スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

三山王冠争奪戦&2022年9月の通院

2023-07-02 19:36:01 | 競輪
 前橋記念の決勝。並びは佐々木‐木暮‐小林の群馬,真杉‐平原の関東,深谷‐内藤の南関東で,古性と松本は単騎。
 真杉がスタートを取って前受け。3番手に佐々木,6番手に深谷,8番手に古性,最後尾に松本という周回。残り3周のホームから深谷が上昇。バックの入口で真杉に並び掛けましたが,真杉がそのまま引かなかったので,深谷の方が下げました。すると古性と松本が上昇。バックの出口で真杉を叩き,先頭に古性,2番手に松本という隊列に。3番手となった真杉はホームから再び上昇。古性を叩いたのですが,平原が追走を阻まれ,単騎に。流れの中で単騎になった3人が前で打鐘。ホームに入ると松本が発進。真杉を叩いて松本の先行に。下げた深谷は捲っていったもののバックでは一杯になり不発。直線の手前から松本と真杉の間に進路を定めた古性が前のふたりを差すと突き抜けて優勝。4番手から外を捲り追い込んだ佐々木が1車身半差で2着。先行した松本が半車輪差で3着。松本マークになった真杉は4分の3車輪差で4着。
 優勝した大阪の古性優作選手は高松宮記念杯からの連続優勝。記念競輪は一昨年7月の福井記念以来となる7勝目。前橋記念は初優勝。このレースは単騎になりましたが,脚力は最も上なので,先行するラインの後ろを回れれば優勝できるだろうとみていました。その点では最も重要だったのは位置取り。展開は思い描いていたのとは違ったものになったと思われますが,いいところで動いて前に出たことで,叩きに来た選手の後ろを取ることができました。ですから道中の立ち回りが優勝の決め手になったといっていいでしょう。松本は動かずに古性の後ろを回っていれば2着はあったかもしれません。ただ,3着にはなったものの自ら動いたことは僕は評価してあげたいです。

 8月26日,金曜日。妹の本牧脳神経外科への通院がありました。この通院があったために,この週は妹を木曜日に迎えに行きました。
 8月28日,日曜日。19日のピアノの先生からの電話で決定しておいたピアノのレッスンがりました。この日は午後2時からのレッスンでした。
 8月29日,月曜日。妹を通所施設へ送りました。
 9月2日,金曜日。お寺の総講に参加しました。2日の総講は月始総講という名目です。
 9月3日,土曜日。妹は土曜レクリエーションでした。このためにこの週は妹を家に連れて帰りませんでした。なので前日の総講に出ることができたのです。この日のレクリエーションは神経衰弱のようなゲームだった模様です。
 9月5日,月曜日。内分泌科の通院でした。
 病院に到着したのは午後2時半でした。中央検査室ではひとりの患者が採血のために待機していました。僕は先に採尿をしましたが,まだ順番が回ってきませんでしたので,注射針の処理をしてから採血をしました。
 診察が開始になったのは午後3時10分でした。HbA1cは6.5%でした。これは低血糖を発症したことが影響を与えています。何度もいっていることですが,僕は暑い時期ほど血糖値が下がりやすいので,夏場はどうしても低血糖を発生させてしまう頻度が多くなるのです。ただし,これは9月の診察で,もう夏の最盛期は終わっています。よって今後のことを考えれば,低血糖を発症する頻度は自然と減少していくでしょう。このことを踏まえて,注射するインスリンの量を減少させるという措置は,この日は採用しないことにしました。
 この日はほかには何も異常が出ていませんでした。HbA1cと血糖値以外の異常が何もなかったのは,この年の2月以来のことになります。
 主治医は10月から12月まで,伊豆の病院で勤務するとのことでした。このためにその期間は代理の医師が診察を行うということを告げられました。
                                        
 この日も薬局に寄ってから帰宅したのですが,おくすり手帳を持参するのを忘れてしまったので,シールだけもらいました。インスリンと注射針は在庫がありました。帰宅したのは午後4時半でした。

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