「あほリズム」
(500)
「一、未知の事物の認識と確実性に到達するには、認識と確実性に
おいてその未知の事物に先立つほかの事物の認識と確実性によるほ
かない。」スピノザ著「デカルトの哲学原理」畠中尚志 訳から岩波
文庫(青615-⑧)「幾何学的方法で証明された哲学原理」第一
部(公理)より
われわれが「世界とは何か?」と問う時、われわれは生まれ堕ちる
前に先立つ認識と確実性を何一つ持ち合わせないので、この世界の認
識と確実性には到達できない。
(501)
つまり、主観なくして客観は生まれない。
(502)
では、主観は何によってもたらされるのか?
生物学的強制(ニーチェ)、つまり本能である。
(503)
認識と確実性が本能(身体性)によるとすれば、われわれの
身体的能力を越えた認識と確実性に到達することはできな
い。つまりわれわれの世界認識は人間固有の認識と確実性
でしかない。たとえば、愛猫のゴンちゃんにいくらわれわ
れの世界認識を説明しても決して判ってくれない。それで
は彼はまったくの無知かと言えばそんなことはない。今朝
も私の枕元にスズメを捕まえてプレゼントしてくれるほど
頭のいい奴だ。ただ彼は私のように理性によって世界を認
識したりしないだけだ。そして私も《また》理性でしか世
界を認識しようとしないだけだ。