銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

ミロクヮルテットは、清新極まりないが、アメリカの大富豪は、汚いこと極まりない。

2012-12-13 10:53:05 | Weblog

 今は、木曜日の、夜九時半ですが、やっと、この一文の初稿が完成しました。長い時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。特に最後の部分で、一般的な話題で、特に重要なことを言っているのに、それを書くのに、間に長時間、別のことが入ってしまって遅れて、申し訳ございませんでした。

副題1、『本日の文章へのまえがき』

副題2、『クラシック倶楽部、2012-12-13は、再視聴お勧めですが・・・・・』

副題3、『ミロクヮルテットが、演奏したバーバーのアダージョは暗示的でしたね』

副題4、『アメリカの優れた音楽家は、ベトナム戦争に、どう対峙したのか?』

副題5、『覚醒された意識を持つ、ミロクヮルテット』

副題6、『オーバリン大学とは、実は国際基督教大学に似ていた。いや、反対に言うのが、正解かな?』

副題7、『そうだったのか、ライシャワー大使が出ている大学なのだ』

副題8、『アメリカの大富豪が、政府をないがしろにすることを教える、パークアヴェニュー(2012年12月6日放映、BS1)』

副題9、『アメリカ国内の、軍需工場勤務者は、今、ひどい被爆後遺症に悩んでいる。が、政府は、弾圧し、秘密を守ろうとしているのだった(2011年1月26日か、27日にBS1かBSプレミアムで放映をされた重要な番組)』

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副題1、『本日の文章へのまえがき』 

 この部分は、最初には、それが、とても書きたいことでしたが、全部が書き終わって見ると、重要ではないので、後ろへ回しました。

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副題2、『クラシック倶楽部、2012-12-13は、再視聴お勧めですが・・・・・』

 今日は、あまりによい音楽を聴いたので、最初にそれを、ご紹介したいのです。それは、本日朝の放映でしたが、演奏者は、アメリカで、生まれた、弦楽四重奏団、ミロクヮルテットです。

 この四重奏団については、事前の知識は一切ありませんが、現代音楽を初めて、音楽として堪能させてくれた人たちで、素晴らしいと思います。そのあとで、グーグル検索をしてみると、音楽関係のブロガーが、よい評価を与えている文章が二つも見つかりました。

 そして、テレビ画面では、いっぱい人が入っているように見えましたが、入りが、2,3割であるのを嘆いている文章もありましたので、如何に、現代社会が、宣伝によって、ゆがめられているかを知りました。中村紘子さんや、辻井伸行さんの、演奏会は、大ホールをいっぱいにする聴衆を集めますね。だけど、この同じ番組内で、紹介されても、それほど、感動できないのです。申し訳ありませんが、大情報量の助けによって、下駄をはかせられている部分があると、感じます。

 そういう意味で、事前にはあまり高く評価していなかった人なのに、びっくりさせられのは、パクキュヒさんです。銀座の王子ホールにポスターが貼って当て、あまりにもかわいいので、『ああ、きっとこの人も宣伝によって、下駄をはかせられている人でしょう』と、推察していたのですが、このクラシック倶楽部で、その演奏を聴いて、びっくり。立派な演奏家です。顔がかわいいだけではなかった。三歳からギターを日本で、習い始めて、5歳で韓国へ帰り、15歳の時に、ギターの勉強のために再来日したそうです。だから、日本語も完璧に話せますが、顔がきれいでかわいいだけではない人です。その音楽の美しさに打たれます。

 ところで、彼女の演奏したソナタの中に、完璧にベートーヴェンの田園のモチーフをほんの、一瞬入れてある曲があって、あれ、この作曲家は、そのことをタイトルに断っていませんね。と、気にかかったことがあるのですが、

 その同じころに、このパクキュヒを書くための、まえがきとして、王子ホールのポールルイスについて書いた文章があります。今まで下稿としておいていましたが、本日公開しました。そこには、この同じ番組を、『NHKは、政治的判断を入れていますね』と、批判的に書いています。

 一応、そのタイトルと日付を下に置きます。古い日付ですが、表舞台に出るのは、本日が初めての文章となります。 

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ポールルイスと、王子ホール

2012-10-17 18:50:48 | Weblog

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 今、気が付いたのですが、珍しくリンクが効く形になっています。普段は全くダメなのですよ。トラックバックも効きませんでも。でも、これだけは、HTML方式で、コピーアンドペーストができた模様です。変ですねえ。で、まあ、それは、大したことでもないし、特に読んでくださいねと、お勧めする文章でもないのですが、ともかく、元へ戻ります。

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副題3、『ミロクヮルテットが、演奏したバーバーのアダージョは暗示的でしたね』

 アメリカの現代作曲家、サミュエル・バーバーは、現代音楽作曲家にしては、珍しくわかり易くて、美しいメロディを生み出す作曲家だそうです。とくに、op 11、ロ短調、アダージョは有名な曲で、アンコールに演奏されたこのメロディを、私も無論のこと知っていました。作曲家名や、タイトルを思い出せなくても、メロディそのものはよく知っている曲でした。

 で、私も・・・『あれ、シューベルトの時代の音楽を最後に演奏するのですね。やはり、アンコールには、大衆によく知られた有名な曲を選んだのですね。その前は、アメリカの現代音楽だったのに』・・・と誤解したほど、美しくロマンティックな曲を作るので、新ロマン主義の作曲家と呼ばれているそうです。

 その曲のタイトルに、ロ短調とあるので、お分かりいただけますでしょうが、悲しくも、重めの曲です。大きなお葬式で葬祭場のホールでの、バックグラウンドミュージックとしてよく使われたり、テレビの画面が、暗くてつらいものだと、そのBGMとして使われたりする曲です。

 ただし、美しいことには変わりはない曲です。絵も、そうですが、基本的には、そこに美が感じられるものが長生きをします。どんな用途に使われても、長い命を持つのは、そういう作品です。

 しかし、その悲しさが、暗示的でした。その次の年の、3.11を、今は思い起こさせてね。それが起きる前に演奏されたのに、そのあとの今、それを聞いても、追悼を先取りしてもらったような気がしてくるからです。演奏家というのも音楽家であり、芸術家ですから、不思議な超能力を持っていて、こういう選曲をしたのではないかなあとも、思えてしまうのです。

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副題4、『アメリカの優れた音楽家は、ベトナム戦争に、どう対峙したのか?』

済みませんが、ここで、突然にお客さんが見えたので、6時間程度中断をしました。失礼をいたしました。午後6時から再開をいたします。

  さて、どこの国にも暗い時代というのがあるとは思うのですが、アメリカにもそれがありました。他国にまででしゃばって起こしている戦争が暗雲の乗り込んでしまったのです。太平洋戦争までは、アメリカは、ほとんど、飛行機で戦い、勝ってきたので、人間の損失、つまり、戦死者が、少なかったのですが、ベトナム戦争だけは、両軍が地上戦であり、しかも相手が、ロシアや、中国などのプロの協賛国家ではなくて、べトコンという市民なので、それを殺戮していくわけですから、気持ちが非常に暗くなったのです。朝鮮戦争も似ていますが、それでも、そちらの場合は、後ろにソビエトロシアが控えていると思えば、アメリカにとっての動機は明白ですが、こちらの場合はロシアは、はるかに遠いので、自分たちより、体格が、とても小さい、ベトナム市民を相手に、虐殺をして行っているという実情は、目に入り易かったのでした。

 もう二点、朝鮮戦争時とは違った趣がありました。それは、どこに終結点を持っていくかがわからなかったことです。アメリカは、大量の殺戮を行っても、勝てないばかりか、事実上は負けていました。しかし、大国アメリカが、水爆さえ持っていない、小国を相手に負けましたというわけにはいきませんね。

 朝鮮戦争のときはお互いの陣営にたくさんの同盟国があって、それだけ、多くの目を、集めていたので、調停交渉もなされ易くて、80%程度の敗北であっても、38度線で、朝鮮を分割するという形で、対等の関係を維持したままで終戦をさせることができました。

 ところが、ベトナム戦争では、アメリカは、軍の総引き上げしか、選択肢はなくて、戦争を始めた動機である、共産化阻止は、できなくて、単なる敗戦でしかないという形をとるほかなかったのです。

 大国アメリカにとって、そんな屈辱的なことは受け入れがたいですから、ずるずると戦争は長引きました。

 そして最も大きな違いは、テレビがあったか、なかったかの違いです。朝鮮戦争の前の、アメリカ市民(=国民)は、戦争を映画館で見るだけだったので、四六時中、それを見せつけられているわけでもなくて、一部の人間にしか戦争をしていること自体が、それほど、答えていなかったのです。だが、ベトナム戦争のころから、テレビがあるゆえに、みんな巻き込まれていて暗鬱な気分になっていたのでした。

 そんな暗い時代にアメリカの作曲家、ジョン・クラヴィッツは、『人々に美しいものを提供するのだ』と決意をします。彼が、その当時作曲した、ブラックエンジェルという曲は、非常に美しいものでした。

 その曲自体は、実験的要素がたくさんに入れこめられた、純粋なる現代音楽なのです。そのうえ、メロディも上に上げたバーバーのものと比較するとはるかに複雑です。しかし、私は本日、一生で初めて、難しいとされている現代音楽を、繰り返し三回も聞くという経験をいたしました。暗くて、つらく、汚い映像を見続けなくてはならない時代に、これほど、美しいものを作り出すことのできる、魂があったとは、本当に驚くべきことでした。

 アメリカ現代音楽というと、ヴァン・クライバーンが、日本では、盛名が伝わっている存在です。だが、知られていない人の中に、これほど、美しいものを作り出す人がいたのです。

 メディアの宣伝力によって、下駄をはかせてもらっている人が多い中で、そうではない宝石のような存在に接して、至福の時間を過ごしたことでした。

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副題5、『覚醒された意識を持つ、ミロクヮルテット』

 そういう経験をしたのは、クラシック倶楽部を毎回録画することにしていて、気に入ろうがいるまいが、必ず、一回は聞いてみるという習慣をつけているからでした。だからこそ、ミロクヮルテットいう、日本では、さして、有名ではない楽団に、接することができたのでした。

 しかし、三回も聞いた後で調べた、グーグルでは、それについて、書かれているブログの筆者(日本人)すべてが、高い評価を与えていて、また、国際的、評価もとても高いことを、後で知ります。室内楽を対象にした国際的コンクールには、軒並み入賞、または、優勝をしているし、何よりも大きな特徴は、数多くの、現代音楽の作曲家が、ミロクヮルテットに演奏をしてもらいたいと思っているのでした。

 そういえば、同番組内で、感嘆したことが一つあって、それは、上に上げているベトナム戦争時に作曲をされた『ブラックエンジェル』を、演奏する前に曲の解説を演奏者自身がしたのですが、それが、とても心打つものだったということです。、

 2分ぐらいの長さだったのですが、どうして、この曲を演奏するかの心構えが、ビンビンと伝わって来て、なんと生き生きした人たちだろうと、尊敬の念を新たにしました。

 ところで、彼らが、グループを結成したのは、オーバリン大学、在学中だとの解説が、NHKでは、テロップとして流されました。その時に私は以下のように考えたのです。

 『オーバリン(大学)、音楽院って、日本ではさして有名でもないわ。ということは、国内で、一番校に入った学生ではないですね。日本だったら、芸大に入学した学生というわけでもないのです。

 でも、これほど、高い音楽性を持つ集団を形成し得て、それは、いわゆる化学変化が起きたというわけでしょう。素晴らしいことだし、入試を受ける前やら、入学するときの心構え等にも、どうあるべきかの、

 大きな秘密というか、大切で、学ぶべきものが含まれているはずですね』と。

 この4人の組み合わせは、中国系、日系、そして、白人が二人です。オーバリン大学は、オハイオ州にあるので、太平洋側にあるということになります。オハイオ州は、南北戦争時にあたっては、北軍の、立場にあります。奴隷解放運動の、起源となったそうです。オハイオ州の、それほど、大きくない都市にあって、アメリカが国家として、成長する途次の良き、中流階級を、生み出した、地方都市でもありましょう。

 この4人が優れているところは、音楽の技術とともに、そういう精神性を、よく、身の内に、獲得しているところにあるでしょう。哲学とか、思想というものを、その大学で学んでいるはずです。

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副題6、『オーバリン大学とは、実は国際基督教大学に似ていた。いや、反対に言うのが、正解かな?』

 オーバリン大学とは、少数精鋭主義で、しかも、リベラルアーツが、専門であるとのことで、それは、思いがけずも、私の母校に似ていました。違いは、音楽部があるかないかです。で、それを書くと、『なんだ。あんた、自分の自慢をしたいのかよ』と、皆様から誤解を受けて、皆様が読むのを止めてしまうと思うのですが、

 それでも、ここで、きちんと言っておきたいことは、日本の大学は、今、志というものを教えることができないということなのです。

 それは、本当の理由は日本が、実質的には、植民地であるということからくる難点であって、改善しにくいポイントでもあるのですが、

 それでも、あまりにも技術本位に教えていないかということが問題です。それは、理工学部だけではなくて、経済学部とか、商学部、そして法学部なども同じなのです。たまたま、川中教授でも、誰かほかの人でも、海外に留学した経験があると、いろいろ目覚めて、人間が大きくなります。だけど、海外留学等の経験がない大学生が、甘い勉強態度のまま、就活という、大きな門に振り回されて、しかも、それが、三年次から始まるので、せせこましくなっているとも推察します。

 そういう教育を長く続けていると、国家が衰退しますね。

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副題7、『そうだったのか、ライシャワー大使が出ている大学なのだ』

 アメリカの名門大学というと、東部の、アイヴィーリーグというのが有名です。それ+MITなどがアメリカ社会における有名人を輩出していると考えられます。

 特にオーバリン大学には、理工学部やラ、医学部がないようなので、ノーベル賞、受賞者を出すことはありません。でも、なかなかに、個性的な人間を出しています。

 大衆的に有名な人物では、映画の世界で、オーソンウェルズを卒業生として持っていて、学者の世界では、エドウィン.O.ライシャワーを出しています。そうだったのか、だからICUがオーバリン大学に似ているのだと納得をした次第です。

 この大学を卒業した日本人が創設した別の大学があって、それが、桜美林大学です。そして、提携校となっています。だけど、どうも、国際基督教大学の方が似ているのではないかなあ? などと思ってしまいますが・・・・・

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副題8、『アメリカ大富豪が、政府をないがしろにすることを教える、パークアヴェニュー(2012年12月6日放映、BS1)』

 最近連続して書いているものから離れて、上のような、内容のものを書いたのは、潜在意識の中で、重要な番組である、パークアヴェニューに触れる必要があると考えていたからです。

 その番組内では、ニューヨークのパークアヴェニュー740番地に立つ、豪華なコンドミニアム、の中の住人が、平均的なアメリカ人の、年収、281人分を独り占めしていて、どれほど、アメリカ政府を動かして、税制上の優遇措置を得ているかを教えてくれます。

 しかも、それに抵抗ができないアメリカ政府の脆弱性を教えてもくれています。官僚というものが力がないアメリカは、大富豪たちの恣意的あ議会運営によって、彼らの税金が低くされており、結果として、税収が足りず、めちゃくちゃな状態になっていて、国民の基本的な部分での、福利厚生機能が、果たせないような状況に陥っています。公立の学校の運営が難しくなっているそうです。

 しかし、本日はお客様が見えたので、時間がずれてきて、現在すでに、夜の九時です。それで、前報の推敲も残っておりますので、こちらの番組の方については、詳細には、論じるのを避けます。

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副題9、『アメリカ国内の、軍需工場勤務者は、今、ひどい被爆後遺症に悩んでいる。が、政府は、弾圧し、秘密を守ろうとしているのだった(2011年1月26日か、27日にBS1かBSプレミアムで放映をされた重要な番組)』

 これも、非常に重要な番組でした。彼らの、苦しみを見ていると、現在嘉田新党が、そつ原発を言い、共産党他も、脱原発を言うのが、白々しいというか、「嘘でしょう。あなた方の言葉など実行できるはずがない』と思いたくなります。どうして、たった、一年間で、ここまで、激変できるのかが不思議です。

 アメリカの被爆者の映像の方が、はるかに本物です。ハンセン氏病でもないのに、落ちてしまった、ある元従業員の、鼻を見てごらんなさい。ありとあらゆることが明快になります。そして、彼らが、「実情を語ることは、オバマ大統領が生まれる前までは、激しく禁じられていた」と・・・・・今、やっと、語る、その姿の悲しさ。

 これらは、原発ではなくて、劣化ウラン弾等を作っていた工場ですが、その後始末が莫大なお金が必要です。そして、そういう部分に取り組もうとしているオバマ大統領は、われわれの正当な利益を奪おうとしているひどい人間だと、わめきたてるアメリカの大富豪と曽於ロビー活動と、大統領選の裏側を見ていると、

 どれほど、嘉田新党に嘘が含まれているかが、明瞭にわかります。原発の後始末など、できるはずもないことをやすやすと請け合う、そういう姿勢が恐ろしい。

 無論、私は原発反対なのですよ。だけど、それを主張することがどんなに危険で、みじめで、かつ、理不尽ないじめに出会うかを骨身にしみして知っているので、あの姿が、不思議極まりないのです。

 あれは、維新の党に国民の票が入らないようにする目くらましにすぎないでしょう。むろん、だからと言って、私が維新の党に入れるとは言っていないのですよ。

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副題1、『本日の文章へのまえがき』

・・・・・(最初はトップに置いてあったが初稿完成後こちらへ移動したもの)・・・・・ 

昨日上げた文章の推敲はしないといけません。それを真夜中(=本日の早朝)に、点検してみたところ、重要な誤変換(たとえば、男女共学の部分で、共学が驚愕となっていた)は見つけて、既に直してありますが、それ以外にも簡単には直せない欠陥がありました。

 内容の上で、書きにくいことおびただしいものだったので、・・・・・(私は本来、汚い現象を書くのは好きではないのです)、・・・・・主語と述語の結びつきが怪しい部分が、数か所もあったのです。

  これは、出版をお手伝いした他人様の文章には、往々にみられる欠点で、意欲が先走りしてしまうために、述語が、意欲の方を優先して、前に考えたことにつな がらないものを、つい、入れてしまうという現象の現れです。私は、このブログだけで、下稿を合わせると、2300本書いていて、それ以前のメルマガの時代 を入れれば、14年も書き続けているので、普段は、ほとんど、その種の間違いはいたしません。

 むしろ、英語で早書きができますよと、自 慢 をしているぐらいですから、主語と、述語をきちんとさせる習慣がついていて、くどいくらい丁寧に、そこを、明らかにしています。親しい人に、『しつこい文 章だ』と言われたこともありますが、気にしないで、この方式をとっているからこそ、普段全く使っていない英語も、アメリカにわたってしまえば、40日目ぐ らいから思い出して、すっと、文章が書けるようになるのです。しかも、パソコンでも手書きでも、猛スピードで書くので、現地のネイティヴさんが、目を丸く して、突然に、深い尊敬の念を払ってくれるようになります。それは、愉快です。

 別にだますつもりは、ないのですよ。でも、人間って、先 入 観があるものだから、外見はアジア人のおばさんであり、今、到着したばかりだと聞けば、内心で、ばかにし始めるのが普通だからです。特に先住の日本人がひ どいのです。これは、大勢の人が、テレビ画面で述べていたり、エッセイ集の中で、すでに書いていますが、私も版画工房内で、それを味わったことはありま す。三度も別のところに滞在しているので、これは、普遍的な現象だとみています。

、前置きが長くなってしまいましたが、嫌いなものであっても、昨日の文章は、重要ですから、後で、推敲して、再度、一番表(=上)に出るように手配をいたします。

 ただし、先にこちらの文章を書くのは、常に、今、頭の中にあるものを手で、パソコンに落とすという主義の私は、今それが、頭にあるので、書かせてくださいませ。

            では、本日はここで。   雨宮舜(川崎千恵子)

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