Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

2018年05月12日 21時56分47秒 | 映画(2018)
元祖・世界のおもちゃ。


炎上という現象が一般用語となって久しいが、まだSNSもインターネットも普及していなかった時代に世界中が騒然となったのが、ナンシーケリガン襲撃事件だった。

「衝撃の実話」「真実が明らかに」という言葉が宣伝文句に踊り、一見社会派の骨太映画を彷彿とさせるが、作品は、哀れな人たちが引き起こした喜劇として、むしろ脱力感が勝る組み立てとなっている。

オリンピックは、身体能力に加えて用具の性能やらトレーニング方法やら科学的な研究を積み重ねることが必然となっており、富める国、裕福な人たちの祭典である。

経済的に余裕がなかった分、トーニャの母・ラヴォナは徹底したスパルタで娘を一流のスケーターに育て上げようとする。

結果によっては、苦労の末に勝ち取った栄光、アメリカンドリームとして大いに祭り上げられたかもしれない。しかし、彼女を待っていたのは世界中から嫌われるという残酷なシナリオだった。

身も蓋もない話をすれば、フィギュアスケートという競技を選択したことが間違いだった。採点競技はどうしても採点者の感情が反映されやすい中で、異端で反抗的な彼女が受け入れられる要素は少なかったのだ。

ただ、それ以上に映画の中で印象的に描かれるのは、トーニャと周りの人たちのどうしようもなさだ。それは、どこが悪いというレベルではなく、彼女を取り巻く環境が始めから手の施しようがない絶望に満ちているのだ。

母親も夫もトーニャに暴力を振るう。怒りを覚えながらもトーニャはそれを普通のことと捉え、自分からも他者へ手を出すようになる。

母が奮い立たせるために放つキツい言葉は反骨精神による技術の向上にはつながったが、社会性という面では一切の成長を封じ込めた。

彼女の人生は不当にメチャメチャにされたのか、そうなる運命だったのか。その答えは現在にあると思う。

トーニャは、庭師などの仕事をしながら7歳の子供と暮らしていると言う。ラヴォナも元夫も、それぞれ別の生活を送っている。

そう、いろいろあったけど、みんな今も自分なりに生きているのだ。25年前のことを未だに言う人もいるかもしれないが、世界はほぼ彼女たちのことを忘れている。

「真実を話せと人は言うが、みんなうそっぱちだ」とトーニャは言う。実は真実なんてものはそれほど重要ではなくて、あっという間に世の中は次の関心事へ移っていく。

メディアの取材スタッフが家の前から撤収するとき、テレビがOJシンプソンの事件を流していたというのは象徴的な場面で、今はそのスピードが更に加速している。

人より波乱の振り幅が大きかったかもしれない。生まれてきた環境の不幸、自業自得もあっただろう。でも、リレハンメル五輪での彼女は23歳。それ以降の遥かに長い人生の生き方こそが重要なのである。

(80点)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする