・ ストイックな大人の恋愛映画を描いたウォン・カーウァイ。
カンヌ映画祭で60年代香港の魅力を存分に披露したウォン・カーウォイの製作・監督・脚本による本作。静謐でスタイリッシュな映像と絶妙な間に流れる様々な音楽とともに観る人の想像を掻き立てる大人のラブ・ストーリー。
新聞の編集者チャウ(トニー・レオン)と商社秘書のチャン夫人(マギー・チャン)は偶然同じ日にアパートに引っ越して隣人同士となる。
チャウにはホテル勤めの妻がいて、チャン夫人の夫は海外出張が多く互いにスレ違い夫婦だった。やがてお互いの最愛のヒトに夫々愛人がいることに気付き、2人が度々会話するようになる・・・。
文学的にいえば、<禁断の愛>だが平たく言えば<不倫の恋>で、表現次第では所謂<ロマン・ポルノ風>映画になりかねないテーマ。
ラブ・ストーリーには不可欠なベッド・シーンは全く登場せず、キス・シーンすらない。夕食を共にするなど、何度も逢瀬を重ねながら手を握ることすらしない前半の2人。
クリストファー・ドイルのハイ・スピードカメラが2人を追いながら、<夢二のテーマ音楽>が流れる香港の路地裏はオリエンタル・マジックそのもの。
なかでもT・レオンが煙草をくゆらすシーンは男の色気を感じ、襟が高いチャイナドレスに包まれた妖艶なM・チャンの官能美に目を奪われる。
僅かに手を握り合い、チャン夫人がチャウの肩に頭をもたれ掛かったり涙を流し抱き付くシークエンスで、禁欲的な物語の進展度合いを描くことによって文学的表現を具現化している。
主演のT・レオンは、ヴェネツィア金獅子賞受賞作品「ラスト・コーション」(06)で魅せたヌードのベッド・シーンとは好対照な内省的な演技で、見事にカンヌの主演男優賞を受賞している。
禁断の愛に相応しいナット・キング・コールの「チーク・トゥー・チーク」「キサス・キサス・キサス」が流れ、随所に魅力的な緑や深紅が目に鮮やかに焼き付いたスレ違いのメロドラマは、シンガポールとカンボジア・アンコールワットで終焉を迎える。
<アートを気取った独りよがりで中身のない恋愛映画という評価>もあるが、筆者は欧米では描けない<東アジアの神秘性を見事に映像化した深遠な大人のラブ・ストーリー>だと思う。