「無題」
(八)―②
連休に入ると忙しくなるのは売場だけではなかった。足し算くら
いならできる手の空いた者は猫の手の代わりに店頭に駆り出されて、
人手を取られた事務所には私だけでは処理できないほどの伝票の山
が積み上げられていた。そんな朝早くから、かつての部下だった営
業の男、この男は吉田と言って私が店先で始めた野菜の百均市を引
き継いでくれていたのだが、彼からデンワが掛かってきた。もちろ
ん、それまでにも何度も並べる商品についての遣り取りはしていた
が、そして、その中には例のチョイ悪親父のトマトもあった。私が
「むかしのトマト」と表示するように言って並べさせたところ瞬く
間に売り切れて今では百均市の人気商品だった。それは今年は、と
は言ってもこのところ例年のことだが、春先の不安定な気候のせい
で品薄から野菜が高騰したことが大きな要因でもあった。私は、さ
らに、チョイ悪親父に薦められて、瓜のように巨大な地這いキュウ
リまでも置いたところ評判が良く月曜の百均市は盛況していた。た
だ、いくら良く売れるからといってもすぐに作れないのが自然の恵
みだった。
「どうした吉田?」
「すみません朝から。実は、仕入れの担当者からコンプレ(不満)受
けまして」
「何て?」
「勝手に増やすなって」
「ちゃんと仕入れを通してるだろ」
「それが、捌けるもんだから通さずに増やしたんですよ」
「どれだけ」
その量は当初よりは倍増していた。とはいってもチョイ悪親父も
三棟のハウスでまかなうには限界があった。吉田は、
「木下さんも、もうこれ以上は出せないってとは言ってました」
木下さんとはチョイ悪親父の名前だった。
「だろ?その程度なら問題ないさ」
私は、かつて任されていた仕事だったので事情はよく解った。つま
り、新たな仕入れ先からのものが売れるとこれまで取引していた仕
入れ先がいい顔をしなくなって仕入れしにく くなるということだろう。
「それで、店内のトマト落ちてんの?」
店先の百均市のトマトが売れると店内のトマトの売れ行きが落ちる
のは当然の成り行きだった。
「いや、そんなことはないですけど、ただ、今はものが少ないんで
様子が見えないですから」
「そうだよな」
さっきも言ったように、自然の恵みは思い通りにはならない。生産
者にしてみれば作った野菜をどこに出すかは前年実績に従って割り
振るしかない。小売業者にしてみれば仕入れを減らすことはこれか
らの仕入れが難しくなるのでそれだけはどうしても避けたい。流通
システムの中でそんな持ちつ持たれつの関係が築かれ、新規参入者
を締め出す装置になってしまっている。況して、それがオーガニッ
クや無農薬を謳うなら、農薬に頼った既存の生産者は厳しい目を向
ける。オーガニック野菜が人気になってもスーパーの店頭に並ばな
いのは量が足らないということもあるが生産者が量産できずに困る
ので締め出しているからなのだ。もっとはっきり言えば、農薬が売
れなくなる組合が困るから出荷の独占を盾にして締め出しているの
だ。もちろん薄利多売のスーパーもそれに同調している。しかし、
それらを根底で支えているのは消費者の購買動向である。
(つづく)