年を取るとできないことが増え、人生を積極的に楽しむことができなくなっていく。仕事が楽しすぎて、何の老後の準備もなく、定年以降の老後が即「余生」になってしまった父が、今始めて分かるようになった。60代ですでにテレビドラマを見ていても途中で寝てしまう。昼も長椅子で延々とぽさーっと過ごしていたその姿を、88歳まで活動的であった母が「あの姿を見ていると、私の方が病気になってしまう」というほどに嫌っていたものだ。僕はそんな老後の父母と同居して学び、40代から老後生活の準備を始めた。その一つが、定年退職後のギター教室通いであった。ランニングも準備したが、これはもう癌による膀胱摘出でできなくなってしまった。走れなくなると、身体が弱ることも含めて心身がどんどん年取っていく。
「年を取るとは、心身がどんどん不自由になっていくことだ」
このことを今、急に身にしみて感じている真っ最中である。すると、座っていてもやれるギター演奏がどんどんクローズアップされてきたのである。幸い、暗譜を保持し続けてきた曲が20とちょっとあって、今はそれが宝物になっている。その中で今、10月の発表会候補曲にするべく復習に励んでいるのが、南米のギター弾き・バリオス作曲の「大聖堂」という曲だ。この全3楽章の曲は、変化に富んでいて弾いて楽しいのである。アルペジオ伴奏の中から高音旋律を清らかに澄んで響かせる第1楽章。静かに重和音を響かせて祈っているような第2楽章。3楽章がまた3部分に分かれ、それぞれこんな感じと言えようか。最初が、街をせかせかと人が行き交っているような感じで、次がアルペジオの高音を響かせて、なにか商売の駆け引きでもやっているのかとの感、そして最後が兎に角せかせかめまぐるしく終わっていくのである。この3楽章は、聖堂の外に出た市場の雑踏風景とかの解説を読んだ覚えもある。
この難曲、特に第3楽章が発表会で弾けるとは正直言って思わない。が、1,2楽章なら弾けるかなとかを、考慮中である。それとも、繰り返しなしで全曲弾けるかなとかも考える。この考慮中は10月まで続いていくだろう。これをもし諦めるなら、同じバリオス作曲の「郷愁のショーロ」という以前演奏済みの曲に変えても良いな、とか、バッハの二つのプレリュード(バッハ作品群ナンバーで、998と1007)のどちらかにするか、とか? 兎に角年を取ると大大大好きな暗譜群を持っているのは強みになる。
僕が長年弾き貯めた暗譜曲群24曲の内、発表会で弾いていないのは「大聖堂」と、ソル作曲「モーツアルトの魔笛の変奏曲」、「アルハンブラ宮殿の思い出」との3曲だけになった。だからこの3曲に特別に拘りがあるのだ。この三つを弾き終えたら、僕のギター精進もそろそろ閉幕かなとか・・・・。兎に角、活動的なことが何もできなくなって、ただ受け身の「文化」を消費している生活は、僕には辛すぎて、死んだ方がましだとも?