「西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄」マルクス/ヘンリクス 千葉敏之訳 講談社学術文庫 2010.5.12発行
本書はラテン語から翻訳されたものである。
本書で書かれた死後の世界への経験談は西暦1100年代の記録である。
第1部 トゥヌクダルスの幻視
修道士マルクスが修道院長に献呈したヒルベニア(現在のアイルランド)人トゥヌクダルス幻視の記録である。トゥヌクダルスは貴族の位をもつ騎士であったが、神への信仰心はさらさらなかった。あるとき、彼は発作を起こし三日三晩、死者のように横たわってしまった。トゥヌクダルスの魂は彼の肉体から離脱し、震えおののいていた。
トゥヌクダルスの魂は死の世界へとさまよった。神は天使を送りトゥヌクダルスの魂の同伴者とした。トゥヌクダルスは九つの特徴的な拷問場を巡り悪霊たちから多くの罪人の魂と共に懲罰に合せられる。そしてついに地獄へ案内され、人間の敵である悪魔に会わせられる。
無数の人間の魂と悪霊が集められ、地獄へと落とされていた。トゥヌクダルスは天使の助けにより地獄を離れ、闇を越え光の中へ導かれさらに上昇した。そして安心感と歓喜と幸福に満たされ、次から次へと九つの栄光の場を案内された。ついに世界の全貌が見渡せ、大いなる知識が与えられもはやなにも質問する必要もなかった。
トゥヌクダルスはこの場所にとどまりたいと思った、しかし、天使はトゥヌクダルスに元の肉体に戻り、見たもの全てを隣人たちのために役立てるようにと告げ、かつての悪しき行いから遠ざかるようにと諭した。そしてトゥヌクダルスは元の肉体に戻っていた。
その後、彼は神を信じ、自分の持っていたものを貧者に分け与え、神の御言葉を大いなる敬虔さと謙虚さとで人々に説いて生きたという。
第2部 聖パトリキウスの煉獄譚
聖パトリキウスの前に主イエスは姿を現されて、ある場所にある坑(あな)を示され、真実の信仰によって武装したものがこの坑に入れば、この坑を通り抜け悪人たちの拷問場や聖者たちの享楽の場をも見るだろうといわれた。聖パトリキウスによりその坑のある場所に教会が建てられ、抗は厳重な管理がされるようになった。
ある年、オウエインという名の騎士が坑に入りたいと申し出た。司教による様々のテストの結果オウエインは入抗を許され煉獄に入った。たとえいかなる時も主イエス・キリストの名を呼ぶようにと、神の御使いが導いた。オウエインはその後、十の責め苦を次々と受けるが、そのたびにキリストの名を呼び難を乗り切ってゆく。第十番目の責め苦として現れたのは、冥府の川であった。その川の上には悪臭が充ち硫黄の火の炎が覆っていた。
川に渡される橋を渡ると、そこには光輝く楽園があった。騎士は聖者たちと会い、天上の食物が供された。だが、この世に戻るようにといわれる。そしてこの世に戻ったオウエインは高潔で敬虔な生涯を送った。
死後の世界を巡っていたそのとき、絶えず騎士を助けたのはイエス・キリストの名前を呼ぶことだったという。これこそが彼の守護者であり、神からおくられた聖霊であった。
第1部、第2部共に死後の世界に行き、煉獄と天国を体験し、この世に戻った人の記録である。
第1部の騎士は、臨死体験の結果、死後の世界をかいま見て、その結果、改心しこの世に戻ってからは、神を崇める敬虔な信仰の生活をおくった。
第2部の騎士は生きて肉体を伴ったまま、秘密の坑から煉獄と天国とを体験した。この世に戻ってからも以前にも増して敬虔な信仰生活を送った。
興味深いのは、第2部の場合である。騎士オウエンは、臨死体験の場合のような幽体離脱をして死後の世界に行ったのではなく、肉体を伴って行ったのである。肉体を離れて霊魂だけになった場合もあったようではあるが明確ではない。この死後の世界への入り口の坑はかつては秘密のうちに管理されていたが、その後1497年に教皇の命令で破壊され閉鎖され不明になった。
12世紀の前半といえば、十字軍が活躍した時代である。この中世の世界の人々のあいだでは死後の世界との交流が熱心に希求されていたが、それを実現できる人はごくごく限られた人であった。中途半端な気持ちで坑に入った人は二度とこの世に戻らず本当に死んだそうである。
煉獄と栄光の場を無事に巡視してこの世に生還した人は肉体と霊魂に実体的な変化を遂げ、真に神の言葉を伝授しうる資質を備えたのである。
ともあれ、現実の世界に死後の霊世界への入り口が存在していたということは、興味深い。
第1部、第2部共に死後の世界に行き、煉獄を体験した二人の騎士は、主イエス・キリストから賜った聖霊の支えと導きが人生に欠かせないものであったことを実感し、この世に戻ったときにもその確信は増しこそすれ、衰えることはなかった。
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