「アキレスと亀 異聞④」
若いアキレスは先にスタートした老いた亀を追い駆けた。アキレスは
すぐに亀に追い付いて追い越そうとしたとき、亀が振り返って話しかけ
た。
「よ若いの、もう追い付いたのか。さすが速いね」
アキレスは、
「悪いけど先に行くよ」
すると亀は、
「まあ、そんなにあわてるなって。おれだって始めからおまえに勝てる
なんて思っちゃいないんだから」
その言葉を聞いてアキレスは立ち止まった。すると亀は、
「ところでおまえ、ゼノンのパラドックスって話知ってるか?」
「さあ、知らない」
「なんじゃ、主役のおまえが知らなけりゃあ話しになんねえだろうが」
「えっ、どんな話?」
「まさにこの状況がそうなんだけれど、おまえがおれに追い付くまでに
おれもそれなりに進んだだろう」
「いやあ、亀ってもっとのろいもんだと思ってましたよ」
「お世辞はいいから。つまり、おまえがおれに追い付くまでの間におれ
も更に前に進む」
「ええ」
「よく考えてみろよ、それを繰り返している限りお前はおれを絶対に追
い越せないってことにならないか?」
「そうかっ!」
アキレスは亀の話を聴くと忽ちパラドックスの呪縛に囚われて足が強張
って走れなくなり、亀の後をトボトボとついて行くしかなかった。つま
り、アキレスは亀を追い越すことが出来なかった。
(おわり)