銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

藤田△彩さん+彼女の影の支援者(?)石塚■彦氏による大弾圧△+加筆

2011-10-31 07:23:01 | Weblog

 今、3日(水)の午後3時です。まる50時間更新をしておらず、それは、サービスと言う意味では申し訳なく思います。新しいものはいくらでも書けますが、今回の文章は、私にとっては、とても大切なものです。

 2007年の四月に有名なコレクターである、那須の大黒屋ホテルについて検索中にグーグルが銀座の大黒屋ギャラリーをがさき(先)に置いていたのです。そこに私の未発表本一冊分256頁の頁医設定済みのデータがあっけにとられるほど、堂々と公開をされていたのです。それ以来まるで、ミステリー小説を解くような気分で、その源泉をあどっちるのですが、やっと、その源泉にたどり着いたのが、この一文です。だから、とても大切なものです。
 もう少し、これを、このまま、ここにおいておかせてくださいませ。

 前半は、もたもたしているように見えるでしょうが、後半で、面白くなっていくでしょう。いや、それは、読者の皆様になりかわった表現であり、私にとっては、死に物狂いの表現なのですが、ます。が、考察の流れ通りに、前半も省略をしないで、文章を並べています。どうか、よろしく。

副題1、『衆議院のハッキングはなぜ、起されたか?』
副題2、『私は、なぜ、ホテルへ逃げたか?』
副題3、『グーグルジャパンが、どう利用されているか?』
副題4、『なぜ、藤田△彩は、グーグルジャパンに、ひいきをされるのか?』
副題5、『鎌倉エージェント三氏の、離婚について』
副題6、『ライターAには、遠慮をしたのに、藤田△彩には、なぜ厳しく当たるのか?』
副題7、『彼女はなぜ、どこでも、卒業大学を明かしていないのか?
            もしかすると、国際基督教大学の卒業かな?』
副題8、『神の祝福と、裏切りへの報酬』
副題9、『女性が一人で、都会で生きていくときに、何が必要なのか』

副題10、『問題は、もう一人の刺客だ』
副題11、『ロックフェラー氏は、1961~4年まで国際基督教大学にいた』

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副題1、『衆議院のハッキングはなぜ、起されたか?』

 31日の日曜日、午後二時から、このブログを書き始めたのに、その時使っていた、VersionがXPのパソコンが、ごたごたして、なんと、今日のブログの更新は、夜の11時になっています。その原因は昨夜、大学同期生X君の、ご本人のおすすめにより、グーグル検索をして、さらに、そのデータを、コピペしたことに原因があるでしょう。それは、そのX 君が、フェイスブックにおいて、パソコンや、携帯との連絡の破壊を行っている可能性があり、それについて、私が外部へ発表をするかどうかを、敵方が、うかがって、恐れているからです。

 それほど、すさまじい画面破壊が起こりました。特にグーブログ用の投稿画面がめちゃくちゃです。今は、別のPCを使っています。こちらは、ウインドーズセブンですが、決して、ヴァージョンの問題ではありません。

 朝だめだった方では、AOLのメルマガ配信をするのです。で、30日の夜はそちらに対する攻撃があって、今朝は、そちらへ、文章を移動させる元ダネの、グーブログが、画面破壊されたわけです。アップロードするための、大切なスイッチがどこにあるかがわからないとかいろいろありました。それはすべて、私の文章を読者に届けさせたくないという目的です。

 ところで、これは、ウィルスではありません。30日の攻撃は、BCCで送るはずが、リストの中で、メルアドに対してかっこが全部外されていたのです。マイクロソフト社の、アウトルックを使って、メールを送る場合は、メルアドにかっこをつけません。が、AOLは、それとは違う方法をとっていて、BCCで送る場合は、各メルアドにすべてかっこが付いているのです。

 これは、私がPCを開けていて、別の仕事をしている間に、かっこのないものと、取り替えておけばいいわけです。こんな細かい作業をする、ウィルスなんてありませんよ。
 しかし、世の中では、ウィルスとハッキングで、大騒ぎです。

 それは、私がどれほど、大物かを示しています。以前から何度も、このハッキング騒動は起こされていて、その際に、直後には何も言わないけれど、別の機会に、あれは、私への、個別の攻撃を、そうではないというための、作られてニュースであると申し上げてきました。
 ホワイトハウスへのハッキング、韓国政府、へのハッキング、ノーベル賞委員会へのハッキング。
 すべて、私が、このブログの世界で、具体的に、パソコンへの攻撃のことを書いている時に起こされています。つまり、個人へ対する攻撃なのですが、それが、もし正しいということになってしまうと大変なのです。つまり、私が書いていることがすべて、正しいと証明されてしまうし、弾圧がいかに激しいかをも、証明されてしまうからです。

 私は悪人ではないし、ましてや、テロリストでもないし、具体的に大勢の人にこの身をさらしている、市民です。普通の国民の一人です。1942年生まれなのに、今、眞子様が通学していらっしゃる、国際基督教大学を出た、ある程度以上に経済的には恵まれた育ちをしています。中学は横浜国立大学の付属中学だし、高校はお茶の水女子大学の付属高校だし、・・・・・今は、鎌倉へ住んでいて、現代アートの世界で、創作やら鑑賞やら、そして、文章を書くという形で、活発に活動をしています。
 夏にも銀座で、グループ展に参加したし、どこを、たたいてもほこりの出る体ではありません。
 唯一欠点があるとすれば、頭がいいこと。で、本質を見抜き、かつ、分析した結果を統合することが得意であり、

 この、日本人が触れることのできない真実を、展開していることが、罪なのでしょうか?
 そんな程度のことで、弾圧を受けるのは、とてもではないが、憤慨の塊となる出来事です。

 でも、ニュースを作り出すわけにもいかないので、実際にハッキングを行うわけでしょう。が、それが、作られたためにするハッキングであるから、当初は、具体的な被害はないと、NHKニュースでは言っていたのです。
 しかし、私が絶対に潰れません。で、今日は、バン記者という番組内で、各省庁軒並みにやられているとさえ、報道をされています。大げさにしていくわけです。
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副題2、『私は、なぜ、ホテルへ逃げたか?』 

 それは、私をつぶすための作業でしたが、と、同時に、ライターA

 ・・・(7月29日に19歳の息子さんが家出をしたと、フェイスブックの世界で、拡散願を出して大騒ぎを起こした美形の46歳の女性ライター)と、
 
 ライターB 

 ・・・藤田△彩という名前で、現代アートの世界で、活動している36か、37歳の女性。彼女を私の上に立てるために、ゴッホが、カウボーイ好きの少年に撃たれたという、新説が、NHKニュースおよび、朝日・コム等で、流されている。しかも、私が一回、その女性に触れた後で、グーグルジャパンが、猛然と彼女をひいきして、彼女に関する検索項目を、増加させた。つまり、「ほれ見たことか、お前より偉いんだ」と言いたいわけである。

  に、よる、明瞭に生きている実在の人物を使った攻撃も、行われたのでした。

 そりゃあ、大変でしたよ。だから、ホテルに休憩に行きたいと思ったのですが、

 と、同時に沈思黙考をするためだったのです。というのも、こういう動きの陰に、誰が動いているかがだいたいわかって来ています。具体的な人物名を把握できているのです。

 が、連続して、お読みいただいている方が、知っている名前以外に、より外殻にいる別の人物が見つかっていて、そろそろ、その人物を上げるかどうかを、考えるために、ホテルへ行ったのでした。それは、相当に身近な人物(=大学の同期生)でした。で、その名前は、一般の、国民すべてに通じる名前とはとても言えません。
 が、私個人と、その私生活にとってはその名前を明かすのは、非常に大ごとです。それを、明かすか、明かさないかを熟考するためにホテルへ行ったのでした。
 どうして、ホテルだと、よく考えが、まとまるかの理由については、あとで、字数に余裕があったら述べます。ここは、それはぬかして、先へ進みます。
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副題3、『グーグルジャパンが、どう利用されているか?』

 ライターAが誰であるかは、連続して、このブログを丁寧にお読みいただいている方にはお分かりでしょう。ライターAとの戦いを放棄して、しまったのは、負けたからではありません。彼女の経歴に、どこかで、パリへ行ったと出ていました。

 それは、グーグルジャパンが、彼女を紹介する頁でいっていたのです。
 しかし、今回、彼女と書くの書かないとか、削除せよ(これは、ライターAがコメントの形で、具体的に言葉で言ってきたこと)とか、削除しません(こちらは、私が言葉では言わないが、数日、削除しなかったことと、今でも、それを削除せず、ただ内容をバシッとかえて、彼女が特定できないようにしてあること)

 と、おお騒ぎで、戦っていた最中のやり取りの中で、彼女から、「私はパリへは行ったことがありません」という文章をこのブログへ対するコメントとしてもらったのです。

 さあ、どう考えるかです。この国際的軍産共同体のエージェントと、その外郭にいる人たちは平気で嘘をつきます。
 グーグルジャパンの紹介と彼女自身が私に告げた言葉のどちらが正しいかですが、彼女はフェイスブックでの、自分の紹介の欄に、2011年10月18日までは「養子を含めて、四人の子供がいて、最も小さい子は保育所に通っていて、19歳の家出をしたとされる息子さんは、実の子だ」と書いています。

 そのうえ、仕事を持っていて、元祖電子ライターを名乗っているとなると、パリへは、彼女の言うとおり、行っている暇はないかもしれません。海外で暮らすことのメリットはそれが、箔になるということなのですが、高卒で、仕事をはじめて、結婚をして、子育てをする間に、パリへ行くとなると、それは、夫の力である可能性は強く、それなら、夫の存在は、料理研究家の、栗原女史がそうしているように、明かすはずです。しかし、経歴の欄に、夫が有名な人物だという記載はありません。
 
 となると、その美貌で、他人が言うことをよく聞いてくれて仕事の展開が進んだが、パリへは行っていないという彼女本人の言の方が正しいような気がしてきました。と、なると、誰がグーグルジャパンを動かして、彼女の紹介に、パリへ行ったという文言を付け加えさせたかを私は、問わないといけません。

 というのも、六月の時点で、このブログの総ヒット数(訪問回数は、112万を超えていました。が、それを、フェイスブックで、
 新しく友達になった人へ告げるとそのあとでは、どんどん、どんどん、数が減らされてきています。

 テレビ番組の視聴率も、融通無碍で、自由自在に、作られるみたいですが、このグーグルの数字も、いいかげんという以上のものがあるのでした。

 グーグルジャパンが、その相手の言うなりになる相手とは誰であろう。
 その人物が誰であろうとも、アイデアを出したのは、例の鎌倉エージェント二人でしょう。それと、連なっている、すでに名前を挙げた人物たちです。過去の文章内で出てきます。あとでその例文を上げる可能性もありますが、ここは先へ進みます。

 ただ、5,6人いる、その国際的軍産共同体へ奉仕しているエージェントたちのうちで、特に、ここで、ピンとひらめいたのは、私に嘘をつき続ける先輩の名前でした。

 その人物は、小学校と、大学でダブって先輩として、君臨している、石塚■彦氏でした。
 この人は、日経新聞の論説委員で、その会社を去った後で、早稲田の教授へ転身しています。現在(もし、現役でICUへ入学していれば)、73歳であり、(浪人後入っていれば)、72歳のはずです。
 この人なら、立場上、グーグルジャパンの社長の上に立っていると見えます。
 この人の教唆によって、グーグルジャパンが動く可能性は大きいのです。

 で、ライターAだけではなくて、攻撃者として、明瞭に私の前に立ちはだかったライターBである人(=藤田△彩)さんにも、石塚■彦氏の影を感じ始めているのです。
 私が、この2011年、10月18日に初稿として、初めて、ライターB(=藤田△彩)に言及してから、ものすごい激しさで、グーグルジャパンは、彼女の味方をし始めました。それも一種の証拠ですが、それを以下の章で詳述します。
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副題4、『なぜ、藤田△彩は、グーグルジャパンに、ひいきをされるのか?』

 まず、私の名前をグーグルジャパンで、ひきますと、その10月18日当時には、例題として、藤田△彩さんと、喧嘩をすると、こちらが負けるという部分だけが出ていました。△の伏字はなくて、もろに本名が出ていましたので、紹介用の惹句としては、とても、感じが悪いものです。

 特にフェイスブック等で、新しく友達になった人が、名前から検索すれば、「おえっ」となって引いてしまうたぐいの紹介の仕方でした。

 そこでも、大きく差別をされていますが、グーグルジャパンがどれほど、それ以降も彼女をひいきしているかを見ると、そのすさまじさに驚かされます。もっと、大物でさえ、20本程度の紹介であることが多いのに、今日、11月、1日に調べたら、90本を超します。で、90本目の、わき毛が何とか、という文章の三回目のものの中の、ホーム頁のリンクをクリックすると、なんと、その頁は、2010年の10月31日をもって、サービスが停止されているといっています。

 ですから、今では、読めないものです。それを、圧倒的な立派さで、紹介しているグーグルジャパンです。
 私はこのブログの形式で、3000字から、1万3000字のものを、すでに、1500本以上書いています。で、読者数も実は多いのです。

 で、時間の推移とともに、変化していくものとしてはツィッターも似たようなものですから、それを比較すると、彼女は、140文字のものを、254回、書いていて、ふぉろわーが、51人だそうです。「ごめんなさい」というほど、私の文章を読んでくださっている人間の数の方が多いです。

 だが、5対90以上という形で、グーグルジャパンは、彼女を、大物扱いをしています。かつ、それが、徹底的に、瞬時の対応です。

 というのも、藤田△彩さんに関する18日に書いた初稿では、これほど、確信犯的に、私を妨害し、いじめる立場に立つのなら、それは、だれかに教唆をされたのであろう。某有名美術評論家(意外と、恋愛好きな模様である。これから、秘密のデートを妻以外とやろうとしているらしいのを、目撃をしてしまったことがある。)などから、特殊な教唆をトを受けているのではないかと書いたのです。

 これは、筆が滑る形ですが、最初、私はこの人物を男性だと思い込んでいたのに、女性だったので、そういう形になりました。わざと、ぶっきらぼうな調子で、フェイスブック内で、文章を書いていたからです。だって、グーグル検索でも、わき毛が何とかという文章が三回ぐらい、別のものとして出てくるぐらいですから、こういう感想も当たらずとも言えず遠からずでしょう。ただ、男性は出世意欲が強いから、節操など、打ち捨てて、諜報活動に、従事することもあるからです。最後に出てくるX君などその典型ですし。
特に美術に関する自分の、経歴を示すものとして、「とんちき美学校」を卒業と書いています。これも人を食った大変に失礼な表現です。まともには、相手にできないねと思うくらいの人間だし、銀座の画廊街では、2011年10月20日時点では、存在感もない人でした。その時に質問をした相手の、誰も、この人を知らなかったのです。小さくて軽い存在です。

 ともかく、フェイスブックの世界では、お酒に酔った30代の男性の投稿と思われる文章が多くて、おっちょこちょいな男性がそういう人物が私を、悲惨な状況にまで追い詰め様としていると、考えたところ、なんと、女性だったので、驚き入って、最初は信じられなかったぐらいです。 しかし、普通の場合は攻撃性の少ないはずの女性が、信念を持って、私を追い詰め、攻撃するなどとしたら、相当に、深い教唆を受けている可能性があります。それほどの、深い教唆とは、いわゆる西山ふと吉さんの「情を通じて」と裁判所でいわれた取材方法ではないが、下半身の結びつきがあったと考えるのも当然でしょう。
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副題5、『鎌倉エージェント三氏の、離婚について』

 が、そう書いた途端に、彼女に関する情報が、グーグルジャパンに氾濫して、突然に肖像写真も現れました。で、彼女が涼やかな、頭のよさそうな若い女性であることがわかりました。これは、9月の中旬に、彼女からの第一回目の攻撃がなされた時以降には、伏せられていたものです。

 つまり、彼女はその時に、私がとても大切に思っていて、何度もその方のために、追悼の文書を書いた、山口みつ子さんを足蹴にしたのでした。この山口みつ子さんという方は、本当にいい方で、それを、足蹴にするがごときは、私は絶対に許せないのです。
 でも、私の文章を丁寧に、チェックしている鎌倉エージェントの、三人、伊藤玄二郎、井上ひさし、酒井忠康の三氏にとっては、絶対に、その文章は、つぶしておきたいものでした。

 山口みつ子さんが、もし自殺だったら、野見山暁司さんに原因があるし、他殺であった場合にも野見山さんには、関係があると書いているからです。しかも、大原某氏という中目黒の紳士が、白堂々と、顔を見せた犯人に、殺害をされた件にまで、波及していきますから、絶対につぶしておきたい文章です。

 ですから、この三氏あたりから、彼女は教唆を受けていると、最初は、考えたのです。
 この三氏は、女性を乗り換えた経験がある人たちです。酒井忠康氏と、井上ひさし氏は離婚をしています。乗り換えた後の奥様を見ると、対外的な評価としては、前夫人より上でしょう。酒井氏の奥様が、私の目の前に、あらわれたことがあり、2時間ほど、一緒に過ごしたので、よくわかっていますが、作家(アート系)としては、珍しくも、水も滴るほどのいい女です。アート系作家って仕事が厳しいので、消耗が激しくて、げっそりとやつれている人が多いので、珍しいタイプです。ただね、直観として、『彼女の味わっている幸せを、種類Aとすれば、この世界には、種類Bというしあわせもあって、彼女は種類Aしか知らない、かわいそうな人だ』という思いも抱きました。ある種の限界の中に住んでいる人です。本当の自由人ではない。そして『その不自由さに気が付かない能天気な人なのでしょう』ということも。

 この奥様は、もしかすると、私の対抗馬として、使われたのかもしれませんが、今まで何も書かなかったのは、かわいい人だからです。性格も顔も雰囲気も、かわいくて、直接的な、悪意を見せない人です。それは、同じような目的に使われた馬越陽子さんにそっくりです。育ちのよさを感じさせる女性です。それで、今までは、一切触れませんでした。が、引き続いて、酒井忠康氏原案の攻撃が続くようなら、いろいろと書く可能性は残しておきましょう。奥様が私への攻撃のために、どう使われたかも。それから、酒井氏の離婚の陰にどういうことがあるのかも。

 また、井上ひさし氏の離婚も、有名ですよね。奥様の親が持っていたらしい市川の家も、処分したのですよね。そういう残酷さを、ひさし氏に生成させたのが、現在の奥様であるユリ夫人です。だけど、大方の人は見ています。前夫人、好子さんの方が、ひさし氏の創作意欲をかきたてたのだと。ゆり夫人はひさし氏の上昇志向(上流階級へかけ上りたい)を満足させる相手であったというだけの人でしょう。作家の妻としては、似つかわしくない人です。

 さて、一般社会には上の二人ほど、名がとおっていない人物ですが、国際的軍産共同体のエージェントとして、大物扱いを受けている伊藤玄二郎は、慎重で私生活を明かさない人です。しかし、大学教授にしてもらい、その出版物は大当たりをしていると大マスコミに、宣伝をしてもらい、ポルトガル国から勲章をもらっています。その経過は、そっくりそのまま、ビートたけし氏にその後応用をされた、かれらの、エージェントに権力と権威を与える常套手段ですから、疑いもない国際的軍産共同体のエージェントです。

 かつ彼と、夜の10時半に、鎌倉でデートをしていた、葉山在住の栗田玲子さん(ガレリア・グラフィカのオーナー)の、お抱え版画家である、山本容子女史が、NHKプレミアムで、多大のひいきをされていて、上等な番組を企画してもらっていること他、から考察すると、NHKも、意のままに動かせますので、非常に大物の、エージェントであるといえます。

 彼がどうして、エージェントとしてリクルートをされたかですが、元愛人の、石川和子女史を、瀬島隆三が、私の上に立たせて、弾圧をさせることに、役だてたので、その縁で拾われたのでしょう。その経過は、26年前からの、長い年月ですが、つぶさに傍見してきています。木造、しもた屋の二階の借り事務所で、ほぞ細と、医師会や商店街に食い込んでタウン誌を発行していた、小さな会社だったのに、鎌倉の一等地に、四階建て(高さ制限があるので、鎌倉ではこれでも、ハイ・ランクなビルとなる)を構える一流出版社へと、盛り立ててもらったのです。それは、すべて、石川和子女史のおかげですから、彼女と、その現在の夫、柳沢某の失敗は、どんなものでも、カバーをしてやろうと、必死です。
 で、自分の社名と同じ名前さえ、彼女に与えました。鎌倉春秋釜です。ただ、彼女は柳沢昇と、結婚をしているわけですから、伊藤社長とは切れているわけです。で、その後伊藤氏が、どういう女性とパートナーシップを持っているのかは、私は知りません。
 朝日新聞の記者の取材に、昔答えて、
 「仕事場は、鎌倉に持っているが、自宅は大磯に構えている。その方が、自由がある。便利である」と、言っています。鎌倉で、彼が行っていることには、一切、タッチを、していないし、何も知らない無垢な奥様が、そちらにいるのかもしれません。

 彼についての噂は鎌倉ではたくさん耳にしますが、自宅とか、奥様については一切が聞こえてきません。だけど、石川和子女子の方は、元愛人だったから、ひいきをしてもらえるといっていました。ひいきとは、鎌倉市の公民館に、教室を開かせてもらうことです。だから、戸籍上は、きれいでも、いろいろな、艶福が、過去にはあったとは、いえるはずです。

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副題6、『ライターAには、遠慮をしたのに、藤田△彩には、なぜ厳しく当たるのか?』

 艶福家である鎌倉の三エージェントから、もとに、戻ります。でも、彼女がツィッターで、「カレシが、ほしい」と惹句を、急に載せ始めたのは、間接的に、『誰とも寝ていないわよ』と言いたいのだと思いました。

 『それは、認めましょう』と思っています。しかし、彼女の放った第二の攻撃は、莫大なレベルで手が込んでいました。

 で、今度は、ゴッホが足蹴にされたのです。私はかんかんに怒っていて、機会があったら再び、藤田△彩を分析しようと待ち構えていました。いったん初稿をすべて、ひきましたが、それは、敗北を認めたわけではないのです。

 じゃあ、なぜ、ライターAには遠慮をして、文章をひっこめたかと、皆様は不審に思われるでしょう。私はライターAと、コメント合戦をするうちに、

 『この人物は相手にしては、いけない。それほど、したたかである。一方である種のいじましさも持っている。ともかく、私とは全く違う種類の人間であり、住む世界が違うのだ』と確信をしたので、負けるの勝つのは別として、無視するという作業の一種として、文書を全部ひっこめたのでした。

 したたかだと判断した理由というのは、2,3ありますが、まず第一に、坊ちゃんは、就職のあっせんと引き換えに、自分が芝居としての家出をすることを、納得をして共演していたのだと思います。ママの方には、今現在保育所に通うほど、小さいお子さんもいるそうですから、そちらが、もし、実子なら、その父は、継父かもしれません。反対に、その小さい子が養子なのかもしれず、そうしたら、家出をした坊ちゃんの父は実父だということになります。

 が、いずれにしろ、本当の家出であって、本当の父親が傍についていたら、彼女(=ライターA)が、この2009年7月末に、「拡散お願い」と称して、フェイスブック紙上にばらまいた、家出情報の書きかたには、反対をするはずなのです。大きな写真を三枚も載せています。当時も、私以外の人が大いに批判をしていましたが、実の母親としてはありえない発想です。

 が、陰に坊ちゃんの有利な就職が、餌(または、ニンジンとして)提示をされたのなら、平気で、できる作業です。意気揚々とやるでしょう。で、その企画の提示と、了承の陰には、ベッドインも何もいりません。彼女は母として、子供を愛する最良の策をとったのですから、恥じるところもありません。で、実際には、一週間で戻ったそうです。

 そして、将来は、朝日新聞、もしくは、日経新聞、もしくはその系列のテレビ局へ就職ができるはずです。これは、本当にありがたい話なのです。そして、彼女は、7月の末、当時は、その真の目的ですら知らさせていなかったかもしれないのです。つまり、私が善意で拡散するにしても、彼女の原文をそのまま回すようなことはありえず、自分で文章を書きなおすはずだとみなされていて、その際に、うかつにも彼女の名前と、坊ちゃんの名前を使ったら、そこで、『気の毒な被害者の実名を使った』と、フェイスブックの世界で、大たたきをしてやろうという目論見だったでしょう。

 が、私は、常に敵の狙いを見抜く人間です。すぐそれはわかって、母の名前も息子の名前も使わずに、しかも敵の汚さを、ある程度までは含めて文章で、対抗しました。で、そこでは私の方が一本とった形です。しかし、ここで、藤田△彩という第ニの矢が放たれてしまい、私はそちらを分析するにあたって、再びライターAを、取り上げたのです。今度は、彼女の実名(=ペンネーム)で。さて、その結果執拗な抗議を受けて、文章を全面的に書き直したわけですが、わたくし側の真実としては、負けたという感覚は一切ないのです。

 むしろ、執拗な抗議文を読んでいるうちに、相当にレベルの低い人だと感じ始めました。一生懸命文章を書いているのだけれど、大局観がない。で、この件は神様の決着に任せることとしたのです。どういうことかというと、息子さんの就職が、決まればすべての真実は明らかになります。彼女がツィッター等で、堂々と発表する可能性もあるし、そのほかのルートで、無理に調査をしなくても、必ず耳に入ってくるはずです。その点こそ、私が常に、神様に見守られていると確信するポイントです。不思議な形ではありますが、重要なことはすべて耳に入ってきます。上の酒井忠康氏の離婚の件も、そのほかのことも、この手の文章を書くために必要なことは、意図的には調べなくても、すべて耳に入ってきます。目にも入ってきます。

 ただ、ここで、こういう風に書いたので、朝日新聞系列と、日経新聞系列には、彼は入らないかもしれません。が、相当にいい会社に入るでしょう。普通なら、家出をしたことを、これほど派手に公にした子供など、採用をしないはずの会社に入社できるはずです。その時に私は、自分が正しかったことを、確信することとなると思います。

 しかし、藤田△彩さんの方は、追及の手を休めるわけにはいきません。ライターAさんは見かけだけでも、子供を犠牲にしました。体を張ったわけです。だが、こちらは、自分は、何の損失もあびず、ただ、ただ、攻撃だけをしたのです。しかもフェイスブックの世界では、正面切って。

 また、彼女の活躍の、舞台として、もっとも大きく、かつ誇らしげに書いているのが、美術手帖ですから、かえって論議の的としやすいのです。それは消えない文書ですから、将来研究の対象としやすいのです。今は暇がありませんが、これほどの、攻撃をやられては、その保障は、しなければなりません。正当防衛です。
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副題7、『彼女はなぜ、どこでも、卒業大学を明かしていないのか?
            もしかすると、国際基督教大学の卒業かな?』

 彼女が、「カレシ、ほしい」言った、彼女の言葉を信じて、攻撃用教唆は、ベッドでは行われなかったと仮定します。そのあとで、突然、ひらめいたのですが、『彼女がけっして、卒業大学を明かさないのは、私と同じ大学の卒業生だからではないか』ということです。

 ここから先はまだ、証拠がつかめていないので、私がよくいう、見てきたような嘘を言いの類です。決して真実とは言いません。が、もしかしたら当っています。

 ライターB(=藤田△彩)さんは、某通信社に、新卒として勤めたとあります。そして英語が得意そうです。ツィッターの文章はすべて、英語で書かれています。そして、10年前にその会社を辞めて、現代アートの世界のライターになったとあります。

 10年前、は、私が、パソコンを使い始めて、三年目で、未発表の小説として、『元海軍参謀の陰謀』を、書き、瀬島隆三氏の、親友益山某氏の、知的犯罪(経済的なもの)、それは、現場として、京急、北久里浜駅裏の、SORAヒルズ、(ほかにも数棟の大マンションが建っている場所)が、舞台ですが)
  を、書いた年なのです。

 今、軽々とハッキングをされているのを知ると、あのころから、こちらには知らせない形で、ハッキングは行われており、私をつぶすための方策が、着々と練られていたとすれば、わかりやすくなります。

 となると、「日経新聞での、最初の仕事が、文化面、の右上美術のコラム担当だった」という石塚■彦氏(氏は、ある年の同窓会では、私に口で、そう教えてくれたのに、今はそれを否定しています)が美術の世界に、通じている可能性はあり、「誰かをリクルートしてください」と言われれば、ちょうど、知り合った藤田△彩さんに、裏事情は、100%は、明かさずに、「転職をしたらどうお」と、持ちかけ、そのあとで、ありとあらゆる意味での、援助を与えることはありうるのです。人の紹介(企業人や、雑誌編集者、ホーム頁の製作者)、オフィスの貸与等々、それぞれ、個人で、やれば投資が必要なことを援助してあげれば、30そこそこで2,3のビジネス会社を持つ、カッコのいい、勝ち組女子となれるわけです。そりゃあ、乗るでしょう。転職するでしょう。そして、純粋培養的に、私を敵視するように、仕込んでも、疑惑もなく、信じ込み、思い込み、一種のミュータント化する可能性はあるでしょうね。
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副題8、『神の祝福と、裏切りへの報酬』

 しかも、そのゴッホの新説が出たころ、私のブログやメルアドへ、ライターAとは別の人間で、無記名の人間から、すさまじい下品な攻撃の文言が矢のように送り込まれていたのです。だから、橋本徹氏への紙爆弾も、同じ手合いから発せられていると確信をするのです。タイミングとして、週刊誌や、雑誌の記事を用意する時間を考えると、みんな同時期に発生していますから。

 攻撃は重層的ですが、藤田嬢は、丸々、それらの、陣営の人間ですから、この日本へ核燃料を売り込む側に奉仕をしているわけであり、原発が、もたらす、底知れぬ苦しみ(これから、福島以外も、年数を経れば経るほど、同じように壊れていく)を与えた陣営に奉仕する巫女ですから、そちらの怨念も総身に受けるわけです。それで、神様が祝福をするわけがないです。それから、前衛アートの世界の作家さんは、大体反原発です。そういう人を内心で裏切っておきながら、かつめしの種にするおぞましさ。それを考えても、彼女へ、真の安らぎと、幸せが訪れる日があろうとは、思えないです。
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 それが、今回の、ゴッホ他殺の新説をイギリス学者が、発表したというニュース(ほぼ、フェイクに近いもの)を作ってそれにより、はっきりと、川崎千恵子攻撃に乗り出した、彼女のバックグラウンドだったと、すれば、根が深いです。で、うんざりするところがありますが、・・・・・今、午前二時なのに、電話がワンギリされたので、パソコンを覗いている人間たちが、『ほら、ここで、我らが勝ったぞ』と思っているのでしょうが・・・・・ちょっと、沈思黙考をしたのちに、
 私が、保持している勝利ポイントをあげましょう。読者の皆様に向かってではなくて、この敵たちに向かって言うことですが・・・・・

 それは、『この藤田嬢は、神様には祝福をされないであろう』という確信です。旧約聖書に、『神は何々(ここに入るのは女性名)を祝福されず、その胎を開かれなかった』という言葉があります。私はこれを嫌いです。怖い言葉だと思っています。が、神様に祝福をされない人というのはあるのです。別に胎盤が、開かれず、子供が産めないということだけを指すわけではなくて、もっと、抽象的な意味において、神様に祝福をされていないという人間はいるのです。子供があるなしではなくて、苦労の多さを、普通に味わう人に神は祝福を与えるのでが、ショートカットを利用して、果報を過分に得すぎる人間を、神様は絶対に祝福しないのです。まあ、わかりやすい例としては、大王製紙の、カジノ好き坊ちゃんなど、その典型ですが。
人間が構成する社会の中で、お金と名誉を浴びるほど受けても、それでも、神様に祝福をされていないという人間はいるのです。藤田嬢は、そういうタイプに入るでしょう。
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副題9、『女性が一人で、都会で生きていくときに、何が必要なのか』

 石塚■彦氏は、藤田さんと同じく、卒業大学を明示していません。それは、私に対して、数多いいじめ案を提出、実行をしていたら、同じ大学の卒業であることを伏せたいでしょう。だからだと思います。
 今日、この文章を書いた後では、石塚■彦氏の学歴の中に、国際基督教大学の文字が付け加えられるかも知れません。または、彼本人が、何らかの作業を施して、私がその情報に一切、接触できない、ことになるかもしれません。そういうことは私の判断の材料となります。それが証拠となります。で、それを判断した後で、また将来書き直す可能性はあります。
 
 だけど、2011年10月29日までは、彼の学歴の中には、アメリカの大学しか書いて無くて、国際基督教大学は書いてありません。同窓会長もしているのにですよ。これは、詰問をされれば「ただ、書かなかった。単純な話さ」というつもりでしょうが、一種のウソであり、藤田△彩さんが、卒業大学名を一切、かつ、どこにも、書いていないのに通じます。
 
 最初から15万円ぐらいの収入が上がる、2,3の仕事を紹介しておけば、月に30万円の基本収入が見込まれます。岡山県出身だというその女性は、東京では、家賃(もしかしたら、所有物件としてのマンションを買い、そのローンを組んでいるか?)として、月に10万円は必要でしょうから、全体で30万円以上の収入がないと、安心した生活は見込めません。

 現代アートの世界には、お金がまわっていません。草間弥生、村上隆、奈良美智などの、少数の人以外には、お金が、まわっていないのです。そういう世界に、さらに、立場が不安定な寄生虫としての美術評論家として、25,6歳で、参入する。これを本人も疑惑に思わず、親も許すのは、ふしぎ極まりないです。

 だが、後ろで、父親ほども年の離れた大学の先輩が「大丈夫だ。大船に乗ったつもりでいなさい」と保証をしてくれたら、飛び込む可能性はあります。しかも、種々様々な、具体的な支援をすでに、行っている可能性も感じます。だから、彼女はすでに、月に40万円を超える収入を確保しているでしょう。

 今、石塚■彦氏について書きはじめたらパソコンが、非常におかしくなりました。だから、真実を書いているのだと感じます。見てきたようなうそを言いと、断っていますが、真実である可能性も非常に、強くなりました。

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副題10、『問題は、もう一人の刺客X君である』

 今、石塚■彦氏を分析している最中に、パソコンがおかしくなりました。つまり、石塚氏の支配下にあって、私を弾圧している人間は一人ではないということです。

 藤田嬢より、こっちの方から与えられる被害の方が大きいのです。が、こっちの方が分析しにくいのです。どうしてかというと、この人は同期生だからです。1000時間以上、同じ教室で過ごした男子学生X君です。68才か、69歳のはずですが、2009年から、パソコンの世界ではなくて、現実のアナログの世界でも、隠微な形で、弾圧をしてきている人です。私は、X君が何をやっているか、すべてわかっているましたが、この6月までは、ただ、ひたすらに我慢をし続けてきた相手です。

 が、私が、フェイスブックを始めると特にそのFBの世界で、IT的な側面と、心理学的な側面の両方から、いじめてきているのです。今までは、具体的な事実を実名入りで書くということで、こういういやなことを乗り切ってきたのです。それは、相手の恥の意識に訴えるという形です。彼ら攻撃者はみんな隠れていて、ばれないと思って、卑怯なことをやってきていますが、ばれていたら、やはり、日本人としてはあり得ない不道徳なことですから、恥じ入るはずです。そこに訴えるという手法で、やめさせてきたのです。
が、今回だけは、同期生だけに、そのあとの起こりうる大波乱を予測すると、実名が、書きにくいのです。だって、彼にだって普通の中流の上の人としての、家庭があり、お子さんもありますしね。悪くすると、こっちが悪者にされます。だから、実名を書けません。
特にやっていることが悪辣です。本当に悪辣なことをやっているだけに、書きにくいのです。
 この人物と石塚■氏が結び付いたのは、寮か、部活(ラグビー)かのどちらかでしょう。

 そして、この人物は1960年代からパソコンのことを勉強しています。つまり真空管の時代からです。そんな大ベテランが、私のパソコンを意図的に壊してきているのです。

 使いにくくさせているのです。そして、それを明確に下書きとして、この10月に書いたから、それ以降、大ハッキング報道が起こったのです。だけど、急にパソコンの画面が、白濁化するとか、変換に20秒かかるとか、他にもさまざま困った現象がありますが、そんな働きをするウィルスなんて、2011年10月31日以前に、報道をされたことはありません。ウィルスではないのです。でも、個別にしかも、非常に親しい学友がやっているということとなると、その不道徳性は極まれりとなりますから、別のところへ罪をなす繰りつけようとして、ニュースが作られるわけです。まあ、ニュースの前にもプロがそれなりの侵入をするのでしょう。

 彼は、私を弾圧することに何ら、良心のやましさを感じていないようです。どうしてそうなるかというと、男の狭義を発するとそうなるのです。つまり、1937年生まれのジョン.D.ロックフェラー氏が、 国際的軍産共同体のトップとして、核燃料の売買をやっているらしいのです。が、氏と、X君には明瞭なつながりがあります。

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副題11、『ロックフェラー四世は、1961~4年まで、国際キリスト教大学にいた』

ジョン D.ロックエラー氏(通称、ジェイまたは、4世)は、1932年生まれでハーヴァードを卒業した後で、1961~4年まで日本に留学をしています。それも国際基督教大学に。そこには、男子寮というものがあり、四人制なのです。しかも、学年の異なった4人が同室となります。
 ここで、石塚■彦氏、ロックフェラ-4世、そして、いま、私が最大の刺客であると、規定をしている同期生X君の三人+、あと一人が同部屋であったとすれば、すべては納得です。

(ここで、推敲中の書き加えですが、不思議なチャネリングとして読んだ記事ですが、この大学寮について、学長日経新聞の1日朝刊に書いています)

 しかし、表向きは同期生として、一応礼儀の世界で対応しあっている存在が、この5月以来、一日に20回以上、3000回ぐらい、恐ろしいことをやり続けていたということを、どう考えたらいいでしょうか?
 これじゃあ、ホテルに逃げたくなるのもご理解をくださいませ。ともかく、普通の生活の中では、この問題を考え抜くこともできないのです。あまりに大きすぎて。

 で、ホテルで熟考した後で、どうしたかですが、今のところ、世間には、この人の名前を公開しないと決めました。一般社会の人は、その名前を知りませんが、大学時代の友達、特に同期の中では大騒ぎになると思う。で、秘密裡に、よい方向へ向けたくて、私は、2週前に、パソコン内に非公開メモ(ただし、ハッキングを受けているから、すぐ敵側には伝わるはず)として、その名前と、『この人は、かくかくしかじかのことをやっている』と書いたのですが、X君は、その後の2週間、その破壊と、攻撃と、いじめをやめませんでした。で、とうとう、この一文を書くこととなったのです。

2011年10月31日~11月2日にかけて、これを書く。雨宮舜(本名 川崎千恵子)

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橋本徹氏への紙爆弾について、現在書きかけ中

2011-10-30 15:13:00 | Weblog

 これは、2011年の10月31日の、11時から書き始めたのですが、次の日の、1日の午前7時になっても、導入の部分だけしか書けなくて、しかも、その合計字数が、一万三千字を超えました。で、そちらを独立させて、

タイトル『藤田△彩さん+彼女の影の支援者(?)石塚■彦氏による、大弾圧』として、おいてあります。
 つまり、カレンダーでいえば、2011年11月1日発の、記事です。

 が、こちらも、いずれ書き表すつもりです。お待ちくださいませ。明日とはお約束できませんが、書くつもりであります。
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真夜中に、締め出しを食った私を、猫は、救ってくれたかな?△

2011-10-29 04:13:28 | Weblog
 今から、下のものを推敲します。20時間ぐらい連続して起きている後で、書いたので、ラフです。それを、直します。直したら、タイトルに△印を入れておきます。よろしくお願いします。

副題1、『猫は、どうしてかわいいのか?』
   
 猫って、生まれたての赤ちゃんと同じ大きさだと聞いたことがあります。それも、かわいさを生んでいるのだそうです。うちの娘が、最初の赤ちゃんを産んだ時に一緒に、ゆりかごを持ってきたのです。そうしたら、猫にサイズがぴったりで、うちの猫がそれに、入りたがり、困りました。若夫婦は、今は三人も子供がいますが、その時は、最初のこどもで、どうしても、清潔であることを求めるから、猫とゆりかごの、共有はありえなくて。で、猫をゆりかごに入れないように、気を付けないといけませんでした。
 最終的にはゆりかごを、さかさまに置くことで解決しましたが、最初のうちは、右往左往。あまり猫をしかると、ただでさえ、自分が主役で亡くなったことで、ストレスを感じていますから、よく聞くように、赤ちゃんをかんだりしたら、大変です。

 猫の方もあきらめず、ちょっとでも、目を離すと、いつの間にかゆりかごの中で寝ているのです。真っ白なレースの中で。袂草ともいわれるとーたシェル(三色が混合した模様)の猫が、ねていると猫の方が、汚めに、見えて困りました。ただ、我が家の、猫は、家の中で、最もいいものは自分のものだと思っています。お姫さまですから。また、もっとも大切な人とも結びつきたいと思っています。

 ですから、お嫁さんが遊びに来ると、彼女の膝の上に乗って、ずっと過ごします。お嫁さんは、小さいころからいままで、猫を飼ったことがなくて、びくびくしたり、おずおずしているのに、それをわかっているのか、いないのか、ぴったりとそのひざから離れません。それは、私や主人がお嫁さんを大事にしているので、それが、わかるのです。

 この家で、一番大切な自分(猫)は、お客という、今日だけは、一番大切な人と、喧嘩したり、競争したりするのではなくて、『仲良くするのよ。タッグマッチを組んでね』と、言っているのでしょう。
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副題2、『親ばかだけど、猫は、どうもとても頭がいいみたいだ』

 そして今これを書いていると、『あれ、自分のことを書いているわね』おもって、じっと私を見つめています。

 その、見つめ方なのですが、政治のものを書いているときとはまた違うのです。私が真剣に政治の、奥の奥のことを書いていると、彼女はとても、心配そうに私を見つめてくれています。

 私はブログやフェイスブックは今、自宅でやっています。が、それ以外の本当に落ち着いたもの、そして、深いものを書きたいときには、自宅でやりたくないのです。

 詳しいことは省きますが、いちいち、邪魔されるのです。特に本の編集については邪魔されました。それは、私の文章が力があるということだと思いますが、ものすごい邪魔をされて、普通の人が仕事をやる場合の、四倍は時間がかかるという感じです。

 で、疲れ切るから外でやりたいのです。2009年までは、ネットカフェで、週に二回か三回徹夜して、仕事をやっていました。しかし、今、69歳です。あの環境で、緊密な仕事をすることに、疲れてきました。

 特に姿勢が無理なのです。私はパソコンを打つときには、背が90度でないとだめなのです。2002年にひどく重症の、痛みを味わいました。腱鞘炎から、頚椎損傷にまで発展して、左肩が痛くて、24時間、居ても立っても居られない状態になってから、しっかりした固い椅子でないとだめなのです。足にキャスターがついていて、くるくるっと滑ったり、背中がリクライニングをするのなどは、だめなのです。で、リクライニングシートとか、フラットルーム(一種の和室風だが、床がスポンジでできている)では、再び、それに、かかる可能性があります。もう一度、それにかかったら、治るかどうかはわかりませんし。

 で、2009年と、2010年は本を作っていません。だが、ともかく、落ちついた、まとまった文章を書きたいという欲求もあって、以前より回数を落としてホテルでやることにしました。というのもネットカフェで仕事をするにしても、食費などで、一晩、4千円はかかるのです。で、それを、回数を減らせば、ホテルで、するのと、費用は同じになります。

 でね、主人に断わって、パソコン二台と、外付けの様々な道具も入れた、アテンダントバック二つを持つという、本格的な旅装で、27日に、外出したのです。

 しかし、その荷造りの結果、ハンドバックを変えたので、自宅のカギを持って出るのを忘れてしまいました。
 
 さあて、困った。パソコンの仕事以外、画廊めぐりをはじめ、目いっぱいいろいろなことをやって来て、帰宅したのが、28日の午前一時です。鎌倉駅までは、12時ごろついたのですが、もたもたしたので、タクシーを一巡目には乗れず、また、これほどの、荷物があると、左肩をかばっている私は、130段も石段を上がる自宅の山へあがるのが、一回ではできません。二回に分けて、ふうふう、言いながら登るのです。

 玄関のドア前に来て、いざ入ろうとするその時まで、鍵を忘れて外出したことを、忘れているから、平和なものです。いざとなって気が付くのですから。これが、ストレスまみれの、私の不思議な、特徴でもあります。いつも、文案とか、仕事の段取りとか、抽象的なことばかり、考えているから、現実のことは、忘れているのです。

 さて、午前一時に主人を起こすわけにもいきません。で、気温ですが、一日前ほど、寒くもない。『じゃあ、玄関灯の下で、パソコンでも打って時間を過ごすか、幸い二台も持っているし、バッテリーだけでも、朝の六時まで持つな』と、思います。

 うちの小さな玄関前には猫が座るための、木の椅子が、常においてあります。それに座れば、冷たくもないです。

 で、覚悟を決めて、『さあ、そうしましょうと、思っている』と、一つだけ、困ったことを発見しました。それは、玄関の内側で、猫が啼くのです。

 さすがに、36時間以上家を空けていると、私のことが懐かしいのでしょう。それは、うれしいが、「鍵を忘れたから、ここを開けてあげられないのよ」ということが猫語で話せません。

 でね、「もう、いいから、わかったから、啼かないで」ということも猫語では、伝えられません。

 で、上のようなニュアンスを含めた、啼きかわしを私も始めました。

 でないと、彼女が、不審がって、必死に、私を呼ぶ声で、主人を起こしてしまうでしょう。で、玄関の外で、私が啼くわけですが、今度はご近所様が心配になってきました。このヤト(谷のこと)は芸術家が多くて、まだ、電気がついている家が何軒かあります。皆さんが、『<ああ、あの人は、きっと鍵を忘れたんでしょうね>とわかってしまうはずで、とんま丸出しになるわ』ねと思って。

 私が、よく、猫と鳴き交わすことには、ご近所のみなさんは慣れている筈です。というのも、私の猫は、一日に一回以上「外で遊ぼう」と、私を誘うのです。それは、昼間ですが、その際、彼女が話しかけてくるので、私も啼きかわしで、答えますから。
 家の中だと、お母さんは常に忙しくしていて、遊んでくれないと猫はわかっているのです。外にはパソコンもないし、紙もペンもないので、お母さんは、自分を相手に、集中してくれると信じていて、遊びに誘いだしてくるのです。

 で、ご近所様は慣れているといっても、今回は真夜中です。それに、鉄製の玄関ドアの中の猫の声の方は、ご近所様にまで届かないかもしれないので、私一人が啼いているということとなります。

 で、20秒か、30秒に一回ほど、にゃ、にゃ、にゃっ、または、にゃお、にゅう、にゃうんなどと、と、ニュアンスを込めて、連続して啼いている、私とは、相当に滑稽でしょうね。で、静かにしたいのです。
 だけど、猫の方があきらめてくれないのです。もう、そろそろ、『お母さんは、今日は、この中には、入れないのだ』と納得をしてくれたもいいのに、絶対にそこまでは、理解をしないのです。

 で、5分ぐらいで、主人が気が付いて、降りてきました。そして、『馬鹿者っ』と、怒鳴りながら、鍵を開けてくれました。

 パソコンを開く間もない短い時間でです。ああ、猫が救ってくれたわ。これで、再び、我が家の猫は、長靴をはいた猫であることが確かになったと思いながら、ドアを開けると、

 猫が喜ぶこと、喜ぶこと。上がり框に、身をよじって、身を擦り付けて喜ぶので、頭からたたきに落ちてしまったほどです。猫って岩夕るバランス感覚が、するどいので、たった、30センチでも、頭から落ちるとは、我を忘れるほど、喜んでくれたことを示します。そこまで歓迎されると、私もうれしくて、疲労しぬいた体に、鞭打って、四時間程度、様々な雑用をして、さらに、この短めのブログを一本書くことができました。
 
 すっかり朝になっています。主人も起きてきました。で、私が、「あれほど、手紙を書いて出かけたのに、朝ご飯(28日分)が、作ってあったわね。あなたって、私の手紙を全然読んでいないのでしょう」というと、しばらく、沈黙をしていた挙句、

 「あれは、影膳だ。見事に言葉通りの影膳だ」と言いました。でね、笑ってしまって、この二日間の間の、陰にある苦労をすっかり忘れてしまいました。
 朝食は、海外へ行ってしまった1998年以来、早寝早起き型の主人が、ずっと、
作ってくれています。パスタを入れるための、大きめの深皿に、野菜、オリーヴの実、2、3個、スーパーで手に入るカマンベールチーズの8分の1、大判のハムが一枚。というのが、殆どの日の定番で、ハムが、フランク化、ウインナソーセージに変わるぐらいです。

 外泊してきても、平気なのは、丁寧に、事情や、原因を説明した手紙を置いてくるからですが、上記の2002年の、すさまじい痛さを伴う病気を、主人が治してくれたことがあって、私は決して、かかあ殿下でもないのです。すごく尊敬して、ちゃんと立てていますから。西洋医学では治らなかった、あの痛みを、東洋医学で治してくれた、ことには、本当に頭が上がらないのです。

 ただ、外で、仕事をするのも、2007年以来、ずっと、継続的に行われているパソコンの不調という、苦労の結果です。アドビをお使いならわかるかな? 右へ90度回転させてと命令すると、左に回転するし、そのころですが、ワード関連は、CD保存はできないし、時々、文章が白閃化、せっかく書いた文章が、消えてしまうし。今は、それらの現象は、落ち着いていますけれど。

 そして、プリンターが次から次へと壊されるとか、そのほかいろいろあるのですが、主人でさえ、すぐ忘れてしまう、私の苦労ですから、皆様にも、詳細をお伝えしないで置きましょう。きれいなみなとみらいの朝を見て、その、同じ日深夜に、猫が玄関で、頭から、転げ落ちるほど、私を歓迎してくれたのですから。
  2011年10月29日の早朝に初稿を書いて、今、夜の8時に、推敲を終える。
             雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

追記; 10月は10日に秋葉原、27日に桜木町の、ワシントンホテルに泊まったわけですが、それは、別に遊覧オンリーというわけでもないのです。ただ、28日という澄みきった空のもと、朝のみなとみらいや、ベイブリッジを見渡したのは、一種の観光気分です。19階からでしたので、よく見えました。秋葉原建物がリニューアルしたらしくて、最新の施設があります。が、桜木町の方の魅力は、この景色です。ヴィデオのアップロードが、できるようになったら、それも、アップロードします。

 
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オルフェーヴルが、思い出させたヤエノムテキと、その、現在の幸せな様子○

2011-10-26 15:51:26 | Weblog
 昨日の文章が、まだ、出来上がっておりません。それを、本日午後零時から、追加を書くといいながら、午後二時まで寝ていました。朝五時に寝たから、これでも、九時間ですが、途中で、電話で起こされていますので、その間を抜かせば、八時間です。

 こんなに、まとめて寝られたことは、3.11以来、ありません。

 で、なぜだろうと、今、考えています。

副題1、『ヤエノムテキは、まだ、無事に生きていた』
副題2、『日本競馬の、もっとも健全な方向を示す。ヤエノムテキの幸せな晩年』
副題3、『社台の栄光は、オルフェーヴルを生んだが、競馬界は、貧弱化した?』
副題4、『2チャンネルが、ヤエノムテキに関しては、読めないぞ』

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副題1、『ヤエノムテキは、まだ、無事に生きていた』

 何かに、安心をしたからでしょう。ほっと、しているから、これだけ、まとまって眠ることができたのです。睡眠導入剤は、ヤエノムテキです。

 昨日、2011年、10月25日、生涯に、初めて、ヤエノムテキを、グーグルで検索をしてみました。

 今年の、三冠馬、オルフェーヴルを、見ていると、周辺を取り巻く環境こそは、まったく異なるものの、馬そのものがそっくりなのです。ヤエノムテキは、代理種牡馬(血統は申し分ないのだが、本人は、勝利を挙げられなかった、馬)のヤマニンスキーの子供ですが、父方の祖先をさかのぼると、数代にわたって、ダービー馬を出している血統だそうです。荻野調教師は、そこに、何らかの、ヒントを感じて、生産(種付け、時点から)かかわってきた馬だそうです。

 そして、母は、小さな個人牧場の、大切な血統で、なんら、勝利を挙げていないながら、大切に飼われ続けていた馬なのです。そして、ヤエノムテキは、小さいころからやんちゃで、ほかの馬をいじめて、困ったそうです。これは、人間の世界でも、ボクシングや、野球で、勝ちあがってくる大選手にはよく見られる傾向です。

 また、荻野師の息子さんが、マスコミにねたを提供する人で、ヤエノムテキは栗東で、シヨノロマンという牝馬に惚れている・・・・・と流したものですから、ヤエノムテキの印象はさらに強まったのです。23年後の今でも、それは、生きていました。

 それでも、G1という、賞金が一億近い大レースは、二回しか勝っていません。また、1980年代は、日本が豊かであり、それこそ、社台で、輸入種牡馬を、次から次へと導入していたころですから、この程度の成績では、種牡馬として、使われにくいのです。が、ありがたいことに、数年は種牡馬として、使われていて、しかも、その種牡馬センターで、今もケイヨウされて、立派に生きていました。

 現役時代とほとんど、変わらない姿です。

 彼が、生きているのは、ヤエノムテキ会というファン組織があるかららしいのです。そちらが、えさ代とか、世話をしてもらう費用を出していると思われます。それに、更新のある彼専門の、ブログさえありました。なんと恵まれていることか?

 そして、皆様、昨夜は睡眠導入剤になった彼の、事跡を、次の日の、26日、午後中追いかけていたのです。
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副題2、『日本競馬の、もっとも健全な方向を示す。ヤエノムテキの幸せな晩年』

 ヤエノムテキに関して、ほかの人が、書いた文章を読み、自分の当時の知識を、重ね合わせると、彼が、とても、個性的な馬であったことも、わかり、そこにもロマンがありますが、また、生産のめんでも、ロマンがあったのです。農業の一種としての、サラブレッドの生産の面でも、健全な道を歩んだ馬であることがわかりました。小さな牧場で生まれた、びっくりするような出世馬だったのです。が、その影に、馬を大切にして、容易には、殺さない律儀な家族の姿がありました。また、上に言ったような調教師の、血統に対する夢も実りましたね。

  彼が活躍した時代は、日本競馬が、最も、人気が高く、お金も集まり、人材も集まった時代であり、また、スターホースも、数々、生まれました。
 一般社会でも、有名になった馬はオグリキャップで、この馬はハイセイコーと並んで、日本現代史の中で、社会現象としてまでも、有名になった馬です。

 が、同時期にはサクラチヨノオー(府中で、ビジネスを展開している、全演植という人の、馬で、今は新和牧場で、生き続けています)、
 イナリワン(今は、茨城県の、乗馬クラブで生き続けている。性格が馬術に向いているのでしょう)

 2010年に、オグリに引き続いて死んでしまったスーパークリークなどの、名馬とは、違って、今でも、健康で、元気に、日高スタリオンステーションで、生き続けているのです。

 この牧場は、どうも、野菜で言えば、農協にあたる感じらしいのです。社台やメジロ牧場などの、都会派で、大規模な資本を投じた人が作った牧場ではなくて、一般の(農家の一変形としての)生産者が、寄り集まって、作り上げた施設のような気がするのです。そして、ここで、ケイヨウをされている馬は、シンジケートというものを組んで、種牡馬として提供をされています。

 で、ここに、その時代の有名な馬で、生産者が、大資本と関係のない馬が集まっているのです。で、オグリキャップもスーパークリークもケイヨウされていたのです。が、2010年の夏に、その二頭は死亡しました。で、同世代の馬で健全な形で残っているのは、ヤエノムテキだけになったのです。

 上で詳述をしたように、イナリワンも、サクラチヨノオーも、生き残っていますが、
 誰もが会いたいときに会える形で、生き残っている馬は、ヤエノムテキだけなのです。そして、いまだに見学者たちに、とても人気があるらしい。

 これは、人間がどう生きるべきかの、道を示す際にも大きな示唆を与えてくれると思うのです。多くの人間にとって、人生において、勝ちっぱなしの人生などありえません。どこかで、負けることもあります。ができれば、長生きをして、・・・・・
 いや、長生きしたくなくても、自殺をしない限り、老年という時期を過ごさないといけません。そこで、誰の援助を受けるか、どういうお金で生きるか、大変な課題が残っています。

 競馬に使われるサラブレッドも、その中の大多数は、若いうち、または、競馬場で、二年間ぐらい走った後に、トサツ(殺されて、肉となる・・・・・それは、ペットフードの原料として、使われるケースもあるでしょう。動物園のえさとしても)をされる運命にあるのです。

 が、これ以上はない、幸せな形で、老後を送ることのできるヤエノムテキとの差はどこにあるのか?
それは、いろいろな人の思いを集めているからでしょう。生産者、調教サイド、馬主、騎手、ファン、それぞれが、この馬のいいところを知っていて、愛情をこめて見守ってきた。そういう結果のような気がします。これは、すべての現象に通じるとは限らないけれど、ひとつの真実でもあると思うのです。

 テレビや、新聞で、盛り上げられる、形での名誉というものもあります。その典型は、今は13億円の収入があるといわれ、全テレビ局制覇といわれている、ビートたけし氏です。特に、彼もその典型ですが、例の国際的軍産共同体に結びついてい手、そこからの支援を受けると、何の苦労もなく、富と名誉を追求し、その街道を突っ走ることができます。そのまま、文化功労者、文化勲章まで、行くのではないかと思うほどです。
 そして、収入や知名度として、びーとたけし、もとい、世界の北野武監督の、その次に位置する文化人は、大勢います。

 で、彼らは、道徳観として、勝つこと、勝ち組になることを正しいとしています。弱いものをからかい、軽蔑し、テレビ画面のこちら側にいる視聴者(=特権のないものたち)をいじる(いじめる)を、笑いの源泉としています。
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副題3、『社台の栄光は、オルフェーヴルを生んだが、競馬界は、貧弱化した?』

 競馬とは、大金持ちのスポーツだと言ってしまえばそのとおりなのです。そして、馬券を買う庶民を、利用しながら、大金持ちが、快感を得るスポーツといってしまえばそのとおりです。

 この間、放映をされた、ケネディ一族の、8回放送の中で、ロバートケネディの暗殺(もしかしたら兄の暗殺にも関与した)マフィアの映像も出てきました。すると、競馬も、庶民から、お金を吸い上げるシステムとして、利用をされていることが名言をされています。

 ただ、日本だけはそうではないと思います。でも、社台ファームが、川上から、川下まで、制覇してしまっているので、健全な、成長が止まった感じがありますよね。それは、1990年代に顕著だったでしょう。
 いまさら、資本主義がいけないのだといっても、誰も、耳を貸さないと思いますが、行き過ぎた寡占状態や、行き過ぎた、巨大化を阻止する、風土と、道徳観と、マナーが、日本のある時期にはあったと思うのですよね。それがもしかしたら、占領軍(いわゆる進駐軍)の理想主義者によって、導入されたことであっても、往時の財界人のなかには、そういう考え方を、大切なものとして、身に着け、ビジネス界に過剰な競争が、起きないように計らったムードはあると思うのです。

 が、今はそれが、一切崩れています。法律があるらしいのですが、それが、きちんと機能しているとは感じられない。

 ところで、それを、防ぐために、ニューヨークで突然に発生した、富裕層へ、反撃するデモですが、あれを、信じている私ではありません。それも、諜略だと思っています。あれが、発展して、この現在の日本を真に救う方向への、転換ができるとは毛頭思っていません。
 救う方向とは、まず、原発を、廃棄の方向へ向かうということです。廃炉までは、非常に時間がかかるのですが、これ以上は、核燃料を輸入しないという決定だけでも、早急に政府が決めてほしいというか、そうすべきなのです。だけど、それができません。

 それは、世界で一番お金持ちである、これらの産業を経営しているトップが、莫大な還元金をばら撒いていて、この日本でも、隅から隅まで、支配をされているからです。

 そして、彼らは、絶対に大衆の前には姿を現しません。ジョブズ氏や、ビルゲイツ氏は、そこには関与していない大富豪だから、マスコミに取り上げられます。が、肝心要の大富豪は、姿を表すことは、ないのです。ともかく、日本の反原発、デモも、実際には効果を上げないでしょうし、全世界に広まったといわれる、富裕層を攻撃するデモも、効果を挙げるはずはありません。

 ただ、こうして、こつこつと、「社台ファームの生産馬、と、種牡馬、と、馬主での独占はいけませんよ。それが、日本の競馬をつぶしていますよ」と声を上げることが、日本社会を改革していくと信じています。一隅しか影響を及ぼせませんが、私のような、意見を上げる人がいないからです。

 本日の午後、4時間程度、競馬に関するグーグル検索をし手、大量の文章を読みました。とても、よい文章もありました。また、オグリキャップのお葬式の、模様なども知りました。それには、200社のマスコミが詰め掛けたが、あいにくの雨であり、ファンは少なかった。鈴木淑子(フジテレビで、長らく競馬放送の司会者をしていた)さんが、司会をして、騎手と調教師の対談も会った。弔電として、四通目に、茨城県にいる、イナリワンからのものが読まれ、五通目に、同じ場所にいる、スーパークリーク、そして、6通目に同じ場所にいるヤエノムテキからのものが読み上げられ、
 お花(とても、華やかで美しいもの)は、スーパークリークと、連名で、ある方があげ、にんじんのお皿は、ヤエノムテキ占有ノブログを管理している人が、同じく、スーパークリークと連名であげたと知りました。これらは、1988年から、1991年までの競馬界を知っているものなら、わくわくするような情報です。

 が、このように、内部にいる人は、決して、社台ファームを批判できません。私も別に、批判をするわけでもないけれど、競馬にあった、面白みを、ほぼ、100%奪った存在として、社台ファームの興隆は、位置づけられると思います。
 それも、一種の批判になるのでしょう。

 ところで、こういう内部のものが、批判をできないという仕組みを利用して私への攻撃が行われていますが、先般から申し述べている、有名(?)、若手(美形)女性ライターをぶち当てられた件ですが、7月末にぶつけられた方は、美術の世界の、人物ではないのですが、この10月にぶつけられた方で、ある、藤田△彩(別の項目で、さらに、詳述の予定)さんは、美術の世界の、人間ですから、分析して、真実を書き抜くのが、とても、難しいこととなります。で、つかれきっていたのに、

 昨日、火曜日から、水曜日にかけては、8時間も寝ることができたのでした。
 ・・・ヤエノムテキが、健康で、しかも、とても、よい場所で、生きていた・・・というのが、まず、安眠の、導入剤であったと申し上げたいのです。

 そして、それを、15年ぶりぐらいに思い出させられたのが、オルフェーヴルの大活躍であったということです。

 オルフェーヴルは、ヤエノムテキとは、違って、大生産者、社台ファームの出身だし、馬主は、社台ファームが経営する、共有馬主会社のもち馬で、6000万円に達するまでの、出資金を募って、競馬界へ入ってきたサラブレッドです。
 しかも、調教師、池江泰寿氏は、同志社大学出身で、欧米でも修行をしてきたそうです。親である池江泰郎氏も三冠馬、ディープインパクトを育てた人ですから、名門中の名門厩舎であり、オルフェーヴルは、ありと、あらゆる意味で守られている馬です。しかも、幸せなことに、これまた、親が、現在は調教師である人の息子である、池添騎手が、ずっと手綱を握っていて、その信頼関係は揺るぎません。
 ヤエノムテキには騎手の変更がありました。

 だから、大いに、ヤエノムテキとは違うのですが、ただ3点、共通点がありました。やんちゃで、勝気な性格と、その美しいおばな栗毛の、馬体です。それと父親のステイゴールドにロマンがあったのです。なかなか勝てない馬だけど、通の間では人気があったというのは、ひとつのレジェンドです。ヤエノムテキにも伝説といってよいロマンがありました。オルフェーヴルは、彼本人が、将来は、何かの物語を、つむぐかもしれませんが、今は、守られていていて、あまり、個性あるエピソードはもれ伝わってはいません。が、父親の方にエピソードがいっぱいある、馬だったのです。
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副題4、『2チャンネルが、ヤエノムテキに関しては、読めないぞ』

 さて、上の、部分、5600字は、私の文章としては、導入でしかないのです。それが、昨日珍しく8時間の安眠をもたらしたのですが・・・・・

 一方で、昨日も、本日のそのデータ調べの際に、2チャンネルが読めないという事実に突き当たります。

 そこから例の、私固有の、諜略行為の分析と、日本政治への分析に入るのですが、最近では、いつも、尻切れトンボの形で終わっていますので、

 今回は、そちらまでは踏み込まず、ヤエノムテキと、オルフェーヴルに関する思い出話で終わらせておいていただきたいと存じます。あとで、誤変換を直したら、署名を入れますが、

 ここで、終わりとさせていただきます。明日は、新たに、この続きを書くか、昨日途中になっているものを、書き続けて、新たにアップするかのどちらかに取り組みます。では。ここで。

 なお、最後まで書きぬけませんでしたので、タイトルを変えておきます。それは、お許しください。
また、最近は政治のことだけを書き続けてきています。それゆえに、それを好む読者がついてくださっていると感じますが、本日は後半を抜かしたので、オルフェーヴルと、ヤエノムテキのファンが読んでくださるかも知れません。となると、
 タイトルの横につける△印が、推敲のあとという、ルールもご存じなくて、それを怪訝に思われる方もあるといけないので、三角を丸に変えさせていただきます。

   2011年、10月26日に初稿を上げ、27日の早朝に、完成させる。雨宮舜(本名、川崎千恵子)
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オルフェーヴル、社台、レナウン、NHK(?)

2011-10-25 21:28:44 | Weblog


副題1、『続、オルフェーヴル』

 連続して、お読みいただいている方には、「ちょっと、はずして逃げたのではないの?」と言われそうです。決してそうではなくて、昔の文章を推敲するという形で、相変わらずの、戦いをしておりました。で、敵様も一瞬の、休みもなく、攻撃をしてくださっておられます。

 でも、そんな日に、一瞬のように、すっと現れた美しいもの、オルフェーヴル、日曜日の午後三時以前には、まったく情報を持たなかったものなのに、急に目の前に現れ、その姿により、私が、人生で、唯一、彫れたサラブレッド、ヤエノムテキを、想起させた、美しいもの。

 それが、どんな、迷いも、懸念もなく、堂々と勝ったのですから、京都競馬場にいた、6万8千人の人、および、全国で、テレビ画面を見ている人とともに、喜びました。

 すっきりという言葉は、この瞬間のためにあったと思い、次の日に、コンビニで、4誌もスポーツ新聞を買ってきたのです。が、ほとんど満足すべき、情報はありません。競馬情報って、レースよりも前が、大事なのでしょうね。しいて、言えば、サンスポが、充実していました。で、日曜日のNHKの一時間の中継では判らなかったことで、新たにわかったことをいえば、

 池江調教師の、父は、同じく三冠馬であったディープインパクトの、調教師であり、息子さんのほうは、騎手等の、現場での経験は少ないが、同志社大学を卒業していて、凱旋門賞へ、挑戦することが夢であるとのこと。
 池添騎手の父も調教師であり、普段は別の厩舎に所属していること。
 荒い性格の馬を、乗りこなすのが、上手なので、依頼をされたとのこと。
 生産牧場が、社台の、白老ファームというところであること。
 馬主は、社台の、会員制共有馬主であること、会員権は、6000万円を共有したこと。
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副題2、『NHKって、特殊なえこひいきをするのだ』

 さて、新聞では、ほとんど満足をできなかった私は、NHKの番組紹介の宣伝で、月曜日の、10時55分から、アスリートの魂という番組があり、そこで、池添旗手が、主役になると知りました。

 でも、実は私はその番組が嫌いでした。大体主役のアスリートは、何らかの大会で、勝利することが求められていて、それだけでも、プレッシャーがあるのに、さらに追い討ちをかけるようなカメラの追跡。パンとサーカスという言葉がありますが、それに輪をかけた、いじめに近い番組であると感じています。
 が、今回だけは、それが、なかったのです。

 とても、感じがよかったのです。なぜかと、その原因を探っていく私です。
 そこに、池添旗手に対する、ひいきというか、なにかが感じられるのです。とても、大切にしてあげようという思いが見られる。それが何なのか?
 で、これからは、それを、探っ行きたいと思います。というのも、NHKって、大相撲を苛め抜きましたね。二回も、場所を、中継しなかったし。それと、比較すると、抜群の、大切な扱い方です。

 皆様に聞きたいのですが、そもそも、この番組って、月曜日の放映でしたでしょうか? それと、30分でしたか? 私数年ぶりに見たので、何も判らないのですが、次の週は、アスリートの見聞(研究)ではありませんでした。だから、挿入的に入れこめられたのです。

 菊花賞を勝ったのが、三冠目だったので、大きな成果であるから、突然に、ここで、入れ込めるとなった?

 別にいいんですよ。日本全国で、大勢の人が楽しみにしていて、それを、視聴し、視聴率が高かったら、それでいいのです。融通無碍で、テレビ局らしくて、生き生きしていて、NHKらしくもないし、よかった。よかったで、ここで、終わらせましょうか?

 特に、池添謙一、旗手に、いやみなところが一切ないので、そのまま見逃すべきですね。
 しかし、私は、とんでもない、いやみなしかも、不実で、攻撃的な番組の存在を覚えているのです。日曜日の、夜のくじからの、ドキュメンタリー番組で、二代目お父さん(こどもにゅーす)の鎌田さんが、総合的コメントを
 入れるものです。それが、杉並区の、空き家特集を唱えた、一見すると、社会問題みたいなものですが、内実の本当の目的は、ある弱い女性画家を、槍玉に挙げるだけの、ひどい番組だったのです。今は精神病院に入っているといわれる、女性画家の、家だけを問題にして、集中的にそれを、映し出すことが目的の番組でした。それに比べると、正反対です。

 その理由ですが、社台という大組織が、このオルフェーヴル付随しているからではないかしら?
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副題3、『社台という、大組織、・・・・・それは、今は、一人勝ちなのかな?』

 池添旗手は、すばらしい青年です。見事に特殊な馬の性格、(やんちゃで、闘争心が強くて、コントロールが難しい)を馴致していくのですから、その番組は見ていて、本当に気持ちがよかったのです。

 しかし、私が1988年、オルフェーヴルと、馬体や、性格が酷似していて、一気にほれ込んだ、ヤエノムテキの時代と、今の競馬界を取り巻く環境は激変しているのではないでしょうか?

 つまり、第一位企業の一人勝ちが、ここでも起きているのです。自動車会社では、トヨタの、一人がちの趣がありました。昨年かな、アメリカで、ブレーキの問題で、あれこれ、ごたごたがありましたが、奥田会長が、率いていたころのトヨタの勢いったら、たとえようも、ありませんでした。でも、車を作る社会は、まだ、日産があって、本田があります。
 また、配達業でも、郵便局、クロネコ、佐川、と、数社あります。
 流通業でも、イトウヨーカ堂、イオン、西武、と、数社あります。

 だけど、競馬界では、メジロという大手も閉鎖されたらしいのです。で、社台という大企業が一人勝ちらしいのです。

 私が、一気に競馬に目覚めた、1980年代の終わりごろは吉田善弥という人が、大物紳士として有名でした。大金をかけて輸入した種牡馬が、あたっていたのです。そして、頭脳も、優れていて、経営感覚にも優れていて、勝つ、息子さんが三人もあり、非常に大規模な経営に持っていったのです。

 そのことに文句をつけるわけには行きません。資本主義社会なのですから。それに子孫(お孫さんたち)が、大金持ちにかかわらず、しっかりしているのでしょう。
 だけど、ちょっとNHKに、文句をつけたくもあるのです。

 『あなたがたって、大変なレベルで、ひいき矢、差別をする集団ですね。ちょっと、偉い人には、とても、気を使うのですね』と。

 でも、普通の人を大切にしないと、ギリシャみたいに、国がなっていくのではないかしら。あの国では、オナシス氏という大金持ちがいて、なんだか、しっかりした国のように見えていました。

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副題三、『三代目は、ぼんくらかな?』

 トヨタの現在の社長は、佐吉翁から見れば、4代目なのでしょう。社台の、現在の経営者は、吉田善弥社長の、孫世代に移っていると思います。

 ただ、これは、なぞ中のなぞなのですが、千葉県には、皇室の御用牧場があったのです。社台牧場の創設は、その御用牧場の払い下げだったりして。いえ、これは、別に犯罪でもなんでもないのです。ただ、運がよかったということだし、私の想像、そのものが間違っているかもしれません。

 ただ、北海道の農家風の、ヤエノムテキを生産し育てた牧場などとはまったく違った、生活態度と考え方ですから、戦前から皇室に関係があり、それを、誇りのよすがとして、発達した会社ではないかと思ったわけです。

 ところで、吉田家でも、善弥氏は二代目だそうです。ですから、オルフェーヴルを抱えて、凱旋門賞へ、挑む、吉田、なにがし氏は、吉田家四代目ですね。

 ところで、大王製紙で、多額のお金を使ったと去れる坊ちゃんは何代目だったのだろうか?

 そして、レナウンが、40億円で、中国企業と合併、(事実上買割れてしまったも同然)したのをけってしたのは、雇われ社長ですか?
 それとも、創業者一族の社長ですか? 三代目とか、四代目ですか?

  さて、私は、ここで、非常に疲れてしまいました。書く勢いがなくなってしまいました。恐れ入りますが、12時間以上やすませてくださいませ。

 NHKへの、疑問を続けます。

 日曜日のレナウンの番組もNHKは、何を伝えたかったのでしょうか、中国への批判?

 なぜか、判らないことがいっぱいです。それを、どう、書き表していくか、難しいです。ちょっと、お時間をください。
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 三冠馬、オルフェーヴル 

2011-10-23 16:07:58 | Weblog

副題1、『人気として、第二位が好きなのでした。だから、ヤエノムテキ』

 先ほど、何気なく、テレビをつけておりました。これは、録画番組をながら視聴をするための前哨戦です。というか、準備の段階です。

 テレビを暖めて、それから、リモコンを操作して、前日までに録画をしていた番組のうちの、現在の気分と暇さ加減にあわせて、つけて、消化していきます。

 まず、録画の段階で、選択をして、その次に録画の番組をどんな順番で見るかで、二度目の選択をします。しかし、今日は、画面が美しく、ふと、現在放映中の番組を見てみることにしました。それは、NHKアーカイブスでしたが、それについては、後で、述べます。

 で、その芭蕉の番組を、考えているうちに、なんと、画面は、菊花賞と告げています。私は午後は、ほとんどテレビをつけていないのですが、

 劇的な形で、二度ほど、競馬中継に、驚かされたことがあります。

 両方とも見る気持ちが事前には全くなかったのに、偶然見て、その美しさとかドラマ性に打たれたことが大きな記憶に残っているのです。

 一つ目は、1988年のヤエノムテキの皐月賞です。晴天の日の午後で、どうしてか、誰も家の中におらず、私は、相当に集中して、レースを見つめました。勝った西浦騎手のうれしそうな顔と、誇らしげに片手をあげた、すてきなスタイルの美しさにも打たれましたが、なによりも、馬、その物、の美しさに打たれました。

 ヤエノムテキは、相当なドラマを含んでいる馬でした。ちいさな家族経営の牧場で生まれ、それほど、有名な人ではない馬主さんに、保持され、そして、栗東のそれほど、有名な厩舎ではないところに、キープされていました。

 同時期の大スターオグリキャップもおなじように、草の根育ちでした。たしか地方競馬から、参入してきたのだったかな? 圧倒的な人気でした。が、巨人・大鵬・卵焼きの、反対で、阪神びいきな私は、二番人気が、好きなのです。

 これは、中学時代に、中勘助の堤婆達多を読んだ時以来でしょう。主役のシッタルダ王子(のちのお釈迦さま)の影というか、反対者というか、鏡というか、対立するものとして、圧倒的な魅力を、感じました。

 今はね。大鵬は引退しているし、巨人は弱くなってしまっています。ですから、三つのスターを集めた上の熟語は意味を失っています。が、皆さんも、オグリキャップの名前は覚えていらっしゃるでしょう。競馬に興味のない方でもね。最近、オグリキャップは死にました。

 でも、ヤエノムテキを、いっぺんで好きになったのは、その美しさでした。

 今回、三冠馬になったオルフェーヴルも鼻筋に白い毛があります。これが流星という名前で呼ばれます。そして、一本の足、後ろの右足だけが白いですね。これが四本白いと、四白流星と呼ばれ、まさに、ヤエノムテキがそうでした。特に体が明るい茶色である栗毛だと、その対比の美しさが際立ちます。
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副題2,『美しくて、やんちゃな、オルフェーヴルは、ヤエノムテキを思わせる』

 今日初めて知ったオルフェーヴルは、日本でもっとも、有名な共有馬主会社の持ち馬です。そして、たぶん、生産牧場も有名なところでしょう。池江調教師は二代目だし。だから、周りは一流ばかりです。

 そして、馬体は、ヤエノムテキより優美です。なんとも、優美です。より細いようですが、いわゆるとも(太もも)とか、腰回りは、優雅に丸く太く、肩の周りも丸く太く、でも、馬体の幅は狭いようで、ともかく、優雅です。

 ただ、たてがみと、しっぽが、栗毛の馬体よりやや柔らかい色目で、金髪のように見えます。

 解説者たちもべた褒めでしたが、騎手との折り合いもすばらしく、最後のコーナーあとで、むちが入ると、ぱっと、スピードが上がり、たちまちに、他馬を引き離しました。

 そして、ゴール後なのですが、どうも、興奮しきった模様で、カーブもせず、突っ走り、制御しようとした騎手を振り落としました。池添騎手には幸いにけがはなく、ぐっと手綱を押さえて、しばし、フリーズ状態でした。NHKの解説者たちは、感無量なのでしょう。と、感動のあまり池添さんが、泣いていると想像した模様ですが、

 真相はわかりません。

 ただ、私は馬の身になって、『あの大観衆の中で、勝つ』と言うことの意味を、きっと彼はわかっているのだろうなあと思い、馬の全身全霊をかけた、パフォーマンスと、その後での、馬自身の、興奮を、感じたのです。

 それに、惚れそうです。猫でも、馬でも個性があると思いますが、やんちゃで、人間をからかっているように見える個体は魅力的です。

 さて、少し落ち着いて、検量のために、戻ってきて、調教助手ほかに、手綱を取られるときでしたが、その優美な馬体には、似合わないほどの、強さと怖さで、白目をむいているのです。それにも惚れました。非常に勝ち気なんですね。 しかも、白目のところが一部、充血していて、怖い目です。それが、6万人の観衆の気持ちを背負って勝つという、すごさを、背負った、馬の目なのでしょう。頭がいい。すごくよさそう。

 そういう馬と、一緒に、レースへの向かい方を教えていった騎手と、調教師さんは、大変だったけれど、うれしいでしょう。難しくて、頭のいい馬ほど、鍛えがいがあるはずです。

 私は、1988年、春にヤエノムテキの美に目覚めてから、二年ほど追いかけ続けて、馬主さんから、グッズをもらうほどと、私は、なりました。全部テレビ観戦ですが、

 パドックにいるときから、今日は勝つか、負けるかが、わかるようにまでなったのです。
それを、『宝塚記念のときは、ここがああしてこうしたからどうとか、こう』とか書いて、荻野厩舎に手紙で知らせたら、本当に驚かれました。勘が鋭いというのは、その頃、も、だったのです。いや、今より鋭かったかも。パソコンをやっていない時代だから、その鋭さを誰にも見せなかったけれど。

 オルフェーヴルに対しては、ヤエノムテキのときほどの、追いかけをするとも思えません。すべてが一流だと、例の、巨人・大鵬・卵焼きと、同じで、同情する余地がないと思われます。と、言うか、自分なんかが応援しても、何も、そして、誰にも感謝されないという思いがあります。

 デモ、凱旋門賞などは応援すると思いますが、一ヶ月前ぐらいに、渡欧しておいてほしいですね。馬だって、時差は感じると思う。

   では、今日はこれで、
   2011年10月23日   雨宮舜(本名川崎千恵子)
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若手人気ライター(いちばゆみ、藤田千彩、開発ちえ)を、敵対者としてぶつけられる話

2011-10-22 22:58:03 | Weblog
 今、ゴッホの新・他殺説が、巷間で、取りざたされています。これが、どうも、私を狙ったモノで、にせものらしいので、それを、分析して行きます。 嘘に近い、ニュースを使って、フェイスブックの世界で、私を苦しめてやろうという試みは、二回目です。

副題1、『家出少年を探してくださいという大騒動』
副題2、『フェイスブック紙上での、経歴にも嘘があるかな?』
副題3、『たった、3時間でグーグルが、家出・情報を載せました。ので』

副題α。『グーグル検索内容の、急変に、対応して、あれこれ書き方も変えていく』


副題4,『村井知事の諜略者としての、役割と、井上ひさし、生存説に触れたので、
         このいち○ゆみの息子を利用するアイデアが練られたのでしょう』
副題5、『なぜ、いち○ゆみは、選ばれたのか』
副題6、『日本人、豚化の先兵としての、いち○ゆみさん』

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副題1、『家出少年を探してくださいという大騒動』

 前回は、いちばゆ○という女性ライターの息子さんが家出をしたというニュースで、引っかけられそうになりました。それは、その人の実名を出すと、息子(苗字が母と息子さんとはお互いに違う)さんが気の毒だから、そこを攻めて、一気にたたいてやろうという企みだったと思います。
 ただ、私はすぐそれが、読めますので、名前は母も息子も、当時はいっさい、あげませんでした。そして、家出した息子の顔写真を大々的に三つもインターネット上で公開している彼女の母としての姿勢を批判しています。
 ところで、彼女は継子を含むお子さんが4人もいるそうです。あの時、道具として使われた坊ちゃんが、苗字が違いましたからそのまま子の方だったら、非常に恐ろしい人です。ただ、私の判断では、実子を使ったでしょう。息子さんと苗字が違うのは、いち○の方がペンネーム(結婚によって、戸籍名が変わったりしても、引き続き前の名前を使うのはよくあることです。
 だが、この7月に19歳という思春期の真っ最中の息子さんが家出をしたのにもかかわらず、この現在の10月に、ツィッターで、明るい話題を軽々と述べるのなどモンスターです。キャスケットをかぶって、オノヨーコばりの大きなメガネをかけたアイコンが使われていますが、

 本当に息子さんが家出をしたのなら、それが、実子であれ、継子であれ、家族が批判をするはずです。旦那さんの連れ子としての継子なら、旦那さんが批判をするはずですし、実子でも、他の兄弟が、母を批判をするはずです。

 子供が家出をするというのは、何かが家庭で、かけていて、早急に改善しないとだめなのです。が、無反省にもツィッターの世界で、ちゃらちゃらしている。し続けている・・・・・ということは、性格異常だといえます。

 が、あの家出が、私をひっかけて、ライターとして、つぶしてやろうという目論見でしかなくて、(というのはフェイスブック上でしかその情報は流されなかったといわれています。彼女の主戦場である、ツィッターの世界では、その情報が流されなかったので、彼女が、それほどの、欠点を持つ女性だとは、今、彼女をフォローしている、何百人かの読者は、知らないというわけです。・・・・・で、彼女は自分自身の安全性を過信しています)・・・・・

 嘘をついたのだとしたら、それも、また、嫌悪感を持ちます。おお嘘つきのくせに、軽い楽しいお話を書き続ける、人気ライターとしてふるまっているのだとしたら、大いなる嫌悪感を抱きます。
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副題2、『フェイスブック紙上での、経歴にも嘘があるかな?』

 さて、それほどの、大悪人なのに、平気で、ツィッターの世界で活躍し続けていると、初稿として書いていました。そして、2011年、10月18日の時点では、ホーム頁も、表紙はあるものの中身を見ることもできず、フェイスブックも、お子さんの、家出情報を流したにもかかわらず、情報が開示されていませんでした。それは、グーグル検索の世界でですが・・・・・
 でも、今、ゴッホ関連の文章から、一部を移動して、より、メッセージをはっきりさせるために、新、原稿を、起して、文章を書き始めたところ、なんと、フェイスブック上のデータが突然に表れました。友達のリクエストは制限しているそうですが、経歴欄が充実しています。つまり、現代のマスコミ社会に十分に乗っているというわけです。

 1966年生まれだそうですから、例の家出をしたお子さんは、31歳の時の子供です。これは、実子としては、あり得ます。二人目の子どもだったら、十分に、妊娠する年齢です。私なんて、二人目はそうですし、彼女は、私より、30歳は若いので、出産年齢が高齢化していますから、実子であることは相当に真実に近くなりました。
 この件は、2011年10月22日、朝、6時34分着のグーブログ用メールのお知らせで、ご本にんのご子息であるとのお知らせをいただきました。

 ところで、顔写真の様子から、それが、ご本人の実子であろうとは、わたくしもこの文章の初稿の段階でも、最後の方でも述べています。
 それで、問題は、この情報が急に(2010年10月21日の時点に)ここで、グーグルの検索で、展開開示されたこと自体を、私は不思議に思い、どういう意味があるのかを今、考えている途中です。

 で、ここで、学歴に対する、疑問、を述べております。詐称ではなくて、次の段階(短大とか、大学出身)を、比しているのではないかと、言う疑問です。本日 ご本人から、学歴は、これが正しくて、高卒であるとの連絡が来ました。と言うことは、非常に優秀であると言うことを感じます。それは、脱帽をしないといけないですね。
 フランスへ行くことができたり、最近のお金を稼ぐ仕事として、パソコン関連の技術書の出版が多いので、それは、すごいですね。
 
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副題3,『たった、3時間でグーグルが、家出・情報を載せました。ので』

 私は、最近、本名をさらすことには、一切、恐れを感じていないのですが、この7月下旬時点では、名前を挙げることで、たたかれるという恐れがあったので、控えていて、今も、この文章のタイトルで、それを、押さえています。一字だけ、伏せ字にしています。
   しかし、書き始めて4時間で伏せ字を取りましたけれど・・・・・

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副題α。『グーグル検索内容の、急変に、対応して、あれこれ書き方も変えていく』

 さて、私の文章は最近では、どんなことを書いても、政治に直結しています。この一文も、ある人気ライターの足を引っ張ったり、けんかすることが目的ではなく、彼女が道具として使われ、祖によって、政治が、どのように、変化をしたかを書くことが目的なので、彼女は一種の記号でしかないのです。彼女をライターAとして、次に取り上げる藤田△彩さんを、ライターBとして書いてもかまわないのです。

 が、それでは、このブログの読者が、混乱されるでしょう。で、記号としても、よりわかりやすい特徴を書き表します。
 だから、21日の金曜日の午後4時に、仮名というか、記号として表していた、いち○ゆみさんを、夜の八時には、いったん、本名に直し、さらに、次の日の、22日の土曜日には、もう一度仮名に直しています。

 どうしてそういう推移にしたかというと、昨日の段階では、グーグルジャパンの検索機能が、くるくると、急変したのです。いち○ゆみと、藤田△彩の情報が、きゅうに多量に出回ったのです。
 それが、どうして起きたかですが、この一文は、19日にアップしたモノの第一部を拡大敷衍したモノですから、原文は、19日に、すでに、国際的、軍産共同体の、知るところでありました。彼らは、私の過去の文章、および、自分たちの過去の、行動を分析していますから、これから先、私が何を書くつもりかを、予測できるのです。

 いつも、彼らのことを幼稚だ。幼稚だと、言い続けてきましたが、最近では、この自分たちが過去、何をやってきているかを、検討する姿が、少し見られはじめてきたので、少し、頭がよくなってきたかなとは、思います。まあ、それは、スピンオフの言葉で、元に戻れば、
 19日から、急ぎ、防衛的、攻撃の準備をしたと思われます。

 それが、21日のグーグル検索条項として、大量に、いち○ゆみと、藤田△彩の条項が、私の自宅のパソコンで読めるようになったのです。

 それを、どう考えるかですが、私は、以下のように考えました。彼らは、こういう鉄砲玉を、雨宮舜(=川崎千恵子)より上の存在として、対象社会に印象づけて、それによって、魔かしてやって、たたきつぶそうとしていると見なしました。

 私はともかくのこととして、微妙な策略というのには、振り回されたくは、無いのです。で、振り回されてはいませんよと、言う一つのサイン(宛先は、私のパソコンをひたすら監視している、国際的軍産共同体ですが、)として、一時期実名を使ったのでした。

 今、もう一度仮名に戻しているのは、それは、それで、意味があるのですが、まだ、その意味については、本日は、グーグルの検索も、フェイスブックの検討も、それから、ウエブサイトの検討も、一切しておりませんので、ここでは、明かすことができません。
 政治的文章とは、常に、弾圧を受けていますので、なかなか、本音が言えません。いつも、これでも、35%ぐらいしか書いていませんよというのは、嘘ではないのです。

△*:*△*:*△*:*△*:*△*:*△*:*△
 で、飾り罫線以内の、挿入から、初稿段階の文章へとつなぎます。
、グーグルの検索が、18日の時点では、一切あげていなかった、この人への情報を大量にあげるようになり、かつ、その家で少年の記事まであげました。

 そのURLは、http://zero-1office.jugem.jp/?eid=91 で、ブログの総タイトルを、
王様は裸だ!と、叫び続ける~続・劇団『1/0計画」のたわごと~

 で、章の固有タイトルは、(拡散希望)知人でライターのいち○ゆみさんの息子さんが行方不明  となっています。でね、その一文は、ブログ著者の感想は一切入っておらず、いち○さんの原文のようですから、ここにコピーアンドペーストで、△罫線以下に、おいておきます。それは、この私の一文にとっては、別にどうでもいいものなのですが、情報がくるくる変わるので一種の証拠として挙げさせていただきます。そして、そのあとの展開が皆様にお読みいただきたいことです。よろしく。
△△△△△△△△△△△△

2011.07.31 Sunday
JUGEMテーマ:事件・事故

【緊急】息子を探してください!
大学生の長男が、7/25(月)の夕方より行方不明になっています。
当日の日中に家を出たと思われ、夕方16時頃に「遅くなるので晩ごはん要らない」というメールが私の携帯に届いた後、音信不通になっています。
携帯電話は電波は入っていますが、留守番電話状態。
本人が家を出た時乗って出たと思われる自転車が最寄り駅(JR横浜線鴨居駅)近隣から見つかりました。7/25に鴨居駅を利用してして出かけたものと思われます。
今年4月に入学したばかりの大学(横浜市立大学)には、6月下旬を最後に出席しておらず、辞めたがっていたことが行方不明になった後判明しました。
そのことで思いつめて、もしものことが…との危険性もあることから、警察には特異家出人として届け出済みですが、有力な手掛かりがつかめておりません。

 ここまでが、その拡散願いの原文で、いち○さんの書いた原文でしょう。お母(=いち○ゆみ)さんご自身は、それを、発見と同時に、八月に、取り下げたとおっしゃいますが、私が、コピペしたのは、昨日、2011年10月21日です。警察等、しかるべき筋にお願いをなさったそうですが、全部は消えていないのです。昨日コピペしたわけですから。、
△△△△△△△△△△△△

 ここに、写真も載っています。それは、テキスト形式に直した場合は移動はできません。が、原文でそれを見ると、顔の輪郭や眼の様子が。お母さんととても似ています。となると、フェイクの家出事件に、道具として利用をしたのは、実の息子さんだったということとなります。
(上の、一節は、21日に書いたのです。私は、実子であることは最初か知っていました。)

 敵側はだましてやろうと設定してきたのですが、私はだまされず、このブログの世界で、7月31日、付けで、『政治的な罠だったかな・・・家出少年の捜索願い・・・』と書き表しています。
 今、その事件から、三ヶ月も経っていないのに、いち○ゆみさんが、ちゃらちゃらと、ツィッターの世界で活躍を続けていたことを知り、やはり、あれは、嘘だったと感じています。
 (22日に書き添えます。実際に家出をなさったそうです。一週間は、行方がつかめなかったそうです。が、家出、そのものが、ご家族全員で、納得をしておられた一種のためにする行動だったのではないかといっているのです。
 普通はここまで、後追いで、ちぇっくしないのですが、またまた、利用されたライター藤田△彩さんが、出てきたので、ふと、振り返ってみると、簡単に見過ごせない存在として、いち○ゆみさんが浮かび上がってきたので、本日は、いち○ゆみさんに特化して、一文を書こうというわけです。藤田さんについては後回しにいたします。
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副題4,『村井知事の諜略社としての、役割と、井上ひさし、生存説に触れたので、
         この新たなアイデアが練られたのでしょう』

 いち○さんを個人的にいじめるつもりはないが、彼女の嘘・・・・・(もちろん、彼女個人で嘘をつく必要はないわけですから・・・・・・裏の存在による、教唆された動きだと思いますが)・・・・・と、いじましさをきちんと書き表しておかないといけないのは、すべてが政治と連動していて、そして、大きく、日本国民を、、困った方向へ、導く方向へ、彼女が役立っているから、検討して、きちんと、書き表しておかないといけないのです。

 さて、彼女の捜索願が、ツィッターでは公開をされず、フェイスブックの世界だけで公開されたのです。
つまり、彼女の主戦場は汚されなかったわけですね。もっとも、人々と大きな、勝つ大量の情報を交換している、ツィターの世界では、一切の情報が出なかったという、この点も、この家出事件そのものが、作られた現象だと私が考えるゆえんです。

それが、重要な証拠となるのですが、このフェイク(=偽物)のニュースはひとえに、私を弾圧するために、作られたのです。当時私がどういう状況にあったかというと、フェイスブックの世界で、さんざん振り回されていて、エネルギーの消耗が激しいので、いったん退会を決意した頃だったのです。私の見るところ、フェイスブックでの、文章は、長くて読みでのあるモノが少ないのです。
 で、表現する場所としては、そこが向いていないと判断しました。今でもツィッターは向いていないと判断をしています。
 もちろんのこと、やめる前に、やめるとそこで、何か、不利なことが起きるのは察知していました。それも察知しながら、それでもやめたのです。
 すると、すぐさま、グーグル検索にそれが現れたので、2週間以内の復活、可能期間に、復活をさせました。

 ちょうど、その頃、使っていたパソコンが壊されてしまっていますので、期日が特定できませんが、このいち○ゆみさんの息子さん家出の情報は、フェイスブックの世界で、私が大きなダメージを被ることを予測し、それを狙って起こされたと判断をしています。

 と、同時に、もう一つ狙いがあったのです。
 日本全国的なニュースにおいて、私があまりに、裏側を察知していて、しかも、真実を書き抜くので、早急に、たたいて、どうしても、書けないようにしてやりたいと思う手合いがいたのでした。
 それは、いまだ生存中の、井上ひさし、です。一般の人はそれを信じないと思いますが、井上ひさしは、未だ生存中であり、ひたすらに、国際的軍産共同体に役立つような案を練ると言う行動をしています。

 今回のゴッホの、新、他殺説も、彼が、過去の、私の文章を詳細に検討して、その中から、できがよくて読者に訴えるモノを、選び出し、それが、無効になる様に狙って、作り上げたフェイクのニュースでしょう。

 ゴッホの方の主原因は未だ、世間に私は公表しておりませんが、三ヶ月前の『いち○ゆみさんの息子さんの家出』というニュースを使って敵が、つぶしたかった文章は、
 
私が、今年の7月、11日付で書いた、
 宮城県知事と、お金(学費免除+月給・・・・復興事業のリベート?)です。

 これを、国際的軍産共同体は徹底的に、恐れたのです。

 その頃、日本全国的には、どういうニュースが流れていたかというと、管首相を辞めさせようという動きです。そして、その辞任の引き金を引いたのが、たった、一週間しか在任期間が無かった、松本龍復興相の辞任です。
 そして、それが、悪しき先例となって、鉢呂経済産業相
 が、鉢呂氏も、そうであったように、永田町の住人であって、しかも、少しでも、反原発の傾向を持っている人間は、圧倒的なレベルで、いじめられるのです。

 このいじめられるという言葉は、子供っぽいですが、まさしく、そういう方法で、今の弾圧は行われます。真っ正直でシンプルな形で行っては、ばれてしまいやすく、従って、国民の怒りが盛り上がりやすいとみられています。国民が怒ったり、真実に目覚めたりすることはもっとも、防がなければならないことだと見なされています。
 ですから、とても、間接的な形であり、いじめという形で行われます。

 この際は、村井知事が、松本大臣を迎える際、わざと彼が怒るように、失礼な態度を取ったあげく、ソファーの陰に隠してあったカメラで、高飛車に聞こえる、叱責の言葉を放つ姿を、隠し撮りをした。・・・・・そして、それを、辞任の大衆的、炎が、起き立つようにNHKほかが利用をしたと、書いています。

 しかも、と、同時に、井上ゆり未亡人(私は、未亡人ではないと思っています。夫は生きています)が、8000点の遺品を仙台市に、寄付したと言うニュースも流され、それゆえに、『なるほど、なるほど、』と合点が行き、それを、文章に表したわけです。

 これは、井上ひさし、伊藤玄二郎、小沢一郎、成田豊、石塚雅彦、ほか、現在私を弾圧するためのアイデアを練っている連中にとっては衝撃的な文章だったでしょう。

 彼らは、『幼稚すぎる』と何度、私が言っても、反省をせず、繰り返し新たな、攻撃案を練ってきますが、大相撲、壊滅作戦が終わったと思ったら、今度は宮城県知事、および、仙台市が、極端に利用をされ始めたのです。日本国内では、これが、原発・反対者への一種の間接的、いじめでもありますが、日本人全体を巻き込む、とんでもない方向付けですから、私は、激しい嫌悪感を持っています。

 しかも、大方の日本人は、井上ひさしを、すてきな人で、自分たちと同じく、核に反対している進歩的文化人(=左翼)だと思っていますので、余計やっかいです。確かに、彼はマスコミに見せている顔はそうなっていますが、私が鎌倉に住んでいて、音によって送られてくるサイン読む彼は、全く異なった人物です。おそるべき二重性のある人物です。
 この際の音という音は、自宅で、彼がくしゃみをする音が聞こえるというわけではありません。ご近所様にわざとうるさい楽器の練習をさせたあり、わざと大声で立ち話をさせたり、八幡宮様が、普通は6回ぐらいで終わる太鼓を、40回ぐらい連続して、おうちになるとか、
 救急車が、右へ曲がりますとか、左へ曲がりますと行って通る回数で、判断できるのです。
 あのね、救急車って、そんな注意音を発しないでも、皆さんサイレンだけでよけるモノなのですよ。でも、それを、ならせば、こちらがおびえると判断しているのです。

 それらの音の発生時期と、ニュースは見事に連動している音ですが、あまりにもそれを、私が何回も書いたので、それは、使えないなと、なってきて、別野脅かしが使われるようになったのです。それの、一つが、有名ライターと、喧嘩させるという方法です。
 今、書いているケースなど、その典型です。

 で、いち○ゆみの息子家出のフェイクなニュースは、フェイスブックの会員としての私をたたくために、作られたフェイクのニュースだったのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『なぜ、いち○ゆみは、選ばれたのか』

 さて、フェイスブックというのは、その人の、紹介の部分に、大きくスペースを割いています。Wikipedia も同じですが、あそこには、ある程度以上の有名人しか載っていませんよね。しかも、他者と比べて、平均以下と思われる、ちいさい業績は書きにくい雰囲気があります。しかし、フェイスブックの方は、自分が書くのですから、自由自在です。

 で、いち○ゆみさんは、たくさん項目を経歴欄に上げておられるのです。著書が6,7冊。それから、お金を稼げた仕事がいっぱいあります。特に勤務形態が、自由時間らしい仕事がいっぱいあります。これは、主婦層には理想的な形態です。夫がいて、子供がいて、家庭があって、仕事がある。社会とつながっていて、かつ収入がある。だから、彼女の人気が高いことは認めます。

 それから、7072本のつぶやきを書いていて、今、現在519人がフォローしているそうです。総フォロワーは、966人です。これは、2011-10-21のデータ。
~~~~~~~~
 ここで、挿入的にお断りをいたします。私は二年か、三年前に、ツィッターのアカウントだけは取っています。そして、それが死なないように、ある一人(といっても、昔のクラスメート)だけはフォローしています。それも、数か月に一度だけ。
 今、自分がその世界で、何かを発言しようとは思っていません。それは、時間が足りないので。でも、こういうふうに、いち○ゆみさんが、何を書いているかを調べたいと思ったら、調べることはできるのですよ。読むことだけは可能です。それは、藤田△彩さんについても同じ。
 で、元へ戻ります。
~~~~~~~~~
 これをどう判断するかですが、一般の社会の人、特に若い人は、彼女びいきでしょうから、ここで、こんなことを書くと、
 若い人から総スカンを受けるかな。または、炎上っていいって、ここに、コメントで、『あんたは馬鹿だよ。何、威張っているんだよ』て書き込まれるかな?

 それは、全然にかまいません。批判を受けるという形であっても、お若い読者と触れ合うのは素敵ですから。それから、本音のところでいえば、

 私は不思議な形で、お金には恵まれて来ています。「あなたって、ずるい人だわ。好きなことだけやって生きて行かれるなんて、普通の人はそういう風にできないのよ」と、20歳年上の先輩(お嬢様育ちだけど、戦争未亡人になった方)から、言われてしまったほど、お金には、ぜいたくをしない程度なら、十分に恵まれて来たのです。

 だから、お金を稼ぐという能力は開花しなかったのです。が、いち○ゆみさんが、7000本以上の140文字のつぶやきをしている間に、私は、3000字から、13000字に及ぶエッセイを、8000本以上、書いています。

 パソコンは何度も外から壊されましたが、それでも、このまえ、AOLが、私の書いたエッセイメールが、8600本を超えていると教えてくれましたし。実は、1998年から、手書きコピーでエッセイを送っている相手もあるのです。実は最初の内は、しっかりしたモノは手書きの方を好んでいたのです。ですから9000本以上のエッセイを書いています。

 それに、こういうことを言うと嫌われることを承知であえてはっきりと言いますが、私の文章はとても難しいと言われるのです。どうしてかというと、あっちこっち、寄り道をするからです。「それを追跡をするのが、頭脳の働きが大量に必要だ」と言われます。それは、偏差値、70を超える大学を出た方がそうおっしゃる。そこに、大きなプライドを持っています。
 
 ただし、彼女の方にも優越点があります。それは、大変な美人だということ。水もしたたるいい女と、言う表現が当たる人だから男性にもすてきだなと思われるでしょう。しかも、それにプラスして、女性にも好まれる美貌なのです。目が大きくてお人形さんみたいでもある。

 かつ、彼女はママである。特に四人目のお子さんは、まだ、保育所に通っているらしい。子供が三人いるだけでも、相当に尊敬される現代において、4人は、驚天動地というレベルです。
 美人で主婦で母で、しかも、養子をふくめて、4人も子育てを、しているとなると、そりゃあ、勝ち組でしょ。で、雨宮舜(=川崎千恵子の絶対的、上の存在となれる)ということで、起用をされたのです。
 その7月の末の時点で、

 もし、私が彼女の本名と、息子さんの本名をこのブログの世界で書いたら、アウトにするつもりで。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『日本人、豚化の先兵としての、いち○ゆみさん』

 彼女の書くものは無難なものが多いです。それは、この国を真に支配している、権力者(国際的軍産共同体と、そのエージェントたち)にとっては、もっともありがたいものです。少しでも、この国の行く末を心配している人間の書物は出版できず、そういう人物はマスメディアの世界にも踊り出られません。

 そして、いち○ゆみという人は、今は、若い(46歳)ですから、あと15年は、人気者として突っ走るでしょう。

 だけど、今、10月22日の午前二時に、はっきりと、宣言したいのですが、彼女は、この2011年の7月の末に、私の進路を確実にさえぎり、妨害したのでした。

 それにより、なにがその後、この日本社会に起きたかというと、
三段論法で言わせていただきますが、
       この日本人が、原発の忌まわしさを、真に知ることを妨げているのです。

 その三段論法を、番号をつけて、下に置きます。
 
 1,松本龍大臣を辞めさせるに至った、村井嘉弘宮城県知事の、忌わしい動きを・・・・・広く、この国に知らしめることができず、結局は、松本龍氏の復活を招きよせることができなかった。
 
 2,それゆえに、菅総理大臣は、辞任に至った。

 3,そして、野田内閣の出発点で、鉢呂経済産業相は、辞任に追い込まれた。それは、見事に、松本龍大臣を失墜させた件の、ヴァリエーションだったのだが。

 4,で、非常に、いやな、諜略行為の跳梁跋扈が始まった。
~~~~~~~~~~~~
 そして、今の状況はどうなっているでしょう。
 私は時の総理大臣は批判をしないこととしています。常にそうです。鳩山由紀夫総理大臣だって批判をしなかったのです。

 それがなぜかというと、日本の総理大臣は、日本が、実質的な被・植民地国家であるがゆえに、板挟みになることが多くて、大変な激務であることを知っているからです。

 だけど、野田内閣の時代になって、菅内閣時代と画然と変わった点があります。皆様はそれにお気づきでしたか。

 それは、

 5,まともな形での、福島原発についての、報道がほとんどなされなくなった。

 6,そして、「除染、除染と、言って、福島に、みんな帰れます、帰りましょう」という方向へ、急旋回した。

 7,一方で、福島県内の人々は、本当の危険性を知らされず、また、日本人全体が、『除染で、安全になって、福島県人が、特別に近い人は別として、自分の旧住所に帰れるのなら、もう終わったのだね』と、思い込んで、しまった。
 で、
 福島県人について、真の思いやりを示すことを忘れるようになった。

 ほんの少しの救いは、福島県議会が、原発反対を・・・・・やっと・・・・・決議したそうです。遅きに失しましたが、国の本音が、見えてきて、自分たちが本当の棄民となったことを、潜在意識の中で肌で感じているのでしょう。気の毒に。バリバリ、福島県人をしかっていた、私なんか、本当に愛情を持っているのに。あっちこっちから刃に刺されています。
 そして、私の声なんか、福島県には届きません。

 そして、本当の結果は、

 8,今の流れは、ひたすらに、「原発の事故なんか、怖くないのだ。やがて、消えていくものだから」という方向へ国民のコンセンサスを、作っていくことである。結局のところ、野田内閣は、菅内閣に比較すると、圧倒的に、国際的軍産共同体にとって、都合の良い内閣なのであった。

 9,だから、韓国にちょろっとした隙に、大金をわたし、援助サポートする約束をしてしまった。

 10,TPPも簡単に鵜呑みにしてしまうはずである。

 困った内閣です。
 どぜう(どじょう)好きはいいんですが、ものすごいレベルで、政治的スケールの小さい総理大臣があらわれたものです。それが、いち○ゆみさんのせいだと言ったら、
 「『風が吹けば、おけ屋がもうかる』という話も極端に利用をされましたね」と、読者の皆様に、笑われるでしょうが、

 本質的にはそうなのです。では、この一文は、これで終わります。後で、誤変換を治したら、署名を入れます。藤田△彩さんについては、いち○ゆみケースのバリエーションですが、ちょっと、複雑度を増しているので、ここには入れ込めず、別稿を立てて、丁寧にゆっくり書き直します。
  2011年10月21日にこれを、書き、22日の午後4時から最後の推敲中。

 今、土曜日の19時ですが、これから、グーグルの検索やら、フェイスブックのチェックをします。それが終ったら、署名を入れます。
コメント

救急車って、この頃変だぞ。(日本、固有の音って何)

2011-10-21 16:40:27 | Weblog
 この一文は、土曜日にアップして、それ以降内容もタイトルも、二転三転しています。途中で、以下の、タイトルを一時期入れていました。
『人気者がライバルとして現れ、・・・・それに、負けた(?)後に起きること。』

 だけど、これって、文章のタイトルとしては、余裕がないです。おもしろみがない。で、中身を、様々改良・推敲しながら、余裕のある落としどころを見つけて行っているところです。
 
 当初の、題材の人物から、種々のコメントをいただいて、いったん負けたということですが、それは、それで、ほっとしています。私は別に、人をいじめたいと思ってはいなくて、陰に隠れてこそこそ、やっている連中をあぶり出したいだけですから。結局のところ、相手が、いじめだと主張をするなら、それに乗っ取って、「ああそうですか」と、内容を、削除するのは、私も、平安の境地に達すると言うことです。が、別のことで、相手(これは、当該の女性ではない。悪事の企画者の方)は、すぐさま、別の攻撃を用意していますから、永遠に終わりは、ないのですが、暫時の、休憩として、私はいま、右手に麦焼酎のお湯割り、お皿には、アンチョビーを載せて、ちびちびやりながら、7回目の推敲へ取り組んでいるところです。
 でね、以下の文章の中で、音に関する部分を相当の、増やしました。では、そこにご注目いただいて、お読みいただければ幸いです。では、本文へどうぞ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
 私は、この9月に山口画廊の元オーナーと10月にゴッホという、美術の世界では大切なアイコン(象徴的人物)が、足蹴にされる経験をして、大きく怒ったわけです。で、その怒りは、最初は、それを実行した人物に向かったわけですが。

 最も大きな怒りは、彼女ら、の背後にいて、彼らを動かす人々にあるわけです。

 だから、表に出て、真っ正面から、私に敵対してきた人と、ここで、コメント合戦で、ぶつかるのなら、その個人的な部分の分析は、論理的に抽象化しても、かまわないと思っています。

 で、昨日、土曜日から、本日・日曜日にかけて、公開したモノ(=この現下の一文)の、本質だけ、抽出して書き直します。
~~~~~~~~~~~
 この秋のことを考えているうちに、ふと、この7月に起きたことを思い出していたわけですが、その際に、ある女性ライターのある事件が目の前に提示されたわけです。
 その詳細を、上に言った理由で、今からは、伏せるわけですが・・・・・
 
 なぜ、そういうことが行われたかというと、当然のごとく裏があり、そこに、政治が立ちはだかります。
 ~~~~~~~~~~~~~~~

副題4,『村井知事の諜略者としての、役割と、井上ひさし、生存説に触れたので、
         この新たなアイデアが練られたのでしょう』

 日本全国的なニュースにおいて、私があまりに、裏側を察知していて、しかも、真実を書き抜くので、早急に、たたいて、どうしても、書けないようにしてやりたいと思う手合いがいたのでした。
 それは、いまだ生存中の、井上ひさし、です。一般の人はそれを信じないと思いますが、井上ひさしは、未だ生存中であり、ひたすらに、国際的軍産共同体に役立つような案を練ると言う行動をしています。

 今回のゴッホの、新、他殺説も、彼が、過去の、私の文章を詳細に検討して、その中から、できがよくて読者に訴えるモノを、選び出し、それが、無効になる様に狙って、作り上げたフェイクのニュースでしょう。

 ゴッホの方の主原因は未だ、世間に私は公表しておりませんが、三ヶ月前の(私を振り回した)件ガ起こされたもととなる文章は、
 
私が、今年の7月、11日付で書いた、
 宮城県知事と、お金(学費免除+月給・・・・復興事業のリベート?)です。

 これを、国際的軍産共同体は徹底的に、恐れたのです。

 その頃、日本全国的には、どういうニュースが流れていたかというと、菅首相を辞めさせようという動きです。そして、その辞任の引き金を引いたのが、たった、一週間しか在任期間が無かった、松本龍復興相の辞任です。
 そして、それが、悪しき先例となって、鉢呂経済産業相が、やめさせられました。

 が、鉢呂氏も、そうであったように、永田町の住人であって、しかも、少しでも、反原発の傾向を持っている人間は、圧倒的なレベルで、いじめられるのです。

 このいじめられるという言葉は、子供っぽいですが、まさしく、そういう方法で、今の弾圧は行われます。真っ正直でシンプルな形で行っては、ばれてしまいやすく、従って、国民の怒りが盛り上がりやすいとみられています。国民が怒ったり、真実に目覚めたりすることはもっとも、防がなければならないことだと見なされています。
 ですから、とても、間接的な形であり、心理的な、いじめという形で行われます。

 この際は、村井知事が、松本大臣を迎える際、わざと彼が怒るように、失礼な態度を取ったあげく、ソファーの陰に隠してあったカメラで、高飛車に聞こえる、叱責の言葉を放つ姿を、隠し撮りをした。・・・・・そして、それを、辞任の大衆的、炎が、起き立つようにNHKほかが利用をしたと、書いています。

 しかも、と、同時に、井上ゆり未亡人(私は、未亡人ではないと思っています。夫は生きています)が、8000点の遺品を仙台市に、寄付したと言うニュースも流され、それゆえに、『なるほど、なるほど、』と合点が行き、それを、文章に表したわけです。

 これは、井上ひさし、伊藤玄二郎、小沢一郎、成田豊、石塚雅彦、ほか、現在私を弾圧するためのアイデアを練っている連中にとっては衝撃的な文章だったでしょう。

 彼らは、『幼稚すぎる』と何度、私が言っても、反省をせず、繰り返し新たな、攻撃案を練ってきますが、大相撲、壊滅作戦が終わったと思ったら、今度は宮城県知事、および、仙台市が、極端に利用をされ始めたのです。これが、原発・反対者である私への一種の間接的、いじめでもありますが、日本人全体を巻き込む、とんでもない方向付けですから、私は、激しい嫌悪感を持っています。

 しかも、大方の日本人は、井上ひさしを、すてきな人で、自分たちと同じく、核に反対している進歩的文化人(=左翼)だと思っていますので、余計やっかいです。確かに、彼はマスコミに見せている顔はそうなっていますが、私が鎌倉に住んでいて、音によって送られてくるサインを読むと、彼は、全く異なった人物となります。おそるべき二重性のある人物です。

 この際の音という音は、自宅で、彼がくしゃみをする音が聞こえるというわけではありません。そこまで、私の耳は敏感ではありません。あ、は、は。
~~~~~~~~

 ただ、ここで、挿入ですが、井上家と、我が家は、線路を挟んで、600メートルぐらいしか離れていないでしょう。しかも、海抜は、40メートルぐらいの山の上にあり、途中の車や、電車の騒音を乗り越えて、直通しようと思えばできる距離です。大昔だったら、ホラ貝で、連絡をつけるのは、可能だった距離だと感じます。
 ところで、くしゃみをするときは誰かが、あなたの噂をしている時だと言います。
 ある意味で、私の苦境の諸源泉である、猫のことで、警官を巻き込む大騒動を起こした柳沢昇のことを書くと、くっしゃーんと、大くしゃみを彼がするのですよ。まあ、同時進行的と、いうほど、タイミングではないのですが。
~~~~~~~~

 そうではなくて、脅かし、もしくはいやがらせ用の、音の、案を、彼が出すと言うことです。ご近所様にわざとうるさい楽器の練習をさせたあり、わざと大声で立ち話をさせたり、八幡宮様が、普通は6回ぐらいで終わる太鼓を、40回ぐらい連続して、おうちになるとか、
 救急車が、右へ曲がりますとか、左へ曲がりますと言って通る回数で、判断できるのです。

 あのね、救急車って、そんな注意音を発しないでも、皆さんサイレンだけでよけるモノなのですよ。昔は、出さなかったでしょう。でも、それを、ならせば、こちらがうるさがって、仕事ができないようになるとか、おびえるだろうと、判断しているのです。それで、最近はサイレン以外の音も出します。つまり、「右へ曲がりますとか、左へ曲がります」と連呼もするようになったのです。だいたいが機械による女声での連呼です。
 が、時には肉声による、その連呼として、男性の声も混じります。

 そういうときこそ、小沢一郎は勇躍、テレビの中に姿を表し、国際関係では、日本が何らかの譲歩を迫られ、ウィルス騒ぎで、どこやらの会社の情報が漏れたという噂も流され、
 云々、かんぬんとつづいて、この日本に住む人々が不安な気持ちにさせられます。
 どうしてかというと、その音類は、すべて、日本人の完成から遠く離れた、マナーと発想から出ているからです。底には、た迷惑にならないように行動するという特徴は、すでになく、をはなれる、できるだけ、大きい音をし、それによって、誇示したり、するのです。ガ、それこそ、かつて、日本に存在したマナーとは、反対のモノなのです。
 慎ましやかで、他人には迷惑をかけないお湯にしようと土ryくをした、昔からの日本人の品性はなにもなく、ただ、ただ、誇示的に、しかも、庶民に対する、悪意を持って大音響を与えるのです。
 それらの音の発生時期と、ニュースは見事に連動しているわけですが、それを、私が何回も書いたので、次第に、それは、使えないなと、なってきて、別の脅かしが使われるようになったのです。それの、一つが、有名ライターと、喧嘩させるという方法です。
 その喧嘩の内容がここに、最初期には、書いてあったのですが、それが、具体的な部分でありますから、それを、削除をして、抽象化させていただきます。
 
 そして、喧嘩をさせて、私がそこに足を取られて、負けたとします。すると、その結果、何が起きたかというと、

三段論法で言わせていただきますが、
       この日本人が、原発の忌まわしさを、真に知ることを妨げている方向へ変化しました。

 その三段論法を、番号をつけて、下に置きます。
 
 1,松本龍大臣を辞めさせるに至った、村井嘉弘宮城県知事の、忌わしい動きを・・・・・広く、この国に知らしめることができず、結局は、松本龍氏の復活を招きよせることができなかった。
 
 2,それゆえに、菅総理大臣は、辞任に至った。

 3,そして、野田内閣の出発点で、鉢呂経済産業相は、辞任に追い込まれた。それは、見事に、松本龍大臣を失墜させた件の、ヴァリエーションだったのだが。

 4,で、非常に、いやな、諜略行為の跳梁跋扈が始まった。
~~~~~~~~~~~~
 そして、今の状況はどうなっているでしょう。
 私は時の総理大臣は批判をしないこととしています。常にそうです。鳩山由紀夫総理大臣だって批判をしなかったのです。

 それがなぜかというと、日本の総理大臣は、日本が、実質的な被・植民地国家であるがゆえに、板挟みになることが多くて、大変な激務であることを知っているからです。

 だけど、野田内閣の時代になって、菅内閣時代と画然と変わった点があります。皆様はそれにお気づきでしたか。

 それは、

 5,まともな形での、福島原発についての、報道がほとんどなされなくなった。
   福島大に原発の方も中は相当に壊れていると思いますが、爆発がなかったので、一切の調査も入らず、報道もなされていません。だけど、ほとんど、同じ程度の地震に出会い、ほとんど、同じ高さの津波に出会ったわけですから、中が無事なわけがないです。
   デモ、国民は一切つんぼさじきに置かれています。

 6,そして、「除染、除染と、言って、福島に、みんな帰れます、帰りましょう」という方向へ、急旋回した。

 7,一方で、福島県内の人々は、本当の危険性を知らされず、また、日本人全体が、『除染で、安全になって、福島県人が、特別に近い人は別として、自分の旧住所に帰れるのなら、もう終わったのだね』と、思い込んで、しまった。
 で、
 福島県人について、真の思いやりを示すことを忘れるようになった。

 ほんの少しの救いは、福島県議会が、原発反対を・・・・・やっと・・・・・決議したそうです。遅きに失しましたが、国の本音が、見えてきて、自分たちが本当の棄民となったことを、潜在意識の中で肌で感じているのでしょう。気の毒に。バリバリ、福島県人をしかっていた、私なんか、本当に愛情を持っているのに。あっちこっちから刃に刺されています。
 そして、私の声なんか、福島県には届きません。

 そして、本当の結果は、

 8,今の流れは、ひたすらに、「原発の事故なんか、怖くないのだ。やがて、消えていくものだから」という方向へ国民のコンセンサスを、作っていくことである。結局のところ、野田内閣は、菅内閣に比較すると、圧倒的に、国際的軍産共同体にとって、都合の良い内閣なのであった。

 9,だから、韓国にちょろっとした隙に、大金をわたし、援助サポートする約束をしてしまった。

 10,TPPも簡単に鵜呑みにしてしまうはずである。

 困った内閣です。
 どぜう(どじょう)好きはいいんですが、ものすごいレベルで、政治的スケールの小さい総理大臣があらわれたものです。それが、人気ライターをぶつけられた結果起きたことだと言ったら、
 「『風が吹けば、おけ屋がもうかる』という話も極端に利用をされましたね」と、読者の皆様に、笑われるでしょうが、

 本質的にはそうなのです。では、この一文は、これで終わります。後で、誤変換を治したら、署名を入れます。
  2011年10月21日にこれを、書き、22日の午後4時から最後の推敲中。
  さらに、午後、11時から、さらなる推敲をする。
 今、土曜日の19時ですが、これから、グーグルの検索やら、フェイスブックのチェックをします。それが終ったら、署名を入れます。

 
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ゴッホは、テオとの、金銭的確執が原因で、?、他殺をされた?

2011-10-20 04:16:39 | Weblog
 これは、前後のある話です。が、これだけを抽出してみました。どうしてかというと、この2011年10月17日に一部の情報通の間で、ゴッホの他殺説が出回り、(それは、火曜日のNHKニュースでも出てきて)

 私は憤慨したり、いろいろあったのです。その付随部分は別稿で書きました。で、以下は、私が傾倒する、ゴッホの死の真相です。では、どうかよろしく。
 番号が、さんから始まっているのは、理由があり、ほかの文章で、その番号が重要になって来るので、そのまま残させておいてくださいませ。

副題3,『ゴッホ最後の70日と、言うBSジャパンの優良番組
     ・・・・・ゴッホの耳を切り落としたのは、ゴーギャンだったのか?』
副題4,『テオを守るために、自殺だといい放ったゴッホ』
副題5,『ゴッホは貧しいが故に、強気であった』
副題6,『ガシェ博士は、どう動いたか?』
副題7,『ゴーギャンは自殺したとは、知っていらっしゃいましたか』
副題8, 『ガシェ博士は、なぜ、贋作に走ったか』

~~~~~~~~~~~~~~~

副題3,『ゴッホ最後の70日と、言うBSジャパンの優良番組
     ・・・・・ゴッホの耳を切り落としたのは、ゴーギャンだったのか?』

 この番組は二回放映された記憶があり、二回目の方を録画してあります。2010年10月30日で、ほぼ一年前なのに、消すことができません。人生で見たテレビ番組の内、最上のものの一つです。日経新聞とBSジャパンは、美術の分野で蓄積が長いので、よい作品を作ることができたのでしょう。
 ここでは、イギリスとドイツの学者の研究を紹介しながら、ゴッホは自殺ではないと、大変重要なことを、述べています。つまり、ゴッホには、似たモチーフの作品が多くて、それ贋作ではないか、という方向の研究から、ついに、驚くべき結論で、ある、発砲者は、他人であり、もしかすると、弟テオであるという説を展開しています。私はそれを、確信しています。これが、広まらないのは、なぜか。それは、私が最後に推察しますが。

 ゴーギャンが、ゴッホの耳を切り落とした。?

 その番組内で、耳を切り落としたのは、ゴッホ自身ではなくて、ゴーギャンだったという、ドイツの学者、ハンスカウフマン氏の説が取り上げられています。
 ゴッホは、理想を抱いて、ゴーギャンを呼びましたが、性格と、それ以前の経歴の違う、二人はやがて、行き詰まり、その行き詰まりの結果、ゴーギャンは、サーベルで、ゴッホの耳を切り落とすのです。が、ゴッホは、彼の身代わりを自分が引き受けるのです。
 ゴッホは一時期、牧師となろうと思ったぐらい強い信仰を持っていたので、ゴーギャンの身代わりをすることなど、簡単なことでした。
 ゴーギャンは、そこを負い目として、それ以降フランスを離れることとなったと言えば、それも、うなずけます。
 そして、これが、一回目の犠牲であり、二回目の犠牲が、腹を撃たれた、件です。
 その番組では、最後に、疑念はあるが、ゴッホが打たれた現場にいたのは、弟テオであると言っています。テオが撃ったとは明言していません。が、事故だとしても、一種の無理心中または、殺害のも区的で、そこにテオはいたと、言っています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題4,『テオを守るために、自殺だといい放ったゴッホ』

 ゴーギャンの犠牲になって罪を自らかぶったという、実績のあるゴッホは、他者、特に愛するテオの犠牲になることなど、全くかまわなかったわけです。
 他人から見れば、ゴッホは、ある種のつきあいにくさを持っていました。強い信念の人であり、そこに、つらい思いを抱いた、ひとは、ゴーギャンもそうであり、テオもそうですが、加害者は直前まで、被害者でもあるのです。テオもまた、ゴッホに金銭の側面で、追い詰められていました。
 結婚をして、妻から、「兄への援助をやめて」と頼まれたテオは、ゴッホに手紙で、その旨願いますが、ゴッホは、「あなた方が、倹約しなさい。オランダへの旅行はやめなさい」と言います。そのオランダ旅行は、赤ちゃんを妻の実家へ見せるための旅行ですから、それを、やめなさいと言うのは、ゴッホの間違いです。が、ゴッホは、それに気がつきません。悪気はないのですが・・・
 ここで、赤ちゃんを見せにと言っていますが、『赤ちゃんが生まれることを報告をしに』かもしれません。ともかく、この旅行から妻はパリへは帰らなかったのです。それが、テオを、ひどく追い詰めます。自分の将来が暗澹たるモノとなった感じがするわけです。

 私が、推察するに、テオは、現在の日本円で、30万円ぐらいの固定給をもらい、あとは、画商としての自分のセールス結果で、歩合給をもらうという形だったと推察されます。独身の時代は、ほぼ、五分の二程度の、高い比率で、兄の支援をしていても、結婚をすると、それは当然に無理になります。
 私はゴッホと同じく、自分では稼げない人間で、親族の援助で、作家活動をしています。で、友達が、独身の弟を、あなたのテオになるのでしょうと言います。実際には両親の援助ですが、弟が独身であることは、彼にとっては気の毒ですが、私にとっては、本当に力強くありがたいのです。が、もし、彼に奥さんがいたら、私のことなど、一顧だにされないでしょう。
 たまたま、ゴッホが、パリに旅行へ行き、弟一家の家に停まると、隣室で、夫婦げんかをする声が聞こえます。それで、ゴッホはびっくりして、三日の予定を、一日で、帰ってしまいます。これらは手紙を詳細に研究すると、友人に謝罪をしているので、わかるそうです。
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副題5,『ゴッホは貧しいが故に、強気であった』

 ゴッホは今の日本円に換算すれば、15万円程度を、弟から、毎月送ってもらっていました。それを、疑いもしなかったし、恥ずかしがりもしなかったのです。どうしてかというと、絵を描き続け、その勉強というか、その制作の推移に、熱中していて、それ以外のことが頭に入らなかったこともあるでしょうが、自分が常に、ぎりぎりの生活をしているので、贅沢をしているという意識は全くなかったからです。
 宿屋に、食費を含めて、7万円程度、出します。残りの八万円のうち、画材費に、5万円程度、交通費等に三万円程度、となると、洋服も靴も買えません。オーヴェールでは、70日で、七〇枚の絵を描いているそうです。カンバスは、 700~1000円程度ですから、それだけで7万円になってしまいます。で、絵の具はもっと高いです。ぎりぎりの生活ですが、それ故に、強気になったと考えられます。

 特に、一月に8万円で宿にすむとは、食費は、45000円ぐらいで、一日一五〇〇円程度です。宿の食事といえども、朝、昼を込め、かつ、ワイン等を、のむ可能性もありますので、毎晩おかずだけは、五〇〇円程度でしょう。とても、質素な食事です。毎晩、ちょっと味付けの違う、ポトフ程度で、終わります。
 
 それらは、すべて、弟テオからの送金です。
 が、テオは結婚をして、お金を出しにくくなりました。

 で、お金の件で、テオを苦しめているのですが、それには、気がつかず、ただ、ただ、前向きに一生懸命だったのです。ここら辺、そばにいて、ゴッホに圧迫されている側にとっては、やりきれないところですが、ゴッホは天真爛漫で、気がつきません。

 ゴッホは、あらゆるところで、イエスの言葉の体現者でした。ゴーギャンに対しても、テオに対しても、許したのは、「あなたが、左のほほを打たれた時は、右のほホモ、相手に向けなさい(川崎意訳)の具現化であったでしょう。

 テオから、断られても、全く弱気にならず、「そうだね。もう送金しなくてよいよ」と手紙で書かなかったのは、不思議な形の傲慢の現れです。聖書の言葉『貧しき者よ幸いなれ』を、地でいく人だったからです。ヴィンセントは、、最高に幸せであり、強気の人でした。何も持っていない。で、何も失わない人だから、徹底的に強気の人だったのです。それが、お金を恵んでくれている人である弟にさえ、向かったときに、テオは、説得不可能なゴッホを知り絶望をしたのです。

 テオにとっては、新妻とパリ暮らしをするためには、日本円で、月に50万円は、絶対に必要で、送金は、すでに無理なのです。が、兄が、送金の中止を了承しないので、妻は、あきれて、オランダの実家に帰ったまま、パリへ戻って来ないです。テオは追い詰められ切って、兄を撃ちに行くわけです。ゴッホはむろん、テオが撃ったわけですから、それを、隠そうと決意します。テオは妻には告白をしたかもしれません。その可能性は、強いです。

 これは、私の想像ですが、撃たれた後で、ゴッホは、テオを許したと感じます。宗教的な許しを与えて、「安心して、パリへ帰りなさい」と言ったでしょう。その後の、テオの衰弱ぶりを考えると、テオは、ヴィンセントを撃ち、死へ至らしめたことを、深く悲しみ自責の念に撃たれて、一種の緩慢な自殺へと至ったと考えられます。
 しかし、兄、ヴィンセントの体は頑健でした。普通なら畑で、死んでしまうはずのところを、死にきれず、家へ帰るのです。が、ベッドで自然に死ぬことを願った彼は、医者を呼ぼうなどと騒ぐことはありませんでした。が、夕飯に降りてこない彼を不審に思った主人に異常なけがを、発見をされます。
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副題6,『ガシェ博士は、どう動いたか?』

 しかし、呼ばれたガシェ博士は不思議なことに、適切な手を打ちません。

 そのうえ、病室で『おまえが悪いんだ』と、叫んだそうですが、それは、それ以前に兄弟の間の、行き詰まりを知っていたと考えると、『このまま、ヴィンセントが、死んだ方が、テオ一家が助かる』と判断をしたと考えられます。常識優先の精神科医である彼は、テオ一家のために、ゴッホを生き返らせる努力をしなかったのです。傷は、重要な内臓を傷つけておらず、ゴッホは傷口から入った最近の感染症で、死んだそうですから、ガシェ博士の、責任は大きいのですが、事前に二人の争いを知っていて、いくら絵がうまくても、弟の家庭を壊してまで、援助を受け続けるゴッホを「おまえの方が、いけない」と、劣位に置くことは、十分に考えられるからです。
 これらの説は、日本の研究者小林利延氏の説で、進みます。私は小林氏の説は、非常に正しいと思います。それは、氏の著書や、このテレビ(今は放映をされていないが、番組としては、存在しているはずで、再放送はあり得る。もちろん、BSジャパンの方のもの)をご覧ください。

 小林氏の説でしょうが、
 ・・・・・テオがピストルを持参して、兄の前で、自殺しようとしたので、それを、防ごうとして、ピストルが暴発した・・・・・ことになっています。そして、その事故を、自殺として、伝えるために、ゴッホは自宅まで帰宅し、宿の主人にそれを告げたとも。

 そして、テオの妻のヨハンナは猛烈な勢いでゴッホの書簡集を出し、その序文に、『1890年7月27日、彼は、ピストルで、自分を撃ちました』と書き、そのときから、自殺の伝説が始まったのです。彼女も子供と夫を守るために必死だったのでしょう。
 ともかく、その番組は、画面も美しく、情報も丁寧で、大変よくできていました。削除しがたく、死ぬまで保存をしておくでしょう。
 これから、先は言わずもがなですが、私は今週発表されたイギリスの学者の、少年説には、くみしません。ここまで述べた、小林利延氏の説に傾倒し続けます。


 本夜八時より、放映されます。それは、この一週間世間に喧伝をされた、新説=カウボーイ好きの少年が、撃った他殺説=に基づいているのかもしれません。
 まだ、見ていないので、わかりませんが、ともかく、はっきりしていることは、私が昨日の深夜かな。大推奨をした、BSジャパン製作放映の、『ゴッホ、最後の70日』とは違う番組だと言うことです。

 後者は、日本の研究者、小林利延氏の研究に基づいていて、生活支援金を出せなくなり、妻にも去られ、勤務先をも、やめないといけなくなりそうになった、テオが、混乱して、一種の無理心中をやりにオーヴェールの麦畑まで、出かけた際の、暴発で、ゴッホが死んだとなっています。そちらの方は大きな説得力がある作りの番組でした。本日は見比べてみるつもりです。
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副題7,『ゴーギャンは自殺したとは、知っていらっしゃいましたか』

 ゴッホは誠に正しい意味での、神への奉仕者でした。絶対的な許しを持って他人の悪を見逃しました。が、それによって、見逃され、世間的な罪を負うことがなかった、ゴーギャンは、結局は自殺をします。これは、そのBSジャパンの方で、紹介をされたドイツの、ハンス・カウフマン教授の説ですが、大変に、説得力があります。ゴーギャン最後の遺作に、ゴッホのひまわりが、背後霊のように描かれていて勝、その真ん中に、強い光を放つ、目玉が一つ描かれているのは、ゴーギャンの、罪の意識の繁栄だというのも説得力があります。
 私も、以前から、なぜ、五人も子供のいるゴーギャンが、なぜ、パリを捨てて、タヒチに渡り、しかも、自殺までせねばならなかったのが不思議でしたが、その番組で、すべての謎が解けたと思います。

  南仏での共同生活の破綻で、ゴーギャンが去ります。で、単純なイメージですと、ゴーギャンの方が捨てたわけですから、強いように見えます。が、カウフマン教授の新説によると、追い詰められていたのは、ゴーギャンの方だったのです。破綻をして、暴発したのは、ゴーギャンの方だったのです。ゴーギャンはおしゃれの一種だと思いますが、つねに、サーベルを携行していたそうです。つまり、株式仲買人という、ケネディ夫人の父と同じ職業(それは、最先端であり、お金持ちのサロンの住人でもあったであろう)だったゴーギャンは、現代の感覚で言うと、高価なゴルフクラブを携行するという感じで、サーベルを携行していました。
  で、共同生活中に珍しく、ゴッホの絵が売れて、(現代の邦貨で換算して40万円の収入があった)、それを、無邪気に自慢をした、ゴッホに堪忍袋の緒が切れて、サーベルで、耳をついたという説です。ゴッホが包帯姿の自分を描いていますが、自殺ではなくて、他人の攻撃だったら、確かにそれを描くでしょう。
 
 いや、私はゴッホがゴーギャンより好きです。特に色が好きな人間だから、ゴッホをゴーギャンより上に置きます。だが、ゴーギャンが、知人の中の唯一の人として、葬儀に参列しなかったといわれれば、それは、ゴーギャンの恐れと、ゴッホに対する激しい嫌悪を、表す現象であることがわかります。
 何よりも、当時の最先端の業種の人であった、かつ、富裕層社会の人間であったゴーギャンが、タヒチ=飛行機のない時代では、断絶の辺境=に引きこもってしまったわけが、理解できません。
 だけど、ゴーギャンはゴッホの精神的な強さに、精神的にひき殺されたのだと、考えると、つじつまがすべて、あってきます。ゴーギャンは題材ののんびりさとは別途の問題として、コンセプト重視の作家だったそうですから、頭もよくて繊細だったと考えられます。
 気の毒なことに、そういえば、ゴーギャンの、子孫も名乗りを上げておりません。たった、100年ほど、昔のことです。五人も子供がいたのですから、そのうちの、一人ぐらいは、
   「父が」とか、祖父がという声を上げてもいいのに、誰も、名乗りを上げません。

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副題8,『ガシェ博士は、なぜ、贋作に走ったか』

  ゴッホは、すこぶる頑健な人だったのです。心身ともにです。前向きで、かつ、無神経なほどといってよいほどの、健康な人だったのです。最初の精神病院送りは警察の処置だそうですし、二度目のガシェ博士との出会いは、ガシェ博士の招待での、オーヴェール滞在だそうですから、入院ではありません。
  ガシェ博士の精神科医としての、功名心を誰も言っていませんが、ここで、川崎千恵子の新説として、画シェ博士は、精神科医として、一種の=優れた論文を書きたい=という功名心をもち、それを、潜在的な動機として、ゴッホを招いたという考えを上げさせていただきます。これは、ブログの世界で、だいぶ前にも言っていますが。
  ガシェ博士は、同時に絵も好きでした。で、ゴッホの死後、急に、居室からすべての絵を持ち去ったというのも、研究を初期の目的としたのなら、頷けます。

   オルセー美術館に、二点同じモチーフのゴッホの作品が、たくさん所蔵をされており、以前から真贋論争があったそうです。BS朝日の『ゴッホ最後の70日』のなかでは、ブノア・ランデという学識が、『すべて、ガシェ博士の贋作である』と述べていて、説得力のある証拠も挙げています。当時絵を顧客に売るために撮影された白黒の写真があり、それの解像度は低かったのですが、それを、手本として、ガシェ博士は、贋作を作ったので、見事な、矛盾点が見られるそうです。
  これから先は、私の新説ですが、ガシェ博士は、テオ一家の特にお嫁さんを支援していたと思われます。お嫁さんが、ゴッホの手紙の、序文に、『彼は、ピストルで、自分を撃ったと書いたことも、指示をしたとまでは言明をしませんが、容認は、したであろうと、考えられます。テオの精神病院への入院についても、当然のごとく、相談を受けていて、手配をしたでしょう。

  白い巨塔ではないが、お医者様にも、当然のごとく、功名心があります。ガシェ博士は、ゴッホを研究対象としたくて、招いたわけですが、それは、一種のモルモットとしての扱いでした。感情移入は、無かったのです。これも、私固有の説ですが、ガシェ博士は、別にゴッホを好きでも、尊敬もしても、いなかったと考えると、すべてのつじつまがあってきます。でも、イケメンで礼儀正しいテオには、好意を抱いた可能性はあります。特にその妻のヨハンナには大いなる、好感を持った可能性があります。
  ヨハンナが、ゴッホの手紙の序文に、『ゴッホの自殺を誰にでも、信じさせる記述を入れたのが、もし、ガシェ博士のアイデアと、勧めによるものだったら、納得がいきやすいです。あくまでも、常識優先の人であるがシェ博士は、テオ一家に同情を寄せていたのでしょう。 

 ガシェ博士は、ゴッホをモルモット扱いを、していたからこそ、死の床からごっそりと、絵を持ち帰ったのです。それは、ヴィンセントが、これから、化けることを予測していたからでしょう。論文の対象として、患者たるゴッホについては、価値がないこと=健康人だった=を知っているガシェ博士は、ドラマチックな天才画家を、生み出すことに方向を転換したのです。
 その時にまだ生きていたテオと、ヨハンナは、その所有権を主張しないといけないのですが、気も転倒という感じで、それどころではなかったと思われます。それに、当時のゴッホの絵は売れていなかったのですから、その価値も低く見盛られていたと考えられます。博士は、ヨハンなを支援しながら、大天才を生み出していくことに、プロデューサーとしての、無限の楽しみも、見いだしていきます。博士の贋作は、そのような全能意識の発露でしょう。デモ、それ故に、ゴッホに関しては、死後子孫が、何も発言をしていませんね。

 と、なると、当時は正常な人として、だれからも見なされていた、ゴーギャンも、ガシェ博士も子孫は何も名乗りを上げられないことになっています。実際に名乗りを上げていません。それは、親の愛として、子孫を守るために、『ゴッホのことは何も他言をするななどと』と子孫には、言いつけられた可能性は、あります。
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副題98,『「一将、功なって万骨枯る」の典型だった、ゴッホの世界」

   ゴッホの子孫が今、美術館を経営して繁栄をしておられるのはめでたいことです。が、ゴッホ兄弟の関係を見ていると、『一将、功なって万骨枯る』のことわざ通りの、人物の配置を思います。自画像を見ていても、頑健なあご、強いまなざし、決して自殺をするような弱さはどこにも見られません。ゴッホは一族中で傑出した存在だったのです。何がそうしたかはわからないものの、大きなエネルギーの塊だったのです。デモ、生きている間は、他者に取っては、迷惑な存在でした。
   私は大量に文章を書き(フェイスブック以外の世界です)、集中して仕事をするという意味では、ゴッホにとてもよく似ています。でね、生きていくために妥協することは常に考えています。特に子供がいますので、ゴッホに似ているが、ゴッホほど突っ走れません。デモ、ゴッホも周辺の人もよくわかります。
 
 評論家や、学者ではなくて、自分自身が作る人だから、ゴッホもその周辺の人も、ひどくわかるのです。正しくわかります。で、大量の仕事をするのも天才の一種だとすれば、皆さん、大量の仕事をなさればいいのです。が、同時にまわりとの、強調は難しくなり、その両者の間の、バランスを取るのは、ひどく難しいことにもお気づきになるでしょう。
  私ね。去年母が九十三で=一種の大往生で=死んだときに、『あ、人間って、ここまで生きるのだ。大変だなあ。今六八で、体が弱いのに、ここまで生きる可能性があるとすると、あと、二六年間も、この世に、恥をさらしていかないといけないのだと気がついたのです。  
   で、大きく方向転換をしたのです。天才にならない方向へと。ともかく死ぬ当日まで、できるだけ、まわりに、迷惑をかけないで生きることへ、向かうにはどうしたらよいのかを考え始めました。

 その点、ゴッホは、三十七歳で死んでいますので、何も考える必要はなかったのです。ゴッホの子孫=傍系テオの孫の世代になっている=が、美術館の経営で、裕福であり、社会の名士となっているのは、喜ばしい(?)ことです。
  上記の番組は、テレビ史上最高の番組だと思います。予算を使っています。そして、日本人、固有のアセンブリーの能力も最大限に生かされている番組でもあります。世界中に取材して、それを上手にまとめています。あに、車の世界だけではないのです

 が、おしんとか、アルプスの少女ハイジほど、世界中で、展開したとは聞こえてきません。それは、ゴッホの子孫に対する配慮からでしょう。それと、オルセー美術館に対するそれからかな?

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バスチーユ、で拉致されそうになり、北久里浜で、車に意図的に轢かれそうになり 

2011-10-18 02:10:23 | Weblog
 実は、下のモノを途中までしか、推敲しておりませんが、すでに、三日目に入ったので、急遽、新しい文章へ移行をさせていただきます。途中までしか推敲をしておらず。恐れ入ります。が、非常に忙しくて恐れ入ります。
 ところで、今日のタイトルはすごいのですが、土井してか、いつも救われます。

 下の益山夫人に車に轢かれそうになる項目ですが、50メートル先で、彼女の車が停止していたときから、変だぞと思い、何か気構えがあったのでしょう。急発進して、こちらに向かってきたときに、横っ飛びに逃げることができました。たまたま、120どの角度で、くぼんでいたので、彼女の運転する大型車は、そのくぼみには入れず、私は助かりました。で、どうか、すべての他殺・企画はつぶれて行くと、安心して、お読みいただきたいのです。なんだか、『自分は、天に守られている』という感じがします。

副題1,『バスティーユで、美形の紳士に呼び止められたが、悪人だとすぐわかる』
副題2,『私のブログと連動して、外務省が、パリは治安が悪いと発表する』
副題3,『週刊朝日は、できごとろじいの中で、拉致を、冗談めいて、しつこく繰り返し、報道した』
副題4,『北久里浜駅裏(東の岡の上)の、大マンション群は、疑惑の土地の上に建つ』

 先ほど、外出していた間、紙のデータを読んでいたら、まさしく、これから書こうとしていた、パリでの、拉致未遂の、ブログの文章が見つかりました。

 それは、2010年2月13日に発信したモノです。トラックバックで、利用したいところですが、たぶん利かないと思うので、ここに、再現させてくださいませ。ただ、相当に、解説を加えます。
 一年前にそれを、書いたときも、それが、諜略の結果であるとは、うすうす気がついていたのですが、そこまでは、はっきりとは、書いていないでしょうし。
 原文は、3200字ですが、重要なところだけ残して、短縮します。

 サクレクール寺院のそばの工房で、そちらを摺り師として、版画を摺ってもらおうとした帰りなのですが            
 サンポールという駅で降りなければいけないのに、私の版画は、一枚日本では、摺るのに、一万円も取られるほど、高いお金を出さないとできない版画なのです。特殊な種類です。が、私は、自分の方から、一枚につき、7000円、当時のレートで、100フランかな、出しますとは言わなかったのが災いしたと思います。
摺り師としての、働きを断られてしまいました。
 で、がっかりして、帰宅する途中、あまりに、がっかりしていたので、地下鉄一番線で、たった、15分ぐらいの距離を乗り過ごしたのです。サンポールという駅で降りないといけなかったのに、バスティーユまで、乗り過ごしてしまいました。

 サンポールは小さい駅ですが、バスチーユは大きい駅です。すべて、地下にあるのですが。
 その中の、
 あたりに誰も居ない場所で、突然に、私は呼び止められたのです。

 相手の背は180センチぐらい。私より頭ひとつ高いです。そして、何よりも着ているものが素敵なことにはまず気がつきました。とても、上等な、しかし、十分に着こなしていて、やわらかくなっているホームスパンのジャケット。グリーンか茶色かわからないが、色合いもすごく素敵です。こういうものを着ている人は、意外と現在(=1998年のこと)は、地下鉄や町では、みかけないのです。パリでも、お金持ちは車に乗って移動をしているのか、オーソドックスなおしゃれをした人に出会うことは少ないのです。日本だってこれほど、おしゃれなジャケットを着ている紳士には、めったに出会えません。

 彼は顔も優しそうでした。日本でたとえるなら、森本レオさんという雰囲気。または、渡瀬恒彦か?
でも、外人(白人)ですから森本さんとは、違います。・・・・・どうしても似た人を探せば、ウィリアム・ホールデンかハンフリー・ボガートかな。はたまた二人を足して二で割ったような渋い美形です。

 版画の関係では、ぱりで、すでにいろいろな外人に出会っていましたが、一番の美男子だったでしょう。最初は、だから、安心して話を聞こうとしました。だけど、内容を聞いた途端に、私は『変だ。これはおかしい』と思い、全速力で、逃げ出していたのです。

 どうして、『あ、この人は悪人だ』と気がついたかですが、周りに四・五人の屈強な同じく背の高い男性が居て、それらの人間の顔が悪相だったのです。スキンヘッドだったりして。中心人物とは明らかに差があり、紳士が、命令者で、手下を数人従えているのだと、察しました。

 その上、一番変だったことは、「地下鉄の切符を後検札するから」といわれたことです。
これがものすごくおかしいと感じました。今ではどうなっているかがわかりませんが、1998年当時の改札口は、非常に簡単なもので、そこを飛び越える若者も居ました。だけど、私みたいな外人が、そんな小銭を節約するはずがありません。緑色のラシャ紙を、細く切った素朴な切符で、お値段も安くて、パリ市内なら、外へ出ない限り、全線同じ、値段だった記憶があります。

 そして、改札を出た後では、切符は手に持っていないのが、普通ですから、チェックするのなら、改札のすぐ傍でチェックをするのが普通でしょう。彼らに呼び止められた場所は、改札口よりは20メートルは離れていて、地下鉄の職員とはまるで関係がなく、この呼びとめが行われたことが瞬時にわかりました。

 普通なら誰だってもって居ない切符を「持っていないから、駄目だ」と、責め立てられれ、警察に来て欲しいなどといわれて、車に乗せられたら最後、警察ではなく、どこか、恐ろしい場所に、拉致されるのだと想像します。

 すごい勢いで走って逃げました。ヒールのある靴を履いていて、スカートもはいていて、しかも左腕には、重い銅板入りの、紙袋を持っています。それなのに、必死で走って逃げました。

 バスティーユは地上に出れば、中心のオベリスクを囲む円形の広場です。地下鉄の駅は、その中心から、やや細い地下通路が、四方八方に向かって放射状出ています。たびたび例として出す映画『ポンヌフの恋人』でも地下鉄の通路が印象的な場面で使われていますが、それも、バスティーユ駅の地下道を使っているのではないかと思うほど、似ています。

 そこを全力で走って逃げました。よくぞ、重い銅版を入れた紙袋が破れないで済んでくれたものです。もしそれが敗れたら、それは、制版済みといって、模様が既につけられているものですから大切なので、それを拾うために立ち止まり、敵に捕まってしまっていたでしょう。

 そして、時も味方してくれました。そのころの私は、まだ、十分に若かったのです。今では心臓がそれこそ破れる感じで、五十メートルも走れないでしょう。しかし、その日は火事場の馬鹿力がでました。
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 実はパリの普通の人って意外と背が低いのです。私は普通の日本人として、外人だとアメリカ人のことを思うので、背が高いはずだと信じ込んでいるのですが、アメリカの特に白人は、数世代にわたって、大漁のお肉を食べてきたのか、特別に大きいのです。

 しかし、フランス、スペイン・イタリア、ギリシャ、トルコ等の南欧の人は、体格はそれほど大きくは無いのでした。そして、この後で、続きますと、2010年には書いていながら、その続きを書いていません。
 それは、ほかの現象が入ったこともありますが、結局はそのときは、まだ、覚悟が定まっていなかったのです。真実の敵を明らかにする覚悟が定まっていなかったのでしょう。
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副題2,『私のブログと連動して、外務省が、パリは治安が悪いと発表する』

 私は、2008年の9月に、ブログを始めてから、1700本、以上のエッセイを載せていますので、このバスティーユのケースは、もしかすると、別の場所で書いているかもしれませんが、そちらか、こちらかの、すぐ後で、外務省がパリは、治安が悪いと発表をし、それが、朝日新聞に載りました。

 これこそ、国際的、軍産共同体が、私を個別、というか、特別に狙っていることを証明しています。というのはパリ観光当局か、フランス外務省かは知りませんが、そんなことを発表したら、損でしょう。そんなことは普通は発表をしません。が、ためにする報道だから、堂々と発表をするのです。

 一過性というか、実態がないニュースです。これは、ソニーのハッキング事件も同じだし、ありと、あらゆる、ハッキング事件も同じです。ホワイトハウスも韓国政府にもハッキングが入ったと言われていますが、損亜はずはありません。私が、自分へ、個別に加えら得ている特殊な攻撃を語るたびに、それが、特殊なことでは、なくて、一般的にもあるのだといいたくて、そういうニュースが作られます。

 だから、そういうニュースを見ている打ちに、自分が大物だと気がつくこととなります。そして、ホワイトハウスでさえ、動かすのだし、パリのバスティーユに、俳優よりもすてきだと思う紳士(本人も屈強だし、手下どもはさらに、屈強だった)が、現れて、拉致されそうになり、

 ・・・・・・しかも、外務省やら、朝日新聞まで加わって、それを、一般論へと、転換すべく、ニュースを作り出し、発表するのを見ていたら、そりゃあ、自分は大人物だと思い至りますよ。で、何でそんなに、注目されるの? と思えば、頭の良さしかないですよね。だから、私は自分の観測が正しいと、信念を持つようになっていくのです。
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副題3,『週刊朝日は、できごとろじいの中で、拉致を、冗談めいて、しつこく繰り返し、報道した』

 この1998年から数年間、週刊朝日は、『できごとろじい』というコラムの中で、繰り返し、世界中で拉致が行われていて、女性は、手足を切り落とされ、売春窟で働かされると言う、ニュースを伝えました。

 イラストがついていて、一種のジョークです。ほかの話題がすべて、笑いを誘うモノですから、これも、その一環です。北朝鮮の、本当の拉致が明らかにされて、帰還者モデル用になり、蓮池さんのように、インテリも入っていると、この『できごとろじい』の、記事は終わりました。

 私はその頃、元気で、東京への行き帰りには、週刊誌を読む習慣があり、行きに一冊、帰りに一冊で、週に四冊ほど読む習慣にしていましたので、これは、確かです。

 私は、それらの記事を全く信じませんでした。日本全国の人も信じなかったと思います。時々、アムステルダムで殺されたとか、ヨセミテで、殺されたとか、南の島で、死体が見つかったとか報道をされます。

 だけど、できごとろじいが、報道をしたようなプロの誘拐犯が、色町の娼婦を集めるために、誘拐すると言うことはないでしょう。

 そして、本当に、それがあるのなら、絶対に、まじめな姿勢で、報道を、したり、キャンペーンを張らないといけません。本日以降、それが起きたら、それもまた、私が左右したニュースとなりますが。

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副題4,『北久里浜駅裏(東の岡の上)の、大マンション群は、疑惑の土地の上に建つ』

 2011年10月17日の月曜日の夜、私は北久里浜へ行ってきました。そこに、1970年代までは確かに横須賀市の水道山がありました。私の家が、根岸町、2-103という番地で、そこから真南の位置に、それがありました。

 が、驚いたことに、そこは、すっかり、木が伐採をされ、宅地開発もされ、大マンションが4棟建っていました。そのことは、2週前の訪問でも、遠目からは、気がついており、

 鎌倉の、自宅へ戻って、グーグルや、ヤフーの地図を拡大してみましたが、不思議なことに、その大マンション(sora とか言う名前がつけられている)が、地図に現れてきません。だが、実際にはそこにたっています。
 しかも、そのマンションから、五階分の高さを持って、地上に降りる、エレベーターが、ついているそうですが、その切符(月極、1500円)は、登録制でないと買えないのだそうです。
 秘密主義が強いです。が、後ろの一戸建ての、住宅地、池田分譲地の人は、サービスで、無料だった時期を経て、今は、登録制で、その切符を買うことができ、それを利用することができるとも聞いて、さらに、この土地が持つ疑惑に思い至りました。

 この土地は、総面積で、5千坪ぐらいあるでしょう。それ以上かもしれません。そのうちの、1200坪分は、確かに、大建産業(これは、1970年代までの名前、それ以降変更された可能性はある。社長は中野某氏のはず)のものであり、
 あとは、・・・・・2005年頃、私に電話をかけてきた、測量士の談によれば、「伊藤忠何とかという伊藤忠の子会社が持っている」そうです。・・・・・マンションを分譲する場合、土地の所有権は移転をするのでしょうから、今は、違うはずですが、2008年までは、完璧に、その、4,5社のモノだったでしょう。

 大建産業の元社長は、益山某という人物で、伊藤忠の顧問で終わった、瀬島隆三氏と親友です。益山某氏は元海軍参謀で、瀬島隆三氏は元、陸軍参謀かな?

 この益山某氏が、横須賀市の水道山を、搾取(収入の上前をはねることではなくて、詐欺で、自分のものに)してしまった課程を、私はつぶさに知っているのです。つまり、事件の目撃者なのです。で、それが遠因となって、バスティーユで、人生において、三回目の暗殺を狙われたわけです。命令の主体者は瀬島隆三でしょう。でも、結局は、逃げおおせたので、ついに、はげしく、天を信じるようになったというわけです。

 バスティーユの拉致未遂が起きたのが、1998年で、
 北久里浜の詐欺事件が、起きたのが、1980年だったと覚えています(が、これは、後で、調べ直さないといけません。ただ、30年も前です。

 で、どういう作業かというと、横須賀市の水道山(=公有地だから、だれも、その地境に、敏感ではない)に接して、150坪ぐらいを益山氏は、買いました。だが、実際には、水道山を、一部は蚕食して、1000坪分ぐらいを、道路込みで、宅地開発してしまいます。こちらの仕組みは、1970年代の、まだ、引っ越して売る前のことなので、私は目撃者ではありません。ただ、登記簿上、益山氏は、1980年の事件を起こしたときには、一坪分桃っていなかったのです。つまり、2,73平米しか残っていなかったのです。500何平米かっておいても。

 一部分は、道路にしてあります。が、益山さんが、1970年代に、最初に、売り払った建て売り住宅や宅地の総計を見るととても、500平米では収まりません。ます。そして、人を小馬鹿にし、なめきったシステムですが、本人の登記簿上の残りの土地は、一坪以下(=2.73平米)になってしまっています。

 その上で、二回目の蚕食に取り組みます。自分の家、それは、すでに違法な部分に建っているのですが、それを、高い五メートルぐらいの、木の塀で囲み、その中でシェパードを放し飼いにして、他人を近寄らせない様にして、開墾を進めてしまうのです。で、見かけ上では、いかにも、その人の宅地であるがごとくにしてしまった後に、それを、地積変更届という仕組みだけで、自分のモノにしてしまうのです。

 それが、可能なのは、その水道山が、一種の岬の突端という形を取っていて、誰にも見えない形であるからです。ヘリコプターでも飛ばせばね。みえますが、北久里浜の市街とか、後ろの住宅団地からは見えません。

 で、私は、その地積変更届の実印を押すように迫られたときに、なんと、ついでに、自分の土地を取られそうになって必死で戦ったから、すべてがわかってしまったのです。なんと、書類上だけで、何も審査もしないで、突然に、ある人物の土地が、2,73平米から、4260平米に増えてしまうのです。おどろくべきしくみです。

 いわゆる経済犯罪の一種だと思うし、私は、それの、つぶさな、目撃者です。しかも、それは、法務局とか、財務局を舞台として行われたので、私は、同時に、そちらを相手にして、たたかわなくても、いけなくなって、・・・・・

 結果として、法的には、勝っているから、すこぶる頭のよい人間であると言うことを、彼らに、しっかりと見せつけ、植え付けてしまったのです。で、瀬島隆三は、私の命を狙う必要があルと、決意したのでしょう。

 きょう、その水道山の山桜等の、自然林が、跡形も、無くなっていて、4棟の、大マンション群が建っていることを知り、『なるほどね。こういう将来を導き出すために、1998年に、私を、暗殺しようとしたのですね』と、わかったわけです。
 そのマンション群は、その元横須賀市水道山の、益山氏が、開拓した、1200坪の上に建っているわけではありません。

 が、2005年か、2006年頃、彼ら側の・・・・・「自分は、東工大を出ています」と前置きをした、・・・・・測量士を名乗る人間から、電話がかかってきたときの感触では、その水道局の山全部が、同じ考えの持ち主の、意思で、これから、開発をされるのを知りました。

 その時彼が、後で、述べる、横須賀市の副市長である杉本家の「坊ちゃんのことを知っていますか?」と聞いてきたので、変なことを聞くなと、疑問に思ったのです。杉本家の坊ちゃんとは、地域社会で、噂の対象となっているぼっちゃんです。ですから、噂の内容は、知っていることを伝えるために、彼にも、もちろん正確に伝えました。

 今となっては、向こうがひどいことをやってきたときに、私が防衛上、杉本夫人のことを、どういう風に分析し、どういう風に、書くつもりであるかを探ってきたのだと思います。ですから、坊ちゃんについては、ここでは、わざと、触れません。

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副題4,『益山夫人に、ひき殺されそうになるが、と、同時に益山氏は、急死する』

 その事件の際、私は、電話が完璧に盗聴をされているのを知りました。でも、今思うと、それ以前もそうだったかもしれないし、それ以降は、完璧に、電話はすべて盗聴をされています。それから、それは、一瞬も、やすまずだったとわかります。

 しかし、それを、こちらが、自分の身を守るために利用したこともあります。たとえば、益山夫人に私は、車でひき殺されそうになりました。私は外の公衆電話からも弁護士さんにそれを知らせ、また、自宅の電話からも、それを知らせました。すると、その同じ日の夜に益山氏は、急死しました。

 それから先の解釈ですが、夫人の企みがもし、出来心なら、『妻を、ここまで追い詰めてしまったか。・・・・・前の妻はアメリカ側の将校とアメリカへ、逃げてしまっており、二度目として迎えた、この若い妻は、自分にとって、とても愛しいモノだったのに、それほどの、ことをさせてしまったか』と嘆いているうちに脳卒中でも起こしたというケース。

 反対に、奥さんが、車でひき殺そうとしたのは、夫婦同意の上で、『ここまで、あいつが頭がいいと、殺すしかない』となって取り組んだことだけれど、それが失敗したので、単なる経済事件でhなくて、殺人未遂にまで発展をしてしまい、将来、そのことを、彼女に口外される可能性もある。

 彼女の口を封じるためには、ここで、私が切腹をするしかない』と、言って、自殺をしたのかもしれません。

 益山氏は、高級軍人ですから、ヒ素は常に持っていたでしょう。だから、切腹イコール、服毒自殺です。が、瀬島隆三がついているのですから、死因は、通常の病死として届けられているはずです。

 そういえば、益山夫人は、100メートルぐらい向こうにある自宅(祭壇がしつらえてあるはず)から、わざわざマイクを持ってきて、我が家の居間の前の、6メートルのところにある、我が家の塀のところで、「私の主人は立派な人間でした」と、繰り返していました。つまり、おまえが殺したんだと言わんばかりでした。
 私は外にけんかを、やりになど、出ませんでしたが、

 『何という悪人たちなのだろう。自分で勝手に経済的な、ちょうずるい事件を起こしておいて、しかも、その真実がばれたら、目撃者たる私を、殺そうとして、さらに、それも失敗したら、『おまえのせいで、死んだ』と、甘えまくるつもり。やめてください。大人でしょう。どこに自己責任があるのです。最初から悪いことを、やらなければいいでしょう。お馬鹿さんめ』と、内心で、怒っているだけでした。私は、虫も殺さぬほど、優しい人ですが、優しさとは強さです。だから、脅かされれても一切引きません。ただ、いつ何を書くかは神様にゆだねています。

 昨日も銀座で、一軒だけ、非常に失礼な態度を取ったところがあります。それを、相手にけんかぱやく、抗議はしません。だけど、『あ、そうですか? あなたにそういう態度を取らせる、敵陣の一角は崩しますわよ。あなたより、時間的には前の、前の前の、前の段階のことは話しますわよ』と、決意しますわよね。それは当たり前です。ですから、『自陣営に、人数が多い、多いと、喜んでいたって、お馬鹿さんが含まれていたら、それで、アウトですよ』と、敵陣様と言っておこう。

 しかも、深夜から、朝の五時にかけての、文章を今、さらに深めてはっきりと書いています。それは、なぜかといえば、フェイスブックでも、また、障碍にあいましたので、さらに、覚悟が決まったからです。『ハイ、ハイ、そうですか。じゃあ、こちらも先へ進みますよ』となります。
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 ところで、読者の皆様にもうし上げます。何度も繰り返していますが、都会に住む限り、誰かを、馬鹿にしたり、いじめたり、下手においたりしていはいけません。それは、あなたご自身の墓穴を掘ることになります。私は、目の前で、益山某元海軍参謀が、実際の墓穴を掘るのを見ましたから。
 戦時中には、三十代で、参謀と呼ばれた人間です。最も頭がいいと言われた人種です。が、私から言えば、彼のすることなすこと、すべて、予測がつきましたから、「実際には、たいしたことないね」です。

 この益山夫妻は、両方なくなっているそうです。で、実質的に、この山を牛耳っているのが、益山夫人の弟である、中野某氏ですが、彼の自宅とおぼしきあたりも見て来ました。なんと、コンクリート製の、高さ3~4メートルの塀に囲まれていて、ふと、稲川会の会長の自宅を思わせました。そちらは、お城みたいなおうちですが、建物部分が外から見えます。が、中野氏の所有地は、一切中が見えません。

 ただね、さらに、はっきり言えば、その塀の中には、彼の、家はないのかもしれないのです。そこが問題の土地であるが故に、誰の目にも見えない様に隠されている・・・・・そういう可能性はあります。そして、こういう大規模なマンションには、上の階に、特別に広い区画で分譲しているところがありますね。そういうところを、三つぐらいもらっているのかもしれません。
 
 が、稲川会に比べても、こちらは・・・・・・一切を世間から隠していますから、・・・・・悪人度が、より高いですね。中野氏は、普通の日本人ぽいしょうゆ顔をした男性ですが。お姉さんの方の、益山夫人は原節子みたいな洋風の美人でしたけれど。でも、この大マンション群を売った利益の内、4分の1は、彼のモノだと思うから、資産15億以上の大金持ちだというわけです。で、金の力で、威張りまくるでしょう。特に子供や孫はいきさつを知らないから。堂々と威張りまくるでしょう。

 最初はゼロ円だったのですよ。だって、この土地は、横須賀市の水道山だったのですから。それを、買ったわけではなくて、蚕食して、登記簿上、自分のモノに、してしまったのですから。

 ただね。伊藤忠なんとか、かんとか、という伊藤忠の子会社が持っている部分は、横須賀市から正式に、買ったことになっているのかもしれません。と、なると、当時土木課長であり、奥さんがとても親しかった、杉本夫妻が問題になってきます。 杉本氏は、とんとん拍子の出世で、一般の戸建て住宅から、敷地が三倍ほどあり、宮大工が建てたようなお宅へ引っ越しました。が、同じ町内だから、本当は大問題なのです。

 一種の誇示なのですが、普通の人は何でと思いますでしょう。だから、杉本家の噂もちまたに飛び交うこととなります。私は、10方向ぐらいからそれを、聞きました。

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副題6,『昔、親友、今は敵なる、杉本、横須賀市・元または、現・副市長夫人』

 ここで、徹夜明けの午前、五時半になりました。今から家事をしないといけないので、ここで、いったん切ります。ここで、終わりとさせてくださいませ。この続きは次の日、18日にここで、書くか、別の章で、表します。
コメント

セーヌ河岸と、スコットランド人夫婦 (叙情か、政治か?)

2011-10-14 23:39:19 | Weblog
 20時間ぐらい誤変換を直さないでおいて済みません。今、16日の午前二時ですが、これからそれに、取り組みます。ところで、@@@@罫線のところまで、推敲しましたが、また、午前四時になりましたので、恐れ入りますが、そこから先は、あとで、推敲すると、させてくださいませ。

副題1,『パリ、シャルボネ本店の思い出』
副題2,『静かにほほえむ、スコットランド人夫婦』
副題3,『1998年から、2011年までに、なんと変わったことか、私の内も外も』
副題4,『真夜中のワン切りと、プリンターの、自動起動』
副題5,『宮益坂の、渋谷郵便局での怪』
副題6,『旧、ギャラリー山口の改装と、藤田千彩さん』
副題7,『大久保忠春、野見山暁司、酒井忠康のラインから、山口みつ子さんが他殺である可能性を疑う』

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副題1,『パリ、シャルボネ本店の思い出』

 一週間前のことです。フェイスブックの世界で、パリにおける展覧会の情報が寄せられました。それは向こうの画廊で、日本人の画家が展覧会をすると言うことです。

 で、私は、よく知らないお相手ではあるものの、それは、一つの成功だから、お祝いの言葉を寄せました。
 で、それに添えて、

 この番地ですと、quai というのは川岸という意味だったと、今、秋葉原のワシントンホテルで、辞書のないまま、思い出しています。ということはセーヌのそばで、75004だから、ノートルダム寺院の対岸あたりかなあ。我が家だったら地図がありますが、今、ここにはありません。そこらあたりにシャルボネの本店があります。本当によかったですね・・・・・と。

 シャルボネというのを、洋服のブランドだと、お思いにならないでください。それは画材店です。だけど、世界で、それほど、きれいなお店はないと言うほどの、画材店です。主に、版画のインクと道具(刃物類)をおいてあるのですが、品種は少なく、ですから、お店の規模は小さいです。
 屋根付きの一戸建てで、地べたより、少し上がった床は、しっかりした厚手のフローリング。

 そのお店の広さは日本でたとえると、コンビニ一軒より、ちいさいかなというぐらい。きれいなショーケースや引き出しに、カラフルなインク類が収められていて、ガラスの窓があり、そこから、木が見えます。セーヌの河岸に植られているのも見えたのですが、シャルボネの本店が、店先に植えている木も見えました。私のパリ時代は版画で、全く忙しく、ここを訪れたのは、三回ぐらいです。だが、自分のアパルトマンから、歩いて、セーヌを渡り、行きだけで、20分ぐらいでしたから、ちょうどよい散歩道だったのです。間にシテデザールという中島があって、そこは実は、高級マンション群のたつところらしく、日本で言うと、言葉では、田園調布とか、神宮前に当たるのでしょうが、人が全然通っていないことが、すてきで、ああいう場所はあまりないですね。

 そこを通って、セーヌの対岸に渡ると、こちらの、ノートルダム側よりは人通りが少ないものの、カフェや、画廊、などがある、一種の観光地なのです。大きなビルはありません。一階が、お店の群れ。
 つまり、そこは、はっきり言ってしまえば、サンジェルマン(デプレ)なのです。
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副題2,『静かにほほえむ、スコットランド人夫婦』

 さて、だいぶ後になって、その展覧会をした画家の人から、「驚きました。まさにご名答です」と言う回答がきました。私は地図を出して、そこを特定した訳ではなくて、ただ、記憶の中の風景をたどりだしていたのです。そして、そこで、1998年にエッセイを一つ書いています。

 それを探し出したいと、先ほど、四時間ぐらい奮闘しましたが、ついに、あきらめました。1998年は私はパソコンを使っておらず手書きでしたし、パリものだけで膨大な紙としての枚数があり、探し出せなかったのです。

 今、数台のパソコンを駆使している私がなぜ、その頃パソコンを使わなかったかというと、子供たちが母がインテリめいた人であることを嫌ったからです。子供たちは、ごく普通の日本のお母ちゃんであることを私に望んでいました。本当は『うちの、お母さんは、ちょっと普通とは、違う』と思っていたのでしょう。だからこそ、普通であってほしいと思っていたと感じます。で、私が羽ばたきだしたのは、1998年からです。

 それまでは、本当にちいさく、逼塞していた人間でした。で、1998年、ありとあらゆることに、希望を持ち、一種の輝きを持ってパリにいた私ですが、敵の存在には、まだ全く気がつかず、純真無比でありました。そのころの、気分と今の気分は、全く違うので、同じエッセイが再現できるわけもなく、筋だけを再現します。

 サンジェルマンの小さなカフェに、午後三時頃座っていた私は、白人の老夫婦が、席を探しているのに気がつきました。そのころ、まだ、56歳だった私は、まだ元気で、その老夫婦をお気の毒だと思ったのです。そのとき、たぶん、67歳とかおっしゃったから、今では彼らより年上になってしまい、東京の電車内で、席を譲られる立場です。で、私はたって、お二人を自分の席に招きました。

 パリの喫茶店はカップもひどく小さいのですが、テーブルもひどく小さく、いすは二つしかありません。でも、私は、近所のテーブルから余っているいすを自分のテーブルに引き寄せ、三人が座れるようにしてあげました。なんと、感謝してもらえたでしょう。その日は晴天で、しかも午後三時なので、カフェの中は満員だったのです。

 実は最終段階で、忙しさのあまり、髪振り乱し、爪の間に版画インクを黒くにじませて走り回っていた頃はだめなのですが、それほど、緊迫していない最初期は、どうしてか、パリに観光に来ている外人(しかし、白人)には、ひどく頼りにされたものです。道なども、グレースケリーみたいにきれいな奥様から、私が数多い周りの人の中で、一人だけ選ばれて、質問を受けたほどです。

 どこか、澄み切っていたのでしょう。で、この歩き回って、疲れ切っていた老夫婦にも、ひどく感謝されて、にこやかな笑顔を向けられました。で、どこからいらっしゃったのですか?と、聞くと、スコットランドからで、ご主人は教師だったそうです。そして、引退した後での、初めての海外旅行なのだそうです。
 二人ともやせていて、アメリカ人などのような大きな体格ではなく、めがねをかけて、善人そのものの表情です。大きな野心を持たず、慎ましく、やるべきことをやってきたその人生に迷いもなく、なんと、静かな落ち着いた人たちだったでしょう。

 『私はその日、彼らの前で、自分を恥じ入る感じを味わった』と言って、そのエッセイを締めくくっています。私は、当時大きな希望を持っていました。満々たる光に包まれていると思っていて、大きな天才的アーチストになれることを、疑いませんでした。だが、そのお二人の前に立つと、それは、何とも、変形してしまい、野心と言うようなモノにも見え、恥ずかしくなってしまったのです。
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副題3,『1998年から、2011年までに、なんと変わったことか、私の内も外も』

 もし、今の69歳の私が、あのサンジェルマンのカフェにいて、あのスコットランドから来た、老夫婦に出会ったら、彼らと、全く同じ雰囲気であり、「私も、同じ考えを持っています」と述べたでしょう。同じように、慎ましくほほえみながら。

 でね、野心のない人生もいいものです。それを、今の私も同じように歩んでいます。と、もうしあげてこのエッセイを終わったら、それは、素地の私を見せることであり、大勢の人に共感を得るエッセイとして終わるでしょう。が、今の私は残念ながら敵がいます。

 そして、一瞬の油断を見せても、攻撃をされます。で、上のような柔らかな結論で終わるわけにはいかないのです。

 最近の私はこの場を、その敵との、メッセージの交換の場として利用をしています。と書いたとたん、今午前一時ですが、電話が一回ほど鳴って、切られました。アップロードをする前です。
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副題4,『真夜中のワン切りと、プリンターの、自動起動』

 パソコンが変になって使いにくいこともありますが、真夜中に、電話がワン切りされたり、プリンターがカタカタ鳴り出したりするのも具体的な脅かしとして何度も使われてきています。

 でも、電話が鳴るのは、それほど、怖くないのです。むしろ、ながらく、誤解をしてました。誰か、私の文章の熱烈なファンがいて、いいものを書くたびに、ほめるために電話をかけてきていると、推察していたからです。私はブログや、フェイスブックを始める前に、メルマガをやっていました。10年ぐらい。そのお相手は、すべて、実際に知っている人で、もし相手が、私の文章のファンだったら、当然、私がお知らせをしている住所等は、メモっているはずだからです。
 その頃の私は、こういう諜略関係の文章は書いておらず、芸術か、心理学か、哲学の分野に限っていましたから、自信満々で、ファンがいることも疑わなかったからです。

 でも、私は、一人暮らしのアトリエを引き払っていました。家族の縛りがきついことはメルマガ内で何度も書いていましたので、アトリエなら真夜中に電話をかけてもいいが、鎌倉の自宅なら、それは遠慮すべきだと言うこととなり、それで、ワン切りされると見なしていました。
 だから、それが起きると、にこにこしていたモノです。

 今(2011年、10月16日)も、ワン切リとして鳴ったわけです。が、これは、ファンではないと、感じています。今書いているのはブログであり、それは、誰か、知っている人が読むモノではありません。しかも、その問題の一行、「敵がいます」と、書いた、とたん、まだ、アップロードもしていないのに、電話がワン切りされました。
 これは、いつも、申し上げているように、この近所に大型無線LAN機能を持つ機器が置かれていて、どんな仕事をしていても、すぐ、遠くにいる敵に、察知されると言うことを示していると感じます。

 で、すごいレベルで、追い回されているのですが、なんと、二日前に、直接メールで、脅かしを受けたのです。それは、今は分析をしません。

 しかも、こういうことを書くとすぐ、おかしい音をパソコンが上げます。自分たちがやっていても、やられたことを書かれると、それも、また新たに、脅かしてくると言うわけです。『おや、おや、きちがいですね。本当に』と思いますが・・・・・この「きちがい」という言葉が、なんか、使ってはいけないそうですが、そういうきまりをどうしてつくるのですか? おかしいですが、絶対な権力を握っていると誤解をしている存在が、勝手気ままな法律を作るのです。

 神奈川県で禁煙条例を作った松沢茂文氏は、本音のところで、県民から総スカンを食っています。

 ところで、真夜中に脅かしてくる音についてのエピソードに、戻ります。
 プリンターの方はよりやっかいで、相当長期間どきっとしていました。つまり、脅かしの効果は一定以上あったわけです。デモ、数年ぶりに、つい、一ヶ月前にそれが、鳴ったときは、『おやおや、泥棒と連動しているわね』と思ってわらっちゃったモノです。

 この泥棒は、大事な写真や、大事な資料を盗んでいくのですが、それでも、脅かしが足りないと思うと、トイレのドアに黒マジックで矢印を書いたり、銀の匙を所定の引き出しから別の引き出しへ移動させたり、額を必ず斜めにして帰ったりするのです。一番悪辣な行為は、夏でしたが、ストーブをつけて帰ったことかな?
 
 プリンターは、買っても買っても、外から壊されます。で、仕方がなくて、パソコンのそばには置いてありません。物置みたいな部屋へ移動をさせたのです。が、フェイスブックが始まって、そこに投稿するためにスキャナー機能が必要になり、それは、まだ、生きているので、再び、この部屋に戻したら、久しぶりに、真夜中にかたかたと、鳴るのです。つまり、泥棒(・・・もしょっちゅう入っていますが)、それが、プリンターが移動をしたことを発見して、『じゃあ、また、プリンターが脅かしの道具となる』と、考えたのでしょう。

 真夜中一時頃、かたかたと鳴ります。それは、たぶん、酒井忠康氏や、石塚雅彦氏等について書いた日だったでしょう。これらの人々が、どういう悪をなしているかを書かれることが、例の鎌倉エージェントである二人、特に伊藤玄二郎にとって、どれほど、恐ろしいことなのかが、わかります。だけど、こちらは、こういう風に、日々、実際に被害があるわけですから、書きます。

 そして、今では、この攻撃の因果関係の・総・構造が、すべて、見えてしまったので、怖くないのです。幽霊がやっているわけではないから。すべては、人間がやっているのです。それも、十分な意味があってね。

 最初にそちら側が悪をなしていても、それを正当防衛としてその悪辣ぶりを書くと、今度は、書いてはいけないといって脅かしてくるのです。二重三重に理不尽で傲慢です。が、現在日本の最高権力者である国際的軍産共同体のエージェントであると、こういう風に傲慢で、やりたい放題の人間となるのです。後ろ盾が大きいので、NHKも言うことを聞くし、警察も言うことを聞くし、NTTも言うことを聞くし、東電も言うことを聞くからです。で、江戸時代の殿様以上に威張っています。

 私は何度も、一流の弁護士を立てるのなら、和解に応じますと言っています。が、それに乗る意思はないと見えます。
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副題5,『宮益坂の、渋谷郵便局での怪』

  敵が熱烈な、攻撃を加えてきていたのは、このパリ時代からすでに始まっていたことだったのですが、それを、本当に確認したのは、10年後の2007年です。日本の渋谷郵便局でです。その10月26日~27日にかけて、渋谷郵便局で、4冊目の著書を発送していたときに、我が家の電話が、盗聴をされていることがはっきりしました。

  午後の二時に初めても、600冊の本の発送が終わらなくて、主人に26日の夜九時頃「徹夜しますね」と電話をした後で、突然に、郵便局の人の態度が悪くなって、トイレも貸してくれないと言うような、拷問を受けるに等しい状態になり、しかも、次の日の早朝、大音響で警戒警報が鳴ったとか、数々の異常事態が起きたからです。

 で、27日の午前10時頃になって、前夜のゆうゆう窓口の職員さんではない、本社の職員さんに、「この郵便局では、早朝、大音量でサイレンを鳴らすのですか?」と質問をすると、「それはありません」と言っていたので、あれは、完璧に私を狙った大音響だったと思います。脅迫のためには、常に音が使われます。

 トイレは仕方がないので、400冊ていどの本と文房具と、梱包用具などの荷物を置いたまま、近所のネットカフェを30分借りて、そこで用足しをして、もう一回郵便局に戻りました。一冊ずつ、三冊ずつ、五冊ずつ、10冊ずつ、15冊ずつ、30冊ずつと、添え状をつけて、本を送るのは、頭と体を使う重労働なのです。なかなか終わらない重労働ですから、それらの荷物を置いたまま、近所のネットカフェにトイレだけ借りに行ったのです。というのも宮益坂には、夜の11時過ぎに開いているレストランはないのです。さすがに、駅近辺まで、往復30分以上をかけて、荷物を置いたまま、遠出をする気持ちにもなりませんでした。どんなに、日本が治安がいいといってもね。
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 ちょっとここで、挿入となりますが、勤務というのこそ、ありませんが、自分の体力一杯、目いっぱい、常に働いている私です。で、それが、どんなに、攻撃を受けても負けないし、逃げない自分を作り上げています。つまり、報酬や名誉を伴わないことは、人間だけが、構成している社会においては負け犬にしか過ぎないのですが、神様も加わった世界では、少し、事情が違ってくるのです。神様が加わると、私の、人間社会においては、報われない努力に対して、かわいそうにと、お思いになるのか、私には別の側面で、お味方をしてくださるので、・・・・・ちょっとありえない幸運に出会います。

@@@@@、ここまで、推敲済み
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挿入から元へ戻ります。

 しかし、このときに大苦労をして発送をした本が、中学の同級生である大久保忠春氏から、開封もしないで、送り返されてきたこと、および、銀座の画廊、21+葉からも、さっと送り返されたきたこと、・・・・・

 これらが、酒井忠康氏の関与を、すでに、そのときに疑わせ、なぜ、そうなるかということをも考えさせたからです。酒井忠康氏自身か、伊藤玄二郎のどちらかが、国際的軍産共同体の、エージェントでない限り、郵便局までは支配できないはずだからです。
 つまり、渋谷郵便局は、親書の秘密を守らなかった可能性があるのです。送り状、それは、600冊か、800冊だから、50枚を超えて、いましたが、(金額にして七万円近くだった)、その宛先を教えるように、誰かから頼まれて、すべてを教えたのでしょう。

 でないと、九州に住んでいる大久保忠春氏が、どうして、すぐ、開封もしないで送り返して来ます? それは、ありえません。私は彼と、同期生だった、横浜国立大学時代は、入学式総代および、卒業式総代だったから、同期生には一定の尊敬を受けています。そして、1997年には毎日新聞主催のコンクールに同時入選し、すでに、そこでの、常連だった大久保君から、精養軒のテラスで、三田晴夫さんに紹介してあげましょうかといわれています。その精養軒での、1997年から、この渋谷郵便局での、2007年の間の10年間に、あんなに親切だった彼が、どうしてこれほどの、失礼な態度を、とるほど、変化しますか?
 その間に、九州に住んでいる大久保君と、神奈川県にいる私との間に、何の交流もないのですよ。急に不親切になるのは変です。
 変です。自然じゃあないです。おかしいです。とてもおかしいです。ですから、この時期から、私は酒井忠康氏が、相当におかしなこと、つまり、私を弾圧することを、始めているとと感じていたのです。

 そして、この時の本は政治には一切関係がありませんでした。画廊街を舞台にして、相当におもしろい話だと好評を持って雑誌れ最の段階から、迎えられた本を、裏から間接的に、つぶしてきた酒井氏に対して、大いなる損失を与えられたわけです。が、その理由はどこにあるのだと、丁寧に観察を始めることとなります。ですから、この4冊目の本に対してくわえられた悪辣な仕組み・・・・・だって、渋谷郵便局のゆうゆう職員が、信書の、秘密を破った可能性はあるのですよ。これが、悪辣でなくてなんといえます。
 大久保君いも聞きたいです。何であなたは、開封もしないで返送してきたのですか? これって、郵便公社を巻き込む大事件ですよ。あなたはその証人です。

 しっかり答えて下さいませね。正しい理由を。

@@@@@、ここまで、推敲済み


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副題6,『旧、ギャラリー山口の改装と、藤田千彩さん』

 つい一ヶ月前のことです。藤田千彩というツィッターの世界で、有名らしい人物が、フェイスブックの世界で、旧ギャラリー山口の、跡地の写真を載せました。たまたま、私は知らなかったのですが、そのビルは元々は、道路に面して窓があったそうです。それを画廊にするために、封鎖してあったのですが、窓を復活して、画廊ではないテナントが入るらしいと言われています。

 たまたま、私がフェイスブックを開いている間に、それが、情報として入ったので、私はそれに応答を始めました。が、簡単な文章です。フェイスブックは瞬間的に、移動をしていきますので長い文章を書くことを許されていません。ですから、藤田千彩さnに向けて話すコメントは、軽いモノです。

 『え、そんな、改築が行われているのですか?』それは知りませんでした。とか言う。

 それに対して、藤田さんが応対を指定くれているという印が、液晶画面上に出るのですが、それを読もうとしても読めません。それが、第一に不思議なことです。だけど、私のパソコンにへばりついて監視をしている人間が、いろいろな事情を飲み込んでいて、

 本当は山口さんが、急死したのは自殺ではなくて、他殺であることを知っていて、
 しかも、その人物は、この私、雨宮舜が、この日本で唯一の存在として、山口さんが他殺である可能性を知っている人物であることも、同時に知っていて、

 だからこそ、グーブログとメルマガの世界の読者がそれを、知っているのはすでに、防ぎようがない。が、フェイスブックの世界にまで、それが、広まったら、大変だと考えて、急遽、藤田千彩さんと、私との会話を切ったと見なしました。

 ところが、それで終わらないのです。その日以来、藤田千彩さんは、フェイスブックを退会してしまったのです。もちろん、上の例三という人が、一ヶ月姿を消した後で、サイドは行ってきたので、もう一回入ってくる可能性はありますが、その日以来、ほぼ一ヶ月、藤田千彩という人はフェイスブックからは姿を消しております。

 これは異常です。私も一回、退会しようとしてことはありますが、その前にすさまじい損失があって、これは耐えきれないと思ったからです。が、藤田さんの、コメント(書き込み)に瞬時には、対応できなかったのは、私の意図的な悪ではありません。それに、そういう風に、反応が遅れて起きるのはしょっちゅうあることです。お互いにあり得ることです。それなのに、藤田さんがフェイスブックを退会する。これは、異常です。

 裏に、山口みつ子さんに関する何らかの、触れてはいけないタブーがあって、それを、刺激するから、「あんたは一度フェイスブックから退会した方がいいですよ。その代わりとして、これこれこれだけの、報酬(よい仕事)をあげます」と言われた可能性があるのです。誰から? その教唆をした、人間は、私にはわかりませんが、山口さんが、他殺であることを知っている可能性があります。

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副題7,『大久保忠春、野見山暁司、酒井忠康のラインから、山口みつ子さんが他殺である可能性を疑う』

 山口光子さんが、ご自分お画廊を閉鎖されるとというその後始末を最後まではやらないで、自殺をされたというニュースが駆け巡ったのは、1月の20日頃です。それも、知らなかった私にわざわざメールで届いたのです。私は社交的には振る舞わない人間なので、画壇の噂話にはとんと疎くて、普通なら、何も知らなかったところへ、近藤実さんから、お知らせが来たのでした。
 これも、ちょっとおかしいのです。だけど、その詳細は、今は触れません。

 ただ、その後で、読売新聞が、川島さん(村松画廊のオーナー)の弁を借りて、『画廊の経営は、今苦しく中には自殺をする人がいると語らせ、その記事に添えられた写真がなんと、ギャラリー山口のモノだったという間接的な形で、日本全国に、山口さんが自殺だったと知らせたこともおかしいのです。

 そんなことは触れるべきではないし、底に、ギャラリー山口の写真を添えるのなら、川島さんはすぐ、抗議をすべきだし、ほかのギャラリストたちに、『自分はだまされた』と宣言すべきなのです。だって、それほどの、裏切りは川島さん、あなたご自身を、汚い人格であると、誰からも思われますよ。あなたを尊敬する人はいなくなる。馬鹿じゃあないでしょうに、それでも、その役目を請け合ったのは、なぜ? 酒井忠康氏から頼まれたせいではないの? または、間に誰かがはいったかも、しれませんが。

 でね、山口みつ子さんの死に関しては、不明な点が数多くあるので管、他殺説を唱えたのは、野見山暁司さんが、どうも、精神的な原因であろうと見なされることです。種々様々な店で、そう感じますが、それは、2010年の一月の、彼女の急死の時に、気がついたことではないのです。

 双ではなくて、大久保忠春さんが、15冊入っている本の包みを開封もせず送り返してきたときに始まっていたのです。これは、先ほども言ったように自然な現象ではありません。あり得ない現象です。だって、一冊の本なら本として外側から見えます。デモ、15冊の小包だと外側からは本とも思えません。もちろん、私は送り状に中身を、本であると記載をしています。だけど、普通なら、一応、どうして、女物が送ってkちあのだろうと開けてみるモノでしょう。知らない人間ならいざ知らず、1997年には、精養軒で、三田晴夫さんに紹介してあげましょうと言った大久保君ですよ。どうして、こんな失礼なことをやってくるのです。

 私は渋谷郵便局から、取り上げた送り状を、しかるべき存在が、読み、相手先を調べまくって、その一つだった大久保君に、影響を与えうる三人の人物に、受け取らないように言ったのだと思います。同じ人物が21+葉の、オーナーにも同じことを命令しtのでしょう。その調べまくった人物が、酒井忠康氏だったら、氏は、毎日新聞のコンクールの審査員として常連ですから、大久保君に直接電話を過kてかの雨声もありますが、こういう仕事をする人間は非常にずるいので、自分自身が動きません。必ず、自分に責任がかぶってこないように、他者を間に立てる可能性があります。で、間に立てたのが、野見山さんだと感じます。

 ひどい話です。私の本にはどこにも割ることは書いてありません。ただ、エージェントたちが、瀬島隆三の悪、および、彼の友人の益山某の悪を将来書かれることを恐れて、ライターとしての私をつぶそうと考えているだけの話です。大久保君なんか、何がなにやらわからぬうちに、私より、円が深いし、尊敬している、飲み屋mさんの言うことだから等のみにしたのでしょう。だめですよ。大久保君、あなたはそんなことをすると、例の宮殿の社長のように、現代後から関係だけ英を信じている、とんでもない悪因だと将来証明されることになりますよ。出世だけを望んでは池間sねん。潜在意識の中にある正義感を掘り起こしてください。

 変ですよ。中学の同期生の私がどうして合う人でありましょう。そして、あなたに迷惑を与える可能性のあるプレゼントを贈るでしょうか?

 それは、瀬島隆三にたきつけられて、威張りかえって、傲慢の限りを尽くした、伊藤玄二郎のもと愛人・石川和子が、私の猫が、彼女たち夫婦よりも、私を慕ったことに逆上して、警官を呼び、あの女のをその夫から鹿ってほしいと命令したことに端を発しています。警官をそんなことにどうして使えるのですか。変で宇書ね。猫のことで頸管が動くのですか、しかもその猫は私の猫で亜襟、私を慕っているのは当たり前の現象ですよ。王ディsて、石川飼うzことその夫はshろえおほごうまんなのですか? 真jにがたいです。

 そのまた警官が馬鹿なことに、私を我が家の敷地内で脅かしまくった上に、さらに、絶対に車が入り込まないこの山の中で、私を脅かすために、交通事故の調書まで取ったのですよ。それを、かばうためにこれほど、大がかりにも、ばかげた、脅かしと損失が、私の方に、与えられているのです。そのばかげた悪人どもの、使いっ走りをしているのが、酒井忠康氏です。だから、酒井氏の悪の重奏的なこと、信じがたいほどです。だから、八幡宮の大銀杏も倒れます。酒井氏がなした、ほかの悪と、酒井氏の、鶴岡八幡宮との関係はすでに以前に述べています。

 このあたりは過去に書いていますので、さかのぼって探して下さいませ。

 いえ、それではあまりに、読者の皆様に対して、失礼なので、後で、誤変換を直しながら探して、日付とタイトルをあげておきます。

 今日はパリにおける軍産共同体が私になした悪と、それが、週刊朝日と、朝日新聞社を通じて、・・・・・特に高校野球(夏の甲子園)のトップである奥島孝康氏を通じて、未だに、その悪が続いているところまで書くつもりでしたが、すでに、一万字を超えました。私も疲れましたが、お読みになる方もお疲れでしょう。ですから、ここで途中ですが、終わらせていただきます。明日、誤変換を直し、関連する章の名前をあげます。

 どうか、あなた様、私から悪人として名前を挙げられたくなかったら、失礼なことおよび、悪に通じることをおやりにならないでくださいませ。それが悪であるかどうかを、あなた自身は判断ができなくても、おかしいと、ちょっとでも思うことはおやりにならないでください。あなたが、不自然で、私に損失をあたえることを、おやりにならなければ、私はあなたのことを書き表しません。

 お気の毒ですが、酒井忠康さん、あなたは、原発の核燃料を、売りこんでいる陣営に最も重宝がられている、国民の敵に等しい存在なのですよ。美術界では威張っておられますが、今となっては、私の目から見れば、そうなります。あなたが、おやりになったことは、すべて、ライターとしての私を、悲しめ、落ち込ませるための手法なのですから。
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田原総一朗 と、テレビ朝日という・・・・二つの『困ったチャン』

2011-10-14 01:55:41 | Weblog
  今、14日(金)の午後23時です。続きを書く予定が、10時間ぐらい遅れています。恐れ入ります。実は、その間、手書きで、原稿用紙換算、70枚ぐらいのものを書いていました。突然に創作の嵐に見舞われることがあり、そういうことをいたします。パソコンあhハッキングを受けているので手書きをします。便利な道具はそれだけ弱いのです。

 で、こちらに取り組めませんでした。お許しください。フェイスブックと連動して、お読みいただいている方は、「そっちでは、コメントなんか、出していたじゃあないの」とおっしゃるかと思いますが、フェイスブックは、どんなに真剣に書いても、400字ですから、このブログとは重みが違います。
  こちらの方が、体力や気力が、充実していないと書けません。フェイスブックは、頭の回転のために、入ったりしています。頭を休めたり、リフレッシュさせるために。

  こちらは違うのです。こちらの方が、相当に真剣になります。しかも、弾圧をされながら書いていますから、超がつくほど、たいへんで、気力も体力も最高の、場合しか、書きません。では、一応まとめましたので、タイトルも全体を表すものへと、変えていきます。どうか、よろしく。

副題1,『なぜ、地上波から、BSへ、田原氏は移ったのか?』
副題2,『田原総一朗を、グーグルで検索をすれば、』
副題3,『読売新聞は、どうなっているのか?』
副題4,『あと10年もすれば、紙の新聞は、終わりだろうが』
副題5、『田原総一朗氏を、1000字でまとめれば、どうなるか?』
副題6、『恋愛は、男にとって、身を立てる武器ともなり、
              反対に、身を滅ぼす、凶器ともなる』
副題7、『得する離婚と、損する離婚』

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副題1,『なぜ、地上波から、BSへ、田原氏は移ったのか?』

 さて、私の最近のものをお読みになっている方は、二、三回、それているなと、お考えでしょう。自分でも気がついています。が、それを書くのは、非常に体力がいると言うことに、取り組む予定でしたから、充実するのを、待っていました。つまり田原総一朗氏をまな板にあげることです。

 が、間に次から次へと別用が入り、お待たせをしていて申し訳ございません。
 ところで、私は田原総一朗氏に対して、一回すでに批判をしています。すると、氏が、テレビ朝日の日曜日午前中の番組を降りて、BSの方へ移り、後を小宮悦子さんが、引き受けました。

 そのときにも密かに、『自分の文章はしかるべき筋から注目をされているなあ』とは、感じました。つまり、私は原発に反対しています。で、原発を容認する人々から、嫌われています。と、同時に、それらの陣営にこそ、注目をされているのです。
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副題2,『田原総一朗を、グーグルで検索をすれば、』

 今回も、そのときの批判を繰り返すことで、始めたいのです。それ以外は、田原氏を注目していませんので。最近では氏の登場する番組を一切見ないので、何にも感じていませんし。

 しかし、以前も一回入ったように、もう一回グーグルで検索をして、wikipediaのところだけはチェックしました。すると、大変に項目の多い人です。大きく活動をして来た人です。

 『あんた何なんだよ。比較してどうなんだよ』と、問われれば、『ちょっとひるみますね。さすがに器が違うかな?』と答えておこうかな?・・・・・と、一瞬は感じます。

 しかし、大量の言葉より、俳句の方が表現力が強かったりする真実を皆様はご存じでしょう。たとえば、一休さんなんて、使った、仮名文字の数から比べれば、紫式部より遙かに少ないです。だけど、この日本国内で、どちらの作品の方が、人口に膾炙しているかと言えば、むろん、一休さんでしょう。

 ちょっとしたインテリなら、誰もが感じているが、絶対に口外しない真実として、『田原総一朗は、死んだら終わりだ。肉体的パフォーマンスの人だから』と言うことがあると思います。
 しかし、ちょっとまともな人なら、あの司会の仕方は、嫌うと思います。彼が予定調和として、内心で、抱いている方向へ、強烈に、持って行くから。討論も何もあったものじゃあないです。
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副題3,『読売新聞は、どうなっているのか?』

 私はかねてより、朝日新聞と、テレビ朝日を批判しています。が、そちらが依然として強く、むしろ平均的な日本人の信条を代表していると思われる、毎日新聞と産経新聞が、どんどん、落ち込んでいます。

 まあ、日経新聞は、日本の学歴的エリートが購読している新聞として、あまりに偏頗したことは書かないはずだと、日本中が見なしていると思うし、記事の組み立て方、一面の、大見出しの付け方は、今のところは、そうなっています。

 次に読売新聞ですが、私はほとんど接触したことがありません。

が、『日本一の部数を朝日新聞と争っていて、
   論調はどちらかというと右派であり、自民党としっかりと結びついている』というのが、国民の大多数が見るところの特徴でした。

  そして、朝日新聞と比較をすると、なりふり構わぬエンターテインメント路線を追求していて、少し、低級なのだという判断もあったでしょう。

  そういう判断は、産経新聞にも与えられていて、さらに言えば、中日新聞など、さらに格が落ちるという判断があったと思います。

 しかし、今、一番そのニュースが期待されているのがウエブサイト上で見ると、産経新聞と中日新聞です。つまり、その二紙は信頼度が高いと見なされています。しかし、読売新聞と朝日新聞と、日経新聞はウエブサイト上で、注目すべきニュースとして取り上げられる回数が圧倒的に少ないのです。

 また、フェイスブック紙上では、中日新聞の評価が高いです。つまり、ニュースが加工されていない素であり、信頼性が高く、かつ、読者の方に、考察の余地があるのです。朝日新聞はその最も対極にあり、読者に対しては傲慢であり、真実を知らせるという意味では怠慢です。

 そして、あらたにすという三者連動・契約ができている限り、読売新聞は、右派系という特徴を失い、日経新聞も傲慢と怠慢の、輪の中に入れ込められてしまったのです。

 『あらたにす』創設の罪は重いです。
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副題4,『あと10年もすれば、紙の新聞は、終わりだろうが』

 私は書物は紙の方がいいと思っています。が、ニュースを配信してもらうという意味では、すでに、紙の新聞を見放しています。

 今、雑誌が無理矢理、廃刊に追い込まれていますが、それと同じように採算重視になったら、やがて、新聞は購読者が減り、かつ、広告収入も減るようになると考えます。
 アメリカでは、宅配の制度はないのですよね。そして、大衆はキオスクか、コンビニみたいなところで、あつくて充実している、タブロイド新聞(無料のものが多い)とか、大判の、ニューヨークタイムズとか、ヘラルドトリビューンを、買うという形式です。が、これでは大量の部数は出ません。が、国土が広いので、地産地消で、これでいいと考えられていると思います。

 日本は国土が狭くて、かつ、人口密度が高いので、宅配制度が発達しています。特に、朝日新聞は、インテリが作ってやくざが売ると言うほど、強引な拡大政策をとり、読売新聞と争ったために、さらに、読売も同じような作戦をとり、両者が、寡占状態を引き起こしました。

 日経を加えると圧倒的な寡占状態を、作り出しているのです。

 が、1980年代みたいに、各新聞に特徴があったらよかったのです。会社とか、学校という組織では、職場で、数紙の新聞を取っていたと思いますので、会社や学校などの組織に金宇している人は、特に男性は、新聞を読み比べて、判断をするという生活様式が確立をしていたのです。女性は若ければ、そんなスタイルは生意気だと思われるし、四〇過ぎの女性にはパート勤務のような立場が多かったので、昼休み、および三時のお茶の時間に、新聞を読み区rべるというような習慣は少なかったと思われます。

 ところが、現在の若者は、1980年代の、中年女性のような、切り売り労働を迫られているケースが多く、かつ、集約的に働かされていて、かつ、生活スタイルに、ださいとか、お宅という言葉が持ち込まれ、軽薄であることがよしとされています。ですから、新聞を職場でじっくり読むというような生活スタイルが消えているのです。

 が、若い人が本当に能なしで、不真面目なのかというと、そうでもないのです。が、彼らは、紙のメディアだったら、コミックを読むし、ニュースはケータイ等で、配信されたもので十分だと考えているでしょう。

 いやね、人様のビジネスを衰退するなどと予測をするのは失礼です。が、今のように傲慢で、かつ怠慢だと、必ずそうなります。

 それは、原発事故のことで、政府が隠蔽工作を、はなはだしくしていることを国民みんながわかって来ていて、しかも、メディアが、それを、追求しないどころか、メディアそのものが隠蔽していることを、国民がみんな、すでに、気がついているからです。

 その傲慢と怠慢の象徴的なケースが『新たにす』であり、それを作ったのが、石塚雅彦氏であろうというのが、前の文章でした。

 で、本日はテレビの世界で、朝日新聞という大権力をバックにして、ありとあらゆる・・・・・国民にとって、悪い・・・・・ことをやり抜いている田原総一朗氏をとリあげるわけです。
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副題5、『田原総一朗氏を、1000字でまとめれば、どうなるか?』

 ところが、ここで、間に、手書きにする文章が入ってしまいました。明日土曜日も延々それを書くつもりです。でね、ここで、急きょ、この文章を短めにも、短すぎるのでも、終わりとさせていただきたいのです。

 田原氏については、小選挙区制の推進と、映画コーヴの上映推進という二つのポイントで、責め(攻め)ないといけません。が、いつもは、必ず、10時間以内に、続きを書く私が書けなかったので、ここはひとまず、この文章自体を終わりとさせてくださいませ。

 だけど、決して逃げたわけではないのですよ。頭に、詳細が降りてこないと、書かない人間が私なのです。で、これを書き始めようと思った、一週間前には、詳細な細部が頭に浮かんでいたのですが、それを、すぐパソコンに落としていないうちに、消えてしまったのです。ですから、再度、その細部を思い起こすのが大変です。

 が、たった、3行でも、この人が日本社会において、大変な悪をなした、弊害を残したということは、だれの目にも明らかでしょう。俳句と同じ形式で、結論だけをポンとあげておきます。

 とても、困った人です。で、その陰険な、方向性が何から出てくるかですが、
 激しい上昇志向を持っている人です。それが何から来るのかはわかりません。

 在日という出自はないと思う。劣等感がある場合は激しい上昇志向を持つのですが、何が田原氏の劣等感を刺激しているのだろう。

 しいて言えば、若いころ、貧乏だったということがあります。また、当時は東大全盛時代なので、東大を出ていないということが引け目だったかな?

 それとも、劣等感ではなくて、優越感が、田原氏をああい言う人間にしているのだろうか。優越感とは、仕事をしているうちに、ご自分が能力が高いと認識したのに、よい場所が与えられていないと判断して、それに対する怨念があったかな?
 周りにいる人間が、みんな馬鹿に見えるから、総理大臣よりもえらい位置に立っている、政治評論家になって、・・・・ある特殊な・・・・権力を振るおうというのかな?
 まあ、お顔は美形の方だと思う。それに、年齢に比してお若い。

 だから、テレビ時代の寵児として、それこそ時代と結婚した男の一人でしょう。

 が、とても、困った人間として、この日本社会に存在している人です。
 何が氏をああいう困ったチャンにしているかは、本当はわからないのですが、それでも、例の見てきたようなうそを言いの一つとして、

 田原氏は、弱みを握られて、それを種に、転向をするように迫られ、それ以来国際的軍産共同体の犬になったという案です。
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副題6、『恋愛は、男にとって、身を立てる武器ともなり、
              反対に、身を滅ぼす、凶器ともなる』

 弱みというのは恋愛です。ご自分が告白していらっしゃるけれど、ダブル不倫だったと言われています。ご自分の方にも妻と子供があり、相手の方にも夫と子供があった。そういう間柄で、好きになって、云々、かんぬんと続くのですが、・・・・・・
 テレビ世界の寵児としてお茶の間に直接届く立場であれば、それは、暴露されると困る現象であり、それを伏せてもらうことを条件に、絶対に、国際的軍産共同体の言うなりになって、そちらが伸びるように尽くすと、誓った・・・・・うんぬん、かんぬんと。

 これは、以前書いた、細野豪司氏と同じ流れです。
 特に、細野豪司氏は、小沢出廷の後で、証人喚問を迫る各党を抑えるべく、証人喚問をすべきではないと言いました。

 これこそ、小沢一郎氏が、国際的軍産共同体の、もっともかわい子ちゃんであることを証明しており、細野豪司氏が、小沢氏の孫(=第三の)世代として、国際的軍産共同体の軍門に下っていることを示しており、

 この日本が、このような、少数の、エージェント化した、人間たちに、牛耳られていることを証明していると考えます。

 そして、週刊朝日と、テレビ朝日を主要な、舞台として活躍をしていることから考えて、利用できる逸材として、利用されまくっているという考察です。

 だけど、こんなことを言うと、田原氏本人が怒りまくりひていするでしょうから、「恋愛を種に、脅かされてああいう主張と、マナーを発揮しているわけではない」と、言う方向でも、考えておかないといけません。

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副題7、『得する離婚と、損する離婚』

 離婚はありがちなことです。でも、その結果、こちらが、損をするような結婚だと、世間は納得をします。つまり、下世話な言葉でいえば、捨てられた方だと、世間の人は、納得をして、同情します。

 または、逃げられたといってもいい。が、反対に、捨てたとか、逃げたとか、乗り換えたという印象を与えると世間の人は、納得をしないのです。その話題の人物を、いやな人間だなあと思います。

 赤瀬川原平さんの離婚はそういう意味では、世間が受け入れ納得をしている離婚です。赤瀬川さんが、尾辻克彦の名前で書いていた小説は、広義の意味では現夫人(第二の奥様)に対するオノロケです。だけど、前の結婚が、赤瀬川さんの苦境時代に起きた現象だから、『糟糠の妻を、全うできなかったのね。甘えた人だったのでしょう』と、前夫人を、低く評価するからです。

 ところが、世間の人は田原氏の離婚を消決っして高くは、評価をしていません。ご本人にとっては、現夫人が切実にほしい人材だったとしても、世間は深い同情を、前夫人に対して寄せているでしょう。お気の毒にと思っています。

 それでも、自分の思う様にふるまった田原氏は、傲慢の典型です。一般的に言って、一人の人間が所有してよい欲望の達成の数倍の欲望を達成しているわけです。金、女、知名度、ある種の権力の、4っつ、すべてを手に入れたわけですが、世間が、彼を高く評価しているとは、まるで、思えません。でも、いつまでも、彼は、サバイバルし君臨し続けています。

 その生き残り術の確かさは、小沢一郎並みです。これは、例の、この日本の、真実の権力者たる、国際的軍産共同体から、大きな支援を、受けているからです。

 3,11以前は、それでも、彼の存在を、この日本社会は許容できました。が、今は、許容すべきではないです。
 では、どうすればよいのか?

 彼が出ているテレビ番組・・・・・例えば、朝まで生テレビを見ない事です。彼が原稿を寄せている週刊朝日を、買わないことです。

 そして、さらに言えば、持ちつ持たれつで生きてきた、朝日新聞は、いつかは、凋落をすると思います。というのも、原発という災禍を招いた、人材こそ、田原総一郎で、代表される陣営だからです。それらを表舞台で、活躍させた朝日新聞は、それだけの罪を、国民に対して、負っているからです。
  では、今日はこれで、この一文を終わります。明日、午前中に誤変換を直します。
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サツマイモのつるを、昔、食べたんだけど。(母の一周忌に)△

2011-10-12 02:15:20 | Weblog
副題1、『今日、銀座でお茶していて』
副題2、『現在のホテルのカギは、カード式です』
副題3、『プリンターを、借りたのだけれど』

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副題1、『今日、銀座でお茶していて』

 今朝はホテルのバイキング、一杯食べました。(この事情はあとで、説明をさせていただきます)で、おなかがいっぱいなので、お昼はお茶だけです。喫茶店でも自宅でも、長らく、コーフィーを絶っていたのです。いわゆる煙草のみと同じ感覚で、コーフィーを飲んでいたら、腸内菌が死んでしまったのです。一日にマグカップ六杯以上、お砂糖もミルクもたっぷり入れて、飲んでいたら、さすがに、バランスを崩してしまって、おならが出るようになって、あとで、ヨーグルトを飲んだり、黄色い顆粒の漢方系胃腸薬を飲んだり、して、も、治るのに、六年間ぐらいかかりました。で、やっと、腸が普通になってきたので、外でも、コーフィーを飲むようになりました。が、必ずアメリカンです。

 喫茶店に入る時ですが、もう、二〇年近く、ほとんど、一人です。全然さびしくありません。そうすることで、自分の時間を生み出しています。つまり、特定の友達がいない人です。
 が、無神経であるとは、とても言えない人間が私なのです。何か、パソコンで書いているか、または、周りを観察します。

 今日はお隣の4人組のお話が聞こえるともなく、聞こえてきます。面白い。何が面白いかというと、女性の生き方で、もっとも、幸せな生き方をしている人たちだとわかるからです。で、立つときにお話をしかけました。これが、最近の私の融通無碍なる、かつ、闊達極まりないところなのですが、そういう時間があるから、決まった特定の友達がいなくても、大丈夫なのです。人との交流という意味では、いつも、しかも、十分に恵まれています。
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 で『多分、あなた方は、今現在の日本で最も恵まれている存在です。今、おいくつですか?』と、始め・・・・・1943年生まれが三人で、1942年生まれがおひとり。銀行に、高卒で勤務し始めて、たった二年で退職し、最近になって、職場時代の同窓会を始めた。今日は、現在三時なので、お食事は、すでに済ませて、今は、二次会をしているところ。・・・・・云々と聞いて行きます。そうです。思った通り、最も恵まれた世代の、もっとも、恵まれた人たち。
 で、わたくしたちが死んだら、日本はどうなると思いますか? と質問をすると、異口同音に、「心配です」とおっしゃるのです。

 私たちより上の世代、つまり、戦前を知っている人たちが死んでしまうと日本はひどいことになるといわれてきていて、実際にそうなっていると、思います。
 私を含めて、決して出来が良いともいえない、1940年代生まれの世代です。
 ただ、貧しかった時代を知っていることが強みなのです。

 昨日だって、5500円のフレンチを食べ、2100円の飲み放題を飲みながら、サツマイモの茎を食べた子供のころの、話をしている私たちの世代です。

 私個人の思い出を言えば、アメリカ軍の大きな缶詰を食べさせてもらっていながら、イワシの骨だけが、アルミのお椀に入っていた食事を覚えています。やわかいものでした。が、『いま、骨だけ食べている。とても珍しいことだ』と、子供心に感嘆したのです。大きな缶だから、身が入った人もいれば、骨だけ入った人もいるのです。
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 そんな時代から、急に2011年の今に戻れば、
 脇で、3500円のキッズ・プレートを食べている小さい子たちがいます。だけど、その子たちに、今の私たちと、同じような安定した将来が、保障されて、いるとは誰にも言えません。
 
 先憂後楽は私たちの時代の言葉でした。未来は右肩上がりで明るかったのです。が、次の世代。特に今、30代以降の若い世代には、反対の時代が訪れそうです。

 国家は、もう箱ものなんか作ってはいけません。金、銀、銅などで、貯金をしておいてください。もう、国家も個人も無駄遣いしないこと。箱モノ行政は無駄遣いです。それは、命令をした人間に、権力意識と時にはリベートが渡るだけなのです。もちろん、土建会社は、儲かりますが。

 それから、除染、除染と言って、お金を使うのも、実は無駄遣いです。洗い流しやすい道路だけ除染しても、ほかのところを、100%除染はできないので、気休めにしかすぎません。
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 いえ、その食事は法事なのですよ。別に贅沢をしているつもりはないのです。ただ、鎌倉は過当競争社会ではないから、飲み放題プラスで、3600円とかいうメニューはないのです。それに、三時からの食事というのは、使えるレストランが限られるからです。が、こういう安定がずっと続くとは思えないのが、現在の大人たちの心配です。
  
 私たち、飢餓時代を知る世代が全部死んでしまったあとで、そこに残された、鍛えられていない、そして、食糧難の時代のサバイバル術も知らない、子供たち。それは、どうなるのでしょうか。そこには、五歳以下の子供だけではなくて、その親の世代も含まれるのです。

 現在の、40歳以上の大人たちはすぐ政府に文句を言って、保証金を出してもらい、自衛隊か、ボランティアに片付けてもらえばいいと思っている。・・・「いえ、そうじゃあないのよ。自分だけで、自分一人だけで解決できる能力をつけておかないとだめなのよ」と、若い人を叱咤激励をできるのは、私たちまででしょうね・・・と、言いながら、決して、人を指導できない自分たちを歯がゆく思った、4人+一人の68~9才の主婦たちでした。
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副題2、『現在のホテルのカギは、カード式でした』

 法事の後で、決まっている月曜日の画廊めぐりをして、パソコンのメインテナンスのために、また秋葉原によった私は、そこで、信じられないぐらいの疲労感に襲われるのです。

 何もした覚えはないのに。しいて言えば、ビール、ワイン、カクテルと、お酒を、ほぼ、500CCぐらい、ちゃんぽんで飲んだのが悪かったのかなあ。特に年をとっていることで、アルコールの分解能力が落ちているのかしら?

 で、家まで帰り着けない感じです。特に鎌倉駅から、歩いてかつ、最後に130段の石段を上がらないといけないのが苦痛です。で、主人に断わって、秋葉原のワシントンホテルに泊まったのです。この五年間、一切の宿泊型旅行をしていないから、『いいかなあ。このくらい』と、自分を甘やかしてね。

 で、鍵がカードです。これは、初めての経験です。エレベーターを使うのと、ドアの開錠はそれを使ってできました。しかし電気がそれで、つくということを知らなった。
 ほとんど、五分ぐらい真っ暗な壁を、スイッチを探して撫でまわしました。結局のところ、廊下をスタッフが通りかかった時に、恥を忍んで教えてもらいましたけれどね。いや、もう、恥も感じないです。知らないものは知らないんですもの。自然体でね。質問をしました。

 私にはできないことがある。ケータイの、指文字入力。自動車の運転。ゴルフとスキー。テニスは学校の授業でやったことはあるが、あんなに右や左へ走ることは、今は、絶対にできない。多分、社交ダンスだって、あの足のステップはもう覚えられない。母は86歳ぐらいまでダンスをやっていたけれど。

 でも、劣等感はないのです。やりたいことがあり、やるべきことがある。それで、日々精一杯で、一生懸命です。だから、それなりに、充実していて、それなりに満たされています。
  
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副題3、『プリンターを、借りたのだけれど』

 ヨドバシカメラに夜の10時まで粘っているのです。新しいソフトとか、教科書を探しています。そこにはお金を使う私です。

 さて、9時半にいったんホテルにチェックインしたときに、このホテルでは、ロビーで、共同のパソコンを使わせるのではなくて、ノート型を貸してくれるというシステムを知り、プリンターもかく部屋へ、貸してもらえることも聞いて居ました。が、チェックインの時には、プリンターは持てなかったのです。秋葉原へ行くと本他いろいろ買い物をしていつもおお荷物になります。それが二つに、そのうえ、ほてるのA4のパソコンを持ってさらにプリンターは持てません。

 それを取りに行くのを後回しにして、まずお風呂に入りました。断音が完全かどうかを、わからなかったので、11時前にシャワーは使っておくのが礼儀だと感じましたから。

 で、シャワーの後で、さすがに喪服(といっても、スカーフ等で、普段着にも見えるように工夫はするのですが)を、もう一回着る気にもならず、パジャマを着て、借りているノート型パソコンを開いてメールやフェイスブックをチェックします。で、プリンターを使いたくなったのが、午前二時です。

 フロントが起きていることはもちろんわかっています。が、ここで、パジャマを喪服に着かえて、プリンターを取りに行くのはおっくうです。で、電話を掛ける前に、持ってきてと言おうかどうかを、考えました。普通の私なら、絶対にそういう言葉は出さない人です。

 他人に何かを頼むのは下手な人です。自分でやった方がずっと楽です。でも、受話器を取り上げた途端に、「川崎様、なんでございましょうか?」と言われてあっけにとられました。向こうの液晶画面に711=川崎千恵子と、私の名前が浮かぶのなら楽なのですが、そこまでハイテク化しているとは、最初には気が付かず。

・・・・・11階以上はあると思います。各階に20室はあるから、全部で、200人は泊まれると思います。毎日違う、お客の名前をいちいち、把握するのですか。するんでしょうね。しかも、私が受話器を取り上げてあら、2秒もしなかったです。
   ・・・・・と考えて、驚き抜きました。
 その訓練のレベルの高さに。で、もちろんのこと、相手のサービス精神の高さを信じて、「部屋まで、持ってきてください」と頼みました。すると、さっき、ライトのつけ方を教えてくれた、ということは、「なんだあの田舎者のおばさん目。今頃カードの使い方を聞きやがって」と、内心で軽蔑したであろう、美形の青年が、持ってきてくれました。

 で、午前四時まで、いつものごとく、仕事をしました。午後の八時頃まで感じていた、たおれそうなほどの疲労感は、シャワーで回復した模様です。

 Serchina というサイトがあって、各国ブログというのを紹介しています。そこに日本の観光業のサービスの良さはよくほめてあります。ありがたいです。ただし、中国の富裕層むけにはいいでしょうが、何ごとも、お値段が高いです。それは、ヨーロッパやアメリカから来た、文化の学習を目的の人たちを、驚かせるとは思います。いやな感じを与えているとも思います。

 では、本日は軽い話題で、申し訳ございませんが、ここで終わらせていただきます。小さなことのように見えて、母の一周忌はそれなりに、大きかったです。厳密に、必ず、毎日、おなじ、生活様式をとると決意している、私の、時間の使い方を、乱したのですから。当然かもしれないですよね。母だもの。現在69歳の私にとっても、母はいまだに、私より、はるかに大きいです。
           2011年10月12日   雨宮舜(本名川崎千恵子)
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『母よ、なぜ捨てた(フジテレビ)』の、青年よ、幸多かれと祈る(+ローザ VS カミーユ)△

2011-10-09 13:36:50 | Weblog
 『田原総一郎氏の分析をします』と、言ったまま、続報を書かないでいて、申し訳ございません。実は母が死亡して、早、一年になり、明日法事をします。それで、準備があり、おそれ入りますが、長いものを書いていることができません。それで、私の文章としては、前後の連絡のない独立したもので、かつ人様の創作に乗っかった、やや、楽なものを提示して、誠に申し訳ございませんが、本日はこの一文で、アップロードをお許しいただきたいと存じます。

副題1、『母よ。なぜ捨てた』という番組を推薦します。
副題2、『番組を見終わった後の感想』
  ・・・・その青年の前途の幸せを祈ります・・・・
副題3、『テレビ取材の裏側』
副題4、『創作と良心のはざまでは、葛藤をどうするのか?
    ・・・・・オーギュスト・ロダンと、カミーユ・クローデル・・・・・』
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副題1、『母よ。なぜ捨てた』という番組を推薦します。

  ご紹介の時間が遅くなってしまいました。が、本日(11-10-9)、フジテレビで、放映される、ノンフィクション劇場、『母よ、なぜ捨てた』は、見物らしいですよ。
  一種の家庭崩壊ものです。気の毒な息子さんが、主人公らしいです。
 
  ただ、私はいいたいです。「取材に応じてよかったですね。それに、よって、自らの、精神的な、確立が助けられているでしょう」と。ぎりぎりの不幸にあっている人は、格別な方法で救われるのです。

  荻原葉子さんも、母に捨てられた記憶があり、叔母の家で、不幸な少女時代を送ります。それが、『いらくさの家』という小説に結実しています。
  その後で、名誉、お金も、得た、荻原さんは、母を捜し出し、引き取るのですが、しかし、簡単ではなくて、とても、くるしみましたよ、・・・・・うんぬんと続くのです。

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 心理学的に言っても、社会学的に言っても、そのフジテレビの、今日の番組は重いと思います。
 でも、この社会の中で、不幸な人をそのまま、うち捨てておいて、も、私たちは幸せにはなれないのです。

 全部、同じ歩調で歩む必要はないが、ある特殊な例は、社会の、象徴でもあるから、そこを無視して進んではだめなのですね。
 この社会全体を、明るくしないとだめなのです。
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副題2、『番組を見終わった後の感想』
  ・・・・その青年の前途の幸せを祈ります・・・・

 先ほど、皆様におせっかいにも、「ご覧になったらいかがでしょう」とお勧めした、番組が終わりました。一応、今のところは、よいところに着地していて、その点で、ほっとしています。
 まず、非常に多くの問題を抱えていたお母さんですが、アルコール依存症を克服しつつあるところです。
 その理由は、とても、優しい男性に拾われた(?)という形で、そちらの愛を十分にうけているからの、模様です。愛は偉大です。

 このお母さんが、こんなに、ごたごたしてしまったのも、最初の結婚で、何らかの不満を持った可能性はあります。

 ともかく、パートナーシップを組むときに愛情は非常に重要です。 女性が求めるものが、若いうちは、社会的ランクだったり、収入だったりしがちなのですが、本当に大切なものは、誠実さとか、愛情の深さだとわかります。若いうちは、男女とも、その事実に気が付かないのです。愛情というと、恋愛関係のものをすぐ思い浮かべ、はしかのような、セックスの側面で満たされるものへと、傾倒しがちですが、愛情といっても、その種のものではないものをさします。
 犬や猫を飼っている方はお分かりだと思いますが、ペット好きな方が、示しているようなものがあるでしょう。特に猫好きな人の愛情みたいなものですね。ネコは役に立ちません。用事を代行してやってくれるわけでもないし、犬のように狩りのお供をしてくれるわけでもありません。でも、目の前に捨て猫がいたら、拾うでしょう。

 あ、ここで、ちょっとお断りをしますが、私は家に、一匹の猫がすでにいるときは捨て猫も、残念ながら看過します。新しいのを飼ってしまうと、必ず、前の猫が悲しみますから。新しい方がたいてい若くて、しかも慣れようと必死なので、ついつい、家族の関心がそちらに向くので、前からいるペットの方が、ストレスを感じるのです。見捨てられたように思うのです。で、一匹主義ですが・・・・

 人間も同じで、ある人と一緒に暮らすというのは、それなりに、エネルギーやお金が必要です。

 それは、息子さんたちだって、同じで、長らく別れていて、しかも、アルコール依存症にかかっているお母さんとの同居は非常に大変でした。予想通りには、いきません。だからこそ、問題のあるお母さんを引き受けてくれた、愛情ある男性の存在は大きいのです。たまたま、AOLのトップ頁で、80歳を超えた、伯爵夫人が、3000億円以上の財産を、すべて、生前贈与で、子供に渡したうえで、新しい25歳下の夫(しかし、資産家ではない)と結婚したというニュースに接しましたが、そちらの旦那さんは、見事な美形です。

 が、お金も名誉もない庶民だったら、見かけよりも愛情を持っている人とカップルになるのが一番です。
 今日の番組の困ったお母さんと同居し、老後を引き受けてくれた男性は、素晴らしい人ですが、お互いに、気もちの弱いというか、優しいところが惹かれあったようです。よかった、よかった、めでたし、めでたしです。
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副題3、『テレビ取材の裏側』
 
 ところで、フジテレビは、その青年を、15歳の時からずっと、追いかけている模様です。途中で、非常に気の毒な時期がありました。

 でも、今、その青年は、しっかりした大人の顔となり、仕事上も責任を持つ立場になっていっているそうです。途中で通った定時制高校の卒業がどうなったかはわかりませんが、仕事上必要な知識を習得するだけの国語力とか、数学力はいずれマスターできていくでしょう。
 よかった、よかったです。

 が、ここで、テレビの裏側について、言及したいと思います。この青年はテレビに取材されることによって、大きく救われましたが、その幸運を引き寄せたのは、彼の美貌にあると思われました。で、テレビ的には絵になる素材ということなのでしょう。
 でも、こういう題材を取材する途中ではスタッフがずいぶんつらい思いをするのだと思います。

 よく海外を取材した番組があります。あれを見ていて、これは、事前に連絡を取っている半分やらせであろうと思う時が数々あって、その謝礼をどうしているのだろうかと、夫婦で話し合ったりします。アジア圏とかアフリカ圏にある、いわゆる後進国だと、貨幣価値の違いから、取材費から、潤沢な謝礼を出すことができるでしょう。だから、主人公やら、その家族の旅費や、服飾費を出してあげているなと見え見えに、わかるケースも多いです。

 そこを、どの程度視聴者に知らせるかは、さじ加減ひとつですが、時々、見ていて、「これでは、こちらが、ひどく、こ馬鹿にされているわ」と思う時があります。
 でも、海外取材であって、一過性のケースはまだいいんです。

 今回の、ザ・ノンフィクションのように長期にわたる取材をしているときの問題点を、つい想像するのですが。今回も途中で、主人公と、その兄や母が、苦境に陥っているときがあります。そのあたり、『スタッフ側が、どう考えるのかな』と思って、そこに興味があります。
 お金をあげたり、お母さんに生活保護費が下るようにお世話をしたり、または、アルコール依存症を治すために、入院を勧めるとかが、そばにいて、苦境を知っている人間の、任務だと思います。が、そこを、この番組の製作スタッフは、どう、切り抜けているのか? そこに、興味がわきました。

 いつも、こちら側はクールで、相手を取材対象として、みなしているのか?
 ぎりぎりのバランスのところで、プロとして、手を引いているのか?

 客観的に、取材対象としてだけ、付き合うのか? 非常に難しいと思います。この間、NHKBSで、椎葉村の焼畑農業の紹介がありました。ああいうケースですと、問題がきれいであって、被・撮影者も、気の毒なところのないケースなので、悩みはないと思いますが・・・・・・

 しかし、対象者が今回のように困難に見舞われているときにどうするのか? このフジテレビの、ザ・ノンフィクションは、良心的に、そういう難しい取材対象に迫っているわけですが、取材がわ・ご自身のストレスや、負担は、どうなっているのだろうか?
 もちろん、*1、慣れとか*2、集団で制作をしているということの、分担の雰囲気に救われているとは思います。
 だけど、時々ですが、テレビや芸能の世界で、自殺をしたりする人があると、同情・おくあたわずと、いう感じを受けます。
 それから、週刊誌で、『この人は消えちゃったけれど、ノイローゼではないかな?』なんていう記事を見つけると、その場合も、深く、同情します。
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副題4、『創作と良心のはざまでは、葛藤をどうするのか?
    ・・・・・オーギュスト・ロダンと、カミーユ・クローデル・・・・・』

 テレビ番組という最もわかりやすいものを作る場合は、この創作と良心のはざまというのが、厳しく問われると思います。その次に問われるのが、文章を書く場合で、特にノンフィクションの分野で書く場合だと思います。

 で、私なんかの場合ですが、徐々に権利を拡張していっているというか、より難しいことを書くことに、薄紙をはがす(その反対で、積み重ねる)みたいに、少しずつ、難しい対象へ向かっていくわけですが、その間に、良心の葛藤なんて、もちろんのこと、味わいます。

 でも、客観的に言えば、才能は美術の世界にあるといわれています。で、美術の世界で創作をしているときは、比較的、こういう問題で、刃を突きつけられることが少ないのですが・・・・・・

 でもね、他者を観察したときに、もっとも心痛む存在は、カミーユ・クローデルです。彼女の生涯は、ごく最近知りましたが、それを知らないころから、ロダンの作品を見るたびに、「ロダンは、実は、人間たちを、ペットのごとくみなして、飼っていたのではないか」としばしば思う時がありました。

 私は人間はすべて対等であるという考えを持っています。が、上に使った飼うという発想の中には、対等ではない、ものが含まれます。自分よりよわいものとして、利用するという雰囲気が含まれます。
 美術の世界では、もともと、モデルというものが存在していたので、ロダンが、その側面で批判を受けることはありません。中学の教科書にも、高校の教科書にも堂々と、それは、載っています。
 しかし、私は、子供のころから、ロダンの作品を見るたびに、そこが引っかかって、ロダンが、恐ろしかったのです。

 カミーユの存在を知ってから、ますます、それは、深くなりました。しかし、wikipedia などによりますと、ロダンも姉の死あたり(=若いころ)では、相当に悩んでいたおようですから、人間が擦れてきたというか、図太くなってきたというか、権利拡張をしてきて、ああなってきたのかもしれません。

 それと、非常に下世話な解釈ですが、女性として、どういうタイプを選ぶかは、大きくその男性を決定づけるとも思いますね。
 ロダンは、結局のところ、マネージャー的な感覚の強い、ローザを選びます。
 芸術家の要素の濃い、カミーユの方は、長時間一緒にいると疲れるとか、いろいろあったでしょうし。

 日本語で、いうのに、あげまんとか、さげまんという言葉があります。下品な言葉ですが、男性の創作家は、結局のところ、マネージャーの要素の濃い女性を選んだ方が長続きをするというか、自分を大きくするのには、役立つと思います。

 女性の創作家は、あんまり、そういう計算をしません。まず、創作をしながら生きていくこと自体がとても、大変だから、ひたすら突き進むこととなります。
...  そのような存在の極端な例として、カミーユ・クローデルを考えると、彼女を愛しく思い、気の毒に思う気持ちが、極まります。

『まあ、人間の世界なんて、矛盾がいっぱいだなあ』と、思うばかりです。
 では、フジテレビの良心的な、番組を見て、ふと、抱いた随想は、ここで、終わります。

    では、2011年、10月9日   雨宮舜(川崎 千恵子)
 
コメント

小沢一郎出廷・前半分・・・成田豊、姜尚中、松沢茂文

2011-10-07 12:29:12 | Weblog
 以下の文章は、6日の午後一時に五千字前後で、いったん中断したのですが、
 8日の夜、11時半には、一万三千五百字に増やしました。様々な関連情報を上げて行っています。

 『この裁判は、小沢氏をいじめるためのものではなくて、助けるためのものなんですよ』という私の解釈はもっとも正しいでしょう。どんな意味で助けるかというと、海外から流入している大量の軍資金を、あたかも、この日本国内で調達したかのごとく、装い、フェイク(国民向けだまし)の裁判であると言うこと。有罪になったとしても、『あ、よかった。もっとも、大切な真実はばれなかったぞ』と、小沢一郎氏本人も思っているでしょうし、例の核燃料を売り込んできている、国際的軍産共同体も、ほっと胸をなでおろしていると言うわけです。

 小沢氏は、大上段に、8分間もの演説をして、『これは、私を心理的に抹殺しようとしているのだ』と、振りかぶっていますが、嘘ばっかり、もっとも、大切にされていて、その一表現としての、この裁判なのです。

 この件は後、細野豪司氏の再分析等、あと、いろいろ足さないといけないところもありますが、それでも、一応のまとまりまで達したので。どうか、よろしくお願いをいたします。

副題1、『小沢元代表の、裁判について・・・再びNHKを批判する』
副題2,『陸山会事件は、国民の頭脳レベルとの、綱引きである』
副題3、『小沢一郎氏、在日出自説が、ほとんど、証明をされたかな?』
副題4、『姜尚中氏は、これから、どう動くか?』
副題5、『松沢茂文、元、神奈川県知事の命運はいかに?』
副題6、『一本のタバコが、ベンチに置いてあって』
副題7、『小沢氏は、会見で、吠えたそうだけれど』
副題8、『音による攻撃で、様々なことがわかる』

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副題1、『小沢元代表の、裁判について・・・再びNHKを批判する』

 この文章の最初の一行を書き始めているのは、2011年10月6日の午前10時です。NHKは、小沢一郎氏の裁判を同時中継しています。これを、パスするつもりでした。

 が、少し述べます。

 まず、NHKの番組編成への、批判です。なぜ、これを生中継するのですか? 30分だけですが、ばかばかしことおびただしい。NHKは野田内閣の新任記者会見の同時中継をしなかったそうです。そちらの方が国民への影響が大きいのに、報道をせず、今回は、法廷の様子をカメラが映さないのに、同時中継をしています。

 その理由はなぜか。それは、彼を特別に、かわいいと思う、世界最大の権力者、国際的軍産共同体のエージェントたちが、NHKの番組編成を握っているからです。
 そして、この陸山会事件そのものが、小沢一郎氏を、マネーロンダリング(=洗浄化)する目的を持っていますから、その名前を、元代表という呼称付きで、連呼して、いかにも悲劇の人らしい、演出を付与することが目的です。

 日本人の、心底にある、判官びいき(弱者をいじめるのはいけないという発想)の感情を、呼び覚ますためです。
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副題2,『陸山会事件は、国民の頭脳レベルとの、綱引きである』

 このブログに初めてお入りになる方のために、わざと、繰り返しますが、この事件そのものが小沢一郎氏を救済するものなのです。陸山会事件とは、彼が海外から得ている莫大な資金の出所を、国内であるかのごとく、装うための作られた事件です。

 で、私のように、この日本は、被・植民地国家である、と主張するブログが、もっとも勢いを失っている(と、敵がみているとき)は、この事件そのものが、起こされません。そんな、事件を起こさなくても、国民はそこまでは、気がつくまいと、高をくくっています。

 特に、大すもう壊滅が、効果を上げ、NHKが、二場所ですか? 中継をしなかったあたりでは、この事件も裁判も起こされなければ何もないと、とんと、静かだったでしょう。それは、私が大相撲の件を書くことに必死で、小沢氏や、国際政治の真実に触れられなかったからです。

 最近でも、フェイスブックのごたごたで、足を引っ張られて、政治の問題に対する筆先が鈍っていましたね。そこを見事に狙われて、つい、二ヶ月前には、石川議員の、小沢氏称揚の本が、朝日新聞出版しゃですか? ともかく、名前の中のどこかに、朝日という文字が入っている出版社から、堂々と出ていて、その後、石川議員とも、三人ともに無罪であろうという流れはあったのです。

 それは、例のエージェントたちが、私を完璧に押さえ込んだと見なしていたからでしょう。
 私というと、皆様は、えっと、お驚きになるでしょうが、私は一種の水先案内人というか、パイロットランプであり、この日本の良心を代表する人間なのです。

 大衆的な嗜好の流れなど、ほとんどが、自由に放っておけば、私の推察するとおりになります。が、私をやっつけるために、反対に動くケースもあります。NHKの朝ドラ『つばさ』の視聴率が低いなどというニュースが出たのなど、その典型です。

 あの朝ドラ『つばさ』は、近年にない傑作ドラマであり、先般放映された若尾文子が、したり顔をする『おひさま』などとは、比較にならないぐらい、出来がよく、また、視聴者もNHKのホーム頁に書き込みが多く、それが、独立した頁となっていたほどです。
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副題3、『小沢一郎氏、在日出自説が、ほとんど、証明をされたかな?』

 だが、私が五回ほど、ブログで、ほめた途端に、視聴率が低いという大宣伝がなされました。が、関東圏、1700万所帯のうち、調査対象が、600戸だけだそうです。(これは、11-10-6の爆問学問で披露された数字) ですから、なんとでも、操作できます。

 大変、嫌なことですが、そのあたりから、成田豊氏という人物が、大エージェントであることに気が付き、その路線で、米倉経団連会長、および、稲盛和夫氏、および小沢一郎氏の、親・韓国路線と、彼らが、なぜ、重用をされるかにも、気が付いたので、物事には、必ず、プラスマイナスがあり、損失だけではないといえます。

 この、親韓国派、または、元在日、びとに、日本を支配させようとする、枠組みは大変重要です。それが、はっきりと見えたのもありがたいことでした。

 ところで、小沢一郎というのは、通称のようで、本名は違うようですね。裁判の告知等の書類に、べつの名前が載っているらしいです。昨日の人定質問でも、本籍地を間違えたりして、小沢一郎、在日説を、裏づける裁判でもあったのです。が、それは、まったく、報道をされません。そこが徹底的に重要なところですのに。

 つまり、以前から私が、となえているように、国際的軍産共同体は、日本を被・植民地化して、莫大な儲けをそこから吸い上げているわけですが、それゆえにこそ、日本と、日本人に対して、大いなる恐怖氏を持っています。これは、心理学でいう投影現象というものです。
 それで優秀な日本人が、反発をしてこないようにするために、要所、要所を在日出自者で、固めています。そのトップバッターというか、最高の地位にある存在が、小沢一郎氏です。で、彼はどんなに強く、国民から嫌われても、命脈を保つことができます。
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副題4、『姜尚中氏は、これから、どう動くか?』

 このように出自を隠しながら、日本と、日本人を大きく裏切っている存在があるかと思えば、反対に、李忠成君、姜尚中氏、中田英寿さんのように、はっきりと、カミングアウト、または、半分カミングアウトをしながら、この国で生きていこうとする、新しい存在もあります。こういう人が、新たに、リクルートをされて小沢一郎化をしないことを願いますが、
姜尚中氏が、日曜美術館の司会者に登用されたあたりから、少しずつ、その気配が始まっていますが、どう転んでいくか、私はじっと観察しているところです。
 彼の良心と、頭脳のレベルが、どの程度のものであるかが今、本当に問われています。

 永野鉄雄と、いう通名で活動をしていた、頃に、彼を、採用して、ずっと育てた、国際基督教大学の悪口を、一回言っていたことがあるので、懸念を持っているところです。
 というのも、その文章が発表されたタイミングが、見事に合致しているのです。つまり、今回のように、柄谷氏が、動員されたのと同じようなケースで、その一文が発表をされています。

 ですから、姜尚中氏も、私を攻撃する道具として、動員をされているわけです。二人とも、教唆の影にある、真実の理由などは、教えてもらっては、いないでしょう。ただ、状況から推察すれば、「こういう問題を、あなたはどうお考えになるのですか」と、しかるべき存在から、問いかけられて、その・裏・教唆のままに、動いているだけでしょう。

 柄谷氏が、日本人に対して、原発反対デモに、参加するように、サジェスチョンを与えた問題は、まだ、このブログ内では、完結をしていない問題であり、アメリカのストと絡めて、将来もぐいぐいと、論考していかないといけない問題ですが、

 姜尚中氏は、対・大衆・先導用武器(または、ツール)としては、柄谷氏より、まだ、小粒であるとみなされていてるのか、日曜美術館の司会者への登用以外は、使役をされていません。
 それは、誰もが、認めるところの氏の誠実さと言うところが歯止めになっているのです。
 氏の誠実さというのは、多分ですが、母の愛が深かったという一点に依拠しているでしょう。

 これは高野孟氏などとは正反対の部分です。高野氏の母は、もと、教師で、教養は高かったみたいですが、誠実な愛情をたっぷりと孟氏に注いだとは思えず、そこが、高野孟氏を大きく決定づけているところです。

 柄谷氏はお金持ちだから、女中さんなどが、いたのではないですか?
 で、太宰治などと、共通するものがあるみたいです。柄谷氏の方が、不誠実度としては、程度は弱いですよ。だけど、愛情に関して虚無的であり、それを方便として、使う時があるでしょう。

 で、もちろんのこと、不誠実度が高いほど、国際的軍産共同体の走狗として使役をされやすいです。
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 皆様、この後で、田原総一郎氏と、松沢茂文氏の分析に入っていたわけですが、田原氏は後回しにさせていただきます。


副題5、『松沢茂文、元、神奈川県知事の命運はいかに?』

 禁煙運動の高まりと、電車の遅延現象は、しつこく、私個人を苦しめるために、盛り上がらせられた現象です。どういうことかと、基本に返って、説明をさせていただきますと、ライターとしての私は、非常に恐れられています。しかし、私個人には何の罪もないので、間接的に、苦しめるという方策が、とられます。大相撲をいじめること、喫煙者をいじめること、電車・通勤をしている一般サラリーマンをいじめることの、三方向で、行われているのです。これらは、すべて、私がメルマがないで、「変ですね」と、最初期に書いたことが機縁となって、炎のごとく燃え上がった現象です。

 が、大衆無視が甚だしい現象で、したがって大衆からの反発も大きい現象です。特に、禁煙運動などは、神奈川県では、個人経営の、レストランなどから、猛反発を受けています。

 だから、松沢茂文・元・知事は神奈川県内での、再選を目指さず、その禁煙運動の教唆をしてきた、国際的軍産共同体のエージェント(特に伊藤玄二郎+井上ひさし)のラインから、・・・・・日本ペンクラブや、芥川賞審査委員のラインをも、通じて・・・・・石原都知事にねじ込んで、普通なら副知事の猪瀬直樹さんに、禅定をされるべき地位を横取りして、都知事候補となったのでした。

 が、そこも、天が粋な計らいをしたのでしょう。東国原候補が名乗りを上げたので、多分、この人を嫌いな、石原知事が、急に、再立候補をすることとなったのです。そこらあたりには詳しくは、触れませんが、松沢茂文氏は突然に、予定変更を迫られ、浪人となりました。お、ほ、ほと、笑っておきたいぐらいです。

 ところで、彼の将来はどうなるか? 吉本興業に入社するのどうのと、ウエブサイトで、情報が出ましたが、どうして、そんなことをするのですか? 禁煙運動の推進で、庶民から嫌われ切っているのに、吉本に入ったって、何も、挽回できないでしょうに。浅はかな教唆にのってしまったせいです。

 伊藤玄二郎+井上ひさしと仲良くすると、大変な目に自分が会うのですが、その最終的な姿が、ちっとも見えないのでしょうね。松沢茂文氏には、予言者的な要素が一切ない模様です。ただ、この鎌倉エージェントの二人が、二人とも、人たらしの名手だから、だまされやすいのです。

 鶴岡八幡宮様もその典型ですしね。伊藤、井上の二人は少しでも相手が上だとみると、徹底的に、下手に出るし、かつ、自分の人脈を総動員して、自分を飾り立てるから。とても、立派に見えるのでしょう。それに、国際的軍産共同体から、お飾りももらっています。伊藤玄二郎は、たった、一冊の本をしかも、共著で書いたことによって、ポルトガル国から、勲章までもらっています。大学(=関東学院)教授でもあるし、見かけ上は偉く見えるからです。

 このような手法で、その人間を出世をさせていく流れは、そっくりそのまま、数年後に、ビートたけし氏に再現をされています。同工異曲です。ビートたけし氏の方は、フランスという大きな国の、日本にもその名前を知られた、勲章であり、芸大というブランド大学でしたけれどね。傾向と対策はそっくりです。これも、お、ほ、ほというべき、小細工ですが。

 で、もう一度、鎌倉びとから、今回の、都知事候補だった、松沢茂文氏に戻ります。

 でも、ここにこのように、松沢茂文氏について、書けば、そのうち、ビートたけしに、拾われて、また、たけしのテレビタックルあたりに、登場するのではないですか? そうなると、地金がますます、さらけ出されるから、神奈川県のレストラン経営者等から、徹底的な、嫌悪感が、立ち上がり、それが、口コミで、全国に広がるでしょう。

 となると、もうどこにも潰しが利かないのです。もう一回、国政に打って出るですか?
 どこの地盤から出るつもりですか? 途中で、自分は民主党ではないなどと、言明し柄いますよ。どの党から出るつもりですか? そしてどこの地盤から? 神奈川県民はとっくにそっぽを向いていますよ。それに、大体地方選挙は今でも、自民党が、勝っているでは、ありませんか?

 お気の毒に、伊藤玄二郎(+井上ひさし)のアイデアに乗って動くと、この様に、終局では、ご自分が、損をするのです。それは、八幡宮様の吉田宮司と同じです。

 天に背いている人間と、組むと、ご自分の、プラス・オーラがすべて、消えていくのです。庶民の人気が主是の人は、絶対に、この二人組と組んではいけないのですが、それが、見通せないのです。それは、伊藤玄二郎が、たらしこみの天才だからです。

 そして、その伊藤玄二郎も、松沢茂文氏を、救済する意欲も力もないみたいですね。彼は、鎌倉のご近所様ではないからです。東横線の沿線に住んでいるという話です。神奈川区か、港北区のどちらかです。それで、都知事候補だというのもおこがましいです。本当に何の縁も東京都にはないのですよ。
 本当に恥ずかしい人間です。途中で、民主党と関係がないといったことも、うそか、何かわかりませんが、ここで、戻っても、派閥の領袖になるわけにもいかないでしょうし、自分でもどこの派閥に入っていいか、わからないとお思いますよ。小沢派か? 鳩山派か?

 ずいぶん、意地悪な言い方のようですが、松沢茂文氏が、禁煙運動を進めた大本が、単に、伊藤玄二郎の愛人と、その夫が猫のことで大失敗をして、そのことを隠したいという、伊藤玄二郎の下半身を守りたいという汚い、汚い欲求から出ている政策であったから、ここまではっきり言うのです。
 私が、こういえば、いうほと、しゃかりきになって、この運動を推進する模様で、今度、たばこひと箱が、七〇〇円になる可能性があるそうですね。

 だけど、そんなことをやっていたら、松沢茂文の運命が、民主党そのものにも波及するでしょう。 

 私はね。国際的、軍産共同体が今は、民主党びいきですから、それで、原発・被害者に対て、甘い、甘い、補償政策をしていると思いますよ。その方が原発の被害があからさまにならないからです。で、民主党に、戻るのなら、大打撃を与えると思いますから、戻っていただきたいほどです。だって、喫煙者は、禁煙ファッショだといって、ひどく怒っています。それが、何百万にいますか? タバコは、私はすいませんし、父も夫、夫の兄弟も、私の兄弟も、息子も、おむこさんも、すいませんが、あれも、一つの文化だから思考を重ねる人には愛好者が多いと思いますよ。ですから、これは、文化に対する攻撃です。

 小宮山大臣は、加藤総長のお嬢さんだそうですが、単なるちゃら男さんでしたね。いや、ちゃら子さんといってよいか?

 500(?)万人の喫煙者が何でこんなことになったかがわからないと思いますので、
 私が、二〇〇八年の九月に書いたエッセイをここでさらします。
 この後なのです。猛然と、禁煙運動が神奈川県ないで起きたのは、
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副題6、『一本のタバコが、ベンチに置いてあって』

 二〇〇八年の九月二十三日、(火=休日)の夜遅く、横浜駅のホームにいた時、ベンチがひとり分開いているのが、遠くからも見えました。疲れているので座ろうと、数十メートル離れたところから近寄ってみると、その座席には、なんと、一本のロング・フィルターのタバコが置いてあったのです。しかも新品が。

 それで、それを怪訝に思った人が、今までそこに座らないでいたらしいのです。辺りを見回してもゴミ箱が無くて、ぽいとそれを捨てるわけにも行きません。旧東横線の線路と駅舎部分を改築しているので、横須賀線のホームもなんとはない落ち着きのなさがあって、ゴミ箱等が設置されていないのです。で、私は疲れているので、それを拾って自分の紙袋へ入れ、ともかく座りました。

 さて、いつも、『自分に必要なものは、天から、必要な時に与えられる』と信じている私は、『このタバコには、どういう天からのメッセージが、込められているのだろう』と、考え始めます。そして、そうだ。『これで、バラの除虫薬を作りなさい』と天が仰っているのだと考えました。
 家の中に、タバコを吸う人がいないので、昔、知人から三本ほど貰って、それを作り、よく効く事を知っていました。それが無くなっているので、今は木酢液というのを使っています。
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 そんな事を考えているうちに、さっき西口で見た光景に対する違和感が、強烈に沸き起こって来ました。西口のちょっと右側に、ガラスでできた、広さ四畳半程度のボックスがあり、その中に人が一杯群れていて、タバコの煙がもうもうと充満をしていました。
 『ああ、今は嫌煙運動が盛んなので、こういうところで、人間がタバコを吸っているのだ。だけど、人間の尊厳が無視されているなあ。まるで動物園の檻みたいだ』と思って。
その時に、ジョージ・オーウェルの小説『動物牧場』を突然思い出しました。

 さて、二日後の木曜日の朝、主人にこの話を伝えました。特にジョージ・オーウェルの部分まで差し掛かると、彼は、突然に、ジョークを言い始めます。「鎌倉駅の、嫌煙スペースも、ガラス箱で囲ったら良い」と。こうして文章に書くと、どぎつくて面白くないのですが、主人特有の話し言葉としてのニュアンスがあって、それが付随すると、特別に面白いのです。それで、私が笑うと、彼は悪乗りをして、「そこに石を置いて置くんだよ。嫌煙運動に逆らう、人へ、庶民が一丸となって、石・つ・ぶ・てを投げよう」と。
 ジョークも、そこまで飛躍をすると、私は笑えなくて、猛烈に抗議をします。母から良く、「あんたって、冗談が通じないんだから」といわれましたが、確かに真面目一方なのです。

すると、突然に主人は面変わりをして、真面目に話し始めました。「何百年も続いて来た人間の行為を、突然に、ここで、終了させようとするのは、行きすぎだ。条例か何かは知らないが、傲慢だ。喫煙などは、道路でそっと吸っても、空中へ煙は霧散して行き、そう、大きくは、他人には迷惑を掛けないのだから、自己責任に任せればいい」といいながら。

「そうね」と私は得たりや応と、返事をします。そして、心の中で画家として、タバコを手放さない、友人(女性)の姿を何人か、思い浮かべました。クリエーターの中には、考えている間の手持ち無沙汰を紛らわすために、タバコをたしなむ人間は多いのです。
 そういう人が外出した時に、とても、惨めな思いをするでしょう。心を開放したくて、タバコを吸うのでしょうに、あのガラス張りの箱の中で、しかもお隣の人間とぎゅうぎゅうづめですから、どうやって、開放できるでしょうか? これはやりすぎです。
 「でも」と、私は主人に逆らうように言いました。「あのね。私って、真綿にくるまれたような表現が好きなの」と。実際のところ、あまりはっきりと、自分の意見を言わないで、読者に後はお任せするのが好きなのでした。

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 すると、主人は一瞬黙り込みました。これは、彼が私の発言に一目を置いてくれた時の、準備運動タイムなのです。そして脳内シナプスを俊敏に働かせた上で、おもむろに、新たな矢を放ちました。

 「真綿にくるむ前に、掃除をしてね」と。そして、その矢が見事に、私の胸に刺さったのを見極めて、さっと席を立ちます。元々外出する予定を持っていました。そして、早起きだから、私が食堂へ入る前に、じゅうたんには、既に掃除機を掛けてくれていました。
 私も心の中では、『私が後で、フローリングの部分を、拭き掃除をしなきゃあいけないわね』と考えていたのです。で、玄関から出て行く主人に、「私、今日、拭き掃除をして置くわ」と声を掛けながら、
 でも、やはり、掃除の前に、例の『真綿にくるんだ、表現』をするために、パソコンに向かう私でした。『掃除も、洗濯も後でしよう。ともかく、発想が沸いているうちにパソコンに落とすのが先よ』と思いながら。               二〇〇八年九月二十五日 


追伸、このあとです。〇九ー五ー十二にNHK衛星第二放送で、過去二十年間で放映されたうちで、最も人気の高い番組の再放送がありました。視聴者からの投票で七番目の番組が放映されたのです。それは女性プロデューサーたちが、「今、最も裸にしたい男たち」という副題で二〇〇一年度内に取材して制作したもので、ガクトの密着取材でした。マダカスガル島へ一緒に旅行をするのですが、ガクトは、ほとんどの場面で細い紙巻タバコを手放しません。その映像を見たときに、文化と芸術の根源である創作の世界にいる人が、思考をまとめるためにタバコをたしなんでいる事を再確認しました。

 同じ事ですが、忌野清志郎さんが亡くなった時に、朝日新聞が恩師について、特集コラムを組んでいましたが、恩師(美術専攻)はタバコを手放さなかったと書いてありました。そして、忌野清志郎さんはそれを詩に書いている。

タバコは、確かに肺を汚す猛毒でもあり、傍にいる人間が、受動喫煙で悪影響を蒙るのも確かでしょう。しかし、それを関係者が、あまりにもきつく取り締まるのは、どうでしょうか?
個人の場合ですが、よく家族が嫌がるので、ベランダで喫煙をしているお父さんがいますが、そういう家庭は発展性が無いのです。お子さんがなんとなく、しぼんで育ちあがったりします。つまり、お父さんをないがしろにしているわけですね。大切にしていない感じが見える。

日本も国として、少数派を圧迫しぬく事は、発展が阻害される事となると思います。それは本当に危ないし、もったいない事です。ここまで文化の発展した国なのですから、そのまま、進行をしたいものです。       二〇〇九年五月十三日
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 上の文章の前半で、私は不当に弾圧をされていて、人間あつかいをされていない喫煙者に向かって、『非常に気の毒だ』と同情をしています。

 その私の同情心を、狙って攻撃してやろうと考えるのが、井上ひさしと、伊藤玄二郎なのです。そして、頭脳レベルが、ひくい(?)ので、その余波で、喫煙者数百万人が迷惑を、こうむり悲しむなんていう部分には、想像が及ばないのだかもしれません。
 それは、まったく同じ仕組みで、大相撲・壊滅作戦でも、繰りかえされ、電車の遅延現象が多発することでも、繰りかえされています。

 いや、国民に迷惑をかけていることはわかっていても、自分たちが、それを、発信していることはばれなおであろうと、信じ込んでいるみたいで、次から次へと仕掛けをかけてくるのです。

 が、私が、次から次へと、それを見破っているので、彼ら二人は追い詰められているそうです。馬鹿みたいですが、あそこの編集者である、田中愛子女史が、口をトンガらかせながら、そういっていました。「川崎さんって、人を追い詰めるんだもの」ですって。四〇過ぎのキャリアーウーマンが、ドして他人である私に、そんな、甘えたそぶりを見せるですか。単に、ずっと、特権を享受してきたから、何でも、言ってみれば、自分の方がただしいとして、通ると思っているわけでしょう。

 だけど、やってきていることが、すでに、計り知れないレベルで悪として重なっているのです。

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副題7、『小沢氏は、会見で、吠えたそうだけれど』

 小沢氏は、裁判所でも、八分間も自分で時間をとって、堂々と演説をしたそうです。
そして、同じ文章を、午後五時から、記者会見に使ったそうですね。それは、非常に評判が悪いそうです。が、私が特に取り上げたいのは、それが、木曜日だったことです。

 ほらね。というほど、繰り返されて来た現象です。小沢氏に関する重要な現象は常に、月曜日と、億曜日に起こります。その瞬間に、私がブログ、メルマガ、最近ではフェイスブックで、瞬時に論議を張り、欺瞞を暴くことを、避けるためでしょう。

 そして、内容も、『盗作しましたね』というぐらいのものです。私がいつも言っているでしょう。

・・・・・「私をノイローゼにして、書けなくさせるための、種々様々な嫌がらせを受けております。それは、精神的な暗殺というようなものです」と。・・・・・・

 私は、別に、自分のパソコンを、いつも小沢氏がのぞいているとは、言いません。が、ハッキングをしている人間がいることは確かで、その人間が、アイデアを、小沢氏に提案をしている可能性はあります。
 こういう流れに気が付いたのは、二度目です。

 一度目は、秋篠宮家の眞子様が、ICUに入学なさると、発表された時がありました。その直後ではなくて、10日ぐらい後で、私が『眞子様が、母校へ入学なさってうれしい』と書いたのです。
 普段なら、こういうスノッブな(俗物的)ことは、書かないのですが、その時は閑話休題の一つとして、気分を和らげるために書いたのです。

 すると、間髪を入れず、小沢氏から反応がありました。彼は突然に高野山を訪ねて、「僕はキリスト教が嫌いだ」と発言をしたのですよ。
 それ以外にも、ご近所の安野家が発する特殊な音があって、それが、見事に小沢一郎氏の動きと連動をしているのです。
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副題8、『音による攻撃で、様々なことがわかる』

 伊藤玄二郎+井上ひさしは、私のエッセイを研究して、私が音に敏感だとみなしているみたいです。確かに音楽は好きで、音楽に関する文章も美術に関する文章の六分の一ぐらいはあるはずです。
 それで、攻撃をしたいときには、私の周辺に、異常な音が満ちるのです。2007年10月27日の朝六時に、渋谷郵便局内に、轟音といってもいいほどの、警報音が鳴った時から、それには気が付いているのですが、

 (もし、誰かに、「この音はなんですか?」と質問をしたら、『何も音はしませんでよ。あなたにには幻聴があります』とか、何とか言われて、精神病院送りになると、推察したので、誰にも何も言いませんでした。その日は、四冊目の自著を、26日の午後二時から発送を始め終わらないので、徹夜をしていた最中です。疲労困憊していたから、不注意になって、つい罠にはまってしまったかも知れないのですが、

 ただ、この小沢一郎氏を、トップとする国際的、軍産共同体が、どれほどの、悪人であるかが骨身にしみていますので、絶対に注意を怠らないのです。

 で、その2007年から、音による、攻撃は、本当にひどくて、鶴岡八幡宮様も、それに、使役をさせられているし。2009年と2010年は、我が家の真下で、夏に八幡宮様発注の工事が行われました。夏こそ、私が本のデータ作りをしているシーズンなのです。それを邪魔してやろうという悪人たちの目論見に八幡宮様は見事にお乗りになったわけです。

 その上、ご近所さまもそれに使役をさせられているのです。

 そのなかでも、安野家というのは、まことに熱心に、ご任務を果たしてくださるわけです。
その攻撃意欲の強さ弱さ、および、緊急度の強さ、弱さ、および、悪意の強さ、弱さの別で、音には、4段階ぐらいの強弱があるんです。

 その強弱度を、観察していると、みごとに、小沢氏の興隆と連動しているのです。
 この山には大木が、たくさん残っているので、我が家には、街の騒音が一切届きません。そのうえ、問題の安野家というのは、要の場所にあるのです。ちょうど30メートル直径のギリシャの円形劇場のような形の谷ですので、舞台の場所にあたるのが、安野家ですから、そこで出る音というのは、この山中に響くのです。
 しかも、そこと、私が、パソコンを打っている場所とは、距離にして12メートルぐらいしか離れていません。そんな短い間なのに、11メートルぐらいの高低差があるので、間に遮蔽物が何にもないのです。エアー(くうき)だけなのです。

 また、安野家は、お客様を家に上げて懇談するというマナーをとらない家なのです。必ず、門前の道路を使う。となると、井戸端会議や立話が、寒い日や雨の日、風の強い日、雪の日にはできるわけがないので、温暖な日に集中します。となると、こちらはたいてい窓を開けています。大木にかこまれていて、南側から、日がささないうちなので、クーラーは、殆ど使いませんので、よけいです。

 だから、その悪意のシャワーを浴びる日があるのですが、それは、表か、裏で見事に、小沢氏の動きと連動をしているのです。

 そういう何万回もの攻撃をくぐってくぐって、ただひたすらに、この国と、この国の国民が、だまされないように、つくしている私にとって、今回の小沢出廷は、ある意味での収穫があったのですね。その収穫とはここでは、書きませんが、
   ・・・・・というのも、すぐ、否定をされますから・・・・・

   傲慢の極致である彼が強みとしているところは、諜略の限りを尽くして守られているところに存在するのです。それが、例の連中がみんな傲慢であることの、秘密なのでした。石川和子女史など、普通に見れば、どこに特権があるか、まったくわからないのですよ。

 だけど、私の猫が彼女たち二人よりも、私の方を好きだと、言っただけで逆上して、

 警官を呼んで、「あの、女を、だんなに、叱ってもらってください」と頼んだのですよ。しかも、その警官は、130段の石段を上がらないとならなくて、絶対に車などはいってこない、この山で、交通事故の調書をとって、私を、脅かしたのですよ。

 ですから私は、この国に法律が実行力ある形で、行き渡っているかどうかを、本当に疑うのです。そして、その違法性のトップにいるのが、小沢氏なのです。

 安野家の発する音を、私は強引にも、26年間も聞かせられて来ているのですから、何十回、何百回という形で、小沢一郎と、国際的軍産共同体・・・・・(安野家が意図的に、伊藤玄二郎などの教唆で、動いているのは見え見えですから)・・・・・との、結びつきを、見せつけられ、聞かせられ続けているわけです。ですから、ほんとうに確信をもって、それを、請け合えるのです。
 では、この文章はここで。誤変換を直したら、署名を入れ、タイトルに△印を入れておきます。
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