一柳展也は問題を起こすような青年ではなかった。武藤勇貴も普段はおとなしく、目立たない印象だったという。予断だが、この名前を見てハッとするのは余程の方だろう。山地悠紀夫も母親とは険悪な関係ではなかった。事件まで家庭内暴力も認められない。それが暴発した。少年院送致後も贖罪の姿勢がないばかりか、一貫して行動の正当性を主張していた。二度目の犯行動機は快楽のため。一度目に味わった性的興奮を忘れられないと証言。控訴を取り下げたあと、弁護士に送った手紙には「生まれてくるべきではなかった」無機質にそう書かれていた。先週死刑判決が下された茨城連続殺傷事件の被告は「(人を殺すのは)蚊を殺すのと同じ」犯行は死刑になるための手段と語り法廷を震撼させた。刑法犯認知件数は減少傾向にある。しかし、動機が判然としない不可解で凄惨な事件が目立つ。いやな時代になったものだ。
最新の画像[もっと見る]
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます