Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

マーケティングに微積は必要か?

2010-03-01 23:24:26 | Weblog
元マイクロソフト社長・成毛眞氏の次のつぶやきが個人的に気になった:
微積分、統計、確率の知識などはさすがにマーケティング実務においてすら必須だと思います。といいますか、単なるアンケート調査でも検定などの簡単な数学は日常的に使ってます。
このつぶやきは,経済学を勉強したいという中学1年生(!)に対して,そのためには数学の勉強も必要だと助言したあとに,補足的になされたものだ。基礎的な統計学の知識すらあやふやな実務家がいるなか,微積分の知識は本当に必要なのかとつい思ってしまう。ただ,実務家としてトップを究めた成毛氏が,実務家の実態を知らないわけがない。成毛氏が言及しているのは,実務家として「最低限何とかなる」レベルの知識ではなく,「最高レベルに立つために」必須の知識だろう。

だとすると,ぼく自身の講義のあり方もいくらか軌道修正を迫られる。この2年間,商学部の1~2年生を対象に統計学を教えてきたが,1つの方針はなるべく数学を使わないこと,つまり微積分を使わないことであった。それによって入門レベルの統計学の講義に支障が出るのは,回帰分析の原理,最小二乗法を教える場合だ。副読本に指定した南風原『心理統計学』は,微積分を使わないという方針を立てて,ベクトルを用いた幾何学的表現で最小二乗法の原理を説明している。

これはぼくにとって見事というしかない説明で,講義でそのまま使わせてもらったが,学生にとってはどうだったか・・・。かなり理解している様子で質問にきた学生もいたから,そう悲観的になっているわけではない。ただ,微分を知っていたらもっとスムーズに理解できたかもしれない。そして,最尤法が理解されるようになれば,より高度な統計手法を講義することも可能になるだろう。微分がわかれば基本的な最適化計算ができる。それは,統計学以外にもいろいろな使い出がある。

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ),
南風原 朝和,
有斐閣


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とはいえ初等微分で計算可能な最適化問題など,実務の世界にはほとんどないかもしれない。だからといって,より高度な最適化計算の手法を使えばいいわけでもない。文系学生が将来現場で直面する意思決定問題のほとんどで,そうした手法は役に立たない。しかし,最適化の原理を学んでいると,直面する問題では何が目的関数で,何が操作可能な変数で,何が制約条件なのかと整理できる。他の基礎的な数学にも,それを学ぶことで論理的思考の訓練になるというメリットがあるはずだ。

では,商学部や経営学部で,どのように数学教育を行なえばいいのか。経済学部には経済数学の授業がある。経済学を学ぶには,微積分や線形代数の知識を必要とするからだ。商学・経営学でもそうした分野はあるが,全体から見れば少数派である。だから商学・経営学を学ぶための数学ではなく,ビジネスの意思決定を適切に行なえるように「頭を鍛える」数学,あるいは「ビジネス数理の学」が必要になる。ただ,それを数学者や数理科学者が教えるのには無理がありそうだ。

そういったものが,成毛眞氏の頭のなかにある「マーケティング実務においてすら必須」な数学ではないだろうか。それはパーツとしては,高校数学レベルでほとんどカバーされると思う。いうまでもなく商学部の学生の多くが,高校数学を学んでいたとしても数 B までであり,しかも内容はほとんど忘れている。大学で高校の数学の教科書を復習(人によっては初めて学習)するもいいかもしれない。それではつまらないというのなら,ビジネス数理の新たな教科書が必要となる。

そういう自分自身,高校数学はかなり忘れている。いまや経済学徒ではないので,経済数学よりは高校数学をもう一度学び直したほうがよいだろう。そうなると,とある事情で購入した下記の本が,もっと積極的な意味を帯びてくる。今年秋から,Bスクールで多変量解析を教えるが,まずは微積分を使わず,数学は最小限という方針でいく。しかしながら,ビジネスに必須の数理とは何かについても考えていきたい。数学が得意でないから,かえって貢献できる面もあろうかと。

数IA・IIB・IIICがこの1冊でいっきにわかる もう一度 高校数学,
高橋 一雄,
日本実業出版社


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4 コメント

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Unknown (商学部3年)
2010-03-02 12:55:47
こんにちわ

私は、大学受験に数学を使って入学をしました


ですが、その内容をほとんど覚えていなかった、または、数ⅢCを履修していなかったので、本質を理解出来ていなかった為か、大学の授業で数式が出てきても、その式が持つ意味を理解することが出来ませんでした

なので、実務の場で活かすことが出来る自信が、自分には無いです



そういった意味では、ビジネスの場においての数学というのを大学で教える、授業に組み込むのは面白い試みだと思います
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じっくり考えてみます (Mizuno)
2010-03-06 15:22:52
数学で受験・合格することは,商学部生としてはチャレンジングなことですから,忘れたといってもどこかに数学的センスが残っていると思いますよ。
実務の場で必要な「数学」は,数学者が取り組む「美しい」数学とは違いますし,工学や経済学で必要とされる、それなりに高度で複雑な数学とも違うと思います。
データを扱うセンス,論理的思考,といったレベルの話なので「数学」という表現は,あくまで喩え,といったほうがいいかもしれませんね。
ブログではいつも思いつきを記しています。空手形が多いのですが,これまた今後じっくり考えていきたいテーマではあります。私の授業(クリエイティブ・マーケティング)でもほんの少し数式が出てきます。毎年中身を変えながら,実務に必要な数理的?思考を追求しているつもりです。
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商学部・ビジネススクールの数学スタンス (gnke)
2010-03-09 01:17:23
筑波大学システム情報工学研究科、社会システムマネジメント後期専攻に在学している学生です。

企業経営分析に興味があり、大学院後期課程に入ってから、「数学をどの程度で勉強し、使う」にずっと悩んでいました。

2007年、水野先生の講義に受講し、参加者のなかでは博士後期学生が多いことにびっくりしました。「マーケティングでの実務と数理の連動」は、商学部出身の私にとって、鮮明なニュアンスでした。ただ、「積分を使わない」に大して疑問を示した受講生も少なそうでした。

今回先生のコラムを拝見し、数学第一という盲信は経営実務に通用ず、商学部・ビジネススクールでは自分なりの数学教育スタンスが必要だと理解しました。

この点に関して、明治大商学部は適切な拠点だと思います。
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そうですか! (Mizuno)
2010-03-09 08:51:45
私の講義を受講いただいておりましたか? 「マーケティング」か「アドバンスドデータ解析」ですね(後者は数十人いた受講者が宿題を課したとたん数人に減ってしまいましたが・・・)。

博士課程在籍中とのこと。学部生や MBA の学生と違い,研究テーマ次第では数学が必要になるかもしれませんね。あくまで「テーマ次第」だと思いますが。

商学部やBスクールで最低必要だと思う数学については,教える自分がわかるレベルという意味もあって(笑),せいぜい高校数学レベルだと思っています。ただ,たとえばファイナンスではより高度な数学が必要だと思われ,共通理解を得るのは難しそうです。
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