九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

昭和区九条の会の活動の紹介。 ②    九条ひかる

2006年09月14日 18時25分45秒 | Weblog
 この前、九条バッチ(九条の条文を書いた缶バッチ)をつけて地下鉄に乗った時、隣の席の初老の女性が、「九条の会って、どんなことをするところですか?」と尋ねられた。
 私は、大江健三郎さんなど9名の著名人が、憲法を守るためにつくられた団体です。戦争を再びしないために署名、街頭宣伝、憲法の勉強会、大きな集い、など全国にある5100余の「九条の会」や会員が、無理をすることなくそれぞれができることで憲法や平和な日本を守るための運動をしています。
 と説明しました。
 その方は「そうですか、それはご苦労様です。本当に世の中キナ臭くなりましたものね。もっと多くの方々が参加するといいですね」
 と言われて地下鉄を降りていかれました。
 私はその方をガラス越しに会釈しながら、「九条の会」への加入をすすめなかったことを後悔していました。
「昭和区九条の会」の事務局によれば、郵送での加入申し込みが12日には2名、13日には会員さんの紹介で1名の方が入会されたそうです。
 区内の保育園の「九条の会」では結成の日に新たに20数名が加入され、50名余の父母・OB、職員で楽しく、「九条守れ!」の運動をすることにしているそうです。
「昭和区九条の会」の活動を紹介しますと、昨年は「抹茶を頂きながら戦争を語る会」「731部隊と憲法を語る」「ライブ・ライブ・お笑いぶ」などを行いました。特に「・・・お笑いぶ」では若手のプロ歌手や南山大学の落語研究会にも出演していただき、久しぶりに若者がいっぱいの「つどい」でした。「つどい」後、鶴舞公園で花見に繰り出し遅くまで語り明かすなど、楽しく、賑やかな活動を行ってきました。
 また、7月9日の「結成一周年のつどい」では、中日ドラゴンズの佐藤元社長の記念講演、高校生による群舞、オペラ歌手による「平和コンサート」など多彩な内容でした。「つどい」にははじめて見る顔が多数参加され、九条を守ろうという意識の広がりを感じました。
 次回には、愛知県下の「九条の会」の活動をご紹介いたします。

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話題の遊就館   落石

2006年09月14日 10時20分31秒 | Weblog

靖国神社に参拝をすませた人達は遊就館に向かいます。
入場料800円。
明治15年に軍事博物館としてスタートしており、
ゼロ戦や戦車の実物の展示、グッズ販売コーナーがありますが、
メインは戦争の展示。戊辰戦争から太平洋戦争までの歴史が、
写真やパネル、映画などが紹介されています。

最後の部屋には、軍神の写真がずらりと展示されていました。
ひめゆり記念館でも戦死した女学生の写真が並んでいましたが、
写真というメデイアが死者を蘇えらせる力を持っていることを
実感させるコーナーでした。

ざっと一回りした印象は、日本は明治維新の1868年から
敗戦の1945年まで、ずっと戦争をしていたんだ!というものです。
ひとつの戦争が次の戦争を呼び、その戦争がまた、次の戦争の原因となる。
そして1945年の破局に至る。
そのことを分からせてくれる展示でした。

戦後のおよそ60年を、コインの表とすれば、
そこには平和の姿が描かれていますが、
裏は悲惨な戦争だったのです。
昭和天皇の服装は、戦後は背広、戦前は軍服でした。

展示コーナーの一角で、昭和12年の上海事変当時のニュースを
再編集したものを映写していました。
日本は、西欧から石油などの軍事資源が輸入できなくなるために
宣戦布告をしませんでしたが、
映像が伝えているものは、まさに中国との戦争です。
戦線が広がっていき戦火を逃れて、中国の人々が難民となって
避難してゆく様子が映し出されました。
その後に次の様なコメントが続きます。

 日本軍の所為か?
 戦火のためか?
 なぜ?
 蒋介石の失政である!

このロジック、今、どこかで聞いたことがありませんか?

  

アメリカのイラク戦争で兵士たちが精神的な傷害を受け
後遺症に悩まされていると報道されています。
日本の兵隊も同じ様な精神的な傷害を受けたようです。
ある兵士は突然、奇声をあげ、敵の方に突進していったとか、
塹壕で震えていて気が付いたらいなかったという話を
聞いたことがあります。
日本では、まったく表には出てきませんでした。
おそらく報道規制があったのでしょう。
映像に登場する兵士たちの顔が、イラクで戦っている米兵の顔に
だぶってきました。

  


遊就館の名前の謂れは、中国の荀子。君子は遊ぶに必ず士に就く。
君子たるもの、高潔な人物に就いて交わり学ぶ(遊ぶ)ものである、
という一節からきているそうです。
ちょっと歴史的な皮肉ですね。

                  つづく



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親王様誕生を祝して、公立学校i国旗掲揚の通達!!!   まもる

2006年09月14日 09時51分24秒 | Weblog
 市民ネット「JANJAN」を愛読しているのですが、この記事には驚いた。
 他のメディアでは書かれていないように思います。
 なにしろ、教科書問題で一躍有名になった所ですが、こんな事が続けられているとはビックリデス。
 まるで 戦前にタイムスリップしているみたいな錯覚は私だけか。
 以下は 記事からの抜粋です。書いてくれた石川記者に拍手。
=====================================
国旗が掲揚されたのは9月7日~9日の3日間。杉並区教育委員会の庶務課長名で、杉並区立中学校の校長宛てに出した「親王様ご誕生に伴う国旗掲揚について」の事務連絡によって事実上強制されたものだ。6日の校長会で口頭で話があり、その後事務連絡として各学校にメールで流されたようだ。これを受けて、杉並区内ほとんどの公立学校(小・中)で「国旗」が掲揚された。

 これに対し、「杉並区教職員組合(以下・杉教組)」や「都教組杉並支部」の両教組から抗議・要請文が杉並区教育委員会へ提出されている。また、多くの区民からも疑問の声が上がっている。

 皇室の出産をめぐって「国旗掲揚」を教育委員会が各学校に指示したことはかつてなく、学校現場も困惑の色を隠せない。学校現場からの声によって、事態が明らかになった。

 「従来、皇室関係の何かがあると、上部の役所(総務省、文科省、都教委など)の文書を付けて教職員に知らされるのが常でした」と、ある教員は語る。まさに今回に限っての特異な事態だ。

 「学校とは本来、生命の誕生は人間誰しも平等に祝福されるべきことを教える立場。公の学校が『皇族であること』『男子であること』を理由に、国旗を掲揚して祝福を強制することに対して、現場の教師や保護者たちは心を痛めています」。Aさんはこう指摘する。

 また、多くの教員、保護者が、「何で杉並だけそんなことするの?」と疑問を呈している。

 公権力のこのような振る舞いに、杉教組は9月8日付けで区教委宛てに「抗議・要請」の文書を送った。国旗の掲揚を「明らかに公立学校が保持しなければならない政治的中立性を欠いた対応」、「皇太子家の愛子様出産に際しての対応とは明らかに異なった対応であり、男女平等の観点からしても不適切な措置」と批判している。

 また、(1)杉並区教育委員会が、「親王様ご誕生に伴う国旗掲揚について」の事務連絡を出すにいたった経過を明らかにされたい、(2)皇太子家の愛子様出産に際しての対応と比較して、異なる対応をした理由を明ら かにされたい、(3)今後このよう な対応をしないこと、の3点を要望している。

 一方、都教組杉並支部は同じく9月8日付けで、「一天皇家の祝い事について、『国旗』を掲げて、祝う意思を強制されることは、憲法が掲げる国民主権や思想・良心の自由の理念にも抵触する行為」として、文書の撤回を要請している。

 なお、杉並区は役所内に、9月12日までの日程で、記帳所を設置したことを区のHPで宣伝していた。区庁舎には垂れ幕までおろしたという。批判の声が多かったのか、12日午後8時現在では、すでにHPのトップからはずされている。


(石川梓記者)   
コメント (8)
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