

産経の「年頭にあたり」という「正論」に曽野さんが「日本人よ、逆境に耐える力
養え」 という文を書いておられます。なが~い文章ですので、1部分抜粋しました。

「皆いい子」として育てられた。 是は言葉は違いますが、「皆平等、勝ち負け
無し」「全員1等賞」として育てられた事を意味していると思うのです。
生きていくのに「勝負」「競い合い」「負けじ魂」は必要だと思うのです。だのに学
校では「差」を極力つけないようにとします。
私の親友たちは何故か、クラスで1.2番という成績の人でした。彼女たちは少し
の努力で良いのですが、私はその何倍もの努力をして、彼女たちに追いつこう
としました。そのように努力したことが、それ以後の私の努力する力の原点に
なっています。今までの私の人生を豊かにしてくれたと信じています。
学業で平等でも、世の中に出れば努力した者の勝です。その人なりの努力が
あってこそ人生は豊かになると信じています。
私の周りには、今までに努力したものを持った人、今努力を始めた人、色々居
られます。私はその方達の生き様を視野に入れつつ、友情を育んでいるという
幸せな人生を送っていると思っています。

学校も社会も、若者や老人を甘やかさず、自分で出来る範囲の責任は果す
という姿勢を鍛え続けて、国家と社会を強力なものにしなければならない。
「若者や老人を甘やかさず」この言葉は今の悪い面を端的に現していると思い
ます。
まず若者、「生活保護」を受けている人の中に「若者」がいる、ということが、
信じられないのです。結局、自分の働きたくない仕事に就くよりは「生活保護」
もらったほうがいい。という考えですね。
しかし、「少しは働いて…」と思う人がいたとします、少しでも働いて、収入を
得ると「生活保護」は其の分減らされるといいます。それなら、「働かないで全
額もらおう」ということになるようです。どの様な仕組みになっているのか知ら
ないのですが、矛盾を、働く人の意欲を削ぐと感じます。
老人、若い頃何をしていたのだろうか? 年をとれば、無収入になることは分っ
ていたはずです。そのためにコツコツと少しずつでも「老後のため」と心がけて
おくべきでした。大体の方が其の努力で蓄えたもので、年金で足りない分を補
っおられるのではないですか?
ありがたいことに、年金を頂いていますから、今の老人所帯は子供の世話にな
ることなく生活していけます。 私たち以上は老いた親の面倒を見るのは当たり
前でした。私たちもそうして来ました。
ただここでも不公平があるようです。老いた時のためにと国民年金をかけ続けた
人には、たったの5万円、それすら掛けずに、生活できないと「生活保護」をもら
う人が十数万の手取りとか。私がこの事を知ってからも、数年たっていると思い
ますが、改良の気配はないようです。
このブログを書いて、ツイッターを見ていますとこんな記事が目に入りました。
生活保護の申請時、自治体職員のケースワーカーとの申請手続きに同席して
議員として暗黙の圧力(生活保護費がもらえるように)を掛けます。其の見返り
が投票であり、赤旗。聖教新聞の購読なのです。国会議員に留まらず、地方議
員の暗躍があります。特に公明党、共産党、そして民主党の一部議員です。税
金で創価と共産党を太らせています。
もっと悪いのは外人(特に朝鮮、中国)になお手厚い「生活保護」を支給している
といわれています。何故? 国民は其の国の責任でなないですか? 日本の審
査が甘いと言う事で、次々に家族を呼び寄せていると聞きます。何故、そうする
のですか?
国民年金を掛けていた人に、もっと手厚く補助すべきだと思いますよ。日本国民
をもっと大切にしてあげてください。
タダね、現在生活保護受給者数=161万5240件は多いな~? 思いません?
曽野さんもいわれるように、私たちの親たちは、本当に苦労をしています。自分
の力で、必至で生き抜きました。其の上に貧しいながら、より貧しい人を助けよ
うとしました。やっぱり、これは幼い時の「教育」ではないでしょうか?
「自立しながらも、弱いものを思いやる心」を培える教育を望みます。
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