晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

井上ひさし 『手鎖心中』

2022-04-01 | 日本人作家 あ

ついこの前新年を迎えたと思っていたらもう四月です。年を取ると時の過ぎるのがまあ早いこと。なんてなことを書くとナウなヤングの世代から「うっせえジジイ」と罵倒されそうなもんですが、ナウなヤングは「読書ブログ」なんて興味の欠片もなさそうなので、どうかこのブログを見ませんように。

 

というわけで、井上ひさしさんです。「ひょっこりひょうたん島」の脚本の人というイメージがあまりにも強すぎたのですが、『手鎖心中』で直木賞も受賞されてますし、と思いきや名だたる演劇の賞も受賞されてますし、まあ要は優秀なクリエイターってことですね。

井上ひさしさんといえばとにかく「原稿が遅れる」ことで有名だったらしく、自身で「遅筆堂」というペンネームにするくらいふざけてますが、自ら立ち上げに関わった劇団(こまつ座)の台本が遅れて初日延期なんてことも珍しくなく、それでも作品の完成度は逸品だったので成立してたんでしょう。今だったら炎上案件。ギスギスしてなくてなんだかいい時代ですね。

大坂から戯作者になるために江戸にやって来た与七。版元の蔦屋重三郎の家に厄介になることに。蔦屋重三郎からパーティーに誘われる与七。そこで、絵草紙作家志望の清右衛門と太助というふたりを紹介してもらいます。三人でああだこうだと会話していると、深川の材木問屋、伊勢屋の若主人で栄次郎という人物を紹介されます。なんでも栄次郎、絵草紙作家志望とのことですが、はっきりと「絵草紙の作者になりたい。ですがその才能がない」と言ってのけ、さらに「才はないが金はあるので、ひとつ力を貸してほしい」というのです。人を笑わせる、人に笑われることが好きで、ついでに「先生」と呼ばれるように敬われたいので戯作者になりたい、とのこと。どれほど才がないか栄次郎の作品を見た三人はなるほどと納得。はじめは三人にゴーストライターになってほしいというお願いだったのですが、みんな酒が進んで酔っ払ってどうでもよくなって最終的にはどうせなら一流先生の挿し絵と推薦文を付けて栄次郎の作品を売ればいいということになります。

そんなこんなで、浅草にある本屋の店頭にうず高く積まれたのは、辰巳山人(伊勢屋栄次郎のペンネーム)の絵草紙「百々謎化物名鑑」。太田蜀山人と山東京伝の推薦文に、画は歌麿・・・といいたいところでしたが実際は文のあまりのつまらなさに途中で放り出し、弟子の行麿が引き継ぎますが行麿も内容に腹を立て、行麿の弟子の雨麿の、そのまた弟子のナントカ麿が描きました。

ところが本人は売れる気マンマン、この一冊で天下にその名がとどろくはずと思っていて、本は全く売れずにだんだん顔色が悪くなって元気もなくなってきて、こりゃまずいと伊勢屋の番頭に金をもらってサクラを雇うことに。本が売れて栄次郎も元気になって良かったねといいたいところでしたがこれがバレてしまい大変。このままでは大川に身投げでもしかねないということで三人は栄次郎を飲みに連れていきます。そもそも戯作なんて「戯れに作る」であって本業にしてはいけないもので、遊び人が親に勘当されどこかの箱入り娘を騙して婿養子になって金も時間もたんまりあるような、そういう人が遊びで書くもので、本業の材木問屋に戻ったらどうだい、と諭しますが、栄次郎は自分には覚悟が足りないと親に勘当してもらってどこかに入り婿になると宣言。栄次郎の父親は息子に期間限定(三ヶ月)の勘当を言い渡します。二十五歳で独り身の娘がいる本屋に婿入りした栄次郎。しかしまだ不足。そこで時の幕府を批判した作品を発表して、山東京伝が受けた(手鎖五十日)や竈釜人の(江戸所払い)といった錚々たる戯作者たちの刑罰を自分も受けなければ本物ではないと言い出し・・・

この表題作ともう一つ収録されています。こちらは「江戸の夕立ち」という作品で、幇間の桃八と薬種問屋の若旦那の清之助が品川から小舟に乗って江戸湾に出て転覆し、通りかかった千石船に救助されますがふたりを降ろさずそのまま北上して釜石で下船。なんやかやで若旦那に騙され鉱山に売り飛ばされて坑夫として働くことに・・・

まあ今さらではありますが、面白いです。エスカレートしていく展開などはまるで落語のようですが、滑稽というだけではありません。オチが「そう来たか!」と秀逸。

参りました。さっそく他の作品を。

 


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