おてんとうさんのつぶやき & 月の光の思案 + 入道雲の笑み

〔特定〕行政書士/知的財産管理技能士/国家試験塾講師等が生業の巷の一介の素浪人の日常

子の心

2009-09-04 | ■ サマザマな おはなし



まり話題になっていないようなので(なっているのかな?)
本人はどう思っているのかも皆目ワカリマセン(当然といえば
当然)が
記します


ある知事の子供さんが
国政選挙に挑みました

最後の最後まで 選挙応援演説要請などを
しなかったとの息子さん

結果は ことをなし得なかった
そのときの 落選者の親のコメント

“あの子は偉かった 最後まで私に応援要請をしなかった”
という趣旨のテレビコメント

違和感を感じざるを得なかったです 私は

第一 子供さんにとっては 事が決定した後の場面でも
    今回の選挙戦中での親との繋がり
    影響力が作用はしたのだろうかな?というような
    解釈をされる虞のある登場は迷惑だったのでは
    あえて 親色を一切排除し 男気をその点では貫き
    たかったはず(普通は? 当初から応援活動要請し
    公人たる立場上さしたることはできずとも
    有名人たる親を頼るに
    今どきの風潮からは違和感無し
    でも あえてしなかった 何かを期していたから・・・   
    親としては その心を酌み 徹底して不登場を貫き 
    コメントも控えるべきだった
    それが 子供さんの欲していたところだったのでは

    親バカともとれる 
    そうして 敗軍の将の潔さを汚した発言とも
    とれる不始末を曝す結果となったとも見えた

    私には です よ

第二  “私が 応援演説等をしていたなら 
     わが子は当選していたはず”
     と言っているようなものだ との理解を
     多くの視聴者にもたれた可性を否定できない
     私個人は 観ていて不快感を覚えました
     「自信過剰ともとられかねませんよ あのコメント」
     ということ 

        子供さんは ドンナ気持ちで観ていたでしょう
     “いい加減にしてくれよ 俺は最後まで
     自分の力で立っていたいんだ つらい場面でも
     ひとりの 一人前の男として”と 
     言っているかも
     涙色の心の中で


ほかにも ありますが止めときます
もっとも このブログを万が一
ご本人が眼にすることがあったとしても
なんということも もちんありませんでしょうが・・・


偉そうなことを言ってますが ダメおやじだからこそわかる?
ということもあるのです
複雑な心模様を

親馬鹿 

物悲しい言葉でもあります

(個人的には この方の小説も読ませていただきますし 政治活動も
それなりの評価はしていますが いただけない行状は
身内のことに関しという部分に散見されることがあり
難しいものだなと思っております)

見当はずれもいいところの記事でも というつもりでは
記しましたが 名誉を傷つけるような心はまったく
ありませんし
万が一そのような状況である場合は 心から陳謝します

                           

 

 


      

 

    

      

 
   


公証

2009-09-04 | ■ 業 務 エ ッ セ イ


法律に関わっているので
というわけでもないでしょうが
一般の方から見ると 少しばかり?
変わった人
と思えることもあるでしょうね

ときに こう言われます
“そんなことまでも不思議に思っいては
身がもたないでしょう そうでもないですか?
おもしろいところが気になるタイプなんですね 
先生らしいといえば先生らしいけど・・・”



私は 畠山徳男と記して
ハタケヤマトクオ と呼びますが
ノリオと読まれることが 約7割 ハタヤマが3割
どうしてその割合になるのか理由は よくはワカリマセン
昨日も 配達の方に 
ハタヤマ ノリオさん
ですね
と言われ
ハタケヤマ です  
トクオ といいます との いつものヤリトリ



人名の呼び方(正確に言うと 人名に使った
戸籍上の漢字の読み方)
に公証手段はありません
つまり 自分の名の 読み方は
苗字は○○○ 名は△△△
が正しいのです と主張しても 公権的な主張ではない
ともとれるのです

例えば 子の名を
 と戸籍届け 表記し 
日常的に ルナ と呼ばせていても 可
というより 公証手段がないし 
原則 なんらの制限も無い
ということになるのです(細かい場面でのことは省きます)


A地方で長年暮らした独身の方が 
知人などに逢いそうも無い
B地方に転居することに
という場合
それ契機に トクオという呼び方をノリオと徹底する
住民票の提出を求められる場面でも
戸籍提示の場面でも 何ら問題無し
公証手段は無いのですから 
何らの支障なし(身を隠して生活し
トクオを事実上抹消し ノリオに生まれ変わり
新たな人生のスタートとする
知らない人ばかりの世界では 
挨拶無しでもなんらの不都合も無く?
疑いもかけられない・・・かも
推理小説につかえる構図のような?)

古川 円 (フルカワ マドカ)
      (コガワ エン)
      (コカワ マルミ)
他にも いろいろ可能 というより制限無し
極端に言うと (コセン ツブラ)(フルガワ アマネ)
でも そのように読んでください といえばそれまでのこと
ともいえるのです(再三言うように 公証不可なのです)
《この人名は もちろん 例です 他意はありません》

現在は 戸籍にも住民票にも
発行される公的書面上に振り仮名はついていません
(もっとも超例外的運用があるかも?
いまだ 振り仮名付き住民票がある地域もあるとか・・・
検索手段として役所などで振り仮名を利用するということは
あります 読み方は そのぐらいの効用で運用されていて
法的効力は無い と言えると思います)


仕事上 公証制度という観念には とても注意を払います
住所ということに関しても
住所という民法上の概念というより
実務的表記を公権的に決定する最終権原はどこにあるのか

関連すると思われるのは 一般的な表記で言うと
住民課・都市計画課・道路整備課・資産税課等々の
各地方行政単位部
そして 
地番など公簿管理公表役どころの 法務行政部たる登記所
そうして
その地その地の慣例・慣習
などなど

住所は結局 何処の誰が最終的に
また 公権的に決めているの?
先日もある部署にお伺いしましたが いまひとつ
ハッキリしないようで?・・

私の単なる認識不足ということ? かも知れません



気になることがタクサンあります
もちろん 私の勉強不足によることも多くありますが・・
事と場合によっては
仕事上でもハッキリさせないと どうにも気持ちが悪く
結局 コダワリに 追いかけられることになります

(記述に正確さを欠く箇所があるような気がしますが ズバッと記しています お許しを)