晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

スティーヴン・キング 『ペット・セマタリー』

2010-08-06 | 海外作家 カ
20年くらい前でしょうか、「ペット・セメタリー」という映画が公開され、
海外でも、日本でもヒットしたことはよく憶えているのですが、しかし
それがスティーヴン・キングの原作で、彼の名前は、当時、映画小僧だった
ので、よく耳にしていたのですが、残念ながら本を読むという習慣がなく、
それから20年を経て、ようやく原作を読むことに辿りついたわけであります。

映画では「ペット・セメタリー(Pet Semetary)」と、英語のスペルは正解
なのですが、原作の小説では「セマタリー(Sematary)」となっており、
これは文中に登場する「ペット霊園」という場所があり、ここは近所の子ども
たちが手作りしたもので、入り口の看板に書かれている文字に間違いがあって、
(作品中では「ペット“礼園”」としている)それをタイトルそのままにしている
のです。

大都会シカゴから、メイン州の田舎、ラドロウに越してきたクリード一家。
医師で、メイン大学の診療所に勤めるここになる父ルイス、その妻レーチェル、
そして娘でお姉さんのエリー、息子で弟のゲージは、そしてエリーの飼い猫
チャーチはラドロウの一軒家に移り住み、隣家のジャドとノーマ老夫婦にあいさつ
をします。
とても人の良いふたり、ジャドは気さくで、ノーマは関節炎を患いながらも
親切で、はじめルイスは、自分の職業を隣人の「よしみ」で利用されるのを
嫌がったのですが杞憂、老夫婦はそんなそぶりも見せず、すぐに打ち解けます。

家の敷地はとても広く、裏側は森になっていて、その森に入る小道があります。
それをジャドに訊ねると、あの奥はペット霊園になっている、と言います。
近所の子どもたちが、自分たちで手作りした霊園だというのです。
そして、クリード一家はジャドに連れられて、その霊園へと向かいます。そこは
森の中にぱっとひらけた広場になっていて、奥にはうずたかく積まれた倒木の山。

いよいよ大学の診療所で働きはじめるルイス。早々、ジョギング中に交通事故に
あったという学生が瀕死の状態で運び込まれてきます。頭が割れて、出血もひどく、
ここから大きな病院に搬送してももはや間に合わないこの学生が突然、口を開いて
何か話し出します。
「ペット霊園では・・・」
はじめルイスは意味がわからず、幻聴かと思うのですが、学生は次にはしっかりと
「あの霊園には近づくな」
といった意味の言葉を話し、があああとうなり声をあげ、こときれます。

そして、その後、家で寝ていたルイスのもとに、事故死した学生、ヴィクター・
パスコーがやって来ます。これは夢なのか、ベッドの横に立つパスコー。
付いて来いといわれ、ルイスは起き上がり、ドアをすり抜けるパスコーを見て、
ああ幽霊だ、と恐怖に襲われますが、なぜか付いて行くことに。
そして、ペット霊園に来たルイス。パスコーは、霊園の奥にある倒木の山を指し
「あの倒木の山より向こうには絶対行くな。いけば家族が不幸になる」
と言い、それからルイスは、どのように帰ったのかおぼえておらず、気が付くと
ベッドに寝ていたのです。階下から自分を起こす妻と娘の声。起き上がると、
足には土がべったりとついていて、それでシーツは汚れていたのです・・・

(※ここから物語の重要な部分にふれます。ネタバレ注意)

夢遊病かなにかで、夜中に外に出てしまい、それで足が汚れたんだ、パスコーと
霊園に行ったのはただの夢なんだと言い聞かすルイス。
しれからしばらく経ち、クリード一家に悲しい出来事が起こります。エリーの愛猫
チャーチが死んでしまったのです。
家の前には大きな道路になっていて、そこはしじゅうひっきりなしに大型トラックや
ダンプが走り、引っ越してきた時から危険は分かっていたのですが、おそらく猫は
道路で車に轢かれたらしいのです。
悲しみに打ちひしがれるエリー。チャーチの亡骸は霊園に埋めようとルイスは思うの
です。
そこに、隣人ジャドがやって来て、いっしょに霊園まで行くというのです。
霊園に着き、なんとジャドは、奥の倒木の山を乗り越えようとするではありませんか。
しかしジャドは「いいから黙って付いてくるんだ」の一点張り。
そこからまたしばらく歩き、湿地帯を抜けて、長い階段を登り、着いたのは丘の上。
そこに猫を埋めるんだと命じるジャド。意味がわからず指示に従うルイス。
その理由はあとで話す、とジャド。その理由はあとで分かる筈だ、と。

そして翌日、家の外を見てみると、そこには泥で薄汚れたチャーチがいたのです。
あの森の奥は、先住民ミクマク族が聖なる場所としていて、そのミクマク族と交流
のあったラドロウの住人の中には、ある「神秘」を聞いていたのです。
ジャドは、かつて家で飼っていた犬の話をしはじめます。可愛がっていた愛犬が死に、
森の奥の秘密を聞いたジャドは犬を丘の上まで運び、埋めます。その翌日、死んだ
はずの犬が家の前に座っていたのです。しかし、前とは様子が違い、そしてかなり
「臭い」のです。
じつはラドロウでは、ある住人が大事にしていた牛がいて、その牛も死んだはずなのに
生き返ったという出来事がありました。

そこでルイスはある疑問を聞いてみます。人間はどうなんだ、と。
急に怒るジャド。人間なんてとんでもないことだ!そんなこと口にするな!と・・・

しかし、ルイスにとって、死んだ生物が生き返るというのは医学的にあり得ず、
それこそ聖書の中での出来事でしかなく、帰ってきたチャーチは、おそらく脳震盪
かで一時意識不明状態で、埋めたら息をふきかえして、家に戻ってきただけなんだ、
と自分に言い聞かせます。

またしてもクリード一家に悲劇が。家の前の道路に向かって走り出すゲージ。ようやく
かたこと言葉を話し出し、歩いたり走ったりすることができるようになったゲージが
父親の必死の呼びかけもむなしく、道路で走ってきた大型ダンプにはねられ・・・

人間をあの丘の上に埋めて生き返らそうとすることはできるのか・・・

この本が出版される時、その売り込みに「あまりの恐ろしさに発表が見合わせられた」
とあったのですが、じつはちょうどこの時期、前作まで出していた出版社から別の
出版社で新作を出すことになり、そんな状況を明言できない状態にあり、「発表を
見合わせている」という発言を、誰かが曲解して「あまりの恐ろしさに・・・」という
ことになったそうです(※訳者あとがきによります)。

じゃあどこまで恐ろしかったのかというと、はっきりいうと「恐怖」というよりは、
家族の愛と死を重く切なく哀しく描き、時にホラー要素も絡めて、といったバランス具合。
少なくとも、鈴木光司の「リング」のように、怖くて夜中トイレに行けなくなった(※実体験)
というまでの恐怖はありません。


コメント
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