九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

アメリカがイラク農業を支配した手口  文科系

2013年11月30日 18時23分57秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 これは、岩波新書、堤未果著「(株)貧困大国アメリカ」の部分的要約である。標題の手口と、イラクが多国籍アグリビジネス大独占企業の食料輸出基地に統合されていった経過を描いている。もちろん、TPPなどで問題になっている知的財産権の法律(というよりも、国内法に優先する連合国暫定当局命令。04年4月に100のそれが発布された)が強力な武器として活用されてきたという経過も存在する。

 事態はこんな情勢から始まった。戦争がやっと落ち着きかけた頃、連合国暫定当局が「さー農業を始めよう」、「イラクに強い農業を」と大いに呼びかけ始める。そして、これに呼応してきたイラク農家に、アメリカ国際開発庁から送られてきた種子と農薬を、補助金つきで無料提供し始めたのである。最大主力農産品である小麦、大麦、豆類などの穀物に遺伝子組み換え種子が当てられているところが味噌なのだ。それには例えば、こういうライセンス契約が付いているのである。

『・自分の農家で採れた種子を翌年使用することは禁止
 ・毎年種子はモンサント社から購入
 ・農薬は必ずモンサント社から買う
 ・毎年ライセンス料をモンサント社に払う
 ・何かトラブルが起きた際はその内容を他者に漏洩しない
 ・契約後三年は、モンサント社の私設警察による農場立ち入りを許可する』

 なお、このライセンス契約は、連合国暫定当局命令81号という「法律」によってバックアップされた保証付きという代物である。この81号の呼び名はこういうものだ。「特許・工業デザイン・未公開情報・集積回路・植物品種法」。これまでのイラクには植物、生命体に特許をつける発想などどこにもなかったのであって、遺伝子組み換え種子が国中を席巻していったのは言うまでもない。なお、イラクそれぞれの土地にあった伝来の多様な伝統的穀物種子バンクはほとんど破壊されてしまったとも書いてあった。唯一の例外を除いて。
『フセインの時代の農務大臣が、緊急用にシリアの都市アレッポ国際乾燥地農業研究センターに預けていた一部の種子以外、種子バンクに保存されていたイラクの貴重な種子は全て破壊されたのです』

 なおこれからおいおい、この本の部分紹介を行っていきたい。こんな内容になるであろう。アメリカ農業の大独占・輸出企業化。イラクのみならず、インド、アルゼンチン、ハイチなどの農産品輸出基地化。アメリカ貧困ビジネスと、公共サービスの切り売り状況などである
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ザックジャパン(131)凄まじい輝き、香川   文科系

2013年11月30日 18時20分52秒 | スポーツ
 香川が輝き始めた。とともに、チームも輝き始めた。
 新監督の試行錯誤からあれだけ下位だったリーグ順位が、いつの間にか2位と勝ち点3しか違わないところまで盛り返している。ちなみに、今年のプレミアはアーセナル以外の上位が大混戦なのだ。
 チャンピオンズリーグ戦も僕が苦戦を予想したドイツ2位の強敵・レバークーゼンに、28日早朝5対0で圧勝して、いち早く決勝トーナメント出場を決めてしまった。一時の低迷マンチェスターから見たら、この強敵に5対0などという結果は、到底信じられないものである。
 このゲームの香川、先発完投して初めて1ゲーム全てでトップ下を努め、走行距離が12キロを超えた両チーム唯一の選手になった。その距離実に12.5キロというのだから驚く。世界で最も走る彼の古巣ドルトムントでも、1ゲームの10人合計で120キロにはなかなかならないはずだ。「僕の持ち味の一つだから、意識してやっている」のだそうで、得点もないのにこのゲームのマンオブザマッチに選ばれたのである。彼のこの走りがチーム5得点に向けて最も有効だったということだろう。チーム一点目のカンター得点では、最初にボールを持って長く走りだしたのが香川である。敵ゴール近くになってから左へ叩いて、さらに敵ゴールへと走り込んで、ファーのバレンシアの得点のおとりの役割までを果たしている。4得点目の香川は、ベルギー戦の柿谷を彷彿とさせた。敵ゴール前で長谷部のパスを受けて、右斜め前に走り込む岡崎に敵の頭越しふわりとアシストパスを出したあのプレーである。香川も丁度これと同じように右斜め前のルーニーへこれを出すと、ルーニーの低く短いセンタリングに楽々と合わせたスモーリングの得点だった。

 さて、この香川の「勝率」について、ある記事に面白い数字があった。
「今期に香川が出たゲームは、勝率7割5分。出なかったゲームは3割3分」
 前者が8戦6勝、後者が6戦2勝という数字なのである。これは、たまたまの数字ではあるまい。香川が、人を繋ぎ、人のためにスペースを作ったりしてチームプレーに徹しているから、ボールも人もよく動き、皆も気持ちよくやれるのだと思う。このチームの攻撃の柱であるウエイン・ルーニーがいつもそう語っているのがその証拠となろう。ルーニーの香川評価について、フットボールチャンネルというサイトで森昌利というライターがこんな優れた報告を書いてくれた。
『 「僕らはふたりとも、身勝手なプレーをしない選手だから、チームを助けるためにプレーし、お互いにボール交換する、だから一緒にプレーするのが楽しいんだと思う」。
 ルーニーは自分と香川を「very, very unselfish players」(とてもとても身勝手ではない選手)と物事を強調する“very”を2度重ねて描写しているが、これも裏を返せば、チーム内にselfish(身勝手)な選手も多いということだろう。
 ユナイテッドのサッカーを見ていると、とくに格下相手の戦いで攻撃陣が連携を欠くシーンが多い。球離れの悪い選手が揃っているという印象だ。とくに中盤両サイドのナニ、ヤングはその筆頭で、バレンシア、新星ヤヌザイも1対1が得意で、好んで連携するタイプではない。
 ストライカーのファン・ペルシー、チチャリートことエルナンデスの2人は類いまれなフィニッシャーだが、前述したウインガー達と同様、連携タイプではない。ウェルベックが多少、意識してワンツーなどのリンクを見せる程度か。
 こうした“個人技はあるがわがままな選手が多い”攻撃陣の大黒柱として、ルーニーが最も足りないと感じているのが、連携なのである。』
 
 さて、うえの引用内容の証明のように、香川自身もこんな賢い「展望」を語っている。それが、僕にはとても面白かったのである。サッカーキングにあった小谷紘友というライターの記事から取ったが、優れた書き手だと観た。
『香川も現状について、「どっちかというと周りを活かす方になっているかな」と話したが、「やっぱりこのチームは本当に個の力が強い選手が多い。逆にそういう選手がすごく目立つことは、生かせる選手が目立つところでもあると思う」と可能性についても言及している。』
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随筆紹介「子どもを拾った話」   文科系 

2013年11月29日 12時47分57秒 | 文芸作品
  子どもを拾った話   T.Hさんの作品

 四月も半ばというのに、さくらも咲かず、時々霙が降り、冷たく寒い日が続いていた、昭和三十年の初めの頃。家を出てひとり暮らしを始めた私は街の中をぶらぶらと当てもなく歩いていた。夜になった街は暗く、区切られている歩道は自然のままで歩きにくい。電車が通る所だけが四角い石で整えられていた。道の両側には『夜鳴きそば』と呼ばれていた支那そば屋が、アセチレンガスの青い光の下で店を開いていた。
 寒くて帰りを急いでいた私の耳に電車の止まる大きな異常音と、「あぶない!」という大きな声。ふり向くと止まった電車の前のランプに照らされて、小さな女の子が立ちすくんでいるのが見えた。まわりの人は見ているだけで、だれも近づこうとしない。
 気がつくと私は走り出して女の子を抱き上げていた。電車の窓から顔を出した運転手に、「バカヤロー。子どもから手を離すな」と大声でどなりつけられ、私は何も言えず女の子をかかえてふるえ、女の子も歯を鳴らしていた。抱き上げると、下着も着ていなくて、腹も小さくへこみ、着物の裾は冷たくぬれていた。
 ”支那そば、三十円”という看板の夜店へ入り、それを食べさせると、女の子は丼をかかえて食べ、冷たくなった汁までもチュウチュウと音を立ててすすり、食べ終えるとすぐまたしがみつくようにして私の腕の中で寝てしまった。
 名前もわからず、着物の裾の水分が私の服にしみ入り、寒い。通りすぎる人は見て見ぬふり。私が母親と思ってか、声もかけてくれない。どうしていいのか私はうろたえた。ひとり暮らしの部屋へ連れ帰っても困る。道の片すみに捨てられていた箱にしばらく腰をおろしていた。私の腕の中には、安心しきったように寝ている汚れた顔の女の子。
 近くに交番の赤い灯が見え中へ入ると、部屋の中程に大きな木造の火鉢があり、炭火が山のように赤々と盛り上がり、若い警官がひとり座っていた。
 私は今までの出来事を話し、「この子を預かってほしい」と言うと、「困るなぁー。子どもの拾得物は……。それに女の子かぁー」と言いながら、私の顔を見ながら、火鉢のそばにある板の上に寝かせるようにと言った。火鉢のそばで寒くはないだろうが。
 「何か下に」と言うと、綿のはみ出た汚れた座布団を投げるようにして「これを」と言った。私はメモ用紙に問われるまま住所と名前を書き、頭を下げてその場を離れた。
 あくる日、何の知らせもなく、私も忙しく、行くことはできなかった。二日後交番を訪れると、あの夜と同じ警官が火鉢の前にぼんやりと坐っていた。
 「ああ、あの時子どもを置いて行った人か。あの夜三時頃子どもが居なくなったと、酔っ払って足元もふらふらの男がやって来て、この子だ、こんな所に寝込んでと言って連れて行った。あの子はもうすぐ四歳になると言っていた」と。「住所も名前も聞いたけど、言わなかった」と。私もほっとして、父親に会えてよかったと思い、頭を下げた。
 今も時々、「あの夜の寒さと心細さ、そんな私にしがみつくようにしていた女の子。どんぶりをかかえるようにして汁までのんだ女の子」。あの夜のことは覚えていないだろう。街はすっかり変わり、高い建物。夜もネオンと街灯で明るく、電車は廃止になり、道はすっかり整備され、車が走っている。
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随筆 スポーツライター  文科系

2013年11月28日 14時11分41秒 | 文芸作品
 同人誌活動を20年近くやってきて、他方で好きなサッカー本を貪り読む僕には、サッカーライターの世界もそれなりに分かる気がする。
 ゲーム報告だけの文章は、スポーツ誌の記者。ちょっと昔の評論家などには、西欧サッカーの知識だけで食っているかという人もいる。それと似た、サッカー史の裏話とか挿話専門の人。人と違ったことを言いたがるエキセントリック派は、結構名を売った人に多い。そういう人の中には、不勉強が祟ってか、消えかけ始めた人もいる。
 しかりしこうして、スポーツ評論としても本格的でかつ気の利いた書き物が意外に少ない。そもそも、語尾が単調な文章や、時系列だけの構成では、気分が乗っていかない。文章をやったことがある人には、たんなる報告文はすぐに分かり、嫌われるはずだ。
 それで考え込んでいたことだが、国民スポーツは近代とともに始まったのだから、近代史が浅い日本はスポーツ評論も浅いと言えるのではないか。そういう読者の程度に合った文章とも考えれば観戦者たちの責任もあろうが、野球や大相撲などプロ出身の評論家には案外文章が書ける人がいないと気づく。文章が書けない人が評論をやっている例のほうが多いのではないか。そこでまた思った。そもそもプロ出身者だけがその評論を語るという日本の閉鎖的仕来り自身もおかしいと。まるで引退者の再就職口と決めているようで、いかにも軽い扱いである。世界サッカー史に名を残した名監督の何人もが、実はプロサッカー経験がなかったなどという西欧などとは、なんと対照的であることか。これと比較すると、日本のプロ野球や大相撲はスポーツの世界と言うよりも閉じた興業の世界というべきなのかも知れない。そのスポーツの振興は片手間にやっていても、「国民皆スポーツ」などの発言はほとんど聞いたことがないのだし。
 ゲーム分析研鑽眼を感じ、分析的文も書けて、なお気の利いた文章という、そんなライター、記者たちがプロサッカー開始二十年にしてやっと出始めた段階かと思う。それがプロ経験者である必要など全くないとも思うのである。
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規制の虜の復活(16) フクシマ甲状腺がんの広がり   文科系

2013年11月27日 20時51分28秒 | 国内政治・経済・社会問題
 岩波新書「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」を読んで、ずい分苦労してそこに集められたと分かる調査検討委員会のうさんくささ情報に吐き気がしたものだ。その次第については、今月16日の当ブログに書評として書いたところ。と、そこへ、その書にもあった子どもの甲状腺がん多発に関わって、最近ますます広がっているとの告発がここのところ相次いで出てきた。チェルノブイリより速く広がっているとは、いい加減な「社会主義国」よりも我が国ではきちんと国民に知らせる状況があるということだろう。民間の努力と力によって、そうせざるを得ないのだと思う。秘密保護法ができれば、こんなこともなくなるのだろうと思うが。
 以下は阿修羅掲示板の記事である。


【 福島甲状腺がん 世界最速最悪レベル チェルノブイリを超えた 
     2013/11/26 日刊ゲンダイ

 放射能による健康被害が深刻だ。福島の子どもの甲状腺がんが世界最速、最悪レベルで進んでいる。
 今月中旬、「県民健康管理調査」検討委員会が、福島第1原発事故発生当時に18歳以下だった子どもの甲状腺検査の結果を発表した。それによると、検査を受けた22万人のうち、59人に甲状腺がんやその疑いがあったという。一般的に小児甲状腺がんは100万人あたり1~3人といわれているから、とんでもない数字だ。

 がんが確定した人は、前回8月から8人増えて26人。疑いありも8人増の33人だ。ジワジワと増えていることが分かる。 

 しかし、検討委の星北斗座長は「原発事故の影響で明らかに増えているわけではない」とキッパリ否定。また一部の専門家も「被曝から2年8カ月の短期間での発生は考えにくい」とした。「甲状腺がんは被曝後、5年をメドに目立ち始める」というのが理由だが、「隠された被曝」の著者で、内部被曝の危険性を研究する琉球大の矢ケ崎克馬名誉教授はこう言う。

「チェルノブイリでは、原発事故が起きた1986年4月の翌年から甲状腺がんと一般のがんの症例数が増加しました。当時もIAEAや国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線の影響を否定しています。急激に増えるのは5年目で、2~3年では影響は出ないとしたのです。しかし、それは全く科学的ではない。事故前のがんの推移と事故後の推移の統計を見ると、明らかに87年以降の上昇率が高く、増え方が違うのです」

 5年というのは“ピークが来る時期”に過ぎないのだ。

「被曝量が多いほど、がんになるまでの期間は短いのです。福島の汚染地帯の人口密度は、チェルノブイリより14倍ほど高い。がんの患者数もチェルノブイリの10~20倍に膨らむ危険性もあります」(矢ケ崎氏)

 チェルノブイリ周辺では、事故から20年で4000人以上の甲状腺がんが発症したとされる。その10倍なら4万人、20倍なら8万人だ。少なくとも健康被害の“完全ブロック”はできていない。 】
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政府が日本国家を捨てるのか?  文科系

2013年11月26日 18時14分52秒 | 国内政治・経済・社会問題
 秘密保護法の内容や経過を見ていると、こんな気がしてならない。アメリカが「自国を亡くした」のと同じ方法で、日本国家を亡くそうとしているのだと。アメリカにはもはや、国家や自治体などに「公的なもの」は原理的に存在しなくなったと僕は観ている。詳論は今は省くが、規制緩和の連続から、民間資本の前にシビルミニマムというものを国家が原理的に放棄した国になっていると観ているのだ。放棄していないものはこんなものだけだろう。例えば貧困者への食料補助という救貧的予算は、国家から大独占会社へ直接行くようになってしまった。政府から食料切符をもらってそれで食料を買うと、大独占へ行ったそれに対して政府資金が支払われる。こんな「予算」なら、世界金融資本はどれだけでも望むはずだ。
 こういう施策を今後日本にも採らせようとすると、そんな国家の全貌をばけっして国民に見せてはならなくなるのだろう。こういうアメリカを作った元凶だった国際金融資本が今、秘密保護法を日本に押しつけているわけだ。自分らが日本国家を自由に規制緩和できる保証を得るためにとしか思えないのである。
 日本の政治家たちはこれが日本売りの橋頭堡になると考えつかないのだろうか。「国民が反対している」と国が言えればアメリカの要求を拒めるけれど、国民が知らないところでアメリカに要求されたことは官僚、政治家だけでは絶対に拒めないようになると思う。なんせ彼等は官僚や政治家への脅迫など何でもするのである。アメリカがやっている世界要人への盗聴はそのためのものに違いないのだからである。
 いやいや、日本の主要官僚とか、政権政党の要人たちは、もう脅迫され尽くしているのかも知れない。それで秘密保護法が通ったら、日本「国」はアメリカ国家と同様に完全になくなる。世界大金融と繋がっていない公的なものが、一切死滅するということである。

 新自由主義経済戦略の最後の相手は、国家と公的なもの一切である。これをなくせたら、自分らが税金の使い道を全て決めることが出来るのだ。初めは間接に、最後は直接的に。民活というのがそこまで行くということだが、アメリカは既にそうなり始めている。これは、今まで行われてきたことから観て、論理の必然というものだ。
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安倍首相に助けの手を差し伸べたとしか思えない一党独裁の中国政府   只今

2013年11月25日 21時56分24秒 | Weblog
 防空識別圏の設定は、ちゃちな戦術の一環としてやり過ごすことが出来るとしても、
 日本の民間航空機に対して、飛行プランの提出を求めるとは!
 
 こうした挑発がもたらすのは、 
 「とりかえしのつかないこんなことに、何故・・・」 
  というのが、歴史の教訓が教えるところ。

 
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    街中で無闇に写真を撮ることは・・・    只今

2013年11月25日 15時12分30秒 | Weblog
  ●『研究ノート 軍機保護法等の制定過程と問題点』
      上記タイトルのレポート作成者は防衛省(防衛研究所)
               ↓
   昭和16年制定の国防保安法で検挙された1058人の中で最も多かった容疑。
      「写真趣味に起因する撮影禁止区域での撮影」 ついで、「造言飛語」


  ●この機関(人)は何故?
   “これは秘密”と定める権限を有する「指定権者」を教示いただきたい、という 
   「特定秘密の指定権者は誰か」とい質問主意書に対する回答の中に、防衛、外務大臣と並んで
                ↓
       「中心市街地活性化本部長」 「都市再生本部長」 
   
   この役所(長)は、警察庁、国土省が殆ど牛耳る機関! なぜ指定権者として入っているのでしょう。
    そういえば、現在でも、警察の職員住宅は、住宅にも地図にも表記ありませんが、知らなくともいいです。
    しかし、銀杏並木が綺麗なので写真を撮っていたら、
           “何をしているんだね、ちよっと署まで同行願いたい”
    ということもある世の中になることを 怖れる。


 ※質問主意書提出者は、山本太郎議員。回答は11月20日。
  防衛省レポートは、ネット上にあり。
  魚住昭氏『週刊現代』参照。



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よたよたランナーの手記(26) ランに光明  文科系

2013年11月25日 00時08分54秒 | 文芸作品
 2010年の心臓カテーテル手術以後ランニング再開での頂点は以下のようなものだ。ウオームアップ歩行も含めた30分では7月20日の4.5キロ、1時間では10月1日の8.2キロほどだ。これに対して、これからどれほど乗り越えていけるだろうか。自転車転倒による左膝のヒビとかアキレス腱痛、風邪とかのブランクでいったんは落ちてしまった。7月までにせっかくよい線まで来ていたのに、年寄りのスポーツには怪我などのブランクが一番恐い。だがやっと、これらは間もなく越えられると思えるようになった。どれくらい越えられるかは、自分の老いをあれこれきちんと押さえた合理的な対策次第。そういう工夫、努力がまだ可能だと思えるのは、どういうか今後に向けて幸せと思う。まだまだ、時速10キロの心拍155程度では走れるようになると思うので、カテーテル手術前09年の1時間9.5キロ程度までは戻れる気がする。老化の速度も速いが、現状認識と対策といういろんな道も結構見つけられるもの。これは、最近大いに学んだことだ。

さて、先回は15日に戸外コース6.5キロを48分で戻ってきたことを書いた。以降本日まではこんなふうだ。17日がスポーツジム・ランニングで、30分を2回で合計7.6キロ走った。心拍数は、ウオームアップの7キロ時で142ほど、9キロ時では155ほど。20日はロードレーサーのファーストランを約40キロ、これはまた一回前と同様に思い切り走ってきたもの。次いで22日が15日と同じいつもの戸外6.5キロコースを46分ほどで回ってきた。スピードが分からないから当然心拍を抑え気味に走ったのだが、これを1時間換算にすると8.5キロほどになる。手術後最速の走りだったことになる。途中相当ヨタっていたけれど、心臓に無理をかけてはいない。

 さて、ここまでは今朝書いた部分である。そして今、今日24日のジムランニングから帰ったところだ。初め30分で4.3キロを走り、次は20分をゆっくりと流してきた。こんな今日の一番の収穫は、9.5キロ時で10分近く走り、その中に10キロ時も入れてみたことである。10年以降では初めてのスピードだったが、僕にとって良いニュースはこの心拍が155より低かったこと。時速8.5キロならば、145程度で済んだのではなかったか。ロードレーサーも含めた心肺機能のトレーニングが思っている以上に上手くいっていると判明したのである。手術後にランナー復活を決めてから、最も走りらしいものになってきたという感じだ。その分事後の身体の疲労感が意外に大きかったからフィットネスにもなるのであろうが、今後に向けて膨らんできた希望の方も大きい。

 20日のロードレーサーは名古屋市の北半分を回って来た。僕としてはやっとのスピード持続で。上はTシャツに綿の薄い長袖、下は長いサイクル用タイツ一枚で風の中だから、流石に大汗はかかない。それでもペットボトルをよく口にして美味しかったのを振り返ると、汗はずい分かいていたのだろう。ランを促進する有酸素運動としてレーサーを転がしてきた僕だが、ランがこの調子だとレーサーはもっと風を突っ切って踏み込めるという、そんな希望も湧いてきた。自力で時速40キロの幸せ、このファーストランがいつまで可能だろうか。10キロ時で走れる間は絶対に大丈夫、間違いない。そう自分に言い聞かせてランに励む自分もいるのだ。
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     こんなことが、本当にあったんです    只今

2013年11月24日 17時37分40秒 | Weblog
●“この先 どうなるんでしょう”
 94歳になる黎子さんからハガキがきました。その昔の同人仲間です。
 彼女は、18歳の時に治安維持法で逮捕されました。
 [消費者生活運動に参加しませんか」というビラを配布したというのが、その逮捕理由。
 消費者生活運動とは現在の生活協同組合のことですが、(運動)とあっては見逃すわけにはいかない。
 ということで、3年10ヶ月の牢獄暮らしを送りました。
 彼女のことは、「ピースあいち」二階のコーナーに紹介されています。
 
 ところで彼女のハガキにあったのは、「これから先、この国は、どうなるんでしょう」

●“この絵はなんで描いたの?”
 11月20日の「秘密法反対集会」でのこと。
 “この法案が通れば、トドメになる”と訴えたのは菅原文太さん。
 続いて立ったのは、この名古屋に知己を多く持つ小中陽太郎さん。
 1958年NHKに就職した小中さんの最初の赴任地が名古屋放送局だったからである。
 ディレクターとしての小中さんは、後に公害問題で有名となった四日市のドキュメンタリーを創ろうと思った。
 そしてシナリオを依頼したのが、『何でも見てやろう』で脚光を浴びていた小田実。
 音楽は、高橋悠治さんに依頼した。その楽譜を前にピアノを弾いたのは一柳慧さん。ドラムは林光さん。
 今からみると、びっくりするような豪華メンバーだった。

 それはともかく、小中さんは一枚の画用紙を手にして立ち上がった。
 そこに描かれていたのは「太陽と高射砲」。この絵を描いたのは昭和15年、小中さん6歳の時。
 “私はこの絵で、特高〈公安警察)に「ちょっと坊や、この絵は何で描いたの」と聞かれたのです。
 水に漬けると浮かび上がる液で描いたのでは、と疑ってのことだったようです”

 マンガのような情景ですが、特高は真面目だった、のです。
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    本当は「1億円」だったという話        只今

2013年11月23日 13時47分09秒 | Weblog
●このままで終わらないで! 「検察」
 徳州会事案について「どこにでもあるような選挙違反に〈特捜〉とは、どういうことか」
 と先に疑問をはさみましたが、1億円を要請し5千万円受領のイノセ都知事摘発に先ずは脱帽。
 次いでは、行方不明になっている「自由連合」の帳簿にあった70億円のこと、
 更には同様疑惑にある石原・維新の会代表と安倍総理に迫れたら、「検察」を見直します。

●公明党は、何故ブレーキ役を果さないのか?
 スパイ防止法案については、反対勢力の強固な一翼であった公明党はなぜ容認しているのだろう。
 創価学会の皆さんに掲げている旗印の一つである「消費税に軽減税率導入」の実現化のため、
 自民党と裏取引した結果ではないか?


●既に発動されている「秘密保護法」 
 福島原発4号機からの燃料棒移設の質問に対して、東電の今泉氏はこう答えた。
 “核物質防護に関する情報ということで、説明は控えさせていただきたいと考えてございます”
 テロから防衛するためというのが理由だが、
 秘密法案の別表に、「テロリズムに関する特定秘密に関する研究」という項目がある。
 「研究」も対象になり、学者のみならず論文作成の学生も対象になる、ことになる。

    以上の情報の多くは、本日ネット上で放映された「デモクラTV」から得たものです。
 
 
 
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   ケネディ暗殺から50年の世界と日本   只今

2013年11月22日 09時49分06秒 | Weblog
 ●各国首相だけでなく一般市民も対象
  「米NSA(国家安全保障局)は、イギリス国民の携帯電話、パソコンの個人情報を 
   英国政府通信本部の承認を受けて大量に収集」 →英『ガーディアン』紙。
                 ↓
  
 ●ケネディ暗殺とオバマ
  ケネディ暗殺には、CIA(米・中央情報局)が関与したとの疑惑が今も根強い。
  オバマが、NSAの活動の数々を暗に擁護しているのは、
  ケネディの二の舞になることを怖れての部分も多分にあるという評も多い。

 ●「秘密保護法」の真の怖さは
  これまでの日本版CIAは、公安警察(警視庁だけで2千人)公安調査庁そして内閣情報調査室であった。
  しかし、米ソ対立も過激派もいなくなって存在意義は減少するばかり。
  そこに降って湧いたのが「秘密保護法」。日本のCIAはこれに便乗にすることとした。
  「秘密保護法」は、先に〈自公民〉提起で成立させた「国家安全保障会議」と対になって、
  日本版NSAとなるものであった。
  しかし「秘密保護法」は、NSAとCIAを併せ持つものとなってしまった。
               
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最高裁のようなものが     らくせき

2013年11月21日 09時49分09秒 | Weblog
憲法をコケにして、違憲状態という判決。
違憲状態は現状を追認したコトバ。
これじゃ最高裁はないほうが良いかも。
法律のプロとしては失格のような状態。



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ザックジャパン(130) この2戦の最重要視点  文科系

2013年11月21日 08時06分25秒 | スポーツ
 ベルギー戦だが、本日の中日新聞は一読で秀逸な解説だと思ったもの。日本を勝利させた最も重要なポイントを解いているからだ。サッカー評論で何を論ずるのも自由だが、ゲームなのだから勝つチームとはどういうものかを押さえた評論こそ優れていると言える。また、サッカー評論ではこのポイントが極めて難しい。野球の名投手や、1発でゲームを決めてしまう4番バッターのような立場はないからである。サッカーで名投手や4番バッターの役割をするのはあえて言えば、その組織であろう。歴史的に優れた組織戦略を創り出し、さほどでない選手にそれを徹底して、世界のサッカー史を塗り替えたような名監督が多くでているのがその証拠である。現在では、ドルトムントのように。
 戦いの組織論と言えば戦争論があるが、戦争では戦略と戦術との区別は極めて明確である。前者は全体作戦、後者は局面作戦のことであって、前者を抜きにして後者だけ語りあうならば何度やっても勝てないはずである。同じように戦略を抜きにして戦術よりももっと小さい例えば選手入れ替えなどのことを語っても、こう言われてお仕舞いだろう。「そんなの戦術でさえない、ディテール(些細なこと)だよ」。もっとも、得点が少ないサッカーでは、このディテールで勝敗が決まってしまう場合があるから、たびたび大番狂わせが起こる。が、ディテールとはそもそも偶然性の世界。ベルギー戦で酒井高徳が付いてくる敵に気づかなかったから先取点を防ぐチャンスを逸したようなものだ。ちなみに、この酒井失敗の直前に川島の失敗も重なっていたが、酒井が敵に気づいていればあの失点は防げたと僕は確信している。
 なお、サッカー戦略という場合彼我の人数は同数であって、近代兵器のようなものは存在しない。その意味では、白兵戦に近いということになる。同数の人間が白刃を交わし合う戦いとみなすのがよい。だから組織が大切になるのだと思われる。

 さて、そういう現代サッカー戦略を進めて歴史に残るような名監督は現在三人いて、二人は「コンパクト戦略」(これについては、紙数の関係で、今回は述べない。10月28日拙稿をご覧下さい)に関わり、バルサでこれを花開かせたグアルディオラと、これをさらに発展させたドルトムントのユルゲン・クロップ。今一人は、コンパクト戦略全盛だからこそそれを崩すことが出来る現代カウンター戦略をさらに精密にしたモウリーニョであろう。このモウリーニョについては、10年4月29日拙稿「バルサ敗北」をご参照願いたい。

 さて、ザックはコンパクト戦略を日本に入れようとした。というよりも、ザックがそういう監督だからこそ協会が彼を選んだのだ。小さくても速いスペイン人が、バルサ選手たちを中心としてこの戦略で世界を席巻したことから協会が学んだのであろう。ちなみに、前任者の岡田武史もその前のオシムもこの戦略の系統だったと言える。そして、このザック戦略実行に関わっては、代表は今まで非常に混乱していたと言って良い。良い時と悪い時の差が激しすぎたのである。これは、岡田武史の時代からそうだった。ドイツやオランダに善戦したと思うと、アジアの何でもないチーム相手やこの前の10月遠征のように酷いゲームをする。ところが、このことは、コンパクト戦略に通じたものにとっては、ある意味当たり前のことなのである。勇気と知性が要るのだ。それも、一人でもそれに欠けると失敗してしまう。失点を喰らってしまう。DFラインの上げ下げとか、前からのプレスをば、たった一人の選手が一瞬疎かにしただけで、モウリーニョのような名監督のチーム相手には失点を喰らってしまうという戦略なのである。ゲーム中にそれが分かると、他の全員がもう疑心暗鬼でびびり始めて戦略遂行が中途半端になってしまうという、そういう作戦なのである。戦略自身は「弁慶」なのだが、「泣き所」が存在するというわけだ。だからこそ、失敗を重ね、討論しあわないと熟成しない作戦とも言えるのである。今回は選手たちが10月2戦の敗戦から徹底的に論議を重ねたらしい。ザックも日本人というものにこれを徹底する術についてかなり学べたらしい。

 本日の中日新聞・原田遼記者の「つながった 全員守備」は、まさに上に述べた戦略を視点に、そこからだけゲームを観た記事を書いている。これを読めば現代サッカーコンパクト戦略の真髄が分かるという記事なのだ。もちろん、好不調の差が激しすぎた代表のその訳についてもきちんと分かるような記事なのである。
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      「崖っぷち」の昨日、今日そして明日。  只今

2013年11月20日 09時46分29秒 | Weblog
●化けの皮剥がれた「みんなの党」

 渡辺代表は、「安倍首相とはもともと信頼関係がある」
 からと、まことに正直に言ってのけ、秘密保護法案に賛成。
 そこでどうする? 川田龍平議員
 貴方は「党議拘束がない」ことを入党理由に挙げた。お連れ合いと話してみてください。

●文藝春秋社長さんへ

 「週刊文春」今週号は、「七つの神秘」と称しての遠回しの牽制記事。
  巷からは、官房機密費が集中的に投じられているとの噂が流れていますよ。

    ★安倍内閣の官房機密費はこの半年で、6億3千万。→共産党・赤嶺議員質問主意書への答弁。

●朝日新聞の皆さんへ

 「崖っぷちの〈知る権利〉」とは、今日の中日(東京)新聞の社説見だしです。 
 『朝日』さんもこの数日、やっと秘密保護法案に対する本格的な批判を始められたことに敬意を表します。 
  大手新聞社の政治部記者の懐には、官房機密費が投げこまれていると報じたのは
 『週刊ポスト』『週刊大衆』でした。
  が、麻生首相の所信表明を代筆したとされる曽我猛氏が、なんと政治部長になってしまった。
  秘密保護法に対して『朝日』がなんとも生ぬるかったのは、この政治部長のワガアルキだった。
  しかしこの政治部を、社会部を始とする皆さんが打ち倒した、と思わせてください。
  そう思っても、さほど間違いでないことを願っています。

   ★明日は全国で、「〈何が秘密?それは秘密〉それはイヤだ!」集会。
    名古屋では、夕方6時半から、松坂屋横「久屋広場」。7時半からデモ。
   
  
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