銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

中・韓国人の日本買占め、VS 米軍接収、明治維新(改稿後)

2010-09-29 00:34:19 | Weblog
 今、改稿をしているうちに、別のタイトルも付随させないといけないことがわかりました。
 で、サブタイトルとして、
 『山縣有朋、堤康二郎、五島慶太、田中角栄、江副博正、瀬島隆三、益山・某元海軍参謀、堤義明、ホリエモン・・・・・どうして、蓄財をしたかということと、それ以降の人生がどうなったかということと、・・・・・私の現在の問題へ連なるポイントは、・・・・・』を付随させる必要があることに気がつきました。
 では、今日の本文に入ります。
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 ある日、大変立派な紳士とお話をするチャンスがありました。社長さん。ただし、不動産会社の人ではありません。でも、氏が白金や神宮前と呼ばれる高級住宅街の住人なので、不動産に関する現況についてを、聞くこととなりました。氏によると、現在東京のブランド住宅街は、中国、韓国の大金持ちたちに買い占められているそうです。田園調布だけは売り物が出ないそうです。また、彼らが山手線の外にある住宅地を買うことはないそうです。それが成城とか、南林間という、日本人にとっては高級だと思われる住宅街であっても、買うことはないそうです。

 白金とか、神宮前などの便利で閑静で、一区画の坪数の多いところは、昔は借りてすんでいる白人の駐在員と、日本人だけだったのが、今は、少数の日本人と、後は、空き家、または更地になっているところが多いのだそうです。それはどうしてかというと、中国人と、韓国人が買って入ってくるからだそうです。彼らは住む気持ちがなくて、投機の対象にするので、10%でも値上がりをすると売るのだそうです。で、なんとなく荒れ果てていっているとのことでした。
 それから、彼らは、北海道をも、買い占めているそうです。外国籍の彼らは、宅地を買うのは難しいのだそうです。だから東京の方は、会社の名義で買っているのかな。でも、山林や原野などを買うのは、資格が要らず自由なので、北海道が買い占められる・・・こととなるそうです。

 この情報について考えるのですが、『そりゃあ、住む人がいないと、荒れるだろうな』と思いました。が、それで中国人や韓国人を、責めるつもりではないのです。そうじゃあなくて、『ほら、やっぱり』と思ったので、それをお話をさせてくださいませ。

 それは『日本が、安心できる国だ』ということです。安心できない場所に投資はしません。あきやが増えるのは困るが、尖閣諸島がなんたら、かんたらあっても、個々人の中国人から、『日本の法制度は、安心できる』と見られているわけです。韓国人はニューヨークやアメリカを買うような気がしますが、それは中流階級の話で、大金持ちは韓国人でも、白金や神宮前を買うのかもしれません。

 韓国人については、なぜ日本を買うのかは、よくわかりませんが、中国人についてその理由が容易に推定できます。。映像を見たことがありますが、土地の私有制度がなくて、しかもその利用方法は、共産党の幹部(日本で言えば、市役所の吏員)等が、都市計画などというものを振りかざして、今まで50年以上もそこに住み、商売までしていて、生活の糧を得ていた人たちを追い出すのだそうです。そして、追い出された人たちは、日本の白金や表参道を買って移住できるほどの大金持ちではないので、途方にくれるそうです。路頭に迷うといってよいか。

 一方で、日本人でも買えない白金や、神宮前をぼんぼん買える大金持ちが中国にはいるのです。こういう社会は、きっと不安定で、『そこに住むのが、幸せではない』ような気がします。

 日本が『100%に、いい国だ』とは思わないけれど、こういう流れを見ると、『GDPだけでは、国の良さが、示されないのだ』と思いますね。今、『中国が日本に勝った』とか、『韓国が、日本を上回った』とよく言われるけれど、上のような事例を聞くと、『それらのニュースとか論評を、鵜呑みにする必要はない』と思います。その論調がいうほど、日本を、自分たち自身が、卑下をする必要はないと、思い始めます。
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 ところで、ここからさらに話は変わりますが、NHKハイビジョンで京都・東山にある豪華な別荘群を紹介をしています。二回目に見たときに、気がついたのですが、米軍に接収された住宅があり、洋風のトイレやキッチンへと模様替えをされてしまった、ので、それを、もとへ戻す、修復作業の映像を見ました。

 『ほおっ。京都にも米軍の占領は及んだのか』と、感慨深かったです。

 これから、先を書くつもりですが、ともかく、一回寝ますので、それをお許しくださいませ。実は昨日(28日)の夜、タンスの引き出しの中に入れておいた下着の中にひそんでいた太いムカデにかまれてしまったからです。素肌に、数分間ムカデがぴったりとくっついていて、パソコンをいじり始めたら、それが胸から肩へ移動したのですよ。驚きいってしまいました。しかもそのムカデが二階の部屋の中で逃げてしまったので、どこに行ったのかしらと考えて、よく眠れなかったのです。ムカデは太くて、この後、明日(29日)や明後日(30日)どうなるかと想像するだに恐ろしいと言うほどのもので、かまれてすぐ、全身が痒くなりました。が、幸いというか、なんというか、何度もかまれているので、一種の免疫ができている・・・と主人が言いますが、そのとおりなのか、・・・一日目で、予想より低い影響力で、済むことがわかりました。だから、刺された次の日にも、寝不足中の寝不足でも、銀座に行き、母も見舞いましたよ。くたくたではありましたが、・・・・・

 でも、ブログだけは、文章を中断したまま、この下の7行後から、24時間も休みました。珍しいことですが、ムカデのためです。
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 ところで、米軍の接収ですが、いまだに沖縄にはあるのですよね。それから、横須賀にもある。だけど、1950年代は、元の日本軍の、軍事施設ではない普通の町が接収されていたのです。横浜も広範囲に接収をされていて、関内牧場と呼ばれた、焼け跡は、私の思い出の中にしっかりと残っています。根岸の丘の上や、本牧の先っぽなどにも、金網に囲まれた米軍施設があったのでした。

 まず、そのことを、土地を接収された人たち自身はどう思っているのでしょうね。それを知りたいです。原爆の被害者は何度も映像内で、戦争被害を語りますが、突然に自分の家(NHKの番組に出てきた東山の豪邸は、別荘だから、本宅が別にあったので大丈夫だったかもしれませんが、ほかの地域に住んでいる人たちを心配しているのです)
                  を、失ったとき、どういう思いがしたかを。
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 ここで二十四時間程度中断をいたしました。で、ここから続けます。

 で、この接収が京都東山にまで及んでいる事を知って、それが日本全国いたるところに威勢を及ぼした事を改めて確認したわけですが、その間、地代は、どう保証をされたのでしょうか? 無償で相手方に利用をされたのでしょうか?

 それとも、後日明らかになってくる、思いやり予算が最初から設定されていて、日本人が日本人のお金で代償したのかもしれません。となると、我が家か、あなた方の税金が、そこの地主の権利を守っていたと成ります。だけど、京都ではなくて、また、沖縄ではなくて、横浜に入っていきましょう。そのほうが私にとって論じやすい場所なので。

 その関内牧場と呼ばれていた焼け野原に、今では教育センターという大型の公民館があります。その地下から、三階までは展示室の集合場所となってて、上の階には講堂があります。そこでは多くの研究発表会みたいなものが催されています。

 が、戦前からそこが横浜市の土地であったかと言うと、疑問があります。いえ、登記簿を調べたわけではないのです。ただ、直感として発言をしています。

 もちろん、戦前からの地主が、横浜市へ売却をしたのかもしれません。また、税制がすでに、現在のものと同様だったら、持ち主が、相続税を払えなくて、市へ物納をしたのかもしれません。
 最後の最後の想像として、これはしたくもない想像ですが、空襲によって、持ち主の一家が全滅したのかもしれません。そう言う場所が、日本全国にあったのではないかと、考えるのです。たまたまここは跡地が、大公民館という有意義な使われ方をしていますので、祝福をされていますが、ほかの、人にあいまいなうちに乗っ取られてしまったケースもあるのではないかしら。どさくさ紛れということがよく言われましたでしょう。

 アプレゲールというのは道徳規範が、その前の世代とは、全く違うからついたあだ名ですよね。また、そのころはたくましい第三国人という呼び方もありましたし。

 戦後史の実態が、ここら辺りでは、詳しく検証をされていないと感じます。テレビの特番は、常に南東アジアへの侵略の映像がドラマとしては、繰り返されます。映画でもフィクションなら、硫黄島からの手紙もそうですし、戦場のクリスマスもそうです。ドキュメンタリー映画だと、靖国を筆頭に、中国南京での大虐殺の映像が繰り返し流されます。

 このごろでは、新分野として、シベリア抑留関連のドキュメンタリー番組の放映が多くなりました。五年ぐらい前までは、戦時中の従軍慰安婦・問題が定番でした。そして、原爆関連の記録や、ドラマも引き続いて多いです。

 原爆に比較すれば、東京や横浜、そして、福岡? 大阪? などで、空襲にであった普通の人々の記録が少ないです。かろうじて、早乙女勝元と言う作家が、3.10の東京大空襲の記録を残そうと言う運動をしています。『ガラスのうさぎ』や、『蛍の墓』など、の児童小説分野では、いくばくかの、名作がある模様です。

 実は、ここで、ジャーナリズムの怠慢を問いたいです。あらゆる人が取り上げている話題しか取り上げないと言う臆病さがありませんか。戦争関連番組でも、ある一定の方向に沿った(つまり、二度と戦争を起こしてはいけないという主張のみの)番組しか制作をされず、放映をされません。

 「それが、中国になめられる原因ですよ」といったら大変なことになるかな(う、ふ、ふ)・・・・・過大な軍国主義はいけないが、「主体的な判断で、国家とは動くべきです」と言いたいが、実際には、それも出来ないから、日本は、被・植民地国家であるというのです。

 菅首相もまさにその典型ですが、小学校や中学校時代の優等生が、隠れ番長とか、不良にばかに弱くて、腰がひけているというのは、みなさん、教室で傍目で見てきて、良くご存知のことでしょう。それが国際関係にも出ていますが、喧嘩する際に大切なげんこつを振りかざすことができない日本は世界中からのいじめられっ子です。

 国民が、苦虫を噛み潰していて、首相の弱腰をせめても、大構造ががっちりと、方向を付けられているので、どうにも動きようがないのが、現在の日本です。

 そこまで言ってしまうと私の身辺被害はますます拡大すると思いますが、でも、こう言う事をさえ、(そこまで)言うのが、私の独自性であり、プライドの存在するところです。
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 さて、今日、この場で本当に言いたい事は、『アメリカ人が、土地接収の問題に関して、欲張りだった』と言うだけでもありません。そうではなくて、土地を支配する形式について問題にしたいのです。『それが、過去にどう変わっていったか』を論じたいのです。ただ、この接収時代ほど、外国人に、損害を与えられ支配をされた事は、過去にないとは言えます。それが、今現在の日本人を、過剰にびびらせているかとも思いますが・・・・・・それでも、言いたい事はそこには、ないのです。
 
 つまり、歴史的に正当な権利がないのに、突然にその土地を所有すると言う事を、どう考えようかというのが、今日のテーマの主たる狙いです。

 ここで『明治維新とは何だったのだろう』と、なります。つまり、その時に大量の、『土地の無法な略奪』が行われた可能性もあるのです。米軍が勝者として無法きわまりなかっただけではなく、官軍と賊軍という名で、分けられた日本人同士の間でも、無法極まりないことが行われた可能性を考えたいのです。

 江戸時代、山手線の内側の、現在の皇居から東側は、商業地であり、庶民の町でありました。銀座を始め、築地、深川、浅草など。
 しかし、皇居を中心として、北、西、南は、ほとんどの面積が、大名屋敷で占められていたはずです。それは江戸落城までは、外様・親藩入り混じっていたでしょう。薩摩藩など、上屋敷と下屋敷があったそうですね。六本木には、毛利藩の藩邸があったそうですが。
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 NHKでハイビジョンで紹介されていた京都東山の大別荘群は、山縣有朋の別荘が、最初に出来た事を機縁として開発されたと述べています。どうも、一区画が二千坪で、三区画買った人物もある様でした。が、当初は、南禅寺の寺有地を、(NHKはそれを言わなかったが、私が推察すれば、強引な政策によって取り上げ)、工業団地にする予定だった土地だそうです。
 その場所に工場誘致がなかなか進まない中、突然に山縣有朋へ、一部分が払い下げ(?)に成りました。ここらあたり、現代の庶民から見ると、大きくも、不透明なところがあります。南禅寺さまは、どういう風にこの推移をお考えだったでしょう。

 たまたま、南禅寺様というのは、個人が相続し続ける私有地ではありません。仏教とは一応宗教であり、お釈迦様は無欲である事を説いておられます。「あれは、私たちのものだよ。返してくれーっ」とお寺側は仰いません。歴史的な事実があっても、もう、別荘群は売られたものであり、現在の持ち主がいます。土地の私有制度がある限り、その権利者のものでしょう。

 対する山縣有朋は、日本庭園の愛好者だったと聞いております。それで思い出したのですが、椿山荘(フォーシーズンズホテル)も戦前は山縣有朋のものでしたね。『さて、その椿山荘は、江戸時代までは、誰のものだったのだろう』と、今改めて、推測をするのです。すると、ともかく、佐薩長土肥出身の下級武士だった、山縣有朋のものではなかったはずです。

 親藩大名(江戸幕府派)または、それに連なる人、または徳川幕府そのものの用地だった可能性はあります。山縣有朋が、その元の所有者に、現在のような、不動産システムで割り出した、土地の評価額に基づいて、金銭で保障をしたであろうか。正式な売買契約をしたであろうか?」と、疑問をそこへ持っていけば、『ノー』であろうとは、だれにでも、推定できる話です。
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 庶民と権力者の格差は、ここで歴然として現れます。萩の士族の家に生まれた私は、親から、冗談っぽくも、明治の元勲たちの若い日の有様が伝わっています。伊藤しゅんすけ(後の伊藤博文公)は、「はしっこい子で、賢かった。吉田松陰と、高杉晋作たちとの間、そのほかの間、の使いっぱしりをしていたので、得をした」などと聞いているわけです。

 人間はすべて平等だと考えたり、正義を追求したいと考えている私などから見ると、こと、土地の所有、または、私有の件では、山縣有朋など、大いに怪しいです。疑問符がつきます。

 土地が誰に帰属するかを決定したのは、大雑把な日本史の記憶では、律令制度のころと、豊臣秀吉の検地・刀狩りが有名ですよね。それ以前は戦国大名は自分の領地の拡大に努めていました。が、農民にとっては、田畑の所有は殿様とは関係が無かったはずです。農村内部では、賢いひと、勤勉な人が、開墾などで、所有地をふやして行ったでしょう。が、それが殿様のものではないはずです。

 殿様の側では隣の藩との、一応の領界・地境を決めて、その範囲の庶民から、お米と言う形で税金を納めさせました。だから、土地の所有権は小作を除いては、地主(庄屋)にあったはずです。都市の町民(商人)の方はどうなっていたのか、寡聞にして、覚えていませんが。

 ともかく、莫大な量の土地が、対価を払わず、所有権を移動したのは、日本においては、明治維新が、初めてだったかもしれないのです。
 で、明治維新については、一応『近代化へのプラスだった』と言う歴史的評価が定まっているわけですが、敗者側から見ると、特に江戸で豊かに安定した暮らしをしていたのに、家屋敷を捨てて出て行かなければならなかった側から見ると、『あれーっ、これはどういうことだ。一種の泥棒に出会ったようなものだ』となるでしょう。だれも、そんな事は言いませんがね。

 ただし、ここで、こんな事を言うのはジャーナリズムとか、学問というのは、まず疑うことから始まると思っているからです。

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 さて、ココから、二つの方向へ入ります。

 一つは戦後でも、こう言う発想で、『土地は、それに気がつかれない限り、元・誰のものであっても、蚕食して、自分のものにして良いのだ』と言う発想を持つ人間が現れるのです。皆さんは、まさかと仰るでしょうが、そう言う人間はいるのです。第三国人ではなくて、純粋な日本人、しかも一種のエリートの中にあらわれてくるのです。

 その挙動や企図が潜む無法性と悪に、横須賀で、気がついてしまったことが、今の私の苦難の始まりと原因です。そして、それは先へ続いていきます。だから、いじめとか、いじめられの心理学的な問題が一切登場してこないこの章もまた、前後と、連絡をしていることをお知らせさせていただきたいです。
 こののんびりとして始まった、今日の文章も、実は、前日までと続いている文章なのです。
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 しかし、その大テーマ(?、私にとっては確かにそうだが)に入る前に、近代史でも、そう言う例があるが、どうして、ある部分の瑕疵が誇張をされ、拡大をされるかについて述べたいと思います。
 私がこれからいいたいことは、『マスコミが、躍起になって取り上げるニュースには、別の目的がある場合が、あるだろう。それに、庶民はだまされないようにしよう』ということです。
 たとえば田中角栄元首相です。立花隆氏が、金権疑惑を取り上げ、それが原因となって、田中角栄が失脚しました。それに対して、庶民は喝采を上げたはずですね。

 今太閤と言われるほどの権勢を誇りましたが、失脚をしてしまい、娘の真紀子さんは、大マスコミの、からかいの対象とさえなっています。一種独特の人気もありそうですが、繰り返し足を引っ張られています。

 私が見るところ、

 田中角栄元首相の失墜は、彼が、日本独自の路線を歩もうとしたために、日本を支配する真の権力者である、(主にアメリカに住んでいる)国際的軍産共同体の怒りを買い、失脚をさせられたところにその真因があり、立花氏は、実は日本国民の士気を落とし、脆弱な自身のない国民へと変化させていくのに、役立ったと見えます。
 そして、田中角栄の書生から人生を始めた小沢一郎氏は、なんと、今では、その真実の権力者側に立ち、苦境に立つ、真紀子さんに手を差し伸べているそうです。もう、笑止千万な軌道修正であるとというか、なんというか。

 世の中は本当に変わります。何がなにやら、分からないといってよいほどです。

 だけど、確実に言える事は、一般庶民が接することの出来る情報は、確実に操作をされて、与えられていると言うことです。
 一時期、堤康二郎と言う人の土地買占めが、大きく論壇の話題として、雑誌に次々とその記事が載りました。そのころは、文芸春秋型の総合誌が、中央公論とか、現代をはじめ多数ありましたので、そちらで集中的にたたかれ、ついに、その後を継いだ、義明氏は引退も同然の姿になりました。
 もちろん、・・・・・税金を納めないで済むシステムをうまく構築した・・・・・と言う事を攻め立てられているわけです。そこには逃れようもない、責任があり、国民の前から尻尾を巻いて逃げ出さざるを得なかったのだと断言しても良いのかもしれません。

 しかし、戦前・戦後の土地買占めのすさまじさは東急を率いる五島慶太氏と、二人が双璧をなすと言われ、二人とも強引であったのです。五島氏の方は強盗慶太とあだ名され、堤氏の方はピストル堤とあだ名されました。
 五島慶太氏は現在、東急電鉄が走っている一帯を買い占めたのでしょう。そして、子孫が、上品な生活をされている(らしい)から、叩かれません。一方堤氏は鎌倉や三浦半島を始め、西武鉄道沿線を買い占めたのでしょう。

 また、都心の一等地を買い占めて、プリンスホテル王国を作り上げました。『その件で、あくどいことをした』と大量の物語が語られ続けたのです。戦後の身分制度の改悪(一部の人にとっては改善であろうが、一部の人にとっては改悪でした)を利用して、旧華族から、その屋敷を次から次へと取り上げたのです。弱みに付け込んで二束三文で買ったといわれています。それが面白おかしいストーリーとして語られ続けていました。大量にです。

 今思うと、その真の目的は義明氏の能力を恐れて、氏が社会的な尊敬を失うところにあったのではないかしら。つまり、堤義明と言う、実力者をぶっ潰すことで、日本と言う国の士気を落とすこと。そういえば野球の西武が、たたかれ続けていますよね。それも同じ路線かな。
 海外からの侵略と言うのも、昔のような単純なものでもないのですが、それを予防する人間へと義明氏が成長するのを阻害するためにあの大情報が流されたと、私は見るのです。
 義明氏の父である、堤康二郎氏は、いわゆる『英雄、色を好む』と言うタイプで、実質的な奥様がたくさんいて、異母兄弟も多かったのです。でも、父が、『この子が』と認めたのだから、堤義明氏は、・・・・・どこか、豪胆で、マクロに物を考えることの出来る立派な人材であったのではないか・・・・・と思っているのです。だからたたかれた。そして義明氏が育てたスケート、特にフィギュアーが、政治的に利用をされている。いやな意味で、利用をされている。日本人が悲しくなるような方向で利用をされている。

 また氏をたたくことによって、ホテル業界の自由化が果たされてしまい、海外の高級ブランドホテルが続々と日本に設立をされ始めました。時期がずれている様でもありますが、土地取得の交渉期間、設計期間、建設期間を合わせれば、その因果関係は、証明されてくる可能性があります。

 で、戦後、その人に、真の実力があるばあい、マスコミ利用という、一種の人民裁判で、次から次へと、つぶされていったということに気がつきはじめます。、それをあげると、この堤義明氏を始め、江副博正氏、ホりエモン(氏)とあまたいる事が分かります。守屋事務次官が収監されたそうですが、ああいうのも、さじ加減一つでしょう。ともかく、村木厚生なんとか局長は、あやういところで、助かってよかったですね。

 最後に私が、皆様に、お願いしたい事は、『大ニュースが起きているときこそ、乗せられないように、気をつけよう』ということです。大相撲壊滅作戦は、猛火をあげ、大変な大事みたいに見えました。でも、あれも、作られて、さらに、あおられたニュースにしか過ぎません。尖閣諸島もそうです。毒入り餃子事件も同じです。『落ち着きましょう』と提案をしたいです。

  では、今日はここで。2010年9月28日にはじめて、10月1日の、しかも夜の八時に完成した。久しぶりに硬派な話題に取り組んだので、私も疲労困憊です。 雨宮舜 
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柄沢斉、日経新聞連載小説、貝塚あや子、石塚雅彦

2010-09-28 13:15:45 | Weblog
 前報、に続いている文章です。

 鎌倉ドメスティックに集中するか、大原光孝→柄沢斉 のラインに気がついた途端に頭に充満してきた、東京圏、または、日本全国、および、世界中をまたにかけた、国際的軍産共同体の言論弾圧の実態に入るかはなやむところですが、後者に入ります。これには、以前から、気がついていたのですが、どこで、発表するかは決めていなかったことですが、大原さんが猫をいじめるために、サッシをじゃーっとをじゃーっと強く開け閉めしたときに、すべてのパンドラの箱が空き、そして、真実にも到達し始めました。

 今朝、2010年9月28日の朝日新聞朝刊のどこにも、「アラタニス」のアイコンがなかったので、確信を深めました。

 ウエブ上ではまだ、運営をされていますが、紙の新聞の読者にそれを大宣伝する方向は抑えられてきたわけです。私はこれを、激しく批判してきています。産経新聞と毎日新聞の力を弱くする結果になり、言論弾圧の一種として役立つので『悪辣だなあ』と思っています。つまり、戦時中の大政翼賛会に似たものであり、しかも私の文章が真実過ぎる?から、それを弾圧するために、起案されたと感じています。
 で、この頁を管理し、運営するのは若手社員でしょうが、アイデアを出したのがだれかが柄沢斉氏と、大原光孝ラインで、私が月刊ギャラリーの連載をストップされたと推定すれば、解けてくるのです。

 それは、日経新聞元論説委員、石塚雅彦氏であるような気がします。

 石塚さんと、私は袖摺りあうも他生の縁というものがあるので、ここにこういう断言をするのを躊躇していて、この過去一年間、三度ほど、電話をご自宅にかけています。ただし、警戒をされているみたいで電話をおとりにならないです。で、この想像がほぼあたっていると考えるにいたりました。
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 私を、ノイローゼにして、自滅させて、物をかけなくして、それで、日本全体に、真実が行き渡るのを阻止しようという大きな流れがありますが、それはパソコンへの妨害を、除けば、具体的に人間が動いているのです。

 簡単で下世話な言葉で言えば、いじめるための、役割を果たしている人間の後ろに誰かがいるということです。その人たちが、アイデアを提供しているから、被害がおきるわけです。実際に動いて、いじめてくる大原さんなどより、枢要な人材であります。電車遅延など、すべてこれと関係がありますので、日本全体から見ても、それが大切だとなります。

 でね、その一番目は、瀬島隆三であり、二番目が井上ひさしであり、(この二人は死亡したこととなっていますが、両方とも、私はその記事が出た途端に、偽装だろうと思いました)、三番目が伊藤玄二郎であり、四番目が酒井忠康氏であり、

 五番目が石塚雅彦氏であろうと、今、ここで、結論をつけます。

 これらの名前は、そのアイデアが採用をされた結果、私側の被害が大きくなる順で、並べました。
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 とっぴな言論だと言われるといけないので、筋道を立てて、お話をしていきたいと思います。柄沢斉氏は、今をさる3、4年前に大個展が美術館でも開かれ、マスメディア露出が大きかった版画家で、その上等なカタログは、日経新聞のサポートで出版されています。

 また、現在、日経新聞夕刊で連載中の『無花果の花』にも、挿絵をかいていらっしゃるが、そこにも大いなる暗喩が含まれています。ここの欄の小説は、私になんらかのダメージを与えるために、利用をされているのですが、数回前の連載は、諸田紀子さんのもので、美術界が舞台でした。

 そのころ、私は『伝説のプレス』という銀座の画廊街で拾った話を集めた本を企画していたか、すでに出版済みでしたが、

 この本をつぶしてやろうという動きは各方面から重層的に出ていて、『あれ、あれ、こんなに、攻め立てられるのは、自分の本が思いがけず、重要で影響力があるとみなされているのだなあ。私費出版で、しかも自分が出版元だから、小さな仕事なのに、これだけ、警戒されていると、かえって自信を持ってしまうよ』と思ったぐらいなのですが、

 そんな、みなさまにとっては不遜というに等しいことを申し上げるのは、今回の小池百合子さんの作品にも、数回前のその美術界を舞台にした諸田紀子さんの作品にも、『これは、私が知遇をもっている、あの画家だな』と思われる人物が登場するのです。エピソードは小説ですから、まったく変えてありますが、風姿風采、ものの言い方が、そっくりに、実在の人物が採用をされています。

 今回は、舞台は大崖(大垣市か?)です。そこに八重子さんという老女流画家がいます。元は、学校であった建物を改造したアトリエにです。そこに夫から逃亡中のヒロイン、新谷泉がお手伝いとして逃げ込むという設定です。この画家のモデルが、それこそ、私の知り合いである貝塚あや子さんであると思えます。
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 ここで、政治評論からは、離れてしまいますが、貝塚さんについてお話をさせてくださいませ。この人と私は1985年ごろから2003年まで上野の都美術館や、横浜関内市民ギャラリーを発表場所とした公募団体展で、薄い縁を結んだわけですが、
 それ以前に、北久里浜で、濃密な関係を結んでいます。で、私の電話が長期にわたり盗聴をされているとすると、この人を重用することが、私を圧迫する意味が出てくるわけなのです。

 どうしてかというと、私が、決定的に彼女を批判をしているからです。だから、敵の敵は味方となって、彼女を高く上げることが、私を憂鬱にさせるのに、有意義だとみなされています。彼女も知り合いたちに、「八重子は私がモデルなのよ」といって、すでに威張っているいるかもしれませんし。
 彼女は中卒でNTTに入り、職場のサークルで絵の才能を磨き上げ、独立という団体と東京と横浜で女性だけの団体に出品をしている人ですが、独身で太っていて、かつ容貌が魁偉な人です。現在80歳前後。で、私から見ると、『余裕がないなあ。いろいろな意味で』と思われる人ですが、その結果、かえって、力強くも、思い込み激しく『ご自分はすばらしい人物だ』と、認識していて、自信満々な人です。その点では迷いが少なくて幸せなひとです。若尾文子みたいに優雅に振舞う安野夫人とは、風姿はまったく違うが、性格的なタイプはおんなじです。

 それだけでも、私としては肌合いが会わないのですが、こどもを貝塚さんのお絵かき教室に通わせているときに、大きな決裂がありました。それを、軍産共同体が盗聴により、つかんでいて、そのエピソードを、ここで、つかってっきていると感じますので、その詳細を述べさせてください。
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 真夏の土曜日の午後、私は直径三十センチぐらいの花束を作って、こどもに「先生にあげなさい」と渡しました。花の種類はポピーと、矢車草です。北久里浜の家は、鎌倉の家より日当たりがよいので、花や野菜は育ちました。敷地も60坪あり、トラックで黒土を数台分運んでもらって入れていましたし。

 ポピーはよく、ルドンがパステルで描いた花で、貝塚さんの画風をまだ、知らなかった時代には、画家なら好むだろうと思ってプレゼントとしたわけです。貝塚さんの画風とは、非常に怪異なものです。それが小説『無花果の花』には文章としてよく出ています。

 二時間後、こどもがべそをかきながら、しおれた花を持って帰り、「先生が要らないといった」といいます。びっくりして、家から七分程度離れているお絵かき教室に向かいました。すると、小一のうちの子より、上の年齢の子たちが勉強していましたが、先生が、意地悪にも私に対応をしてくれないので、仕方がなくて、炎天下の外で待っていたわけです。

 二時間近く、そのまま放っておかれたので、仕方がなくて、ずっと、観察することとなりました。すると驚いたことに、先生は子供の絵をすべて、指導して描かせています。「○○ちゃん、そのお袖、お花入れたらかわいいよね」とか。

 黒板には、「交通事故キャンペーン、ポスター、歩道橋を描こう」と文字が書いてあり、子供たちは、まったく同じ構図の絵を描いています。先生が、黒板ではなくて、別の大きな紙に下描きを描いて、「こんな形はどうかなあ?」と指図した可能性すら感じました。

 で、さらに注目をすると、先生はポスター制作組にばかり手をかけていて、反対にまったく省みられていないグループもありました。差別とひいきの現場を見てしまったのです。
 お絵かき教室としては、そこで放ったらかしにしておく方が、よい先生なのですが、その差別を見ているうちに、夏休み前に配られた申込書の意味が歴然としてわかってきたのです。

 ポスターを制作をするか、夏休みの宿題を制作するかを親が選ぶこととなっていました。私は子供といえども競争はよくないと思っている人間なので、宿題の方を選んでいましたが、目の前で展開している上の学年のクラスを、さらに注意深く観察すると、ポスター組は有力者の子供が多いことに気がつきました。

 私はその前に、こどもが450人は通っているマンモス幼稚園のPTA会長をしていたぐらいですから、地域社会では情報通で、『どの家のお母さんがやかましい』とか、『意地悪だ』とか、『難しい』とか、『お父さんがお金がある』とか『ない』とか、『地位がある』とか『ない』とか、ほとんど、全部知っています。先生は、ひいきと差別の極地の人だったのです。処世術というものを身につけている人でした。あとで、思えば、それは、生きるために、仕方がない方法だったのですが、

 私は、そういう態度を忌避すべきものと考えました。でも、念のために、夜電話をかけて「どうして、お花を返されたのですか?」と質問をすると、「私はプレゼントをもらったって、ひいきはできないよ」と怒鳴り返されたので、すぐ子供をやめさせました。小遣いというか、生活費が豊かな家庭で育つと、見返りなんか期待しないで、プレゼントをしたいと思うものです。母もそうでしたが、友達にもそういう人がいます。でもね、先生の解釈は違うわけです。これでは、尊敬も信頼もできませんし、誤解は引き続き生まれるでしょうから、子供がかわいそうです。
 すると、うちの子に倣って、4、5人がすぐやめました。

 先生は、私が根回しか教唆をしたと考えたみたいですが、ぜんぜん違います。子供って賢いです。先生の態度の中にある残虐性を嫌ったのです。それと、うちの子が活発で明るいから土曜日の午後は自由に遊んだほうが楽しいよねということとなったのでしょう。

 で、先生は引っ越していきました。私は、『敵が、目の前から急に消える』という経験は過去に、多く目にしています。だから、石川和子女史が急死しても、驚かなかったわけです。アメリカでも大学院の教授(女性)が嫉妬からか、私を苛め抜きましたが、それを見ていた学生から、うわさが広まったらしくて、次学期、だれも受講をする学生がいなくて、先生の方が大学院をお辞めになったそうです。ま、それは余談として、

 この件を仮名で、一種の教育評論として、かつ、下書きとしてパソコン内で描いています。それをハッキングして、電話盗聴と付き合わせると、モデルが誰のことか、わかるから、貝塚あや子さんが、私の敵の敵として、国際的軍産共同体が、その命運を握っているメディアのひとつである、日経新聞の今回の夕刊連載小説のモデルとして、推薦されたのでしょう。
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 その小池百合子さんに、「そうしたらよいですよ。かくかくしかじかの画家を取材なさいませ」と教えたのは、阿刀田さんか、井上ひさし氏でしょう。阿刀田さんと私との小さな縁が、敵には非常に重要視されているのは、阿刀田さんがテレビに出る時期でわかります。
 ただし、それは、今は、というか、ここでは、完全にオミットします。文章が長くなりますので。

 で、この日経新聞の夕刊小説という舞台が、『例の、川崎千恵子(=雨宮舜)が悲しむはずだ、場面』用舞台として、利用をされているのは、確かですが、その大構造の、アイデアを練ったのが、誰であるかが問題です。

 突然ですが、一年ぐらい前、『石塚雅彦(元論説委員)さんが、重要なエージェントとして機能しているのではないか? 特に、私向けには』と感じ始めました。

 そして、それは、ここに発表する前に、一応確かめてみるべきだと感じました。実は、石塚さんと私との間には、相当な縁があるといってもよいからです。で、過去の一年間に電話を三回かけたとは、すでに、申し上げましたかしら。しかし、通じない。五年ぐらい前までは通じたのに。

 で、それを『一種の肯定(といっても、私が想像したことが正しいということをさします)』の状況証拠のひとつとして、これからその謎解きをさらに進めさせてくださいませ。

 石塚さんは、日吉の小学校の先輩です。また、麻布高校の出身で、弟が麻布を出ていますから、親しみを感じています。その後で、国際キリスト教大学へ進学されて、ラグビー部とアート部に所属をされ、アート部では部長でした。私は三年後入学し、アート部に入ったので、石塚さんとそこで、初めてまみえたわけです。

 その後、同窓会の会長になられたので、なにかの機会に接触があり、「石塚さん、日経新聞では、何を担当なさっているの?」と聞いたら、「文化面の右上の美術のコラムを担当することから始めた」とお答えがありました。これは一種の笑い話というか、意外なエピソードというやつです。石塚さんは経済か、政治担当の記者で、最後は論説委員で終わる人ですから。

 ところが、最近、同じ質問をした時に、「いや、違うよ」と言われたのです。その否定がどうして出てくるかが、わからない。変です。本当はやめたあとでも、実力があり、そこのコラムへ推薦などできるから、一種のプロ化している私から、何かを依頼されたら、大変だと考えて、否定をされたと考えるのが順当でしょう。
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 ここから、膨大なものを書いたのに、今、消されてしまったので、その部分は抜かして、次の傍証へ入ります。

 私が1999年ニューヨークへ渡ったときに、新品のダイナブックが、おかしくなりました。下宿の関係で知り合った人Aさんが「ニューヨーク中で一番頭のよい人だから、あの人に相談したらよいですよ」と紹介してくれたのが、当時テレビ東京ニューヨーク駐在員だった、田中(?)氏です。ちょっと、時間がたっているので、Aさんの個人名も忘れいてるし、田中さんが、正しく田中さんだったかどうかも不確かですが、右手の指一本でパソコンうちをする人で、『さわやかで、かっこよい人だなあ。みんなが慕うのも、無理がない』と思いました。その後ですが、Aさんと、コミュニケーションが取れなくなったのが、まず変です。

 このマイナスの橋渡しが、石塚さんが誰かから、そうするように、頼まれて、田中さんへ電話をかけ、田中さんを通じてAさんとの、絶縁工作が行われた可能性を、今感じています。クリスマスカードさえ交換をしていた、A(鎌倉出身)さんに、付き合わないようにと命令した。これは、まだ100%の確認はできていない話ですから、傍証としての番号を振りつけません。しかし、そういう形で、積み重ねてこられて、私は大勢の友人を失いつつあります。でも、泣いたり嘆いたりはしませんよ。

 ところがそのうちに、そのきわめて優秀な男性、田中さんが、ニューヨークから、リポートを送ってくる人だと気がつきました。画面の後ろで、番組制作をするだけではなくて、画面にも登場したのです。それで、主人に「この人は、ニューヨークで、周りの人に、人気があるのよ」と説明をすると、数日後、田中さんが、画面から、消えてしまったのです。

 これは夫婦の会話を、室内盗聴をされていて、例の『私を悲しませる作戦が、実行をされる』と、ありえる現象です。でも、深い怒りにとらわれます。これって、人権侵害の最たるものです。

 細かいことですが、乱暴にも、なんでも、手当たりしだいに試してみようというのが、彼らのやり口です。この件がおきたころ、まだ、石塚さんは日経新聞に籍があったはずだから、ご自分の影饗は施行できたでしょう。そこが石塚さんの手配かどうかは微妙ですが、国際的軍産共同体は、そう、大勢の人を重要なポジションにはつけないとも、感じています。

 さて、私は銀座こんぱる画廊(今は閉鎖している)という画廊で、1982年にすでに個展をしているのですが、その際に大学の先輩の宮崎明子さんという方が、勝さんという新進のキャスター(またはアナウンサー)と一緒に来てくださったのです。

 当時宮崎さんはテレビ東京のプロデューサーで、大変親切なかたでした。実力満々なのにいばらない。ところが微妙にして、よくわからない感じで、これも音信普通になってしまいました。「これは、普通の感じではないよ」と言う微妙さありました。もしですが、だれか、から、「あいつとは縁を切ったほうがよい」とサジェスチョンをされていたら、あり得る現象でした。この使者に立った人が誰かは、わからないです。ただね。『日経新聞と、テレビ東京は、荒らされやすい田んぼだな。ここでは、頻繁に友達を去らせ、引き離されてしまう』とは、感じました。

 宮崎さんとの縁きりを、実行したのが、石塚さんではないことを切に祈ります。
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 ここでさっき、消えてしまった大量の文章を省略した形で再現をトライしてみます。
大学の時の同期に、水谷綾子さんという女性がいます。お嬢様中のお嬢様ですが、頭がよくて芯が強いので、好きだった人なのですが、これもどうしてか、縁が切れている。

 彼女は日経新聞の外郭団体か子会社に勤めていました。東洋英和卒で青山の豪邸に住んでいる人でしたが、引越しの際に、転居先を教えてくれませんでした。性格から考えるとありえない現象で、誰かが裏にいて、仲を裂いたとしたら、そちらの方が合理的な判断だとなります。
 これに、石塚さんが関与。ないよね。ないことを信じます。

 ところで水谷さんは、最近は、『どかん(愛称)』と親しくしているとの話です。で、どかんこそ、過去数十年、私の友人の中で、もっとも私に頻繁に電話をくれていて、そのことは家族が、「あの人、なれなれしすぎるよ」というほどでした。
 しかし、いまでは、こちらも、疎遠にさせられています。

 この縁切り交渉の間に立つのは石塚さんではなくて、大来三郎元外務大臣の奥様です。大来さんは、御茶ノ水女子大付属高校の先輩であり、その縁は『どかn』とも通じます。それと、大来三郎さんが、大昔、経済安定本部という役所に勤めていた人であり、同じ役所に父がいたことがあって、それをパソコン内メモとして私が書いています。

 いずれにしろ、これが単なる友情の濃い、薄いの問題だけではないことは、例のアジサイ畑欺もう事件に直結するからです。今では、それらの縁切り現象は、瀬島隆三が裏にいて、一種のいじめとして行ったと、私は確信をしているぐらいですが、その鎌倉での事件がおきる5年程度前に、北久里浜で、同じようなしかし、もっと大規模な、地籍変更届けを利用した詐欺事件に出会っていて、そのときに助けてくださったのが、『どかん』のお父様なのです。だから縁切りは、今現在私が出会っている被害から、救済されるために、弁護士に頼めないように、する目的があると考えると、そうかと納得がされてきます。

 そのときに、「あんたは、頭がいいねえ。ちょっと見には弱弱しく見えて、いわゆる典型的な被害者像(すぐさま騙されたり、かもにされたりする人物)かとおもったよ。だけど、違う。大変に頭がよい。この内容証明の書き方は、すばらしい」といってくださったのが、どかんのお父様です。

 ですから、その信用をさらに積み重ねていけば、また、北久里浜の場合と同じく、ここか枕でも、十分に勝てるのです。ただし、アジサイ畑の方は、問題が緩やかで、相手方が頭がよくない。ここが北久里浜と、相当違います。

 北久里浜の方は、相手が、元海軍参謀の益山某(瀬島隆三と親友同士であるという)氏で頭が超いい人だから、かえって、紛争を、法のもとに出しやすいのです。が、こちらは、ばしっとした、その手の処理がとりにくいのです。庶民様が、相手だから、法的にしょりするのが、かえって難しいのです。前田夫人は静岡大学の法学部の出身だそうですが、ご自分は柴犬を二匹、しかも総計10年以上飼っていて、道で人に会えば犬も人も大騒ぎです。でも、私がたった、一、二回、そこから、五メートルぐらい離れたところで、散歩をさせていれば、雨戸をがたがたさせて脅かします。憲法における権利の平等をどう解釈しているのだろう。大学院は法学部ではないと、感じていますが、学部は法学部のはずです。ただ、理性はないと見える。いつも、『ぎゃーっ』という感じがあたりに漂う人です。今度別便で詳しく書きます。

 で、どかんのお父様に、もっていきにくかったのです。『まだ、まだ、いいかな。もっと問題が、明確になる日があるだろう』と思っていたら、その間にお父様が亡くなってしまいました。お父様は東京弁護士会の第二部か、第一部のトップ・役・だったと思います。

 ほーっという感じですが、弟さんが、弁護士になられている。ところが私としては初対面の人ですから、どかんを通さないかぎり接触しにくい。で、どかんと疎遠にされることは、相当なる損害となっている。それを狙って、間を裂かれている。もし、どかんが水谷さんとの交流を機縁に、私を切ってきたのなら、水谷さんの後ろに、石塚さんが控えているかな?

 その次におきょう(杏)さんと言うアイコンがある。このひとについて、さきほど、長々と描いたのだけれど、全部消えてしまいました。そこに大問題がひそんでいるのだと感じます。彼女は外交官の妻だし、毎日新聞出身の大政治評論家『大森実』の秘書(助手)をしながら、アメリカに滞在をしていましたし。というのも彼女は演劇が好きですから、それについて書くとパソコンに大被害が起きる。で、井上ひさしがいきていて、電磁波の、この山に設置してあるだろう増幅器を通して、私のパソコンに損害を与えているのかもしれないと、感じ始めたぐらいです。伊藤玄二郎はパソコンが使えるが、井上ひさしは世代が古いから使えないと考えていたのだけれど、ソフトを開発してもらって、ベニサンピットというキーワード(この劇場は

 だけど、消えたものを同じものと同じものを再び書くもしんどいので、そこを一気に抜かして、次の段階へはいります。

 石塚さんと、私は1990年の初めからICU同窓会展という舞台でつながってきます。そこを考察すると、非常に大きな進歩とレベルで、なぞが解けます。

 今日は何回も消えたので、ここで、一応ですが、終わりとさせてくださいませ。
 この項は『続く』とさせていただきますが、その続きを、明日というか、次回に書けるかどうかは、不明です。では、2010年9月28日
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柄沢斉、、小池百合子、阿刀田高、貝塚あや子、

2010-09-28 11:02:42 | Weblog
この文章と、ほとんど同じものが二時間後に新しくアップされています。そちらにひっこしをしたというわけです。で、そちらのほうをおよみいただくように、よろしくお願いをいたします。

  今日もきわめて政治的な分野に入る文章なので、ツィッター方式で書かせてくださいませ。一万時制限にひっかかるかどうか、また、整理整頓がどうなるかは、今のところ、見極めがないので、更新に気がついた方も、この文章を追いかけず、あとで、午後22時(夜の10時ごろ再び、ここを覗いてやってくださいませ。

 そのころに完成しているかどうかはわかりませんが、読みやすい形にはしておくつもりです。
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 鎌倉ドメスティックに集中するか、大原光孝→柄沢斉 のラインに気がついた途端に頭に充満してきた、東京圏、または、日本全国、および、世界中をまたにかけた、国際的軍産共同体の言論弾圧の実態に入ります。これは、以前から、気がついていたのですが、どこで、発表するかは決めていなかったことですが、

 今朝、2010年9月28日の朝日新聞朝刊のどこにも、「アラタニス」のアイコンがなかったので、確信を深めました。

 ウエブ上ではまだ、運営をされていますが、紙の新聞の読者にそれを大宣伝する方向は抑えられてきたわけです。私はこれを、激しく批判してきています。産経新聞と毎日新聞の力を弱くする結果になり、言論弾圧の一種として役立つので『悪辣だなあ』と思っています。つまり、戦時中の大政翼賛会に似たものであり、しかも私の文章が真実過ぎる?から、それを弾圧するために、起案されたと感じています。
 で、この頁を管理し、運営するのは若手社員でしょうが、アイデアを出したのがだれかが柄沢斉氏と、大原光孝ラインで、私が月刊ギャラリーの連載をストップされたと推定すれば、解けてくるのです。

 それは、日経新聞元論説委員、石塚雅彦氏であるような気がします。

 石塚さんと、私は袖摺りあうも他生の縁というものがあるので、ここにこういう断言をするのを躊躇していて、この過去一年間、三度ほど、電話をご自宅にかけています。ただし、警戒をされているみたいで電話をおとりにならないです。で、この想像がほぼあたっていると考えるにいたりました。
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 私を、ノイローゼにして、自滅させて、物をかけなくして、それで、日本全体に、真実が行き渡るのを阻止しようという大きな流れがありますが、それはパソコンへの妨害を、除けば、具体的に人間が動いているのです。

 簡単で下世話な言葉で言えば、いじめるための、役割を果たしている人間の後ろに誰がいるかということです。その人たちが、アイデアを提供しているから、実際に動いて、いじめてくる大原さんなどより、日本全体から見れば、枢要な人材であります。

 でね、その一番目は、瀬島隆三であり、二番目が井上ひさしであり、(この二人は志望したこととなっていますが、両方とも、私はその記事が出た途端に、偽装だろうと思いました)、三番目が伊藤玄二郎であり、四番目が酒井忠康氏であり、

 五番目が石塚雅彦氏であろうと、今、ここで、結論をつけます。

 これらの名前は、そのアイデアが採用をされ他結果、私側の被害の度合いが大きい順で、並べました。
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 とっぴな言論だと言われるといけないので、筋道を立てて、お話をしていきたいと思います。柄沢斉氏は、今3、4年前に美術館で開かれ、マスメディア露出が大きかった版画家で、その上等なカタログは、日経新聞のサポートで出版されています。

 また、現在、夕刊で連載中の『無花果の花』にも大いに、暗喩が含まれています。ここの欄の小説は、私になんらかのダメージを与えるために、相当に利用をされているのですが、数回前の連載は、諸田紀子さんのもので、美術界が舞台でした。

 そのころ、私は伝説のプレスという銀座の画廊街でい拾った話を集めた本を企画していたか、すでに出版済みでしたが、この本をつぶしてやろうという動きは重層的に出ていて、『あれ、あれ、こんなに、攻め立てられるのは、自分の本が思いがけず、重要で影響りょいうがあるとみなされているのだなあ。小さな私費出版で、しかも自分が出版元ですから、本当に小さな仕事なのに、これだけ、警戒されていると、かえって自信を持ってしまうよと思ったのですが、

 そんな、みなさまにとっては不遜というに等しいことを申し上げるのは、今回の小池さんの作品にも前回の諸田さんの作品にも、これは、私が知遇をもっている『あの画家だな』と思われる人物が登場するのです。エピソードは小説ですから、まったく変えてありますが、風姿風采、ものの言い方が、そっくりに採用をされています。

 今回は、舞台は大崖(大垣市か?)です。そこに八重子さんという老女流画家がいて、意ヒロイン、新谷泉はお手伝いとして逃げ込むという設定です。この画家のモデルは貝塚あや子さんでしょう。
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 ここで、政治評論からは、離れてしまいますが、今、頭を占めているエピソードを優先して、貝塚さんについてお話をさせてくださいませ。この人と私は2003年まで上野や、横浜関内を発表場所とした公募団体展で、袖摺り合うも多少の縁を結んだわけですが、
 それ以前に北久里浜で、濃密な関係を結んでいます。で、私の電話が長期にわたり盗聴をされているとすると、この人を重用することが、私を圧迫する意味が出てくるわけです。

 どうしてかというと、私が決定的に批判をしているからです。彼女は中卒でNTTに入り、職場のサークルで絵の才能を磨き上げ、独立という団体と東京と横浜で女性だけの団体に出品をしている人ですが、独身で、かつ一種、タンクみたいに太っていて、かつ容貌が魁偉な人です。現在80歳前後。で、私から見ると、『余裕がないなあ。いろいろな意味で』と思われる人ですが、その結果、かえって、力強くも、思い込みが激しく、『ご自分をすばらしい人物だ』と、認識していて、自信満々な人です。その点では迷いが少なくて幸せなひとです。若尾文子みたいに優雅に振舞う安野夫人とは、風姿はまったく違うが、性格的なタイプはおんなじです。

 それだけでも、私としては肌合いが会わないのですが、こどもを貝塚さんのお絵かき教室に通わせているときに大きな決裂がありました。それを、軍産共同体が盗聴により、つかんでいて、それを、私をいじめるために彼女をここで、つかってっきていると感じますので、その詳細を述べさせてください。

 真夏の土曜日の午後、私は直径三十センチぐらいの花束を作って、こどもに「先生にあげなさい」と渡しました。花の種類はポピーと、矢車草です。北久里浜の家は、鎌倉の家より日当たりがよいので、花や野菜は育ちました。敷地も60坪あり、トラックで黒土を数台分運んでもらって入れていましたし。

 ポピーはよくルドンがパステルで描いた花で、貝塚さんの画風をまだ、知らなかった時代には、画家なら好むだろうと思ってプレゼントとしたわけです。貝塚さんの画風とは、非常に怪異なものです。それが小説『無花果の花』には文章としてよく出ています。

 二時間後、こどもがべそをかきながら、しおれた花を持って帰り、「先生が要らない」といった」といいます。びっくりして、家から5分程度離れているお絵かき教室に向かいました。すると、小一のうちの子より、上の子たちが勉強していましたが、先生が、私に対応をしてくれないので、仕方がなくて、炎天下の外で待っているわけです。

 二時間近く、そのまま放っておかれたので、仕方がなくて、ずっと、観察することとなりました。すると驚いたことに、先生は子供の絵をすべて、指導して描かせています。「○○ちゃん、そのお袖、お花入れたらかわいいよね」とか。

 黒板には、「交通事故キャンペーン、ポスター、歩道橋を描こう」と文字が書いてあり、子供たちは、まったく同じ構図の絵を描いています。先生が、黒板ではなくて、別の大きな紙に下描きを描いて、「こんな形はどうかなあ?」と指図した可能性すら感じました。

 で、さらに注目をすると、先生はポスター組みにばかり手をかけていて、まったく省みられていないグループもありました。お絵かき教室としては、放ったらかしにされているほうが、実はベストなのですが、その差別を見ているうちに、夏休み前に配られた申込書の意味が歴然としてわかってきたのです。

 ポスターを制作をするか、夏休みの宿題を制作するかを親が選ぶこととなっていました。私は子供といえども競争はよくないと思っている人間なので、宿題の方を選んでいましたが、目の前で展開している上の学年のクラスを注意深く観察すると、ポスター組みは有力者の子供が多いことに気がつきました。

 私はその前に、こどもが450任は通っているマンモス幼稚園のPTA会長をしたぐらいですから、地域社会では情報通で、どの家のお母さんがやかましいとか、意地悪だとか、難しいとか、お父さんがお金があるとかないとか、地位があるとかないとか、ほとんど、全部知っています。先生は、ひいきと差別の極地の人だったのです。処世術というものを身につけている人でした。あとで、思えば、それは、生きるために仕方がない方法だったのですが、
 私は、そういう態度を忌避すべきものと考えました。でも、念のために、夜電話をかけて「どうして、お花を返されたのですか?」と質問をすると、「私はプレゼントをもらったって、ひいきはできないよ」と怒鳴り返されたので、すぐ子供をやめさせました。豊かな家庭で育つと、見返りなんか期待しないで、プレゼントをしたいと思うものです。母もそうでしたが、友達にもそういう人がいます。でもね、先生の解釈は違うわけです。これでは、尊敬も信頼もできません。
 すると、うちの子に倣って、4、5人がやめました。

 先生は、私が根回しか教唆をしたと考えたみたいですが、ぜんぜん違います。子供って賢いです。先生の態度の中にある残虐性を嫌ったのです。それと、うちの子が活発で明るいから土曜日の午後は自由に遊んだほうが楽しいよねということとなったのでしょう。

 この件を仮名で、一種の教育評論として、下書きとしてパソコン内で描いています。それを電話盗聴と付き合わせると誰のことか、わかるから、貝塚あや子さんが、モデルとして、取材をされたのでしょう。
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 その小池さんに、そうしたらよいですよ」と教えたのは、阿刀田さんか、井上ひさし氏でしょう。ここで阿刀田さんと私との小さな縁が、敵には非常に重要視されているのは、阿刀田さんがテレビに出る時期でわかります。

 ただし、それは、
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蝉のおしっこ・・・(心理学的な意味で)・・・を、浴びた私

2010-09-26 14:52:13 | Weblog
 前報ですが、間違いがあったようです。イーリアスの冒頭に出てくる王様の名前は、アガメムノンではなくて、メネラーオスでした。また、サド侯爵は、公爵になっていたかも知れません。それはお侘びをいたします。

 今日のも、政治を分析をする事を目指す文章です。

 大原さんに『ワインが割れて、惜しかったねえ』と言われて激怒した23日にあげた話の続きです。彼には激怒しましたが、同じようにいやみを言われても、それほど、激怒しないケースもあります。石井夫人が「かわさきさん、何、見てるのよ。また、猫逃げたの?」といったときには冷静に対応できて、「違うわよ。木を見ているのよ。きれいでしょう」と切り替えしました。予定とは違う答えが返って来て、彼女はきょとんとした感じでした。が、それ以上は突っ込んでこず、さっとお出かけしていきました。

 私が石井夫人に対して、怒らないのは、彼女の自然な感じを好のましいと感じているからです。この山で家族間の交流が、もっとも自然であると感じます。肝っ玉母さん風で、気取らない彼女を中心として、四世代が集まっていて、喧嘩もあるだろうし、子どもを叱る事もあるだろうが、『ニッポンの家族、ここにあり』と言う風で、本当に自然なのです。

 比較して、大原家の家族関係は不自然です。実は、大原家も、親子関係が、養子であり、実子ではないのですって。それはごく最近、偶然に知ったことですが、それを、聞けば『なるほど、納得』と思えるのですが、25年間それを知らなかったので、『どうも、変だなあ。ちょっと虚偽があるのではないかな』と思い続けてきました。

 しかし、転居して一週間以内に『あそこは、実の親子ではない』と気がついた安野家に比較して、大原家については、教えてくれる人が現れるまで25年間も、それに気がつかなかったのは、それだけ、大原家は他人に迷惑を掛けていないと言うことです。

 どうして、大原家が『不自然だ』と感じたかというと、お嬢様をあまりにも甘やかしすぎるのです。すでに高校や大学生なのに、駅まで迎えに行く。それがインテリで上流階級を自認しているご家族にしては、変なのです。だけど、養子であれば、おばあちゃん(つまり養母)にとって、一番かわいい存在であるお嬢さん(孫)中心の家庭となりましょう。

 出産をした事のない、上品で華奢な医者の未亡人であるおばあちゃん。そちらにとって、生まれたときから傍にいて、抱いて寝かせたこともあるお孫さんは、信じがたいほど、かわいく思われたことでしょう。その愛情が、一家の結びつきの原点となったと、今はわかります。でも、それが、普通の家なら現れるであろう嫁姑の葛藤を、隠したり抑えてたりしている技術のように外から、見え、『うそっぽいなあ。無理がある見たい』と思っていたのです。

 でもね、お嬢さんは、ちゃんと育ちあがりましたよ。特にお父さんを批判しているそうですから、それは、彼女が賢い事を、証明しています。そして、これからずっと先まで、自分の子を育て、夫を支えて行く事が出来る事を証明しています。スポイルド・チャイルドにならずに、育ち上がったと言うことです。

 と言うのも、あの家庭で、最も強い人間はお父さんなのですが、それを、お嬢さんはきちんと分かっているからです。上品で、小柄できゃしゃな、おばあちゃん、それから、同じく上品だけど、ちょっと、ふくよか度が高いお母さん。そのどちらに、当たっても、暖簾に腕押しでしょう。人間としての力が、この二人の女性の方は、弱いのです。

 お父さんは、自分は、お母さんに反抗した事はないでしょう。ご養子なら当然ですね。で、礼儀と愛情の極地を与えて育てたはずのお嬢さんから、反抗されたり批判をされたりすると、『どうして、こうなっちゃったのだろうか』と不満や迷いがあるようですが、これがあそこの家庭では、最上の形なのです。そして革新の風が吹き、本当の家族になっていくでしょう。
 
 さて、大原さんのご家庭への現在の私の分析を終えて、道すがらの捨て台詞に激怒したというその当時の話に戻ります。

 私は自分が、口げんかも強い事を二千年にニューヨークで発見しました。

 しかし、この山で大原さんを相手にそれをやっても、前田家や安野家を巻き込んだ数の論理で覆されるでしょう。で、文章にしました。

 その上で、発表前に電話をしました。彼のことを悪い人ではないと思っていた歳月も長くて、その時代の仲良しぶり(私が絵描きで、彼が美術評論家の役割を担って、我が家の庭で、私の絵を題材に、研究会を、三週に一度ぐらい開いていたこともある)を思い出せば、躊躇するものもあったからです。

 で、最初の話として、「大原さん、あなたが先日、石段で、おっしゃったことはひどいことなのですよ。お分かりですか」と私がいいますと、

 「・・・・・」と無言の大原氏
 「それは、文章で、あらわすととてもはっきりするのですけれど」と私
 「・・・・・」とさらに無言の大原氏
  ここで、実は、私は、彼の謝罪の言葉を待っていました。
 「あ、そうですか。それ、気がつかなかったなあ。ごめんなさい」とでも、言ってくれれば、それで終わりだったのです。それこそ「大原さんは軽い人だ」で、終わったでしょう。

 ところが思いがけないことに、
 「いいですよ。書いても、ただし、本名でなければ」と言う返事が返ってきました。

 みなさん、これは、悲劇です。大原さんの態度や心変わりは、ひとえに、国際的軍産共同体の瀬島龍三が企図した案に乗って起こりました。でも、彼らは一種の悪魔なのです。大相撲壊滅作戦ひとつをとっても、禁煙運動ひとつをとっても、電車遅延多発騒動をとっても、国民大多数を苦しめる行動でしかないのです。それに揺らされて、大原さんと私の、アートを中心とした純粋極まりない、関係は失われたのです。

 ともかく、このせりふは、他人から、おしっこを顔面に引っ掛けられたも同然の措置です。よく心理学で、カタルシスといいますでしょう。それはギリシャ語で、「大便が排泄された」という意味だそうです。大便が排泄されると、誰もが、ほっとしますよね。特に便秘だったり痔だったりしたら。

 大原さんは、ご自分が鬱屈したものを抱えている人です。深奥部には、怒り、悲しみ、恐れ、うらみがあり、それらが、『上品な家庭を築き、それを守る』という縛りの中で、抑えられきっている。お母さんと奥さんを仲良くさせるために、気を使い切っていて、そこにエネルギーをとられて過ぎている。だから、外へ働きに出る気力が出ない。

 そして、いつの間にやら後戻りできない年齢になっていて、どうも、そのポイントでお嬢さんに批判をされている。お嬢さんは「お父さんも、普通のサラリーマンみたいに働いていて、ほしかった」とおっしゃっているはずです。『画家っていう最高に格好がよい立場に安住しているけれど、それは甘い』ということで批判をされているはずです。それは、年齢的に挽回できない部分だから、辛いことですよね。

 お嬢さんは幸いというか、・・・・・反面教師としての父から学んだというか、実学の世界の人と結婚をされました。数字を扱うひとです。大まかに言えば、経済畑の人です。

 「ワインが割れて惜しかったねえ」は、そういう家庭内の矛盾を、一気に晴らしたせりふでしょう。『やったー。かっこいいこと言っちゃった。今のせりふ、切れがあったと思うよ。気持ちいいー』というのが彼の本音だったと思います。そして、彼は認めたくないでしょうが、潜在意識の中にあった、嫉妬の感情を復讐的に振り払ったのです。

 私には、父親の遺産があって、自由に贅沢な画材を買えるし、自由に海外へ勉強に行くことができます。それを、一種の師弟関係を結んでしまったからこそ、全部見て、知ってしまったことがかれにいつか、苦しみを与えていたのです。特に海外へ研修に行き始めてから、私の進歩は大きかったでしょう。それもまた、潜在意識の中では、憎しみを生んだのだと思います。
 三ヶ月分一回で、数百万円使っていて、ニューヨークでの個展も入れれば、四回も海外で修行できる私への、いうに言われない憎らしさのことです。それが、その瞬間に吹っ飛んだのは、最高に気持ちよかったと思います。

 みんなどこか、嫉妬の気持ちは持っているわけですが、相手が強かったり、条件があまりにも異なっていると、嫉妬の感情は抑えられます。大原さんは前田祝一氏には、嫉妬しないでしょう。また、井上さん(岸田淳平)や、柄沢斉氏にも嫉妬しないはずです。しかし、私にたいしては『あの人は弱いんだ』とか『美術の本格的な知識はない人だ。美大へ行っていないから』と、見下している点もある。また、『あじさい畑欺もう事件では、『あいつは、みんなから、悪人扱いをされているのだし。僕の方が主流派だ』という判断もあったでしょう。

 絶対に自分の方が上である。そう考えたから、口から出た『大便』でした。カタルシスを感じたせりふです。だけど、あまりにも短い時間で達成されたので、『大便』とはいえず、『おしっこ』にちかいものでした。それも10秒程度の時間でいい終わって、風のように去っていったので、『蝉が、おしっこを引っ掛けて行った』というべきでしょう。

 でも、笑いごとではなく、他人であり、しかも都会育ちであり・・・1957年ごろは神奈川健県一(アチーヴメントテストの第一回目に私は、満点だった)の頭脳を賞賛されている私は、烈火のごとく怒ったのです。

 特に、心のそこに、山を(幅一メートル以上)壊され、(合算すれば)15坪程度の花畑を、盗まれた際の、彼は役員ですから、深い怒りがこちらにつねにあります。発案者や原因者では、無かったといっても、おちゃらけていて、いい間柄では、ないのです。

 そのうえ、さらに「いいですよ。書いて」ですって。これほど、馬鹿だったのか。電話をかけて大損をした』とも思いました。私が本当に怒った場合は、問い合わせさえしません。だけど、年上の優しくて都会の人として、引き返すきっかけを与えているのに、何を甘得ているんだ。あなたは、弟でもなんでもない、単なる他人でしょうと深く怒りました。
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 で、私は仮名で書いた『ワインが割れて』というエッセイを当時のメルマガで配信しました。すると、どうしてか、彼の元へその文章が届いた模様です。で、もちろん、抗議は来ませんでした。それに、私も『書く』ということの修羅場を耐えなければいけないわけですから、謝罪もしませんでした。

 しかし、このあと、町内会の費用を使って、大原氏一人の恥をすすいで上げる結果と成る石段修復が行われたりしました。しかも、その際、湘南信金を利用した納金の方法で、激しいいじめを感じ(それは別の日に詳述します)、かつ、それから、三年目のこの夏、前田家から、激しいいじめを二回、安野家から一回受けて、『これはたまらない。はっきり戦おう』と、決意を固めたのです。一度目は、大相撲壊滅作戦の時で、二度目が、『あじさい畑欺もう事件の真相を語る』を書き始めた時です。しかも、最初は、慈悲のこころから、仮名で書いてあげたのに、ちっとも反省してくれなかったので、今からは、実名で書くと決めたわけです。

 真の狙いは、この日本を覆い、日本人の心を暗くしている諜略行為を分析して、国民一般の方々に、ご理解いただくことです。

 ともかく、現代の言論弾圧は、心理学的操作を多用します。最も悪い人間はアイデアを出す人(分かっている限りでは、井上ひさしと、伊藤玄二郎)ですが、その実行者は、普通の人々です。だから仕方なく、まだ、収入と、名声の面では、普通の人の範疇に入る、大原さんを分析するわけです。

 ところで、丁寧に分析しているうちに、鎌倉から離れて、全国的規模で話が展開をしていくことが、わかってきました。
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 東京にシロタ画廊という大きな画廊があります。そこで柄沢斉さんの個展がありました。2007年の初春。そのころ、私は月刊ギャラリーに連載を持っていたので、氏について書きたいと思い、挨拶をしました。そのときとても変な感じだったのです。初対面なのですが、『すでに、私を知っておられる』感じで、かつ、「嫌い」という感じだったのです。『変だなあ』とは思いました。しかし、あのころ、別の場所でもいじめられることは多かったので、このことを大原さんと結びつけて考えることをいたしませんでした。

 無冠の私が、面白い文藻を書くので、美術評論家たちに警戒をされはじめていて、そちらから悪い噂を流されていることは、しっていましたから。その上、文章で成功すれば絵描きとしては、ステップアップができるので、その側面で、『欲張りだ、あの人』と作家からも嫉妬や警戒をされていました。で、どうするかですが、気にしていては何もできないし、何も進まないので、ひたすら気にしないように努めていたのです。そして、若い人を大切にしていこうと考えました。既成の有名美術評論家とは,違った、暖かなかつ独自な見方もできるからです。それは作る人だからです。

 で、柄沢さんのボデイ・ラングエッジも、その種の悪評に影響されているのだろうと考えていて、気にしないこととして、文章書きに取り組み、いつもの二倍の原稿と、1.5倍の原稿を仕上げ、添え状に、「もし、頁増量が無理でしたら、それを、メールで注意してください。直します。短くします」と書いて送ったところ、突然に、何の説明もなく、連載そのものが、終焉と成りました。 

 これは腑に落ちないこと、はなはだしい現象でした。しかし、今は、その本当の理由は、大原さんが絡んでいたのだと考えています。つまり、私の電話を盗聴している国際的軍産共同体の誰かが、仮名で描いてあるそのエッセイを、プリントアウトをして、まず、柄沢さんに渡し、その上で「大原さんに渡す」ように依頼をしたのでしょう。
  その盗聴が無い限り、その馬鹿な人物が誰をさすのかは、私以外の誰にも把握できないはずでした。そして、柄沢さんに苦い顔は、中身の内容を大体知った上で、使者となったのを教えてくれました。
 その際に、根幹にある『あじさい畑欺もう事件』の方の情報だけは、すっぽり抜けているわけですから、柄沢さんは、私を悪人だと思い込んだ模様です。

 私の方は、心の中で『あじさい畑欺もう事件』を込みで、すべてを考えていますから、自分を悪人だと、思ったことは無く、いつも堂々としているわけです。それを、柄沢さんは、『ふてぶてしい』とでも、誤解をしたのではないかなあ。

 これって、冤罪の一種です。深い怒りに震える。これが総額、五億に達するという被害のひとつです。だから天は、私をかわいそうがって『八幡宮の大銀杏を倒された』のです。大原氏の上に立つ前田夫人を国学院に推薦したのが、本当なら。
 それに、今になって、そのころを思い出せば、柄沢さんに、そのプリントアウト(または、CD)を渡したのは酒井忠康氏のような気がします。
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 ところで、もしかすると、「あなたは悪い方へ想像を働かせすぎている」とおっしゃる方もあるかもしれません。で、どうして上のように深読みするかの理由をお話をさせてくださいませ。
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 これから先は、一般の方向けではなく、主に銀座の画廊向けのお話ですが、このように深い憶測をしたのは、この四月の、私の個展が罠であったからです。それが罠であるのを私は知っていて、主人にも事前にそれを告げましたが、ともかく、その企画には、罠であっても乗った方がよいというか、『断れない。断ったら、断ったで、別の悪いことが起きるだろう』と感じて遂行したのです。が、心身ともに辛かったのです。それは、爪にくっきりとしたへコミが現れたことでも、分かりました。五月になって現れたのですが、爪が指の中で成長すべき時期この件で、激しいストレスにさらされたからでしょう。

 罠の第一目的は、お金を使わせて、本を出版できなくさせることでしょう。実際に、私は50万円近く使い、まだ今年用の本を、印刷所できていません。これは敵にとっては大成功でしょう。

 私は、敵をいつも幼稚だと、自分のメモ内で言っています。こちらは、あれをやられたことで、かえって腹が据わって、ブログ内で、かれらの悪を書き抜くようになたのに、そういうところの予想はできない幼稚なにんげんたちです。自分たちが馬鹿すぎるから、『これで、勝てる』と思うのでしょう。短絡的思考の人間たちだと思っています。彼らは、自分たちのやった加害や攻撃を丁寧に、ノートにつけるなどということはせず、ただひたすら、かつがむしゃらに思いつき限りのことを実行する、乱暴きわまりない連中です。

 本当なら、私には、ゆったりと、アートの仕事をさえておけばよいのです。しかし、意図して銀座で苛め抜き、かつ、月刊ギャラリーの連載を終わらせました。

 そして、その連載終了後で、「一気に、ここで、叩きのめそう」としたのが、四月からはじまったハッキングやら、パソコンへのバグ入れ込め攻撃、八幡宮さまを教唆して、音楽会を多発さえ、朝のリハーサルから大音響を響かせる・他、種々さまざまです。そして、つくば大学卒業の栗田玲子女子は、葉山に住む主婦なのに、こういう手合い(伊藤玄二郎)と夜十時半に鎌倉でデートする。だから、一見上品な酒井さんも腹の中は、黒い黒い。で、かれらは『この因果関係は、多分ばれない。自分たちは安全だ』と、信じて、やりたい放題をやってきたのです。

 でもね、私は、ばかではないです。アート分野がだめなら、どうしてだめなのかを考えるので、今度は敵の本質=政治=他に迫ります。その四月の個展の罠は、他にも目的がありました。

 それは、喜びごとである個展をきっかけに、悲しみを味わわせてやろうという試みです。まず、それは、最初は三月のはずでしたが、突然に四月に変更をされました。初日は四月五日でしたが、それはなんと、初孫の初入学式だったのです。これは、一種の子供を巻き込んだ攻撃です。悲しめば、かけなくなるはずだから、言論弾圧がせいこうすると、思っているのです。

 一方で、我が家のアジサイ畑を盗むという点で一番の功績のあった安野夫人の、略奪婚の犠牲者の実子は、名目上は、今では安野夫人のこどもですから、・・・おいちに、おいちにのあひるさん、・・・と呼ばれる成績ですが、多分、全部の教科に下駄を履かせてもらったて???、海上保安学校に入って、今では国家公務員です。人間一人一人が、得るべき権利について、激しいかたよりがあります。

 こんなことが、日本国憲法下で許されてよいものだろうか。激しい怒りをもっています。

 そして、まだ、まだ罠があったのです。四月五日にガレリアグラフィカという画廊で、山本容子さんの個展がひらかれていることをしりました。相手方は、『彼女(私)は、こういう辱め(こっちの方が人気が高いのだよと、誇示をされて、気を落とすこと)を受ければ、いちばん参るはずだよ』と考えていたでしょう。
 でね。お客が極端に少なかったです。森さんの画廊つきのお客もこなければ、銀座に住んでいて、前回の個展までは、来てくれていた画廊のオーナーたちもきてくれませんでした。

 さらにびっくりしたのは、せっかく来てくれたお客(すぐ近所の高輪画廊のスタッフ)まで、森さんが「みないでいい」と、返したそうです。それを、森邦夫本人がわざわざ私に告げることです。悪魔のアイデアに乗ると、普通の人も悪魔か鬼に成ります。

 もともと、罠だとわかっていたから、涙も見せないし、喧嘩もふっがけませんでしたが、『これからは、二度とこの画廊には、足を踏み入れないぞ』と決意しました。でも、森さんがその絶縁の理由を正しく把握できないといけないので、委細をメールで説明をしておきました。若い女性に、上げるといって残した木枠の掃除に一回行きましたが、それ以降は、顔を出していません。
 
 ところで、どうして、そんな複雑なこととなったかを説明をさせてくださいませ。

 森さんは、人間としては、できた人です。ただ彼の画廊ライブは、銀座八丁目というどん詰まりの場所にあるために、私がいつも最後によって長話をすることが災いしました。特に森さんは、奥さんをなくしてさびしいので、画廊で若い人と一緒に、夕食をかねて飲み会をしています。それに対して、時々は差し入れをやっていました。
 ちょっとした酒の肴になるものを、時には家から、作って持参しました。私は主婦としては、普通にまめな方ですから、松前づけとか、酢の物です。ただ、こんなささやかな奉仕でも、現代の銀座では、『それは、珍しいことだ』と思われた可能性はあります。

 そこには、盗聴器がしかけられていたと確信をします。で、『これだけ、親しいのなら、森さんのいうことは何でも聞くだろう。それを利用すれば、彼女を苦しめるための適宜な罠をかけることができる』と思われ、引っ掛けるために、個展が編み出されたのでした。それは分かっていましたが、廊下に飾った導入用ポスターをはがしたりして、彼自信が、率先していじめもしたから、唖然・呆然です。人間って、悪魔にも容易になりますね。

 大原さんの『蝉のおしっこ』もあの瞬間彼は、悪魔になっていたし、一年に一回ほども散歩をしない我が家猫をサッシのあけしめ音で、脅かしたときも、彼は、悪魔になっていました。

 そういえば、彼は創形美術学校の卒業生でしたね。軽い軽いかれは藤沢東美のなかむらさんという同級生を紹介してくれていたのですが、多分、そちらに、搬出入寮を入れて、400万円は支払いました。15年付き合っていて、その間は国展やコンクールに入選をつづけ、年間10枚ぐらいの大作を書いていましたから。

 なんと、彼に会うと、街中でもにらんでくるし、同僚の市川某は仕事を断ってきました。
特に市川某は、銀座のOギャラリーでも、悪口をふるまいたので、当時は8丁目に存在したT-Boxの高橋典夫さんが、月刊ギャラリーに投書をしたのですよ。幸いに編集長が電話をくれたので、そのt期はたすかりましたが、最終的に説明もなく連載がでられたわけです。

 もし、それが、柄沢さんのさしがねだったら、本当に天は、八満宮の大銀杏を、倒しますよ。私を、『かわいそう過ぎる』と思っておられるでしょう。そして、編集長の本多さんは二回目だし、柄沢さんは大物だから、『これは正しいんだろう』と信じたのでしょうね。

 これだけの損失を与えられたら、鎌倉市に本当に問い合わせに生きたいぐらいです。どうして、あのお宅は、3メートルも道路幅が無いのに、新築(改築)を許可したのですか」と。鎌倉市の法理解能力と、順法精神を試しにいきたいぐらいですが、実際には、やりません。ただ、一年にたった2X2分のことが許せない彼は、盗んだ我が家まえを、何万回も、大声を上げながら通っていますが。

 一年に一回、しかも彼の家の前を通るのは、2分とかからないのに、そんないh土居湖とはやらないこと。まいにし、忙しい私は、他にやることがあるから、そんなことは後回しですが、その間に別の悪さを企画するのが、この軍産共同体に絡まれきった、連中のすることです。

 そのうち、大原さんはくだんのT-Boxか、他の画廊で、個展をしてもらえるでしょう。あ、は、は。必ず、私の文章を、打ち消したい彼らですから。
 なお、この項続く。

                     2010年9月26日   雨宮舜
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謀図かずお、だんだら紅白屋敷、傑作? ? ?『洗礼』、

2010-09-25 21:43:24 | Weblog

 ええと、今日の文章ですが、謀図さんへの私の考えは近寄ったり、遠ざかったりします。しかし、グーグルで、氏の作品解説を読んでいるうちに、『あ、この名前を今日取り上げなさいと脳が命令したのは、居住地の環境問題をきっかけとして、今まで私が知らなかった謀図氏の作品<洗礼>へ入るための、神の入れ知恵だったのだ』ということがわかりました。その作品の主要なプロットが、不倫と略奪婚だったのです。で、その残虐性について、「お前が説明をせず、その<洗礼>の解説文を読者に読んでもらいなさい」という示唆だった模様です。
 なお、第一節の、転入生いじめのことも一種のチャネリングがありました。なんと、日経新聞の25日土曜日の文学周辺は、柏原兵三の『遠い道』だったのです。
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 実は、前日のリンチ事件は、いい足りない点がありました。あのころ、父親はどうしていたかというと、松阪に単身赴任をしていたのです。それが瀬島龍三の案だったと今では思います。で、私一人で家庭を守っていたのですが、当時は今泉台というところで、塾の講師をしていたのです。そこは直線距離にすれば、三キロ程度しか、離れていない、鎌倉市内なのです。が、山があるので、大船を回って帰るから、帰宅に一時間はかかるのです。で、私は10時半に帰宅するのですが、その時間までに、ふたりだけで、すべての始末して二階の個室に上がってしまっていたので、私は何も気がつかなかったのでした。

 もし、顔をあわせていたら、絶対に気がついてしまったと思います。後ほどには、中学期の子供って、精神的に支える必要があるときがついて、かつ、親は忍耐をする必要がある、大変な時期なのだとも気がついてきて、毎日、何も仕事をしないで子供を待っている生活へ変わるのですが、その時代には、何でも、気がつくようになりました。

 が、リンチ事件のころは鎌倉へ転入した早々で、『そんな恐ろしいことが、自分の子におきている』などと、もし知ってしまったら、前の家の近辺の人に相談したり、小学校時代の先生に相談したり、転校前の中学の先生に相談したりしたと思います。そうしたら、大騒ぎになっていたでしょう。子供たちの、賢さに助けられました。いつも「子供は、賢い」といっていますが、そのことは、よその子にも、自分の子にも、当てはめられると感じます。

 ともかく、息子は夜の七時ごろ呼び出されて、八時ごろ決闘を終えて帰ってきたのだと思いますが、その後で、娘が、お兄ちゃん自身の手が届かない背中などに、マキロンなどを塗ってやったのだと思います。本当は病院に行くべきほどの怪我だったと思いますが、病院にいったら、事件となってしまって、かえって大変なことになるし、何よりもお母さんが動揺すると心配して、自分だけで治そうと決意したみたいです。

 まるでディック・フランシスの世界です。
 そうですね。こういう事件は、母親が知らない間に、子供たちだけで、解決できれば最高です。で、汚れた服は、娘の方が洗濯でもしてやって、二階の子供部屋(個室)で干したのでしょう。今は、制服もポリエステルでできていますから、九月か、八月だと、すぐ乾きます。

 その相手の三人ですが、うちの子達は二人とも、いまだにその名前を言いません。でも、私は安野君ともうひとりの男の子を見たことを、真相を聞いたあとで思い出し、首謀者が誰かは、だいたい分かってしまいました。そして、安野君がどうして、27歳になって我が家まで来てくれたかも、分かってきて、ありがたかったです。

 それは、うちの子を尊敬してくれたからなのでしょう。見かけは優しい顔をしているし、柔道なんかやっていないのですが、運動神経があって、俊敏なのです。私の父が陸上の選手で神宮(今でいうユニヴァシアード)で、走り高跳びで1908年ごろ、165センチの記録を出しているから、それが、隔世遺伝で出たのでしょう。

 で、三人を相手にしても、やっつけられたわけです。それにもびっくりしてくれたと思うけれど、その後も、さらりとしていて、学友にも先生にも、誰にもこのことを言わないので、その姿勢を、男の子(または、男)として、『素敵だな』と思ってくれたのです。

 ところで、相手の子達は、すべて良家の子女です。だから、不良でもなんでもないです。これは、トム・ソーヤーとか、ハックルベリー・フィンの世界です。ここが山で、木が多くて、人の目がない場所があるから、そういうケースも起きました。ただ、私が留守であることを、どうして三人が分かっていたかが、不思議ですね。

 でも、娘の方が、自分が、当事者ではないだけに、かえってこの件全体を、どれほど、心配をしていたかも、今ではつくづく察せられて、かわいそうでした。打ち明けてくれて、一種の課題を果たして、のち、お嫁に行ってくれてよかったです。結婚式・前日の会話としては、最上だったと思います。
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 で、心残りの部分を終えて、今日の文章へ入ります。
 誰だって、上昇志向はあります。で、お金持ちになった場合ですが、それを誇示しようとすると、近隣の憎悪を招き、トラブルになります。思い出すのは、謀図かずお氏の、紅白だんだら屋敷の件です。
 あの紅白だんだら屋敷ですが、近隣の人にとって、大迷惑であることは紛れもない事実です。それを『謀図氏の方が、悪い』と言う論点で、考察するコメンテーターがいないのが、不思議です。多分、マスコミ有名人同士のかばい合いがあるのでしょう。

 私がそれを、『悪い』と言い切るのは、塀の内側では何をしても、許せますが、あれは、塀の外まで影響力があるからです。謀図氏は、普段は、白黒の画面で作品を作っていく漫画家だから、色のセンスが無い方でしょう。私なんか『色こそ、自分の命』だと思っている人間だから、あれが近所にあったら、疲れるなんていうレベルでは済まないことと成ります。
 あれは、実際には吉祥寺南町にあるそうです。便利なところだから、マンションもあるはずで、『五十戸程度からは、目に入るだろうに』と思うと、謀図氏の人間としての基本的なセンスさえ疑います。近隣の人々の中には、素人の普通人であっても、色のセンスが高い人がいるかもしれません。そうなると、あの紅白段だら塗装は、はっきり言って、暴力です。その風貌からも、『この人は、臨界線にいるのだろう』と思っていました。『普通ではない』と。

 近隣から、差し止めの仮処分を訴えられたそうですが、それを機会に、ご自分の方を押さえた方が良かったでしょう。ごり押しをするのは、良くない選択でした。子々孫々に災いを招くといった体の選択でした。
 謀図氏は、神とあがめられるほどの天才漫画家だそうですが、そのトラブルをマスコミに流したのは、ずるいです。人に迷惑を与える事を、マスコミの力を背景にして、押し通したのは、これからの氏の前途に暗い影を投げかけるでしょう。
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 と、ここまで書いて、謀図氏に付いて調べる必要を感じました。まず、年齢だけでも。というのも、私は漫画を読む世代ではないので、謀図氏については何も知らないからです。
で、グーグルで年齢を調べると、1936年生まれの74歳である事が分かりました。驚きました。お子さんが、後を継ぐ場合、あの塗装がどういう風に継続をされるかを知りたかったのですが、『あれ、あのお屋敷は、これから、先、20年ももたないだろう』と、思って。
 それと、ご本人の収入の問題です。特別なお金持ちだから、決行した案ですが、そのお金持ち振りが、いつまで続くのかも、今、74歳では心配になります。健康そのものも、命そのものも、いつまでも続くものでもありません。普通の場合は、86歳まで現役ですが、『氏は、今は漫画を描いておらず、テレビタレントが本業だ』とありましたので、『近々、そちらも、寿命が尽きるだろう』と感じました。今でも容貌的には、やせすぎが強くて、見るのが切ないですが、そこへしわ等がふえたら、さらに醜悪に成ると思われます。それに、若いファンはいざ知らず、一般の人は、氏のこの塗装強行の選択に、内心で異議を唱えていると思いますので、人気が無くなる予想があります。
 『うわあー、この人の精神状態はどうなっているのだろう』と、さらに評価を低い方へ判断を進めました。
 結論としては、一種の『依怙地になって、しまった結果の、誤った選択』のように見えました。
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 この意固地になってしまったというポイントですが、氏には前例がありました。で、そちらの方は、私は違和感を持たず、同情やら、共感を持ちました。

 それは、小学館とのトラブルです。
 仕事へのプライドが高い氏に対して、若い編集者が、「手(拳骨)とは、こう描くのですよ」と言って他人の描いた見本例を指し示したそうです。
 で、謀図氏は、激怒したそうですが、これは、非常に良く分かります。もし、その見本例に添えて、「これは、芸大出身のなになに訓が描いたものですが」などという言葉があったら、さらに激怒してしまいますね。一流の創作者とは、有名大学を卒業だけで、自動的に出来上がるものでもないから。

 こちらでは謀図氏の判断を正しいと感じます。

 一般的に言っても、本の世界は、知識を門外不出にする感じがあり、編集者は高飛車に過ぎます。以前言ったとおり、鎌倉春秋社の田中愛子女史など、「川崎さん、そんな事を言うのなら、150万出しても、50部しか、出来ませんよ」と怒鳴ったほどです。これも私は大原さんの「川崎さん、ワインが割れて惜しかったねえ」というせりふと同じく、セルフコントロールが利くので、その瞬間は、相手の無礼さをとがめませんが、後から、非常に腹が立ちます。ので、どうしてこうなるのかを分析しぬきます。

 特に、自分が挿絵入りの本を作った時に、もし、パソコンに被害が加えられなかったら、カラーの挿絵入りでも、60万円で出来るなと思ったから、鎌倉春秋社ほどの、年に何十冊も何百冊も出す、プロの出版社から注文をだしたら、50万円で出来ると思います。

 普通ですと、私費出版の会社は、一頁あたり、一万円で引き受けます。でも、私みたいに勉強家(?)だと、IT的データも自分で作るから、後は、印刷と製本代が50万円が掛かるだけなのです。

 私費出版の場合は編集作業もしてくれないので、ITデータまで作ったら、あとはバーコードの管理と、自社の名前を貸すだけなのです。そのころは鎌倉のささやかな話をひろったエッセイ集などを作っていたのですから、ぜんぜん危険な文章を書いていたわけでもないから、安心だったのに。まあそんな冗談は後回しにして、印刷製本だいが五十万円ですむ場合、「100万円分を、御社の名前をお借りするためのお礼として、当てましょう」と言うのは、商売としては、妥当な線だと思いますが、田中愛子女史は、暴言を吐いたのです。が、その理由が何であろうかと、後で考えると、

 *1、編集者と言う職業人が、高飛車になりすぎている。・・・・・ということは、絶対に当たっていて、この件で、謀図氏に深い同情をします。(*2.と*3、と後二つ理由がありますが、謀図氏と離れるので後で、機会があったら、語ります)

 謀図氏のこころが受け取っているところによると、それ以上の悪いたくらみが、隠れていたそうです。小学館が商業路線一途に突入し、→ 謀図氏のように手間のかかる漫画を、切り捨てたいと思い始め、その命令の暗喩として、→ 若い編集者を派遣し、侮辱をして、→ 自分から降りるように仕向けたと、感じておられるようです。小学館の方はもちろん、否定している模様ですが、謀図氏の判断が、間違っているとも思えません。

 それは苦しかったでしょうね。お気の毒です。それで、依怙地になってしまった。特に他の会社を捨て、受注を小学館一本に絞った過去の経緯があるそうですから、怒り心頭でしょう。それ以来漫画は断筆をして、タレント活動に入られたそうです。そおからも怒りの深さが伺えます。

 そちらの方が成功して、その力によって、一種の復讐的挽回を果たして、今度は、小学館の方が折れてきて、過去の作品の復刻作業を始めたそうで、そこから、印税が入るから、すこし、気持ちが癒されているところでしょう。
 
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 しかし、氏は、上の経過を、近隣関係に応用したのです。それがよくないと思うのですが、頭がよいので、筋道を最後まで予測して、決行したのでした。で、ニュースが新聞に流れたときから、氏は勝利を信じたと思われます。
 今回、氏のホーム頁をはじめて開いて、そこに掲示板があるのを見て、『やはり』と思いました。新聞のニュースを見て、そこに遠くの町に住んでいるファンからの同情票が集まれば、弁護士とか、調停委員の心証は、影響を受けるでしょうから。しかし、その手の威力を、近隣に応用するのは、まずいのです。ちょっとずるいのです。中立であるべき法が、数の圧力へ屈したということとなるからです。

 が、どうして、そういうずるいことをやってしまったかの謎解きに、これからは、挑みます。

 まず、氏は奈良県の出身です。田舎の出身。これは、ある意味で、個性発揮の人生を歩めるので、羨ましいぐらいです。西原理江子さんも高知県の出身ですが、画才レベルは同じでも、東京出身の女の子には、あれほどのヴァイタリティはありません。東大を卒業していたって、この二人の漫画家ほどの、自信を持っている人には、なって行かれないでしょう。それが東京圏育ちの人間の特徴です。

 ただ、その点は、いいのですが、欠点もあるのです。田舎育ち人間固有のマイナス点とは、自分を抑えて生きる、という『たしなみとか、エチケットがない』ということ。で、『東京圏では、突出する事はいけないのだ』と言う発想がありません。

 吉祥寺南町と言えば、古い住宅地ですから、その元気で突出する感じは嫌われたのではないでしょうか。一区画100坪はあろうし、近隣はサラリーマンとして、上のクラスの人が多く住んでいると思います。一部上場企業の部長以上で退職し、こどもも、大企業の課長や、係長だと言う話が多いでしょう。奥様は、私立の短大ぐらい卒業で。

 となると、それこそ、小市民社会です。それがタレント業とかを排除します。ここでは、タレントさんの方がしたてに出てきたりします。真田宏之さんは、もともと、綱島の人で、結婚して実家と誓い隣駅の日吉、私の実家の北側に新居をお建てになりました。お子さんも小さいので、奥様は、その地域の雰囲気になじもうと、一生懸命だったのです。

 これは、子育ての上では、正解。でも、だんなさんは、真田さんは、地域にそうことを、不自由だと感じられたのではないかなあ。自分では、本当は望んでいないというか、自分にふさわしくないものを押し付けられると言うかな。だから、住まいの立地条件が、二人の離婚の原因になったと思います。で、どちらも悪くないです。ただ、こういう方は繁華街ののホテルを常宿にされるぐらいでもよいと思います。奥様は小市民でだんなさんは芸術家。

 謀図さんは、意固地にならないで、白か、ベージュの塗装にするか、テレビに出るのに便利な六本木辺りの高級マンションにお引越しになったらよかったのに。他人の生活ですから、おせっかいは、いえないけれど、六本木のマンションなら、他の人も個性的だろうから、自由を謳歌できたと思いますけれど。

 ただ、想像できるのは、吉祥寺南町の地域社会から、なんとはないいじめを事前にうけていたのではないかということです。

 「あなたは、ここにふさわしくない」と言う排除や軽蔑の気配を含むものすでに、周りから、何十年にわたり、受けていて、それに反発するために、あのお屋敷を設計し、塗装も企画をしたのなら、すでに、闘争関係に入っているわけですね。そうだとすると、おきのどくでもあります。

 『今まで負けていたから、ここで、ドンと逆転してやろう』と言う意思が、あの設計であったのなら、それにいちゃもんをつけれてても、戦いは、ここでは、やめられない』となるのも、不思議ではないかも知れません。

 冷静な外野席から見ると損なな選択とみえますが、そのお年でそれを選択するとは、もう破れかぶれな、心境に達しているとさえ、みえます。
 そこで、それは、芸術家特有のこころの表れです。昔なら、破滅型といわれたもの。
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 それで、ここまで来て、急に作品を知りたくなりました。ところで鎌倉にはネットカフェは無い。で、貸本としての漫画は読めないので、結局は漫画家の作品なのに、他人が書いた文章で、そのよさを探ることと成りました。グーグルで、探索することと成ります。で、おせっかいで、勝手ですが、私が、ファンからの、オマージュ文をまとめさせていただきます。

 そういうやり方では、もし、この読者のなかに、謀図さんのファンがいたら、もうしわけないのですが、AOLのメルマガの方の、読者の顔や名前を知っている私、が想像すると、謀図さんの作品を知らない人が多いと思えます。そういう年齢層が多い。

 で、短絡的に申すと、氏の最大の傑作は、『洗礼』というものだそうです。

 その作品の傑作度などを詳細にチェックなさりたい方は、グーグルでその単語で改めて検索を頂くこととして、私も『それは、傑作らしい』と、考えるに至りました。

 どうも、戦慄すべき恐ろしさと、日本で生まれた芸術作品としては、最高の催淫度があるらしい。

 主人公は年取った女優「いずみ」で若い命を再び得るために、娘を産んで、育て、その体に、自分の脳を移植することを計画します。娘が小学生になったときにその計画は実行に移され、体は小学生でも、頭脳は大人の元女優である小学生「さくら」に変身します。

 そして、学校で先生を好きに成ります。その先生には奥さんがいるので、略奪を計画します。その過程で、おくさんの方をいじめ抜くらしいのですが、そのプロットとテティルが戦慄するほど、サディステックで、かつ、エロティックで、催淫の効果がある模様です。

 つまり、68歳の私が知っている世界で、他に似たものをあげるとすれば、サド侯爵もの(これは文章ですが)に当たると推定されます。

 しかし、その後で、どんでん返しがあるのです。そこからが、哲学的な道に入り込み、ファンたちは、それをネタばれを防ぐといって、説明を慎重にしています。

 しかし、私はそれを読むのが、しんどいので、読者の中で、そういうものはしんどいなあとおっしゃる方のために、最後まで説明すると、なんと、それまでの、筋一切が、架空のことであったとなっていくのです。つまり、小学生である、さくらの『思い込み』だけが現実の世界であったと、なっていく模様です。
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 これは、非常に個性的な筋立てです。で、こどもというよりも、大人のファンが多いらしい。

 さて、ここから、私独自の世界へ戻ります。
 『あ、そうだったのか?』 と腑に落ちるところがありました。どうして、今日謀図さんの名前をタイトルにして、エッセイをまとめようとしたのかのなぞが解けたのです。

 大原さんの『ワインが割れて、惜しかったねえ』もペンディングになっているし、『前田夫妻を検証していると、共産党と、警察が結びついているはずだと分かって来る』という文章もペンディングになっているし、

 奥島孝康氏をさらに分析して、革マルと、成岡庸司君を分析することもペンディングになっているし、描くべき種は、他に一杯あったのに、今日は謀図氏の赤白段だら模様塗装の住宅を考察すべきだと思ったのは、本当は、これが呼び水というか、これの水脈にたどり着くためなのだ・・・・・ということが。

 昨日アップしたという文章の中に、不倫とか、略奪婚という言葉が出ていますが、それがどんなに残酷なことかということを思い出せと言うサインというか、チャネリングであったことを。グーグルで誤検索を頂くと、謀図氏の『洗礼』の中のいじめの描写がどれほど、すさまじいかを少しhだけ、ご承知いただけるでしょう。
 実は私も安の夫妻から、すさまじく恐ろしいことをすでに、やられています。

 それは、例の水巻事件どころのおそろしさではないと、思う事件です。今は、まだかけません。それは、仮名で、かつフィクションとして描かないと、読者もお読みになる気になれないだろうし、私も、書く気にならないのです。それで、だいぶ間を空けて、フィクションとして、描きましょう。
 
 不倫をする女性は、セックスが最大の結節点だから、自分の子供を生みません。子宮を休めたり、体形が緩むのを避けたいのでしょう。夫婦ともに、その快楽が最大の要求となるから。でね、衰えない肉体を誇るわけですが、ある夫婦の細君の方の肉体が衰えず、いつまでも色気を保つという目的の裏側に、どれほどの他人の犠牲が隠されていたかと思うと、この山のあらゆることの忌まわしさと、私の苦しみの根源がどこにあるかを、知覚することができます。

 その恐ろしさの本質をるいすいさせるためによかったら謀図さん関連のグーグル検索をしていただくか、お若くて、エネルギーを持っていらっしゃる方は、「洗礼」原本をお読みくださいませ。

 私は、いまは、本名で書いているので、(繰り返しになりますが)、本当の安野夫妻の姿は書きません。ただ、浅野嬢という、未婚の純真な女性まで、巻き込んで、人の頭に水をぶっ掛けることが、平気でできる人であると、いう単純な笑い話風な、ところまでで、とどめます。

 そして、安野夫妻の暴虐は、私が夫妻を嫌いだから、こそ、瀬島龍三や、伊藤玄二郎や、井上ひさしには、強力な武器とも見えるのでしょう。
 で、彼女夫妻に私を痛めつけるはずだと言う策が次々と伝授されるわけです。
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 最後に成りました。謀図かずお氏のような大当たりした漫画家でもなく、コオ・シャネルのような大成功した企業家でもない、普通のレベルの人にとっては、一戸建ての家を買ってそこに住むだけでも、成功であり、そこで、安定した平和な生活をしたいと願っているはずです。

 でも、そこにモンスターとか、悪魔が住んでいて、普通の人である自分の神経を、徐々に痛めつけていったら、それは、一種のホラーではありませんでしょうか。今月号の文春に、『悪魔が来たりて、ほらを吹く』と言うタイトルの記事がありましたが、この瀬島龍三とか、伊藤玄二郎、および、井上ひさし(そして、それに教唆されている、安野、前田、石川和子、大原さんのやる事は、悪魔の所業です。もちろん、この山以外で、警察か、CIAがパソコンへの破壊やどろぼう等、いろいろな工作を、やっています。一部の作業は伊藤玄二郎が直接やっているでしょう。

 または、この山に住んでいる人間の誰かが、やっていると考えています。こちらのオープンハウスを狙って、我が家の門前に庭ぼうきを立てるなど、幼稚な悪さを平気でする連中ですから、それらの行動の意味が、この山の水道管入れ替え工事で、見事に、CIAや伊藤玄二郎(+井上ひさし)にむすびついたのです。今はそれをくわしくのべませんが、その構造が目の前に現れたのを、感謝しています。
 
 やっとお約束どおり、一応完成しました。まだ、誤変換をチェックしていませんが、文章はこれ以上は増やさないつもりです。明日、26日、午後零時までに誤変換を直しておきます。では、                2010年9月25日、  雨宮 俊

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婦人公論(セックス優先)か、婦人之友(家事優先)か

2010-09-24 11:08:46 | Weblog
 前々報、パンドラの箱、および、それの改稿である、大原氏で始まる人名の羅列の章の続きは、もちろん、書かないといけません。

 が、昨日上げた中で出てきた、略奪婚という言葉が気にかかります。あの二行だけでは、みなさまは、怪訝な思いがするだけで、どうして、このライターは、こんな下品な言葉をここで使うのだろうとご批判も抱かれるでしょう。
 で、ここで、急遽、前章を昼間だけの公開にして、こちらの文章を、アップします。まだ、『大原光孝、平山郁夫、柄沢斉、・・・・・』というタイトルの方をお読みに頂いていない向きは、どうか、下へスクロールするか、または、左のカレンダーの23日のところをクリックして、そちらもお読みくださいませ。そうして頂けますと幸いです。

 で、今日はどうして、その言葉を確信を持って使うかを説明をさせてくださいませ。これも、鎌倉春秋社社長の伊藤玄二郎が、すでに、26年前に確定的に、瀬島龍三から、選ばれてエージェントとして動いていたことを証明する目的で描くものです。
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 私は、前報では、藤本夫人の悪口を言ったみたいですが、この山の住民の中で、また、彼女の人生すべてを見渡しても、私ほど、愛情を持って、彼女を眺め、受け止めてあげた人材はいないと自負しています。

 私は彼女を、丁寧に注意深く、扱い、その自尊心を満足させてあげることに努めました。それが、一番安全で、かつ、この山が平和になることだったからです。

 イーリアスというホメロスの叙事詩は、「アガメムノン王の怒りを鎮めよ」で始まるわけですが、ともかくにして、誰かが怒っていて、それが、正当なものであれば、ただただ、優しくしてあげて、その怒りを、時とともに、忘れるように導くほかは無いのです。

 でね。私が道路掃除をしている時とか、彼女が庭で彫刻の作業をしているときとかは、生垣越しによく会話を交わしたものです。まさきの下側が、当時すでにすけ透けであり、顔を見ながら、落ち着いて、話し合うことができました。

 で、彼女が吐いた、言葉群のうち、もっとも、印象に残っているのは、「ここは、小市民社会だから」と言うものです。

 この山には、駐車場が無いので、その分安くて、1980年当時3000万円から、5000万円であって、今でも、その程度でしょう。だから、サラリーマンでも買って入ってくることができます。上流階級ぶっている人もいるが、実際は、ささやかで質素な暮らしをしている人が多いのです。
 で、いうなれば、『婦人之友』という雑誌に象徴される世界が展開している谷なのです。そこには、白州正子のエッセイや、幸田文の小説と、家事全般の情報が出ていますが、セックスに関する記事はありません。

 その小市民社会の価値観の中で、きわめて異質だったのが、安野夫人と、石川和子女史です。で、二人は内心で他のメンバーに対して、劣等感を持っていたでしょう。それを覆えすための行動が、例の大声の威信・誇示的な、井戸端会議でした。
 
 この山で、一番上になれるのは、客観的な条件から見れば、石川和子女史です。彼女は誇張もあるだろうが、私に「200人の生徒を抱えている」といいました。三、四箇所の公民館で教えていて、かつ自宅で週に二回、別々の生徒を教えているから、噂話を外へ撒くとしたら、相当広い範囲に、悪口が伝わる可能性がありますので、それを、みんな分かって恐れていて、道を明け渡すところがありました。そして、彼女自身、猫のことでごたごたする以前は、『噂なんか撒いたら、結局は自分の損だ』という、たしなみももっていたでしょう。

 でも、100%の善人でもありません。そのふてぶてしい態度と、芸術ごころとは、程遠い下品さに、怒りを感じたのが、最初の会長の故・古沢氏です。古沢氏は全国的な規模で展開する俳句結社を持っている紳士ですから、自信もある人で、石川和子の態度が、頭に来て、彼女をこの地域から排除しようとまでしたのです。

 「陶芸釜が、木に接しすぎているので、火事になる恐れがある」といって、一回彼女を責めたらしいのです。で、その後で、反対に復讐をされたらしくて、しばらくの間、古沢夫人は、そこに生徒として、通っていました。ご苦労様です。石川和子を慰撫し、「その下に、立ちましたよ」というサインを示すためです。

 こういう実例を見るので、伊藤玄二郎に、やくざっぽいところがあることも分かります。
 
 彼は、『星座』という短歌の雑誌を出版しています。これなども、古沢氏に倣ってはじめたことかもしれません。これが一種の結社形式で、季刊(一年四冊)なのに、誌代が三万円以上です。それは、古沢氏の俳句誌より、ずっとずっと高いでしょう。ともかく、彼は金儲けの達人で、次から次へとアイデアを創出します。

 今は『鎌倉検定』に取り組み中。鎌倉検定は、この不景気で、私費出版の顧客が少なくなった彼にとって、今の、最大の金づるでしょう。で、元に戻れば、
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 そんな強力な支援を受けている彼女でさえ、安野夫人には、頭が上がらず、支配をされていました。でも、喧嘩には、ならないように、二人の間を上手に、調整したキーは、こどもの数だったのです。安野家には、三人の子供がいます。いまどき、子供が三人いるのは、優越ポイントになります。で、安野・石川、両女は力関係的にバランスが取れてきて、和気藹々と、仲良し振りを誇示することと成りました。この二人が結びついているから、あの井戸端会議軍団が、強い力をもったわけです。それは辺りを睥睨し、音による土地の持分以上の環境支配をし、みんなが迷惑をこうむっているのに、それを誰も注意できません。

 二人の通底には、『私たちは、小市民派ではない』という自覚があり、それが、秘密結社めいた結びつきを生んでいたと思われます。どこが小市民的ではないのかというと、その年代にしては、セックス優先の気配が、濃厚なことでした。普通ですと、すでに子育て優先で、油が抜けてくる年齢です。が、二人はまるで違いました。
 ここで、いうなれば二人だけは、婦人公論(恋愛やら、セックスの記事を売り物にしている)を象徴する世界の人だったのです。
 石川和子女史は、鎌倉春秋社社長伊藤玄二郎との、下半身の結びつきから生まれる支援を誇っていた雰囲気があります。まず、看板だけでも揮毫を、里美とんに頼んだものと思われる、おなじ筆跡で、春秋とありますし。
 しかも結婚ですが、野菜の配達人をくわえ込んだ結婚です。古い世代からいえば、野合と成ります。それをまた、隠さないところが大物です。もちろんのこと、面倒見のよい、伊藤玄二郎か、瀬島龍三の世話で、サラリーマンへと夫・柳沢某は変化できました。でも、一週間ごとに夜勤がある形態です。ただし、ここに、このように書けば、さらによいところへ、転職がある予想もつきます。

 ここが六本木なら、かまいません。リエママとして生きるのなら、それもかまいません。が、ここは、小市民社会で、中流の上の階層が、静かに暮らす環境ですから、彼女のその結婚も、古沢氏など古い世代の癇に障ったことでしょう。
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 ここで、上の数節が、古いブランド気質に満ちていると、嫌な思いをなさる方もおありでしょうが、私はすさまじいいじめを多方向にわたって受けていますので、どうしても、こういう言い方に成ります。柳沢某の、ゴルフ場の会員権が、誤配達を偽装して、我が家のポストに入っていたこともあり、常に、「お前は、ゴルフ会員権などもっていないだろう。貧乏人ではないか」と言われ続けていますから、どうしても表現が悪口めいてしまいます。

 だってね。後で、銀行のカードにさまざまな細工もされます。三菱東京UFJ銀行のカードを使おうとしたら、画面に「このカードは三等位です。格が低い」という表示がでて、それ以上、先へ進めないので、銀行の人を呼び出したら、入れこめられたバグが、どうしても解けなかったらしくて、すでに夜で、カウンター業務をやりたくないであろう時間帯なのに、「新しいカードへ作り直しました」といわれました。

 また、普段使いをする湘南信金のカードにも、ひどいバグがしかけられていたこともあります。それは、一回につき、必ず4000円ほど、おろすことに決めていた時期に、青山でおきました。カードが利かなくなったのです。これも、もちろんいたずらだとは分かりましたが、帰りの電車賃もないかと、一瞬、パニックに陥りました。敵にとってはそれが、狙いです。ともかく『辱めを与えて、心労を導き出し、それによって自滅して、書くことができないようにしていく』というのが、これらの、繰り返される攻撃に、共通に見られるパターンなのです。

 きちんと、計画的にお金を使うつもりですが、画廊で本を買うと、すぐお金がなくなります。画廊においてある本は、一週間単位で引っ込んでしまうので、よい本がおいてあったらすぐ買うのですが、画家の本はエッセイでもお高いのです。

 しかし、すぐ、考え直して、7000円と変更しました。するとカードが有効と成りました。で、これは以降、役立つバグ開放システムのひとつとして、この考え方が身につきました。びっくりするような悪さも、パソコンへのしかけなら、ちょっと、パスを変えると解けるのです。

 湘南信金は小さい銀行ですが、三菱東京UFJ銀行は、大きいし、鎌倉支店は、日本一、預金高が多いそうです。で、こういういじめは警察がやっているか、CIAがやっているだろうと推定することと成ります。苦労は果てしが無いですが、その苦労の結果、日本社会の真実が見えてきます。

 特に振り込めさぎ予防の大キャンペーンは、かえって、警察のスパコン支配の実態を明らかにしています。裏(スパコンまで)を支配しているからこそ、表向きも、銀行に警察が過剰に出入りしたいのです。それでは、日本人の自由はまったくなくなりますが、国民総体として、どのくらいの預金残高があり、それをどう奪っていくかの判断のために、その支配が必要なのです。リーマンショックとか、何とかというのは、国民の預金残高がある程度たまった時点で、仕掛けてくることでしょう。で、ここで、『警察も、国際的軍産共同体の手下であろう』と言う推測が成り立ちます。安野夫人や石川和子の存在と行動のおかげで、そこまで見えてきます。
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 ところで、私がなぜ、安野夫人は略奪婚であろうと推察したかですが、彼女が主婦としてはしゃぎすぎだからです。私は八月にここへ引っ越して来ましたが、10月の末には、すでに『彼女は、主婦としても、母としても、この山がデビュー舞台なのであろう。それ以前には、安野氏とは、同居をしていなかったのだろう』と判断しました。回りに迷惑をかけきっている、井戸端会議の主催は、それ以前に、別の地域での、主婦体験が無いことを示唆しています。『ご主人が前の奥様との離婚調停に手間取って、彼女はアパートかマンションの一人暮らしをしながら待っていたのだろう。としたら、このはしゃぎすぎもありえる。し、中学生や高校生を持っているのに、こんなに外へ出ていられるのも、ありえる。母としてのこの時期の義務を知らないのは、それ以前の母の経験がないからだ』とも判断しました。また、この山で一番に成りたがるのは、女として、前夫人に勝ったことの快感が忘れられず、引き続き、それを味わいたいという欲求の表れだと、推察もしました。

 だから、彼女という、たった一人の他人の、生活形態の特殊さが原因で、対等であるべき、私の方が、山を盗まれたり、私道の花畑を盗まれる(それは、崖がゆがんできたので、本当に大変なことなのです。それが、当時から、予測がついていましたので)ことには、猛反対をしました。が、影に瀬島龍三がいて、それゆえに、こう言うすさまじい理不尽さが、実行をされてしまったことが、やがて分かってきます。

 それは、「国立大学、新設ラッシュの件」を考えているうちに、答えが出てきたものでした。以前一回、『それが、石川和子の、面子を回復するために、国費が乱費されている例だ。内実は、お茶大付属高校などの、伝統ある国立大学付属高校のエリート性を薄めるためだ』と、もうしあげました。

 あんまり理不尽にしつこく、彼女が「猫を再び貸せ」と命令するから、私が怒って、「あなたみたいなひとは、私の友人の中にはいなかったわ。特にお茶大付属時代には」と言ったから、面子をつぶされたと、伊藤玄二郎に愚痴ったのでしょう。

 でもね、これは、彼女の方が異常にわがままだから出たせりふなのです。それは、やがて、あの夫婦が、警察官さえ、私的に使役することで証明をされます。

 そして、それを明瞭に、こと上げし始めた私を恐れて、『トカゲの尻尾きりとして、彼女をプロが抹殺をした』か、または、やっとですが、『伊藤玄二郎に叱られて、初めて、自分の未熟さ等に気がつき、恥ずかしさのあまり、ストレスが過剰になって、癌死したか』の、どちらかでしょう。

 『ああ、やはり、天はすべてをお見通しであり、悪すぎる人間の方を成敗してくださる』と思い、ある意味でほっとしたのは、事実です。これはちょう度、その一年後に、大銀杏が倒れて、再びのみしるしとして、神の私へのご支援を感じ取ることができましたし。

 が、それで、終わらないのが、人間世界です。いじめと被害がさらに拡大する状況なので、分析を続けることと成ります。国際的軍産共同体の真実の姿をです。
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 それは、なんと、すでに26年前から顕現をしていたのでした。1986年の三月のある午後、安野家の玄関先で、「国立大学付属高校への入学おめでとうございます」という声とともに、菓子折りを差し出す石川和子を、見せ付けられたときにです。

 その日に、強烈な違和感を抱きました。で、考察を続けることとなったのです。

 国立大学の付属とは、寮を持っていなくて原則として、自宅通学のはずです。菓子折りを持参して祝福するほどの名誉ある国立大学の付属とは、鎌倉からですと、現在の筑波大学の付属しか考えられません。学芸大学だと遠すぎる。
 ただ、筑波大学の付属は高校時には、少数しか取らないはずなので、神奈川県で、トップレベルの成績でないと入れないはずなのです。
 そこに安野さんのお子さんが合格したのなら、鎌倉中で評判になるはずで、御成中学から情報がすでに私へ入っているはずなのに、一切入っていません。

 一方安野君の成績を考えると、国立大学の付属はありえないと成ります。彼は、学校中のペットみたいな存在で、冠言葉として、おいちにおいちにのあひるさんと呼ばれていました。どうして、ペット化してしまったかというと、これもお母さんのせいです。非常に頓珍漢な要求を、学校側にしてしまうので、先生方はあきれています。つまり、今で言う雅子様と学習院みたいな関係です。

 で、学校側は困惑をしているのですが、安野夫人には注意をしません。どうしてかというと、彼女が、通常の意味でのコミュニケーションが取れないほど、勝気な人であることは、誰にでも直感として分かるからでしょう。優雅でしなを作り、若尾文子みたいに振舞う人ですが、何かをすり合わせて妥協点を見つけようとする時には、彼女の方が折れないので、かみ合うべき、端緒が見つからない人なのです。

 で、先生方は一種の鬱憤がたまるので、安野君をペット化したわけです。で、同級生たちも五歳ぐらい下の弟・風に扱っていました。でね、その冠言葉とは、五段階評価で言って、一と二だけだということを示しているから、筑波大学へ途中(高校から)入学できる成績ではないのです。

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 ところで、ここで、安野君自身は、よい子だとお話をしておきましょう。彼は海上保安庁へ就職したので、船の上にいるはずで、自由に帰省をできません。でもね、27歳のときに割りと長い夏休みを取って、帰省をしていました。そのときになんと、我が家に自分のことで謝罪に来てくれたのです。

 うちの子は照れくさかったらしくて、外出してしまいました。が、真実は、中学時転校生特有の、いじめリンチに出会ったらしくて、安野君はそのときの手下として、うちの子へ暴力を振るったのでした。でもね、ちゃんと、謝罪に来てくれるのは、すばらしいことです。海上保安庁に入って、人間として、自信がついて、ご自分で善悪の判断ができるようになったのです。

 しかもそのあとで、ご自宅の屋根の、ペンキ塗り直しをしていました。我が家より、8メートルぐらい低いところにあるので、それがよくみえました。『えらいなあ』と思ったものです。かれの親への感謝の印でしょう。

 ところで、その謝罪時に、何度もこられないからといって、お母さんに我が家にアポを確認に見えたのです。それについては、真実を知った後では『よいお母さんだったなあ。本当のお母さんだ』と感じました。でも、男の子って何も詳しいことを言わないので、私は息子の外出をとめませんでした。安野君は二人でやってきて、あえないことを、ひどく残念がりました。

 この事情の真実は、娘がのちに、結婚前のしずかな二人だけの話し合いのときに、しみじみした雰囲気の中で、ふとという感じで打ち明けてくれたのです。「おにいちゃんは、半そでのワイシャツの下とか、ズボンの中に、すごい怪我をして帰ってきたの。ああいう子たちって、たちが悪いのね。外に見えないところを狙うのよ。でも、おかあさんには、言うな。心配するからと、とめられていたの。それに相手三人を自分ひとりでやっつけて帰ってきたから、その後ではいじめられなかったしね」といってくれたので、事態が、すっかり正しく飲み込めたのでした。これはすべて少年期特有の現象です。

 大原さんに、そのことは感謝しなくては成りませんが、「お宅のお子さん方って、美形ですね』といわれたことがあります。私は顔がよくありませんが、子供たちは雰囲気のよい顔をしているので、それで、転入時に狙われたのでしょう。『人気が出たら大変だから、いま、しばいといてやれ』という発想を、前から住んでいた子が抱いたのです。
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 でもね。私、その菓子折り提出の儀式に対しては、本当に怒りました。アジサイ畑欺もう事件は、藤本夫人に謝罪して、夫人を慰撫すれば起こり得なかった事件なのです。それを中谷氏に話しても、中谷氏は、夫人たちをそういう風には誘導できませんでした。

 『まあ、あの連中は、礼儀知らずで、何にも分かっていないのだから仕方がない。菓子折りを持って謝罪にいくのなどできないのだ』と思っていましたが、この入学祝の菓子折り贈呈式を見せ付けられたあとでは、『なになの、それ。こっちは二千万円を越すかもしれない犠牲を払っているのに。今それをするのなら、二年前のあのころ、どうして、その礼儀が藤本夫人を相手にして、発揮できなかったのですか?』と、思い、怒ったのです。

 しかし、その後、最近になって、国立大学の付属高校の新設が続いていて、やっと真相が分かってきたのでした。当時から、我が家には、室内盗聴が仕掛けられていて、私が何時に外出をするかは、玄関の鍵のしまる音・他で、感知されていた模様です。

 で、タイミングを狙って、あの贈呈が行われ、『安野夫人の方がお前より上だよ』と知らせるのが、この儀式の狙いだったのです。それは、国立大学の付属高校というキーワードで、私がダメージをうけるはずだと見た瀬島龍三の案でしょう。石川和子女史は、伊藤玄二郎から、因果を含められて、この作業を実行したのでした。だから当時から、瀬島龍三の手下として、彼や石川和子が動いていたこととなります。

 そういえば、石川和子女史は、斜め下の、私の方を見ながら発言をしていました。最近まで延々と続く、一連の被害は、この一点に集中していて、常に、私を悲しませ、勇気を失わせようとする方向で、貫かれています。

 で、後で分かったのは、安野君は舞鶴にある海上保安学校へ行ったのです。それは、御両親が見つけた学校だったかも知れませんが、一方で、瀬島龍三が一種の諜略として、見つけてきて、あらゆる便宜を図って可能にした入学だったかも知れません。と思うと、これも、整合性があります。
 今、海猿といって、海上保安庁を舞台にした映画が連続して製作をされています。そして、安野君はそこに勤めているでしょうから、親は、誇りが高いでしょう。となると、『こちらを、へっこませてやるぞ』という、瀬島龍三の考えが、見事に通ったということと、成ります。その当時は、市川に住んでいた井上ひさしが、この原案を作ったとは思えません。

 ところで、付け加えれば、当時は日本は経済が活発で、就職はたくさんあり、収入も将来とも右肩上がりであろうと、みなされていて、それゆえに、みんなが大学進学をしようとしていて、普通高校へ進学することが、優先をされ、そちらが、より普通の進路でした。で、一種の職業高校である、海上保安学校は、今ほどは人気が無かったのです。

 また、たまたま、海上保安大学校が呉にあるので、そちらの評判も耳に入る私ですが、そちらも地元の人には、人気がないとのことです。でも、安野夫人と、石川和子女史は、『最高の学校へ入学できた』と、言う雰囲気で、お互いを祝っていました。その、『私たちは、あんたより、上だよ』というメッセーjの発信は、今でも続いています。

 私がお茶大付属高校の出身であるからこそ、それを誇りとして、威張ることが無いようにするために、全国的に、たくさんの、国立大学付属高校を作って、お茶大付属高校や、筑波大付属高校のエリート性を薄めようとしているのです。

 皆様、ご気分が悪いかも、しれませんが、この山で起きたことが、全国的に敷衍していくという、ひとつの事例として、上のエピソードを上げました。つまり、国家予算は安野夫人と、石川和子女史のプライドを満足させるために、いくらでも拠出されるということです。

 一方で、大相撲が壊滅作戦にあい、その切符を裁いていた、やくざっぽい会社が排除されきって、それゆえに、満員御礼が少なくなったという現象等もあります。そして、それをさらに正当化するために、『やくざは悪い』という大合唱が起きて、鶴岡八幡宮から露店や屋台が一切消えました。一軒だけ、形としては露天商だが、地元の人が、やっているらしい、一筆かきのお店は引き続き出ていますが。

 ともかく、伊藤玄二郎と、それに連なる人たちへの、あまりにも優遇振りが、普通のことといえましょうか。かれが国際的軍産共同体にかわいがられている人間だとしても、八幡宮とか、大相撲という、日本古来の伝統文化さえ、彼一人に左右されている理不尽さを、皆様におしらせしたいです。それを平気なことといえましょうか? 
 無論のこと、私は、「そこまでは、支配はされたくない」と思っています。それに、彼らがそれほど、ひいきされる一方で、私側は、子供を含めて、大変な被害や損害をこうむっています。これを、自分の力では正すことができず、ただ、我慢をしているわけです。

 それをきっと、天は『気の毒だなあ。かわいそうだなあ』と思ってくださり、大銀杏を倒すという形で、まず、鶴岡八幡宮に対して、『伊藤玄二郎(=国際的軍産共同体)の悪い教唆に従わないように』という忠告を下されたのだと思います。

 ただ、今日、このように書くと、今度は、八幡宮様に対しては、別のルート、たとえば、神社庁などを通じて、悪い教唆が入る可能性はつよいです。
 
                      2010年9月24日     雨宮舜
コメント

大原光孝、平山郁夫、柄沢斉、酒井忠康、伊藤玄二郎、井上ひさし

2010-09-23 19:32:27 | Weblog
 以下の文章は、9月22日一杯上げていた、パンドラの箱の改稿版です。
 ずいぶんと読みやすくなっていると、自負します、最初は似ていますが、途中が相当に違いますので、読んでいただくようお願いいたします。

 この文章の目的は、現在の言論弾圧がどういう形で行われるかの実例を書くことですが、特に井上ひさしの特殊な役割が、この一連の「ワインが割れて」のエピソードで明確になった事情を書き抜きます。ただ、本文では、まだ、その導入となっております。一万字・字数制限に引っかかりますので。

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 承前
 まだ50代だった私は今よりは、元気で、トマトペーストを二つと、ワイン二本ぐらいを、毎週ハナマサから買って来ていたのです。でも、たった三キロでも、体が平均よりは弱いので、100を越す石段を一気には上がれず、途中で息を入れていました。で、レジ袋に入れていて、石段に置いたのです。この山の石段は、鎌倉石(砂岩)というやわらかい石でできていますから、あっちこっち欠けていて、レジ袋はゆがみ、ワインは倒れて、あっという間に数段をころころと落ちていき、割れてしまいました。

 ハナマサのワインは、よく売れていて回転が速いので、瑞々しい香りが当たり一面に満ちました。夜でしたが、その香りで、ワインが割れたことは誰にでもわかる状況ができました。で、私が腰をかがめて、ガラスを拾っている時に、脇から「か・わ・さ・き・さあーん。ワインが割れて、惜・し・か・っ・た・ねー」と言いながら、男性が通ったのです。それが、大原さんでした。
 私は激怒しました。
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 大原さんは、口が軽い人ではあります。昔、平山郁夫さんについて、彼が次のように言った時に、私は仰天しました。

 「平山さんはね。実は、奥さんが描いて(代筆)いるんですよ」って。確かに平山さんは多忙です。また、芸大出身の奥様が片時も離れずついているのは、鎌倉駅でよくお見かけするから知っています。そして経済的に成功して大金持ちだから、嫉妬されていて、あっちこっちから、悪口が聞こえてくるひとでもあります。芸大関係者からさえ出ています。それは、私が見るところ、平山さんが優しい性格の人だからでもあり、奥さんがマネージャーとして敏腕であるということをも示していると成ります。

 実際に、奥様は簡単な仕事、たとえば、チャリティ用の色紙などは代筆なさっていたかもしれません。特に画料を取らない仕事ですから、責任もないと、お考えになってね。しかし、そういううわさは、大原さんが外へ出してはいけません。おなじ美術という分野にすんでいる人間として、特にお金を稼いでいるプロ(大原さん)としては、それは、言葉にしてはいけないことのひとつです。

 そして、世間一般の通念としての、人気や偏差値の格としても大原さんの卒業した創形美術学校よりは、芸大の方が上です。また、大原さんはプロとはいえ、会社や学校へ所属をしていない無職ですが、比較して、当時の平山さんは芸大教授であり、後に学長になっていく人です。

 私も堂々と呼び付けで井上ひさし氏を非難しています。しかし、私の場合は、五億円を超える被害がすでにあって、その加害アイデアの提供者が、彼であると信じるゆえんがあって、一種の正当防衛として、すべての文章を書いています。大原さんが平山さんから被害を受けたとは考えられません。非常に安易に平山さんの悪口を言うわけですが、そこから、彼の軽さを知ることができます。

 ただ、美術評論家は意外と心が汚いです。で、
 私は、この言葉の発信源を疑うのです。酒井忠康氏ではないかと。酒井氏は二階堂の住人です。平山さんと、場所的に近い。だから、内輪の話として何かが入っていて、それを酒の席か何かで漏らされたことがあって、そこから、柄沢斉氏を通じて、大原氏に伝わったのではないかと。柄沢氏は創形美術学校の出身で、その縁で、大原氏は、木口版画を習いに行っているそうですから。

 もちろんこの推定が当たっていないかも知れませんが、大原家の令嬢が近代美術館にお勤めをされていたことがあって、当時の館長(決裁者)は酒井忠康氏だったと思います。その点からも、上の想像は当たらずとも遠からずと、感じます。

 もうひとつ推定を裏付ける言動があります。今日これから、考察していく、<猫を脅かすこと>、および、「ワインが割れて惜しかったねえ」という捨て台詞をいうことの両方とも、傲慢不遜な姿勢です。これが大なり小なり、国際的軍産共同体に連なっている人間のとりたがる態度なのです。石川和子女史よりは、洗練をされた人ですが、ここぞというときに内心の汚さが出てしまう大原さんです。

 自分が、この日本で最大の権力者たちに、連なっていると考えると、そういう態度も出てくるでしょう。それが、上から下まで伝播します。一種の『悪貨は良貨を駆逐する』なのですが、本人たちは、その快適さに酔っていて、自分ひとりでは、反省点に達することはできません。

 私は酒井忠康氏は、現代日本において、間接的に、政治的力を発揮していて、それは、日本を悪くする方向だと感じていますが、その弁証用、ルートのひとつが、この大原さんの言動を分析することなのです。栗田玲子女史のラインだけではありません。

 また、井上ひさしと同じく私個人をターゲットにした攻撃も、酒井氏はすでに、数々実行をしています。酒井氏ご自身は、ばれていないと思っておられる様子ですが、ばればれです。私のような注意深い、かつインテリ(それは、知人が頼んだ弁護士の表現ですが)の目をごまかすことは、容易ではないのです。二十件ぐらい気がついていますが、その詳細はいつか書きましょう。今日は井上ひさしを、分析することをメインといたします
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 平山氏と酒井忠康氏から離れて、大原光孝氏へ戻ります。
 彼は、常に自分が勝っていると思っているでしょう。この山でだって、町内会の費用を使って、自分の失敗を糊塗してもらっていますから。それは明日というか、次にその詳細を述べます。

 それに、私は、この山の理不尽さには、ほとんど、反発をしませんでしたから、甘く見下しきっていると思います。多くのたくらみをすでに、やられていますが、どれについても、今までは、戦ってきませんでした。唯一戦ったのは、非合理な地境石の確認をされた、2009年五月四日だけです。でも、石は残っており、主人にそれを認めさせたわけです。

 その際には、これが私をいじめる、・・・・・というか、ともかく、アジサイ畑欺もう事件をなくす目的ですので・・・・・主たる関係者である、安野、前田、大原家等は地境が違うということで、顔も出さず、引っ込んでいました。また、この測量が大いに諜略的要素が強いのを証明するのは、もっとも悪い原因となった、柳沢某と、石川和子夫妻、および、彼らと当時は一種の師弟関係(親が習いに来ている)を結んでいて浅野家も出てきませんでした。ただ、アジサイ畑欺もう事件を一切知らないであろう、平木さんと白井さんが呼ばれて出ていらっしゃり、藤本夫人と討論をしている、私の方を悪人と誤解をした模様です。私は別に、その二人の様子には、顧慮いたしませんでした。最終的には善とか正義が勝つと信じていますので。日本が真の法治国家ならそうなるでしょう。

 で、戦ったといっても、この件も中途半端なところで終わっているので、向こうとしては、『自分たちが勝ったのだ』と誤解をしているかも知れません。だけど、その後で、天は、石川和子女史の命を奪い、大銀杏を倒されたわけです。姑息でずるい手段をとると、必ず天が、悪者を成敗なさいます。柳沢某は、自分の幼稚過ぎる面子を通した結果、収入という面では、金の卵である奥さんを失ったわけです。心理的にも大切だった年寺、大ばか者です。哲学を知らないとこういう結果に成ります。

 ところで、測量の日に戻れば、ほ、ほー。と思うほど、この山にある悪の本質が露見した日でした。これの発案者が誰何か、私側に対応するエッセイが無いので、確定できませんが、伊藤玄二郎か、二人羽織か、この山の安野、前田家のご主人辺りが計画をして、藤本夫人を動かしたのでしょう。
 私の見るところでは、彼らが、どこまで努力しても、悪者固有の悪あがきに過ぎないと言う結果に成ります。

 期日としては、石川和子女史の死亡が三月で、測量が五月だったので、あい前後していますが、全体像としては、すべてアジサイ畑欺もう事件が関連しているデキゴトです。
 また慶応大学出身で紳士である、富沢氏は、私の論理に影響を受ける可能性があるとみなされて、出てこないように図られていた(つまり、呼び出しをかけられていなかった)となります。この測量の件は将来、また、詳述します。

 それも、じっと我慢をしていましたが、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れる(3月)とか、大相撲壊滅作戦の勃興、(6月から、9がつへかけて)に、出会って、潮目が変わったことを知り、初めて重い腰をあげたのです。25年間ひたすら我慢をしたあげくに。
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 うちの主人や、息子など大原さんを「軽い人だ」と常に言い、「そのひどい言葉も、彼にすれば、単なるジョークだったんだよ。おかあさん、許しておやりよ。右から左に流して。流して」と言うのですが、私は違うと思っています。特に最近、意図的に子供や主人に話しかけて、長話をしているようですが、それに、戦略としてのにおいを感じ、非常に嫌なことだと思っています。だから、腹黒い人間の一人だと見ています。しかも個人的な意思から出ていることではなくて、伊藤玄二郎あたりから、それを教唆されていることさえ感じます。もちろん間に安野夫人とか、前田夫人を挟んでいるでしょうが。
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 それは、藤本家の夫婦仲を決定的に裂いた中谷氏の手法と、同じだからです。前にそれについては一度述べていますが、あれでは足りなかったと思います。もっと、実情を明らかにさせてくださいませ。

 藤本氏が、奥様から、切り捨てられてしまったとは、以前申しておりますが、それがどうして、私に分かったかというと、
 回覧板を持っていたときに、奥様が留守だったからです。

 玄関の右側(北)の部屋から、よろい戸(いつも閉め切ってある)を通してご主人のよわ弱しい返事が聞こえたので、玄関が開くのを待っていたのですが、ドアがあくまでに5分程度かかり、ご主人の足が不自由になっていることを知りました。で、のちほど、生ごみをご自分で捨てに、行っておられるときも、歩みが遅くて、気の毒で、毎日石段を降りるお嬢様にどうして、頼めないのだろうかと、不思議きわまりなかったのです。
 お嬢様は学校の先生なので、毎日山を降ります。そのときに、45リットルか70リットルの大きな生ごみ袋を持って下へ降りられます。十分に豊かな家の生ごみの量。

 だけど、ご主人は、ちいさなレジ袋がへっこんだぐらいの量を、本当にゆっくりゆっくり歩いて、捨てておられました。ということは、紙ごみがない。ということは、ほとんど寝たきりに近い状態であると、感じました。インテリだったご主人は、最晩年は、一番好きであろう、書くとか読むとか言う、紙を使う趣味はなにもできず、ただ、北側のよろいどのしまった六畳程度の部屋で、穆念として、半分寝たきり状態で暮らしておられたのです。

 最終的には入院ということとなったでしょうが、我が家の両親の、お互いにいたわりあい、現在で得られる最高の医療を受けた父、または入院をしていないが、毎日見舞い客が老人ホームに来る母とは大違いです。

 夫婦とは、結婚後、喧嘩などいろいろあります。中年時は、別に、平和で夢のような暮らしを続けるわけでもありません。でも、妥協しあってきて、最晩年には、お互いに弱ってきた体をいたわり、助け合う一種の保障制度なのです。それが無残にも最終段階で他人に、壊されたのでした。

 そのご主人が亡くなっただいぶ後のことですが、ある夜1時ごろ、私がごみ捨てに行ったときがあります。ここはごみ捨てのためだけでも、ゆっくり歩けば10分かかりますが、その間中、藤本家のお嬢さんが携帯チェックしているのを見た事があります。『あれ、あと、30秒で家に到着できるのに、どうしてここで、メールチェックなの』と、それに10分以上もと、ひどく驚きました。

 もちろん、いささか、微笑ましてた。お嬢様のために、祝福したいぐらいでした。お母様に見咎められたくないという種類のメールは、男性を相手のものでしょうから、『ああ、よかった。このお嬢様にも、ちゃんとした大人としての人生があるみたいで』と喜びました。

 でも、そのエピソードから、さらに、ご主人がどんなに、気の毒な生活を送っていらっしゃったかが推定できたのです。奥様とお嬢様は週末には、南側の居間で仲良く会話をなさっておられるのですが、その仲良し振りが、実は、北側に住んでいるご主人を阻害するためのものではなかったかと、気がついて。

 藤本夫人は夫に激怒した直後から、娘さんを自分側に、過剰なレベルで取り込んだのでした。お嬢さんは普段、これもよろい戸であるので、灯火の関係からおきていらっしゃるのがわかる、東南の個室を使っておられ、夜の11時過ぎにはそこに、こもっておられます。おかあさまは西南の個室を使っておられる。間に、5,6メートルの間口の居間があるので、私なんかから見ると、充分にプライヴァシーが保たれているように見え、どうして、石段の途中で、夜の11時近くに、長時間携帯メールをチェックする必要があるのかを、推定できません。無理に、無理に推察すれば、それだけ、お母さんに気兼ねで気を使う必要があるのでしょう。
  
 そして、そういうモンスター母にしてしまったのが、この山の特殊な環境でした。集団いじめに対抗するために、意固地の限りになってしまったのです。しかもよりあくどいことは、最近では、あじさい畑欺もう事件に責任がある、そちら側の先鋒の安野夫人が、積極的に、近づいていって、藤本夫人を篭絡しています。

 それは、違法に入れられた地境石を、再測量をさせ、それによって、さらに既成事実を重ね、あじさい畑欺もう事件をなし崩しに、なきものにしていこうという策略なのです。たしかにそれを、主人が、認めてしまっていますから、敵側はうは、うは、と、喜んでいるでしょう。だけど、私にすれば、26年前の藤本夫人以上に、激怒しているところです。

 藤本夫人は、鎌倉駅すぐそばで開業をしていた医者の娘で、恵まれて育った人なので、純真です。それにつけ込んで、たらしこむわけですが、こういう手法からみても、『安野夫人は略奪婚の勝利者では、無かったかなあ』と推定するわけです。

 彼女が略奪婚に成功してから、ここへ転入してきたと,考えると、あじさい畑ぎもう事件にまつわる一連の忌まわしさが、なぜ生起したかのなぞが、解きやすくなるのですが。

 ともかく、安野夫人は、他人が持っている良質なものはなんでもほしくなり、結局はすべてを盗ってしまう人です。藤本夫人・ご本人はすでに、地境石など、どっちでも、よくなっていて、私に、「取り去ってもいいのよ」とおっしゃっているが、この山の主婦軍団、とその後ろにいる、伊藤玄二郎が、それを死守するように説得をしているのでしょう。藤本夫人が今、鷹揚になっているわけは、その駐車場そばに新居を建て、しかも駐車場収入が多いから、大金持ちになっておられるからです。

 そこの時間貸し部分は、鎌倉一安いです。必要以上のお金は得ないでおきましょうという、藤本家側の生来の上品さを感じます。

 ところで、数節元へもどります。その不自然なお嬢さんの姿をみた夜に、さらに新しく気がついたことこそ、あの当時ご主人が北に押しこめられきっていたということです。前田家の、後はいり猫のノエミちゃんが北側に押し込められきっていて、やせ細っていて、やがて、石川家に入り浸りになってしまったとは、過去に述べました。猫は健康に歩けたので、次の安住の地を見つけ出せたわけですが、藤本氏は歩けないし、アパートを借り直すほどの気力も体力も無い段階で、ただひとり、北側に追いやられていたのです。

 しかも夫人は週末には、週末にはそこにお嬢様を巻き込んで、ことさらに楽しそうに会話をなさっていました。と言う事は、それを、一人北側のベッドで聞いているご主人はどん何さびしく辛かっただろうかと今の私は、感じます。

 よく新聞で老人の自殺への解説記事を見ます・・・・・連れ合いが死んで、単身になった後で、子ども所帯と同居をしたが、『おばあちゃん、(または、おじいちゃん、)汚いわ』とか孫世代に言われて、北側の六畳程度の和室で、ひとりで食事をする。そのために、老人夫婦だけで、暮らしていたころより、はるかに激しい孤独感に襲われ、自殺をするのだ・・・・・と書いてあります。
 それは、60過ぎ、とか、70過ぎに急に同居をするので、仕方がないとして、老人側がひたすら我慢をするわけですが、藤本家のように、ほぼ、50年も一緒に暮らしてきた妻から、最晩年にこれほど、拒絶をされ、普通なら父親を慕うはずの娘にまで、きつく疎外をされた、ケースは、その気の毒さを想像して余りあります。
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 そして、その手法が私一家へも連綿と応用をされています。藤本夫人を支配した先例があるから、『それを、やって良いことだ』と勘違いした結果です。文章に書いて分析すれば、「ワインが割れて、惜しかったねえ」も恥ずかしさのきわみであろう言動ですが、セルフコントロールも何もできない下劣そのものの思考が蔓延している地域ですから、平気で口をついて出るのです。

 そういう下劣な夫婦が偉ぶっているから、あじさい畑欺もう事件という理不尽極まりないものも、おきました。私は、そこだけでも被害が、玄関のコンクリートに裂け目が入っていることからも、もしかすると、数千万円になるやも知れませんが、そのほかの、それに敷衍して起きた、脅迫行為の数々をあわせると、五億円を悠に越しますので、これからは、戦うと、決めたのです。

 今現在、私は夫を、敵方にしばしば取り込まれていて、会社人間だった夫が、藤本氏と同じく、敵側を優先する時があり、そのたびに大喧嘩をします。それは、「利敵行為だから困る」と、説得する際には、ほとんど、離婚せんばかりの状況となります。大変な負担とストレスを夫婦ともに、浴び続けています。人権蹂躙の最たるものです。そこまでの過干渉を近隣から受けるのは、人権蹂躙の最たるもので、それひとつとっても、ここは、心理学的にいえば、ひどく悪い環境です。

 そして、もし、私が引っ越していけば、次のターゲットが選ばれ、永遠にこの・・・・・スケープゴートを見つけ出し、それをいじめることによって、団結を維持し、自分たちだけの優位性を、確保しようとする・・・・無神経な主婦たちの、わがままは繰り返されるでしょう。300か、400ほど、個数がある普通の住宅団地なら、そちらのわがまま主婦軍団の方が、淘汰され追い出されるはずですが、ここでは、その特殊な地形により、この集団いじめ構造により、いじめ軍団が勝つという機能が、過去、27年にわたり、生き続けてきたのでした。私の想像するところ、安野夫人は略奪婚だから、ここが主婦としての初めての居住地だから、略奪婚の崔の、勝利の味が忘れられず、どんなときもどんな小さな案件でも、自分が勝ちたいと願うので、面倒くさい、怖いひととなります。で、他人が道を明けてくれるのに、「自分は素敵な人間だ」と思い込み、過剰な自信を持っている人です。で、あれほどのばかげた態度が、取れるのだと、推定しています。

 それに迎合した、石川和子女史は、瀬島龍三にあく利用をされ、私を圧迫するために過剰の誉めそやされ、地位や名誉を与えられた勘違い人間ですから、あれほど、ばかげたことが容易にできるわけです。

 前田夫人は、実は気が弱いのでしょう。しかも前の居住地で、失敗をしてきたと推定しています、つまり、嫌われてきた過去がある。で、今度はうまく立ち回ろうとして、動物として怖い安野夫人などへ過剰適応してしまうのが今の姿だと思っています。
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 で、そういう詳しいことを息子などには説明しないわけですから、息子など能天気に、『あの人は軽いだけだよ。おかあさん、許してやりなよ』と言うわけです。そして、それをハッキングで、告げられた大原氏は、息子を取り込むことと成ります。

 最近では、我が家の息子や、主人を篭絡するべく、長話を仕掛けています。絶対に軽いだけの人でもない。私はこの後者についても、激怒しています。

 で、『ワインが、割れて惜しかったねえ』と言うせりふを、理論的に分析し始めました。戦う際は、心も頭も整理しておかなければなりませんから。感情が激して、パニックに陥った、柳沢某とは、私は、人種が違うのです。
 まるで福田元総理みたいな言い方に成りますが、彼らが、私のオープンハウスの前夜に、門に庭ぼうきを立てかけるという悪さを、した件をも、今日あらたに、お伝えして、どれほど、おつむが軽いかも証明をさせてくださいませ。その庭ぼうきを立てた理由は分かります。だけど、鎌倉春秋社の名前を遣わしてもらっている格の高いはずの人間が、そこまで馬鹿になるのは、信じがたいです。
 また、鎌倉市の公民館を、こんな連中に貸したとは、ちょっと、貸した(故・小島市長当時だと思うが)、市長が、無責任に過ぎます。

 鎌倉春秋社の社長、伊藤玄二郎の名前で、屈したというのなら、伊藤玄二郎こそ低劣極まりないとなります。

 で、大原氏の捨て台詞にたたかうために、分析文を書いたのですが、それから、先にどうなったかは、次に続くとさせてくださいませ。
 
 今日、平山郁夫さんの件までだしたのは、『これでは、大原さんのあくどさが、きわまっている』と思った、サッシの開け閉めで、猫を脅かした件がきっかけです。腹をくくって書きました。私は猫を、一年に一回か、二回しか散歩させません。犬を散歩させる前田さん、花輪さん、浅野さん他が、道路を使う頻度とは、二年で、数千回の差があります。そして犬の方が、犬同士が出会ったときにあげる騒音は大きい。どうして私が、邪魔されないといけないのだろう。
 そんな極小の、かつ基本的な権利が、どうして守られないのだ。

 大原さんは、道路が必ず、四メートル無くてはいけないと言う論理に従って、あじさい畑を盗った時の役員のひとりなのですよ。その責任があるでしょう。そんな論理で人に、大損害を与えておきながら、自分の家の目の前の道路幅は、三メートルにも足りないのです。で、さらに紛糾すれば、鎌倉市は、「どうして、こういう状況下で、彼の家の新築の許可をおろしたのですか?」と問い合わせることになるでしょう。道義的にどうなっているのですかと、問い合わせます。私の土地を奪わなければ、そこには触れませんが、奪ってしまって26年も経っています。それを、こちらは、ずっと、目をつぶってあげているのに、どうして、今、猫まで、いじめられないといけないのかしら?

 天に、問い合わせます。『これが普通の人間のやることですか?」と。こういういじめ連中の代表たる前田夫人を、國學院大學へ推薦すると言う方法で、ご支援を、もし、本当に鶴岡八幡宮がなさったのなら、天はお怒りに成り、その象徴たる大銀杏を倒すのもむべなるかなと、私は信じます。

 ともかく、これは、ひどい。ひどすぎる。「絶対に、これを記録し、発表をする」と心を決めました。2010年9月23日  雨宮 舜
コメント

パンドラの箱をあけた、特別な音。『ワインが割れてー2』

2010-09-22 16:09:08 | Weblog
 以下の文章の目的は現在の言論弾圧がどういう形で行われるかの実例を書くことですが、特に井上ひさしの特殊な役割が、この一連の「ワインが割れて」のエピソードで初めて、私の方に明瞭になったのをお知らせすることです。で、副題を、「井上ひさしの特殊任務ー2」とさせてくださいませ。
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 承前
 そのバター払底事件や、ワインの一店舗内での払底事件よりさらに五年以上過去へとさかのぼらせてくださいませ。

 そのころは、私も元気で、トマトペーストを二つと、ワイン二本ぐらいを、毎週ハナマサから買って来ていたのです。でたった三キロでも、体が弱いので、100を越す石段を一気には上がれず、途中で息を入れていました。
 そのころは、アテンダントバッグ(通称ころころ)は、使っておらず、レジ袋に入れていて、それを、石段に置いたのです。ところで、この山の石段は、鎌倉石(砂岩)というやわらかい石でできていますから、あっちこっち欠けていて、レジ袋はゆがみ、ワインは倒れて、あっという間に数段をころころと落ちていき、割れてしまいました。

 ハナマサのワインは、よく売れていて回転が速いので、瑞々しい香りが当たり一面に満ちました。夜でしたが、その香りで、ワインが割れたことは誰にでもわかる状況ができました。で、私が腰をかがめて、ガラスを拾っているときに、脇から「か・わ・さ・き・さあーん。ワインが割れて、惜・し・か・っ・た・ねー」と言いながら、男性が通ったのです。それが、大原さんでした。
 私は激怒しました。
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 大原さんは、口が軽い人ではあります。昔、平山郁夫さんについて、彼が次のように言ったときに、私は仰天しました。

 「平山さんはね。実は、奥さんが描いて(代筆)いるんですよ」って。確かに平山さんは多忙です。また、芸大出身の奥様が片時も離れずついているのは、鎌倉駅でよくお見かけするから知っています。そして経済的に成功して大金持ちだから、嫉妬されていて、あっちこっちから、悪口が聞こえてもきます。芸大関係者からさえ出ています。それは、私が見るところ、平山さんが優しい性格の人だからでもあり、奥さんがマネージャーとして敏腕であるということをも示していると成ります。

 実際に、奥様は簡単な仕事、たとえば、八幡宮の雪洞などはだいひつなさっていたかもしれません。特に画料を取らない仕事ですから、責任もないと、簡単にお考えになってね。しかし、おなじ美術という分野にすんでいる人間としては、それは、素人には漏らしてはいけない秘密のひとつです。特にプロとしてお金を稼いでいる人間同士として、守らなければならない一線があります。

 そして、大学の格としても大原さんの卒業した、創形美術学校は、世間一般の通念からしたら、芸大の下です。また、大原さんは無職で、比して、当時の平山さんは芸大教授であり、後に学長になっていく人です。

 私も堂々と呼び付けで井上ひさし氏を非難しています。しかし、私の場合は、五億円を超える被害がすでにあって、その加害アイデアの提供者が、彼であると信じるゆえんがあって、一種の正当防衛として、すべての文章を書いています。大原さんが平山さんから被害を受けたとは考えられません。非常に安易に平山さんの悪口を言うわけですが、そこから、

 私は、この言葉の発信源を疑うのです。酒井忠康氏ではないかと。酒井氏は二階堂の住人です。平山さんと、場所的に近い。だから、内輪の話として何かが入っていて、それを酒の席か何かで漏らされたことがあって、そこから、柄沢斉氏を通じて、大原氏に伝わったのではないかと推察するのです。柄沢氏は創形美術学校の出身で、その縁で、大原氏は、木口版画を習いに行っているそうですから。

 もちろん、この推定は当たっていないかもしれません。でも、大原家の令嬢が近代美術館にお勤めをされていたことがあって、当時の館長(決裁者)は酒井忠康氏だったと思います。その点からも、上の想像は当たらずとも遠からずと感じます。

 もうひとつ推定を裏付ける言動があります。今日これから、考察していく、猫を脅かすこと、および、「ワインが割れて惜しかったねえ」という捨て台詞の両方とも、人の基本的部分さえ尊敬しない傲慢至極な姿勢です。これが大なり小なり、国際的軍産共同体に連なっている人間の撮りたがる態度なのです。それが、上から下まで伝播します。一種の悪貨は良貨を駆逐する』なのですが、本人たちは、その快適さに酔っていて、自分ひとりで、反省点に達することはできません。

 私は酒井忠康氏は、現代日本において、間接的に、政治的力を発揮していて、それは、日本を悪くする方向だと感じていますが、その弁証酔う、ルートのひとつが、この大原さんおn言動を分析することなのです。

 彼は、常に自分が勝っていると思っているd勝。だって、私はほとんど、反発をしまえんからね。多くのたくらみをすでに、やられていますが、どれについても、最終局面似たssるまでは、反論をしません。
 うちの主人や、息子など、彼を軽い人だと常に言い、「そのひどい言葉も、彼にすれば、単なるジョークだったんだよ。おかあさん、許しておやりよ。右から左に流して。流して」と言うのですが、私は違うと思っています。特に最近、意図的に子供や主人に話しかけて、長話をしているようですが、それに、戦略としてのにおいを感じ、非常に嫌なことだと思っています。

 それは、藤本家の夫婦仲を決定的に裂いた手法と同じだからです。
 前にそれについては一度述べていますが、あれでは足りなかったと思います。もっと、実情を明らかにさせてくださいませ。
 
 藤本家は、お金持ちではあります。鎌倉駅の改札口から歩いて二分ぐらいのところに、親から相続したひろい土地があって、そこで、駐車場を前から経営しておられるから、昔から今でも、ずっとお金持ちです。だから、時間貸し駐車場の料金は鎌倉一安いぐらいです。

 でね。お嬢様固有の世間知らずと、わがままなところがあります。ご主人の方は会社か、学校へお勤めだったでしょうから、それなりに、社会性があります。そこへ前の会長の中谷氏はつけこんだのですが、根本の原因は、当時四十代だった、脂ぎった主婦軍団に在りました。

 一度、夜、11時ごろごみ捨てのために、私が石段を歩いていた時に、藤本家の令嬢(といっても、事件当時でアラフォーであり、いまでは60過ぎでしょう)が携帯チェックしているのを見た事があります。『あれ、あと、30秒で家に到着できるのに、どうしてここで、メールチェックなの』と、ひどく驚きました。が、藤本夫人は夫に激怒した直後から、娘さんを自分側に取り込んだのでした。お嬢さんは委細が分かっているのか、分かっていないのか、私には不明ですが、お母様の父親疎外に協力をしていたのです。でも、いろいろと、心理学的に言えば、不自由な生活で大切なメールほど、自宅でも電車の中でも見る事が出来なかったと思われます。

 お母様は、北側にご主人を追い込んで、ウィークデーは南側の今を選挙していたわけですが、週末にはそこにお嬢様を巻き込んで、ことさらに楽しそうに会話をなさっていました。と言う事は、それを、一人ベッドで聞いているご主人はどういう思いをなさっていたでしょう。よく新聞で老人の自殺への解説記事を見ます。連れ合いが死んで、単身になった後で、子ども所帯と同居をしたが、『おばあちゃん、(または、おじいちゃん、)汚いわ』とか孫世代に言われて、北側の六畳程度の和室で、ひとりで食事をする。そのために、老人夫婦だけで、暮らしていたころより、はるかに激しい孤独感に襲われ、自殺をするのだと書いてあります。
 それは、60過ぎ、とか、70過ぎに急に同居をするので、仕方がないとして、老人側がひたすら我慢をするわけですが、藤本家のように、ほぼ、50年も一緒に暮らしてきた妻から、最晩年にこれほど、拒絶をされ、普通なら父親を慕うはずの娘にまで、きつく疎外をされた、ケースは、その気の毒さを想像して余りあります。
 そして、その手法が私一家へも連綿と応用をされています。柳沢某が、猫の反乱ごときに、逆上して、警官に、『あそこの奥さんを、旦那さんに叱ってもらうように、旦那に命令をして欲しい』と頼んだのも、藤本夫人を支配した先例があるから、『それを、やって良いことだ』と勘違いした結果です。文章に書いて分析すれば、恥ずかしさのきわみであろう言ですが、やってしまうのです。でも、自分たちの欲得のために、他人の家庭を壊すなど、人権蹂躙の最たるものです。

 今現在、私は夫を敵方にしばしば取り込まれていて、そちらを優先する夫から、理不尽な忠告を受ける事があり、そのたびに大喧嘩をします。それは、「利敵行為だから困る」と、説得する際には、ほとんど、離婚せんばかりの状況となります。大変な負担とストレスを夫婦ともに、浴び続けています。ここは、心理学的にいえば、ひどく悪い環境です。

そして、もし、私が引っ越していけば、次のターゲットが選ばれ、永遠にこの・・・・・スケープゴートを見つけ出し、それをいじめることによって、団結を維持し、自分たちだけの優位性を、確保しようとする・・・・無神経な主婦たちの、わがままは繰り返されるでしょう。普通なら、そちらの方が淘汰されるはずですが、ここでは、その特殊な地形により、この機能が、過去、27年にわたり、生き続けてきたのです。


 最近では、我が家の息子や、主人を篭絡するべく、長話を仕掛けています。絶対に軽いだけの人でもない。私はこの後者についても、激怒しています。

 息子が偉いから、「実質的な、盗みである事実が消える」などということはありえません。法治国家なら。

 それに、大原氏の本当に、言いたいことは、「お宅のお子さん方は、東大には行かれなかったよね」と、いうところにあるからです。人を見下して、やっつけてやろうという形での攻撃です。軽くなんか無いひとです。名作ドラマ『北の国から』で、「へなまずるい」という言葉がよく出てきましたが、それに当たる人なのです。あとで、詳しく、どうして、そういう人格ができてしまったのかの謎はといていきます。簡単に言えば、内面的な不満を抱えている人であるからと、言うことに成ります。

しかもご養子さんらしいのです。そこに大きな問題点が隠れています。つまり、スポイルド・チルドレンの典型なのです。そのことは、ご養子であるということを知る前から,わかっていました。どの年齢で養子に入られたかが問題ですが、養子は、大学を出て、資産とか、加盟を告がせる目的でするのはいいが、子育てを楽しみたいとか、老後の面倒を見てもらいたいという目的ですると、お子さん側がかわいそうだということをこの例でも感じます。きちんと、内面まで育つような愛情とは、とても、難しいもので、養母には与えられないものだったのかもしれません。

みんな誰だって、不満を抱くことはあります。それで、いいたいことはたくさんあるという状態になっているけれど、『これ以上は、中流の上を目指している、自分自身の瑕疵になるから、いわない』という歯止めがあります。それがない。だから、平気で、「浅野さんの娘さんは、学校でいじめられていて、云々」という表現も出てしまいます。

 それぷらす、この山の人たちが、こどもの進学先(特に高校)の偏差値レベルで、単純に、一軒一軒の上下関係を決めているということも、弊害を生んでいたのだということをも、ここで明記しておきたいと感じます。団地の規模が、大きければ、そんな尺度は通用しないのですが、ここの実質的に、15件程度という規模が、そんな単純な尺度を許したのです。最近親の方が年取ってきて、受験期のお子さんがここから、いなくなってしまったので、その点では落ち着いてきました。日々の生活が、普通にかつ自然に進行していれば、問題は減っていくはずでした。
が、さらに挑発行為が続くので、私は、ここで、問題点を、書き続けるわけです。

 子供の進学先と言う件で、この山から、全国的規模へ発展したこととは、農学部の生物環境学科への改名、国立大学付属高校を全国的規模で、多数の新設する等の問題があります。それらを分析して行った結果、現代日本の真実の政治構造、特に、国際的軍産共同体の動きに、私が目覚めるということなったのです。

その低劣さですが、「あなただって、今この世界で展開しているではないの?」といわれちゃいそうです。「おちんこと、おまんこで始まる、道路上のいたずら描き」とかは、自分でも自覚をしています。二冊目の本の中では「うんこ座り」という表現も使い、それこそ、先輩たちをどきどきさせました。文化勲章受章者、高木貞一博士のお嬢様である高木きよ子文学博士など、それを、「びっくりしちゃいます」と仰っています。下品でも、書こうと決意したのは、

これは、「あくどさがきわまっているね」と思った、サッシの開け閉めで、猫を脅かした件がきっかけです。それがパンドラの箱を開けました。で、ついでに汚いことをここで、まとめて言ってしまうと、オープンハウスをしようとすると、真夜中に我が家の門前に庭ぼうきが立てかけられてあったりします。彼らが下品なので、こちらの文章表現も、どうしても、下品極まりない事となっていきます。

これらの下品さの根源は井上ひさし、と、伊藤玄二郎にあるわけですが、社会的にそちらが権威があると、信じているから、自分たちが下品なことをやっているということに気がつかないのです。中流の上、もしくは、上流を目指すのなら「あなたが普段やっていることは、マイナスですよ。ご自身に」と言いたい。でも、言っても言っても限りが無いほど、新しいいじめをします。で、この山は、『悪貨は良貨を駆逐する』と言う法則を証明する、大実験場となっています。

 「猫の散歩なんて、小さいことだ」と、世の中の人はおっしゃるかしら? でも、私は猫を、4年の間に、5,6回ぐらいしか、古沢家前で散歩をさせてはいないのですよ。それに比較をすると、花輪家など、20年以上小型犬を散歩させていらっしゃるから、何百回か、きゃんきゃん、きゃんきゃん、いう啼き声を聞いていますよ。浅野家は大型犬を散歩させています。それが花輪家の犬と遭遇すると、犬同士が大騒ぎです。それから、前田家も、15年近く、しば犬を散歩させていますね。

 この山に蔓延しているムードというのは、強い側に立っていれば何をしてもよいし、弱い側に立っている人間は何をして、いじめてもよいというムードです。それが、「猫を脅す」という行動に現れます。前田家に連携している彼らすべての、犬の散歩の回数の合計から比較すれば、こちらが行使したのは、一万分の一ほどの小さな権利です。そういう権利さえ認められていない。これは、ひどい。ひどすぎる。「絶対に、これを記録する」と、決意しました。どんな社会に持っていっても、ここで、おきていることは、『それは、驚くべき汚いことだ』と判定されるでしょう。この国が真の法治国家であるなら、絶対に私が勝てます。

それなのに、我慢に我慢を重ねて、何も行動を起こしていない、私ですが、その我慢に報いて、大銀杏が倒れるという形で、天は、一度、救いを示して、くださったわけです。
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 ところで、大原氏を分析することへ戻ります。私は攻撃を受けるとすぐ相手を分析します。都会(木が多くても、ここは東京圏内です)で生活する際の要諦は、他人を「自分より上である」とみなしておくことだと私は信じています。相手を下だと思ったり、上下関係を作り、ピラミッドを構築しようとするのは、田舎者の発想です。

前田夫人が「静岡県の出身だ」と聞いて『なるほど』と思いました。静岡県とは、普通なら、温暖な気候の影響で、善人が生まれると聞いているのに不思議です。これから、書いていきますが、悪意むんむんの行動が多い。おなじ静岡県出身でも、古沢夫人は徳川慶喜公と一緒に下った江戸の人だと感じますね。都会派です。きちんとしていて、公平です。

ところで、今日の主役の大原家ですが、養子だと聞いてから、これも『なるほど』と思いました。みかけは都会っぽく振舞っていらっしゃるし、お父様が吉原で医者をしていたと聞いていたので、東京出身だと思い込んでいましたが、ご養子なら、高知県の出身です。それから、町内会長だった中谷氏は二世だから、広島県の出身でしょう。そこが田舎だったのか、カリフォルニアが、ほんとうのところ、田舎なのかな? または、親が、農場の経営をされていたので、農民っぽい、古い感覚を保持しているのだろうか? また、中谷さんの前に、古沢氏は北関東の農家の出です。これは、前田氏がまわした回覧板からしったこと。
 ともかく、ここの町内会のルールは、極めて、田舎っぽいです。他の町より、50年か100年は古い思想の基に運営をされています。だから、あじさい畑欺もう事件も起こりました。『いまどき、こんな運営が通るとは、信じがたい』と思うほどです。それは、石段修復の件で、見事に、証明をされましたが、その詳細は次の機会に述べましょう。
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 で、大原氏とか、大原家は、内面の真実が、田舎ものだから、『権利の平等と言うことが、全然と言ってよいほど、分かっていない』ので、一年に一回も行わない、私の、猫の散歩を音で、脅かすという行為が平気でできたことがやっと理解できてきます。『強いものの側に立っていれば、何をやってもよい』という発想です。

 ただね、猫から離れて「ワインが割れて惜しかったねえ」というせりふの方へもどれば、、出身地以外の要素を点検しないといけません。
奥様と母君は、彼を別の言葉で表現されます。「かれは、繊細で、世渡りが下手で、社会人として、外へ出られないの。電通の仕事も頼まれていたんですけれど、なんとなく断っていって、今は、アトリエで、絵を描いているのよ」とおっしゃっています。

 この『繊細一途だから、世に出られない』という言葉ですが、私は、違うと思います。『女性陣に精神的に、足を引っ張られすぎているから、世の中にでしゃばっていく元気が出ない』のだというのが、正しいでしょう。

 養子だと聞く以前から、家庭内の、お上品過ぎる『女性陣の方に、問題があるのだろうなあ』と推察していました。それは、お嬢さんを異常に大切になさっていることから、自然に推察できたことです。日が暮れると、駅まで誰かが、必ず迎えにいらっしゃる。一見すると問題がない。だけど、『お嬢様がかすがいになって、やっと、一家がまとまっている』ということも、他者には見えてしまう。

『奥様とお母様に隠された、嫁・姑の確執があり、その調整に、彼は多大なエネルギーをとられていて、外へ働きに出られないのだ』と考えていました。上流階級を自認していて、外には破綻を見せない過程です。医者の未亡人である母、医者の娘である妻、の間には、なんらの争いも無い家庭です。だけど、夫はプロの画家で、24時間家にいる。そうすると、微妙な調整役として、細かな気遣いを、24時間中ずっと、やらなくてはいけない。それは疲れるでしょう。だから、外へ働きに出られない。

 よく「不定愁訴を訴える」と言う現象を聞きます。それと、更年期障害が重なると、より症状が重くなります。それから、上流家庭で、驚くべき頻度で、奥様の認知症がでて、元高級官僚であるだんな様の腕を噛んだりするとも聞きました。

家庭内を整えすぎ、上品に保ちすぎると、何か、まずいことが起きるのです。隠された抑圧が、存在することに、なるからです。そして、アラフォー世代では、「自分探しの旅に出る」と言うこともよく聞きます。これらはすべて、女性の方が、現代日本社会では、あだ、分が悪くて、ある種の不満があるから、迷うわけですね。

 私は大原家では、ご主人が、その抑圧されている役割の方を、担っているような気がしてならなかったのです。そして、それを、表面に出して、検討したりすることができない家出あることも、大問題であろうなあと感じていました。
 そして、さらに彼を抑圧しているのは、上流階級を目指す母と嫁に、生き方のスタイルさえ強制をされていることだとも感じました。細身の紳士で、プロの画家、鎌倉にアトリエを持っていて、医者の息子です。これらは一見すると理想的な生き方ですが、ある意味で、女性誌によく見られる理想形であり、大原光孝という個人に、それが100%フィットしているか、どうかは、疑わしいのです。

その理想形追求が、彼を小さく纏め上げてしまっていて、『これで、人生が、終わりなのか? 何か、別の道があったのではないか』という実存的な問いを彼に投げかけていると、ずっと、考えていました。

 上のような認識から、彼を『かわいそうなところもある人だ』と思い、彼が一番得意である、絵の話題で、道端で会話を時々交わし、自分の絵を見てもらうような機会も作りました。これは、ある時期の彼を、気分的に救って意欲を与えたと思います。

しかし、それをお嫁さんとお母さんが止めるように成ります。これは、裏にあじさい畑欺もう事件がかかわっていて、川崎さんの方がよわいから、そちらの味方だと思われると困る」と言う判断だったのでしょう。そんなことはすぐ分かります。

でね、こちらは「あ、そうですか」で終わりなんだけど、彼にしてみればいわく言いがたい不満も募って、いつの間にやら、画家として尾私に、微妙な嫉妬心を持つようになったのです。私ってまっすぐであって、家庭のこともほったらかしにして、海外を修行して歩いたでしょう。これは、大勢の人に、内心でうらやましがられていると思いますが、型にはまっている彼には、取れない行動だし、金銭的な面でも、不可能な行動だったから、潜在意識の中で、複雑な感情が形成されたのだと思います。

一方で、私に対しては甘えもある。奥様やお母さんには感じられない、受容とか、優しさがある。奥様やお母様は、大原さんを甘やかしきって、子ども扱いをすることで、二人の間の、・・・・ひとりの男性を奪い合うという結婚の本質(母が捨てられるということ)・・・・から、目をそらしてきたのです。実母だったら、別居したりできます。また、同居でも、実母だったら、母を捨てて、妻を取ることが、後ろめたくなく、できるわけです。その上での余裕の表れとして、妻と一緒になって、母を大切にすればよいのです。

 そういう複雑な心理的、クラウドが、あの「惜しかったねえ」と言うせりふを生んだのでしょう。しかし、それは分かるが、こちらは他人ですし、あじさい畑欺もう事件が絡んでいるから、見過ごせないのです。で、 

 上の文章は、未完成です。誤変換も推敲もまだできていません。が、大変に疲れたので、6時間程度休憩を入れさせてくださいませ。午後四時ごろ、推敲を再開し、完成は、夜の八時ごろの予定です。出、署名をまだ入れません。では、
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ワインが割れて、ブログ版

2010-09-21 14:33:26 | Weblog
  そのころは、今ではおお流行で私も毎日使っているアテンダントバッグ(通称ころころ)は、つかっておらず、レジ袋に入れてワインを運んでいました。それを、石段に置いたのです。ところで、この山の石段は、鎌倉石という、砂岩でできていますから、あっちこっちかけていて、レジ袋はゆがみ、ワインは倒れて、あっという間に数段をころころと落ちていき、割れてしまいました。

 ハナマサのワインは、回転が速いので、とても新鮮で、瑞々しい香りが当たり一面に満ちました。夜で、あたりは灯火下以外は真っ暗でしたが、その香りで、ワインが割れたことは誰にでもわかる状況ができました。で、私が腰をかがめて、ガラスを拾っているときに脇から「かわさきさあーん。ワインが割れて、惜・し・か・っ・た・ねー」と言いながら男性が通ったのです。それが、大原さんでした。
 私は激怒しました。
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 ここで、少し、大原さんの軽さと言うことについて、解説をしたいと思います。

 うちの主人や、息子など、彼を軽い人だと常に言い、「そのひどい言葉も、彼にすれば、単なるジョークだったんだよ。おかあさん、許しておやりよ。右から左に流して。流して」と言うのですが、私は違うと思っています。実際に後ほど、「かわさきさん、中谷さんの息子は東大教授ですよ」と言うとげのある言葉も投げつけられていますから、絶対に軽いだけの人でもない。私はこの後者についても、激怒しています。

 中谷さんの息子さんが東大の助教授だということは、中谷さん自身から、26年前にすでに聞いて知っています。だから、歳月が重なれば、教授におなりになっていくでしょう。しかし、息子が偉いから、実質的な、盗みの事実が消えるなどということはありえません。

 それに、大原氏の本当に、言いたいことは、「お宅のお子さん方は、東大には行かれなかったよね」と、いうところにあるからです。人を見下して、やっつけようと、いうところにあるからです。彼から出る言葉としては、悪意に満ちたものが多いのです。だから、平気で、「浅野さんの娘さんは学校でいじめられていて、云々』という表現も出てしまいます。

 もちろん、私は息子に知らせませんし、息子はそれを聞いても、『仕方が無いね。気にしないよ』というでしょう。ただ、この山の人たちが、こどもの進学先(特に高校)の偏差値レベルで、単純に、一軒一軒の上下関係を決めているということも、大きな弊害を生んだということをも、ここで明記しておきたいと感じます。

 あの当時のごたごたした状況をただしく解決する能力は、大きく出ているようで申し訳ないが、子供が湘南ではなく、大船高校に進学した、私にしか、なかったでしょうね。

 これが、後で、このアジサイ畑欺もう事件と大学付属高校の多数の設立等の問題へ発展していき、結果として、私が現代日本の政治構造、特に、国際的軍産共同体の動きに目覚める結果となったのですから、重要です。個人的な性格のあり方を超えて、重要なのです。

 でも、彼の軽さゆえに助かったこともあります。一代目の会長の古沢氏は、前田家の前の住人の奥様と、不倫の関係があったのだそうです。隣同士ですから、これは、古沢家の奥様はお気の毒です。でも、それがアジサイ畑欺もう事件の異常さの引き金の一つにはなったのです。
 その不倫という事実を、前田家がすでに知っているかどうかを、古沢家側では非常に気にしていて、過剰に前田さん夫婦を甘やかしていたでしょう。藤本夫人は前田夫人の某弱無人名傲慢に起こっているわけです。だから、単純に前田夫人と、仲間の安野夫人や、石川和子に謝罪に生かせればよいことなのです。一回ではすまないでしょう。膨大な時間、迷惑をかけているのですか。でも、ともかく、道路の真ん中にフェンスを作りたいという藤本夫人を抑えるためには、それしかなかったのですよ。正しい方向性としてはそれしかなかったのです。

 それを、人が断っているのに、山も含めれば、二十坪地悪、人の土地を盗むという形で、解決する、方向性を作ったのです。そういういわく言いがたい、諸氏、諸嬢の行動の積み重ねの結果として、その忌まわしい事件は起こり、その後のさらに悪い処理のしかたの積み重ねで、八幡宮の大銀杏倒れいました。
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 この古沢氏の不倫問題まで書くと、それこそ、パンドラの箱を開けたというに等しい低劣さに成ります。でも、それでも、書こうと決意したのは、あくどさがきわまれりとおもった、10日前のサッシの開け閉めで、猫を脅かした件がきっかけです。

 小さいことだと、世の中の人はおっしゃるかしら? でも、私は猫を、4年の間に、5,6回ぐらいしか、古沢家前で散歩をさせてはいないのですよ。それに比較をすると、花輪家など、20年以上小型犬を散歩させていらっしゃるから、何百回か、きゃんきゃん、きゃんきゃん、いう啼き声を聞いていますよ。浅野家は大型犬を散歩させています。それが花輪家の犬と遭遇すると犬同士が大騒ぎです。それから、前田家も、15年近くしば犬を散歩させていますね。

 この山に蔓延しているムードというのは、強い側に立っていれば何をしてもよいし、弱い側に立っている人間は何をして、いじめてもよいというムードです。それが、猫を脅すという行動に現れます。彼らの犬の散歩の回数の合計から比較すれば、こちらが行使したのは、一万分の一ほどのものです。そういう権利さえ認められていない。これは、ひどい。ひどすぎる。「絶対に、これを記録する」と、決意しました。どんな社会に持っていっても、ここで、おきていることは、驚くべき汚いことと判定されるでしょう。そこが、法治国家ならね。そこが真の法治国家であるなら、絶対に私が勝てます。それなのに、我慢に我慢を重ねて何も行動を起こしていない、私ですが、それに報いて、大銀杏が倒れるという形で、天は、一度、救いを示して、くださったわけです。

 これから、先、前田家がとったペンキ塗りお当番以外の、数々の、『既成事実を積み上げて、悪をロンダリングしていってしまおう』という手法も書いていくこととなるでしょう。すると、『なるほど、これでは、大銀杏も倒れますね』と、当の八幡宮さまさえ、ご理解に達すると思います。絶対にそうなる。

 特殊で閉鎖的な(たこべや的に成りやすい)地形を利して、やりたい放題をやっているわがまま主婦とそれをコントロールできない夫たちが、積み上げた悪が腐臭ふんぷんとして、もっと広い世の中に出て行くわけです。
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 ところで、奥様と母君は、彼を別の言葉で表現されます。『繊細で、世渡りが下手で、社会人として、外へ出られないの。電通の仕事も頼まれていたんですけれど、なんとなく断っていって、今は、アトリエで、絵を描いているのよ』とおっしゃっています。

 この繊細一途だから、世に出られないという言葉ですが、私は、違うと思います。でも、ここで、再び挿入的に断りたいのですが、うちの息子はその彼が働いていないので、収入が無い男性であるという側面を含めて理解をしてあげてかばっているのに、ひどい攻撃をかけて、高潔ではないひとなのです。

 もうひとつ挿入です。お嬢さんが、大原さんを批判するのは、「お父さんも世に出て、働くべきだった」という思いがあるのでしょう。「男性としておかしいよ」といいたいのです。ある意味で、過ぎた事を攻められるわけです。『大学卒業時の選択がどうだったの』と問われても、それは、今からではどうしようもないことですから、大原さんも切ないでしょう。いう過ぎたことを責められる彼はごく平均的な男性で、それほど、純真でも、繊細でもないでしょう。ただ、家庭の中で大きなストレスを抱えている人です。鬱屈した不満があり、それの正しい開放の仕方を知らない人です。

 後でうわさとして、大原さん自身が養子だと聞きました。しかし、それを聞く以前から、家庭内の、お上品過ぎる『女性陣の方に問題があるのだろうなあ』と推察していました。それは、お嬢さんを異常に大切になさっていることから、自然に推察できたことです。日が暮れると、駅まで誰かが,必ず迎えにいらっしゃる。一見すると問題がない。だけど、お嬢様がかすがいになって、やっと、一家がまとまっているということも、他者には見えてしまう。

 私は彼が養子だと、聞く以前には、『奥様とお母様に隠された、嫁・姑の確執があり、その調整に、彼は多大なエネルギーをとられていて、外へ働きに出られないのだ』と考えていました。上流階級を自認していて、医者の未亡人である母、医者の娘である妻、の間には、なんらの争いも無い家庭です。だけど、夫はプロの画家で、24時間家にいる。そうすると微妙な調整役として,細かな気遣いを、24時間やらなくてはいけない。
 疲れるでしょう。だから、外へ働きに出られない。

 よく、女性が不定愁訴を訴えると言う現象を聞きます。それと、更年期障害が重なると、まずい。また、さらに年をとって、認知しょうが始まるケースもあります。それは、女性側が今のところ、抑圧された立場だからです。そして、若いとき、アラフォー世代では、「自分探しの旅に出る」と言うこともよく聞きます。これも、一般的に言えば、女性の方が、就職として、まだ、現代日本社会では、分が悪くてある種の不満があるから、迷うわけですね。

 私は大原家では、ご主人が、その抑圧されている役割の方を担っているような気がしてならなかったのです。
 そして、それと同じくらいに、上流階級を目指す母と嫁に、生き方のスタイルさえ強制を受けていると感じました。彼の生き方のスタイルですが、細身の紳士で、プロの画家、鎌倉にアトリエを持っていて、医者の息子です。これらは一見すると理想的な生き方ですが、ある意味で、フランスや、日本の女性誌に見られる理想形であり、大原光孝という個人に100%フィットしているか、どうかは、疑わしいのです。

近づけるように求められすぎていることも、彼を不幸にしていると考えていました。

 私は、結構な判断能力がある人で、上のような認識から、かれをかわいそうなところもある人だと思い、彼が一番得意である、絵の話題で、会話を時々交わし、自分の絵を見てもらうような機会も作りました。これは、ある時期の彼を、気分的に救って意欲を与えたと思います。 でも、その化芸、ていて、そうなると、取り子、取り嫁となるし、養子になった時期が子どものころだと、お母様が甘やかし放題で、スポイルされたとも推定できますが、それだけではないものを感じます。
 どうしてか、きちんと形が整えられている立派なお宅ですが、お母様とお嫁さんが仲良しに過ぎるのです。それが不自然であり、そう言う不自然なところには、誰かが車輪の下で支えている可能性があり、それが大原さんだとすると、すべて、納得が出来ます。
 つまり、彼は『家庭内が円満になるように、女性二人を支え、仲良くしてもらうために、気を使いきっていて、それゆえに外へ出て行く気力が残っていないのだ』と。母君や奥様が言うほど、繊細な人なら、ここで、出た「惜しかったねえ」と言う悪意に満ちた、からかいは出てこないでしょう。
 彼は、本当は一人の男性として、外へ出て、働く事ができ、収入を上げることの出来る人だと私は思っていますが、家庭内女性陣の言わず語らずのうちの望みに沿ううちに、彼女たちのイメージどおりの人間になってしまったのだとも。

 いや、女性から見ると、理想的な男性です。背も高く、細身で、仕事は画家。お医者さんの子どもで妻もお医者さんの娘。家庭ない全員が上品のきわみ。そんなある一つの理想形を追求した結果、五十をすでに過ぎた。でも、内心で、充実感がないのです。潜在意識のなかに、くすぶる不満があります。で、それを発散するために、いつも、他人のうわさとか、悪口を言ってしまうひとです。

 中には、それが大きく役に立つものもありました。どうして、古沢さんがあれほど、前田家に気を使うかの謎も、それで解けました。が、それを明かしては、最後には丁寧に、私に謝罪をしてくれた古沢家のご子孫が、お気の毒に過ぎるので、ここには伏せます。

 私は大原さんを見ていると、ある種の気の毒さも感じます。家族に気を使いすぎるから私みたいな他人に当たりたくなってしまう、弱い人だということもわかります。それと同じポイントが、どうしてか、息子には、分かるらしくて、「今日も、いやな事をやられちゃった」などと愚痴ると、「許してやりなよ。軽いだけのおじさんだよ」といつも、彼の方に好意的にとりなしてくれるのでした。主人も大体同じなので、ワインが割れた日までは、決定的な喧嘩はしかけなかったのです。何度もいやみを言われてきましたが。

 特に藤本氏の気の毒さを見ているでしょう。中谷氏はおくさんは基地外だが、旦那さんはいい人だ』といっていました。で、旦那さんは、町内会の意向を認めるように奥さんを説得する役割を担わされたのです。
いや、彼が自分自身に満足をしていて、のんきなときは、きっと素直な、良い人でもあるのです。それは分かりますが、上の、「惜しかったねー」の裏には、例の前田祝一氏の企画したペンキ塗りお当番の結果の、『川崎さんを、悪者にして、いじめてやり、追い出そうよ』と言う悪意に伝染していることを感じました。普通ではないレベルの悪意がぴーんと伝わってきたのでした。
(後注1)文化勲章受賞の高木貞一、博士(数学専攻)のお嬢様で、歌人にして、文学博士。最近では『八人の女帝』と言う本が、愛子様の女帝論と関連して、数種類の版で出ている。
~~~~~~~~~~

 私は自分が、口げんかも強い事を二千年にニューヨークで発見しました。生まれてから一度も、兄弟げんかをした事もなかったのに、嫉妬に狂っていじめを掛けてくる日本人女性を相手にして、一言、二言、説明しただけで、相手が縮みあがるのを目の前に見てきました。移民とは先に住んでいたものが威張る仕組みがあるのですが、私は三ヶ月しか滞在しないので、いじめで版画をする機械などが使えないのは困るのです。で、「私は、使用料、500ドル(=月に六万円)を払っているけれど、(あなたは払っていないでしょう)」といっただけで、顔青ざめて、二度と私の目の前に姿を見せない、いばりんぼうの日本人女性がいました。

 しかし、この山で大原さんを相手にそれをやっても、数の論理で覆されるでしょう。実際に数年間にわたった省みれば、そうなっています。しかし、ありがたいことに、その経過そのものによって、国際的軍産共同体のエージェントが誰であるかが見事に、あぶりだされてきたのでした。

 作用、反作用の公理は、物事すべてに当てはまり、大原さんと、この山のいじめ主婦軍団は勝ったかもしれませんが、その反動で、国際的軍産共同体は、ある部分負けたのです。秘密にしていたものが大量に、表に出てきたからです。
 それに、八幡宮の大銀杏も倒れたし、で、一応その経過を語りたいのですが、これからは、ツィッター方式で、書きます。一万字を超えるまで、書き続けます。陥穽は午後三時ごろを見込んでいます。この午前、十時の更新にお気づきになった方も、午後三時ごろ、再度ここを、覗いてやってくださいませ。

  2010年、9月21日、   雨宮 舜
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ハナマサ(ワイン、バター)、月刊ギャラリー社長夫人の愛

2010-09-21 13:37:30 | Weblog
 尖閣諸島の問題が上海に移動をしました。でも、日本人としてはさして、気にする事はありません。あのスマップでさえ、去年、急に公演を中止にされたでしょう。あれとおなじ伝です。その裏側に、日本から大金をを巻き上げている、国際的軍産共同体がいて、その自己保存から出ていることですから、別に中国とか、中国人と、日本や、日本人が直接に喧嘩をしているわけでもないのです。

 「ネット上、炎上している」とよく言われます。が、あの数ですが、いくらでも操作できるのです。私は、この二年半にわたり、外部からバグを入れられるという形で、パソコンを壊され続けていて、その修復に大金を使いました。貸しパソコンを使う費用を含めれば、100万円近く出費しましたが、その結果分かった事は、捏造メールは簡単に作れるということです。ニセの発信者が、内容の似たメールを、発信者名を変えながら、送り出し続ける事は容易なのです。パソコンとは、二進法、つまり、プラスとマイナスのイオン移動でできているものですから、それを、うまく利用すると、簡単にできるでしょう。
 支配者というか、真の権力者が牛耳っている、その秘匿された技術を、庶民に気づかせないがために、ボットウィルスの存在・他が喧伝をされています。

 だけど、*1、この中国の件も、
     *2、小沢一郎氏が、代表戦で敗れたが、実は、『ネット上では大人気だった』と言うニュースも、
     *3、NHKが名古屋場所のライブ中継をやめることとなった『7000通を越す、相撲協会・批判メール』がNHKへ届いたと、いうニュースも、

 『その数値は、捏造で、機械的操作によって生み出されていて、国民感情の反映としては正しくない』と、断言しても良いくらいです。そして、今日、このように、断言すると、それを否定するニュースがまた、新たに出てくるでしょうから、それも勘案してくださいませ。否定されればされるほど、私が時間的に先か、同時に言ったことが正しいとお信じください。同時と言うのは公開前に初稿を書いている段階(つまり、20時間ぐらい前)から、ハッキングを受けているからです。すぐさま、対応をされるから、私の予想がニュースより後出しになる可能性もあり、上のように、申し上げます。

 本日のものも、連続ものの、一環ですが、読者の皆様に置かれましては、「私には関係ない。非常に局所的な、ものだ」とご判断をなさるとも、推定できます。

 ただ、重要な暗示を、今日も文中に、こめています。それは、現在の日本では、警察と、共産党が一心同体のごとく、協力し合っていて、その結果、警察の横暴をチェックするシステムがどこにも無いということです。それで、言論弾圧のための事件創設が、容易に行われるということで、この国がめっぽう暗くなってしまったとも、いえます。

 ともかくどんな下世話な下品な事を書こうとも、その根本には、神に奉仕をするという姿勢があり、毎日、命を削りながら、書いています。皆様に対しては、サービス精神皆無ですが、どうか、ご容赦いただきたく。
 では、今日の一文へと入らせてくださいませ。
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 私は、高校の先輩の高木きよ子文学博士から、「あーら、川崎さん、裏技を見せて・・・(ずるい。ただし、この最後のずるいという単語は先生は、口に出されず、私が付け加えたが)・・・」と言われた事があります。私には、肩書きも収入も無いのですが、実質的なキャリアーウーマンであると、先生はみなしてくださっていたのです。それなのに、クッキーなどを、おいしく手作りできるから、主婦としてもちゃんと活動をしているわけで、それを、先生は、びっくりなさったのでした。

 冬には毎日ぐらい焼いていて、それを、美しい花柄プリントのカバーつきのガラス瓶に入れて『菓子折り』代わりに使いました。大勢の人に送りました。受け取った人が女性であり、すでにメルアドを交換している場合には、そのレシピを求められたりしました。

 その中でも、月刊ギャラリー社長、本多隆彦氏の奥様、睦美(むつみ)さんとの、やりとりは、もっとも強く印象に残っています。その雑誌に私が連載を持っているころは、感謝を込めて、スタッフ宛に、二度ぐらい手焼きのクッキーを送っていますが、睦美さんが「作り方がほしい」とメールで言ってきたので、私は材料の配合だけではなく、『どうしたら、一番簡単に、しかも早く一連の動作を行えるか』も添えて送りました。

 睦美さんは会社の重要なスタッフであり、時間が貴重な方だからです。後日「こどもと一緒に、作ってみました」と感想兼お礼の、メールを送ってくれたときに、・・・・・突然に、世間から、バターが、払底して、無くなってしまったのです。

 そのときに、まず、『これは、意図的に作られた現象である。そして、それを知らせて、私を脅すニュースであり、きっかけは、睦美さんのメールである』と感じました。
~~~~~~~~~~
 そのメールは真心のこもった良いメールでした。私への真心もさることながら、お子さんへの愛に満ちていたのです。
 「私は、本当は家庭の主婦であることが、好きです。会社に出ず、家庭にいたいと思うときもあります」と書いてありました。・・・・・ここで、私が背景を解説しますと、本多家はいまどき珍しい大家族で、お子様が六人あり、末っ子は当時、まだ、小学一年生でした。

 その祖父母が、両家側、4人ともついていて、十分に手があるといえども、ちょうどその子が風邪をこじらせていた時だったのです。ですから、そのいたいけなお子さんと『一緒に暮らしたい』という望みを、睦美夫人は特別に強く抱いていた時期でした。でも、彼女のご主人の会社は、小さいから、優秀な社員の一人である、彼女も手伝わないといけないのです。妻とは、社員中で、もっとも、気働きが盛んなはずで、大きく社長の役に立ちますからね。
 その忙しさの中で、一週間にいちど、やっとやってきた貴重な週末を、まるまる、一日つぶして、ちいさい末っ子と一緒に、私のレシピで、クッキーをお焼きになったのです。『おうち中に、バニラとか、バターの良い香りが満ち満ちてきて、幸せでした』と、書いてありました。出版社の社員らしく、文章も上手でした。あたたかく、心床しく、かつ、人懐っこい感じのものでした。

 ところが、私自身のものではなく、こう言う、他人から来た文章でも、それが、すばらしければ、私への攻撃として使われるのです。で、この美しい人間関係を壊すためにバターは突然、この世から、払底したのでした。後で思えば、そのアイデアを、出したのも井上ひさし、伊藤玄二郎の二人羽織でしょうけれど、そのときは、私はその個人名までは把握できておらず、ただ、『これは諜略の一種ではある』と、感じました。
~~~~~~~~~~~~~
 この、悪魔的行動====私の文章がすばらしければ、すばらしいほど、それに関連した実際のもの(今回はバターだったが*以下のようにいろいろある)を消される事====は、それ以降、ずっと続き、

* 鎌倉小町通りの敷石が、三年もはがされきっているのも、(『敷石を磨く男』というエッセイが、起因ですし、
* 秋葉原の歩行者天国が長期間再開されなかったのも、(『秋葉原の車椅子』というエッセイが起因ですし、
* 禁煙運動が猛威を振るって首都圏の駅すべてから灰皿が消えてしまったのも、私の『一本のタバコが落ちていて』というものが原因ですし、
* 八幡宮境内の、アメリカキササゲが切り倒されたのも(『二人だけの音楽会』というエッセイが原因ですし。
* 八幡宮の境内向かって左側に、古い記念碑として、露店商組合が作って献納した蛇口があったが、その古い記念碑そのものがなくなってしまいました。蛇口だけは残っていますし、新しい黒御影石にかこまれていますが、私がエッセイに書いた特徴は失われています。その上、今までは、露店そのものが追い払われています。・・・・・そういうのも、すべて私のエッセイを否定するために作られた現象です。

 文章を読み感動して、『面白かったから、その現場を見てみたいなあ』と思う人に、「現場なんか無いよ。彼女の文章は、すべて嘘さ」とする目的での、攻撃です。その一環として、日本全国からバターが、長い間消えてしまったのです。

 で、私は、こういう嫌な、かつ、恐ろしいことをする相手を、ひそかに悪魔と呼んで、「いったい、だれが、こう言う事をしているのだ」と、追求するようになりました。

 と、同時に非常に残念でしたが、月刊ギャラリーとのご縁を、『確実に、切ろう』と決意しました。社長の奥様とお子さんの・心・を守るためです。こういうことを含めれば、被害は優に五億円を超えます。人生の途上、特に晩年で、新しく出会った、美しい心の人々を、こちらから、捨てていかなければならないなんて、どんなに悲しいことか、皆様に、ご理解いただけますか?
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 しかし、その悪魔が誰であるかの謎が、一気に、かつ、目が覚めるように、はっきりと解かった日があるのです。その日以来、『共産党も警察も、国際的軍産共同体の膝下に下っていること』、それゆえに、『日本には、真の独立は、ない事』が、明瞭に分かったのです。それは、ワインが、キーワードでした。そして、銀行の不審な利用方法も、あいまって、警察と、軍産共同体と、共産党のみっつが、一心同体であることがわかったのでした。
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 それは、新橋のスーパー『ハナマサ』から、ワインが一本もなくなっている日があったので、店員に『どうして、ワインが無いのですか』と質問をしたことから始まりました。

 店員が言うのには、『社長が亡くなったので、酒類販売の許可を取り直す必要があるのだ』そうです。それは普通に聞くと、あり得る理由ではありますから、それ以上の質問をせずに、引き下がりましたが、『決定的に変だ』と感じて、『これも諜略活動だ』と、感じたわけです。理由は私を脅して、書く力を失わせるためです。

 そう判断する理由は、二つあります。

 第一の理由は、似たような境遇で父が死んだ、我が家のケースと比較するとハナマサの店員の答えが、奇妙至極だったからです。商売をしていると、お客様は神様です。お客様に迷惑をかけることは、第一に避けないといけません。ハナマサにワインが無いと、それを期待している小さなクラブやバーは、困ってしまいます。もとからある銀座の酒店は、値段が高いはずです。それでワインが無いと、ハナマサそのものも、顧客を失うでしょう。商品陳列棚にワインが無い時期が長かったので、これは、怠慢の一種ですが、普通はありえない話なのです。

 実は、社長をしている一家には、銀行がついていて、支援をしてくれます。社長が死にそうな時点で、『これから、どう準備をすればよいか』を、あれこれ教えてくれるのです。我が家では、すでに、商売は一切止め、物を売っていない時点でしたが、それでも、銀行がいろいろ手配をしてくれて、死後のお世話をしてくれました。

 一番に注意してくれたことは、『死亡した本人名義の通帳は、何日間か、おろせない』ということです。つまり、『葬式用の現金は、死亡前に、おろしておかないと、だめ』なのです。過去に社長などをしていたら、葬式も派手に成りますから、何百万円とかかります。それが、残された妻や子供の、普通預金残高に、額として、残っていないと恥をかくからでした。父の普通預金には、『500万円以上、残っているから安心ね』などといって、油断をしていては、だめなのです。

 そのほか、『証券類をどう扱ったらよいか』とか、『金地金をどう扱かったらよいか』とか、『相続税をどう申告したらよいか』とか、『高価な書画の処分の仕方、引き受け手を見つけてくれること』など、いろいろなことを精一杯手伝ってくれるのです。たぶんですが、サラリーマンだと、こうは、いかないが、社長族ともなれば、ひごろの預金高も多いですから、いろいろ、手伝ってくれるのです。

 しかも、我が家と、比較すると、ハナマサは、現役で生きていて、商品を扱っているお店です。うちみたいに父が病気で、弟が商売に向かないから、会社を、父の死亡時の10年以上も前から閉鎖している状況ではない。店員も大勢いて、銀座のクラブとか、バーから買い手が一杯来るはずのお店です。一種の問屋扱いのお店です。市場まで仕入れに行くほどの規模ではない、小さなバー向けのスーパーですが、普通の個人も買うことができるというシステムになっています。で、もっとも大きな売れ筋商品であるワインを切らせることは、考えられないのです。

 社長夫人が忘れていても、銀行が忘れるはずが無くて、『酒類販売の許可』など期日の切れ目無く、用意できるはずなのです。今思うと、これも、井上ひさしのアイデアだと思います。彼は、書斎から出ない人で、しかも田舎育ちなので、東京の実態を知らず、私から、そのアイデアの出所を、見破られることが多かったのです。単純すぎるわなを仕掛けてくるからです。

 が、私はメルマガとしてもブログとしても、電話での話としても、他人には最近まで、彼の名前は出しませんでした。でも、変だなと思い始めたのは、すでに、2006年からでしたね。はじめは信じられなかったですよ。日本ペンクラブ会長だった人と、鎌倉春秋社社長が一緒になって、諜報活動の限りを尽くすなんて。だから、誰にも、その事を言いませんでした。
 やっと、今年、特に大相撲壊滅作戦がおきてから、はっきりとかつ、繰り返しそれを、外部へ発表をするようになったわけですが、それを言い出す前、2008年ごろから彼の関与に、内心では気がついていたと申し上げましょう。ただ、警察の関与は、2007年の10月27日の朝、確定的に気がつきました。

 が、今では、諜略行為が発生したその瞬間に、それが一種の嘘というか、作られたニュースであり、諜略行為であることだけは、確実に、見破ることができます。尖閣諸島問題もそのひとつですが、ハナマサでワインが払底したのも、そのひとつです。

 井上ひさしの考え付くことは、私のように体験が豊富な人間から見ると、幼稚・至極です。それなのに、自分の発案に、奇妙なほどの,自信を持っているところが、田舎者の本質であります。田舎者だから、多層な価値を形成している都会には、非常に優れた人間が、目立たない形で、うようよと存在していることが、理解できないのです。それで、自分だけが頭がよくて、その頭脳で、天下を取った気分になっていて、威張りかえっている人間です。はたで見ていて、本当に恥ずかしい存在です。

 たとえば、電車遅延現象の多発は、彼が発案したことですが、その一番発生が多い池袋駅(母の見舞いのために、一週間に必ず一回は私が訪れる駅である)に、遅延情報お知らせ用液晶板というのが設置されたことも、その幼稚さの表れのひとつです。特に私が利用する東上線とJRの接点に、2010年9月21日までそれが、設置されていたのが証明と成ります。

 悪魔{井上ひさし、+伊藤玄二郎)が一般の人に大迷惑をかけているのに、本人だけは大得意になっていて、そういう液晶板をそこへ設置することを、JR東日本に提案しているのでしょう。JR東日本の社長に公開質問状を出したいです。

 「あなたは、どうして、こんな看板を設置したのですか? ビジネスマンとして、最近、急に増えた電車遅延現象を、恥と思わないのですか。この液晶板設置は無責任極まりないです」とも。しかも『論理的に言って、自己撞着のきわみでもあり、これほど、幼稚な発想のものは、かつて見たことがありませんよ』とも付け加えたいです。週刊誌はどうして、こういう現象を、問いたださないのでしょう。それこそ、裏から支配をされているのでしょうね。官(?)製のばかばかしいニュースしかかれらは、流さず、かつ取り上げないのです。

 で、井上ひさし、本人に限定して言えば、死亡したと発表された後で、

 多数の編集者筋から『井上氏は、調べものをしてから、書くタイプの作家で、それゆえに、事前調査に時間がかかり、遅筆堂と呼ばれていた』と、発表をされたので、
 「嘘ばっかり」と、内心でせせら笑ってしまいました。私はそういう記事こそ、内容や流し方も含めて、『彼が、今なお生きていることの、証拠のひとつだ』と取っています。
遅筆になるのは、そうすると周りを引っ張りまわして、自分の力を狂信することができるからです。特に演劇方面ですと、スタッフやキャストを支配できます。

 今、これを書いている最中にも、鎌倉市内でよくおこなわれる、音による脅かしが、山下(というか、外部から)聞こえてきましたから、これは、正しい推測でしょう。

 井上ひさしが『東京の実情を知らない、幼稚な人間だ。だから、交通事故の多発の現象の大・初点が、新宿駅の高架となっていた。馬鹿みたいだ。あそこに電車がぶつかるはずが無いのに』ということは、一年以上前から、私は自分のパソコン内にはメモとして落としていました。だから、私のパソコンをハッキングしている結果、

 その『自分が東京については、本当は何も知らない田舎者である』ということだけは、絶対に『打ち消しておきたい』と、彼は願った模様です。で、死後(?)に、「調べ者をするために遅筆になっていた」という情報が、あまねくばら撒かれたのでした。

 そのほかに、鎌倉駅で二度、正面から見つめ合ったことがあって、そのうちの一回は、ホーム内の喫茶店で肩を接するばかりにして、話をしたのですが、そのときも痛切に感じました『この人は、どうしてか理由はわからないものの、すでに私のことを知っている』と。ふっと自然に鉢合わせしたのに、目を合わせないようにするのが、おかしいです。

 普通は、相手が一般庶民である場合は、ほとんど無視するはずです。自分は特別な存在で、一般庶民はごみ化、ハエのように思っている有名人が多いでしょう。私のように、井上ひさし氏と目が合う前には、一切の接触が無くて、正式に言えば、彼が絶対に知らないはずの人間を、彼の方から気にすることは無いはずです。

 目をそらす必要は絶対にありません。名のに、隣に座ったら、ぶるぶる震えているし、次の機会に、6メートルぐらいの距離を隔てて、目が合ったら、自分のほうから視線をそらして、歩む方向も変えたのは、本当におかしいです。

 今では、『私の文章を日夜研究していて、どこをひねってニュースを作り出し、それを是円国展開したら、彼女分析していて、私のことをよく知った気になっているのだわ』と推察しています。それにパソコンハッキングによって、私がどこにいるかは、伊藤源次郎と、井上ひさしは、知りつつ、鎌倉他を歩いているかもしれません。トイレで、栗田女史と、私多鉢合わせをして、これは、伊藤玄二郎と、私について話し合うためだなと思った、夜の10時半に懲りて、それ以降は、いっそうそういう風に、「教えてください」と警察に頼んでいるかも知れないのです。または、私のパソコンのGPS追跡用機能を、彼自身が持オフィス内に、所持しているとか。

 ともかく、井上ひさしに戻れば、こういうニュースを流せば、彼女(雨宮舜)は、気に病むはずで、近々ノイローゼになるはずだと、案を練り、それを実行力のある、NHKの○○氏や、朝日新聞の△△氏に、流し手板と感じます。今は公的には志望したこととなっていますので、そのアイデアを、間に立って、中継をする人間がいるでしょう。特に、こういう行動は、私がパソコンを使い始め、政治的な文章を書き始めたころから、始まっていると感じます。それは、2003年小泉内閣が始まったころからのことである可能性さえあります。

 ですから、後ろめたくて、鎌倉駅のホームの喫茶店内で、ぶるぶる震えたり、別の日には、五メートルぐらいのし金庫y理で、きびすを返したのでしょう。

 ところで、どうして、ナナマサからワインが消えると、それが、諜略活動となるかですが、第二の理由としては、ご近所の画家、大原光孝氏が、「川崎さん、ワインが割れて惜しかったねえ」とからかったことを、発生源です。

 そこから、前田祝一、清子夫妻との関連(それは、共産党の分析につながるので、井上ひさしにつながり)とか、別の枝わかれとして、石川和子と、柳沢某へつながり、その二人から、伊藤玄二郎へ、またさらに、その人脈から、NHKや、出版関係と、銀行へつながり、

 さらに、証券会社との関連、神奈川県との関連、その知事松沢茂文氏との、関連、で、禁煙運動との関連、それゆえの小沢一郎氏との関連が生まれ、冒頭に書いたような、警察と共産党の渾然一体化と、それらがさらに、国際的軍産共同体と結びついているということがわかってしまったのです。彼らは対等ではなく上下関係があることも。

 でも、それもまた、因果関係が、超がつくほど、複雑であり、本日は書き抜けないと感じますので、別の日にそれを書かせてくださいませ。では、2010年9月21日 雨宮舜
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尖閣諸島、野田聖子さん、バター払底事件、それから、猫へ

2010-09-20 06:18:07 | Weblog
さまざまな社会の現象を導入として、『猫を愛する度合いと、人間の成熟度の相関関係』へ入る。


 尖閣諸島ガごたごたしています。『そのごたごたが、どうして起きるか』と言うと、それにも『共産党が5%ぐらいは寄与している。どうしてかと言うと、共産党は現在では、国際的軍産共同体の、一道具として、機能しているから。尖閣諸島は、国際的軍産共同体が、中国を使役して起こっている挑発行動で、例の毒入り餃子事件と、同じ文脈で考えられる問題である』と申し上げたいのですが、そこに説得性を持たせるために、まず、延々と前提条件としての、この山での見聞を書かざるを得ず、それは、また、大量に成りますので、『猫を愛好する度合いは、その人の成熟度と相関関係にある』と言う論点に、絞って書きたいと感じます。

 一番大切なことは、この山では、動物的な意味で言って最強の人である安野夫人には、『実子がいない』ということです。これは、私自身は、引っ越してきてから一週間で分かりました。二年ぐらい前に道路で、大原さんに、それを確認していますので、『やはり』と思っているわけですが、それが、この山に大混乱をもたらしたのです。
と言うのもこどもを育てる過程で、親はいろいろ苦労を重ねます。で、人間が出来てきてまるくなり、謙虚にもなってきます。しかし、子どもはいるのだが、実子でなくて、本当の愛情を注いでいない安野夫人は、いつまでたっても女として、きれいではあるし、お色気もたっぷりではあるが、謙虚さや優しさが、養われることは無くて、強引にも、自らの欲望(それは、自分が社会的に言って、どのランクに所属をしているかを確認したいと言う分野のもので、特に上位または、一番であれば、満足が出来る類のものです)を通すことに、熱心すぎるからです。
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 また、独身であったり、結婚していても、子どものいない人があります。そう言う人も、普通は、謙虚になっていきます。『自分には、どこか、または、なにかの経験が足りないのではないか』と思うので、謙虚になります。そして、子育てではない他の面で、自分を磨こうとするので、やはり年とともに成長してくると言うこととなります。野田聖子さんと言う国会議員が、アメリカに行って受胎をされたそうです。『他の女性から、卵子の提供を受けてまで』と言うことで、論議が起きていますが、ご本人が『ある意味での』、成長の必要性を感じて、そうなさったのなら、目的は、正しいところもあると感じます。

 新幹線のグリーン車に、ただで乗れる、位階人身を極めた国会議員でも、『自分には足りないところがある』と思っていらっしゃるのなら、『かわいいひとだ』ともいえます。ただ、生まれた後で大変大きな責任があります。その覚悟は出来ていらっしゃるのかな? もし、彼女がわがままな女性だったら、子育ては大変な忍耐がいるから「二世議員というお嬢様に、できるかな?」とも思いますが、ここまで事情をさらされらのですから、がんばられるでしょう。
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 で、雪ノ下二丁目、3と4にまたがる小さなやとに大混乱をもたらした、安野夫人から、ちょっと離れて、実子があるご家庭を、見ていきましょう。別に詮索するつもりは無いが、音と言う暴力他で、我が家へ侵入してこられるので、見えてしまうものがあるからです。このポイントで言っても、安野夫人のあの井戸端会議主催は、大迷惑だったのですけれどね。地域社会で、行き詰るような密接性と、密着性を生んでしまいましたから。

 ちょっと賢い主婦は、適宜な行動をとるものであり、特に、活動をしている主婦が10人に満たない、こんなに、小さな社会では、気をつけるものです。が、安野夫人は、当時は勝気で、ここで、一番でありたいという欲望がむき出しの人でしたから、みんなが巻き込まれたのです。それが嫌な人は引っ越していきました。ただ、ここで、いくばくかの調和を取るために言えば、安野夫人は、今では、『猫好きだ』そうです。数匹の猫を飼っているそうです。心理的に、ご成長なさった模様です。猫は、飼い主を家来として扱いますから、人間の方が、鷹揚で太っ腹であり、十分に、成熟していないと、飼う事が出来ません。

 さて、問題の浅野家の令嬢です。この子は、素材としては、とても純真なお嬢さんです。でも、おとなの世界のごたごたに、巻き込まれています。自分の携帯を利用して、私の頭に水をぶっ掛ける作戦を実行させられたのは、安野夫人に『他人の子に、とか、子ども全般に対して、真実のおもんぱかりとか、愛情がない』事が原因ですが、それが、両親に分かっているであろうか?

 分かっていないから、あんな遠くから、あの夜に大声で、『成功したー』などとお嬢さんに聞いてきたのでしょう。お嬢さんそのものよりも、両親側に、問題があります。それは、大原さんが昔電話内で、「浅野家のお嬢さんは、学校でいじめられていて、それを、中村さんのお嬢さんだけが、かばってあげたそうですよ」といっていましたので、『なるほど』とも思っています。
 で、令嬢は、かわいそうに、安野夫人と言う他人からも、真実の愛情を示されていないのですが、実の両親からも、本当の慈愛が注がれていない可能性があります。両親から真実の愛情を注がれていない子が、学校でも、いじめにあう可能性が大きいからです。両親は『未熟なのか』、それとも、『弱いのか』のどちらかでしょう。弱いと言う方が当たっているかな?
 だから、この山の特殊な環境に過剰適応して、安野夫人やら、前田夫人やら、石川和子女史へ(彼女が生きている間は)べたべたにまとわり付いて下手にでていました。適宜な距離と言うのを、保てないのでしょう。それが子どもに悪影響を及ぼしています。かわいそうに。
 でもね繰り返しますが、お嬢さんは、素材としてはよいこで、かわいい子です。私は子ども好きですから、それは、分かっていて、彼女が素であるときは、かわいいと思っています。その事はお嬢さん自身にも、彼女が冷静で、平和なときには、分かってもいるでしょう。
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 ところで、大原さんが、軽い軽い性格で、この山での情報伝達人である事を、ここで、二つの点で明かしています。他にもいっぱい情報をもらっています。そちらについては、今日は伏せておきましょう。ただ、この二つを明かしたことだけでも、彼にとっては迷惑でしょうが、私は、非常に大きな程度で、彼から迷惑をこうむっているし、日本社会全体もバター払底の件で、迷惑をこうむっているので、正当防衛の一つとして、明かさせていただきました。ところで、猫について言えば、彼は『僕は猫が嫌いだ』と言明しています。そして、ついこの間も、散歩している我が家の猫を、サッシの開け閉め音で、おどかしました。だからこの文章が、こう言う風な表現になります。

バター払底の件は、私と大原さんの間で交わされた、『私のワインが、この山の、石段の途中で、割れてしまい、それを大原さんが、醜くもこどもっぽくも、からかった、件をめぐるやり取り』から、敷衍して起きていることですから。ただ、『バター払底の真実は』、別の日に、論を新たに起こし、詳述します。理由は、そのワインが割れた件から、石段を町内会費で、修復した件とが、つながっていくので、文章がとても、長くなりますので。それも一種の公私混同で、それこそ、政治の問題へとつながっていきます。

 銀行の出し入れ等もすべて、ハッキングされているのですよ。みなさんご存知でしたか。汚職などの、経済的な事件が発覚をするのは、それが、原因でもありましょう。巷では、『プライヴァシーの保護が何とか』と大騒ぎしていますが、実質的には、日本国内には、真実のプライヴァシー保護は存在しません。そういう点にまで発展するので長くなります。別の日に、あらたに、それを書かせてください。

 この山で、起きたアジサイ畑欺もう事件の裏に、瀬島龍三が隠れているからこそ、この山で起きた事が日本全国に敷衍していきます。ごく個人的なやり取りのはずが、超・大げさに成っていくのです。新聞をにぎわわせたバター払底ですが、いまだにバターが高くて、うなぎパイの会社他、プロのパティシェ、素人のお菓子作り好きをはじめ、大勢の人が困っていますので、ここに言上げします。
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 さて、返す刀で、井上家の末っ子を褒めました。軽い軽い接触でしたし、その子は今はこの山に住んではいませんが、井上家のご夫婦がとても賢く、かつ、ご主人が真の芸術家である事を、鏡としてあらわしている、ごく上等な坊ちゃんでした。

 大原家のお嬢さんも、上等です。幸せそうで、それは、「おめでとうございます」と言わざるを得ません。「彼女は、お父さんを、批判をしている」と、お父さん自身が言っていますが、それは、自然な成長の証です。子どもは生きるために親を超える必要があり、そのために親を批判します。それが出来ない子が、引きこもりに成ったり、事件を起こしたりします。

 遠藤家でも、早々に坊ちゃんは家を出て行ったし、井上家でも、他の家でも、浅野家でさえも、坊ちゃんの方は、すでに自立をしたそうです。それが、できる方が幸せです。親とは、子どもが中学のころ、いったん仮死状態になる必要があります。冬眠といっても良いか。自分を捨てて、一粒の麦として生きる時期が必要です。再び、こどもの心が帰ってくるときもありますから、じっと待っていれば良いことです。

 それなのに、三人もいる、お子さんが中学生やら、高校生なのに、控えめではなくて目立とうとしていた、安野夫人を『変だな』と思ったのが、彼女が実母ではないと気がつく最初のきっかけでした。それが引っ越してきて、一週間以内で、分かったことです。

この山は、当時は、大きな(大衆)浴場状態で、わーんわーんと沸騰しているかのごとき状態でした。ギリシャやトルコで、よく見かける円形劇場のごとき、地形の特徴があり、音が特別に良く響くのです。四十代になっていて、中年ぶとりも加わって、顔の表情にも、ふてぶてしさも加わった、主婦たちが、お互いの上下関係を確認するために、一見すると仲良く、でも、複雑な心情を隠して、探りあいながら、会話をしているのは、傍で、通りがかりでその様子を見るだけで、私にとっては、うんざりする現象でした。『鎌倉といっても民度が低いなあ。以前住んでいた横須賀・北久里浜の方が、主婦たちが賢いよ』と思って、最初は、びっくりしたものです。ここへ引っ越してくる前に、二度ほどチラシで、この同じ「やと」の売り物件を見つけた事がありますが、『原因は、これだったのか』と思い当たりました。この大騒ぎ状態のころは、人が頻繁に出入りしたのです。

その数ヵ月後、「ここには、今、大トラブルが起きているから、川崎さん助けてください」と聞いたときに、すぐ、その井戸端会議が原因であることに気がつき、『どうして、中谷氏は、その主婦たちに、藤本夫人に謝罪するように、命令が出来ないのだろう』と不思議極まりなかったのです。後で、分かってきた事は、中谷氏の奥様はとても上品で良く出来た方だったので、そう言う女性と毎日接している中谷氏には、『これらの、がさつな性格の主婦たちが、怖かったのだ』と、言うことです。で、よくかわいげに、挨拶する、・・・・・と、自分で言うのも変ですが、多分そうだったでしょう。私も若くて純真でしたから・・・・・私を見込んで、古沢(初代会長)氏や、中谷氏(当時の会長)から、土地の提供を頼まれたのでした。で、そのあとの事は、承前とさせていただきます。

これから先に述べることは、猫を種とした別のいじめで、現象としては小さいことです。でも、それだから、気楽に述べる事が出来ますし、後々のために、積み上げていく事実としても役に立つので、申し述べさせてくださいませ。

 中谷氏が、気が弱かったのは、ひとえに、奥様が上品で、よく出来た方だったからです。いまだに生きていらっしゃったら、90歳前後だと思いますが、その年代の人たちは、男性が戦争のために、払底していて、ある程度以上に格が整った男性には、良縁が訪れたのです。今で言う逆玉がその当時は、普通でした。初代会長の古沢家も、奥様は非常によく出来た方でした。「静岡大学の付属を出た」と仰っていたから、例の勝海舟が、その生活をいろいろ心配したと言う江戸幕府・直轄家臣の子孫であった可能性も、感じます。

 中谷夫人の先祖が、どういう人かはわかりませんが、田園調布(?)のフタバの出身です。日当たりのよい庭で、小松菜など栽培して、少しお金を倹約して、株をたくさんお買いになっていて、大和證券に出入りなさっていました。品もよく、頭もよい人でした。
 

 ただし、中谷氏を、全面的に許したり、肯定する事もできないのは、藤本夫人と、そのご主人の仲をこの件で結果的に裂いたからです。藤本氏は北側の四畳半だけを与えられていて、生ごみさえ、ご自身で出さないといけない状態でした。足が悪いのに、それに毎日朝出かけていくお嬢さんがいらっしゃるのにです。だから、ご飯も一人で作っておられたのではないかしら。お気の毒の限りでした。対面にすんでいるので、自然に見えてしまう現象です。

 それは、中谷氏時代に、前田夫人を助けるために取られた手法ですし、私へもその後、当てはめられています。その時代は、パソコンもない時代ですから、私のパソコンがハッキングされていた時代でもありません。で、国際的軍産共同体を批判する私を、瀬島龍三等から、「いじめよ」という直接の指令が出ていたわけでもないと感じます。

 ただ、『こうすれば勝てる』と言う一種の兵法の作戦として取られた策であり、それが、今でも、延々と続いている、方法ですから、頭はよいが、根は悪い人だったなと、思うのです。それに本当によい解決とは、今でもそうだったと確信していますが、わがままな人を抑えて、平等な環境を作り出すことです。

 私に向かっては、道路でお会いしたころなど、「川崎さん、みんなをいじめないで、くださいね」ですって。私は何も言わないが、内心では、火の様に怒りました。いつかは、この事件の全貌を書くと、深く決意したものです。中谷さんは全部、分かっていたのに、正しい解決を取れなかった人だから、どうしようもない人です。

 ところで、私が心から、怒っているのはもう一つあって、真の鎌倉夫人といってよい、古沢夫人と中谷夫人の二人のうち、中谷夫人が、猫を散歩させている私に向かって、手で触ったこともないのに、「この猫、病気じゃあないの?」と言った事も、関与しています。すぐぴんと来ました。前田夫人辺りと、石川和子二人が結託して、こう言う話題を流して、この山全体を巻き込んでいるなと。しかも、誰もがその上品さを認めている中谷夫人まで巻き込んでいるとも。この『太りすぎだ、云々』という件は石井夫人にも言われたので、この山全体を巻き込んでいるのは確かでした。

 以前、下のお屋敷(今は鶯吟邸という八幡宮の接待所になっているから)出てくる大量の煙を、我が家からと誤解をされ、前田夫人たち連合軍が、井上夫人を動かして、私を責めて私はすぐ、我が家からではないから、実に来てくださいと井上夫人に言ったのですが、夫人が30分以上来ないので、すぐ手書き、およびコピーで全戸に『我が家ではない』と知らせたのです。それは、井上夫人が、結果として、大変な恥を書くことへとつながりました。この件でも、私に対して謝罪するでもなく、井上夫人をねぎらったわけでもない模様です。やりたい砲台で、後始末は何もできない前田夫人たちでした。

 そして、この『猫の太りすぎがどうのこうの』、という噂をまわしているのを知ったときに、いまだに、何も反省をしておらず、ことあるごとに、種を見つけて、いったんターゲットになった私を、苛め抜くのが分かりました。
 まあ、おやりになってもかまいませんが。一方だけが強いという事は、世の中にはないのです。作用、反作用の法則はどこにでも当てはまります。だから、これらの悪行を天がごらんになって、八幡宮の大銀杏が倒れることとなります。
 
 都会(木が多くても、ここは東京圏の一つです)で暮らすと言う事は、『他者を平等に扱わなければいけない』という事を指します。エチケット優先で、わがままやいじめを行わない事を、自分に命じないと駄目です。と言うのも、現代の日本では価値が重層的に展開していて、決して単純な上下関係を、当てはめる事が出来ないからです。真のインテリなら、それをきちんとわきまえています。

 前田夫人は大学院卒だそうですが、これらのいじめを勘案すると、本当のインテリとも思えません。ごめんなさいですが、はっきり言えばそうです。

 私は、自分を良く知っています。まず、創作優先で、時間をつねに自由にしておきたいので、他人には交わりません。子どもが小さいときは地域社会で、結構存在感があったらしくて、幼稚園時にすでに、PTA会長に選ばれたほどですが、この山に来ては、孤独でいいから、芸術一途で進むと決めていたのです。それを『彼女は人と交われない、弱い存在だ』と決め付け、攻撃を続ける、前田、安野、石川(柳沢)婦人たちには、当時も今も、深い怒りを感じています。石井夫人だけは、性格的に芯があり、そこが魅力と言うか、見所のある人となっているので、『この猫が、まったく健康であると言う事を』一筆箋一枚に書いて、ポストに入れておきましたけれど。

 ところで、さらに、強調すれば、前田夫人が猫に対しては愛情がない事は、ちょっとした事務連絡で訪れるときにもわかりました。玄関を開けた途端に、黒い猫が跳んで出てきて、私にまとわりつきます。お嬢さんがクリスマスに拾ってきた捨て猫で、「ノエル(イコール、フランス語のクリスマス)からとって、ノエミちゃんと言う名前をつけたのだそうですが、その猫は犬がいる前田家の後入りペットで、犬と喧嘩になるので、犬が南側を占有していて、猫は北側の玄関と、トイレや風呂部分に住んでいると聞きました。

 今、朝日新聞で連載している三谷幸喜さんの文章を読んでも分かりますが、飼い主が愛情いっぱいなら、犬と猫が仲良くなるように工夫をするものです。私は、猫好きなので、ノエミちゃんを時々抱いてやりましたが、やせ細っていて、しかも人懐っこいこと限りがない猫でした。お嬢様は当時フランス留学中で、ノエミちゃんをかばってやれなかった模様です。
そのノエミちゃんの種々の動作から、猫好きとしては、分かるものがあるのです。『あ、かわいがられていないのだな』と。・・・・・実際にのちほど、ノエミちゃんは、石川和子家に行きっぱなしになったそうです。そちらの方が、待遇がよいので、お泊りを連続していて、旅行以外は、だいたい、石川和子家の猫みたいな状況になって、死んでいった(ただし、猫によっては、死骸を人間に見せない事がある)らしいのです。

 それもまた、石川和子女史が、我が家の猫に対して、無神経なほど、長時間、引き止めて返さなかったことにも、連続して行っているでしょう。でも、前田家とは違って、猫好きな我が家では、毎日、その約束違反と無神経ぶりに、対して怒っていたのに、対・前田家の先例に倣って、約束無視が平気だったのです。

 ただね、文章が複雑に成りすぎますが、ここでも、前田家の夫人側にたって、丁寧に推測をしてみれば、もしかしたら、中谷氏と同じく、石川和子とか、安野夫人が、怖かったのかもしれません。が、50を過ぎた、特に実子を持っている女性が、そうであってはいけません。表面は謙虚でも、内面では、毅然としていないと、駄目です。力に屈して善悪の判断を失ってはいけません。

 あじさい畑欺もう事件の当時は『川崎さんの方が正しいわ。あなた、その件は、もう、おやめなさい』とご主人に忠告できた賢明なる中谷夫人は、私の猫に関しては、超が付くほど、安易で、下劣な女性へと変化していったのでした。それも、「悪貨は良貨を駆逐する」の典型でしょう。

    2010年9月19日   雨宮 舜
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S.M.氏の『ペンキ塗り(命令)』からわかる、現在の左翼政党

2010-09-18 22:48:46 | Weblog
 最初にお断りを申し上げますが、10時間でタイトルを変えました。またその時間で調べて、隣の家から、石が投げつけられていると見られるか(それが、嘘か)のトラブルを回避できた顛末をを書いたのは、左のカレンダーでいえば、2009年の11月23日です。そこのタイトルは、『隣人は善人だった。おとによる発言者つぶしー2』です。

 さて、今日の分へ入りますが、一種の続き物であるこのブログの前章をご承知のこととして、さらに新しく展開するわけですが・・・・・、
 あじさい畑欺もう事件は、25年前に起きているわけですが、いまだにそれを、忘れないのは、昨日17日の夜にもまた、Yahoo と、 Livedoor が開かないという攻撃を受けたからです。30分で解決できましたが、こう言う攻撃をうけると、
 その原因を探求します。すると、アジサイ畑事件の周辺も、永遠に書き続けることとなります。それが、連動しているからです。

 ところで、前報で、二つ言い足りない事がありましたので、最初にそれを、述べさせてくださいませ。それは、「我が家からは、東と西は、人家が見えない」と書いたところですが、そこで、西が誤変換で、「南には、人家がない」のです。これは、今日の話題、お隣のS家(そして、前住人のE家)と大いに関係がありますので、最初にお断りをさせていただきます。E家も南に家が無くて、誰にものぞき込まれないということが重要なのです。それが、今日のキーワードでもあります。

 また、主人が冗談っぽく「俺は、社長になれるはずだ、と思っていた」と言うのは、突然に出向した先のセントラルガラスの社長ではなくて、元からいた日産自動車本体を指します。大きく出ているようですが、こういう人事はさじ加減一つですし、もし、我が家が、この山にいる、Y家やM家のように、国家的規模で、ひいきを受けていたら、簡単に実現する事でしょう。まあ、あ、は、は。ですが・・・・・国家的ひいきの例としてその二つの家の門前にある看板の写真を上に置きます。M家は、元都内有名大学教授というインテリですから、この看板を雑に扱っていますが、Y家など、この看板とは別に警察作の、紙のポスターまで、自宅前に色あせるまで貼っていました。我が家のあじさい畑が盗まれる原因となったお宅なのに、驚くべき発想です。
 この『ひいき、(特に国家的なひいき)を受ければ楽だ、または得だ』と言うメッセージが強く利用をされて、日本が被・植民地国家と堕してしまったわけですから、私自身は、おくびにもそんなことは望んでいません。が、後に述べる佐々木俊尚氏のごとく、頭脳を武器に戦うライターを始め、それを望む人物は多いでしょう。『よらば大樹のかげ』というやつです。むかしは、大河内東大総長が、「やせたソクラテスになっても、太った豚にはなるな」と卒業式の訓示でいって、『インテリが警察と、かかわりを持つ』のは大恥だったと思いますが、世の中も変わりました。
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 ところで、この雪ノ下二丁目、3のXから、4のY番地

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 ここで、突然、8ヶ月と20日後に挿入をいれます。原文では、詳細な番地を入れていたと申し上げましょう。が、2011年1月に起きた、中目黒殺人事件と、この山の住人との関係を書いたとたんに、タイトルに名前を挙げていた M 氏より、夫を使うという形で(、イコール、私の夫を呼び出して、夫に命令すると言う形で)抗議を受けましたので、急遽、この部分を番地・人名ともに、仮名にいたします。
 大切なことは、国際的軍産共同体の諜報活動を分析することであり、個人を弾劾することでもないからです。が、彼らのやり口としては、個人の問題へ還元するのが、大得意ですから、個人が何をやったかの記録も大切です。

 そういう可能性は、推察していました。しかも二回目です。だから、この弾圧そのものも、その一環で、戦うべきですが、ともかく、いったん、仮名に直します。
 その中目黒の大原さんという東大卒の、元製紙会社の役員が殺された事件が、このM氏からの、今日の日付での、申し入れで、諜略の一種であったという説が、いよいよ、本当らしくなりました。
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 で、元の本文に戻ります。


 で、番地を伏せて、鎌倉の某所といたしますが、そこで、成功した諜略は、日本全体に敷衍し、応用され、それが、映画「コーヴ」の制作公開、→アカデミー賞外国語部門受賞、へと、つながり、→日本と、日本人の印象を非常に悪くすることへもつながっていますから、言上げしないといけないのです。
 世界の中で、『日本人は悪賢く、真のところは悪人だ』となされていることへと、この山発信の諜略行為の成功が、発展していくのです。

 『コーヴ』だけではなく、映画『TOKYO』と言うのがこれまた、大いに厄介で苦悶をもたらす映画であり、それに文化庁から支援金が出ていたり、芸大横浜校舎を使っていたりすることを、批判的に論じているのが、今、私が準備中の本、『消された映画』です。

 それを出版させないがために、大相撲壊滅作戦が起こりました。その諜略は、例の鎌倉大文化人(出版社社長にして、ヨーロッパ某国より勲章を得ている人、および某大学教授でもある)、プラス、日本文学界・大名代(国民的名誉文学賞のひとつの審査員を長く勤めた・・・・しかも死後でも、遺作集が、一年間にわたって、6冊も出た不思議な人物・・・・・だから、私は常に、この人物の死は偽装であり、地下潜行して、この諜略行為の数々を案出していると見ています。特に私に関する固有のことを研究しているでしょう・・・・・)や、彼らの後ろにいる日本を真に支配をしている権力者にすれば、軽いジャブ程度の感覚で、始めたことだろうと思いますが、それの本質を正しく分析し始めた私のブログに、大慌てで、防戦してきました。

 その防戦の最終地点が、『民主党代表戦、の小沢一郎氏立候補』です.今日は非常に簡単にまとめて断言してしまいますが、後で、文章が天から降りてくれば、そちらも丁寧に間を埋めていきましょう。つまり、アジサイ畑欺もう事件から、民主党へ政権が移った過程までです。

 ところで、その件関連で、今回ほど、メディア・ジャックがひどかった事は、戦後、かつてないと思います。この大嵐の中で、週刊誌を舞台として、カリフォルニアで、勉強した上杉隆(氏)だけではなく、佐々木俊尚(氏)と言うライターが大きく伸びてきました。私から見ると、二人は政治的な傾向が似ていますが、性格や人物は、『後者の方が、より、たちが、悪いかな?』と感じます。

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 ここで、二度目のこととして、2011年、6月12日、・・・・・それは、この原文を公開した日付から、8ヶ月と20日後と成りますが・・・・・に、もう一回ワープして、二つ目の挿入を入れさせてくださいませ。

 仮名と、仮称の番地のことですが、
 ここで、後で出てくる上杉隆と、佐々木俊尚は、ペンネーム(または、実名そのものであるのかどうかは、私は知らないが)をさらし、鎌倉(大?)文化人二人については、実名をさらしていないのは、この後者二人の大物が、直接に、このアジサイ畑欺もう事件に関与しているからです。別に私は「負けた」と思っているわけでは無くて、夫を使ってくるという悪辣さを証明したくて、かえってわざと仰々しい仮名に直して、書いているわけです。

 上杉隆と、佐々木俊尚は、政治評論をしているわけですし、私への間接的な攻撃はあるものの、・・・・・朝日新聞の日曜日読書ランにあるコラム『売れている本、堤未果篇』内で、文脈を外れて、マイケル・ムーア監督を突然攻撃した事を指しますが・・・・・理由は、私が、ブログで書いているマイケルムーア賛美を、その当時、紙の本へ直しつつあって、ハッキングをしている主体から、その出版を抑えるために、それも含めた文章を書くように支持されたと推定されます。早稲田出身の模様ですし。
 早稲田人脈は徹底的に今、蠢動して日本を引っ掻き回していますし。
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 やっと、今日の新しいテーマに入ります。あじさい畑欺もう事件を25年前に執り行った、N氏はやがて癌にかかって死んでいきました。N氏については、なお、言及しないといけませんが、今日はその次を引き継いだ、M氏に関する論考です。彼の、私にとっての大問題点は、あじさい畑欺もう事件によって、作られた鉄の手すりの、『ペンキ塗りお当番』と言う企画です。ただし、被害だけではなく、プラスもありました。それは、そのやり方を見たときに、『この人は、共産党員、もしくはシンパであろう』と気がついたことです。それ以降、共産党を分析する場合に、この一家の動向が、非常に役に立ちました。

 もちろん、私を含めて、思想信条は自由です。

 しかし、そう言う特別な信条の人の妻を、神道を奉ずる(神社庁管轄であろうし、また、国民的敬愛を受けている文化財としても、その平等性が必要であろう)鶴岡八幡宮様が、國學院大學へ推薦されるという形で、ご支援をなさったとしたら、それは、私などの世代では、驚天動地のことですね。だってマルクス主義者は宗教を信じてはいけないはずです。しかも、最近また、ペンキが塗りなおされる件があり、そのときに怒り心頭で、初めてM氏をグーグルで検索する気になってやってみると、『集団訴訟』にM氏がかかわっていることが、わかりました。で、上の想像は確信へと至りました。

 ペンキ塗りお当番とは、自分たちが原因と成っているいわゆる加害を、まるで、お遊びのようにして、さらに増幅し、人の神経を逆なでする仕組みです。
 
 それに、そのM夫人の國學院大學への就職は、今までの日本社会にある、右翼とか、左翼の判断基準を大いに、混乱させる処置です。それに、彼女は、その立場を最大限に利用して、増長慢の限りを尽くし、彼女を救うために25年間も我慢の限りを尽くして、奉仕をし続けた私を、苛め抜いたのですから、『大イチョウが倒れたのもむべなるかな』と思っています。
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 三回目の後日の挿入となりますが、2011年6月の、12にちという今、ここが、人気ブログと成っているのも伊達や道楽のレベルの日常が、裏にあってできることではありません。すさまじいレベルでの、我慢と修行が裏にあるから人気ブログとなっているわけです。

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 そのいじめの実例は、今日は、一万字・字数制限に引っかかったので、削除しますが、将来丁寧に書き、発表をするでしょう。
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 ところで、この山の町内会の会長職は、閑職とみなされています。が、M氏は、就任当時は、現役の某大学の教授でした。だから、普通なら引き受けないはずですが、引き受けたので、『は、はーん。前の会長のN氏は、真実の情報を隠すために、また、自分をのちのち守ってもらうために、あじさい畑欺もう事件の主たる原因者に、因果を含めて引き継がせたな』と、感じました。実際、M夫人に「Nさんに頼まれたの?」と質問をした事がありますが、「ええ、やりたくなかったのに、仕方が無くて」と答えていました。でも、私は内心で笑ってしまいました。

 『本当の理由は、Mさんだって、他の人に任せると不安だった、と、いうことだろうに。ずいぶんと他人(ひと)事みたいに言うこと』と思って。・・・・その当時、Y家がすでに以前からの副会長でしたが、そこを昇格させると、大騒動がおきると、N氏は考えていたのでしょう。Y夫人が、いやみたっぷりな悪女である事は、さすがに、これらの女性たちそのものを、動物として、恐れているN氏でも、分かっていたのです。
 N氏が、気が弱かった理由などは、後日お話をします。
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 ペンキ塗りお当番と言う現象は、町内会の行事として行われ、すべての住民に、どこから、どこまで何メートルを塗りなさいと、割り振った現象です。これが、決定的なメルクマールとなり、アジサイ畑欺もう事件が正当化されてしまいました。しかし、本質を伏せて、ものをきちんと、考えさせないうちに、お祭り騒ぎみたいに、人々をあおって、何かの実践をしてしまうのは、共産党に固有の現象です。だから、埼玉県の病院職員の家庭を舞台として、『少女コンクリート詰め殺人事件』もおきたのです。

 でも、この、ものを深くは考えさせないやり方で、ペンキ塗りお当番が実行されたために、それ以前には、私を気の毒だという態度を示していたひとも、私を避けるようになったので、被害は甚大です。じっと耐えながら、思考を深めていくことに専念をしました。修行をしたのですよ。だから、石川和子女史など、ものの数ともしない実力がついたわけですがね。

 この石川和子女史だけは、私の猫が、彼らより、私を好きだということに逆上をして、警官を招いて、「彼女の夫に、彼女の夫を叱るように命令してください」と、依頼して、
 その警官がさらに悪辣なことに、交通事故の調書を取って、脅かしたので、実名をさらさないといけない人物です。ぜったいにここは引きません。

 警察庁・長官・安藤隆春氏が、私をパトカーや、駐車違反監視員などを使って追い掛け回すのも、そのばかげたいきさつを、書いてほしくないからでしょう。それだから、書かないといけません。

 電車の遅延現象・多発もすべて、そこから発信しています。焼肉えびすの社長とか、料亭船場吉兆の社長が、マスコミ総叩きの目に出会っていますが、東京圏の住民に迷惑をかけた度数を言えば、この石川和子その夫柳沢某ほど、多数の日本人に迷惑をかけた、悪辣な人物は居ません。数として、ものすごい多数の人間に迷惑をかけています。そのいきさつも、いずれ、きれいに書きます。2011年6月12日以降ですが。・・・・・

 ともかく、25年前の当時、私が、一軒、一軒たずねて、質問をしたときには、『誰も、・・・手すり設置と、我が家の山を崩す事を、知らないことでしたから、当然のこととして、それはだれも・・・・町内会の決定事項としては、認めていなかった』のに、自分が会長になった途端に、それを、事実上、確定してしまう形で、お祭り騒ぎのペンキ塗りお当番を実践したのです。見かけは誠実そうですが、大、大のつく悪人です。
 歌舞伎で言う色悪かな?

 私の方は怒り心頭ですから、M氏の当時(1984年)の担当学生に「これが正義かどうか」を質問をしたいほどでした。それに今でも、「こんなずるい人の妻を、本当に推薦なさったのなら、このことをご存知で、そうされたのですか」と、鶴岡八幡宮様にも質問をしたいほどです。ただし、実行された責任者は今の宮司Yさんではなくて、前の宮司Sさんでしょうが。

 だって、他人の土地を事実上盗む(使えないようにしたから)ことを、本人が反対しているのに、他の町で、誰かがやったら、普通の場合は訴訟とかが起こり、大問題になるはずです。新聞種にさえなるでしょう。だけど、ここの特殊な地形がもたらした、たこべや的雰囲気を利用して、かつミルグラムの実験的、残虐ないじめを利用して、強引に通されてしまった悪事でした。本当に、かっつかっつのところで、私のやさしさを利用して、前の会長N氏が通してしまったことなのです。

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 しかも、ここで、2011年6月12日に入れる、五度目の挿入と成りますが、祖の1984年には夫は、松坂のセントラル硝子に出向をしていて、この鎌倉には不在でした。で、すべては私の判断と責任でやったことですが、馬鹿にされきって、かつ、裏でN氏を瀬島隆三がサポート、教唆をした可能性があって、通ってしまったのです。

 瀬島隆三と私の関係は、瀬島隆三の親友と言う元海軍参謀・益山某氏が、仕掛けてきた詐欺事件の悪辣な裏側を私が見抜いてしまったので、目撃者は殺せというわけです。しかし、正当性と、正義は私側にあるから、ともかく、ノイローゼにさせて、神経科に入院させようと言う案が、唯一実行可能のなので、それを、上から、供されているM夫人、Y夫人、石川和子などは、ひるむことも遠慮することもないいじめを、2010年まで堂々とやり続けるのですよ。

 でね、このアジサイ畑欺もう事件を世間に発表をされると困るから、あらゆる方向からそれをさせないように、手を尽くして来ているのが、国際的軍産共同体なのです。それは、瀬島隆三から始まっていることですが、鎌倉で、文筆家として、ペンクラブを舞台にして、大物として、振舞っている上に上げた二人の大物・かまくらびと・文化人なのですが、

 それでも、私がひるまないものですから、困ったときは夫頼みで、夫を使うのです。2010年5月4日には夫だけに知らせて、強引に測量をしなおし、(夫不在のときにです。夫は不在でもいい、何をされてもいいと、すべてを了承しています)、書面上は、F夫人が正当なことを言っているように改変してしまったのです。ですから、もし法的に戦えば、私の方が今は不利になる可能性はあります。 
 それを、利用して、本日、M氏が、この一文を削除してくれといってきたのです。
形は上品で、一応某路hy区的ではないけれど、例のペンキ塗りお当番と同じで、底の底の所は、『自分たちを守るために、他人の夫婦関係を壊してもいいというのですから、悪辣極まりない申し出で』です。

 私はこの件を、今、哲学の問題とか、心理学の問題として捉えています。それと、ここで成功したことが、すべて、政治に応用をされていますから、政治学の問題としても、この件を考えています。法的に勝つことはできない可能性もあります。だけど、天と神様を含んだ世界で言えば、私のほうに圧倒的な正当性と、守護があります。

 よく、天に向かって書くとか、神のみを信じていると申しますでしょう。

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それを、さらに強引に正当化してしまった、ペンキ塗りお当番(お祭り騒ぎ)でした。この裏には、M家には、私道負担部分の提出が無いことも大いなる原因となっています。M夫人は、異常にうるさい人です。きんきらきんきんと山中に響くような大声で、井戸端会議を繰り返すものですから、頭にきたF夫人と言うのが、道の真ん中に自分固有のフェンスを作ると言い出したのです。M夫人の話の内容を一部申し上げますと、娘さんが湘南随一の有名校内で、もてまくるといったり、自慢たらたらで、くだらないのです。それが、家の中に居てまで、聞こえてくるのです。この山は静かですし、ギリシャのエンケイ劇場のごとき地形になっていますから、音響効果が抜群にいいのです。

 この井戸端会議は本当に居所湯で、そばで見ているとすぐわかりましたが、Y夫人と言うのが、略奪婚なのでしょうね。まあ、ご主人が若い部下に手を出したのかも知れませんが、ともかく、在る部分に勝気さと、不思議な劣等感を持っている人で、ともかく、この非常に小さな世界で、自分が目に見える形で一番になりたくて、その会議を主催していたのです。ほら、中学校の番長たちと同じです。

 私の更なる深い分析で言えば、M夫人はいわゆる優等生の気弱さ(もしかしたら、菅首相も谷垣さんもそれをもっている)があって、しかたなく、祖の番長主婦軍団に仕上がっていたとも考えられますが、それ以降がいけない。延々といじめを続けますからいけないのです。が、彼女がもたらす音のサインも、私の社会分析に役立ちます。

 彼女M夫人のほうは、問題のでしゃばっている土地の部分に布団を干します。そして、布団たたきで、これでもか、これでもかと、言うほどの大きな音を立てて布団をたたきます。それが、見事に小沢一郎出陣と連動しているのです。
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 ここで、四回目の2011年6月12日の挿入となりますが、
今回は内閣を、ぶっ壊し簒奪する、例の不信任案提案を小沢一郎が、準備しているときに、その大きな音が聞こえましたから、決して自然なものでは、ありません。
 私側の土地を自分たちが主たる原因者として、つかえなくしておきながら、そのF夫人に責めたてられた部分を、正当化して、「自分のものです」と主張をしたいのが、見え見えの布団たたきなのです。

 だけど、さまざまにいじめられているし、今日も事実を書くなといわれたから、正当防衛のために、かえってはっきりと申し上げますが、高望みをしたのか、まだ、そのお嬢様は結婚をしていないはずです。ただし、ここにこう書けば、国際的軍産共同体が、すぐお見合いを用意することでしょう。だけど、結婚は数十年にわたります。うまくいくかなあ?

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 2010年9月19日付の、原文に戻ります。
がない事を、藤本夫人に責めたてられて、一番低い場所に家がある安野家と中村家以外は、誰も道路を通れなくなるところを、すくうために多大な犠牲を強いられた私を、再び裏切った前田氏でした。

 中谷氏は、まだ、他人のために動いたという形ですが、前田氏は自分のために、公を利用したので、悪人度がさらに強いです。

 その救済案を最初に思いついた古沢氏が亡くなったときに、前田氏は、町内会の回覧板を利用して、追悼文を書いていました。他の人の時には無い例です。これも、町内会という小さな組織であっても、私的な利用であったといえます。公私混同の最たるものです。大学教授職という目くらましを利用して、自分と妻の友人たちだけの利益を図った恐ろしい企みでした。

 そう言う土壌があるから、のちに、アスベストを偽装的な理由として(だって、それを抜き取らなかったわけですから)神奈川県のお金で、この欺もう事件の、決定的、証拠の隠滅が図られることとなります。本当にずるいずるい人たちです。が、それらが、この山で会長(十年以上)と副会長(二十六年以上)をながらくやっています。警察の支援の下に。不思議です。不思議きわまりないです。
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 大変な苦難を味わいましたが、何事も、マイナスもあれば、プラスもあります。その後、共産党と、その集団訴訟企画を研究しぬくこととなります。そして、それが、どんなに、日本と、日本国に悪影響を及ぼしているかを、徹底的に考察することとなります。が、今日は字数制限に引っかかると思いますので、そちらは、進行をさせないで、地元の問題点に戻ります。

 予想したとおり、これは、私側にさらに大きな被害をもたらすことと成りました。お隣の前の住人である、遠藤さんという奥様が、毎日庭のごみを50センチ程度低い、我が家の敷地内に掃き落とすことと成ったのです。これって、大変な軽蔑の現われでしょう。潜在意識の中で、こちらが悪者だと思っているから、できることだと思います。もちろん腹が立ちましたが、ずっと我慢をしました。それは、遠藤夫人が、普通ではないところも持っている女性だったからです。とても、おとなしい感じで、下手に出ていた人ですが、こう言う人こそ、強いところもあり、意外と強情な面もあったので。
 安野、前田、石川、浅野夫人たちより、上品で井戸端会議には加わりません。す。が、親としての歳月が短くて、訓練とか、経験が足りないために、子供のいたずらに関して、適宜な謝罪ができない事があったのです。
 奥様が留守のときに、坊やが友達と一緒にサッカーボールを我が家の西壁に、一時簡以上ぶつけ続けたのです。そこには窓が少ないので、学校に良くある、テニス練習用の壁に似ていますから、そういう遊びに応用したかったのでしょう。ただ、外壁がトタンですから,すさまじい音がして、困りました。でも、私は子ども好きですから、小学校、一年や二年の子どもたちには何も言わず、奥様が帰宅してから注意をしたところ、自分の子供に問い合わせもしないで瞬間的に「やっていません」といわれたので、びっくりして、以降彼女を、警戒するようになったのです。いや、普通のお母さん、特に男の子の母だったら、ここは一応謝罪して、それを経験として子供にやってよいことと悪いことを教えるのが筋だと思うのですが・・・・・
 でさらに言えば、遠藤家というのは、ご夫婦としては、とてもバランスの取れたファミリーです。ご主人は大卒で大企業等に勤務しているインテリでしょう。奥さんは多分短大卒です。いかにもそう言う点での、家族の生活を守ると言う賢さはあります。先ほども言ったように、普段は、『欲望むき出し』のところはありません。

 ただし、そのサッカーボールのけりこみを、否定された事が過去にあるので、この『ごみを我が家に掃きこむ』件も、『下手に注意したら、大変な反発を受けかねないな』と思い、ずっと、我慢していたのです。でも、彼女側のがけが、そこだけつるつるに、なっているし、二階の窓から見ると、彼女が必ず午前十時ごろ、庭ごみを、我が家に掃き落とし入れているのが見えるのです。また、すぐ傍に我が家のトイレの窓があり、そこに入っているときも、時間が合えば、箒の音は聞こえます。

 で、ある年の、年末の大掃除の時に、はっきりと注意をしたのです。すると予想通り、彼女が否定をしたので、「ここに、砂がピラミッド状になっているでしょう」と指し示すと、確かに砂が、ご自分の方の50センチぐらい高い崖にぴったりと、張り付いて、逆さじょうご状になっているので、さすがに今回は打ち消せず、黙り込み、それ以降、庭ごみの我が家への掃き入れは終わりました。そして、内心で引越しを、計画された模様です。まあ、後で掃除をして見ると、暗渠、六メートルぐらいがすべて、土砂で埋まっていました。長年の習慣だった模様です。
 他人に知られないと思っていれば、恥でも何でもないことですが、被害者側がちゃんとそれを知っていたとなれば、大恥の行動です。子どもの手前も大変なことです。よくこの山の人の、何とか調査に、興信所が我が家に来ますが、遠藤家のお子さんの結婚とか、就職でいろいろ聞かれたら、なんと形容しましょう。

 でもね。この恥多い彼女の行動の遠因は、前田祝一氏の企画した『ペンキ塗りお当番』にあったと、私は確信しています。だから、真の罪は、彼にあります。
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 さて、その後で、現在の持ち主がお買いになって新築をされたのです。施主が建築家だと言うことで、すばらしい家ですが、その工事中から『変だな?』と思う事はたびたびあって、『誰かから、我が家に関するなんらかの悪口が、すでに、入っているな』とは感じていました。まあ、お互いに上手に振舞っていますが、私の方も、そちらも、隣家同士で、お互いに警戒をしあうとしたら、なかなか、ストレスの大きな環境となります。これも私が被害が、総額五億円に達すると明言する原因の一つです。
 で、この事は邪推ではなくて、証拠めいたものも、何度も感じました。まず、建築中に思いがけない場所に、断り無く、あちら様の塀をおつくりになったこと。これは挑発行為だったでしょう。もちろん裏からそそのかされての挑発行為です。

 びっくりしましたが、もとより、警戒中の私は簡単には挑発には乗らず、丁寧に観察しました。境界石を確かめて「見かけ上は出っぱっているみたいだが、問題はない」と判断して何も言いませんでした。が、普通、塀を作る場合は、たいてい、事前にひとこと、隣に断りを掛けるものです。その当日、由比ガ浜のアーキテクトというカタツムリを商標とする建築業者も来ていましたので、『建築業者ぐるみで、なんらかの策謀がなされたな』と、感じました。建築業者って普通は丁寧なもので、下手に出て、注意深く振舞うものですから、とても奇妙でした。まあ、これも、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人羽織が画策したことでしょう。

 その後、電車の中で、夜の11時過ぎにご主人にお会いしたときに、車中では、仲良く話をしているのに、駅で、「僕は他に寄るところがありますから」といって、一緒に帰ろうとしなかった時に、さらに確信を深めました。このときもまた、この山に住む例の悪人たちに対して、深い怒りを喚起されました。伊藤玄二郎や、柳沢某のように、法律用語を大げさに駆使をする事をまねするなら、誣告罪といっても過言ではないです。

 ところで、前田夫人は、静岡大学の法学部の出身だと聞いていますが、このあじさい畑欺もう事件をどう解釈しているのでしょうか? いつか聞いてみたいものです。しかし、どう考えてみても、『正当な、ものだ』と思っているらしいので、ここで、こういう文章を書くことと成ります。
 怒りを沈静させる目的でなす修行は果てしがないです。怒っていては、文章も書けませんから。でも、時々は、『天よ。どうして、こんな不条理をお示しになるのですか?』と、オペラ『トスカ』かではないが、神をなじりたい気分になります。

 すると、大銀杏が倒れたので、『おや、生きているうちに、御(ミ)しるしをお示しになった』と、こちらがびっくりしました。

 が、さらにのちほど、隣家から投げ入れているように、見える角度で、石を投げ入れられる事件も、企画されましたので、さすがに、天もそれを実行する連中に対して、お怒りになったと思われます。

 つまり、2008年の10月から、次の年に掛けて、何度も、西側の壁に真夜中に石がぶつけられる事が起きたのです。すぐこれも諜略活動だと分かりました。もし、単純に行動して、おとなりに、「白井さん、石を夜中に壁に投げつけていらっしゃる?」とでも問いかけたら、大きなトラブルになったでしょう。そして、周辺のいじめ集団が「それ見たことか。やっぱり彼女はトラブルメーカーでしょう」と白井さんにいうでしょうね。ですから、最大の注意を払って、それを解決しなければなりませんでした。その件は、左上のカレンダー、2009年11月23日に、書いています。もし良かったら、それをご覧くださいませ。
 今一年以上、経って、さらに解明できた事は、『柳沢某宅と白井家の間に、塀がないのが、この件の実行が容易になった』ということです。白井家は、新築の家の例に漏れず、門にセキュリティが設定をされています。が、西側の隣である柳沢某宅との間が、平坦で、しかも塀がないので、すうすうと楽に通れます。ので、そこを利用したら、簡単に白井家に入れます。そこはセキュリティなしで通れますし。しかも私が実験をしてみたら、直角ではなくて、斜めから石を投げつけても、外壁のトタンに、跡が残る事も確かめられました。ので、白井家の庭の、奥深くに入らなくても、その投石を行えるのでした。

 犯人が誰かは、わざと特定しませんが、アイデアは、例の伊藤玄二郎および、井上ひさし、の二人羽織か、柳沢某か、
 お嬢さんの携帯を利用して、私の頭に水をぶっ掛けようとした、浅野、安野両家か、『それが成功した』との、嘘の報告を聞いて、山中に響き渡る声で喜んだ、大原家か、前田夫人の七人から出ていた可能性は大きいです。たくらみの本質に、常に通底する下品な趣がありますから。それは、白井家が持っているものではないです。そこは、若い技術屋さんの常として、夫婦そろって大学院卒でもあるでしょうし。

 白井さんは、夜遅くまで起きています。それを見透かして、夜の二時過ぎに石を投げつける犯人の意図は、見え見えです。ですから、この件もすっかり解決をするまで、文章には何も書きませんでした。ので、敵は『成功した、成功した』と喜んでいて、日本全国的に悪さを、さらに大仕掛けで仕掛けて来るようになりました。世界的な規模でもやってきています。三井船舶のタンカー攻撃は前に書いていますが、大相撲壊滅作戦もまさにそれの一つです。後者に関しては、警察が大きく動きましたね。だから、冒頭に警察関連の写真をいれました。驚く、驚く、以外に無い行動をとる警察です。理性的でもないし、思考さえしていないがごとくに見える警察です。だから、国際的軍産共同体の手下だと言明することと成ります。

 さあね。最後になりました。こんなに、嫌なことが多くて、ストレスが大きくても、どうして、元気で平気かを申し述べましょう。繰り返しますが、それが、私の洞察力を高め、推理力を高め、日本と日本人に加えられている悪業を分析することへつながっていくからです。それを書く事が今の使命だと思っています。
 本日はこれ以上書くと、一万字制限に引っかかると思いますので、具体的で下世話な話で終わっていますが、集団訴訟と、共産党の役割が、日本政治にどういう影響を与えているかを、後日、(日にちは、決めません)、解説をさせてくださいませ。それから、この山の真実についてはもっともっと書かないといけません。

 ところで、本当に天には感謝しています。いつかは正直ものの、頭にも光が当たるのです。天を信じて待っていて良かったです。そして、念のために申し上げますが、私は一切の先制攻撃をしてはおりません。ここに書いていることは一切が、すでにやられたことの分析です。「書かれたくなければ、きちんと普通にくらしてください」と悪人どもに言いたいです。ついこの一ヶ月内にでも、悪業は繰り返されています。この山でも、日本全体でも、数多く見られました。では、2010年9月18日、  雨宮 舜
コメント

瀬島龍三は、30年前から、私を追いかけていたのだ。

2010-09-17 00:01:36 | Weblog
 前報は、一万字以内という字数制限があり、うまく書き抜けないところがありました。特に自らをインテリとして、「過去、私に勝った人はいない」と書いたところなど、説明不足であり、自分でも損をしていると思います。(後注1へ)

 特に普通の方なら、「どうして、そんなにも嫌なことが連続して起きるところから、逃げないのですか」という質問をおだしになるでしょう。引越しは勧められたことがありますが、ここから逃げないのは、ここが壮大なレベルでの心理学的、または、社会学的、または、哲学的実験道場になっているから、それを分析追及することによって、自らの精神と頭脳が鍛えられるので、それが魅力となって、引越しをしないというわけです。もうひとつ『自然が珍しい場所だ』ということもあります。東と西の窓から人家が一軒も見えないのです。
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 ところで、ずいぶん、個人的なことばかり書いていると、あなたは、お思いでしょうか。
今日のタイトルの瀬島龍三(CIAのスパイであるとして有名な人。表向きは伊藤忠の重役で終わった。山崎豊子が書き、唐沢寿明が主演した『不毛地帯』のモデルとされており、元陸軍参謀で、シベリア抑留を経験している)の名前すら知らない若い方がいらっしゃったら、「何だろう。これ」と思われても仕方が無いですね。

 しかし、この国が異常な方向へと走りだしている事を、皆様に覚醒をしていただきたくてこの文章を書くので、決して個人的な事でもないのです。

 それを分析するために、本日は、あじさい畑欺もう事件という、今まで名前だけが何度も出てきたものの、概観を書かせていただきます。それは、単なる泥棒でしかないと、言い切ってしまうのは、その論拠が、事実上、現実には、存在しないからです。

 その事件が、法的に正当であるためには、この山の二軒の、家の間の私道が、必ず、どこでも四メートル幅は、なければならないのですが、実際にはどこの道も四メートルは無いのです。土地造成業者か、最初に家を建てた人々のどちらかが、それほどの、幅を提供していないのです。それは、この山にブルドーザーが入らないために、人力で開発したので、完璧な開発ができず、かつ、時期が古いので、あいまいでルーズな基準で造成が許可されてしまっているからです。また、鎌倉には、山が多いので、似たような場所も多いのかもしれません。後に市会議員の早稲田ゆきさんが吐露していましたが、鎌倉市の公図そのものも不確かだそうです。実際彼女が私に見せたそれによると、私たちが買ったときのとは一部分が、違って、変更となっていました。

 ともかく、この山の場合、一箇所だけ幅が広いところがあります。そこは、4軒の家に囲まれている一種のプラザ(広場)なので、そうなっていますが、そこ以外、どこにも四メートル幅の道路は、ないのです。それなのに、我が家の対面の藤本夫人だけ、それが法的にないと違法な分譲地だから、『あなたの方が引いてほしい』と思ったのか、私が引っ越してくる直前で、この中古の家が無住のときに、勝手に彼女の家から、二メートルの場所に、地境石を入れてしまいました。 で、我が家は大損をしています。これだけでも、法律違反だと思いますが、我が家が問題にしたのは、それではなくて、その不当性を証明する山を、切り崩されてしまったからです。それは、二重三重の裏切りでした。誰もが持っている花畑を提供するように言われて、大きく、犠牲になっているのに、さらに裏切られて、不当な地境石がまるで、妥当であるかのごとき、結果を招いているからです。自然の山を削られ、そこに生えていた樹木を10本近く切り倒されたことがそもそも大問題なのです。

 その裏切りをしたのが、当時の町内会長の中谷氏です。顔はものすごくきれいな人でしたが胆力が無い人で、そもそもの、騒動の発端である、ごろつき主婦たちを抑えることができませんでした。そして、一見、弱く見える私に、すべての犠牲と矛盾を背負わせて逃げてしまったのです。ここで『逃げた』というのは、無責任なままで、死亡してしまったということです。が、かくまで、ぼろくそに、私にその弱さや、ずるさを書き抜かれたら、『結果として、ご自分が損をなさったことだ』と感じますけれど、それが、生前には見抜けない人でした。格好ばかりよい人で、丁寧に物を考えることの無い人だったのです。

 「崩すのは絶対にだめですよ」と断っている木を切り落とし、大量の土を、山下に下ろしてしまったのは、今では、瀬島龍三に影から教唆されていたのだと、理解しています。それは安野、石川両女性と、絡んだ、国立大学付属高校の問題が、1986年にすでにおきているからです。それを本日アップしたいが、多分、一万字を超えますので、19日の夜にアップさせてくださいませ。それができなかったら、伊藤玄二郎が、昔で言うところのスパイであることが、確実に成ります。瀬島龍三に子飼いをされたスパイであるとなります。
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 しかもその当時から、二十五年を経た、2008年の春に、アスベストを口実として、神奈川県のお金を使って、水道管を入れなおすということになり(後注2)、それは、さらに重要な証拠を消す結果と成りました。その工事に関連して、おちんことおまんこで、始まる大量の→のいたずら書きもされて、かつ、石川和子が消したとは、前に申しました。

 この案を出した策略者たちは、よっぽど、自分たちが馬鹿なのでしょう。そんな幼稚ないたずらがきで、私が引っかかり、2008年当時に、このアジサイ畑欺もう事件に関してなんらかの文章を書くだろうと思うのは。それを書かせて、揚げ足取りをして、ぶっ潰してやろうと思っていたのです。が、そんなことは、瞬間的に見破ることができる私です。その当時から井上ひさしと、伊藤玄二郎の関与を推察していました。彼らの極端なずるさを、私は、知っていました。ただ公開はしませんでしたけれどね。

 さらに2009年の5月4日に、すでに引っ越して行った藤本夫人が、測量をしなおしにやってきて、その違法な地境石を、正当なものと書き記した書類を、我が家の主人に認めさせるという暴挙に出ました。主人と話し合って、それは、そうとしておきましたが、
 
 その後で、大相撲壊滅作戦がおきましたでしょう。それに、大イチョウが倒れるという事態が起こりました。私は『潮目が変わった』と感じました。作用反作用の法則は、あに物理の世界だけで起きることではなくて、人間のなす事でも当てはまるのです。

 悪が猛烈に栄えた後では、天は、善を成されるからです。で、自信を持って、すべてを書き抜くことを決意したのです。すべてを、書いたって、地境石が移動するわけでもないでしょう。山が自然に回復するわけも無い。だけど、伊藤玄二郎とか、瀬島龍三の悪を明らかにすれば、大相撲の周辺で、生活権を奪われた人々を勇気付けることはできます。また、銀座東和ギャラリーという、いい画廊とか、ベニサンピットというよい小劇場がつぶされたことに困っている人たちに、戦いの突破口を教えてあげたいからです。

 ところで、主人を篭絡して、夫婦仲を裂き、それを、自分たちを有利にする手段とするのは、柳沢某が、猫が私を慕ったことに逆上して、警官を呼び、『あそこのご主人に、おくさんを叱ってほしい』と言ったころよりも、時間的には前から、この山で、適宜に使われてき
た常套手段です。敵は追い詰められて、困り切ったときは、必ず主人や子供を利用します。

 これは人権蹂躙の最たるものです。事件の起きた当時、主人は単身赴任で、松坂に行っていて、この家の実質的な主役は私でした。だから、たとえ、主人がなんと言っても、私は戦い抜きます。真実を書き抜きます。最後まで書きます。そういえば、主人が日産自動車から、セントラル硝子に出向をさせられた事自体が、瀬島龍三の手配だったかもしれません。そうですね。主人は自分が社長ぐらいできると思っていたようですが、セントラル硝子で、人員削減を任せられて、サラリーマンを止めてしまいました。でも、鍼灸医が楽しそうで、それもまた、人生です。それに単身赴任時代は二人で、車を使って、旅行をしまくりましたから、それも一興でした。
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 私はたえがたきを耐え、忍びがたきをしのび、ずっと我慢をしてきたのです。しかし、これらの成功を糧に、どんどん、どんどん、悪辣な企画を、敵は、全国的規模で、展開し、とうとう、大相撲壊滅さくせんまでに発展をしました。しかし、それが大矛盾の突破口だったのです。踏ん切りがついて、私は文章で事態と明らかにする決心をしたのでしたから。遠慮を取っ払ったのです。

 特にかれらの悪辣さに、天までお怒りに成り、大銀杏が倒れた時に、はっきりと『潮目が変わった』のを知りました。大銀杏が倒れたのは、ひとつには、県立美術館・鎌倉館の内部スタッフ用玄関の前にあった、アメリカ(または、メキシコ)きささげを伊藤玄二郎+井上ひさしのアイデアにより、伐採をなさったことが原因でしたが、もうひとつは、この山でやりたい放題をしている主婦たちの、安心の根拠のひとつとなっている前田夫人を、ご支援なさっていることも重要な影響を与えているでしょう。彼女だけが大学院まで出ていて、しかも國學院大學の講師ですから、そこに正義が存在するとみなされています。『その、国学院の講師こそ、八幡宮様の推挙でついた職ではないか』と感じます。きささげを切ったのは、私の『二人だけの音楽会』という文章が素敵なので、その現場を、読者が見に来ることが無いように、証拠としてそれを、失わせるためでした。今度、暇なときがあったら、その原文をここでもさらします。
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 やっと前置きを終わり、事件の本質に入ります。
アジサイ畑欺もう事件とは、安野夫人を中心とした井戸端会議が毎日定期的に開かれていて、そこに参加できない、固い性格の主婦をいじめることが、主たる原因として起こりました。私が引っ越してくる前は、藤本夫人(=医者の娘でインテリだから、その手の庶民的な会話ができない)が、ターゲットと成り、一手にいじめられていたのです。

 前報で、『インテリは、いざとなったら、実は強い』ともうしあげましたが、藤本夫人も、その典型の一人で、案を練りに練って、前田夫人を成敗しようと、でてきました。あじさい畑欺もう事件とは、前田家が私道負担分を正しく、出していないことを攻める(または責める)最大の論拠として、案出された手なのです。性格的に悪辣で陰険なのは、この山では安野夫人が一番ですが、ということは、最大のレベルで怖い人が彼女でもありますが、一見すると、いじめ番長、主婦軍団のリーダーは前田夫人のごとく見えます。それは、彼女だけが大学院を出ているから、『主婦の中では、一番偉い人だ』とみんなが認識をしているからです。

 単なる見栄えだけではなくて、その後、今度はいじめの、ターゲットが私に移りましたから、それを、日々感じさせられてきました。前田夫人に比べれば、警官を私的に悪用した石川和子、柳沢某の夫婦の方が、より、善良に見えるほどです。

 で、前田夫人の最大の弱点である、私道負担分をだしていないことを武器として、彼女をたしなめ、叱る目的で、(しかし、それをオブラートで包んで暗喩として)、計画された超がつくほど、上等な案が『雪の日の転倒による、裁判が起きることをさけるために、藤本夫人が私費で道路に、手すりを兼ねたフェンスをつくる』という案でした。笑っちゃうくらい上等でした。私は自分の山が無法にも削られない限りは、藤本夫人に喝采を送っていたほどです。本当にひどい乱暴な主婦たちで、それは漫画チックでさえありましたから、彼女らがやっつけられるのは大歓迎で、愉快、愉快なできごとでした。

 しかも彼女は、この山の、どこにもない四メートル幅の真ん中二メートルのところにそれをつくるとを主張したから、事実上一メートルしかない道路が、通行不可能と成ります。ここが山の上で、車が入ってこないゆえに、どこの家も花畑を家の前の、私道路内に設定していて、道路は幅が一メートルだけ、コンクリート打ちをされているのです。そのたった一メートル部分の真ん中にフェンスを作られては、だれも引越しやら、改築ができません。

 藤本夫人が復讐したい相手は、唯一、前田夫人だったでしょう。が、お利口でインテリである藤本夫人は、それが見え見えにはならないように、工夫をしたわけです。
 で、困りきったみんなが、優しい人である私に、『ここは、一種の犠牲者になってくれ』と頼んできたのです。真実のターゲットは前田夫人だけですが、それ以外の16軒もそのフェンスが大迷惑になるから、藤本夫人の対面に住んでいる私が、花畑を犠牲にして、そこに手すりを作れば、藤本夫人が真ん中に作りたいといった案をつぶすことができるからです。
 
 あのね。全体のための犠牲者になった私が、その前田夫人から、25年以上にわたって苛め抜かれている理不尽さを、ご理解いただけますか? また、井戸端会議の真の主催者である、安野家から、騒音で迷惑のきわみをこうむってもいます。もちろん、これら現象の裏には、最初期から、瀬島龍三が動いていたことが、今では私には、わかっています。だから、彼女たち、および、おばかさんな夫たち、男性陣も大手を振って、たこべや内ミルグラムの実験的残虐のかぎりのいじめを繰り返してくることが平気でできたのです。ターゲットを藤本夫人から私に変えながら、やっていることは同じです。

 しかも安野家では南側の本当は公道だったはずの花畑を使っていますし、北側にあらたに花畑を開墾して、堂々と野菜を作っています。しかもいじめぬいた藤本夫人を今では、自陣内に取り込んでいます。おお、おお、と驚きぬく悪人振りです。

 私は当時の会長の中谷さんに、「藤本夫人が勝手に入れた、こちら側にでしゃばっている地境石は認められませんよ。そのために、自然に形成をされている山は絶対に崩してはいけません」と、言っていたのに、裏切ったのは、瀬島龍三が、私を、いじめたかったわけでしょう。
 で、中谷氏になんらかの示唆か教唆を与えたので、彼はこんな違法で理不尽なことを平気でやったのです。馬鹿な人だと思っていたが、実は、覚醒してやっていたのかもしれません。そうすると、例の伊藤玄二郎+井上ひさしとおなじ穴のむじなとなります。アメリカから帰った二世なので、どこかで、CIAを代表するひとと、つながって、友人であったのかも知れません。間に誰が入ろうと、CIAというか、国際的軍産共同体関連から、このいじめを教唆されていた可能性は捨て切れません。
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 一種の繰言と成りますが、16軒をすべてを、救ってあげたのに、その後、犠牲者で奉仕者の私の方が苛め抜かれることとなったのは、私が彼らの予想以上に利口であり、瀬島龍三の悪を分析しぬく可能性が出てきたからです。さらに彼に子飼いの伊藤玄二郎などの、次の世代のエージェントたちの悪をも分析し始めたからなのです。不合理極まりない矛盾です。ただ、些少の程度ですが、前田祝一氏は道徳観があり、全体像も、見えています。で、奥様が意地悪を暴走する時に、たしなめています。

 たとえばですが、猫について彼女が、私をいじめるときに祝一氏がたしなめていたのです。ほら、私は石川和子女史の無礼といじめで、外へ出せなくなりましたでしょう。そちらに遊びに行かせると一家全体が、大きく嫌な目にあうのから、防衛するためです。でも、猫とは自由を求めるものですから、『かわいそうだ』と私は、思っています。木戸を作って自由に出さないことにするのにも最後まで反対したのが、主人ではなくて、私です。

 で、慰めるために、時々散歩に私が連れていきます。鎖こそ使いませんが、まるで犬扱いです。でも、仕方が無いです。元来、大変活発な性格の猫ですから、行動の自由を、制限しなければならないのは、かわいそうだと、いつも思っています。そして、この山で一番ひとけのない、だから、誰にも迷惑をかけない、古沢邸前で(今はご夫婦ともなくなって無住である)、自分は原稿の校正などをしながら
 猫を遊ばせてやります。

 そんなある日、前田夫人が雨戸をものすごい勢いで、がたがた言わせて、音に敏感な猫をおびえさせたのです。アジサイ畑欺もう事件は彼女の身代わりになってあげたのに、この乱暴狼藉な恩返しです。こうなると大学院卒業でも、感情のコントロールがまるでできない模様だし、(それは軽蔑の対象となるし)人に感謝のひとかけらもしめすことのできない残酷なこころのひとだとわかります。他にもすごいことは多々あるのですが、それは、また別の機会に書くとして、その当日に戻れば、
 ご主人が「止めなさい」と声無き声で制していらっしゃる気配が聞こえてきて、その乱暴な音はやみました。

 あの激しい礼儀しらずの井戸端会議も、中谷氏には制することができなかったのに、前田氏が会長になったら、やっと止みました。これで、ともかく普通の住宅地となりました。ご主人前田祝一氏は相当なレベルでインテリです。ただし、集団訴訟の問題があるので、100%の善人とはいえません。
 だけど、私は猫の被害だけではなく、パソコンを壊され、電車を遅らさせられ、目の前でエスカレーターを止められ、泥棒には入り続けられます。友人との関係も壊され続けます。

 今度、母が重篤になっているから、お葬式等で家を空けなければいけないので、また、泥棒にいいようにやられます。この間、つい一週間前に、大原家でも、猫を脅かしたから、『あれ、泥棒は、一部分、大原家も関係があるかしら』と思ったほどです。これは、絵がいつも、斜めになっていることとか、彼が目ざとく見つけた上等なスプーンセットがいつも、脅かしの対象としてつかわれ、さまざまに置き場所を変えられて、結局のところ、無くなったことでも、それを想像するわけです。別に彼本人が盗んだというわけではなくて、「彼女が大切にしているものは、これこれだよ。だから、それを盗めば悲しむはずだよ」という、アイデアを提供したであろうと言っているわけです。

 他にも、壁にかかっている絵が、帰宅すると三センチだけ、左が下がっているのも、絵描きであれば『彼女は、気分が悪くなるはずだ』と、思いつくアイデアでしょう。もう一人絵描きである岸田淳平さんがいますが、彼は落ち着いたインテリです。三番目の坊ちゃんが大変いい子で、それから、類推できることがあります。ただ、マスコミを利用するテクニックを持っている人特有の、他人を、実は内心では軽蔑しているところもあることは知っています。そこらあたりは、うちの主人とはまるで違う。

 さて、こんな理不尽な迫害に出会っても、それでもひっこしていかないわけは何度も言っていますので、繰り返しませんが、その中で、恩沢も見えてきているのです。それは、この日本で起きているニュースのうち、偽者というか、作られたニュースがどれであるかを、一瞬のうちに見極められることです。

 それによって、少しでも、この国が大きな犠牲を払うことを避ける事へ、時間を役立てたいのです。人間生きている限り、大きな目的に奉仕をしたいですよね。この国の人々が働いたお金がどうして、消えていってしまい、年金でさえおぼつかなくなるのは、この国が実質的には植民地だからです。

 私が横須賀にいる時代に、すでに、陸軍参謀だった瀬島龍三と『自分は親友だ』と自分から名乗る、益山某、元海軍参謀の私利私欲(その当時で四億程度の丸儲けがあった)をもくてきとした悪巧みを、あっさりと見破った私は、その、地籍変更届を利用した欺もう事件(これは説明が難しすぎるので、ブログで書くのはむりですが)のおきた時から、きっと瀬島龍三に追われていたのです。『いじめで、間接的に、暗殺してやろう』と計画をされていたのでしょう。

 日本を植民地支配することが可能なのは、その、瀬島龍三をはじめ、日本人の中に、そちら側に協力をしている人間がいるからです。それで、容易になっていると感じています。何重にも秘密が保たれていますが、

 ここに住んでいると、誰がエージェントとして、日本、および日本人を裏切っているかがよくわかります。石川和子女史も、最末端のお役目として、私の、気分をわるくするべく、一生懸命労働をなさってきたのでした。ご苦労様、でも、やり方がまずいと自分が消される可能性もあるという見本です。 
 つまり,瀬島龍三に道具として、利用された人間の一人です。

 彼女と安野夫人を持ち上げるために、23年前から、国立大学付属高校というキーワードは用いられ続けていて、そこから、現在の国立大学付属高校乱立のアイデアが生起しています。そして、そういうことを実践するに当たって、伊藤玄二郎+井上ひさしの進言は、大いに採用をされています。

 今日、それの具体的な裏側もすでに原稿として書いたのですが、それをあっぷすると、一万字の字数制限を超えるので、今日は公開をしません。しかし、スパコン開発まで抑えるほど、予算が払底しているのに、この山の増長まん主婦二人を助けるために、国家予算が乱費されているお話は、絶対に明らかにしたいものです。それを初稿として書いているときに、またパソコンがめったメタに壊れましたので、事実でしょうし。

 それが、もし公開ができなかったら、今まで私が書いてきたことが全部真実となります。軍産共同体の日本支配の最先端が、伊藤玄二郎であるということが確かに成ります。では、
19日をお待ちくださいませ。2010年、9月17日、雨宮 舜

(後注1)その友達はメルマガの読者でした。で、それを読んでいて、私が大変に貧乏だと思って、具体的な行動で、その軽蔑感を示したのです。私は文脈上おおげさに書くこともあるから、実際には、主人や子供に言わせれば、「贅沢な人間だ」そうです。だから単純に馬鹿にされたことを残念に思って、説明をしたのです。相手の人格を高く評価していただけに、その軽薄さが、残念でした。それを電話では説明がしにくいので、手紙を書いて説明をしたのです。しかし、彼女は私の言いたい本筋を理解できず、ただ、『これは、超・論理的ではあるなあ』とは感じて、弁護士に手紙を持って行って相談したのだそうです。

 そると読んで、『この人は別にあなたを脅かしているわけでも、罪を責めているわけでもない。だから、安心してよいのですよ。別におびえる必要は無い。だけど、普通の人は、こういう人と、つきあってはいけません」といったので、安心して彼女は電話をくれて、謝罪をしてくれたのです。だけど、「弁護士が『つきあったら、だめだ』といったから、これからは、もう、付き合わない」とも言われました。「はい、それまでよ」です。つまり、換言すれば、私と付き合うのは、彼女にとっては、緊張感を必要とするということでしょう。「それが、面倒くさい」ということです。お互いに悪い人間ではない。

(後注2)実際には水道管は、取り替えられなかったのです。新しいのは入れましたけれどね。それも、もし、私が写真を撮ったりしなかったら、道路上の証拠隠滅(イコール、藤本夫人が電動のこぎりで道路を切った、鋭角な切り口を、コンクリートでふさぐこと)だけで済ませて、新しいパイプは入れなかったでしょう。工事が停滞した時期があったので、予算を節約したいのは、見え見えでした。ともかく、アスベストの管を取り出さなかったわけですから、『それが、危険だ』というのは、おためごかしだったとなります。すべてがこうです。つまり、相手が「それが真実だろう」と信じるように巧みな嘘をつくことを法律用語で、欺もうといいます。いまは、かれらは、国民全体を手玉にとって、だましてきている最中です。
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琴光喜の、地位保全訴訟は、+石川和子女史のかわいさ

2010-09-14 11:25:47 | Weblog
 最初に結論めいたものを申しあげます。

 それは、「琴光喜さん、もちろん、地位保全のことは戦うべきです。あなたが追い落とされたのは、今日の文章に書いてある石川和子夫婦に、引き起こされた事件から始まっていることですから、天秤にかけると、あなたが、あれほどのご損をなさってよいはずがないです。あなたは、法的にいっても、十分に守られる権利があります。あなたはその地位に上りあがるまで、多くの苦労や労働を重ねられました。その上、家族もあるでしょう。こんな不名誉な形で、相撲界を追われてなるものかです。ぜひ、戦ってください。日本が真の法治国家なら、あなたは勝てます。赤瀬川原平ぐらい多数の、同情者や同調者を集めなさい」ということです。

 この文章は、琴光喜または、その弁護士を個人的にご存知の方があったら、どうか、転送してくださいませ。よろしくお願いをいたします。

 ところで、琴光喜の関係者をはじめ、初めてこのブログをご覧になる方のために、『どうして、石川和子女史という人物が重要で、日本全体を巻き込んでいるのか』を述べないといけません。その発端は、彼ら夫婦が警官を私的に悪用したことに始まります。それを、今までと違って、相当に、はっきりと書きます。よく『悪人にも三分の理がある』といいますでしょう。それを重要視し、遠慮をしていた部分が今までは、多いのです。
 
 そもそもの始まりは猫にありました。我が家のご近所に大変わがままな、しかも猫好きな女性がいて、そのだんなが<私の猫が、妻である石川和子よりも、私のことが、より好きであること>をある日、初めて発見して、その猫の行動というか、本音に逆上してしまって、やるせなさと恥ずかしさを振り払いたくて、警官を呼んで、
 「あそこのご主人に、あの奥さん(私)をしかってくれるように、命令してくれ」と頼んだのです。

 警察とは、一方で、朝の五時から携帯で、犯行の予告をしている秋葉原の無差別殺傷さえ、予防をできないのに、こんな簡単なしかもあきれ返るほど、個人的な要求に、のこのことしたがう事もあるのです。

 私は何かの調書をかいているらしい若い方は、やりたい放題にやらせておきながら、年上の方へ、アジサイ畑欺もう事件のいきさつをかいつまんで説明をすると、彼は、さすがに顔を青ざめていきました。それは、感情の問題とか、いじめの問題を超えた、徹底的に法律に触れる泥棒だからなのです。

 で、年上の方は、だんだん丁寧な言葉遣いになって行きました。自分たちが失敗をしているのに気がつき始めたのです。私は、説明をし終わるまでは、我慢をしておいて、その調書を半分だけ(彼らは渡すまいと必死に抵抗をしたので、切れてしまったので)取り上げたのです。あとで、それが交通事故用の調書だとわかりました。交通事故などありえない場所で、ただ、脅かすために書いたのです。
 ここで、柳沢某に言いたいのですが、人を呪わば穴二つといって、あなた方は警察に大迷惑をかけることとなったのですよと。それは結局のところ、伊藤玄二郎にも、八幡宮様にも、それから、味方をしてもらっている、前田夫妻のお子さん方へまで、大迷惑をかけることとなっているのですよとも。でも、何もわかっていないでしょうね。

 我が家には、しょっちゅう、泥棒が入りますが、それの最初期は、その調書を盗みに入ってきた模様です。警察の大失態を証明するものですから、取り返したかったのでしょう。その後は心理的な脅しとして何度も入ってきています。

 その中年おじさん警官が青くなってしまったアジサイ畑もう事件ですが、それは誰が聴いてもわかる、本当の違法行為です。いつかはその詳細を書きますが、いじめとか、感情の行き違いのレベルを超えた段階での私側の被害です。しかも、それを発表をさせないがために、敵は、私の主人を篭絡して、自分たちの側へ巻き込もうとしていてます。
 ずるいという言葉を通り越していますから、それだけでも、1000万円の賠償請求をしたいぐらいです。私の子供も巻き込んで被害を与えていますので、それに対しても、1000万円以上の賠償交渉をしたいです。弁護士としては、奥島孝康氏(弁護士資格?)と、テレビ朝日でよくコメンテーターをしている紀藤弁護士、村山弘義、元高等検察庁長官(弁護士資格?)を、実地検分に来るだけでも、お願いいたします。
  
 ところで、その呼ばれてしまった警官ふたりですが、すでに転勤となっていると思います。いや、証拠つぶしのために、退職をさせられているかもしれません。私は二人の顔をしっかりと覚えていますが、謝罪をしてもらえることはおろか、再び会えることもないでしょう。

 二人は、ひどい口調で、ひどいことをいったので、村木厚生事務官とか、琴光喜がどれほど、苦しかったかは容易に、想像できます。
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 柳沢夫婦は、中央大学法学部卒の伊藤玄二郎の口癖をそっくり受け売りをしています。伊藤玄二郎の方は、この鎌倉で起きること・他で判断すると、法律の哲学はマスターできていないが、中途半端な法律知識を駆使したがるタイプで、それで、いままで金儲けもできたし、名誉も得たと、過信をしているようです。ただし、結果としては、自分の味方にまで迷惑の限りをかけている人間です。酒井忠康氏も栗田女史の応接間にいて、トイレで伊藤玄二郎と栗田さんが一緒だったことを知っている私に、その三角形の結びつきを知られなければ、ここで、取り上げられることもなかったでしょう。

 前田祝一・清子夫妻も石川和子と、その親友の安野夫人が形成する、井戸端会議に深入りしなければ、これほど、自らが追い詰められることはなかったはずです。そして、八幡宮の大銀杏も倒れなかったでしょう。琴光喜も地位保全の訴えをする必要がなかったのです。伊藤玄二郎の中途半端な、法律知識応用は、日本全国に大混乱を招いています。

 石川和子宅は、陶芸教室なので、弟子が数人いて、それらが全部、我が家の猫をちやほやしてくれるので、五年ぐらい前の子猫のころは、そこへ行くのが好きだったのです。それも事実です。
 
 結局、我が家ではトラブル防止のために、猫を家から出さない事にし始めたのですが、一回だけ、気がつかないうちに出て行って、遊びに行ってしまったのです。今では猫自身がわかってきて、それをやりませんが、そのころは元気一杯、好奇心一杯だったのです。その日、呼びに行った私に、柳沢某は、大声で「いない。入ると、住居侵入で訴えるぞ」と何回も、恫喝してきたので、私が「どうぞ、訴えなさい」と同じくらいの声量で返すと

 猫がびっくりして、塀の外へ飛び出しきて、心配そうに「お母さん、一緒に帰ろう」と猫語で、私に呼びかけたのです。その(子猫の)裏切り(?、彼らが勝手に私より、自分たちの方が猫は好きなんだと、勘違いしていただけなのですが)に逆上したのでした。その一部始終を見ていて、助け舟を出してくれたのが石井夫人です。が、その一家は、のちに引越しをさせられました。私の味方をして、証言でもされると厄介だと考えられたのでしょう。ただし、ここで、助け舟といっても、私にではなくて、柳沢某に対してだったのですよ。彼は引っ込みがつかなくなって、進退窮まっていたのです。それなのに、その救援に感謝せずに、警官を呼んで、さらに大きな意趣返し(=復讐)をしようとしたのが、大勢の人が大迷惑をこうむる発端だったのです。結局は最愛の妻も死にましたしね。

 その馬鹿さ加減は、そのいじめ行為によって、セクシュアルな、高揚心が喚起するタイプだからだと感じます。彼らは、二人暮しで、子供はいません。いまどき、子育てには一人につき一千万円以上はかかりますから、その分を飲食費にまわせば贅沢三昧ができるというわけです。その上、妻の方はお月謝が月に二百万円ほど、入るといっていましたから、夕食は外食で、さらに飲んできます。それから先は勉強も修行も嫌い(後注1)だから、寝るだけでしょう。となると、先ほど、言ったセックス欲求が高まるのが、ちょうど、私が猫をとりにきた時間帯に、当たるわけです。だから、いじめるのでしょう。それで、勃起しやすくなる。玄関ベルを叩く音を無視して、寒い中で五分以上待たせるのなど日常茶飯事でした。

 そうとでも考えないと、『鎌倉春秋釜』という名前をもらっている立場が解せません。本家本元に対して、恩返しどころか、その下品さで、大迷惑をかけているわけですからね。普通の神経ではないと成ります。

 そういえば数年前に、この谷の石段に「おちんこ」と「おまんこ」を基点とする、×や、○と→が大量にいたずら書きをされていた事があって、数日後、それを消していたのが、石川和子でした。書く方は伊藤玄二郎あたりに命令されて、夜中に柳沢某がやったのだと思います。それを、私が、挑発とわかっていて、しかも乗らない=つまり、メルマガで、何も取り上げない=ので、効果がないと見て、あわてて消した模様です。ばかばかしい策略を次から次へとうってくるのが、伊藤玄二郎と、井上ひさしの二人羽織です。しかもエロチックで下品なことが多いです。石が真夜中にあたかも隣から飛んでくると見えるように画策したのもアイデアは、その二人で、実行者はこの山の中の人間でしょう。

 ところで、柳沢夫婦の玄関は、幅三尺、長さ一間で、いろいろなものが置いてあるごたごたした狭い所ですが、そこで妻はしゃがんで白髪を私に見せながら、甘い声をだして、夫へ「やっぱり、返せないわよねー」とか言い、夫は、客である私の方ではなく、妻の方だけ見つめながら、言葉だけ私にむけて「できるかなあ。そんな約束」というのです。

 「やめなさい。二人で、いちゃ、いちゃ、するのは。ここは、玄関先で、布団(そういえば我が家から見える東の窓に真っ赤な模様のかけ布団を干していました。白井さんという人が隣に新しい家を建てる前は、よくそれが見えていました)の中ではないのですよ」と叱り付けてやりたいぐらいですが、私は喧嘩はきらいなタイプですから、何もいいません。ただ、弱いと勘違いされると、彼女みたいに早死にする結果になります。ところで、早死にした彼女にオマージュをささげます。数行後の三角印のあとですが。

 私の方ですが、おとなしいが、不条理なこととか、人権蹂躙のことを許すはずがないです。「現代日本でもまれに見る、真のインテリで、普通の人は絶対に勝てないから、対等に付き合ってはいけません、特に戦ったり勝とうと思ったりしてはいけません」と昔、他人が頼んだ弁護士さんが、私の手紙を読んだだけで、依頼者に言ったそうです。実は、真剣に戦う気持ちになった私に、勝った人間は今のところ、いません。で、その人は、「ごめんなさい。私よく事情がわかっていませんでした」と謝罪してきました。

 △、ここで一種の挿入として、石川和子女史のかわいらしさと賢さについても述べたいと思います。悪口ばっかりでは真実から遠くなりますからね。彼女は、独活の大木とはこのことか、と思うほどの大女でした。でも、もし高校で、陸上部だったら、(伊藤玄二郎は、そうであった)あの大型の体も有効だったでしょうね。

 ところで、かわいらしさというのは、実は、体格のことではなくて、この山では人のよい方でもあったということです。性格のよい人は他にもいますが、のんびりとしたおおらかなところがあるのが、特別に目立つことでした。二百万円の収入があるのは、そのおおらかさが貢献しています。そして、彼女はある意味で、私を好きだったとも思います。

 毎日、毎日、私が来ることが励みにもなっていたと感じます。私って、てそうなのです。笑顔で力を人に与えることができます。まれに見るインテリ(?)で超がつくほど怖い人(?)でもありますが、トラブルがなければ、人を信頼して、疑わないので、安心できるタイプです。神経質に見えますが、それを客観化して文章にかけるだけ、強靭だともいえます。、よりかかったり甘えたりできるタイプでしょう。もし、忙しくなければ、求める人に寄り添ってたっぷりと、友情を示してあげたいと思うのですが、まあ、実際には何もできません。

 でも、彼女はひそかにですが『雨宮(川崎)の方が、心理的には、お姉さんである』ことを知っていたと思います。だから、あれほど甘えていたと考えるとつじつまが合ってきます。「新しい、あなた自身の猫を飼って下さいね」と頼んでいたが、実行をしてくれなかったのは、私に甘えていたからなのでしょう。昔は彼女宅にも、自分の猫がいたのです。だから、飼う気になれば、経験はあるのです。そして、一月二百万円の収入があるそうですから、ペットショップで、二十万円以上のかわいい子猫を買ってくることもできるでしょう。

 彼女は見かけ上、親しげにしていたものの、安野夫人とか、前田夫人には、本当の意味では気を許してはいなかったと推定します。お互いに微妙なバランスを持って上下関係を気にしていたからです。その人たちより、そんなものから一切超越している私の方を信頼していたと感じます。だから、怒ってしまった私との関係を修復したいと願ったのでしょう。でもそのやり方がいけなかった。私は、やさしげに見えますが、優しいというのは強さの裏返しです。私と仲良くするのに、威圧は何も効果がありません。誠実で思いやりがあり、エチケットを守ることだけです。

 でね。次に彼女の頭のよさを上げましょう。我が家の猫をほめながら「あの猫が、ああいう性格なのは、お宅の人たちの性格のせい(=影響)だと思うけれど」といったことです。
実はこの猫は、確かに性格美人なのです。大変に頭がよくて、人間との会話が成立します。そこが特別な魅力となっています。

 彼女の教室ですが、最大のときは、一月に二百人程度の生徒がいたと思います。自宅には、7、八人しか来ていませんでしたが、公民館の方に多かったのかもしれませんね。だから、大勢の人間を相手にしていて、性格がいろいろあるのを知っていたと思います。お金を儲けるために、我慢も一杯していたかもしれません。その中で、性格的に、絶対のレベルで、明るくて、人を愛する我が家の猫は、大きな癒しに成ります。彼女にとってはとても大切なもので、毎日あいたかったのでしょう。

 その性格は、主人の大いなる影響でもあります。

 だけど私が、アート修行のために、一人暮らしをしていたころ、娘が言いました。「お母さんが家にいないと、お父さんもおにいちゃんもだめになっちゃう」と。私は相当なレベルで、中心らしいですよ。そして、猫にも一目を置かれています。まあ、どこの家でも日本では、お母さんが、中心ですが、それでも、黙っていて、それを、なんとなく他者に感じさせる私は、結構大物かもしれません。誰にも知られていたませんが。あ、は、は。

 そんな私と彼女は黙って、すべてを飲み込むという意味で、似通っていて、それゆえに、猫を中心として、紐帯を再び、結びたがっていたことを、今でも当時でも、感じています。

 彼女の本当の願いを通させない因子として、この山のほかのメンバーの面子とか、勢力範囲ということが絡んで、彼女は結局死んでいったのです。それこそ、心理的な意味での車輪に轢かれて。表面的に、味方をしていた人が本当に彼女の役に立つ人だったら、彼女は亡くならなかったと思います。私とずっと仲良しで、猫の二つの家の、自由な往復があったら、彼女は死ななくてすんだでしょう。

 私は文章、特にこのブログで、彼女の悪口を言っていますが、それは、泥棒が侵入して、コンセントを破壊して行ったり、それを脅迫の手段として、さらに強調するために、真夜中に電気工事を、自宅のそばで二日連続でやったりする、そういう手合いがいるので、彼女の起こした警官呼び込み事件を種に、それらの悪を分析するわけです。彼女本人の性格と全人格は、きちんと正しく理解をしているつもりはあります。別に葬式にも出なかったし、お線香を上げにも行かないが、きちんと全人格を受け止めてあげていますよ。

 ところで、ある弁護士が、その人とは付き合ってはいけません。イギリスなどでは、インテリと庶民とは、すみわけができているが、日本ではごっちゃ混ぜにすんているので、トラブルが起こりますと知人にいった件に戻りますが、
 昔、益山某(瀬島龍三の友人)という元海軍参謀が、私を見くびって詐欺をかけてきて、結局は、自分の方が、一ヵ月半以内に命を落とした事もありました。私は喧嘩めいた事は何もしていませんが、法的な防衛はちゃんとやりました。その直後、自殺をしたのか、脳溢血だったかはしりませんが、急死しました。

 そういえば、井上ひさしも思いがけないすみやかさで死んでくれました。インターネットを検索してみると、彼に苦しめられた存在は、私以外にも多い模様で、『天は裁断を下した』と喜んでいる人がいました。が、井上ひさしだけは、医者の病状発表記者会見もないし、墓も公開されておらず、『実際には、まだ、死んでいない。これは偽装だ。まだ喜ぶのは早い』と私は判断しています。彼は、超がつく悪者で、自分の、葬式(しのぶ会)の演出もしたであろうと考えています。本当に死んでいてくれたのなら、こんな嫌な出来事である大相撲壊滅作戦など起こるはずがありません。

 今回だって、私は石川和子女史に何も攻撃を加えていないのですが、どうしてか、勝手に、がんで早死にしてくれました。彼女にまつわる委細を書き始めたのは、彼女が死んだ二年後からです。『変だなー。三ヶ月前には、ぴんぴんしていたのに』とも思います。『まさかと思うけれど、とかげの尻尾切りにでもあったのかしら?、それとも、伊藤玄二郎にしかられてショックだったのかなあ』などと思いますが、かわいそうだとも、思っています。若いときから、伊藤玄二郎か、瀬島龍三のおもわくで持ち上げられきっていて、それゆえに、修行をする必要がないまま、60近くになってしまった後で、私のような真の実力者に突然にであって、『どう対応してよいかが、わからなかったのだろうな』とも思います。本当に、かわいそうでもありますね。
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 そして、本日、石川和子とその夫の、エッチ度を初稿として書いている午後三時ごろ、突然パソコンが白閃化してこわれましたので、伊藤玄二郎か、この山の誰かが、パソコンを壊すスイッチを入れる力を持っていると思いました。こういうことが起きるから死者に鞭打つことと成ります。

 電磁波の増幅装置等を含めて、全体のシステムは、警察が用意してるのでしょう。が、桜田門にいる、一サラリーマンが、こういうエロチックな部分で、間髪をいれず、壊すためのスイッチを入れるはずはないでしょう。「警察庁長官に公開質問をいたします」と言うあたりでなら、パソコンを壊してくる可能性もありますが。

 今日は、完璧に伊藤玄二郎の支配の手を感じました。私のパソコンを壊すのが誰であるかは、文章のどこで、それをやられるかで、前から、ほとんど、特定できてもいたのです。この山の事案を書く時に、最も被害が大きいのです。ところで、この山でパソコンの特徴がきちんとわかっているインテリといったら、前田夫妻ですが、ご主人が、大学教授で奥様が大学の講師であって、しかも子供を二人とも大学教授にしていこうと望んでいる夫婦が、他人のパソコンを壊す、スイッチを入れるでしょうか? 入れないでしょうね。
 翻訳やら、学問の道具として、いまやパソコンは必須です。自分でも大切だと思っているそれを、気に入らない他人が使っているからといって壊すためのスイッチを、もしも、彼らが入れるとしたら、この世も末の末ですが・・・・・
 伊藤玄二郎なら、彼の会社と、我が家との距離が二百メートルぐらい離れているから、絶対にばれないと信じていて、これらの破壊工作用スイッチを押す可能性はあります。彼のパソコンは被害がないでしょうし、私みたいに、印刷用データを自分で作ったこともないはずですから、パソコンの技術的知識が私より低い可能性もあるので、ばれていないと過信をする可能性は、あります。これは、井上ひさしについても同じです。
 ばれないと思えば、何でも、誰だって、やるでしょうね。特に利害関係があったり、報酬をもらえる約束ができていたら、やるでしょう。音に関しては、安野家からは、すさまじい攻撃音が、十年近くにわたってすでに、出ていますので、彼ら夫婦が、完璧に、攻撃型人間であると、わかっています。苦笑をしながら思い出すけれど、水もぶっ掛けられましたしね。
 

 (後注1)ところで、何で、彼女たち夫婦が、修行嫌いだと断言するかですが、一度部屋に招じ入れられたことがあって、そのときに、それが、わかったのです。別になかよしだから、招き入れられたわけではありません。威圧の行動として無理に招き入れられたのです。

 我が家で猫を出さないようになってから、それを変更させようと、彼女は、私を、何度も威圧してきたのですが、そのひとつに、家の中にあげて、金持ち振りを見せつけようとしたことがあります。

 そのとき、部屋の中を見て、恐れ入っちゃいました。あまりにも知性とか、美意識がたりないので。本人は『井の中のかわず』の典型で、『この居間は個性的で、豪華で、すてきだ』と勘違いしているみたいです。建物は中古を買ったものですから、昭和三十年代の普通のレベルの民家です。壁材等は、平凡で、お金をかけてはいない様式です。ただ建具がサッシではなかったかな。
 そこに腰が低い和ダンスが二つおいてあります。その取っ手とか、金具を見ると、二つのデザインが違うので、実家で使っていたセットではなくて、他から買ったものだとわかります。青山あたりでも、安いときは二十数万円、高いときでも、五十万円で買えるものです。『ふむ、ふむ。お金がたまったら、ひとつ、また、ひとつと、別々の時に買い足していったものでしょうね』と思いながら、彼女の顔を見ているうちに、内心で苦笑をせざるを得ませんでした。

 『すごいでしょう。私金持ちでしょう?』といいたいのが、ありありと書いてありますので。「あのね」といって説明をしてあげたいほどでしたが、我慢して言いませんでしたよ。いったって何もわからないと感じました。何にも知らないし、何の修行もしたことのない女性だと、言うことが、そのインテリアみせびらかしの日に、しみじみとわかってしまったからです。私とは種類の違う人間です。
  
 これから先、数十行にわたって、私自身の、インテリアに対する方針や、感覚のあり方を述べました。しかし、ブログ管理者から、「一万字を超えました」と言う警告が入ったので、ばっさりと、そこを削ります。

 伊藤玄二郎の研究テーマは里見であり、『庶子であることが、文学へ、どう影響したか?』です。なるほどね。とおもいます。ともかく、石川和子と柳沢某の二人は、威圧的に威張れば、何でも自分のいうことが通ると思っている、恐ろしくも幼稚な人間です。どうも、60歳を超える人生で、ほとんど、頭を使ったことが、ない模様です。

 と、ここまでが、石川和子女史が、修行が足りないと断言した点の補遺説明です。

 今日はね。本当はアジサイ畑欺もう事件の真の問題点をかくつもりでした。が、別のことですっかり時間をとられてしまいました。楽しいことではないテーマですが、悪がはびこる限り戦わないといけないので、これで、お許しください。私の方も苦労しぬいていて、完成まで、なんと、15時間かかっています。整理したり、削除したりの繰り返しで。
     では、2010年、9月14日の午前中に書き始め、終わったのは、15日の午前二時、そこで、一応のピリオドをうちます。              雨宮舜
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五歳の女の子を助けて、その母から「ナイスバディ」だと私が褒められる。

2010-09-13 03:16:02 | Weblog
 今日の私は夜の10時40分ごろ品川駅から池袋へ向かう山手線に乗りました。母が具合がよくないので、毎日誰かが見舞うことと成っていて、私は月曜日の午前中行くことにしましたが、鎌倉からですと、東上線のときわだい駅に午前中に行くのがむりなのです。もし、その前の夜、新しいアイデアでもわくと、遅くまで仕事をしたりします。すると寝不足になり、健康な感じで朝外出が出来ません。それなら、さっさと、夜のうちに池袋まで出かけてとまってしまった方がよいのです。で、夜の10時に鎌倉を出たわけです。

 その予想は当たっていました。途中で見聞したことに感動をして、本当に今現在午前二時に近いですが池袋で仕事をしていますしね。さて、その感動をした話に戻ります。

 山手線の最終車両の最終ドアのところから車内へ入ると、反対側のドアの傍で、床の上で、大またを広げて眠りこけている若い女性がいて、その傍に、五歳ぐらいの女の子がそれを心配そうに見ています。少し経って、大崎辺りに差し掛かったときに、女の子が、その大胆な女性が腕から落としてしまったバッグを拾い上げました。そのときに、その小さな女の子は、女性を一種の憎々しさをこめてにらんだのです。

 そのときに、私ははっとして、雅子様と、愛子様の最近の状況を思い出しました。私は小沢立候補問題が気に掛かっていて、最近ではまめに、週刊誌を点検します。その際、愛子様の記事も多数あります。それによると夏休みの間に、ご成長があって、お母さまからの自立の事が出始めて、雅子様がそれに対応できない事があり、雅子様が心理学の専門家筋から批判をされています。まったく困った雅子様ですが、それはちょっとここでは置いておいて、子どもの心の成長具合について述べさせてください。

 私たちは自分が、五歳ぐらいのころの事をはっきりと覚えているわけではありません。だから、『子供って、そんなにものが分かっていないのだ』と馬鹿にしがちです。でもそれは、違いますね。こどもって、ぜんぜん馬鹿に出来ません。非常に優れているのです。今日の場合は五歳でしたが、この五歳とか、愛子様の八歳でも、分かっている事は非常にきちんと分かっているものです。その事を今日は、思い知らされたし、それゆえに、世の大人たちに警告を発したくて、この文章を書き進めます。
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 本当は、『くだんの政治問題やら、諜略活動の続き』はたんとあるのですが、心が揺り動かされた状況を書き記す方が、天から与えられた今日の命題でしょう。ただね。池袋の結構上等なネットカフェで仕事をしていますが、自分のパソコンのAのキーが全く効かないのです。あとか、かとか、まとか、らとか、入れると、必ず、とんでもない位置に、@;lkという変換が入って、全く仕事になりません。これは、何百回とやられたことですが、今日は二時間も治らない。それは、名前記入でネットカフェを使うことに今なっていて、それゆえに、わたくしが今ここにいることが分かっていて、また、妨害を受けているということでしょう。つまり、敵はわたくしが何を書くか、非常に恐れているということを示しています。つまり、常に真実を描いているからでしょう。で、

 仕方がなくて、今、ネットカフェのパソコン(キーボードがかたかた音を立てる、わたくしが嫌いなタイプだけど)を使って、文章を書きはじめています。これは、ブログ用ですから敵に知られるのは全く構わないというか、仕方がない文章です。し、最近では、敵に秘密にしている文章など、全く書いたことはありません。

 では、また、もとへ戻って、今日の本題へ入らせていただきましょう。
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 床にねっころがっているお母さんと思しき女性は、白の絹(?)のブラジャー(?または、シミーズドレス)の上に黒いケミカルレースのお洋服を着て、それは床にねっころがるにしては、上等そうだし、何よりも女の子のお洋服が、素敵で、それゆえに、私は昔、地下鉄ため池山王辺りで出会った、タレント志望の女の子と、お母さんの組み合わせと似たような存在かなと思い、最初は冷淡に見ていたのです。でも、女の子があまりに必死にお母さんだと思われるその人を見つめているので『ふたりは海に行った(白いブラジャーは海水着)か、ディズニーランドへ行ったのかな。こんなに疲れすぎていて』とも思い直しました。

 少し私の心が近寄ったのです。そう言う目で見ていると、女の子が非常に心配をしているのが分かってきました。心から心配をしています。まるで自分が母であり、母がこどもでもあるかのように、心配をしています。そして、ぽちっと、涙を流しました。さきほどちらっとうかんだにくにくしげな表情は消え、悲しみだけが顔に浮かんでいます。

 私は近づいて、女の子とおなじぐらいの高さになるようにとしゃがみこみ、「おかあさんなの」と質問をすると「そう」とこたえます。私はこの子のためにお母さんを起こしてあげないといけないと思いながら、でも、熟睡をしているおかあさんを短い時間で起こしても、熟睡感がたりないと、ヒステリーが起きて女の子が叱られたりしますので、それを避けるために、できるだけ、効率のよい場所で起こそうと思って、「おうちはどこなの?」と聞くと、「赤塚」と答えます。

 『アレ、知らない名前だ』と感じます。これは後で東京の山手線より北側だとわかりましたので納得です。神奈川県に住んでいる私は、東京の山手線より北側はあまり知らないのです。で、もう一度聞くと、「地下鉄赤塚」と答えます。で、似たような名前の「赤坂見附」と質問をすると違うと首を横に振ります。そして、泣き出しました。

 私はそのとき、面倒なことに成ったとも、いやだとも思わず、(純粋にいえば、まったく動揺せず)、女の子を抱きかかえて立ち上がり、近辺の人に向かって、「どなたか、赤塚と言う駅をご存知ですか」と問いかけました。でも、私と同じように誰も知りませんでした。
 女の子はさっきより、激しく泣き始めました。私はまえより大きく、次のドア辺りまで届くような声で、「どなたか、地下鉄赤塚をしりませんか」と問いあわせると、目のまえでわかい女性が携帯で情報を示してくれました。また、相当とおくから、「有楽町線です」と教えてくれる声がきこえてきました。ほっとしました。有楽町線なら、私もよく知っていますし、ちょうどむかっている池袋を通りますから、対処しやすいです。

 そのとき目黒だったでしょうか五反田だったでしょうか。遠くの席が空いたので、女の子に座るように言うと元気に飛んでいってすわりました。こどもらしいしぐさにほっとしました。その次の恵比寿辺りで、他の乗客が私とその女の子が二人で一緒に座れるように配慮してくれました。

 そこから、渋谷までの数分間に私とその女の子は、一篇の小説のような、重要な話をしました。その内容をここに話したいぐらいです。それを話せば、現代社会の縮図だと皆様も納得をなさるでしょう。だけど、私は、あまりにもいじめられてきているので、こんな情報でさえ、悪用をされ、女の子とそのお母さんが特定をされることを恐れて、そこで聞いた重要なことを秘めさせていただきます。

 ただ、こどもって、五歳だとすでに大人の世界がすべてわかっていて、たった、二、三分以内でもすべてを詳細に説明ができるということを皆様にお知らせをしたいです。その子が特別に頭がよいのかもしれませんが、いや、だいたい同じでしょう。世のお母さん、お父さん、どうか、子供を大切にしてください。こどもの幸せを守る必要は絶対にある。そのためには、恋愛を抑えること。好き勝手に恋愛をしないこと。不倫は最もいけません。
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 渋谷につきました。すると、お母さんが寝ている側のドアが開きました。すると、最終車両の最終ドアですから車掌さんが、初めて、お母さんの姿に気がつき、発車を遅らせてまで、起こしておろそうとしました。で、私が「池袋だと聞いていますから、自分が面倒を見ます。その時に私が起こします」と、言いました。だって、お母さんはたたかれても怒鳴られても起きないのですもの。

 ところが車掌さんは優しい顔をした若いしっかりした男性で、「新宿でこちら側のドアが開きますから、ここで寝ていては邪魔になるので、だめなのです」と言って、車内のいろいろな人へ「手を貸してください」と言って、彼女を今まで、私と女の子がみんなに譲られて座っていた席へ座らせました。

 でも、彼女は起きませんでした。私はそれ以前のたった、三分程度で、『お母さんには深い苦悩があり、すぐお酒を飲んでしまうこと』も知っていました。だから、そんなに大勢の人に、担ぎあげられても起きられないことも理解できました。

 ただ、その深酔いのために、すでに、一周以上山手線内を、回ったかもしれないことにも気がつきました。夜の九時から十時までの、ある時間帯は、人が非常に少ないのです。人が少ない時間帯ですと、そこに寝ていても邪魔にならないので、誰にも気がつかれなかったかもしれません。そして、夜の十一時近くなると飲んだり遊んだりしていた人が帰り始めるので電車は、また混んできます。その母子に出会った時間帯は、再度、込み始めている時間帯でした。が、そのすいている時間帯を含めて、一周以上山手線に乗っていたとしたら、女の子がどんなに、心細く思ったかが察せられて、さらにかわいそうになりました。
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 で、私は新宿に着いたら、目の前にいる彼女の膝をひっぱたいて、強引に起こしました。そして、新大久保から高田の馬場、目白の三駅のたった、五分ぐらいにお嬢さんと同じぐらい重要な話をしたのです。

 私はお嬢さんから聞いた話から、どうしてもお母さんの方の仕事を聞く必要を感じました。お父さんがいないのです。だから、お母さんが安定した仕事をしていないとだめなのです。お母さんはちゃんとした仕事をしていました。水商売ではないので、安心しましたが、「近々、それをやめる」と聞いてびっくりです。

 大いに心配しました。それで、池袋で降りた後で、どこかの居酒屋にでもよって、説得をしようかと思いました。ところが、池袋に着いたら、びっくり仰天、ガードマン二人が待っていたのです。車掌さんが機転がきく人で、「待機していてほしい」と無線(または、携帯)で頼んでいた模様です。たしかに渋谷駅では、救急車レベルのこん睡でしたから。

 しかし、このお母さんは、ガードマンを見たとたんに、しゃんとして、「自分で帰れます」と言ってガードマンを拒否したらしいです。これは、昔、鎌倉駅で、へろへろで、救急車を呼んであげた若い女性が、私には救急車を呼ぶことをOKしながら、実際に担架に乗る段になって、突然意識が戻り、「結構です。自宅へ帰ります」と言って、タクシーで、六〇〇〇円ぐらいかかる遠くまで帰ったときと似ています。

 ガードマンがなにも助けてあげていない模様だったので、不思議で、聞いたら、「救援を拒否されたので、さりげなく、ついていきます」と言っていました。
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 私は説得もできないで、彼女が悪い選択をする(仕事、洋服店の経営を止める)のを止められなかったわけです。『大丈夫かなあ。シングルマザーなのに』と思って心配のみぎりです。でも、そのたった、三分程度の間に、お子さんの服は全部自分で縫っているとか、年は意外にも40だとか、聞きました。

 知的で、明るくて、おおらかな感じの美形で、しかもナイスバディで、背も高いのです。
どうして、どうして、五歳の女の子を抱えてシングルマザーになってしまったのだろうと、世の不条理を悲しみます。

 ところで、ここで出てきたナイスバデイという言葉ですが、これは、彼女の意識が戻った時に最初に出た言葉なのです。膝をひっぱたいたり、頭をぐるぐる動かしたりしてやっと目ざめたとたんに、「あら、お姉さん、すごいナイスバディね」と、私が彼女に言われたのです。そのとたん、『この言い草は事務職ではないな。もし、水商売だとお嬢さんがかわいそうだなあ。よく虐待のニュースを聞くが、変な男の人と一緒になってしまって、継父が虐待を始めることがあるし』と心配しながら、『そんな軽々しい言葉を吐いている場合ではないでしょう』とも思い、ちょっと、怒って、「あら、私は68なのに」というと、

 鸚鵡返しに、「私は四十。お姉さん、すごくセンスいい」と言われました。で、私は、ごく最近、銀座で、「川崎さん、さすがね。体形維持がご立派」と言われたことも思い出し、『体の方は、言葉をそのまま受け止めておくか』と思いながら、でも、洋服の質をみると、彼女のものは相当に高価なものですから、自分の方を恥じ入って、「安物を着ているのよ。でも、これは、自分で刺繍をしたのよ」というと、彼女が「私は娘のものは全部自分で縫っています」というのです。それで、私がびっくりした顔をしたのです。いまどきのお母さんで既製服を使わないのは珍しいです。それにもすぐ反応があって、「洋服店をやっています」というの。それで、水商売ではないので、一安心したのです。

 とても反応が早い。頭の良い人です。それに人懐っこく、やわらかい精神もある。「お姉さん」と他人に呼びかけるのは、若い男性芸能人が熟年主婦に向かってよく「お母さん」と呼びかけていますが、あれと似たような営業用のキーワードなのでしょう。

 そこで、一安心をしたのですが、そのお店を止めるといいます。で、どうしてと聞くとお母さんが心配なのですって。だけど、彼女が四十だとしたら、母親はまだ、70代前半か、60代のはずです。そういう母の介護のために仕事を辞めてはいけません。お母さんもお店を開いていて、それを継ぐことができるのならいいですが、介護のためだけにやめてはいけません。

 NHKの無縁社会という特番で、親の介護のために、仕事を辞めた後で、不況社会になってしまって、親がしんだあとでも再就職できず、親の年金が大切だったと、いう話を見ました。選択って大切です。人(親を含む)に優しくしてあげるのも大切ですが、自分自身の、利益も最低限は考えないといけません。

 『大丈夫かしら、この人、夫にも裏切られたみたいだし、どうしよう。明るい美形で頭もよいのに、損ばかりしそうだわ』と考えて、本当に心配でした。

 全く不細工な女性でも、ある意味で幸せというか、堂々と生きている人も多いのに、明るい性格のよさそうな人が、深酒をしないではいられないというのも、そばで見ていると、せつないこと限りがないです。
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 さて、今日の文章は、ここで、終わりにすべきですが、たまたま、ナイスバディということについて、前から考えていたことがあり、それを、ここで、披露をさせてくださいませ。

 今の私は、全く洋服にはお金を使いません。パソコンとか、本を作るとかいう意味で、頭の中を養うために、すべてのお金を投入していて、ナイスバディにしようにもサプリメントを飲んだこともないし、美容院にもいかないし、エステなどもってのほかです。

 だけど、この一、二カ月の間に、女のひと二人からナイスバディだとほめていただいて、それは、神様の恩沢みたいですね。だけど、自分でもわかっている秘密があります。

 その秘密とは『人間は、適度に苦労をして、適度の義務感に従って生きていると太る』ということです。私はたいていの場合は、45キロ以下ですが骨が太いので、やせ細っていて、とてもナイスバディとは言えません。
 そして、好きなことをやっていると、ますます、痩せてきます。私にとって最も好きなことはアート(美術全般)であり、最近では版画と、『パソコンで本の装丁をすること』などですね。
 ニューヨークで版画を作っているときなど、40キロを切ります。162センチあるので、骨盤の周りなど、がっち、がっちになります。腕を曲げると針のようにとがるところがあります。しかし、最近では五ミリ程度、お肉が増えています。

 どうしてか。これが、大学四年時と同じなのです。すごく苦労をしていました。卒業実験がうまくいかなくて。あの頃、人生で最大に太っていたのです。53キロあってふっくらと二重あごにもなっていた。

 で、今何を苦労をしているかというと、国際的軍産共同体と、そのエージェントを相手に死闘をしています。それが苦労です。しかし、『艱難辛苦は汝を玉にする』は真実だと思い、その苦労を楽しむように気構えを設定しています。

 三年前、2007年ごろは、太る間もない苦労の連続だったのですが、死に物狂いで戦ってきた結果、同じ程度のことが起こっても、それを、『適度な苦労だ』とみなせるようになたのです。こちらの心構えが異なってきたからです。

 で今、痩せすぎでもないし、太りすぎでもないというレベルに達したわけです。別にダンスとか、太極拳をしているわけでもないので、ウエストも太いし、ナイスバディでもないです。

 ところで、もうひとつの義務感というのは、騙されている人たちに真実を知らせたいという使命感のことです。
 『日本人と日本社会に対して加えられている莫大な損失を、少しでも減らすために、騙しをかけられている裏側を、少しでも真実に迫り、それをはっきりと、記録をしておきたい』というのが義務感です。では、2010年9月13日
                           雨宮舜
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