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安倍政権論

2015-01-04 | 気になる本

渡辺 治(2007)『安倍政権論-新自由主義から新保守主義へ』旬報社
 本書は1次安倍政権までの流れです。その後は「大国への執念 安倍政権と日本の危機」で述べられていますが、福祉国家構想研究会の講演が中京大学であり、その時のレジメを次回使います。
 アメリカは太平洋戦争後日本を占領していました。そして、日本が再び軍備を持たず、海外へ侵略することを抑制しました。しかし、1950年の朝鮮動乱、ベトナム戦争での沖縄の出撃基地化、イラク戦争での派兵など、日本にアメリカは金から人を出すように要望しましたが、憲法9条を理由に拒むことができました。イラク派兵は憲法違反と名古屋高裁で判断されました。憲法9条をどうみるか、太平洋戦争が他国への侵略戦争と見るか見ないかで替わると考えます(筆者)
 Ⅰ部 安倍政権は何をめざしているのか
 改憲による自衛隊の武力行使の解禁を強く求めたのは、アメリカであった。2000年にはアーミテージ報告というかたちで、日米の共同軍事行動の必要性を提言していた。つづいて、財界も2005年に9条を改憲し、自衛隊の海外での武力行使を解禁しろと要求を出した。日本企業の海外展開は2,000年に入り新たな段階に入った。やみくもに世界、とりわけアメリカだけでなく、東アジアの地域的経済圏を構築し、そこを拠点に世界市場に展開する戦略を打ち出したのである。これが03年奥田レポートである。小泉政権は公共事業投資、補助金切った。財政の肥大化、赤字の原因で、つけを企業が払いたくないからである。一方で大企業本位のリストラ、産業構造の再編を進めながら、他方、それで失業や倒産に陥る労働者や中小企業にたいする保護を打ち切ったのである。構造改革の執行を地方に委ね、地方自治体の「自主的責任」でこれを執行させる体制を目指したのである。「三位一体改革」では地方交付税、国庫負担補助金を削減し、代わりに自主財源を認めることで、事務・事業を地方に委ねようという改革である。経済財政諮問会議に日本経団連の奥田が入り、直接財界の意志を表明するかたちをつくった。日本経団連は93年以来止めていた自民党などへの政治献金を復活させ、自民党の利益誘導政治を支えた。自民党議員・地方議員のピラミッドをつうじての住民統合は政治の安定であったが、構造改革の遂行には足手まといであった。利益誘導政治と引き換えに当選している自民党議員は、大企業のためとはいえ、地方の農業や地場産業の切り捨てや公共事業の削減には簡単には賛成できない。グローバル経済の下で激しい競争を展開している巨大企業にとっては、その部品の価格、労働者の賃金、流通コストは安ければ安いほど良い。
 明文改憲と解釈改憲の二本立てが求められるのは、アメリカが「世界の警察官」としての行動に日本を引きずり込もうとしていることと、改憲の前から米軍の後方支援や共同作戦行動を求めるよう圧力をかけているのである。医療制度の構造改革を県単位で、適正化計画を作らせ、数値目標を作らせ、ガイドライン基準を設定し、数値目標でコントロールすることである。この手法は国立大学の法人化に対して、既に実施されている。
 Ⅱ部安倍政権の歴史的系譜
 安倍が敬愛する岸はどんな人物だったか。岸は戦犯容疑者として巣鴨に拘置されたあと、政治家として「帝国」としての復活、憲法改正+軍備拡充+対米自立の実現であった。「強力な政治」を実現するため「保守合同」を追求した。60年安保闘争の意義は何か、①国民が政治を動かし、岸内閣を打倒した、②総評、社共、学者などの共闘組織、③保守政治に甚大な影響を与えた。池田内閣は国家介入による経済成長とパイの拡大、公共事業投資や補助金による、そのパイの地方への配分という日本独特の開発主義的路線が採用された。高度成長政策・「所得倍増計画」である。佐藤政権では改憲政策を止めただけでなく、解釈改憲も停止し、9条を実体化する制度がつくられた。沖縄に配備されている核が本土に持ち込まれるのではという野党の追及に、非核3原則が国会決議された。防衛予算は量的制限がされ、GDPの1%以下とされた。ベトナム戦争での戦争加担に反対するという観点から武器輸出3原則も国会決議された。皮肉にも佐藤はノーベル平和賞を受賞した。
 利益誘導型政治をすすめる自民党は、「政治改革」に消極的であった。8党派連立の細川政権、羽田政権、それに返り咲きを狙った自民党が社会党と組んで村山政権で大国主義化も遅れた。軍事大国化を新たな段階に引き上げたのが、小泉政権であった。安倍政権は小泉の動きを受け、岸政権、中曽根政権時につぐ、大国化の第3のうねりにある。直接の契機は冷戦の終焉と、イラクのクウェート侵略であった。90年代は日本資本主義も高蓄積をなし、2つの圧力があった。1つはアメリカからの軍事分担を求める圧力、もう1つは海外進出を本格化した日本企業、財界からの圧力だった。
従軍慰安婦の軍の関与を認めた93年河野談話、さらに日本帝国主義の植民地支配と侵略戦争に一定の反省をした95年の村山談話がある。この政府対応の追求の先頭が安倍であった。従軍慰安婦に軍の「強制連行」はなかった、争点を全体のなかから1点に絞り、その信憑性に乏しい史料に食いつき、これを「完膚無きまで」に批判する。こうして事件の全体を否定してしまうやり方である。南京虐殺も虐殺の数が怪しいとか、アイリス・チャンをたたき南京虐殺全体をなかったものにしようとしている。安倍の戦後ナショナリズムの特徴は、第1に戦前の帝国主義による侵略戦争と植民地支配にたいする反省をまったくもっていない。第2に戦前の明治憲法体制や天皇制にたいする批判的視点が皆無である。第3にアジアとくに中国との連帯、反欧米という視点がない。
 安倍の政治思想の第1の柱は新自由主義で、第2の柱は新保守主義である。反福祉国家こそが新保守主義の「新」たる所以でもある。この反福祉国家という点では、新保守主義は新自由主義と歩調を一にするが、同時に、新自由主義にたいしても、それが、資本のグローバルな展開を加速化し、共同体と伝統をいっそう凶暴に破壊するとして避難を加えるのである。またグローバリゼーションによる国民国家の壁の揺らぎ、外国資本や外国人労働力の流入、さらに地場産業の崩壊にたいしても、新保守主義は鋭い危機感と反発をもち、既存の社会的紐帯の弛緩は、こうしたグローバリゼーションによる外国資本と外国人の産物だととらえ、排外的ナショナリズムを昂進させるのである。
(次回は「企業社会・日本はどこへ行くのか」と講演レジュメを使います)
写真は一色さかな広場からの夕陽
コメント (1)
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