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「25年目の弦楽四重奏」(13・米) 80点

2013-07-14 15:01:30 | (米国) 2010~15

 ・<人間関係を熟考させる作品>を目指したジルバーマン監督。

  

 ベートーベンの最晩年作「弦楽四重奏曲第14番」をモチーフに、25周年記念公演を控えたメンバーの人生を重ね合わせた人間ドラマ。監督は2作目で初のフィクション長編ドラマに挑んだヤーロン・ジルバーマン。

 弦楽四重奏団<フーガ>のメンバーで最年長はチェロのピーター(クリストファー・ウォーケン)。最愛の妻を亡くしながら、穏やかでリーダー・シップもあり他の3人は教え子。父親のような存在であるピーターが、パーキンソン病の宣告を受け引退を決意する。第1バイオリンのダニエル(マーク・イヴァニール)は音を極めるために妥協を許さず、音楽に全てを打ち込む孤高の奏者。第2バイオリンのロバート(フィリップ・シーモア・ホフマン)はダニエルと遜色のない技巧の持ち主で、演奏全体に彩りを添える貴重な存在。ビオラのジュリエット(キャサリン・キーナー)はロバートの妻で娘アレクサンドラ(イモージェン・ブーツ)の母であり、優秀なビオラ奏者。尊敬しているピーターなしではこの四重奏は成立しないと考えピーターに引退を思い留まるよう懇願する。
 
最近<中高年向け、音楽ドラマ>(カルテット!人生のオペラハウス、アンコール!!)の公開が目立つが、本作も長年連れ添った夫婦などの複雑な人間関係を描いた感動ドラマ。監督は<人間関係を熟考させる作品>を目指してこの曲が不可欠だったという。詩人T・S・エリオットが最も愛した曲で、シューベルトが驚嘆し、シューマンは病に倒れたときこの曲しか聴きたくないと言わしめ、吉田秀和が「精神が音楽の形をとった、精神と叡智の究極の姿」と評論した<嬰ハ短調131>。
 <休みなしの全楽章アタッカで演奏すべき>というベートーベンの意図は、7楽章を休みなしに弾くことで調弦不能な弦楽器個有の不協和音を如何に克服するか?がテーマとなってくる。25年の過程で生じた心に秘めた嫉妬心やプライド、秘めていた恋が絡み合う不協和音。冬のNYセントラル・パークの雪景色、フリック・コレクションでのレンブラントの自画像、サザビーズのオークション会場など、撮影監督フレデリック・エルムズの選び抜かれたショットを背景に、それぞれの人生が浮かび上がって行く。久しぶりに大人の映画を観た想いがする。

 監督は複数の四重奏団をモデルにシナリオを書き上げた。40年続いた「グァルネリ」はチェリストの引退で弟子が跡を継いだが、数年で活動後解散。「イタリア」は男3女1の構成で2人の男と付き合っているという噂があり、暗譜で演奏する。「エマーソン」は第1と第2が交互に入れ替わって演奏する。ドラマは随所にこのシークエンスを取り入れスリリングなエンディングへと向かう。

 P・シーモア・ホフマン、C・ウォーケン、K・ターナーという個性豊かな演技派が競い合うこのドラマ。なかでも苦境に陥りながらも、見事な引き際を見せた誠実な人柄を演じたC・ウォーケンが秀逸だった。3人に囲まれながらM・イヴァニールの健闘ぶりも目立ち、娘・アレクサンドラのI・ブーツの若い溌剌とした演技とフラメンコ・ダンサー役リラズ・チャリの情熱的な踊りもこのドラマのアクセントとして存在感を見せた。ただ、若いとはいえアレクサンドラの心の変化のスピードにはリアル感に乏しく、ついて行けなかった。

 演奏したのはブレンターノ弦楽四重奏団で吹き替えだが、チェロのニナ・リーが実名で演奏したり、メゾ・ソプラノのアンネ=ゾフィー・フォン・オッターが「死の都」のアリアを歌ったり、本物感も充分。筆者は44年続き今月改散の「東京クァルテット」の代りにこの映画に出会えたのがとても幸せだ。

 


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