歌番号一二二〇
原文 志曽久尓者部利个留於无奈乃於止己尓奈多知天加々累
己止奈无安留飛止尓以比左者久止以比者部利个礼八
読下 親族に侍りける女の、男に名立ちて、かかる
事なんある。人に言ひ騒げ、と言ひ侍りければ
原文 従良由幾
読下 つらゆき(紀貫之)
原文 加左寸止毛堂知止多知奈无奈幾奈遠八己止奈之久左乃加比也奈可良无
和歌 かさすとも たちとたちなむ なきなをは ことなしくさの かひやなからむ
読下 かざすとも立ちと立ちなんなき名をば事なし草のかひやなからん
解釈 髪飾りで頭にかざしたとしても、立ちに立ってしまった実のない噂話のあだ名は、あの「ことなし草」ではありませんが、そんなことはなかったとすることは出来ないのでしょうか。
注意 「壷中抄云、紫苑を冠にも簾にもさし置けば、諸悪無事になるとて、事なし草と名付たる也」とあり、「ことなし草」とは中国から渡来した薬草の紫苑(シオン)を指します。背の高い茎の頂に花束状に花を付けます。この風情からの歌です。
歌番号一二二一
原文 堂以之良寸
読下 題知らす
原文 従良由幾
読下 つらゆき(紀貫之)
原文 加部利久累三知尓曽計左者万与不良无己礼尓奈寸良不者奈々幾毛乃遠
和歌 かへりくる みちにそけさは まよふらむ これになすらふ はななきものを
読下 帰り来る道にぞ今朝はまどふらんこれになずらふ花なきものを
解釈 貴女の許から後朝の別れで、いつもの帰って来る路ですが、今朝はなぜか路に迷ってしまいました、貴女と同じように、ここに咲く花と比べられるようなものが無い、それほどに美しい花なので。
歌番号一二二二
原文 於无奈乃毛止尓布美徒加者之个留遠可部之己止毛
世寸之天乃知/\者布美遠三毛世天止利
奈无遠久止飛止乃徒遣々礼八
読下 女の許に文つかはしけるを、返事も
せずして、後々は、文を見もせで取り
なん置く、と人の告げければ
原文 与美飛止之良寸
読下 詠み人しらす
原文 於保曽良尓由幾可不止利乃久毛知遠曽飛止乃布美々奴毛乃止以不奈留
和歌 おほそらに ゆきかふとりの くもちをそ ひとのふみみぬ ものといふなる
読下 大空に行き交ふ鳥の雲路をぞ人の文見ぬものと言ふなる
解釈 大空に行き交う鳥が通る雲路は人が踏み渡る姿を見ることは出来ないと言いますが、そこ言葉の響きではありませんが、私からの文を貴女は見もしない、と御付きの女房は言っています、(せめて、恋慕う私の文を見てください。)
歌番号一二二三
原文 幾乃寸个尓者部利个留於止己乃満可利加与者寸奈利尓个礼八
加能於止己乃安祢乃毛止尓宇礼部遠己世天者部利遣連者
以止己々呂宇幾己止可那止以比川可八之多利个留可部之己止尓
読下 紀伊介に侍りける男のまかり通はずなりにければ、
かの男の姉のもとに愁へおこせて侍りければ、
いと心憂きことかな、と言ひつかはしたりける返事に
原文 与美飛止之良寸
読下 詠み人しらす
原文 幾乃久尓乃奈久左乃者万八幾美奈礼也己止乃以不可比安利止幾々川留
和歌 きのくにの なくさのはまは きみなれや ことのいふかひ ありとききつる
読下 紀伊国の名草の浜は君なれや事の言ふかひ有りと聞きつる
解釈 紀伊の国の名草の浜、その言葉の響きのような、慰めとなるのは貴女だったのですね、貴女の弟になる人との縁が切れそうで、辛い気持ちを、貴女に伝えた甲斐があったと、貴女からの手紙に思いました。
歌番号一二二四
原文 春美者部利个留於无奈美也川可部之者部利个留遠止毛多知奈利个留
於无奈於奈之久留万尓天川良由幾可以部尓万宇天幾多利
个里徒良由幾可女満良宇止尓安留之世无止天
万可利於利天者部利个留本止尓加乃於无奈遠於毛比可个天者部利
遣礼者志乃日天久留万尓以礼者部利遣留
読下 住み侍りける女、宮仕へし侍りけるを、友だちなりける
女、同じ車にて貫之が家にまうで来きたり
けり。貫之が妻、客に饗応せんとて、
まかり下りて侍りけるほどに、かの女を思ひかけて侍り
ければ、忍びて車に入れ侍りける
原文 従良由幾
読下 つらゆき(紀貫之)
原文 奈美尓乃美奴礼川留物遠布久加世乃堂与利宇礼之幾安万乃川利布祢
和歌 なみにのみ ぬれつるものを ふくかせの たよりうれしき あまのつりふね
読下 浪にのみ濡れつるものを吹く風の便りうれしき海人の釣舟
解釈 今までは「浪」の言葉のような涙に濡れていましたが、吹く風、その言葉のような風の便りだけだった貴女に逢えて、順風にあった海人の釣舟のように、嬉しいことです。