先日参加した2017年米国泌尿器科学会総会では、裁判社会である米国の実情を反映して、医療裁判において、被告(defendant)となった場合にどのような対応をするべきか、また医療鑑定(expert witness testimony)で被告側、原告側(plaintiff)の証人(witness)になった場合にどのようにそれぞれの弁護士(attorney)または検事(district attorney/prosecutor)から質問されるかについて、模擬裁判の形で2週間くらいかけて行われる審理を1時間にまとめて3件披露するsectionがありました。医師も弁護士も実戦で活躍している一流の本物の人達が出ており、追求の様子も迫真の演技(実際にやっている通り)なのでテレビドラマのようでもあり、見ているだけで面白かったです。普段病院の事例検証を担当し、また裁判にも度々関係した事がある私としては実生活上も大変参考になったので備忘録的にまとめておこうと思います。
壇上で第一線で活躍する医療系の法律家達が実際の裁判さながらに被告や証人を追求する
I. 以前裁判における医療鑑定でまとめたように、医療過誤(medical malpractice)を証明するには、
1) 安全さを欠いた治療であることを証明すること。
2) 過失(negligence)による障害の存在を明らかにすること。
3) 公正な正義に基づく主張であること。
を明らかにする必要があります。
II. また医療過誤訴訟における論点として
1)治療義務(Duty of care)— 患者:医療者関係を築いた時点で普通成立。
2)治療義務の完遂(Breach of the duty of care)— 標準的な規準に照らして、当然行われねばならない医療内容(検査や治療など)が行われる事。
3)因果関係の成立(Causation)— 行われた(行われなかった)医療によって問題となる障害が生じた法的責任(liability)があること。
4)障害・損害の確定(Damage)— 精神的或は身体的障害が明らかであることを原告側(plaintiff)が証明。
などが挙げられます。
今回の模擬裁判では以下の3事例についての審理が行われました。それぞれについて医療過誤を訴求しえる理由、その論点を上記 I.II.に沿って短くまとめます。
Case 1. ロボット補助腹腔鏡による前立腺全摘手術で直腸損傷が生じ、術後それが判明したが、保存的治療を行った結果、膀胱直腸瘻になり、結局開腹手術で修復術を行って現在排尿状態などは問題ないがPSA再発をおこしつつある。
○ 医療過誤を訴求しえる点。(1)前立腺全摘で直腸損傷(2)術中に判明し得なかった(3)解った時点で即治療せずに保存的治療(4)再度開腹手術が必要であった(5)完治に時間がかかっている間にPSA再発
○ 上記それぞれについて標準的な基準に照らして当然行わねばならなかった医療内容ではなかったか(Breach of the duty of care)が原告側の弁護士から被告自身、被告側の証人に対して追求され、一方で原告側の証人は当然行われるべきであった治療などを文献やガイドラインを示しながら表明します。つまり術中に発見して即座に修復していれば2度の手術にならず、PSA再発も早期に対応できたはずとして損害の確定がなされます。
○ 本例は日本であれば起こりえる合併症を適切に対応して完治できているので医療過誤の対象にはならないと考えますが(米国でもほぼ同じ考え)無理にいろいろ追求すればこうなりますという事例として示されました。
Case 2. 糖尿病で勃起障害のある60代の患者が、Viagraなど使用しても効果がなかったので男性ホルモンの補充を行った所、勃起可能となったが程なくして心筋梗塞を起こして死亡した。
○ 医療過誤を訴求しえる点。(1)糖尿病で高脂血症なども伴う男性に男性ホルモンを補充することで心筋梗塞になるリスクが増加することは文献的にも指摘されているので、施行前に循環器科の受診を勧めるべきであった。
○ 安全さを欠いた治療である、という主張に対して、被告側からは当然患者の希望でホルモン投与のリスクも説明した事などから過失(negligence)はなく、法的責任(liability)は問えないと主張されます。
○ 本例も日本であればたまたま起こったで終わる例。男性ホルモン補充と心筋梗塞も100%の因果関係がある訳ではないので言いがかりに近いとも言えますが、裁判社会である米国ではきちんと対応しないと有罪になりかねません(弁護士の説明として、いかに素人の陪審員<jury>に専門医療の内容を解り易く<自分の主張したい方向に>納得させるかがポイントと解説してました)。
Case 3. 尿路感染を起こしていた腎結石の患者に経皮的腎結石砕石術(PNL)を行った所、結石は除去されたが手術終了直後から敗血症をおこして集中治療が必要になった。
○ 医療過誤を訴求しえる点。(1)尿路感染の既往があれば治癒後であっても再度尿培養等行い(感染性の結石であるから)それに応じた抗生剤を使用してから手術を行うべきであった。(2)術後感染を起こし易いPNLよりも他の治療(体外衝撃波とか経尿道的治療とか)を選択すべきであった。
○ 治療と感染の因果関係は成立していますが、安全性を欠く治療であったか、が争点。感染性結石であることはほぼ間違いないので検査を行ってから、という主張は説得力はある。
○ 日本の場合、法的責任を問えるようには思えませんが、Morbidity and Mortalityカンファレンス(M & Mといって20年前米国留学していた当時から欧米では行われていて、最近では私の病院を含む日本でも普通に行うようになった)を行って、教訓として皆で知識を共有すべき事例と思われます。
Law & Orderなどの米国裁判ドラマでも良く見かけるのですが、弁護士が被告や証人に「YesかNoで答えて下さい。」と迫る場面があります。しかし医療では0%か100%で答えられる事柄は普通ありません(絶対安全とか100%治るとか)。その場合”Answer yes or no!”と迫られても”This subject can not be answered yes or no”と突っぱねて意見陳述をする場面が模擬裁判でもありました。これはこれで実際の裁判であっても良いのであって、yes, noで答えられない質問をする弁護士(検事)が悪いということのようです。大抵陳述中に発言を遮られて別のyes, noで答えられる内容に改めて質問される(絶対安全ということではありませんよね?のような)ことが普通のようです。だから無理にyes, noで答えて自分の意図しない思惑に乗せられることがないようにすることも大事と説明してました。
最近私が関係した医療裁判においても、I.IIの考え方から、標準的な基準に照らして当然行われなければならない検査が行われていなかったので注意義務違反である(治療義務の完遂が不十分)、という訴えに対して、検査は適切に行われており、その時に疾患が発見できなかった(後で別の病院で発見された)事は注意義務違反には当たらず、発見が遅れたことによる精神的・身体的障害が発生したという因果関係は成立しないとしてカルテなどの証拠を取り揃えて反証の文を作成して訴えを突っぱねた経験があります。日本においても医療裁判は一定の数行われており、仕事をしている限りいつも意識していなければならない事項であり、基本を抑えておく事は大切と思いました。
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