rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

一元的執政府論を核にした映画VICE感想

2020-11-17 14:50:42 | 映画

VICE 2018年米国映画 監督アダム・マッケイ 主演クリスチャン・ベール(ディック・チェイニー)エイミー・アダムス(リン・チェイニー)スティーブ・カレル(Dラムズフェルド)サム・ロックウェル(GWブッシュ)タイラー・ペリー(コリン・パウエル)他

第一級の政治映画 VICE 実在の人物そっくりの配役も見もの

 

米国ではかなり話題になり、アカデミー賞8部門ノミネートとなり、主演のクリスチャン・ベールはゴールデングローブ賞主演男優賞に輝いた作品です。日本では政治映画に興味がないと敢えて見ようとはしない映画かも知れません。とにかく最近製作された政治映画としては第一級の名作だと思います。近現代のドラマを描くにあたり、実在の登場人物の多くが存命中であったり、メディアなどで皆が知っている人たちを映画として描くのは戦国時代のドラマの様に時代考証さえできていれば本人のイメージと似ていようがどうでもお構いなしという訳には行かないのが難しい所です。この映画は2000年代に入ってからの911以降のJr.ブッシュ時代の人々を描くのですから大変なのは当然ですが、メイクの技術もさることながら俳優たちが見事に本人に成りきって演じている所が「素晴らしい」の一言に尽きます。

 

同時期に製作され、やはり俳優たちが見た目にも役に成りきって話題になった映画に「チャーチル」と「サッチャー」という共に英国の首相を扱った映画があります。いずれ感想を書こうと思いますが、この2作品の様にある程度名声もあり、評価もされている主人公、米国ならばキューバ危機におけるケネディの苦悩を描いた13デイズ(2000年米国ケビン・コスナー「ケネス・オドネル補佐官」、ブルース・グリーンウッド「ケネディ」主演)の様な物ならなぜ映画化したか理解できますが、悪役のイメージしかないディック・チェイニーを何故映画化したかが不明でした。しかし映画を見て少し理解できた気がします。監督・製作者は社会の悪を暴くといった正義感から映画を製作した訳では全くなく、「悪い奴」チェイニーの「悪い奴ぶり」がどのようなモチベーション、心理構造で成り立っているかを描きたかったのではないか、というのが私の解釈です。

ブッシュ政権の影の存在に徹するが殆どの権力を握っていたチェイニー副大統領

 

ストーリーは1960年代半ば、名門イエール大学に入学するも、学業に励まず酒癖が悪く警察のお世話にも複数回なるという「ダメンズ」(映画ではろくでなし、クズ野郎と紹介される)のチェイニー青年が成績優秀でしっかり者の後の妻リンに尻を叩かれて議会の研修生になり型破りな下院議員のドン(ドナルド)ラムズフェルドのかばん持ちになって政治のイロハを学んでゆく所からスタートします。孟母ならぬ猛妻リンの存在がチェイニーを形作る必須アイテムになるのですが、彼女の母親もダメンズと言える男性(リンの父)と結婚しており、後年入水自殺的な最期を遂げ、好きな男のタイプは母親譲りなのかなと思わせます。しかしダメのままを許してしまう母と違う所は何事にも成績優秀なリンが有無を言わせず陰に陽にチェイニーを引っ張ってゆく西部劇に出てくる強いヤンキーガールである所でしょうか。後年になっても強面のチェイニーは奥さんには頭が上がらない(というか彼女に従うのが正解と芯から理解している)状態です。

 

ラムズフェルドの下を離れて故郷のワイオミング州から下院議員になったチェイニーは共和党内で国防長官を始め次第に実力を付けて議会の重鎮にまで成ってゆきます。米国の政界は大企業と回転ドアと言われるように、政界を離れる時は政界でのコネを利用して企業の重役になり、また政界に復帰するといった経歴を重ねます。面白いのはチェイニーは演説が下手で選挙期間中心臓発作で入院したのが逆に幸いして演説の上手い妻のリンが駆け回って当選に至る様などが描かれます。政治家になってからは度々「権力の法的根拠」とか大統領職の「一元的執政府論」(Unitary executive theory 合衆国憲法第二条により連邦政府の各省庁全てを一元的に掌握、指示できるとする理論、本来ホワイトハウスに属する首席補佐官と各省庁は分かれていて閣僚級の長官職を介してコントロールされ、大統領と直結している訳ではないとされる。)を重視する様子が描かれ、911以降は凡庸なブッシュ大統領をを操る「影の大統領」として、一元的執政府論に基づいてイラク侵攻、タリバン、アフガン侵攻、テロとの戦い、愛国者法制定など米国が国内、世界で自由に振舞えるようにする立役者として活躍し、自ら重役を務めるハリバートン等の戦争企業が莫大な利益を上げるようになります。大きな問題になったテロリスト容疑者への拷問も「国内でやると違法だが国外でやる分には問題ない」とシレっと言ってのけホワイトハウスのスタッフを呆れさせる様なども描かれます。(より詳しいあらすじはこちらが良さそう)

 

この底知れぬ不気味なほど「悪い奴」の精神構造はどうなっているのか、を映画は分かりやすく描いています。チェイニーは良き父親であり、釣りが好きで次女がレズであると告白されても変わらず娘を愛し、「その事が大統領選の弱点になる」という理由であっさり大統領候補を諦めます。そんな人間的な面も見せながら、権力や利を追求するにやぶさかではありません。彼の強みは「どうせ俺は勉強はできない、学業インテリではない。」と諦観しきっている所です。「合法」でさえあれば「合理」である必要も「正義」である必要もないと割り切っているのです。それは若い時から学問ではカミさんに頭が上がらない、法律で分からない所は弁護士に聞けばよい、という反知性主義を実践してきた経験からだと思われます。ラムズフェルドのかばん持ちであった初期には正義感もありましたが「お前何青い事言ってるの?」と豪放磊落なラムズフェルドにたしなめられて政治とは(合法的)権力であるという現実に目覚めてゆきます。のちには出藍の誉れで師であるラムズフェルドの上司になって彼を国防長官として使う立場になります。その対比が最もよく現れるのは国務長官コリン・パウエルとのやり取りです。パウエルはNYハーレムで生まれて従軍して陸軍大将にまでなり、湾岸戦争で統合参謀本部議長という制服組トップにまでなった努力と勉強秀才の人でもあります。国務長官としてイラク戦争を始めるには「正義」が必要と考える。イラクが大量破壊兵器を所有していて、911の犯人であるアルカイダとも関係があり、米国と国際社会の敵だとするには根拠が少なすぎる事を政府内で意義を唱えます。チェイニーは「そういう彼だからこそ適当に作り上げた「証拠」とされる物を国連で演説させて国際社会に訴えれば戦争を始めるにあたり世界から理解が得られる」とパウエルに演説をさせるというくだりが出てきます。うーん、インテリである故の弱点(勿論美点ですが)がそこにあるという冷徹な事実が描かれます。

 

911自体チェイニー達のやらせではないか?という陰謀説を滲ませるような場面も出てきたりするのですが、映画全体がブッシュ政権を悪く(ブッシュのおバカぶりも描かれている)描きすぎているという批判を受けることを予想してか、所々自己批判的なおちゃらけ(保守派とリベラルの視聴者が論争して殴り合ったり)や韜晦をちりばめて、一度終了したと見せかけて続きがあるようになっていたりするのですが製作者は十分真面目に作りこんでいったものと思います。主演のクリスチャン・ベールは役に成りきるために20kg太ったとも言われており、もう役のために体形を変えるのは辛いからやらないと言ったと言われます。ブッシュや遠目でしか出てきませんがブッシュのおもり役と言われたコンドリーサ・ライスもそっくりでそれらの配役を見るだけでも一見の価値ありの映画と思います。


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3 コメント

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ケーブルテレビ視聴です (rakitarou)
2020-11-18 13:44:04
小寄道様 早速のコメントをありがとうございます。
うちはJCOMのケーブルテレビを入れているのでそれで放映されると観るという状況です。ツタヤとかでレンタルもあるかなと思いますがここ数年行かないので。日本でも小規模な映画館での上映はあった様ですが内容的に観客は少なかったと思います。
映画を見て思いましたが、チェイニー氏の存在、ブッシュJr政権の成立なども様々な偶然や縁の結果で出来上がった物ですが、出来た物が行った行為(執政)の結末たるや死屍累々の凄まじいもの。歴史とは必然ではなく、このように作られるものなのかなと。世の中は陰謀に満ちていますが、張り巡らされる陰謀も思惑通りなのは2割位なのだろうと身の回りの生活からも感じます(どんな世界だよ!と言われそうですが)。米国の大統領選や前のトピックのGreat resetも思惑の2割位しかうまく行ってないのだろうな、とは思います。
返信する
rakitarouさま (小寄道)
2020-11-18 11:54:27
すみません、訂正願います。
3行目の「ラムズフェルド国防長官との関係についてあまり記述されてという指摘が2,3ありました」のところ、「国防長官」は「国務長官」に、「記述されてという」は「記述されていないという」に訂正してください。
いい歳をこいての粗忽ぶりに、ほんとに情けなくなります。
よろしくお願い申し上げます。
返信する
rakitarouさま (小寄道)
2020-11-18 11:43:10
この映画はたぶんワシントン・ポスト紙記者が書いた『策謀家チェイニー』を下敷きにした映画だと思います。ピュリツァー賞を受賞した評判作で、朝日選書からも出版されましたが、余りにもぶ厚くて、買うことをためらいました。
その後、巷の読後感想を注目していましたが、先輩筋にあたるラムズフェルド国防長官との関係についてあまり記述されてという指摘が2,3ありました。

アメリカでの映画化は、以上の難点を手直して、チェイニーの関係者すべてを丹念に描いたものでしょう。たぶんハリウッドではなく、テレビドラマ制作者の手になるものでしょうね。現在は、TVの方が、演出力、俳優など、格段にクオリティーが高いといえます。

それにしてもポスターを見る限り、この俳優陣のそっくりぶりには感嘆しますね。
rakitarouさんは、ネットフリックスなどでご覧になったのですか。当方は、アマゾンプライムは視聴できますが、件の映画はリストにありません。情報をお願いします。

子ブッシュ政権をまわしてたのはチェイニーやラムズフェルドらのいわゆるネオコンであることは違いなく、かれらのコンサーバティブの理念はかなり屈折したものがあると、当時では思ったものでした。
ラムズフェルドは暴力も辞さない過激な新左翼でしたから、日本でいえばコピーライターの糸井重里さんみたいな存在です。広告と政界ではまったく違いますが、彼らが思想を変節して体制側に入り、時代をも動かしたバイタリティというかインテリジェンスには、実のところ当時小生は空恐ろしいものを感じた次第です。
映画はぜひとも観たいと思います。それにしても、なぜ日本で一般公開しなかったのでしょうか、不思議です。
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