「NHKスペシャル 驚異の小宇宙人体Ⅱ 脳と心」を観たのは高校生の時。
人間の脳と心を多角的な観点から切り込んだ番組だった。
脳の緻密さがCGでうまく表現されていて、そして樹木希林と養老毅の司会進行も絶妙だった。
昨日、好きな音楽についてブログに書いた。
この番組のサントラにもビビビッときたことを思いだした。
ジブリ作品や北野武監督作品で有名な久石譲が手掛けた。
(新・尾道三部作「ふたり」のサントラも久石氏が手掛けた。このアルバムは思い入れがあり、私は尾道旅行に必ず携える。)
たしかその回の内容は、ネアンデルタール人の心についてがテーマだった。
ネアンデルタール人の遺骨の周囲からは花粉がたくさん出土した。
あの時代、ネアンデルタール人の心に、死者を埋葬する心があった。
遺骨の周囲から出土した花粉は、その心の証になる…みたいな内容だった。
ネアンデルタール人が死者に手向けた花から花粉が空中に舞い上がる。
そのアニメ映像と共にこの曲が流れたのだ。
美しく壮大な旋律にメロメロになったが、その後、この曲が「PRINCIPLE OF LOVE やさしさの芽生え」という名前だということを知り、メロメロはハイパーメロメロになった。
ネアンデルタール人に「優しさ」があった驚き、感動。
その意外性とネアンデルタール人の崇高さが、この曲の脈と非常によくマッチングしたことの奇跡…。
私は、曲の名前というものに不思議な感情を抱くことがある。
もしも、この曲の名前が「月の光」だったら、私は月を見る度にこの曲を思い出すだろう。
優しい音色が月光を上手く表現している…とか思いながら。
その点、歌は歌詞がある分、曲の主張というか、曲が聴く側に「こういうシチュエーションのために作られた曲ですよ」と強くアピールすることができる。
逆をいえば、歌よりも歌詞がない曲は、聴く側に思い入れの余地を与えることが可能である。
この曲を聴くと、曲調に酔いしれると共に、ネアンデルタール人の優しさに感動したりする。
死者に花を手向ける優しい心。
それらが遺伝子の旅路の果てに私の心にも受け継がれているのだと、…自覚は無いけれど信じたくなる。