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第7回かたち塾のお知らせ


             

第7回かたち塾は、曜変天目茶碗を再現した陶芸家・桶谷寧さんをゲストに迎え、下記のように開催します。
                                       
    ※桶谷さんのことは、当ブログのカテゴリー「桶谷寧・曜変天目」
     「桶谷寧・国焼き作品」をご参照ください。

タイトル―――曜変天目談義『やきものの根源、そして「無限」へ』
ゲスト――――桶谷 寧(陶芸家) 
コーディネーター――笹山 央(かたち塾主宰)
日 時――――2016年6月5日(日)15時〜17時
会 場――――可喜庵・『中野みどり紬の会』会場内にて

         町田市能ヶ谷3−6−22(最寄駅/小田急線鶴川駅から徒歩8分)
         (アクセスの詳細は受講お申込の際、お知らせします。)
受講料――――3,500円(「かたちの会」サポート会員は3,000円)茶菓子代込
受講者数―――10名様まで(要予約)


桶谷さんは、再現不可能と言われてきた陶磁器史上もっとも神秘的なやきもの曜変天目茶碗を再現した陶芸家です。
やきものの話を経糸に、化学や「無限」の話を緯糸に織り込んでいきます。
やきものの話と「無限」の話がどう繋がっていくか、ご期待ください。


[参考までに、桶谷さんの過去の発言から語録集]
桶谷氏を囲んで話を聴く会はこれまでにも何度か開催しています。その中で、数々のユニークなそして傾聴に値する発言を記録してきました。そのうちのいくつかをここで紹介いたします。

現象を数値化して捉えるということ
やきものという現象は数値化したり数字に置き換えたりすることができないんです。数字を当てにして探ろうとしたり考えようとするのは、もうその時点で駄目だと言えます。私は、数字になったものは見ないということにしてます。

物質はどのように存在しているか
水は水という個体に水という気体が溶けて液体になっているだけで、1気圧の下では水素と酸素がH2Oの形でつながっている物質は存在していません。溶媒と溶質が同じという特殊な在り方をしているのが水ですね。

光を放つ黒
一般的には天目釉というと鉄分の色と思われてますし、実際酸化鉄の色をしています。そういった酸化鉄で出る黒という色は、光を吸収している色です。しかし私の天目の黒はエネルギー(光)を放っている黒なんですね。

色のベースをなす黒と白
自然界の色は黒地ベースです。黒の上に他の色が重なっているんです。白でも黒地に白が重なってます。桃山期の志野なんかもそうです。私のやきものも全部黒地に色が重なってるんですね。天目も井戸も織部も志野もみんなそうです。

自然界には自然数しか存在していない
そもそも自然界には分数だの小数点だの無理数といったものは存在してないでしょう。自然界の現象は自然数だけで説明できるはず。それができないのは、今の科学がまだそのレベルのものでしかないからと私は思ってます。


受講のお申込は当塾のHPでご覧ください。


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第6回かたち塾のお知らせ


下記のように第6回かたち塾を開講します。

テーマ―――『現代工芸論』を読み解く[2]爐いい發痢蹐砲弔い討虜源的再考
講師――――笹山 央(『現代工芸論』著者 かたち塾主宰)
日時――――2016年5月1日(日)
        2:00P.M.〜5:00P.M.(1:45開場)
会場――――和光ポプリホール会議室[小田急線鶴川駅前]
受講料―――3.500円(「かたちの会」サポート会員は3.000円) 学生 2.000円
       (茶菓子代込 )
受講者数――15名様まで(要予約)

※ マイカップをご持参ください。


『現代工芸論』では工芸の役割を「爐いい發痢蹐鮑遒襪海函廚板蟲舛靴討い泙后
しかし、そもそも「爐いい發痢蹐箸浪燭」ということについてはまだ充分には考察していないのです。
今回の当塾では、『現代工芸論』以降の展開として、この問題に取り組んでみたいと思います。

「爐いい發痢蹐箸浪燭」については、いろいろな考え方があります。
個人差があって一律的に決めることはできないのではないかと考えるのが、一般的であるようです。
ここはしかし、敢えて個人の主観性の限界を超えていくことを試みてみたいと考えています。

手がかりとしては「ものづくりの倫理」という問題があり、倫理的なものと美的なものとが一致する地点を「善き」と定義する、伝統的な考え方も参照しておきましょう。
「ものづくりの倫理」を問うということは、さらにその奥に、倫理」そのものを問うという背景が控えているのです。

「爐いい發痢蹐箸浪燭」という問題を倫理を絡めて問うていくというところに、「工芸」の存在理由が見い出されるのではないかと、講師は考えています。

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。
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KATACHI-JUKU No.05 を発行しました。




KATACHI-JUKU No.05を発行しました。
昨年12月6日(日)に、東京都八王子市高尾の、パーカッショニスト永井朋生さんの音楽スタジオで開催した第5回かたち塾の報告です。タイトルは「音を体験するワークショップ」で、講師は永井さんにお願いしました。
永井さんの演奏を聴き、参加者全員がインタビュアーとなってのインタビューの後、参加者が持ち寄った「音が出るもの」を、ひとつひとつどんな音が出るかを確かめていったあと、全員での即興合奏を楽しみました。
そのドキュメントを報告しています。

WEB上でも紹介していますので、ご参照ください。
http://homepage2.nifty.com/katachi/juku-index.html
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倫・信・品の困難  掲示板「根源へ」について


新年明けましておめでとうございます。

昨年暮れのNHKEテレの番組「100分de名著」は「平和論」をテーマにして、4冊の本を紹介しながら「平和」をどう実現していくかを、4人の識者(斉藤環、高橋源一郎、田中優子、水野和夫)が話してました。
4冊の本というのは、S・フロイト『人間はなぜ戦争をするのか』、ブローデル『地中海』、井原西鶴『日本永代蔵』、ヴォルテール『寛容論』です。
そしてそれぞれの本から平和を実現するための条件が導き出されてきました。それは次の4つの項目です。
1.対話、  2.よりゆっくりと、より近く、より少なく、  3.信用  4.寛容(怨まない)  
要するに、倫理の問題なんですね。倫理をどう立て直していくかということに行き着くのだと思います。

倫理なんていう言葉を出すと胡散臭く感じられるのであまり使いたがらない人も多いかと思います。
私自身は、現代は倫理が成立しなくなったというふうに考えてきたので、倫理ということに正面から向き合うということをして来ませんでした。
「倫理の困難」という位相で今の社会と人間を見ようとしてきたところがあります。

私の考えでは、困難なのは倫理だけではなく、「信」や「品」の成立も困難だと考えてきました。(それは「平和の不困難」につながっています。言い換えれば、「我々はいつでも戦争状態に入れる精神状況を生きている」ということです。)
「倫・信・品」は人間の根源にかかわる問題であることには違いありません。
「倫・信・品の困難」ということは、これらの問題にどうアプローチしていけばいいかについての手がかりがつかめないでいた、ということを意味しています。
しかし、そういうスタンスをいつまでも取り続けるわけにもいかないなということも思わないでもありあません。

一昨年に出版した拙著『現代工芸論』で、「工芸の役割は〈いいもの〉を作ることである」という命題を提示しましたが、実は「〈いいもの〉とは何か」という問題には触れないでいたのです。
この命題は次のように言い換えることができます。
「工芸の役割は“善きもの”と“美しいもの”が一致する事態を作り出すことである。」
ここで“善きもの”という言葉が出てきます。すなわち「倫理」ですね。

私が考える「工芸」あるいは工芸を含めたアートが、今、この時代に立ち向かうべき課題は「倫・信・品の取り戻し」ということではないかという気持ちを、「工芸の役割は〈いいもの〉を作ることである」という命題に込めた、というわけです。

では、どのようにして「倫・信・品」の問題に立ち向かっていくか。
とりあえず「根源へ」と名付けた思考と創作の空間(掲示板)を開設しました。
この掲示板は、『現代工芸論』を共感をもって読んでもらえる人たちに開放しているつもりです。
興味が持てるようでしたら覗いてみてください。
書き込みも自由です。「今、あなたがしていること」の報告を待っています。
それこそが「根源へ」の入口にほかなりません。

「根源へ」掲示板

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第5回かたち塾を開講します


下記のように第5回かたち塾を開講します。

テーマ―――「音」を体験するワークショップ
講師――――永井朋生(パーカッショニスト、作曲家)
日時――――2015年12月6日(日)
          1:00P.M.〜5:00P.M.
会場――――永井氏のスタジオ(八王子市 JR中央線高尾駅または京王線高尾駅より
        バス約20分)    
        (お申し込みいただいた方にアクセスの詳細をお知らせします。)
趣向――――参加者全員による即興合奏を目指して、「音づくり」のワークショップを行
         ます。         
         永井氏のソロ演奏、インタビューも含みます。
         ※「音の出るもの」(楽器以外で)をご持参いただければ、一層楽しくなるか
         と思います。           
受講料――――4,500円(「かたちの会」サポート会員は4,000円) 茶菓子代込  
受講者数―――10名様まで(要予約)

       ※ マイカップをご持参ください。

昨年末に永井さんの演奏を聴いて感動し、当塾での「音づくりのワークショップ」を企画しました。
ソロでの即興演奏ですが、リズムの刻み方が確実で、演奏が盛り上がっていきます。
さまざまな「音の出るもの」を用意して、そのものが持っている音の可能性を引き出していくので、とても楽しくもあります。
「波動性」ということを重視しているようで、音と音が共鳴しあったり、干渉しあったりして、重層的な音の空間に浸れます。

その永井さんの即興のインストラクトで、参加者が持ち寄った「音の出るもの」を楽しみつつ、最後は合奏ができるところまでもっていくるといいなと思っています。

[参考サイト]
永井朋生HP http://tomoonagai.com/
(Youtube)https://www.youtube.com/watch?v=sPHFcfSIzsg
(Youtube)https://www.youtube.com/watch?v=Yo441v9q3_o

詳細は当塾のHPで第5回をクリックしてご覧ください。

受講のお申込もHPからできます。


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KATACHI-JUKU No.04を発行しました



KATACHI-JUKU No.04を発行しました。

去る10月10日に、町田市の和光大学ポプリ会館会議室で開催した第4回かたち塾の報告です。

タイトルは「『現代工芸論』を読み解く」で、講師は笹山が務めました。とはいっても、テキストに書いていることをわかりやすく解説するということではなく、むしろ書いていないこととか、書いていることからさらに話を広げていくといった方向で「読み解いて」いきました。

 その際、多摩美術大学での「現代工芸論」の講義を聴講した学生に提出してもらったレポートから、特に「話を発展させていく」方向で書いているものを選んで、それを紹介しながら進めていきました。話題は5題ほどです。以下、それぞれのテーマを列挙しておきます。

一、工芸の役割について――「工芸の仕事は遠い過去と遠い未来を繋ぐことである。」

二、「いいもの」とは何か?

三、「物質の限界を超えていかなければ前に進めない」という命題について

四、用の美について

五.足るを知る――「もの買ってくる、自分買ってくる」(河井寛次郎)





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今秋のお奨め展覧会「スサノヲの到来展ーいのち、いかり、いのり」


渋谷区立松涛美術館で開催されている「スサノヲの到来」という展覧会が面白く感じられたので、ここに報告することにしました。
日本神話に出てくる天照大御神の弟スサノヲの事跡をテーマにして、縄文土器から絵画、彫刻、工芸品、古文書、歌、書蹟、松尾芭蕉、平田篤胤、南方熊楠、田中正造、出口王仁三郎、折口信夫らの関連資料や、近代の美術家の作品、さらには現代造形作家の作品までを展示して、「スサノヲ的なもの」の摘出とその現代的な意義を探り出そうとしています。
「スサノヲ的なもの」とは「“日本的”とはどういうことか」と言い換えてもいいでしょう。

自然・人事にわたって次々と生じてくる現今の異変のさなか、日本列島における「ひとつの原点回帰」を促そうとする意図の下に企画された展覧会です。
この種の展覧会はウルトラナショナルな雰囲気を漂わせる傾向があるとして敬遠する向きもあるかと思いますが、
この企画は決してそういう曰くのあるものではなく、むしろ事態を武力で解決していこうとする為政者の意向に対して、「ことばひいてはうたの力」で「言向け和す」意思と知恵の系譜を浮き立たせていこうとするものです。
今日本が直面しているさまざまな問題、そしてこれから向かうべき方向といった問題に対しての、ことばやうたそして芸の力が秘めている可能性を探っていこうとするものです。

私自身も「かたち」ということばを看板に背負ってる人間として、看過できない内容が含まれています。
「かたちのちは血の気のち」であり「日本的なるもの」の根源的な生命力やエネルギーを象徴するものですが、この「ち」をいかに発現させていくかという問題意識にとっては、示唆されるものがいろいろと提示されていることを感じました。


たとえば、この展覧会でその存在を初めて知った長谷川沼田居(しょうでんきょ 1905−83)という画家の、60歳代の後半から70歳代の晩年の10年間を眼球摘出による全盲状態で描かれた作品がとても印象に残りました。(上の写真は、水墨の作品「日月」)
解説文には「意識光」という表現でこの画家の内的世界が解説されていますが、要するに「精神の内側から発してくる光」のなかで絵を描いたわけです。
その「精神の内なる光」というのがとても興味深く、それは「かたちのち」と深く関連するものであると感じました。

「かたちのち」をいかに発現させていくか、この展覧会により大いに挑発されたように思います。


それから、塩香の作品が出品されている栃木美保さんの、塩香(モイスチュア・ポプリ)を作るワークショップが会期中にあり、これに参加してきました。
塩香は草花の香りを塩の中に詰めて、香り永く愉しもうというオブジェクトです。
日本の伝統文化の中に香道があるように、臭覚をはたらかせる自然観賞も「かたちのち」に由来するものだと思います。
そのように、香りを介して自然のディテールと親密な交感を行っていくことを栃木さんは提唱する創作活動を展開していて、この展覧会にも作品を出品しているわけです。
(上の写真は向かって右が私の塩香。シナモン、ラベンダー、レモン、月桂樹が入ってます。タイトルは「沼田居」とつけました。


展覧会は9月21日まで。
詳細は松濤美術館HPをご覧下さい。




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第4回かたち塾のお知らせ



下記のように第4回かたち塾を開講します。



   テーマ―――『現代工芸論』を読み解く[1]

   講師――――笹山 央(『現代工芸論』著者 かたち塾主宰)

   日時――――2015年10月10日(土) 2:00P.M.〜5:00P.M.(1:45開場)

   会場――――和光ポプリホール会議室[小田急線鶴川駅前]

   受講料―――2,800円(「かたちの会」サポート会員は2,300円) 学生 1,800円

         茶菓子代込   

   受講者数――20名様まで(要予約)


     ※ マイカップをご持参ください。



テキスト『現代工芸論』に書いていることについて解説・検討していきます。

ひとつの話題でもさまざまな角度、切り口で読み込んでいくことができます。

たとえば、「工芸の役割は、“いいもの”を作ることである」という命題について、

そもそも“いいもの”とはどういうものであるかということを検討していくと、

話は多方面に広がっていきます。

著者自身も考え及んでいなかったことも出てくると思います。

そのようにして、工芸という分野の広さと深さを愉しんでいただきたいと思います。



詳細は当塾のHPでご覧ください。

受講のお申込もHPからできます。


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かたち塾会報「KATACHI-JUKU No.03」発行しました。


KATACHI-JUKU No.03を発行しました。

去る6月20日に、世田谷区成城学園前の清川泰次記念館ギャラリー(世田谷美術館分館)で開催した第3回かたち塾について報告しています。
発行が大変遅くなりました。次回(10月10日)の広報との兼ね合いと今夏の猛暑が主な原因で、ここまでずれ込んできてしまいました。

第3回かたち塾は、多摩美術大学美術学科の学生5人をゲストに迎えてのトークセッションの形で行われました。
会場のギャラリーでは、トークセッションをはさんで1週間の期間、「根源へ――『現代工芸論』から生まれてきたもの」というタイトルの展覧会を開いていました。

5人の多摩美生はこの展覧会への出品者であり、トークセッションの内容は、出品作品を見ながらの質疑応答を中心としたものです。
出品者は多摩美術大学で私の講義「現代工芸論」の聴講生で、講義を聴くか、またはテキスト『現代工芸論』を読んで自身の制作になんらかのヒントを得たことをレポートに書いていた学生です。

所属ジャンルの内訳は、油画専攻が2名(うち1名は大学院生)、版画専攻1名、彫刻学科から1名、そして工芸学科金工専攻が1名です。

「現代工芸論」という分野ではありながら、工芸学科からの参加が1名しかいないのですが、
「工芸」の話というのは、アートの分野を広くカバーする内容を含んでいると私は考えており、その考えを話していってることがこのような現象につながっていると考えられます。

この5人の学生が、『現代工芸論』からどのようなヒントを得て、どのような制作を試み、どのように発展させていこうとしたか。わずか8,9ヶ月の期間のことですが、「KATACHI-JUKU No.03」の報告を是非読んでいただきたいと思います。

WEB上でも紹介していますので、ご参照ください。
こちらから。





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「根源へ――『現代工芸論』から生まれてきたもの」展と第3回かたち塾のお知らせ


企画――笹山 央(『現代工芸論』著者)
会期――6月16日(火)―21日(日)
会場――清川泰次記念館ギャラリー
出品者―多摩美術大学での講義「現代工芸論」の受講生有志
 穴見尚之(絵画科版画3年)・天沼雅史(工芸科金工3年)・飯島暉子(絵画科油画3年)・
 菅原央喜(彫刻科3年)・吉田麻未(絵画科油画 大学院1年)


この展覧会は2014年に多摩美術大学で行われた「現代工芸論」(講師:笹山)の受講生のうち、講義またはテキスト『現代工芸論』からヒントを得てみずからの作品制作につなげていった5人の学生による展覧会です。
タイトルを「根源へ」としたのは以下の理由によるものです。

5人の出品者の制作モチーフを具体的に紹介すると、「模写の効用」「ゴミを素材としていいものを作る」「物質の側から歩み寄る」「観る人に愉しんでもらえる創作」「表現主義的ではなく、システムを設定しての創作」といったようなことになります。
いずれも、従来の「オリジナリティ」「素材のヒエラルキー的評価」「コンセプチュアル」「自己表現」「表現主義」といった「アートの枠組み」を逸脱する志向性が含まれています。
そのような志向性を提起するきっかけとなった事柄がいわゆる「工芸的なるもの」であるわけです。

すなわち、「工芸的なるもの」として挙げられる諸特性は、アートという概念を組み立ててきた「近代的枠組み」を改めて検証する観点を提示することができるということですが、この検証を通して、アートや工芸やエンターテインメントや工業といったジャンル分けを超えた「根源的なもの」への道筋を探索していこうというのが、「根源へ」というタイトル付けの動機となりました。
このことこそが「工芸的なるもの(〈かたち〉的なるもの)」の現代的な意義であるというのが、『現代工芸論』に込めた意図にほかなりません。

とはいえ、出品者たちの試みは格別目新しいとか、脱構築的であるとかいうところに達しているというわけではありません。
というか、ここから「根源へ」の探索を一段一段と進めていく、そしてそのことがそのまま創作に繋がっていくことを期待しての、最初のとっかかりとして位置づけたいと思っています。
その意味で、会期中にトークセッションの機会も設けて出品者との対話を行ない、「根源へ」の展開のヴィジョンを見出していくことを試みてみたいと考えています。

ご来場をお待ちしています。
特にトークセッションへのご参加をお勧めしたく思います。

トークセッションはかたち塾の主催で開催します。
今年第3回目の開講です。
主 催―――――――かたち塾
ゲスト―――――――多摩美術大学学生(「根源へ」展出品者)
コーディネータ―――笹山 央(「かたち塾」主宰)
日 時―――――――2015年6月20日(土)午後3時〜 
会 場―――――――清川泰次記念館ギャラリー(世田谷美術館分館) 世田谷区成城2-22-17  (最寄駅/小田急線鶴成城学園前駅から徒歩約5分)
受講料―――――――一般/2,500円 (「かたちの会」サポート会員は2,000円)
              学生/1,500円  
受講者数――――――定員/20名様

要予約――――――― 「かたち塾」のHPからお申込ください。



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