この1か月ほどの間で3年間続いたウクライナ戦争の帰趨が変わりつつあります。時系列的にこれらの動きをまとめます。
〇 2025年2月14日ゼレンスキーは欧州安全保障会議がミュンヘンで開催される事に先立ち、謎のドローンをチェルノブイリ原発に突入させ、ロシアが核汚染の拡大と紛争継続を意図しているとアピール。
〇 2025年2月14日ヴァンス副大統領はウクライナに鉱物資源の50%を差し出す様投げかけたが、ゼレンスキーは拒否。米国のスコット・べセント財務長官もウクライナの鉱物資源採掘権が米国の防空支援の対価だと表明。
〇 一方ヴァンス副大統領はEUの真の敵はEU内部に存在する(グローバリスト・ネオコンの欧州ブランチといえる首脳達である)と意味深長な演説を行い、戦争継続に固執する首脳達を震え上がらせた。
〇 2025年2月18日米ロ代表がサウジアラビアのリヤドで戦争終結に向けての協議を開催した。アメリカ側はルビオ、ウィトコフ、マイク・ウォルツの3名で構成され、ロシア側はラブロフ、プーチンの外交政策担当補佐官ユーリ・ウシャコフ、キリル・ドミトリエフの4名で構成される。ロシアの国連代表、ワシリー・ネベンジャ氏は、ヘルソンとザボリージャなどロシアが占領した地域はウクライナから永久に失われると国連で発表。ロシアはクルスクと領土譲歩や土地交換について協議することはなく、ウクライナの非武装化は依然として絶対条件となるとした。結局この会談は交渉の準備段階に終わった。
〇 2025年2月26日プーチン大統領はウクライナのドンバスを含むロシアの希土類、鉱物資源の開発を米国と協力することを公の場で述べる。同時にウクライナへは降伏を勧告。
〇 2025年3月1日、ホワイトハウスを訪れたゼレンスキーはトランプ大統領、ヴァンス副大統領らと口論になり、事実上米国からたたき出され、鉱物資源提出と支援継続についての交渉は決裂した。
〇 2025年3月3日NATOとEU首脳は追い出されたゼレンスキーを励まし、「僕たちは仲間だ!」という掛け声のみの支援集会を開く。「英仏合同の平和維持軍派遣」がウクライナの安全を保証すると発表したが、実効性に乏しく説得力に欠ける。また何百億ドルもの援助を大々的に約束するが、イタリア、ポルトガル、スペイン、ハンガリーなど複数のEU加盟国が反対。
〇 2025年3月5日 米国はウクライナへの軍事援助、情報援助を停止と発表。ただしその他のファイブアイズへの情報提供は続けるため迂回された情報はウクライナへも届くと言われる。ウクライナ軍をLBSの「盲目状態」から救うため、フランス、ノルウェー、英国、ルーマニアのNATO専門家が戦闘に派遣。リトアニア、ルーマニア、ドイツ、トルコのNATO空軍基地のSIGINTステーションはフル稼働。ウクライナ国境沿いのフランスとイギリスのAWACS偵察機の活動も活発化。
一部の東欧反ロシア政治家はロシアと欧州を再度戦争に引き込みたいと願っている。英国王室はゼレンスキーを猿か何かと思っているようだ(相手が裸でも気にならないのは人間と思っていないから。貴族の考え方とはそういうものです。)
一方ドイツ国防省はウクライナへの物資供給は既に限界であると表明。
〇2025年3月6日欧州はウクライナへの効果的支援を米国に代わって行うEU内の協定の成立に失敗した。マクロンが提唱したフランスの核の傘という表現も架空のものになった。
〇2025年3月9日ロシア特殊部隊はクルスクのウクライナ軍占領地区にある停止されたガスパイプラインを通って占領地区のスジャを奇襲攻撃、パニックに陥ったウクライナ軍から都市をほぼ奪還した。クルスク侵攻で同部に残された外国傭兵を含むウクライナ軍数千名は孤立状態となった。
クルスク撤退を取引材料とするウクライナの最期のカードは消滅した。
〇2025年3月11日ウクライナはモスクワの住宅地を91機の無人ドローンで攻撃、他にも126機はクルスク地方の攻撃に使われた。停戦交渉と並行した軍事的に意味のないモスクワ市民への攻撃はウクライナにとってマイナスでしかないと思われます。
モスクワ市民への軍事的に意味のない攻撃に対して、ロシア軍はウクライナエネルギー施設を大量のミサイルで攻撃倍返し
〇2025年3月12日サウジアラビアのジッダで米国・ウクライナの高官協議が行われ、ロシアとの30日間の停戦で合意し、ロシアへ内容を伝える事が共同声明で明らかにされた。問題は8時間もかけて何が話し合われたか、ウクライナがロシアの主張をどこまで飲めるかだったと考えられます。
〇2025年3月14日プーチン大統領は米国提案に条件を付け、ウクライナの中立化、非ナチ化、併合した4州の安全を認める事で戦争終結に向けることができると表明。同氏はモスクワでベラルーシのルカシェンコ大統領と会談後に開いた記者会見で、「敵対行為の停止という提案に同意する」と表明。同時に「長期的な平和につながり、危機の根源的な要因を排除するものでなければならない」と述べた。
その上で、トランプ氏の戦争終結に向けた取り組みについて「この考え自体は正しく、われわれは明確に支持する」とし、「平和的手段によって紛争を終わらせるという考えを支持する」と述べた。ただ「協議する必要のある事項がある」とし、トランプ氏と電話会談を実施する可能性があると語った。
ボールは再び米国・ウクライナ側に戻ったと言えます。
今後2回目のやり直しトランプ・ゼレンスキー会談でプーチンの案を受け入れればそのまま和平が成立するでしょう。但し米国はウクライナ国内の鉱物資源などの採掘権50%を要求して、米国(企業)がウクライナに存在することがウクライナの安全保障であると言い張るでしょう。米国は前記の様にロシアとも鉱物資源の共同開発を進めており、梯子を外されたEU(グローバリスト欧州ブランチ)だけがロシアとの戦争モードで残されることになります。
追記 2025年3月22日
ロシアのプーチン大統領はトランプ政権が提案したウクライナとの停戦案は拒否し、トランプ氏の顔を立ててエネルギー施設などへの攻撃を一時停止する事は了解しました。しかし領土割譲やウクライナの非軍事化を含む今までのロシアの主張をウクライナが承諾して、西側がNATO領域(ポーランド以西)まで確実に引き上げない限り停戦に合意することはないでしょう。その理由をラリー・ジョンソン氏が纏めていたので備忘録として以下に転載します。
(引用開始)
ロシアが「恒久的な」停戦を受け入れない理由を理解する
2025年3月21日ラリー・C・ジョンソン
ドナルド・トランプは、ロシアを説得して停戦を受け入れさせ、ウクライナ戦争を一時的に停止させることに成功することはないだろう。なぜなら、ロシアはこれまで西側諸国が支援する停戦で何度も痛めつけられ、騙されてきたからだ。停戦を求める動きはパターン化している。つまり、ウクライナ軍はロシアが支援する部隊にやられ、降伏する代わりに停戦を嘆願するのだ。ロシアは2014年と2015年の2回停戦に同意したが、その後ウクライナに破られた。
それでは、2014 年 9 月からの歴史を振り返ってみましょう。
ウクライナは、主に軍事的、政治的、人道的要因の組み合わせにより、2014 年 9 月に停戦を求めた。その年の初めに始まったウクライナ東部の紛争は大幅に激化し、多数の死傷者、広範囲にわたる破壊、人道的危機を招いた。以下は、当時ウクライナが停戦を求めた主な理由である。
1.軍事的挫折と損失
- 2014年9月までに、ウクライナ軍はドネツクとルハンスクでロシアの支援を受けた分離主義者に対抗する努力で大きな損失を被った。ロシア軍と装備の支援を受けた分離主義者は、 2014年8月下旬のイロヴァイスクの戦いを含むいくつかの重要な戦闘で優位に立っていた。この戦闘中、ウクライナ軍は包囲され、数百人が死亡、負傷、または捕虜になるなど、大きな損害を被った。
- ウクライナ軍は長期にわたる紛争への備えが不十分で、ロシアの支援を受けた武装が整い組織化された分離主義勢力と効果的に戦うための十分な訓練、装備、資源を欠いていた。
2.人道危機
- この紛争は深刻な人道危機を引き起こし、何千人もの民間人が死亡または負傷し、100万人以上が家を追われた。ドンバスの都市や町は大きな被害を受け、水道、電気、医療施設などの重要なインフラが破壊された。
- 停戦は暴力行為を止め、被災地に人道支援を届け、民間人に救済を提供する手段とみなされていた。
3.国際的な圧力
- 欧州連合、米国、欧州安全保障協力機構(OSCE)を含む国際社会は、紛争の沈静化のため、ウクライナと分離主義者らに停戦に合意するよう求めた。平和的解決を見出すための外交努力が進められており、停戦は必要な第一歩とみなされていた。
- 2014年9月5日に署名されたミンスク議定書は、三者接触グループ(ウクライナ、ロシア、欧州安全保障協力機構)の仲介により締結され、停戦の確立、重火器の撤退、政治交渉の開始を目的としていた。
4.政治的配慮
- ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は、戦闘を終わらせ、さらなる人命の損失を避けるよう国内から圧力を受けていた。ウクライナ国民は紛争にますます疲弊しており、国の安定と経済への長期的な影響を懸念していた。
- 停戦は、ウクライナが軍を再建し、防衛力を強化し、西側同盟国からの追加支援を求めるための時間を稼ぐ手段とも考えられていた。
5.ロシアの関与とエスカレーション
- 2014年9月までに、ロシアが分離主義者に軍隊、武器、兵站支援を提供し、紛争に直接関与していることが明らかになった。このエスカレーションにより、ウクライナが軍事的勝利を達成することはますます困難になった。
- 停戦はロシアのさらなる介入を防ぎ、現地の状況を安定させる手段とみられていた。
6.経済的負担
- この紛争は、すでに汚職、経営不行き届き、そして2014年のユーロマイダン革命の余波に苦しんでいたウクライナ経済に、大きな負担をかけた。戦争は、特に重要な経済拠点であったドンバス地方の工業生産をさらに混乱させた。
- 停戦は紛争の経済的損失を軽減し、ウクライナが改革と復興に集中できるようにする手段とみなされていた。
2014年9月の停戦の結果
2014年9月にミンスク議定書によって確立された停戦は脆弱で、主にウクライナによって頻繁に破られた。一時的に戦闘の激しさは緩和されたものの、紛争に永続的な解決をもたらすことはできなかった。
結局、2014 年 9 月にウクライナが停戦を求める決定を下したのは、紛争の厳しい現実と、人道的懸念を優先し、状況を安定させ、外交的解決を模索する必要性を反映したものでした。しかし、紛争を引き起こした根本的な問題は未解決のままであり、その後も暴力が続くことになりました。
ウクライナは、ドンバス地域で進行中の戦争で暴力が激化し、軍事的に大きな後退を余儀なくされたため、2015年1月に停戦を求めた。2014年9月に署名された最初のミンスク議定書は、地方分権化や国境監視などの措置を通じて停戦を確立し、紛争を解決することを目指していた。しかし、2015年初頭までに、特にロシアがドネツク国際空港で勝利し、デバルツェボで新たな攻勢を仕掛けた後、戦闘が激化したため、この合意は完全に崩壊した。
ウクライナは、大きな損失と高まる国際的圧力に直面し、さらなる軍事的敗北を防ぎ、状況を安定させようとした。和平交渉への新たな取り組みは、2015 年 2 月 12 日に調印されたミンスク II 合意で最高潮に達した。この合意には、即時停戦、重火器の撤退、捕虜交換、ドンバスの一部に自治権を与える憲法改正などの条項が含まれていた。ウクライナの取り組みは、さらなる不安定化を避け、ロシアを侵略者として描写することで国際的支援を集める必要性によっても推進された。ウクライナを支援する西側諸国は、ウクライナ軍がドンバスで民間人を繰り返し砲撃していることを無視した。
ミンスク合意 II は、ウクライナ東部におけるウクライナ政府軍とロシアの支援を受けたドネツク州およびルハンスク州の分離主義者との間の紛争を解決することを目的とした一連の措置である。ロシアは交渉で重要な役割を果たしたが、主たる署名国ではなかった。代わりに、この合意はウクライナ政府とドネツク州およびルハンスク州の指導者の間で締結された。この合意は、ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの指導者と分離主義者地域の代表者による交渉を経て、2015 年 2 月 12 日にベラルーシのミンスクで調印された。
ミンスクII合意の主な規定は以下のとおりです。
- 即時かつ包括的な停戦: 停戦は2015年2月15日深夜に発効する予定でした。
- 重火器の撤退:両陣営は安全地帯を作るために前線から重火器を撤退させる。
- 監視と検証:欧州安全保障協力機構(OSCE)は停戦と重火器の撤退の監視と検証を任務としていた。
- 権力の分散化:ウクライナは、ロシア語の使用権や地方警察の設立権など、ドネツク州とルハンスク州にさらなる自治権を与える憲法改正を実施することに合意した。
- 地方選挙:分離主義者支配地域ではウクライナの法律に基づき地方選挙が実施され、OSCE によって監視されることになっていた。
- 恩赦:重大な犯罪で告発された者を除き、紛争に関与した者には恩赦が与えられることになっていた。
- 捕虜と人質の交換: 双方は捕虜と人質全員を解放することになっていた。
- 人道支援:紛争地域への人道支援が許可されることになった。
- 経済関係の回復:銀行サービスの再開や年金の支払いなど、紛争の影響を受けた地域とウクライナの他の地域との間の社会的、経済的関係を回復するための措置が講じられることとなった。
- 外国軍と傭兵の撤退:すべての外国の武装部隊、軍事装備、傭兵はウクライナ領土から撤退することとなった。
合意にもかかわらず、ウクライナ東部での紛争は継続しており、停戦違反が頻発し、敵対行為が続いている。合意の政治的側面、特に権力の分散化と地方選挙の実施は論争の的となっており、双方が互いの約束を果たせていないと非難している。
ドイツとフランスの指導者たちがミンスクIIを「ウクライナの軍事力増強のための時間稼ぎの策略」と見ていたことを世界が知ったのは後になってからだった。
2022年12月のDie Zeit紙のインタビューで、メルケル首相は次のように述べた。
「2014年のミンスク合意はウクライナに時間を与えるための試みだった。ウクライナはまた、今日見られるように、この時間を利用してより強くなった。2014年から2015年のウクライナは、今日のウクライナではない。」
フランスのオランド大統領もメルケル首相の発言に同意した。
ロシアのラブロフ外相との会談中(ナポリターノ判事とマリオ・ナウファル氏も同行)、ラブロフ外相は、ロシアとウクライナが2022年3月29日〜30日にトルコで交渉を行った際、ロシアはウクライナが提示した特別軍事作戦の終結に向けた提案案を受け入れたと指摘した。善意のしるしとして、ウラジミール・プーチン大統領はロシア軍に対し、キエフ北部の陣地から撤退するよう命じた。しかし、ジョー・バイデン大統領とボリス・ジョンソン大統領からの圧力に直面したウラジミール・ゼレンスキー大統領は、自国の政府の提案を拒否し、戦争継続を選択した。
これがロシア当局に嫌な思いを残したと言うのは控えめな表現だ。停戦交渉に関するウクライナの3度の方針転換は、停戦がもはや戦争を終わらせる現実的な選択肢ではないとロシアに確信させた。だからこそ、ウラジミール・プーチンは2024年6月14日の演説でロシア外務省高官らに新たな条件を提示したのだ。これが今やロシアの譲れない立場だ。もしウクライナがこれらの条件の受け入れを拒否すれば、ロシアは戦場を通じてより厳しい条件を突きつけるだろう。
(引用終了)