Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

総合的人間科学としての行動観察

2010-06-04 19:49:06 | Weblog
昨日はぼくの授業でのゲスト講義シリーズ最終回。大阪ガス行動観察研究所の松波晴人所長をお招きして「サービスサイエンス ―行動観察技術のビジネスへの応用」と題してお話しいただいた。松波さんは行動観察のビジネスへの応用に関して日本の第一人者といっていい方だ。この手法をいくつもの現場に適用して大きな成果を挙げてこられた。

質問紙調査で得られる情報はしばしば表層的で,ユーザの行動の真実を捉えていないことが多い。そこで,実際にユーザの使用実態を長期間観測し,現場で質問することで,思わぬ実態がわかってくる。ユーザが質問紙やグルインでそれについて語らないのは,そもそも意識していないから,うまく言語化できないから,あるいは社会的に正しいことを答えようとするバイアスがかかるからである。

松波さんの行動観察は,人間工学,エスノグラフィ,環境心理学,社会心理学,しぐさ分析,表情分析などを総動員する。ユーザの行動を見て気づきを得るという質的なアプローチにとどまらず,行動を客観的に計測・数値化して解析するという量的アプローチも併用される。つまり総合的人間科学なのである。ただし,目的はサービスの現場をカイゼンし,生産性を上げることで,徹頭徹尾実務的である。

営業トーク,ガス機器の展示イベント,スーパー銭湯などにこのアプローチが適用され,飛躍的な生産性の拡大を実現している。また,近畿経済産業局のプロジェクトとして,ファストフード店の厨房,駅の案内表示,膨大な数の顧客の名前を覚えるテクニックなどが研究され,結果が公開されている。一企業の利益に拘泥せず,サービス産業全般の生産性向上を推進していこうとすることには頭が下がる。

最近では工場における業務カイゼンへの適用も始まっているという。そこではすでに,テーラーの科学的管理法以来の手法(インダストリアル・エンジニアリング)が存在するが,行動観察法は単にストップウォッチで行動を計測して効率化を図るのではなく,働く人々の心にも入り込もうとする(ちなみに,テーラーはただ効率化だけを考えていたとみなすのは誤りだと,あとで教えていただく)。

サービスの特徴は生産と消費が同時に起きることにありで,その「現場」を観察することなくサービスのカイゼンやイノベーションを語ることはできない。したがって,行動観察やエスノグラフィは,サービスサイエンスとかサービス工学にとって最も重要な柱の1つといえよう。一方で,マーケティングサイエンスと呼ばれる研究コミュニティは,このことを十分認識してきたとはいいがたい。

この講義をいくつかの研究コミュニティに案内したが,聴講にいらっしゃた方の大多数は実務家であった。やはり現場に近い人ほど,行動観察の重要性に気づいている。また,物理学や進化経済学の研究者,視線追跡をテーマとするマーケ研究者が参加された。彼らは客観的かつ詳細な事実というものをリスペクトする点で,エスノグラフィと共通の志向を持つのだろう。

なお,以下の本に松波さんによって書かれた章がある:

ヒット商品を生む 観察工学 -これからのSE,開発・企画者へ-

山岡 俊樹,
共立出版


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