私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の68歳の身であるが、
私たち夫婦の共通趣味のひとつである国内旅行に四季折々旅を重ねてきた。
そして特に雪舞い降り情景に、私は魅了されている。
こうした心情の中で、たまたま過ぎし2010〈平成22〉年の12月中旬に、
青森県の十和田湖の山奥にある蔦(つた)温泉の『蔦温泉旅館』を再訪して、4泊ばかり連泊した。
再訪した理由は、この年の5月に偶然に『蔦温泉旅館』を訪れた・・。
そして建物、館内の本館は天井、柱は周辺の森から切り出された材木がふんだんに取り入れ、
エンジュの長押、トチの樹のコブを生かした装飾の数々・・
一部は築後100年近いもあり、書院造りの床の間も豪壮で、
そして別館へのは本館から60段の優美な存在感のある階段は圧巻であった。
私達の宿泊した部屋は、20数年前の建てられた西館で近代的な造りであったが、
窓辺からのブナの森が隣接していたので、
早朝、朝、昼下がり、夕暮れの陽射しのうつろいが、樹木の枝葉を照らす輝き、
見飽きることのない光景であった。
そして、夜には満天の星空が観られた、格別に景観の良く、
私達は幾度も、その時々に見惚(みと)れたりしたのである。
或いは浴室の男女別の『泉響の湯』、そして男女交代制の『久安の湯』に、
何度も通い、肝要の湯舟であるが、ホームページにある言葉をお借りすれば、
《・・ 蔦温泉のお風呂はいずれも源泉の上に浴槽があり、
ぶなを使用した湯船の底板から湧き出す、手が加えられていない「生の湯」をお楽しみいただけます。
「湯がこなれている」「こなれていない」という表現をしますが、
湯が空気に触れた度合いを言葉で表現したものです。
こなれていない温泉は刺激があり最初熱く感じます。
蔦温泉の「生の湯」というのも「こなれていない」湯のことであり、
当然最初は熱く感じます。
しかし二度三度と入るにつれ、やさしい湯であることが実感できるはずです。
・・》
このように解説されているが
湯船の底板はブナの感触を楽しみ、鈍(にぶ)児の私は最初からやさしい湯と感じ、
ヒバ材をふんだんに使用され、天井も遥か三階のような高さを見上げたり、
10分ぐらい浸かっていると、身も心も温まる湯であった。
そして夕食は私としては苦手な部屋食であったが、
山菜のタラの芽、山ウド、ゼンマイ、ワラビ、フキノトウなど、
素材を生かし、創意工夫のある料理である。
そして朝食も含め、何気ない素材でも、料理された方の良心が感じられる数々で、
都心の少しばかり高級な食事処より遥かに素朴で上品な味であった。
確かに私は、この旅館にも魅せられたのであるが、何よりも建物の背景にブナ林があり、

遊歩道も整備され、身近にブナ林を散策でき、芽吹き、新緑、若葉の春の情景、

夏はたわわな葉で涼しく、
錦繍の時節には、黄色、朱色などに染まり、そして落葉、
そして落葉樹は舞い降る雪となり、静寂な冬眠のような情景、
いずれの季節も、多くの方たちに魅了させる稀な立地かしら、と私なりに思ったりしている。
そして数多くある観光ホテルより、館内の建物、人も、 素朴さと品格のある圧倒的な存在さである。
この蔦温泉の旅館、ブナ林を私たち夫婦が初めて知ったのは
5月24日に東京駅から秋田新幹線『こまち』で秋田駅に着いた後、
『リゾートしらかみ』に乗り換えて北上し、ウェスパ椿山駅で下車した後、
日本海に面した青森県の黄金崎温泉の『不老ふ死(ふろうふし)温泉』の新館に3泊した。
この後は、『リゾートしらかみ』で北上し青森駅の終点まで、
そして竜飛岬まで津軽腺とバスを利用して、竜飛温泉の『ホテル竜飛』で3泊したが、
幼年期に農家の児として育てられた私は山里の情景も恋しく、旅先の3週間前の頃に追加した。
そして青森駅前よりバスで70分ぐらい乗った先の山里にある酸ケ湯(すかゆ)温泉の『酸ケ湯温泉旅館』に1泊した後、
たまたま蔦温泉の『蔦温泉旅館』の西館に2泊した体験であった。
ときおり旅先で辛らつな言葉を発言する家内さえ魅了された蔦温泉旅館であったので、
今回の再訪となり、前回に宿泊した部屋を指定して、4連泊としたのである。

正面玄関に隣接しているロビーというより談話室の感で、
トチの樹のコブを生かした板張りで、薪(まき)ストーブ、石油ストーブが暖となっていた。
薪(まき)ストーブは、薪が燃え、はじける音が静かな室内に響き、
私は滞在中に幾たびか談話室に訪れ、この薪が燃えながら、時折はじける音が魅了されていた・・。
壁面にひとつの絵が掛けられて折、
山里のゆるやか斜面には残り雪があり、数多くの落葉樹の根元周囲だけは雪が解けて、
芽吹きからたわわな幼い葉が見られ、
遠方の頂上の付近には常緑樹の中、落葉樹が赤めの芽吹きが観られて春紅葉の情景となり、
私は幾度も眺めたりしていると、
秘かな『春待ちわびる晩冬の山里の雪解け』と命名していた。
窓辺は木枠のガラス戸、厚手のビニール越しに15センチぐらいの細い丸太が、
幾重にも縦横と縄で縛った雪囲いが、地上から二階の棟まで傾斜して建てられていた。
私はこの雪囲いの丸太に、雪が積もったり、その下に氷柱(つらら)が競うように並び、
柔らかな陽射しを受けると、やがて激しい音と共に地表に落下した。
そして、厚手のビニールは、暖房もさることながらも、木枠のガラス戸を保護することも、
学びながら、私は見惚(みと)れたりしていた。
そして滞在している中、再訪するブナ林は、雪の降りはじめた12月の機会に、
森閑する中を散策したい、という願いも私達夫婦にあった・・。
到着した翌日の午前10時前、私達は防寒服、防寒登山靴、そして防寒帽子で身を固めて、
旅館の横手にある遊歩道を歩きはじめた・・。
積雪は20センチ前後で、吹き溜まりは30センチぐらいで、
遊歩道であるがこの冬の時節には、もとより除雪はされていなく、
ブナ、ミズナラの大木が数多く聳(そび)える中を歩いた・

そしてヤダモチ、オニグルミ、サワグルミなどの枝、小枝にわずかに雪が積もって折、
ときおり微風が吹くと、小枝は揺れて、花吹雪のように雪が空中を舞うように、
ゆっくりと地上に散乱した。
この後、ふたたび森閑とした森に還り、静寂となった。
このような情景に見惚(みと)れながら、ときおり立ち止まりデジカメで撮ったりし、
雪を掻き分けるように蔦沼までの遊歩道らしき路を歩いた。
蔦沼は、氷結はしていなかったが、森厳の中、静寂であった。
帰路も雪と戯れるように、ゆっくりと歩いたりしていたので、
2時間ばかり過ごした後、手先に寒さを感じ、遊歩道の入り口にあるビジターセンターに戻ったりした。
こうした中で、私たち夫婦は、蔦温泉に滞在している間、冬の奥入瀬渓流の散策を予定し、
当初は蔦温泉より11時32分発の一番バスの路線バスに乗り、
渓流の半ばにある石ケ戸の周辺を散策して、
石ケ戸を午後の2時4分発の路線バスで蔦温泉に戻る計画であった。
もとより冬の奥入瀬渓流の遊歩道に沿った路線バス、トイレも少なく、
今回の旅の往路からの八甲田山連峰のロープウェイの案内スタッフから、
遊歩道、トイレなどの閉鎖箇所もあるので、現地の方、宿泊先に確認されたら、
と教示を受けたりしていた。
私たち夫婦は確か10数年前の真冬の2月、古牧温泉に2泊3日で滞在したいた時、
この観光ホテルのサービスとして、無料の周遊バスで、
積雪の中の谷地温泉の立ち寄り湯、そして焼山の奥入瀬渓流館で自由食、その後は十和田湖までの
奥入瀬渓流の情景を観たりし、魅了されてた。
この時の奥入瀬渓流の遊歩道の近くには、積雪20センチ前後の中、
写真愛好家、絵を描かれる方、散策する愛好家などが見られていたが、静寂であった。
もとより奥入瀬渓流の景観は、多くの方を魅了させる情景であり、
私たち夫婦も現役サラリーマン時代の40代の時に、5月連休、そして夏季休暇を利用して、
北東北の周遊観光団体の旅行で訪れてきたが、私たちのような観光客でにぎわっていて、
とてもゆっくりと遊歩道を散策することはできなかったのであった。
こうしたささやかな体験もあったが、私は迷ったりしていたのである。
私は蔦温泉の館内の談話室で煙草を喫っていた時、
偶然に公衆電話の横にあるタクシー、貸切観光タクシーの料金表が掲載されていた。
たとえば、蔦温泉から石ケ戸まで3500円、蔦温泉から子の口までが5500円、
或いは貸切観光タクシーとしては、蔦温泉~奥入瀬渓流~子の口まで12000円(一時間50分)
と明示されていた。
この後、家内と話し合い、タクシーで石ケ戸、そして阿修羅の流れ付近まで利用しょう、
と思い立ったのである。
翌日の朝の10時、旅館前で私達は前日と同様に防寒着で身を固めて、
残り雪の多い冬晴れの中、タクシーを待ったりした。
まもなく、60代ぐらいのタクシー・ドライバーの方に、
『石ケ戸、そして阿修羅の流れまで・・その後は状況次第で・・』
と私はタクシー・ドライバーの方に言った。
走り出してまもなく、私が首からぶらさげたデジカメを見て、
『ご主人・・写真がお好きなんですか?』
とドライバーの方は私に言った。
このひと言が、私たち夫婦とドライバーの方との三人だけの物語の始まりであった。
ドライバーの方は、旅行の写真専門誌に幾たびか掲載される写真を撮る名手である、
とこの後に私は知ったりした。
そして途中でタクシーを停めて、
この風景が宜しいかと思いますが、と私にアドバイスをして下さったのである。
その後も私たち夫婦に微笑みながら、道脇から渓流沿いの冬季に閉ざされた遊歩道を案内して下さったり、
私たち夫婦の記念写真まで撮って頂いたりした。
そして、何気ない会話を重ね、すっかり意気投合したかのように、
幾たびか停止し、私はデジカメで冬の奥入瀬の情景を撮ったりした。





結果としては、十和田湖の湖岸のひとつ子の口まで行き、湖岸の波打ち際の氷柱を観たり、
湖岸の樹木の根に氷柱の情景も教示して頂いたりした。


帰路も渓流の14キロぐらいの道のりを利用したが、
路面は除雪の後の真っ白な道、道路の路肩は除雪の雪で60センチぐらい、
そして周辺の樹木は雪をたたえて、ときおり雪が舞い降る情景であった。
何よりも驚いたのは、この時節に渓流の遊歩道を散策する観光客もいなく、
この長い道のりで、人影を見かけたのは自治体の職員らしい方を石ケ戸の休息所の館内に3名、
そして道路を補修管理されている方が3名だけで、
まるで奥入瀬渓流を私たち夫婦が借り切ったよう錯覚さえ感じたりした・・。

この12月中旬の時節は、もとより働いて下さる諸兄諸姉は師走の時などで、
より一層奮闘される時であり、
学生たちも期末試験、主婦の方は年末を控え何かと多忙な時、
中小業で35年近く悪戦苦闘が多い後に年金生活をしている私に許された特権かしら、と感じたりした。
そして私達は蔦温泉までの時を略歴を交わしながら楽しげに話し合ったりし、
映画の話になり、私よりひとつ齢上の方と判明し、互いに笑ったりしていた。
家内も、ときおり言葉を重ねて、談笑した。
旅館前に帰還した私たち夫婦に、
『後ほど・・この旅館にご夫妻の記念写真をお届けいたします』
とドライバーの方は明るい表情で言った。
二時間後、このドライバーの方は、ご自身が撮られた特選の奥入瀬の若葉の頃、
そして錦繍の頃、いずれも美麗な二葉の四つ切写真であり、
私たち夫婦の写真も備えられて、届けられた。
この世に一期一会(いちごいちえ)という言葉があるならば、
こうしたことの意味合いかしら、と私は家内と微笑んだりし、
ドライバーの方の表情、しぐさを思い重ねたりした。
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