緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ベートーヴェン ピアノソナタの名盤(5) 第9番

2013-11-10 00:49:27 | ピアノ
こんにちは。今日は一日中どんよりとした曇り空で、夜になると雨が降り始めました。
ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲の聴き比べを始めて半年以上経ちますが、ほぼ毎日聴いています。
ベートーヴェンのピアノソナタを聴いていると、ベートーヴェンが人生の途上でさまざまな体験を通して味わった感情を表現していることに気づきます。
人間の感情をテーマにした曲を創造することは、たいへんなことだと思います。とくにクラシック音楽で表現することはなおさらだと思います。
70年代にフォーク・ソングが流行りました。若い人たちがその時に感じた純粋な気持ちを詩や曲で表現したものですね。その頃中学生だった私はギターに熱中していましたが、かぐや姫とか風といったグループのフォークソングも聴きました。
フォークソングのような音楽形態で作者の気持ちを表現することは直截的であり、聴き手にも伝えやすいが、表現できる感情の幅は限られたものになると思います。聴き手がたやすく共感できる範囲にとどまると思います。
フォークソングは親しみやすかったが、自分はやはりクラシック音楽に気持ちが向いてしまいます。クラシック音楽の数は膨大ですが、人間の感情、それも深く、複雑で、単純ではない、良くも悪くもさまざまな精神的体験から生み出されたものに興味を覚えます。
ピアノ曲であれば、ベートーヴェンとフォーレの音楽にそのような要素を強く感じます。
両者共、後年になるにつれて耳が聞こえなくなっていったという体験に共通性がありますが、それ以上に人間はここまで深い感情を体験できるのか、そしてそのような深いさまざまな感情を音楽で表現したことに対し驚きを感じます。
今回紹介するベートーヴェンのピアノソナタ第9番はベートーヴェンが20代の後半に作曲された曲ですが、彼が作曲家として希望に満ちていた当時の心境が感じられます。
第1楽章アレグロは、よく晴れた気持ちのいい日に、何か嬉しいことがあって気持ちが高揚しているさまが感じ取れます。またはこれから何か嬉しいことをしていきたいという、強い前向きな希望を感じます。ベートーヴェンが軽快な足取りで歩きながらこの曲が浮かんできたのかもしれません。



次の部分は非常に情熱的なものを感じます。



アルペジオとユニゾンのメロディの組み合わせですが、この第1楽章の要だと思います。このアルペジオを聴くと、フェルナンド・ソルの「グラン・ソロ」の一節を思い出します。ユニゾンのメロディはとても強い感情が込められています。
この部分の後に強い和音と上昇音階が組み合わさるフレーズが続きますが、喜びの気持ち、嬉しい気持ちが最高に表現されています。
第2楽章アレグレットは、やや暗く陰鬱な感じがしますが、悲痛な感じはしません。繊細な表現が要求される楽章だと思います。単に楽譜どおりに弾くだけではなく、作者の気持ちをそのままに表現できるかが問われると思います。華麗な技巧を出す箇所は全くないですから。



この第2楽章の速度は奏者によりまちまちです。アレグレットという速度指定が奏者によりさまざまな受け取り方があることに気づきます。
第3楽章ロンド・アレグロ・コモドは、軽快なテンポに加え力強い表現が求められる箇所が頻繁に現れます。強弱の少ない平坦な表現だと聴き手に強く伝わってきません。
ベートーヴェンにしては形式面を強調した曲だと思いますが、音の表現は細かく指定しています。



さて今回もいろいろな奏者の演奏の聴き比べをしました。聴いた録音は以下のとおりです。

①アルトゥール・シュナーベル(1932年、スタジオ録音)
②スヴァヤトスラフ・リヒテル(1965年、ライブ録音)
③スヴァヤトスラフ・リヒテル(1947年、ライブ録音)
④フリードリヒ・グルダ(1968年、スタジオ録音)
⑤ヴィルヘルム・バックハウス(1968年、スタジオ録音)
⑥ディーター・ツェヒリン(1969年、スタジオ録音)
⑦マリヤ・グリンベルグ(1965年、スタジオ録音)
⑧ヴィルヘルム・ケンプ(1951~56年、スタジオ録音)
⑨ヴィルヘルム・ケンプ(1964年、スタジオ録音)
⑩クラウディオ・アラウ(1967年、スタジオ録音)
⑪エリック・ハイドシェク(1967~1973年、スタジオ録音)
⑫イーヴ・ナット(1953年、スタジオ録音)
⑬タチアナ・ニコラーエワ(1984年、ライブ録音)
⑭ジョン・リル(録音年不明、スタジオ録音)
⑮パウル・バドゥラ・スコダ(1969年、スタジオ録音)

この中で最も聴き応えがあり、感動した演奏は次の3つです。
⑦マリヤ・グリンベルグ(1965年、スタジオ録音)



マリヤ・グリンベルクは2000年近くまで殆ど全くその存在が知られていなかったピアニストですが、その演奏を聴くにつれて世界でも屈指の巨匠であると感じずにはいられないほどの素晴らしい演奏です。技巧や表現力以上に、作曲者の深い心情を直截的に聴き手の心に刻み付ける能力が凄い。類まれな能力というより、さまざまな深い体験から得た感情を持っているから自然に作者の心情を出せるのだと思う。頭で考えてこう表現しようというレベルではないです。作者の気持ちそのものを感じることができるから、曲自体に同化しているのだと思います。
ベートーヴェンのピアノソナタの中でも後期の31番や32番やフォーレの夜想曲第13番などの精神性の深い曲などは、とくにこのようなレベルまで到達しないと聴き手に作曲者の心情をそのままに感じさせることはできないと思います。
第1楽章の先に述べた下記の箇所などは他のどの奏者の演奏よりも強く心に残ります。



グリンベルクのこの曲の演奏を聴いたならば気持ちにエネルギーが生まれていることに気づくかもしれません。
第2楽章はやや遅めのテンポですが、この演奏も作者の気持ちがそのままに現れています。他の奏者の演奏と聴き比べるとなお分かります。喜びや嬉しさの裏の気持ち、不安や弱々しさ、頼りなさ、上手くいかないもどかしさ、やるせない悲しい気持ち、等々。残念ながら第2楽章の終結部の録音が損傷してしまっていることです。
第3楽章は非常に早いテンポですが、力強い音、強弱の幅が広い表現が聴きどころです。
均一で単一な音の演奏では聴き手の気持ちを捉えることはできないと思います。ダイナミックで力強い表現が求められます。
次に感動した演奏は⑩クラウディオ・アラウ(1967年、スタジオ録音)です。



オーソドックスで地味な演奏に聴こえますが、注意して聴くと凄い演奏です。音の幅が凄いです。グリンベルクもそうですが、これほどピアノという楽器から最大限に魅力ある音を引き出せる奏者は数えるほどしかいないと思います。特に低音は何層にも音が重なったような重厚かつ惹きつけられる魅力に満ちている。
そして音楽の流れが自然で、作曲者の求める指定にも忠実です。それは単に楽譜という紙に書かれたものに機械的に忠実という意味ではなく、作曲者が感じ、音楽として創造し曲にしたものを忠実に表現するという意味です。以下の箇所などでそれを感じることができる。



アラウの演奏を聴いていると音が生きているという感じがしてきます。それは音に感情エネルギーが伝わっているからなのだと思います。演奏以前にこの曲に自分は何を感じているのか、まずそのことこそが音楽表現に最も大切なことをあることを教えられます。
3番目の演奏は②スヴァヤトスラフ・リヒテル(1965年、ライブ録音)です。



ベートーヴェンのピアノソナタではスタジオ録音よりもライブ録音が多いですが、ミスが殆どなく完成度の高い演奏が多いです。
リヒテルの演奏は技巧が華やかに聴こえますが、単に技巧が凄いからではなく、音の出し方、特に弱音から強音までのレンジの広さ、美しい優雅な強音を出せるところが凄いと思います。特に第3楽章は、この第9番のベストの演奏だと思います。ただリヒテルの演奏を聴き続けて感じるのは、感情表現においてはグリンベルクほどのものはないです。リヒテルはグリンベルクの演奏をどう見ていたかは興味のあることだが、リヒテルとグリンベルクは親しかったという記録があります。ただグリンベルクはリヒテルのバッハの演奏解釈には否定的だったようだ。これについてはいつか述べたいと思います。
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3 コメント

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Unknown (コナン焼き)
2019-01-27 14:54:21
はじめまして。ピアノ初学者ですが、ベートーヴェンの初期ピアノソナタにはまっています。初期はメロディーが優しい曲が多くて、大好きです。奏者ごとに聴き比べるのも楽しそうですね。
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Unknown (緑陽)
2019-01-27 20:58:03
コナン焼きさん、はじめまして。コメント下さりありがとうございました。
ベートーヴェンの初期ピアノソナタですと、第1番と第3番が良く演奏されていますが、私は第2番が好きで5年くらい前に手に入るあらゆる録音を聴きまくったことがあります。
ベートーヴェンの中でも明るい曲ですね。
ベートーヴェンのピアノソナタは本当に素晴らしいです。
是非これからも継続なさって、全曲演奏できるといいですね。
私は最後の第31番と第32番が特に好きで、この演奏もあらゆるものを聴きまくってきましたが、単に音楽が素晴らしいだけでなく、この曲から生きることの意味を教えてもらいました。
コナン焼きさんがいつかこの曲に取り組むことになった時、この曲の素晴らしさをきっと感じるに違いないと思います。
おっしゃるように様々な奏者の聴き比べをすることは大賛成です。
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Unknown (コナン焼き)
2019-01-31 00:55:26
緑陽さん、お返事ありがとうございます。

2番は第4楽章が好きでよく弾いてます。不思議な魅力がありますね。最初期では第3番の第2楽章が月光第1楽章のプロトタイプな趣で最も好みな曲です。

31、32がやはり凄い曲なんですね。自由な構成やジャズの雰囲気があったりと、幻想曲に近く感じて、なかなか体に馴染むにはハードルが高いですが、色んな奏者の演奏を聴きこんでみます。
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