緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ある日の前奏曲ハ短調(再挑戦)

2021-10-28 20:49:49 | ギター
明日は毎年1年に1回の、太く、硬く、黒く、長い管(くだ)を10分ほど胃の奥の奥まで飲みこむ儀式を受ける。
先日録音したバリオスの前奏曲ハ短調だが、しぶとく、野心と執念をもって、もっといいのが録れないかと粘ってみた。

結果はわずかばかり前進したかな、という感じ。
音のビリツキが一切無く、しかも納得のいく音(特に旋律)、音楽で録音できるようになるまでには、あと100回以上は地道に録音を重ねていかなければならないであろう。

しかし気付いたのだが、1回1回録音しながら弾いて、聴いての繰り返しでやってみると自分の演奏を客観視できるので、記事に取り上げるという目的ではなくとも日々の練習も録音して後で聴いてみるのも上達のためにいいかもしれない。
(そういえば20年くらい前に一時期こんな風にやっていたことがあったな)

まだまだ音のビリツキが残るが一応完成までのプロセスとして載せておこう。

①しぶとく、野心と執念をバネにいい演奏をもくろんだが、結果はまだまだだった1回目録音:2021年1月28日19:41

②1回目録音よりももっといい演奏をしようと思い欲を出したがあまり変わらなかった2回目録音:2021年1月28日20:00

③ゆびが疲労して、かつ右a指のささくれで音も精細を欠いた3回目録音:2021年1月28日20:21
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ある日の前奏曲ハ短調

2021-10-26 22:01:19 | ギター
暗譜で弾ける曲録音シリーズ4回目。
バリオス作曲「前奏曲ハ短調」にした。

簡単そうに聞こえて、左手の難曲。

聴いてみるとビリツキや音のアンバランスがまだまだ課題が多い。
完成までの記録として残しておこう。

ビリツキが気になる1回目録音。バリオス作曲「前奏曲ハ短調」2021年10月26日21:32寝る前のひとときの録音

もっといいのが録れないかと野心をもって挑戦したけど、ビリツキ数が少し減ったくらいだけど、最後のビリツキが目立った2回目録音バリオス作曲「前奏曲ハ短調」2021年10月26日21:46
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中華あんかけラーメン作ってみた

2021-10-24 22:03:23 | グルメ
今日の夕飯に、中華あんかけラーメンを作ってみることにした。
本当はきくらげたっぷりとんこつラーメン、神田明神風を作ろうと思ったのだが、難しそうだったので、次回に回すことにした。

まず材料はこれ。



たまごはうずらの卵にした。
うずらの卵を買うのは初めて。
何故かパッケージが頑丈で、手で開かないからはさみで切って開けた。



中華あんかけは自分では作れないので冷凍食品を使った。
まずはうずらの卵をゆでる。
お湯を沸かし沸騰したら、恐る恐るうずらの卵をお玉に乗せて鍋に入れる。



5分程ゆでて、2分くらいそのままにしてから湯を捨てて、水に浸す。

皮剥き初挑戦。
意外に殻は柔らかくて弾力がある。
殻の内側に張ってある膜と一緒に上手に剥がせば、きれいに剥けるが1個、白身が殻に張り付いてしまったものがあり、白身の大部分をロスした。



次に麺をゆでるお湯とスープに入れるお湯を沸かす。



その間にどんぶりにスープ(醤油9を入れれおく。



お湯が沸騰したら、麺(インスタントではありません)を入れる。
今回はさぬきうどん風ツルツル麺ではなく、極細ちぢれ麺にした。



1分ほどゆでたら火を止め、ザルに移す。



どんぶりにお湯をいれてスープを作る。



ゆでた麺を入れる。



うずらの卵を入れる。



冷凍食品で、レンジで解凍しておいた中華丼の具を入れて完成だ。



味はどうか。
意外にも上手い!。
麺は極細ちぢれ麺で正解だった。今回は同じミスを繰り返さなかった。
うずらの卵のゆで具合も上々。
あっという間に平らげる。

デザートはこれだ。



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イエペス9回目来日公演時のインタビュー番組を見た

2021-10-24 21:52:04 | ギター
先日、ナルシソ・イエペスが9回目の来日公演を行った際に収録されたインタービュー番組の録画をたまたまYoutubeで見つけた。
このYoutubeの投稿は2018年にされたものであったが、再生回数は意外に少なく、あまり知られていなかったようだ。
偶然ではあるが、昨日、同じ番組の録画をYoutubeの別のチャンネルからも投稿されているのを見つけた。
昨日見つけた投稿の方を下記にリンクを貼り付けさせていただく。

ナルシソ・イエペス来日インタビュー Entrevista a Narciso Yepes en Japón | Yepes plays and explains his guitar in Japan


9回目の公演というと1984年であろうか。
実はこの時にイエペスは札幌まで来て、厚生年金会館ホールで演奏しており、当時大学3年生だった私は初めてイエペスの生演奏に触れたのである。



この時のことはよく憶えている。秋が深まり、寒くなってきた10月下旬の頃であった。
マンドリン・クラブの練習が終った後、先輩(4年生で元部長のAさん)の車(ホンダ、プレリュード)に同じく4年生の先輩(元ギタートップのMさん)と同期のM(当時の正指揮者)といいしょに同乗し、厚生年金会館ホールまで行ったのだ。

その時のプログラムやちらしは今でも保管してあるが、印象に残っている演奏曲はソルの「魔笛の主題による変奏曲」。この演奏は圧巻だった。
帰りにファミリーレストランに立ち寄って食事をし、車の中で松田聖子の引退の話などしていたのが思い出される。

今回Youtubeで見たインタビュー番組、実は全部ではないけど、一部分だけ見ていた記憶がある。
見たのは1980年代半ば頃の大学生の時で、見たのは実家にいた時だった。
たしか丁度トイレに入っていたときに、放映されていたはずだ。
とくに印象に残っていたのは、あの映画「禁じられた遊び」のテーマ曲、「愛のロマンス」の作者についてのエピソードをイエペスが言及した部分で、その時の記憶では私は、イエペスが9歳の時の誕生日(または9歳の時に母親の誕生日)にイエペスが母親にプレゼントした曲、というように憶えていたが、今回のビデオを見ると、「実は、7歳の時に母にプレゼントした曲」となっていた。

大学生の時、既にこの作品はアントニオ・ルビーラというスペイン人の作曲家兼ギタリストの作品の可能性が高いことを、現代ギター臨時増刊「名曲演奏の手引き Part 1」での浜田滋郎氏の解説で知っていたので、このイエペスの発言に大いに驚かせられたのである。



Youtubeでのインタビューでは、イエペスは「私が作曲した」とは明言していないものの、前後の発言内容からしても彼自身が作曲したように聞き手に思わせるに足る発言となっている。

結局この曲の作者は誰なのかということについて、過去に残された手書き譜や出版譜などを検証し、アントニオ・ルビーラであると結論付けたいきさつが詳しく書かれている書物があるので興味がある方は読まれることをお勧めしたい(手塚健旨著、「ギター名曲ミステリー」、現代ギター社)。



ただ、この曲の作者がアントニオ・ルビーラだったとしても、この「愛のロマンス」の演奏や録音で作曲者名を今さらアントニオ・ルビーラとする演奏家は殆どいないようだ。
何故ならば、この曲は映画「禁じられた遊び」でのイエペスのあの素晴らしい演奏が無ければ、殆ど陽の目を見ることなく埋もれたままの曲となっていたに違いないからだ。
それほどイエペスが弾くこの曲の演奏が、世界中の人々に感動を与え、強いインパクトを与えたことはゆるぎのない事実である。この意味でのイエペスの功績は高く評価されてしかるべきであろう。
「禁じられた遊び」=「イエペスの弾く作者不詳のスペイン民謡、愛のロマンス」という関係が絶対的に定着してしまった以上、この曲の原曲の作者がアントニオ・ルビーラというスペイン人であるという事実は多くの人々にとってはもはや殆ど重要ではない、ということであろうか。

あとこのインタビューでのイエペスの発言で印象に残ったことを書いておきたい。

まずは、イエペスの師である作曲家ビセンテ・アセンシオとの出会いについての部分であるが、「ある会合でアセンシオと会ったとき、この人は私の先生だとピンときました。何故だか彼が私が必要としていた人だと感じました。芸術家というものはときに壁に直面するのですが、そういう時に適切な師を選ぶということが大変に重要なのです。つまりその時自分が必要としている扉を叩かなけばなりません。ちょうどその時まさに私は叩くべき扉をたたいたのです」という発言。

ここで注目すべきは、イエペスがギタリストを師にしたのではなく、作曲家を師にしたということだ。
イエペスはあのジョルジュ・エネスコやワルター・ギーゼキングといった巨匠の門も叩いたと言われている。
これはテクニックは自分で研鑽を積み、音楽についてはギター以外のジャンルの音楽家を求めたということだろう。
私ももし機会が得られるならば、例えばピアニストから特定の曲についてレッスンを受けたいと思っている。

次に新人の音楽家がコンサートを開くときの準備方法と心構えについての部分(模擬コンサートの実践)。
「仮コンサートを土曜日の6時半頃に行った方が良いでしょう。ちゃんと正装のときのような襟のきつめのシャツを着て、きつめの靴を履いて、照明を四方から強く当てて、マイクやテープレコーダーもセットしておく。自宅の中で、一人でもいいが、家族がいればなおいい。とにかく誰でもいいから前に座ってもらって、自分は出てきてあいさつして、たくさんのお客さんがいるなかでラジオの放送でもしているつもりで、本番と同じような環境にいることをイメージしなければなりません。最初から最後までコンサートの一連の流れを途中でやめてはなりません。そしてそれを録音するのです。録音されたものをその日に聴いてはなりません。絶対にいけません。聴くのは次の日です。次の日になってから注意深く聴くのです。自分以外の第3者が聴いていると思って、聴くのです。絶対に、けっしてひいきしてはなりません。厳しく正確に聴くことです。このことで大きく進歩することが出来るはずです。何故ならばこの仮のコンサートの度にいくつかの問題点が見つかるはずだからです。それが見つかったらその週はずっとその問題点の解消を心がけるのです。そして次の土曜日には次のコンサートをするのです。この練習をすることによって3か月後は、きっと見違えるほど上達して素晴らしいコンサートになると思います。」

次に10弦ギターを必要とした考え方について。
6弦ギターでは全ての音に対し倍音が得られないことに対し不満をもっていた。この不満を解消するために10弦ギターを開発したと。
10弦ギターを開発したのがホセ・ラミレスⅢ世かイエペスか、ということについては長年あいまいであったが、1990年代にホセ・ラミレスⅢ世が自ら書いた著作「Things about the Guitar」での「10弦ギター」の項で明らかにされた。



この著作によるとラミレスがギターの豊かな音を得る執念から、ヴィオラ・ダモーレを研究し、その独自の、内側に同数の共鳴弦を有する構造をギターにも応用しようと、ギターの内部にブリッジを設置し6本の弦を固定するとともに中空のネックを経由してヘッドの追加された糸巻きで調律する楽器を試作した。
ラミレスはこの試作品をまずセゴビアに見せたところ、彼はとても熱狂したが同時に内部の共鳴弦が鳴りやまないという大きな問題点を指摘した。
次にラミレスはイエペスにこの試作品を見せ、イエペスも熱狂したが、共鳴弦が鳴りっぱなしになるという問題点については、遠隔で操作できる装置をギター内部に入れることを提案した。
しばらくして、イエペスからラミレスに電話があり、こう言ったという。
「内部弦のことは忘れてくれ。外側の通常の6本の弦に、更に4本の弦を加え、それを私が研究したある方法で調弦すれば、内部弦を備えたときと同じ共鳴とハーモニーの補償が得られるはずだ。しかも、特別な技術を使わずに、右手でいつでも消音できるという利点を持っている」と。
そしてラミレスはイエペスの言うこの構造を持ったギターをすぐに設計し、製作してイエペスに見せたという。
ラミレスが出来上がった10弦ギターをイエペスに見せた時、イエペスの試奏はまるでギターの1年生かそれ以下のひどいレベルだったという。
「しばらくたって、彼は天を仰いだ。私は、彼が侮辱の言葉を吐くのではないかと恐れたが、彼はそうしなかった。そうしてこう言った。「何という素晴らしい困難にのめり込んだものだ!」」

この10弦ギターの試作は1960年頃だと思われる。イエペスは1964年からコンサートで10弦ギターを使うようになったという記録がある。
以上のラミレスの著作の内容からすると、10弦ギターが生れるきっかけを作ったのがラミレスで、ラミレスの試作品の問題を解決すべく、現在の10弦ギターの構造と調弦法を発案したのがイエペスになる、ということのように思える。

最後に、楽譜通りの忠実で正確な演奏と、ミスがあっても感情、情熱的な部分が感じられる感動を与える演奏のどちらをとるか、について。

「正確に演奏するだけでは何の価値もない。それはスポーツのようなもので芸術ではありません。演奏するということは、楽譜に書いていないものを表現することです。本当の音楽は楽譜に書かれているものではありません。練習で得られるものでもありません。しかしそれでも練習が無意味というわけではありません。練習することによってテクニックを忘れることができるのです。舌を使ってしゃべることが出来るのと同じように、指がギターを弾くように用意されているわけでありません。しかしギターだってしゃべるのと同じくらい自然に出来るようになれるのです。そうなればテクニックを忘れて本当に音楽を奏でることができるのです。」

音楽とは、大衆音楽であろうと無調の難解な現代音楽であろうと、必ず根源的には作った人の生の感情、考え方、価値観、人生観、観念、想念、知識といったものが元になっている。
楽譜に記載された情報からは、そのような要素のごく限られたものしか読み取れない。
楽譜に記載されたことを忠実に正確に表現することが全てで重要だとする考え方での演奏は、上手くても非常に中身の薄い、何にも伝わってくるものが無いものに違いない(実のところ、昨今の演奏家の演奏はこのようなものが多いように思う)。
楽譜に記載されていないもの、すなわちイエペスが言う「本当の音楽は楽譜に書かれているものではありません」と言っているものを読み取って、感じ取って、理解して、同化する、という作業が出きるか否かが演奏家にとって最も重要なことだと思う。
だから演奏家は、音楽だけなく、音楽以外の芸術に対する理解、人間の感情に対する感受性の鋭さを得ること、そのために深く幅広い人生体験をすることが求められるのだと思うのである。
聴き手の眠れる魂を揺さぶり、根源的な感情を深いところから湧き上がらせることを可能とする作品、とそれを実現可能とする演奏家との出会いによって、聴き手はわずかな時間のなかで、非日常の空間において、一生忘れ得ぬ、凝縮された至福体験を得ることができるのだと思う。
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ある日の月光

2021-10-23 17:06:29 | ギター
定期演奏会が終って、独奏曲演奏が解禁(?)となったところで、まずは暗譜で弾ける曲目を録音してみることにした。
新曲はその後だな。
このシリーズ(?)第3弾はソルの「月光」。
これも久しぶりの演奏。
原曲の速度指定はアレグレット(モデラートではありません)。

この速度指定を意識して、かつメロディラインを浮きだたせるような弾き方はかなり難しい。
この曲の練習曲としての価値、レベルが高いことにあらためて気づく。

納得のいく、いい演奏を残そうと思ったら大変だ。
何十回、曲によっては100回以上は弾かなければならないかもしれない(上手い人は別だろうけど)。
前回と同様ミス有りだが、適当なところで切り上げる(妥協)。
やれやれだ。

1か月前に買い換えた車のメーターの調子がおかしくなり、意気消沈した気分のなか、20日夜に見た美しい月光の印象が潜在的に演奏することを促したと推測される、ソル「月光」の演奏(2021年10月23日16:46録音)

夕食後、もっといいのが録れないかと、しぶとく挑戦したけど、後半に緊張でかいた左手の汗で滑って、結局あまり変わらなかった録音もあげておく。

野心としぶとさがあまり報われなかった、再挑戦の録音、ソル「月光」2021年10月23日19:29録音


それはそうと、今週水曜日(20日)の夜、仕事帰りだったが、非常に美しい15夜の月が夜空高く浮かんでいたので、思わずスマホで写真を撮った。
全く見えた通りに写っていなかったが、一応載せておこう。


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