今回は純粋に専門医学的な話題です。備忘録として書き起こしますが一般の方は解りにくいと思います。
今回の第31回ベルリンの国際泌尿器科学会では間質性膀胱炎の治療について発表をしましたが、個人的には一番興味があったのは主に欧州で話題になっている「前立腺癌のアブレーションを用いた部分治療の実際がどうであるか」という点です。
10月17日の初日朝からPlenary symposiumとして前立腺癌のセッションが開かれ、アメリカのPeter Albertsenが種々の治療法があり、早期発見が可能となったので我々は最早前立腺癌で死ぬことはないのではないか、といった講演や、低リスク前立腺癌の治療としてActive surveillance(経過観察)、放射線、手術についてノモグラムで有名なScardinoらが討論をしました。要は本当に低リスクであればinsignificant cancerなのだから経過観察でよい、今までの種々の統計には低リスクとされながら高リスク(悪性度が高い)の癌が紛れ込んでいたから問題なのだ(特にPSAスクリーニング時代前の物)、というような結論も出ていました。まあこれらは部分治療についての前振り的なセッションでもありました。
続いてParallel Plenaryとして前立腺癌のFocal therapyのセッションへ。部分治療が正当化されるためには癌が片葉にしか存在しないことが明らかでないといけません。しかし前立腺癌には主たる病変であるIndex lesionと場合によっては1-2mmしかないようなsecondary and/or tertiary lesionがあることも全摘標本や多部位生検標本で良く知られています。これらをどのように正確に診断するかが部分治療の要諦になると思われます。セッションでは英国のEmbertonがテンプレートを使ったsaturation biopsyについて報告、またフランスのVillersはMRImagingによる診断について触れました。部分治療の新しい方法としてMRガイドの超音波高温度治療やロボットアシストで行なう治療など紹介されましたが、どうも大事な部分が抜けているような印象を受けました。
前立腺癌の部分治療が標準治療として認知されるには、部分治療によって前立腺癌が治癒するということが医学的にある程度あきらかでないといけません。Prenaryで討論されたように正しく低リスク早期前立腺癌と診断されればactive surveillanceで良いのだ、という結論ならば部分治療の推進者が部分治療をactive surveillanceと全摘手術の中間に位置づけていましたが、active surveillanceにしきれない低リスクの前立腺癌を部分治療に持ってゆくという、いわば「診断における灰色部分を請け負う治療法」ということになってしまいます。新しい治療法などは部分治療が標準治療として確立されてから次の段階だろうと思われるのに、大事な途中経過たる「部分治療の位置づけ」の討論が抜けてしまっていました。
翌日18日は早朝6時半からInstructive courseとして前立腺癌の部分治療を受講しました。昨日も出ていたEmberton(この人はHIFUの治療で日本のEE学会にも講演に来ていたので知ってましたが)、JF Ward、アメリカのT Polascikらの講演を聞きました。昨日のセッションよりはより突っ込んだ内容でした。
部分治療で微小なsecond lesionを見逃してしまって完治ができない可能性があるので、昨日のセッションではテンプレートを使ったsaturation biopsyの例を上げていましたが、実際に行なったEmbertonに言わせると結局これは意味がないということ。テンプレートで5mm画の格子上で80本とかの生検を行なうと1g近い前立腺組織が採れるけれども、病理医が検鏡するのは各生検組織の5μ厚の切片一枚だからどんなに沢山生検したところで全前立腺組織の数百分の一しか見ていない事になり、1−2mmの病変など見逃してしまう確率が高いという。前立腺癌が他部位に転移する時には最も大きく悪性度が高いIndex lesionだけであるという報告もあり、部分治療を行なう場合も生検は通常の12本で十分である、というのが彼の結論でした。これは開き直りとも言えますが現実的な対応とも言えます。実際に低侵襲とは思えないsaturation biopsyを低侵襲の治療のために行なって研究した重みのある結論とも言えます。
Courseでは実際のIndex lesionの診断として1.5テスラを超えるMRIの拡散強調画像を推奨していましたが、これは日本でも我々は日常的に用いている方法なので納得できるものです。しかし生検結果以上に信頼できるかというと“?“であることも確か。治療の方法については現実的には一番行われているHIFU(高密度焦点式超音波治療)が良いだろうということでしたが、昨日のセッションでも触れられていなかった「標準治療として部分治療で本当に前立腺癌は治るの?」という議論がここでもスルーされそうになってました。そこで質疑応答の時間になってから私が「一番大事なのは部分治療を行なった後のフォローアップとしてどのmodalityが最も信頼できるものと考えるかであって、それがないと治療法としての信頼が確立できないのではないか。自分もHIFU治療を行なっているけれども必ずしもPSAの絶対値だけでは結論が出せない場合が多い」と質問したところWardは「その通りである、我々は部分治療の経過観察はMRIが一番modalityとしての信頼度が高いと考えている、しかし頻繁にMRIを撮るわけにもいかないからそれが今後の検討課題でもある。」という答えでした。
うーん、どうも総合的に判断すると前立腺癌の部分治療はトピックにはなっているもののまだ欧州においても標準治療にはなりえていないということでしょう。2010年のAUA Update series 3 Ablative Focal Therapy for primary treatment of prostate cancerのeditorial commentにあるように「前立腺癌の部分治療は治療しなくても良い癌を治療するには丁度良い治療だ」というのが現状だけれど「全体を治療しなくても部分治療で前立腺癌を根治できる」という評価を得るにはまだ道のりが長い、ということでしょうか。