rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

映画「バリーリンドン」感想

2010-05-04 01:06:43 | 映画
バリーリンドン(1975年) 監督スタンリーキューブリック、主演 ライアンオニール

18世紀にアイルランドに平民として生まれた若者が支配階級である貴族になるために費やした波乱の人生を描いた小説を、奇才スタンリーキューブリックが映像化。アカデミー美術監督、装置、衣装デザイン、編曲の4賞を受賞した作品です。「2001年宇宙の旅」や「時計仕掛けのオレンジ」、「博士の異常な愛情」など独特の世界を表現してきたキューブリックの作品の中では主役が演技派でないとか内容が凡庸であるとか評価が分かれる作品でもあります。

前半は若きバリーリンドンが故郷のアイルランドを貴族に対する横恋慕の決闘を機会に飛び出して軍隊に入り、そこそこ活躍して大陸で賭博師として成功するまでを描き、後半は富裕な貴族の若い奥方の後添いになって貴族の生活を手に入れるものの貴族の地位までは得られず、しかも継子との決闘に破れて再び平民として落ちぶれるまでが描かれます。3時間に及ぶ大作で前半と後半がシンメトリーな構成で、画面も明と暗、動と静に分かれますが、評論家の評価は後半の美を追求した画面構成に高いものがあるようです。これは私も同感でこの絵画的画面だけでも十分に鑑賞の価値あり、の作品です。

好き嫌いが分かれる所でしょうが、私は賭博師として活躍するあたりから、見る者をぐいぐいと中世の城に住む(現代の生活から見ると)異様な貴族の生活に引き込んでゆき、後半で全てのストーリーが一幅の美しい絵画の中で描かれてゆくような世界に否応なく入り込まれてしまう所が奇才キューブリックの手腕なのだと感じます。すごい撮影に金のかかったであろう作品です。

この映画の観客はライアンオニール扮する主役、バリーリンドンにあまり感情移入できないと感ずるでしょう。極悪でもなく勇敢で剣もたち、平民の出自でその場その場で自分のできることを一生懸命やる主人公には普通感情移入したくなるものですが、全編を通じて他人事のような淡々としたナレーション、絵画的な画面構成、もしかしたら計算済みの役者の大根ぶりで観客は一定の距離を保ち続けさせられます。

私が感じたのは、この映画でキューブリックは敢えて「善悪」の価値判断を出さないようにしていること、そしてあくまで「美」を追求している、ということです。現代社会で我々が持っている善悪の価値判断などというものは日常生活では勿論大事なことですが、現在の善悪の基準など18世紀では通用しないものです。しかし「美」の基準は現在も過去も変わりません。哲学における「真善美」のうち、真にあたる「宗教」は本来18世紀において、しかもアイルランド、英国、ドイツ、フランスを舞台に描くとなるとかなり多くの部分に影響せざるを得ないはずですが、ここは見事にスルーしています。貴族の専属牧師「ラント」も子供の教育係として描かれるのみです。そして善悪を敢えて描かず「美」のみをこれでもかと表現するところに実はキューブリックの狙いがあったのだろうと思います。

この時代、戦争は貴族が自分達の私腹を肥やすために行うものであり、戦利品は自分達の軍隊(貴族が隊長)で山分けにされます。国王は貴族の総大将のようなもので勝った貴族に領地の占有を許し、貴族は国王に謝礼をすることで秩序が保たれる訳です。当時の貴族の善悪の常識ならばバリーは継子をこっそりと毒殺なりして始末し、爵位ももっと要領よく得て、何食わぬ顔で貴族の仲間入りをするのが普通じゃん、というものだったでしょう。しかし平民出身のバリーは今の感覚で言うとそこまで悪になれなかった。最後の決闘で継子のブリンドン卿がピストルを撃ち損ねた時も撃てばよいのに地面に撃って結局ブリンドン卿に撃たれてしまう。つまりブリンドン卿の方が当時の貴族の善悪の常識をわきまえていた訳で、この最後近く、バリーの平民感覚を見せられて観客は少しバリーに感情移入ができるようになる(また観客と同じ平民にもどるし)という監督の仕掛けでしょう。

映画の最後のナレーションの台詞を書いてしまうと監督の最終的な仕掛けが明らかになってしまい、つまらないので書きませんが、人の生涯は虚実、貴賤、善悪、貧富さまざまだけれどどの時代も変わらないのは「美」である、というのが監督の強烈な主張であったように感じます。

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