資料編 寛平御時后宮歌合(原文、和歌、解釈付) 下
秋歌二十番
秋一番
左 紀友則
歌番〇七八 古今207
原歌 あきかせに はつかりかねそ ひひくなる たかたまつさを かけてきつらむ
和歌 秋風に 初雁がねぞ 響くなる 誰が玉梓を かけて来つらむ
解釈 秋風に乗って初雁の声が響いている。遠い北の国から、いったい誰の消息を体に掛けて来たのであろうか。
注意 前漢の将軍蘇武の雁書の故事を踏まえた歌です。
右
歌番〇七九 後撰273
原歌 うらちかく たつあききりは もしほやく けふりとのみそ みえわたりける
和歌 浦ちかく 立つ秋霧は 藻塩焼く 煙とのみぞ 見えわたりける
解釈 入浜近くに立つ秋の霧は藻塩を焼く煙とばかりに、一面に見えて広がっています。
秋二番
左 素性法師
歌番〇八〇 古今244
原歌 われのみや あはれとおもはむ きりきりす なくゆふかけの やまとなてしこ
和歌 我れのみや あはれと思はむ きりぎりす 鳴く夕影の 大和なでしこ
解釈 私だけが美しいと思うのでしょうか、いいえ違います、皆がそのように思います。キリギリスが鳴く夕日の中に咲く大和撫子の姿を。
右 紀貫之
歌番〇八一
原歌 あきののの くさはいととは みえなくに おくしらつゆの たまとつらなる
和歌 秋の野の 草はいととは 見えなくに 置く白露の 珠とつらなる
解釈 秋の野の草は糸とは思われないのに、葉に置く白露が珠のようにして連なっている。
秋三番
左
歌番〇八二 古今215
原歌 おくやまに もみちふみわけ なくしかの こゑきくときそ あきはかなしき
和歌 奥山に 黄葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きくときぞ 秋はかなしき
解釈 山の奥で降り散り積もった紅葉を踏みながら妻を求めて鳴く雄鹿の声を聞くとき、秋の季節は切なく感じます。
右
歌番〇八三 古今186
原歌 わかために くるあきにしも あらなくに むしのねきけは まつそかなしき
和歌 我がために くる秋にしも あらなくに 蟲の音聞けば まつぞかなしき
解釈 私のためだけに来る秋でもないのに、虫の鳴き声を聞くとすぐに秋の季節の寂しさを感じます。
秋四番
左
歌番〇八四
原歌 ひくらしに あきののやまを わけくれは こころにもあらぬ にしきをそきる
和歌 ひぐらしに 秋の野山を わけくれば 心にもあらぬ 錦をぞ着る
解釈 一日を過ごす、その秋の日に野山に分け入ってやって来ると、思いもがけずに紅葉から錦の衣を着た思いです。
右
歌番〇八五
原歌 あきといへは あまくもまてに もえにしを そらさへしるく なとかみゆらむ
和歌 秋といへば 天雲までに 燃えにしを 空さへしるく などか見ゆらむ
解釈 秋と言うと紅葉の野山だけでなく天の雲まで夕日を受けて赤く燃えているのに、その空さえもはっきりと眺められないことがあるでしょうか、いや、このように澄み切っています。
秋五番
左 在原棟梁
歌番〇八六 古今243
原歌 あきののの くさのたもとか はなすすき ほにいててまねく そてとみゆらむ
和歌 秋の野の 草の袂か 花すすき 穂にいでて招く 袖と見ゆらむ
解釈 秋の野の草の袂だろうか。花すすきが穂に咲き出て、その姿で風に揺れる様が人を招く袖のように見えます。
右 藤原興風
歌番〇八七
原歌 やまのゐは みつなきことそ みえわたる あきのもみちの ちりてかくせは
和歌 山の井は 水なきことぞ 見えわたる 秋の紅葉の 散りて隠せば
解釈 山の清水は枯れてすっかり水が無いようで、一面に見渡せる秋の紅葉が地面に散り積もって夏に見た清水を隠してしまったので。
秋六番
左 小野美材
歌番〇八八 古今229
原歌 をみなへし おほかるのへに やとりせは あやなくあたの なをやたちなむ
和歌 女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ
解釈 女性に例える女郎花がたくさん咲いている野辺で一晩明かせば、実際は何も無いのにどこかの女と夜を共にしたとの噂で名前が立つでしょう。
右
歌番〇八九
原歌 あきかせに さそはれきつる かりかねの くもゐはるかに けふそきこゆる
和歌 秋風に 誘はれ来つる 雁がねの 雲居はるかに 今日ぞ聞こゆる
解釈 秋風に誘われて飛び来る雁かねの鳴き声が雲居遥かに、今日、聞こえました。
秋七番
左
歌番〇九〇 後撰308
原歌 しらつゆに かせのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまそちりけみ
和歌 白露に 風の吹きしく 秋の野は 貫きとめぬ 玉ぞ散りけみ
解釈 葉に置いた白露に風が吹き敷く、その秋の野では、葉に置く白露を貫き止められない珠として、風に散りました。
右
歌番〇九一
原歌 いつのまに あきほたるらむ くさとみし ほといくかとも へたたらなくに
和歌 いつの間に 秋穂垂るらむ 草と見し ほど幾日とも 経たたらなくに
解釈 いつの間にか、秋の季節に稲穂が垂れている、まだ、苗草と眺めていてから、ほどもなく幾日も経たないはずなのに。
秋八番
左
歌番〇九二
原歌 かりのねは かせにきほひて わたれとも わかまつひとの ことつてそなき
和歌 雁の音は 風に競ひて 渡れども 我が待つ人の 言づてぞなき
解釈 雁の鳴き声は風に競って空を飛び渡っているけれど、雁書の言葉とは違い、私が待つ、愛しいあの人からの言伝てはやって来ません。
右
歌番〇九三
原歌 おほそらを とりかへすとも みえなくに はしかとみゆる あきのくさかな
和歌 大空を とりかへすとも 見えなくに はしかと見ゆる 秋の草かな
解釈 過ぎ行く秋の大空の様を元の季節へと戻すとは思えないのだが、まだ、秋だとして健気に咲いていると思える秋の草の姿です。
注意 「小学館」は、解釈により四句・末句を「星かと見する秋の菊かな」と校訂して、別の歌としています。
秋九番
左 在原棟梁
歌番〇九四 古今1020
原歌 あきかせに ほころひぬらむ ふちはかま つつりさせてふ きりきりすなく
和歌 秋風に ほころびぬらむ 藤袴 つづりさせてふ きりぎりす鳴く
解釈 秋風に花が開いてきたようだ、藤袴よ、その藤袴の言葉の響きではありませんが、袴の裾が綻びているから、綴り刺せと、キリギリスが鳴いています。
注意 キリギリスは鳴き声が「ギース・チョン」で、ここから機織りの動作を感じ、「機織り虫」「機織り女(め)」と別称します。「機織り虫」からの連想で「綴り刺せ」です。
右
歌番〇九五 拾遺208
原歌 あきのよの あめときこえて ふりつるは かせにちりつる もみちなりけり
和歌 秋の夜の 雨と聞こえて 降りつるは 風に散りつる 黄葉なりけり
解釈 秋の夜に雨音と聞こえて降って来たものは、風に散って舞う紅葉でした。
秋十番
左 読人不知(見消)
歌番〇九六 古今264
原歌 ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
和歌 散らねども かねてぞ惜しき 紅葉は 今はかぎりの 色と見つれば
解釈 まだ散っているのではないが、以前から思っていた、散るのが残念な紅葉は今が盛りの限りです、その色模様を眺めていると。
右 藤原興風
歌番〇九七 古今301
原歌 しらなみに あきのこのはの うかへるは あまのなかせる ふねかとそみる
和歌 白波に 秋の木の葉の 浮かべるは 海人の流がせる 舟かとぞ見る
解釈 たぎって流れる川の白波に秋の木の葉を浮かべる様は、漁師が浮かべ流した舟なのかと見えます。
秋十一番
左
歌番〇九八
原歌 あきのよの あまてるつきの ひかりには おくしらつゆを たまとこそみれ
和歌 秋の夜の 天照る月の 光には 置く白露を 玉とこそ見れ
解釈 秋の夜の天空で照る月の光によって、草葉に置く白露を珠とばかりに見ることが出来ます。
右
歌番〇九九
原歌 あきののに おけるつゆをは ひとりぬる わかなみたとも おもひしれかし
和歌 秋の野に 置ける露をば ひとり寝る 我が涙とも 思ひ知れかし
解釈 秋の野に草葉に置いた露を、あの人は独り淋しく寝る私の涙と気付いてくれるでしょうか。
秋十二番
左
歌番一〇〇
原歌 かりかねは かせをさむみや はたおりめ くたまくおとの きりきりとする
和歌 雁がねは 風を寒みや 機織り女 管まく音の きりきりとする
解釈 雁かねの姿は風を寒いと思うのか、機織り女の異名を持つキリギリスが機織りの管巻に糸を巻く音のようにキリキリと鳴いている。
注意 平安時代、キリギリスをその鳴き声の「ギース・チョン」から機織りを想像して、機織り虫、機織り女と呼んでいました。
右 大江千里
歌番一〇一 古今271
原歌 うゑしとき はなまちとほに ありしきく うつろふあきに あはむとやみし
和歌 植ゑしとき 花待ちどほに ありしきく うつろふ秋に あはむとや見し
解釈 植えた時は花を待ち遠しく感じていた菊だが、花がしおれていく秋にその姿を眺めるとは思いもしなかった。
秋十三番
左
歌番一〇二
原歌 しらつゆの そめいたすはきの したもみち ころもにうつす あきはきにけり
和歌 白露の 染めいたす萩の 下紅葉 衣にうつす 秋は来にけり
解釈 白露が染め色を見せる萩の下葉の紅の葉色、その様をこのように衣の模様に移す秋の季節がやって来ました。
右
歌番一〇三
原歌 かせさむみ なくあきむしの なみたこそ くさにいろとる つゆとおくらめ
和歌 風寒み 鳴く秋蟲の 涙こそ 草にいろどる 露と置くらめ
解釈 風が寒く感じ、もう、命の終わりとして泣く秋の虫の涙こそが、草に彩る露として置くのでしょう。
秋十四番
左
歌番一〇四 後撰353
原歌 はなすすき そよともすれは あきかせの ふくかとそきく ころもなきみは
和歌 花薄 そよともすれは 秋風の 吹くかとぞ聞く 衣なき身は
解釈 花ススキ、そよ風に揺れれば、秋の風が吹き出すのかと感じるでしょう、すすし(生絹)の一重の衣だけで重ねを持たない花ススキは。
右
歌番一〇五
原歌 おとにきく はなみにくれは あきののの みちまよふまてに きりそたちぬる
和歌 音に聞く 花見に来れば 秋の野の 道迷ふまでに 霧そ立ちぬる
解釈 美しいと噂に聞く、その花を見にやって来ると、秋の野に道を迷うほどに霧が立ち込めました。
秋十五番
左
歌番一〇六
原歌 かりかねに おとろくあきの よをさむみ むしのおりたす ころもをそきる
和歌 雁がねに おどろく秋の 夜を寒むみ 蟲の織り出す 衣をそ着る
解釈 床にあって雁の鳴き声に驚く秋の夜が寒いので、機織りと名を持つ虫(キリギリス)が織り出すでしょう、衣を着ます。
右
歌番一〇七
原歌 あきかせは たかたむけとか もみちはを ぬさにきりつつ ふきちらすらむ
和歌 秋風は 誰が手向けとか 紅葉を 幣に切りつつ 吹き散らすらむ
解釈 秋風はどの神様への手向けなのか、紅葉を幣の姿に切りながら、吹き散らしています。
注意 修験者が切った幣を撒き、場を清める所作を踏まえたものです。
秋十六番
左
歌番一〇八
原歌 からころも ほせとたもとの つゆけきは わかみのあきに なれはなりけり
和歌 唐衣 干せど袂の 露けきは わが身の秋に なればなりけり
解釈 唐衣を干しても袂が湿っぽいのは、我が身が貴方からの「飽き」になって、逢えなくなったからです。
右
歌番一〇九 古今259
原歌 あきのつゆ いろのことこと おけはこそ やまももみちも ちくさなるらめ
和歌 秋の露 色のことごと 置けばこそ 山も紅葉も 千くさなるらめ
解釈 秋の露が紅葉し色付いた葉のことごとに置いたからこそ、山も紅葉も様々な彩りなのでしょう。
秋十七番
左 藤原菅根
歌番一一〇 古今212
原歌 あきかせに こゑをほにあけて ゆくふねは あまのとわたる かりにそありける
和歌 秋風に 声をほにあげて ゆく舟は 天の門わたる 雁にぞありける
解釈 秋風に帆を張り、船頭たちが声張りあげ過ぎ行く船は、実は天の水門を渡る雁の群れでした。
右
歌番一一一
原歌 もみちはの ちりこむときは そてにうけむ つちにおちなは きすもこそつけ
和歌 紅葉の 散り来むときは 袖にうけむ 土に落ちなは きすもこそつけ
解釈 紅葉が風に散り来る時は袖に受けましょう、土に落ちてしまったら、傷も付いて残念になってしまうから。
秋十八番
左
歌番一一二
原歌 あきのせみ さむきこゑにそ きこゆなる このはのころもを かせやぬきつる
和歌 秋の蝉 寒き声にぞ 聞こゆなる 木の葉の衣を 風やぬきつる
解釈 秋の季節の蝉の鳴き声は寒い声とばかりに聞こえます、木の葉の衣を風が脱がしたようです。
右
歌番一一三
原歌 あきのよの つきのかけこそ このまより おつれはきぬと みえわたりけれ
和歌 秋の夜の 月の影こそ 木の間より 落つれはきぬと 見えわたりけれ
解釈 秋の夜の月の光が木の間より漏れ落ちると、それは薄い絹の衣がひらめくように、辺り一面が見え感じます。
秋十九番
左
歌番一一四
原歌 あきのつき くさむらわかす てらせはや やとせるつゆを たまとみすらむ
和歌 秋の月 草むらわかす 照らせばや 宿せる露を 玉と見すらむ
解釈 秋の月が草むらを分け隔てなく一面に照らし出すと、草葉に宿せる露が珠かと見せています。
右
歌番一一五
原歌 なほさりに あきのみやまに いりぬれは にしきのいろの きぬをこそきれ
和歌 なほざりに 秋のみ山に 入りぬれば 錦の色の 衣をこそ着れ
解釈 何気なく意図もなく秋の深山に入って行くと、山は錦の彩りの衣を着ていました。
秋二十番
左
歌番一一六
原歌 あきやまに こひするしかの こゑたてて なきそしぬへき きみかこぬよは
和歌 秋山に 恋ひする鹿の 声立てて 鳴きそしぬべき 君が来ぬ夜は
解釈 秋山で妻を恋い求める牡鹿が声を張り立てて鳴いている、その姿ではありませんが、泣きだしてしまいそうです、愛しい貴方がやって来ない夜は。
右 藤原興風
歌番一一七 古今178
原歌 ちきりけむ こころそつらき たなはたの としにひとたひ あふはあふかは
和歌 ちぎりけむ こころそつらき 織姫の 年にひとたび 逢ふは逢うかは
解釈 一年に一度だけ逢いましょうと約束した織姫の気持ちは切ない。一年に一度だけ逢うことが逢ったことになるでしょうか、いや、逢ったことにはなりません。
注意 「小学館」はこの歌を抜き、歌番一一八の方を「右」とし採用し、載らない歌とします。
番外としてこの歌あり 凡河内躬恒
歌番一一八 古今179
原歌 としことに あふとはすれと たなはたの ぬるよのかすそ すくなかりける
和歌 年ごとに 逢ふとはすれど 織姫の 寝る夜のかずぞ 少なかりける
解釈 毎年毎に逢いはするけれど、一年に一度のことであるから織女と彦星が共に寝る夜は少ないことだ。
冬歌二十番
冬一番
左
歌番一一九
原歌 かきくもり あられふりしけ しらたまを しけるにはとも ひとのみるかに
和歌 かきくもり あられ降りしけ 白玉を 敷ける庭とも 人の見るかに
解釈 空をにわかに掻き曇らせて霰が降り敷け、そうなれば、白珠を敷き詰めた庭だと、あの人が眺めるでしょうから。
右
歌番一二〇
原歌 あまのかは ふゆはそらまて こほるらし いしまにたきつ おとたにもせす
和歌 天の河 冬は空まで 凍るらし 石間にたぎつ 音だにもせず
解釈 天の河よ、冬には空の河まで凍るようです、岩の間を縫ってたぎって流れる、その水音さえもしません。
冬二番
左 紀友則
歌番一二一 古今563
原歌 ささのはに おくしもよりも ひとりぬる わかころもてそ さえまさりける
和歌 笹の葉に 置く霜よりも ひとり寝る 我が衣手ぞ さえまさりける
解釈 笹の葉に置く霜よりも、独りで寝る、この私の衣の袖の方が、寒さに冷え勝っています。
右
歌番一二二
原歌 なかれゆく みつこほりぬる ふゆさへや なほうきくさの あとはさためぬ
和歌 流れゆく 水凍りぬる 冬さへや なほ浮き草の あとはさだめぬ
解釈 流れ行く河の水が凍る冬でさえも、それでも、浮草はその居場所を定めないようです。
注意 「小学館」では、この歌を採用しません。
冬三番
左
歌番一二三 古今340
原歌 ゆきふりて としのくれゆく ときにこそ つひにもみちぬ まつもみえけれ
和歌 雪降りて 年の暮れゆく ときにこそ つひに紅葉ぬ まつも見えけれ
解釈 雪が降り一年が終わるそんな時に、やっと、紅葉をしない常緑の松も注目を浴びます。
注意 「小学館」では、この歌の組み合わせ相手が歌番141で違いますので、これ以降では番組はずれて行きます。
右
歌番一二四
原歌 わかやとは ゆきふるのへに みちもなし いつこはかとか ひとのとめこむ
和歌 我が宿は 雪降る野辺に 道もなし いつこはかとか 人のとめこむ
解釈 私の屋敷は雪が降る野辺にあり、雪で路が埋もれ無くなりなした、でもそれでも、どこに私の屋敷への路があるのかと、あの人が路を探しながらも来ました。
注意 「小学館」では、この歌を採用しません。
冬四番
左
歌番一二五
原歌 かみなつき しくれふるらし さほやまの まさきのかつら いろまさりゆく
和歌 神無月 時雨降るらし 佐保山の まさきのかつら 色まさりゆく
解釈 十月になったので時雨が降っているようだ、佐保山の柾木の桂の葉の色合いが増して行きます。
注意 「小学館」では四句目「まさきのかつら」を伝統的に「柾木の葛」と解釈しますが、ここでは真っすぐに太く伸びる(柾木)の落葉樹の桂と解釈しています。
右
歌番一二六
原歌 ふゆくれは うめにゆきこそ ふりかかれ いつれのえをか はなとはをらむ
和歌 冬来れば 梅に雪こそ 降りかかれ いづれの枝をか 花とは折らむ
解釈 冬が来たので梅の枝にこそ雪は降り懸かれ、そうなると、どの枝を梅の花が咲いた枝として折りましょうか。
冬五番
左
歌番一二七
原歌 ほりておきし いけはかかみと こほれとも かけにもみえぬ としそへにける
和歌 掘りておきし 池は鏡と 凍れども 影にも見えぬ 年ぞ経にける
解釈 以前に掘って置いた池は鏡のように凍ったけれど、凍る前の池の姿がどうであったか思い出せない、年月が経ったみたいです。
右
歌番一二八
原歌 ふるゆきの つもれるみねは しらくもの たちもさわかす をるかとそみる
和歌 降る雪の 積れる岑は 白雲の 立ちもさわがす をるかとぞ見る
解釈 降る雪が積もる峯には、白雲が立ち湧き上がることなく、ただ静かにそこに懸かっているかのように見えます。
冬六番
左 壬生忠岑
歌番一二九 古今327
原歌 みよしのの やまのしらゆき ふみわけて いりにしひとの おとつれもせぬ
和歌 み吉野の 山の白雪 踏み分けて 入りにし人の おとづれもせぬ
解釈 吉野の山の白雪を踏み分けて、その山に入って行った人は、私の許への連絡もしません。
右
歌番一三〇
原歌 ふくかせは いろもみえねと ふゆくれは ひとりぬるよの みにそしみける
和歌 吹く風は 色も見えねと 冬来れば ひとり寝る夜の 身にぞしみける
解釈 吹く風は色としては見えませんが、冬が来ると、独りで寝る夜には寒さに身を染ませるほどに凍みます。
冬七番
左
歌番一三一
原歌 しもかれの えたとなわひそ しらゆきを はなにやとひて みれともあかす
和歌 霜枯れの 枝となわびそ 白雪を 花にやとひて 見れとも飽かず
解釈 冬の枝が霜枯れた枝だと残念がらないで、白雪をお前は梅の花なのかと問うて眺めれば、見飽きることはないですよ。
右
歌番一三二
原歌 あらしふく やましたかせに ふるゆきは とくうめのはな さくかとそみる
和歌 嵐吹く 山下風に 降る雪は とく梅の花 咲くかとぞ見る
解釈 嵐が吹く、その漢字ではありませんが、山を吹き下ろす風に乗り降る雪を早くも梅の花が咲いたのかとばかりに眺めます。
注意 「小学館」は初句と二句が「霰降る山下里に」と異同があり、解釈は大きく違います。
冬八番
左
歌番一三三
原歌 ゆきのみそ えたにふりしき はなもはも いにけむかたも みえすもあるかな
和歌 雪のみぞ 枝に降りしき 花も葉も いにけむ方も 見えずもあるかな
解釈 雪ばかりが枝に降り敷き、梅の花も葉も、それがどこにあるのか気付かない有様です。
右 在原棟梁
歌番一三四 古今902
原歌 しらゆきの やへふりしける かへるやま かへるかへるも おいにけるかな
和歌 白雪の 八重降りしける かへる山 かへるかへるも 老いにけるかな
解釈 白雪が八重に降り積もっている越路の「かへる山」。その言葉の響きではありませんが、返すがえすも老いてしまいました。
冬九番
左
歌番一三五
原歌 くさもきも かれゆくふゆの やとなれは ゆきならすして とふひとそなき
和歌 草も木も 枯れゆく冬の 宿となれば 雪ならずして 訪ふ人ぞなき
解釈 草も木も枯れて行く冬の宿ですから、雪以外、その言葉の響きではありませんが、行くこともしないように、訪ねて人はいません。
右
歌番一三六 後撰493
原歌 ふるゆきは えたにしはしも とまらなむ はなももみちも たえてなきまは
和歌 降る雪は 枝にし端も とまらなむ 花も紅葉も 絶えてなき間は
解釈 降る雪は枝や梢の先にも留まって欲しい、咲く花も紅葉した葉も散り失せてしまった間は。
注意 「小学館」は「降る雪は消えでしばしもとまらなむ花も紅葉も枝になきころは」と後撰和歌集に載る歌番493の歌を示します。
冬十番
左 坂上是則
歌番一三七 拾遺241
原歌 ふゆのいけの うへはこほりて とちたるを いかてかつきの そこにすむらむ
和歌 冬の池の 上は凍りて 閉ぢたるを いかでか月の そこにすむらむ
解釈 冬の池の表面が凍って閉じてしまっているのに、どうして、月は水底に見えるのでしょうか。
右
歌番一三八
原歌 ふゆさむみ みのもにかくる ますかかみ とくもわれなむ おいまとふへく
和歌 冬寒み 水の面にかくる 真澄鏡 とくも破れなむ おいまどふべく
解釈 冬が寒い、水面にこのように凍って出来た澄み切った鏡よ、早く割れ壊れて欲しい、そうすれば、私の顔に宿る老いが、どこでその老いを示せばいいか困惑するでしょうから。
冬十一番
左
歌番一三九 古今264
原歌 ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
和歌 散らねども かねてぞ惜しき 紅葉は いまは限りの 色と見つれは
解釈 まだ散っているのではないが、以前から思っていた、散るのが残念な紅葉は今が盛りの限りです、その色模様を眺めていると。
注意 歌番〇九六と重複歌です。
右
歌番一四〇
原歌 しらくもの おりゐるやとと みえつるは ふりくるゆきの とけぬなりけり
和歌 白雲の 下りゐる宿と 見えつるは 降りくる雪の とけぬなりけり
解釈 白雲が空から山へと下り懸かって家の屋根のように見えたのは、それは空から降り来る雪が融けて消えないからでした。
冬十二番
左 藤原興風
歌番一四一
原歌 しものうへに あとふみつくる はまちとり ゆくへもなしと なきのみそふる
和歌 霜の上に 跡ふみつくる はまちどり ゆくゑもなしと 鳴きのみぞ経る
解釈 霜の上に足跡を踏み付ける浜千鳥、行きつ戻りつ、どこに行く当ても無いとばかりに、鳴いるだけで時が過ぎゆきます。
右
歌番一四二
原歌 なみたかは みなくはかりの ふちはあれと こほりとけねは かけもやとらぬ
和歌 涙川 身投くばかりの 淵はあれど 氷とけねば 影もやどらぬ
解釈 涙で出来た河には我が身を投げるほどの深い淵はありますが、その水面の氷が融けないと、貴方の面影すらも見えて来ません。
冬十三番
左 藤原興風
歌番一四三 古今326
原歌 うらちかく ふりくるゆきは しらなみの すゑのまつやま こすかとそみる
和歌 浦ちかく 降りくる雪は 白波の 末の松山 越すかとぞ見る
解釈 海岸近くで降ってくる雪は、白波が岡の頂に生える松のその山を越えるのではないか、そのように激しく降っているのが見えます。
右 読人不知(見消)
歌番一四四 古今340
原歌 ゆきふりて としのくれゆく ときにこそ つひにみとりの まつもみえけれ
和歌 雪降りて 年の暮れゆく ときにこそ つひに緑の まつも見えけれ
解釈 雪が降り一年が終わり行く、その時だから、いつまでも葉の色が変わることがない祝の松を眺めるのです。
冬十四番
左
歌番号一四五 古今328
原歌 しらゆきの ふりてつもれる やまさとは すむひとさへや おもひきゆらむ
和歌 白雪の 降りてつもれる 山里は 住む人さへや 思ひ消ゆらむ
解釈 白雪が降り積もった山の里は、そこに住む人さえ雪と同じように消え入る思いがしているでしょうか。
右
歌番一四六
原歌 ひかりまつ えたにかかれる ゆきをこそ ふゆのはなとは いふへかりけれ
和歌 光まつ 枝にかかれる 雪をこそ 冬の花とは いふべかりけれ
解釈 春の光を待つ、その松の枝に懸かれる雪をこそ、冬の花と言うべきでしょうか。
冬十五番
左
歌番一四七
原歌 をとめこか ひかけのうへに ふるゆきは はなのまかふに いつれたかへり
和歌 乙女子か 日かげの上に 降る雪は 花のまがふに いづれたがへり
解釈 乙女たちなのでしょうか、日陰葛の上に降る雪は、その様は春に花びらが散り紛う、それと少しも違いはありません。
右
歌番一四八
原歌 かきくらし ちるはなとのみ ふるゆきは ふゆのみやこの くものちるかと
和歌 かきくらし 散る花とのみ 降る雪は 冬の京師の 雲のちるかと
解釈 空を一面に掻き暗らし、散る舞う花とばかりに降る雪は、まるでその様は冬の都に雲が散り降ったのかと思いました。
冬十六番
左
歌番一四九
原歌 あしひきの やまのかけはし ふゆくれは こほりのうへを よきそかねつる
和歌 あしひきの 山の懸け橋 冬来れば 氷の上を よきそかねつる
解釈 葦や檜の生える里山に懸けた橋、冬が来ると橋が凍って残る氷の上を避けて通ることは出来ません。
注意 「小学館」は末句が「わきそかねつる」と異同があり、解釈が違います。
右
歌番一五〇
原歌 ふゆくれは ゆきふりつもる たかきみね たつしらくもに みえまかふかな
和歌 冬来れば 雪降り積もる 高き峰 立つ白雲に 見えまがふかな
解釈 冬の季節が来ると雪が降り積もる、その高き峰に湧き立つ白雲とを、山の雪とで見間違います。
冬十七番
左
歌番一五一
原歌 ゆきのうちの みやまからこそ おいはくれ かしらのしろく なるをまつみよ
和歌 雪のうちの み山からこそ おいはくれ 頭の白く なるをまつみよ
解釈 雪の中に閉じ込められた深山だからこそ年老いて行くのです。あのように山の頭から先に白くなって行く様を、まず、眺めて納得しなさい。
右
歌番一五二
原歌 まつのうへに かかれるゆきは よそにして ときまとはせる はなとこそみれ
和歌 松の上に かかれる雪は よそにして 時まどはせる 花とこそ見れ
解釈 松の枝の上に懸かっている雪は、思いがけずに季節を惑わせる、花とばかりに眺めなさい。
冬十八番
左
歌番一五三
原歌 つきよには はなとそみゆる たけのうへに ふりしくゆきを たれかはらはむ
和歌 月夜には 花とそ見ゆる 竹の上に 降りしく雪を 誰が払はむ
解釈 雪夜には花が咲いているように見えます、そのように見える竹の葉の上に降り積もる雪を、朝になると、さて、誰が払い除けるのでしょうか。
右
歌番一五四
原歌 しらゆきを わけてわかるる かたみには そてになみたの こほるなりけり
和歌 白雪を わけてわかるる 形見には 袖に涙の 凍るなりけり
解釈 降り積もる白雪を掻き分けて別れ帰って行った、あの人の思い出に残るものは、別れの辛さに涙した袖の涙が凍ったものだけです。
冬十九番
左
歌番一五五
原歌 しらつゆそ しもとなりける ふゆのよは あまのかはさへ みつこほりけり
和歌 白露そ 霜となりける 冬の夜は 天の河さへ 水凍りけり
解釈 あれはもともと白露です、それが寒さに霜となった寒さ厳しい冬の夜は、天の河さえ、その水は凍ります。
右
歌番一五六
原歌 ふゆのうみに ふりいるゆきや そこにゐて はるたつなみの はなとさくらむ
和歌 冬の海に 降りいる雪や そこにゐて 春立つ波の 花と咲くらむ
解釈 冬の海に降り入る雪なのでしょう、その冬の海にあって、春、立春の季節に波の花となって咲くのでしょう。
冬二十番
左
歌番一五七
原歌 ふくみあへす きえなむゆきを ふゆのひの はなとみれはや とりのとふらむ
和歌 ふくみあへず 消えなむ雪を 冬の日の 花と見ればや 鳥の訪ふらむ
解釈 大切に包んでおくことが出来ないで、消えていくでしょう、その雪を、冬の日の花と見做せば、鳥はそれを花として求め訪れるでしょう。
注意 「小学館」は初句を「降りもあへす」と異同し、解釈が違います。
右
歌欠落
恋歌二十番
戀一番
左 紀友則
歌番一五八 古今565
原歌 かはのせに なひくたまもの みかくれて ひとにしられぬ こひもするかな
和歌 川の瀬に なびく玉藻の 水隠くれて 人に知られぬ 恋もするかな
解釈 川の瀬で流れに靡く玉藻が水の中に隠れて人に気付かれないように、私もあの人にこの恋心が気付かれない恋をしているようです。
右
歌番一五九
原歌 ひとたひも こひしとおもふに くるしきは こころそちちに くたくへらなる
和歌 ひとたびも 恋ひしと思ふに くるしきは 心ぞ千ぢに くだくべらなる
解釈 一度だけでも恋しいと思うことに苦しいのに、それでも真の苦しさは恋焦がれて心が千々に砕け散ってしまうことです。
戀二番
左
歌番一六〇
原歌 かけてれは ちちのこかねも かすしりぬ なとわかこひの あふはかりなき
和歌 かけてれば 千ぢの黄金も 数知りぬ など我が恋ひの 逢ふは采(かり)なき
解釈 賭けていれば千万の黄金も問題にはなりません、どうして、私の貴女への恋は、逢うことですら樗蒲(かりうち)博打で出目の采(かり:賭け)が出ないのでしょうか。
注意 「小学館」は初句が「かけつれは」と異同があり解釈が違います。なお、この歌は樗蒲(かりうち)博打を背景に詠ったものです。
右 藤原興風
歌番一六一 古今567
原歌 きみこふる なみたのとこに みちぬれは みをつくしとそ われはなりぬる
和歌 君恋ふる 涙の床に みちぬれは みをつくしとぞ 我れはなりぬる
解釈 あなたを恋焦がれて流す涙は寝床を川のように溢れさせてしまったので、身を尽くす、その言葉の響きではありませんが、私の体は涙の川の中に立つ澪標のようになってしまいました。
戀三番
左
歌番一六二
原歌 しらたまの きえてなみたと なりぬれは こひしきかけを そてにこそみれ
和歌 白玉の 消えて涙と なりぬれば 恋しき影を 袖にこそ見れ
解釈 白玉が消えることなく涙となったのだから、恋しいあの人の面影を涙に濡れた私の袖に見なさい。
右
歌番一六三
原歌 ひとをみて おもふことたに あるものを そらにこふるそ はかなかりける
和歌 人を見て 思ふことだに あるものを そらに恋ふるぞ 儚かりける
解釈 恋した人に逢っても心に思うことすらあるのですから、恋する人に逢うことなく恋焦がれるのは儚いことであります。
注意 「小学館」は末句が「くるしかりけり」と異同があり、解釈が違います。
戀四番
左 紀友則
歌番一六四 古今661
原歌 くれなゐの いろにはいてし かよひぬの したにかよひて こひはしぬとも
和歌 紅の 色には出でし かよひ沼の 下にかよひて 恋はしぬとも
解釈 紅の色のようにはっきりと人にわかるようなことはしません、現れては消える隠れ沼が地下で水が通う、そのように人目に付かないような恋をして死んでしまったとしても。
右 藤原興風
歌番一六五 古今178
原歌 ちきりけむ こころそつらき たなはたの としにひとたひ あふはあふかは
和歌 ちぎりけむ 心ぞつらき 織姫の 年にひとたび 逢うは逢う河
解釈 一年に一度だけ逢うと約束した、その気持ちは辛いでしょう、その織姫が一年に一度だけ牽牛と逢うことは逢ったことになるだろうか、いや逢ったことにはなりません。
戀五番
左
歌番一六六 古今521
原歌 つれもなき ひとをこふとて やまひこの こたふるまても なけきつるかな
和歌 つれもなき 人を恋ふとて 山彦の こたふるまでも 嘆きつるかな
解釈 冷たい人だけれども、その人に恋焦がれてしまって、山彦が答えるほどの大きな嘆きの恋を挙げてしまった。
右 小野美材
歌番一六七 古今560
原歌 わかこひは みやまかくれの くさなれや しけさまされと しるひとのなき
和歌 我が恋は み山隠れの 草なれや しげさ勝されど 知る人のなき
解釈 私の恋は人が知らぬ奥山の草なのでしょうか。貴方への恋心が増しても、それに気づいてくれる人が居ません。ねぇ、貴方。
戀六番
左
歌番一六八
原歌 おもひには あふそらさへや もえわたる あさたつくもを けふりとはして
和歌 思ひには 大空さへや 燃えわたる 朝たつ雲を 煙とはして
解釈 私が貴女に対する恋焦がれる思いに、この大空されも燃え渡ります、真っ赤な朝焼けに湧き立つ雲を煙に発して。
右 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一六九 古今639
原歌 あけぬとて かへるみちには こきたれて あめもなみたも ふりそほちつつ
和歌 明ぬとて 帰る道には こき垂れて 雨も涙も 降りそぼちつつ
解釈 夜が明けるからと後朝の別れで帰る道では、稲穂をしごき落とすようにぽたぽたと雨も涙も降りそぼっています。
戀七番
左
歌番一七〇
原歌 おもひわひ けふりはそらに たちぬれと わりなくもなき こひのしるしか
和歌 思ひわび 煙は空に 立ちぬれど わりなくもなき 恋のしるしか
解釈 気持ちはせつなく恋焦がれ、心を燃やしたような煙が空に立ち登ったけれど、それに理屈はありませんが、この恋が成就する前兆でしょうか。
右
歌番一七一
原歌 ひとをおもふ こころのおきは みをそやく けふりたつとは みえぬものから
和歌 人を思ふ 心の熾きは 身をぞ焼く 煙たつとは 見えぬものから
解釈 あの人を恋焦がれて思う私の心の内は熾火のように燻ぶり我が身を焼きます、燻ぶり燃える熾火に煙が立つとは見えないでしょうから、(あの人は気づかないでしょうね。)
戀八番
左
歌番一七二
原歌 あかすして きみをこひつる なみたにそ うきみしつみみ やせわたりける
和歌 飽かすして 君を恋ひつる 涙にそ 浮きみ沈つみみ 痩せわたりける
解釈 いくら逢っても飽きることなく貴方に恋しています、その恋の苦しみに流す涙で川となり、我が身は涙の河に浮き沈みしながら恋煩いに痩せてしまいました。
右
歌番一七三
原歌 かしまなる つくまのかみの つくつくと わかみひとつに こひをつみつる
和歌 鹿島なる 筑波の神の つくづくと わが身ひとつに 恋をつみつる
解釈 鹿島にある筑波の山の神、その神が憑く、この言葉の響きではありませんが、つくづく、我が身一つに、貴女を摘み取るように貴女との恋を積み積んでいます。
戀九番
左 読人不知(見消)
歌番一七四 古今570
原歌 わりなくも ねてもさめても こひしきか こころをいつち やらはわすれむ
和歌 わりなくも 寝てもさめても 恋ひしきか 心をいづち やらは忘れむ
解釈 理屈もなく寝ても覚めても貴女が恋しいのだろう、この恋焦がれる気持ちをどこに向ければ忘れることができるでしょうか。
右 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一七五 古今558
原歌 こひわひて うちぬるなかに ゆきかよふ ゆめのたたちは うつつなるらむ
和歌 恋わびて うち寝るなかに 行きかよふ 夢の直路は うつつなるらむ
解釈 貴女に恋焦がれて、そのまま眠ってしまったときの夢の中に、貴女の許へと行き通う道が障害もなく真っ直ぐなので、それが現実だとあって欲しいものです。
戀十番
左 藤原興風
歌番一七六 古今569
原歌 わひぬれは しひてわすれむと おもへとも こひてふものそ ひとたのめなる
和歌 わびぬれば しひて忘れむと 思へども 恋ひてふものぞ 人頼めなる
解釈 恋することに苦しくなって、無理やり忘れようと思うけれど、人を恋すると言うものは、なぜか恋するその人にこの恋の成就を期待するものです。
右
歌番一七七
原歌 いとはれて いまはかきりと しりにしを さらにむかしの こひしかるらむ
和歌 厭はれて いまはかぎりと 知りにしを さらに昔の 恋しかるらむ
解釈 貴女に嫌われて、いまはこの恋は限りの時と気が付きましたが、だからなのか、いまさらに昔の恋をした時が恋しいものがあります。
戀十一番
左 藤原興風
歌番一七八 古今568
原歌 しぬるいのち いきもやすると こころみに たまのをはかり あはむといはなむ
和歌 死ぬる命 生きもやすると こころみに 玉の緒ばかり 逢はむといはなむ
解釈 恋焦がれて死んでしまいそうな命が救われるかもしれないので、試しに、玉の緒、その言葉の響きではありませんが、たまには逢おうと私に言って下さい。
右
歌番一七九
原歌 あかすして わかれしよひの なみたかは よとみもなくも たきつこころか
和歌 飽かずして 別れし宵の 涙川 よどみもなくも たぎつ心か
解釈 貴方との夜の行いに飽くことはないのだが朝の訪れで別れた日の、その宵に逢うことを願って流す涙で出来た河に淀みが無いように、貴方への思いに淀みがない激しい恋心です。
戀十二番
左
歌番一八〇
原歌 おもひつつ ひるはかくても なくさめつ よるこそなみた つきすなかるる
和歌 思ひつつ 昼はかくても 慰めつ 夜こそ涙 尽きずなかるる
解釈 恋焦がれた人を思い焦がれていても、昼間はこのようにあっても何かとあって心を慰められているが、独りになる夜にこそ、恋の思いに涙が尽きず流れてしまいます。
右
歌番一八一
原歌 かきりなく ふかきおもひを しのふれは みをころすにも おとらさりけり
和歌 かぎりなく 深き思ひを 忍ぶれば 身を殺すにも 劣らざりけり
解釈 限りない深い恋の思いを耐え忍んでいると、それは我が身を殺すにも劣らないことであります。(恋を受け入れない貴女は、それほどに残酷な人ですよ。)
戀十三番
左
歌番一八二
原歌 ひとりぬる みのころもては うみなれや みるになみたそ まなくよせけれ
和歌 ひとり寝る 身の衣手は 海なれや みるに涙そ まなく寄せけれ
解釈 貴方無しで独り寝ている私の衣手は海なのでしょうか、深い海に生える海松(みる)、その言葉の響きではありませんが、見ていると涙で出来たそれほどに深い海に、間を空くことなく波が打ち寄せます。
右
歌番一八三
原歌 としをへて もゆてふふしの やまよりも あはぬおもひは われそまされる
和歌 年を経て 燃ゆてふ富士の 山よりも 逢うはぬ思ひは 我れぞ勝れる
解釈 長い時を経て燃える富士の山よりも、貴女に逢えない私の恋焦がれる思いの火と比べれば、私の恋焦がれる思いの火の方が勝っています。
戀十四番
左 菅野忠臣
歌番一八四 古今809
原歌 つれなきを いまはこひしと おもへとも こころよわくも おつるなみたか
和歌 つれなきを 今は恋いじと 思へども 心弱くも 落つる涙か
解釈 つれない態度をする貴方を、今はもう恋することはないと思うのですが、心が弱く、これは恋の苦しみにやはり落ちてしまう涙ですか。
右
歌番一八五
原歌 わひわたる わかみのうらと なれれはや こひしきことの しきなみにたつ
和歌 わびわたる わかみのうらと なれればや 恋ひしきことの しきなみにたつ
解釈 恋が実らずうち侘びた私の心の内なので、その言葉の響きではありませんが、浦に波立つように、恋しい思いが次から次へと波のように立ち打ち寄せます。
戀十五番
左
歌番一八六
原歌 ひとりぬる わかたまくらを ひるはほし よるはぬらして いくよへぬらむ
和歌 ひとり寝る 我が手枕を 昼はほし 夜はぬらして 幾夜経ぬらむ
解釈 貴女無しで、独りで寝る私の虚しい手枕を昼間は干し、夜は貴女を恋焦がれての涙で濡らして、さて、あれから、幾夜、経ったことでしょうか。(また、逢いましょう。)
右
歌番一八七
原歌 ほのにみし ひとにおもひを つけそめて こころからこそ したにこかるれ
和歌 ほのに見し 人に思ひを つけそめて 心からこそ 下に焦がるれ
解釈 ほんのわずかに逢った、貴女に恋焦がれる思いの火を付け始め、心底から貴女に恋焦がれるからこそ、人目には出さすに心の底で恋焦がれています。
戀十六番
左 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一八八 古今559
原歌 すみよしの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひち ひとめよくらむ
和歌 住吉の 岸に寄る波 夜さへや 夢のかよひぢ ひとめよくらむ
解釈 住之江の岸に寄せる波、その言葉の響きではないが、夜でさえ、夢の中で私のもとへ通う道なのに、人目を避けるのですか。
右
歌番一八九
原歌 ゆふつくよ おほろにひとを みてしより あまくもはれぬ ここちこそすれ
和歌 夕月夜 おぼろに人を 見てしより 天雲はれぬ 心地こそすれ
解釈 夕方の月夜の光におぼろげに貴女の姿を見てしまったときから、空の雲が晴れ渡らないように、私の心は曇ったままの気持ちであります。
戀十七番
左
歌番一九〇
原歌 あさかけに わかみはなりぬ しらくもの たえてきこえぬ ひとをこふとて
和歌 朝影に わが身はなりぬ 白雲の 絶えて聞こえぬ 人を恋ふとて
解釈 弱弱しい朝の影のように私の身はなってしまいました、白雲が風にちぎれ消えるように、便りすら絶えて消息も聞こえて来ない、あの人をそれでも恋焦がれていますから。(ねぇ、貴方)
右
歌番一九一
原歌 ちかけれと ひとめひとめを もるころは くもゐはるけき みとやなりなむ
和歌 近けれど 人目人目を 守るころは 雲居はるけき 身とやなりなむ
解釈 互いに住む場所は近いのだけど、逢うことに人目をはばかっている間に、貴女は宮中の雲居の人となり、私とは身分違いの遥か高貴な身分の人となってしまうのでしょうね。
戀十八番
左 読人不知(見消)
歌番一九二 古今571
原歌 こひしきに わひてたましひ まとひなは むなしきからの なにやのこらむ
和歌 恋ひしきに わびて魂 まどひなば むなしき骸の 名にや残らむ
解釈 恋しい気持ちに嘆くあまり魂が彷徨いでたら、この我が身は空しい抜け殻として噂になって残るでしょうか。
右
歌番一九三
原歌 あかすして けさのかへりち おもほえす こころをひとつ おきてこしかは
和歌 飽かずして 今朝の帰り路 おもほえず 心をひとつ 置きて来しかは
解釈 貴女との夜の営みに飽きることなく過ごした、その今朝の帰り路の道順も定かではない、どうも、肝心な心を一つ、貴女の許に置き忘れて帰って来たようです。(またすぐに、心を取り戻しに貴女の許に行っていいですか。)
戀十九番
左
歌番一九四
原歌 ひとしれす したになかるる なみたかは せきととめなむ かけはみゆると
和歌 人知れず 下に流るる 涙川 堰とどめなむ 影は見ゆると
解釈 貴方に気が付かれずに心の内に流れる涙の川、その涙の川を堰留めてみたいものです、ひょっとすると、堰止めた水面に貴方の姿が見えるかどうかと。
右 紀貫之
歌番一九五
原歌 もえもあはぬ こなたかなたの おもひかな なみたのかはの なかにゆけはか
和歌 燃えも合はぬ こなたかなたの 思ひかな 涙の川の 中にゆけばか
解釈 一緒には恋の思いの火が燃え上がらない、そのような、こちら側あちら側の恋焦がれる思いの火なのでしょう、きっと、それは私の恋の苦しみに流す涙の川が二人の間に流れ行くからなのか。
戀二十番
左
歌欠落 (推定)
右
歌欠落 (推定)
秋歌二十番
秋一番
左 紀友則
歌番〇七八 古今207
原歌 あきかせに はつかりかねそ ひひくなる たかたまつさを かけてきつらむ
和歌 秋風に 初雁がねぞ 響くなる 誰が玉梓を かけて来つらむ
解釈 秋風に乗って初雁の声が響いている。遠い北の国から、いったい誰の消息を体に掛けて来たのであろうか。
注意 前漢の将軍蘇武の雁書の故事を踏まえた歌です。
右
歌番〇七九 後撰273
原歌 うらちかく たつあききりは もしほやく けふりとのみそ みえわたりける
和歌 浦ちかく 立つ秋霧は 藻塩焼く 煙とのみぞ 見えわたりける
解釈 入浜近くに立つ秋の霧は藻塩を焼く煙とばかりに、一面に見えて広がっています。
秋二番
左 素性法師
歌番〇八〇 古今244
原歌 われのみや あはれとおもはむ きりきりす なくゆふかけの やまとなてしこ
和歌 我れのみや あはれと思はむ きりぎりす 鳴く夕影の 大和なでしこ
解釈 私だけが美しいと思うのでしょうか、いいえ違います、皆がそのように思います。キリギリスが鳴く夕日の中に咲く大和撫子の姿を。
右 紀貫之
歌番〇八一
原歌 あきののの くさはいととは みえなくに おくしらつゆの たまとつらなる
和歌 秋の野の 草はいととは 見えなくに 置く白露の 珠とつらなる
解釈 秋の野の草は糸とは思われないのに、葉に置く白露が珠のようにして連なっている。
秋三番
左
歌番〇八二 古今215
原歌 おくやまに もみちふみわけ なくしかの こゑきくときそ あきはかなしき
和歌 奥山に 黄葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きくときぞ 秋はかなしき
解釈 山の奥で降り散り積もった紅葉を踏みながら妻を求めて鳴く雄鹿の声を聞くとき、秋の季節は切なく感じます。
右
歌番〇八三 古今186
原歌 わかために くるあきにしも あらなくに むしのねきけは まつそかなしき
和歌 我がために くる秋にしも あらなくに 蟲の音聞けば まつぞかなしき
解釈 私のためだけに来る秋でもないのに、虫の鳴き声を聞くとすぐに秋の季節の寂しさを感じます。
秋四番
左
歌番〇八四
原歌 ひくらしに あきののやまを わけくれは こころにもあらぬ にしきをそきる
和歌 ひぐらしに 秋の野山を わけくれば 心にもあらぬ 錦をぞ着る
解釈 一日を過ごす、その秋の日に野山に分け入ってやって来ると、思いもがけずに紅葉から錦の衣を着た思いです。
右
歌番〇八五
原歌 あきといへは あまくもまてに もえにしを そらさへしるく なとかみゆらむ
和歌 秋といへば 天雲までに 燃えにしを 空さへしるく などか見ゆらむ
解釈 秋と言うと紅葉の野山だけでなく天の雲まで夕日を受けて赤く燃えているのに、その空さえもはっきりと眺められないことがあるでしょうか、いや、このように澄み切っています。
秋五番
左 在原棟梁
歌番〇八六 古今243
原歌 あきののの くさのたもとか はなすすき ほにいててまねく そてとみゆらむ
和歌 秋の野の 草の袂か 花すすき 穂にいでて招く 袖と見ゆらむ
解釈 秋の野の草の袂だろうか。花すすきが穂に咲き出て、その姿で風に揺れる様が人を招く袖のように見えます。
右 藤原興風
歌番〇八七
原歌 やまのゐは みつなきことそ みえわたる あきのもみちの ちりてかくせは
和歌 山の井は 水なきことぞ 見えわたる 秋の紅葉の 散りて隠せば
解釈 山の清水は枯れてすっかり水が無いようで、一面に見渡せる秋の紅葉が地面に散り積もって夏に見た清水を隠してしまったので。
秋六番
左 小野美材
歌番〇八八 古今229
原歌 をみなへし おほかるのへに やとりせは あやなくあたの なをやたちなむ
和歌 女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ
解釈 女性に例える女郎花がたくさん咲いている野辺で一晩明かせば、実際は何も無いのにどこかの女と夜を共にしたとの噂で名前が立つでしょう。
右
歌番〇八九
原歌 あきかせに さそはれきつる かりかねの くもゐはるかに けふそきこゆる
和歌 秋風に 誘はれ来つる 雁がねの 雲居はるかに 今日ぞ聞こゆる
解釈 秋風に誘われて飛び来る雁かねの鳴き声が雲居遥かに、今日、聞こえました。
秋七番
左
歌番〇九〇 後撰308
原歌 しらつゆに かせのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまそちりけみ
和歌 白露に 風の吹きしく 秋の野は 貫きとめぬ 玉ぞ散りけみ
解釈 葉に置いた白露に風が吹き敷く、その秋の野では、葉に置く白露を貫き止められない珠として、風に散りました。
右
歌番〇九一
原歌 いつのまに あきほたるらむ くさとみし ほといくかとも へたたらなくに
和歌 いつの間に 秋穂垂るらむ 草と見し ほど幾日とも 経たたらなくに
解釈 いつの間にか、秋の季節に稲穂が垂れている、まだ、苗草と眺めていてから、ほどもなく幾日も経たないはずなのに。
秋八番
左
歌番〇九二
原歌 かりのねは かせにきほひて わたれとも わかまつひとの ことつてそなき
和歌 雁の音は 風に競ひて 渡れども 我が待つ人の 言づてぞなき
解釈 雁の鳴き声は風に競って空を飛び渡っているけれど、雁書の言葉とは違い、私が待つ、愛しいあの人からの言伝てはやって来ません。
右
歌番〇九三
原歌 おほそらを とりかへすとも みえなくに はしかとみゆる あきのくさかな
和歌 大空を とりかへすとも 見えなくに はしかと見ゆる 秋の草かな
解釈 過ぎ行く秋の大空の様を元の季節へと戻すとは思えないのだが、まだ、秋だとして健気に咲いていると思える秋の草の姿です。
注意 「小学館」は、解釈により四句・末句を「星かと見する秋の菊かな」と校訂して、別の歌としています。
秋九番
左 在原棟梁
歌番〇九四 古今1020
原歌 あきかせに ほころひぬらむ ふちはかま つつりさせてふ きりきりすなく
和歌 秋風に ほころびぬらむ 藤袴 つづりさせてふ きりぎりす鳴く
解釈 秋風に花が開いてきたようだ、藤袴よ、その藤袴の言葉の響きではありませんが、袴の裾が綻びているから、綴り刺せと、キリギリスが鳴いています。
注意 キリギリスは鳴き声が「ギース・チョン」で、ここから機織りの動作を感じ、「機織り虫」「機織り女(め)」と別称します。「機織り虫」からの連想で「綴り刺せ」です。
右
歌番〇九五 拾遺208
原歌 あきのよの あめときこえて ふりつるは かせにちりつる もみちなりけり
和歌 秋の夜の 雨と聞こえて 降りつるは 風に散りつる 黄葉なりけり
解釈 秋の夜に雨音と聞こえて降って来たものは、風に散って舞う紅葉でした。
秋十番
左 読人不知(見消)
歌番〇九六 古今264
原歌 ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
和歌 散らねども かねてぞ惜しき 紅葉は 今はかぎりの 色と見つれば
解釈 まだ散っているのではないが、以前から思っていた、散るのが残念な紅葉は今が盛りの限りです、その色模様を眺めていると。
右 藤原興風
歌番〇九七 古今301
原歌 しらなみに あきのこのはの うかへるは あまのなかせる ふねかとそみる
和歌 白波に 秋の木の葉の 浮かべるは 海人の流がせる 舟かとぞ見る
解釈 たぎって流れる川の白波に秋の木の葉を浮かべる様は、漁師が浮かべ流した舟なのかと見えます。
秋十一番
左
歌番〇九八
原歌 あきのよの あまてるつきの ひかりには おくしらつゆを たまとこそみれ
和歌 秋の夜の 天照る月の 光には 置く白露を 玉とこそ見れ
解釈 秋の夜の天空で照る月の光によって、草葉に置く白露を珠とばかりに見ることが出来ます。
右
歌番〇九九
原歌 あきののに おけるつゆをは ひとりぬる わかなみたとも おもひしれかし
和歌 秋の野に 置ける露をば ひとり寝る 我が涙とも 思ひ知れかし
解釈 秋の野に草葉に置いた露を、あの人は独り淋しく寝る私の涙と気付いてくれるでしょうか。
秋十二番
左
歌番一〇〇
原歌 かりかねは かせをさむみや はたおりめ くたまくおとの きりきりとする
和歌 雁がねは 風を寒みや 機織り女 管まく音の きりきりとする
解釈 雁かねの姿は風を寒いと思うのか、機織り女の異名を持つキリギリスが機織りの管巻に糸を巻く音のようにキリキリと鳴いている。
注意 平安時代、キリギリスをその鳴き声の「ギース・チョン」から機織りを想像して、機織り虫、機織り女と呼んでいました。
右 大江千里
歌番一〇一 古今271
原歌 うゑしとき はなまちとほに ありしきく うつろふあきに あはむとやみし
和歌 植ゑしとき 花待ちどほに ありしきく うつろふ秋に あはむとや見し
解釈 植えた時は花を待ち遠しく感じていた菊だが、花がしおれていく秋にその姿を眺めるとは思いもしなかった。
秋十三番
左
歌番一〇二
原歌 しらつゆの そめいたすはきの したもみち ころもにうつす あきはきにけり
和歌 白露の 染めいたす萩の 下紅葉 衣にうつす 秋は来にけり
解釈 白露が染め色を見せる萩の下葉の紅の葉色、その様をこのように衣の模様に移す秋の季節がやって来ました。
右
歌番一〇三
原歌 かせさむみ なくあきむしの なみたこそ くさにいろとる つゆとおくらめ
和歌 風寒み 鳴く秋蟲の 涙こそ 草にいろどる 露と置くらめ
解釈 風が寒く感じ、もう、命の終わりとして泣く秋の虫の涙こそが、草に彩る露として置くのでしょう。
秋十四番
左
歌番一〇四 後撰353
原歌 はなすすき そよともすれは あきかせの ふくかとそきく ころもなきみは
和歌 花薄 そよともすれは 秋風の 吹くかとぞ聞く 衣なき身は
解釈 花ススキ、そよ風に揺れれば、秋の風が吹き出すのかと感じるでしょう、すすし(生絹)の一重の衣だけで重ねを持たない花ススキは。
右
歌番一〇五
原歌 おとにきく はなみにくれは あきののの みちまよふまてに きりそたちぬる
和歌 音に聞く 花見に来れば 秋の野の 道迷ふまでに 霧そ立ちぬる
解釈 美しいと噂に聞く、その花を見にやって来ると、秋の野に道を迷うほどに霧が立ち込めました。
秋十五番
左
歌番一〇六
原歌 かりかねに おとろくあきの よをさむみ むしのおりたす ころもをそきる
和歌 雁がねに おどろく秋の 夜を寒むみ 蟲の織り出す 衣をそ着る
解釈 床にあって雁の鳴き声に驚く秋の夜が寒いので、機織りと名を持つ虫(キリギリス)が織り出すでしょう、衣を着ます。
右
歌番一〇七
原歌 あきかせは たかたむけとか もみちはを ぬさにきりつつ ふきちらすらむ
和歌 秋風は 誰が手向けとか 紅葉を 幣に切りつつ 吹き散らすらむ
解釈 秋風はどの神様への手向けなのか、紅葉を幣の姿に切りながら、吹き散らしています。
注意 修験者が切った幣を撒き、場を清める所作を踏まえたものです。
秋十六番
左
歌番一〇八
原歌 からころも ほせとたもとの つゆけきは わかみのあきに なれはなりけり
和歌 唐衣 干せど袂の 露けきは わが身の秋に なればなりけり
解釈 唐衣を干しても袂が湿っぽいのは、我が身が貴方からの「飽き」になって、逢えなくなったからです。
右
歌番一〇九 古今259
原歌 あきのつゆ いろのことこと おけはこそ やまももみちも ちくさなるらめ
和歌 秋の露 色のことごと 置けばこそ 山も紅葉も 千くさなるらめ
解釈 秋の露が紅葉し色付いた葉のことごとに置いたからこそ、山も紅葉も様々な彩りなのでしょう。
秋十七番
左 藤原菅根
歌番一一〇 古今212
原歌 あきかせに こゑをほにあけて ゆくふねは あまのとわたる かりにそありける
和歌 秋風に 声をほにあげて ゆく舟は 天の門わたる 雁にぞありける
解釈 秋風に帆を張り、船頭たちが声張りあげ過ぎ行く船は、実は天の水門を渡る雁の群れでした。
右
歌番一一一
原歌 もみちはの ちりこむときは そてにうけむ つちにおちなは きすもこそつけ
和歌 紅葉の 散り来むときは 袖にうけむ 土に落ちなは きすもこそつけ
解釈 紅葉が風に散り来る時は袖に受けましょう、土に落ちてしまったら、傷も付いて残念になってしまうから。
秋十八番
左
歌番一一二
原歌 あきのせみ さむきこゑにそ きこゆなる このはのころもを かせやぬきつる
和歌 秋の蝉 寒き声にぞ 聞こゆなる 木の葉の衣を 風やぬきつる
解釈 秋の季節の蝉の鳴き声は寒い声とばかりに聞こえます、木の葉の衣を風が脱がしたようです。
右
歌番一一三
原歌 あきのよの つきのかけこそ このまより おつれはきぬと みえわたりけれ
和歌 秋の夜の 月の影こそ 木の間より 落つれはきぬと 見えわたりけれ
解釈 秋の夜の月の光が木の間より漏れ落ちると、それは薄い絹の衣がひらめくように、辺り一面が見え感じます。
秋十九番
左
歌番一一四
原歌 あきのつき くさむらわかす てらせはや やとせるつゆを たまとみすらむ
和歌 秋の月 草むらわかす 照らせばや 宿せる露を 玉と見すらむ
解釈 秋の月が草むらを分け隔てなく一面に照らし出すと、草葉に宿せる露が珠かと見せています。
右
歌番一一五
原歌 なほさりに あきのみやまに いりぬれは にしきのいろの きぬをこそきれ
和歌 なほざりに 秋のみ山に 入りぬれば 錦の色の 衣をこそ着れ
解釈 何気なく意図もなく秋の深山に入って行くと、山は錦の彩りの衣を着ていました。
秋二十番
左
歌番一一六
原歌 あきやまに こひするしかの こゑたてて なきそしぬへき きみかこぬよは
和歌 秋山に 恋ひする鹿の 声立てて 鳴きそしぬべき 君が来ぬ夜は
解釈 秋山で妻を恋い求める牡鹿が声を張り立てて鳴いている、その姿ではありませんが、泣きだしてしまいそうです、愛しい貴方がやって来ない夜は。
右 藤原興風
歌番一一七 古今178
原歌 ちきりけむ こころそつらき たなはたの としにひとたひ あふはあふかは
和歌 ちぎりけむ こころそつらき 織姫の 年にひとたび 逢ふは逢うかは
解釈 一年に一度だけ逢いましょうと約束した織姫の気持ちは切ない。一年に一度だけ逢うことが逢ったことになるでしょうか、いや、逢ったことにはなりません。
注意 「小学館」はこの歌を抜き、歌番一一八の方を「右」とし採用し、載らない歌とします。
番外としてこの歌あり 凡河内躬恒
歌番一一八 古今179
原歌 としことに あふとはすれと たなはたの ぬるよのかすそ すくなかりける
和歌 年ごとに 逢ふとはすれど 織姫の 寝る夜のかずぞ 少なかりける
解釈 毎年毎に逢いはするけれど、一年に一度のことであるから織女と彦星が共に寝る夜は少ないことだ。
冬歌二十番
冬一番
左
歌番一一九
原歌 かきくもり あられふりしけ しらたまを しけるにはとも ひとのみるかに
和歌 かきくもり あられ降りしけ 白玉を 敷ける庭とも 人の見るかに
解釈 空をにわかに掻き曇らせて霰が降り敷け、そうなれば、白珠を敷き詰めた庭だと、あの人が眺めるでしょうから。
右
歌番一二〇
原歌 あまのかは ふゆはそらまて こほるらし いしまにたきつ おとたにもせす
和歌 天の河 冬は空まで 凍るらし 石間にたぎつ 音だにもせず
解釈 天の河よ、冬には空の河まで凍るようです、岩の間を縫ってたぎって流れる、その水音さえもしません。
冬二番
左 紀友則
歌番一二一 古今563
原歌 ささのはに おくしもよりも ひとりぬる わかころもてそ さえまさりける
和歌 笹の葉に 置く霜よりも ひとり寝る 我が衣手ぞ さえまさりける
解釈 笹の葉に置く霜よりも、独りで寝る、この私の衣の袖の方が、寒さに冷え勝っています。
右
歌番一二二
原歌 なかれゆく みつこほりぬる ふゆさへや なほうきくさの あとはさためぬ
和歌 流れゆく 水凍りぬる 冬さへや なほ浮き草の あとはさだめぬ
解釈 流れ行く河の水が凍る冬でさえも、それでも、浮草はその居場所を定めないようです。
注意 「小学館」では、この歌を採用しません。
冬三番
左
歌番一二三 古今340
原歌 ゆきふりて としのくれゆく ときにこそ つひにもみちぬ まつもみえけれ
和歌 雪降りて 年の暮れゆく ときにこそ つひに紅葉ぬ まつも見えけれ
解釈 雪が降り一年が終わるそんな時に、やっと、紅葉をしない常緑の松も注目を浴びます。
注意 「小学館」では、この歌の組み合わせ相手が歌番141で違いますので、これ以降では番組はずれて行きます。
右
歌番一二四
原歌 わかやとは ゆきふるのへに みちもなし いつこはかとか ひとのとめこむ
和歌 我が宿は 雪降る野辺に 道もなし いつこはかとか 人のとめこむ
解釈 私の屋敷は雪が降る野辺にあり、雪で路が埋もれ無くなりなした、でもそれでも、どこに私の屋敷への路があるのかと、あの人が路を探しながらも来ました。
注意 「小学館」では、この歌を採用しません。
冬四番
左
歌番一二五
原歌 かみなつき しくれふるらし さほやまの まさきのかつら いろまさりゆく
和歌 神無月 時雨降るらし 佐保山の まさきのかつら 色まさりゆく
解釈 十月になったので時雨が降っているようだ、佐保山の柾木の桂の葉の色合いが増して行きます。
注意 「小学館」では四句目「まさきのかつら」を伝統的に「柾木の葛」と解釈しますが、ここでは真っすぐに太く伸びる(柾木)の落葉樹の桂と解釈しています。
右
歌番一二六
原歌 ふゆくれは うめにゆきこそ ふりかかれ いつれのえをか はなとはをらむ
和歌 冬来れば 梅に雪こそ 降りかかれ いづれの枝をか 花とは折らむ
解釈 冬が来たので梅の枝にこそ雪は降り懸かれ、そうなると、どの枝を梅の花が咲いた枝として折りましょうか。
冬五番
左
歌番一二七
原歌 ほりておきし いけはかかみと こほれとも かけにもみえぬ としそへにける
和歌 掘りておきし 池は鏡と 凍れども 影にも見えぬ 年ぞ経にける
解釈 以前に掘って置いた池は鏡のように凍ったけれど、凍る前の池の姿がどうであったか思い出せない、年月が経ったみたいです。
右
歌番一二八
原歌 ふるゆきの つもれるみねは しらくもの たちもさわかす をるかとそみる
和歌 降る雪の 積れる岑は 白雲の 立ちもさわがす をるかとぞ見る
解釈 降る雪が積もる峯には、白雲が立ち湧き上がることなく、ただ静かにそこに懸かっているかのように見えます。
冬六番
左 壬生忠岑
歌番一二九 古今327
原歌 みよしのの やまのしらゆき ふみわけて いりにしひとの おとつれもせぬ
和歌 み吉野の 山の白雪 踏み分けて 入りにし人の おとづれもせぬ
解釈 吉野の山の白雪を踏み分けて、その山に入って行った人は、私の許への連絡もしません。
右
歌番一三〇
原歌 ふくかせは いろもみえねと ふゆくれは ひとりぬるよの みにそしみける
和歌 吹く風は 色も見えねと 冬来れば ひとり寝る夜の 身にぞしみける
解釈 吹く風は色としては見えませんが、冬が来ると、独りで寝る夜には寒さに身を染ませるほどに凍みます。
冬七番
左
歌番一三一
原歌 しもかれの えたとなわひそ しらゆきを はなにやとひて みれともあかす
和歌 霜枯れの 枝となわびそ 白雪を 花にやとひて 見れとも飽かず
解釈 冬の枝が霜枯れた枝だと残念がらないで、白雪をお前は梅の花なのかと問うて眺めれば、見飽きることはないですよ。
右
歌番一三二
原歌 あらしふく やましたかせに ふるゆきは とくうめのはな さくかとそみる
和歌 嵐吹く 山下風に 降る雪は とく梅の花 咲くかとぞ見る
解釈 嵐が吹く、その漢字ではありませんが、山を吹き下ろす風に乗り降る雪を早くも梅の花が咲いたのかとばかりに眺めます。
注意 「小学館」は初句と二句が「霰降る山下里に」と異同があり、解釈は大きく違います。
冬八番
左
歌番一三三
原歌 ゆきのみそ えたにふりしき はなもはも いにけむかたも みえすもあるかな
和歌 雪のみぞ 枝に降りしき 花も葉も いにけむ方も 見えずもあるかな
解釈 雪ばかりが枝に降り敷き、梅の花も葉も、それがどこにあるのか気付かない有様です。
右 在原棟梁
歌番一三四 古今902
原歌 しらゆきの やへふりしける かへるやま かへるかへるも おいにけるかな
和歌 白雪の 八重降りしける かへる山 かへるかへるも 老いにけるかな
解釈 白雪が八重に降り積もっている越路の「かへる山」。その言葉の響きではありませんが、返すがえすも老いてしまいました。
冬九番
左
歌番一三五
原歌 くさもきも かれゆくふゆの やとなれは ゆきならすして とふひとそなき
和歌 草も木も 枯れゆく冬の 宿となれば 雪ならずして 訪ふ人ぞなき
解釈 草も木も枯れて行く冬の宿ですから、雪以外、その言葉の響きではありませんが、行くこともしないように、訪ねて人はいません。
右
歌番一三六 後撰493
原歌 ふるゆきは えたにしはしも とまらなむ はなももみちも たえてなきまは
和歌 降る雪は 枝にし端も とまらなむ 花も紅葉も 絶えてなき間は
解釈 降る雪は枝や梢の先にも留まって欲しい、咲く花も紅葉した葉も散り失せてしまった間は。
注意 「小学館」は「降る雪は消えでしばしもとまらなむ花も紅葉も枝になきころは」と後撰和歌集に載る歌番493の歌を示します。
冬十番
左 坂上是則
歌番一三七 拾遺241
原歌 ふゆのいけの うへはこほりて とちたるを いかてかつきの そこにすむらむ
和歌 冬の池の 上は凍りて 閉ぢたるを いかでか月の そこにすむらむ
解釈 冬の池の表面が凍って閉じてしまっているのに、どうして、月は水底に見えるのでしょうか。
右
歌番一三八
原歌 ふゆさむみ みのもにかくる ますかかみ とくもわれなむ おいまとふへく
和歌 冬寒み 水の面にかくる 真澄鏡 とくも破れなむ おいまどふべく
解釈 冬が寒い、水面にこのように凍って出来た澄み切った鏡よ、早く割れ壊れて欲しい、そうすれば、私の顔に宿る老いが、どこでその老いを示せばいいか困惑するでしょうから。
冬十一番
左
歌番一三九 古今264
原歌 ちらねとも かねてそをしき もみちはは いまはかきりの いろとみつれは
和歌 散らねども かねてぞ惜しき 紅葉は いまは限りの 色と見つれは
解釈 まだ散っているのではないが、以前から思っていた、散るのが残念な紅葉は今が盛りの限りです、その色模様を眺めていると。
注意 歌番〇九六と重複歌です。
右
歌番一四〇
原歌 しらくもの おりゐるやとと みえつるは ふりくるゆきの とけぬなりけり
和歌 白雲の 下りゐる宿と 見えつるは 降りくる雪の とけぬなりけり
解釈 白雲が空から山へと下り懸かって家の屋根のように見えたのは、それは空から降り来る雪が融けて消えないからでした。
冬十二番
左 藤原興風
歌番一四一
原歌 しものうへに あとふみつくる はまちとり ゆくへもなしと なきのみそふる
和歌 霜の上に 跡ふみつくる はまちどり ゆくゑもなしと 鳴きのみぞ経る
解釈 霜の上に足跡を踏み付ける浜千鳥、行きつ戻りつ、どこに行く当ても無いとばかりに、鳴いるだけで時が過ぎゆきます。
右
歌番一四二
原歌 なみたかは みなくはかりの ふちはあれと こほりとけねは かけもやとらぬ
和歌 涙川 身投くばかりの 淵はあれど 氷とけねば 影もやどらぬ
解釈 涙で出来た河には我が身を投げるほどの深い淵はありますが、その水面の氷が融けないと、貴方の面影すらも見えて来ません。
冬十三番
左 藤原興風
歌番一四三 古今326
原歌 うらちかく ふりくるゆきは しらなみの すゑのまつやま こすかとそみる
和歌 浦ちかく 降りくる雪は 白波の 末の松山 越すかとぞ見る
解釈 海岸近くで降ってくる雪は、白波が岡の頂に生える松のその山を越えるのではないか、そのように激しく降っているのが見えます。
右 読人不知(見消)
歌番一四四 古今340
原歌 ゆきふりて としのくれゆく ときにこそ つひにみとりの まつもみえけれ
和歌 雪降りて 年の暮れゆく ときにこそ つひに緑の まつも見えけれ
解釈 雪が降り一年が終わり行く、その時だから、いつまでも葉の色が変わることがない祝の松を眺めるのです。
冬十四番
左
歌番号一四五 古今328
原歌 しらゆきの ふりてつもれる やまさとは すむひとさへや おもひきゆらむ
和歌 白雪の 降りてつもれる 山里は 住む人さへや 思ひ消ゆらむ
解釈 白雪が降り積もった山の里は、そこに住む人さえ雪と同じように消え入る思いがしているでしょうか。
右
歌番一四六
原歌 ひかりまつ えたにかかれる ゆきをこそ ふゆのはなとは いふへかりけれ
和歌 光まつ 枝にかかれる 雪をこそ 冬の花とは いふべかりけれ
解釈 春の光を待つ、その松の枝に懸かれる雪をこそ、冬の花と言うべきでしょうか。
冬十五番
左
歌番一四七
原歌 をとめこか ひかけのうへに ふるゆきは はなのまかふに いつれたかへり
和歌 乙女子か 日かげの上に 降る雪は 花のまがふに いづれたがへり
解釈 乙女たちなのでしょうか、日陰葛の上に降る雪は、その様は春に花びらが散り紛う、それと少しも違いはありません。
右
歌番一四八
原歌 かきくらし ちるはなとのみ ふるゆきは ふゆのみやこの くものちるかと
和歌 かきくらし 散る花とのみ 降る雪は 冬の京師の 雲のちるかと
解釈 空を一面に掻き暗らし、散る舞う花とばかりに降る雪は、まるでその様は冬の都に雲が散り降ったのかと思いました。
冬十六番
左
歌番一四九
原歌 あしひきの やまのかけはし ふゆくれは こほりのうへを よきそかねつる
和歌 あしひきの 山の懸け橋 冬来れば 氷の上を よきそかねつる
解釈 葦や檜の生える里山に懸けた橋、冬が来ると橋が凍って残る氷の上を避けて通ることは出来ません。
注意 「小学館」は末句が「わきそかねつる」と異同があり、解釈が違います。
右
歌番一五〇
原歌 ふゆくれは ゆきふりつもる たかきみね たつしらくもに みえまかふかな
和歌 冬来れば 雪降り積もる 高き峰 立つ白雲に 見えまがふかな
解釈 冬の季節が来ると雪が降り積もる、その高き峰に湧き立つ白雲とを、山の雪とで見間違います。
冬十七番
左
歌番一五一
原歌 ゆきのうちの みやまからこそ おいはくれ かしらのしろく なるをまつみよ
和歌 雪のうちの み山からこそ おいはくれ 頭の白く なるをまつみよ
解釈 雪の中に閉じ込められた深山だからこそ年老いて行くのです。あのように山の頭から先に白くなって行く様を、まず、眺めて納得しなさい。
右
歌番一五二
原歌 まつのうへに かかれるゆきは よそにして ときまとはせる はなとこそみれ
和歌 松の上に かかれる雪は よそにして 時まどはせる 花とこそ見れ
解釈 松の枝の上に懸かっている雪は、思いがけずに季節を惑わせる、花とばかりに眺めなさい。
冬十八番
左
歌番一五三
原歌 つきよには はなとそみゆる たけのうへに ふりしくゆきを たれかはらはむ
和歌 月夜には 花とそ見ゆる 竹の上に 降りしく雪を 誰が払はむ
解釈 雪夜には花が咲いているように見えます、そのように見える竹の葉の上に降り積もる雪を、朝になると、さて、誰が払い除けるのでしょうか。
右
歌番一五四
原歌 しらゆきを わけてわかるる かたみには そてになみたの こほるなりけり
和歌 白雪を わけてわかるる 形見には 袖に涙の 凍るなりけり
解釈 降り積もる白雪を掻き分けて別れ帰って行った、あの人の思い出に残るものは、別れの辛さに涙した袖の涙が凍ったものだけです。
冬十九番
左
歌番一五五
原歌 しらつゆそ しもとなりける ふゆのよは あまのかはさへ みつこほりけり
和歌 白露そ 霜となりける 冬の夜は 天の河さへ 水凍りけり
解釈 あれはもともと白露です、それが寒さに霜となった寒さ厳しい冬の夜は、天の河さえ、その水は凍ります。
右
歌番一五六
原歌 ふゆのうみに ふりいるゆきや そこにゐて はるたつなみの はなとさくらむ
和歌 冬の海に 降りいる雪や そこにゐて 春立つ波の 花と咲くらむ
解釈 冬の海に降り入る雪なのでしょう、その冬の海にあって、春、立春の季節に波の花となって咲くのでしょう。
冬二十番
左
歌番一五七
原歌 ふくみあへす きえなむゆきを ふゆのひの はなとみれはや とりのとふらむ
和歌 ふくみあへず 消えなむ雪を 冬の日の 花と見ればや 鳥の訪ふらむ
解釈 大切に包んでおくことが出来ないで、消えていくでしょう、その雪を、冬の日の花と見做せば、鳥はそれを花として求め訪れるでしょう。
注意 「小学館」は初句を「降りもあへす」と異同し、解釈が違います。
右
歌欠落
恋歌二十番
戀一番
左 紀友則
歌番一五八 古今565
原歌 かはのせに なひくたまもの みかくれて ひとにしられぬ こひもするかな
和歌 川の瀬に なびく玉藻の 水隠くれて 人に知られぬ 恋もするかな
解釈 川の瀬で流れに靡く玉藻が水の中に隠れて人に気付かれないように、私もあの人にこの恋心が気付かれない恋をしているようです。
右
歌番一五九
原歌 ひとたひも こひしとおもふに くるしきは こころそちちに くたくへらなる
和歌 ひとたびも 恋ひしと思ふに くるしきは 心ぞ千ぢに くだくべらなる
解釈 一度だけでも恋しいと思うことに苦しいのに、それでも真の苦しさは恋焦がれて心が千々に砕け散ってしまうことです。
戀二番
左
歌番一六〇
原歌 かけてれは ちちのこかねも かすしりぬ なとわかこひの あふはかりなき
和歌 かけてれば 千ぢの黄金も 数知りぬ など我が恋ひの 逢ふは采(かり)なき
解釈 賭けていれば千万の黄金も問題にはなりません、どうして、私の貴女への恋は、逢うことですら樗蒲(かりうち)博打で出目の采(かり:賭け)が出ないのでしょうか。
注意 「小学館」は初句が「かけつれは」と異同があり解釈が違います。なお、この歌は樗蒲(かりうち)博打を背景に詠ったものです。
右 藤原興風
歌番一六一 古今567
原歌 きみこふる なみたのとこに みちぬれは みをつくしとそ われはなりぬる
和歌 君恋ふる 涙の床に みちぬれは みをつくしとぞ 我れはなりぬる
解釈 あなたを恋焦がれて流す涙は寝床を川のように溢れさせてしまったので、身を尽くす、その言葉の響きではありませんが、私の体は涙の川の中に立つ澪標のようになってしまいました。
戀三番
左
歌番一六二
原歌 しらたまの きえてなみたと なりぬれは こひしきかけを そてにこそみれ
和歌 白玉の 消えて涙と なりぬれば 恋しき影を 袖にこそ見れ
解釈 白玉が消えることなく涙となったのだから、恋しいあの人の面影を涙に濡れた私の袖に見なさい。
右
歌番一六三
原歌 ひとをみて おもふことたに あるものを そらにこふるそ はかなかりける
和歌 人を見て 思ふことだに あるものを そらに恋ふるぞ 儚かりける
解釈 恋した人に逢っても心に思うことすらあるのですから、恋する人に逢うことなく恋焦がれるのは儚いことであります。
注意 「小学館」は末句が「くるしかりけり」と異同があり、解釈が違います。
戀四番
左 紀友則
歌番一六四 古今661
原歌 くれなゐの いろにはいてし かよひぬの したにかよひて こひはしぬとも
和歌 紅の 色には出でし かよひ沼の 下にかよひて 恋はしぬとも
解釈 紅の色のようにはっきりと人にわかるようなことはしません、現れては消える隠れ沼が地下で水が通う、そのように人目に付かないような恋をして死んでしまったとしても。
右 藤原興風
歌番一六五 古今178
原歌 ちきりけむ こころそつらき たなはたの としにひとたひ あふはあふかは
和歌 ちぎりけむ 心ぞつらき 織姫の 年にひとたび 逢うは逢う河
解釈 一年に一度だけ逢うと約束した、その気持ちは辛いでしょう、その織姫が一年に一度だけ牽牛と逢うことは逢ったことになるだろうか、いや逢ったことにはなりません。
戀五番
左
歌番一六六 古今521
原歌 つれもなき ひとをこふとて やまひこの こたふるまても なけきつるかな
和歌 つれもなき 人を恋ふとて 山彦の こたふるまでも 嘆きつるかな
解釈 冷たい人だけれども、その人に恋焦がれてしまって、山彦が答えるほどの大きな嘆きの恋を挙げてしまった。
右 小野美材
歌番一六七 古今560
原歌 わかこひは みやまかくれの くさなれや しけさまされと しるひとのなき
和歌 我が恋は み山隠れの 草なれや しげさ勝されど 知る人のなき
解釈 私の恋は人が知らぬ奥山の草なのでしょうか。貴方への恋心が増しても、それに気づいてくれる人が居ません。ねぇ、貴方。
戀六番
左
歌番一六八
原歌 おもひには あふそらさへや もえわたる あさたつくもを けふりとはして
和歌 思ひには 大空さへや 燃えわたる 朝たつ雲を 煙とはして
解釈 私が貴女に対する恋焦がれる思いに、この大空されも燃え渡ります、真っ赤な朝焼けに湧き立つ雲を煙に発して。
右 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一六九 古今639
原歌 あけぬとて かへるみちには こきたれて あめもなみたも ふりそほちつつ
和歌 明ぬとて 帰る道には こき垂れて 雨も涙も 降りそぼちつつ
解釈 夜が明けるからと後朝の別れで帰る道では、稲穂をしごき落とすようにぽたぽたと雨も涙も降りそぼっています。
戀七番
左
歌番一七〇
原歌 おもひわひ けふりはそらに たちぬれと わりなくもなき こひのしるしか
和歌 思ひわび 煙は空に 立ちぬれど わりなくもなき 恋のしるしか
解釈 気持ちはせつなく恋焦がれ、心を燃やしたような煙が空に立ち登ったけれど、それに理屈はありませんが、この恋が成就する前兆でしょうか。
右
歌番一七一
原歌 ひとをおもふ こころのおきは みをそやく けふりたつとは みえぬものから
和歌 人を思ふ 心の熾きは 身をぞ焼く 煙たつとは 見えぬものから
解釈 あの人を恋焦がれて思う私の心の内は熾火のように燻ぶり我が身を焼きます、燻ぶり燃える熾火に煙が立つとは見えないでしょうから、(あの人は気づかないでしょうね。)
戀八番
左
歌番一七二
原歌 あかすして きみをこひつる なみたにそ うきみしつみみ やせわたりける
和歌 飽かすして 君を恋ひつる 涙にそ 浮きみ沈つみみ 痩せわたりける
解釈 いくら逢っても飽きることなく貴方に恋しています、その恋の苦しみに流す涙で川となり、我が身は涙の河に浮き沈みしながら恋煩いに痩せてしまいました。
右
歌番一七三
原歌 かしまなる つくまのかみの つくつくと わかみひとつに こひをつみつる
和歌 鹿島なる 筑波の神の つくづくと わが身ひとつに 恋をつみつる
解釈 鹿島にある筑波の山の神、その神が憑く、この言葉の響きではありませんが、つくづく、我が身一つに、貴女を摘み取るように貴女との恋を積み積んでいます。
戀九番
左 読人不知(見消)
歌番一七四 古今570
原歌 わりなくも ねてもさめても こひしきか こころをいつち やらはわすれむ
和歌 わりなくも 寝てもさめても 恋ひしきか 心をいづち やらは忘れむ
解釈 理屈もなく寝ても覚めても貴女が恋しいのだろう、この恋焦がれる気持ちをどこに向ければ忘れることができるでしょうか。
右 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一七五 古今558
原歌 こひわひて うちぬるなかに ゆきかよふ ゆめのたたちは うつつなるらむ
和歌 恋わびて うち寝るなかに 行きかよふ 夢の直路は うつつなるらむ
解釈 貴女に恋焦がれて、そのまま眠ってしまったときの夢の中に、貴女の許へと行き通う道が障害もなく真っ直ぐなので、それが現実だとあって欲しいものです。
戀十番
左 藤原興風
歌番一七六 古今569
原歌 わひぬれは しひてわすれむと おもへとも こひてふものそ ひとたのめなる
和歌 わびぬれば しひて忘れむと 思へども 恋ひてふものぞ 人頼めなる
解釈 恋することに苦しくなって、無理やり忘れようと思うけれど、人を恋すると言うものは、なぜか恋するその人にこの恋の成就を期待するものです。
右
歌番一七七
原歌 いとはれて いまはかきりと しりにしを さらにむかしの こひしかるらむ
和歌 厭はれて いまはかぎりと 知りにしを さらに昔の 恋しかるらむ
解釈 貴女に嫌われて、いまはこの恋は限りの時と気が付きましたが、だからなのか、いまさらに昔の恋をした時が恋しいものがあります。
戀十一番
左 藤原興風
歌番一七八 古今568
原歌 しぬるいのち いきもやすると こころみに たまのをはかり あはむといはなむ
和歌 死ぬる命 生きもやすると こころみに 玉の緒ばかり 逢はむといはなむ
解釈 恋焦がれて死んでしまいそうな命が救われるかもしれないので、試しに、玉の緒、その言葉の響きではありませんが、たまには逢おうと私に言って下さい。
右
歌番一七九
原歌 あかすして わかれしよひの なみたかは よとみもなくも たきつこころか
和歌 飽かずして 別れし宵の 涙川 よどみもなくも たぎつ心か
解釈 貴方との夜の行いに飽くことはないのだが朝の訪れで別れた日の、その宵に逢うことを願って流す涙で出来た河に淀みが無いように、貴方への思いに淀みがない激しい恋心です。
戀十二番
左
歌番一八〇
原歌 おもひつつ ひるはかくても なくさめつ よるこそなみた つきすなかるる
和歌 思ひつつ 昼はかくても 慰めつ 夜こそ涙 尽きずなかるる
解釈 恋焦がれた人を思い焦がれていても、昼間はこのようにあっても何かとあって心を慰められているが、独りになる夜にこそ、恋の思いに涙が尽きず流れてしまいます。
右
歌番一八一
原歌 かきりなく ふかきおもひを しのふれは みをころすにも おとらさりけり
和歌 かぎりなく 深き思ひを 忍ぶれば 身を殺すにも 劣らざりけり
解釈 限りない深い恋の思いを耐え忍んでいると、それは我が身を殺すにも劣らないことであります。(恋を受け入れない貴女は、それほどに残酷な人ですよ。)
戀十三番
左
歌番一八二
原歌 ひとりぬる みのころもては うみなれや みるになみたそ まなくよせけれ
和歌 ひとり寝る 身の衣手は 海なれや みるに涙そ まなく寄せけれ
解釈 貴方無しで独り寝ている私の衣手は海なのでしょうか、深い海に生える海松(みる)、その言葉の響きではありませんが、見ていると涙で出来たそれほどに深い海に、間を空くことなく波が打ち寄せます。
右
歌番一八三
原歌 としをへて もゆてふふしの やまよりも あはぬおもひは われそまされる
和歌 年を経て 燃ゆてふ富士の 山よりも 逢うはぬ思ひは 我れぞ勝れる
解釈 長い時を経て燃える富士の山よりも、貴女に逢えない私の恋焦がれる思いの火と比べれば、私の恋焦がれる思いの火の方が勝っています。
戀十四番
左 菅野忠臣
歌番一八四 古今809
原歌 つれなきを いまはこひしと おもへとも こころよわくも おつるなみたか
和歌 つれなきを 今は恋いじと 思へども 心弱くも 落つる涙か
解釈 つれない態度をする貴方を、今はもう恋することはないと思うのですが、心が弱く、これは恋の苦しみにやはり落ちてしまう涙ですか。
右
歌番一八五
原歌 わひわたる わかみのうらと なれれはや こひしきことの しきなみにたつ
和歌 わびわたる わかみのうらと なれればや 恋ひしきことの しきなみにたつ
解釈 恋が実らずうち侘びた私の心の内なので、その言葉の響きではありませんが、浦に波立つように、恋しい思いが次から次へと波のように立ち打ち寄せます。
戀十五番
左
歌番一八六
原歌 ひとりぬる わかたまくらを ひるはほし よるはぬらして いくよへぬらむ
和歌 ひとり寝る 我が手枕を 昼はほし 夜はぬらして 幾夜経ぬらむ
解釈 貴女無しで、独りで寝る私の虚しい手枕を昼間は干し、夜は貴女を恋焦がれての涙で濡らして、さて、あれから、幾夜、経ったことでしょうか。(また、逢いましょう。)
右
歌番一八七
原歌 ほのにみし ひとにおもひを つけそめて こころからこそ したにこかるれ
和歌 ほのに見し 人に思ひを つけそめて 心からこそ 下に焦がるれ
解釈 ほんのわずかに逢った、貴女に恋焦がれる思いの火を付け始め、心底から貴女に恋焦がれるからこそ、人目には出さすに心の底で恋焦がれています。
戀十六番
左 源敏行朝臣 (源宗干)
歌番一八八 古今559
原歌 すみよしの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひち ひとめよくらむ
和歌 住吉の 岸に寄る波 夜さへや 夢のかよひぢ ひとめよくらむ
解釈 住之江の岸に寄せる波、その言葉の響きではないが、夜でさえ、夢の中で私のもとへ通う道なのに、人目を避けるのですか。
右
歌番一八九
原歌 ゆふつくよ おほろにひとを みてしより あまくもはれぬ ここちこそすれ
和歌 夕月夜 おぼろに人を 見てしより 天雲はれぬ 心地こそすれ
解釈 夕方の月夜の光におぼろげに貴女の姿を見てしまったときから、空の雲が晴れ渡らないように、私の心は曇ったままの気持ちであります。
戀十七番
左
歌番一九〇
原歌 あさかけに わかみはなりぬ しらくもの たえてきこえぬ ひとをこふとて
和歌 朝影に わが身はなりぬ 白雲の 絶えて聞こえぬ 人を恋ふとて
解釈 弱弱しい朝の影のように私の身はなってしまいました、白雲が風にちぎれ消えるように、便りすら絶えて消息も聞こえて来ない、あの人をそれでも恋焦がれていますから。(ねぇ、貴方)
右
歌番一九一
原歌 ちかけれと ひとめひとめを もるころは くもゐはるけき みとやなりなむ
和歌 近けれど 人目人目を 守るころは 雲居はるけき 身とやなりなむ
解釈 互いに住む場所は近いのだけど、逢うことに人目をはばかっている間に、貴女は宮中の雲居の人となり、私とは身分違いの遥か高貴な身分の人となってしまうのでしょうね。
戀十八番
左 読人不知(見消)
歌番一九二 古今571
原歌 こひしきに わひてたましひ まとひなは むなしきからの なにやのこらむ
和歌 恋ひしきに わびて魂 まどひなば むなしき骸の 名にや残らむ
解釈 恋しい気持ちに嘆くあまり魂が彷徨いでたら、この我が身は空しい抜け殻として噂になって残るでしょうか。
右
歌番一九三
原歌 あかすして けさのかへりち おもほえす こころをひとつ おきてこしかは
和歌 飽かずして 今朝の帰り路 おもほえず 心をひとつ 置きて来しかは
解釈 貴女との夜の営みに飽きることなく過ごした、その今朝の帰り路の道順も定かではない、どうも、肝心な心を一つ、貴女の許に置き忘れて帰って来たようです。(またすぐに、心を取り戻しに貴女の許に行っていいですか。)
戀十九番
左
歌番一九四
原歌 ひとしれす したになかるる なみたかは せきととめなむ かけはみゆると
和歌 人知れず 下に流るる 涙川 堰とどめなむ 影は見ゆると
解釈 貴方に気が付かれずに心の内に流れる涙の川、その涙の川を堰留めてみたいものです、ひょっとすると、堰止めた水面に貴方の姿が見えるかどうかと。
右 紀貫之
歌番一九五
原歌 もえもあはぬ こなたかなたの おもひかな なみたのかはの なかにゆけはか
和歌 燃えも合はぬ こなたかなたの 思ひかな 涙の川の 中にゆけばか
解釈 一緒には恋の思いの火が燃え上がらない、そのような、こちら側あちら側の恋焦がれる思いの火なのでしょう、きっと、それは私の恋の苦しみに流す涙の川が二人の間に流れ行くからなのか。
戀二十番
左
歌欠落 (推定)
右
歌欠落 (推定)
現代語訳を行う時に原文に対して付けた漢字交じり平仮名和歌の表記が変わったものがあります。申し訳ありませんでした。