この一文ですが、私としては、非常に大切なものです。私の敵さんたちが、300万円から500万円かけて、イヴェント会社に、鎌倉駅頭で、お祭りを主宰し大騒音としてのお囃子を鳴らすように依頼をしたのです。
私はその時に、すっかり気が緩んでしまって、かつ反町のアパートのお客が見つかったという話で、疲労感が激しかったので、鎌倉へ帰ってから、カフェ・デリフランスへ寄りました。そこには、いっぱいのお客がいて、注文をするときに並んでいて、時間的に、手間取ったのです。ただね、泥棒対策としては、ある程度は、慎重に構えていて、ほかのお客が誰もいないと、確認して席に荷物を置いて、並んでいたのでした。カフェデリフランスでは、お盆ごと、紅茶を渡されるので、両手が開いていないと、お盆が持てないからです。で、荷物を座席に置いていた。座席は、並んでいるところからは見えません。その間、三分程度。お盆を受け取って席に帰ってみると、奥の席にバッグが置いてあって、姿は見えなかったが、私と同時刻か、私が荷物を置いた後に、一人のお客が来ていたことがわかりました。
そのお客はコーフィーをいっぱい持って席に着いたのですが、服装、体格、持ち物、どこをとっても、お医者さん風でした。しかし、そういうお客は、鎌倉駅一階の、商店街CIALの、デリフランスへは、来ないのです。絶対に来ないのです。ここは席が狭くて、全体に相席風だから、お金持ちは、スターバックか、マーローか、ニュージャーマンに入るのです。で、何となく変だなと思ったのです。特にお顔がね。冷酷そのものでした。何かが変だなあと思いながら、でも、日本ですよ。コソ泥がいるはずもないと思って、20分ぐらいゆっくりして、そして、例のごとく猪口邦子邸大火災いらい、私のブログに怒った敵さん(多分桜田門)に傷つけられて、痛む足を引きずりながら、その男性が、帰ってから、50分後ぐらいに、我が家に帰ったのです。
すると、午後三時半ごろ、外出する際には、何も入っていなかったポストに、大量の郵便物が入っていて、その郵便封筒の、山の間に、音楽会の切符二枚が入っていたのです。
出かけるときには、ポストには、何も入っていなかったのです。でね。夕刊が一番下だったから、夕刊配達(午後四時ごろ)以降に、大量の郵便物は、ポストに投函をされたと、感じました。
で、これは、はかりごとだと、直感しました。ただ、その目的と手法は、すぐわかりました。私を精神的に脅かすためです。絶対にポストになんか入れて外出はしないNHKホール(6500円)とサントリーホール(12000円)が、夕刊より上においてある、大量の郵便物の、さらに真ん中に挟まって入っていたのです。
これがね。本当のことだと考えると、ずっと前にセブンイレブンで発券されたものを、郵便局員が、何らかの形で、手に入れて、夜、夕刊配達後に、郵便物の間に挟んで、投函したとなります。
おかしいでしょう。警察が何をやっているか、そして、そのアイデアは、きっと井上ひさしから出ています。松本清張が、朝鮮戦争時代の板付飛行場に、たくさんの米兵の遺体が返ってきたころ、どこかから、お囃子の音が聞こえてきて、誰かを狂わせるという小説を書いています。タイトルは忘れました。が初期のもので、九州に題材をとっています。
私は文庫本で、読んだのだけれど、ほかの短編はさしたることは、無いと思いました。が、そのお囃子が、人の精神を狂わせると、言う短編だけは、忘れられないのです。きっと井上ひさしも忘れられなくて、したがって、伊藤玄二郎に命じて、イベント会社に、お囃子と、屋台と、イートインスペースを急遽用意させたのでした。これは、紀尾井ホールで、私の通帳四通が盗まれた日以来の、警察の、総力を挙げた、頭脳戦の一つでした。しかし、私は、紀尾井いホールの方も真実を解明しているし、こちらも解明しています。
紀尾井ホールの方を後で探して、リンク先を最後の置いておきます。
なお、この一辺が、皆様の目に留まらない様にされていました。ひどいねえ。だけど、私のブログはどこをとっても真実ですよ。現代日本の真実が書いてあります。
鎌倉駅頭でのお囃子演奏が私狙いだったのではないか?と思う3日夜の不思議さ。特に清張の短編を思い出すとそうなる
今は、6日の夜10時です。以下の文章の最後に、加筆をしています。
不思議な郵便物をポストに、しかもよる八時ごろ入れたのは、安野忠彦・智紗夫妻である可能性もあると、書いています。
四日の話ですが本日6日の、夜の10時に外に出て、それが、わかりました。どうしてわかるかというと、この山の安野家、前田家、大原家、平木家、渡辺家の、二階の電灯の点灯、消灯の感じ、ほかで確信を得るのです。
ただ、本当の、郵便局員を夜八時まで待機させていた可能性もあります。だけど、我が家まで帰ってきて、ポストをあけるまで、鎌倉駅ロータリー周辺で、私のショッピングカートから盗んだN響の切符二枚が、ほかの郵便物と一緒に、ポストに入っているなど(という)、そんな画策が、仕込まれているなどとは、夢にも思っていませんよね。
だから、鎌倉街道に、郵便局員の車が止まっていたかどうかなど、確認していません。また、山の下に、普段は止まっている、郵便局員のオートバイも無論止まっていませんでしたよ。
でも、こういう悪い工作をする限り、敵さんも用心するでしょうから、八幡宮の駐車場に一時的に、停車した警察車両に、乗っていた、警察官がカフェを出てきた医者風の泥棒から、切符を二枚受け取って、それを、ポストに入れた可能性もあります。
しかし、もう一つ、別の可能性もあるのです。安野家が、数日文の我が家の郵便物を預かっていて、そのうえで、泥棒から、切符二枚を受け取って、預かっていた、郵便物と一緒に、夜7時半過ぎに、ポストに入れた可能性です。それが、結構当たっているかもと思ったのは、6日の夜10時に山の全部の家の、玄関灯、および、二階の電灯の、点灯と、消灯の感じを確認して、自分の考えが正しいことが分かったのでした。平木家って、先週の土日も、警察の言うなりに動いたのですが、
二週連続で、警察(または、CIA)の言うなりに動いています。わたくしのブログを読んでいないので、学習すると、いう事がない模様です。安野夫人に協力するから、ご長男が、東大へ推薦入学がかなった話を、また語らないといけませんね。平成の八墓村事件の時に、安野家に大いに協力したのです。そのご長男がまだ、小学生だった時にです.
でね。下の文章の中で、さわりがあって、全部かけないといったのは、東横線反町駅の駅前不動産店から、電話がかかってきて、「川崎さん窓が開いていると、ご近所様が教えてくれたんですよ。どうします」と、言われたから、反町へ出かけたのです。その時、・・・・・・窓を開けたのは警察だなあ。だけど、それを駅前不動産屋にまで、わざわざ歩いて知らせてきたという(アパート近辺の)ご近所様は、親切な一般人かもしれない・・・・・と、思って反町の自分のアパートに行ってきたのです。そして、差しさわりというのはその不動産屋が、非常にいいお客の見当があると、いうので、そのお客が借りたいと言ってくれるのを待っていたのでした。土、日は、その電話を待っていたので、4日に行われた謀略を書けなかったのですよ。という前書きを、10時、10分までかかって書いて、先頭に加えて、そのあとで、本日の文章の頭へつなぎます。
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25-4-4の夜8時10分ごろ家に帰ってくると、ポストが満杯で、その中に、絶対にそこには入れていないはずのN響の、切符二枚が入れ込められていたのです。金額にして18500円分もの、切符。
私はね。ときどき、心理的に余裕ができるとブログを書きやめて、小説風なものを書くのです。今の主人公は、NHKをしかりつけるほど、クラシック音楽に、精通している紳士です。女ではないから、むろん私が主人公ではないのです。
しかし、それを書きながら、音楽会にあまり熱心の通うと貧乏になるという事実にも気が付きます。その紳士は子供の時から、グァルネリ(ストラディヴァリウスみたいな、名器)を弾きこなす、優美な紳士なのですが、最晩年に、心身共に疲弊し、金銭的にも疲弊します。立派なコンクリート製の二所帯住宅に住んでいるのに、不思議なことにお子様が、父親の面倒を見ないのです。
結局その小説の目的は、心理的なミステリーです。ある時、突然私に、その不思議さへの答えがわかるのです。まあ、第二次大戦が原因だったのですが、これ以上は、その物語については言いません。
ただ、その小説を書きながら、わたくし自身が学んだことは、外食とか、なかじき(買ってきたものを食べる)を続けると、体が完璧に悪くなるということです。腰が90度曲がったり、背中が・・セムシ・・みたいに曲がったりします。また、心理的なものも大きいです。けんか結構ですが、家庭内に、30代ごろから、常に、真実が、語りあわれていることが肝心です。まあ、愛が蔓延しているのが理想ですが、愛がなくても真実があれば、まだいいということです。
真実がまるで語りあわられていないのに、表面だけ幸せそうに、かつ上品にふるまっていると、最晩年が、とんでもないことになるという話です。同じ家に住みながら、全く別所帯で、交流がないと、悲惨なことになるのです。心理的に、特に不幸感が増します。それなら、未亡人になっても、男やもめになっても、一人暮らしを貫いたほうがいいのです。子供や孫と同居しないほうがいいのです。
特に子供や孫が親のお金を求めて、「実家を売れ!」というときに、その言葉に従ってはだめです。でもね。どうしても子供に逆らえない事情が影に隠されていたりするのです。そこが心理的ミステリーだというわけです。
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ところで、心理的なミステリーといえば、2025年4月4日の夜ほど、わたくしに対する、巧妙な罠が張られていた日はないでしょう。
その罠の一つ、材木座お囃子連中の、長時間連続する演奏と、スーパー東急ビル東側、ケンタッキーフライドチキンとの間に、設定されていた屋台と、イーティングスペースほど、派手なものは、過去になかったでしょう。全員で300名~500名は、関係していた行事です。
そして大人(特に屈強な青年四人)が太鼓を打つのですから、大音量でした。
関係者に聞くと、これは、二回目だそうです。しかし、一回目には、わたくしは「気が付きませんでした。また、これがあることによって、周辺のお店は、お客が入らず、大減収だし、屋台もどこか、おかしいのです。何か強い違和感を持ちました。いや、鶴岡八幡宮のお正月に出る様な、古典的な屋台ではないモダンなものがあることは知っていますよ。
日比谷公園で開かれる、何とか祭り(アジアンテースト祭り)などでは、テントが統一されていて、屋台がモダンだし、eating spaceも、テーブルやいすが、白いガーデンチェアなどが準備されていてきれいだと、知っています。
しかし、それに比較しても何かが中途半端です。ただ、紙コップが20くらいの出店屋台で、統一されています。おでんを入れるのも、薄めたカルピスを提供するのも同じ紙コップです。それは、背が低くて、直径が大きいもので、普通のスーパーや100円ショップでは売っていないものです。それを見た途端に、・・・・これは、自然な発生のお祭りではなくて、いわゆるイヴェント会社が、引き受けた、・・・・予算次第のイベントですねと、納得をするのです。
先頭の車両には、四人の、屈強な男性が乗っていて、ジャンジャカジャんじゃか音を出しているのですが、笛がないのね。そして、わたくしがその広場にいる間中、休まないのです。
つまり、その人たちの出す音というのは、人間を脅かすための音です。
その一時間の間に、どうしてだか、N響の切符が二枚盗まれたのです。二日目の、今は、それが、正しい事実で、自宅からチェーンを外して盗まれたのではなかったと仮定すると、あの喧騒に気を取られていたすきに盗まれたのです。
これは、井上ひさしが、アイデアを出した可能性があります。松本清張の初期の短編小説の中に、お囃子の音で人がくるってしまって、何らかの事件を起こすというのがあるのです。それが、鎌倉駅頭で、応用をされました。で、例の安野夫妻、前田夫妻等を助けるためにまた、どこやらの公金が、300万円程度、消費されたのです。
私はね。お囃子の周辺にいる人に、どこの神社で練習をしているのですか?と質問をしました。何度も、でも、ぜんぜん応えられないのです。ともかく、お囃子連中も屋台も、ほとんどが、材木座の連中ではないのでした。
先頭の車の提灯にだけ材木座お囃子連中と、書いてあるのに、「どこの神社所属のお囃子グループですか?」と、質問をしても明快な、答えが得られないのです。
帰宅して、ポストの中にある大量の郵便物を見て、その中に音楽会の、切符二枚を発見した時には、ああ、あのお囃子に、注意を引き付けておいて、この世は、明るいと、私のほうが、信じ込んだすきに、わたくしのショッピングカートから、巧妙にもN 響の、切符だけが、盗まれて、わたくしがその後お茶している30分間と、今、足が悪くて、帰途の徒歩に以前の二倍の時間がかかる間に、先回りして、雪ノ下の谷戸に帰り、わたくしの家の「ポストに入れ込んだのでした。おどかすために、です。
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さて、以上が、5日の深夜書いた初稿の間に、紫色のフォントで、説明を補足した部分の文章です。
私には、この事件の謀略行為の全貌がすでに分かっています。その目的もわかっています。ただ、まだ書けません。いろいろ差しさわりがあるからです。
ただ、図書館が2016年のごたごたを繰り返してきました。それは、鎌倉駅改札口にある、図書返還ボックスに返した本が返っていないというたくらみです。前は主人の入院中に小田原図書館から回ってきた演劇界2006年11月号が返っていないという話です。今回は、日経のザイという雑誌だったか? 同じ様に返還ボックスに返したものが返っていないという電話がかかってきました。これが、録音されて、ご近所様や鎌倉市の商店で、わたくしがでいりしているところに聞かされれば、わたくしが非常にだらしがないということになります。
非常に込み入った悪だくみですが、二度目なので、わたくしの対応が毅然としているので、・・・・・しかも、わたくしのほうは、その雑誌を探せませんというと、図書館から、似た様な資料を見つけられるかどうか、返事が来るはずですが、来ていません。Ms 島田という支所さんからの電話でした。問い合わせをしたいとも思いますが、彼らがあまりにもあくどいので、悪いほうに寝た子を起こすことになると思って放ってありますが、自己防衛のために、2016年の事件のほうがどれほどに、込み入っていて、複雑だったかは、再び書かないといけないなあと、考えている最中です。
で、司書島田さんから、返事がないのは、事件そのものを蒸発させようとしているのでしょう。
私が裏にある警察の犯罪(図書返還ボックスから、抜き取っている)に気が付いた限り、それをブログで書くから、警察は、それは、恐れているのです。だって、警察が泥棒をしていると、言うこの日本社会の現実を普通の人に知られたら大変だからです。
だから、2016年のほうも今回のほうも書く準備は、しないといけませんが、この二週間、それには、触れていません。
でもね。そういう泥棒は警察のある部分=特殊部隊のほうは、平気でするのですよ。だって、ご近所人間、安野忠彦・智紗夫妻と、大原光孝さんに、我が家に自由自在に入れる合いかぎを渡していますよ。その二軒は、安野忠彦家のほうは、4月4日までは、毎晩、園芸関係の、いじめ用いたずらを繰り返していましたし、大原さんのほうは、4月二日の午前中、我が家の中で、やりたい放題のことをやって帰りました。詳細は、書きません。SNSで、誹謗中傷をすると逮捕されるそうですから、どういうことが、なされたかは書きません。
だが、わたくしにはすべてがわかっていて、ただ、ただ、我慢をしているだけだと、言わせてくださいませ。
図書館の雑誌が盗まれた問題に戻ります。表向きは、図書館から返還をされていないと、言われているわけですが、株、または、証券会社関係の書類は、一応まとめてありますので、書物も雑誌も返還していないということはないのです。だけど、島田さんに、「六か月間の猶予をください。その間、古本を探します」と、言ってあります。島田さんから、「解決しました」という電話があるまで、常にブログ文を、準備をしておかないといけないということです。
この異様な電話が最近の私をめぐる異様な罠の、前哨戦(というか、発端だったでしょう)でした。しかし、わたくしは、自分の文章の力で、突破できると思っていたので、気にもしませんでした。
何回も繰り返しますが、これは、むろん、尾行者(=警察)が、鎌倉駅改札口そばの、図書返還箱から盗んだのです。そして、罪を私に擦り付けようとしました。しかし、これは、2016年の時から、井上ひさし(まだ、生きていますよ)と、伊藤玄二郎が考え付いて、郵便局や図書館を利用した悪のたくらみでした。それに、警察が協力したのです。
何しろ、郵便物が夕刊より遅く配達されるなんて言うことはないのです。
夜の8時10分ごろポストを開けたときに、大量の郵便物が来ていて、その下に 夕刊がありました。驚くべきことでした。夕刊が来るのが午後四時ごろ、しかし、N 響の切符と郵便物は、そのあとで、ポストにいれられたのでした。
この切符を入れ込んだ人物が、安野家の夫婦だったかもしれないと、昼間っから思っていましたが、
夜の10時に確信に変わりました。頭がいいつもりになっているのでしょうが、常に、警察もしくは、CIA側の本当の事情を明らかにしてくれる、・・・・・ありがたい、ありがたい、パイロットランプです。(苦笑)
なお、今日はここまでと、させてくださいませ。一杯、ほかに、やるべきことがあるので。
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