竹取翁と万葉集のお勉強

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新撰萬葉集(新撰万葉集)原文 和歌及び漢詩 第二部

2013年11月23日 | 資料書庫
新撰萬葉集 上巻

<第二部>
秋歌卅六首
歌番43 在原棟梁
漢詩 商飆颯颯葉軽軽 壁蛬流音數處鳴 曉露鹿鳴花始發 百般攀折一枝情
読下 商飆(しょうひょう)颯颯にして葉は軽軽、壁蛬(へききょう)は音を流し數處(しゅしょ)に鳴く、曉の露に鹿は鳴き花始めて發き、百(もも)の般(たぐひ)を攀じて折る一枝の情。
和歌 秋風丹 綻沼良芝 藤袴 綴刺世砥手 蛬鳴
読下 あきかせに ほころひぬらし ふちはかま つつりさせとて きりきりすなく
解釈 秋風に花が開いてきたようだ、藤袴よ、その藤袴の言葉の響きではありませんが、袴の裾が綻びているから、綴り刺せと、キリギリスが鳴いています。
注意 皇后宮歌合 歌番94

歌番44 文室朝康
漢詩 秋風扇處物皆奇 白露繽紛乱玉飛 好夜月来添助潤 嫌朝日往望為晞
読下 秋風は處物を扇(ふ)きて皆奇にして、白露は繽紛(ひんふん)にして乱玉を飛す、好むは夜月の来たり添へて潤を助くを、嫌(いと)ふは朝日の往(きた)るを望みて晞(あけ)るを為すを。
和歌 白露丹 風之吹敷 秋之野者 貫不駐沼 玉曾散藝留
読下 しらつゆに かせのふきしく あきののは しらぬきとめぬ たまそちりける
解釈 葉に置いた白露に風が吹き敷く、その秋の野では、葉に置く白露を貫き止められない珠として、風に散りました。
注意 皇后宮歌合 歌番90

歌番45 素性法師
漢詩 秋来曉暮報吾聲 蟋蟀高低壁下鳴 耿耿長宵驚睡處 誰言愛汝最丁寧
読下 秋来たりて曉暮に吾が聲を報じ、蟋蟀は高く低く壁下に鳴く、耿耿たる長宵に睡を驚かす處、誰か言(かた)らむ汝を愛むるは最とも丁寧なりと。
和歌 吾而已哉 憐砥思 蛬 鳴暮景之 倭瞿麥
読下 われのみか あはれとおもふ きりきりす なくゆふくれの やまとなてしこ
解釈 私だけが淋しいと思うだろうか、キリギリスの鳴く夕日の中に咲く大和撫子の姿を。
注意 古今和歌集 歌番244 古今では句に異同あり。

歌番46 紀友則
漢詩 聽得帰鴻雲裏聲 千般珍重遠方情 繫書入手開緘處 錦字一行涙數行
読下 聽くを得たり帰鴻の雲裏の聲、千に般(および)て珍重す遠方の情、書を繫ぎて手に入れ緘(かん)を開く處、錦字に涙は數(あま)た行(な)がる。
和歌 秋風丹 鳴雁歟聲曾 響成誰歟 玉梓緒 懸手来都濫
読下 秋かせに なくかりかねそ ひひくなる たかたまつさを かけてきつらむ
解釈 秋風に乗せて鳴く雁の音が響いている、誰の立派な玉梓の伝言を身に掛けて北から飛んで来たのでしょうか。

歌番47 小野美材
漢詩 女郎花野宿羈夫 不許繁花負萬區 蕩子従来無定意 未嘗苦有得羅敷
読下 女郎(おみな)の花(さ)く野に羈夫は宿りて、許さず、繁花の萬區を負(にな)ふを、蕩子は従来(もとよ)り意(こころ)の定まること無く、未だ嘗つて苦(つと)めて羅敷(らふ)を得ること有らむや。
和歌 女倍芝 匂倍留野邊丹 宿勢者 無綾泛之 名緒哉立南
読下 をみなへし にほへるのへに やとりせは あやなくあたの なをやたてなむ
解釈 女性に例える女郎花が美しく咲いている野辺で一晩明かせば、実際は何も無いのにどこかの女と夜を共にしたとの噂で名前が立つでしょう。
注意 皇后宮歌合 歌番88 二句目が「おほかるのへに」と異同があります。

歌番48 佚名
漢詩 秋天明月照無私 白露庭前似乱璣 卞氏将来應布地 四知廉正豈無知
読下 秋天の明月は照らすに私(わたくし)は無く、白露は庭前の乱璣(らんき)に似る、卞氏(へんし)は将に来たりて地に布(いきわたら)すに應たへ、四知廉正なり、豈に知るは無きや。
和歌 秋之夜之 天照月之 光丹者 置白露緒 玉砥許曾見禮
読下 あきのよの あまてるつきの ひかりには おくしらつゆを たまとこそみれ
解釈 秋の夜の天空で照る月の光によって、草葉に置く白露を珠とばかりに見ることが出来ます。
注意 皇后宮歌合 歌番98

歌番49 佚名
漢詩 秋芽一種最須憐 半萼殷紅半萼遷 落葉風前碎錦播 垂枝雨後乱絲牽
読下 秋芽(はぎ)は一(ひとつ)の種(たねくさ)にして最も憐れむを須(もと)め、半ば萼(はなぶさ)は殷紅して半ば萼は遷る、落葉は風の前に碎(ち)ちて錦を播き、垂枝は雨の後に乱れ絲を牽(ひ)く。
和歌 白露之 織足須芽之 下黄葉 衣丹遷 秋者来藝里
読下 しらつゆの おりたすはきの したもみち ころもにうつる あきはきにけり
解釈 白露が織り出す萩の下葉の紅の葉色、その様をこのように衣の模様に移る秋の季節がやって来ました。
注意 皇后宮歌合 歌番102 二句目が「そめいたすはき」と異同があります。

歌番50 機織女
漢詩 爽候催来両事悲 秋鴻鼓翼與蟲機 含毫朗詠依人處 專夜閑居賞一時
読下 爽候(そうこう)は催し来りて両事は悲しく、秋鴻は翼を鼓し蟲は機(はた)を與(な)す、毫を含みて朗詠す人の依る處、專ら夜は閑居して一時を賞す。
和歌 鴈歟聲之 羽風緒寒美 促織之 管子纏音之 切切砥為
読下 かりかねの はかせをさむみ はたおりの くたまくおとの きりきりとする
解釈 雁がねの姿は風を寒いと思うのか、機織り女の異名を持つキリギリスが機織りの管巻に糸を巻く音のようにキリキリと鳴いている。
注意 皇后宮歌合 歌番100 二句目が「かせをさむみや」と異同があります。

歌番51 在原棟梁
漢詩 蘆花日日得風鳴 更訝金商入律聲 従此擣衣砧響聒 千家裁縫婦功成
読下 蘆花は日日に風を得て鳴り、更に訝(むか)へむ金商(きんしょう)の聲の律に入るを、此に従り擣衣(とうい)の砧(きぬた)の響きは聒(かまびす)く、千家の裁縫の婦の功は成る。
和歌 花薄 曾與鞆為禮者 秋風之 吹歟砥曾聞 無衣身者
読下 はなすすき そよともすれは あきかせの ふくかとそきく ころもなきかな
解釈 花ススキ、そよ風に揺れれば、秋の風が吹き出すのかと感じるでしょう、すすし(生絹)の一重の衣だけで重ねを持たない花ススキは。
注意 皇后宮歌合 歌番104

歌番52 在原棟梁
漢詩 秋日遊人愛遠方 逍遙野外見蘆芒 白花搖動似招袖 疑是鄭生任氏芳
読下 秋日、遊人は遠方を愛で、逍遙して野外に蘆芒を見る、白き花は搖動し招く袖に似、疑ふらくは是れ鄭生が任氏の芳(かんばせ)か。
和歌 秋之野野 草之袂歟 花薄 穗丹出手招 袖砥見湯濫
読下 あきののの くさのたもとか はなすすき ほにいててまねく そてとみゆらむ
解釈 秋の野の草の袂だろうか。花すすきが穂に咲き出て、その姿で風に揺れる様が人を招く袖のように見えます。
注意 皇后宮歌合 歌番86

歌番53 佚名
漢詩 野樹班班紅錦装 惜来爽候欲闌光 年前黄葉再難得 争使涼風莫吹傷
読下 野樹、班班にして紅錦を装ひ、来たるに惜しむ爽候の闌光(らんこう)を欲するを、年前には黄葉の再び得るは難く、争(いか)でか涼風の傷(かなしみ)を吹くこと莫からしめむ。
和歌 不散鞆 兼手曾惜敷 黄葉者 今者限之 色砥見都例者
読下 ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
解釈 まだ散っているのではないが、以前から思っていた散るのが残念な紅葉は、今が盛りの限りです、その色模様を眺めていると。
注意 皇后宮歌合 歌番96

歌番54 佚名
漢詩 秋雁雝雝叫半天 雲中見月素驚弦 微禽汝有知来意 問道丁寧早可傳
読下 秋雁は雝雝(ようよう)として半天に叫(な)き、雲中に月を見て素(しろ)き弦に驚く、微禽(びきん)たる汝、来意を知ること有らば、道を問ふに丁寧に早く傳たふべし。
和歌 雁之聲 風丹競手 過禮鞆 吾歟待人之 言傳裳無
読下 かりかねは かせにきそひて すくれとも わかまつひとの ことつてもなし
解釈 雁が音は風の流れに競って通り過ぎていくが、雁が手紙を運ぶと言うあの雁書の伝説ではありませんが、私が待つあの人からの言伝がやって来ません。
注意 新古今和歌集 歌番500

歌番55 佚名
漢詩 寒螿乱響惣秋林 黄葉飄飄混數音 一一流聞邕子瑟 閨中自此思沉沉
読下 寒螿(かんそう)は乱れ響(とよ)みて秋林に惣(あつ)まり、黄葉は飄飄にして數(あまた)の音を混らす、一一(おのおの)は流(さすら)ひ邕子の瑟を聞き、閨中にして此れ自り思ひは沉沉たり。
和歌 秋之蝉 寒音丹曾 聞湯那留 木之葉之衣緒 風哉脱鶴
読下 あきのせみ さむきこゑにそ きこゆなる このはのきぬを かせやぬきつる
解釈 秋の季節の蝉の鳴き声は寒い声とばかりに聞こえます、木の葉の衣を風が脱がしたようです。
注意 皇后宮歌合 歌番112 四句目「このはのころもを」と異同があります。

歌番56 佚名
漢詩 終日遊人入野山 紛紛葉錦衣戔戔 登峰望壑回眸切 石硯濡毫楽萬端
読下 終日(ひねもす)、遊人は野山に入り、紛紛たる葉は錦を衣(まと)ひ戔戔たり、峰に登り壑(たに)を望みて眸を回(めぐ)らすこと切にして、石硯に毫を濡らし楽みは萬端なり。
和歌 日夕芝丹 秋之野山緒 別来者 不意沼 錦緒曾服
読下 ひくらしに あきののやまを わけくれは こころにもあらぬ にしきをそきる
解釈 一日を過ごす、その秋の日に野山に分け入ってやって来ると、思いもがけずに紅葉から錦の衣を着た思いです。
注意 皇后宮歌合 歌番84

歌番57 佚名
漢詩 秋山寂寂葉零零 麋鹿鳴音數處聆 勝地尋来遊宴處 無朋無酒意猶冷
読下 秋山は寂寂にして葉は零零、麋鹿の鳴く音を數(あまた)の處に聆(き)く、勝地を尋ね来たりて遊宴の處、朋無く酒無くして意(こころ)は猶も冷(さび)し。
和歌 奧山丹 黄葉蹈別 鳴麋之 音聽時曾 秋者金敷
読下 おくやまに もみちふみわけ なくしかの こゑきくときそ あきはかなしき
解釈 山の奥で降り散り積もった紅葉を踏みながら妻を求めて鳴く雄鹿の声を聞くとき、秋の季節は切なく感じます。
注意 皇后宮歌合 歌番82

歌番58 佚名
漢詩 鳴雁鳴蟲一一清 秋花秋葉斑斑聲 誰知両興無飽足 山室沉吟独作情
読下 雁鳴き蟲鳴きて一一(おのおの)は清(すがすが)し、秋花秋葉、斑斑たる聲、誰か知る両に飽き足ること無きを興(な)すを、山室にして沉吟に独り情を作(な)す。
和歌 雁之聲丹 管子纏於砥之 夜緒寒美 蟲之織服 衣緒曾假
読下 かりかねに くたまくおとの よをさむみ むしのおりきる ころもをそかる
解釈 床にあって雁の「カリカリ」と鳴く、機の糸管を巻くような声が寒いので、機織りと名を持つ虫(キリギリス)が織り出すでしょう、衣を着ます。
注意 皇后宮歌合 歌番106 二句目「おとろくあきの」と異同があります。

歌番59 藤原菅根
漢詩 唳唳秋雁乱碧空 濤音櫓響響相同 羈人舉楫櫂歌處 海上悠悠四遠通
読下 唳唳たる秋雁は碧空に乱れ、濤音(とうおと)の櫓、響響にして相ひ同じ、羈人は楫を舉げ櫂歌(とうか)する處、海上悠悠して四遠に通ず。
和歌 秋風丹 音緒帆丹舉手 来船者 天之外亘 雁丹曾阿里藝留
読下 あきかせに こゑをほにあけて くるふねは あまのとわたる かりにそありける
解釈 秋風に帆を張り、船頭たちが声張りあげやって来る船は、実は天の水門を渡る雁の群れでした。
注意 皇后宮歌合 歌番110 三句目「ゆくふねは」と異同があります。

歌番60 佚名
漢詩 独臥多年婦意睽 秋閨帳裏舉音啼 生前不幸希恩愛 願教蕭郎任馬啼
読下 独臥多年、婦の意(こころ)に睽(そむ)き、秋閨の帳(とばり)の裏(うち)に音を舉げて啼く、生前不幸にして恩愛は稀なり、願くは馬啼を任(あや)つる蕭郎(しょうろう)を教(さず)けむことを。
和歌 秋山丹 恋為麋之 音立手 鳴曾可為岐 君歟不来夜者
読下 あきやまに こひするしかの こゑたてて なきそしぬへき きみかこぬよは
解釈 秋山で妻を恋い求める牡鹿が声を張り立てて鳴いている、その姿ではありませんが、泣きだしてしまいそうです、愛しい貴方がやって来ない夜は。
注意 皇后宮歌合 歌番116

歌番61 佚名
漢詩 曩時恩幸絶今悲 雙袖雙眸両不晞 戸牖荒涼蓬草乱 毎秋鎮待雁書遲
読下 曩時(のうじ)の恩幸は絶へて今は悲しく、雙袖雙眸は両に晞(かわ)かず、戸牖(こゆう)荒涼にして蓬草(ほうそう)は乱れ、秋毎に鎮(しず)かに待つ雁書は遲し。
和歌 唐衣 乾鞆袖之 燥沼者 吾身之秋丹 成者成藝里
読下 からころも ほせともそての かわかぬは わかみのあきに なれはなりけり
解釈 唐衣を干しても袖が乾かないのは、私の身が貴方に飽きられ果てて流す涙のためでしょう。

歌番62 佚名
漢詩 秋月玲瓏不別叢 叢間白露與珠同 終宵對翫凝思處 一段清光照莫窮
読下 秋月は玲瓏として叢(くさむら)を別たずして、叢間の白露は珠と同じくす、終宵翫(め)ずるに對(こた)へ思ひを凝す處にして、一段の清光は照り窮むるは莫し。
和歌 秋之月 叢斧栖 照勢早 宿露佐倍 玉砥見湯濫
読下 あきのつき くさむらかけす てらせるは やとるつゆさへ たまとみゆらむ
解釈 秋の月が草むらを欠けることなく一面に照らすので、草葉に置き宿る露でさえも玉のように輝いて見えます。

歌番63 佚名
漢詩 涼飆急扇物先哀 應是為秋気早来 壁蛬家家音始乱 叢芽處處萼初開
読下 涼飆(りょうひょう)は急(にわか)に物の先を扇ぎて哀(さむ)く、應(まさ)に是は秋気の早く来たるを為すべし、壁蛬は家家に音は始めて乱れ、叢芽の處處に萼(はなぶさ)は初めて開く。
和歌 卒爾裳 風之涼 吹塗鹿 立秋日砥者 郁子裳云藝里
読下 にはかにも かせのすすしく ふきぬるか たつあきひとは うへもいひけり
解釈 急に風が涼しくなったのか、秋立つ日とは、なるほど、よく行ったものです。
注意 後撰和歌集 歌番217

歌番64 藤原敏行
漢詩 三秋有蕊號芽花 麛子鳴時此草香 雨後紅匂千度染 風前錦色自然多
読下 三秋に蕊(しべ)が有りて芽花(はぎ)と號(なず)け、麛子(べいし)の鳴く時に此の草は香れり、雨後に紅し匂は千度に染め、風前に錦色は自ら然(しか)なるは多し。
和歌 秋芽之 花開丹藝里 高猿子之 尾上丹今哉 麛之鳴濫
読下 あきはきの はなさきにけり たかさこの をのへにいまや しかのなくらむ
解釈 秋萩の花が咲きました、高砂の山の峰では、今、鹿が鳴いているだろう。
注意 古今和歌集 歌番219

歌番65 壬生忠岑
漢詩 翠嶺松聲似雅琴 秋風和處聽徽音 伯牙輟手幾千歳 想像古調在此林
読下 翠嶺の松聲は雅琴に似、秋風の和する處に徽音(きいん)を聽く、伯牙は手を輟(と)めて幾千歳、像(すがた)を想ひ古の調は此の林に在り。
和歌 松之聲緒 風之調丹 任手者 龍田姫子曾 秋者彈良咩
読下 まつのねを かせのしらへに まかせては たつたひめこそ あきはひくらめ
解釈 松の枝がさせる音に風の調べを任せてみると、あの龍田姫は、きっと、秋にはヒグラシが鳴くように調べを弾くようだ。
注意 皇后宮歌合 歌番30 初句「ことのねを」と異同があり、後撰和歌集と同じです。

歌番66 藤原敏行
漢詩 白露従来莫染功 何因草木葉先紅 三秋垂暮趁看處 山野斑斑物色匆
読下 白露に従来(もとより)、染むる功は莫く、何に因りてか草木の葉は先ず紅なり、三秋に暮(ゆふくれ)は垂(な)らむとし趁(おもむ)きて看る處、山野は斑斑にして物の色は匆(いそが)し。
和歌 白露之 色者一緒 何丹為手 秋之山邊緒 千丹染濫
読下 しらつゆの いろはひとつを いかにして あきのやまへを ちちにそむらむ
解釈 露は色々な色をしているわけではないのに、どうして秋の木の葉をさまざまな色に染めるのだろう。
注意 古今和歌集 歌番257

歌番67 佚名
漢詩 山谷幽閑秋霧深 朝陽不見幾千尋 杳冥若有天容出 霽後偷看錦葉林
読下 山谷は幽閑にして秋霧は深く、朝陽に見ず幾千尋、杳冥(ようめい)に若し天容(てんよう)の出るが有らば、霽(はれ)て後に偷(ひそや)かに錦葉の林を看む。
和歌 秋霧者 今朝者那起曾 龍田山 婆婆曾之黄葉 與曾丹店將見
読下 あききりは けさはなたちそ たつたやま ははそのもみち よそにてもみむ
解釈 秋霧は今朝だけは立つな、龍田山の「ははそ」の木の紅葉の様子を遠くからでも眺めたいから。
注意 古今和歌集 歌番266 三句目「さほやまの」と異同があり。

歌番68 壬生忠岑
漢詩 名山秋色錦斑斑 落葉繽紛客袖爛 終日回眸無倦意 一時風景誰人訕
読下 名山秋色にして錦は斑斑、落葉繽紛にして客の袖は爛(あざやか)なり、終日(ひねもす)、眸を回らし倦む意(こころ)は無く、一時の風景、誰が人は訕(そし)らむ。
和歌 雨降者 笠取山之 秋色者 往買人之 袖佐倍曾照
読下 あめふれは かさとりやまの あきのいろは ゆきかふひとの そてさへそてる
解釈 一雨毎に雨が降れば笠取山の美しく紅葉した葉は、行き交う人の袖までを彩で輝かせます。
注意 是貞親王家歌合 歌番号19

歌番69 藤原敏行
漢詩 秋来野外莫人家 藤袴締懸玉樹柯 借問遊仙何處在 誰知我乗指南車
読下 秋は来るも野外に人家は莫く、藤袴を締め懸く玉樹の柯(えだ)、借問す、遊仙は何れの處にか在る、誰か知らむ我が指南(しるべ)の車に乗るを。
和歌 何人鹿 来手脱係芝 藤袴 秋毎来 野邊緒匂婆須
読下 なにひとか きてぬきかけし ふちはかま あきくることに のへをにほはす
解釈 だれが来て(着て)脱いでいった袴(藤袴)だろう、毎年秋になると野辺を匂わします。
注意 古今和歌集 歌番240

歌番70 紀友則
漢詩 愁人慟哭類蟲聲 落涙千行意不平 枯槁形容何日改 通宵抱膝百憂成
読下 愁人は慟哭して蟲聲に類(たぐ)ひて、落る涙は千行にして意(こころ)は平ならず、枯槁(ここう)せる形容、何れの日にか改め、通宵に膝を抱き百憂は成(つも)る。
和歌 音立手 鳴曾可為岐 秋之野丹 朋迷勢留 蟲庭不有砥
読下 こゑたてて なきそしぬへき あきののに ともまとはせる むしにはあらねと
解釈 声を立てて鳴かないといけないほどの、秋の野に友を見失った虫ではないのですが。(今、どうしていいのかが分かりません。)
注意 後撰和歌集 歌番372 三句目「あききりに」、末句「しかにはあらねと」と異同あり。

歌番71 壬生忠岑
漢詩 試入秋山遊覽時 自然錦繡換単衣 戔戔新服風前艶 咲殺女牀鳳羽儀
読下 試に秋山に入りて遊覽せし時、自ら錦繡を単衣に換ふを然(しか)す、戔戔たる新たな服、風前に艶にして、咲(え)むは殺(はなはだ)し女牀(にょしょう)鳳羽(ほうう)の儀
和歌 甘南備之 御室之山緒 秋往者 錦裁服 許許知許曾為禮
読下 かみなひの みむろのやまを あきゆけは にしきたちきる ここちこそすれ
解釈 紅葉で彩った神が鎮座する御室の山を秋が過ぎ行くと、錦の布を裁ち切ったような気持ちがします。
注意 是貞親王家歌合 歌番号22 三句目「わけゆけは」と異同あり。

歌番72 紀貫之
漢詩 秋嶺有花號女郎 野庭得所汝孤光 追名遊客猶尋到 本自慇懃子尚強
読下 秋嶺に花有りて號して女郎(おみな)、野庭に所を得て汝は孤り光(て)れり、名を追ふて遊客は猶も尋ね到り、本自り慇懃にして、子は尚も強(か)たし。
和歌 名西負者 強手將恃 女倍芝 人之心丹 秋者来鞆
読下 なにしおはは しひてたのまむ をみなへし ひとのこころに あきはくるとも
解釈 「おみな」と言う名前を持っているのだから、無理だとしても貴女に慕われるでしょうことへの信頼を寄せます、女郎花よ。貴女の気持ちの、秋と言う響きのような、私が貴女から「飽き」られることは辛くとも。
注意 是貞親王家歌合 歌番号37

歌番73 佚名
漢詩 秋風觸處蛬鳴寒 木葉零惟衣一単 夜夜愁音侵客耳 朝朝餘響満庭壇
読下 秋風は處に觸(ふ)き蛬(むし)は鳴くも寒し、木の葉は零(お)ち惟だ衣は一単なり、夜夜に愁音は客の耳を侵し、朝朝に餘響は庭壇に満つ。
和歌 秋風之 吹立沼禮者 蛬 己歟綴砥 木之葉緒曾刺
読下 あきかせの ふきたてぬれは きりきりす おのかつつりと このはをそさす
解釈 秋風が吹き立てると、機織虫の名を持つキリギリスは自ら縫い合わせるのか、木の葉を挿し合わせます。

歌番74 佚名
漢詩 七夕佳期易別時 一年再會此猶悲 千般怨殺鵲橋畔 誰識二星涙未晞
読下 七夕の佳期は別れ易き時、一年再び會ふとも此は猶も悲し、千に般(および)て怨みは殺(はなはだ)し鵲橋の畔、誰か識らむ二星の涙、未だ晞(かわ)かず。
和歌 希丹来手 不飽別留 織女者 可立還歧 路無唐南
読下 まれにきて あかすわかるる たなはたは たちかへるへき なみちなからなむ
解釈 一年に一度だけ稀に来て牽牛と逢う、その出逢いに飽きる前に別れる織女は、神の決まりで立ち帰らないといけない、その涙の路で泣くでしょうね。

歌番75 壬生忠岑
漢詩 稼田上上此秋登 秔稻離離九穗同 鼓腹堯年今亦鼓 農夫扣角舊謳通
読下 稼田は上上にして此の秋に登(みの)れり、秔稻(こうとう)は離離(りり)にして九穗を同じくす、鼓腹(こふく)堯年(ぎょうねん)、今も亦た鼓(みの)りて、農夫は角(つのふえ)を扣(と)り舊き謳(うた)を通(かよわ)す。(注:鼓、荷也、斛謂之鼓。)
和歌 山田守 秋之假廬丹 置露者 稻負鳥之 涙那留倍芝
読下 やまたもる あきのかりほに おくつゆは いなおほせとりの なみたなるへし
解釈 実った山の田を守る、その秋の刈り取った稲穂に置く露は、その名のような稲を負わせる稲負鳥の涙なのでした。
注意 是貞親王家歌合 歌番号1

歌番76 佚名
漢詩 野外千匂秋始装 風前独坐翫芬芳 回眸感歎無知己 終日貪来對艶昌
読下 野外は千匂にして秋始めて装ひ、風前に独り坐して芬芳を翫(め)ず、眸を回して感歎す知己無きを、終日(ひねもす)、貪(もと)め来りて艶昌(えんしょう)に對(こた)ふ。
和歌 秋之野之 千種之匂 吾而已者 見砥價無 独砥思者
読下 あきののの ちくさのにほひ われのみは みれとかひなし ひとりとおもへは
解釈 秋の野が色とりどりに咲き誇っている、でも私だけは眺めても甲斐がありません、貴女が居なく独りでそれを眺めると思うと。

歌番77 柿本人麻呂
漢詩 寒露初降秋夜冷 芽花艶艶葉零零 雁音頻叫銜蘆處 幽感相干傾緑醽
読下 寒露は初めて降り秋夜は冷(さむ)し、芽花(はぎ)は艶艶にして葉は零零なり、雁の音は頻(しきり)に叫(な)き蘆を銜(ふく)む處、幽感(ゆうかん)は相ひ干(おか)して緑醽(りょくれい)を傾けむ。
和歌 夜緒寒美 衣借金 鳴苗丹 芽之下葉裳 移徙丹藝里
読下 よをさむみ ころもかりかね なくなへに はきのしたはも うつろひにけり
解釈 夜が寒くなり衣を借りたいほどで、その言葉の響きのような、雁の音の鳴き声が聞こえてくると萩の下の葉も色づき枯れて来ました。
注意 古今和歌集 歌番211

歌番78 佚名
漢詩 秋来変改併依人 草木栄枯此尚均 昨日怨言今日否 愧来世上背吾身
読下 秋来たりて変改し併せ人に依り、草木は栄枯すも此は尚も均(かは)らず、昨日の怨言は今日は否(あら)ずして、愧(はじ)は来たりて世上の吾が身に背(そむ)く。
和歌 言之葉緒 可恃八者 秋来 五十人禮歟色之 不変藝留
読下 ことのはを たのむへしやは あきくれは いつれかいろの かはらさりける
解釈 貴方の言葉に信頼を寄せるべきでしょうか、秋の季節がくれば草葉必ずいつかは色が変わるように、貴方の気持ちが変わらないことがあるでしょうか、いや、きっと変わるでしょう。

冬歌廿一首
歌番79 佚名
漢詩 眼前貯水號瑤池 手溉手穿送歳時 冬至毎朝凍作鏡 春来終日浪成漪
読下 眼前に水を貯め號して瑤池、手(みず)から溉(そそ)ぎ手から穿ちて歳時を送る、冬至りて朝毎に凍りて鏡と作(な)し、春来りて終日(ひねもす)に浪たちて漪(さざなみ)と成る。
和歌 堀手置芝 池者鏡砥 凍禮鞆 影谷不見手 年曾歴藝留
読下 ほりておきし いけはかかみと こほれとも かけたにみえて としそへにける
解釈 以前に掘って置いた池は鏡のように凍ったけれど、凍る前の池の姿がどうであったか思い出せない、年月が経ったみたいです。
注意 皇后宮歌合 歌番127

歌番80 紀友則
漢詩 玄冬季月景猶寒 露往霜来被似単 松柏凋残枝慘冽 竹叢変色欲枯殫
読下 玄冬の季月の景、猶も寒し、露は往き霜は来りて被(かぶり)は単(ひとへ)に似たり、松柏は凋(しぼ)み残るも枝は慘冽(さんれつ)にして、竹叢(ちくそう)は色変りて枯れ殫(つ)くすを欲す。
和歌 小竹之葉丹 置自霜裳 独寢留 吾衣許曾 冷增藝禮
読下 ささのはに おくしもよりも ひとりぬる わかころもこそ さえまさりけれ
解釈 笹の葉に置く霜よりも、独りで寝る、この私の衣の袖の方が、寒さに冷え勝っています。
注意 皇后宮歌合 歌番121

歌番81 佚名
漢詩 三冬柯雪忽驚眸 咲殺非時見御藤 柳絮梅花兼記取 恰如春日入林頭
読下 三冬の柯(えだ)の雪は忽に眸を驚かせ、咲くは殺(はなはだし)くも時非ずして御溝(ぎょこう)を見、柳絮(りゅうじょ)梅花を兼(とも)に取りて記し、恰(あたか)も春日の林頭に入るが如し。
和歌 光俟 柯丹懸禮留 雪緒許曾 冬之花砥者 可謂狩藝禮
読下 ひかりまつ えたにかかれる ゆきをこそ ふゆのはなとは いふへかりけれ
解釈 春の光を待つ、その松の枝に懸かれる雪をこそ、冬の花と言うべきでしょうか。
注意 皇后宮歌合 歌番146

歌番82 佚名
漢詩 試望三冬見玉塵 花林假翫數花新 終朝惜殺須臾艶 日午寒條蕊尚貧
読下 試に三冬を望み玉塵(ぎょくじん)を見、花林、假(かり)に數(あまた)の花の新なるを翫(めず)る、終朝(しゅうちょう)、殺(くだ)けむを惜み、須臾(しゅゆ)、艶にして、日午(じつご)、寒條(かんじょう)の蕊(ずい)は尚も貧(とぼ)し。
和歌 霜枯之 柯砥那侘曾 白雪緒 花砥雇手 見砥不被飽
読下 しもかれの えたとなわひそ しらゆきを はなとやとして みれとあかれぬ
解釈 冬の枝が霜枯れた枝だと残念がらないで、白雪をお前は梅の花なのかと問うて眺めれば、見飽きることはないですよ。
注意 皇后宮歌合 歌番131

歌番83 佚名
漢詩 冬天下雹玉墀新 潔白鋪来不見塵 千顆琉璃多誤月 可憐素色満清晨
読下 冬天、雹を下し玉墀(ぎょくち)は新なり、潔く白き鋪(みち)を来たりて塵を見ず、千顆(せんか)の琉璃は多くし月を誤まる、憐れむべし素(しろ)き色は清晨(せいしん)に満るを。
和歌 攪崩芝 雹降積咩 白玉之 鋪留墀鞆 人者見蟹
読下 かきくらし あられふりつめ しらたまの しけるにはとも ひとはみるかに
解釈 一面に空を掻き曇らし霰が大地に降り敷き詰む、その様は白玉を敷き詰めたのだろうかと、あの人は眺めるでしょうか。
注意 古今和歌六帖 歌番762

歌番84 佚名
漢詩 冬来冰鏡據簷懸 一旦趁看未破前 嫗女嚬臨無粉黛 老来皺集幾迴年
読下 冬来たりて冰鏡は簷(ひさし)に據(より)て懸り、一旦、趁(おもむ)きて未だ前に破(わ)れざるを看る、嫗女の嚬(ひそ)み臨むに粉黛無く、老ひ来たりて皺の集(つど)ふは幾(いく)迴(たび)の年ぞ。
和歌 冬寒美 簷丹懸垂 益鏡 迅裳破南 可老迷久
読下 ふゆさむみ のきにかかれる ますかかみ とくもわれなむ おいまとふへく
解釈 冬の朝が寒いので軒に懸かっている、願うとそれを見せると言う真澄鏡のような清らかなつららは、すぐにも割れて落ちそうだ、その言葉の響きではないが、もうすぐ死んでしまいそうな私のように歳負うことに戸惑うように。

歌番85 在原棟梁
漢詩 白雪干頭八十翁 誰知屈指歳猶豐 星霜如箭居諸積 独出人寰欲數冬
読下 白き雪、頭を干(おか)す八十(やそ)の翁、誰か知らむ指を屈(お)り歳は猶も豐なり、星霜は箭の如くして諸(もろもろ)を積み居り、独り人寰(じんかん)に出でて數(あまた)の冬を欲す。
和歌 白雪之 八重降敷留 還山 還還留丹 老丹藝留鉋
読下 しらゆきの やへふりしける かへるやま かへすかへすそ おいにけるかな
解釈 白雪が八重に降り積もっている越路の「かへる山」。その言葉の響きではありませんが、かえすがえすも老いてしまいました。
注意 皇后宮歌合 歌番134

歌番86 佚名
漢詩 冬峰残雪舉眸看 再三嗤来數疋紈 未辨白雲晴後聳 毎朝尋到望山顔
読下 冬峰は雪を残し眸を舉げて看、再三、嗤(うそび)ひ来たる數疋の紈(しろぎぬ)、未だ白雲の晴て後の聳(そびへ)るを辨ぜずして、朝毎に尋ね到りて山顔を望む。
和歌 冬成者 雪降積留 高杵嶺 立白雲丹 見江亘濫
読下 ふゆなれは ゆきふりつめる たかきみね たつしらくもに みえまかふらむ
解釈 冬なので雪が降る積もる、その様は高き峰に立つ白雲のように見間違いました。

歌番87 佚名
漢詩 冬日舉眸望嶺邊 青松残雪似花鮮 深春山野猶看誤 咲殺寒梅萬朵連
読下 冬日、眸を舉げ嶺邊を望み、青松に残れる雪、花の鮮なるに似たり、深春の山野は猶も看て誤まり、咲くは殺(はなはだ)しく寒梅の萬朵の連(つら)なるを。
和歌 松之葉丹 宿留雪者 四十人丹芝手 時迷勢留 花砥許曾見禮
読下 まつのはに やとれるゆきは よそにして ときまとはせる はなとこそみれ
解釈 松の葉に降り積もり留まる雪は、有り得ないのですが、季節を惑わせる花が咲いたように見えます。

歌番88 佚名
漢詩 四山霽後雪猶存 未辨白雲嶺上屯 終日看来無厭足 況乎牆廕又敦敦
読下 四山、霽(はれ)て後も雪は猶も存(のこ)り、未だ白雲の嶺上に屯(とどま)るを辨ぜず、終日、看に来たりて厭足(えんそく)は無く、況に牆廕(きょういん)又た敦敦(とんとん)たるをや。
和歌 白雲之 下居山砥 見鶴者 降積雪之 不消成藝里
読下 しらくもの おりゐるやまと みえつるは ふりつむゆきの きえぬなりけり
解釈 白雲が居りて居座る山のように見えたのは、それは空から降り来る雪が融けて消えないからでした。
注意 皇后宮歌合 歌番140 二句目「おりゐるやとと」、末句「とけぬなりけり」と異同あり。

歌番89 佚名
漢詩 寒天月気夜冷冷 池水凍来鏡面瑩 倩見年前風景好 玉壺晴後翫清清
読下 寒天の月気、夜は冷冷、池の水は凍り来たりて鏡面は瑩(あざやか)たり、倩(つらつら)と見る年前の風景は好(うるわ)しく、玉壺(ぎょくこ)、晴て後に清清を翫(めず)る。
和歌 大虚之 月之光之 寒藝禮者 影見芝水曾 先凍藝留
読下 おほそらの つきのひかりし さむけれは かけみしみつそ まつこほりける
解釈 大空の月の光が清らかだ、空気が寒いのでその月の光を見た水が最初に凍りました。
注意 古今和歌集 歌番316

歌番90 壬生忠岑
漢詩 雪後朝朝思萬端 山家野室屋斑斑 初銷粉婦泣来面 最感應驚月色寬
読下 雪後の朝朝に萬端を思ひ、山家野室の屋は斑斑なり、初めて銷(ちら)せば粉婦(ふんふ)の泣き来たる面(おもて)にして、最感して應(まさ)に月色の寬(やわらか)なるを驚くべし。
和歌 白雪之 降手積禮留 山里者 住人佐倍也 思銷濫
読下 しらゆきの ふりてつもれる やまさとは すむひとさへや おもひきゆらむ
解釈 白雪が降り積もった山の里は、そこに住む人さえ雪と同じように消え入る思いがしているでしょうか。
注意 皇后宮歌合 歌番145

歌番91 紀友則
漢詩 清女觸来菊上霜 寒風寒気蕊芬芳 王弘趁到提罇酒 終日遊遨陶氏莊
読下 清女觸れ来たる菊上の霜、寒風寒気、蕊(ずい)は芬芳、王弘は趁(おもむ)き到るに罇酒を提へ、終日、遊遨(ゆうごう)す陶氏の莊、
和歌 吾屋門之 菊之垣廬丹 置霜之 銷還店 將逢砥曾思
読下 わかやとの きくのかきほに おくしもの きえかへりても あはむとそおもふ
解釈 私の屋敷の菊の垣根に置く霜がすっかり消えるように、我の命が消えるほどに貴方に逢いたいと思います。
注意 古今和歌集 歌番564 二句目「きくのかきねに」、末句「こいしかりける」と異同あり。

歌番92 佚名
漢詩 遊人絶跡入幽山 泥雪踏霜独蔑寒 不識相逢何歳月 夷齊愛崿遂無還
読下 遊人は跡を絶ちて幽山に入り、雪に泥(ぬか)るみ霜を踏み独り寒きを蔑(あなど)る、識らず相ひ逢ふこと何(いづ)れの歳月か、夷と齊は崿(がけ)を愛で遂に還るは無し。
和歌 三吉野野 山之白雪 踏別手 入西人之 音都禮裳勢沼
読下 みよしのの やまのしらゆき ふみわけて いりにしひとの おとつれもせぬ
解釈 吉野の山の白雪を踏み分けて、その山に入って行った人は、私の許への連絡もしません。
注意 皇后宮歌合 歌番129

歌番93 佚名
漢詩 孟冬細雨足如絲 寒気始来染葉時 一一流看山野裏 樹紅草緑乱參差
読下 孟冬の細雨は絲に如(およ)ぶに足り、寒気の始めて来たりて葉を染む時、一一(おのおの)を流看す山野の裏、樹は紅く草は緑にして乱れて參差(しんし)なり。
和歌 十月 霂降良芝 山里之 正樹之 黄葉 色增往
読下 かみなつき あられふるらし やまさとの まさきのもみち いろまさりゆく
解釈 十月になったので霰が降っているようだ、山里の柾木の桂の葉の色合いが増して行きます。
注意 皇后宮歌合 歌番125 二句目「しくれふるらし」、三句目「さほやまの」と異同あり。

歌番94 佚名
漢詩 松樹従来蔑雪霜 寒風扇處独蒼蒼 奈何桑葉先零落 不屑槿花暫有昌
読下 松樹は従来(もとよ)り雪霜を蔑(あなど)り、寒風は處に扇(ふ)くも独り蒼蒼なり、奈何(いかん)、桑葉の先に零れ落つるを、また屑(いさぎよ)しとせず槿花の暫く昌(さかり)に有るを。
和歌 雪降手 年之暮往 時丹許曾 遂緑之 松裳見江藝禮
読下 ゆきふりて としのくれゆく ときにこそ つひにみとりの まつもみえけれ
解釈 雪が降り一年が終わり行く、その時だから、いつまでも葉の色が変わることがない祝の松を眺めるのです。
注意 皇后宮歌合 歌番144

歌番95 佚名
漢詩 怨婦泣来涙作淵 往年亘月臆揚烟 冬閨両袖空成河 引領望君幾數年
読下 怨婦に泣くは来たりて涙は淵と作(な)り、年は往き月は亘(わた)りて臆(おもひ)は烟を揚ぐ、冬閨の両袖は空しく河を成し、引領(いんりょう)して君を望(ま)つは幾く數年ぞ。
和歌 涙河 身投量之 淵成砥 凍不泮者 景裳不宿
読下 なみたかは みをなくはかりの ふちなれと こほりとけねは かけもやとらす
解釈 涙で出来た河には我が身を投げるほどの深い淵ではありますが、その水面の氷が融けないと、貴方の面影すらも見えて来ません。
注意 皇后宮歌合 歌番142 二句目「みなくはかりの」と異同あり。

歌番96 佚名
漢詩 雪中竹豈有萌芽 孝子祈天得筍多 殖物冬園何事苦 帰歟行客哭還歌
読下 雪中の竹は豈に萌芽は有らむも、孝子は天を祈りて筍を得ること多し、物を殖える冬の園に何事か苦しき、帰らむか、行客の哭(こえ)は歌ひて還へる。
和歌 為君 根刺將求砥 雪深杵 竹之園生緒 別迷鉋
読下 きみかため ねさしもとむと ゆきふかき たけのそのふを わけまとふかな
解釈 修竹苑の故事ではありませんが、我が君のために立派な根の付いた竹を探し求めようと、雪深い竹の苑を雪や竹林を分け進み迷いました。

歌番97 佚名
漢詩 素雪紛紛落蕊新 應斯白玉下天津 舉眸望處心如夢 霽後園中似見春
読下 素(しろ)き雪は紛紛し蕊(しべ)を落(ふ)らして新たにして、應(まさ)に斯れ白玉の天の津より下(ふら)すべし、眸を舉げ處を望む心は夢の如く、霽(は)れての後、園中は春を見るに似たり。
和歌 攪崩芝 散花砥而已 降雪者 雲之城之 玉之散鴨
読下 かきちらし ちるはなとのみ ふるゆきは くものみやこの たまとちるかも
解釈 空一面に雲を掻き散らして、散る舞う花とばかりに降る雪は、まるでその様は天空の雲の都から珠が散り降ったのかと思いました。
注意 皇后宮歌合 歌番148 初句「かきくらし」、四句「ふゆのみやこの」、末句「くものちるかと」と異同あり。別歌と考えるべきか。

歌番98 佚名
漢詩 寒風蕭蕭雪封枝 更訝梅花満苑時 山野偷看堪奪眼 深春風景豈無知
読下 寒風は蕭蕭にして雪は枝を封じ、更に訝かる梅花の苑に満る時、山野は偷(ひそやか)に看れば眼を奪ふに堪(こた)へ、深春の風景は豈に知るを無さむや。
和歌 霜枯丹 成沼砥雖思 梅花 拆留砥曾見 雪之照禮留者
読下 しもかれに なりぬとおもへと うめのはな さけるとそみる ゆきのてれるは
解釈 霜に当たって枝は枯れたと思った、その梅の花が咲いたと思って眺めています、雪が枝に積もって輝いている様を。

歌番99 佚名
漢詩 冬来松葉雪斑斑 素蕊非時枝上寬 山客回眸猶誤道 應斯白鶴未翩翩
読下 冬は来たりて松葉の雪は斑斑にして、素(しろ)き蕊(しべ)は時は非らすとして枝上に寬(くつろ)ぐ、山客は眸を回らすも猶も道を誤ち、應(まさ)に斯の白き鶴の未だ翩翩(へんぺん)せずべし。
和歌 歴年砥 色裳不変沼 松之葉丹 宿留雪緒 花砥許曾見咩
読下 としふれと いろもかはらぬ まつのはに やとれるゆきを はなとこそみめ
解釈 年を経たとしても常緑で色も変らない松の葉に降り留まる雪を花が咲いたと眺めましょう。


恋歌廿首
歌番100 紀友則
漢詩 閨房怨緒惣無端 萬事吞心不表肝 胸火燃来誰敢滅 紅深袖涙不應乾
読下 閨房の怨緒に惣(そうじ)て端は無く、萬事を心に吞みて肝(こころ)を表(あらわ)さず、胸の火は燃え来たるも誰か敢て滅(け)さむ、紅深の袖の涙は應(まさ)に乾かずべし。
和歌 紅之 色庭不出芝 隱沼之 下丹通手 恋者死鞆
読下 くれなゐの いろにはいてし かくれぬの したにかよひて こひはしぬとも
解釈 紅の色のようにはっきりと人にわかるようなことはしません、現れては消える隠れ沼が地下で水が通う、そのように人目に付かないような恋をして死んでしまったとしても。
注意 皇后宮歌合 歌番164 三句目「かよひぬの」と異同あり。

歌番101 佚名
漢詩 寡婦独居無數年 容顔枯槁敗心田 日中怨恨猶應忍 夜半潸然涙作泉
読下 寡婦は独り居て數年を無(なく)し、容顔(かんばせ)は枯れ槁(かわ)きて心田(しんでん)を敗(そこな)ふ、日中(ひねもす)、怨恨は猶も應(まさ)に忍ぶべくも、夜半、潸然(さんぜん)として涙は泉と作(な)す。
和歌 思筒 晝者如此店 名草咩都 夜曾侘杵 独寢身者
読下 おもひつつ ひるはかくても なくさめつ よるそわひしき ひとりぬるみは
解釈 恋焦がれた人を思い焦がれていても、昼間はこのようにあっても何かとあって心を慰められているが、独りになる夜にこそ、恋の思いに涙が尽きず流れてしまいます。
注意 皇后宮歌合 歌番180

歌番102 佚名
漢詩 馬蹄久絶不如何 恋暮此山涙此河 蕩客怨言常詐我 蕭君永去莫還家
読下 馬蹄は久しく絶へ如何(いかが)せず、恋暮は此の山にして涙は此の河、蕩客の怨言は常に我を詐(あざむ)き、蕭君(しょうくん)は永く去りて家に還へること莫し。
和歌 鹿島成 筑波之山之 築築砥 吾身一丹 恋緒積鶴
読下 かしまなる つくはのやまの つくつくと わかみひとつに こひをつむかも
解釈 鹿島にある筑波の山の神が憑く、この言葉の響きではありませんが、つくづく、我が身一つに、貴女を摘み取るように貴女との恋を積み積んでいます。
注意 皇后宮歌合 歌番173 二句目「つくまのかみの」と異同があり。

歌番103 佚名
漢詩 千般怨殺厭吾人 何日相逢萬緒申 歎息高低閨裏乱 含情泣血袖紅新
読下 千に般(および)て怨(うらみ)は殺(はなはだ)しく吾を厭ふ人、何れの日か相(たが)ひに逢ひて萬緒を申さむ、歎息は高く低くして閨裏は乱れ、情を含みて泣血し袖の紅は新たなり。
和歌 都例裳那杵 人緒待砥手 山彥之 音為左右 歎鶴鉋
読下 つれもなき ひとをまつとて やまひこの おとのするまて なけきつるかな
解釈 冷たい人だけれども恋した人との待ち合わせをした時、山彦が答えるほどの大きな嘆きの声を挙げてしまった。
注意 皇后宮歌合 歌番166 二句目「ひとをこふとて」と異同があり。

歌番104 佚名
漢詩 落涙成波不可乾 千行流處袖紅斑 平生昵近今都絶 寂寞閑居緪瑟彈
読下 落涙は波と成りて乾くべからず、千行は處に流れ袖は紅斑なり、平生は昵近(じっきん)するも今は都(すべ)て絶へ、寂寞たる閑居にして瑟を彈くは緪(はげ)し。
和歌 恋亘 許呂裳之袖者 潮満手 海松和布加津加沼 浪曾起藝留
読下 こひわたる ころものそては しほみちて みるめかつかぬ なみそたちける
解釈 貴方に恋焦がれる私の袖に、恋の苦しみに流す涙の海に潮が満ち、その海の海松(みる)の言葉の響きではありませんが、人目を覆うことなく噂話のもめごとが立ちました。
注意 新勅撰和歌集 歌番654

歌番105 藤原敏行
漢詩 恋緒連綿無絶期 屢聲佩響聽何時 君吾相去程千里 連夜夢魂猶不稀
読下 恋緒は連綿にして期の絶えること無く、屢聲(るせい)佩響(はいきょう)、何(いずれ)の時ぞ聽かむ、君と吾と相ひ去るに千里の程(みちのり)、連夜の夢魂(むこん)は猶も稀れならず。
和歌 恋侘手 打寢留中丹 往還留 夢之只徑者 宇都都那良南
読下 こひわひて うちぬるなかに ゆきかへる ゆめのたたちは うつつならなむ
解釈 貴女に恋焦がれて、そのまま眠ってしまったときの夢の中に、貴女の許へと行き帰る道が障害もなく真っ直ぐなので、それが現実だとあって欲しいものです。
注意 皇后宮歌合 歌番175 三句目「ゆきかよふ」と異同あり。

歌番106 佚名
漢詩 年来積恋計無量 屈指員多手算忙 一日不看如數月 慇懃相待隔星霜
読下 年来(ねんらい)、積る恋を計るに量(かさ)は無く、指を屈(お)るも員(かず)は多して手算は忙(わずらは)し、一日も看ざれば數月の如く、慇懃に相ひ待ちて星霜(せいそう)の隔(へだたり)。
和歌 懸都例者 千之金裳 數知沼 何吾恋之 逢量那岐
読下 かけつれは ちちのこかねも かすしりぬ なにわかこひの あふはかりなき
解釈 賭けているので千万の黄金も問題にはなりません、どうして、私の貴女への恋は、逢うことですら樗蒲(かりうち)博打で出目の采(かり:賭け)が出ないのでしょうか。
注意 皇后宮歌合 歌番160

歌番107 佚名
漢詩 胸中刀火例焼身 寸府心灰不舉煙 應是女郎為念匹 閨房独坐面猶嚬
読下 胸中の刀火、例ふれば身を焼き、寸府(すんふ)の心灰(しんかい)は煙を舉げず、應(まさ)に是れ女郎(おみな)が匹(つれそ)ふの念を為すべしにして、閨房に独り坐して面(かほ)は猶も嚬(ひそ)めむ。
和歌 人緒念 心之熾者 身緒曾焼 煙立砥者 不見沼物幹
読下 ひとをおもふ こころのおきは みをそやく けふりたつとは みえぬものから
解釈 あの人を恋焦がれて思う私の心の内は熾火のように燻ぶり我が身を焼きます、燻ぶり燃える熾火に煙が立つとは見えないでしょうから、(あの人は気づかないでしょうね。)
注意 皇后宮歌合 歌番171

歌番108 藤原興風
漢詩 消息絶来幾數年 昔心忘卻不須憐 閨中寂寞蜘綸乱 粉黛長休鏡又捐
読下 消息の来たるは絶へ幾數年、昔心(しゃくしん)は忘卻(ぼうきゃく)し憐みは須(もと)めず、閨中は寂寞(じゃくまく)として蜘綸(ちりん)は乱れ、粉黛の休むは長くして鏡も又た捐(ひら)かず。
和歌 恋芝砥者 今者不思 魂之 不相見程丹 成沼鞆倍者
読下 こひしとは いまはおもはぬ たましひの あひみるほとに なりぬともへは
解釈 恋しいとは今は思いません、きっと、この我が身から抜け出した魂が貴女に逢いに行くほどになると思いますから。

歌番109 佚名
漢詩 被厭蕭郎永守貞 独居独寢涙零零 心中昔事雖忘卻 顧念閨房恩愛情
読下 蕭郎に厭ひを被むるも永く貞(みさお)を守り、独居独寢して涙は零零たり、心中、昔事は雖(たと)へ忘卻すともいへども、顧念(こねん)す閨房の恩愛の情。
和歌 被厭手 今者限砥 成西緒 更昔之 被恋鉋
読下 いとはれて いまはかきりと なりにしを さらにむかしの こひらるるかな
解釈 貴女に嫌われて、いまはこの恋は限りの時となってしまったが、だからなのか、いまさらに昔の恋をした時が恋しいものがあります。
注意 皇后宮歌合 歌番177 三句目「しりにしを」と異同あり。

歌番110 佚名
漢詩 恋情無限匪須膳 生死慇懃尚在胸 君我昔時長契約 嗤来寒歳柏將松
読下 恋情は限り無くも膳(あへ)を須(もとめ)るに匪(あら)ず、生死慇懃にして尚も胸(こころ)に在り、君と我と昔時に長く約を契(ちぎ)り、嗤(うそぶ)き来たる寒き歳も柏は松を將(した)がへむ。
和歌 恋敷丹 侘手魂 迷那者 空敷幹之 名丹哉立南
読下 こひしきに わひてたましひ まよひなは むなしきからの なにやたちなむ
解釈 恋しい気持ちに嘆くあまり魂が彷徨いでたら、この我が身は空しい抜け殻として噂になって残るでしょうか。
注意 皇后宮歌合 歌番192 三句目「まとひなは」と異同あり。

歌番111 佚名
漢詩 恨来相別拋恩情 朝暮劬労體貌零 寂寂空房孤飲涙 時時引領望荒庭
読下 恨み来たりて相ひ別れ恩情を拋(す)て、朝暮に劬労(くろう)して體貌は零(おちぶ)る、寂寂たる空房に孤り涙を飲み、時時(おりおり)に引領(いんりょう)して荒れし庭を望む。
和歌 朝景丹 吾身成沼 白雲之 絶手不聞沼 人緒恋砥手
読下 あさかけに わかみはなりぬ しらくもの たえてきこえぬ ひとをこふとて
解釈 弱弱しい朝の影のように私の身はなってしまいました、白雲が風にちぎれ消えるように、便りすら絶えて消息も聞こえて来ない、あの人をそれでも恋焦がれていますから。(ねぇ、貴方)
注意 皇后宮歌合 歌番190

歌番112 佚名
漢詩 誰識心中恋緒紛 卞和泣處玉紛紛 千般歎息員難計 争使蕭郎一處羣
読下 誰か識る心の中の恋緒の紛(まぎわ)ひを、卞和(べんか)が泣く處、玉は紛紛たり、千に般(および)て歎息の員(かず)は計(かぞ)へ難く、争ひて蕭郎を使(し)て一處に羣(む)れからしむ。
和歌 片絲丹 貫玉之 緒緒弱美 紊手恋者 人哉知南
読下 かたいとに つらぬくたまの ををよわみ みたれてこひは ひとやしりなむ
解釈 弱い糸に貫く玉の緒が弱って切れ珠が外れ乱れる、その言葉の響きではありませんが、心を乱してする恋は、きっと、あの人は気づくでしょう。

歌番113 菅野忠臣
漢詩 不枉馬蹄歳月拋 従休雁札望雲郊 恋情忍處寧應耐 落涙交橫潤斗筲
読下 枉(おう)せずして馬蹄は歳月に拋(さん)じ、雁札の休(とど)むに従い雲郊を望む、恋情は處に忍びて寧ろ應(まさ)に耐へるべし、落つる涙は交橫して斗筲(とそう)を潤(あふ)らす。
和歌 都例無緒 今者不恋砥 念倍鞆 心弱裳 落涙歟
読下 つれなきを いまはこひしと おもへとも こころよわくも おつるなみたか
解釈 つれない態度をする貴方を、今はもう恋することはないと思うのですが、心が弱く、これは恋の苦しみにやはり落ちてしまう涙ですか。
注意 皇后宮歌合 歌番184

歌番114 佚名
漢詩 毎宵流涙自然河 早旦臨如作鏡何 撫瑟沉吟無異態 試追蕩客贈詞華
読下 宵毎に涙を流し自ら河と然(な)り、早旦に臨めば鏡を何(かり)て作さむが如く、瑟を撫で沉吟し態(ふるまい)の異なるは無く、試に蕩客を追ふて詞華を贈らむ。
和歌 人不識 下丹流留 涙河 堰駐店 景哉見湯留砥
読下 ひとしれす したになかるる なみたかは せきととめてむ かけやみゆると
解釈 貴方に気が付かれずに心の内に流れる涙の川、その涙の川を堰留めてみたいものです、ひょっとすると、堰止めた水面に貴方の姿が見えるかどうかと。
注意 皇后宮歌合 歌番194

歌番115 佚名
漢詩 冬閨独臥繡衾単 流涙凍来夜半寒 想像蕭咸佳會夕 庶幾毎日有相看
読下 冬閨に独り臥して繡衾は単なり、流す涙は凍ほり来たりて夜半は寒し、想像す蕭咸(しゅくかん)の佳會の夕べ、庶幾(しょき)する、日毎に相ひ看るは有らむを。
和歌 涙河 流被店袖之 凍筒 佐夜深往者 身而已冷濫
読下 なみたかは なかれてそての こほりつつ さよふけゆけは みのみひゆらむ
解釈 涙の川は流れ、私のその袖は凍ってしまって、さらに寒い夜が更けていくと我が身は凍り付くでしょう。

歌番116 佚名
漢詩 與君相別幾星霜 疇昔言花絶不香 曉夕凍来冬泣血 高低嘆息満閨房
読下 君と相ひ別れて幾星霜、疇昔(ちゅうせき)、花を言るは絶へて香らず、曉夕に凍ほり来たる冬に泣血し、高く低く嘆息して閨房は満(すべて)なり。
和歌 君恋砥 霜砥吾身之 成沼禮者 袖之滴曾 冴增藝留
読下 きみこふと しもとわかみの なりぬれは そてのしつくそ さえまさりける
解釈 貴女を恋焦がれて下部と我が身はなってしまったので、その「霜」の言葉の響きではありませんが、恋の辛さの涙で濡れた袖の雫も冷たく冴え増さります。

歌番117 佚名
漢詩 一悲一恋是平均 事事含情不可陳 流涙難留寧有耐 寂然靜室両眉嚬
読下 一(ある)は悲しみ一は恋しく是は平(な)べて均(ひと)し、事事は情を含みて陳ぶべからず、涙を流し留り難くして寧ろ耐(しのび)は有る、寂然たる靜室に両眉は嚬(ひそめ)たり。
和歌 恋敷丹 金敷事之 副沼禮者 物者不被言手 涙而已許曾
読下 こひしきに かなしきことの そひぬれは ものはいはれて なみたのみこそ
解釈 実らぬ恋に焦がれて恋の辛さを我が身に負わせるので、その恋の辛さを語ることなく、ただ、涙だけが溢れます。

歌番118 佚名
漢詩 思緒有餘心不休 偷看河海與山丘 四方千里求難得 借問人家是有不
読下 思緒は餘り有りて心は休まず、偷(ひそやか)に河海と山丘を看(なが)む、四方千里、求むれども得難く、借問す、人家は是に不(あら)ずは有らむ。
和歌 思侘 山邊緒而已曾 往手見留 不飽別芝 人哉見留砥
読下 おもひわひ やまへをのみそ ゆきてみる あかすわかれし ひとやみゆると
解釈 思い悩んで山の辺の路を選んで出かけてみた、恋の思いが尽きぬ前に別れた、あの人の姿を見ることが出来ないかと思って。

歌番119 佚名
漢詩 人情変改不須知 見説生涯離別悲 閑對秋林看落葉 何堪爽候索然時
読下 人の情は変はり改まり須(すべか)く知らず、生涯離別の悲しみの説を見(し)る、閑(しず)かに秋林に對し落葉を看、何ぞ爽候の索然(さくぜん)たる時を堪へむや。
和歌 千之色丹 移徙良咩砥 不知國 意芝秋之 不黄葉禰者
読下 ちちのいろに うつろふらめと しらなくに ここしあきの もみちならねは
解釈 貴方の気持ちはさまざまな色に変わりながら私から離れてゆくのでしょう、でもそれには気付かないかも、人の心は、この秋の紅葉、その言葉の響きではありませんが、これが飽きだとはっきりしたものではないでしょうから。
注意 古今和歌集 歌番726

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