旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

トルコ紀行⑧ ・・・ シルクロードを辿りコンヤへ

2009-10-14 22:32:33 | 

「これがシルクロードだ」
という言うガイドの言葉に、うとうとしていた目がさめた。あわててカメラをとり上げ窓外をのぞく・・・、しかし、道はバスの下にあるのであって窓からでは見えない。急いで空いていた前列2列目に出向きフロントガラスより前方を眺める。
 何の変哲もない道が延々と続いている。最前列の添乗員大三輪さんも「別にどうって言うことないですね」とつぶやく。
 「これが何千年の歴史を持つシルクロードだ。中国から続いた道はアクサスで分かれ、一つはアンカラへ向かい、一つは皆さんが見てきたアンタルヤ、パムッカレ、エフェソスなどへつながっていた。アレキサンダーもこの道を歩いて遠征した。バスは今、その道を走っているのだ」・・・
 ガイドのフラットさんの重々しい解説が続く。それを聞いていると、舗装された普通の道に歴史の面影がゆれてくるようだ。

      
 
時に2009925日午前1040分(現地時間)。既に918日付ブログ「東西文明の結節点トルコ」で、「シルクロードが東に中国の洛陽を発していることは知っていたが西の端がトルコであったことは今回初めて知った」と書いたが、そのシルクロードを今走っているのか・・・と思うといささかの感慨をもよすものがあった。(なお、シルクロードの西端がトルコ・シリア国境のアンタクヤであるとするWikipediaなどの記述と、フラットガイドの説明は若干違うが、そのような仔細ナことはここでは不問に付す)
 バスはなおシルクロードを走りつづけ、1110分に標高1900メートルというトロス山脈の峠を越えてコンヤへ向かった。昨日北から南に越えたトロス山脈を、今度は南から北へ再び越えたのだ。

 窓外の木々を見ながら「松ノ木が多いねえ」などとワイフと話し合っていると、
 
「向こうに見えるのが“レバノン杉だ」
というガイドの解説が入る。その説明によると、「レバノン杉は柔らかく細工がしやすい。しかも水につけるとセメントのように硬くなる。海軍の舟や車の車輪に使うために乱獲され少なくなって、今やこのトロス山脈にわずかに残っている」と言うことだった。

     レバノン杉

 

やがて眼前にコンヤの町が開けてきた。
(冒頭の写真は、峠の店屋で可愛いトルコ少女とワイフ)

                                     


投票ボタン

blogram投票ボタン