モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

KATACHI-JUKU No.15を発行しました。

2017年12月21日 | 「かたち塾」




特集は「音を体験するワークショップ」で、講師はパーカッショニストの永井朋生さん、
今回3回目です。

参加者各自“音の出るもの”を持ち寄り、前半は、それぞれの“音の出るもの”の音を聴いていきました。ユニークなところでは、松ぼっくり、500ml牛乳紙パックに輪ゴムをかけたもの、使い古しの毛筆などがありました。
永井さんは、「こんな音も出せる」と言って予期しなかった音を出してみせたりすると、場が一挙に盛り上がっていきました。
最後にいきなり全員での即興合奏を行って、空気があったまってきました。

後半は、永井さん持参の打楽器を各自が選び、拍子を導入して、即興合奏に挑戦しました。
8泊のうちの2箇所で自分の楽器を鳴らすのですが、やってるうちにリズムが生じ、他の人の音が聴こえるようになって、演奏は次第にグルーヴしていったのです。
最後は各自持参の“音の出るもの”と永井さんの打楽器とのミックスで、曲の流れにメリハリをつけて演奏したので、全員音の世界に完全にのめり込んでいったのでした。

このワークショップの一番すごいなと思ったのは、“練習”という概念なしに、“音の出るもの”(いわゆる楽器を含めて)を手に取った初っ端から“音楽”を愉しんでいけるというところです。
それはこのワークショップが“音の根源”と向き合っていくところから始まっているからであると思います。

KATACHI-JUKU No.15ではその経過を更に詳細に報告するとともに、参加者の感想も紹介しています。

なお、KATACHI-JUKUは今号をもって最終号となりました。
ご参加、ご購読ありがとうございました。

来春から新冊子『かたち―人は日々』を発行します。
内容は数名の作り手の日々の制作を個別に論評していきます。乞うご期待ください。
かたちのHPも現在リニューアル中ですのでご覧ください。→  


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第15回「かたち塾」のお知らせ

2017年11月18日 | 「かたち塾」

第15回「かたち塾」のお知らせ

タイトル―――音を体験するワークショップ[Ⅲ]
講 師――――永井朋生(パーカッショニスト・作曲家)
日 時――――2017年12月9日(土).1:15p.m.~4:30p.m.
会 場――――和光大学ポプリホール鶴川 練習室3
受講料――――4,000円  (茶菓子代込)
受講者数―――満席で締め切りました。
趣向―――――参加者全員による即興演奏を目指して、「音づくり」のワークショップを行います。

※ 楽器以外の「音の出るもの」を1~3種類ご持参ください。
(これまでの例:鍵束、紙箱、ティーカップ、うちわ、こけし、木の実、金属製のもの、など)



前回の即興演奏は1回60~90秒ぐらいの長さで、10takeほど録音しました。
永井さんが動画を用意してくれていて、採録した曲と合わせると、画像と演奏が結構合っていたのが、思いがけない発見でした。

永井さん曰く「失敗というのはないのです。すべてが受け入れられます。」
でも創造性が触発されていくワークショップです。

これまでの参加者は全員、器楽演奏は初めての方々ばかりでした。
どなた様もお気軽にご参加ください。
永井さんの演奏もあります。


詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

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KATACHI-JUKU No.14を発行しました。

2017年11月13日 | 「かたち塾」

KATACHI-JUKU No.14を発行しました。



特集は「五感の探索――味覚のシンフォニーを愉しむ」ということで、東京・青山の和食料理店のランチコースを賞味しました。




味しいものを食べると言葉が口をついて次々と出てくるのです。
会食の間、会話が途切れることがなく、また、塾としてやっているという自覚を参加された皆さん持たれていたので、料理に対する感想やコメントもたくさんありました。
そういうわけで、今回は皆さんの発言で構成しました。
食事は総じて堪能されたようです。

タイトルに「五感の探索」とありますが、食後の板長さん(店主でもある)への質疑応答では、単に味覚だけでなく、視覚・聴覚・嗅覚・触覚への配慮が常日頃からなされていることが了解されました。
板前さんにとっては、料理を作るということはそのまま人間としての修練を積み重ねていくことであるということが伝わってきました。

次回かたち塾は「音」を体験するワークショップです。
初めての方もぜひご参加ください。
詳細、お申込みはこちら

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第14回「かたち塾」味覚のシンフォニーを愉しむのお知らせ

2017年10月06日 | 「かたち塾」

第14回「かたち塾」のお知らせ

タイトル―――味覚のシンフォニーを愉しむ
講 師――――笹山 央(かたち塾代表・工芸評論)料理店店主(料理人)
日 時――――2017年10月21日(土).
会 場――――東京都港区南青山にある和食料理店
受講料――――10,000円  料理とお飲み物代含みます。
受講者数―――10名様まで(要予約)

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

これまで〈見る〉ことを中心に〈聴く〉〈嗅ぐ〉と五感のはたらきをテーマにした塾を開いてきましたが、今回は“味わう”にスポットを当てます。

私(かたち塾長)の場合、ここでの食事は単に「美味しいものを食べる」というだけではなく、コンサートを聴いたり、観劇したりするときの時間の流れに浸るような感覚を愉しんでいます。


全席に窓があり、四季ごとに造作が変えられる坪庭の風情も愉しみの一つです。
向かいの壁に植栽の影が映り、それが時々刻々と変化していくのですが、抽象的動画を見ているような面白さがあります。

食後にはご店主にも、質疑応答形式でお話を聴くことになっています。
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KATACHI-JUKU No.13を発行しました。

2017年09月30日 | 「かたち塾」



「長谷川沼田居美術館を訪ねる」というのが特集タイトルですが、9月10日に栃木県足利市にある同美術館を訪ねて、折から展示していた20点ほどの作品を鑑賞しました。
足利市立美術館学芸員の江尻潔氏に懇切な解説をしていただいたので、その時の話を中心に報告しています。

沼田居については、当ブログの前回の記事にも少し書いていますし、資料の紹介もしていますので、ここでは省略します。
しかし、沼田居の作品はたとえ小品であっても、生で接すると感慨を新たにするところがあり、
今回のKATACJI-JUKUは通常のフォーマットに従った作りではなく、ほとんど全ページをこの特集に当てています。
表紙もなるべく作品が目立つようにレイアウトしました。

ひとつ新しく付け加わった観点を書いておきますと、
沼田居は晩年の10年を両眼摘出による全盲状態で、それでも絵を描き続けていくのですが、
最晩年の1年間ほどは、「消え失せた眼の玉再び帰り来たる」という境地に達するのです。
それまでの苦闘はすさまじいものがありますが、そこまで至った画家は、私の知る限りでは他にいないと思います。

参加者の中野みどりさんのブログの「長谷川沼田居美術館を訪ねて」の記事はこちらから。

かたち21HP

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長谷川沼田居美術館を訪ねる

2017年08月17日 | 長谷川沼田居の絵

第13回「かたち塾」のお知らせ


抽象円体 1956年       
 
かきつばた 1960年


タイトル―――長谷川沼田居美術館を訪ねる
講 師――――笹山 央(かたち塾代表・工芸評論)江尻 潔氏(足利市立美術館学芸員)
日 時――――2017年9月10日(日).
会 場――――長谷川沼田居美術館(足利市)・足利市立美術館・大川美術館(桐生市)
受講料――――3,000円(かたちの会会員 2,500円 ) 各美術館での観覧料は各自負担
受講者数―――10名様まで(要予約)


詳細は「かたち塾」HPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

当日の集合場所・時刻など詳細は、お申込いただいたあとお知らせします。

長谷川沼田居資料

 長谷川沼田居は、戦前から戦後にかけて栃木県足利市に在住して創作活動を展開した日本画家です。
若年から眼に障害があったようで、次第に悪化していって晩年には両眼とも眼球摘出するのですが、生涯絵を描き続けた人です。

沼田居を知ったのは2015年に渋谷区立松涛美術館で開催された「スサノヲの到来」という展覧会においてです。
この展覧会は足利市立美術館学芸員の江尻潔氏が中心となって企画が立てられたようで、
足利市とその周辺に在住して活動しているアーチストが多数出品していました。
その中で、沼田居という名前は初めて見たのですが、「かきつばた抽象」と題された作品が妙に私の眼底に焼き付いたのです。
翌年夏、足利市立美術館を訪ねたときに、たまたま沼田居の作品展が開催されていて、感動を新たにしました。

ここにこんな絵描きがいたんだと、掘り出し物を見つけたような心境でした(宮沢賢治を発見した草野心平の心境に重ねられるような気分でした)。
沼田居の絵が広く現代の人の眼に触れられることを思わないではいられなくなりました。
その作品を1人でも多くの人に見てもらいたいと思って、足利市の沼田居美術館を直接訪ねる企画を立てました。

沼田居の創作についてはいくつかの論点がありますが、ここでは総括的に「暗がりを凝視する絵画」と言っておきます。
かたち塾との関連で言えば、昨年の第9回で「茶事の中の光と音」をテーマにした時、そして前回のジャコメッティの創作でも、“暗がり(乏しい光の中で)”ということが、「見ること」の問題として浮上してきています。
“世界を暗がりにおいて見る”視覚と、失明後に描かれた“明るく透明な世界”を巡って、
初秋の光の中のひとときを過ごしたいと思います。

沼田居美術館の後は足利市立美術館と桐生市にある大川美術館を訪ねます。当日は
  足利市立美術館―――「生の根源をめぐる四つの個展」を開催中
  大川美術館―――――「大川美術館ベストコレクション展」を開催中
     ※ 日本近代絵画(洋画)の最も良質な部分がコレクションされています


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KATACHI-JUKU No.12を発行しました。

2017年07月26日 | 「かたち塾」

KATACHI-JUKU No.12を発行しました。



今回は、今日本に来ている「ジャコメッティ展」を鑑賞し、場所を変えてレクチャーを行いました。
テーマは、ジャコメッティにとって「見えるままに描く」とはどういう意味かについて検討する、というものです。
(「見えるままに描く」というのは、いわばジャコメッティの口癖のようなものだったんですね。)
講師は『現代工芸論』の著者たる私、笹山央です。

ジャコメッティといえば、棒のような人体表現で知られている、というか、20世紀を代表する彫刻家の1人とされています。
その、棒のような造形を「対象を極限までそぎ落として」というような言い方で形容されることが多いようですが、
ジャコメッティの創作史には、「そぎ落としていく」プロセスは読み取れません。
むしろ、ものの形の核心を捉えようとする志向は初期の段階から認められると思います。
(これについては、当ブログの6月9日(前回)の記事を参照してください。)

では、ジャコメッティの創作史を貫く苦闘とはどのようなことであったか? そして到達した地点は?
そういったことについて書いています。

次回かたち塾は「長谷川沼田居」です。
詳細はこちら
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第12回「かたち塾」のお知らせー「ジャコメッティの創作を楽しむ」

2017年06月09日 | 「かたち塾」
第12回「かたち塾」のお知らせ

タイトル―――ジャコメッティの創作を楽しむ
講 師――――笹山 央(かたち塾代表・工芸評論)
日 時――――2017年6月25日(日)午後3:00~
会 場――――国立新美術館内(東京都港区六本木)
受講料――――2,500円
受講者数―――10名様まで(要予約)
※ 美術館内カフェでレクチャーを行います。(観覧料 1,600円、飲食代は各自負担)
→ 六本木駅近くのカフェに変更
  どなたでも参加できます。

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。


① 匙の女 1926年


② 女 1928年


画像①②の作品は、ジャコメッティの初期の制作です(1926~28年頃)。アフリカやオセアニアの民族芸術から影響を受けた制作と言われています。
一方はスプーンの形、他方は耕作農具の刃らしき形がモチーフになっています。
単にモチーフというよりは、ものの形を突き詰めたところで捉えていこうとする志向のようなものが感じられます。そしてそこに“用の美”が絡んでいるのですね。。

私は20世紀の現代美術の世界を開いていく主要な動因の一つとして、日本的「用の美」の影響があったことを提唱しています。
その作例のひとつとして、いつもジャコメッティのこれらの作品を挙げることにしています。
実際、ジャコメッティは日本美術や東アジアの美術の特徴を、とても深く理解していることが、彼の遺した言葉から伝わってきます。

今回改めて矢内原伊作の『ジャコメッティ』を読み返してみました。
前回は何十年も前だったので、今回初めて読んだと言ったほうがいいかもしれませんが。
ジャコメッティが毎日、矢内原をモデルにして絵を描いていたときのことが書かれています。実に、二ヶ月かけてるんですね。
この間の様子が、ある意味で克明に報告されているのですが、要約すれば、以下のような日々だったようです。
「 ジャコメッティはいつも、いまこそ真の仕事の入口にいる、いま一歩で真実を把握できる、という意識にかりたてられていた。そのために彼は瞬時も休むことができないのだった。と同時に他方、この絶大な労苦がまったくの徒労に帰するのではないか、自分の企てはもともと不可能な試みで、何の成果にも達しないのではないか、という恐ろしい危惧にとりつかれていた。そのためにも彼は瞬時も休むことができないのだ。「可能か不可能か、これを知るためにも仕事を続けなければならない」と彼は言った。究極のところ、これだけが仕事の継続を正当化する唯一の根拠だった。希望と絶望は交互にとめどなくふくれあがって彼を圧倒し、苦痛に喘ぎながら、彼は描き続けた。描き続けたということは、彼の場合、消し続けたということである。」


1956年のデッサン


ジャコメッティの創作の本質は、物事や人間を「真摯に見詰めていく」というところにあったように思います。
そこでレクチャーでは、「真摯に見詰める」とはどういうことかということについて、話してみたいと思っています。
国立新美術館のカフェです。 → 六本木駅近くのカフェに変更

[余談]
矢内原をモデルに絵を描いている間にも、ジャコメッティは毎朝、新聞数紙に眼を通し、何か事件が報道されるとコメントしたりしています。
矢内原の報告によれば、当時(1950年代)のアフリカや中近東の情勢もしっかりと見据えていたようです。
パリのアトリエに閉じこもるような生活を送りながらも、アンテナは高く掲げていたのですね。


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KATACHI-JUKU No.11を発行しました。

2017年05月31日 | 「かたち塾」
KATACHI-JUKU No.11を発行しました。



テーマは、『現代工芸論』を読み解くシリーズの第3回目として、「日本のかたちに見る“空”の表現について」として、講師は『現代工芸論』の著者たる私、笹山央です。

といっても、『現代工芸論』では“空”という言葉は出てきません。このテーマは『現代工芸論』からの発展系として新しく設定したものです。
どのように発展したのかというと、「日本のかたち(文化)」の特徴をなす“用の美”の理念を出処としています。
「日本のかたち(文化)」における“空”の造形は“用の美”の実践形であるということですね。

「日本のかたち(文化)」の特徴をなす“用の美”は、“もてなしの美”と言い換えることができます。
日本型おもてなしの精神については、俳人高浜虚子の
  花の如く月の如くにもてなさん
という句に究極的に表現されていると見るわけです。
さてそうすると、この句が詠う花や月とは何なのか、ということですね。
私はそれらの中に“空”の現われを感取するのですね。
そしてここから、「日本のかたちに見る“空”の表現について」が始まっていきます。

前半は、“空”の概念を解説しています。
後半は美術作品に具体的に当たりながら、解説していきました。
誌面で紹介している絵師(または作品)は、「那智滝図」、狩野探幽、円山応挙、石濤(中国清朝の絵師)、浦上玉堂、歌川広重、岸野魯直(現代)です。
それぞれの画像のキャプションで、一言解説をつけています。

「アート鑑賞塾」は今回から上級編とし、“批評”について書いていきます。
もうひとつ、「もの買ってくる。自分買ってくる」というタイトルの小さなコラムが始まりました。筆者は「かたちの会」会員の古木真澄さんです。


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第2回「根源へ――『現代工芸論』から生れてきたもの」展の開催

2017年04月05日 | 展覧会・イベント



第2回「根源へ――『現代工芸論』から生れてきたもの」展を下記のように開催します。

2017年4月24日(月)-29日(土)12:00-18:30
ギャルリ・プス 東京都中央区銀座5‐14‐16銀座アビタシオン201
[出品者]磯崎隼士(絵画科油画4年)
片山洸希(工芸科金工4年)
塩田法子(絵画科油画4年)

ギャラリートーク29日(土)16::00~17:30
出品者を囲んでフリートークを愉しみます。
どなたも聴講できますので聴きにおいでください。
終了後、クロージングパーティで締めます。


詳細は「根源へ」のサイトをご覧下さい。
http://katachi21.com/kongen-e/index.html
「掲示板」では出品者の制作について詳細に紹介しています。
http://katachi-21.bbs.fc2.com/


多摩美術大学では昨年まで毎年「現代工芸論」の講義を行ってきましたが、
講義の最終日には聴講学生にレポートを提出してもらっています。
講義の内容またはテキストとして使用した『現代工芸論』に書いてあることを題材にして、コメントを書いてもらいます。
そのレポートの中から、特に自分の制作と結びつけて書いている学生に声をかけて、
この展覧会を企画しました。初回は2014年度聴講学生5人が参加し、
今回は2回目で、2015年度聴講学生3人が参加しています。

油画専攻4年が2人、ガラス工芸専攻4年が1人です。
工芸の分野なのに油画の学生が参加していることを疑問に思われるかもしれませんが、
講義の聴講学生は絵画科、彫刻科、デザイン科、工芸科にわたっており、
講義の内容も、「現代工芸」の意味を現代のものづくり全体(工業、アート、工芸、他)の中で俯瞰していく方針をとっていますので、
そのことに共感してくれる学生は、分野を超えて散在しているようです(これまでの統計からの推測です)。

そういうわけで「根源へ」というタイトルも、“分野を超えて”という意味であるとともに、
現代のものづくりの根源に遡行していく、という意味を込めています。
参加した学生たちがここを出発点として、自らの創作をどのように追及し、育てていくかを、今後の愉しみとして行きたく思っています。

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第11回「かたち塾」のお知らせ----「空」の表現について

2017年03月13日 | 「かたち塾」

第11回「かたち塾」のお知らせです。

テーマ――日本のかたちに見る「空」の表現について
日時――2017年4月1日(土)1:30P.M.~4:30P.M.
会場――和光大学ポプリホール鶴川 3F練習室 (小田急線鶴川駅前) 
講師――笹山 央[かたち塾講師]
受講料――3,500円 茶菓子代込   ※要予約


“空(くう)”という言葉を聞くと、多くの人は仏教思想を表す“空”を連想するかと思います。
しかしここでは、抹香くさい話は考えていません。
講師(笹山)自身の体験を基にして、「日本のかたちに見る“空”の表現」へのアプローチを試みてみようと思っています。

出発は、高濱虚子の俳句
   
   花の如く月の如くにもてなさん

です。

それから、こんなことも思っています。
  
  “空”を意識した創作は“空”を実現しない

みなさんのご参加をお待ちしています。


詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

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KATACHI-JUKU No.10を発行しました。

2017年03月04日 | 「かたち塾」

KATACHI-JUKU No.10を発行しました。
今年1月28日(土)に開催した、第10回かたち塾『音を体験するワークショップ』の第2回の報告です。

講師は第1回目と同じく、パーカッショニストの永井朋生さんです。
永井さんの自作による、竹筒や備長炭のマリンバのソロ演奏が冒頭にあって、
それから一気に即興合奏に入りました。
参加者が持ち寄った“音の出るもの”をテーブルの上に置き、
各人自由に、しかし他の人が出す音に反応しながら、音を出して、“音楽”を作りました。

演奏ごとに簡単な条件を設定して変化を出していき、全部で10曲ほど(1曲約1分強)できました。
「失敗というのはありませんから」と永井さんは何度か言いましたが、失敗と成功の区別がつけられない、そういう合奏なんですね。

最後は、永井さんが用意してくれていた画像と合わせると、画像の動きと音とが呼応しあうような箇所がところどころあったりして、
“音楽”として聴けるものになっていることが確認されました。
後日、テレビ番組で流れる背景音を聴いていると我々の演奏と似ているものがあったりして、まんざらでもないなと思ったりしました。

今回のKATACHI-JUKUは、参加者の感想・コメントで構成しています。
また、画像と合奏を合わせたものはYou Tubeでご覧になることができます。
とりあえず2本投稿しています。
タイトルは「炭焼き」および「足跡」です。
「炭焼き」の方はマイクの位置が遠かったので、音が小さくしか聞こえません。
ヘッドフォンで聴くことをお奨めします。

KATACHI-JUKU巻頭のコラムは、〈「かたち」を超えて“空”に至る〉というタイトルで書いています。


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第10回「かたち塾」のお知らせ――音を体験するワークショップ[Ⅱ]

2017年01月06日 | 「かたち塾」

下記のように第10回かたち塾を開講します。

テーマ―――「音」を体験するワークショップ[Ⅱ]
講師――――永井朋生(パーカッショニスト、作曲家)
  日時――――2017年1月28日(土)
        1:30P.M.~4:30P.M.(1:15開場)
 会場――――和光大学ポプリホール鶴川 リハーサル室 (小田急線鶴川駅前)        (お申し込みいただいた方にアクセスの詳細をお知らせします。
趣向――――参加者全員による即興合奏を目指して、「音づくり」のワークショップを行います。
       永井氏のソロ演奏、インタビューも含みます。
 ※「音の出るもの」(楽器以外で)をご持参いただければ、一層楽しくなるかと思います。
受講料――――4,500円(「かたちの会」サポート会員は4,000円) 茶菓子代込  
      永井氏の演奏のみ聴かれる方は、2,000円   
※ 要予約(下記「お申込先」まで)
※ マイカップをご持参ください。

一昨年12月に第1回を開催して、参加者から、是非2回目もという要望をいただきましたので、第2回目を開催することにしました。

[前回の報告から](KATACHI-JUKUno.05より)



みなさんが持ち寄った「音の出るもの」は、鳴子のこけし、茶の湯で使う使い袱紗、
ハロゲンヒーターの前面を覆う金属格子、小さな金属製のシリンダー状の箱、
半磁器製のコーヒーカップとソーサなどでした。
(上の画像は、ハロゲンヒーターの金属格子を弦楽器に使う弓で音を出そうとする永井さん)




 さてメインイベントというべき、持ち寄ったもので即興合奏するというステージでは、
まずは持ち寄った「音のでるもの」をひとつひとつ披露していきました。
その際、最初はみなさんに目隠しをしてもらい、音を聴いて音源が何であるかを当てようとしたのですが、
これが思いのほか、精確には言い当てられなくて、目隠しをとって音源を見たときの意外性を通して、
ふだんにはごくありふれたものでしかないものが、新鮮に見えてきたりしたのが感動的でした。
そこには鳴子のこけし、茶の湯で使う使い袱紗、ハロゲンヒーターの前面を覆う金属格子、
小さな金属製のシリンダー状の箱、半磁器製のコーヒーカップとソーサがありました。
即興合奏を始めるにあたって永井さんが言ったことは、
「たとえば2分間演奏するとして、そのうち30秒は演奏しない時間を各自が持つようにする」
ということでした。それでやってみると、その結果は、永井さんの評価では
「音楽になってるよ」というものでした。演奏をデジタルカメラに録音して聴いてみると、
確かに「音楽になってい」て、みんなで聴き入ってしまいました。


永井朋生さんサイト

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

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KATACHI-JUKU No.09を発行しました。

2016年12月26日 | 「かたち塾」




KATACHI-JUKU No.09を発行しました。
去る10月16日(日)に開催した、第9回かたち塾『茶の湯の光と音』の報告です。

会場は、東京都新宿にある茶道稽古場「雪後庵」で、その庵主の渡辺宗牛さんに講師を依頼しました。
渡辺講師の薄茶のお点前を拝見し、そこに発生する音や光の移ろいを体験して、後半は、その体験を共通話題として、「茶の湯の光と音」についてのトーキングセッションが展開されました。

この会で私が特に印象に残ったのは、渡辺講師が目指している茶の湯の方向が、茶聖侘び茶の始祖千利休のそれを髣髴とさせるように感じられた点でした。
新宿という都心に編まれた一軒家の稽古場は、茶の精神を表すという「市中の山居」という言葉を思い出させ手くれました。
また、「明るいところではものが粗相に見える」という言葉(利休の言葉だそうです)は、ある意味、美の核心を衝いているように思えました。
人工照明のない利休の時代(織豊期)でも、光の明暗に繊細な感性を働かせているところは、非常に高度な美意識の在り方を実感しました。
結局、茶の湯の時間に音や光に感覚を研ぎ澄ましていくということは、茶の湯の精神の本質に深く関わっているということを、実感した会でした。

会報では、そのあたりのことを総括的に報告しています。
また寄稿していただいた参加者からのコメントが、より具体的に会の進行の様子を伝えてくれています。

会誌表紙の「かたち」について書いたコラムでは、茶の湯の思想的ベースとしての「〝移ろい“の中に身を置くこと」について書いています。

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第9回かたち塾「茶の湯の中の光と音」のお知らせ

2016年09月30日 | 「かたち塾」
残席1名あります。10/15
下記のように第9回かたち塾を開講します。

テーマ――――茶の湯の中の光と音
講 師――――渡辺宗牛(雪後軒軒主 表千家講師)
日 時――――2016年10月16日(日)13:30~16:30(13:00開場)
会 場――――雪後軒[東京都新宿区戸山1-5-11]
    (最寄駅/都営大江戸線 若松河田駅 メトロ東西線 早稲田駅)
受講料――――6,000円 (薄茶点前、お菓子代等含む)
受講者数―――10名(要予約)  ※茶道の未経験の方も歓迎です。


雪後軒は施主にして軒主である渡辺宗牛さんによって、2014年に都心の新宿に新築された茶室であり、茶の湯の稽古場です。
東京の雑踏の中で、「打ち水のされた門をくぐり、石畳の上を歩き、草木を愛で、玄関の引き戸を開け、ほのかな香を聞き、畳に座り、挨拶を交わし、静かに釜の煮え音を聞き、昼なら時に鳥の声を耳にし、夜なら和の灯りに照らされ、‥‥」を体験できる茶室を是非実現したいという渡辺さんの思いが込められた、和の建築です。

その稽古場を会場として、自然光の中の薄茶のお点前を拝見し、
またお点前の進行の中で生じてくる音に気を澄ませることを通して、
茶の湯の真髄へのアプローチを試みたいと思います。

光と音に焦点を当てるという趣向にしたのは、
ひとつには当塾のライトモチーフが五感を通して「かたち」を探求していくということがあり、
もうひとつは、宗牛さんの求める茶の中に、光や音に意識を注いでいこうという考え方にあります。
茶の湯の中の光と音というと、点前における付随的な現象と考えられるかもしれませんが、
実はそうでもなく、現代の茶の湯の在り様に深く関係しているように思われます。

現代の特徴は、光で言えば人工の明かりであり、音で言えば雑踏から絶えず流れてくるノイズということになるでしょうか。
そのような環境の中で、ナチュラルな光と音を感じとり、あるいは求めていくということは、
現代という時代性の中での茶の湯の在り様をどう求めていくかということにかかわってくるかと思います。

「茶の湯文化の真髄」という言い方はいささかおこがましくはあるかと思いますが、
上記の考え方をベースとすることで、
せめてそこへのアプローチの手がかりに、触れることはできるのではないでしょうか。

雪後軒HP

茶席が初めての方も男性も、趣旨にご興味をもたれる方はぜひご参会下さい。
特別な時間を過ごしましょう。

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。

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