スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

漱石とドストエフスキー&恐怖感

2009-08-02 19:13:37 | 歌・小説
 僕は現在は小説を読むとすれば夏目漱石ドストエフスキーのふたりだけです。それではこのふたりにはどのような関係があるのでしょうか。
 ドストエフスキーは産まれたのが1821年で死んだのが1881年。一方,夏目漱石は産まれたのが1867年で死んだのが1916年。少しだけですが重なっています。ちなみに僕がドストエフスキーを再び読むきっかけとなったニーチェは,1844年産まれで死んだのはちょうど1900年。ちょうどこのふたりの間に入っています。このことから分かりますように,ニーチェはおそらく同時代人の小説家としてドストエフスキーを読み,それを高く評価したのでしょう。実はニーチェはもうひとり,スタンダール,とくに『赤と黒』も高く評価しているのですが,スタンダールは1783年に産まれ,ニーチェが産まれる少し前の1842年に死んでいますので,同時代という意識は,ドストエフスキーの方が高かったのではないかと思います。
 夏目漱石がニーチェを読んでいたのは有名な話で,小説『門』の題名は,ニーチェの本の中から採用されたといわれています。ただしこれは弟子が勝手につけたといわれていまして,もしかしたら夏目漱石という人は,小説の題名に関してはそれほど重要視はしていなかったのかもしれません。
           
 一方,夏目漱石はドストエフスキーも読んでいました。ニーチェは基本的には思想家ですので,夏目漱石が影響を受けたとしてもそういう方面であったでしょうが,ドストエフスキーは小説家です。したがってその影響の受け方は少し違っていて,小説そのものに直接的に関係してきます。そして明らかに,晩年の夏目漱石は,ドストエフスキーを意識していたといっていいと思います。

 小学校の3年か4年の頃,僕は眠ることをひどく恐れるようになりました。眠ってしまい,そのまま目が覚めなくなってしまうこと,要するにこれは死んでしまうことを意味しますが,それが怖くて仕方なかったのです。
 とはいえ,その頃の僕は,自分にが差し迫っているということをリアルに感じていたわけではありません。この恐怖は,いわば自分自身というもの,ほかのだれでもない,独立した個としての自分自身が消えてしまうことに対する恐怖であったと思います。今になって冷静に考えれば,この頃が僕にとっての自我の芽生え,あるいは自我というものを強く意識するようになった時期であったのでしょう。
 もちろんこういう恐怖はごく一時的なものでした。成長し,大人になり,いつしか僕は自分の死に対して恐怖感を覚えなくなりました。幸いにして昨年の暮れまで,僕は自分の死をリアルなものとして意識しなければならないような経験はありませんでしたが,たとえば何らかの事情で今日明日にも死んでしまうという境遇に見舞われたとしても,それはそれで仕方がないと感じるようになったのです。もちろんこれは死にたいという意味ではありません。ただそれが与えられる場合には,自分の死を受容できるようになったのです。
 僕のこういう気持ちに,スピノザの哲学がはっきりと影響しているのかどうかは分かりません。ただ,死というものがどんな人間にとっても,したがって自分自身にとっても避け得ないものであるということ,そしてそれは自然の中に貫かれている法則によって,つまり神の必然性によって生じているということは,スピノザの哲学に触れなければ理解しなかったことであるかもしれません。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 王位戦&死 | トップ | 全日本選抜&功罪 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歌・小説」カテゴリの最新記事