rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

北の暴発

2009-05-28 19:21:55 | 政治
北の食料難、「危機的」に
 【ロンドン28日時事】国際人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は28日、世界の人権状況をまとめた年次報告書(2009年度版)を公表。この中で北朝鮮について、「1990年代後半以降で最悪」という危機的なレベルの食料難に直面する一方、当局は人々の生存に最低限必要な食料を確保する対策さえ怠っていると批判した。_ 報告書によれば、北朝鮮は「過去10年間で見られなかった規模」の飢餓に見舞われ、何百万人もが苦境に陥っている。大半は雑穀などで胃を満たすことを余儀なくされ、野草で食いつないでいる人も多いという。_ こうした状況にもかかわらず、北朝鮮当局は米国からの食料支援受け取りを拒否した上、昨年3月末には米国の人道団体の国外退去を命令。食料不足の報が全国に広がるのを防ぐため、長距離電話回線が遮断されたとも伝えられるとしている。

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核実験に続いてミサイル発射、揚げ句に停戦協定破棄と瀬戸際外交にしては既に崖から落ちているとしか思えない行動を取る北朝鮮の本意は何か、どのニュース(海外の)もそこを図りかねているという内容を伝えています。現在の行動は盟友の中国をも白けさせ、対外的には北朝鮮の国益を損ねる結果にしかならない所から、独裁体制が不安定になりつつある国内向けのアクションではないのかとの見方もあります。

現在北朝鮮は建国以来の食料難と報じられています。じり貧を恐れて戦争を始めてどか貧になった国がありましたが、国内の飢餓状態を見てこのままでは国家が消失してしまうと考えて戦争を起こそうとする軍人がいてもおかしくありません。そんな血気盛んな連中を納得させるために外からはマイナスにしか見えない暴挙を行っているのかも知れません。

既に崖から落ちて手足をバタバタさせている状態になってしまったらもう自分でもコントロールがつかないのですから残るは暴発しかありません。米国が考える望ましい結末とは中国軍が一機に北領内に進入して親中国の新政権を作ってしまうことでしょう。韓国も本音ではそのあたりを歓迎するのではないでしょうか。しばらくは北の情勢から目が離せないと思います。
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ジブチ駐屯軍

2009-05-28 00:54:28 | 政治
(ソマリアの海賊対策のために)現在、欧米や中国、ロシア、インドなど約15カ国が約20隻を(ソマリア沖に)派遣。国連やEU、北大西洋条約機構(NATO)など5機関、24カ国でつくる「コンタクト・グループ」が情報共有センターの新設を決めた。しかし、情報・通信システムは重大な軍事機密で、NATO加盟国が中国やロシアの艦船と情報を共有するのは困難との見方もある。
 米国が仕切ってきた海域に中露の軍艦が展開したことで新たな緊張も起きている。中国メディアによると、中国の駆逐艦がインド海軍とみられるロシア製潜水艦に追跡されており、中印関係の難しさを改めて印象づけている。(iza09年2月9日/http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/europe/220547/)

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今回日本は海自護衛艦をソマリア沖に派遣して主にNATOと協同して(NATO傘下で)海賊対策にあたる一方で対潜哨戒機のP3Cをジブチの米軍基地に派遣することが決定。海上自衛隊員100名、警護にあたる陸自隊員50名を駐屯させることになり、5月19日に小牧基地を出発したようです(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090519-00000004-maip-soci)。

1901年に義和団事変の結果日本を含む連合国と清国との議定書によって日本は中国領内に小規模の清国駐屯軍を配備することが認められました。1913年に日本が中華民国を承認してからは支那駐屯軍と呼ばれ、後に抗日運動を刺激するもとになったと言うことです。1世紀前は混とんとした中国大陸に欧米の列強が覇を求めて集い浸出してゆきましたが、地の利を活かした日本が満州国を足がかりに大きく前進して結局欧米と対立することになりました。100年後の今日中国も列強の一つとなり、いまだに混とんとしたアフリカ大陸に進出してきている訳ですが、日本も海賊対策と言いながらアフリカ駐屯軍を派遣することになったと言ってよいでしょう。

私はだからといって日本が欧米中などの列強のアフリカ内の勢力争いに巻き込まれるとか帝国主義的軍事大国になるとは思いません。しかしもともとソマリアの海賊はエチオピア、ソマリア、エリトリア等を舞台にした欧米の勝手な思惑が政情不安の原点になっているわけで、もともとの問題を解決しないで表層にある「海賊対策」に参加することはアフリカの人達にとっては日本も「勝手な思惑」に参加してきたように思われないだろうかと危惧します。

日本の対外援助は中国などと違い政治的代償を求めない「お人よし」というかクリーンな援助が売りだった(そう言っても日本の商社や建設会社が援助内容を受注するのでしょうが)と思うのですが、世界中の軍隊がソマリア沖に集結して一体何をやっているのか、実際には各国のアフリカ大陸に対する思惑が錯綜して牽制しあっている状態のように見える所に日本の自衛隊が出てゆくのだという自覚が日本の国民に本当にあるのか、私は疑問に思います。しかも自民も民主もソマリア沖への自衛隊派遣は同じスタンスでいるようです。

私は国防軍備賛成の自衛隊大好き人間ですが、このような形での自衛隊の使用はどうも納得できない。自衛隊内にも軍として世界で活動できて脚光をあび予算が増えて装備も増強されるなら何でもOKという「いけいけどんどん」の人もいるでしょうが、真摯に自衛隊のあるべき姿を考え日本国を愛する隊員達には今後のありかたに疑問を抱く人もいるのではないかと思うのですが。
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長寿世界一の意味

2009-05-24 23:36:35 | 社会
日本、長寿世界一を維持 WHOの世界保健統計
 【ジュネーブ21日共同】世界保健機関(WHO)は21日、2009年版の「世界保健統計」を発表、07年の平均寿命が世界で1番長いのは日本の83歳で、前年までに続いて首位の座を維持した。
 男女別では、日本の女性の平均寿命が86歳で世界一。男性ではイタリア中部にある内陸国サンマリノの81歳が世界一で、日本はスウェーデンなどとともに、80歳のアイスランドに続き3位の79歳だった。
 世界全体の平均寿命は71歳で、最も平均寿命が短かったのは西アフリカ・シエラレオネの41歳。長寿国としてはスイスやイタリア、オーストラリアなどが82歳とされ、日本に続いた。
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平均寿命が一番長いということは0歳の子供の平均余命が世界一長いということです。高齢者の平均余命はその年齢以下の人達の死亡リスクを考えない分平均寿命より少し長くなります。「今の若い人は現在のお年よりのように長生きできない」などと言う人もいますが、昭和生まれも80台になり、日々の診療でやはり高齢者が増加している(中年の死亡は特に増えていない)ことを実感しますので、今の若年者も長生きするように思います。平均寿命が長いということの意味は1)乳幼児死亡が少ない、2)政治経済が安定していて戦争や飢餓がない、3)医療や保健衛生が充実していて疾病による若年の死亡が少ない、ということを意味しています。

考えて見るとこの3点は有史以来人類の夢として掲げられてきた目標といえるものです。日本が世界一の長寿国であると報道されたならばメディアは特集を組んでその意味を解説し、この人類の目標とも言うべき状態を今後も永久に維持するためにどうするべきか話し合うべきです。

百年に一度の不景気とか、日本の社会は住みにくいとか軽々しく論じられていますが、暴動が各地で起こるでもなし、あちこち道端で餓死者が倒れているでもなし、我々は戦後高度経済成長の「末広がり」の時代を基準にして現在を比較するから閉塞感や希望がない感じを覚えるだけで、本当は今そこにある幸福にもっと目を向けてそれを評価し大事にしてゆくべきではないでしょうか。

ジャーナリズムの真価は「批判力」でなく「分析力」なのですが、日本のジャーナリズムは批判だけ(それも批判しやすい所の)していれば良いと勘違いしているようで、なるほどと思わせる分析力を示してくれることは希有です。政府に対しても良い所は大いに評価して悪い所について対案や改善案を示すのがジャーナリズムの責務なのですが、殆ど「人の揚げ足取り」程度の報道しかする能力がない。揚げ句は官庁の記者クラブの大本営発表しかできない。

かつて日本の教育は世界に誇る高レベルだったのですが、脅威を感じた諸外国から指令を受けたのかどうか知りませんが、マスコミ主導で校内暴力の原因は高レベルの教育のせいだとされ、教員は徹底的に批判されて言葉以外の指導は禁止、教育内容は「ゆとりと自主性」というレベルダウンを強制されました。円周率を3と教えることで全員が授業を理解できて校内暴力もなくなるなどという「でたらめ」がまかり通ってきました。

大蔵省や通産省が支配力を持っていると日本の会社を米国の投資銀行が買えない、ということからかノーパンシャブシャブを始めとして日本の高級官僚の一斉攻撃が行われ、順に警察も攻撃の対象になりました。さすがに官僚は攻撃をかわし続けているようにも見えますが、日本の会社は米国に随分食い物にされてしまいました。

成長しつづける日本の医療費を米国への市場開放によって吸い上げるために日本の医療の信頼を失墜させよ、という指令の下2000年からマスコミの医療批判キャンペーンが始まり、既に「市場開放しなくてよい」とされたにも係わらず医療批判をやりすぎたために今や「医療崩壊」などという90年代までは想像もしなかった事態がおこりつつあります。

良い所は良いと評価し良い点が永続するように努力し、改善するべき点は対案を出して変化させることの利点欠点を考慮して世の中は変えてゆくべきであり、その道しるべとなるのがマスコミの責務です。しかし現実のマスコミは日本の良い所を破壊してより悪い方向に持ってゆこうとしているように見えます。

始めにあげた2番目の「戦争と飢饉がない」ことは国家社会にとって非常に重要なことで「国民の幸せの基本」とも言える事ですが、くれぐれもこれを壊す方向にマスコミは誘導しないでほしいものです。
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騒ぎすぎ”パニック”?いや意外と冷静では?

2009-05-22 18:52:26 | 社会
新型インフル感染 国内確認300人超す(朝日新聞) - goo ニュース

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ブログなどでは政府の対応を騒ぎすぎとか日本国民がパニック状態とか揶揄する姿勢も出てきましたが、今回の政府の対応は常識的でよかったと考えます。対応を批難している人達も、日本にインフルエンザが来た時は毒性が変わって人が次々死んでいたら、したり顔で「騒ぎすぎ」などと言わず「政府はもっと真剣に対応すべきだったのだ」などと上から目線で責任追及していたはずです。医療というのは悪い方の事態を想定して対応するのが「常識」であってはじめから舐めてかかるのは「どしろうと」の対応です。

専門家と称する人にも結果を見てから「私ならこうした」的な意見を後から言う者がいますが私に言わせれば「無責任な卑怯者」以外の何者でもない。その時の責任者の立場に立って最も良いと考えられる決断を下していることが明確ならば結果が少しずれていても「良い判断だった」と評価するのが「本当の専門家」というものです。

ただし、状況が変化してくれば時宜に応じて柔軟に対応を変えてゆくことは勿論大事であって、日々県や保健所から医療機関に送られてくるインフルエンザ対応情報を見る限り、現在の厚労省や各地方公共団体の保健衛生担当者は良く対応していると感心します。

むしろパニックなどと煽られているけれど、街行く人達の反応や大阪の高校生がかえってカラオケボックスに殺到などという記事を見ると若者も含めて国民は冷静に対応していて日本人はマスコミが期待するほどバカではないと感ずるのですが。
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終身雇用制の是非

2009-05-21 00:24:38 | 社会
経済学者の池田信夫さんのブログは人気があり、内容も充実しているので勉強になります。思想信条にこだわらず自分が正しいと考える結論をストレートに出してくる所が人気の秘密かと思われます。最近のブログでは、日本の終身雇用制がくずれつつあることが労働力の流動性を確保し、社会構造の変化による労働需要の変化に柔軟に対応できるようになる点で失業率も低くなるので日本にとって良い事なのだと主張し、賛否両論話題を呼んでいます。

経済学は現実を反映していない部分があり、所詮は学問でしかないと思われる所もあるのですが全くでたらめである訳でもないので彼の主張も経済学の前提に立てば正しいことになるのでしょう。但し同一労働同一賃金の原則が守られていなければ流動性を確保するための派遣社員は単なる使い捨ての安い労働力になってしまいますし、昨日まで道路を作っていた人が明日から介護の仕事ができるかと言えばそれは不可能であり需要に合わせた労働力の流動性の確保といっても現実には限界があります。

短期雇用と終身雇用の中間的な5年契約といった雇用形態も提案されていますが、これはかなり有用なのではないかと思います。特に女性は結婚や子育てという節目によって終身雇用から外れてしまうと社会的には戦力外とみなされてしまいがちであり、後は短期雇用のパートとしてしか社会参加ができない状態であることは大きな損失であると思われます。男性も5年位を節目に人生設計をしてゆくことは自分の人生を振り返っても悪くないことのように思われます。

昔から医者は「勤め先」という点に関しては終身雇用制とは縁遠い職業でした。私も国家公務員共済、私学共済、厚生年金とすでに年金形態を三回変えておりその度に退職金をもらっているので定年時の退職金は僅かです。6年ごと位に職場を変わってきて、それぞれの場所で自分なりにステップアップできたように感じています。医者の場合、半数は定年までに開業して個人事業主になることも一般の会社員とは大きく違う所でしょう。また原則的には同一労働同一賃金で、多少のでこぼこはあっても勤務医でいる限り給与に大きな変化がないことも勤務先に関して流動的であることを担保してきたと言えるでしょう。これは看護師、薬剤師、放射線技師といったコメディカルの分野でもほぼ同じと言えます(彼らは医者ほど流動的ではありませんが)。

霞が関の高級官僚達も実は終身雇用制ではなく、局長までの人事レースの途中で適宜勤め先を変えているはずです。もっとも雇用の流動的需要に合わせて勤め先を変えるのではなく、都合よく作られたポストに天下っているだけのようですが。

家を建てる時のローン審査は年収と勤続年数が問題になりますが、終身雇用制が崩れると銀行が人を評価する確かな目を持たないと誰もローンを借りられず、家を建てられなくなってしまいます。終身雇用が前提であると若い人を能力で評価できないから出身大学の偏差値で雇用して一生面倒見る事になり、ブランドとしての大学受験の現状が続く事になります。5年毎位に人を評価して雇用契約を結んでゆけばどこの大学を出たかではなく、この5年間に何をしてきたかが問題になりますから大学名で選ぶより適確な人事評価ができるように思います。

私は「同一労働同一賃金」の原則が補償されれば、終身雇用がなくなって3年とか5年を単位とした中期契約社員が増えることは良いのではないかと考えます。年功序列が保証されなくなると困るのは文系の人達かも知れませんが、理系の人間は技能を経験から評価しやすいですし、文系の人も資格を取るなりして年功序列に代わる給与のステップアップを求める努力をするべきだと思います。

ちなみに医者は年齢による給与の増加は殆どなく、私は臨床能力は今の方がはるかに上ですが、勤務先の給与体系の違いから10年前の方が今より年収は多かったです。
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Diana Krall とMichel Camilo

2009-05-14 00:40:48 | 音楽
天はニ物を与えずと言いますが、Diana Krall(nativeの人はダイアナ・クロールと発音してました)は歌良し、ピアノ良し、ビジュアルも最高とジャズ界には珍しいスターと言えます。始めて見たのは秋葉の石丸電気レコード館でえらいかっこいい御姐さんのレコードジャケットがあるなあと思ったのが2002年に全米一位になった”Look of Love”でアンサンブルをバックにしっとりと良い感じで謳っていたのを試聴して「この綺麗な御姐さんが謳っているのか」と買ってしまい、01年の冬にパリのオリンピア劇場で行われたライブ版のDVDもビジュアル系のエレガントさから迷わず購入、CDのLive in Parisに入っている曲よりもライブ版DVDの方が内容が濃く劇場の雰囲気も良く伝わっていると思いました。
パリが似合うエレガントさがあって、ヤンキー娘ではなさそうな雰囲気だったのですが、やはり生まれはカナダでジャズ界の登竜門とも言えるバークリー音楽院で学んでから若くしてNYやロスで活躍を始めたと公式サイトにも書いてありました。「解りやすい綺麗な英語で謳うなあ」というのも好印象。”Look of Love”や新しいアルバムの”Quite Nights”は売れ線のアンサンブルをバックにして親しみやすい曲で押してますが、ライブの雰囲気を見るとEast of the Sunみたいな曲をピアノを奏でながら自由に謳う方が本当は好きなのかなという感じもします。まだ四十三歳ですからこれからも長く活躍が期待できます。

Michel Camiloは不覚にも最近存在を知ったのですが、一見中南米の麻薬カルテルの中ボスみたいな感じなのに奏でる曲はパワフルでしかも超絶技巧。エネルギッシュなラテン系の曲も良いのですがスローバラードがまた良い。ホワイトハウスの庭でクリントン大統領の前で演奏した”Caribe”はYou tubeでも公式サイトでも見れますがまさに鬼気迫る演奏で終わると同時に大統領がスタンディングオベーションしているのが写っています。
私が特に感心したのは本人の飛び抜けた才能や技術も去る事ながら、共演しているミュージシャンを際立たせる力を持っていることです。自由に弾いているようで彼はかなり厳しい人であるし完璧主義者と見ました。共演者の彼を見る目が真剣というか、その彼が共演者に返す視線でぐっとアンサンブルの完成度が高まってゆくような印象があります。
1954年ドミニカ共和国生まれで16歳ですでにnational symphony orchestraのメンバーになっていたというのですからその音楽とピアノの才能は尋常ではないでしょう。20台でジュリアード音楽院からジャズの道に入ってレコードデビュー、30台で所属していたnational symphony orchestraの指揮者になるという正統派クラシックでも一流ということです。現在大学でも教鞭を取る才子だそうですが、2003年に出されたNYのBlue noteでのlive albumがあらゆるジャンルの曲が集大成のように至玉の演奏で詰め込まれていて私は一番良いと思います(Best Latin Jazz Grammy獲得)。以前Tom Scottの時に書いたように小さな店ながらNYのBlue Noteで演奏することはジャズマンにとっては特別な気合いがはいるものなのだなと感じます。

そのMichel Camiloが四月初旬に日本のblue noteで演奏していたのを最近知ってちょうど多忙でいずれにしても行けなかったものの、惜しい事をしたと後悔しております。私は自分にない才能や力を持っている人は素直に尊敬してしまうのですが、Diana KrallもMichel Camiloも文句なく尊敬しております。
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新型インフルエンザ雑感

2009-05-06 22:35:46 | 医療
連休前にメキシコから世界に広がり始めた新型インフルエンザは爆発的な発生には至らないことになりそうですが、感染者は五月六日のWHOの発表では二十カ国で1,536名、死者は27名のようです。平成十五年のSARS(重症急性呼吸器症候群=コロナウイルス)の時はWHOが七月に終息宣言をするまでに感染者8,098名、死者774名という報告がありますので、新型インフルエンザは感染者に対する死者の数は明らかに少なく、また弱毒であることから感染しても発症しない例も多いと考えられます。

SARSは終息宣言後も平成十六年に広東省などで少数例の発病があったようですがかなり限定されていて感染拡大に至らず終息しています(厚労省のページhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou05/03.html)

今後この新型インフルエンザがどのように広がってゆくのかは解りませんが、感染しても発病しない不顕性感染が多ければ、完全終息に至らずに少しずつ広がってゆくように思われます。そのうち症状も似ている事から今までの通常型インフルエンザと見分けがつかないような流行になるかも知れません。しかしその頃にはワクチンなども開発されてあまり大きな問題にはならないように思います。

今回のインフルエンザ騒動で感心したのは、日本のマスコミの報道です。地震や台風の場合も当てはまりますが、事実を淡々と報道し、国民が注意すべきことをあおるでもなく、誰かを批難するでもなく粛々と伝えていたことが印象的でした。「何だ、やればできるではないか。」政治的圧力や思想的偏向、タブーといったものから開放されていれば日本のマスコミも実にまともな報道をするものだと思いました。圧力や偏向に屈せず、何事にもインフルエンザに対するように「国民の利益」のみを考えた報道ができれば、信用を失ってネットに御株を奪われた日本のマスコミも立派に立ち直るだろうにと思います。

SARSや新型インフルエンザはバイオテロではないかと心配する動きがあります。本当の所は解りませんが、生物兵器というのは人間に使って見るまでどのような効果があるのか、飛沫感染の場合どのように広がるのかも知り得ない訳でこれらのウイルスをわざわざ作ってまで広げる意味があまりないというか、これが実験だとしても将来特定の人だけを効果的に殺傷することはできないと思います。一方でAIDSについてはどうも初感染者(何故か米国)やその後の広がり具合(急にアフリカで蔓延)がどうも不自然で本当に自然発生したのか?と疑いたくなる部分もあります。例えば性行為や血液を介して伝搬する梅毒の広がり具合と比較して感染地域や感染者(アフリカでは男女ともにだが、米国では同性愛者が多いなど)に偏りがあるように感ずるのですが。
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