Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

反インフルエンサー論?

2012-08-22 08:52:46 | Weblog
著者はデザイナーであり,Google でソーシャルメディア関連の仕事に従事したあと,Facebook に移ったという。キャリアからするとバリバリの実務家だが,専門論文を含む引用文献の範囲がハンパではない。

ソーシャルメディアやクチコミに関する研究では,コンピュータサイエンスのみならず,マーケティングサイエンスの研究(たとえば Aral, Berger, Godes , Libai など)も紹介する。後半では行動経済学,心理学,神経科学に言及する。

本書がすでに一部で有名になっているのは,インフルエンサー・マーケティングを批判しているからだろう。著者はむしろ,無数の小さなグループに属している草の根の人々に働きかけるほうが有効だと繰り返し説く。

ウェブはグループで進化する
ソーシャルウェブ時代の情報伝達の鍵を握るのは「親しい仲間」
ポール・アダムス
日経BP社

そういう議論になると Watts が何といってもチャンピオンなわけだが,本書の著者 Adams は実務家だけあって,Watts よりは柔軟性がある(一貫性がないともいえる)。彼は普及に果たすハブの役割をそれなりに認めている。

ぼくの見るところ,インフルエンサー(ごく少数の影響力が極めて高い者)への働きかけを重視するマーケティングへの反駁には次のようなタイプがある:

1)そもそもそんな者は存在しない
2)一時的には存在してもその立場は安定せず,恒常的なマーケティングの対象になり得ない
3)仮に存在しても,見つけることが難しい
4)仮に存在して見つけられたとしても,コスト(報酬等)を考えると効率的ではない
5)彼(女)が企業に協力的なメッセージを流すと,ふだんと違いフォロワーに信用されない
・・・
1はさすがに極論であり,実証分析の焦点になっているのは2であろう。それについては Watts のグループによる研究があるものの,一般化できるレベルには達していない。つまり「影響」の測定にまだまだ課題が多い。

しかも,ある種のリアルタイム・マーケティングが可能であるなら,その瞬間に誰に最も影響力があるかわかればいいので,問題は3に移る。4のコストの問題も,やり方次第で結果は変わってくるはずである。

残る問題は5であるが,これはインフルエンサー・マーケティングに限られた問題ではなく,クチコミ・マーケティング,あるいはマーケティング・コミュニケーション全般に関わる,より奥の深い問題だ。

・・・こう書いてくると,インフルエンサー論を擁護しているような印象を与えるかもしれないが,擁護側にも決定的な経験的根拠があるわけではないことに注意したい。つまり,まだまだ研究上の課題が多い。

それはある意味で当たり前のことで,テレビ広告が効く場合と効かない場合があるのと同じである。したがって,さまざまなアプローチを状況に合わせてミックスすべきであるという,ごく当たり前の結論になる。

つまり,小さなコミュニティでの濃厚なコミュニケーションと,それらを横断して起き得る閃光的な情報伝播をどう組み合わせるのかに,そろそろ議論の焦点が移ってもいいのでは・・・。これは自戒の意味も込めて。