食事がすむと、せっかく言問橋まで来たのだから言問団子も買って帰ろうと団子屋に立ち寄る。昼食後というのに食欲に際限はない。
この橋や団子の名前は、これまたご存じ在原業平の歌「名にしおわばいざ言問わむ都鳥 吾が想う人はありやなしやと」に由来する。『伊勢物語』の「東下り」の一節にあり、一般には、恋に破れて都から東国に下った男が、隅田川を飛ぶユリカモメ(都鳥)を見て、都の恋人に思いを馳せたことになっている。実際に業平が隅田川まで来たか疑わしいという説もあるが、今や橋や団子の名前として定着している。言問橋という名の響きもいいが、団子の名に利用した団子屋の商才は素晴らしい。60個入りの大箱(1万2千何百円)もあったので、相当な売れ行きと見受けた。商売のネタは何処にもあるのだ。
次いで桜橋を渡る。解説によれば台東区と墨田区の姉妹連携事業として1985年に完成、隅田川唯一の歩行者専用橋ということだ。広々とした橋で、橋の中央には平山郁夫の「瑞鶴の図」原画のレリーフなどあり、気持ちよく渡った。両岸には桜並木が続いており春がいいだろうと思った。
途中、十月桜が咲いていた。この日は今冬一番ともいえる寒さだったが、健気(けなげ)なものである。
桜橋
十月桜
待乳山聖天の石段傍に「池波正太郎生誕の地」という看板があった。池波正太郎といえば『味と映画の歳時記』を愛読書の一つにしているが、その中によく下町界隈の風景が出てきた。ここらあたりのことであろう。
因みにこの『歳時記』の2月は、味が「小鍋だて」で映画が「道」であった。前者は、「浅い小鍋に出汁(だし)を張り、浅利(あさり)と白菜をサッと煮ては小皿にとり、柚子をかけて食べる」という粋な食べ方。映画の「道」は、フェデリコ・フェリーニ監督、アンソニー・クインとジュリエッタ・マシーナ演ずる名画。映画友達の井上も池上もジュリエッタ・マシーナの大ファンで、彼女の演じるジェルソミーナを、陽だまりに寝かせて逃げるザンパノのことを、「あいつは畜生だ…」と言って井上がワンワン哭く話が出てくる。感性豊かな下町の少年であったのだろう。(つづく)