二回ほどあり、また、振込金が、6日間も相手に届かないこともありました。その時の相手先は、横浜市であり、固定資産税です。母から遺産としてもらった小さなアパートの税金でした。普通、遅れると、二度目の納付状が入った封書が届くはずですが、その時だけは、様式が全く違っていて、A4の白紙に毒々しい文言が、プリントアウトされて居たのです。横浜市が総力を挙げて、責めててきたと、言う感じの、文章でした。

 そして、普通なら・・・・・この人は、きっと納入票を無くしたんでしょうと、相手方が考えて入って居るはずの、二度目の納入票も入って居なかったのです。こういう事を脚本として、絵図を描く人間はすべて同じでしょう。しかし、これは、私のブログを源泉として突っ込んでくるわけではないので、井上ひさしが、原案を作ったとは言えないのです。

 もちろん、これは、例の如く、私の背後に居て、いじめようとしている軍団の仕業でありましょう。で、その個人名を書かないと、さらに、困難が増すので、可能性のある個人名を挙げて置きます。大変似ているケースとして、我が家からプランターを盗んで、ごみ袋を作った連中が居るので、鎌倉側の、伊藤玄二郎、井上ひさし(まだ生きていますよ)、前田夫妻、安野夫妻、白井達雄小野寺夫妻、木村某氏の、誰かではないかと、推察しているのです。しかし、北久里浜の方の、杉本正子夫人と言うのが、これまた、悪女なので、そこらあたりが、これらの、いじめ策を作っているのかもしれません。今、システム異常の最上級のものが出現したので、この名前の中の人間がアイデアを出している可能性は、強いです。

 しかし、念のために、成岡庸司君の名前も上げて置かないといけません。彼とか、警察庁内部で、異様にサディスティックな心を持っている人間がいるのかもしれません。給料が要求する任務を超えてサディスティックにいじめたがっている人間がいるのかもしれません。

 さて、次から次へと罠が出現するのですが、そのたびに戦わないといけませんね。このは、・・・・・固定資産税が、6日間も横浜市に届かなかった・・・・・件の時は、日ごろの、「喧嘩はしない主義ですよ」と、言うルーティン行動をかなぐり捨てて、戦いました。もちろん、鎌倉支店の、女性スタッフに問い合わせても、らちが明かないのは、眼に見えていますので、本店(または、本社と言うべきか?)に電話を掛けました。すると、担当者と言う人間がのらりくらりと、わけのわからない、答えをあれこれ出すのですね。それは、このブログで、読者の皆様に、説明できる様な、明快なものでは全くないのです。滅茶苦茶なものでした。つまり、6日間も、横浜市に届かなかったのは、そういうケースがあり得て、その理由はあれこれですと、言う説明です。驚きました。しゃざ

 土、日を間に挟むと、表出をしないのは、誰もが知っていますね。それからお正月などは、事務部門は休みますので、届かないことは有り得ます。しかし、横浜市から恐ろしい責めるお手紙が来ているのですから、普段の、月日だったと思います。もし、四回に分けて納入するとしたら、私の場合は、母の遺産が入った月日の関係で、7月、10月、次の年度に入っての、1月4月です。だから、お正月休みは含みません。

 ただし、もう一つ、存在する、別の可能性についても、記して置かないといけません。それは、です。横浜銀行にかけているつもりの電話が、スパコン内処理によって、警察庁内部の特殊部隊に繋がっていたと、言う可能性です。それから、6日間も遅れたのも、浜銀の処理が悪かったのではなくて、警察庁内部の特殊部隊が、浜銀のスパコンに侵入して、そういう作業を行ったという可能性です。

 または、正常に届いていたのにもかかわらず、同じ、警察庁内部の特殊部隊の人間が、横浜市を語って、ああいう恐ろしい内容の手紙を作った可能性をも感じています。

 この最後のケースでは、私は浜銀を信じているという事になります。しかし、2013~2014年ごろ、浜銀の態度は、店頭の女子高ンをはじめとしてものすごく悪いものでした。ただしあのmのキツイ女子行員が、刑事の変装だったら、ああいう悪い態度をとるのもいたし方のない事ですが・・・・・

 

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副題6、『数年前の事、浜銀の女子行員が、三菱銀行のそれと比較してあまりにレベルが低いので驚いたことがあった。しかし、そのレベルの低い女子行員が、もし、女性刑事の変装だったら、致し方がない。女性刑事、もしくは婦人警官は、ありとあらゆる職業の、女性社員に化けて、目の前に現れるのだが、応用力がまるでなくて、上から命令された通りに動くので、すぐ見破る事ができる』

 と、上の様に書いています。そういう女性刑事の傑作中の傑作は、2018年7月8日の夜に鎌倉駅の、表駅改札口側事務所に居た女性刑事でした。あまりにあくどいので、彼女の事をブスで、♀だと、表現しています。すると、警察側は、直後の、9日に、鎌倉駅前のスーパーの、レジのところに、美貌の、女性刑事、もしくは婦人警官を配置して

 私に対して、不親切の極みの態度を取らせました。普通ですとスーパーのレジのところに二人の店員がいる場合、一人は、機械に数値を入力し、一人は商品を、支払い物品済み商品入れのかごに移したりして、連係プレーをするものなのです。

 これは、初出のエピソードですが、すぐに、・・・・・警察側が、昨日仕掛けて来た罠が、私にばれてしまったので、その修正に来た・・・・・と、言う事が解りました。私は、後注3に置いたものの前に、4本ほど、その8日に目の前に現れた駅員について、かるくふれたものを置いてあり、そこで、簡単な言葉でですが、・・・・・JR東日本の女性社員と言うのは、スリムで、きびきびしているのが普通なのに、その時の駅員だけは、腕がぶよぶよして居て、普段、立って働いている人の体型ではないし、顔も緊張感がなくて、不細工だった・・・・・と、書いています。で、「偽物だとすぐわかった」とも、書いています。どうしてその日、女性刑事が駅に居たかというと、足が悪い私を、さらに、長距離歩かせるといういじめを行う為でした。

 で、私のブログに対する修正として、警察庁管轄内、もしくは、神奈川県警本部管轄内、随一の美女を、今度はスーパー東急に、配置したというわけです。私は6月の30日の早朝にけがをして、それ以来買い物に出て居ないので、7月9日のその日には、必ず、スーパー東急に寄る筈だとみなされて居たのでした。で、彼女が通常通りに、働かないで、不親切にすることによって、前日の東日本社員に化けた人間と同じく、警察の人間だと、私に指し示し、その結果として、「お前、前の日に、あの駅員はブスだと書いたな。だけど、警察にだって、これほどの美女は居るんだよ」と、示したいのでした。

 それは充分に分かりましたが、こっちもバカではないです。でね、彼女に対して「尻尾が出ていますよ。あなたって、警察の人間でしょう?」って言いたいわけです。

 しかしそれを言ってしまうと、喧嘩を売る事になるので、もっと、普通の、言い方をいたします。冴えないのですが、カッコつけて、いきがる事よりも、総べて安全策をとるのがベターだと考えているからです。これは、ご近所人間に対しても同じです。大原光孝と言う人が、自分は冴えていると信じているらしくて、決め台詞を発して、いじめてきますが、私はほとんど何も対応をしません。ただ、黙っています。しかし、私が反論もできない弱い人間だと、考えたら、大間違いですよ。ただ、ただ、私のクレドに基づくスタイルなのです。

 で、2018年7月9日も、その美女に向かって、「あなたは、どうして、前の人を手伝わないの?」と、平凡極まりない質問をしました。すると、彼女は、「私は、見習いです」と答えました。『なんていうバカな答え方をするのだろう!』と、思いました。見習い中のスタッフは、見習いと、言うバッジをつけています。でも、彼女はつけて居ません。嘘がバレバレです。で、次の質問として、「あなた、結婚をしているのでしょう? それが、どうして、こんなに遅い時間に見習いなどしているのですか?」と言いました。普通スーパーは、こんな時間帯には、男子なら、学生等のアルバイトや、新人社員を使う事があるのですが、女性の見習いなら、昼間訓練するのが当たり前です。で、不思議だなあと思ってそういう質問をしたのです。すると、彼女はむっとした様に、「私は、結婚をして居ません」と答えました。

 それを聞いたとたんに、私の頭の中から、政治の問題は遠のきました。もう、彼女に対して、「あなたは、警察の人間でしょう。それは、私にはわかって居ますよ」と、言う必要を感じませんでした。で、頭は彼女の人生を考える方向、つまり、哲学のフィールドへ移動してしまったのです。

 『この人は、すでに、45歳を超えている可能性が高い。開発ちえさんも、絶世の美女だが、45を超えているだろう。とても、似ている。美女だからご本人も、えり好みをしたであろうし、男性から見ると、結婚に向いていない性格であるのも、判断をされてしまい、コナを掛けられなかったのも、禍をしたであろう。美人では無くても、かわいくて、はち切れそうなエネルギーに満ちて居たら、男性は、近寄って来るものだろうが、このひとは沈んだ感じがする。内向的で、地味な性格なのかもしれない。

 今の社会的風潮が良くないのだ。女性も働いた方がいいのだと、言う風潮は、日本が被・植民地国家であり、国民が労働をして、得た利益を海外の大富豪が吸い上げているからだ』と、思い、沈思黙考に入って行ったのです。すると彼女の方は突然に、しゃんとして、働き始め、私の清算済み商品の入った籠をサッカー台(商品を持ち帰るべく整理する台の事)へ、乗せて、レジ袋へ詰め始めました。そして、明るい笑顔で、私を見送ってくれました。

 その時に、『ああ、彼女は、もしばれたと、気が付いたら、普通の東急社員のようにふるまいなさいと、上司から命令を受けていますね。でも、彼女が警察の人間であるという事を、私がわかって居ると、示すことなど、もう、どうでもいいわ。最後に見せてくれた笑顔が素敵だったから、幸せになる様に、彼女のために祈ろう』と、思って、スーパーを去りました。

 というわけで、最近の、2018年だと、警察、および、鎌倉エージェントが考え点く、ありとあらゆることは、裏側を瞬時に解明できる様になりました。しかし、2013年ごろは、まだ、そこまで、は、ピーンと来て居ませんでした。

 それで、浜銀の女子行員だったら、本当の浜銀の女子行員だと、信じたのです。その日の私は株を買って、その決済の最終日でした。それで、午後二時過ぎに家を出ました。この時は、まだ、私の方が、MRFのカードの使い方が、よくわかって居ない時期で、買ったら、必要な金額を、いちいち、証券会社の口座に、振り込んでいた時期です。で、浜銀鎌倉支店まで来ると、驚いたことに、昨日まで、順調に使えて居たキャッシュカードが、突然に使えない状態に入って居ました。私は似た様な事が、パソコン、ラジカセ、ミシン、ゲーム機、プリンターなどに、何万回と言うほどに起きているので、すぐさま、CIA(と言うのは古村浩三君などを指すのだけれど)または、警察の特殊部門がバグを入れたと、判りました。でもね。午後、三時前の浜銀、鎌倉支店の中なんて、お客がいっぱいいます。そういうお客が聞いている中で、「バグがなんとか、かんとか・・・とか、警察が後ろに居て、うんぬん・・・・」と言うのも、奇妙な事とみなされると思い、

 普通の正攻法で、「これは、昨日までは、正常に動いていたのです。でね、今は、動かないわけですが、私が、何かおかしい作用をしたから、急に動かなくなったわけではありません。でも、動かないわけだし、紛失したわけでもないので、どうか、新しい、順調に動く、キャッシュカードを作ってください。それと、これを、取り換えてください」と、お願いしました。

 ところが、50過ぎであろう、メガネをかけた、是もブスの女子行員は頑として、自らの主張を曲げないのです。「どうか、新しいカードを作る申込書を、書いてください。それを提出して下さったら、簡易書留で、一週間以内に、新しいカードを送ります。ただ、最近では、カードを再発行する際には、その費用を500円頂くことになっています」と、そういうだけなのです。

 ここが、神様がついて居らっしゃるという点なのですが、私は、無事に送金をすることはできたのですよ。それは、『駄目だ。浜銀は』と、判断をして、走って、他行へ行ったからです。でも、3時まで、あと、五分か十分しか残って居ませんでした。あの時、浜銀で、あの恐ろしい女子行員と押し問答を続けて居たら、どうなっただろうと考えると、ぞっとします。ともかく、神様がお助け下さったといっても、天は自らタスクるものをタスクと言うでしょう。私は応用力は、120%持っているのです。

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副題7、『ここで、対照例としての、三菱銀行鎌倉支援の対応を書いておきたい。私は、あまりにも浜銀の女子行員が劣等生なので、愕然としたのだが、もし、あれが、女性刑事の変装だったら、あり得る、異常さだった。ところで、もし、そういう推察が、正しかったら、当時の支店長は何を根拠にそんな罠を、私相手に嵌めてきたのだ。それは公開質問状として出したい程だ。既に事は過去の事で、一種の時効が成立していると思うけれど』

 ある日のこと、三菱銀行のATM室に入ると、カードが、「これは、劣位三位のカードです」と、言って、それ以上、うんともすんとも展開しない事になりました。画面は緑色で、exelで、つくった文書形式です。大小、六つぐらいに分かれている部屋のどこを押しても、まったく動かないのでした。そして、カードを引き抜こうとしても、「取り消しボタン」もなければ、「元に戻るボタン」もないのでした。でね、こういう悪意ある措置をとってくる、彼等の、意図を重々に考え抜きました。彼らの心模様を考え抜きました。

 ものすごいいじめでした。だけど、どこかに突破口はある筈です。・・・・・・劣位第三位のカードですと言われたら、まずドキッとしますよね。そうなると、恥ずかしくて三菱銀行にも、訴えられないだろう・・・・・と、敵さんたちが考えていることがわかりました。そうなると、どうなるかと、更に未来を推理すると、カードは当然に紛失という事になります。しかし、劣位三位のカードですなどと、もし、三菱銀行が本当に言っていたと、仮定をすると、こちらは、恥ずかしくて、もう、新しいカードを申し込めないではないですか・・・・・と、成ると、必ず、9時から3時までに、窓口へ行って、ハンコを押した書類を出して、お金をおろさないとなりません。そうなると人間と対応するわけですから、どうしても、6千円下すというわけにも行きませんね。10蔓延下すと、用紙に書くでしょうね。そういう風になると、あっという間に、普通預金の残高が無くなって、又、定期を崩さないといけないとか、成って、老後資金が無くなります。・・・・と、そういう風に、彼等は考えて、こういう策謀を弄してきたのです。

 ところで、私は彼等とは違っていて、まことにまっとうで、まっすぐな人間です。ビビりでもないです。そして、子供のころは、裕福だったし、三菱銀行でも応接室に招かれるほど高額な普通預金を作っていた時期もあります。1980年代の、三菱銀行鎌倉支店は、二階の北側に応接室が、数個ある形式でした。だから、ごく、まっとうな人間の行動として、インターフォンを取り上げて、「ちょっと、来てください」と、頼みました。その時、でて来た、人は、びっくりした顔をして、「ともかく、お預かりします」と言って中に引っ込みました。そして、15分後に新しいカードを作って来てくれました。内部で、いろいろな人とも相談をしたらしくて、新しいカードを持ってきたときは二人で、組んで出てきました。

 これと、比較をすると、例の株を買った清算日の浜銀は異常でした。で、今は、あのぶよぶよした体型の、50過ぎの女子行員とは刑事が変装していたと、思っています。その日、一階のフロアーで、は、合計7人の行員が、居ました。しかし、誰一人、窮状を訴える私に耳を貸そうとしませんでした。で、支店長が、全員に、事前に言い含めていたと、考えられます。

 私の顔写真は、ある企業の顧客として、特に、その企業をほめる人として、その企業のホーム頁のトップ頁に、乗っていました。今は別のお客さんのお褒めの言葉を採用していますが、2008年以降、数年間は、その会社の名前をググると、必ず、私の顔を見ると、言う形式に、数年間にわたってなっていたのです。ググった途端に、私の顔が、パソコンの画面いっぱいに広がるのでした。だから認識するのは容易なのです。

 しかし、だれが何の目的で、浜銀、鎌倉支店長を抱き込むのですか?

ここから先ですが、次の章へ移行をさせます。

 

後注1、

後注2、

後注3、

その鎌倉駅♀駅員は、ありえない行動様式の数々で、簡単に偽物と判明。だが、同時に雪ノ下での攻撃が重なっているので、大きな研究対象となる  2018-07-15 21:53:03 | 政治

 

コメント

角野栄子がNHK歳末助け合い運動の顔に-2・・・・・横浜関内に在った横浜市立教育文化センターが、潰された。それは、近美鎌倉館の閉鎖と、同じ仕組みであろう

2018-12-13 07:11:45 | 政治

 今は、13日の午後2時ですが、非常に驚くべきことを発見しました。横浜市関内駅そばに在った画廊と美術館を兼ねた横浜市直営のビル(旧名教育センタ-)がなんと、関東学院に売られてしまって居たのです。

 驚きました。これは、東京では、上野の都美術館に、該当する施設で、上野の都美観で、開かれていた、公募団体展の、神奈川支部展が、開かれている場所でした。長年にわたって、神奈川県における、アートの中心地のひとつだったのです。

 この破壊は、神奈川県立近代美術館・鎌倉館の閉鎖と、まったく同じコンセプトで、行われたと、思います。すなわち、私に対する個人的な弾圧としてこの、両方が、移転をしました。

 この考え方は、思い過ごしでも何でもないです。今、このセンターのwikipediaから、簡単な、歴史的背景を語る説明文をコピペしようとしたら、できないのです。これは、完璧にCIA軍団が裏に居るケースなのです。したがって、私がこの章の中で、言って居ることは100%、正しいのですよ。でも、できない所を、種々の工夫をしてやっと、成功したので、巻末に、後注4として、その施設の歴史的意義を述べます。

 その施設が、破壊をされたのは、残間理恵子さんが、2001年に、そのビルの八階のホールで見るも無残な形で、私を排除したからです。つまり、簡単な言葉でいうと、500人の聴衆の面前で、侮辱の極みの眼に出会ったのです。それを、私が書いたとたんに、その施設は、壊されることとなったのでした。文末、副題6で、それを語ります。

それ(=公共の用地を、関東学院へ売り払う。しかも、8年間も使わないで居た上で、そんなことをした)が、急に発見をされたので、朝予定をしていた角野さんと、対照的な例としての、女性文化人を上げて行こうとしていた文章は、副題5以降は、ここでは、省きます。教育センターの破壊は、大事件であり、反語的に言えば、私が、どれほどの、大物であるかを証明する出来事ですから、角野栄子と言う、個人の事は、ちょっと、ペンディングとして、横に、置いておきましょう。

  そのコピペできなかった部分の、特に歴史的な背景とうは、こちらの冒頭にも、二度目として、置いておきます。

横浜市教育文化センター(よこはましきょういくぶんかセンター)は、横浜市中区万代町1-1にある地上11階・地下2階建ての複合施設である。JR根岸線関内駅前の大通り公園に面した一角に、1974昭和49年)に完成した。前川國男の設計により、打放しコンクリートとレンガタイルで仕上げられた、4つの建物が合わさったような外観を持つ。建設当時は大通り公園直下で市営地下鉄の建設工事が行われており、3工区に分けて作業が行われた[2] 2階には収容人員524[1]の横浜市教育文化ホール、地下1階から地上3階にかけては横浜市民ギャラリーが入り、横浜市教育委員会も事務所を置いていた。特に横浜市民ギャラリーは2010年の実績で利用率99%、年間46万人の来場者があったが、1996耐震診断で倒壊の危険性を指摘され、東日本大震災により建物の存続断念が決定された[3]。横浜市民ギャラリーは2012年度末で一旦閉館し、20141010日に、横浜市西区宮崎町の市職員会館「いせやま会館」を改修して再オープンした。その他の部分についても20133月末をもって完全閉館し[4]今後解体される予定である[3]。跡地は関東学院大学により、20224月完成を目標にキャンパスや、市民も利用可能なホールやギャラリーからなる建物が建設される[5]

 こんな大切なものが、そこで、残間理恵子が、私をいじめただけで、潰されるのですよ。耐震何とかとは、口実に過ぎないです。どうしてかというと、残間理恵子の後ろには、大物、CIAエージェントが居て、その人間たちが、ビビりだからです。

 悪い事をしているくせに、自分達の真実の姿が世に出て行くことを極端に恐れているからです。

 特に、私が死んだ後に、「あれは、嘘だったよ」と、する為に、この建物を、潰すのです。もし建物が無くなって居たら、若い読者は、『本当に、雨宮舜の方が、嘘を書いているかもしれないなあ』と、思うかもしれないでしょう。だから、それを狙われているわけです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは、前報(18-12-11日付 後注1)の続きです。そちらには、昨12日の夜に、大量のエピソードを入れ込み始めて、推敲が終わりそうもなくなったので、まず、角野栄子さんが、関連している部分だけを、中心に纏めようと、13日の朝、考え直したところです。しかも、角野栄子さんが、新橋駅で、過剰に傲慢であり、他の人なら必ず答えてくれる、あのいちご色の秘密を、何故、私には、その時に、教えてくれなかったかと、言う部分の、謎解きに入ります。そこから、種々の、他の謎も解けて来るし、例のCIAエージェント足る人間の、・・・・・特に伊藤玄二郎と、自分を公的には死んだことにしているが、本当はまだ、生きて居て、この種の各種の罠を案出している、井上ひさし・・・・・の悪辣ぶりが、あぶり出せるからです。

副題1、『私は目の前(=TV画面)に、角野栄子さんが、で、正面切って、かつ、ビッグサイズで、現れたので、びっくりして、18-12-11に、改めて、wikipedia を読み直した・・・・・すると、彼女は早稲田大学を卒業後、紀伊國屋書店出版部へ入ったと、出て居た・・・・・なるほど、それなら、伊藤玄二郎とは個人的に親しいでしょうと、納得をする』

 12月11日の火曜日に、主人と一緒にテレビを見て居たら、前の前にビッグサイズで、角野栄子さんが現れたのです。それで、前報で、軽く、・・・・・角野栄子さんと、私が似ているかどうか・・・・・を、語っています。主人が「お前とそっくりだね」と言うので、検討してみました。しかし、その時、私の頭の中に在ったのは、それほど、簡単な事ではないのです。この20年間の事・・・・・特にチャンスを潰され続けて来た、過去の出来事・・・・・が走馬灯の様に頭の中に浮かんだのでした。

 角野栄子さんは、そのテレビコマーシャルにおいて、紺色のお洋服を着て居ました。瞬間的に消えたので、プリントだったかどうかは、判りません。もし、プリントだったら、彼女自身の描画、もしくは、お嬢さんの描いた絵から採ったモチーフを全面に散らしてあったかもしれません。それは、wikipediaによると、デザイナーと結婚をされたそうで、ご主人側の、人的コネもあり、自分専用の生地を特注で作ってもらえるのでした。

 前報に、そのいちご色について、私が分析した文章があります。私は、自分の才能は、主に、美術系の創作に在ると、自認をしているのですが、特に色についてセンスが高いのです。今、文章を書いているのは、文章だと、パソコンを使うと、細切れの時間でも出来上がるからです。それと、場所をとりません。美術系作家として、全部で、9回、あっちこっちで、個展をした私が更にいい物を作ろうとすると、膨大な道具と場所が必要なのです。でも、ともかく、美術に詳しいので、新橋駅の、地下六階のホームにおいて、私は、以下の如く考えたのでした。

 『傲慢なこの人は、私を無視しているわ。しかし、私は、こういう事を語りたいのだがなあ』と。

  「私は画家なのです。この色は、どちらかというと、シャルボネと言うパリの版画インクメーカーのカーマインという色に似ています。でもね、油絵具でいうと発色が全然違っていて、(それは、版画インクは染料の一種であり、透明度が高いが、油絵具は、岩石などの粉末を油で溶くので、まったく違う素材ででき絵居るからですが)カーマインは朱色です。油絵具でいうと、この色(角野さんが言うイチゴ色)は、Holbeinの、Cadmium Red Purpul が似ていますね」とか。

 もし彼女が私の会話に乗ってくれたのなら、さらに、パリのシャルボネ本店の話に入って行ったと、思います。画家や、版画家は、実際問題としては、その本店では買いません。高いからです。同じシャルボネのインクでも、紙や、薬品などの他のものと一緒に、5%ぐらい値引きしてくれる問屋から、買います。しかし、その本店に、現れているものは、パリが、世界に誇る美的センスと、エスプリなのです。新宿の世界堂も陳列はきれいです。銀座の伊東屋も、陳列がきれいです。しかし、シャルボネ本店とは小さくて、白と茶色だけがお客に見える形の、宝石箱のようなお店なのです。

 それを語りたかったのですが、角野さんが、まったく無反応なので、私は、彼女のそばを去りました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『今、ひどく驚いたのだが、大内順子さんが、2014年10月30日に亡くなっていた。NHKは、一切報道をしなかった。裏から伊藤玄二郎たちが、そうせよと、指示したと思う。ひそい、ひどい。小林幸代さんのケースは特番まで、放映をしたのに』

  NHKが、鎌倉エージェントと、私が呼ぶ集団に、100%支配を受けているのは、この大内順子さん逝去のニュースがメインでも、プチニュースでも一切出なかった事でも明らかです。葬儀(しのぶ会)に、千人もの出席者があったと、言う事でもわかる様に、大変な、人気者であり、大物だったのですよ。このブログは、フィールドを政治と限定をしていますので、もしかしたら、大内順子さんを知らない人もいるかもしれませんが、少女期から、その美貌で知られたファッションライターです。中原惇一が描く美少女のリアルアイコンと言ってもよい存在でした。その後、交通事故に出会って、顔に傷を負ったので、大きなサングラスを常用していた人ですが、サングラスをかけて居ても、その美貌と品の良さは、際立っていたのです。

 私は、一本ブログを書いています。それが、また、美しい文章なので、それを再び、ここで、使う事を恐れて、大内順子さんの逝去をNHKニュースは伏せたのでした。どういうブログかと言うと、六本木のミッドタウンの、B1で、偶然見かけた大内順子さんに、声を掛けて、「上でお茶をご一緒しませんか?」と、言ったら、「いいですよ」と、賛成してくださったのです。そして、45階のリッツカールトンのロビー(お茶も飲める)で、一時間半程度、その後で、二子玉川に帰える、彼女とご一緒したのです。その際に、私の方が、「私は東急電鉄の全線切符を持っているので、二子玉川を回って帰るのは、別に何でもないのです。お話をもっと聞きたいです」と言ったからです。

 その日の私の方の目的は、サントリー美術館を見た後でリッツカールトンの、45階でお昼のビュッフェを試そうとしていたのでした。しかし、お昼のビュッフェは、まだ始まっておらず、従って、田園都市線で、二子玉川に帰って来たのでした。

 その頃は顔写真が全国的に出回って、このひととは付き合わない様にと、命令が下る・・・・・(誰を通じてといえば、残間理恵子とか川名昭宣とか、林真理子とか、中瀬ゆりなどを通じてだと、思うが)・・・・・という妨害がなかったので、ありとあらゆる有名人が、一緒に話をするのを同意してくださったのです。私は、実はすこぶる魅力的な存在なのですよ。顔が美形でもないし、有名人でもないのですが、話の内容と、態度が、素敵なのです。

 大内順子さんの方は、地下一階で、開かれていたランヴァンの内覧会を見た帰りだそうです。もうちょっと、お茶の時間を伸ばせば、ビュッフェは始まるのですが、大内順子さんほどの、有名人だと、ビュッフェなんか嫌いなはずなので、私は一緒に帰る事を提案したのです。

 私の方は、当時、東京圏内の、ありとあらゆるビュッフェを制覇することに、取り組んでいました。そして、一人で、それを試しながら、心の中では、京橋の有名画廊のオーナーであり、同い年であり、しかも、私を、味方してくださったが故に殺されたのではないかと、私が考えている、山口みつ子さんと、一緒のつもりでした。

 私は結構、おしゃべりな方ですが、その日は、大内順子さんが、嫌がらない限り、相手への質問をして、彼女の考えを、聞き取る方へ専念をしました。ありとあらゆる概念が、私には、ピンときました。本日丁寧に、彼女のwikipediaを開いてみた処、彼女の父親が、横浜正金銀行勤務であって、子供のころは上海にいたと、あり、『ああ、それでなのだ』と、納得をした次第です。

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副題4、『・・・・・戦前に、中国大陸に渡って、そこで、過ごした人は、スケールが大きい・・・・と、元アメリカ大使館勤務の高校の先輩・斎藤敏江さんが、言った。それが、大内順子さんにも、私にも当てはまるのだった』

 大内順子さんの父君は、元、横浜正金銀行勤務だそうです。そこにもちょっとした、共通点がありました。実は、私の母は結婚後、そこに勤めているのです。父は、結婚後、母に物足りなさを感じて居たのです。下関の高女専科(今でいう短大)卒ぐらいの学歴の母では、・モガ・足りえないと、思っていたのです。知識や教養が不足していると考えたのです。でも、若いサラリーマンの給料では、私立の女子大に、妻を通学させるのなど無理ですから、代わりに、できるだけいい会社に、勤務させようとしたのでした。当時の父は、早山石油・・・・のちに丸善石油とその名前を変えた。今は統合があまりにも複雑に進んだので、今のその会社名は、皆目わからないが、・・・・の精油所のエンジニアであり、夫婦で、生麦に住んで居たのです。母の父は、母の実家の養子でしたが、後に、別の家の養子になった人で、当時秋山姓でしたが、既に、旧制・柳井商業中学の校長だったので、母はどんな会社にもスムーズに入社できたのでした。

 その後、父は満鉄(調査部、中央試験所)というところに転勤します。当時の日本は石油が必要で、石油エンジニアは、満州で研究することを求められていたのでした。頁油岩(現在の言葉でいうシェールオイル)を、研究していたのです。美術評論家の金沢毅氏は、おしゃれでしょう。ボルサリーノに、ロングコート。或る時、ふときいたのですが、父君は満州政庁勤務だったそうです。当時の満州とか上海で、暮らすのは、日本で過ごすより、ずっと自由で、民主主義的だったそうです。川名昭宣君も親が満州エリートではないかなあ? 安倍総理大臣も祖父が満州政庁勤務ですよ。岸信介氏の事です。

 その日の大内順子さんは、繊細で、謙虚な人でした。その大内順子さんと角野栄子さんは、二、三の共通点があります。それは、女性に好まれるタイプの有名人だという点。(フェロモンたぷっぷりでアッピールしているわけではなくて、素敵なおしゃれでリーダーシップをとっているからでしょうが)他です。

 しかし、私に対する態度は、正反対でした。 角野栄子さんの不は、抜群に冷たくて、犬みたいに、こちらをあしらったわけです。が、そういえば、18年前に、最初の人間として、私を犬みたいに厚かったのが残間理恵子さんでした。角野さんの裏に居る人物と、残間さんの裏に居る人物が同じだとは思いません。そして、彼女たちを納得させる手法も同じだとは、思いません。が、そのどちらをも、是から分析をして行きたいです。

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副題5、『2001年に、横浜関内で、私は残間理恵子さんから手ひどい差別と、排除の態度を取られた。それは、ホールでのシンポジウム会場でのことだから、新橋駅ホームで角野栄子さんから、排除の処遇を受けた時よりも、被害程度は大きい。500人以上が、注目をする中での出来事だったから。その裏側を、18年後の今、推理してみよう。角野栄子さんを教唆洗脳するよりも別のルートが使われたと思う』

 2001年9月2日から鳴り物入りで、横浜トリエンナーレが開かれました。第一回です。その前に、横浜関内駅前に在った、教育センター八階のホールで、シンポジウムが開かれました。司会者は、堀浩さいで、パネラーは、北原照久、残間理恵子、南条史生でした。堀浩さいという美術系作家は、上の副題3で語っている山口みつ子さんの画廊で、個展をする常連でした。しかし、私は、彼の作品は好きではないので、個人的な会話を交わしたことは有りません。

::::::::::ところで、ここで、挿入ですが、私は真にレベルの高い人からは、評価が高い人間なのです。今まで、それを・たからもの・の一種だと考えていたので、阿刀田高さんから、氏の講演会の会場(神田の学士会館内)で褒められた話とか、安西篤子さんから、書物に対するお褒めのはがきをもらったことなどを書いていないのですが、・・・・・この2001年ごろはすべての美術評論家とも知己があり、「銀座で、川崎千恵子を知らないのは潜りだ」と、言われていた時期でした。だから、聴衆にも、壇上の人の双方に、役立つ質問ができるはずでした。

 ところが発言をさせてもらえないのでは、どうしようもありません。しかし、その瞬間から、私には裏が解りました。瀬島龍三一派が動いているのだと。しかし、どうしたら、こういう事が将来再び、起きるのを阻止できるか、その手法は、わかりませんでした。

 だってね。メルマガ時代の、相手先が判る形式の文章内では、こんなことは下品すぎて書けません。恥ずかしいじゃあないですか? こっちがあほだと、誤解を受けます。だって、残間理恵子は、有名人ですよ。美貌の、人でもある。『そんな人を相手に、悪口を書いたら、あなたが負けるのは当たり前じゃアないの』と、言われるのが落ちでしょう。

 しかし、今の私は、そういう懸念を取っ払ってしまったほどに、被害が大きいのです。いつも、神様だけを相手にしていて書いていますと、言っています。残間理恵子の背後に居たのは、まず、石塚雅彦さんは、確かでしょうが、他にも居たのかもしれません。バーター取引として、彼女は、文化人に、講演会の、企画を持ち込む会社を設立しました。日本の文化人の生殺与奪の権を握ったのです。

 だけど、一方で、彼等はビビりまくっているのですよ。ばれたか、それは、大変だと、成って、まず、その現象が起きた、場所を潰して行こうとしています。これは、鶴岡八幡宮境内、他、鎌倉市内で、頻繁にみられる手法です。だから、残間理恵子のバックに、CIA日本人エージェントがいるのは確かなのです。

 なお、この、同じ会場(800人の定員である)の後ろの方で、内藤松子さんが、危機に来ていました。彼女は、私とお茶大付属高校動機卒です。その後芸大に、進学しています。でも、村松画廊で、個展をしたりしているし、黒田悠子さんと、動機の筈ですから、私のここに書いてある意見を否定して来る可能性は、高いです。それを視野に入れながら、こういう事を書いていて、しかも、一歩も、説を、ひく気はないのですよ。

 さて、上を書いて、パソコンを閉じた後で、7時間後の夜10時半に戻ってまいりました。ここで、この文章の本筋とは、あまり関係が無いのですが、内藤松子さんが、昔話したエピソードのうち、二つが、忘れられないので、それを記録をさせてくださいませ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『内藤松子さんの実家は、南側の土地が、だまし取られてしまったらしいのだ。もし、それが、北側だったのなら、だまされても、それほど、悔しくはないだろう。しかし、私が問題としたいのは、買い取った人間が誰なのか? という事だった』

  私は不思議と、内藤松子さんとクラスが一緒になったことが無いのです.しかし、教科によっては、クラスを乗り越えて、生徒が参加する物もあるのです。が、そこでも、一緒だった記憶がないのです。ただ、今から話すエピソードだけは、伝聞ではなくて、彼女本人の肉声で聞いた記憶があるのです。ただし、二人だけの会話の中ではなくて、全部で、五人ぐらいが、同じ話を聞いているのですが・・・・・彼女のお父さんは学者なので、世間知らずで、だまされやすいのだそうです。で、或る時に、不動産屋が訪ねて来て、「お庭の一部を売ってください」と、言ったそうです。「テニスコートにするから、環境は悪くなりません」と、言ったそうです。で、売ってみたら相手の言葉は嘘であって、その後とても嫌な思いをした」と、言う話でした。

 さて、テニスコートにするからと、言われたと、聞くと今の人は、「嘘でしょう?」というでしょうね。しかし、私は、戦前の住宅地は、区画が大きかったと知っているのです。船橋市、塚田というところに住んで居た時は、我が家は、300坪で、お隣は、700坪と千坪でした。だから、内藤さんの実家が、戦前に買い求めたものだったら、最低でも、200坪か、300坪ある筈だから、ご両親が相談の上で、『一部、売ってもいいわね』と、考えたことは有りうるのです。

  でもね。私は内心で、次の様に思ったのです。・・・・・大学教授のお嬢さんが、悔しい思い出を語るなんて、ちょっと、品がないし、残念な風情ですね。だけど、もし、相手が、田中角栄だったら、この表情と表現は致し方ないなあ・・・・・と。これは、田中角栄の政治家としての評価とは別の問題としていうのですが、彼の生き方を、嫌う人は大勢いたと、思います。特に南側に田中角栄が、引っ越してきて、最初は古家を一区画買って、200坪か300坪の普通の家だったのに、どんどん、どんどん、周辺の土地を買い漁って行って、目白御殿を作り上げたのだとしたら、松子さんが、『私の両親を、だましてあの人はひどい。でも、下の学年に真紀子さんが居るから、真相を100%は、語れないけれど』と、思うのは有りです。しかし、当時の私は、頭の回転だけは、バカに早いのですが、口は追い付かない方なので、自分の思いを、松子さんに告げることは有りませんでした。

 何度も言うようですが、1999年に、ニューヨークで、日本人の若い女性を相手にして喧嘩して、圧倒的に、勝ってしまった時以来、ぶっちゃけた会話ができる様になったのです。なんだ、何だ、そうだったの、知らなかったなあ』と、思って、他人とのリアルな世界での会話でも、何も恐れなくなったのですが、それ以前、57歳までは、口が回らない人でした。というスピンオフから、元へ戻ります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『犬みたいに、私を扱った、残間理恵子の、裏には、やはり、CIAエージェントの、大物が居たのだった』

 これから、先は、14日の夜に書きます。

後注1、

 

後注2、  

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2014-12-22

ファッション評論家・大内順子さんお別れの会 1000人が参列し故人しのぶ

 10月30日に80歳で亡くなったファッション評論家、大内順子さんのお別れの会が22日、東京・南青山のスパイラルホールで行われ、ファッション関係者を中心に1000人を超す人々が故人に花を手向けた。

 会場には、幼少期からの写真や出演したビデオ映像、夫で画家の故・宮内裕さんが手がけた肖像画などが展示され、シャンパングラスを片手に故人の人柄や功績をしのんだ。

後注3、

 

 横浜市教育文化センター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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横浜市教育文化センター

 

情報

用途

ホール、ギャラリー

設計者

前川國男建築事務所

施工

フジタ

事業主体

横浜市教育委員会

構造形式

鉄骨鉄筋コンクリート造

延床面積

21,025 m² [1]

状態

解体待ち

階数

地上11階・地下2階

竣工

1974年

解体

(解体予定)

所在地

〒231-0031
神奈川県横浜市中区万代町1-1

座標

北緯352634.1秒東経1393811.4座標: 北緯352634.1秒東経1393811.4

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横浜市教育文化センター(よこはましきょういくぶんかセンター)は、横浜市中区万代町1-1にある地上11階・地下2階建ての複合施設である。JR根岸線関内駅前の大通り公園に面した一角に、1974昭和49年)に完成した。前川國男の設計により、打放しコンクリートとレンガタイルで仕上げられた、4つの建物が合わさったような外観を持つ。建設当時は大通り公園直下で市営地下鉄の建設工事が行われており、3工区に分けて作業が行われた[2]。 2階には収容人員524人[1]の横浜市教育文化ホール、地下1階から地上3階にかけては横浜市民ギャラリーが入り、横浜市教育委員会も事務所を置いていた。特に横浜市民ギャラリーは2010年の実績で利用率99%、年間46万人の来場者があったが、1996耐震診断で倒壊の危険性を指摘され、東日本大震災により建物の存続断念が決定された[3]。横浜市民ギャラリーは2012年度末で一旦閉館し、2014年10月10日に、横浜市西区宮崎町の市職員会館「いせやま会館」を改修して再オープンした。その他の部分についても2013年3月末をもって完全閉館し[4]今後解体される予定である[3]。跡地は関東学院大学により、20224月完成を目標にキャンパスや、市民も利用可能なホールやギャラリーからなる建物が建設される[5]

 

コメント

現在推敲加筆中・・・裕福であると却ってまずい・・・私は子供だけではなく、自分もチャンスを潰されている。角野栄子・NHK歳末助け愛運動の呼びかけ人へ+豊島屋社長

2018-12-11 23:31:19 | 政治

 今は、12日の夜11時です。外出中にちょろっと寝たので、元気を回復しました。この章の加筆推敲へ取り組みます。尚、スピンオフに次ぐ、スピンオフとして、大量の別の話が間に挟まります。そこを最初は、アンダーラインを敷いたのですが、あまりに大量になったので、アンダーラインを撮りました。とても重要な部分は、加筆、初稿のどちらでも、青の太字に直して置きます。

副題1、『それこそ、哲学の問題なのだが、事は得てして、反対側に動くことがある』

 前報において、ミスター平木という、男性が、普段はバランスがとれて居て、問題がないのに、だからこそ、『あれを利用すれば、川崎千恵子弾圧の、効果が高いだろう』と悪人たちに、みなされて居て、最近の二か月は、四回続けて利用をされて居たと、語っています。

 特に四回目に、私の方がその無礼ぶりに激怒して、『それなら、いいですよ。冨澤家が、名義上の主役として行った、高枝切が、どれほどに、醜い事であるかを語りましょう』と、決意したと、語っています。平木家について語るのではないのですよ。Mr.平木がひどい事をするのは、彼本人の意志ではなくて、前田家等が、動かしているわけですから、同じく前田家が、動かしている、もっと大きなことをやった冨澤家に関して、さらに丁寧に拡大して語る事を決意したと、言っているわけです。

 で、平木氏と前田夫人とか、小野寺夫人とか安野夫人とかの、関係においては、・・・・・平木氏を使えば効果が高いはずだ・・・・・と、鎌倉エージェント側は、推定していたのに、実際には、反対だったと、成る事が、悲喜劇だと、言っているのです。

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副題2、『上流階級に生まれても、現代では、その弱さだけが目立つことになりかねない。中流の下くらいで、生まれた方が、賢い生き方ができると、思う』

 私は、この山の人のほとんどに、自著を上げています。そこにURLも記載をされて居るので、このブログの事は、みんな知っている筈なのです。また、うわさ話として、私にはどういう風に対応をしたら良いかも、流布されているでしょう。

 しかし、このブログの解釈の方法に置いて、上に挙げた二家族は、徹底的に間違っている模様です。このブログに対して、正しい読み方はできて居ないと、思います。もし、正しい読み方ができて居たら、冨澤夫妻も、ミスター平木も、地雷を踏むことはなかったはずです。または、あの、二家族を支配し、利用した側の、小野寺夫人とか前田夫人達が正しい解釈ができて居なかったので、間違った方向で、この二家族を利用したので、二つの家族とも、恥をかいたと、言う事になるかなあ。その上まずい事に、冨澤家も、平木家も、このブログを読んでいなかったと、仮定をすると、今般の推移は見事に、なるほどねと、成ります。

 ところで、冨澤家は、上流の下という階級です。一方の、平木家は、中流の上と言う階級です。冨澤家は、そのご主人側の親が、こまち二丁目と言う、鎌倉市内では、本物の高級住宅街と言える地域に、家を構えて居て、仕事は、慶応大学の教授でした。で、市内の情報が早く手に入るので、この雪ノ下の山の小規模開発においても有利であって、敷地を三区画、買っています。だから、実動15軒しかない住民の中では、一番のお金持ちなのです。

 しかし、その冨澤夫妻は、悪人たちから見れば、非常に弱い存在だと、成ります。よく「赤子の手をひねる」という表現がありますが、高枝切り、問題前後の、冨澤夫妻を見ていると、そのことわざが、見事に当てはまります。

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副題3、『ここで、一種のスピンオフに入るが、四億円以上の株を持っている人がこの雪ノ下の、山の中にいると、去年、私は、郵便屋さんに誇示された。それだが、本当にいるかどうかの謎を、今、解かないといけない。それは、季節は巡って、今年は、郵便屋さんが、ポストにカレンダーを無理に突っ込んで帰るので、謎が解けかかっている処だ』

 冨澤夫妻は、上流階級の人ですから、お金持ちの筈ですね。私も実は、一般の専業主婦に比べれば、お金持ちの筈でした。しかし、大切な、中学から、大学時まで、あまりにも、経済的に恵まれていたので、経済的に自立をするという意識が身について居なくて、ただただ、親からもらった遺産と主人の給料をバンバン使う人だから、やがて、貧乏になってきたわけです。

 ところが、また、そこへ母からの遺産が入ります。そうすると、父からの遺産としての株をすべて、売り払ってしまっているのに、また、株を保有する事になりました。その株価を下げてやろうという目的で、起こされた謀略が、寝屋川のに児童殺害事件であり、あれは、山田浩二は、やって居ませんよ。それから、都筑区の傾きマンションです。

 そんな私をからかってやろうとして、郵便局を利用して仕掛けてきたのです。

ここが、第一の加筆中です。強烈な睡魔が襲ってきたので、13日に昼間書きます。と、書いて、ここから、13日付の次の章を書き始めております。



副題4、『豊島屋の先代社長が、私に鎌倉市民を、四つに分類している話をしてくださった。それは、ありとあらゆる政治的な、エピソードへつながっていく話のひとつなのだったが?????』

 ::::::::::ここで、挿入に入りますが、豊島屋の先代社長さんが、私にこうおっしゃったのです。「鎌倉の古くからの住民は、今の鎌倉市民を四種類に分けているのです。原住民、先住民、新住民、インヴェーダーと」。私は、聞いていて、思わず笑ってしまいました。このカーストを四段階に分けるやり方は、インドの、バラモン・クシャトリア・バイシャ・スードラをはじめ、日本でも、士・農・工・商と、言うのが戦前まであって、よく使われる数字です。豊島屋の社長さんは、ニューヨークで、イサムノグチと会食をなさったそうで、相当な文化人です。

 この会談は、政治的な意味では、ものすごく重要であって、この章でも、角野栄子さんのところで、もう一回取り上げますが、今は、ただ、冨澤家を、分類するために使います。

 冨澤夫妻は、その親(=明治生まれ、もしくは大正生まれ)の代から鎌倉に住んで居るので、豊島屋さんの、分類に当てはめれば、先住民に当たります。豊島屋さん自身は、原住民です。そして、私の見る処、前田夫妻、安野夫妻、小野寺夫人等の、井ヴェーダーの犠牲になっていると、言える存在です。

@@@@@@ここが推敲中の最先端です。

 副題4、『冨澤家の特殊な立地条件に付いて語りたい』

公簿上は、多分、総計250坪を超えるでしょう。そして、更地に新築として、家を建てています。これは、20軒しかないこの山の住民としては、特別な、家となります。そして、一番高い位置に、360度を下がって行く方の崖に囲まれて、孤立化しているおうちです。もし、あの建物が、1980年代に建てたプレハブででは無くて、最近、立て続けに、テレビ取材を受けた、西隣の白井・小野寺邸とか、北隣の、石井秀樹・あずさ邸ほどの、高額な建築費を、かけた建物だったと仮定をすると、一種のお城だと、言えるでしょう。

 お城と言えば、三浦半島の観音崎に向かう場所に、防衛大学校があります。昔は、車を持っていたし、北久里浜に住んで居たので、防衛大学校の体育祭には、2度ぐらい見物に行ったことがあります。そこへ向かう途中、道路の西側の、田舎の中に突如として要塞のようなおうちが出現します。で、誰の家かしらと、驚くと、稲川聖城という経済やくざとして、有名な人の家だそうです。。それから下って、40年は経っているわけですが、実は、稲川会とは、今、鎌倉に多数繁茂している人力車の、車夫(若い子が多い)がお金をごまかさない様にするための監視をしているそうです。そういう情報が私に入るのは、大町に住んで居る、ファンドマネージャー(しかし今は東京だと、彼本人が、私の主人を捕まえて言ったそうだが)木村某氏が、教えてくれるのです。

 私は、木村某氏が、どういう立ち位置に居て、どういう攻撃をしてきているかが、実物を知らないので、皆目わからないのですが、対・私攻撃策謀に置いては、相当な力を持ち、いろいろな、事をやって来て居る可能性を感じています。彼は、フリーメーソンの、紋章そのものずばりを社章としていて、20年前ぐらいの貨幣価値で、一口、6000万円のファンドを運営しているそうです。

 ちょっと、横道にそれてしまいましたが、世の中の観察によれば、おお金持ちで、生まれて、学歴も親の世代、もしくは祖父の世代から、大学卒であっても、意外と、「売り家と、唐様で、かく、三代目」という事になりかねないのです。この川柳が、いつの時代にできたかは、判りませんが、江戸時代か、または、戦前だと、思われるのですが、現代は、さらに流動化が進んでいて、安心できない世の中になっていると、思います。で、日本人は、そういう意味では不幸です。私は、パリと、ニューヨークで、アーチスト達と、毎日、6時間ぐらい版画工房で、一緒に暮らして、さらに、町でも、一期一会の人と、大いに会話を交わしながら270日を過ごしたわけですが、パリの人も、ニューヨークの日とも日本ほど、高い税金を取られて居ないので、一家、眷属の中で、蓄積ができるのです。日本は税金が高いし、給料は低いので、蓄積ができません。お母さんは、子供保育所に預けて働け、働けといわれるし、従って、子供たちは、経験が少なく、愛情も少ない形で、育ちあがるだろうし、日本という国が、近々とてもすさむだろうと、思っています。江戸時代の蓄積で、保たれて居た心の文化が壊滅的に消えて行くだろうと、思っています。

 ところで、私が平木さんを高く評価をしていたのは、お子さん方がかわいいからでした。子育てに置いて、前田家に、悪利用をされて居るところ以外は、問題がないからです。その、悪利用されているという件については、後ほど、語ります。

 ともかく、冨澤家の方が油断があるというか、弱いというかを、感じますね。もう、後の祭りだけれど、私が残念におもうのは、この実動、15軒の、山の中で、冨澤家は、育ちと言い、学歴と言い、資産状況と言い、お子さんや、お孫さんがある事と言い、トップレベルなのに、「なんで、ずっと、下の階層の人間に、首根っこをつかまれて、引きずり回されているのですか?」という点なのです。「羅針盤のない船で航海している子供みたいに見えますよ」と、言う事なのです。

 私のブログで書いていることで、これは、読んで置いてほしかったなあと、思う事は、このたった15軒しか住人が居ない、山の中で、ゲマインシャフトの中で、あれこれをやってはいけないと、言う事なのです。ご近所づきあいは、あいさつ程度にとどめて置いて、しかも、ちょっと相手の方を上に置いておく。それ以上の友達が欲しかったら、ゲゼルシャフトの中で、求めるべきだと。特に外部に住んで居る、伊藤玄二郎や、井上ひさし(まだ、実際には生きていますよ)が、この山の住民を利用して、自らの欲望を満たそうとしているのは、とんでもない事であるといっています。しかし、そういう典型例として、冨澤家は、悪利用をされて居るのです。私は、他の人の例でも、ずいぶん待ってあげているのですが、現在起きている事態を文章化し始めたら、もう、覆水盆に返らずですから、そういう事にならない様に、悪人たちの誘いには、乗っからない事です。しかし、駄目でしたね。

 平木さんも似た様なものですが、ずっと、スケールが小さくて、お互いに、傷も小さいのは、平木さんの方は、冨澤家ほどの、上流階級ではないから、用心深さがあるのです。それで、ずっと、被害が少なくなるわけなのです。それで、大丈夫なのです。

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副題3、『忘れられない、思い出として、開発チエさんが、爆発的な文言に満ちた、罵りメールを七通送ってきたことがあった。それらは、ハッキング中の古村浩三君などが、あまりにも呆れて、文字化けをさせたほどだが、それでも、後刻、私が利用をする事を恐れて、パソコンそのものを壊してきたほどだった。同じことを、その一年前に藤田千彩さんが、行った。しかし、彼女は、用心深いので、フェイスブックを利用するのだが、私の方には、読めないという手配をしたのちに、悪口の羅列をした模様である。

 これは、2011年に、第一次フェイスブックをやっていた頃、藤田さんが、送っている相手の、文章が読めたので、委細が判ったのだが、一種の狡さはある。一方の開発チエさんの方は、不用心の塊だった。それは、彼女の方が裕福な家庭で育ったからだと、推察する。その時に、お金の力が、人間の、人格まで、作り上げることを知った。韓国のナッツ姫もおんなじことだと思う。

  藤田千彩さんは、石塚雅彦氏か、川名昭宣氏に洗脳教唆され、そういう行動をしたのだと、思う。特にロンドンで、発表された、ゴッホに関する、「ゴッホは、カウボーイ好きの少年に撃たれた」という説を藤田さんが、利用する流れだったので、ロンドン在住の三輪喜久代さんが、動いたことは、確かだったし。開発さんの方は、酒井忠康氏、などの、慶応出身のラインで、動かされたとみているが、美術手帖組の、彦坂さんなども、関与していたかもしれない。

 ただ、この経験などを、潜り抜けてきているので、誰かが、私を攻撃しようとしたら、それを、どんなに隠れて、行っても瞬時二、見抜ける様に成って来た。

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 ここで、平木さんについて、何が問題なのかを、語らないといけないのですが、すでに、午前二時になったので、それは、木曜日=13日に、行うという事にします。あすは外出しますので。

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副題5、『角野栄子さんが、NHK助け合いの、おすすめ人となっている』

 ところで、NHKの、四つのチャンネルのどれかが、そばで、ついて居たら、歳末助け合い運動の、おすすめ人として、角野栄子さんが出てきました。その時に、主人が、「お前とそっくりだね」と言ったのです。私は瞬時にこたえて、「いや、違いますね。私の方が太っているし、切れがないです。鋭利さがないです」散って置きました。

 ところで、リンク先を見つけるのが困難だけど角野さんについて、一回か、二回、書いています。新橋駅のホームで、見つけて、私の方から、声をかけたのです。私はおしゃれな人を見つけると、必ず声をかけて、彼女たちが、採用して居る工夫を質問をします。真似する為ではないのですよ。褒める為です。

 で、例の角野さんの、いちご色の、コートをほめたのです。すると彼女は答えなかったのです。あさいちでは、解説をしていた、いちご色を、説明しなかったのです。その時に、私は角野さんの顔を、まだ知りませんでした。魔女の宅急便については、無論知っています。しかし、顔の方は知りませんでした。

 実は新聞は取っています。しかし1978年にパリに文化庁の材検で言って以来、新聞を読んでいません。NHKニュースが弾圧の方向で、利用をされて居るので、ニュースを三本チェックするだけで、くたくたなので、新聞を読んでいる時間が無いのです。だから、『自分ほど、有名な人間を、名前さえ、知らない、このひとは、失礼だ』と、思って彼女が解説をしなかったのでしょうか?

 私は、それも考えました。で、更に考えて、「このコートの生地はすごくいいものですね。(ウールではない。木綿100%か、30%ぐらい化繊が、混紡されて居る厚手の生地だが)特注品でしょう。なんていう色ですか?」と、質問をすると、それにも答えてくれなかったので、「私は画家なのです。この色は、どちらかというと、シャルボネと言うパリの版画インクメーカーのカーマインという色に似ています。でもね、油絵具でいうと発色が全然違っていて、カーマインは朱色です。油絵具でいうと、Holbeinの、Cadmium Red Purpul が似ていますね」と、言うと、更に彼女は無言でした。

 で、私はそこで、あきらめて、新橋駅のホームですでに、別れました。で、内心で、

  私は、『成功している人はきついなあ。傲慢なところがある』と、考えたのです。もし、それをブログに書いたとしたら、伊藤玄二郎達は、大喜びでしょう。そして、角野さんを、さらに、大きく持ち上げ始めました。今まで、数多くのライバルが設定をされて来て、私を置いてけぼりにして、相手を持ち上げるという措置が取られました。角野さんもその一人となりました。デンマーク大使だった、O氏の奥様は、ICU同期生だし。

 ところで、私は、4か月ぐらい前に、違う発想にたどり着きました。角野さんは、私の顔写真を、それより前に、見せられていて、すでに、私を知っていて、わざと不親切にする様に、伊藤玄二郎から頼まれていると、考え始めたのです。ご本人が、本当に傲慢なのか、そうではないのかがわかりませんが、あの時に不親切だったのは、その顔写真のせいだと、判りました。私自身のホーム頁ではなくて、別の会社のホーム頁にでかでかと、その会社の顧客として、載っていた時期があるのです。

 そして、私が出没する可能性のある場所に、伊藤玄二郎達は、しかるべき有名人を、配置して、そのひとに、私に対して、ぞんざいな態度をとる様に、依頼をしていると考えました。

 この件に、利用をされたのは高橋源一郎。コシノジュンコ、竹中直人、浅尾慶一郎、寺島しのぶ、中村梅枝夫人、などです。

 すでに、午前三時になったので、後で、詳細に語りますが、2017年のぼんぼり祭りの日に先ほどまで、舞殿傍の、自分の灯籠の前に居て、ファンに囲まれていた、竹中直人さんが、突然に本殿前の奥谷博さんの灯籠の傍に現れて、私の右横、50cmのところで、緊張しきって、黙って立っている日に判ったのです。私は、『ああ、このひとは一度もあったことのない私の顔を既に知っているのだわ。そして、もし、こちらが話しかけたら、いつぞやの、角野栄子さんみたいに、質問をはぐらかして、不親切の極みで、取り扱うのでしょう』と、判ったので、何も話しかけずに去りました。

 それは、八幡宮の境内なので、仕方がないとは、思いましたが、三宅坂の国立劇場で、寺島しのぶ、藤純子の、母娘が、同じ扱いをして来た時に、はっきりと、納得をしました。その頃、私は、T島しのぶの、お子様を中心としたブログを、よく読んでいたからです。だから、当然に話しかけるだろうと見込まれて、普段はほとんど登場しない寺島しのぶが、わざとロビーの真ん中の異常に目立つ場所に居たのです。しかし、ぞんざいな扱いをしてきました。

 これは、こうなると、私のプライバシーなんて、まったくありません。大きな大きな人権侵害です。私は、ほとんどの章で、自分の被害は、語らない主義ですと、言ってきていました。しかし、最近の数章では、自分が実際に出会っている被害について語り始めています。それは、貴景勝の優勝によって、到頭、語る事が出来た、息子の中学受験を、わざと不合格にされたという話が、決壊点になっています。で、しばらくの間、こういう調子で、書いて行きます。私も、非常につらいですが、私に、傷を負わせた方もいくばくかは、傷つく事でしょう。チャンスを潰してやれっと、言う攻撃派、親にも子供にも当てはめて、行われているのです。

 我が家から、有名人が、私をほめてくれた、はがきや封書が盗まれているので、上に書いたことは、確実な話です。

 

後注1、

若手人気ライター(いちばゆみ、藤田千彩、開発ちえ)を、敵対者としてぶつけられる話    2011-10-22 22:58:03 | Weblog

 

 

コメント

続・・・・小野寺夫人に、冨澤夫妻が支配されるなんて、愚の骨頂を通り過ぎている・・・・・

2018-12-10 22:34:10 | 政治

 今は、11日、火曜日の、午前6時半です。今までかかって、16000字ほど、非常に難しい文章だった、前報(後注1)の、後半の推敲加筆をいたしました。

 で、だいぶ見えてきたので、レジメを最初に置きたいと、思います。私がこの章で兵家したかったことは、人間の悲しみです。私は、決して読後感がいいとは言えないだろう、この章でも、単純に、他人の悪口を言って終わるという様なことはしたくありません。在野(=町)の哲学愛好家として、人間とは何だと、常に問うているものです。この章の冨澤夫妻と言うのは、CIAエージェントたちにそそのかされて、大木11本を高枝切をします。それは、徹夜で、文章を書いている私を寝させないで、健康を害して殺して行こうとする一連の、攻撃の一つです。高枝切と言うのは、一本の木の11箇所ぐらいを、上から切り離していくもので轟音が出ます。町名かだと、だいたい9時から始めるのが礼儀ですが、午前7時から始まりました。そして、高枝切は、半額が、注文主(この場合は冨澤家)が支払い、半分は、市が負担するというルールがありますが、冨澤家では、実際には市側に他の身にも言っておらず、お金も支払って居ません。そういう仕組みを飲み込ませたのは、小野寺夫人と言う、冨澤夫人より、20歳程度若い女性で、東大卒ですが、普段、CIAエージェントの言うなりに活動している人で、受動喫煙運動を、私に飲み込ませ、賛成させようとしています。そんなものに賛成するはずもない私ですが、どうも、私のブログを読んだこともないらしくて、上からの言うなりに行動する人間です。

 しかし、冨澤家の次男とは、中学時代から、他人に誇示するかの如く、喫煙をする坊やでした。どうしてかというと、両親に偏愛があって、自分が愛されて居ない方だと、自覚していたから、心がすさんでいたのです。しかも、背が低くて、顔が悪いのです。それで、我が家が引っ越してきて学校が始まったら、背が高くて、美形だと他人様から言われている我が子に嫉妬したらしくて、自分以外に二人の同じく背が低くて、お顔がまずい手下を募って、その高枝切をした林の中で、1984年(34年前)にリンチ事件を起こして、我が子の体で、制服に隠れている処に、多くの傷をつけたそうです。当時、我が家では、父親は松阪に単身赴任しており、母親である私の方は、今泉台という、雪ノ下からは、とても行きにくくて、夜は、11時に帰宅するという場所にある塾の講師をしていました。息子は妹に背中の傷の手当てをさせながら、「絶対にお母さんに言うなよ。心配するから。僕は三人を相手にして勝って来たから、これから先にはいじめられないから、大丈夫だから」といったそうです。しかし、27歳の時に手下だった方の二人が謝罪に来た上に、娘が、結婚式の前の晩、この雪ノ下の家であったいろいろなエピソードを思い出として語ってくれた際に、これが、出てきて、私はいろいろなことがなっとくできたのでした。

 これは、普通なら子供同士の世界の事だと、言って、子供自身が不問に付しているのですから、このブログの世界では書かない話です。しかし、この山では、それ以外にも怖ろしい欺罔事件(あたかも正しい事の様に言葉では宣伝するが、実際には、嘘であったり正しくない事案)が、いっぱいあって、それで、私は大損をして居ます。この高枝切もそのひとつですから、私は怒って、この詳細を書き始めました。それと、ともに、私は、これまでは、一番、冨澤夫人を大切に扱ってきたつもりなのに、これほどひどい裏切り行為をする、そういう陰に居る小野寺夫人の手下となっていて、自分自身を傷つける結果になっている冨澤夫妻を、哀れとも思うのです。

 ただし、悪人たちは、それだけでは終わらず、この一か月、「ごみを間違えて出した、だらしない川崎さん」と言う形にするべく、我が家から植木鉢等を盗んで、それをわざと間違えた日に出したという形を取ったり、平木さんと言う、普段は中立を守る人間に、無礼を働かせたりしたので、怒った私は、こういう事を全部、書いています。特に平木さんの行動には、怒ったので、

 坊やが、その後、どんどん曲がって行って、高校も中退したことを書いています。その後、はっきり言えば(これは、初出ですが)鎌倉駅、裏駅の時計塔広場で、如何にも水商売のユニフォームだなと、思われる、襟が派手で、ウエストが、異様にくびれている黒服を着て、たたずんでいる姿を、見かけました。もちろん、職業には貴賤がないです。しかし、親の偏愛、子供の心の歪みなどが集積して居る坊やであって、そして、それを知っている私と言う、一種のママ友を裏切って、暗殺未遂にまで、手を貸す、冨澤夫妻の姿勢に、ただただ、ドラマチックな、悲劇性と、喜劇性を感じて、文章として仕立てました。

 しかも⁺ですね。私の方は、それに気がついて居ましたが、他の事でも、使役をされて居るのです。たとえば、坊やが、中学時代から、すでに、喫煙に親しんでいたのを教えてくれたのは、遠藤夫人と言う、これまた、私より、20歳程度若い女性でした。彼女は骨惜しみをする人で、若い時から、スーパーには、勝った商品を配達させるし、犬は、散歩に連れて行かない主婦ですが、10坪以内の庭だけは、強迫観念があるのではないかというほど、毎日、掃き清め、その落ち葉ごみを、60cmぐらい低い我が家の庭に、毎日、掃きこむのです。裏に当たるので、私には見えないと、考えているみたいです。それを指摘するとやっていないというのですね。びっくりして、砂時計状に積みあがった土砂の、ピラミッドを見せたら、やっと黙り込みました。今では、浄明寺に住んで居るのですが、小錦状態に、太っているのですよ。しかし、このエピソードを知ったCIAエージェントは、「みいっけた。川崎千恵子の敵がいる。そちらの方を持ち上げたら、川崎千恵子は、悲しむはずだ」と、思ったらしくて、そこのお嬢さん(この山から巣立った、お子さんのうち、もっとも、サイボーグ状態で、かわい気のない女性だった。お婿さんは、どうなって行くのだろうと、思うが・・・・・を妙本寺のお嫁さんへと、世話をしました。なお、ここまで、はっきりと実名で書いたのは、是も平木さんの無礼に怒っているからですよ。妙本寺さんは、恥を搔いたかもしれないが、平木さんと、彼を裏から動かしている前田夫人達を恨んでくださいね。

 しかし、私は、井戸端会議には参加しない人なので、無論、その情報は知りません。それなのに、道での立ち話で、それを冨澤夫人が教えてくれるのです。その時に、私は例の如く、何も説明をしませんが、内心で、『ああ、冨澤夫人て、敵側にとりこまれて居るのだわ』と、思いましたよ。だけど、別に敵対するわけでもなくて、いつも礼儀正しく接して来たつもりです。ところが、後日、ご主人の方がバスの中で、犬みたいに私を扱ったのです。

 それも仕方がないので、『そうなのか!』と思うだけで、過ごしてきましたが、高枝切が起きた時は、これは、許せないと思いましたよ。そして、文章を書き始めるわけです。そして、自分を、バカにしている遠藤夫人を、「偉い階級へと出世をしたのよ」と、私に伝える様に頼まれていた、冨澤夫人を哀れだなあと、思うのでした。

 以上がこの文章の、レジメでした。と種明かしを先にして、本文にはいります。

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ただ、この一文は、いわゆるエンタメなどとは、程遠い文章となります。私が住んで居る、この鎌倉雪ノ下に丁目の谷戸とは、嘘と罠と、違法性が蔓延している一帯で、私は、最低限の、権利(=自分の命を守る)ためにでも、こういう文章を書かざるを得ないのです。で、そちら(後注1)の方に、副題0、副題1、副題1-bと、3章を残してありますので、こちらは、副題2から始まります。

副題2、『富沢家の次男は、高校を中退をしている。その理由だけど、二つあるのではないかなあ。一つは、喫煙で、もう一つは、女の子とのごたごただ。たとえば、セックスまで行って、その結果?・・・・・とか。だけど、もし、喫煙だけだとしたら、これは、小野寺夫人との関係で、喜劇となる。』

 というのも、冨澤家の次男は、すでに、中学のころから喫煙を開始して居て、更にそれを誇示するかの如く、山へ上がる石段に座って、プか、プかと、たばこをふかしていた。私は、それを目撃したことはないが、西隣に、1985年当時住んで居た、遠藤夫人という女性が、私に「ご注進、ご注進」と言う形で、告げてくれたので、知っている。そして、その子が、そういう行動をとる原因も知っている・・・・・と、すでに書いている。(後注2)冨澤夫妻は、当時、小学生だった三男の、リトルリーグ(?)生活の、応援にかかりっきりだったのだ。三人の男兄弟の中の次男で、しかも、他の兄弟と比較すると、背が低くて、容貌も芳しくない・・・・・(それが、我が子への暴力的リンチ事件につながったのだと、私は判断をしているが)・・・・・ので、「僕を愛してほしい。僕の事を、もっと、構ってほしい」と、言い出せない彼を、横道に追い込んだと、私は推理している。

 冨澤夫人は、自分と遺伝的に顔が似ているところがあるからこそ、安心しきっていて、小さい時から、ぞんざいに扱ったのではないかと、推察している。特に三男を身ごもって、出産した後では、次男にむかっては、「お兄ちゃんだから、我慢をしなさい」と、言ったことが数多くあったのではないかな? 次男から見ると、『長兄は、そういうセリフを浴びて居ない。僕だけ損をしている』という思いがあったのではないかな? 親はよほど、気を付けて居ないと、兄妹の間で、偏愛を起こしやすい。意図的に、注意深くしていないといけないが、それに、小さい時から、気が付いて、丁寧な接触を欠く、親は多いのだ。

 冨澤夫人は平均値から言うと、悪い人ではない。高枝切事案を、引き受けることがなかったら、私は、ここまでの事は書かない。また、平木氏と、言う、これまた、ご近所住民が、四回目の事として、後ろから挨拶なしで、追い抜いて行ったという事案がなかったら、ここまでの事は書かない。

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副題3、『ミスター平木を、道具として、利用している連中の、こころの内側を推理してみよう・・・・・特に18-12-3日に、四回目の事として、彼を使役してきたのだが、それには、特別な狙いがあり、従って、逆ザヤを張る必要性を感じた。それが、冨澤家の次男が、高校を中退したという文章に繋がる』

 NHKBSの、歴史番組の決め台詞ではないが、ミスター平木という男性を、敵さんは、現在利用しまくっている処です。誰が?と、言うと伊藤玄二郎、および、井上ひさし、また、それと、連動をしている、前田夫人、小野寺夫人などがです。ただし、ミスター平木に電話やメールで、実際に頼んでいるのは、職場の人間かもしれないと、おもっております。大体のところでは、前田夫人であろうが、違う人物である可能性もあります。

 私の文章の目的は、すべて、前田夫妻、安野夫妻、小野寺夫人等の悪を書き表すことに在ります。また、そのさらに後ろに隠れている、伊藤玄二郎、および井上ひさしの悪を書くところになります。と、同時に彼らの脳味噌の、だめなところや、足りないところを、分析して、・・・・・だから、こうなるのですよ・・・・・と、この長大なミステリーの、解を提示する事にもあります。

 ミスター平木が何故、使われるかというと、ともかく、私がその実名を表記しないだろうと、連中が見ているからです。だから、・・・・・自分達は安全圏内に居て、それで、私だけを攻撃できる素材・・・・・として、ミスター平木を利用しているわけです、どうして、私が平木氏の実名を書かないかと言うと、本人の出来が良いし、お子さんがたが、かわいいし、奥様は可憐だし、家庭ないで、問題がなさそうに見えると、私は常日頃、感じていて、それをまた、ブログで、書いているからです。そんな私が、もし、平木氏の実名を出してあれこれを書くと、「それは、あいつにとって、自縄自縛行為であって、この山の連中から、総スカンを食うだろうし、それに対して、あいつも、あきらめざるを得ない事になるから、却って、こっちにとっては好都合さ」と、例の連中は、うそぶいていることでしょう。そんなことは手に取る様に見えますよ。

 「その上、あいつは、プライドが異様に高いのだ。それなので、平木さんの様に、中間層に立つ人間で、今までは、ちゃんと挨拶をして居た人間が、急に挨拶も、しないで、追い抜いて行くとなれば、あいつは、傷ついて、また、それをブログに書くさ。そうなると、読者がますます離れるさ。『この著者は、ご近所トラブルだけを書いていて変な人ですねえ。きっと、この人の方に問題があるのでしょうね』と、読者が思うさ。それは、こっちにとっては座して手に入るお宝という物さ。最高のアイデアだ。使おう。使おう」と、成ったわけでしょう。というわけで、一石ニ鳥の、効果がある人材として、平木家のだんなさんと言うのが、使役をされて、40日前ごろから、急に無礼な態度をとる様になったのです。特に平木さんの、心模様と性格をよく考えて、・・・・・正面からすれ違う形で、あいさつをしない・・・・・という形は避けています。正面から正対するのに挨拶をしないとなると、平木さんの方にストレスがかかるからです。で、挨拶なしで、追い抜いて行くわけです。しかし、それが、私が外出するたびに、毎回おきるわけではないのです。歌舞伎座のエレベーターを使った日か、新橋駅のエレベーターを、使った日なのです。『なるほどねえ、タイミングを計って待機しているわけですね』と、思うわけです。

 ところが、この12月3日だけは、『ちょっと、違うな』と、思うところがあったのです。例のごとく、その日も歌舞伎座のエレベーターは、使いました。そこまでは、同じです。しかし、その時点で、すでに、〇木という名前で、文章を書いています。それは、丸の処へ後から、漢字一つ、加えれば、文章は、意味が通るものです。こういう段階に達すると、敵さんは、まず、使わない筈なのです。また、平木氏も、これほどに、緊迫した場面では、「お断りをいたします」という筈なのです。

 平木さんは、ブログを読んでいる可能性があるのですが、読んでいないとしても、ご近所から私が、平木さんについてあれこれを書いているとは、すでに、きいている筈です。だから、四回目の事として、彼が自発的に、こういう攻撃的な事をやるわけがないのです。で、『また、新たに依頼を受けましたね。でも、何のために? 今までの三回とは、違う目的でしょう』と、思い到るわけです。で、考えると、『なるほど、そうですか』と、思い当たるのです。

 冨澤さんについて、その時点ですでに、こう書いています。「高枝切事案が起きる前に、すでに、いろいろ、兆候があって、私の方では、文案も構想もできて居た。そこへ、高枝切と言う暗殺未遂事件まで起きたから、瞬時に文章ができたのだ」と。その事前の兆候の一つとして、・・・・・ミスター冨澤が、バスの中で、私を犬の様に扱ったので・・・・・と書いています。でね。ミスター冨澤が、そういう行動をとるのは、無論裏からあれこれを、教唆されたわけであって、鎌倉エージェントの発意なのですが、その連中が、頭が悪すぎて、私の文章がどういう事を本当は、表しているのかが読めないのです。行間を読めないのです。したがって、ミスター平木挨拶をさせないことで、ミスタ-冨澤の無礼が持つ意味が薄れると、見ているわけです。

 『サイザーますか。それじゃあ、逆ザヤを張りますわよま』と、私は内心で思うわけです。ですから、冨澤家のご次男が、高校中退したという事を書く事になるわけです。これは、偏に、御簾あー平木が招いた、現象です。助け合うつもりになっているのですか。ひらきさん? あなた、反対方向へ、向かったのですよと、いっておきましょう。

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副題5、『冨澤夫妻が、高枝切事案の注文主を引き受けたのは、もちろんのこと、小野寺夫人の依頼を受けての事だろうが、それを、実行するとは、小野寺夫人の方が、私より上だと、思っただからであろう。だが、それが、どれほどに間違った解釈であるかをここで、開陳して置きたい。私はブログで、何度も、彼女がどれほどに、悪女であるかを、丁寧に、丁寧に、書いている。その説明事項で、子供を産んだこともないし、育てたこともないので、22歳以降に、進歩する機会が無いのだ。東大卒を金科玉条のの免罪符として、使っているみたいだが、・・・・・・あの悪女にして、演技だけの女性である、安野夫人の家に上がって、お寿司をとって、六時間も一緒に過ごしているだけで、どれほどに、ものが見えない人間であるかがわかる。・・・・・と、繰り返しブログに書いている。・・・・・読んでいないから知りません・・・・・と言うならば、「それは、それで、どうぞ」と言うしかない。人間は、すべて、その個人に選択の自由がある。

 しかし、この高枝切を引き受ける前に、ミスター冨澤が、小野寺夫人と、道で立ち話をしていたことがある。嫉妬して、是を言うわけではないが、『へーっ。ミスター冨澤って、それほどに、バカだったの?』と、ひどく驚いた。

 私なら、2分間、誰かと、一緒にいるだけで、そのひとの根本が判るけれどなあ。画家とエンジニアは違うのだろうか?

 でも、平木氏の、18-12-3の無礼があったので、ここまで語るが、小野寺夫人と、冨澤夫妻の関係なんて、事、喫煙の件に関して言えば、愚の骨頂である。むしろ、そこを通り越して、喜劇であるとさえいえるのだった。

 小野寺夫人は、私の目の前で、、受動喫煙の禁止の必要性を、諄々と説いた。そういう日もあった。それは、自分は頭がよくて、私の上に立てると、思って居るから、行った事らしいが、滑稽の極みである。特に、この、高枝切り事案の日に、朝の七時に、私の主人に電話をかけて、「工事をしますので、騒音を立てますが、よろしく、お願いをします」といったそうだ。ちょろいというか軽薄というか、うそつきというか、信じがたい悪女だ。

 自分が市役所に申し込みに行ったわけでもないし、お金を支払うわけでもないのに、そんなことをシャーシャーと言う。だから、大ウソをついて居るという事。尚、小野寺夫人とは、白井達雄氏の奥様で、夫婦別姓であると、私はご本人から聞いている。しかし、市役所の移転反対問題等に関しては、白井夫人という名で、行動をしているかもしれない。しかし、連綿と続く、彼女からの攻撃をすべて、小野寺夫人という名前で書いてきているので、その名前の人間は、既にこの世には存在して居ない(入籍して、夫婦同姓になっているという事)かもしれないが、このブログ内の、表記については、そのまま、突っ走りたい。

 小野寺夫人が嘘をついてまで、そういう電話を我が家によこしたことは、理由は、・・・・・冨澤家を、ある程度、助けましょうね・・・・・と、言う相談が、事前に、伊藤玄二郎、及び、前田夫妻などとの懇談会で、できていらからであろう。

 真実の処は、・・・・・冨澤夫妻を、自分達の利益のために、利用するのだけれど、それは、金銭は一千も支払わないでいいですよと言う様な、嘘を内蔵した悪い方向への利用だから、できるだけ、注文主を名義として貸してもらう以外の、負担をの、できるだけ、少なくしてあげましょうね・・・・・と、言う事だったろうと、推察している。その日にすでに、そう考えたのだが、今、2年以上が過ぎても、この推察が、100%正しいと、確信している。彼等は、週に一回、もしくは、二、三回の頻度で、お食事つきの懇談会を持ち、私を、殺していく策を練っていたからだ』場所だけは、判らない。そして、今、どうなっているか。あまり園芸の仕事をして居ないので、判らないが、当時は、その会合の事がビンビンと、よくわかった』

 という二重ガッコ内の長い説明の後に、その内容を展開していきましょう。

 高枝切りは暗殺未遂ですよ。だから、富沢家が、そんなことに主役として加担をしたから、はっきりといいますが、ご次男が、高校を中退したのが、もし、喫煙の習慣だけで、追放となったとしたら、本当に喜劇ですよ。だって、受動喫煙禁止運動は、この山から始まっているからです。私が【一本の煙草が落ちていて】というエッセイをAOLのメルマガを舞台として、書いたのですが、それがすごくできがよかったので、(実際にお褒めの言葉を多数の人から頂いている)例のごとく、私の文章を監視していて、そこから、私への攻撃の種を見つけ出す、井上ひさしが、其れに飛びついたのです。そして、私がブログに書いて居ることへ反論をするために、当時、既に、その萌芽は、起きていた、禁煙運動をさらに活発にしたのでした。

 だが、因果関係(=大した問題ではないのに、私を苦しめるために、炎上をさせて行く)がすぐわかったので、其れを書くと、今度は、其れを否定するために、当時は神奈川県の知事だった松沢成文氏に、条例を制作させて、受動喫煙禁止条例として、実行をさせしたのでした。単純な禁煙運動は、人権侵害に当たると、私は見ています。喫煙行動は、歴史の古い文化です。【助六】という通称の人気芝居で、主人公は、吉原の、階級の低い、女たちから、キセルを何十本ももらいます。しかし、神奈川県では、松沢知事に怨嗟の声が、舞い上がったのです。

 したがって、神奈川県から逃げていきました。その当時は、小野寺夫人は、まだ、この雪ノ下二丁目の山には、引っ越してきていませんでした。そして、受動喫煙運動と、改称をされてから、引っ越してきて、私の目の前で、とうとうと、受動喫煙廃止の、運動の尊さを説いたのです。あきれ果てて、軽くあしらって、逃げておきました。それが、有効だと、思って居るらしいのです。何のために有効かというと、私の気分を悪くさせて、ノイローゼに早くさせるのにです。

 本当に驚いちゃいますが、其れを書いている私を弾圧する為に、ゴム製の、下の、飾りを、道路に張り付けたのです。全国いち早くです。

 実際には、かまくらいち早くです。しかし、鎌倉いち早く、であるという事は、全国いち早く、という事と同義語です。八幡宮様の自家用車用、駐車場が、二つありますが、その真ん中の、道に、鎌倉街道傍に貼ってあります。旧・鎌倉近美の、建物の道路を隔てたトイメンにあたる場所に置いてあります。あまりに古いので、今は、この写真よりもぼろぼろになっています。

 こんな女性が、富沢家の上に立って、富沢家を道具として利用を割いたのですよ。本当に、見ていると、喜劇だと、思います。内申書の問題は、%%%%罫線以下の黒細字の部分で、詳述しますが、

  この・・・・・富沢家の坊ちゃんが、喫煙行動を、わざと、他人に見える形で、行う。たとえば石段の途中で、・・・・・と、教えてくれたのは、遠藤夫人です。その遠藤夫人を庇う情報を私に知らせる役目も、富沢夫人はになっていますね。そっちも、悲喜劇です。どれほど、深く、悪人たちに利用をされれば、気が済むのですか? ここは、後注を入れておきます。後で、というのも詳細にすでに書いているからです。 

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ここから先は、火曜日の夜に、輔弼します。

慶応三田会?、栄光同窓会?を、駆使して復讐をしてきますか。秋に、命を奪うほどの、事案である高枝切をして置いて、自分の方が悪い部分は伏せて、私の方がいっぽう的に悪いという形で、宣伝をして行き、復讐を遂げますか?

だから、冨澤夫妻は、シャーシャーとして、引き続いて、ゴルフの打ちっぱなしを、私にわざと、聞かせる様な形で、しているのですか? ?!?!?

%%%%%%%%%%%%%%%尚、このブログの2010ねんより数え始めた延訪問回数は、5044330


後注1、

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△  2013-06-11 15:31:49 | 政治

後注2、

私を弾圧する為に、私の子供に、不利と悲しみを負わせる、瀬島一派(伊藤玄二郎達)の35年間にわたる策謀の記録、その一部    2018-11-30 00:15:19 | 政治

後注3

助成金を出す為の審査に、行っていないのに行ったと言い始めた吏員の嘘で、鎌倉エージェントの悪辣ぶりが判って来る  2016-09-26 18:05:45 | 政治

 高枝切と言う大攻撃があったが故に、超・肥満体である隣の奥様について、思い出が溢れ返ってしまうのだった   2016-10-01 00:58:46 | 政治

 超・肥満体・奥様が示した、天使としての側面 2016-10-01 22:48:52 | 政治

 鎌倉市立・御成中・生徒が、路上喫煙をしていた場所・将にここ雪ノ下で、禁煙ファッショが始まり、大口病院事件も起こされた  2016-10-03 03:04:34 | 政治

 鎌倉市職員、S氏こそが、御成中学校に多大な不名誉を招いたのだった。雪ノ下少年リンチ事件ー3△  2016-10-04 00:23:11 | 政治

 高枝切りを16-10-5時点で考察し、強者が税金を使って、自分たちの悪を隠す典型である事と絶体絶命の私が助かる三すくみ理論について。  2016-10-05 23:05:15 | 政治

 私の周辺には、何組もの、狐と狸の化かし合いをする、夫婦や、友達が居て!?!?!   2017-01-09 22:51:47 | 政治

 アスクル大火は、放火だー4・・・・・・川喜多記念館、の樹木伐採への税金・適用の不審さを考える・現在加筆推敲中   2017-02-28 14:22:53 | 政治

 鎌倉市長は、高枝切りに関して、伊藤玄二郎の依頼に対して忖度をしましたか? 金銭的な部分についてですが、時期に対しても忖度しましたか?   2017-08-18 01:07:00 | 政治

後注4、

私が、元大本営参謀夫人に、轢き殺されそうになった1979-10-11(+佐藤亜紀、田中愛子、渡辺幸子)   2014-10-09 11:38:42 | 政治

 

 

 

後注1、

小野寺夫人の命令を、富沢夫妻が聞くなんて、はたから見ると、喜劇ですなあ。・・・・・・受動喫煙防止条例 月夜10PMより更に加筆推敲中  2018-12-08 22:27:19 | 政治

  

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小野寺夫人の命令を、富沢夫妻が聞くなんて、はたから見ると、喜劇ですなあ。・・・・・・受動喫煙防止条例 

2018-12-08 22:27:19 | 政治

  さて、今は、10日(月)の夜10時です。下の文章をさらに、加筆していきましょう。本当は月曜日にはできない筈でした。が、夜10時になって環境が整備されたので、始めます。場所としては、==========以下になります。読む方へ向けてのサービスを優先するのなら、早く別のテーマに移った方がいいでしょう。この一文は、とても暗いです。

  総タイトルこそ、お笑いめいていますが、正反対です。特に、ちょっと、お高く留まっていますし。誤解を受けていることでしょう。しかし、この一文を、満たしているのは、悲しみです。私自身も悲しいし、この章の主役足る冨澤夫妻も悲しいでしょう。 

 それなのに、なぜ、こういう文章を書くかというと、最近、特に動いているミスター平木、渡辺賢司夫人、そして、小野寺夫人、または、前田清子さんに対する深い怒りがあるからです。特に小野寺夫人の裏に居る、伊藤玄二郎(+、まだ生きている井上ひさし)などの、CIAエージェントに対する深い深い怒りがあるからです。

 小野寺夫人と言うのは機械でできているサイボーグです。人間としてのこころの豊かさ、人間としての、弱者に対する憐憫の情などが、皆無な女性です。その人は、自分より上位だと、信じている人間の言うなりに動く人間です。それは、2014年からすでに始まっていました。(後注1へ)建築中からひどい事を平気でやる女性でしたが、この時の罠の仕掛け方には、びっくりしましたね。今は、何を彼女がやっても、驚きません。機会ですからね。命令された通りに動くのです。で、『ああ、そういう事になっているのですか?』と、伊藤玄二郎を理解するのに役立てているだけですね。

  彼女は、22歳の時に東大を卒業しました。それ以降、それを免罪符、兼、特権として生きて来て、停滞しきっていて、学ぶことがなかった女性です。彼女は、子供を産みも育てもしていません。女性にとって、それは、事実ですが、お産をする時にはものすごく痛いです。そして、子供を育てるのには、それなりの知恵と、労働が必要です。「だから、経験値としては、ずっと、値が低い、小野寺夫人の言うなりになって、行動するとは何事ですか?」と、冨澤夫人の覚醒を促したいです。冨澤夫人の方は三人の子を産み育てています。圧倒的に人格の成熟度が違います。そんな低レベルの女に、より成熟度の高い人が支配されるなんて、本当に残念ですよ。

 だって、この件は、これから先ずっと、続くのですよ。鎌倉市役所の移転問題は、高枝切りの嘘部分を隠していくための、フォローで案件ですから、これから先、何年にも、渡って、私はこの高枝切を蒸し返すはずです。政治的案件ですから、安田純平の期間のようなニュースが起きた時、また、かまくら市役所移転問題での動きがあった時には、この高枝切り、問題を何度も蒸し返すはずです。私のブログを読んで居れば、総べては事前に判る筈ですが? 読んでいないのでしょう。いいですよ。それは、選択する行動の一つだから、しかも、一回だけ読んだぐらいでは、理解不可能だと、思いますしね。このブログは、会話体で書いているから、一見すると、易しいですが、本当は、難しいものだと、思っています。という前置きを、二日目に入れて、初稿の推敲やら、加筆へ入ります。

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 中学の内申書を、下駄をはかせて、上にアップしてもらった人もいれば、下げられた人間もいる。これでは、日本は、法治国家ちうのには、程遠い。

 

 

 というのも、その当時の、1987年2月ごろ、男子が、通学できる国立大学の付属高校は、筑波大学にしろ、学芸大学ににしろ、編入生の募集人員が、正式にはないはずなのです。今は知りませんよ。しかし、その当時はないはずなのです。海外帰国子女枠がある程度でしょう。というのも付属中学から、進学してくる生徒が、ほとんど、外へ出ないからです。しいて出る子は、芸大付属高校へ進学するか、親の赴任に随行して海外の、学校へ行くか、または、少数が、慶応高校へ進学する程度だから、30人とはまとまった、募集人員が出ないからです。で、ごく少数の、募集に、気が付いて、応募して、合格すると、なると、安野家のおぼっちゃまは、ランクが、4ランク上がる形で、通信簿に、ゲタを履かせてもらったという事になります。つまり、1を、四に格上げし、2を五に格上げをしてもらったと、なります。反対にうちの子は横須賀から、夏休みに引っ越してきて、転入した、2学期目のすべての科目で、反対側に下駄をはかされました。つまり、5は4に下がり、4は3に下がり、どこにも5がない形にさせられました。

 それが、中二の時です。当時の神奈川県の、高校入試には、暗黙のルールとして、輪切り制度というのがありました。子供の数が多いので、先生が受験する高校を決めて、割り振るという制度です。で、その決める時期ですが。中二の2月と定められていました。で、突然に、すべての教科が、下駄をはかせるの反対で、下ってしまった時期に、進学先を決めないといけなかったのです。だから、良いランクの高校には当然、内申点が足りません。横須賀に居たら、ランク一位校か、二位校に入学できた可能性があったのに、引っ越したばかりに、苦労をさせると、思って、とてもつらかったです。しかし、此処で、おなり中学にどうして、すべての教科で、ワンランク下がったのでしょうと、言いに行ってごらんなさい。それこそ、大変な、騒動になってしまいます。そんなことを子供が嫌うとか許さないのは、わかっていましたので、つらいつらい日々でしたが、我慢、が何で過ごしました。

 

 

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私を弾圧する為に、私の子供に、不利と悲しみを負わせる、瀬島一派(伊藤玄二郎達)の35年間にわたる策謀の記録、その一部

2018-11-30 00:15:19 | 政治
   最初にお断りをさせてくださいませ。この一文は、18-12-6の夜10時から公開するのですが、日付だけは、11月30日にさせておくのをお許しください。理由は、相当数の、ブログを一日のうちに書く日もあるのですが、それらが、後で、発見可能になるためです。
 
副題1、『野村不動産は、今、マンション建設に熱心だ。それが、NHKニュースで、18-10-24の昼間に報道をされた。プチニュースとしてである。このニュースの特徴は、対・私弾圧の一つであり、・・・・それは、息子の事を思い出せ。今度また、息子一家を傷つけてやるぞ・・・・と言う予告に当たる暗喩だという事・・・・・それを、10日後にブログ化するのは、似たようなニュースで、民間事業ではなくて、政府主導のニュースが、3日から、NHK主要ニュース内で、流され始め、本当にしつこく迫って来るなあと、思うからだ。』
 
  ########罫線以下は、NHKオンラインから、抜き取って、コピペしたニュースです。午後零時、夕方7時、夜21時の、三つの主要ニュースには出ないニュースで、午後1時、午後2時、午後3時、午後4時、午後5時などのどこかで、お知らせされたニュースです。だから、プチニュースと言ってよいです。こういう形で、言論弾圧をされると、もう、気が付かないで、過ごすしかないのです。でもね。時々、気が付きます。で、気が付くと、『やって来て居ますねえ。しつこく、しつこく、復讐を』と、思います。私は復讐をされる所以は無いのですよ。彼等、鎌倉エージェントは、命さえ狙ってきています。それは、私が悪をなしたわけではなくて、彼らが悪をなしていて、一般の人は、気が付かないでも、私がそれに、気が付くから、殺されようとしているのです。それで、命を守るために、こういうブログを書いているあわけですが、物理的な方法で、殺せないとなると、今度は、心理作戦で殺そうとしていて、子供や、孫を狙うという方向へ移動をして来ています
 
 だけど、それを石塚雅彦さんとか、酒井忠康氏などの、一般社会における、その分野のエリートを使って行っていると、言うのが、私側の・す・く・い・なのです。 石塚雅彦さんは、元日経新聞の論説委員で、その後早稲田大学の教授になりました。酒井忠康氏は、神奈川県(立)近代美術館の館長をした後で、一般社会においては、定年後と、見做される年齢だと、思いますが、世田谷美術館の館長へ、移動をしました。
 恥ずかしくないのですか? あなたは、こういう連中に組して居て? というのが、私を救う武器の一つとなっています。昨今では、角野栄子さんとか、冨澤夫妻という、一般人としては、超エリートである人々さえ、使われているので、却って、それで、伊藤玄二郎達、悪の超本人を、どう書くかについて、表現が、容易になっている処です。いつも、言っている通り、「すべては、フィフティ、フィフティ」なのですよ。
 それで、その一つを、NHKオンラインから、ここに、コピペしておきます。
 

 この、梅毒と、5%還元の二つのニュースとほぼ、同じコンセプトで、流されたニュースが、今回問題にする、野村不動産が、高級マンションをフィリピンで、建設するというプチニュースです。これが22日の午後のどこかで流され、かつ、夜8時45分のニュースで、やまゆり園の建て替えの、ニュースが、出ました。%%%%%%%罫線以下にコピペしてあるそちらは、もろ、対私への、言論弾圧用、嫌がらせニュースですが、上に置いた方は、一般の方にしてみると、「何故、このニュースが、あなたに対する嫌がらせに当たるのですか?」と、疑問をお持ちになる事でしょう。それは、私にもわかっております。それを、これから、説明をさせていただきます。

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副題2、『私は、慎重無比な人間である。文章を、書くにあたっては、慎重の上にも慎重を期するのだった。最近取り上げているテーマなど、35年間も、心の中で、温めていたものだ』

 本当はスパッと本論または、結論に入りたいのですが、例の如く、初めて語る真実については、あれこれと、下世話な話を先にして置かないと語れないのです。で、助走期間を置かせてくださいませ。

  と、言って、25日公開の、ブログとして、以下の一本(中注2)を書きました。それも、私としては、内容が濃いものであるとの自負があります。いま、それを、お読みいただく必要はないのです。しかし、その一文を書いた裏側に、息子に対して、はげしい弾圧が二方向から有ったからだという事は今、明らかにしたいです。でないと、総タイトルだけ、ご覧になって、『何だ、あいつって、有名人に対する嫉妬心があるみたいだなあ。これも、きっと、そういう文章の一つだろう。だから、読む必要がないと、誤解を受ける可能性があるからです。私は、そういう誤解についても、きちんと理解をしております。

中・注2、

 角野栄子さんって、鎌倉市からノーベル賞並みの年金をもらうのでしょうかねえ・・・・・10万円、それとも?  2018-11-25 04:00:17 | 政治

 この中注1と、中注2を、今お読みいただく必要はないのですが、私が、最近の息子への攻撃に、敏感になっていたのは、確かなのです。特にこの一か月間に、悪人たちは、親戚を二組も利用して、暗喩的に、攻撃をしてきていますし。

 私はリアルな世界では、喧嘩をしない主義だから、親戚たちとの会話においても、落ち着いて、上品にかつ、楽しく社交的時間を過ごしますよ。しかし、裏側は、はっきりとわかって居ます。したがって、私の方では、ご近所の小野寺夫人、前田夫人、安野夫人について、および、ほとんど、同じ程度に、隠れて悪をなしている、柳沢昇、大原光孝、そして、彼等の手下とか、道具として利用をされて居る、冨澤夫妻、渡辺賢司・ミカ夫妻について、書く準備は、整っているのです。たとえて見れば、燃料タンク一杯で、あふれる状況になっているのです。

 しかし、在野の哲学者を、ひそかに自認をしている私の脳味噌は、そう単純ではありません。かれらの様に「チャンスだ。前髪に飛びつけ」という態度は、とらないのです。だって、物事は常にフィフティ、フィフティの筈です。だから、自分の命を救うために、間接的な攻撃として行われているニュースを分析して、息子を救いたいといったって、息子を傷つける可能性もあるからです。しかし、ここで、神様からの突然の、救いがありました。

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副題3、『貴景勝は、私とは何の関係もない。しかし、そのお父さんが突然に、マスコミ露出をしたのは、天の私に対するお助けだった』

 貴景勝の両親が美形で、上流階級だというニュースが、九州場所以降に、世間に、出回りました。その中で、貴景勝のお父さんは芦屋住まいで、保育園を経営しているというモノがありました。これは、一部、この人たちのプライヴァシーを守るための嘘が含まれていて、実際には、幼稚園である可能性が高いです。貴景勝のお母さんの祖父母に当たる人が、未だに園長かもしれませんが、貴景勝の両親も、理事待遇で、経営に参画している可能性があります。そのニュースから、サポートを受けて書いている、三本(18-11-26,27,28)こそ、「墓場に持って行くはずの秘密を、とうとう書けました」という類の、エポック・メーキングな文章でした。

 何を書いたかというと、私の長男が、1981年の二月ごろ、私立中学二校を受験して、不合格とされて居ます。これが、瀬島龍三が裏から手配した、いじめではないかという事が、重く、重く、私の胸にのしかかっていました。35年間も胸の底深く、漂っていた暗雲です。それは、今なら、調査可能だと、思いますが、当時は、不可能な分野でした。で、泣き寝入りをしているのですが、その後、20個ぐらい傍証づけに役立つ、事例が、生起して来て、従って、瀬島龍三が、私立中学二校に裏から手をまわして、わざと不合格にしたのは、確実だと、認識しています。

 それを、書くにあたって、何が、踏切台になったかというと、1971(?)もしくは1972年から、1975年ごろまで付き合った、ママ友が電話内で、言ったこと葉でした。後にお子さん二人を医者にしたので、ごきんじょから、「大奥様」と、呼ばれているY夫人の存在です。その方は、私が横須賀に引っ越した後でも、交際が、続いた、ママ友ですが、後に、彼女自身が、ご主人の転任で、広島へ引っ越しました。そこでの、暮らしを電話で教えてくれる中で、「広島で、ペンクラブの会員になった」というのがあったのです。

 それは、それを、聞いた30年前から違和感があった現象ですが、その後の雪ノ下での展開、及び、ICU(大学)、お茶大付属高校、横浜国立大学付属中学、日吉台小学校の同級生の、異様な動きから、ほぼ確信へと至っているのですが、同じ事が、主婦、または、母親として、機能しているソサイエティ及び、画家や版画家として、機能している、上野の都美館を中心とした公募団体展や、コンクールの世界、自分が個展を、4回行った銀座の画廊街などで、繰り返し、見られた何十例にも及ぶ現象なので、判るのですが、彼女が同人誌のお仲間の一人になったり、日本ペンクラブの会員になるとは、自然な現象としては、考えられないのです。

 なお、ここから先は、二つの独立したブログ文へと続きます。一つは、現在書きかけ中のもので、そのリンク先は、ここに、中注3としておきます。中注3

私のママ友が、30年前に広島で日本ペンクラブ会員になった。その頃、雪ノ下では、リンチ事件が起きて居て、我が子が大怪我をした   2018-11-29 03:18:53 | 政治

 これも、今、お読みいただく必要はありません。ただ、私の頭脳がどういう風に動いていったかを説明したいと思っておいているリンク先です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『CIAが私のライバルとして、持ち上げた安野夫人の次男は、通信簿に下駄をはかせてもらったと、推察している。反対に、我が子は、すべての教科で、通信簿の、数値が下がってしまった。こういう事も、瀬島隆三たち、CIAエージェントなら軽々と、できることであるらしい』

 さて、私の息子は、私立中学二校に、不合格に、裏から手配をされた後でも、人生に、ありとあらゆるところで、裏から手を回されて、チャンスをつぶされています。そしていつも、私は事前に予測が付いているのに、助けてやることができません。でもね、パソコンを使って、文章を書き始め、特に、2014年以来は、安野家という実名を出して、・・・・・そこの次男が、通信簿に、1と、2しかないという事で、有名な坊ちゃんだったのに「国立大学の付属高校にご入学なさっておめでとう」と、石川和子さんが、わざわざ言いに行って、誇示したのは、不思議な事だった・・・・・と、何度も書いています。

 そういうことをお聞きになると、私が人の子供の悪口を言って居るみたいにお考えになっていた方も多いでしょう。しかし、其れは、反語なのです。それを、一回語るごとに、本当は、こっちがどれほどの、苦悩を背負わされているかという事を言いたくて、其れを語っているのです。暗喩なのです。私立中学二校に不合格にされたこと、それ以外にもすさまじいレベルで、不利をこうむっていることを、言いたいが、言えないから、反対例を描いているだけなのです。

 だって、息子が私立中学受験に失敗したなどと書いても、既に、その後35年がたっているわけですから、書類上は証明ができません。『お前の方が、嘘、言って居るんだろう』と、お思いになる読者も多いと、思います。そして、ある意味では、息子の恥になる可能性もあるのです。しかし、西原理恵子さんを、使って息子の職場追放を図ったり、其れを描いているからこそ、西原さんが東京女子大で「ソフト・やりまん・しましょう(=いろいろな男とセックスをなさいね。一人じゃあだめよ)」と、言う講演をさせたりして、それをNHKが、大番宣をして大勢の視聴者に届けようとしている、最近の、攻撃を受けて、

 そして、貴景勝の、お父さんの露出を経て、やっと、広島で、ペンクラブの会員になったママ友にたどり着き、

 ・・・・・どれほどに、私を弾圧する為に、私の知人を持ち上げ、かつ、そういう風に持ち上げられて自信をつけた母親として、彼女は、お子さんを二人とも、医者にした・・・・・と、言うエピソードを書くことができたことによって、

 やっと、やっと、私の方は、息子の中学受験を妨害され、就活も妨害をされ、あまつさえ、二度目の会社として、そこへ就職している三国屋善五郎を、西原理恵子を用いて、奪って行ったと、語ることができる様になったのです。私立中学受験の時期であった、12歳と、西原理恵子が、ひどいことをして来た、45歳の間には、ほかにも、いろいろ、語るべき、大きなエピソードもあるのですよ。しかし、ともかく、最初と最後を語ることができて、やっと、少しは、ほっとしているのです。

 しかし、この間、安野家の、次男が、通信簿に1と、2しか無くて、それで、「おいちに、おいちに、のあひるさん」と、呼ばれていたと、言うエピソードを描いていることで、大勢のブログ読者に誤解を受けていたことも理解をしています。『なんだ、あいつって、自分の方が、根性悪いんじゃあーん。だから、不幸を招き入れるのだよ。反省しろよ」と、

 そして、そういう策謀を逐一、編み出しては、喜んでいる、井上ひさしや、伊藤玄二郎も、こういう風にあざ笑って居たことでしょう。「ほら、あの、あほってさあ、安野家の次男の通信簿のことを、また書いてやがるぜ。どれほどに、読者が鼻をつまんで、嫌って居るか、わかっていない模様だぜ。あほの極みだなあ。単純だなあ。物事を一面からしか、考えていないくせに、俺たちのことをトカゲの、脳みそなんて、呼びやがって、徹底的につぶしてやるさ。待っていろ」と、言いあって居ることでしょう。それもわかっています。しかし、一つの章の中に、全部は、書き抜けません。だから、ただ、神様を信じて、書いていたのですよ。神様とは、一応ですが、すべてをご照覧あると、私は考えているからです。

 ただね、私は常に神様を持ち出して、軽く逃げているみたいですが、実は、相当に冷静に計算をしているのですよ。私が被っている被害、と、相手側が、私に文章によって、こうむる可能性のある被害に、ついて、常に、計算をしています。その計算によると、私の方は、清算がまるでできていないのです。よくそろばんの先生が、「ごわ算で、願いましては」と、言う言葉で、数値を読み始めるでしょう。最初の数値がゼロであると、宣言をしているわけです。

 しかし、私の毎日は、ごわ算では、始まりません。心理的にも金銭的にもマイナス条項が、莫大な量で、加算されて行って居ます。

 例えば安野家の場合ですが、まず、お子さんを、高校から国費で、勉強させています。舞鶴にあるその学校は,寮に入っている生徒の、衣食住を国費で賄うはずですから、私が子供のために支払った、現在の貨幣価値に直すと、三千万円の内、二千万円は支出しないで済みました。これは、大原光孝さんのお嬢さんが、近美、鎌倉館に、採用された例にも、通じる話です。

 その次に、生涯賃金、一憶五千万円が自動的に保証をされています。そして、どんな失敗をしても、国家公務員だから、やめさせられる心配がありません。ところが、うちの息子の方は、石塚雅彦さん、大前勇介さん、大前研一氏、マッキンゼーの、先輩後輩の関係、三国屋善五郎社長、西原理恵子を使って、女子店員が処理した失敗を店長として、責任を取らされて、降格をさせられ、通勤にあまりにも不便なところへ飛ばされたし、店長から降格をされて恥を掻いているので、自主的に、三国屋善五郎をやめざるを得なかった・・・・・・というエピソードが起こっています。

 そして、親の方を問題にしましょう。警察の協力者ですという看板を安野家が門前に掲げて、10年は、過ぎました。あれですが、月に10万円を超える謝礼が出ていると思います。

 ここですが、さらに、ものすごい話が続くのですよ。しかし、本日は筆を押さえます。私が、こういう文章を書くと、自滅しかねない体力の消耗をするからです。

 ここで、金銭的な、不利という問題から、いったんは離れます。

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副題5、『ここで、もう一度、1979年時の安野家の門前に戻ろう。石川和子さんという伊藤玄二郎の愛人(だったと、彼女は言うが、精神的には、生涯にわたって、伊藤玄二郎とは、緊密な関係だったと、推察される女性が、菓子折りをもって、安野家に、・・・・・国立大学のご入学おめでとうございます・・・・・と、言いに来た日に戻る』

 石川和子さんが、言う通り、本当に国立大学の付属高校だったら、其れは、すさまじいレベルでの、えこひいきです。強者の恣意の実行です。そのことは何度も書いていますが、もう一度、きちんと書き表したいと、思います。

 東京の国立大学の付属高校は、大いに数を増やしています。東大の付属中学は、1960年代は、実験校であって、受験校ではないと、なっていたのに、いつの間にやら、付属高校ができて、後藤田正純氏の奥様、水野真紀(女優時代の、芸名)さんが、東大付属高校の出身だと、マスコミが、喧伝をしました。しかし、男児が、国立大学の付属高校に、入学するのは、もし、公立中学を卒業した場合には、ほとんど不可能です。

 というのも、その当時の、1987年2月ごろ、男子が、通学できる国立大学の付属高校は、筑波大学にしろ、学芸大学ににしろ、編入生の募集人員が、正式にはないはずなのです。今は知りませんよ。しかし、その当時はないはずなのです。海外帰国子女枠がある程度でしょう。というのも付属中学から、進学してくる生徒が、ほとんど、外へ出ないからです。しいて出る子は、芸大付属高校へ進学するか、親の赴任に随行して海外の、学校へ行くか、または、少数が、慶応高校へ進学する程度だから、30人とはまとまった、募集人員が出ないからです。で、ごく少数の、募集に、気が付いて、応募して、合格すると、なると、安野家のおぼっちゃまは、ランクが、4ランク上がる形で、通信簿に、ゲタを履かせてもらったという事になります。つまり、1を、四に格上げし、2を五に格上げをしてもらったと、なります。反対にうちの子は横須賀から、夏休みに引っ越してきて、転入した、2学期目のすべての科目で、反対側に下駄をはかされました。つまり、5は4に下がり、4は3に下がり、どこにも5がない形にさせられました。

 それが、中二の時です。当時の神奈川県の、高校入試には、暗黙のルールとして、輪切り制度というのがありました。子供の数が多いので、先生が受験する高校を決めて、割り振るという制度です。で、その決める時期ですが。中二の2月と定められていました。で、突然に、すべての教科が、下駄をはかせるの反対で、下ってしまった時期に、進学先を決めないといけなかったのです。だから、良いランクの高校には当然、内申点が足りません。横須賀に居たら、ランク一位校か、二位校に入学できた可能性があったのに、引っ越したばかりに、苦労をさせると、思って、とてもつらかったです。しかし、此処で、御成中学に行って、どうして、

、すべての教科で、ワンランク下がったのでしょうと、言ったりしてごらんなさい。それこそ、大変な、騒動になってしまいます。そんなことを子供が嫌うとか許さないのは、わかっていましたので、つらいつらい日々でしたが、我慢、我慢で過ごしました。しかも、こんなことは、裏から瀬島隆三が手配したのは見え見えだったので、其れも、また、私の苦悩を吹かkしたのです。ですから、反語的に、安野家のぼっちゃんは、おいちに、おいちにの、あひるさんと、呼ばれていたほどに、成績が悪かったと、書くわけです。自分の本当に言いたいことが書けないからです。この時点で、子供使った副諏の、二つ目に、出会っているわけですね。

ところで、こういう内申書の、苦労を裏に秘めている私が、その一年後、安野家の玄関の前で、「国立大学の付属高校ご入学おめでとう」と、言う石川和子さんのセリフを聞くわけです。

 これは、ほとんど嘘に近い、文言でした。というのも、お茶大付属高校は、高校で新たに、女子を、40人程度、当時は、募集をしました。戦前は、女子だけの学校だった、お茶大付属中学が、新制度で、男子と共学にしないといけなくなったのですが、高校の方は伝統を守って、戦前と同じく女子高なので、男子はすべて、高校受験時に、外へ出るからです。それを、40人分、新たに募集します。しかし、ほかの高校では、募集しません。だから、男児である安野君が入れる、国立大学の付属高校はないはずなのです。

小学校の時に付属に通っていたが、その後、親の海外赴任に、伴って海外へ行き、帰国しましたという様な生徒が、編入できるくらいの数しか空きがないはずでした。

 この1987年時から、石川和子さんと、安野智紗夫人が、学校制度の変革の事は、何も知らなかったと、いう事を証明します。というのは、日本の現代史については、何も知らなかったと、いう事を指し示します。または、悪意ある伊藤玄二郎達が、私を苦しめるために、安野君の進路先が輝かしいものだと、大宣伝をしたかったのだと、思いますね。ところで、安野君が実際に入学したのは舞鶴にある、海上保安学校でした。その国立大学の付属高校ご入学おめでとうございます」というセリフを聞いた時以来、私は、この山の人たちの教養の程度、及び、頭脳程度、又は、悪意の充満度には、とことんに、気が付いたわけで、その日以来深く軽蔑をしています。

 というのも舞鶴の海上保安学校は、・・・・・ここから、次の章へ、飛びます。内申書に下駄をはかせる問題を、さらに詳細に語りたいというタイトルの文章です。

 上書き保存にされていて、修正や推敲がうまくできないからです。しかし、そういう妨害があるからこそ、此処は真実だと、思いますよ。

 

たは、彼女たちの後ろに居て、「そうしろ」と命令をした伊藤玄二郎が馬鹿だったのか? ですからね。アジサイ畑欺罔事件hもさることながら、ありと、あらゆる点で、この山の人が、とんでもない思考、(または、頭脳)の持ち主であるという事は、私の方は、そのころから、悟っていて、ずっと、観察を続けてきているので、膨大な、エピソードをすでに蓄積しているのです。

 当時は、瀬島隆三が、まだ生きていた時代だから、このアイデアは、瀬島隆三から出たのかもしれませんが、石川和子さんと安野智紗夫人は、国立大学の付属高校の出身ではないわけです。私は、石川和子さんは、本人は、「パーティコンパニオンとして伊藤玄二郎と知り合った」などといって居ますが、そんな簡単な関係の女(下半身のお付き合いから始まった女となります)に、大切な自分の会社名を与えますか。かまくら春秋社・社長が、かまくら春秋窯という名前を石川和子さんに与えているのですよ。私は、二人の間柄の、真実は、神奈川県立平沼高校陸上部で、伊藤玄二郎と、先輩と、後輩の間柄ではなかったかと、想像をしています。

 私は彼女たちが主催する井戸端会議には出ていないので、彼女たちの過去の食歴や学歴を一切知りませんが、ともかく、1966年に四年制大学を卒業した女性としては、この山で私が一番偏差値的には高い大学の卒業生であり、高校も偏差値的には、一番高い高校だったと思います。だから、こそ、自分達が勝つつもりで、安野家の玄関先で、菓子折りでも、差出ながら、私をからかうべく、そういう挨拶をして、わざと、私に聞かせたのでした。だけど、これももろ刃の剣なのです。私はおなり中学の卒業式で、先生から渡された、進路先というプリントの中に、安野家の坊ちゃんの本当の進学先を見つけました。それは、むろんの事、一般的な意味で言う・・・・国立大学の付属高校というコンセプト・・・・に当てはまる高校ではありませんでした。しかし、税金で、面倒を見てもらえる学校だったのです。そして、その後自動的に国家公務員になっていき、生涯賃金、1億5千万円を保証をされます。そういう学校に入学するのに通信簿が、1と、2で可能なのでしょうか? 私は3と、4へ、格上げをしてもらったと、推察をしています。

 この章の後半で、子供を一人育てるのにかかる費用について、述べます。というのも、私は息子から、「僕を育てるのに、いくらかかった?」と、問われたのです。それは、彼が25歳の頃でした。それで、『うーん、2000万円ぐらいかな』と、答えています。これは、22年は前のことですから、現在の貨幣価値に直すと、3000万円だと、いう事となるでしょう。それを安野家では支払わないで、済んだのです。

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副題6、『伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントは、嘘ばかり、組み立てていて、其れが、絶対にばれないと信じているみたいだが、1987年からばれていて、私は内心で、警戒心いっぱいで、彼女たちを見ているのだった。特に富沢家を舞台にして起きた高枝切り事案など、その初日から、・・・・・ああ、これは、税金を使った個人的ないじめですな。これは、相手方は勝ったと、大喜びをしているだろうが、私にとっても、これから先、大いに、活躍してくれる案件になる。

 伊藤玄二郎や、その陰に居て、今だ生きていて、あれこれのあくどいアイデアを、提供している、井上ひさしたちの悪を、世間に説明するのに、これ程に、適切な例はないだろうと、思い立ったわけです。

 井上ひさしなど、勤務したこともないうえに、国家公務員になったこともないわけです。伊藤玄二郎の方は、中央大学の法学部政治学科卒業だから、行政の仕組みには通じている模様ですが、それでも、国家公務員にはなったことはないわけです。

 私の父は戦後短期間ですが、経済企画庁の前身の経済安定本部の、吏員だったし、叔父は、財務局勤務だったし、いとこは、国税庁勤務だったわけです。みんな大卒で、入庁、又は、入省ですよ。しかも、私自身も、末端も末端ですが、東大の教務職員だったわけです。当時の階級で言うと、助手の下です。だから、最末端ですが、一応何号捧、何等級と、言う、冠言葉のついたお給料をいただける立場です。だから、こういう嘘をつかれると、相手は、私をからかったり、いじめたりするつもりだろうが、かえって、おいしい、題材をいただきましたね。これは、未来永劫使えますねと、なるわけです。

 そういう事がみじんも推察ができないらしい、安野夫人の頭脳レベルというのは、本当に驚きます。ところで、彼女の毒素は、とても、強くて、彼女と付き合う人は、みんな馬鹿になっていき、単純無比な嘘をつく人間になっていきます。

 2014年の6月9日に、白井・小野寺夫妻は、安野家に上がってお寿司を取って、六時間も一緒に過ごしています。その後、小野寺夫人が、どれほどの、単純なウソをついたか、あまりの劣化にただただ驚きいるばかりです。というのも、こちらの夫婦は両方とも東大卒で、鎌倉移住には、まず、横浜銀行鎌倉支店の設計などが、機縁になっていると、思われるからです。

 国立大学の付属高校と、言うというのは、その卒業生の、8割が、四年制の大学へ進むと思います。特に1979年は、右肩上がりの経済成長の時代であって、鎌倉のブランド住宅街の住人なら、絶対に、こどもを大学へ進学させるでしょう。だけど、1と2しか、通信簿にない男の子が、どうして、筑波大学付属高校とか学芸大学付属高校に、高校一年時に編入できます? ここに、すさまじい嘘が隠されているのです。

 私はね、安野夫人から言葉による嘘をつかれたのは、この1987年の2月という一回だけです。しかし、態度による嘘には、何度も、目撃をさせられています。まず、1984年の段階で、「子供に友達が来たのです。お砂糖がないので、貸してください」と、玄関ノックで言われたときに、そのおぞましさには、ぞっとしました。

 それ以前から、この人は、本当に母親ではないと、わかっていたのです。しかし、全く付き合おうとしていない、私の玄関を、ノックして、「お砂糖を貸してください」ですって。それは、井戸端会議に誘ってあげましょうという親切心なのでしょうね。だけど、彼女の井戸端会議というのは、大迷惑をご近所住人に与えているもので会って、私は信念をもって、参加していないのですから、一応、表むきに、どうして、お砂糖が必要なのかをまともに考えて分析したいと思います。

ると、その当該のお子さんのお兄ちゃんが、すでに高校三年生です。もし、本当のお子さんなら、妊娠から、既に、19年間経っているわけです。

 

 なお、こういう問題を、私はできるだけ、公的な出来事=NHKニュースで発表をされる事案などが当たる=====と、結び付けて書きたいと、最初は、思っていたのですが、そこまでは、到達できなかったので、総タイトルを変更しました。悪しからず、ご了承をいただきたく存じます。

 

 でも、二時間後に一言添えます。うちの主人は、一般的な考え方では無いのです。「うちの子は健全で、しかも、いい性格で、幸せに育っているし幸せに暮らしている、だから、心配する事は無い」と、言うのです。私もそういういい方には、ほっとします。

 冨澤君は、高校を中退してしまったし。そんな、状況下で、どうして、私を攻撃する方へ、味方をするのだろう?。うちの子は本当に優しくて、我が家の門前で、たまたま、奥様と私と、三人で出会った時も、冨澤君については、いい思い出だけしか話さない人間なのに、どうして、今頃、高枝切りなどに賛同したのかしら?

 安野君は、どう感じているかは判らないけれど、長兄=4つ年上=さんは、1989年以来、一回もその顔を見たことがありません。深く、お父さんを恨んでいると、思いますよ。実母を追い出したからです。そして、略奪婚で、家に入って来た今のお母さんのことは、顔も見たくないのだと、思います。と書くと、長男さんは、自宅へ帰える様に、職場の上司等に命令されるのではないかしら。似た様なことは、お嬢さんのケースで起きたからです。

 お嬢さんが、離婚したのちに自宅へ身を寄せていたことがあるのです。その時に道を歩いていても、それが、判る程、お母さんは、お嬢さんをいじめて居ました。で、安野家からあまりにひどい処置を受けるので、このエピソードを書いたら、その後、お嬢さんが久しぶりに、家に現れ明日。二度目の結婚をして海外へ居るお嬢さんが、海外から、呼び戻されました。

 私のブログを否定する為に、自分達が、支配できる、道具として、生きている人間を使うというのは、ここでも、見られた現象です。しかし、それにはさらに先があります。その、海外から帰って来たお嬢さんが、真夜中に、二人の幼子を連れて、山ノ下へ降りて行くのです。私は本を編集しているので、その頃は、徹夜徹夜の連続でした。そして、修正すべき原稿を、プリンターがしょっちゅう壊れるので、一回プリントアウトすると、コンビニでコピーを取っていた時期です。で、本一冊分の、コピー元を、手に持ち、下へ降りて行こうとすると、目の前を安野家のお嬢さんが、本当に悲しそうな様子で、降りて行くのです。無理におこしたであろう、二人の幼子を一人は抱いて、一人は手を引いて。そして、物音を立ててはいけないから、バギーなども、持ち出さない形でね。アメリカにせよ、ヨーロッパにせよ、時差があるので、真夜中に、夫と連絡を取るのでしょう。家の中では、何も話せないのでしょうね・・・・・と、推察した次第です。

 なお、そのお孫さんの、一人も大きくなって、最近、また、呼び戻されていました。しかし、長兄は、まさしく、飛び去って帰らない状態です。

 それから、これは、とても大切な事。親の愛を信じていることもは、親に喧嘩を持ち掛けます。反抗の強い形です。だが、やがてそれも終わります。しかし、親の愛を信じて居ない子供は、自らを傷つけるか、他人に当たります。それが、リストカットとか、引きこもりとか、拒食症に成るかであり、一方、外へ、攻撃が向かう場合は、いじめっ子の誕生です。

   小野寺夫人は、そういう自分の特性をわきまえて、もう少し、下手に出てくれば、まだ、救いようはあるのですが、何という威張り様だろうと、いつも驚いています。今日は怒りが亢進して、もっともっと、深い真実を書いてしまいましたが、20分程度で、ひっこめました。本当に何をやっているのだろう。この二人はと、思いますよ。

 なお、こういう現象の裏に、北久里浜における、2400坪の土地を益山重夫氏が、ただ

で、私有化した複雑な、仕組みがあって、それは、公には、隠されていますが、その裏側を私が知っているから、こういうひどい目に合うのですよ。まあ、今のところ悪が勝っていますが、世界というのは、フィフティ、フィフティだから、私は、120歳まで生きて、この流れを追いかけるつもりです。

  それから、もう一つ午前、五時に書き足します。それは、こんなにひどい暗い事、しかも、つらい事を書いていても、私にはなお、天の恩寵と言うか、神の御恵みが垂れ下がっているのを。しかし、それが何であるかは、語りません。すぐ、奪われたり、ニュースで、否定されたりしますのでね。ただ、何事もフィフティ、フィフティであり、自分が神様の恩寵を受けるべき生活を送っている限り、神様は、私をおん見守りくださるので、精神は、安定しているのです。これだけの長い文章を、76歳の身にして、しかもパソコンで書けるという事だって、凄い事だと、おもいますよ。自画自賛ですが、それは、言えると思います。

 常に安定した精神を持っているので、どんな悪い謀略もすぐさま見破る事が出来ますしね。いま、すぐ、それを、書くか書かないかは別にして、すべては、判っているといわせてくださいませ。

 

 
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私のママ友が、30年前に広島で日本ペンクラブ会員になった。その頃、雪ノ下では、リンチ事件が起きて居て、我が子が大怪我をした

2018-11-29 03:18:53 | 政治

 この一文は、実際には、12月4日の午後13:15分に公開しますが、事実上は、12月2日に書いています。しかし、後で、編集作業を加えて、29日付けへと、公開日時だけを移動をさせるつもりです。あしからず、ご了承をいただきたく。今、大変書きにくいことを書いているので、何度も編集しなおしています。これは、一万字以上がきえた一文の、きえた部分の直前までのものを、独立させた部分です。それが、副題1以下の部分です。しかし、夜に入って、その前に、副題0として、消えた部分の復活に取り組んでいます。

  この一文は4日の夜10時半まで、【結婚前は幼稚園の先生だった主婦が、広島で日本ペンクラブ会員になった。夫が男尊女卑の人なのを知る私には違和感があり、やがて、裏に、井上ひさしがいるのが判明して来る】でしたが、その時点で、上のモノへと変更しました。

副題0ー1、『消えた10000字に書いたのは、1984年9月に、この山で起きた、リンチ事件の詳細だ。私は、現場を目撃したわけでもないし、「お母さんには言うなよ。心配するから」と、息子が娘に命令したので、息子の怪我の実態さえ知らなかった。何故なら、加害少年たちは、制服に隠れている処を狙って、怪我を負わせたからだ。・・・・・あの子たちって、本当に悪い性格の子たちなのよ・・・・・と、28年前を思い出した娘は、当時は、身震いしながら、そう、思ったそうだ。そのリンチ現場が、冨澤家が、高枝切り事案を頼んだ場所であり、その際に、冨澤家は、一切、支払うべき、お金を支払っていないと思うので、これが、大きな政治問題となる』

 鎌倉には樹木が多いです。で、北隣の石井秀樹・あづさ夫妻が、新築物件を自分の設計で建てた時に、放映をされた(16-7-18)特番内では、二人の出演者(前田祝一氏と小野寺夫人)が、こもごも、「自然が豊かで」と、発言をしています。しかし、二人が立っている土地が、石井秀樹夫妻の土地だったら、まだしも、我が家の物なのです。しかも、盗まれて34年間も使えない土地です。だから、この山に住み、私に対してあくどさのかぎりを示す人物の代表例として小野寺夫人の写真をここにも使います。

 というのも、高枝切り事案の時に、彼女は注文主でもないのに、我が家に、午前7時15分に電話をかけて来て、「工事をします。騒音を出しますので、ご迷惑を掛けますから」と言ったそうです。この高枝切と言うのの、大目的は、・・・・・当時徹夜の連続だった私を大轟音で、起こして、寝かせない。したがって、徐々に殺していくことができる・・・・・と、言う点にあったからです。伊藤玄二郎たち発で、目的は、この山で、悪辣な事を過去にしてきて、それを、私に文章で書かれている前田夫人、安野夫人、柳沢昇などを、救うためです。どうして、そういう支配形式が可能かというと、柳沢昇の元妻石川和子さんが、CIAエージェント足る、伊藤玄二郎の元愛人だからです。ありとあらゆる宣伝を、NHKニュースを通じて行い、自分達の方が偉いと見せつけているので、洗脳され切っているのです。本日、18-12-4もBSプレミアムで、井上麻矢さんが出たみたいですよ。2012年放映のボローニャ訪問の、父と関連がある模様です。井上ひさしこそ、大CIAちゃんですが、世間の、一般人には、自分はすでに死んだ大作家だと、思わせている処です。まだ、実際には生きていますよ。昨日、ヘイトスピーチ排除のポスターが横須賀線に中づりとして、垂れていましたが、これも彼の発案で、対私のブログつぶしでしょう。

 私が、・・・・・在日とか、韓国人に、日本、及び日本人を支配させるのが、CIAにとって、大切なルーティンワークである・・・・・と言って居るのを、からかってきているのです。そういう井上ひさしの家来、または、道具として、使役をされたのが、富沢家が、注文をした高枝切りと、言う問題です。

 特に冨澤家に、委細を飲み込ませたのが、小野寺夫人だと、思われるので、彼女の、責任は、おおきいのです。それは、後の祭り的、演技だったのかもしれないのですが、私から、充分に見える場所(音も聞こえる場所)で、冨澤夫人が、この件で、小野寺夫人へ抗議をしていたので、確かでしょう。

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副題0-2、『上の写真に在る通り、前田祝一氏と小野寺夫人が、・・・この山は、自然が豊かです・・・と、喜んでいる。石井秀樹夫妻も、「この自然豊かで、駅から公称徒歩8分の土地が、安く(噂では、実質40坪使えて、1000万円だとか)買えた」と、喜んでいる。自然に生えている樹木はタブシイと言う大木類が多く、それを中心として、樹木が倒壊することがよくある。それは、やま(または、丘)が、元、海の底だったものが、隆起してできたものが多いらしくて、【かまくら砂岩】と言うもろい地盤に、立っているからである。西隣に、今の前の人が住んでいた頃、実際に冨澤家所有の、地所に立っている樹木が一本倒壊して、屋根の上まで、覆った。葉っぱがいっぱいあるので、さしたる被害は与えなかったが、冨澤家は、遠藤というその家の夫婦に、責任を問われて、その時には、嫌な思いはした筈なのだ。それを、私がメルマガに書いているかもしれない。それで、冨澤家を、危険ぼく、伐採という謀略の主人公に、使役をする事を、伊藤玄二郎たちが思いついた可能性がある。

 私は行政には詳しくはない。特に、ライブで、いちいち、追いかけたりはしない。しかし、彼等は、私を困らせ、自分達が得をする為に法律やら、条令を次から次へと改悪をしたり、新規に作り出したりしている。

 今般、問題としなければいけないのは、鎌倉市が、危険ぼくの、伐採に対して、その費用の半額を援助をすると、言う決まりの事だ。それは、正式には、一般人が市に申し込みに行って、その後、審査を受けて、通ったら、許可を下ろし、その後の支払い時期がどうなっているかは知らないが、ともかく、冨澤家は、半額を出し、鎌倉市が、半額を出すはずである。

 しかし、私は、冨澤家から、聞こえてくるすさまじい轟音を聴きながら、冨澤家は、一切お金を支払わないのだろうと、思った。それが、どういう風に可能かというと、植木や(=尾上共同事業体という名前である)が、請求書を、実際の二倍の額で、出せばいい。鎌倉市は、その半額(=実費の全額)を負担するという形で、逃げ切る筈だと、思った。

 それを午前8時には、思い及んだので、・・・・・ベッドの中でだが、・・・・・その後は、内心で、ニヤニヤしてしまうほどに、嬉しかった。これは、このブログの世界で、非常に大きな案件(=テーマ)になると、思ったからだ。まず、市役所を巻き込んでいるので、伊藤玄二郎と、松尾市長の癒着をはっきりと、書き表すことができる。税金を、私的復讐(眠らせない事で、私を殺そうとしている。彼とか、彼の愛人である、石川和子さんが、過去に行ったとんでもない案件を全部書いている私を殺すの)に、税金を使っていると、言うおぞましさ。

 もう一つは、冨澤夫妻を主人公にすると、小説より、面白い、エピソードが書けるという点だった。冨澤氏がバスの中で、とんでもない失礼な態度をとったので、天は、それを、書くことを、お許しになると、言う確信があった。

 この高枝切が、起きたのが、2016年だったが、その28年前、冨澤家の次男が首謀者として、我が子に、すさまじい、けがをさせている。それを、当然に、私が蒸し返すことが確かなのに、どうして、こういうバカげた謀略に協力をするのだろうと、思い、その一点でも、人間という物の研究には、相当に役立つのだった。

 二つか、三つの面で、冨澤夫妻が、こういうバカげた案件に協力をした、理由が、想像は、できた。まず、お子さん、特に次男に対しては、未だに親足るを得て居ないと、思われた。親とは、子供のことで、忍耐をしたり、自分の欲望を抑えないといけない日がある。それを、1984年当時もできて居なかったが、今もできて居ないと、思われた。また、愛情も注がないといけない。それが、できていない。当時も今も。

 倒木が昔屋根にかかった家の遠藤夫人だが、「川崎さん、川崎さん、冨澤家の坊ちゃん、道路で、タバコ吸っていましたよ」と、教えてくれた。「石段で、座って、ぷかぷかやっているのです」 遠藤夫人は、その続きは、声には出さなかったが、彼女に対して、冨澤家の坊ちゃんが挨拶をしなかったのも、推察され、遠藤夫人が気が動転したのも理解はできた。だけど、私は、違う考えを持っていたので、遠藤夫人の方は軽くあしらっていて、同調はしなかった。

 冨澤家の次男が、道路で、タバコを吸ったりしているのは、親に愛されて居ないという気持ちが、反映をしている。実は、この子たちが、27歳になった時に、安野家の次男が、この件で謝罪に来た。私はまだ、その時点では、詳細を知らなかったので、安野夫人から命令を受けていたけれど、それを伝えた息子が、さっさと、外出してしまったのを止めもしなかった。うちの子の方は、そういう道徳の教科書そのモノみたいな行動には、照れるのだと、思う。そして、私は中学時代には、二人は、同じクラスになったこともないし、10メートルという至近距離に住んで居るのに、家を訪問し合ったこともないので、友達だとも思わなかった。ので、しいては、息子の外出を引き留めもしなかった。ただ、その時に安野君と、もう一人の友達の顔はしっかりとみて、『安野夫人が、「子供にお客が来たので、お砂糖を貸してください」と、言いに来たのは、この子の訪問だったのだろうか?』などと、考えた。

 そして、これは、このリンチ事件が、どうして起きたかを解明するために言うのだけれど、二人ともに背が低くて、顔が美形ではなかった。そして、同じ特徴が冨澤家の次男にも見られた。160cmに達していない可能性がある。父親は、品の良い美形だ。背も高い。で、長男と三男は、父親の遺伝子を色濃く、受け継いでいて、美形である。そして、とても、かわいがられている。このリンチ事件が起きたころ、両親は、毎週末、電気釜以上に大きな魔法瓶、二つと、おにぎりや、空揚げなどのおかずを、持って、出ていた。それらの軽食が、チーム全員に、行き渡る程の数がありそうな、大荷物をもって、二人そろって、朝、出掛けて居た。三男が、小学校の校庭で、野球をやっているみたいだった。『あれほどの、食べ物を準備する為には、奥さんは、6時、起きでしょうね。日曜日なのに、かえって忙しいのですね』と、私は思った。

 しかし、その陰で、次男は顧みられなかったのだ。親の方は、もう大きいから大丈夫だと、思いこんでいたのだと、思う。そして、其れに反抗をして、親の行動を修正することができないらしいことから考えて、二歳ごろから、ご次男はネグレクトされていた可能性を感じる。タバコを吸うという形でも、親に気が付いてもらいたいと、言う潜在意識があっただろう。虐待とまではいわないが、愛されて居なかったと、感じるのだ。あの、美形では無い顔立ちと、背が低いことは不思議だった。両親は二人とも背が高くて、美形である。不思議だが、下の子を妊娠した時から、放っておかれたというか、ゆっくりした愛情或る声掛けが、少なかった可能性を感じている。で、小さいながら、子供ってすべてはわかっているので、満足しない気分が、ああいう、顔を作り上げたのだと、思い当たる。

 その顔の件で、冨澤家の次男が、うちの子を攻撃したくなったのだと、思われる。うちの子の方だが、人当たりが良くて、愛嬌もあり、命令をしないで、リーダーシップをとる事ができる。そして、背が高くて、顔は、他人様から、「美形ですね」と言われる。種々の点で、妬ましかったのだと、推察される。「あの子が目立って人気者になったら困る」というのが一番の理由であったと、推察している。うちの子に言わせると、「富沢君って、人気者だよ。特に女の子にね」という事になるのだけれど。「安野君の方はね。おいちに、おいちにの、あひるさんって、言われて、みんなから、からかわれているけれど、富沢君は人気者だよ」という。別に恨んでもいないみたいだった。

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副題0ー3、『北久里浜で、目撃をしたのだが、5歳の子が、3歳の子に、鉄筋で、殴られていた。・・・・・これも、5歳の子の親の方が、特殊な子育てをしている結果、5歳の子が、生きるために、それなりの処世術を身に着けて居て、相手が自分より強いと、見ると、下手に出ることから起きている。だから、3歳の子は、相手を馬鹿に仕切っていて、鉄筋と言う傍に在った長い棒で相手を叩いた。そっちは遊びのつもりだ。だけど、鉄筋で、撃たれる方は悲鳴を上げている。しかし、親はロックミュージックのレコードを大音量で掛けて、編み物をしているので、気が付かない。私は、こういう事にはすぐ気が付く、自分の子供が仲間に入って居なくても、子供って、何をするか、判らないところがあるので、常に目を離さないからだ。で、電話を掛けたら、さすがに飛び出て来て、その日は、自分の家に、我が子を連れ込んだ。

 親の特殊な子育てとは、親がついて居ない形で、外遊びができるという事に優越感を抱いていて、年子の下の子が走る事ができる様になった時期から、外へ、二人だけで出していて、いたらしい。それで、ご近所から総スカンを食って、前の住所では、追い払われたらしい。そこで、半島・状態の、先端にあり、車ガ入ってこなくて、安全至極な、この北久里浜の東の丘の上の場所に、引っ越して来たらしい。お父さんが、大卒ではない。そして、大企業勤めでもない。で、ローンが組めないそうで、持ち家ではない。そのことに劣等感があるらしくて、ひたすら子供を道具に、他人に優越することに、こだわっている。

 で、その五歳の男の子は、一種の虐待があるゆえに、普通の形で、ちゃんと育てられている三歳の子に頭が上がらない。外で、長時間遊ぶためには、どうしても相手が必要だから、自分をたたいてくる子でも、大切にしないといけないと、思いこんでいる。そういう形で、いつも相手に、こびているから、こんな痛いときでも、やめろと、言えない。「だめだ。そんなことやっちゃあ」、と自分の方からは、いえない。それで、三歳の子は、五歳の子を馬鹿に仕切って、たたき続ける。三歳の子でも、一方の端を地面につけて一方の端を振り回すという形なら、建築資材用の鉄筋を振り回すことができるのだった。

 私はその時点で、彼女と喧嘩をしていた。というのも、外だけで、遊べないことがよくわかっている私は、幼稚園の入試にも落ちたその子を我が家に入れて遊んであげていた。別の部屋にいて、目を離したすきに、セロファンテープと、荷物包装用テープを使って、蜘蛛の巣城を作り上げた、一か所に五本ぐらい結び付けて、壮大な城を作り上げた。その部屋にはピアノを置いてあったし、塾用の黒板も置いてあった。その足などに、巻き付けて、天井のペンダント等にも、結びつける。立派な細工だった。大創造的インスタレーションだった。見事だった。しかし、ノリのべとべとをはがして、きれいにすることを考えると、私はうんざりした。私に言わせると、この時点だと、もう、他人の家では、こういう事はやっては迷惑だと、言うことがわかっていないといけない。或る程度、自分を抑制するという事を覚えておかないといけない。幼稚園の入試の様子を聞いたのだけれど、問題点は、その子が幼稚園で、はしゃぎすぎた点にあった。それは、いつも、大人(=親)に丁寧には、相手にしてもらって居ないのが、急に、何人かの先生に、丁寧に、相手をしてもらうことが、うれしかったのだと、思う。ただそれだけなのだけれど、確かに彼が、幼稚園に入ったら、一切のしつけがなされていないので、幼稚園側はコントロールが難しくて大変にはなる。そして、彼の影響を受けたら、ほかの子もコントロールができない。で、不合格になったのだと、私にはわかった。ので、子供本人がかわいそうだった。まだ、ママと、喧嘩にならないうちに、『どうしてそういう子育てをしているのか?』を聞いてみた。すると、「高校の社会の先生がルソーの【エーミール】を教えてくれたので、其れを尊敬していて、エーミール風に育てている」と、答えた。「エーミールですって」と内心で思い、私は絶句した。ルソー本人は、子供を実際には育てていない。孤児院に預けっぱなしだ。それと、エーミールには、反語的、主意があって、極端に指導する教育に対する反論として書かれたわけだから、彼女みたいに最初から何にも施さないという状況では、何の意味もない。

 しかし、私の方では、・・・・・もう大人になっていて、しかも、元資生堂の美容部員だったと、言う、女としての、器量の面で、誇りを持っている彼女を、説得し、態度を変えさせることは不可能だ・・・・・と、思って、黙ってしまう。ともかく、以前に言った、やはり、幼稚園に行かせて居ない女の子がお菓子の盗み食いをする件で、注意しても注意しても、いう事を聞かないので、『親は、たたいたり、つねったりして、この子に、言う事を聞かせているのかしら。ともかく、・・・・母親は専業主婦で、父親は、銀行マンだから、お金がないわけではないのに、幼稚園にもいかせないで、お菓子も買ってあげないのだから、かわいがられてはいないということは確かですね』と、思い至った。 この様に、鎌倉に引っ越してくる前に、いろいろな子供を見ていて、親が大切だと、いう概念は、しっかり持っている私だから、富沢家で、ご次男がかわいがられていないことは即座に分かったのだった。で、遠藤夫人がたばこ、たばこなどと、悪口を言っても、『其れは、子供の責任ではない』と、思ったので、軽くあしらっておいて、同調はしなかった。

 ここで、こんな挿入を入れたのは、彼ら三人が、このリンチ事件の時に、どんな武器を使ったかが問題だからだ。鉄筋なんか使われたら、中学生の力では、本当に死んでしまう。また、当時は、カンフー映画全盛時代であって、其れに出てくるヌンチャクという武器を模倣したおもちゃが売っていて、其れを、その三人は、用意していた可能性がある。特に富沢君は賢いので、顔が、知られている鎌倉のおもちゃや、【ちょっぺい】ではなくて、藤沢とか大船で、そういうものを手に入れていた可能性がある。もちろんのことおもちゃだから、本当の鋼のついた鎌は、先っぽについてはいなくて、セルロイドまたは、プラスチックでできた鎌が付いているだけだと、思うけれど、其れだって当たり所が悪かったら、失明をする。というわけで、悪くすると、殺されていた可能性すらあるのだった。こういう現象に接すると、今では、大奥さまといわれている東本郷住宅時代の、ママ友の意見が正しかったとなる。もと、幼稚園の先生だった彼女は、「子供は喧嘩させないとだめなのよ」といっていた。私は賛成できず、できるだけ喧嘩をしないように育てたのだけれど、

 ともかく、いざとなったら喧嘩をできる我が子だった。そして、喧嘩に勝つのだった。よかった。よかった。何も知らないのもよかった。ただし、我が家に居て気が付かなかったわけではなくて、今泉台の塾という、山があるので、通勤に、一時間半はかかる塾の講師をしていたから、気が付かなかった。父親の方は松坂に単身赴任をしている。

 ところで、ご次男以外の、四人が家にいたと、思われる富沢家で、どうして、これに気が付かなかったかが不思議だ。鎌倉は夏涼しく、冬は暖かい。九月の夜だ。丁度いい気温であって、クーラーはスイッチが切ってあったと、思われる。お兄ちゃんはもう高校生だから、8時過ぎには、自分の個室に入って、勉強していて、テレビなど、見ていないと、推察される。富沢家は敷地は広い。三区画飼って転入してきた一家なので、実質は、150坪態度だけど、公募上は、300坪近いと、思われる。

 で、自宅の部屋から、距離にして、30メートル、高低差、5メートルぐらいのところで、行われている、このリンチ事件をどうして、気が付かなかったかが、どうしても解せないのだ。

 ここらあたり、まだまだ、書く事はありますが、既に、午前四時になったので、寝ます。 

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 これは、前々報(後注1)の完璧な続きです。前々報のさらに前の文章とも、続いている文章です。

 で、そちらの内部で、充実をさせたかったのですが、一万字以上が消え去っています。警告もなくです。井上ひさしとか、伊藤玄二郎にとって、最大限に都合の悪いことだったからでしょう。しかし、だからこそ、真実です。

 で、其れを復活させる前に、前置きがあります。それは、消えておりませんが、こちらに、まずコピペで移動をさせます。 

副題1、『ここで、前々報(あと注1)の、副題6から、9までを使わないといけない。読者の皆様が、其れを、すでにお読みになっているものとして、論を進める』

 前々報で書いてあったことで、此処で使いたい部分は、大奥様と今では呼ばれている女性は、鶴見にある短大の、幼児教育科を出て、幼稚園の先生をしていたと、いう事です。一方の私は、1962年の、ICU入学者です。当時のICUは、日本社会で、知る人が非常に少ない大学でした。ただ、入学するのに、東大へ入学するよりも難しいと、東大の学生新聞が書いてくれたほどに、人気が高かったのです。それは、知る人ぞ知る事実で、主に、ミッション系の高校卒の人とか、モトAFS(=アメリカ留学済み)の高校生などには、知られていました。大奥様のご主人は、外語大卒で、高校時代は、英語は、好きで得意だったはずで、従って、ご主人の方が、ICUを知っていらしたので、私は、大奥様から尊敬をされることとなりました。

 その後、私は、横浜市緑区東本郷町から、横須賀市根岸町に引っ越しました。その数年後に、彼女も、引っ越しをしました。広島へです。

 そして、「私はね、広島で、日本ペンクラブの会員になったのよ」と、言いました。その時に、『あ、これは、井上ひさしからの援助ですね。その裏には、瀬島隆三がいる』と、わかったのです。井上ひさしは【父と暮らせば】というヒットシナリオを出していますので、(映画にもなった)

 広島には、相当な知人がいるとおもいます。そして、例のごとく、脚本を作ります。これは、別の言葉では絵図を描くと、言います。その絵図では、鶴見にある短大の幼児教育科を卒業した彼女を、日本ペンクラブの会員にして、広島という地域社会で、有名人にしていくのだ。

 川崎千恵子(このブログの著者)は、小さいころから、文章を書くのを得意としているので(もし、成岡康司君が、重要なメンバーであると、言う私の推察が正しかったら、私とは、中学の同期なので、私が、そのころ、どれ程に、優秀だったかは、かれは、知っているのだ。)、ペンクラブの会員にはなりたいだろう。その位置に、昔、は、下手に出ていた、ママ友(今は、大奥様と呼ばれている人)が、先についたら、ぎょっとして、内心では、大いに悲しむはずだ。こういう風に徐々に徐々に苦しめていって、うつ病にさせる。その上で、精神病院へ収容してしまえばいいのだ。

 むろん、彼女(=大奥さま)には、こういう私の解釈は告げておりません。・・・・・彼女はお子さんに、喧嘩をしなさい。していいのよ・・・・・という教育方針を貫いている人ですが、私は、そう言う感じはできない人であり、子供にも喧嘩させないし、自分もしない人だから、何も反論をしませんでした。

  しかし、この時に、井上ひさしは、まだ、千葉にいた時期です。しかし、既に、CIA側にリクルートをされていたのです。彼は、共産党御用達作家というほどに、共産党の、催しに出ていて、そこで、人脈を築いたわけですが、ICU在学中に、私をベイカーさんに売り渡した、てリーという元AFSにして、たぶんですが、ICUに入学する以前から、共産党員の、女性のことなどを考えると、共産党とは、CIAにとっては、とても便利な道具であるのです。

 ただ、今日は、新しいことをもかたります。このママともが、広島時代に、日本ペンクラブの、会員になったという事は、もう一つのエピソードからも、裏に、井上ひさしたちがいるとの確信を、もつのです。男尊女卑の話です。

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副題2、「彼女の夫は、私が見せたICU同期生からの手紙を、激しくけなした。それで、だんそんじょひのひとであることが私側に判った』

 横浜市緑区東本郷に住んでいたころに、私のところに、ICU時代の同期生から、便せん6枚ぐらいのお手紙が来ました。1970年代は、普通の人は、パソコンを使っておりません。手書きです。ICUの友人の方は、父親、と、男の兄弟は、全部東大卒であり、インテリとして、レベルが高いのです。で、私は、其れを彼女に見せたのです。内容には私的な部分は無かったからです。すると、短大出でも、頭がいい彼女は、「これは、素晴らしい内容ね。主人に見せたいわ」と、言いました。私は、その中には、個人的なことは、一切書いてなくて、ただ、社会現象への、分析ですから、「ああいいわよ」といって、預けました。一日か二日の内に、彼女はそれを返してきて、「主人はね『だめだ。この女の人は。女として魅力がないよ』というわ」と、言いながら。

 あっけにとられました。しかし、私はリアルな世界では、喧嘩をしない主義だから・・・・・彼女はお子さんに、喧嘩をしなさい。していいのよ・・・・・という教育方針を貫いている人ですが、私は、そう言う感じはできない人であり、子供にも喧嘩させないし、自分もしない人だから、何も反論をしませんでした。しかし、外語大学という海外に通じた窓がある大学の卒業生が、そういうという事は、本当に驚きました。  

 この男尊女卑という問題に、ちょっと、踏み込みましょう。私の父は、今では、国立大学となっている旧制専門学校卒ですが、(そして石油科の第一回卒業生ですが)、男女平等主義の、フェミニストで、母を大切にしたし、長女である私が、男と同じ様に活躍してほしいと、思って居た人間です。 

 

  まあ、この写真は、遊び人風ですが、藤本真澄・東宝・重役と、旧制中学時代、親友だったので、こういう姿です。この写真だけ、たまたまスキャンしてあったのですが、ほかの写真も含めて、これも、一緒に、全部盗まれています。ダークスーツのものや、黒の詰襟で、ビーカーやフラスコを前にしてピペットを握っている写真なども、あったのですが、みんな盗まれています。父にとっては、おしゃれをするというのは、大切な事だったらしくて(これは、伊勢佐木町のスタジオで、撮影をしたらしいのですが、1933年です)したがって、おしゃれの一つの形として、男女平等を、実行したのかもしれません。母は、お金には恵まれていました。父は、母に、いつも自分と、平等に資産形成をさせていたからです。 

 私自身に戻ります。国画会に作品を出品して、連続入選をしていたころかな? 私としては、大変に実力の高いアーチストだと認識している人が落選になったのですよ。これには驚いて、審査風景を知りたいと、思ったのです。でね、芸大ではないが、国立大学の卒業生であり、「あの人は純真だ」と、ほかの人から、言われている男性作家に、電話で探りを入れたのです。そしたら、その人は、私が知りたがっていることが、生意気だと、思ったのね。審査会場には、会員しか入れません。で、普通なら、確かに、審査風景を質問するのは生意気です。 

 しかし、この落選した、女性アーチストは、一時期草間彌生と、都美術館の、一区画(画廊、20個分ぐらいのスペース)を使って五人展をしたぐらいのレベルの高い作家なので、落選に驚いて、うつ病になってしまったらしいのです。で、母親の遺体を、お葬式を出さないで、いたので、新聞沙汰にもなったそうです。そこまでのことは知りませんでした。私は、そのころ、海外に行くために逗子のアトリエで、一人暮らしをしていて、今とは、全く異なっていて、修行だけにふけっていて、ニュースなど、接していなかったのです。テレビなど、一切見ない生活を送っていました。ただ、銀座の画廊街には、出没をしていましたよ。だけど、噂話好きではないので、他人の個人的な事情など、一切、知りませんでした。このケースは、後程、杉並区の空き家特集という社会派・番組を装って、NHK総合チャンネルで、問題にされると、言うひどい措置が引き続いて起こり、其れも、もしかしたら、私弾圧の一種だったのかな?と、今では思って居るほどです。 

 その番組のMCは、二代目、子供ニュースのお父さんである、鎌田さんだったのですが、今はTV東京に移動をして、未来世紀ジパングの司会をしています。ところで、この鎌田元NHKキャスターがMCを務める様になったら、・・・・・そして、そうなってから五回目ぐらいから、「毎週録画」機能で、録画していたはずの【未来世紀、ジパング】が、録画されていない様になっているのですよ。 

 こういう動きも鎌倉エーじぇんと(=CIA)特有の現象です。最初に、鎌田キャスターを、悪事に使って、其の裏側がばれたら、何年間か、表(番組)に出さず、ひっこめて、そして石塚雅彦さんが、力を持っている、TV東京に、移動をさせて、今度は、活躍できる様に、させて、その上で、私のレコーダーの、録画命令を消し去って、見られない様にしている、と、こういうところにも、私は自分が大物であると、感じている次第です。 

 というスピンオフから、国画会の作家と、私自身の電話対話に戻ります。その方が別の日に、「あなたねえ。そんなことをやっていないで、花でも飾ったらどうお。女らしくないよ」と、言ったのです。私はね。娘から、「お母さんが家にいないと、お父さんとお兄ちゃんがだめになっちゃう」と、言われるほどに、一家の中心なのですよ。また、日傘雅水という有名な、そして、ご自分も日大芸術学部卒のインテリである、手相観さんに、「あなたは、芸術家でよかった。これが、専業主婦だったら、事件を起こしていますよ」と、言われるほどに、フェロモン横溢の人だったのです。

 しかし、女が、理論的な事、または、原則的な事、または、政治的な事を、発言すると、『なんだ、あいつは生意気だと、なって、馬鹿にされるのだ』と、言う日本の現状があるのでした。 

 で、結論へ入っていきます。元の、『お手紙を、外語大卒の、そのご主人(今では、二人のお子様が、両方とも医者になっている、大奥様の旦那様、だから、大旦那様というべきでしょうね。)大いにけなした日に戻ります。私が、そのお父さんが、男尊女卑の人であると、知った日に戻ります。私は、本当にびっくりしてしまったのですが、そちらのご夫婦によると、その方が子育てには、良いそうです。一家の中で、圧倒的に、お父さんが偉いという形にした方がいいそうです。 

 しかし、これこそ、広島市で、彼女が同人雑誌に参加するとか、ペンクラブの会員になるとかいう事実と矛盾をするのです。 

  ここから先に書いた、一万字以上が消えています。仕方がないので、復活に取り組みましょう。 

 矛盾をすることに何故、彼女が取り組んだかというと、周囲からの働き掛けがあったのだと、見ています。井上ひさしは、【父と暮らせばが、映画にもなって大ヒットしています。それの関係で、広島には、多くの知人がいるのだと、推察しています。 

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副題3、この章と、この下の章(副題4)が、消えたのです。本日(=18-12-4)ではないのですが、いつか、復活させましょう。

副題4、 

副題5、『私は、息子が、就活の際も、落ちまくったのが、おかしいと思って居るのだが、中学受験の際にも落ちたのは、特におかしいと、思って居る。そして最近、孫の英検について、「たった、10点の差で二級を、おちたの」と、聞いた際とか、 

 東京医科大学で、女子学生を、点数を下げて、不合格にしていたと、言うニュースが席捲をした時にも、私がひそかに考えている『瀬島隆三が裏から手配をして、息子の進路を12歳の時にすでに絶った』が正しくて、其れを、わざと、えぐってきて、悲しませるという目的で、こういうニュースを作り出し、流しているのだと、考える。医者とはエリート階級なので、不祥事は、普通は隠されるものなのだ。それに、東京医大が、急にそんな措置を取ったわけでもなくて、数十年にわたって取ってきた策であろうし、事情通は、みんな知っていたことだろうと、思う。なぜ、今、大騒ぎにしたのかというと、その、34年前の、私立中学受験の、不合格の裏にある、私の苦しみをさらにえぐる為であろう。 

 ところで、孫の英検だが、私は、孫の例は、今まで、書いたことはないと、思うが、英検そのものについては、批判的に書いた。とくに…・・・・それが、大学受験の際の、英語入試にとって代わるのだ・・・・・と、いう事には、疑問を呈していると、思う。東大が、推薦入学になるというのにも疑問を呈している。東大の入試に問題があって、創造性豊かな、学生が入ってこなくなったという事は、言えると思う。敗戦前の東大の、入試は、ナンバースクールからは、ほぼ無試験で、入学できたと、聞いている。その方が大物が出た。だから、推薦入学を復活するべきだと、いう理論には、一理がある。 

 しかし、私が入試に不正がある可能性があると、におわせているときに、(例えば、おなり中学では、通知簿に、1か、2しかないことで、おいちに、おいちにのあひるさんと、呼ばれている安野君が、海上保安学校へ入学し、其れを、石川和子さんが、わざと私に聞こえる様に、タイミングを計って、「国立大学の付属高校へのご入学おめでとうございます」といっていた、などと書くときは、敵は本能寺にありであり、 

 息子の中学受験の不合格には、裏返しの、強者の意思(又は、恣意)が働いていたのではないかという事を、婉曲に言って居るのだ。 

::::::::::ここですが、重要な挿入をしないといけません。実は、私側の被害(中学受験をわざと不合格にされている・そのほか、アリとあらゆる受験について、裏から手をまわして、不合格にされている)という事を書かないで、安野君の方だけを描いているので、相当な誤解を受けていたと思います。つまり、私の方が意地悪で、悪い人間だという誤解です。それは、わかっていましたよ。でも、神様は、すべての真実をご存じだから、神様に向けて書くというのなら、これで、いいのです。ところでね、この坊ちゃんですが、1984年に少年リンチ事件を起こしていて、我が子に手ひどい傷を負わせているのです。首謀者は、富沢家の坊ちゃんですが、ひどいひどい連中なのですよ。表側というか公的な部分では、受験失敗という、苦しみを負わせ、裏側と、言うか、私が知らない部分では、肉体的キッズを負わせるというひどいことを、やっているのに、CIA側にとって、そうすることが勝ちだと、思われているので、成績が非常に悪いのにもかかわらず、海上保安庁の職員になっていき、一億五千万円の、生涯賃金を保証されているのです。一方の、息子の方は、西原理恵子さんを使った、この章で、語っているケースをはじめ、人生のあらゆる場面で、機会をつぶされていて、どんどん、貶められて行っています。このケースは、高枝切り事案へもつながっていく、大きなことなので、巻末の、副題9から、今夜(=12月2日)に、輔弼をします。::::::::: 

 そして、私のその暗喩が、今、読み手としての特殊任務を与えられている井上ひさしには、わかっているだろう。だからこそ、彼は、次から次へと、私の心をえぐる様なニュース案件を、受験に関して、作り出し、其れを政府に発表をさせている。 

 大学入試の英語部門を英検の主催団体という、民間団体に、任せるなどとは、ある一面では、いいかもしれないが、孫の様に、そこで、弾圧をする道具となりかねないので、全くもって不賛成だ。 

 ところで、孫の件だけれど、ある食事会で、この件を蒸し返したら、娘が、「あれ、受かっているわよ」と、いう。私はその時に、ただ、黙ったのだが、二重三重に自分が正しかったのを知った。まず、孫は受かっていた。だが、不合格だと、いったんは、された。10点不足だという措置で。だが、私がブログで、英検のことを書いたからこそ、修正してきた。 

 こうなると、孫を守るためには、娘の計画の一切を知らないと守れない。そんなことは無理だ。 

 さて、ではどうする? 私には武器はない。彼らにはあるのだけれど、私にはない。では、どうするのだ。ただ、唯、一点、神様におすがりするほかはない。 

 神様は、しっかりとご覧になっていて、思いがけない形で、私をたすけてくださるのだ。今般だって、貴景勝が優勝するかどうかなんて、誰にも予想されていなかった。だけど、彼は、優勝をし、現代社会では、ありえないスパルタ教育をする、お父さんがマスコミに登場した。その時に、私は、この厄介な問題、=====息子の進路を妨害し、委縮させる敵方の、闇の支配。それが、孫にも及ぶ心配======を、書き抜くだけの文章の構想力を得たのだった。

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後注1、

続、大前研一、勇介、石塚雅彦、木村某氏、西原理恵子、高須院長、井上ひさし、+ご近所少年のリンチで我が子がけがをした話     2018-11-28 21:17:37 | 政治

 

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続、大前研一、勇介、石塚雅彦、木村某氏、西原理恵子、高須院長、井上ひさし、+ご近所少年のリンチで我が子がけがをした話

2018-11-28 21:17:37 | 政治

 今は、12月の2日です。かどやに乗り込んだ、三井物産の副社長が、私の友達であったという話や、1と2しか通信簿にない安野家の坊ちゃんとは、1984年に我が子に三人で、激しい傷を負わせたリンチ事件の、一味であるとか、重要な話を少し入れこんであります。2日の夜にさらに加筆をしていきます。

  最初にお断りを申し上げますが、これは、12月1日に、実際には、公開をいたしますが、日付だけは、11月28日にさせてくださいませ。そして、1時間ぐらい、総タイトルを、【天は、裂ける様に真実を教え給う。私の息子が、年収六百万円を断ち切られた時に、裏に西原理恵子が居るのが、私に判明したのも、】としておりました。が、夜の11時半に、【元幼稚園の先生だったママ友が、30代の若さでペンクラブの会員になったと言った時に、CIAの全てが私に判った】へと変更しました。

副題0、『18-12-1に入れる、前報(あと注1)に対するレジメ的、解説の文章』

 さて、今、12月1日の午後零時ですが、今から&&&&&罫線以下の加筆を始めます。この一文は、昨日いっぱい、お約束を無視して、何もタッチせずに、放っておきました。それは、どうしてかというと、含まれている時制的レンジが、あまりにも長いので、其れを、どう描くか、を、じっくりと、体力を温存しながら考えていたのです。

 この文章の主役は、現在では、ご近所様から、大奥様と、呼ばれている、私のママ友の、一人です。彼女との付き合いは、ほぼ、45年前に始まりました。しかし、彼女が、鎌倉エージェント(=CIA)に、リクルートをされて、向こう側に入ってしまったのは、1965年ICU在学中の出来事が、一番、大本になっています。そこで、ベイカーさんというアメリカ人大学生に、私が、まじめで、しかも、頭がよくて、しっかりしているという事で、・・・・・将来の日本を救う人材になる・・・・・と、見込まれてしまって(苦笑)、その時点で、後ろから、首を絞められて、殺されそうになったのです。それは、むろん夜のことで、旧中島飛行機(ゼロ戦を作った工場、宮崎駿氏は、そこの、重役だった人の子息。現在はSUBARUと、ICUが使っているが、ICUが財政困難に陥って、五万坪の、敷地の相当数を売ったので、神学大学ほか、いろいろな施設が、近所にできている)の滑走路での出来事でした。そこは、現在は、両側に桜の四重の並木のある、大学への進入路になっています。それが、1965年のある夜の出来事で、そこから、すべてが起因していますので、重要な出来事なのです。それ以来、今は、2018年ですから、53年間の長期間のレンジで、ものを考えないといけません。

 しかし、ここの主役たる大奥様は、私としては、相当に、深く付き合った人であり、ある意味で、大切な人物です。したがって、彼女がCIAに、利用をされた向きもあるのだというのは、実は墓場まで、持っていく話だと、思っておりました。同じ様に大切な人だと思って居る、笠松敦子さん(大学時代の、友人で、独立した個人編集者として、プルーストの新訳や、ファーブルの昆虫記など、重厚な書物の編集に自宅で携わってきた女性)も、とても大切な友人です。しかし、古村浩三君を代表とする、現在のICU同窓会における、鎌倉エージェントの動きと、今は、連動をしている人なので、個人名をさらしているのです。残念ながらです。

 一方で、最近とみに向こう側に使われているのが渡辺賢司・ミカ夫妻です。この夫婦は夫の方が、近隣の人間としては、異常なくらい、無礼な態度をとる人間です。一回も向こうからは、挨拶をしたことがありません。妻の方は、一応ですが、もっと柔らかいです。しかし、外語大程度の大学の卒業の、頭の良い人物であろうと、見ていますので、したがって計算高くて、種々の策謀に、加わっています。で、二人に対しては、私側に、これっぽちもの、感情移入がありません。二人の動きは、政治に関連した動きであって、安田純平の帰還等の、政治的な派手な事件が起きた時も、

 また、我が家から、プランターや、植木鉢を盗み出し、其れを、四つの大きな袋に、詰めて、出してはいけない日に出して、しかも、其れを、130段もの石段を使う事でしか、上がれない山の上にまで持ち上げて、私だけが、招かれない形(=欠席裁判)で、『どうも、川崎さんが間違えた出したらしいわよ』と、いう形での、評議が行われたと、言う、事案でも、瞬時に渡辺夫妻の名前を出します。日頃が大切です。『何を裏から聞いたのか? どうして、あそこまでの、事をする?』と、思い続けています。その原因はわかりませんが、あの夫婦は、これから先も永遠に、あちら側(=CIA一派)も使うが、こちら側も使う、両面サイドの、実験マウスとなったと、見ています。私にとっては、見事なパイロットランプです。

 しかし、この章の主人公たる大奥様と、呼ばれる45年前に知り合った友人に対しては、私の方に、深い感情移入をしている歳月があります。その上、彼女の利用のされ方は、緩やかです。事件というほどのことも起こっていません。しかし、私の人生に、多大な被害を与えている事案(息子の人生をめちゃくちゃにしている、CIA連中、この章の総タイトルに、出てきている名前の連中の他、いっぱいいるのだが)との比較対象例と、見事になっているのです。

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副題1、『かどや製油内での私の息子いじめの出来事と、竹本油脂のトップが、私のICU同期生である話』

 彼女は、CIA側のルーティンワークである、私を取り残し、私の友達を優遇するという政策によって、40代ごろから、人生に大いに自信を感じて歩み始め、その結果、お子様が、特に長男の方は、医大の教授になっていくだろうと、推察される勝利者となっています。ところが、1972年当時は、学年こそ、違え、仲良しで、利発度もほとんど、似通っていて、相当に、彼女もほめてくれていた私の息子の方は、中学受験においても、裏から、瀬島隆三たちに妨害をされていたと、感じていますし、

 就活の際にもさんざんに妨害を受けて、また、親戚就職で、入ったかどや製油でも、

 三井物産から乗り込んできた上司(M・・・・息子はその名前を言わないが、いろいろな筋から、その本名がわかっている。私は近々、かどや製油の株を買い、株主総会に行って、彼の顔を見てくるつもりである。もし、株が買えないなどという様な事が起きたら、此処に書いてあることはすべて真実となってくるし)・・・・・に苛め抜かれています。たまたま、生まれた子に、軽い自閉症が、でて、・・・・・これが、やまゆり事件という大ウソ======19人もの死者は、いませんよ=====を鎌倉エージェント、特に、実際には、いまだ生きていて、地下潜行をしている井上ひさしが発案する由縁になっていますが、・・・・・そのストレスで、かどや製油を依願退職をもって、やめました。

 その時に、この章(というのは前報のこと)の中盤で出てくる大学同期の、館野ひろお君が、トップに就任している竹本油脂(これは、ごま油という意味では、かどや製油の競合会社だが、一方で、界面活性剤の製造をする化学薬品メーカーでもあるので、規模としては、かどやの五倍くらい大きい。社員数も企業が所有する土地や、工場も五倍くらい大きい。しかし、株は、非上場であるので、四季報の、非上場企業の欄で確認をした)が、わざと、かどやを、退職した人間を採用したのです。息子と同時期に、やめた別の、若い男の子を拾うという形で、いじめてきたのでした。普通競合他社をやめたばかりの社員は、雇わないものでしょう。その上、新たに雇う竹本油脂の方が規模が五倍程度あります。かどやをやめたという事は、かどやも悪いのかもしれないけれど、そのやめた社員の方にも問題があったと、考えるのが普通でしょう。だから、これは、確実に私狙いの案件でした。

 竹本は、日本橋に本社を置く、江戸時代からの老舗企業ですが、かどや製油の本社は、五反田にある、中規模のビル内に本社が、存在しています。この雇用は、本当に変なもので、息子は気が付いていませんが、・・・・そして恨み言も言いませんが、・・・・・・確実に、私に対する弾圧のバリエーションの一つです。

 かどや製油内部は、その時点では、ブラック企業化していて、うつ病になったり、やめる青年が数多くいたのです。というのも、あからさまに、大手企業(三井物産と、三菱商事)から乗り込んできた、人材と、生え抜きの人材の、給与体系に差をつけ、仕事においても、差別をしていたからです。息子は、以前は、かどや製油では、広告を担当して、(こばやし)ケンタローを世に出したりしていたのですが、ある時点から、仕事内容は営業一本にさせられました。彼は、親に頼らず、立派な結婚式を、みなとみらいのホテルで行ったのですが、その式に、出席をした、かどや側の、重役連中もすべて、創業者一族の、同族内、競争に、負けたという形で、追い出されています。

 さて、その次の転職ですが、その過程でもすさまじいいじめが行われているのです。「重慶飯店に決まった」という、喜びの声の電話がかかってきたら、突然に駄目になりました。電話の盗聴を悪利用をされているのです。が、やっと、三国屋善五郎に、就職できて、山下飯店(鎌倉駅そば、地下一階にある相当大きな中華料理店、駅そばでは、この山下飯店と、銀座アスターと、二楽壮の三軒と、二階堂・凜林、長谷の華正樓の五軒が宴会のできる中華料理店である)で、祝宴を張ると、その祝宴内でも、苛め抜かれました。伊藤玄二郎か、鎌倉警察署の生活安全課の誰かが、山下飯店に、手配を入れたと、見ています。湘南信金や、浜銀と同じです。ウエイトレスの中には、女性刑事が変装した人間も入っていたかもしれないと、思うほどです。祝宴がめちゃくちゃなものとなりました。いろいろなことが片付いたら、山下飯店の事も調査するつもりです。裏にだれがいたかは、知りたいところですので。

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副題2、『三国屋善五郎内での、いじめ・・・・・その一』

 さて、やっと、転職先が見つかりました。相手は、三国屋善五郎というお茶のお店です。採用が一日で、決まったので、妨害を受けなかったと、思います。息子は、人当たりがよくて、そして、いろいろな方がほめてくださるほどの、美形です。大切にされて、ほめて使われれば、きっと、高い能力を発揮できるでしょう。その三国屋善五郎で、ですが、最初期に「大船支店の支店長として、配備をしてあげましょう。お子様の育児に便利でしょう」と、親切な女性重役に言われていたのに、ビル管理会社(JRか、京急かのどちらかが、手配をした)からの、指図で、「未経験者は、支店長は駄目だ」と、言われました。それで、横浜ポルタ(横浜駅東口にある商店街)にある支店の支店長になったのですが、そこで、二つの大きないじめに出会います。

 それに対して息子は愚痴を言わないのですよ。しかし、私は勘が鋭いので、事実をほとんど正確に把握しています。まず第一は、スパコンに、バグを入れて、レジ機能を壊したので、なかなか、店を去ることができず、ポルタ側の管理者に10時まで、帰宅しないで、待ってもらわないといけなかったので、謝罪をしなけれないけなかった案件です。

 これは、私のパソコンに、一万回以上のシステム異常を起こしている連中と、同じ連中がやったことでしょう。こういう案件は、息子の処理能力が低いと、みなされる案件です。しかし、裏からバグを入れこまれて、そうなっているのですが、そういうコンセプトは、上の方で語っている、我が家から植木鉢やらを盗んで、其れで大きなごみ袋を作って、其れを、わざと間違えた日に出すという・・・・・えん罪?・・・・とそっくりな仕組みです。だから、CIAエージェントが、仕組んで行ったことなのです。で、たぶんですが、古村浩三君、もしくは彼の支配しているチームが行ったか、警察のその種のチームが行ったことでしょう。完璧に、私狙いの弾圧を息子に、向けて行って居るのです。

 私は、過保護な母親ではありません。それが、自分のことだから、調査をしたり戦ったりしているのです。息子は、愚痴は、一切言いませんよ。だけど、私は、陰から戦うのです。

 最近も古村浩三君の名前を、この二ブログ内で、だしたら、20時間後には、パソコンがピーっと大音響を発するほどの大型の、システム異常を起こしました。が、その日は、私の方が、因果関係がわかっているので、『おや、おや、これで、古村浩三君について描いていることは、すべて正しいわけですね』と、思い、落ち着いて処理したので、パソコンは無事に回復をしました。

 しかし、2007年から、2010年まで、20台以上が壊わされています。最初は、因果関係がよく、わからなかったので、・・・・・特に深夜に異常が起きて、誰にも相談ができないので、・・・・・おびえて、おろおろして、しまって、正しい回復用処理を行えなかったから、壊れたのでした。そして、最近の日大アメフト問題も、実は、古村浩三君を庇うために起こされています。後で、其れは、詳述します。おお損をした日大と内田直人監督は、悪くないのですよ。すべて、CIAエージェントたちの策謀です。

 なお、此処で、付記しておかないといけないのは、大船支店、ポルタ支店、日吉支店は、すべて、閉店をしているという事です。これは、私のブログにその名前が登場した人、場所、ものの名前をすべて消していくという手法の典型であり、したがって、三国屋善五郎で、起きたことは、すべて、鎌倉エージェント(=CIA)が絡んでいる、大いなる策略であったと、確認できます。これも、井上ひさしあたりが、考え出した脚本にのっとって、進行した謀略でしょう。

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副題3、『誰なんだ。四国の大物とは? 私は息子がその名前を言わないので、・はん・とし・以上を、かけて、調査しまくった。その過程で、悲哀を何度も味わったが、天のお助けもあったのだ』

 さて、次に起きたいじめは、四国の高知県を舞台としておきました。そこに何かを送った、お客がいて、その贈答物に、熨斗紙を間違えて、女子店員が付けたという事で、息子が謝罪に行くことになりました。それは、遠い場所、四国のことですが、その案件でも、鎌倉の連中は動いていて、前田祝一という人物が、悪い動きをわざとして、私を混乱させました。それは、副題6で語ります。

 息子は、全くその四国在住のお客の名前を出さないのですが、誰かが、怒っていて、電話で謝罪をしても、どうしても相手が納得をしないので、四国まで、謝罪に行くことになったそうです。そのころ、私は胸騒ぎがして、息子の留守にお嫁さんを訪問をして、スマホが盗聴器になっているので、なかなか、案件を切りだせないでいたのですが、「お願い。スマホを置いて出てください」と頼んだ後で、たった五分ほど、バス停まで、見送りに来てくれた、そんな短い時間で、お嫁さんが「急に四国へ出張に行かないといけなくなったのです。でも、ホテル代も飛行機代も出ないのです」と、言ったのです。『ああ、これが、胸騒ぎの、本当のところだったのだ』と、わかって、深く心痛しました。お嫁さんが言う、その出張の理由は、「配下の女店員が、法事用の、お茶類に、熨斗紙を間違えてつけて、四国へ向けて、発送をしたそうです。店員の失敗ですが、支店長が謝罪に行かないといけないそう」でした。お嫁さんもそのお客が誰か、固有名詞は知らない模様でした。

 このホテル代と、飛行機代は、私が、お嫁さんを訪問をしたことが、盗聴やら、監視カメラ(大船駅には、エスカレーターにも監視カメラが付いているのですよ。私が茅ケ崎に住む、息子宅を訪問する日には、相当程度のいじめを行おうと、わざと準備をされているのです)で、その時のお嫁さんへの私の訪問がわかっていた、から、つくろったのでしょう。しかし、ホテル代を出すとかいう、種類の、フォローは、ほんの雀の涙であって、結局のところ、この失敗を理由にして、降格をされ、日吉支店に回されました。この日吉支店というのが、綱島駅から徒歩30分もかかるところにあり、イクメンでもあり、家事手伝いをも、する息子には、大変な体力の消耗をもたらすことになりました。茅ケ崎に住んでいて、そのマンションも駅から遠いからです。そして、また、やめることとなりました。今度は、三社目の転職となるので、当然に給料がさらに低くなります。

 そして、妻のお父さんから、・・・・・たぶんJR東日本の誰かが差し金を入れたのでしょうが、・・・・・そのことを息子は、責められています。お父さんは元国鉄に就職してJR東日本で退職しています。

 私は、かどや製油での、いじめ問題が起きた時も、私が原因だと思うので、助けたいと、思っていたのですが、タイミングを逃して、助けることができなくて、悲哀にうたれたわけです。または、わかっているけれど、どういう形で、助けることができるのか、その方法がわからなかったとも、言えましょう。まあ、当時の三井物産の副社長が、私のたった、100人しかいない中学同期という友達ですが、そこに頼みに行く前に目的を把握をされてしまって、彼が、断ってきたとか、会わないという形を取ったら、さらに、被害が拡大するので、ただ、唯、我慢をしたのでした。

 が、今度(=三国屋善五郎で)の、いじめにも、何も、できなかったわけです。大きな悲しみや、ストレスは、むろん、生成しました。しかし、読者の皆様に、告げるべきではないと、思って、ほぼ、10年間我慢をしました。同じようなケースでは、山口みつ子さんという大勢の人に、慕われていた画廊のオーナーが殺されました。しかも自殺という事で、噂を流されました。それの、真実を語るのに、7年間を要しています。

 私は単純な人間ではありません。あれこれと、バランスを取りながら考えるので、一気に、ぱぱぱぱぱっとは、行動しないのです。しかし連中は朝令暮改であって、次から次へと、新しい弾圧案を考え出すのです。そして、こちらがあるテーマにこだわって、対応をできないとみると、瞬時にその新しい弾圧案を実行します。

 今、私の胸を覆って居る暗雲は、娘の方の三人の孫が、成長してきて、受験期を迎えています。これが、私を弾圧する為に、不合格になったら大変です。それは、息子のケースの再現です。それは、どうしても阻止したいのです。しかし、其れをどう描くか、其れが、非常に難しくて、迷いに迷って居たところでした。

 しかし、天は裂ける様に、ご援助をくださるのです。 

 それは、貴景勝の優勝とそれに伴う、お父さんのマスコミ露出です。そのニュースを見ているうちに、そっくりな養育方針を取る、元幼稚園の先生をしていたママ友を思い出したのです。

 そのママ友の方へ、CIA連中は援助をしています。そして、その援助によって、前向きな自信を持った彼女は、お子さんの、大学受験に関して、相当に指導的な、援助を行って、医学部受験をさせました。合格、そして、ご長男は、たぶん、医学部教授になっていくだろうと、予測をしています。

 一方の私は弾圧に次ぐ弾圧ですが、1984年の冬に起きた、息子の私立中学受験とその不合格は、息子に多大な傷を与えたと思うのです。そして、其れが、自然な事ではなくて、1978年に、瀬島隆三たちと、地籍変更届を巡る、バッティングが起きて、私があまりにも頭がよい措置を取って、彼らが、大恥をかいたことへの復讐だった様な気がするのです。

 それを、書く機会がやっと来たと、思って居る次第です。

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副題5、『私は、息子が、就活の際も、落ちまくったのが、おかしいと思って居るのだが、中学受験の際にも落ちたのは、おかしいと、思って居る。そして最近、孫の英検について、「たった、10点の差で二級を、おちたの」と、聞いた際とか、

 東京医科大学で、女子学生を、点数を下げて、不合格にしていたと、言うニュースが席捲をした時にも、私がひそかに考えている『瀬島隆三が裏から手配をして、息子の進路を12歳の時にすでに絶った』が正しくて、其れを、わざと、えぐってきて、悲しませるという目的で、こういうニュースを作り出し、流しているのだと、考える。医者とはエリート階級なので、不祥事は、普通は隠されるものなのだ。それに、東京医大が、急にそんな措置を取ったわけでもなくて、数十年にわたって取ってきた策であろうし、事情通は、みんな知っていたことだろうと、思う。なぜ、今、大騒ぎにしたのかというと、その、34年前の、私立中学受験の、不合格の裏にある、私の苦しみをさらにえぐる為であろう。

 ところで、孫の英検だが、私は、孫の例は、今まで、書いたことはないと、思うが、英検そのものについては、批判的に書いた。とくに…・・・・それが、大学受験の際の、英語入試にとって代わるのだ・・・・・と、いう事には、疑問を呈していると、思う。東大が、推薦入学になるというのにも疑問を呈している。東大の入試に問題があって、創造性豊かな、学生が入ってこなくなったという事は、言えると思う。敗戦前の東大の、入試は、ナンバースクールからは、ほぼ無試験で、入学できたと、聞いている。その方が大物が出た。だから、推薦入学を復活するべきだと、いう理論には、一理がある。

 しかし、私が入試に不正がある可能性があると、におわせているときに、(例えば、おなり中学では、通知簿に、1か、2しかないことで、おいちに、おいちにのあひるさんと、呼ばれている安野君が、海上保安学校へ入学し、其れを、石川和子さんが、わざと私に聞こえる様に、タイミングを計って、「国立大学の付属高校へのご入学おめでとうございます」といっていた、などと書くときは、敵は本能寺にありであり、

 息子の中学受験の不合格には、裏返しの、強者の意思(又は、恣意)が働いていたのではないかという事を、婉曲に言って居るのだ。

::::::::::ここですが、重要な挿入をしないといけません。実は、私側の被害(中学受験をわざと不合格にされている・そのほか、アリとあらゆる受験について、裏から手をまわして、不合格にされている)という事を書かないで、安野君の方だけを描いているので、相当な誤解を受けていたと思います。つまり、私の方が意地悪で、悪い人間だという誤解です。それは、わかっていましたよ。でも、神様は、すべての真実をご存じだから、神様に向けて書くというのなら、これで、いいのです。ところでね、この坊ちゃんですが、1984年に少年リンチ事件を起こしていて、我が子に手ひどい傷を負わせているのです。首謀者は、富沢家の坊ちゃんですが、ひどいひどい連中なのですよ。表側というか公的な部分では、受験失敗という、苦しみを負わせ、裏側と、言うか、私が知らない部分では、肉体的キッズを負わせるというひどいことを、やっているのに、CIA側にとって、そうすることが勝ちだと、思われているので、成績が非常に悪いのにもかかわらず、海上保安庁の職員になっていき、一億五千万円の、生涯賃金を保証されているのです。一方の、息子の方は、西原理恵子さんを使った、この章で、語っているケースをはじめ、人生のあらゆる場面で、機会をつぶされていて、どんどん、貶められて行っています。このケースは、高枝切り事案へもつながっていく、大きなことなので、巻末の、副題9から、今夜(=12月2日)に、輔弼をします。:::::::::

 そして、私のその暗喩が、今、読み手としての特殊任務を与えられている井上ひさしには、わかっているだろう。だからこそ、彼は、次から次へと、私の心をえぐる様なニュース案件を、受験に関して、作り出し、其れを政府に発表をさせている。

 大学入試の英語部門を英検の主催団体という、民間団体に、任せるなどとは、ある一面では、いいかもしれないが、孫の様に、そこで、弾圧をする道具となりかねないので、全くもって不賛成だ。

 ところで、孫の件だけれど、ある食事会で、この件を蒸し返したら、娘が、「あれ、受かっているわよ」と、いう。私はその時に、ただ、黙ったのだが、二重三重に自分が正しかったのを知った。まず、孫は受かっていた。だが、不合格だと、いったんは、された。10点不足だという措置で。だが、私がブログで、英検のことを書いたからこそ、修正してきた。

 こうなると、孫を守るためには、娘の計画の一切を知らないと守れない。そんなことは無理だ。

 さて、ではどうする? 私には武器はない。彼らにはあるのだけれど、私にはない。では、どうするのだ。ただ、唯、一点、神様におすがりするほかはない。

 神様は、しっかりとご覧になっていて、思いがけない形で、私をたすけてくださるのだ。今般だって、貴景勝が優勝するかどうかなんて、誰にも予想されていなかった。だけど、彼は、優勝をし、現代社会では、ありえないスパルタ教育をする、お父さんがマスコミに登場した。その時に、私は、この厄介な問題、=====息子の進路を妨害し、委縮させる敵方の、闇の支配。それが、孫にも及ぶ心配======を、書き抜くだけの文章の構想力を得たのだった。

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副題6、『ともかく、ただ、唯、神様へのご報告として、ブログを書くと、決意している。今般の文章だって、一般の方、普通の生活を送って居る方にとっては、読後感がいいわけがない。それは、わかっている。しかし、神様に向けて、こういう事が今行われていますと、報告をしたいし、其れをする事が大切なのだ。神様は、どこかで、私を救ってくださる。それで、息子に対する陰惨な、いじめぶりの中で、登場人物が大物である、不始末の謝罪へ、四国まで、飛行機で、とんでいかねばならなかった話を書こう。その本当の裏側を書いておこう。でないと、息子が無能だと、世間に誤解をされてしまうし』

 ともかくのこととして、後学の為にも、委細を調べておきたいと、思いました。 その過程で、今では、其れもいじめの一種で、誤・誘導だったと、わかっているのですが、前田祝一氏が、「道路の北側の地主は、四国の人なので、連絡が取れないで、困っている」といったのです。で、四国という語彙で、その人物が、今回のクレーマーだと、思いました。それで、法務局に行って、地主を調べました。すると、どうにも利用できない急峻な崖が、五筆に、わかれていて、そのうちの四つは、住所もわからない、会社の所有となっているのでした。一つだけ可児さんという個人名がありました。が、その人は、兵庫県に、現在は住んでいます。そこで、私の調査は、一回、とん挫します。誰も、四国に住んでいる地主がいないのでした。

 その時に、ちらっとですが、大原光孝さん、夫妻が、四国の高知県の出身だと、いう事も思い出しました。大原光孝さんは、養子なので、実家の姓は、違います。奥様は大原家へ入籍したので、実家の姓は、無論、違います。こういう、たくらみごとをする際には、息子がお昼でも食べに行って、店内にいない時を狙って、お客は買い物をしたはずなので、息子は、大原夫妻のどちらかが来たとしても、相手が、違う名前だったら、気が付かないですよね。特に自分の名前に旧姓を使ったら、全く気が付かないと、思います。ただし、あのご夫婦の、一族が、ぎゃんぎゃんと、どなる姿は想像ができません。したがって、最初から、あの夫婦は抜かしています。

 しかし、鎌倉エージェントは、猛烈な勢いで、繰り返しパソコン内に侵入し、パソコンを壊します。周辺機器との接続や、プリンターが壊れることも含めると、しょっちゅう、秋葉原に行かないといけません。そこで、見事な答えを発見するのです。

 神様は、いらっしゃるのです。必ず、善人をお助け下さるのですよ。一方で悪事を行った人は、先に死んでくれます。だから、彼らの行った悪辣なことを、私の方が、自由自在に書くことができます。ただ、その人がアイデアまで、考え出して行ったかどうかは、わかりませんが、対・私いじめを、目に見える形で、行ったことは確かなのです。瓜南直子さんについても、自由自在に書くことができるし、前田祝一氏についても、自由自在に書くことができます。そして、TV東京の【ドリームハウス】という特番に出た彼の顔写真は、何かが起きたら、すぐ使いますね。彼は、この・誤・誘導・他、すさまじくも、悪辣なことをやり続けてきていますので。

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副題7、『さいばら茸という書物を、秋葉原で見つけた。その中で、西原理恵子さんが、上京後、初めて四国へ帰ったというエッセイ風・漫画があった。用事は法事である。ピーンと来た。問題のクレーマーとは西原理恵子さんだったのだ。大物である。人気がある。それで、逆らうわけにはいかないのだと、言う設定が出来上がる。

 なるほど、息子をはめるのに、そういう、罠を使ったのだと、すっかりわかってくる。ただ、その女店員が、本当に間違えたのだったら、彼女に謝罪に行かせればいい。西原さんは、彼女の顔を見ているのだから、其れが、もっとも、確実で、まっとうな方法だ。だけど、息子をいじめるのが目的だから、息子に謝罪に行かせるのだった。

 そこで、すぐには、ブログ化しない。彼女が、どこに住んでいるかが問題だからだ。彼女を主役にした映画によると、鶴見川か、多摩川の上流に住んでいると、見えた。しかし、横浜ポルタに買い物に来るには、相当に、近いところに住んでいないとだめだから・・・・・しかし、其れは、私が誠実すぎるから、そう考えただけであって、西原理恵子さんは、吉祥寺からわざわざ遠征をしてきたのだった。彼女が吉祥寺に住んでいるのは、その後、彼女が、NHKBSプレミアムで、【最後の講義】という特番を放映してもらったので、わかった 』

 彼女は、吉祥寺に、10億円かかった豪邸をつくったそうですが、「きちじょうじには、子供が保育園のころから住んでいる」と、番組内で、言って居たので、はっきり、確定できたのです。待って、待って、待ちました。この番組ができたこと自体が、鎌倉エージェントの発案でしょう。で、この我が息子いじめは、伊藤玄二郎が、井上ひさし初の原案にのっとって、いろいろ、動いたということがわかります。

 というのもその特番で、中瀬ユリという新潮社の、編集者が、「西原理恵子が、好きだ」と、いう形で、彼女をほめるべく登場したからです。新潮社は、このブログで書いている大ミステリーにおいて、この西原理恵子の、四国にまで、息子を呼んだクレームに限らず、いろいろな件で攻撃側に立っています。井上ひさしからの連絡がいまだに、誰かを通じてでしょう利いていると、感じてきていましたが、この女性ではないかなあと、思った次第です。

 今、私は、吉祥寺から、横浜よりも近い繁華街である、新宿と、渋谷で、有名な茶舗が、あるかどうかを、グーグル検索で、調べてみた。相当数の、有名店があると、発見しました。だけど、西原さんは、中央線を使えば、30分以内で到着する新宿も、使わなかったし、井の頭線を使えば座ってくることができる渋谷も使わなかったのです。わざわざ、横浜まで遠征をしてきました。三国屋善五郎の商品とは、モダンなデザインで、包装をしてあります。それが好きだと言っても、法事用のお茶です。一応、従来の伝統にのっとった、茶筒形式の缶に入ったものを、使うでしょう。そうすると、四国の親戚にとっても、日本橋で、江戸時代から続くブランドである、山本山とか、京都に本店がある、一保堂の方が名前が通っているのではないですか?

 でも、罠だから、横浜まで遠征をしてきたのです。川崎ラゾーナにも、三国屋善五郎は、あるのですけれどね。

 西原理恵子さんは、年間、何億というほどのお金を稼ぐ女性です。しかも、【毎日かあさん】を描いている女性です。だけど、年収600万円ぐらい(?)の、息子の収入源を絶ったのです。なぜ、其れだけのことができたのか?

 もちろん高須院長からの指示があったからでしょう。高須院長はなんども、「自分はフリーメーソンだ」と公言していますね。CIAと、フリーメーソンは、ほぼ、重なっています。で、鎌倉大町に住んでいて、シンガポールを本社とするファンドマネージャー木村氏か、石塚雅彦さんか、堤義明氏から、頼まれたら、二つ返事で、いう事を聞くでしょう。

 または、出版社の、編集者を使うのもありです。日本ペンクラブの元会長だった、井上ひさしには、自分が表むきに死んだことにしていても、ゆり夫人を、通じて動かすことができる人材は、多いはずです。もしかしたら後述する中瀬ユリを使ったかな、其れもあり得ると、思われます。

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副題8、『では、三国屋善五郎は、どういう、ルートで、CIAの策略に、組み込まれ、協力をして、自社の社員を苛め抜いたのか? どうして、そういう罠を平気で張ったのか?』

 私は今、三国屋善五郎のサイトに入りました。東京に本社があるはずですが、福井県の、古い本社の住所が書いてあって、それ以外は、書いてありません。就職については、派遣社員については、ホーム頁から、入れと、命令されています。正規の雇用社員も同じなのかもしれません。さすがに、そのフォーム(または、テンプレート)を使って、近づくことは、やめておきましょう。

 それ以外に、資本金等を調べました。一保堂が、1000万円で、私なんかにするとはるかにブランド力が高いと、思われる、山本山も、3400万円です。しかし、三国屋善五郎は、6100万円です。これからも、増やしていくでしょう。

 なぜかというと、今の社長が、経営のプロを、送り出すマッキンゼーの出身だからです。そして、デザイン重視の商品設計も、マッキンゼー出身だから、デザイン部門に、相当な資金を、拠出しているからでしょう。しかし、其れが、なぞを解く、大きなカギを与えてくれました。国際基督教大学出身の大物である、石塚雅彦さんは、横浜日吉が実家で、私の小学校の先輩でもあるのですが、大学一年時から寮に入りました。そして、ラグビー部に入っています。そのどちらかか、両方で、一緒だった、男子学生に、大前勇介という人物がいます。大前研一さんよりは、細身です。そして、顔が似ているかどうかは、言えません。だけど、横浜の出身だという共通点があるし、きりっとした顔という共通点があります。

 私は噂話好きな人間ではないのです。だから、たった23人の同級生の中に、佐野ぬいさんの、弟さんが、いるなんて言う事も全く知りませんでした。佐野ぬいさんは、画家です。そして、女子美大の学長になっていきました。で、そういうわけだから、大前勇介さんが、大前研一さんの、弟であるとか従妹であるとかいう話を聞いたことはありません。しかし、この私の息子が、陥れられた罠に、思考を及ぼす限り、二人は関係があり、石塚雅彦さんが、井上ひさしが考え出した案を、伊藤玄二郎を通じて、採用し、(または、井上ひさしと、石塚雅彦さんは、メール等で、直接の交流があるかもしれませんが)

 それを、大前勇介、大前研一、三国屋善五郎の社長と、いう形で、飲み込ませたのだと、思います。そして、社長は頭がよいと見込んだ女性店員に、委細を飲み込ませて、事を、行ったのでした。恐ろしい、恐ろしい、仕組みです。そんなことをやるくらいだから、やまゆり園事件等も平気で、起こすことができますね。そして、その事件の中には、嘘が満載です。19人は死んでいませんよ。

 あとで、敷衍すべき、テーマをメモとして置いておきます。

 山田優主演のドラマ、ぎゃんぎゃん怒鳴りまくる主役だったし。なるほど、なるほどと、思う。 

 こんな恐ろしい攻撃をしていて平気なんっ手、彼女の将来には、一ノ瀬智恵子さん以上のひどいことが、お子さんに関して起きるはずだと、思ったら、何と、彼女は・卒・母・宣・言・をしているそうだ。長男の方は、中卒後アメリカ留学をさせたらしいし、長女の方は、おばあちゃんに子育てを任せっきりみたいだ。すごい予防線を張りましたねと、言うしかない。

 何が将来起きても、自分には関係がないと、言うつもりなのだろう。

 ところで、東京女子大の学長は、湊晶子先生なので、東京女子大の教室を使って、抗議を行うこと自体が、CIAの手が入っていることを、明瞭にしている。湊晶子さんは、石塚雅彦さんの、いう事なら、容易に聞くはずだから。

 いろいろな、過去文があるので、後で、リンク先を補充します。

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副題10、『ここで、1984年に起きた少年リンチ事件、・・・・・被害者は、我が子、加害者の一人は、安野家の坊ちゃんで、首謀者富沢家の坊ちゃんだ・・・・・を語らないといけない。それが、高枝切り事案、貴の岩騒動、貴乃花親方の引退、其れから、尖閣諸島も問題、安倍内閣の消費増税へのおかしな姿勢=クレカ優遇などにつながっていくからだ』

 

18-11-30 の・・・・湊宏、晶子、西原理恵子、三国屋善五郎社長、大前研一、勇介、石塚雅彦、伊藤玄二郎

2018-11-27 22:18:07 | 政治

 

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18-11-30 の・・・・湊宏、晶子、西原理恵子、三国屋善五郎社長、大前研一、勇介、石塚雅彦、伊藤玄二郎

2018-11-27 22:18:07 | 政治

  最初にお断りを申し上げますが、これは、12月1日に、実際には、公開をいたしますが、日付だけは、11月28日にさせてくださいませ。そして、1時間ぐらい、総タイトルを、【天は、裂ける様に真実を教え給う。私の息子が、年収六百万円を断ち切られた時に、裏に西原理恵子が居るのが、私に判明したのも、】としておりました。が、夜の11時半に、上のものへと変更しました。

副題0、『18-12-1に入れる、前報(あと注1)に対するレジメ的、解説の文章』

 さて、今、12月1日の午後零時ですが、今から&&&&&罫線以下の加筆を始めます。この一文は、昨日いっぱい、お約束を無視して、何もタッチせずに、放っておきました。それは、どうしてかというと、含まれている時制的レンジが、あまりにも長いので、其れを、どう描くか、を、じっくりと、体力を温存しながら考えていたのです。

 この文章の主役は、現在では、ご近所様から、大奥様と、呼ばれている、私のママ友の、一人です。彼女との付き合いは、ほぼ、45年前に始まりました。しかし、彼女が、鎌倉エージェント(=CIA)に、リクルートをされて、向こう側に入ってしまったのは、1965年ICU在学中の出来事が、一番、大本になっています。そこで、ベイカーさんというアメリカ人大学生に、私が、まじめで、しかも、頭がよくて、しっかりしているという事で、・・・・・将来の日本を救う人材になる・・・・・と、見込まれてしまって(苦笑)、その時点で、後ろから、首を絞められて、殺されそうになったのです。それは、むろん夜のことで、旧中島飛行機(ゼロ戦を作った工場、宮崎駿氏は、そこの、重役だった人の子息。現在はSUBARUと、ICUが使っているが、ICUが財政困難に陥って、五万坪の、敷地の相当数を売ったので、神学大学ほか、いろいろな施設が、近所にできている)の滑走路での出来事でした。そこは、現在は、両側に桜の四重の並木のある、大学への進入路になっています。それが、1965年のある夜の出来事で、そこから、すべてが起因していますので、重要な出来事なのです。それ以来、今は、2018年ですから、53年間の長期間のレンジで、ものを考えないといけません。

 しかし、ここの主役たる大奥様は、私としては、相当に、深く付き合った人であり、ある意味で、大切な人物です。したがって、彼女がCIAに、利用をされた向きもあるのだというのは、実は墓場まで、持っていく話だと、思っておりました。同じ様に大切な人だと思って居る、笠松敦子さん(大学時代の、友人で、独立した個人編集者として、プルーストの新訳や、ファーブルの昆虫記など、重厚な書物の編集に自宅で携わってきた女性)も、とても大切な友人です。しかし、古村浩三君を代表とする、現在のICU同窓会における、鎌倉エージェントの動きと、今は、連動をしている人なので、個人名をさらしているのです。残念ながらです。

 一方で、最近とみに向こう側に使われているのが渡辺賢司・ミカ夫妻です。この夫婦は夫の方が、近隣の人間としては、異常なくらい、無礼な態度をとる人間です。一回も向こうからは、挨拶をしたことがありません。妻の方は、一応ですが、もっと柔らかいです。しかし、外語大程度の大学の卒業の、頭の良い人物であろうと、見ていますので、したがって計算高くて、種々の策謀に、加わっています。で、二人に対しては、私側に、これっぽちもの、感情移入がありません。二人の動きは、政治に関連した動きであって、安田純平の帰還等の、政治的な派手な事件が起きた時も、

 また、我が家から、プランターや、植木鉢を盗み出し、其れを、四つの大きな袋に、詰めて、出してはいけない日に出して、しかも、其れを、130段もの石段を使う事でしか、上がれない山の上にまで持ち上げて、私だけが、招かれない形(=欠席裁判)で、『どうも、川崎さんが間違えた出したらしいわよ』と、いう形での、評議が行われたと、言う、事案でも、瞬時に渡辺夫妻の名前を出します。日頃が大切です。『何を裏から聞いたのか? どうして、あそこまでの、事をする?』と、思い続けています。その原因はわかりませんが、あの夫婦は、これから先も永遠に、あちら側(=CIA一派)も使うが、こちら側も使う、両面サイドの、実験マウスとなったと、見ています。私にとっては、見事なパイロットランプです。

 しかし、この章の主人公たる大奥様と、呼ばれる45年前に知り合った友人に対しては、私の方に、深い感情移入をしている歳月があります。その上、彼女の利用のされ方は、緩やかです。事件というほどのことも起こっていません。しかし、私の人生に、多大な被害を与えている事案(息子の人生をめちゃくちゃにしている、CIA連中、この章の総タイトルに、出てきている名前の連中の他、いっぱいいるのだが)との比較対象例と、見事になっているのです。

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副題1、『かどや製油内での私の息子いじめの出来事と、竹本油脂のトップが、私のICU同期生である話』

 彼女は、CIA側のルーティンワークである、私を取り残し、私の友達を優遇するという政策によって、40代ごろから、人生に大いに自信を感じて歩み始め、その結果、お子様が、特に長男の方は、医大の教授になっていくだろうと、推察される勝利者となっています。ところが、1972年当時は、学年こそ、違え、仲良しで、利発度もほとんど、似通っていて、相当に、彼女もほめてくれていた私の息子の方は、中学受験においても、裏から、瀬島隆三たちに妨害をされていたと、感じていますし、

 就活の際にもさんざんに妨害を受けて、また、親戚就職で、入ったかどや製油でも、

 三井物産から乗り込んできた上司(M・・・・息子はその名前を言わないが、いろいろな筋から、その本名がわかっている。私は近々、かどや製油の株を買い、株主総会に行って、彼の顔を見てくるつもりである。もし、株が買えないなどという様な事が起きたら、此処に書いてあることはすべて真実となってくるし)・・・・・に苛め抜かれています。たまたま、生まれた子に、軽い自閉症が、でて、・・・・・これが、やまゆり事件という大ウソ======19人もの死者は、いませんよ=====を鎌倉エージェント、特に、実際には、いまだ生きていて、地下潜行をしている井上ひさしが発案する由縁になっていますが、・・・・・そのストレスで、かどや製油を依願退職をもって、やめました。

 その時に、この章(というのは前報のこと)の中盤で出てくる大学同期の、館野ひろお君が、トップに就任している竹本油脂(これは、ごま油という意味では、かどや製油の競合会社だが、一方で、界面活性剤の製造をする化学薬品メーカーでもあるので、規模としては、かどやの五倍くらい大きい。社員数も企業が所有する土地や、工場も五倍くらい大きい。しかし、株は、非上場であるので、四季報の、非上場企業の欄で確認をした)が、わざと、かどやを、退職した人間を採用したのです。息子と同時期に、やめた別の、若い男の子を拾うという形で、いじめてきたのでした。普通競合他社をやめたばかりの社員は、雇わないものでしょう。その上、新たに雇う竹本油脂の方が規模が五倍程度あります。かどやをやめたという事は、かどやも悪いのかもしれないけれど、そのやめた社員の方にも問題があったと、考えるのが普通でしょう。だから、これは、確実に私狙いの案件でした。

 竹本は、日本橋に本社を置く、江戸時代からの老舗企業ですが、かどや製油の本社は、五反田にある、中規模のビル内に本社が、存在しています。この雇用は、本当に変なもので、息子は気が付いていませんが、・・・・そして恨み言も言いませんが、・・・・・・確実に、私に対する弾圧のバリエーションの一つです。

 かどや製油内部は、その時点では、ブラック企業化していて、うつ病になったり、やめる青年が数多くいたのです。というのも、あからさまに、大手企業(三井物産と、三菱商事)から乗り込んできた、人材と、生え抜きの人材の、給与体系に差をつけ、仕事においても、差別をしていたからです。息子は、以前は、かどや製油では、広告を担当して、(こばやし)ケンタローを世に出したりしていたのですが、ある時点から、仕事内容は営業一本にさせられました。彼は、親に頼らず、立派な結婚式を、みなとみらいのホテルで行ったのですが、その式に、出席をした、かどや側の、重役連中もすべて、創業者一族の、同族内、競争に、負けたという形で、追い出されています。

 さて、その次の転職ですが、その過程でもすさまじいいじめが行われているのです。「重慶飯店に決まった」という、喜びの声の電話がかかってきたら、突然に駄目になりました。電話の盗聴を悪利用をされているのです。が、やっと、三国屋善五郎に、就職できて、山下飯店(鎌倉駅そば、地下一階にある相当大きな中華料理店、駅そばでは、この山下飯店と、銀座アスターと、二楽壮の三軒と、二階堂・凜林、長谷の華正樓の五軒が宴会のできる中華料理店である)で、祝宴を張ると、その祝宴内でも、苛め抜かれました。伊藤玄二郎か、鎌倉警察署の生活安全課の誰かが、山下飯店に、手配を入れたと、見ています。湘南信金や、浜銀と同じです。ウエイトレスの中には、女性刑事が変装した人間も入っていたかもしれないと、思うほどです。祝宴がめちゃくちゃなものとなりました。いろいろなことが片付いたら、山下飯店の事も調査するつもりです。裏にだれがいたかは、知りたいところですので。

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副題2、『三国屋善五郎内での、いじめ・・・・・その一』

 さて、やっと、転職先が見つかりました。相手は、三国屋善五郎というお茶のお店です。採用が一日で、決まったので、妨害を受けなかったと、思います。息子は、人当たりがよくて、そして、いろいろな方がほめてくださるほどの、美形です。大切にされて、ほめて使われれば、きっと、高い能力を発揮できるでしょう。その三国屋善五郎で、ですが、最初期に「大船支店の支店長として、配備をしてあげましょう。お子様の育児に便利でしょう」と、親切な女性重役に言われていたのに、ビル管理会社(JRか、京急かのどちらかが、手配をした)からの、指図で、「未経験者は、支店長は駄目だ」と、言われました。それで、横浜ポルタ(横浜駅東口にある商店街)にある支店の支店長になったのですが、そこで、二つの大きないじめに出会います。

 それに対して息子は愚痴を言わないのですよ。しかし、私は勘が鋭いので、事実をほとんど正確に把握しています。まず第一は、スパコンに、バグを入れて、レジ機能を壊したので、なかなか、店を去ることができず、ポルタ側の管理者に10時まで、帰宅しないで、待ってもらわないといけなかったので、謝罪をしなけれないけなかった案件です。

 これは、私のパソコンに、一万回以上のシステム異常を起こしている連中と、同じ連中がやったことでしょう。こういう案件は、息子の処理能力が低いと、みなされる案件です。しかし、裏からバグを入れこまれて、そうなっているのですが、そういうコンセプトは、上の方で語っている、我が家から植木鉢やらを盗んで、其れで大きなごみ袋を作って、其れを、わざと間違えた日に出すという・・・・・えん罪?・・・・とそっくりな仕組みです。だから、CIAエージェントが、仕組んで行ったことなのです。で、たぶんですが、古村浩三君、もしくは彼の支配しているチームが行ったか、警察のその種のチームが行ったことでしょう。完璧に、私狙いの弾圧を息子に、向けて行って居るのです。

 私は、過保護な母親ではありません。それが、自分のことだから、調査をしたり戦ったりしているのです。息子は、愚痴は、一切言いませんよ。だけど、私は、陰から戦うのです。

最近も古村浩三君の名前を出したら、この二ブログ内で、だしたら、20時間後には、パソコンがピーっと大音響を発するほどの大型の、システム異常を起こしました。が、その日は、私の方が、因果関係がわかっているので、『おや、おや、これで、古村浩三君について描いていることは、すべて正しいわけですね』と、思い、落ち着いて処理したので、パソコンは無事に回復をしました。

 しかし、2007年から、2010年まで、20台以上が壊わされています。最初は、因果関係がよく、わからなかったので、・・・・・特に深夜に異常が起きて誰にも相談ができないので、・・・・・おびえて、おろおろして、しまって、正しい回復用処理を行えなかったからでした。そして、最近の日大アメフト問題も、実は、古村浩三君を庇うために起こされています。後で、其れは、詳述します。おお損をした日大と内田直人監督は、悪くないのですよ。すべて、CIAエージェントたちの策謀です。

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副題3、『誰なんだ。四国の大物とは? 私は息子がその名前を言わないので、はんとし以上を、かけて、調査しまくった。その過程で、悲哀を何度も味わったが、天のお助けもあったのだ』

 さて、次に起きたいじめは、四国の高知県を舞台としておきました。そこに何かを送った、お客がいて、その贈答物に、熨斗紙を間違えて、女子店員が付けたという事で、息子が謝罪に行くことになりました。それは、遠い場所、四国のことですが、その案件でも、鎌倉の連中は動いていて、前田祝一という人物が、悪い動きをわざとして、私を混乱させました。それは、副題6で語ります。

 息子は、全くその四国在住のお客の名前を出さないのですが、誰かが、怒っていて、電話で謝罪をしても、どうしても相手が納得をしないので、四国まで、謝罪に行くことになったそうです。そのころ、私は胸騒ぎがして、息子の留守にお嫁さんを訪問をして、スマホが盗聴器になっているので、なかなか、案件を切りだせないでいたのですが、「お願い。スマホを置いて出てください」と頼んだ後で、たった五分ほど、バス停まで、見送りに来てくれた、そんな短い時間で、お嫁さんが「急に四国へ出張に行かないといけなくなったのです。でも、ホテル代も飛行機代も出ないのです」と、言ったのです。『ああ、これが、胸騒ぎの、本当のところだったのだ』と、わかって、深く心痛しました。理由は、配下の女店員が、法事用の、お茶類に、熨斗紙を間違えてつけて、四国へ向けて、発送をしたそうです。店員の失敗ですが、支店長が謝罪に行かないといけないそうでした。このホテル代と、飛行機代は、私が、お嫁さんを訪問をしたことが、盗聴やら、監視カメラ(大船駅には、エスカレーターにも監視カメラが付いているのですよ。私が息子宅を訪問する日には、相当程度のいじめを行おうと、わざと準備をされているのです)で、その時のお嫁さんへの私の訪問がわかっていた、から、つくろったのでしょう。しかし、ホテル代を出すとかいう、種類の、フォローは、ほんの雀の涙であって、結局のところ、この失敗を理由にして、降格をされ、日吉支店に回されました。この日吉支店というのが、綱島駅から徒歩30分もかかるところにあり、イクメンでもあり、家事手伝いをも、する息子には、大変な消耗をもたらすことになりました。茅ケ崎に住んでいて、そのマンションも駅から遠いからです。そして、また、やめることとなりました。今度は、三社目の転職となるので、当然に給料がさらに低くなります。

 そして、妻のお父さんから、・・・・・たぶんJR東日本の誰かが差し金を入れたのでしょうが、・・・・・そのことを息子は、責められています。

 私は、かどや製油での、いじめ問題が起きた時も、私が原因だと思うので、助けたいと、思っていたのですが、タイミングを逃して、助けることができなくて、悲哀にうたれたわけです。または、わかっているけれど、どういう形で、助けることがd系るのかその方法がわからなかったとも、言えましょう。

 が、今度(=三国屋善五郎で)の、いじめにも、何も、できなかったわけです。大きな悲しみや、ストレスは、むろん、生成しました。しかし、読者の皆様に、告げるべきではないと、思って、ほぼ、10年間我慢をしました。同じようなケースでは、山口みつ子さんという大勢の人に、慕われていた画廊のオーナーが殺されました。しかも自殺という事で、噂を流されました。それの、真実を語るのに、7年間を要しています。

 私は単純な人間ではありません。あれこれと、バランスを取りながら考えるので、一気に、ぱぱぱぱぱっとは、行動しないのです。しかし連中は朝令暮改であって、次から次へと、新しい弾圧案を考え出すのです。そして、こちらがあるテーマにこだわって、対応をできないとみると、瞬時にその新しい弾圧案を実行します。

 今、私の胸を覆って居る暗雲は、娘の方の三人の孫が、成長してきて、受験期を迎えています。これが、私を弾圧する為に、不合格になったら大変です。それは、息子のケースの再現です。それは、どうしても阻止したいのです。しかし、其れをどう描くか、其れが、非常に難しくて、迷いに迷って居たところでした。

 しかし、天は裂ける様に、ご援助をくださるのです。 

 それは、貴景勝の優勝とそれに伴う、お父さんのマスコミ露出です。そのニュースを見ているうちに、そっくりな養育方針を取る、元幼稚園の先生をしていたママ友を思い出したのです。

 そのまま友の方へ、CIA連中は援助をしています。そして、その援助によって、前向きな自信を持った彼女は、お子さんの、大学受験に関して、相当に指導的な、援助を行って、医学部受験をさせました。合格、そして、ご長男は、たぶん、医学部教授になっていくだろうと、予測をしています。

 一方の私は弾圧に次ぐ弾圧ですが、1984年の冬に起きた、息子の私立中学受験とその不合格は、息子に多大な傷を与えたと思うのです。そして、其れが、自然な事ではなくて、1978年に、瀬島隆三たちと、地籍変更届を巡る、バッティングが起きて、私があまりにも頭がよい措置を取って、彼らが、大恥をかいたことへの復讐だった様な気がするのです。

 それを、書く機会がやっと来たと、思って居る次第です。

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副題4、『ここで、下に置いてある、副題αから、βまでを使わないといけない。読者の皆様が、其れをすでにお読みになっているものとして、論を進める』


 

 

 @@@@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。

が、ともかく、後学の為に、委細を調べておきたいと、思いました。 その過程で、今では、其れもいじめの一種で、誤・誘導だったと、わかっているのですが、前田祝一氏が、「道路の北側の地主は、四国の人なので、連絡が取れないで、困っている」といったのです。で、四国という語彙で、その人物が、今回のクレーマーだと、思いました。それで、法務局に行って、地主を調べました。すると、どうにも利用できない急峻な崖が、五筆に、わかれていて、そのうちの四つは、住所もわからない、会社でした。一つだけ可児さんという個人名がありましたが、その人は、兵庫県に、現在は住んでいます。そこで、私の調査は、一回、とん挫します。

 しかし、鎌倉エージェントは、猛烈な勢いで、繰り返しパソコン内に侵入し、パソコンを壊します。周辺機器との接続や、プリンターが壊れることも含めると、しょっちゅう、秋葉原に行かないといけません。そこで、見事な答えを発見するのです。

 神様は、いらっしゃるのです。必ず、善人をお助け下さるのですよ。一方で悪事を行った人は、先に死んでくれます。だから、彼らの行った悪辣なことを、私の方が、自由自在に書くことができます。ただ、その人がアイデアまで、考え出して行ったかどうかは、わかりませんが、対・私いじめを、目に見える形で、行ったことは確かなのです。瓜南直子さんについても、自由自在に書くことができるし、前田祝一氏についても、自由自在に書くことができます。そして、TV東京の【ドリームハウス】という特番に出た彼の顔写真は、何かが起きたら、すぐ使いますね。彼は、この・誤・誘導・他、すさまじくも、悪辣なことをやり続けてきていますので。

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副題4、『さいばら茸という書物を、秋葉原で見つけた。その中で、西原理恵子さんが、上京後、初めて四国へ帰ったというエッセイ風・漫画があった。用事は法事である。ピーンと来た。問題のクレーマーとは西原理恵子さんだったのだ。大物である。人気がある。それで、逆らうわけにはいかないのだと、言う設定が出来上がる。

 なるほど、息子をはめるのに、そういう、罠を使ったのだと、すっかりわかってくる。ただ、その女店員が、本当に間違えたのだったら、彼女に謝罪に行かせればいい。西原さんは、彼女の顔を見ているのだから、其れが、もっとも、確実で、まっとうな方法だ。だけど、息子をいじめるのが目的だから、息子に謝罪に行かせるのだった。

 そこで、すぐには、ブログ化しない。彼女が、どこに住んでいるかが問題だからだ。彼女を主役にした映画によると、鶴見川か、多摩川の上流に住んでいると、見えた。しかし、横浜ポルタに買い物に来るには、相当に、近いところに住んでいないとだめだから・・・・・しかし、其れは、私が誠実すぎるから、そう考えただけであって、西原理恵子さんは、吉祥寺からわざわざ遠征をしてきたのだった。彼女が吉祥寺に住んでいるのは、その後、彼女が、NHKBSプレミアムで、【最後の講義】という特番を放映してもらったので、わかった 』

 彼女は、吉祥寺に、10億円かかった豪邸をつくったそうですが、「きちじょうじには、子供が保育園のころから住んでいる」と、番組内で、言って居たので、はっきり、確定できたのです。待って、待って待ちました。この番組ができたこと事態が、鎌倉エージェントの発案でしょう。で、この我が息子いじめは、伊藤玄二郎が、井上ひさし初の原案にのっとって、いろいろ、動いたということがわかります。

 というのもその特番で、中瀬ユリという新潮社の、編集者が、「西原理恵子が、好きだ」と、いう形で、彼女をほめるべく登場したからです。新潮社は、このブログで書いている大ミステリーにおいて、この西原理恵子の、四国にまで、息子を呼んだクレームに限らず、いろいろな件で攻撃側に立っています。井上ひさしからの連絡がいまだに、誰かを通じてでしょう利いていると、感じてきていましたが、この女性ではないかなあと、思った次第です。

 今、私は、吉祥寺から、横浜よりも近い繁華街である、新宿と、渋谷で、有名な茶舗が、あるかどうかを、グーグル検索で、調べてみた。相当数の、有名店があると、発見しました。だけど、西原さんは、中央線を使えば、30分以内で到着する新宿も、使わなかったし、井の頭線を使えば座ってくることができる渋谷も使わなかったのです。わざわざ、横浜まで遠征をしてきました。三国屋善五郎の商品とは、モダンなデザインで、包装をしてあります。それが好きだと言っても、法事用のお茶です。一応、従来の伝統にのっとった、茶筒形式の缶に入ったものを、使うでしょう。そうすると、四国の親戚にとっても、日本橋で、江戸時代から続くブランドである、山本山とか、京都に本店がある、一保堂の方が名前が通っているのではないですか?

 でも、罠だから、横浜まで遠征をしてきたのです。川崎ラゾーナにも、三国屋善五郎は、あるのですけれどね。

 西原理恵子さんは、年間、何億というほどのお金を稼ぐ女性です。しかも、【毎日かあさん】を描いている女性です。だけど、年収600万円ぐらい(?)の、息子の収入源を絶ったのです。なぜ、其れだけのことができたのか?

 もちろん高須院長からの指示があったからでしょう。高須院長はなんども、「自分はフリーメーソンだ」と公言していますね。CIAと、フリーメーソンは、ほぼ、重なっています。で、鎌倉大町に住んでいて、シンガポールを本社とするファンドマネージャー木村氏か、石塚雅彦さんか、堤義明氏から、頼まれたら、二つ返事で、いう事を聞くでしょう。

 または、出版社の、編集者を使うのもありです。日本ペンクラブの元会長だった、井上ひさしには、自分が表むきに死んだことにしていても、ゆり夫人を、通じて動かすことができる人材は、多いはずです。もしかしたら後述する中瀬ユリを使ったかな、其れもあり得ると、思われます。

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副題5、『では、三国屋善五郎は、どういう、ルートで、CIAの策略に、組み込まれ、協力をして、自社の社員を苛め抜いたのか? どうして、そういう罠を平気で張ったのか?』

 私は今、三国屋善五郎のサイトに入りました。東京に本社があるはずですが、福井県の、古い本社の住所が書いてあって、それ以外は、書いてありません。就職については、派遣社員については、ホーム頁から、入れと、命令されています。正規の雇用社員も同じなのかもしれません。さすがに、そのフォーム(または、テンプレート)を使って、近づくことは、やめておきましょう。

 それ以外に、資本金等を調べました。一保堂が、1000万円で、私なんかにするとはるかにブランド力が高いと、思われる、山本山も、3400万円です。しかし、三国屋善五郎は、6100万円です。これからも、増やしていくでしょう。

 なぜかというと、今の社長が、経営のプロを、送り出すマッキンゼーの出身だからです。そして、デザイン重視の商品設計も、マッキンゼー出身だから、デザイン部門に、相当な資金を、拠出しているからでしょう。しかし、其れが、なぞを解く、大きなカギを与えてくれました。国際基督教大学出身の大物である、石塚雅彦さんは、横浜日吉が実家で、私の小学校の先輩でもあるのですが、大学一年時から寮に入りました。そして、ラグビー部に入っています。そのどちらかか、両方で、一緒だった、男子学生に、大前勇介という人物がいます。大前研一さんよりは、細身です。そして、顔が似ているかどうかは、言えません。だけど、横浜の出身だという共通点があるし、きりっとした顔という共通点があります。

 私は噂話好きな人間ではないのです。だから、たった23人の同級生の中に、佐野ぬいさんの、弟さんが、いるなんて言う事も全く知りませんでした。佐野ぬいさんは、画家です。そして、女子美大の学長になっていきました。で、そういうわけだから、大前勇介さんが、大前研一さんの、弟であるとか従妹であるとかいう話を聞いたことはありません。しかし、この私の息子が、陥れられた罠に、思考を及ぼす限り、二人は関係があり、石塚雅彦さんが、井上ひさしが考え出した案を、伊藤玄二郎を通じて、採用し、(または、井上ひさしと、石塚雅彦さんは、メール等で、直接の交流があるかもしれませんが)

 それを、大前勇介、大前研一、三国屋善五郎の社長と、いう形で、飲み込ませたのだと、思います。そして、社長は頭がよいと見込んだ女性店員に、委細を飲み込ませて、事を、行ったのでした。恐ろしい、恐ろしい、仕組みです。そんなことをやるくらいだから、やまゆり園事件等も平気で、起こすことができますね。 

副題6、『私の、今の気持ち・・・・・私は、人間、如何に生きるべきかを、問う文章が書けると、満足をしてしまうところがある』

 昨日は、ブログを公開しようと思えば、できたのです。準備稿も書いていたし、頭の中には、ほかのテーマも、ぐんぐん、浮かんでおりました。しかし、更新をしませんでした。その理由は、前報(あと注1)の様なものを書くのが私にとっては、一番楽しい事であり、達成感も得られるものだからです。分野を政治にしておりますが、其れは、仕方がなくと、言う向きがあります。前報で、何を書いているかというと、『人間とは何か?』という事なのです。それは、一種の哲学なのですね。私はそういうことを考えることが大好きなのです。

 そこに登場するのは、有名人です。貴景勝のご両親というのが最初に登場します。私は、父君が、保育所経営と、どこかで書いてあったので、前報の論理を張っているのですが、其れは、本当は、幼稚園かもしれません。芦屋なら、保育所ではなくて、幼稚園なのかもしれません。でも、保育園にしろ、幼稚園にしろ、順調に運営が、進んでいれば、いわゆる、保育士、または、先生に任せておける部分もあるわけです。園長先生だから。

 そうなると、学校から、帰宅した坊やに、付きっきりで、走り込みなどのトレーニングをしたり、小さな大会へ、車で、一緒に出掛ける自由があるわけです。

 羽生善治元七冠の場合は、お父さんがサラリーマンだから、お母さんが、日曜日ごとに、電車で、競技(?)会へ、連れて行ったと、言われています。貴景勝の場合は、車で、お父さんが、あっちこっちへ連れて行ったと、思います。ところで、それほどに、お父さんがスパルタ教育をしても、坊やが嫌がらなかったのは、空手の、競技会で、理不尽な判定負けを、下されたので、「この世界は、だめだと、判断をした」と、あります。で、判定のない相撲へ移行をしたと、言われています。それは、坊やが小学校三年生の時だったと、あるので、父子ともに、感じた、闇だったのでしょう。ここですが、何故、それほどに、理不尽なことが起きたかというと、その競技会の、上部の役員連中の中に、貴景勝のお父さんに対する嫉妬心があったと、思いますよ。経済的に恵まれていて、ご本人の容姿にも恵まれていて、しかも、奥様が超美人です。このお母さんですが、神戸女学院大学とか、ノートルダム清心女子大などの、ミッション系の、お嬢様大学を出ている様な気がします。でね。そういう大学を、もし出ているとすると、学友たちから、「あなた、大丈夫、そういう子育てで?」と、言われたことはなかったでしょうか?

 私はあったと思います。そして、さまざま経験を経たうえで、お母さんは、できるだけ表に出ない様にしようと、決意をし始めたと、思います。あれだけ、美しいと、それほど、美しい妻がいない、相撲界の関係者に、また、嫉妬されかねません。自分が嫉妬されることは、貴景勝に悪い影響が起きるから、と、わかっていることでしょう。で、できるだけ表に出ない方がいいですよ。表に出ると、もみくちゃになってしまいます。

 それでも、このご一家がギリギリの精神状態で、薄氷を踏むがごとくして、生きてきたのは、推察できるのです。はたから見ると、『あんなに恵まれていて、うらやましいなあ』と、思う様なご家庭でも、その中に入れば、厳しい精神的な戦いがあるという事です。友人からも、未知のご近所様からも、相当な批判を受けていて、それに抵抗しながら、意志を貫くのは、そばについているお母さんにとっては、相当に、厳しい戦いだったはずです。お金や名誉だけが、幸せを運んでくるものでもないです。ただ、うちの母が、怠け者はお金持ちにはなれないわよ、よく、言って居ましたが、あのご一家のメンバーが怠け者でないことは確かです。

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副題7、『最近の、ニュースで、医大病院の勤務医が、無給なのは、おかしいと、いう論議が出てきた。それは、正論だけれど学者の世界で、伸びる(または、出世する)ためには、お金持ちでないとだめだと、言うのは、常識だったと、私は思うのだけれど』

 私は上で、「前報を書いて、その出来に、満足したので、〇〇一日、更新を休んだ」と、言って居ます。その前報の中で、次に登場する人物が、お子さん二人を医者にしたので「今では、大奥様と、ご近所主婦から呼ばれている」と、ご自分で言う古い時期のママ友です。その一家は、お父さんがサラリーマンですが、坊ちゃんが、大学病院で、無給の心臓外科医として働いているころに、生活費を、送ることは、十分にできると思うので、坊ちゃんの方は、母校の、医学部教授になっていくでしょう。下のお嬢様の方は、それほどに、出世したいと、ご本人が思うかどうかを、知りません。

 実は、彼女は、九州にいて、しかも、最近、20年近く、私の方は、電話をかけていません。だから、今は、50歳近い坊やが、実際のところ、どうなっているかを知りませんが、きっと、母校の医大の、教授になっていくと、思います。もしかしたら学長にさえなるかもしれませんよ。喧嘩OKで育てられた、自分の意思をはっきりと外へ打ち出せる、強い雰囲気の坊ちゃんですから。

 そのころの私たち一家です。主人の弟が、娘の一歳の誕生日祝いのケーキを持ってきてくれて、撮影をしてくれたものです。どうしてか、スキャン中に、こういう風におぼろになってしまいました。3LKの神奈川県が、売り出したマンションを親に買ってもらって、一家で、住んでいました。甘ちゃんだったと、思います。そこは全体で、200戸であって、200戸という数がもたらす問題点がありました。50年前の事であって、まだ、マンション住まいに必要な、いろいろなルールが確立していなかったのです。

 200戸とは、ほとんどの人が、お互いに。内部まで、知り合うという事です。勤務先、卒業大学など、知り合うという事です。そして、そのころは、マンションに住む人たちの間で、まだ、競争心の発露があったころです。お互いに過去を知りません。しかも、一戸建てよりは、密度が濃く、プライバシーが保たれません。

 こういう場所では、こずるい人とか、こざかしい人は、他の人より上に立って、威張ろうとします。しかも、威張る力を確定するためには、仲間(または、手下)が必要であって、そういうヒエラーキーを伴った集団を作る人もいます。これは、傾きマンションで、有名な鴨居駅にあった東本郷住宅というものでした。なお、今は、樹木が生い茂って、美しい場所になっています。そして、ほとんどの家の、住人が入れ替わっているはずです。でも、50年前に戻ると、

 そういうグループに属する人は、精神的に、レベルが低いのです。で、もっと高いものを志向している人間には、合わないというか、違う生き方をしたいと、思うわけです。で、そういう意味では、この大奥様も、そういうタイプだったし、私もそういうタイプだったのです。で、合うところがあったわけです。で、毎日、月曜日から、土曜日まで、5時間近くおしゃべりをしました。これが、最高レベルで、学びになりましたよ。そのころは、夫族は、土曜日にも、勤務があったのです。

 本から、学ぶという時期も、私には、あったのですが、相手から、思考の過程で、注意を受けるとか、反発を受けるとか、または、反対に、肯定をされるとか、いう事は、思考を、非常に深めてくれるのです。今では、ラインとか、FBほかで、一緒にいない人とおしゃべりができますが、リアルにそばにいて、しかも、同じ人と毎日、五時間程度しゃべるのは、非常に勉強になるのです。

 私は、よく日吉に行って、お昼は【とらひげ】と、言う学生相手の食堂で、取るのですが、十年以上前に、午後二時過ぎに、パソコンを開いて、本の編集をしていたのです。自宅では、パソコンがおかしくなるので、いわゆるノマド生活というものをしていたのでした。三時までの、つもりでした。すると隣に四人の慶応の、一年生がいたのですが、内容が「女の子を、いかにして捕まえるか?」という技術とかメソッドの披露しあいだったのです。お上品な顔をして、良いところのおぼっちゃまたちで、偏差値も超優秀な坊やたちでしたが、話題が、そういうものだったのです。そして、その男の子達は、次に喫茶店へ流れるわけでもなく(そうです。若い男の子は、喫茶店などにはいかないのです。また、当時のマクドナルドなどにもいかないのです)、そのまま、「横浜からは、何線に乗るの?」などといいあって、お別れし、自宅へそのまま帰るのでした。私は『これじゃあ、人間として、薄っぺらになるなあ。しかし、現在、最高の人気を誇る大学の学生が、こうでは、日本全体で、も、どれだけ、単純人間が、多いのか、本当に、危機的状況だなあ』と、思った次第です。技術は高いでしょう。だから、ビジネスマンとしては、立派な紳士となっていくはずです。しかし、哲学の分野等では、まるで、赤ちゃんのような人が多くて、したがって、今でも、日本人は、容易にNHKニュースが垂れ流す嘘に洗脳されるのだと、わかりました。

 今は知りませんが、私が通学したころ(1962~66)の、ICUでは、三鷹市大沢という駅から遠い場所(旧中島飛行機の跡地を使っていた)にあったので、寮とか、下宿に住む学生が多くて、したがって、長時間のおしゃべりを交わしたのでした。内容は深いですよ。女の子と、で会うメソッドなど、語りません。手近にたくさんの、女の子がいて、恋愛は、始メル人は、始めるのだから、テクニックなどいらないのです。

 私はある時期、本付けになるのです。それは、子供が中学や高校の時期であって、アーチストと母親業の両立が不可能だと、思って、図書館の本ばかり読んで過ごした日々があるのですが、しかし、私を真に、鍛えて、向上をさせたのは、この今は、他人から、大奥様と呼ばれている人と、社会の諸・現象について、是非を語り合った、1970年8月からの、三年間が、大きいと、思います。

 ただ、此処で、ぶっちゃけた話をすると、彼女は、そのころ、圧倒的に私を立ててくれていたのですよ。それは、彼女は、大分県で、高校まで育ち、その後、鶴見にある短大へ進学して、幼稚園の先生になる勉強をしたのでした。一方の私ですが、中学はその当時、神奈川県一の、エリート校(だから、一割が東大へ進学している)だった、横浜国大付属中学だし、高校は、お茶大の付属です。お茶大の方は、東大への進学率は低いですが、社会で、活躍している女性を数多く出しています。今現在の有名人は、宇宙飛行士の山崎直子さんです。そして大学はICUです。1966年までのICUなんて、東大の学生新聞が、「東大に入るのより難しい」と、書いているほどの、入学困難な大学でした。そして、彼女のご主人が外語大卒であることも、有効になっていたのです。ICUって、知る人が少ない大学で、ミッション系の私立高校出身者か、もとAFSの留学生であるか、または、英語が、好きな高校生には、人気があったけれど、それ以外、特に一般社会の大人たちにはほとんど、知られていない大学だったのです。しかし、ご主人が外語大学卒だという事は、ご主人は、当然に英語に強いわけで、したがって、ICUのことも知っていらっしゃったのです。それで、私は毎日、彼女には、尊敬をされて、会話を交わしていたのでした。心理面はです。

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副題8、『しかし、この大奥様が、敵にリクルートをされてしまった。・・・・・その、1。・・・・・というのも、喧嘩を許した方がいい。させた方がいいと、言う彼女に付き合うために、私は消耗しきってしまったのだ。それで、交際を打ち切りたいと、一度、言って居るので、其れは、結局のところ、相手と喧嘩をしたこととなるらしい。したがって、彼女を、優遇すれば、私が悩むだろうと、CIAエージェントからは、みなされている

 彼女が敵方にリクルートをされてしまったという、そのことを、私がわかっているとは、私は、彼女には告げていない。賢い彼女だけど、この、・・・・・瀬島隆三や、伊藤玄二郎、そして井上ひさし、そして、成岡康司、石塚雅彦、古村浩三などが、行っている大ミステリー・・・・・を、遠く離れた九州に住んでいる彼女に、電話で、教えたり説明したりすることはできないからだ。そして、彼女は、自分の身に起きた幸運はすべて、自分の実力で勝ち取ったと、考えている。それに、水を差すことを、電話で告げることなど、できないからだ。しかし、このケースから、私は、彼ら、敵陣営が、私の知人を持ち上げ、お金や名誉を与えるが、私の方には、損失を下すことを、・・・・・一つの、ルーティンワークとして行っていくことを、知り始め、そこから、すべての、人間関係において、もし違和感を感じた際には、その因果関係を、瞬時に、読み解く様になる。

 どんなに、うまくやっているつもりでも、金田裕子さんと、瓜南直子さんの、二人のコメント交換は、手ひどい言論弾圧の一弾丸だったのだ。それが、大奥様が、ご自分の、現況を電話で、語ってくれることで、よおく、わかった。それは、宇都宮和代さんとか、そのほかの例でも、瞬時に、敷衍的に、応用できるのだった。もちろん、川名昭宣君にも、・・・・・親戚のひと達にも・・・・・小野寺夫人にも、渡辺賢司・夫人にも』

 さて、私は、当時は未熟だったし、大切に育てられていたし、兄弟喧嘩をしたこともなかったので、ありがたい関係では、あるが、この大奥様との関係が、重荷になって来た。それは、体力が学生時代の化学実験のせいで、他人の三分の一に落ちていたからだった。それで、引っ越すことを決めた』

 私は、すぐ上の行で、自分を卑下していて、下手に置きすぎています。実は、その関係を切ったときに、私の方が100%悪かったのでもありません。私は、すべての相手になめられるところがあるのです。非常に我慢強くて、不満があっても、其れを相手にぶつけません。で、すぐ家来的に扱われるのです。生活上の、仕組みの事ですよ。会話の内容については、こっちを圧倒的に上の人として、常に、尊敬の言葉を添えて、くれて居たのですが、リアルな生活では、私の方が奉仕をする形でした。二人のママ友の子供が二人ずつで、其れで、既に4人です。そこへ、親が一緒についていない形で遊ぶ子が、四人加わります。

 彼女は前報で、述べている様に、喧嘩は、した方がいいのだという主義です。3歳から6歳までの男の子が、7人も我が家内(68平米の、3LK)にいて、ぎゃんぎゃんと、喧嘩が始まると、私は耐えられない気分になるのです。とても、疲れます。しかし、喧嘩をした方がいいと、言った彼女のお子さんが、医大の教授になっていくのですから、その方がよかったのでしょうね。(苦笑)強い子で、他人を、横に、仕分けて、道を作る様な男性が出来上がるのです。モノに動じない男性が出来上がるのでしょう。それを貴景勝のお父さんの登場で、思い出したのでした。

 このころが、1970年代であって、その20年後の、1990年代か、2000年代に、主人が、「お前は、他人を軽くあしらうということができない。他人を軽くあしらう、というすべを、身に付けないと、だめだ」と、言うのですが、其れは、そうしようと思ったら、できるという事でもないのです。

 私が、後注1に置いた

 ブログの、副題3の代7節で、急に人間関係が、上手になったと、書いています。その時(=2002年)に、内外ともに、自信を持ったと語っているのは、意義が大きいのですよ。しかし、2002年ごろ以前の、私は、他人に振り回される方だったのです。上の写真を見てください。色が白くて目が小さいです。そして、全身を言えば、とてもやせています。食べても食べても太らないのです。その上、心臓をはじめとする弁(体中の血管に数百個、または、数千個ある)が、既に、普通の人と同じ速度では閉まらないと、言う状況に陥っていたのでした。

 だから、耐えきれなくなって、「お付き合いをやめたい」と、その大奥様に言ったのです。それが、鎌倉エージェントの面々に、後程の、電話盗聴などで、知れ渡り、したがって、彼女はそれ以降、優遇される人生を送り、私は、息子の職場を奪われ続けるなどの、冷遇措置を受けることとなります。大いなる苦しみを味わうのです。しかし、「自分の被害は、語りません」という主義だから、一般の読者は、私の方が悪いのだと、誤解をなさっている可能性を、感じています。

 だから、私は常に言って居ます。「神様だけを信じています」と。

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副題9、『私は大学時代、湊宏先生という俊秀から、芳香族炭化水素の重合によって、高耐熱プラスチックを作る実験を命じられていた。四年生時の卒業実験である。これは、実験室レベルの装置ではできないことだったのだ。のちに大阪の、通産省付属の研究所で、高圧、高熱の中で、やっと出来たという報告をネットで発見をした。そういうレベルの物質だった。ただ、湊先生は、のちのNASAで、使う様な物質として、其れを作りたがっておられた。

 原料は、ベンゼン、トルエン、キシレンなどと、呼ばれている物質で、500CCのガラス瓶に入っている。科学的には、今は芳香族炭化水素と呼ばれている。今、現在では、体に悪いといわれている。アンパンと称して、不良少年が、少しだけシンナーを、レジ袋に入れて吸うと酩酊すると、言われているものだ。しかし、歯がボロボロになったりする。ともいわれている物質だ。

 それを、ひと瓶、毎晩温める。ところで、トルエンとは、もともと、石油製品の一つだから、気化しやすいものだ。で、さらに下から、40度から、50度で、温めるので、さらに気化しやすくなる。また、反応は、酸とか、還元用の、無機物質(薬局では、劇薬と呼ばれる種類)を使うのではなくて、AlCl₃という触媒(金属塩…白い粉状の塊)を使うだけなので、反応はさらに遅い。で、先生は反応を速めるために、スターラーと呼ばれる攪拌棒を使う事を命令なさった。この攪拌棒はモーターが、実験装置の上にくる様にスタンドで、留めて、長い棒をしたの三つ首フラスコの中へたらし、小さな羽を回す。で、棒は、回転しているので、三つ首フラスコの、其のところだけは、ゴムの栓とかは、使えない。で、水銀シールというものを使う。それは、小さな、盃状、または、そばチョコ状の、容器の中に、水銀を入れて、真ん中に穴をあけて、棒を通す装置だ。水銀は、表面張力が強いので、8mm程度の穴が底に存在しても、下へ落ちていかない。したがって、トルエンが水銀で、汚れることはない。しかも、鉄の棒は、自由自在に回る。

 理論上は、そうも言える。しかし、理論と実際は、違う。突沸という現象が起きた。しかも、一晩で何度も。そして、液体が、急速に気化した。ここで、一モルの、液体物質は、気化すると、22.4Lになるという化学方程式が生きてくる。今、比重(0.8669)を入れて計算すると、500CCのトルエンは、約433.6グラムになる。これを、トルエンのモル質量、92.14グラムで割ると、6.5モルとなる。6.5モルのトルエンは、133.4リットルの見えない気体となって、部屋中を満たす。無論、突沸をするたびに全部が気化するわけではないが、不良少年たちが、20㏄程度をレジ袋に入れて、口を絞って、そこに自分の口をつけて、吸うというトルエン(=俗称、アンパン)を、私は、頭の周辺に、30リットルから、133リットルまでも、一晩になんども、滞留させているのだった。

 その時に、同時に、触媒の塩化アルミニウムから、塩素系のガスも出ていた様な気がする。ただ、気化したトルエンは、やがて、開け放たれたドアから、室外へ逃げていく。ウィリアム・ヴォーリーズが、設計した、ICU本館は、頑丈で大きくて、まっすぐの、200メートル以上の廊下が走っている。そして、ちゅうおうに階段ホールがあるので、いずれ、拡散をしていく。

 しかし、私は確実に毒性の強いものを吸ってしまって、体をめちゃくちゃに壊した。この1965年は大学紛争の時代であって、CIAのスパイは、まじめな人間を探して、つぶそうとしていたのだった。私はまじめな方なので、指導者が、誘引した、ハンガーストライキに参加したが、36時間後にドクターストップがかかってしまった。スト破りみたいな白い目で見られたが、血圧が、非常に低くなってしまって危ないという事だった。どうしてそうなるのか? ほかの人は不思議そうだったが、人造の石でできた冷たい床に花見の時などに使う、ビニールシートを敷いて、その上に、他人と接する形で、うんこすわりと、少年少女が呼ぶ形で、座って、じっと動かないでいる。それだけで、死にそうになってしまうのだった。

 そののち、1979年にはトルコのイスタンブールのシェラトンホテル内で、実際に四時間ほど、気絶をしてしまって、蘇生術が、施されたほどだった。その回復後の、血圧を医者に聞いたが、トルコでは、ゼロを一つ低く表現するらしくて、4~7だといわれた。それ以下の血圧になると、ただ、気絶していて、そのまま、あの世に行くらしい。心臓に新鮮な血が届かないからだ。音もなく、また、外見上は何の変化も見せずに、死んでしまう。それほど、私の、肉体の内部がボロボロになっている。しかし、外見は普通だし、ある程度の、実家の経済力があるので、政府に訴えて、身障者手帳を出してもらうなどという事はやっていないので、この尋常でないほどに、体が弱いのだと、いう事は他人には、ほとんど、わかっていない。

@@@@@@ここが推敲加筆中の最先端です。ここで、また、外出をしないといけなくなったので、此処から先は、12月1日に書きます。恐れ入りますが、お待ちください。

私は床に飛び散った、水銀スターラーからの水銀を、拾い集めるのに、集中するのだった。この水銀のとびちりは、また、副題αに通じていくのだけれど、此処では、私がどれほどに、この1965年の実験によって、体を壊したかと、いう事を語りたい。一般の人の、ほぼ、三分の一程度の体力か、それ以下だろうと思って居る。

 だから、この大奥様が、ほとんど、我が家の方に遊びに来ていて、彼女の家に招かれた記憶が、五回以下、三回程度しかないことを見ても、どれ程に、私がリアルな生活では、疲れ切って居たかを、語ってはおきたいのだ。それが、電話の盗聴等(後日にもこの話が出るので)敵さんたちに伝わっていて、彼女が、優遇され、私が極端に冷遇されると、いう形になっていく。

 しかし、具体的に、どういう事が起きたのかを語る前に、この、トルエンの被害から、想起されるあれこれを、此処で、挿入的に語っておきたい。それが見事に政治分野の出来事だからだ。そして、誰にでも、わかりやすいことだからだ。

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副題10、『この湊研で、1965年に、一緒に卒業実験を行ったのが、三輪喜久代(通称ソーピー)と、館野ひろお君だ。そこから、角野栄子さんの、鎌倉市における、極端な、政治的優遇が始まる』

 化学実験室は、広さが、12畳程度であって、隅にドラフトという排気装置がある。部屋には二つのドアがあって、一階なので、芝生の庭が、窓からよく見える。

 主人とすでに、五年前に知り合っていて、結婚をしたいと、ひそかに思って居るのだけれど、そういう事を化学実験室を共有する友達に話すはずもない。もっと親しい、女友達にだって話したことはない。

 で、そういう秘密を内包しているのにもかかわらず、もしかしたら、館野君をうっとりと眺めていたこともあるかもしれない。其の30年後に、私は「美形好きの川崎さん」とからかわれることになる。あまりしゃべらないので、目だけが、異様にものを語るのかもしれない。私は、今は、50年たっているので、はっきりとは覚えていないのだけれど、セックス系の欲望を館野君に対して抱いたことはない。と、思うが・・・・・

 ところで、読者のために説明をすると、館野君に似た有名人としては、若い日にその写真が公開された、美智子様の、弟君が、似ているタイプだ。美智子様、ご一家とも、館野君一家は親しくて、同じテニスクラブに所属していると聞いている。

 ただ、繰り返すが、私は、美に対する、感性は強い上に、もう一つ隠された特性があった。実は、私はフェロモンたっぷりな人間だったのだ。つまり、知らず知らずのうちに、男性を引き付けるものを持っていたのだった。しかし、1965年には、それを知らなかった。だって、前歯に、金冠をはめていたので、容貌は、ICU中で、一番、劣ると、思いこんでいたので、自分に男性を引き付けるところがあるなどとは、みじんも思い寄らなかった。そのフェロモンのことは、1998年になって、パリへ行く前に、自分にアーチストとして、どれくらいの将来性があるかと、日傘雅水さんに、聞きに行ったときに言われたことだった。日傘雅水さんは、芸術家とか、クリエーターに、クライアントが多い。それで、日傘さんの、解説書を読んでいると、私は,ほかの手相書には出ていない、自分に出ている線を、見つけることができる。それで、アンアン編集部に住所を、教えてもらって、見てもらったことがある。その時に指摘をされたのだが、「あなたは芸術家でよかった。これが、もし、普通の主婦だったら、事件を起こしていますよ」と。金星帯というのが、両手にあって、しかも二重にあるそうだ。知らなかった。

 で、館野君は、いろいろな芝居をした。ソーピーと非常に仲良しだという芝居をした。毎日早めに仕事を繰り上げて、車で、ソーピーと一緒に帰るのだった。しかも、車にソーピーを招き入れる場所が、私が座って実験をしている目の前、5メートルの位置なのだ。

 私はこういうことを書くにあたって、別に面白がって描いているわけではない。うちの息子がかどや製油に努めていたころ、三井物産から来た、Mという上司に苛め抜かれた。その上、子供が生まれて、少し、自閉症の気味があるといわれて、其れが二重のストレスになって、依願退職という形で、会社を辞めた。そのころだったと思うのだが、かどや製油をうちの子と同時期に、やめた、別の青年を、館野君の会社で、採用したのだった。競合的会社にあたるので、普通なら行わないことなのだけれど、おやりになった。

 そしてソーピーの方は、ロンドンで、手配をして、スタップ細胞疑惑を起こした。二人とも激しい勢いで、私を政治的に苦しめているのだった。私の文章を丁寧に読まないで、井上ひさし等から、簡単なレジメをもらって、「彼女は右翼だから、小保方晴子を派手にぶち上げれば、日本は、こんな素晴らしい研究をして素晴らしい国だ」という文章を書くはずだ。その上で、「あっかんべー。嘘でした」となったら、彼女のブログの読者は、離れるさ。そうしよう。そうしよう」となって、作り上げられた事件だったのです。笹井芳樹さんは、お気の毒ですが、他殺です。そして、私は、そんな罠には、引っかかりませんでした。「馬鹿にするんでないよ。ソーピー」と、言っておこう。

 こういう状況下にあって、八芳園で、クラス会が開かれた。どうしても、名前を思い出せない顔があった。思い出せないのは道理で、卒業年度は、同じなのだけれど、一級上の人だったのだ。AFSで留学しているので、一年下がってきた人だった。

 で、名前が思い出せないために、その人を遠くからじっと見つめた。そして、誰かに似ていると、思った。『そうだ、角野栄子さんだ。だけど、角野栄子さんより、こちらの友達の方がずっと、柔らかいなあ』と考えた。それをブログ、または、下書きボックスに書いて入れてある(後注1)。それ以来、角野さんは、テレビ露出が、頻繁になった。

 そして、此処からは、角野さんからは、離れるが、その八芳園内で、その一つ上の、女性は、驚くべきことを言った。「館野君って、今、施設に入っているのよ」と。私は施設という言葉は好まない。たぶん、老人ホームの事だけれど、「テニスをやっていた彼が、既に、老人ホームに入らないといけないほど、衰えた?」というのが信じられない。ただ、欧米へのジェット機がもう、つらい」とは、言っていたけれど。

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 さて、以上までを、29日の深夜(むしろ、30日の早朝)に書いた。ただし一般の読者の方には、この一文が何を目指しているかがお分かりにならないだろう。というのも私は自分の被害については、ほとんど語らない主義だから。

 しかし、ちらっとだが、西原理恵子を用いた、恐ろしい仕組みだけは、語っている。後で、導入部分のリンク先を探しておく。その西原理恵子が、東京女子大で、「いろんな男と寝なさい」と、言う講演を行い、NHKは、其れを、最後の講義として大宣伝をした。恐ろしいことだった。私の息子を苛め抜いて、給料をもらえない様にした仕組みを描いているからこそ、持ち上げるのだった。で、西原理恵子を、東京女子大を舞台にして、「やりまんになりなさい」と、勧める様な講演を行うのは、まともなルートで行って居たら、無理だと、思う。そこに、前東京女子大学長の、湊晶子さんの、紹介があったと、私は考えている。

 

 

@@@@@@ここが書きかけ中の最先端です。

ただほど、高いものはない。は、真理だ。専業主婦は時間がある。

後注1、

保育の専門家は、喧嘩OKの子育てをする(貴景勝他)+内実は亀裂があるのに離婚できなかった悲劇(長嶋茂雄夫妻)  2018-11-26 22:33:56 | 政治 

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保育の専門家は、喧嘩OKの子育てをする(貴景勝他)+内実は亀裂があるのに離婚できなかった悲劇(長嶋茂雄夫妻)

2018-11-26 22:33:56 | 政治

  この文章は、2018年11月28日の午後一時まで、総タイトルを、【貴の花親方離婚?・・長嶋家は、兄妹げんかをして居る?・・貴景勝と、父子鷹・・・特殊な子育てと、両親の間の心の交流の如何△ 】としておりました。が、その時点で、変更をしました。

副題1、『貴景勝の、両親について』

 私は、2009年ごろ相撲について、あれこれを書いています。まあ、預言者としては、予測通りになっていると、思うのですが、『この九州場所は、貴ノ岩騒動で日馬富士が、引退した悪影響が、もろに出て入居るなあ』と、思って居たら、思いがけない孝行息子が出て来て、相撲界全般が、大助かりの場所となりました。唯ね。優勝をした途端に貴の岩と、抱き合いましたね。それと、オープンカーに同乗したのも貴の岩らしいです。貴の岩の怪我云々の騒動は、もろに、鎌倉エージェントまた、その手下としての、警察の別働隊が、からんでいるものなので、そのラインから、貴景勝を嫌っていましたが、どうして、どうして、ご本人は、非常に才能豊かで、頭もよい、抜群の逸材らしいです。

 しかも、貧しい家庭から出現した人材ではなくて、中流の上、もしくは上流の下と、言う経済的には恵まれた家庭から、出現した力士です。それは、驚きですね。

 特に、驚いたことに、お父さんと言うのが、大露出をして来て、そのひともまた、スター性がある模様です。しかも、お母さんも登場して来て、そちらも又、スター性がある模様です。両親は二人とも、美形で、頭もよさそうです。本人は一人っ子だという事なので、家族三人が、急にスター街道を、走り始めました。

 私は、スポーツ選手にマスコミが群がることはよくないと、思っています。ただ、相撲は、純粋なスポーツというよりも、江戸時代に、すでに完成した娯楽の要素を持つので、マスコミの取材対象となっても仕方がないと思いますが、まあ、何とか、こなして、自分達と息子さんが傷つかないで、済むように、ふるまえそうな、賢そうな、ご両親でした。

 比較をすると、琴奨菊の奥さんとか、河野景子さんとかは、相撲界と、関係を持つ女性としては、あまり、よくないタイプですね。藤田紀子さん(憲子とも、言っていた時期がある)など、最悪のタイプです。河野恵子さんの方は、後半で離婚というニュースが、私のパソコンに入ってくるので、驚くのですが・・・・・

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副題2、『父子鷹という言葉は死語になったのかなあ?・・・・・貴景勝のケースから親子関係の在り方と、自分の老後を考えた』

 私が小さい頃は、父子鷹という言葉があって、勝海舟と、その父を指し(子母澤寛の小説由来)優れた人物の影に、優れた父が居るという意味を指しました。

 久しぶりに、その言葉を思い出しました。それと、副題1にも描きたかったことですが、貴景勝って、『家、貧しゅうして、孝子出づ』の典型だとも思いました。相撲界がとても、困ったときに救済をする人間が現れたという事です。

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 しかし、ここで、読者の皆様の、頭を混乱させるとは思うのですが、実際の子育ての場面で、ああいうお父さんがいたら、周囲の人は批判をすると、思います。眉を顰めるでしょう。私自身、こどもの主体性と、指導をすると言う事の両立に悩んで、指導をしない方を選びました。だから、子供たちは、特別な人間にはなって居ません。エリートにもなって居ません。でも、人柄は良いと思います。それを、私の母が愛でてくれて、「あんたは、大丈夫よ。あの子が優しいから」と、よく、言って居たのです。母こそ、老後が、完璧に、大丈夫な人だったのですよ。老人ホームは嫌がっていて、早く家に帰りたいとは言っていましたが、それでも、週に、5日は、誰かが見舞いに来るという、最も、家族に大切にされている方の入居者だったし、経済的にも何の心配もなかったのです。そして、後一週間で、93歳になるという日に、死因が、大往生と書いていただいて、ベッドで、仰向きに寝ているという形で、亡くなっていたのです。私は前夜10時半まで、その部屋に居ましたので、寝ているままに亡くなったのでした。母は、89歳の時に白内障の手術を受けるほどに、生きる意欲が高かったのですが、それでも、死ぬ三か月前から、自分の意志で、ものを食べなくなりました。東北で、入滅と言って、ミイラになったお坊様があるでしょう。ああいう形ですね。もちろん、子供たちは、相談をしましたよ。栄養補給をするかどうかですが、しないと、決めました。でも、水だけでも、人間は、三か月は生きるのです。やせ細っていきましたし、皮膚が土気色には、なっていきました。が、生き続けるのです。死ぬのも簡単ではありません。テレビドラマ内では、簡単ですが、実際は、最高級に幸せな処遇を受けて居ても、ぽっくりと死ねるわけでもないのです。でも、猫の死に二回ほど、そして、実の両親の死に二回ほど、付き合って、死とは、どういう物かが、私には、相当に、判ってきているとは、思います。

 ところで、私自身の老後ですが、母がそう言ってくれていることをどこかで書いたのですが、それがどうしてか、息子に伝わり、ある日、彼がひとりで、この鎌倉の家に来て、また、たまたま主人がこの家に居なかった日に、二人だけだったので、彼が、こういいました。「僕はお母さんの面倒を見られないよ。どうしてかというと、〇〇〇だから」と。で、理由の方は伏せます。しかし、面倒は見られないと、宣言をされてしまいました。ただ、それを聞いて、私が動揺をしたかというと、全然、動揺はしません。最近の鎌倉エージェントとの戦いにおいて、激しく、鍛えられていて、物事には、すべて、動揺をしなくなっているのです。外見は弱弱しいですし、体力もほかの人の三分の一ほどしかないのですが、意志の力とか胆力という意味では、もともと、強かったのにさらに、鍛えられてきていますからね。

 まあ、経済的には恵まれて生きてきたので、ある部分では、甘ちゃんだったと、思いますよ。しかし、人生の最終場面において、最後の戦いが迫って来て居て、従って、外見はともかく、内面は、鋼鉄と言う以上に強くなっていると思います。だから、子供に断られても、『ああ、そうですか』と、思うだけです。そして、死への道として、子供に頼る以外に、どういうプランを、持っているかというと、『別にー』という段階です。

 大学同期の、榊原節子さんが、【凛として生きる】という本を、PHPから出していて、

「老後資金を、子供に安易に渡さない様にした方が、賢い」と、主張をされている様ですが、私は、お嫁さんにも、お婿さんにも、正直にどれほどの、貯金が残っているか、などとは、話してあります。別に、たいした額ではないのですよ。でも、これから、病を得ないで済んで、医療費が高額にならなければ、お金の面では、無事に死まで、迎えられるはずです。だから子供の援助を仰ぐ可能性は、少ないです。

 今、貴景勝の、お育ちを調べようとして、三鷹ストーカー事件以来、久しぶりに、ネットサーフィンをしたら、老後破産と言う動画に巡り合ってしまって、ちょっとした不安感は、与えられました。が、最近、冷蔵庫の食品を腐らせない毎日を、送っているので、それだけでも、倹約をするという意味では、昔より圧倒的に進歩しているから、老後は、大丈夫でしょうと、思っている次第です。生活技術の向上は、お金の節約につながるのですよ。今の若い人が心配です。戦前生まれの人に比べると、ただ、単純にものを買って、生活をするだけの技術しかもっていない様に見えて(苦笑)

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副題3、『貴景勝の、お父さんが、保育所を経営していると、聞いて、なるほどと、思う』

 私は上で、貴景勝の、お父さんが、指導的育児をしたと、言う事で、周囲に批判をされただろうと、言っています。実際に、奇妙な親子だと、思われたと、語っているみたいです。びっくりどんキ-と言うファミレスに入ると、「450グラムのハンバーグを三枚食べろ」と言われて、ハンバーグが嫌いになったと、書いてあってね。そういう指導は、私には、絶対にできない事だなあと、思うのです。

 私はそれなりに、育児上の知識を蓄えて来ています。一週間に60種類の食品を取るようにといわれていて、其れは、守ってきたつもりはあるし。肥満体は、細胞の数が増えるのではなくて、(蛇足へ)一つ、一つの細胞の中に、脂肪がたまって、巨大な細胞になり、その細胞は、いったん、大きくなると、縮小することがないと、書いてあったから、絶対に、肥満体の子供とか、夫にはしたくないと、思っているわけです。慶事の際に、水を差すようなことは言いたくないのですが、一般人の場合には、肥満体は、中年以降、様々な、病気を招きやすいのです。お相撲さんは、大丈夫だと、思いますが、一般人の場合は、貴景勝の、お父さんの様な行動は、避けたい、行動です。

 (蛇足====尚、ここで、余計な知識を披露させていただきますが、人間の細胞って、一個人の中に、60兆個あるといわれています。肥満体の人は、普通の人の三倍ぐらいの、体重があるわけですが、かといって、細胞の数が増えるわけではないのです。180兆個の細胞で、お相撲さんの体ができているわけではありません。あくまでも、一般人と同じ、60兆個です)

 だから、私は、こどもに、無理に食べなさいなどとは、言えないのです。しかし、貴景勝と、お父さんは、小学校三年生の時に、すでに、空手から、進路変更して、お相撲さんになろうと、決意したそうですから、子供心にも、目的がわかって居たので、父に反抗せずに、食べて、一年で20キロ太ったそうです。そういう、ひときわ大きな体格で、しかも、やんちゃくれと、言われていたと、ありました。

 ところで、これほどの肥満体にするのを、お母さんは、ある時期は、迷ったと思うのです。一時期相撲界に入る事、特にプロになる事を懸念をしたと書いてありましたが、当然の事だと、思います。しかし、夫婦仲が、良さそうだし、夫が、美形で、インテリみたいで、しかも、たくましい人なので、惚れ合っていて、夫唱婦随で、食事作戦を、やって行ったのでしょうね。

 小学校は、中学受験向けの私立小学校(カソリック)だそうで、そこの担任の先生が、「ドッジボールの時に、倒れている相手に、思いっきり強いボールをぶつけたので、叱った」と、言っている動画がありました。それを、見た途端に、私が若いころ、付き合っていた、元、幼稚園の先生だったママ友を思い出し、貴景勝の、お父さんが、保育所経営者だと、言う事と重ね合わせて、なるほどなあと、思い到ったわけです。何を『なるほどなあ』と、思ったかというと、その種の職業について居る人は、自分の子供に対しては、人並み、外れた、教育をする可能性があるという事を、指します。

 幼稚園の先生とか、保育所の先生となると、大勢の幼児を見ているわけです。核家族で、二人か、三人の面倒を見ている母親とは、違います。その決定的な違いとは、自分の子供に、喧嘩をする事を許すというか、勧めると、言う事なのです。つまり、幼児の段階から、喧嘩OKで、育てるのです。

 また、もう一つ似ているところがあって、毎日、牛乳を一リットル飲ませるという点でした。私から見るとアトピーが出て居て、あっちこっち、かきむしった跡があるので、『牛乳のたんぱく質が合わないのだろう。一リットルは、いけないのではないかなあ?』と、思っていましたが、それが、大切な事だと、確信をしている彼女の手前、何も、言いませんでした。

 そして、そういう指導的、子育ての結果、貴景勝は、大物力士となって、22歳で、優勝をし、私の、ママとものお子さんは、二人とも医者になりました。上のお子さんは、男の子なので、心臓外科医になったそうです。親はインテリで、お金儲け主義ではなくて、病院を経営したいと、思っているわけでもないので、お子さんは大学病院に残っていき、いずれ部長とか、教授になっていくでしょう。

 そして、彼女は今では、ご近所様から、「おお奥さま」と、呼ばれているそうです。つまり、彼女は、主婦としては、勝ち組になって居て、ご近所様から、一目も、二目も、置かれている存在になっていると、言うわけです。

 これは、本当に、幼児教育の専門家、しかも、お受験幼稚園ではない、幼稚園を経営したり、そこで、先生を経験したりした人でないと、到達できない境地であって、現在東京圏に住んで居る、有名大学卒のヤングママには、到底取れない態度というか、できない態度だと、思います。あれこれと、バランスを考えるので、できないと、思いますよ。それに、名門幼稚園を受験させたり、名門私立に、受験をしたいと、思って居たら、洋服から態度から、すべて、エチケット、上、洗練をされていないといけないはずですから。

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副題4、『ネットサーフィンをしているうちに、長島家で、きょうだい喧嘩があると、言う動画に、接してしまった。これについて、スポーツマン(この場合は、父親しげお氏の方の事)を、マスコミが過剰に、ちやほやすることの弊害を感じるので、それを語って置きたい・・・・・それは、貴景勝に対しても、マスコミの方の、行儀の良さが必要だと、言う事に繋がるし

 貴景勝の、お育ちについて、調べたいと、思っているうちに、興味本位に、まとめてある動画サイトに、入って行ってしまったのですが、のぞき見趣味の、サイトにも、或る、真実(しかも、現代日本では、誰も、それを言上げをして居ない)が、見つかったので、それを書いておきたいと、思います。

 ここで、大切な真実とは、・・・・・長嶋茂雄夫妻には、亀裂が、あって、本当は、離婚をした方がよかったと、いう点です。それをしなかったので、奥様は、一種のセミの抜け殻状態に陥って、お子様方が、しっかりと育っていないと、言う傾向があるのです。しかし、奥様が、そうなってしまったのは、茂雄氏側の、強引な求婚に遠因があったわけですが、誰も、猫の首に鈴が付けられないという状態で、長嶋茂雄を、批判しないのだ・・・・・という点です。

 長嶋茂雄氏が、若いころは、ものすごい人気者でした。今でも、そうかもしれない。で、性格も明るいというかであって、恋愛や結婚も、皇室なみの取材体制だったのです。で、長島茂雄さんの恋愛とか、結婚に至る過程とかを、私の様な他人でさえ、知っているわけですが、猪突猛進と言うかであって、東京・オリンピックの時のコンパニオンの一人を、射止めて結婚をしました。

 私は、自分の方が年下ですが、あの報道を見て居て、『危ういなあ』と、感じたものです。『大丈夫かしら。この結婚って』と、思ったのです。夫の方は、妻を大好きです。しかし、妻の方が、夫を好きかどうかがはっきりして居ないと、感じました。押し切られてしぶしぶなのではないかと、感じました。

 この章の、副題1を書いた時点で貴の花親方の離婚は、まだ、このパソコンでは出て来て居ませんでした。でも、書き始めて、4時間ぐらいたったら、突然に、日本テレビの報道として、すでに、離婚が成立しているのだと、出て来ています。

 この結論が、これから先の二人にどういう影響を与えるのかが、判りませんが、でも、貴の花親方と河野景子さんの間なら、離婚が成立した方が、よかったと、思います。私は、一般の人、特にマスコミで、有名でない人が、離婚をするのは勧めません。だけど、とても、有名な家では、離婚をしてもよいと思います。でないと、長島家みたいになる。

 長嶋家の問題点は、実は、奥様が、悩み深くて、空疎だと、ご自分の生活を感じたことがあったのだと、思います。で、そういう奥様(=母)の、精神の中の空疎さが、兄妹がばらばらになる根本の原因でもあり、そういう状態を招いたと、思うのです。だから、兄妹に責任があると、する論調は、間違っていると、思います。実は、奥様は、ずっと前から別居状態に入って居たとも、言われています。そして、妻をそういう状態に追い込んだのは、強引過ぎた茂雄氏の求婚であり、その茂雄氏を支援したマスコミなのです。7

 ここですが、動画サイトでは、長島茂雄夫人については、何も触れて居ないのですよ。だから、夫人について分析しつつ、語る、私のこのエッセイは、オリジナリティが高いと、思います。自画自賛ですが、そうだと、思います。

それが、長島家の、お母さんにも、現れていたのではないかと、思うのですよ。上の、私の友達の方の、ケースでは、離婚をしてしまった事への、後悔で、うつろになっているのですが、長島家では、結婚をしてしまった事への後悔が、奥様の、心を、空疎にさせたと思うのです。

 この後悔という事ですが、『もし、ガス抜きが出来たら、よかったなあ』と思うのです。しかし、奥様にとっては、夫が大変な人気者だから、批判をする事が出来ません。「ただ、ただ、自閉的に、お行儀よく、生きているのでしょう。無論、離婚をする事もできません。その点、野村監督夫人とか、落合監督夫人とかは、幸せそうでしたね。自分の素地を出しながら、生きて行くことができたから。

  長嶋茂雄という人はマスコミの力で、一翻も、両翻も、ついて居るので、圧倒的に偉い人として、祭り上げられているわけですが、奥様にしてみたら、『なんて、バカな人なんだろう』と、思う日は有ったと、思いますよ。そして、奥様はインテリだから、自分の夫や、自分自身が、マスコミが、儲けるための、大衆向け『パンとサーカス】の、お料理の、一つには、成っていることも、充分に分かっていたでしょう。しかし、そこからは逃げられないのです。

  マスコミに言いたいです。長嶋家の内部に入るのは止めた方がいい。お子様方の世代は、それなりに、やって行っていると、思います。四人もお子様が居れば、派手な人もいるし、地味な人もいるのは当然です。そっとして置いて、あげるべきだ。

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  これは、ね。私をメンターとして慕ってくれた同年齢の友人が、いろいろ、打ち明けてくれたことから、類推ができるのです。彼女のお父様は、霞が関で非常に偉い人でした。戦争に召集されることもなかったのですが、東京の空襲が、恐ろしい状況になったので、一家で、田舎へ疎開をしました。その疎開先で、お父さんが、島崎藤村になってしまいました。つまり、姪とセックスを伴う関係ができたのです。

 で、子供がすでに三人もあるのですから、お母さんが、見て見ぬふりをすればよかったのです。そうしたら、姪御さんは、後日、お子さんを生まないで、お医者さんになったそうですから、そちらの世界で、新しい魅力的な相手も、見つかり、かつ、お医者さんともなれば、肉体の真実も、よく知っているので、名家同士の結婚でも、処女でなくても、OKでしょうし。

 しかし、お母さんも、名家のそだちでありましょうから、ある程度以上に我がままに育っていて、「こんな状態は我慢がならない」という事になって、お母さんから、離婚を言い出して、別れてしまいました。その後、経済的には、大丈夫なのですよ。おとう様から支援が来るのでね。しかし、お母さんが、うつろになってしまったのです。人間はお金だけでは生きて行かれないのです。愛とか任務がないと。お子さん方を育てるという任務はあるのですよ。でも、セックスをしたり、それがなくても、夫婦としての、暖かい会話が有ったりした後にそれが無くなった場合、喪失感が、大きい模様です。そして、生きる気力を無くしてしまったらしいのです。愛とはエネルギーであって、夫からのインプットがないと、子供へ向かうアウトプットも生まれません。ただ、男の子へは、本能的な愛が、母親側に生成するのですが、女の子は、看過されやすいのです。

 今のバツイチなら、再婚や、恋愛もありでしょうが、戦後すぐには、まず、男性の数が決定的に不足をしていたので、再婚など、考えられない時代でした。ただ、その友人には、きょうだいもいるし、母方の親戚の大きな家で、育ったので、他の家族もいるしで、まともな普通の人なのですよ。しかし、大きな困難に出会った時に、最適な解決方法がとれない、人と、成っていました。60近くになって、そういうものが現れてくるのです。かわいそうですが、家庭の中で、如何に主婦(=母)の存在が大きいかを、示しています。

 私は、1998年パリへ、国費で、行って以来、世界的なアーチストに成るつもりで、毎年三か月は、ニューヨークへ行くつもりでした。それを、許可しない男どもから離れて、逗子のアトリエで、夜も寝るという、一人暮らしを、2000年から、やっていたのですが、娘が或る日、電話内でこういったのです。「お母さん、早くお家に帰って。そうしないと、お父さんと、お兄ちゃんがだめになる」って。

 私は、娘から尊敬をされて居ないのですよ。相当に、批判をされて居ます。これは、フロイトが言うエレクトラ・コンプレックスの表れで、仕方がない事です。しかし、上の様に言ってくれた時は、ずいぶんと自信がつきました。丁度、ニューヨークで日本人女性相手に喧嘩をして、勝った時でしたしね。1999年は25歳を相手にして、勝ったし、2000年には、45歳を相手にして、圧倒的に勝ってしまったという事もあって、あの時期に人間として、生活態度の上で、内外ともに、画然と自信が付いたのです。別に喧嘩をやりにニューヨークに行っているわけではないのですが、張り子の虎みたいなタイプは、真に実力のある私が、けむったいというか、意識せざるを得ないらしくて、猛然と張り合ってくるのです。それで、プレス(版画を作る機械)を、使わせないとか、言う類の意地悪をして来て、仕事上の不都合が起きるので、仕方がなくて、喧嘩をするのですが、武器はただ一つ、短い会話だけでした。状況やら、問題点を、相手に、ただしく、言葉で説明するだけで、圧倒的に勝ってしまうのです。で、『世の中には、何と、おバカさんが多い事だろう?』と、思いましたよ。自分の事さえ見えて居ない様な、おバカさんが居て、そういう連中が、他人をいじめるのです。低レベルで、自分に、本当の自信がない人間ほど、他人をいじめてくるのです。

 そういえば、この逗子のアトリエでの、一人暮らしは、たった、2年半でしたが、逗子のアトリエは、引き続きキープしていたので、毎日、朝外出して、昼間は、逗子へ出かけるわけです。その際にすれ違った、大原光孝というご近所住まいの画家が、二度目の事として、捨て台詞を浴びせてきたのです。「みんなが、川崎さんて、離婚するよって、噂しているよ」って。彼は、そう言いながら、勝ったつもりになっているのです。

 何故、勝つことが必要なのかというと、中谷共二と言う人が、瀬島龍三と、結託をして、無断で、我が家の山を崩したり、している(1986年の事)ので、それを、文章で、書き表している私の方を、山の外へ追い出したいわけです。中谷氏は、大金持ちだし、長男は東大教授だし、次男は、三井物産勤務だから、そっちの方が、絶対的に私より上だと信じて居て、『上の方について居た方が、有利だ』と、考えているわけです。事の善悪よりも計算の方が優先しているタイプです。

 捨て台詞だけではなくて、合いかぎをもらっていて、侵入して、悪いいたずらをすることもやっていると、思います。その上で、各種の報酬をもらっている模様です。彼については、「もう、許しておやりよ」と、電話内で、言ってきてくれた友達もいるのですが、隠れてやっている泥棒の、悪辣さの、数々を見ると、とても許せないです。ただ、泥棒の方は、何度も書いているのに、気が付かないふりをした方が有利だと、伊藤玄二郎達が、思っているらしくて、彼本人からは、何の反応もありません。が、すべて、わかっているのですよ。特に画家なので、銀座の或る画廊と直結をしているので、その画廊側の、種々の反応でも、すべてがわかります。

 で、私は、ニューヨークでは観光ビザ限度いっぱいの三か月しかいられないので、喧嘩をします。でないと、いい仕事ができないから。しかし、日本では、時間制限がないので、喧嘩をしません。しかし、内心では、ぴぴぴぴぴっと、彼(大原光孝)を分析し始めます。・・・・・見かけだけは、上流風にふるまっているが、家族の間で、緊密な愛情の交流が無いのですね。だから、私に甘えてくる・・・・・と。

 で、後日、政治的に嫌なことがあった(例えば安田純平帰還)日に、それを思い出します。そして、さらに適切な日に、それを、ブログで、書きます。実際に奥さんは、私の二年半よりも3倍以上の長さで家出をしていますしね。恥ずかしい人物です。そして、台所仕事をしているせいか、台所を舞台にしたいたずらを仕掛けてきます。

 もう一つ、離婚云々でのエピソードがあります。私は、自分が一人出版社となって、本を出版しているのです。それは、銀座の画廊で、本づくりの人たちのグループが個展をしていますが、そういう手作りの物とは違って、工業生産品です。

 

 で、それをプロに見せたいわけです。相手を尊重しているからこそ、見せたいわけです。で、河出書房新社を、訪問をしました。そこに大学同期の川名昭宣君がいるからです。唯ね。どうしてか、彼の方の、のりが悪いのです。どこか、会話の中に、隔靴掻痒の感がある。で、覚醒をさせる為に(=こちらに、注目をさせる)ために、娘の結婚式の写真を見せたのです。娘は、お色直しをしないで、ウエディングドレス一着だけで、式を通しましたが、借り賃だけで、50万円以上はしたドレスで、マーメイド(人魚風)スタイルであって、体にぴったりでした。生地は一見すると無地ですが、無地の絹地の上に、うすい絹製のチュールが張ってあって、マット(艶消し)になっているものです。しかし、100%無地というわけでもなくて、近寄ってよく見ると、全身に、小花が刺繍してあるという、上品なもので、娘の選択のセンスが良かったです。背が高くて、やせ過ぎでも太り過ぎでもなくて、顔は、平均以上でしょう。ママ友から、「御成中学の同級生からは、松嶋菜々子似の、〇〇ちゃんと、呼ばれているわよ。性格もいいから、すごく評判が良いわよ」と、聞いていました。で、その写真ですが、見せる人見せる人を驚かせる写真でした。というのも、私が美形ではないですからね。(苦笑)いわゆる「トンビが鷹を、生んだ」という一例でしょう。

 でそれを見た途端に川名君が、「あれっ。まだ離婚をして居なかったの?」と言ったのです。その、瞬間、いろいろな真実がザーッと明らかになりました彼は、伊藤玄二郎と、親しいのです。だから、伊藤玄二郎からの、悪口をいろいろ、聞いているので、そういうセリフが出たんだろうし、・・・・・

 伊藤玄二郎は、たった一年で、河出書房を辞めたと、ネットに自分で書いています。卒業年度から考えると、二人の在社年度は、合わないみたいでしたが、川名君は、フランスへ留学したのちに、河出へ、入社しているので、一年間だけ、一緒だったのです。

 でもね、1967年当時、経営状態が悪くて、破産寸前だった、(=どろ船状態だった)会社から、一人抜け出した人物が伊藤玄二郎なのだから、普通なら、嫌いあうはずですが、・・・・・

 ええとここですが、ものすごい展開があるのですが、(なりすまし疑惑裁判で、片山祐輔君を人身御供(=犠牲)にして、自分は逃げおおせた古村浩三君===この人も私にとっては大学同期生である)とか、1967年当時は東京の春秋社勤めであって、伊藤玄二郎と親しい、まじわりを、築いたうえで、30年後には、ロンドン在住のCIA日本人エージェントとなり、スタップ細胞疑惑を準備した三輪喜久代さん(これも、私にとっては、大学同期生です)などや、

 後藤健二さん事件へと、つながって行ったり、(後藤健二の東大出の奥様って、川名家が、お見合い設定をした可能性を感じている)宮川泰介、宮川紗枝、事件に繋がって行ったりするのですよ。西東京市という地名と、川名君が、私の掌を爪で、ひねり上げたという、パワハラが鍵というか、味噌となって、わかって来た事です。

 もし、大学時代に、一度ベッドを共にしましたと、いう様な間柄なら、私の手首をむんずとつかんで、テーブルに押し付けて固定化し、その掌の方を、爪でちびりちびりとひねり上げるという、パワハラがあっても、不思議ではないかもしれない。しかし、1962~1966年の大学在学中には、会話すら交わしたことがないあいだがらなので、ありえないパワハラ(=いじめ)でした。

 でも、ここでも、言いたいです。「川名君、あなたって、最上級のインテリでしょう。それなのに、どうして、私を馬鹿にするのですか。人間はみんな対等ですよ。あなたは私に関してバイヤスが、かかった目でしか見て居ない模様ですが、」と。

 なお、川名昭宣関係は、あまりにも長大なので、ここでは、これ、以上の詳述は避けます。でないと、貴景勝やら、長嶋家から離れてしまいますので。

 その日の私と主人の写真が見つかったので、置いておきます。

そして、ついつい、写真を探し続けて三歳のころの娘の写真を見つけました。有名人の写真ではないのですよ。だけど、自分の洋服も、娘の洋服も私の手作りです。

 

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 そういう、今晩のネットサーフィン中に、貴ノ岩騒動に、まつわって、貴ノ花親方を、いい人間だと、する、動画が多数あるのを発見しました。が、こういう物は、貴の花親方に、さらなる不幸を招くものだといっておきましょう。だって、鎌倉エージェントが裏で糸を引いている記事だから、真実ではないし。 

 貴の花親方自身は、善人だと、思います。しかし、彼を利用して居る人間たちが居て、それが、悪人です。 

 それを分析して、ここで、述べるのが私の仕事なのですが、今夜はすでに、午前四時なので、ここで、止めて置きます。

  なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、5022083です。

 2018年11月26日これを書き、27日の深夜に推敲する。

   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

コメント

角野栄子さんって、鎌倉市からノーベル賞並みの年金をもらうのでしょうかねえ・・・・・10万円、それとも?

2018-11-25 04:00:17 | 政治

 今、25日の午前11時です。文末にさらに重要な事を書き加えます。

 →最初にお断りを申し上げます。この一文は、重要な事を書いたらしくて、お茶碗を洗っている最中に、二万字ぐらい消えておりました。で、次の日の、26日、日曜日に、復活をさせようと努力中ですが、重要なところまで、書きぬけないうちに、2万8千字だと、グーブログが、言います。そうなると、大切なところまで、到達できないので、分割しました。総タイトルは、この章に含めた部分を顕すという意味で、正しい総タイトルと、成ります。伊藤玄二郎の出納簿を考える章です。

 彼は、自分自身の、給料をお財布として、使っているでしょう。しかし、経営している会社のお金も相当に、自由に使っていると、おもいますよ。しかし、問題とすべきは、税金を自由自在に使って、私的復讐を行っていると、言う事です。ここでは、警察に、協力している人たちが、月給として、10万円ぐらいもらっているのではないかという事を問題にしています。そして、伊藤玄二郎は、CIAエージェントの一人ですから、CIAが二本の警察を支配下に置いている恩恵を被っていて、警察の予算からも、自分の手下達に、月給をださせるという形で、税金を自由自在に使っているのではないかと、言う事を検証中です。尚、最後の方で、小野寺夫人と、前田祝一氏が、大きな秘密、特に悪事を共有しているのではないかと、言う問題は、この税金の、私的利用という問題ではありません。もっと、大きな問題です。

副題1、『安倍内閣は、富裕層優先の政策をとっている。それは、安倍内閣が、鎌倉エージェントの言うなり内閣だからだ。もしかすると、自転車事故で、表社会から消えた谷垣禎一氏は、引き続き、連絡係を務めている可能性がある。その富裕層優先策の最も顕著なのは、ポイント5%還元と言う策だ(後注1)』

 どうして、そうなるかというと、伊藤玄二郎、鎌倉春秋社社長と、谷垣さんは、2008年から、谷垣さんが、聞き手となって、有名人と、対話をするという企画を、共にしてきて、親しい間柄と成っているからだ。

この間、谷垣禎一さんが、突然に、NHKニュース他で、登場したが、(NHK他、各テレビ局は動画は、流さなかったが)面立ちは、少し、老人化したものの、痴呆になった顔貌とは、思えず、従って、自転車事故に出会った、2016年7月18日以降も、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントの意向を、谷垣さんが安倍晋三氏に伝えて居ると、仮定をすると、かくまで、直結して、鎌倉エージェントの、意向が、政府に反映する理由もわかってくる。

 ところで、鎌倉エージェントと私が規定している連中なのだけれど、全員大金持ちである。
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副題2、『安倍内閣に、5%のポイント還元をなさいませと、勧めたのは、鎌倉エージェントであることは確かだろうが、その筆頭(対私への嫌がらせという意味では、そうなる)である、伊藤玄二郎の、金銭出納がどうなっているかを考えて見よう。彼は、大金持ちの筈だが、どこから、そういうお金が降ってくるのだろうか? それを、考えて見よう』
 
 伊藤玄二郎が、経営する出版社、かまくら春秋社は、私費出版の、雄であり、鎌倉に存在して居るからこそ、引きも切らぬ、お客が、来る出版社であり、かつ、鎌倉市・在住の文化人、養老孟司氏、かこさとし他の詩人や、歌人などを取り込んでいるので、そちらの方面の雑誌からの収入も大きいし、宣伝能力も高かろう。雑誌は、定期購読者をつかむと確実な収入源となる。
 それから、活動費としては、他人のお金、特に税金を使える。鎌倉市長と、神奈川県知事を配下に置いているので、何か、事を行う際には、そちらの税金で、出費を賄える。角野栄子さんに鎌倉市民栄誉賞を上げたのだけれど、毎年、毎年、誰かが選ばれるのならともかく、突然に今年だけ、角野さんが選ばれたし、それは、対私弾圧の一手法だったと、すでに書いている筈だ。その市民栄誉賞だけど、単にトロフィーか、賞状が渡されるという形ではなくて、ノーベル賞みたいに年金が出るものだと、思われる。そうすると、是も、また、税金を使って、対私いじめをしていると、言う形になる。ノーベル賞は、月収に換算すると50万円だとか聞いたことがある。
 また、元愛人で、よくしてもらっていると、ご本人が言う、石川和子さんに、山の中の旧市内で、公的な陶芸教室を、開かせてあげるために、図書館用地にするべき土地に、大船に在った施設を潰して、それと、全く同等・同種の、老人用ビルを建てさせた。そして、その中に陶芸教室を開かせてやる。こういう事もビルそのものの建設費から考えると、税金を多大に使う手法である。   それから、私のご近所には、    安野家が13号で前田家が14号である看板 が、十数年間立っていたが、これが、月給が出ているのではないかと、推察している。今は、それは、西隣の小野寺邸へ移動をしている。これに、もし、月給が出ていると仮定をすると、それは、伊藤玄二郎の、収入に当たるといってもいいだろう。この看板の出ている家は、伊藤玄二郎たちの言うなりに動くのだから。この件が、本当は、どうなっているかを考えるのが、この章の目的だ。

 この看板によって、前田家と、安野家は、私を威圧したり、いじめたりするのを、公的に許されているのだと、言う風に、この看板を持っていない中立の家庭に向けて、宣伝をしている可能性を感じているのだけれど、銀座の画廊巡りをする際に、ブログで、新しい真実を書いた時に見出す反応で、こちらの雪ノ下における、二つの家庭に、月給が出ていると、感じているのだ。 新しい真実を書いた時に、最初の一週間は、銀座が静かである。しかし、何らかの方法(主にNHKニュースか、ご近所のいじめ案を使うのだが)で、その真実を打ち消したとなると、突然に、彼等の方が猛威を振るってきて、銀座で、駐車違反監視員が、多数出没することとなる。

 

 この駐車違反監視員の出没は、不随意であって、決定的に、私のブログと連動をしている。で、伊藤玄二郎が困ったと、感じているときは、これが、全部で、四組以上出没し、私が画廊によって、時間がかかっている間に、6階以上出くわす形になる。或る時に彼らに、どこに詰めているのですか? と、質問をしたら、向こうから、自分達は、警察に雇われているのだと、説明をしてくれた。だから、ボランティアではなくて、収入がある仕事となっていて、鎌倉でも出没をする。     駅近くの裏通りに、ある画廊【ジアース】を訪問をした際に、オーナーの若宮さんが、恐ろしい鬼みたいな表情をして居る日があって、しかも彼女が「今、来ました」と、電話で誰かに告げた日があった。で、『裏に何かがあるな。ブログでも、今のところ、今まで開示して居なかった真実を書いたところだし』と、思いながら駅に向かうと、【八十八小路】という喫茶店と、【焼き鳥・平野】の前の、小さな路地を、合計6人の、上の制服と同じ、連中が横切ったのだった。それは、伊藤玄二郎と、100%関係があるので、彼の私的復讐に警察庁のお金(=国税)が、使われているという事となる。    これが、報酬をもらっているのだったら、安野家も前田家も報酬をもらっている可能性がある。   

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副題3、『ご近所住まいの、前田家や、安野家が、10万円程度(?・・・・・金額は不明であるが、全国一律にすると、警察庁が、月に、20万円を支払って居たら、警察官内部から不満が出るはずだし)をもらって、私への攻撃をしていると、言う可能性について、判り始めた第二の、出来事』

 それは、小野寺夫人と、2016年の、12月27日の夜に、【しいち稲荷】というこの山の石段の途中の踊り場で、話をした際に感じた事から、判ってきたのです。    それについて、その時点で、2本のブログを書いています。それは、後注2で、置いておきます。お読みいただく必要はないのですが、とても、印象に残った出来事だったと、申しあげておきましょう。     そのころ、我が家では、四月の主人の入院に続く、二度目の入院という大騒ぎが起きて居て、こどもや、兄妹に、電話をかけまくっていました。それを、盗聴されているので、敵さんは、把握して居るわけです。また、銀行の通帳もスパコンに侵入して、察知していますし、クレジットカードも把握して居ますので、どういう状況下は、すべて、判るのでした。

 ところで、是では、この山の生活も終わりかな?と、考えたので、急きょ、北久里浜の前の家に家電をそろえたり、インターネット環境を用意したりしました。そこでは、ガスは、止めていたので、開栓しないと行けなくて、その費用が、掛かりました。それを、年末に、入金しないとお正月が明けても、何日間か使えないそうです。    しかも、浜銀が、敵さんに散々使われている状況もあって、浜銀から、横浜市へ向けて、送金した固定資産税が、6日間も表出せず、横浜市から剣呑な、特別なタイプの督促状をもらうというエピソードもあったので、私は、27日中に、支払い=送金を済ませたく思い、既に退院はしていた主人にその旨を告げ、山ノ下へ降りて行きました。その頃、書いた文章を二つだけ、後注2へ、入れて置きます。ここで、室内盗聴の結果が、警察やら、井上ひさし邸に入るだけではなくて、安野家とか、前田家にも入る可能性を感じ取っています。それは、主人に断った後で、20分以内に、家を出たのにタイミングよく、下から小野寺夫人が上がって来たからです。それで、なんと嫌な事だろうと、思いました。

 実は、周南事件は、その企みがばれたから、私を貶めるために起こされたのだろうとする、悪いひっかけが、既に、2016年の、5月24日に、小野寺夫人を主役として、前田氏や、安野家が協力して行われて居て(後注3)、それ以来、私は内心で、は、小野寺夫人を既に人間としては、捨て去っていたのです。

 ここに、テレビ番組から、jpegとして再録した小野寺夫人のお顔を置きます。というのも、彼女の立っている土地は、アジサイ畑欺罔事件で、我が家から盗まれている土地であって、・・・・・そんな場所に立って、テレビ番組に出るという事は、あくどさが極まれることなのですよ。その土地ですが、無許可で、山を崩されたので、使うのを許可しませんと言っている、私宅の私有地です。ほかの人は、小野寺夫人をも含めて、前田家など、普通の家に倍を占有して、花畑を作っています。安野家も、北側を、開墾して、二倍の花畑を作っています。それなのに、我が家だけ、ゼロ、分になってしまっているのですよ。この恐ろしい泥棒事案が起きたころ、小野寺夫人は、この山に住んで居ません。前田家と、安野家は、その泥棒の、主因者に当たるので、救われるためにあれこれ、策謀を弄するのは判ります。

 だけど、その頃、住んで居なかったわけですから「私には、何にもわかりませんので」と、言って逃げることは可能なのですよ。そして、私のブログを読んで居れば、二重三重に、こんな番組に協力してはいけないという事が判る筈です。だけど、読んでいないらしいので、彼女は、20回ぐらい、ひどい事をやり続けています。それを、グングン、書いて行くつもりです。私は、一切先制攻撃派しておりませんのでね。必ず、お宅たちが先になさっているあくどい事を因果関係と、原因もすべて含めて書いて行くだけですから。単純極まりない頭脳の人たちが、こうすれば勝てるだろうと信じて、周南事件、山田浩二事件、臨ちゃん事件、たまきちゃん事件と、次から次へと無辜の人を殺す殺人事件を起こしていて、それに加担をしているのだから、本当に悪魔の所業だと、おもっております。

 特に居住地ですよ。24時間自分が住んで居る場所です。そこで、跳んだり跳ねたり、やらないでもいい事をやって、私に丁寧にいろいろ書かれて、写真まで利用を、されるのです。だけど、人間はすべて対等ですよ。そして、現象という物もフィフティフィフティなのです。あなたは、自分が強い方に立っていると考えているのでしょう。だけど、100年先でもそうでしょうかねえ。人間の肉体は滅んでも、書いたものは残りますよ。24時間、自分が住んで居る場所ではなるべく特別なことはしないというのが、都会人のマナーですよ。苫小牧で、暮らしていたので、知らないのですか? そんな基本的な事を。

だから、ここで、利用をします。これから先、小野寺夫人、もしくは前田夫妻、安野夫妻、また、〇木夫妻、冨澤夫妻、渡辺賢司・ミカ夫妻に、あくどい行動が、見られたら、この写真とその下に置いてある、前田祝一氏の顔を必ず、使います。

 もう、ちょっと、慎重にふるまったり、もう少し地頭がよかったら、こういう件で、前田夫妻や、安野夫妻へ、協力をしないと思うのですが、徹底的に、主体性のない人間なのです。ドリル学習と暗記は、お上手なのでしょう。だから、東大に、入学できた。だけど、私に言わせると、信じがたいほどに、頭が悪いなあと、思いますよ。

 彼女の過去のありとあらゆる言動から考えると、町内会原資料の中に、大ウソ資料が入って居る可能性すら、感じている次第です。これは、大問題なのです。徹底的に追及しないといけない大問題です。非常に大きな法的問題です。

 この小野寺夫人は、下に写真を置いた前田祝一氏を「前田先生」と呼びます。特にそんな言い方をしたら、私が嫌がるのを承知で、わざと、私に向かって、そう言います。

 ところで、それが、おかしいのは、彼女は、学部としては、東大卒らしいのです。前田祝一氏は、卒業大学名を明かしておりません。奥さんは、静岡大学卒です。で、前田氏は、大学院は都立大学なので、学部は、東大ではない筈です。東大卒なら当然東大の大学院へ進みますから。しかも、小野寺夫人は、工学部の出身ですが、前田氏は、フランス文学を教えているそうですから、専攻の面では全く関係がありません。

 もっと、深い説明を加えます。現代アートの世界で、特にアメリカと交流があるような人、または、知的レベルが高い人は、自分が先生と呼ばれるのを嫌がります。 先生と、呼ばれることで、「あなた、気分がよくなるでしょう?」という前提条件があるので、「そんな軽いたら仕込みには、乗りませんよ」という矜持を示す、態度です。

 それから、海外という広い世界を知ると、なおさらそういう傾向は強まります、大阪なおみ選手が、コーチの事をサッシャがとか、サーシャがと呼ぶでしょう。・・・・・人間は、神のみ前では、平等なのだ・・・・という建前が、西欧には、あるので、美大の大学院でも、学生は、教授の事を、「アリスは」、と呼び、「ボブは、なんとかだ」と、話します。ともかく、「先生と、呼ばれるほどに馬鹿じゃなし」という川柳を、聞いたことが無いのでしょうかねえ。ちょっとしたレベルの人なら、みんなそれを知っていると、思いますけれど。彼女には、人文化学系の知識はない模様ですね。

 それから、先生と、呼ばれて悦に入っている、前田祝一氏も、田舎者ですね。神域と、3メートルも離れて居ない場所で、立ちションベンを、して、注意をされたら、「こんなのは、田舎では、当たり前田のクラッカー」と、言って逃げたそうですが、町内会長を、25年も独占していることなど、典型的な田舎者です。あなた、日本国の総理大臣が、25年も連続して、任期を務めたら、独裁者だといわれるでしょう。スケールこそ、違うけれど、それと同じことを平気でやっているのですよ。しかも、町内会を【うぐいす村】

 という名前で呼んでいるのです。そして、自分達にとって都合の悪い人間は、村八分状態へ追い込みます。そういう人間を小野寺夫人は、前田先生と、呼ぶのですよ。小野寺夫人と前田祝一氏の結びつきの強さったら・・・・・下半身の世界にまで、及んでいるのではないかと、思うほどですよ。実際にこの山でも、1980年代には、不倫の関係にある、ご家庭が生まれたそうです。

 ただ、この二人は、そこまでは、行って居ないと思いますけれど、精神的な、協力状態は、すでに、2013年には始まっていて、それが、書いてあるのが、後注3に置いた、文章です。あくどいですよ。自分達だけが賢いと、思っているのではないですか?   そういう風に思う方が単純にして、馬鹿である』と、私の方は、思いますけれどね。

 ま、本当のことをさらに言いますと、この二人の密着度は、秘密の悪事を共有している処に在ると、思いますよ。それは、何かというと、町内会原資料に、ものすごく、大きな嘘が、闖入していると、言う事でしょう。そんなことは、20年ぐらい前から、わかって居ましたが、書くのに、適切な機会がなかったというだけのことです。

 これは、続きはあるのですが、先ほどから、三万字に近いという警告(本当は、三万字に達して居ないかもしれないのですよ。だから、嘘かもしれないのですが、何か、新しい分野に入ったら、確実に、三万字は超えるでしょうから、ここで、止めとしときます。後日、加筆推敲をいたします。

  また、これは、以前書いた、

あれっ、鎌倉雪ノ下って、田舎だったのですか? 八幡宮様さえ在って、そこには、年間二千万人も人が来るのに  2018-11-17 22:24:53 | 政治

 の続編として、機能していることも、書いて置かせてくださいませ。

 前田祝一夫妻の田舎者ぶりに、おお迷惑をこうむっているので、それを書こうとしていたのです。この山の、主婦たちの、1980年代のばかばかしさったら、横須賀にも存在して居ない状況でしたよ。そして、最も大きな声で騒いでいたのが前田清子さんであって、そのために、我が家の土地が盗まれたのです。さあて、町内会原簿に、どういう嘘が記載をされて居るか? 添えを確認しないといけないのですが、小野寺夫人が、原資料を全部見せてくれるかどうかですね。?????

 抜き去って後、見せてくれて、私が、点検したのちに、返したら、再び、こっそりと、重要な嘘を、入れこむとかね。まったく信用ができない人たちだから、困難は山と有りますけれど、まあ、なんとかなるでしょう。神様がついて居てくださるから。

~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『我が家から、植木鉢を盗んで、それを、出してはいけない日(2018年10月9日)に出して、また、それを、鎌倉市の清掃局が中身を知っているのに、回収すべき11日に回収せず、一週遅れで、回収した日があった。清掃局へ問い合わせると、プランターも入って居たそうで、そこで、盗まれたことが確定的になった。我が家には、プランターが二つある筈なのに、一つしかない。新しいのを買って、補充しても駄目残すよ。そして、古いプランターは、鎌倉市が燃えるごみとして焼いてしまったでしょうから、彼等は、証拠は残っていないと、思っている事でしょう。これはね。どうせ、伊藤玄二郎一派が発案して、清掃局を巻き込んだ謀略だと、思います。私の事をごみを出す久恵間違える、叔母かさんだと、言いたい連中が、嘘(=謀略)として作り上げた事案です。しかし、もし、小野寺夫人が、それを、130段の石段を、わざわざ持ち上げて、他の主婦を招いて(しかし、私は招かれて居ないが)中身を点検することがなかったら、彼女を悪女だとは言いません。誰かが間違えたとしても、下で、開けて見て、清掃局へ燃えるゴミ(硬いプラスチックもその時点では、鎌倉市では、燃えるゴミ扱いである)だから、次の燃える日に回収してくださいと、言うのなら、納得ができる。が、大勢の人を招いて、如何にも、我が家が、使っている植木鉢だわねえと、みんなが思い込むことは、すさまじい悪なのだ。それは、白井小野寺夫妻が、建築中にそちらの塀を作る問題で、罠にひっかけて来た日の事も関係をしているし、

  我が家だけ花畑がないので、仕方がなくて、植木鉢を使って、花を栽培していえ、しかも日当たりがいいのは、道路なので、そこに植木鉢を置いているのを、からかってきているのだった。

 上の写真で、プランターが、置いてあるところは我が家の敷地である。その右側に太い木材を使った塀が建っている。それを建築した日に、白井小野寺夫妻な大勢のお客さんを招いていた。そして、この場所から、たった3メートルの近い場所に、彼等夫婦が、居ることがわかって居るのに、この塀を作るために大工が、我が家の敷地内に入るのを、お断りにも来なかった。それは、如何にも我が家の敷地内に、侵入している様に見えるこの塀を、私が侵入していると誤解をして、抗議をするのを、待って居るのだった。もし私がせっかちなおっちょこちょいで、もし講義をしたら、そこに居た、大人のお客様たちを目の前で、私に侵入して居ないと、言い募り(ただし、一センチくらいしか、そちら側に、入って居ない、ぎりぎりもぎりぎりの処だったけれど、)大勢の証人(苦笑)に、「ほら、お隣って、クレーマーなんですよ」と、後から悪口を言う筈だったのだ。建築中からかくもあくどいのだった。そして、それを書いているからこそ、このサイズの、プランターが、間違えた日にゴミに出されたなら、「ほら川崎さんって、ゴミ出しすらできない、リアルな生活における落伍者なのですよと、言う筈だったと、思われる。

そして、小野寺夫人だけは、自分の名誉を回復できるという悪辣さ。尚、そのごみ袋は、鎌倉市清掃局は15日の月曜日に改宗したという。私の記憶でもそうだったと、思う。しかし、小野寺夫人は、12日の金曜日に回収したという。どっちが嘘をついて居る。もちろん、小野寺夫人の方であろう。そうなると、高枝切の日に続いて、にどめのうそをさーしゃあーと、つく人となる。

 そして、道路(ただし我が家の土地である)に花を出していると、植木鉢をひっくり返したり、花をちょん切ったりする人間がいる。どう考えても柳沢昇であると、昔書いたが、そのブログが。消えている。しかも、最近、彼が行ったと、考える、狼藉の写真を、ファイルに入れているのだが、この二日間に、その中身が消えて居た。したがって、我が家の植木鉢を盗んだのは、彼で、或る可能性が高い。だって、彼で亡かったら、この二日間に、彼が行った狼藉の写真が消えるわけがないではないか?

 まあ、そこまで、やって、それで、頭がいいつもりならどうぞ。将来、何らかの方法で、正義を貫きますから待って居らっしゃい。神様は、私の方の味方ですよ。待って居らっしゃい。柳沢昇と、他の二人、家の中まで入って乱暴狼藉をしている連中よ。

 

 このスリッパの置き方は、今回の物ではありません。だが、発想が全部同じです・

 後注1 

消費増税5%ポイント還元と、梅毒のnews・・・両方共、私の会話を盗聴した結果企画された筈。・・・日本では、将来破産が多発するだろう☐     2018-11-22 22:55:35 | 政治

後注2、

雪ノ下、16-12-27〇  2016-12-27 23:32:46 | 政治

16/12-28, 29 and 30、雪の下、上大岡、京急&JR久里浜、そして、鎌倉駅で新たなミステリーが始まる。  2016-12-30 17:01:03 | 政治

後注

コメント

消費増税5%ポイント還元と、梅毒のnews・・・両方共、私の会話を盗聴した結果企画された筈。・・・日本では、将来破産が多発するだろう☐

2018-11-22 22:55:35 | 政治

 これは、本文だけは、推敲・加筆を終わりました。で、そういう場合の恒例の、しるしである、☐を総タイトル右横につけて置きます。

副題1、『梅毒のニュースは小さいが、確実に、私の会話への盗聴と関係があるので、語っておこう』

 ********以下は、梅毒に関連するニュースです。主要なニュースの時間では、報道をされなかったのですが、午後二時ごろテレビがついていて、ふと、流れ視聴の中で、気が付いたので、コピペしておきました。火曜日の事だったと、記憶をしています。

 ところで、瞬時に・・・・・あれから、発想を得ましたね・・・・・と、思い当たることがありました。それは、18日(日)に、私がある、人物と会話を交わした結果が、反映しています。それは、絶妙の数十秒間の沈黙を含む会話であって、そこが、微妙に面白いエピソードだったのです。それを、私も感じ入りました。で、その当人に、あれは、面白かったわねと、手紙を書こうかと、思っていた次第です。が、手紙を実際には、書かないうちに、例の鎌倉エージェントの方が、さっそく、それを、使って、NHKニュースとして発表をさせたのでした。

 NHKが発表をした、数値ですが、この20年間で、梅毒の感染者が、最大になっていて、6000人に及ぶそうです。が、その数値は、相当に怪しいと、思って、今、コピペしていた、NHKオンラインを丁寧に読んだら、さすがに、6000人とはアバウトすぎると、思い直したらしくて、5955人と訂正(?)されておりました。しかし、テレビ画面で、登場したニュースでは、6000人と、言われていましたよ。

 では、どうして、私と関係があるかを解明していきましょう。鎌倉エージェントは、常に私が、音声で語ることを盗聴をしております。それを、盗聴するのは、警察の別動隊でしょう。道具として何を使うかというとスマホです。だから、私だけは、常に、スマホを携帯しません。私は、まるで、大正時代の、人間並みに、不自由を自分に課しているのです。しかし、7人もいればだれか(私の主人は確実に)スマホを携行しています。それを盗聴器として使うのです。最近は、特にそうなっているみたいです。

 それで、ほとんど、電話を使いませんが、11月18日をさかおぼる事、ほぼ、一か月前の、10月19日、座って使える電話を使って、株を、二種類買いました。公衆電話を使ったのは、その日、大病院で、診察があって、待ち時間があるからです。その時、買ったのが、SUBARUであって、直後、データの何とかが起きて、社長が謝罪したので、其れは、私のブログつぶし、もしくは、対、私の言論弾圧の一種だと、書いていると、思います。(後注2)また、その日以降、鎌倉と、京橋など、私が、出没する一帯では、コンビニで、テレフォンカードを買えなくなりました。だから、どれほどに、私が大物であるかをご察しくださいませ。したがって、後ほどに、ゴーン逮捕も又、安田純平の帰国(後注3)と同じく対私弾圧用謀略であったと、語り始めます。次の章で、それを語るでしょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『この、私が持っている株の、株価を下げてやろうとする動きは、何度も起きており、山田浩二が、寝屋川市のアーケード街で、遊んでいた、中一の二児童を殺したと、される事件も、其れが、当初の狙いの事件だった』

 これは、NHKニュースが何度も、・・・・・高槻市の駐車場で、平田なつみさんの遺体が、発見をされた、・・・・・と、報道をしましたが、まず、そこからして違うのでした。それは、寝屋川駅から、1.2キロぐらいのところにある、センコーという会社の駐車場で会って、センコーという会社の株を持っている私に対する嫌がらせの一種だったのです。(後注4)

 むろん、殺したのは、警察の特殊部隊であって、山田浩二という、幼児セクハラの前科者という獲物が、駆り出されたのは、それ以前に、同じ様な仕組みで行われた、周南事件の、保見について、保見は、やっていないと、公言している私を、いじめるために、似た様な事件を起こして、今度は、私がグーの音も出せないはずだと、鎌倉エージェントの発案者たちは考えたのでしょうが、これもまた、瑕疵いっぱいであって、私は、10日目以内には、あれこれ、嘘部分について、書き始めていると、思います。(あと注4)

 で、保見(これは、リンク先が大量にありすぎるので、この章では探さないでおくが)についても、山田浩二についても、私のいう事は正しいのですが、其れで、保見は、非常に静かに、一審が行われて、その後、山田浩二は、ずっと静かに隠されていたのです。しかし最近急に公判が行われ、死刑が、求刑をされたそうです。

 それも、また、私が書いている、一連の雪ノ下物が、原因です。それこそ、鎌倉エージェントにとっては、非常に怖いものなのです。実際に物証があります。その上、使役した人々がいます。それらの人々のこれから先の動きが重要です。

 ・・・・・まさか、彼等(たとえば、冨澤夫妻)が、自分達(伊藤玄二郎や、未だに実際には、生きている井上ひさし、また、その命令の伝達者である、小野寺夫人や、前田夫人)を裏切るはずはない・・・・・と、思って居るでしょうが、引っ越していくとか、そういうこと自体が、ある種の真実の証明になるので、これから先も、ぐいぐいと書き進む予定です。特に中途半端になっている章が、いっぱいあるのですが、直近のものとしての、後注0=

あれっ、鎌倉雪ノ下って、田舎だったのですか? 八幡宮様さえ在って、そこには、年間二千万人も人が来るのに  2018-11-17 22:24:53 | 政治

 だって、彼らにとっては、危機迫るものに、それが、なっているでしょう。それで、ゴーン逮捕という劇的事案が起こされたのではないかと、見ているところです。

 で、あまりに、私が、自分達の、悪事の、すぐ、近所まで、迫って、書いて来ているので、山田浩二の裁判をすることによって、私が書いて居ることを否定できるはずだと、思いこんでいるので、それに、取り組み始めたのです。

 確かに、私も、大阪地裁に、赴いて、「裁判長っ」と、挙手をして、「山田浩二は、やっていません」と、主張したって、つまみ出されるのが落ちでしょうから、今は、何もいたしません。そして、以前書いたことが、正しいと、ただ、神様と、二人だけで思っている次第です。でもね。彼ら、鎌倉エージェントは、勝ったと、見ています。それで、前田清子さんは、この二日ほど、オレンジ色の玄関灯を、点灯しています。それが、鎌倉エージェントが勝利感に、酔って居ることの、サインです。

 ああ、更に真実を加えましょう。私は、前田清子さんのオレンジ色のランプの点灯が、シャルリーエブド事件以来の、脅かし策になっているのは、すでに書いていると、思います。しかし、あまりにも慣れきっているので、昨晩は、それが、何時に消えるかをチェックしませんでした。10時ごろ消えるときは、それほどの、勝利感を持っていない時であり、全然点灯しない時は、自分たち側が負けていると考えている時です。昨晩は、驚いたことに、23日午前零時から、6時まで=明け方明るくなるまで、点灯していました。どれほどに、勝利感に酔っているかがわかります。したがって、それもまた、ゴーン逮捕が謀略であった可能性が強まる、傍証の一つです。または、危機感に見舞われているかがわかります。したがって、雪ノ下で、行われていることこそ、その真実を書けば、必ず、日本か世界で、大事件が起きるのですよ。だから、雪ノ下の人間、もしくは銀座の画廊のオーナーの行動が重要なのです。ところで、私は、午前5時に長官を撮りに外へ出るまで、前田夫人のそれほどの、強烈な悪意については、知りませんでした。しかし、午前五時に、それを知って、今、7時間後の零時に、彼女のすさまじい悪意を記録している処です。そんなら、冨澤夫妻を利用しなければいいのにと、思いますが、おつむがトカゲの脳味噌状態の、ご連中ですから、短絡的なのです。いつも、言っている通り、中学生並みの頭脳です。

 また、こういう時は泥棒も頻発します。夫婦二人一緒に、18日の日曜日に外出しました。それで、留守中に何かあるだろうと、考えて居たのですが、室内では、台所への攻撃が、あれこれありました。以前から高価なものがあれこれ、盗まれているのです。【たち吉】の五枚そろいの、ブルーの、おお皿(洋風にも中華にも、和食にもなんでも合う)が、いつの間にか、たった、二枚になっているし、(だから、銀座に買いに行ったら、無かったのです。ノリタケみたいに、古いヴァージョンの物も、いいものは買えると、いいのに・・・・・そして、その盗難は、いつだったか、判らないくらい前から行われているのですが、)この18日は、萩焼の、高さ、8cmの使いやすい深さらが、たった二枚に変化して居ました。

 そして、食器洗い洗剤が、盗まれています。最近、40日以内で、合計3本が盗まれました。また、粉型のクレンザー(磨き粉)に水が一杯入って居ました。それで、粉としては振っても出てこないので、使えないという形です。さて、ここで、泥棒の話を始めると3万字以上になってしまって、新しい事が書けません。ので、泥棒の話は、副題Xで、続きを書くとして、梅毒の話に戻りましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『私はその時、合計7人の人と、一緒に、桜木町、【ブルク13】の五階で、食事をとっていた。そこでの会話が、発端となっているのが、梅毒のニュースである』

 横浜ブルクと言うのは、桜木町駅前に在る、映画館が集合したビルで、そこでの会食の一場面が、舞台です。私は大勢の人から、お母さんみたいと、言われている人で、ブログでは、きつい事を書いているみたいですが、常に、自らの周辺にいる人間の事を思い、その人間が幸せである様に願っている人間です。

 で、その中の一人が近々、出張があると、言いました。行き先は、某国です。敢えて固有名詞は伏せます。ただ、一部地域に、発展途上国並みのエリアがある国です。そして、ロンドンだって、宮殿もあれば、切り裂きジャックが、横行する様な貧民街もあるのですから、その・某・国にも、その国の人々からアンタッチャブルと、見做されている様な、貧乏な、人々も住んで居るのです。。

 ただ、日本だけは、過剰に清潔が尊ばれる国なので、一時期はごみが一杯散らかっていた、新宿・歌舞伎町コマ劇場・近辺だって、再開発後は、きれいになっていることでしょう。そして、ドヤ街と呼ばれる地域だって、きれいなはずです。しかし、海外には、ごみ捨て場で、子供がプラスチックの、レジ袋を拾っている地域だってあるでしょう。そういう場所がある様な国では、ひょっとするとバスに乗るだけで、細菌感染を起こしてしまうのではないかと、心配になったのです。

 いや、細菌でも、いろいろあるのですよ。たとえば寄生虫の卵などは、空気感染で、体内に入った方が、アレルギー症状が出ないと、言われていますね。しかし、私が想定して居たのは、【らい病】の菌です。潜伏期が非常に長いので、患者・当人にも、どこで、感染したかが記憶に残っていないらしい病気です。で、感染経路も、はっきりして居ない病気です。それで、昔は、罹患を防ぐのが、難しい病気だったのです。また、症状が出て行くと、皮膚がただれて回復をしないので、患部が変形します。指が無くなったり鼻が無くなったりします。

  らい病というのは、今は、禁止語であって、ハンセン氏病といwれて居ます。其れと、クスリが開発をされて、治る病気になっています。が、つい最近まで、相当というか、それ以上に、恐れられていた病気であり、差別反対主義の私だって、身近な人がらい病にかかっていまうのは、困ります。とても、怖い病気だと考えられていて、何度も映画のテーマになっているみたいです。最近の映画では、【あん】が、それをテーマにしていて、昔の映画では、【砂の器】が、それをテーマにしています。で、映画の中だけで、思い出す病気になっているみたいですが、

 日本以外では、2015年のWHOの統計でも、176176人が罹患をしているそうです。少ないといっても、17万人以上です。だから、ライ病菌はこの地球上では、まだ、残っているのです。

 しかしです。・・・・・男性が出張する。・・・・・出先で、妻とは別の女性と、セックスをする。・・・・・その時、相手が商売として、セックスを行う女性だと、性病をもらってくる可能性がある。・・・・・性病の最たるものは梅毒である・・・・・という連想の図式があるらしいのです。それが、使われたのが、18日の二日後の、NHKニュースでした。しかし、私は、ブルク13のレストラン内では、無論、梅毒などという言葉は発しませんよ。聞いている相手も、発っしませんよ。また、ハンセン氏病という言葉も発しませんでした。ただただ、二人が、数十秒間の、沈黙した時間があり、その間に、二人は、共に、頭の中だけで、梅毒という単語を思い浮かべたのでした。

 その会話を盗聴した、井上ひさし達(または、鎌倉エージェントの中の誰か?)の発想の、汚さが、表出しているのが、・・・・・梅毒患者が、6000人もいて、ここ20年で、最大の数である・・・・・というニュースでした。NHKは、こういう些細な部分でさえ、鎌倉エージェントの言うなりなのでした。または、それを発表した母体がです。

 鎌倉エージェントは、梅毒と言う、キーワードで、スパコンから、専門機関を探し出し、19日の月曜日か、20日の火曜日の午前中に、それで、その機関に、記者会見を行わせたのです。それを、・・・・・・へえーっ、鎌倉エージェントって、頭がいいですね・・・・・と、思う方が有ったら「どうぞ。そう思ってください」と、言うしかないです。

 なお、ここでいう専門機関とは、【国立感染症研究所】であり、NHK(または、伊藤玄二郎)が、梅毒について、説明をして貰うために、個人的にインタビューをした相手は、尾上康彦医師です。毎年、毎年、この時期にその期間が梅毒について、数値を発表をして、また、それをNHKが、報道をするのなら、まだいいのですが、昨年のニュースないでは、出て居ませんでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『5%の、ポイント還元にも、我が家の会話が、盗聴されており、それが、使われている可能性がある』

  2018年の、11月22日から、突然に、クレジットカード他を使って、現金を使わない人に対しては、ポイント5%還元すると、政府は出てきました。突然にという形です。しかし、丁寧に、NHKニュースを確認すると、実は以前から、2%の還元は考えて居たのだと、出てきました。

 これですが、100%わが家内での、会話が使われています。それと、主人とか、息子がクレジットカードを嫌っていることをも使われています。私も嫌いです。しかし、歌舞伎座の切符売り場で、すでに、「安い席は、売り切れです」と、言われて、突然に、一等席を買ったことは何度もあって、それは、クレジットカードで、支払います。

 私は、以前から、常に、言っているのですが、夫婦二人で、純粋生活費が、50万円を超える家でないと、しかも、夫婦ともに、別々の、収入がある家でないと、クレジットカードを使うべきではないと、思います。額面は、車の維持費や、固定資産税か、家賃のどちらかを含みますので、保険等を含みますので、年収800万円ぐらいの家庭を指します。

 しかし、安倍内閣は、東京圏の、現在、40~50代を中心とする世帯には、充分に、それだけの収入があると、見込んで、こういう政策を打ち出したのでしょう。東京圏には、人口が集中していますので、そこで、受け入れられれば、OKというのが安倍内閣の考えです。

 しかし、電子決済は、・・・・・一見、進歩している様で、実際には、退歩に繋がっている・・・・・と思うのが、私です。

 私は、1998年にパリ、1999にニューヨーク、2000年に同じくニューヨークに滞在して、勉強のために、それぞれに、三か月で、200万円ずつ使いました。パリだけは、国費が、100万円出ましたが、それ以外に、私費で、200万円を使ったのです。46万円も、するローラーなどの、道具なども買ったので。 で、パリは、まだ、現金決済が、普通でしたが、ニューヨークでは、小切手社会であり、現金で、買い物をして、支払うのが、不便でした。アメリカのこういう少額小切手って、非常に簡便なもので、二重にもなっていないし、支払額を記帳するランも、有るか無いかという小さなものなので、よほど、几帳面な人以外は、自分の出納状態も把握できないで、生きていると、考えました。

 でね。高収入の人ならいいのです。

 しかし、低収入の人には、貯金もできず、従って、『一朝、事が起きれば、たちまち破産だろうなあ!』と、思った次第です。それは、アメリカから帰国後、たった、8年で、現実となりました。リーマンショックの事です。それで、住宅ローンが支払えない多数の庶民が破産をして、家を失いました。こういうケースでh、アメリカには、政府補償はないと、思います。したがって、庶民は、ただ単純に、貧乏になって、落後していきます。

 そして、アメリカの庶民は相変わらず、相当ひどい状況下に在るという事が、【記者、ラストベルトに住む】などという本、または、堤未果さん物で、証明をされて来つつあるのです。

 というのも、そのアメリカの小切手帳と言うのは、ざら半紙と言う最低レベルの紙が、200枚程度集積した、ものなのですが、その母体となる銀行の口座には、通帳が無いのです。月に日本円で換算して、100万円以上の収入がある人なら、いくら生活費に、つかっても、だいたい、あまりがでて、それが、残高としてたまって行って、時々株へ、移行するなどという事が可能でしょうが、ぎりぎりの収入の人には、非常に危ない仕組みです。

 そして、最近では、日本の銀行でも、、クレジットカードを作ると、カードが自然に借金ができる様な仕組みになっているものが多いでしょう。すると、気が付かないうちに借金が溜まって行く可能性もあるのです。ATMで警告音が出るわけでもないすからね。しかし、日本だと、まだ、通帳があるからいいのです。時々は記帳して、現状を把握するでしょう。でも、毎回車で、スーパーに来て、一家で、二万円程度買い物をしている家族が、カード決済を続けているうちに、以前はできて居た貯金ができなくなると、思いますよ。で、現金決済をする人の方が賢いと、私は思っているのです。

 ところが、現金で、マンションを買った息子には何のメリットもないのに、ローンで家を買った人には、税制上の、優遇があると、息子がマンションを買ったとたんに、発表をされたのでした。息子は、貯金で買ったのです。親から、援助してもらったわけではありません。そういう人の方が立派だと、思うのですが、バカな人の方を政府は大切にするのです。

 ところで、私は、発見をしたのですが、鎌倉と、日吉のスーパーは、レジで、人間が対応しています。お金を受け取り、お釣りも出してくれます。カード決済のお客も、現金決済のお客とも、両方に対応できる手配が、まだ、なされています。それは、老人が多いという事と、専業主婦が多いという事を示唆しています。大船(自由が丘ガーデン)も大体同じです。ところが、同じブランドのスーパー東急でも、蒲田、横浜駅ダイヤモンド地下街、戸塚だと、無人のカード決済機がずらっと並んでいて、そこでは、株主優待券なども、どういう風に使っていいのかがわかりません。で、私が判断するに、

・・・・・・この三つの駅を利用する人々は、現役世代が、多くて、給料は、今のところ、ばっちりもらえているので、食糧品を買うのに、心配など要らないのだ・・・・・と、言う事と、・・・・・夫婦共働きで、何よりも時間が惜しいのだ・・・・・と、思っているでしょう。私は、それをもっと簡単な言葉と表現で、この半年に、三回は、家庭内で、主人に、言って居ます。それを、対、私への、嫌がらせの方向で、使われたのが、22日の、5%ポイント還元のニュースです。

 しかも、子供がマンションを買う時に、親が援助するのなら、三千万円まで、贈与税が、ゼロになるですって。また新しい安倍内閣を使ったいじめ案が出てきました。資産を、3億円以上持っている人なら、3000万円、子供にやって、二軒目のマンションを買わせ、親世代の、たんす預金を吐き出させようとしています。そして、子供世代は、二軒の、家を持ち、その家賃収入で、年金の減額を補う事が出来ます。徹底的にお金持ち優遇の制作です。

 これも、対私への嫌がらせです。でも、何と、劣等した方へ、日本人全体を導く、政策である事か? すべて、鎌倉エージェントが発案した件を安倍総理大臣は、言うとおりに行っているのです。しょうがない人ですなあ。

 ところで、何故、今、それなのかというと、18日に泥棒に入って居ますね。五個ぐらいの、被害を発見しております。その次の日にゴーン逮捕です。それ以降、軽い物しか書いておりません。したがって、ゴーン逮捕に、私が、ビビっていると、思われているのでしょう。どうしてそういうかと言うと、私は常に、主人は元、日産の社員で、材料研究所の、研究員としてノックスガスを除去する仕組みを作りましたと、書いています。そのプライドが地に落ちましたね。

 でも、私は、何事にもビビって居ませんよ。ただ、ただ、自分が今書きたい事を書くという姿勢を貫いているだけです。それとね。外出が多くて、長時間を割けないのです。それは、根っこのところにあって、時間内で、書けるテーマを選ぶことは有りますけれど。このブログですが、本日はすでに、午前三時半を過ぎたので、ここで、止めとしておきます。そして、23日の、午後一時までに、加筆、推敲を終えました。しかし、リンク先は、夜に、充実させます。

 

********************

梅毒

2018-11-20 15:22:36 | 政治

 後注2、

後注3、

後注5、

フランスは意外と古い。資産と文化という面を言えばそれが、悪いというだけでもないが・・・・・ゴーンと山懸有朋は、似ている?  2018-11-21 22:46:26 | 政治

 サヘルローズの養母との涙のお話を、体現する黄色いプリン(瀬戸康史のグレーテルのかまど)△  2018-11-20 15:35:30 | 文化、芸術、書物

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もし、カード決済をするのなら、5%の、ポイント還元をする。

2018-11-22 21:39:40 | 政治
  1. 以下の文章は、NHKオンラインからコピペしたものです。私のブログ、


  2. に役に立つので、ここに置いておきます。

  3. 消費増税対策 ポイント還元は5% 9か月間で検討 首相11月22日 18時16分
消費増税対策 ポイント還元は5% 9か月間で検討 首相
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安倍総理大臣は、来年10月に予定される消費税率の引き上げに伴う景気対策の一環として、クレジットカードなどのポイント還元について、還元率を5%とし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討する考えを示しました。
自民党の岸田政務調査会長は22日、総理大臣官邸で安倍総理大臣と会談し、来年10月に予定される消費税率の10%への引き上げに伴う景気対策について党の提言を手渡しました。

これに対し、安倍総理大臣は「来年の消費税率の引き上げは、デフレ脱却への1つの試練であり、思い切った対策をしっかり行いたい」と述べました。

そのうえで、クレジットカードなどのポイント還元について、還元率を5%として、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討する考えを示しました。

ポイント還元をめぐっては、これまで政府内で、消費税率の引き上げ幅に合わせて、購入額の2%分をカード会社のポイントなどで還元することが検討されていました。

還元率が5%となれば、クレジットカードや電子マネー、それにQRコードなど現金を使わないキャッシュレスで例えば1000円の買い物をした場合、50円分がポイントとして還元されることになります。

また、安倍総理大臣はマイナンバーカードを活用して、買い物に使えるプレミアムつきのポイントを販売するよう求める、自民党の提言についても、「しっかりと準備したうえで、導入していきたい」と述べました。

安倍総理大臣としては、ことし7月から9月までのGDP=国内総生産が2期ぶりにマイナスに転じたことなども踏まえ、消費税率の引き上げによる個人消費の冷え込みを避ける狙いがあるものとみられます。

官房長官「利用しやすい環境整える」

菅官房長官は午後の記者会見で、「期間を集中し、十分な還元率を確保するという自民党の提言があったことを踏まえ、今後、2020年のオリンピック前までの9か月間に限定したうえで、還元率をたとえば5%程度まで引き上げることを検討していきたい」と述べました。

そのうえで、菅官房長官は「クレジットカードにかぎらず多様な選択肢を用意し、消費者が利用しやすい環境を整えるとともに制度が固まり次第、周知にも万全を期していきたい」と述べました。

また、菅官房長官は記者団が「増税分以上に還元することになるが、財政健全化とどう整合性を図るのか」と質問したのに対し、「十分な還元率を確保して、駆け込み需要や反動減を抑制し、経済に変動を及ぼさないよう万全を期していくことが重要だ」と述べました。

立民 長妻政調会長「格差拡大する政策」

立憲民主党の長妻政務調査会長は、国会内でNHKの取材に対し、「バラマキのような形で、お金持ちも含め、実質的に5%も消費税率を減らすのは不可解だ。格差を拡大するような政策で、何のために消費税を上げるのか、ますます見えにくくなる。国民には『消費増税分は教育や社会保障に使ってほしい』という意見が多いと思うので、こういうやり方であれば、来年10月の消費増税は、ますます問題だと言わざるをえない」と述べました。

国民 玉木代表「思いつきの政策」

国民民主党の玉木代表は、東京都内で記者団に対し、「まるでバナナのたたき売りのようだ。よく考えて発信している政策なのかもわからないし、どれだけの財源が必要なのかも示されていない。かえって財政が悪化するおそれもあり、しっかりと安倍総理大臣にただしていきたい。思いつきの政策をさらなる思いつきで上書きしているような印象だ」と述べました。

増税分上回るポイント還元 なぜ?

ポイント還元制度は、来年10月の消費増税で消費が冷え込むのを防ぐ対策として政府が検討しています。クレジットカードや電子マネー、それにQRコードなどを使って、現金を使わずに買い物をした場合、その額に応じて、その後の買い物で使えるポイントとして消費者に還元する制度です。

中小の小売店で買う日用品のほか、税率が8%に据え置かれる酒を除く飲食料品や、外食や宿泊などのサービスの代金も対象にする方向です。

5%分の還元が実現した場合、軽減税率の対象となる飲食料品の税率は実質3%となる計算です。例えば、中小の小売店で飲食料品を1000円分買った場合、現在は税込み価格が1080円となりますが、増税後、軽減税率が適用され、5%=50円分のポイント還元も受けると、実質的な負担は1030円で済む計算です。

政府内では、これまで消費税率の引き上げ幅に合わせて2%分を還元する方向で検討が進められていました。安倍総理大臣はこれをさらに拡大し、増税分以上の還元を検討する意向を表明したことになります。

また、ポイント還元の期間は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討するとしています。

背景には4年前、消費税率を8%に引き上げた際、消費が大きく落ち込んだ反省から、増税分だけ負担を軽くする措置では、消費刺激策としては不十分で、より思い切った対策が必要だという判断があったものとみられます。

ただ、こうしたポイント還元は、現金を使わず買い物した場合に限られ、クレジットカードを持たない人などには恩恵が行き渡りません。

また、増税分を上回るポイント還元を9か月間にわたって続けることになれば、景気対策の費用が一層膨らむことになり、社会保障の充実と財政再建という消費増税の意義そのものを問う声も出ています。

「景気の波平準化に効果 やりすぎの印象も」

伊藤忠経済研究所の武田淳チーフエコノミストは「増税後の景気の落ち込みをカバーしようという政権の強い決意を示したものだ。5%の還元となると増税後の消費の落ち込みをカバーするのはもちろんだが、増税前の駆け込み需要も後ろにずらすことができ、景気の波を平準化する効果が期待できる」と分析しています。

一方で、「来年の消費増税は前回より負担は小さいのに、ここまでの景気刺激策を行うのはやりすぎの印象が強い。ただでさえオリンピックのあとの景気が不安なところに、ポイント還元の終了というマイナスの要素が加わることになる。オリンピック後の景気を支えるために、また新たな財政支出をする事態になれば、財政健全化が相当遅れることになる。そうしたリスクをはらんでいる政策だ」と指摘しています。

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消費増税対策 ポイント還元は5% 9か月間で検討 首相

安倍総理大臣は、来年10月に予定される消費税率の引き上げに伴う景気対策の一環として、クレジットカードなどのポイント還元について、還元率を5%とし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討する考えを示しました。

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自民党の岸田政務調査会長は22日、総理大臣官邸で安倍総理大臣と会談し、来年10月に予定される消費税率の10%への引き上げに伴う景気対策について党の提言を手渡しました。

これに対し、安倍総理大臣は「来年の消費税率の引き上げは、デフレ脱却への1つの試練であり、思い切った対策をしっかり行いたい」と述べました。

そのうえで、クレジットカードなどのポイント還元について、還元率を5%として、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討する考えを示しました。

ポイント還元をめぐっては、これまで政府内で、消費税率の引き上げ幅に合わせて、購入額の2%分をカード会社のポイントなどで還元することが検討されていました。

還元率が5%となれば、クレジットカードや電子マネー、それにQRコードなど現金を使わないキャッシュレスで例えば1000円の買い物をした場合、50円分がポイントとして還元されることになります。

また、安倍総理大臣はマイナンバーカードを活用して、買い物に使えるプレミアムつきのポイントを販売するよう求める、自民党の提言についても、「しっかりと準備したうえで、導入していきたい」と述べました。

安倍総理大臣としては、ことし7月から9月までのGDP=国内総生産が2期ぶりにマイナスに転じたことなども踏まえ、消費税率の引き上げによる個人消費の冷え込みを避ける狙いがあるものとみられます。

官房長官「利用しやすい環境整える」

菅官房長官は午後の記者会見で、「期間を集中し、十分な還元率を確保するという自民党の提言があったことを踏まえ、今後、2020年のオリンピック前までの9か月間に限定したうえで、還元率をたとえば5%程度まで引き上げることを検討していきたい」と述べました。

そのうえで、菅官房長官は「クレジットカードにかぎらず多様な選択肢を用意し、消費者が利用しやすい環境を整えるとともに制度が固まり次第、周知にも万全を期していきたい」と述べました。

また、菅官房長官は記者団が「増税分以上に還元することになるが、財政健全化とどう整合性を図るのか」と質問したのに対し、「十分な還元率を確保して、駆け込み需要や反動減を抑制し、経済に変動を及ぼさないよう万全を期していくことが重要だ」と述べました。

立民 長妻政調会長「格差拡大する政策」

立憲民主党の長妻政務調査会長は、国会内でNHKの取材に対し、「バラマキのような形で、お金持ちも含め、実質的に5%も消費税率を減らすのは不可解だ。格差を拡大するような政策で、何のために消費税を上げるのか、ますます見えにくくなる。国民には『消費増税分は教育や社会保障に使ってほしい』という意見が多いと思うので、こういうやり方であれば、来年10月の消費増税は、ますます問題だと言わざるをえない」と述べました。

国民 玉木代表「思いつきの政策」

国民民主党の玉木代表は、東京都内で記者団に対し、「まるでバナナのたたき売りのようだ。よく考えて発信している政策なのかもわからないし、どれだけの財源が必要なのかも示されていない。かえって財政が悪化するおそれもあり、しっかりと安倍総理大臣にただしていきたい。思いつきの政策をさらなる思いつきで上書きしているような印象だ」と述べました。

増税分上回るポイント還元 なぜ?

ポイント還元制度は、来年10月の消費増税で消費が冷え込むのを防ぐ対策として政府が検討しています。クレジットカードや電子マネー、それにQRコードなどを使って、現金を使わずに買い物をした場合、その額に応じて、その後の買い物で使えるポイントとして消費者に還元する制度です。

中小の小売店で買う日用品のほか、税率が8%に据え置かれる酒を除く飲食料品や、外食や宿泊などのサービスの代金も対象にする方向です。

5%分の還元が実現した場合、軽減税率の対象となる飲食料品の税率は実質3%となる計算です。例えば、中小の小売店で飲食料品を1000円分買った場合、現在は税込み価格が1080円となりますが、増税後、軽減税率が適用され、5%=50円分のポイント還元も受けると、実質的な負担は1030円で済む計算です。

政府内では、これまで消費税率の引き上げ幅に合わせて2%分を還元する方向で検討が進められていました。安倍総理大臣はこれをさらに拡大し、増税分以上の還元を検討する意向を表明したことになります。

また、ポイント還元の期間は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの9か月間、実施することを検討するとしています。

背景には4年前、消費税率を8%に引き上げた際、消費が大きく落ち込んだ反省から、増税分だけ負担を軽くする措置では、消費刺激策としては不十分で、より思い切った対策が必要だという判断があったものとみられます。

ただ、こうしたポイント還元は、現金を使わず買い物した場合に限られ、クレジットカードを持たない人などには恩恵が行き渡りません。

また、増税分を上回るポイント還元を9か月間にわたって続けることになれば、景気対策の費用が一層膨らむことになり、社会保障の充実と財政再建という消費増税の意義そのものを問う声も出ています。

「景気の波平準化に効果 やりすぎの印象も」

伊藤忠経済研究所の武田淳チーフエコノミストは「増税後の景気の落ち込みをカバーしようという政権の強い決意を示したものだ。5%の還元となると増税後の消費の落ち込みをカバーするのはもちろんだが、増税前の駆け込み需要も後ろにずらすことができ、景気の波を平準化する効果が期待できる」と分析しています。

一方で、「来年の消費増税は前回より負担は小さいのに、ここまでの景気刺激策を行うのはやりすぎの印象が強い。ただでさえオリンピックのあとの景気が不安なところに、ポイント還元の終了というマイナスの要素が加わることになる。オリンピック後の景気を支えるために、また新たな財政支出をする事態になれば、財政健全化が相当遅れることになる。そうしたリスクをはらんでいる政策だ」と指摘しています。
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フランスは意外と古い。資産と文化という面を言えばそれが、悪いというだけでもないが・・・・・ゴーンと山懸有朋は、似ている?

2018-11-21 22:46:26 | 政治

 この一文は、2018年11月22日10時半現在、3500字です。そこへ、加筆をしていきます。

 ゴーン逮捕というニュースが、世の中を席巻していますが、今のところ、私は、観察を続けている処です。

 というのもそれが、発表をされたのが、2018年11月19日の月曜日であり、私が一日中外出している時だったからです。しかも、本日、スクープ第一報が朝日新聞だったという報道もあるし、山尾志桜里がさかんに、NHKニュースに出て来るので、

 このゴーン逮捕も、山田浩二事件公判と、同じく、鎌倉エージェントが、私に、ブログのテーマの移転を迫って、報道をさせているニュースかもしれないのです。で、本筋には入らず、ただ、この一点だけを述べましょう。

それは、・・・・・フランスって、意外と古いのですよ・・・・・社会の各種の仕組みがです。日本よりも古いのです。・・・・・って、言う事。それは、1998年、三か月滞在して、胸に染む様に判りました。私は滞在中毎日、土日もなく、版画工房に通いますので、相当なことが分かってくるのです。ただ、景色を油絵で描くという様な滞在ではないので。

 人種差別の事でも、社会の中の階層の事でも、教育と階級の差別の事でも、そして、何よりも、就職や結婚、などで、機会が、均等か、どうかという面でも、相当に、古いのです。偉い人と、コネがあると、すいすい行きますが、コネがないと、苦労するとかね。

 ゴーンって、やったことは中世の王侯貴族のやり方でしょう。彼にとっては、普通の事だったのかもしれません。

  これが、悪いという事でもないが、という部分を加筆をします。実は、富裕層があった方が文化は発展をするのです。それで、日本の富裕層がどうなっているかという側面から考えて見ると、フランスみたいに、制度が、ほとんど変わっていない古いタイプの社会の方が、人々は、資産をキープし続けて居て、従って文化も豊かに発展をすると、私は考えています。しかし、これは、ゴーン氏を許そうという提案ではないのですよ、

 一方、日本の場合はどうかと、いうと・・・・・

日本は、戦争に負けたために、占領軍内に居た、知日派の将校などが、彼らなりが、志向をしている理想的社会を作ろうとして、富裕層から、財産を没収しました。その1945年の前に、明治維新と言う大改革もあったのですが、それを、まず、振り返ってから、1945年以降を語りましょう。

 明治維新において、旧士族階級(今でいう、一部上場企業の社員みたいなもの)が、サラリーをもらえなくなったのです。朝ドラ【まんぷく】のお母さんが、常に、「私は武士の娘です」と言って、娘たちのお婿さんに、大企業に勤務する、サラリーマンと結婚をする様に勧めるのも、その時代に、最も安定した新しい生活の形だったからです。そういう階層は、一定の貧困期を乗り越えると、やがて、最近、1980年代まで続く、日本の中流階級を形成しました。

 特に年功序列制度を、維持していた時期までは、安定した、階層を形成していたのです。

 彼等は、ともかくの事として、先祖伝来の資産を使って、子供たちの、教育に努めたので、彼等は、やがて、新しい社会での、新しい形での、月給とりになりました。

 また、江戸時代から明治に向かって、大改革が起きたわけですが、江戸時代にもトップエリートだった、お殿様とか、公家は華族制度の中に、吸収をされました。そして、辛うじてですが、トップエリートとして、日本の文化の担い手となったのです。

 そして、大組織には属さないので、サラリーマン階層とはだいぶ違うが、豪商とか、豪農と言うのもあって、そういう家庭からも、豊かな文化が生まれたのです。伊能忠敬とか、若冲というのは、そういう階層から、生まれたのでした。

 しかし、日本では、敗戦によって、富裕層と言うのは消えたのです。闇市で、特別な事をした人々が成金と呼ばれて浮上したのですが、おおむね、多くの人は資産を奪われました。戦争で、爆撃の火災によって、家が燃えたり、一家の大黒柱が、戦死して、、年金はあるものの、給料が、入らない家庭というのもできました。

 特に華族制度の、崩壊と、不在地主の土地を小作へ、移譲をさせるという法律が、日本の中から、資産家と言うのを消滅させたのです。その上、パーセンテージが、異様に高い相続税と言うのもできて、日本の富裕層と言うのは、消えて行ったのです。

 私は、文化の担い手が、いなくなってしまうという側面で、この件を心配しています。

 ところで、ゴーンを許容するわけでもないが、明治維新の、功労者と言うのが、どれほどの、蓄財を果たしたかと、考えると、凄いものがあるのです。それを、歴史書で、知ったわけではないのですよ。京都の、文化を知らせる番組で、知ったのです。

 京都の東山に、500坪以上の区画で、別荘地が開発され、そこに、豪商が、別荘を建てていると、言う番組で知ったのですが、山懸有朋など、そこに、三区画を買って、別荘を作っているのです。東京の椿山荘も、確か、旧山形縣有朋邸だったと、記憶しているのですが・・・・・

 ゴーンが全世界、四か所に豪華な、マンションを、日産のお金で、手に入れて使っていたと、聞いて、不動産に目がなかった、山縣有朋を思い出したのでした。フランスって、日本より、ありと、あらゆる点で、古いのですよ。だから、明治期の山形有朋に似たセンスで、ゴーンは、蓄財をしたのだろうなあと、思いました。

 これは、政治的主張ではなくて、観察の結果を一つ語っていると、言う事に過ぎないのですが・・・・・

*****************

 ここで、二日目の加筆を入れます。ゴーンのすさまじい、蓄財は、やはり、劣等感が、生み出したものだと、思いますね。そうなると、ほかの人間(例えば、豊臣秀吉)などとも共通する姿勢だと、なります。彼は、今は、フランス国籍だと、思いますが、アラブ系です。名前も、顔だちもそれを示唆しています。

 フランス国籍を取っていて、かつ、フランス生まれだと、仮定しても、私が住んでいた、1998年、まだ、深いところで、人種差別が残っていると感じたのですから、彼は、人種差別で、差別される側の、悲哀とか、苦しみを少年気に感じたはずです。そのコンペンセーション(保障作用)としての、金あさりと、蓄財が、あったと、感がられます。

 ここまで、買い他の文章は、あくまでも、観察です。私の考えとか、主張は、入っておりません。ちょっと、疑問があるので、今だ、何もしっかりしたことは、この件では、言わないで、置きたいと、思っております。

 なお、このブログの、200年より数え始めた延べ訪問回数は、5012410です。

        雨宮舜 (本名。川崎千恵子)

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