書評 財政危機と社会保障 鈴木 亘 著 講談社現代新書 2010年刊
日本の福祉を中心とする社会保障制度を網羅的に解説した上で、財政危機が叫ばれる現在、この制度が今後も存続可能なのか、また今後どのように変えてゆくべきなのかを解りやすく解説した好著です。
著者は日本銀行から28歳で阪大経済学部博士課程に入り直して経済学の博士号を取得、学芸大学准教授を経て学習院大学経済学部教授として医療や福祉関連の経済学の著作を多く物しています。私も医療についてはそこそこ詳しいですが、その他の福祉や年金のしくみなどは理解していない所も多かったので素人にもわかるように単純明解に書いてあったので勉強になりました。
この本全体を通してのテーマは「経済成長に寄与する福祉はありえるのか。」という1点にあります。2010年の日本政府の債務はIMFの算定基準では973兆円と政府発表の862兆円より100兆円も増えており、対GDP比は1990年には70%弱だったものが現在は終戦時に記録した200%に近い数字になっています。現状の福祉規模を続けるだけで少子高齢化の影響で福祉予算は毎年1.3兆円ずつ増加してゆくのに、「より充実した福祉」「○○手当ての増加」「震災特別復興予算」などで遠からず日本の政府予算は破綻(予算の全てが国債返済分になる)することになるでしょう。
福祉予算が増えることで、新たな雇用が生まれ、それが消費に回って税収も増えるというのが「福祉立国」の考え方ですが、著者はそれが幻想であると断定します。それは医療や介護の殆どが公的予算から出されており、畢竟その値段が需要と供給の市場原理からでなく、予算枠によって決められていること、供給側にも効率性や自然淘汰を阻止する強固な既得権保護の政治団体があり、制度改善や新規参入が阻まれていること、また福祉の恩恵を弱者のみでなく中間層以上の国民全体が享受しているため、かえって制度の膠着性が増してしまっていることを理由としてあげています。
これらの理由はそれぞれがその通りなのでかなり説得力があります。従って現在の福祉を維持するためには、思い切った増税が必要だという結論になるのですが、最近の選挙結果を見ても増税は当分国民が許さないという結論も出てしまっています。
自分が積み立てた年金を年を取ってから受け取るという積立方式の年金制度が本来の日本の公的年金制度だったのですが、70年代に勝手に若い人達が納めた年金がその時の老人達の年金になるという賦課方式に変えられてしまった、ということを初めて知りました。自分達が納めた年金を自分たちがもらうのであれば100%年金が破綻することなどないのですが、労働人口が少なくなってゆくのに賦課方式でゆけば、先に行くほど若い人達の負担が増えて年金が破綻するのは当然です。破綻しないよう政府が税金を投入しても、その税金は若い人達が働いて納めているものですから同じ事です。唯一の解決法は積立方式に戻すことしかありません。つまり払ってなかった人は諦めてもらい(当たり前のように思いますが)、支給額は積み立てた額に比例するということです。
我々以降の世代は年金を払ってはいますが、自分たちはもうもらえないだろう、ということは薄々解っています。自分たちの子供たちの世代に多大な迷惑をかけてまで「働かないで金だけもらおう」などと虫の良い事は考えるべきではありません。我々の世代は死ぬまで(動けなくなったら話しは別ですが)自分たちの食いぶち位は何とかするという覚悟でいるべきです。だから高額でなくても年を取ってもできる何らかの働き口は確保してほしいと思います。
現在の年金制度では1940年生まれの人は死ぬまでに自分が払ったよりも3090万円多くの年金をもらい、1950年代後半生まれ(小生の年代)でとんとん、2010年生まれだと払うよりも2840万円少なくしかもらえない計算になるそうです。働かず金をもらうということは代わりに奴隷がいないとできないことであり、我々日本人は(西洋人と違って)奴隷制度を否定しているのですから(前の滅私奉公のブログ参照)、また自分達の子供の世代を奴隷扱いするつもりもありませんからそのような制度は直ちに廃止すべきであると思います。(そのような声を是非団塊の世代から出して欲しいものです)
著者は将来の社会保障のありかたとして、継続可能なものは自力更生を中心とした最小限の福祉以外にはないだろうと結論しています。現在は健康と安全はタダという認識の下、中間層以上の人達も医療介護などの福祉を公費によるディスカウントによって安く享受していますが、この公費の部分はばっさり切って、本当に貧しくて払えない層の分だけセーフティーネットとして後から払い戻すなどして保障し、公費によるディスカウントをなくすというのが解決策であるとしています。この結論は直ぐに万人に受け入れられることはないでしょうが結局これしかないかと私も思います。
終戦時のGDP200%という財政危機はその後のハイパーインフレによって資産家の資産を実質消滅させることで解決し、朝鮮戦争などの景気回復によって国民全体の所得をあげることでうやむやにしてしまいました。現在GDPの200%に達しようとしている政府債務をいかに消滅させるかは妙案がありませんが、戦争ならぬ災害があちこちで起って復興のために政府紙幣を発行してハイパーインフレを起こして年寄りの資産を消滅させることで解決する。ある所まで行ったらギリシャのように破産宣言してデフォルトしてしまう(結局庶民の銀行預金とかが無くなりますが)。日銀が無制限に国債を引き受けて紙幣を発行する(国際的に禁じ手だし長くは続かないと思いますが)。など借金の貸し手が日本国民であるうちは国民が損をすることで何とか解決はできます。外国が相手だと資源がないので島を寄越せ(租借地として)とか公務員の人事管理権を寄越せ(間接統治?)みたいな話しになりかねません。
日本は今後労働人口が減ってゆくので、労働効率が良くなる以上に実体経済が延びてゆくことは理論的にあり得ません。信用経済が延びるとすればそれはバブルと同じことになる危険をはらんでおり、結局90年代の繰り返しになるでしょう。だから著者が主張するように右肩上がりの経済下でなければ存続しえない現在の年金や社会保障制度は変えないといけない、という認識は国民全てが共有するべきでしょう。日本人は死ぬまで働こう。