rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

SNSは感情を交えた情報伝達の手段には適していないという理解がない

2017-11-13 23:34:57 | 社会

スマホやネット、ゲーム機などのテクノロジーが脳や精神に多大な影響を与えて現代人を病気にしているという「毒になるテクノロジー」ラリー・ローゼン著 東洋経済新報社 の本があって、I Disorder(IT障害)と名付けられています。

またスマートフォン中毒と言われる病態も増加していると言います。以下日刊スパからの記事引用です。

ー記事引用ー

スマホ依存症でうつ病、人格障害になる人が増加

  いまや我々の日常生活に浸透しきっているスマートフォン。気がつけばスマホに手を伸ばしてしまっている状態は、もはや「スマホ中毒」と言っていい。そんな生活は、人々にどんな影響をもたらすのだろうか?

◆「他者と繋がっている」感覚に依存してしまう

 スマホによる影響は人体に限らない。「精神的ダメージを受ける人が増えつつある」と話すのは、臨床心理士の杉山崇氏。

「LINEの既読スルー、未読スルーという言葉がありますが、他者からのメッセージが来ているか、読まれているかというのが気になって、仕事が手につかないという相談は非常に多いです。日夜スマホが手放せないという人は、依存症の可能性が高いですね」

 もともと、日本人は心配性が多いといわれる民族。スマホで他者と繋がっているという感覚が、精神安定剤になっているケースも多々ある。その結果、スマホが手放せない依存症になるというのだ。

「SNSなどのコメントで嫌なことを言われたなど、人間関係のトラブルも頻発。それがきっかけになって、うつ病に陥る人もいます」

 検索機能を使って知りたい情報を即座に調べられるようになったことで、“自分は賢い”と錯覚する人も登場。周囲にウザがられるだけならまだしも、さらに深刻な事態を招きかねないという。

 —以下略—

SNSなどのコミニュケーション手段は相手の都合を考えずに一方的に行われるので、小さい時からそのような手段でしか情報交換をしていないと社会に出てから直接会って人間関係を築くといった社会人としての当たり前の行為ができずに、就職しても環境や人間関係に馴染めずに「適応障害」から「うつ」になってしまう若手社員も多いと問題になっています。本来、SNSは事務的な情報伝達手段としては非常に優れたものと思いますが、感情を交えた情報伝達には実は適していないということに多くの人達は気付いていないのではないでしょうか。

 

人は自分の感情を現す時には同じ言葉を話しても、声のトーン、表情、身振り、言葉と言葉の「間」などを駆使して「嬉しい」という一言であっても「心から嬉しい」「一応嬉しいと言っておく」「本当は嬉しくない(むしろ迷惑)」「直ぐには気がつかなかったけど、考えてみるとけっこう嬉しい」など直接会って話すのであれば、多種多様な感情を表す事ができます。SNSでは「嬉しい」の言葉に多少絵文字で修飾はできますが、その修飾も本音かどうかまでは読む方は解りません。当然送る方、読む方の間に感情面においては誤解が生ずる事は想像に難くありません。純粋に事務的な連絡であれば誤解はないのですが、感情はほぼ間違いなく誤解が生ずるのです。

 

私は未だにガラケー愛好者で一日1回程度しか自分の携帯を覗くことはしません(普段職場で持ち歩いていない=病院内は専用のPHSを使用しているから)。ネットはパソコンでしか使いませんし、ツイッターやラインもしません。その手のものに縛られて反応を強要されるのはプライバシーの侵害でもあるし、時間の無駄以外の何物でもないからです。それでも自分の生活で困る事はありません。いつも言うように人間この2千年の間、科学・文明の進化はあってもヒト自体が進化はしていません。感情のコントロールも知性の磨き方も2千年来全く変わっていません。この10年程で携帯やSNSが普及したからといって人間の生き方や感情のあり方が変わった訳ではなく、逆にこれらに振り回される事で人間の方が不具合を生じて上記のような「心の病気」が発症してきているのが現実です。「時代が変わったから・・」などという幼稚な思考停止に陥って自分を見失うことなく、「要らない物は要らない」と自分の生き方を逆に発信して行く力こそが今の若い人達(我々おじさんはもともとそう言う生き方)に求められているような気がします。

コメント (6)
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