慈恵医大でもデータ操作=製薬社員関与「疑い強い」―本人は否定、高血圧薬臨床(時事通信) - goo ニュース
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毎年看護学校で講義をする際に、専門である泌尿器科の内容に加えて、医学総論的で、系統講義では習わないような内容についてミニレクチャーをすることにしています。いままでテーマ分けして1)西洋医学では急性疾患は治るけど慢性疾患は治らないので、慢性疾患の治療は症状をごまかすことと急性疾患が合併症として起こる事を予防する予防医療にシフトしている話。2)西洋医学は演繹法に基づく自然科学の体系に組み込まれているので、演繹法的な論理体系で形作られている一方、東洋医学は長年の経験知に基づく帰納法で成り立っているから東洋医学では新しい知見はそうそう生まれないけど、西洋医学では新しい仮定に基づいて論理展開された新しい治療法が直ぐに実用化される。但し仮定が間違っていたら導かれる結論も間違っているから西洋医学が絶対に正しいという訳ではないという話。3)似非医療の特徴は、ごく限られた経験知(・・で治った人がいるという限定的な帰納法)をもって西洋医学によって定義された病気が治る(本来演繹法で求められる結論)と宣伝していることである。その見方で判断すれば似非医療かどうかはすぐに解る、といったミニレクチャーをしてきました。
今回最近西洋医学で特に重視されている「エビデンスに基づく医療」の「エビデンス」を形作る医学統計について考察してみました。本来西洋医学は自然科学と同様の演繹法によって体系づけられているのですから、前提が正しければ導かれる結論も正しくなければならないはずです。しかし、Aという治療とBという治療を比較した場合、Aが60%治って、Bが70%治るという場合、統計的手法による比較ではBという治療の方が優れているという結論になり、エビデンスに基づく医療ではBの治療を選択する方が望ましいとガイドラインに書かれてしまいます。しかし一人の患者さんに焦点を当てて考えると、確率論からはAという治療をしたら治るけれど、Bの治療をしたら治らないという結果がでる場合もある訳で、そうであるならその患者さんにとってはAの治療を行うことの方が正しい治療ということになってしまいます。なぜガイドラインと異なる矛盾した結果になってしまうのでしょう?
それは限られた症例数から得られた「帰納法による経験知」を統計学という演繹法に基づく数学的手法で修飾してあたかも全体が演繹法で得られた結論であるかのように見せかけているからです。東洋医学のように帰納法によって集積された学問大系は数百年かかって修正が加えられてきたものです。しかし医学統計はせいぜい一年から数年の間で得られた限られた例数の集計でしかないから帰納法として結論を得るには不完全なものであり、その不完全さを統計学という手法でもっともらしく見せているにすぎないと言えるのです。勿論統計学自体はサイエンスとして正しく確立されたもので、インチキであるという意味ではありませんが、「数学や物理の法則のような間違いのない結論は医学統計からは得られない」という大前提を理解してエビデンスやら統計の結果やらを扱わないと大きな間違い冒す事になります。
意外とこの辺の理解が乏しい人が医者にも多くて、統計によって得られた差が絶対的な真実であると勘違いしている人もいます。観察に基づく自然科学を帰納法と演繹法の統合で確立したのはフランシスベーコンとか20世紀ではカール・ポパーであると言われていますが、医学統計は1970年代くらいから医学の飛躍的な発展にともなって活発に研究が進んで1980年代からコックスの比例ハザードモデルなどが多用されるようになります。統計学というのは専門に勉強した人でないと理解するのが難しいのですが、複雑な式も今はコンピューターに数値を打ち込むだけで自動的に計算して答えを出してくれるので、そこで統計的な差がでると「科学的に正しいとお墨付きをもらった」と勘違いしてしまう(むしろ勘違いしたい)と考えてしまうのが実情です。
限られた帰納的結論を得るにあたっても、始めから大きく外れる例(外れ値)をどこに設定するか、対象とする症例をどの範囲で選ぶかによって得られる統計的結論もある程度予想がつく事が普通ですから、「意図を持って始められた研究」は意図通りの結論が得られるような設定がなされるのが普通なのです。それでも集計した結果、あと少しで統計的有意差が出そうな時には今問題になっているような「観測値の操作」とか「意図的な症例の除外」とかのインチキが容易になされてしまう可能性があるのです。
医学研究においてこのような不適切な行為がなされないためには、研究者の倫理観が第一ではありますが、他に対象となる症例数をできるだけ多くすること(普通有意差を出すには何例以上必要とか計算できるが、それを十分上回る数を用いる)。検討結果がネガティブであっても発表の価値を認めてきちんと発表する(普通は顧みられないけどー新しい薬より古い薬の方が良かったという結論も当然ある)。統計の前提を正確に提示する。などが大事なことになります。
ー以上ー