九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

ザックジャパン(93) ライター・木崎伸也は良い仕事をする  文科系

2013年06月30日 | スポーツ

 サッカー雑学や選手エピソードだけとか、エキセントリックさだけ、単なるゲーム報告のようなライターばかりが多い日本である。これらの「専門家」は要するにゲーム分析が出来ない。ゲーム分析が出来るという意味で良い仕事をするライターが評価されて下らないのが淘汰されなければ、日本のサッカーの成長・発展にも良くないこと甚だしいだろう。Jリーグ発足20年、「昔の雑学だけで持ってます」とか「ゲームの逐次報告しかできません」というようなのはどんどん消えていって欲しい。そういう観点で見る時、例えば木崎伸也などは逆にどんどん世に出したいと、僕は望んでいる。

 彼が初めて目に入ってきたのは、10年ワールドカップ後9月のパラグァイ戦記事だった。中村憲剛と香川とが当時の日本では珍しいような超長いワンツーで得点して、1対0で勝利したゲームの得点場面に焦点を当てた作品だ。当時世界15位。南アで負けたあのパラグァイ相手。この「歴史に残る」得点のことは、僕もここで何回も語り続けてきたが、その初め10年9月17日の当ブログ・エントリーをこう結ばせていただいた。
【 こうして、結論。これはナンバー最新号記事の冒頭の表現であって、憲剛・香川によるこの得点への評価として、僕も大賛成。木崎伸也の文なのであるが、分析力、表現力も含めて、優れたスポーツ記者だと思う。
『一瞬のプレーに、日本サッカーが目指すべき方向性が凝縮されていた』 】
 この末尾の今ではさらに輝かしいと分かる表現の通りに、この時・この得点にこそ、今の香川の世界に輝く立場と、今なお日本の方向性であるものが、既にきちんと予測されていたのである。

 さて、この木崎伸也がやはり最新号のナンバーで、味のある記事を書いている。ブラジル戦が何故だめだったのか。イタリア戦はどうして改善できたのか。この2戦の間で何が起こったのか。日本コンフェデ戦全体の焦点とも言えるこの部分を、まさに木崎が描いている。その短い記事の題名は「レシフェの夜にザックと長谷部が語り合ったこと」。木崎がここに目を付けた事自身が、三つの闘いすべてを最も良く分析・理解できているということでもあると、僕は読んだのだった。
 ザックのゲーム戦略が何も実行されず、個ばかりに走ったブラジル戦。不安になったザックが、長谷部に会談を申しこんだこと。その内容でもって、選手会議がもたれたこと。その成果があっての、あのイタリア戦なのである。木崎によると、このイタリア戦後に長谷部はこう結んだそうだ。
『今日の試合は間違いなくこれからの日本代表のターニングポイントになる』
 これは並の表現ではない。「このゲームから、日本の明日、ブラジル大会像が見えてきた」というようなものだろう。ザックの助けもあってのことだろうが、こういう言葉が使えるキャプテン・長谷部はやはり賢いのだろう。全体を見て、分析できるという意味で。

( 追記として  なお、ほぼ上と同様の経過、分析を以下の拙稿でも期せずして描いているので読んでいただければ、また嬉しい。ブラジル戦の「本田独走」を予測・心配した記事が87号。ブラジル戦批評というよりも一部選手批判が88、90号。なお、90号では上のザック・長谷部会談自身にも触れている。
ザックジャパン(87)本日ブラジル戦、本田の改心に期待 2013年06月15日
ザックジャパン(88)”日本の長所が出ていないゲーム!”2013年06月17日
ザックジャパン(90) これがゲーム評というもの 2013年06月21日

なお、90号で紹介しているのが、異国の地でこれらすべてを見抜いた人物のブラジル・イタリア戦評。イビチャ・オシムが語った言葉の数々を紹介した。 )

 以下、ここにコメントとして付けた文章を添付もすることにした。大事な内容と思うので。
『 サッカー評で、こんなことを書き続けてきた。
 学問の論文などでは、信用ある人の良い論文箇所の「引用」をどんどん行う。ここから取ったと「出典」を明記して。そういう物が入っていない作者だけの文章は、普通は程度の低い物と観られる。その学問の伝統を学んでいない奴ということだろう。さらには、他に引用されることが多い論文は非常に評価の高い論文になる。
 ところで、サッカー評では作者の言葉だけの文章のなんと多いことだろう。まるでこう語っているごとくだ。他の評など参考にしない。オレの文章だけでよいのである。これでは、学問の世界ではおそらくこう言われる。「多分、独りよがりという意味で独断の人なんだろう」。
 監督の言葉の引用を何故行わないか。長谷部のようなキャプテンとか、オシムとかの言葉や、同僚のライターの過去の名分析をどうして引用しないのか。自分が今問題にしている選手を描いた過去の名分析文などは不可欠の要件のはずだ。これらがない文章は、不勉強丸出しの独りよがりの文と同じで、そんなのばかりでは、サッカー評論の世界に積み重ねも出来ていかないはずだ。』
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自民党憲法改正案のルーツは大日本帝国憲法     大西五郎

2013年06月29日 | Weblog
96条改正は立憲主義の否定

 自民党が憲法の条文、なかんずく9条の改正を行うのに先立って改正手続きを定めた96条の改正を先行させ、衆参両院それぞれの議員の三分の二の賛成による発議から過半数にハ-ドルを下げようとしていることに対して改憲論者の憲法学者からも批判の声が挙がっています。
 すなわち、憲法は国民の権利を権力に認めさせるもの(立憲主義)を、権力の側が好む憲法に変やすくしようとするのは間違っている。安倍首相が「国会で三分の一を少し超える勢力があると国民は憲法改正の意思表示もできなくなるのはおかしい」と云ったが、ある政冶勢力が国会で過半数を占めて政権が変わる度に基本的な人権や宗教に関わる国民の権利を変えるようなことはすべきではないというのがこの三分の二条項で、世界の多くの国が憲法改正に厳しい条件を付しています。
 96条の改正を持ち出す裏には、憲法は国民の権利を権力に認めさせるものから、憲法を権力(政府)が国民を統治するための道具にしようという考えがあるのです。
思想信条・言論の自由を「公益」で制限
 そのことが自民党の憲法改正案の「国民の権利及び義務」の項目に表れていると言われています。

(現行憲法)
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。(政府が侵すことを禁ずる)
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
   2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。(同)

(自民党改正案)
第19条 思想及び良心の自由は、保障する。(侵すことを禁ずるのではなくて政府が保障してやる)   
  2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。(国民よ)
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
  2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは、認めない。(公益で制限する)
  3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。(同条2~4手続き略、非常事態条項は自民党案で新設)
第99条 (1~2略)
  3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。(以下略)

大日本帝国憲法にそのルーツがあった
(大日本帝国憲法)
第26条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
第28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
第31条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ

 どうです。「自民党改憲案のルーツは大日本帝国憲法」といった意味がお分かりいただけたと思います。
 このほか自民党改憲案では、前文で「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって・・」「日本国民は、良き伝統とがの国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」としていますが、大日本帝国憲法を発布した時(1889年・明治22年)の天皇の勅語に「万世一系の帝位を継ぐ朕(天皇)が親愛し、朕の祖先も恵撫慈愛し給わった臣民の幸福を増進するためにこの憲法を発布する」という主旨のことが述べられており、それが自民党案の前文に引き継がれているように思えます。

 なお、この小論は6月22日に愛知大学名古屋校舎(笹島)で行われた愛知大学人九条の会と愛知大学九条の会の合同講演会における愛敬浩二名古屋大学教授の講演とその時いただいた資料を基に大日本国憲法のことを少し勉強して書いたものです。大日本帝国憲法を改めて読んでみてまだまだ勉強しなければならないと感じました。
国民は街中に幟を立てるなどして帝国憲法の発布を大喜びしたそうですが、福沢諭吉は「ヨーロッパでは人民が王の専制を嫌って人民が王に人民の権を認めるよう迫ったそうだが、人民の精神の自立を伴わない憲法発布に不安を感じる」と主宰する時事新報に書いています。
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「規制の虜」の復活(2) フクシマ燃料取りだし新計画?  文科系

2013年06月29日 | 国内政治・時事問題
 フクシマの核燃料取り出し工程表が、従来計画よりも早く取り出し開始できるというように改訂されたのだそうだ。経産相を議長とし、政府・東電などで作る廃炉対策推進会議が27日にそういう新工程表を決めたとのこと。これのどこに現実的根拠があるか!? 中日新聞にそう笑われている。28日金曜日朝刊下面の小さな記事である。

 何よりも、新工程表自身にこんな記述が入っていると、笑っている。
『準備が難航すれば、(中略) 従来の計画時期より遅れることも想定されるという』
 さらに、記事中にこんなやりとりまでも、
『核燃料取り出しに必要な技術開発費などを問われた東電の尾野昌之原子力・立地本部長代理は「現時点で、個別根拠に基づいて見積もれるほど中身が具体化されていない」と話し、今回の改定は必ずしも明確に裏打ちされたものではないことを示唆した』
 この下りの表現は丁重だが、中身はこうだ。「記者の質問でやっと答えたのが、これだ。こんなことで前倒しのキャッチコピーとは、笑っちゃうよね!」と。
 記事中には他に、こんな表現もある。
『ただ、核燃料がどこに溶け落ち、どんな状態か正確なことは不明の状態で、格納容器を開ける際に不可欠な水張りによる放射線の遮へいが可能かどうかも分かっていない』
 新工程表の真の狙いは、むしろこうなのだろうと愚考した。当初計画よりも大幅に『遅れることも想定される』と手直しした文言を、「前倒し決定」として売り出した。文書さえこう手直ししてしまえば、前おこなった楽観的大嘘は訂正できたということなのだろう。羊頭狗肉よりも一歩上を行く悪巧みではないか。犬の肉は食えるが、前の嘘を取り消すという腐った肉を売らねばならなかったというわけだから。賢い人々は違うものだ。

 今後根拠もないこの手の楽観的「計画」「声明」をどんどん垂れ流して、世論鎮撫が進められていくのだろう。自ら作った原発政策という長期計画には、どんな被害が起こっても何の反省もしないということだ。長良川、諫早、八ッ場ダム、すべて同じ手法だったと思う。地震自身がフクシマを起こしたという地震原因説はまだ打ち消されていないどころか、その一部は既に当事者によって認められているのである。それもあってか、地震原因説に関わる現場資料は隠されたままという行為だけが続けられてきた。だから、地震が多い日本ではフクシマがまた起こるという国民の不安も全く否定されていないのである。東海とか東南海とかは近く起こるそうだが、本当に原発付近が地割れを起こしたらどうするつもりなのだろうか。それへの回答もないままの再強行は、「後は野となれ山となれ」というやり口としか思えない。

 先祖伝来のものも含めて土地も建物もなくし、無数の人々が直接間接に命を落としまた縮め、漁師さんも含めて職業を奪われた人々は数知れず。そんな超長期的国家計画を、それによって起こされた大々的事故責任というものを、この人達は一体どう考えているのだろうか。こういう人々への心を込めた反省とか、2度と原発事故を起こさないとかに関わって、納得できる言葉などどこからも聞いたことはないのである。


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最近の論争をこのブログの「発展」経過から見る   文科系

2013年06月28日 | その他
 以下は、昨日のらくせきさんエントリーにつけた僕のコメントの転載です。まーこの間の論争の僕なりのまとめの一つのつもり。黒門町さんが「(文科系さんの)無邪気な独断場」という言葉を使われたのが少々気になって、それへのコメントでした。ただし、そう思われるのは無理もないけどと思いつつ書いた物。一部修正を加えていますが、このブログの発展経過をも辿っています。

 黒門町さん (文科系) 2013-06-28 16:29:51 「無邪気な独壇場」は、あんころもちさん(がそう思うだろうということ)については当たっている以上ですが、らくせきさんについては完全な外れだと思いますよ。彼は、あんころもちさんの提案があったからそれを討論にかけるという当たり前のことをしただけです。以下のような経過があったことも、らくせきさんは知っていることだし。

 管理人さんが、5年以上前になるかと思いますが、このサブタイトルを入れて下さった。それは、僕のブログ上でのいろんな要望からなんです。
「憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)」
 管理人さんはこれを、快く入れてくれた。それで僕の書く物が「無邪気な」余興ではなくなったはずなんですね。僕の考え方、方針を入れてくれたのだと思いました。でも、しかるべき反対者が現れれば、また1から討論すればよい。そんな緩やかな発想だったからこそ、ここがこのように発展してきたのだと、僕は確信しています。またそうでなければ僕は、8年もやってこれるわけがなかった。

 05年秋に発足したここは、週アクセス合計数でこんな推移を辿ってきました。
 300越えが現れたのは06年の4月です。500越え出現は07年3月です。以下、08年夏にはほぼ常時1000を越え、09年夏以降は2000内外が当たり前になって今に至っています。最新の数字で言えば、22日までの1週間で、2420人アクセスの8810回閲覧で、190万ほどのブログ内で1906位という賑わいになっています。そもそも、こういう数字を僕が書き残してきたこと自体が、「無邪気」にだけやってきた訳ではないという証明のつもりでもあります。継続は力ということでやってきましたが、「発展法則にあった正しい継続」ということのはず。ただ、この「正しい」には、あんころもちさんのように異論が多いのも、十分承知しています。こういう議論はいつもあったことですから。
 全国他の「9条」と名が付いたブログでこれだけの発展を遂げたところは少ないというのは確かなところだと思いますよ。ほとんどないのではないでしょうか。】

 最後に一言。文化など人間的な物すべてをそれとして真剣に生きかつ論じつつ9条、政治も語るというのが、人の自然なあり方だと考えます。9条、政治だけからものを語って、普通何が面白いでしょうか。どんな内実があると思えるでしょうか。むしろこう思われるのが常だったのではなかったでしょうか。「何でも政治に持っていく!」。日本では大部分の政治家がむしろ嫌われていますよね。「口だけ人間」のように。数少ないはずのそうでないようなタイプの人までそう思われているほどだ。それが普通の人々の感覚だと、僕は観てきた積もりです。
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1970さんへのお返事、お待たせしました。  らくせき

2013年06月27日 | Weblog
論点は政治とスポーツです。

たしかにスポーツは楽しい。人間関係も豊かになります。
TV観戦など、応援も含めて勝てば盛り上がり志気の高揚に役立ちます。
このために政治にも、よく利用されます。
国民栄誉賞なども、そうですよね。
この政治に利用されないようにするには、どうしたら良いのか?

スポーツは人間の「自由」を尊重する文化では?というのが私の考えです。

人間の自由を大切にするということが、スポーツが持っている大切な要素だとしたら、
自由を侵す政治からは自由であるほうが良い。

これがスポーツ楽しむ土台にあってほしいと思います。
では、この考え方はスポーツ自身が持っているものでしょうか?

残念ながらこれまでの歴史の答えはNOのようです。

では、この自由を保障するものはなにか?やはり政治が保障するしかないのでは?

つまり憲法が保障する必要があるようです。
では、どういう憲法がこれを保障できるのか?
人間の自由を保障する憲法ですね。

government of the people, by the people, for the people
リンカーンの言葉で言う「人民の、人民による、人民のための政治」でしょう。

現在の日本国憲法は、この精神にそったものです。こう言っています。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、
その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

リンカーンの精神はフランス革命に由来し、
日本国憲法もフランスの人民が流した血の生み出したものでしょう。

ちょっと強引に言ってしまえば、主権在民の憲法があってこそ
スポーツを自由に楽しめるということでしょう。

現在、自民党が目指す改憲は、この方向を逆転させるものです。
国家・天皇に主権を持たせようというもの。

この考えからはスポーツが国家に奉仕するものという考えが出てきそうです。

私のなかでは憲法とサッカーはある意味で同じ地平線上にあります。

ただ、問題はこんなに単純ではありません。

ナチス政権下で活躍した指揮者、フルトベングラーは、
ナチに協力したことを詰問するトスカニーニに対して、こう答えているそうです。

あなたは芸術をたまたま政権を握った政府のための宣伝、
つまりその飾り物に過ぎないとおっしゃるのですね。
ナチ政府が勢力を占めれば、私は指揮者としてもナチであり、
共産主義の下では共産主義者、デモクラシーの下では民主主義者となるわけですか?
いいえ、絶対そうではありません。芸術はこれらのものとは別の世界に存在するものです。

フルトベングラーは、非ナチ化裁判にかけられましたが、無罪になっています。
スポーツと音楽では少し違いますが、おおざっぱな点はお許しください。
これを、かなり粗雑な考えですが、お答えとします。


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ザックジャパン(92) 「選手固定批判」を批判する   文科系

2013年06月27日 | スポーツ
 ザックの「選手、レギュラー固定」をば、日本中のサッカーライターが批判してやまない。この擁護などありようがないという雰囲気もある。一方では、層が薄いままだと。他方では、闘莉王、阿部、佐藤など良い選手はいっぱいいるではないかとも。これに対して、以下のような考え方は出来ないものだろうかと、そんな批判をしてみたい。
①予選通過、コンフェデ終了まではこのやり方を通し、これから手直しするつもりだったのだ。その心は、なによりもこういうことである。
②イタリア・クラブの指揮経験しかないザックは、代表チームに無知であるとの自覚を十分過ぎるほど持っていたはずだ。代表合同練習の短さのなかでなにができるのかとか、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というその敵・各国代表についても。
③そこでまず、少数メンバーによる日本チームを一定まで鍛えつつ、「その一本の物差し」でもってコンフェデまでは世界の様子を見ようというやり方を取ったのではないか。固定メンバーは、位置取りでも50センチ刻みの細かい指示さえあるザックの得意なところではあるが、それ以上に大きいその意味が敵・各国代表というものを知る一定基準、物差しだったと。
④以上には、こんな方針、戦略も含まれていたはずだ。「日本人はどこまでやったら、どれぐらい伸びるか」。それを知るにも、限定した人間でやった方が良く分かると。つまり、個性とか才能よりも、己が日本人を鍛えるやり方の究明の方を取ったのである。

 さて、これに対して人はこう言うだろう。あと1年は短い、もう何が出来るかと。そういう人に限って、ザックがなした以下のような手腕、業績をすっかり忘れているのだ。これを、上の議論の中で思い出しさえもしないのだ。例えば、就任直後アルゼンチンに勝利した前後の事情をごらん願おう。

【「日本サッカー・希望の星」と、ザック監督など(15) 文科系 2010年10月14日 随筆 「ザックにときめいている」
 日韓戦が終わって、僕はもうザックにときめきっぱなしだ。この4日に初めてあずかったチームで、8日にアルゼンチンに勝ち、12日には韓国と引き分けた。この結果の見事さは言うまでもないが、それよりも何よりも、そこからうかがえた彼の才能の煌めきをこう解釈して、1人でうなっている。結論を書けば、こんな表現になるだろう。
『ザックがイタリアで名をはせたのは本来、なによりもこういうこと。選手を育てながらチーム力を長期にじっくり積み上げていき、やがて大きく熟成させていくタイプの良い監督として。そういう人物が、こんな短期に、こんなに大きな結果を出したことが、先ず驚くべきことだと見ている。しかも、イタリア以外を指揮したことがないはずの彼が、文化も何もかも異なった遠いアジアのこの国において。こういう出来事は、サッカー界でも極めて珍しいものではないか。人として並々ならぬ才能、賢さを感じずにはいられないのである』
 つまり、大局も応急手当も両方ともを見ることができて、なおかつ短期速成の教育実践にも大成功してしまう人物。そんな人間は滅多にいるものではないと、組織運営になれた人ならば誰でもが気付くことだろう。僕は頭をひねってさえいる。(以下略) 】

 以上は、ザック来日直後の「事件」であった。南ア大会岡田武史監督が追及しつつ土壇場になって諦めた戦略を、ほんのちょっとした手直しで仕上げて見せたのである。岡田の「理想」は全員攻撃全員防御のハイプレス・パスサッカー。ザックは岡田が果たせなかったこの戦略をそのまま取り入れ、当時は最初たった二つの手直しだけを施して見せた。
①まず、守備の手直しはこういうもの。ワントップが敵ボールを左右どちらかのサイドに追い込み、追い込んだ選手以外で敵ボールのパスコースをふさぎ、ボールを奪い取る。このやり方では、中盤以後の選手にはボールへの正対や位置取りなど非常に細かい指示がなされている。
②攻撃は、味方のワントップとサイド選手とで敵陣に深さと広さを作らせ、縦パスとサイド攻撃から、縦に速く攻める手直しをした。

 さて、結びである。ザックはこんな風に考え、計画してきたのではないか。彼我を十分に知りつつ一定の「世界基準」というものを認識し確立してしまえば、その後はディテールの問題であって、その手直しなどいくらでもできると、そんな自信を持っているのではないか。チームとして一つの基準がある中では、1人の新レギュラーを新たに育てる事など簡単なことだとさえも。

 こんなザックである。彼の予想外に腰の引けたコンフェデの闘いさえ、大きな計算外ではなかったと思う。何せ相手は、世界の8、17、22位に対して我が代表は32位。イタリア戦を観ても、世界の物差しぐらいは十分に出来たと言えるだろう。その物差しから観た現下最大の壁はこれ、腰の引けない守備である。腰が引けてさえ居なければ、小さなミスも失点には繋がらず、怖いのは鋭いカウンターだけだ。そこで、抜群に脚の速いDF、ボランチを入れるかも知れない。オシムが日本に最も求め続けてきたものである。

 さて、こういう見方を実質十分に支持するものとして、(マスコミの作為的で執拗な「カズ」連呼にうんざりしている僕にとって)ナカタヒデのこんな声が嬉しい。
【 中田氏が分析、W杯でブラジル&伊に勝てる!  サンケイスポーツ 6月27日(木)
 コンフェデ杯で日本のブラジル、イタリア戦を観戦した元日本代表の中田英寿氏が、「手の届かない相手ではなかった」と、来年のW杯では両国に十分勝てるとの見解を示した。27日発売のスポーツ誌「Number」に話したもの。中田氏は「お互いが遠慮している」とMF本田とMF香川の連係向上を求め、「決して個々が劣っているとは思わない」「彼らならできる」と期待した。】
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復活、「規制の虜」(1) 原子力規制委員会を監督強化??  文科系

2013年06月27日 | 国内政治・時事問題
 このブログで僕は「(原子力)保安院の大罪」と銘打ったシリーズを90回以上も書いてきた。11年6月4日の第1回から、確か12年11月20日の第93回まで。我ながら良くやってきたものと感慨も深いが、この原稿ほとんどが中日新聞の良心的記事に負うところが大きかった。この中日新聞と、兄弟関係にあるらしい東京新聞とは読めない地域も多いところから、その記事を全国的に発信するというそんな意図もあった。
 さて、フクシマに関する中日新聞の追及は今現在も執拗に続いている。中部地方の財界などが中央の支配勢力と利害がいくらか違っているのかも知れないなどと思ったりしてきたほどだ。例えば、中央は金融ゲーム勢力が完全支配しているが、東海地方はこれと比べれば健全な物作りの伝統がまだ残っているのかも知れないなどと。

 国論を二分したフクシマ事故。二分どころか、あれは確かに、ちょっと条件が付けば「原発なくせ9割」という方向だった。ところが総選挙でできた強大な自民党一党支配第一院体制になって以降、執拗なフクシマもみ消し工作が始まっている。本日の中日新聞第2面でも『自民議連「規制委への監督強化」 再稼働目指し国会に提言』とあった。国会に特別委員会を作って、規制委に対する監督を強化する提言、法律化を行おうというのだ。監督強化の中身はと観れば、事業者や自治体の意見をもっと聞くようにということとある。恐ろしいことだ。
 そもそも、原子力規制委員会とは何のために作られたものか。第一に、規制する各省庁が規制される事業者などに骨抜きにされて事故が起こったとの反省から生まれた「大国家機関」だったはずだ。第二に、各省庁からも独立した、強大な権限を与えられた委員会のはずだった。それを今は、国会がこの規制委に対して、事業者や自治体の意見をもっと聞くようにと監督強化だと!? 馬鹿も休み休み言え。規制委を作った時には、議院内閣制を土台とした内閣でさえこれにはなかなか手が出せないような組織にすると、そんな説明があったではないか。事故直後には、菅直人首相が干渉しすぎて保安院の機能さえ果たせなかったなどとの架空的大宣伝もなされつつ、非難囂々だったではないか。それが今はまた事業者や自治体の意見をもっと聞くようにと自民党中心の国会が監督強化だと!? 民主党政権の時は悪いことが、自民党政権になるとすべて良いことに変わるらしい。
 なお、原子力規制委員会設置法案については12年6月16日の、その人事については同年10月29日の、各々拙稿エントリーでまとめてある。

 さて、国民にあれだけ嫌われた原発を、たった一回の衆院選挙に大勝利しただけで、どうしてここまで復活・強行出来るのだろう。僕にはこれが不思議でたまらない。すると、これと同類のやり口について、多くの既視感があったと気づく。長良川河口堰、諫早湾干拓、八ッ場ダムなどなど、いったん官僚達が作った青写真、大計画は、国民がどれだけ大きく抵抗しても、結局日本では独立独歩を続けてきたのではなかったか!この独立独歩は、以下のようにうそぶいているごとくではなかったか。「どうせ国民は、トロイ。今の自分らのことしか考えていない」、「対して我々官僚だけが、長期的・国家的な青写真を描けるのだよ」。「よって、やがて国民はエゴに戻るさ」。こういうやり口、理屈で進められた国家的大計画すべての内実は、官僚たちの仕事とポストを自己増殖させること、これであったように見える。これはまたいつもいつも、事業者たちに官僚が逆規制される道でもあった。
 原発行政、原子力規制委員会、フクシマの事故処理でさえも、今また「規制の虜」に戻ろうとしている。
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新聞の片隅に載ったニュースから(95)    大西五郎

2013年06月26日 | Weblog
「外国語乱用で苦痛」NHKを提訴 (2013.6.26 中日新聞)

 テレビ番組で理解できない外国語が多く精神的苦痛を負ったとして、岐阜県可児市の元公務員で、「日本語を大切にする会」世話人の高橋鵬二さん(71)が二十五日、NHKに対し百四十一万円の慰謝料を求める訴えを名古屋地裁に起こした。
 訴状によると、高橋さんはNHKと受信契約を結び、番組を見ているが、必要ない場合でも外国語が乱用されていると主張。例として「リスク」「ケア」「トラブル」「コンシェルジュ(総合案内係)」などを挙げ、「不必要な精神的苦痛を与える」として、民法七〇九条の不法行為に当たるとしている。
 高橋さんは「若い世代は分かるかもしれないが、年配者は、アスリートとかコンプライアンスとか言われても分からない。質問状を出したが回答がないので提訴に踏み切った」と説明した。
原告代理人の宮田陸奥男弁護士は、「外国語の乱用は全ての報道機関に言えることだが、NHKは特に公共性が強く影響力がある。日本文化の在り方を社会に広く考えてほしいという趣旨もある」と述べた。
 地裁では「百四十万円を超える請求」を求める訴訟を扱うとされており、慰謝料を百四十一万円とした。
 NHK名古屋放送局は「訴状の内容を把握しておらずコメントできない」としている。

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 そうですね。近ごろ放送の中で外国語表現が増えましたね。特に若者言葉のような省略した言い方、例えばアプリケーションを「アプリ」と言ったりすることが目立つようになりました。
 そしてこのニュースでもう一つ気になったのは、NHKが「訴状の内容を把握しておらずコメントできないとしている。」で終らせていることです。裁判関係のニュースでの常套句ですが、一応相手方(NHK)にも取材をしましたよという一種の「不在証明」(本来の意味と反対の使い方になりますが)で終らせていることです。訴状の内容を見ていないのでコメントできないと言うのであれば、訴状が送達され、NHKが受領したことを裁判所に確かめてから、あらためてNHKの見解を聞きに行き記事にすべきです。(同じことを伝えた朝日新聞の記事では高橋さんが記者会見したとありますから、多分裁判所の記者クラブで弁護士さんも一緒に発表したのでしょう。裁判所の記者クラブ員なら訴状が送達されたことを確かめることは可能です。)

 もう一つ今日の新聞では、パソコンの遠隔操作で学校を襲撃すると脅迫したとして逮捕・起訴されたIT関連会社の従業員のパソコンに侵入して通信の事実を探ろうとした朝日新聞と共同通信の記者計5人が不正アクセス禁止法違反容疑で書類送検されたとニュースが朝日新聞と毎日に載っていました。また先日は犯行を認めるよう強制された取調べの様子の録画を弁護士から提供されてNHKが番組の中で放送したことを検察側が問題にし、NHKがクローズアップ現代での放送を延期したというニュースもあります。取材・報道の自由に関わる問題です。注目していきたいと思います。
                                       大西 五郎
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 ザックジャパン(91) 祝、岡崎慎司マインツ移籍  文科系

2013年06月26日 | スポーツ
 二つのチームがこういう発表をしたとのこと。ヤフーニュースから大喜びで、取った。

【 シュトゥットガルトとマインツは25日、日本代表FW岡崎慎司(27)の移籍について合意に達したことを発表した。
シュトゥットガルトとの契約が残り1年となり、この夏の移籍が噂されていた岡崎は、報じられていたとおり、マインツに加わる。契約期間は2016年6月30日までの3年で、移籍金の額は公表されていない。
マインツのトーマス・トゥヘル監督は、「岡崎が我々のクラブに移籍することを決めてくれて、非常にうれしく思う。我々のスタイルで、彼は重要な能力を持つ選手だ。チームプレーヤーでありながら、攻撃でフレキシブルに起用できる。良いフィニッシュもある」と評価した。】

 マインツのトゥヘル。名のある監督である。その監督のこんな良い評価声明。現代最先端のサッカー眼から岡崎の良さが十分に評価できる人と観た。また是非そうあって欲しい。
『チームプレーヤーでありながら、攻撃でフレキシブルに起用できる。良いフィニッシュもある』
 来期の岡崎、新チームで円熟期を迎えて、先ず10得点! 十分可能な数字と期待したい。出だしの10ゲームほどが注目である。何せ、今世界注目・躍進ドイツでのことなのだ。観る目のない評論家・ファン推薦の宇佐美は脱落したが、岡崎はとうとう上がった。と挑発したら、怒る人も多いだろうが、これは事実なのだ。

 この岡崎、最新ニュースで言えば、コンフェデ・イタリア戦報道のなかにこんな記事もあった。岡崎が円熟期を迎えたと知らせる内容のような気がしたものである。
【 『ユーロスポーツ』英国版はこの試合の両チームを採点し、イタリアのバロテッリ、デ・ロッシ、ジョヴィンコ、日本の本田、香川、岡崎の6人に最高点の8点を付けるとともに、FIFAと同じく香川をマンオブザマッチに選出。同フランス版は「日本の素晴らしい戦いによって異常な試合となったが、最終的にイタリアがグループ突破を勝ち取った」と伝えた。 】

 このゲーム評でなくとも岡崎は、日本の現攻撃陣で香川、本田に並ぶものであることは明らかだ。この元々鈍才の地味な選手、ここに何度も書いてきたが総合的評価に耐える僕の大好き選手だ。総合評価に耐えると言えば、チームにも選手個人にも何よりも「バランス」を要求するザック好みとも。明らかに、彼のお気に入りなのである。得点だけとか、何か傑出した能力とかでは全く観られない選手。強いて言えば、現代サッカーFWというものについて総合判断力があるという意味で、非常に賢い選手なのだろう。雰囲気は似ても似つかぬが、その思考力がヒデと似ているのではないか。素人には先ず評価できない異能と言うのが、最高の褒め言葉になるようで、代表が岡崎を上手く使えるほどに代表全体の総合的レベルが上がったとも言えるような、そんな選手なのだと思う。
 そう言えば、ナカタヒデも代表デビューした97~8年ごろはぼろくそに言われていたな。「先輩をあごで使う礼儀のないパス」「そこまで届けよ、走れるだろうという、乱暴なパス」「(我々)マスコミを軽蔑しているようだし」・・・・。こんな風に書きまくった連中がやがて掌を返したように、彼にひれ伏していった。野茂英雄の時とか、スポーツマスコミによくある光景だった。僕が日本スポーツマスコミを軽蔑してきた背景である。

 釜本と並んで、日本代表歴代最高のFWと断定して良いはずだとも思う。得点数自身は釜本、ゴンなどの方が多いが、いつも対戦してきた相手のレベルが違った。弱い時代の代表は予選レベルのような相手が多かったはずだ。が、岡崎はアジアはもちろん、今回のコンフェデなどを含んだいわば本戦・決勝リーグ・レベルの相手と戦ってきた。「南アワールドカップの各大陸予選段階における世界得点王」という立派な称号が日本ではあまり話題にならないのも不思議だ。「マスコミ風の絵にならない選手?」と言うなら、あのダイビングヘッドはダイレクトボレーなどと並んで、サッカーで最も美しい絵になるプレーだ!
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エントリー不正削除と今  文科系

2013年06月25日 | その他
 表題のあんころもちさんのエントリーは言ってみれば、こういう内容のものでした。
「最近サッカー記事ばかりが多くて、おかしい。サッカーサイトとはっきりさせるべく、名称を変えるべきだ」
 このエントリーにはいくつかのコメントが付いていたと思いますが、それもろともごそっと消されてしまいました。この消されたエントリーに関わって、6月24日にらくせきさんのエントリー「あんころもちさんにお答えします」があったわけです。
 なお、このあんころもちさんの「名称を変えよ」というエントリーには、別のエントリーでも論議が起こっています。例えば、6月21日拙稿「これがゲーム評というもの」には、僕のコメントも含んで、以下の三つが付いています。順に、そのまま紹介しましょう。

『 さっかーの話、歓迎も? (にんじん) 2013-06-22 09:43:27
 ブラジルの百万人デモについて、一言も聞かれないようでは、タイトル替えるべきと思いますよ!』
『 サッカーサイト? (文科系) 2013-06-23 19:00:57
 サッカーサイト? 違うね。ここは「9条バトル」だ。ただし、「憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!」と唱えているサイトである。サッカーも「大歓迎」されているわけである。こう唱えた管理人さんからは、感謝されこそすれ、非難される覚えなど全くないし、僕は表題やキャッチコピーを換えたいとは思っていない。よって、「人間的な話題」のある一面が多く語られるのに抵抗を感ずる人は、「9条」をどんどん書いたらよいだろう。それだけのことである。かと言って何度も言うが「9条バトル」と言う名を変えて欲しくはない。ただし、9条よりもサッカー論議が程度が低いように考えている人がいたら、それは下らない観念であると言いたい。』
『 Unknown (NATO) 2013-06-23 19:55:29
 憲法論議が盛り上がらないのはある意味では当たり前だし、護憲派にとってはよいことでは?(一番盛り上がるのは改正できるか、できないかのギリギリの時でしょうから)
 現在の状況だと、9条改正にしても96条改正にしても、衆参の3分の2以上の確保は難しいでしょうし、仮にその後に国民投票をしてもたぶん改正反対の票が55%くらいを占める――これで盛り上がるわけがないですよ。』

すでに、らくせきさんのお答えに多くのコメントが寄せられていますが、僕としても多数の方々のご意見を求めたいです。この問題はこのブログでは過去延々と繰り返されてきたものですし。あんころもちさんの批判対象である僕の意見は、ずっと昔からこうでした。そして、僕の立場こそが、次のような題名やキャッチコピーが求めてきたもの、つまり管理人さん初め我々が求めてきたものだと確信しています。
『九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)
憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!』
 この文章で解釈の分かれ目は間違いなくここでしょう。「憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎」。この「以外でも」を、「全く無関係なことを、人間的なことならば自由に書いて良い」と解釈するか、「以外の事でも、憲法9条に何らか触れるべきである」と解釈するかです。ぼくはこれを、前者のように解釈しているわけですが、それをあんころもちさんのいうようにこう語るのは、僕としては誹謗中傷の類と考えられるというほどの気持です。
『このブログタイトルのままで、かくも延々とサッカーについて書き続け、そのブログの趣旨とは違ったかたちでそれを占拠することは、一般にいう「アラシ」行為にほかならないと思います。』
 これに対しては、1970さんがこういう批判をしていますが、これも前者の立場なのでしょう。
『憲法の話をやりたければそれを書き続ければいいだけだよ。誰も疎外したり邪魔しているわけではない。同じように書けばいい。それをしないで自称左翼だの、自己顕示欲がどうのだの、ちょっとねおかしいわ。呆れています。』
『まさか、文科系さんが憲法談義担当でそれを書きまくらなければいけない義務があるとは思えない。そういう話題がほしければ文科系さんに文句つけるのではなく自分で書けばすむだろう。それをせず、左翼がサッカーばかりとやるからおかしくなる。』

なお、上のにんじんさんのコメントははっきりと後者の立場と言えると思います。
またなお、「僕はここでこう書きたい」、「その理由は」と言う積極的論理を展開した文章は、24日らくせきエントリーへのコメント「改めて」です。あんころもちさんには特に、その真意をくみ取って欲しいと望んでいます。
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あんころもちさんにお答えします。  らくせき

2013年06月24日 | Weblog
管理人は今、病気なので、ご返事が遅れました。
変更の提案について聞いてみたところ、

「現在は、平和憲法が危機にあるので、今のタイトルのまま行きたい。
サッカーなど憲法以外の投稿は大歓迎です。また、皆さんが憲法についても
どんどん投稿して下さることを願っています。」

とのことです。これからもよろしくお願いします。

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よたよたランナーの手記(7) 随筆 「回 春」  文科系

2013年06月22日 | 小説・随筆・詩歌など
  回 春

メーターはおおむね時速三〇キロ、心拍数一四〇。が、脚も胸もまったく疲れを感じない。他の自転車などを抜くたびにベルを鳴らして速度を上げる。名古屋市北西端にある大きな緑地公園に乗り込んで、森の中の二・五キロ周回コースを回っているところだ。たしか六度目の今日は最後の五周目に入ったのだが、抜かれたことなど一度もない。ただそれはご自慢のロードレーサーの性能によるところ。なんせ乗り手の僕は七二才。三年前に二回の心臓カテーテル手術をやって、去年の晩夏に本格的な「現状復帰」を始めたばかりの身なのである。一昨年の二月には、こんなどん底も味わっている。日記を抜粋してみよう。

『突然のことだが、「ランナー断念」ということになった。二月初旬までは少しずつ運動量を伸ばし、時には一キロほど走ったりして、きわめて順調に来ていたが、突然こんなことが起こったのである。十六日水曜日夕刻、いつもの階段登りをやり始めて十往復ぐらいで、不整脈が突発。それもきちんと脈を取ってみると、最悪の慢性心房細動である。ここまで順調にやれて来て、十一日にも階段百十往復を何の異常もなくやったばかりだったから、全く寝耳に水の出来事。青天の霹靂、気分は暗澹。
 翌日、何の改善もないから掛り付け医に行く。「(カテーテル手術をした)大病院の救急病棟に予約を取ったから、即刻行ってください」とのこと。そこではちょっと診察してこんな宣告。「全身麻酔で、AEDをやります」。このAEDで、完全正常にな戻った。もの凄く嬉しかった。前日の「青天の霹靂」、「暗澹」の一日後のことだったから。なのに二五日金曜日、掛り付け医に行き、合意の上で決められたことがこれだったのである。
・年齢並みの心拍数に落とす。最高百二十まで。
・心房細動が起こったら、以前の血液溶融剤を常用の上、AEDか再手術か。
 さて、最高心拍数がこれなら、もう走れない。速度にもよるが百五十は行っていたからである。僕も七十歳。走るのを断念して、細く長く生きる道を選ぶしか無くなったと覚悟した。走るのをほぼやめていて体質がどんどん変化していると感じるが、それも仕方あるまい。ランナーとして年貢の納め時なのである。』

さて、そんな境地でも未練ったらしい足掻きは続けていた。ゆっくりの階段往復、ロードレーサー、散歩、その途中でちょっと走ってみる。すべて、身につけた心拍計と相談しながらのことだ。そして、心拍数を少しずつ上げてみる。初めはおっかなびっくりで、異常なしを確認しては次第に上げていく。気づいてみたらこんな生活が一年半。一四〇ほどなら何ともないと分かってきた。すべてかかりつけ医に報告しての行動である。そして、去年の九月からはとうとう、昔通りに市立のスポーツジムに通い出した。高齢者は一回六十円で済むが、駐車場代が三百円だから自転車で行く。そして今では、三十分を平均時速九キロで走れるようになった。心拍は百五十以内を目標としているが、気づいてみると時に昔通り百六十になってしまう。それでも何ともないのだ。おかげで平常数も六十と下がり、血流と酸素吸収力が関係するすべてが順調。ギターのハードな練習。ワインにもまた強くなった。ブログで五時間ほども目を酷使しても疲れを感じないし、その他いろいろ文字通り回春である。先日は、十五年前に大奮発したレーサーの専用靴を履きつぶしてしまった。その靴とパンツを買い直したのだが、こんな幸せな買い物はちょっと覚えがない。今度の靴は履き潰せないだろうが、さていつまで履けるだろうか。
 人間、どんなになってもけっこう鍛えることができるものだ。病気に対して、医者の言うままに守るだけではなく、攻める姿勢も時には必要ということだろう。
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新聞の片隅に載ったニュースから(94)    大西五郎

2013年06月21日 | スポーツ
(維新の会)奈良(選挙区)の候補は出馬辞退へ(2013.6.21 毎日新聞)

 参院奈良選挙区(改選数1)に、日本維新の会から立候補を表明した奈良県議、山本進章(のぶあき)氏(58)が、出馬を取りやめる意向を固めたことがわかった。党本部からの十分な応援がないことに加え、橋下共同代表も従軍慰安婦を巡る発言などの影響で党勢が低迷し、陣営の不満が高まっていたという。

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 維新の会の参議院選挙の予定候補者の候補辞退が続いていることは№93でもお伝えしましたが、まだ終らないようです。山本進章氏は自民党の奈良県会議員でしたが、自民党を離党して維新の会に加わりました。
 なお、維新の会は参議院選の愛知選挙区に、当初比例代表候補に内定していた元衆議院議員の近藤浩氏(52)を立てることを決めたようです。維新の会は今度の参議院選でみんなの党と協力し幾つかの選挙区で棲み分けを行うことにし、愛知選挙区では候補を立てずにみんなの党の候補を応援することにしていましたが、橋下氏の従軍慰安婦問題の発言にみんなの党が反発し、協力が解消されました。維新の会愛知支部では候補を擁立しない方針でしたが、党内から「候補を立てるべきだ」という声が強まり、近藤氏を比例代表から選挙区候補に変更したものです。
 なお、近藤氏は自民党の愛知県会議員を二期務めたのち、2003年の総選挙に愛知4区から自民党公認で立候補して、選挙区選挙では落選しましたが比例東海ブロックで当選しました。しかし運動員に買収資金を渡したとして起訴され、有罪となり、議員を辞職しました。昨年末の総選挙には、今度は維新の会に移って東海ブロック単独の比例候補として立候補しましたが落選しました。
 ところで橋下氏の従軍慰安婦問題の発言では、橋下氏と共同で党代表を務める石原慎太郎衆議院議員(前東京都知事)が18日の国会議員団役員会で「橋下君の発言で党は大迷惑を被っている。選挙を戦う仲間に謝るべきだ」と批判しました。橋下氏は当初「選挙の結果で皆が辞めろというなら代表を退く」と答え、発言は取り消さない姿勢を示していました。しかし党内の意見が厳しいことを知って、20日に東京都議選と参議院選の候補者宛に「僕の個人的な政治的信条に基づく態度、振る舞いで、目の前の戦いが大変厳しいものになってしまいました」とメールで謝罪したと新聞やテレビのニュースが伝えました。
 石原氏が「大迷惑だ。橋下君は謝るべきだ」と言いましたが、石原氏は橋下発言が報じられた直後は「軍と売春は付きものだ。橋下君は基本的に間違ったことは言っていない」と言っていたのをテレビの画面で見ていますが、俗にいう「君子豹変す」でしょうか

 №93で、維新の会の参院選比例候補の中津川博郷氏が「落選したら破産のおそれがある」と辞退の理由を述べたことが「本音でしょう」と言ったことに対し、一部の方から、中津川氏の息子が不祥事を起こしたからだ。破産云々を信じるのかという指摘がありました。一部の人の特異例を探し出して全体を否定するのではなく、全体に共通するものを見るべきだと思います。
                                       大西 五郎
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ザックジャパン(90) これがゲーム評というもの 文科系

2013年06月21日 | スポーツ
 ブラジル戦を観て、監督を換えよとか叫んでいた評論家が多い。金子達仁もその1人だった。中山某というのもいた。こんな連中は評論家など廃業してしまえ。結果だけで物を言うのは、素人も同じである。理由は以下の通り。

 日本の出来にムラがあることは既に有名なこと。ブラジル戦は悪い方が出たわけだが、これだけをすべてとするような連中は全く観る目がないと証明したも同じである。結果だけで物を言う連中だ。そういう連中はイタリア戦については「向こうが不調だったのだ」とでも言うしかないだろう。
 ところで、ブラジル戦がこういうゲームだったことも既にはっきりしている。選手の一部が監督の対ブラジル戦略に従わなかったと。なのにザックは、それらの選手も先発で使った。「やるのは君たちだ」という態度である。罰則でもって選手を従わせるモウリーニョには、絶対に出来ない行為である。ジーコと同じで、凄い人格者なのだ。ザックはこんなことまでを事前にキャプテンに1対1で話している。
「南ア大会のやり方もあり得る。が、私は君たちの力は世界を驚かせるほどのものがあると観ているのだ。自分らの良さを出せ」
 この励ましを受けた長谷部が選手会議を開いて、イタリア戦の結果となった。確かに幸運もある。初めイタリアが攻めてこなかったから、前4~5人の連係だけで長所を出すことが出来たのだ。チームの好調時のようにDFラインがそんなに上げていたとは思わないからだ。ただ今度は、本田や初先発した前田が、ザック方針を頑張った。きちんと言われたマークを果たした。結果、イタリアのブッフォンがこう言っているほどに。「代表でこれだけシュートを打たれたのは初めてのことだ」。こんな賛辞は、好不調で作れるものではない。

 オシムのゲーム評を転載しておく。彼は、ブラジル戦も正しく批評したが、イタリア戦もすべてを見抜いている。賢い人は違うものだ。スポニチアネックスから取った。

【 オシム氏の提言 必要な遠藤のバックアッパー…大胆な若手抜てきを
 元日本代表監督のイビチャ・オシム氏(72)は、欧州選手権準Vのイタリアに3―4で惜敗した日本の戦いぶりを高く評価した。選手の個々については遠藤が大きな役割を果たしたとする一方で、本田についてはもっと周囲を生かすべきと指摘した。

 日本の試合運びでは遠藤が大きな役割を果たし、安定感を与えていた。逆に遠藤が出場停止、あるいは負傷した場合にどうするか、遠藤のバックアッパーを真剣に考えた方がいい。本来は長谷部にその役割を果たしてほしいところだが、今度は今の長谷部の後継者が必要になる。遠藤のような技術と戦術眼を持ち、しかももっと運動量とスピードのある若手を大胆に抜てきしてはどうか。そして、本大会に向けて、戦術的なオプションの幅を広げること、中盤の選手の負傷に備えバックアップを訓練すること、ブラジル大会以降のことも考慮し、未来志向のチームづくりをしてほしい。

 本田のプレーは悪くはなかったが、自分の実力を示そうと無理をしたり、次の瞬間には集中力を欠いた場面があった。力み過ぎだ。それが重なるとチームのブレーキになる。もっと周囲を生かすことで自分も生きる道を進むべきだ。クレバーな選手だから理解してくれると信じている。

 イタリアは日本より格上。イタリア優勢と予想する者が多かった。私はブラジル戦で腰の引けた戦いをして完敗した日本がどのように立ち直るか注目していた。とりわけ、大敗した試合の後で選手たちに自信を取り戻させられるかは、監督をはじめとするスタッフの手腕の見せどころだからだ。
 W杯など大きな大会では決勝まで進出すれば短期間に6、7試合する。すべて良い内容で戦うことはできない。限られた時間で立て直す。そうした角度から見れば、イタリア戦はかなり成功していた。ブラジルに大敗した直後にこういう試合ができたことで、若い選手はかけがえのない経験を積んだことだろう。】

 遠藤の後継者は、私見では鹿島の柴崎岳しかないだろう。ザック戦略を身につけるには、若ければ若いほどよいのだから。ただし、若い内に日本的技術だけでなく、努力して体も作った選手ということだ。柴崎は賢い。ヒデやホンダのように世界水準に注視しつつ長期的自己育成をやってきたと言う。この2~3年凄く当たりの強くなったJで高卒後すぐにボランチ・レギュラーを勝ち取ったというのは、その証明なのだと思う。鹿島で高校出てすぐの名選手と言えば内田篤人を思い出すが、ヒデなみの才能なのかも知れぬ。まだ21才。でも、ヒデがフランスワールドカップ日本のエースになった年齢だ。柴崎の成長には、ヒデや遠藤、俊輔並みの才能がありながら自らの不始末などで不本意なサッカー人生を送らざるをえなかった小笠原が貢献していることは間違いあるまい。小笠原よ、柴崎をどんどん育ててくれ! 柴崎に最も望みたいのは、小笠原や遠藤がヒデから受け継いだ戦術眼だ。技術や強さは代表でももう十分に通用すると思うから。
 関連して、ここで言っておきたいことがある。ヒデとゴンの日本サッカーに果たした役割はもの凄い。この点は、カズなど「物のカズ」にも入らない。日本の中盤隆盛をもたらしたのはヒデだし、前田も岡崎も、ゴンを受け継ぐ流れである。

 最後にもう一言。岡崎がシュトットガルトを出るかというニュースが流れた。そうしろ、そうしろ! 岡崎ほどの選手を理解できない監督の所などにいることはない。取りたいと言っているのは現在の世界2強国、ドイツ他チームとイングランドらしいが、絶対にドイツがよい。スペースに走るパスサッカー得点が爆発と激変していきつつあるリーグなのだから。清武、乾がチームの柱になったというのはそういうことなのだ。

 メキシコ戦は、DF陣も含めて、ザックの方針通りやって欲しい。それがブラジルワールドカップで世界を驚かせる近道であると思う。

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ザックジャパン(89) イタリア戦でハイプレス「チャレンジ」は? 文科系

2013年06月19日 | スポーツ
 日本は以前からゲームによって出来不出来が大変大きい国だった。力がかなり劣るアジアの国にも敗けることも度々だった。それは、組織戦略を選手が曖昧にしたときだ。具体的現象としては、後手に回ってパスが回らない時だが、その原因はたいていこういうことだったと観てきた。
 筋肉量が小さく1対1に弱い日本人は、技術と俊敏性を活かした組織戦略がすべてとさえ言える。そういう日本人の組織戦略として、同じように筋肉量が小さいスペインの組織戦略を取り入れてきたのも必然性のあることだった。ブラジル戦でも、その組織戦略の曖昧化があったというのが僕の見解である。ザックもそう見たはずだ。最も欠けていたと重視したのがDFラインの押し上げと、それと一体になったハイプレスである。これを抜きにした「個人の(突出した)力」など、日本人にはあり得ないと言いたい。スペインでもあり得ないのと同じように。

 さて、以下に見るように、ブラジル戦翌日の選手達はイタリア戦へのいくつかの誓いをしあったようだ。「スピード」、「連係」、「チャレンジ」などがキーワドだったらしい。ただ、ザックもそう思っているだろうが、「DFラインを上げなければ攻撃のスピードは出ず、ボールも走らないからチャレンジにならない」と僕は見る。つまり、ハイプレスがなければ、チャレンジも声だけの空回りだろうと。それが日本人向け現代サッカーというものだから、ハイプレスが改善されるかどうかだけを今夜はみたいと思う。来年のブラジルを控えた今、それ以外の闘いでは強い所とやる結果も見えているのだし、無意味であるとさえ。事実上心が負けて腰が引けているわけだから、勝てるわけがないのだ。図抜けたFWが居ない場合の今のサッカーでは、良い攻撃は良いボール奪取からしかできない。これは、組織としてボールを走らせて点を取ろうとするチームの宿命のはずだ。そこをどうしようとしているのか、最も僕が気になる所だ。以下の報道された選手達の言葉からそれをうかがい知るしかない。ゲキザカと毎日新聞の報道記事から取った。

【 惨敗したブラジル戦からどう立て直すか。ブラジル戦から一夜明け、選手たちが口をそろえて言ったのは「チャレンジしよう」ということだった。
 何もできずに終わった開幕戦を思い返すに、選手たちはいても立ってもいられなかった。試合を終えて宿舎に戻ってからの食事会場。一夜明けての朝食会場。そして、クールダウンの軽いメニューをこなした練習会場。ポジションの近い選手同士で話し合う姿がそこかしこにあった。
 チーム全体のミーティングではなく、選手同士数人ずつが集まって意見をぶつけ合うスタイルは、ザックジャパンで頻繁に行われていることだ。DF長友佑都(インテル)はこう言う。
「何人かで話した。あの試合の反省から生かされるのは、失点をすべて消極的に受け止める必要はないということ。昨日はチャレンジできなかったことが情けなかった。でもこの情けなさはプラスに変わると思うし、変えないといけない。『お前ら何しにきたんだ』ということになる」
 DF今野泰幸(G大阪)は「選手同士で話をした。一番悔いが残っているのは、チャレンジしなかったこと。やるからには全力を出そうと話をした」と、こちらもチャレンジの重要性を口にする。
 FW岡崎慎司(シュツットガルト)は「守備では守れていたところもあった。課題は攻撃だとみんなでも話していた」と、より積極的に攻撃を仕掛けていくためのモチベーションを上げた様子だ。
 “世界との差”を痛感し、傷心のザックジャパンだが、選手たちは徐々に開き直りを見せてきた。「僕らはもう負けられない」(長友)というイタリア戦まであと3日。戦士たちのメンタルが万全になるまでもうすぐだ。
(別のゲキサカ・ページで)香川は言う。
「ブラジルはチャンスのときに攻守において走力があった。速かった。僕らに足りなかったのはその速さ。バイタルでボールを受けて走り込んでいくときのスピードが必要。メリハリをつけてやりたい」
(取材・文 矢内由美子  ガキサカのページから) 】

【 [ブラジリア中村有花]日本代表はブラジル戦から一夜明けた16日、ブラジリア近郊で練習を行った。故障などで別メニュー調整になった長谷部、本田、吉田をのぞく20人が集まり、ブラジル戦でプレーした選手と控え組に別れて約1時間汗を流した。
 ◇ブラジル戦完敗から一夜
 ブラジル戦に惨敗した危機感の表れか、ザッケローニ監督は、練習中に選手をつかまえては積極的に話しかけた。約20分にわたり話し込んだ遠藤は「中でプレーするのと外で見て思うことは違うこともある。昨日はボールがうまく回っていなかったので意見を合わせたかった。監督の思い描くサッカーもあるが、できないときのアイデアを持つことも大事」と話した。
最終更新:6月17日(月)12時45分   毎日新聞 】

 具体的なポイントを突いた反省になっていないと見えて仕方ない。監督とかなりの論争になったらしい遠藤のこの言葉は特に。
「昨日はボールがうまく回っていなかったので意見を合わせたかった。監督の思い描くサッカーもあるが、できないときのアイデアを持つことも大事と話した」
 低いディフェンスラインのままで速く攻めるったって、間延びしてボールが運べないといういつもの悪い形が予想されるだけだ。それでどんなアイディアが持てる? どんな個人能力が発揮できる? こんな時こそ、アジアでも体力のあるオーストラリアや韓国、ウズベキスタンに負けた時なのである。

 本日は、監督命令に従って、DFラインを上げ、ハイプレスを徹底するゲームをやって欲しい。それなくしては、どうせ絶対に勝てる相手ではないのだから。負けるにしても得意な形をやりきって負けるべし。ナカタヒデやオシムがブラジル戦後に批判したのもそういうことだったと思う。来年を目指した今は、特に大事なことだと。
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